Title
ミロシュの詩集「交響曲」に於ける夢想
Author(s)
大湾, 宗定
Citation
沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(5): 69-102
Issue Date
1986-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/5771
沖縄大学紀要第5号(1986年)
ミロシュの詩集「交響曲」に於ける夢想
大湾宗定 次 序(ミロシュについて) 幼年期への夢想 孤独 故郷、季節 嗅覚による夢想 a)故郷の匂い b)幼年時代の匂い c)時の匂い 水の夢想 幼年期の映像 生のイマージュ、死のイマージュ 結論 序(ミロシュについて) オスカーヴラデイスラスドリュービッチミロシュ(OscarVladislas deLubicz-Milosz)は1877年、リトアニア(現在ソビエト連邦に属するバル ト海沿岸の-共和国)に生まれた。この長い貴族の名を持つ詩人は日本ではま だ殆ど知られていない様です。実を言うとミロシュの名はフランスの読者の間 でもまだポピュラーな名前とは言えません。しかし今曰ミロシュの読者は着実 -69-に増え続けているのです。これはアンドレ・シルヴェール社の地味な長い努力
によるところが大きいと言えましょう。アンドレ・シルヴェール社は1957年以
来ミロシュの全集を企画し、近年に於いても未発表の、戯曲「タルスのソウル」
(1970年)、小説「ゾブロウスキー家の人々」(1982年)等を出版し、ミロシユの
全貌をだんだんと明らかにしてきているのです。その他の分野でも、俳優のロ
ラン・テルチイエフがミロシュの詩の朗読をリュセルヌ劇場で1982年と1983年
2シーズンに渡って長期舞台にのせています。1977年、ミロシュの生誕百周年
の折りにはミロシュに関する国際研究会議が開かれ、それを機に先の「タルス
のソウル」の初演がコメディー・フランセーズに依ってなされ、ミロシュの回
顧展が国立図書館で行なわれました。この様な文化的勤行から見てもミロシュは決
して忘れられた詩人ではなく、今日やっとその真価を見直されつつある詩人と
言うことができるでしょう。それではなぜミロシュは今曰まで広く知られていなかったのでしょうか。そ
の理由としては、彼が当時の文学のどの流派にも属さず、何人かの親しい文学
者以外とはほとんど交際のないまま孤独の中で独自の文学を、そして難解な世
界観、宇宙観を打ち立てていったからと言えるでしょう。
それでもミロシュは当時の文学界で全く無視されていたというわけではあり
ません。アポリネールはミロシュを高く評価しましたし、ヴァレリーやシュー
ペヴイエールはミロシュの作品から受けた感動と共に絶大な賛辞を彼に宛てた
手紙の中で述べています。 メタブイズツクミロシュは彼の作家活動を三つの時代に割けてし、ます゜詩の時代と哲学の時代
スイアンス イリミナシイオンそして科学の時代、これは彼が二度神の啓示を受けたことに依るのです。最初
イリミナシイオンの啓示は私達がこれから見て行く詩集「交響曲」を書き終えた1914年の12月14
曰の夜にありました。ミロシュは「神秘なる太陽を見た」と言っています。そ
れから「私は見た。見た者は考えることも感じることもやめる。彼はもう彼が
見た物を描くことしか出来ない。」とも書いています。')この様な人間の存在
イリユミナシイオンを根底から覆するような神の啓示をミロシュは二度も体験するのです。故Iと彼
の善苧鮒のそれ、神学的なものと言えましょうが、オーソドックスな教会神
学とは違い、むしろスウェデンポルグやウイリアム・ブレイクの神学等と比較
-70-されるものです。(ミロシュの遠緑に当たる、/-ベル賞作家ツェスラウミ ロシュ(CzeslawMilosz)はミロシュとブレイクを比較した論文を発表して いる。)ミロシュの哲学書(「アルス・マグナ」、「アルカンヌ」)や科学書 は当時の一部の識者以外の読者からはほとんど相手にされず、特に科学書と呼 ばれる作品はミロシュの前期の作品を愛する人々からも失敗と見なされ、出版 目録からもはずされました。ヘンリー・ミラーは「ヒエロニムス・ポッシュの楽園」 の中でミロシュの「聖ジャンの黙示録の鍵」を読もうとさがし廻わり、ミロシ ュの遺稿監理者にまであたるがついに読ませてもらえなかったことを記してい ます。 ミロシュの作品の中で比較的に良く知られているものは彼の詩の時代に書か れた、「七つの孤独」(1906年)と「愛の伝授」(1910年)そして「ミゲル・マ ニヤラ」(1912年)でしょう。「七つの孤独」はまだポードレールの影響が見え るとはいえ、ミロシュが本当に独自の世界を打ち出した最初の特集と言えるで しょう。「愛の伝授」は騎士ヴァルドマールLがあやしい魅力を持つ不実なクラ リスーアンナレナヘの愛に苦しみながらついに一人の人間を本当に愛すること は神を愛することだと悟るに至るという物語です。それから「ミゲル・マニヤ ラ」は十七世紀のスペインにドン。ジュアンと同一視された実在の人物を主人 公とし、彼が清純なジゴラマの愛により神の愛に目ざめ聖人となり奇跡を行う に至るまでの苦悩を描きますbこれは旧約聖書のサムエルの第二の書に主題を取っ た「メフイポセト」とキリストの十二使徒の一人聖ポールが神の愛を見い出す までの苦悩を描いた「タルスのソウル」と共にミロシュの神秘劇三部作を成す ものです。 これらの作品を見て来ますとミロシュはすでに神性の道を窮めつくしたかの 様にも見えましょう。しかし彼はこれらの作品を成して後にも惑の時期を迎え ねばならなかったのです。これはジャク・ビュージュの言う神秘主義者の枯渇 の時期、全ての神秘主義者が、そして、その苦行を極めた聖者達でも必ず通ら なければならない苦悩の時期なのです。「神は身を引いた、もしくはまだ苦行
者の呼びかけに答えない、たぶんまだあやういその呼びかけに。」2)それは惑
いの時期、全てのものに対する疑い、そしてそれは自分自身の存在に対する疑 -71--- 沖縄大学紀要第5号(1986年)
問から初まるのです。すなわちこれは本物と言える詩人達全てが-度は体験す
クリーズドイダンテイテる自己存在の危機(crised,identit6)と言えるでしょう。そしてミロシュの場
合は恐ろしいほど苦しい孤独と共にその危機があったのです。
こういう自己存在の危機の時代、詩人達は自分の原点を求めて自伝的な作品へ
と指向します。ミロシュもその例にもれません。彼は1913年すでに自伝的小説「ゾ
ブロフスキー家の人々」を書いていました。この小説はミロシュの特徴を持った三
人の人物がおのおの自分自身の人生と幼年時代を問いかけるという形を取ってい
ます。ミロシュはこの小説に満足していなかったのでしょうか、これは彼の生前未
発表に終りました。どちらにしろ「ゾブロフスキー家の人々」は彼をして自己存在
の危機を乗り越えさせるには至らなかった様です。ミロシュはもう一度「幼年期へ
の道をたどりながら自己の存在を問い直す」という同じテーマを取り上げるのです6
しかし今度は別のジャンルで、叙述と描写の区別を設けないジャンル、物語る必要
