Author(s)
ディリープ, チャンドララール
Citation
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of
Humanities and Social Sciences(18): 49-66
Issue Date
2016-03-07
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/20446
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〈論文〉平和構築をめざす体験型異文化間教育
― 交流事業「アジアの架け橋 沖縄スリランカプロジェクト」の実践からの考察 ―
ディリープ チャンドララール
([email protected]) 要 約 国立沖縄青少年交流の家が主催する文部科学省委託交流事業である「アジアの架け橋 沖縄スリランカプロジェクト」~「命と平和」を未来へ~は、平和構築の担い手にな る青年を育成することを目的として過去5年間沖縄で行われてきた。この交流プログ ラムの実践を通して、異文化間教育における平和構築の可能性を探ってみる。まず、 プロジェクトの構想と異文化間教育や平和教育の学習領域や主な学習内容などの基本 的枠組みの妥当性を検討し、それから参与観察、アンケート調査、ヒヤリングなどの 方法を使って、実践の結果を分析する。最後に、実践から見えてくる可能性を描きな がらも、集中的異文化間交流の課題と問題点に目を向ける。 キーワード:異文化間コミュニケーション、平和、体験型学習、ふりかえり、未来 1.はじめに 国立沖縄青少年交流の家が主催する文部科学省委託交流事業である「アジアの架け橋 沖縄 スリランカプロジェクト」~「命と平和」を未来へ~は、平和構築の担い手になる青年を育成 することを目的として行われている。この交流事業は、沖縄とスリランカ双方を対象として、 2011年からすでに5年間、毎年沖縄で実施されている。スリランカの公立中学生(スリラ ンカの教育システムでは9年生、10年生、11年生(年齢14~16歳))を対象に沖縄スリ ランカ友好協会を通して沖縄に招聘する。10日間という短い滞在期間内で行われる集中的な 異文化接触体験と交流プログラムの実践を通して、異文化間教育における平和構築の可能性を 考えてみたい。 「平和構築」は、1992年6月に出されたブドロス・ガリ国連第6代事務総長の報告書“An Agenda for Peace”で、国際社会が果たすべき役割として言及された(1)。その後「平和構築」という言葉は頻繁に使われ、議論されるようになってきた。「平和構築」は、主に2つの使い方 がされてきた。それは「紛争後の平和的制度構築」を指す狭義の使い方と、「軍事的・外交的(政 治的)・経済的(開発)側面のすべてにおける紛争予防と関連するすべての活動」を指す広義の 使い方である。現在では、「平和構築」は後者の広義の意味で使われることが多い。そこには、 国際社会や市民社会が行う社会開発支援活動も含まれる( 2)。従って、本研究でもこうした広義
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の意味でとらえた「平和構築」を目指す異文化間教育事業の展望について述べたい。 異文化間の関係において多くの変容が生じているこの時代において、異文化間、あるいは異 民族間の掛け橋が非常に大切である。そして民族主義あるいは国家主義とは異なる民際的交流 こそがより効果的であるという想定のもとに、この交流事業が構想されている。このプロジェ クトによって、青年たちがこれまで慣れ親しんできた環境や固定観念から離れ、新たな価値観 と出会い、さらに新たな会話と対話が始まるような場所と環境を提供することができると考え てきた。その対話の中で青年たちは地域やコミュニティーが直面している問題や課題を発見す ることもできるだろう。異文化間の接触を通して、生き方、価値観や世界観の違いとぶつかり、 参加青年に平和な世界を描くという挑戦を経験してもらうのも一つの大きな狙いである。では その実態を探ってみたい。 本研究では、当交流プロジェクトの構想と開発に焦点を当て、異文化間教育や平和教育の学 習領域や主な学習内容などの基本的枠組みを検討し、それらの分析視点を通してプロジェクト の実践を検証する。実際に取り組まれた5年間の事例の検討結果に基づく、平和構築における 異文化間教育の可能性と課題を明らかにする。 2.プロジェクトの構想 2.1 事業計画 2011年から2015年まで実施してきたプロジェクトの内容はほとんど変わっていない が、ここでは一番最近のものである2015年度日程及び内容の概要を表にまとめる。 