1.イントロダクション
言語は人間の体験の核心にあるものであり,人間の 最も偉大な発明の一つである.言語は協働的な慣習化に よってつくられるものだが,それは私達を取り巻く具現 化された世界や生態系や文化・技術的な諸領域からの制 約と刺激を受けつつ,同時にそれらを超超していくもの でもある.人間の生活のあらゆる側面において新たな意 味を発明し,伝達し,議論する可能性を提供することが 言語の重要な一面である.例えば,新たな社会制度は新 たな概念のシステムの上に築かれることが多い.科学理 論としてのマルキシズムは,労働階級,資本主義,搾取 という定義群に明確に依拠している.科学においては, 数学や物理学や生物学を論じるための新たな言語と概念 の発明が,それらの学問の進歩を度々促している.AI のような新しい技術は,パターンによる認識と論理的 な処理をめぐる新たな概念のシステムと言語を進展させ る.同様に,文化的なプロセスとしてのアートは,新た な意味とそれを伝えるための記号を絶え間なく再発明す ることに依拠している.ある意味では,人間性の歴史と いうものは,自律的な意味創出の綿々たるプロセスの一 つとして解釈することができる. 多くの点で,現代の科学やアートのような活動が人間 的なものに留まっていることは明白である.さまざまな 科学的・技術的・社会的な発明に人間同様に貢献する機 械を私達は創造することができない.もちろん,機械は 科学的発見において重要な役割を担っており,科学的発 明が新たな計測機器に依存していることは多い.また, 例えばコンピュータのような新たな機械が,人間の認知 や心の働きといった私達がまだ完全には理解していない ことについてのメタファーとして役立つことも多い.し かし,人間と同じような協働的な方法で自律的な意味創 出のプロセスに参加する機械はいまだ存在していない. 例えば,AI がデータ解析のツールとして科学的発見に 寄与する一方で,科学者が扱う問いはあくまで人間が与 えたものであり,科学論文を書くのはなおも人間のみで ある.機械がノーベル賞を獲り [Kitano 16],芸術的・ 社会的な発明と創造に参加できるようになるためには, 果たして何が不足しているのだろうか? 私達は独自の 意味体系と意思疎通システムを自ら発明するロボットを いかにして実現することができるだろうか? 本稿は,ゼロから言語的意味を創出することについて 機械に不足している主要な項目の一つを論じる.すなわ ち,独自の記号を用いたコミュニケーションシステムを 学習し進化させることのできる機械が存在していないと いうことである.AI 研究の中にはエージェントベース の意思疎通システムを扱う専門分野がある.まずはこの エージェントベースの意思疎通の発達に関する技術の現 状を検討したうえで,これらの概念をロボットによるイ ンスタレーションに適用した《Das Fremde》という作 品について論じていく.自律的な意味創出
─科学とアート─
Autonomous Meaning Creation
─ Science and Art ─
シュプランガー・ミカエル
株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所Michael Spranger Sony Computer Science Laboratories Inc.
[email protected], http://www.michael-spranger.com
ノエル・ステファン
アーティストStephane Noël Artist. [email protected] 訳:松下 学
Keywords:
artificial intelligence, agent-based art, communication art. 「AI と美学・芸術」2.コミュニケーションの
出現と進化:
人工知能的なアプローチ
言語と意味の出現は今も大きな に包まれている.そ れは数々の科学的研究の対象であり,言語の出現と進化 の理解を追求するさまざまな専門領域が存在する(進化 言語学,生物学,心理学,コンピュータ科学).これら の学問は,言語の出現と発達と進化を,経験主義的に, 調査し,分析し,モデル化する.近年では,環境の働き や社会構造や生物学的要素などの言語発達における幅広 い要因が,こうした学問に影響を及ぼしている.これら の要因のすべてが,特定の言語群とそこに関連する概念 群の出現と崩壊と消滅の理由を説明するうえで主要な役 割を果たしている. コミュニケーションの出現を研究するアプローチの 一つにマルチエージェントシステム(MAS)がある. MASでは,シミュレーション領域または現実界に設定 された共通環境の中で,複数のエージェントが相互に作 用し合う.各エージェントにはそれぞれ独自のセンサと エフェクタと信念と欲望と目的が備えられ,与えられた 世界におのおのが独自の方法で働きかける.