のない、そして彼に自然な心情の発露と自由な想像力の流れを許すジャンル、す
なわち詩の形を選ぶのです。このようにして詩集「交響曲」が生まれました。
ところで「交響曲」と「ゾブロフスキー家の人々」はどこが違うでしょうか。
もちろんジャンルが違います。しかしその-番大きな違いは「交響曲」の中に
見られる夢想性の大きさということでしょう。ミロシュは「交響曲」の最初の
-行目から私達を夢想の世界に引き込みます。
Soyezlabienvenue,vousquivenezdmarencontreDansl'6chodemesproprespas,dufbndducorridor
obscureetfiPoiddutemps Soyezlabienvenue,solitude,mamere.、 《《SYMPHONIEDESEPTEMBRE,,P79「来よ、私自身の足音の饗の中
暗<寒い時間の回廊の奥から やってくるあなた。来兆孤独、我が母よ。」
「九月の交響曲」 -72-沖縄大学紀要第5号(1986年)
ここにはもう物語はない。夢想という手段に依りミロシュは直接、深い時の
中に分け入って行く、すると孤独が彼の前に立ち現われるのです。孤独、この夢
想する・者の忠実なる友が。「夢想は語らない、いやもしくはこう言おう。私達
が私達の本当に深いところまで降りて行くのを手っだうため、私達から私達の
物語を取り除いてしまう本当に深い夢想があると。」5)詩集「交響曲」はこの深
い夢想の中に最初から引きずり込むのです。
パシュラールも言う様にミロシュは違大なる夢想家です。4)そして彼は「愛
の伝授」の騎士ヴァルドマールLの様に「記憶と共に生きる宿命を持ってい
た」5)のです。バシュラールは又こうも言う「純粋な記憶は夢想の中にしか見
い出されない」6)「私達は想い出にふけりながら夢みる。私達は夢見ながら想い
出す。」7)「夢想は私達を名前からときはなつ、それは私達の現在の孤独を原
初の孤独につれもどす。」8)原初の孤独、すなわち幼年時代の孤独に。かくし
て孤独なるミロシュは夢想と共に「想い出の坂」9)を幼年時代へと下って行く。
幼年期への夢想 孤独 Solitude,mamere,redites-moimavie1voici LemursanscrucifixetlatableetlelivreFerm61sil'impossibleattendusilongtemps
Frappaitdlafbn6tre,commelerouge-gorgeaucoeurgel6,
Quidoncseleveraiticipourluiouvrir?Appel
Duchasseurattard6danslesmaraislivides, Lederniercridelajeunessefaiblitetmeurt:lachuted'une seulefeuille -73-沖縄大学紀要第5号(1986年) Remplitd'effroilecoeurmuetdelafOr6t. Qu'es-tudonc,tristecoeur?unechanmbreassoupie Ou,lescoudessurlelivreferme,lefilsprodigue Ecoutesonnerlavieillemouchebleuedel'enfance? Ouunmiroirquisesouvient?ouuntombeauquele voleurar6veiUe? 、《SYMPHONIEDESEPTEMBRE',P84 「孤独、我が母よ、私の人生をもう一度語っておくれ、ここに 十字架の掛かっていない壁そして机と閉じられた本 もしこんなにも長い間待ち続けた不可能が 心臓の凍てついた駒鳥の様に窓を叩いたら いったい誰がここで窓を開けてやるために立って行くだろう。 狩人の 呼び声が鉛色の沼地に立ちよどむ
青春の最後の叫びが弱まり消えゆく、たった一枚の葉の落下が
森の無言の心を恐怖に満たす。 お前はいったい何者だ悲しい'□よ、閉じた本に両肘をつき 放蕩息子が幼年時代の老いた青バエの羽音を聞く まどろむ部屋 それとも覚えている鏡、それとも泥棒に眠りを覚まされた墓。」 「九月の交響曲」 詩集「交響曲」をつらぬく主調は暗い、それは救いのない恐ろしい孤独と絶 望的な問いかけから来るものである。「いったい誰がここで窓を開けてやるた めに立って行くだろう」と言う様にミロシュはもう救いの手を期待していない。 -74-沖縄大学紀要第5号(1986年) そこには神も不在なのだ、「十字架の掛かっていない壁そして机と閉じられた 本」。この本はジヤク・ビュージュの言うように聖書と見るべきであろう。孤 独で感受性の鋭い張り詰めた詩人の心は、ほんの些細な動きにも反応し動揺す る。「青春の最後の叫びが弱まり消えゆく、たった一枚の葉の落下が/無言の 心を恐怖に満たす。」この孤独な心が幼年時代の孤独を取り戻す。「お前はい ったい何者だ悲しい'□よ、閉じた本に両肘をつき/放蕩息子が幼年時代の老い た青バエの羽音を聞く/まどろむ部屋」、「覚えている鏡」その反映によって 詩人を彼の幼年時代に連れ戻すところのその鏡、それから「墓」、彼の幼年期 の、「泥棒に目を覚まされた」墓。幼年期は死んだもの、遠いもの、しかし夢想 の中でその幼年期は詩人のもとに舞い戻ってくるのである。すでにこの三詩節 の中でミロシュは二つの孤独、詩人のそれと子供のそれ、の出合いを描いてい る、夢想の世界の中で起ったその出合いを。なぜならば、詩人の孤独は夢想の 中でしか生きないし、そこでしか自らを表現しないのだから。 バシユラールは子供の孤独と老年期のそれとについてこう書いている。 「子供の孤独は大人の孤独よりもずっと内密である。私達が自 らの幼年時や思春期の孤独とその深さを発見するのはたいて い人生の後年になってからである。老いの孤独を忘れられて いた幼年期の孤独に照らし合わせて、人は人生の後四分の一 に入って初めて、最初の四分の一の時代の孤独を知るのだ」'0) 「夢想の詩学」P92 ミロシュが「交響曲」を書いた時、彼はまだまだ老年などという年ではなか った。彼は三十六、七才でしかなかったのだから。しかし彼の様に激しく孤独 な人生を送った詩人、人生の下り坂にいる語り手の回想録である「愛の伝授」 を書いた者、そして「ミゲル・マニヤラ」、その感動的な六場、ミゲルの老年 を書いたミロシュは老年の孤独を、そして同じく内密な幼年期の孤独をも深く 感じ取ることができたのである。 詩人の孤独、子供の孤独、しかしまだもう一つ、別の孤独が,「交響曲」の中には -75-
沖縄大学紀要第5号(1986年) ある。それは詩人が「我が母」、「乳母」そして「家」と呼ぶところのもので ある。 Vousm'aveznourrid'humblepainnoiretdelaitetde mielsauvage;
Il6taitdouxdemangerdansvotremain,commelepassereau,
Carjen'aijamaiseu,6Nourrice,niperenimere EtlafblieetlafiEoideurerraientsansbutdanslamaison CCSYMPHONIEDESEPTEMBRE,,PBO「あなたは貧しい黒パンと牛乳と野生の蜜で私を育てた。
