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大庭みな子における“野草”の魂 : “火草”及び魯迅を介して

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Academic year: 2021

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一はじめにIみな子の週脅

二○○七年五月二四日に大庭みな子が病没してまもな く、夫の大庭利雄はみな子の遺品を蛙理するうち、はか らずも、みな子が健在だった時に書いた二通の通番を見 つけ、﹁不可解なみな子の遺瞥﹂と題した一文を﹁群像﹂ 念g亨屋︶に寄せた。 二通の遺書は、どちらもみな子が作家として円熟期を 迎えた中で書かれており、和紙の巻紙に毛筆で記された 内容も基本的にほぼ同じであった。一通は貸金庫にあり、 他の一通は﹁遺書﹂と番いた封筒に収められ、封筒にも 文面にも同じ日付が明記されて自宅のみな子の簸笥に入 れられていたという。 利雄によって紹介された遺書は短文なので以下に全文 を紹介するが、はじめてこれを読んだとき私は、いまま で思い描いてきた大庭文学の個性がここに端的に現われ ていると感じ、東洋的な見方によれば、人生の結語とし

大庭みな子における〃野草″の魂

l〃火草“及び魯迅を介して

てこれほど単純明善快な言葉↑はないかもしれないとも思っ た。けれども、大庭みな子が過密に密いているような死 生観に行き蒜くまでには、そもそもの発端があり、好余 曲折が踏まれていたはずである。 * ﹃群像﹂誌上に紹介された二通の遺替を、改行、句読 点ともに掲戦されたままに転記する。 貸金庫の中にあった方は、 この世に生き長らえることで死を深めたくありません 命を鮒つことで永遠に生きることにL乱した 今後は効しい芽の中に生き銃け乱す 死後三十年を経て発没することを明記した以外の原稿は焼 き袷了ること 葬儀、墓は不用。 骨は概会があればシトカの海に激い了ください

江種満子

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