各エージェ ントは他のエージェントの内面的な情報(センサ,エフェ クタ,目的,計画など)を知ることはできない.しかし, 自分の目的を達成するためにエージェント達は協力を行 わなければならない.ところが,おのおののエージェン トはお互いの内面的情報に触れることができないため, 体験から学習することで時間をかけて自分達のパフォー マンスを向上させなければならない.したがって,ここ で生じる科学的な問いとは,エージェント達が他のエー ジェントとの関係において自身の行動をいかに協調させ るのかということと,その協調のプロセスにおいて意思 疎通がいかにして発現するかということである.重要な 点は,学習はさまざまな側面を伴うということである. エージェントは,コミュニケーション的あるいは非コ ミュニケーション的な行動を選択するようになり,他の エージェント達がどのように行動を選択するかを知り, 彼らがどのような目的と計画と信念をもっているかを学 習することができる.コミュニケーションの発生にとっ て最も重要な点は,エージェントはまずは意思疎通なし で行動を始め,言語と意思伝達的なジェスチャを通じて 協調することで,共に行動することを学習するというこ とである. 人工知能において重複しつつも相違する問いは,二つ に峻別することができる.一つは,研究者は言語の学習 と創出に注目しているということである.もう一つは, 研究者は言語の出現と進化,すなわち,新たな言語の自 律的な誕生に関心をもっているということである. 2・1 コミュニケーションの出現 自律的な意味創出の重要な側面の一つが,ロボットと 人間,ロボットどうし,あるいはその両方の相互作用か らの言語学習である.言語は常に変化している慣習で構 成されるシステムであり,ロボットに言葉とジェスチャ を事前にプログラムすることはできないということをロ ボット工学者は昔から理解している.意思疎通のシステ ムは,学習を前提としているのだ. 子供の言語発達は,自然界における記号体系のプロセ スを示す筆頭的な例である.人間の幼児の場合,記号を 用いた意思疎通は,感覚運動(視覚,身体操作,ナビゲー ション,物体操作,聴覚,構音コントロール)が早くも 高いレベルに到達する生後 10 か月頃に始まる.それか ら三つの主要な移行が観察される. 1)より聴覚的な要素を伴うジェスチャによる記号の 発見.指差しはこれらのジェスチャの一例である. 2)レキシコン[語彙の総体]が急速に発展する語彙 爆発(18 ~ 24 か月).この時期の終わりにかけて, 言葉を組み合わせた複合的な発話が見られるように なり,このことは文法としては未完成ながらも語順 が発生しつつあるといった統計的特徴を示すものと して見ることができる. 3)完全に生産的な文法の発達(2 歳頃以降).文法は 青年期まで発展を続け,レキシコンと文法は言語 自体の変化に対応しながら生涯を通じて増加を続け る. 重要なことは,子供は言葉を組み合わせることだけで はなく,言語を通じて現実を概念化することも学習して いるという点である.子供達が学習しているのは,どの 物体が現実に存在し,それらがどのような関係の中にあ るかということや,ある出来事が何を意味するかといっ 図 1 現実界におけるロボットを用いたコミュニケーションの発現に関する実験たことである.そして,これは子供が人類の文化の一員 となり,実り豊かな科学と技術と芸術に寄与し得る存在 になるためには極めて重要なことである.AI 研究者は 度々これらの諸側面の一つ(ジェスチャ,言語,文法) を分離させたまま機械学習を用いて言語と意味学習の 問題を扱おうとする.例えば,AI 研究者は確率ネット ワークやディープニューラルネットワーク,あるいはそ の両方といった AI の標準的アプローチを用いて言葉と 文法の学習モデルを構築する.同様に,ジェスチャは社 会的学習と模倣によって会得されるものとして考えられ る [Billard 99, Chernova 14].これらのモデルの多くは, 管理されたデータ群と一般的な学習メカニズムに依拠し ている.ここでは,巨大な規模のトレーニングと管理さ れた学習メカニズム [Spranger 16] や,管理を伴わない 学習メカニズムから,意味表現が発生している.最新の 学習アルゴリズムを適用してフォーム(ジェスチャ,言 葉,文法)と意味(図像ベースなど)のマッピングを行 うことについては,大きな進展が見られている人間によ る細やかな言語理解に匹敵する自然言語のような記号体 系を創出し解釈することのできる完全なシステムを実際 に学習させることについては,まだそこまでの進展は見 られていない. ロボット工学における記号の発生に関する研究のほ とんどは経験主義的なものとして分類可能であり,それ は大量のデータを一般的な学習メカニズムと組み合わせ ることで関連する言語と概念の諸構造を抽出するアプ ローチである.