あなたの手から、スズメの様に食べるのはなんと」、良かった
だろう。なぜならば、アー乳母よ私は一度も父や母を知らなかったの
だからそして狂気と冷酷が家の中を目的なしにさまよい歩いていた
のだから。」 「九月の交響曲」ミロシユの幼年期は不幸だった。両親の不仲のため彼は母親から捨てやられ
た。この伝記的な部分をジヤク・ビュージの「ミロシュ、神性の追究」から見
てみましょう。「今はすでに台なしになってしまった結婚、その結婚生活の幸
福な時代に生まれた子供がそこにいる。たいてい母親はその子に逃げ所を見い
出す。しかし同時に時として母親は彼女にとって永久に終った、拒絶された愛
を思い起こさせるその子供に一瞥をも与えないのである。すなわち母親は「冷
酷』になる。」'1)それから父親「ヴラデイスラス・ミロシユは精神状態の不安
定な人物で激情すると精神錯乱の状態にまで落ち入るのであった」'2)すなわち
父親は『狂気』となる。そこで「家族の懐のその中で捨て子、孤児」'5)であっ
たその子供は彼のただ-人の想像の世界に逃れ込む、そしてこの孤独の世界で
-76-沖縄大学紀要第5号(1986年) ↓よ「孤独一母」が彼を養いその人格を形作ってゆくのである。 しかし実際には三番目の孤独、すなわち、母、そして乳母に人格化され、そ れから「家」にたとえられた孤独は子供の孤独のもう一つの形でしかないので ある。この慰めの「孤独一母」は子供の孤独が生み出したものなのである。ミロシ 1はこの二つの孤独を次の詩句の中で精妙に混同させている。 Jesavaisquevousn'aimiezpaslelieuouvous6tiez Etque,siloindemoi,vousn'6tiezplusmabellesolitude・ Lerocv6tudetemps,l,Tlefblleaumilieudelamer Sontdetendress6jours;etjesaismainttombeaudontla porteestderouilleetdeneurs. Maisvotremaisonnepeut6trela-basotllecieletlamer Dormentsurlesviolettesdulointain,commelesamants・ Non,votrevraiemaisonn`estpasderrierelescollines, Ainsi,vousavezpens6dmoncoeur.Carc,estldquevous etesn6e. C'estlaquevousavez6critvotrenomd'enfantsurlesmurs CGSYMPHONIEDESEPTEMBRE,,P80-81 「私は知っていた、あなたはあなたのいるその場所が好きでな いことを そして私から遠く離れてあなたはもう私の美しい孤独ではな いことを 時に身をつつんだ岩、海のただ中の狂気の島は 心良い住まいだ、それに私は扉が錆びと花の墓をたんと知っ ている。 -77-
沖縄大学紀要第5号(1986年) しかしあなたの家があそこということはありえません、空と 海が 恋人同士の様に眠るすみれ色のあの遠方ということは。 いや、あなたの本当の住まいは丘の彼方にあるのではない。 そうしてあなたは私の心に思いあたった。なぜならあなたは そこで生まれたのだから。 そこであなたはあなたの子供のころの名前を壁に書いたのだ。」 「九月の交響曲」 孤独一母、すなわち幼年時の孤独、’よ孤独な子供であったミロシュの心に生 まれたのである。そして孤独な子供が自分の孤独を慰めるため、そして自分の
存在を確かめるために壁に自分の名前を書く様に、ミロシュはこの様に彼自身
も心の壁にそうやっただろう様に、自分の名前を書きつけるもう-人の自分、
人格化された子供の孤独の誕生を想像するのである。私達の孤独に関する試論はここで終るわけではありません。なぜなら夢想は
孤独の中でしかありえないのだから、そして夢想に関する試論は孤独に関する
考察なしにはできないのだから。故にここでは私達は「交響曲」に於ける三つ
の孤独、実際には二つに集約できる孤独、すなわち、詩人のそれと子供のそれ、
そして又、たぶん一つでしかない、すなわち単一なる孤独だということを確認
したということでとどめておきましょう。なぜならば、幼年時代はどうしようもないほど時の流れの彼方に失われたもの、そして作品の中の子供の孤独は詩
人の創作なのだから。「記憶は心理の崩おれた野、想い出の瓦礫○私達の幼年時代の全ては再想像
されねばならぬものです。再想像することによって、私達はありし曰の自分自
身の孤独な夢想生活そのものの中にそれを再び見い出すことができるかもしれ
ないのです。」14)「夢想の詩学」P85
孤独な詩人ミロシュは過去の孤独をもう ̄度作り出す。そして現在の孤独の
中に子供だったころの孤独を見い出し、そして再びそれを生きるのです。
-78-沖縄大学紀要第5号(1986年) 故郷、季節
孤独な詩人の心が彼の幼年時を考える時、さまざまな記憶を通り抜け立ち現
われるのは故郷の光景である。ミロシュの故郷はリトアニアです。リトアニア、
このバルト海沿岸の国、今日ソヴィエト連邦の-共和国は霧に覆われた森と湖
の国である。この北の国、彼の幼年時代の王国をミロシュは1919年3月29曰、
パリの地理学協会での講演で次の様に紹介しています。「いらっしゃい、あなたを想像でもってもやにかすんみヴェー
ルに覆われた不思議な国にお連れしましょう。-羽ばたきで私達は全てのものが記憶のあせた色である郷の上空を飛ぶで
しょう。睡蓮の薫りと徴ゆく森のもやが私達を包み込む。こ こはリエトウヴァ、リトアニア、ジェドミンとジャシュロンの土地です。私達の前に開ける物思わしげなその土地のぬる
い薄い光のその空は原初の民族の全く新鮮な視線を持ってお
り、成熟するという豪著な悲しさを知らない。 七ヶ月間の冬のけだるさの後、空は突然の春の美しさに飛び上がる様に目覚め、そして九月の半ばからはまるで夏をもう
けなかったこの豊かな復活(秋)が鴉の声でもう、七ケ月にも渡る長い冬を呼び起こすのである。するとリトアニアの夏の
蜜の香りは又してもリトアニアの魂とも言うべきその秋の匂い
に席をゆずるのです。甘にがい薫り、倒され苔の下で朽ち行
く老木のような、夏のにわか雨の後の廃嘘のそれのような。萱白い光が平原を包み、硫黄の霧が森に立ち込める。固定観
念の蒼白さが太陽の静かなる力を溺れさす。橇が、雪はまだ
なのだが、荷車に代って水浸しの道を行く。川辺で朽ち行く
亜麻の匂いが平野に広がる。そしてついに十一月の初雪が落
ち、見張りの犬達が霧の中にまぎれた古い森の狼達といつ果
てるとも知れぬ夜の対話をしだす。」 -79-沖縄大学紀要第5号(1986年)
私達はこの素晴らしい一節の中にミロシュが「交響曲」の中で彼の幼年時代
を呼び起こすために用いた多くの要素を見い出すことができる。湿った朽ち行
く風景、この原初の民族の発祥地はやさしい受け入れの地、葦類が死んで行く
休息の地。しかしこの休息の、死の地は又復活の地でもあるのです。植物や動
物群は春になると夢中に甦りそして夏には大急ぎで育って行く。全体的な国の