日次 月日 ( 曜 ) カテゴリー 主 な 内 容 実施場所 1 9/10 (木) 基本的生活 習慣と交流 那覇空港到着後 施設へ移動 オリエンテーション 沖縄県立 糸満青少年の家 2 9/11 (金) 生活 学校 ・ 文化 オープニングセレモニー 交流中学校訪問 授業体験 ・ 文化交流会 部活動体験 ホームステイ (生活習慣 ・ 食習慣の理解) 沖縄尚学高等学校 ・ 付 属中学校 ホームステイ受入家庭 3 9/12 (土) 生活 ホームステイ家族との交流 ホームステイ (生活習慣 ・ 食習慣の理解) ホームステイ受入家庭 4 9/13 (日) 平和 生活 渡嘉敷島へ 海洋研修 (美しい海を育む環境を知る) 交流スポーツ大会 国立 沖縄青少年交流の家 海洋研修場 渡嘉敷ビーチ 5 9/14 (月) 平和 生活 環境 平和学習 (命の尊さ ・ 平和の大切さを考える) グループディスカッション (テーマ : 戦争、 歴史と平和 ) 海洋研修 (美しい海を育む環境を知る) 国立 沖縄青少年交流の家 集団自決跡地 渡嘉敷ビーチ 6 9/15 (火) 生活 歴史 ・ 文化 平和 渡嘉敷村長表敬訪問 沖縄本島へ 平和学習 (沖縄の歴史を知る) グループディスカッション (テーマ : 命と平 和、 平和の構築、 アクションプラン ) 渡嘉敷村役場 糸数壕アブチラガマ 沖縄平和祈念資料館 沖縄県立 糸満青少年の家- 51 -
7 9/16 (水) 環境 平和 美ら海水族館 (海洋環境を学ぶ) 平和学習 (現代沖縄を知る) ふりかえり 美ら海水族館 嘉数高台 沖縄県立 糸満青少年の家 8 9/17 (木) 歴史 ・ 文化 生活 沖縄県教育長表敬訪問 首里城および周辺史跡見学 ・ 那覇市街地 散策 さよならパーティ 沖縄県庁 首里城 ・ 那覇市街 沖縄県立 糸満青少年の家 9 9/18 (金) 生活 クロージングセレモニー 東京へ移動 成田宿泊 10 9/19 (土) 空港移動 帰国 2.2 事業の構成員 「アジアの架け橋 沖縄スリランカプロジェクト」事業の構成員は次のとおりである。 ① 企画・評価部門 沖縄スリランカ友好協会・沖縄県教育委員会・交流校の校長・琉球大学教授・沖縄大学教授・ スリランカ人留学生・日本人大学生 ② 実施部門 招聘中学生・交流中学生・招聘国引率スタッフ・通訳スタッフ・国立沖縄青少年交流の家・ 沖縄スリランカ友好協会・スリランカ人留学生チューター・日本人大学生チューター 国立沖縄青少年交流の家が中心になり、異文化間教育や平和教育の学習領域や主な学習内容 などの基本的枠組みを設定し、教育関係者や学校教員、大学教員や研究者、スリランカ人留学 生や日本人学生がチーム(企画運営委員会)を作り、意見聴取しながら実践プロジェクトを開 発した。上記の2部門で実施体制を構成した理由は、学問の世界における研究成果が現場の実 践に必ずしも有機的につながっていないことを反省し、知識と実践の融合をはかると同時に、 ホスト側とゲスト側のニーズのマッチングをはかろうとしたからである。筆者は当企画・評価 部門の企画委員会の委員長として継続参加し、企画・実施の両方に関わってきた。 2.3 学習内容 ここでは、本事業における学習内容を論述する。まず、目標とした主な学習内容と異文化間 教育の学習領域として、下記の 4 つの部門を設定し、体験を通して学ぶことになっている。 a) 国際社会(異文化理解、文化交流、多文化共生) b) 地域的課題(戦争と平和、人権、基地問題、環境、観光開発) c) 自然観察(海洋研修、美ら海水族館の見学) d) 未来へのつながり(歴史の見方、環境保全、持続可能な開発、市民参加、協力) a)の「国際社会」の領域として、スリランカの中学生が沖縄の中学校を訪ねて交流会に参加し、 実際に授業に参加し、授業を通じた交流を行い、沖縄の中学生の家でホームステイをするとい- 52 -
う異文化との出会いがある。また沖縄県立糸満青少年の家、国立沖縄青少年交流の家で宿泊し ながら学習活動を行っているので、チューターを交えて日本文化に接する機会でもある。チュー ターの中には、琉球大学で研究しているスリランカ人留学生と沖縄大学の日本人学生などがい る。 b)の「地域的課題」では、普天間基地などを中心に沖縄の基地問題を学習し、平和学習と して沖縄平和祈念資料館と沖縄平和祈念公園を訪ねる。南城市の糸数アブチラガマや渡嘉敷の 集団自決の現場を訪ねることもあった。特に沖縄の歴史と現代の課題を中心に学んできたが、 グループディスカッションの中ではスリランカの内戦や平和づくりの問題も出てくる。 c)の「自然観察」では、渡嘉敷ビーチと阿波連ビーチで海洋研修を行い、海洋業者からの 講話を通して、海の環境保護について、または観光産業について学ぶ。さらに美ら海水族館を 見学し、沖縄の自然が観光産業に大きく役立っていることも学ぶ。 