人間は言語を社会的な相互作用の中で学 習する.したがって,ブルーナーやヴィゴツキーやピア ジェやトマセロなどの数多くの発達心理学者が相補的な 社会的相互作用主義アプローチを提案している.この観 点においては,学習者は単なるデータの観測者ではな い.話し手と聞き手は記号を用いた意思疎通のシステム を共同構築しつつ,継続的にそれに適応するものであり [Lock 80],そのプロセスは一つの対話という短い時間 の中においてさえ発生するものとみなされる [Pickering 13].これらのプロセスのさまざまなモデルの中で極め て大きな注目を集めているものが,ジェスチャ的な記号 のオンラインでの相互的な出現 [Spranger 14],語彙の 習得 [Nevens 17, Spranger 13b, Spranger 15, Spranger 16],そして,完全に生産的な文法 [Gerasymova 12, Spranger 15, Spranger 17]といったものである. 社会的相互作用主義の言語の発生の筆頭的な例は,個 体発生的な儀式化(ontogenetic ritualization:OR)と 呼ばれるプロセスである.これは,反復的な相互作用を 通じて,かつて非コミュニケーション的であった行為が コミュニケーション的な発信行為へ変わるプロセスを意 味している [Gillespie-Lynch 14].一例をあげれば,指 差しのジェスチャは反復的な相互作用を通じた意味把握 から生まれたものである [Arbib 14, Gasser 13].指差し の意味は子供と世話人・親の間だけで通用する慣習化と 儀式化によって共同構築されている.幼児やロボットは 目的の達成を試み,そこに到達するためのツールの一つ として他のエージェントを発見する.近年,著者らの研 究チームは人工的なシステムを通じて記号体系をゼロか ら出現させることが可能であることを示すような意味発 生のプロセス [Spranger 14] のさまざまなモデルを提案 している. 2・2 コミュニケーションの進化 言語の学習はそれだけでは十分ではない.意味の発生 図 2 現実界におけるロボットを用いた言語の進化についての実験 図 3 意味論的ネットワークは意味の進化における学習された意味表現の一つである. このグラフはエージェントの集団における名称の進化の蓋然的な構造を示している
を理解するためには,言語の進化を扱うモデル,すなわ ち,エージェント群が記号を用いた意思疎通の新たなシ ステムをいかにして交渉するかを扱うモデルが必要であ る.これらのモデルは自分自身の振舞いと目標と学習メ カニズムをもつエージェント群がいかにして複雑でオー プンエンドな記号コミュニケーションのシステムを発達 させるかを示すものである.これらのシステムでは概念 と語彙・文法は変化する環境と文脈に対して同胞との相 互作用を通じた適応を行う.この分野では,90 年代半ば からレキシコンに関する数多くの研究 [Steels 96, Steels 97a, Steels 97b, Steels 98]が蓄積されており,そこか ら複合的な意味 [Spranger 10, Spranger 12c, Van den Broeck 08]や,複合的な語形 [Steels 06a, Steels 06b] に 関する研究への展開も見られる.これらの研究の多くは シミュレーション環境において行われているが,現実界 に具現化されたロボットを用いたモデルも存在し,色 彩 [Bleys 09],空間的な言語 [Schulz 11, Spranger 12a, Spranger 12b, Spranger 12d, Spranger 13a],決定に 関する要因 [Pauw 10],行動に関する言語 [Steels 08, Steels 12]を扱う研究がなされている. これらのモデルのすべては,意味と語形の単位が社 会文化的レベルにおいていかなる競争にさらされるかを 研究することで,それらの進化のダイナミズムを考察し ている.言い換えれば,これらのモデルは現実世界にお いて特定のタスクを所与の環境内で解決するロボット・ エージェントの集団を用いる研究である.例えば,所与 の環境内の物体についてお互いに注意を喚起したり,そ れらを操作したり,一定の行為(特定の場所へと移動さ せるなど)を遂行するタスクを有したロボットといった ものである.そして,これらのモデルは,エージェント がタスクを遂行することを助けることのできる新たな記 号論的構造(意味)と統語論的構造(レキシコンと文法) のための適応と発明のメカニズムを提示する.例えば, ロボット達は見たことのない物体を前にして新たな言葉 を発明する.これらの新たな統語論的・記号論的な構造 は人工的なエージェントの集団の中で普及し,それらは [情報の整序を担う]アラインメントオペレータを通じ て共有化される.