雰囲気を描いた後、ミロシュは「四つの偉大なる空の神、すなわち四季」'5)を
描く。リトアニアではまず七ケ月に渡るけだるい冬があり、残りの五ケ月は「飛
び立つ様な突然の美しさ」の春と束の間の「蜜の香り」の夏、そして、九月の
中ばからもう長い冬を想い起こさせる秋、とに分割される。このリトアニアの
四季の描写はそれ自体に意味深いものがある。すなわち、ほんの少しの言葉で
ミロシュは春を紹介する、そして夏は秋がすでに来た時その想い出の様にしか
描かれていないのである。このリトアニアの四季の描写の中では秋と冬とがよ
り多くの部分を占めている、特に秋、その両方の実際の時間的長さを考えると、
すなわち二ケ月の秋と七ケ月の冬。秋はミロシュにとって特別に関り深い季節
である。ミロシュは幼任時の国(幼圧王国)を四季の軌道の下に描く。なぜならば「純
粋な思い出に月日はない。そこには季節がある。思い出における根元的な特性
は季節である。」'6)のだから。
嗅覚による夢想しかしどのようにしてミロシュは、かくも遠い時間の中の幼年王国の四季を
イマージュ見い出すのだろうか。視覚的映像、音、そうです、しかし彼は何よりも特Iと匂
いの助けにより彼の失なわれた幼年王国に入り込んで行くのです。バシュラー
ルはこう言っています。 イマージュ「視覚的映像は明lWTだ、それは本当に自然に人生を集約する場
面を形像化する。それは私達の幼年時の想い出を容易に想起
-80-沖縄大学紀要第5号(1986年)
するという特典を持っている。しかしある特定の名前を、そ して物語を持たない幼年期というものに分け入りたいと思う 者は、漠然とした大いなる思い出、たとえば昔かいだある匂 いというもの、そういった想い出の帰還に助けられるに必い ない。匂l私達の宇宙との融合の最初の証人。これら昔曰の 想い出は目をつぶって呼びもどす。ということは、すぐにち ょっと夢を見るのである。よく夢見ながら、静かな夢想の中 で素直に夢見ながら人はそれを見い出すだろう。過去に於い ても現在に於いても愛する匂いは-人の人間の心の奥底の中 心にある。詩人達は我々に幼年時の匂い、幼年時の季節をた っぷり鯵み込ませた匂いに付いての証言をしてくれるだろう。」'7) 「夢想の詩学」P118 a)故郷の匂い こうしてミロシュは目を閉じる。すると故郷の匂いが彼のところに立ち 登ってくる。それは「睡蓮の薫りと徴ゆく森のもや」である。 DansleSeptentrionnataloUdesgrandsnymph6asdeslacsMonteuneodeurdespremierstemps,unevapeurde
pommeraiesdel6gendeenglouties. '. ‘《SYMPHONIEINACHVEE,,P89 「我が北の故郷、湖の大きな睡蓮から 原初の勾い、くずおれた伝説の林檎園の香気が立ち上る。」 「未完成交響曲」P89 「原初の匂い」、原初の民族の国の匂いは睡蓮の匂いである。しかし詩人の 故郷の一番特徴的な匂いはリトアニアの魂ともいわれる秋の匂いである。 -81-沖縄大学紀要第5号(1986年) C`6taitlasaisonoUleventdenospays Souffleuneodeurdeloup,d'herbedemarecageetdelin〆 pourrissant Etchantedevieuxairsdevoleused'enfbLntsdanslesruines delanuit. ’ QGSYMPHONIEINACHVEE,,P90 「それは私達の故郷の風が 狼の匂いと沼の草、そして朽ち行く亜麻の匂いを吹き付ける そして夜の廃嘘で古い人さらいの歌を歌うあの季節だった。」 「未完成交響曲」P90 そしてこの「甘にがい薫り、倒された苔の下で朽ち行く老木の様な、夏の にわか雨の後の廃嘘のそれの様な。」そして又雨の匂いも。 ・・・・・・・Ilyauraaussi Lemurcroulantetbasousomnolaitlbdeur Desvieilles,vieillespluies,etuneherbel6preuse, FroideetgrassesecoueraldsesHeurscreuses Dansleruisseaumuet. 《(SYMPHONIEDENOVEMBRE,,P、88 「……そこにはまた 崩れかけた底い、古い古い雨の勾いが 眠る様に漂った壁があるだろう、そして病んだ様に朽ちた、 冷たく油こい草がそこで蝕まれた花を 無言の溝に揺らすだろう。」 「未完成交響曲」P88 -82-
沖縄大学紀要第5号(1986年) フアンテジー ミロシュの朽ち行く物とその匂いに対する嗜好は単なる気紛れではなし、。 それは彼の本性の存在とさえ深く関わるものなのである。私達は「愛の伝授」 の中にもこの偏愛の一例を見ることができる。ブレテイノロ館の玄関で騎士 ヴルドウマールLは「毒気のある-吹の空気」に捕えられる。彼は目を閉 じその「古い邸宅の徽臭い匂いを愛でる様に」吸い込む。 「古い住居の苔むしたまどろむ様な匂いはどこの国でも同じで す。そして本当にたびたび、私の想い出や郷愁の聖地への巡 礼の旅の途中で、デンマークの私達の祖先の暗い館にたちま ちの内に私を立ち帰らせ、その様にして一瞬の内にこんなに も雨や古い館の夕焼けがいっぱいふくまれた優しい匂いに慣 れ親しんだ少年時代の全ての喜びと全ての悲しみを再び生き るためには、いくつかの古い宿で目を閉じるだけでよかった
のです。」'8)
この騎士の館の様にミロシュの家はこの「苔むしたまどろむ様な匂い」に 充ちており、そしてこの「雨や古い館の夕焼けがいっぱいふくまれた優しい 匂い」は彼の「宇宙と融合の最初の証人」だったのです。故にこの匂いは彼 の幼年期と深く結びついたものなのです。 しかし、もう一つの深い関り合いがこの匂いと詩人にはある様です。この 「苔むした」、「甘にがい」匂いは死の匂い、ゆっくりとした静かな植物の 死の匂いなのです。「朽ち行く亜麻」や「苔の下で朽ち行く老木」は大地の 懐に帰って行く、この抱擁力のある、休息の大地に。この休息の大地への回 帰は詩人ミロシュの深い願望ではないでしょうか。 b)幼年時代の匂い ミロシュにとって故郷の匂いは特にこの甘にがい秋の匂いでした。しかし 又もう一つ別の匂いも夢見る詩人のもとに立ち上るのです。もっと軽い匂い、 幸福な幼年時代のそれです。 -83-沖縄大学紀要第5号(1986年) Commed'uncharbonbalanc6autourd'uncercueil
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oubliさLebeaujardincompliceotim,appelaitEcho,votresecond
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AvospiedsN'est-cepasquelamoireduventycourt
encore Surl'herbetristeetbelledesruines,etdubourdonveluLesondemielnes'attarderaitplusdanslabellechaleur?
《《SYMPHONIEDESEPTEMBRE,,P,81 「神秘的な律動の音がする私の心の棺その廻りに揺れる炭のそれの様に
私は幼年時代の正午の勾いが立ち上るのを感じる。
忘れはしない美しい私の仲間である庭を、孤独よあなたの二番目の息子、
エコー 木魂が私を呼んでし'た庭を、 そして私は自分が眠った場所を見覚えるでしょう。 あなたの足元です。そこでは今でも風の波紋が 哀しくも美しい廃嘘の上を流れているのでしょう。そして、 毛深いまる花蜂 蜂蜜の音が美しいうん気の中で立ち遅れているのではありま せんか。」 「九月の交響曲」P81 -84-沖縄大学紀要第5号(1986年) 「幼年時代の正午の匂い」は少年時代の幸福な季節の匂いです。夏、庭の 中で子供は眠る、この永遠に続くだろうとも思える夏に。 私達はミロシュの幼年時代は孤独なものだったということを知っています。
彼は自分を「捨て子」、「孤児」の様に感じていた。しかし、孤独な幼年時
代が必ずしも完全に不幸な幼年時代という訳ではありません。なぜならば、 孤独な子供、夢想好きな子供は自分自身の世界を持っているのだから。その 中に大人達に邪魔されることなく閉じこもることのできる、その中で自由に 自分の空想の中で生きることのできる世界を。 この幸福な孤独の世界はミロシュにとって彼の「家」そして「庭」だった。 この「家」は「父や母を知らなかった」彼にとっては外界から彼を守ってく れる「母」なのだった。 Jedis;maM6reEtc'estavousquejepense,6Maison1 Maisondesbeaux6t6sobscuresdemonenfance,avous、 Qui、'avezjaInaisgrond6mam61ancolie,dvous Quisaviezsibienmecacherauxregardscruels,6 Complice,doucecomplice1 GQINSOMNIE,,P、96 「我が母よと私は言う。その時私はあなたを思うのですオオ 家よ。 私のメランコリーを一度として叱らなかったあなたを 苛酷な視線から私を隠すことを本当に良く心得ていた あなたをオオ 共謀者、やさしい共謀者!」 「不眠」 子供はこの家、そしてこの庭で彼の美しくもおぼろげな夏の王国を知った のだった。このように幼年期の匂いは夏の家そして庭のそれなのです。 -85-沖縄大学紀要第5号(1986年) Ah1j'airespir6biendesames,maisnullen'avait
CettebonneodeurdenappepefiFoideetdepaindor6
Etdevieillefen6treouverteauxabeillesdejuin1
Nicettesaintevoixdemidisonnantdanslesneurs1 唾INSOMNIE,,P、96 「アー私はたくさんの魂の匂いをかいだがどれも この冷たいナプキンと黄金のパンの、 そして七月の蜜蜂達に開かれた古い窓の様な良い匂いはしな かった。 それに花々に響く正午の聖なる声もなかった。」 「不眠」幼年時代の匂いは永遠の夏のそれ、しかし、リトアニアの夏はとても短か
い。それは又花の匂いでもある。しかし、この「気ぐるわしい匂いはすでに
秋の訪れを知らせる。 Etdel'heliotropemourant ●●●●●●●L'odeurd61ireencoredanslesfi6vresd'apr6s-nlidi1
蚊SYMPHONIEDESEPTEMBRE,,P、82 「……そして頻死のヘリオトロープを その匂いは今でも午後の 熱気の中で気ぐるわしく匂っている のでしょう。」 「九月の交響曲」Maislesoir,demonlitd`enfantquisentlesHeurs,jevois
Lalunefbllementpar6edesfinsd'6tdElleregarde
-86-沖縄大学紀要第5号(1986年) Atraverslavigneamere,etdanslanuitdesenteurs、 LameutedeM61ancolieaboisenr6ve1 G《SYMPHONIEDESEPTEMBRE,,P、83 「しかし夜、花の薫りの私の寝台から私は 狂おし<装ったもう晩夏の月を見る。月は まだにがい葡萄の葉起しにのぞく、そして匂やかな夜に メランコリーの猟犬の群が夢の中に泣き叫ぶ。」 「九月の交響曲」 この様にして幸福な夏の匂いは秋の匂いにその席を譲る。これらの匂いの -吹きによって、夢想の中で、ミロシュは彼の幼年時代を再び見い出す。パ シュラールはこう言っています。 「消え過った-つの世界の全ては一つの匂いの中に保存されて
いる。」'9)
c)時の匂い 時の深遠から詩人のもとに立ち上ってくる匂い、そして彼を過去に連れ戻す匂い、この匂いは長い時間を横ぎって来てい、その時の流れをその匂いの
中に荷なっている。この様にして、この匂いがまた時の匂いということにな るのでしょう。 Ceseratoutdfaitcommedanscettevie・Lam6metable, LaBible,Goethe,lencreetsonodeurdetemps, Lepapier,femmeblanchequilitdanslapensee,’ Laplume,leportrait、Monenfant,monenfant1 “SYMPHONIEDENOVEMBRE,,P、87 -87-沖縄大学紀要第5号(1986年)
「それはちょうどこの人生と同じ様でしょう。同じ机、
聖書、ゲーテ、インクとその時の匂い
紙、思考の中を読む白い女、 羽ペン、肖像、我が子よ、我が子よ。」 「十一月の交響曲」時の匂い、それはインクの匂い、それは又、多くの時が流れて行くのを見
てきたとても古い本のそれでもあるのです。
・・・・・・・oh1dites,pourquoiNem'avez-vouspasenvelopp6depoussi6retender
Commecestr6svieuxlivresbruissantsquisententlevent
Etlesoleildessouvenirs・・・・・・・ “INSOMNIE,, P、97 「……オオなぜあなたは私を優しい挨の中に包み込まなかったのですか
ざわざわと音をたてる、風と思い出の太陽の匂いのする
これらのとても古い本の様に。」
「不眠」P97この古い本は風の匂いがする、風、この時間と空間の中の空気の動きであ
るものの、それからこれらの本は又「思い出の太陽」の匂いがするのです。
とても古い想い出、幼年時の太陽の思い出の。
夢想の中で匂いはミロシュに彼の幼年時代、彼の故郷、そして時間を呼び
起こします。そしてパシュラールの言う様に、「愛する匂いは-人の人間の
心の奥底の中心にある。」'7)その様に詩集「交響曲」の中で嗅覚の夢想は-
人の人間の心の奥深くIと理れてしまった思い出の呼起に重要な役割を果して
いるのです。 -88-沖縄大学紀要第5号(1986年) 水の夢想 私達が自らの幼年時代を夢見る時、いつでも現実とその想い出との間には歪が ある。なぜなら〈私達は現実にあったことをそのまま思い出すことができない のだから、しかしもしそれができたとしても私達にその正確さが必要でしょう か。詩人は彼の夢想の中で幼年期を再発見する「天啓の時の中で-彼の詩的時