エージェント達は,より大きな集団(典 型的には 20 体以上)の中の二体間における個々の相互 作用において,独自の意味表現を採用する.そして,ア ラインメントオペレータはそれらを集団内で普遍的なも のへと整頓していく. AI工学の観点からいえば,言語の進化に関わる実際 のコンピュータメカニズムは,規則群に基づくような 伝統的な AI の意味表現から神経的・記号的な統合ま でを含む,多様なバックグラウンドから登場してきて いる.近年では,深層強化学習(Deep Reinforcement Learning:DRL)を言語発生の分野に適用すること も一つのトレンドになっている.DRL は報酬の作用 [Sutton 98]のような強化学習の伝統的なアイディアを, ディープニューラルネットワークの作用の近似値と組み 合わせている.エージェント群は,特定の目標に関する 達成のぜひをエンコードするまばらなフィードバック信 号を通じて,特定のタスクに対するパフォーマンスを向 上させなければならない.DRL の強みは,コミュニケー ション的な行動を他の非コミュニケーション的な行動と 同じ方法で扱うことのできる統合的なアプローチを提出 していることにある(すべての行動が,最適化に向か う同一の行動ポリシーの一環として扱うことができる). 近年では,極めて多くのさまざまなグループがこのパラ ダイムを採択し,マルチエージェントによる協働的な強 化学習の研究という分野内において新たな言語発生の モデルを発展させている.[Gauthier 16, Havrylov 17, Lazaridou 16, Lowe 17]. これらの異なる試みを横断して,多種多様な重要原理 が幾度にもわたり再確認されていることは重要である. 非言語的な発信行為(例:ジェスチャ)は少数の目標を 与えられた環境で発生し,ホリスティックな発信行為(文 法構造をもたない単一の語による意思疎通)は非構造化 された環境と目標設定において,あるいは,意思疎通に 高い負荷がある場合において発生するということ,そし て,複合的な言語(言葉と文法を有した人間の言語に似 図 4 《Das Fremde》東京(日本)・香港特別自治区(中国)
たもの)は構造化された環境と目標設定において,ある いは,意思疎通の負荷が運動行為よりも低い場合におい て発生するということが改めて確認されている. オープンエンドなエージェントベースの意思疎通シ ステムの開発と理解において,AI は極めて大きな進歩 を見せた.しかし,多くの問題も残されている.現在の DRLモデルはデータ的に非効率的であり,初期条件と ハイパーパラメータの影響を受けすぎることが多い.伝 統的な意味表現(規則群に基づくものなど)はインプッ トにおけるノイズと不確定性に対してぜい弱である.確 率モデルは,大規模で継続的な領域においては,規模の 変化をうまく扱うことができない.
3.エージェントベースのコミュニケーション
アート─《Das Fremde》
一般人にとって AI が身近なものになるためにも,AI の現状を検討することは重要なことである.記号を用い たコミュニケーションは,人間社会の中心に存在してい る.AI 研究とそれに関連する社会的・倫理的な問いを 専門家だけに預けてしまおうという考えは,受け入れが たい提案である.社会は,記号を扱う機械の近年の進化 について論じ,人間と機械の関係について考えなければ ならない.この目的のために,著者らの研究チームは, AIに関する今日の革新の中心にある機械と人間の関係 性をめぐる疑問を明示化するためのロボットによるアー トインスタレーションを開発した. 3・1 インスタレーション 薄暗い空間には,一群のロボット達が忙しく動き回っ ている.このコロニーのメンバ達は自分達の周りの世界 を観察し,自分達がリアルタイムで発明した言語を用い てその観察結果を説明しようとする.おのおののロボッ トが周囲にある要素を認識し,それを表す言葉を発明し, その名前を相手に伝達する.全体として見れば,ロボッ ト達はこの集団の誰もが理解可能な言語を創出してお り,この人工的な種族はそうすることで共通の文化を構 築しているのだ. しかし,突如としてそこに別の種族が介入し,共同体 の静かな雰囲気を乱すことになる.つまり,人間がその 空間に入ってくるのである.人間がロボット達に近づき, 自分達に関心を向けさせようとする行為を取ると,ロ ボットに備えられたカメラの目とマイクの耳がその人間 のほうへと動く.来場者が,ある種のコミュニケーショ ンのきっかけになるのだ.ロボット達の文化はそこで試 されることになる.ロボットは人間という新たな対象を どのように扱うだろうか? ロボットの文化は,この外 部からの介入に抵抗するのか,その語彙を取り入れて進 化するのか,あるいは,彼らの文化にとって完全に外的 で未知である人間の文化に置き換えられることによって 単純に消滅してしまうのだろうか? 《Das Fremde》は,人間とは異なる無機的な生命体の 言語の誕生と文化の進化を目撃する冒険者として,来場 者をそこに巻き込むものである.この発見の瞬間,すな わち,誕生しつつある文明に足を踏み入れる開拓者・文 化人類学者へと来場者が変わる瞬間を捉えることが,こ のインスタレーションの目的である. 《Das Fremde》は,文化進化論的なプロセスを通じて 独自の言語と文化を創出する人工的な知的存在の一種族 を主役とした,パフォーマティブなインスタレーション である.この極小社会の文化的アイデンティティは,来 場者という見知らぬ要素と遭遇する.外部人口の流入に よりしだいに侵食されるあらゆる原住民集団のように, その文化は拡張やハイブリッド化や撤退や降伏さえをも 含む外圧にさらされるのである. このインスタレーションは,深層学習,DRL,そして より伝統的なメソッドである規則群ベースのアプローチ といった,AI に関わる今日の技術のすべてを統合して いる.それは,記号的な文化と自発的な意味作用を生成 するための現在利用可能な諸システムの能力を紹介する ものである. 3・2 コンセプトと論点 《Das Fremde》はドイツ語で「異質」であることと「他 者」であることの中間,あるいはその両方を意味する言 葉である.私達はこのコンセプトを次の二つの方法でイ ンスタレーションに反映させた. ● 一方で,《Das Fremde》は文化的アイデンティティ の定義と自己形成に対する異質なものの働きを考察 する.ロボット達は来場者を異質な対象としてみな す.好奇心か退屈,または興奮か無関心に動かされ, これらのロボットは観客に対して,あるいはその周 囲で,何らかの反応を行い,それがロボット達の文 化を形成し,現実の解釈と慣習化に影響する.観客 の周囲で反応を行うために概念と言葉が発生する. 視覚的・聴覚的な情報もおそらくは取得され,模倣 されたり,究極的には概念ならびに文化的な記憶へ と固定される. ● もう一方で,《Das Fremde》は私達人間の観客にとっ ても異質なものである.人間にとって,とりわけヨー ロッパにおいては,機械を異質な存在としてみなす 文化的潮流がある.ロボット達の異彩を放つ規律性 と不可思議な挙動とエキゾチックな外見や音は,私 達人間から隔たったものである.このインスタレー ションは私達と機械の関係性を問いかけ,その隔た りを直接的に体験可能なものとして提供する.機械 と機械的知性という話題が活発な議論の一端を担っ ている時代においては,この体験は重要性を増して いる.フェンスの向こうに隔離されたエリアで自動 車を組み立てるような機械の代わりに,人間を無用な存在という立場へと押しやるほどの自律性と独立 性を見せつけるような機械に囲まれて生きるという ことは,果たして何を意味するのだろうか? 《Das Fremde》は,人間とは異なる無機的な生命体の 言語の誕生と文化の進化を目撃することのできる緩やか な感情のプロセスへの没入を,来場者に体験させるもの である.それは,来場者が生まれつつある文明に足を踏 み入れる冒険者・文化人類学者へと変わる,詩的な瞬間 を捉えるのである.したがって,インスタレーションの 視覚的・触覚的な側面は,観客を興奮させるような効果 や説得を試みるような言説を押し付けることを避け,む しろ神秘的な遭遇体験を実現できるようにデザインされ た. このインスタレーションの継承と進展を試みているも のが,1999 ~ 2001 年に実施され,近年になり関連書籍 も出版 [Steels 15] された「ザ・トーキングヘッズ」実験 のようなアートと技術の接触面における芸術作品の系譜 である.この「ザ・トーキングヘッズ」実験は,具体化 されたエージェント群が,眼前の現実世界に関する言語 ゲームへの参加を通じて,新たな共通の語彙を創出する ことを示した最初の大規模な実験である.この実験にお けるエージェントは,インターネットを通じて世界の異 なる物理的な場所へとテレポートすることができる.ア ントワープ,ブリュッセル,パリ,東京,ロンドン,ケ ンブリッジ,その他数か所を含む世界中の異なる場所が, ネットワークによって連携されていた.同様に,ピエー ル・イヴ・オウデヤーと協力者達による「エルゴ・ロボッ ト」実験は,フランスのパリにあるカルティエ現代美術 財団での「Mathematics:A Beautiful Elsewhere」展 の一環として,ロボットの人工的な好奇心と言語の形成 を調査するものとして実施された.ここでは,ロボット 達は新たなスキルと独自の言語を学習できるメカニズム を与えられた.人工的な好奇心とともに,これらのロボッ トは周囲の対象やそれらについての自分達の発語が人間 にもたらす効果を模索したのである.