間の中」20)で詩人は不必要な逸話的な要素を全てそこから取り除き、私達の前にそ
の本質とでも言うべき形の幼年期を提示する。この歪は、詩的な歪、もしくは 想い出の浄化とも言えるものなのである。この様にして逸話を取り除かれた、 夢想の世界を通り抜けて再び見出された幼年期は普偏的な特性を持ったものと なる。それはすべての人間の幼年期となる。夢想の中で再発見された幼年期、 この先験的幼年期(enfancetranscend6e)は原形的(arch6type)な幼年期 マチイエール と言える。そしてこの先験的幼年期にまで行き着く詩人は物質でもって夢想 オブジェ するのである。バシュラーノレが言う様に、「人は物体でもって深く夢見ること マチエールはできない、深い夢想に至るには物質で夢見なければならない。」21)大きく
分けて詩人には火で夢見る者と水で夢見る者の二つのタイプがある。ミロシユは 特に水で夢見る詩人である。 「狂おしい悲しみの黄水蓮がはびこり、緑がかった、腐りかけた暗い湖の広漠たる広がりが突然私の目前に開ける。」22)
リトアニア、霧(この気化した水)に包まれた森と湖の国では致る所に水が ある。しかしこの国の水は陽気な谷川のそれではなく、何よりもまず「暗い湖」そして「鉛色の沼地」の水である。そこでは水は「水平の死」35)それは「不随
者の目の様な澱んだ、悲しい水」?2)死の水、際限のない苦悩の水なのだ。23)
死の水、それは又壁や植物を腐らすその湿気と雨でもある。私達はすでにミ ロシュの腐敗匂への傾倒を指摘しましたが、それは湿気、すなわち「水」によ って引き起こされるのです。 ミロシュはこの澱んだ鈍重な水をヴェニスにも見出します。ヴェニス、この -89-沖縄大学紀要第5号(1986年) 水の都は又「愛の伝授」の物語の背景でもあります。それはあたかも、イタリ
アの歌手であった祖母、その若かりし乙女の皮膚の下を流れていた、そして今
なお孤独な詩人の血管を流れるラテンの血がイタリアからリトアニアにまでも たらされたのと反対に、この同じ死の水が彼の国からヴェニスまで秘かに地下 を流れていた様なものであります。 Etlesentierobscurserald,touthumide Dun6chodecascades・Etjeteparlerai Delacit6surl'eauetduRabbideBacharach EtdesNuitsdeFlorence.。.・・・・ 〈《SYMPHONIEDENOVEMBRE,, P、88 「そして暗い小路がそこに滝の響に 湿りきってあるだろう。そして私はお前に話すでしょう。 水の上の都、そしてバカラク師 それからフィレンツェの夜について。」 「十一月の交響曲」 ところで「交響曲」の中の水はこの重く澱んだ水、この死の水だけではない、 もっと清い水もあります。それは幼年時代の水、たとえば泉の水。 Ettoi,sagefbntaineauregardsicalmeetsibeau, Odser6fUgiait,parleschaleurssonnantes Toutcequirestaitd'ombreetdesilencesurlaterre1 《《SYMPHONIEDESEPTEMBRE,,P83 「そしてお前、かくも静かな、かくも美しい眠ざしの、聡明な 泉 地上に残された全ての影と静けさが -90-沖縄大学紀要第5号(1986年)
暑さと饗と共にお前のもとに身を隠していた。」
「九月の交響曲」水は眠差しを持っている。なぜなら、詩人にとって「輝くものは全て見る、
そしてこの世の中に眠差しより輝かしいものはない」24)のだから。こうして、詩
人にとって水は「大地の真の目」25)、そして大地は詩人の様に目でもって夢見
る。「私達の目では水が夢見るのである。私達の目は、神が私達の深奥におい
てくださった液体の光の未知なる水溜りではないでしょうか。」(「日の出の中
の黒い鳥」ポール・クローデル)又自然の中では水が見るのであり又水が夢見
るのです。」26)この様に幼年期の水は「不随者の目の様な澱んだ悲しい水」す
なわち故郷の水ではなく「そんなにも静かな、そんなにも美しい眠差し」を持
った泉のそれなのである。泉の水は美しい幼年時代の証言を見せてくれました。しかし「交響曲」の中
で幼年王国を象徴するものは庭の露と言わなければなりません。庭の、生い茂
った広い庭園の露は庭の目、この秘密の場所の目、孤独な幼年王国の。
Leursyeuxn'6taitpaslabelleroseeardenteetsombre
lQuilでveenvosjardinsetmeregardejusqu'aucoeur
《TNSOMNIE,,P、97「彼らの目は、お前の庭で夢見そして私の心中まで見澄ますあ
の美しい熱烈な暗い露ではなかった。」
「不眠」露、この特権的な水、最も清い水、↓よ錬金術師達から天賜の水としてみなされ
ている。「露は最も澄みきった時間に天から降りてくる。雨は雲から落
ち粗雑な水を生む。露は天体から降りてき天性の水を与える。
-91-沖縄大学紀要第5号(1986年)
..,…清例な天性の物質を凄み込ませた水、これが露である。」27)
私達はバシュラールの言うこの天性の露を詩集「交響曲」の中の「山の歌」
にも見ることができる。 Viens,vienspurifiertoncoeurdansl'immenceros6e Desconstellations! 〈《LECHANTDELAMONTAGNE,,P、100 「来よ、来よ、お前の心を清めに、 星天の絶大なる露の中に。」 「山の歌」しかし、「交響曲」の中での露は特にこの「熱烈で暗い」目、少年ミロシュ
のそれでもあったろうところの、夢見る、そして心の観察者でもあるところの、
ドゥプル目なのである。庭の露はこの瞑想少年の目のもう一つの姿なのである。
庭の目である露は透明な球形をした鏡でもある。この球の表面には庭の全て
が映っており、その球には庭がおさめられているのである。
Lamaisondel`enfance,lamuette,lasombre, AufbnddesparcstoufIUsohl'oiseautransidumatinChantaitbaspourl'amourdesmortstr6sanciens,dans
lbbscurerosee・ジ ビビSYMPHONIEINACHEVEE,,P,90 「幼年期の家、無言で、暗いこんもりと茂った庭の奥、早朝にふるえる鳥が
とても古い死者達への愛のために暗い露の中で低く歌ってい
た。 「未完成交響曲」 -92-沖縄大学紀要第5号(1986年) ミクロコスモス ミケロコスモス ミクロコスモス 露は小宇宙、夢想の/I、宇宙、ナルシシックな小宇宙。なぜなら回りの自然 と共にナルシスの顔もそこに写っているのだから。ナルシス、しかし、自分の 心に見入るナルシス。 Tendreeglantiermaladeaupieddelacolline,tereverrai-je Quelquejour?etsais-tuquetaHeuroUriaitlaroseel Etaitlecoeursilourddelarrnesdemonenfance? “SYMPHONIEDESEPTEMBRE,,P、83 「丘の裾の病んだ優しい野の薔薇よし1つの曰か またお前を見ることがあるだろうか。そしてお前の花の上で 笑っていた朝露が 幼き曰の涙であんなにも重かった私の心だったということを お前は知っているだろうか。」 「九月の交響曲」 花の露はナルシスの涙。そしてこの「私の幼き曰の涙であんなにも重かった 心」は夢想する心である。なぜなら花の露の様に「私の幼き曰の涙」も失われ た王国を映しているのだから。 「涙であんなにも重かった心」は失われた幼年時代を映す。心は鏡だ。 「お前はいったい誰だ悲しい'□よ、閉じられた本に両肘を突き 放蕩息子が幼年時代の老いた青バエの羽音を聞くまどろむ部 屋 それとも覚えている鏡、それとも泥棒に眠りを覚まされた墓」 覚えている鏡、すなわち幼年時代を映している鏡。この鏡は心、そして詩人 が露と同一視するあの涙でもあるのだ。 -93-
沖縄大学紀要第5号(1986年) イマージュ 幼年期の映像 Soyezlabienvenue,vousquivenezamarencontre、 Dansl'6chodemesproprespas,dufbndducorridOr obscureetfroiddutemps, Soyezlabienvenue,solitude,mamere.、 G<SYMPHONIEDESEPTEMBRE,,P,79 「来よ、私自身の足音の響の中 暗く寒い時間の回廊の奥から やってくるあなた。 来よ、孤独、我が母よ。」 「九月の交響曲」 詩人の深い夢想の中に「孤独一母」、すなわち幼年時代の孤独、そして子 ドウプル 供の孤独のもう一つの姿、が彼に会いにやって来る。この「孤独一母」は「十 一月の交響曲」で詩人に語りかけてくる声の主に違いありません。しかしそれ
は又孤独の映像化されたものともいえるでしょう。詩人が自分自身の最も奥深
い所まで降りて行き、記憶の彼方、「記憶のすでにない過去」にまで行きっ
イマージュ いた時、映像が夢想の中で詩人に会し、にやって来るのです。私達はそれらの映 像から詩人の想像により幼年時の故郷が出現するのを見る。 Opaysdelenfance16seigneurieombreusedesancetres1 Beautieulsomnolentcherauxgravesabeilles Es-tuheureuxcommeautrefbis?ettoi,carillondesneursdbr Charmes-tulbmbredescollinespourlesfiancailles DelaDormeuseblanchedanslelivremoisi SidouxAfeuilleterquandlerayondusoir -94-沖縄大学紀要第5号(1986年) Descendsurlapoussi6redugrenier:etautourdenouslesilence Desrouetsarr6t6sdel'araign6efileuse. 〈<SYMPHONIEDESEPTEMBRE,,P、82 「おう、幼年時の国Aおう祖先の影深き領地よ・ 荘重なる蜜蜂達に愛された美しい夢見る菩提樹 力リョン お前は昔の様に幸福だろうか、それからつり鐘の様な黄金の 花々よ お前は丘の影を魅了しているだろうか。 屋根裏の炭の上に夜の明りが差し込む時 ページをめくるのがあんなにも心地良かつた カビた本の中の眠れる乙女の婚約を祝うために。そして私達 の回りには 蜘蛛、紡ぎ女の止まった紡ぎ車の静けさ。」 「九月の交響曲」 Beauxjours1limpidesjours1quandlacollineetaitenfleurs Quanddansloc6and'ordelachaleurlesgrandesorgues Desruchesentravailchantaientpourlesdieuxdusommeil, 《《INSOMNIE,,P、97 「美しい日々、清澄なる日々、丘の上が花ざかりだった時 黄金の熱気の大海原の中で働く蜜蜂の巣箱の 大オルガンが眠りの神を称えて歌っていた時……」 「不眠」 幼年時の国のイマージュは幸福な幼年期のそれである。美しい、そして清澄 な夏の領地の中、丘の影での曰々、働く蜜蜂の羽音で大オルガンの様にうなる -95-
沖縄大学紀要第5号(1986年)
巣箱、子供がまどろむ様な菩提樹の下で、夢想の中に聞くその羽音は眠りの神
への音楽の捧げ物の様です。「黄金の熱気の大海原」、六月の「美しい熱気」幸福な季節は黄金の色です。
それは又「荘重な蜜蜂」や「毛むくじゃらなまる花蜂」これら黄金の昆虫にも
そして彼らの蜜、この黄金の液体にも言えることです。そして蜜、この黄金の
液体は「万能なる酵母」、「天と地の全ての協力に因る固体の露」、「空気と
水の息吹きの固体化、凝固の初まり」すなわち、根元的三大要素、空気、水、
そして地から生まれたとても豊かな実質を持った液体なのである。その他、こ
の黄金の王国を魅了する「黄金の花々のカリヨン」、そして冬の間で唯一の祝
福された曰、クリスマスの前夜、「真白に静かで美しい野中の」「賢い子供の
家の黄金の窓々」がある。幸福な幼年期は黄金の夢想である。
Lointainsheureuxport6sparlesoupirdusoir,nuagesd'or,
Beauxnavirescharg6sdemanneparlesanges1est-cevral
Quetous,tousvousavezcess6dem'aimer,queJamals,
Jamaisjenevousverraiplusdtraverslecristal
Del'enfance?GGSYMPHONIEDESEPTEMBRE,,P,84-85
「夕暮れの溜息に運ばれる幸ある遠方、黄金の雲
マナ天使達が天の糧を積み込んだ美しし'船本当ですか
あなた達皆が私を愛するのをやめたと言うのは、そしてもう
けしてけして私があなた達を幼年期のクリスタルを透して
見ることができないというのは。」
「九月の交響曲」幸福な幼年期は黄金時代の夢想、しかしそれはすでに失われたもの。
幸福な幼年期に関してもう一つ注目すべきものがあります。それは白色の夢
-96-沖縄大学紀要第5号(1986年)
想とも言えるもの。幸福な読書の時間と古代への子供の夢想、屋根裏のやさし
い挨に包まれた「私の夢遊の旅」、これらの時の流れの中で宙に浮いた様に止
った時間のそれ、「私達の回りには/蜘蛛、紡ぎ女の止まった紡ぎ車の静けさ」。
そして「白い婦人」は夢見る子供のつき人、「メンフイスの眠り女」は「心の
中を読む白い女」そして詩人が天啓を授ける時彼の守護天使として現われる者
になるのである、「死の国でのお前の死、生の国でのお前の生。/かくも賢き、 功労ある女人。」(「未完成交響曲」) 生のイマージュ、死のイマージュ彼らの活動的な特性により動物達はしばしば生のイマージュを呼び起こす。
「交響曲」の中では蜜蜂が彼らの色と羽音と仕事によって幼年期の幸福な生活
と夢想を象徴している。しかし幸福な幼年期のイマージュを与えるもう一つ別の
動物がいる。 ..・・・・lapremi6rehirondelleVole,volesurleslabours,danslesoleilclairderenfance.