4.
結 論
人間の体験の核心には,自律的な意味創出を行う途切 れることのないプロセスが存在している.新しい概念の 誕生と現実の概念化が生じ,より大きな集団においてそ れらがしだいに慣習化され共有化されるプロセスの最前 線にあるのが,アートと科学である.著者らの研究チー ムは,意味の生成に関するこのプロセスにおいて,機械 は有意義な存在であると考えている.記号を用いたコ ミュニケーションの発現と進化についての人工知能研究 は,機械が人間と共に新たな文化的・科学的・芸術的な 記号的アイデンティティを発展させる未来への道を開く だろう.文化的アイデンティティは,構築されたもので ある.国家,国民,移民,あるいは国家主義の再興(ト ランプ主義)のように,私達は 19 世紀的な思考の再来 を目撃している.多くの人は,ドイツ人であることやヨー ロッパ人であること,あるいはアメリカ人であることな どの意味を自問している.同時に,私達は人工知能と人 工生命を伴う新たな知的(生命)存在という新たなエー ジェンシーの出現を目の当たりにしている.これらのシ ステムは潜在的には甚大な社会的波及力をもち得るもの であり,その影響は労働や生活やエンタテイメントなど の未来に及ぶものだが,究極的にはそれは人間性の未来 に関わるものなのだ.今日,私達は知性を有した機械の 時代へと足を踏み入れつつあり,これらのシステムをど う扱うべきかについての理解を迅速に深めることを要請 されている.アートはより幅広い公衆に対してこの議論 への入口を開く一つの方法である.機械は,究極的には, 人間が自分自身をより深く理解することを手助けするも のになるだろう.◇ 参 考 文 献 ◇
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著 者 紹 介
シュプランガー・ミカエル ベルリン(ドイツ)のフンボルト大学を 2008 年に 卒業,ブリュッセル(ベルギー)のブリュッセル自 由大学にて博士号(コンピュータサイエンス,人工 知能)取得.博士課程の期間中,Sony CSL Paris に 研究員として所属.その後,東京(日本)のソニー 株式会社の開発部門にて自然言語の処理,ロボティ クス,機械学習の専門家として 2 年間勤務.現在は 株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所で研究者として勤務する. 60を超える査読付き論文を執筆し,NLP を用いたパーソナルな情報処理 に関する特許を保有している.研究領域は記号処理から自然言語の機械 学習,モータ制御に至るまで多岐にわたる.人工知能,デベロップメン タルロボティクス,計算言語学のコミュニティで精力的に活動を続ける. 《Confident Machines》(2011)や《Das Fremde》(2016)など,人工知能ならびにロボットを含む機械と人間の関係性の本質を考察するさまざ まなアート作品を制作している.また,オペラ「Casparo」(2011)にお いて技術監修を務めた. ノエル・ステファン スイス出身,コンテンポラリーダンス・音楽・舞台 のプロデューサーならびにキュレーターとして活 動.ローザンヌの Les Urbaines フェスティバルの ディレクターを担い(1997 ~ 98),フリブールの Belluardフェスティバルでもディレクターの一員を 務める(2004 ~ 07).パリの ゲテ・リリックの芸 術・編集委員となり(2009 ~ 11),アドバイザー として,リヨンの Nuits sonores フェスティバル(2010 ~ 16)の期間中 に Arty Farty の組織する文化事業ならびに,ブリュッセルを拠点とする コンテンポラリーのパフォーミングアーツのための国際的ネットワーク IETM(2011 ~ 14)のためのプラットフォームである European.Lab に 参加する.芸術分野では,脚本からメディアアートまで幅広く活動.《Das Fremde》 は人工知能とヒューマニズムをめぐり美学的なコンセプトを発 展させる試みである.