《、SYMPHONIEDESEPTMBRE,,P、80 「……初のつばめが 飛ぶ、飛ぶ、耕地の上を、幼年時代の明るい太陽の光の中を」 「九月の交響曲」 最初のつばめは幸福な季節の到来を告げる者。耕地の上を行く軽く早いこの烏の飛翔は自由のイマージュ、幼年時代の明るく広大な国の空間のイマージュ、
飛翔の夢想。つばめ、この渡り鳥は遠方、彼方のイマージュも持っており遠い
外国への夢も呼び起こす。つばめが幸福な幼年期を呼び起こすことに異論はな
い、しかしそのイマージュはもう黄金時代のそれではないそうであるために -97-沖縄大学紀要第5号(1986年)
は充足感が足りない。すでにかくも人間的な希望'筐慢という感情、ここでは遠
方への1厘れ、が子供の心の中にすでに忍び込んでしまっていたのです6
私達はこの幼年王国に於いて動物達が彼らの活動力の故に生の象徴であると
いうことを見ました。しかし詩人がこの天国を失ったと意識した時、全ての様
そうは変わる。それらのイマージュは悲しいものとなる。動物達はもう生をで
はなく、死を象徴する。 。。。・・・Dansleverger Ledouxpivertclouelecercueildesonamour Etlagrenouillepriedanslesroseauxmuets・・・・・ 《cSYMPHONIEDESEPTEMBRE',P、83 「……果樹園では 優しい啄木鳥が愛の枢を釘付ける そして暗黙の葦のやぶでカエルは祈る。」 「九月の交響曲」 AufOnddes Chantaitbas robscure parcstouffUsoUl'oiseautransidumatin pourl'amourdesmortstr6sanciens,dans / rosee. “SYMPHONIEINACHEVEE,,P、90 「こんもりと茂った庭の奥、早朝にふるえる烏がとても古い死者達のために低く歌っていた。暗い露の中で」
「未完成交響曲」私達は幼年期、この王国、失楽園がイマージュとそれが喚起する想像力の広
イマージュがりにより、呼び起されるのを見てきた。映像は想像の対象となるものと想像
する者との出会いの結晶である。バジュラールはこう言っている。
-98-沖縄大学紀要第5号(1986年) イマージュ 「映像は二重の現実を持っている。精神的な現実と物理的な現 イマージユ イマゾナン ィマソネ 実。そして映像Iとよってこそ想像する者と想像されるもの とは一番近づくのである。人間の精神は元来イマージュによ
って形象されるのだ。」2の
結論 これまで見てきた様に詩集「交響曲」の中の幼年期は詩人によって作られた イマージュ もの、映像や夢想の中で再発見された幼年期でありました。一個人が現実に生 きたものではない幼年期、この再発見された幼年期はバシユラールが映像に関し て言うところの「想像する者と想像される者」の関係に対応するでしょう。詩 人は再発見された幼年期に於いて幼年期に一番近づきます。そして再発見され た幼年期は詩人の精神そのものとなるのです。 ミロシュは「交響曲」の中でこの再び見い出された幼年期を歌います。そし て幸福な幼年王国を歌うとき心の平和を味わうのです。なぜならそこが少年の 愛の場所、自己の原点だったのですから。私達はこの試論の中で「愛」につい てはまだ十分見ることができませんでしたが、詩人はこの幼年時代、そしてそ の愛の中に自己の存在と平和を見出すのです。この様に自己の存在の確認への 道は夢想と共になされたのです。 イリユミナシオン ミロシユは詩集「交響曲」を書き上げた1914年の12月14曰神の啓示を受けま す。そしてその後彼の作品は大きく変わって行くのです。自己存在の危機に落 イリユミナシオン ち入ってし、たミロシュ、そして天啓、詩集「交響曲」はミロシュのこの大き な転機に重要な役割を果したと言えましょう。そして夢想は彼のその後の作品 に於いても彼の思考の大きな担い手としてあるのです。 -99-沖縄大学紀要第5号(1986年) 註 CantiquedelaConnaissancePo6siesllP・ 「認識の雅歌」仮HP142-143 Jacquesbuge:Miloszenqu6teduDivin ジヤク・ビユージユ、「ミロシユ、神性の研究」Pll3 GastonBachelard:LaPo6tiquedelaR6veriI バシユラール「夢想の詩学」P84 同Pll9 L'AmoureuseInitiationP、8 「愛の伝授」P8 「夢想の詩学」P99 同P87 同P84 同P87 同P92 「ミロシユ、神性の追究」P26 同P24 同P24 「夢想の詩学」P85 同PlOO 同PlOO 同P118 「愛の伝授」P20,21 「夢想の詩学」P121 同P85 Bachelard:LEauetlesR6vesP、33 「水と夢」P33 ArsMagna 「アルス・マグナ」 P142-143 2 3 laR6verie P、84 45 6789、Ⅱ旭旧皿咀略Ⅳ旧旧別Ⅲ 22 -100-
沖縄大学紀要第5号(1986年) 23「水は常に流れる、常に落ちる、そして水は常にその水平の死に1 の苦悩には終りがない」「水と夢」P9 24バシユラール「夢想の詩学」P159 25バシユラール「水と夢」P45 26同P23 27Bachelard:LaterreetlesR6veriesdelaVolont6R326 パシユラール「大地と意志の夢想」P326 28同P5 そして水は常にその水平の死に行き着く」、「水 ミロシュの作品は 0.V・deLMiloszOEUVRESCOMPLETES6d Andr6Slivaireに拠りました。 紙面の制限上、詩集「交響曲」のみ原文を 掲載させていただきました。 引用文全ての翻訳は著者によるもので、ペ ージ数は原文のものを記してあります。 -101-
SYNOPSIS
LA REVERIE DANS LES SYMPHONIES DE O. V. de L. MILOSZ
Les Symphonies furent ecrites entre 1913 et 1914. Ce fut une periode
tres difficile pour Milosz, la periode qu'on nomme communement, comme celIe de41crise d'identite ".
Pour surmonter cette crise, Milosz ecrit des oeuvres autobiographiques. Pour trouver son identite il se dirige vers son origine: vers son enfance.
Mais pour cela, il ne suffit pas de raconter des anecdotes vecues. II
faut Que Ie poete redecouvre son enfance et qu'il la revive. Alors, comment Ie poete retrouve-t-il l'enfance qui est deja tres loin dans Ie passe? Dans cette retrouvailIe, c'est la reverie qui joue un role preponderant.
Dans la reverie profonde il revoit son pays de l'enfance et il rencontre
avec l'enfant qu'il etait et qui reve dans ses jardins, dans ces Heux d'amour. Nous suivons les traces de la recherche de son lieu d'origine faite par Ie biais de' la· reverie.