3つの領域での体験や交流、ディスカッション学習が総合的に、かつ相互的に影響しあう形 で d)の「未来へのつながり」に向けて集約されている。 プログラム全体が、歴史をどう見るのか、環境保護や持続可能な開発が安全な暮らしのため にどう役に立つのか、個々の意識や内面の省察を行い、市民としての参加と協力が重要である ことを認識させる。学習とふりかえりを啓発することにつなげていく(3)。各セッションの終わ りにふりかえりとディスカッションの時間を設けて、お互いに意見や考えを共有し、意識を高 めていく。 2.4 実践内容の特色 本プロジェクトの実践内容の特色は4つある。 1つ目の特色は、対象地域として、特に歴史的なつながりがなく、しかし人類として共通背 景と共通経験をもつ沖縄とスリランカという2つの地域に限定して研修を行うことである。沖 縄とスリランカ双方には、海に囲まれた島、戦争・内戦の経験、豊かな伝統芸能や文化、温暖 な気候に育まれた生活様式等の共通する環境が見られる。沖縄スリランカ友好協会等地域連携 機関の協力を得て、このような両国の文化活動やスポーツ活動に取り組む中学生同士の交流を 通して、アジアの掛け橋を作っていこうという考えは沖縄発国際貢献の一環である。戦争で苦 しんできた沖縄とスリランカの中学生の交流と意見交換が本プロジェクトの目玉である。 2つ目の特色は、体験型学習を通して沖縄の社会や文化への理解を深めることである。すべ ての学習領域の中に自然体験、社会体験、文化体験、学校体験などのための適切な機会が設定 されている。「体験重視」によって「学習の抽象化」を避け、「学習のリアリティ」を確保する だけではなく、感覚(体験)と知性(概念)を双方向にやりとりしながら認識を深め、総合的 思考や人間力を育むことができる(4)。その力は知識の量ばかりではなく、活用する場面という 体験の積み重ねによってさらに磨いていくという学習のプロセスから生まれる。必ずしも一人 で完結するものではなく、集団で行うことによって協調性、自己統制力、社会性、他者を思い やる心や豊かな人間性への広がりをもつという学習効果も期待できる。 3つ目の特色は、地域との連携による企画運営の形態である。まず、国立沖縄青少年交流の 家と大学との連携がある。沖縄の大学生をチューターとして事業に参画させ、サポート体制を つくり、中学生の交流活動を企画・運営していく。体験プログラムの実施とテーマや体験に関 するディスカッション等はチューターを中心に行う。チューターには日本人大学生と県内大学- 53 -
に在籍しているスリランカからの留学生がいる。日本人の学生は日本の習慣などを教え、スリ ランカ人留学生は母国語による指導・サポートを行うという連携も有意義である。日本とスリ ランカの子ども達の様子や考え方等に触れ異文化理解と未来への展望を深め、国際的視野をもっ た次世代リーダーを養成するという目的の達成のためこのような連携は不可欠である。また、 生活文化体験として中学校での授業体験、生徒会交流、ホームステイ等のプログラムの実施の ため中学校、教職員や保護者の協力が必要不可欠である。それ以外に、沖縄県立糸満青少年の家、 沖縄県平和祈念資料館、沖縄県教育委員会、沖縄スリランカ友好協会など様々な団体・組織の 協力がある。このような連携事業としてこのプロジェクトを実施できているということが、学 習の手段、プロセスとしてだけではなく、事業の執行・成功のためにはソーシャルキャピタル が必要であるという今まで感じていなかったことをスリランカの中学生、引率者、教育者、政 府官僚に実感させる手段としても効果的であった(5)。 4つ目の特色は、プロジェクトの基本的枠組みや実践のなかに『~「命と平和」を未来へ~』 をテーマとして位置づけていることである。このテーマ設定によって、環境、平和などの地域 的課題に取り組むことができる。そして歴史認識と当事者意識を持って参加・協力を促す、つ まり地域市民・世界市民として私たちに何ができるのかを考えるきっかけをつくることができ る。国際的つながりと地域の特性を生かしたプログラムに参加し、体験し、感じたこと、考え たこと等についてディスカッションを行う。そうすることによって、環境や自然と人間とのか かわりについて理解を深め、自然や人間社会に対する豊かな感受性を身につけ、未来につなが る実践的な態度等を養うことができる。 このプログラムの内容は、EU(ヨーロッパ連合)によって開発された「みんな違う、みん な平等」教育プログラムに通用するものである(6)。EUのプログラムによると、青少年の学習活 動は4つのテーマに沿ったアクティビティーから成り立っている。それは、 G(グループの雰囲気をつくり、メンバー同士のコミュニケーションをはかるアクティビティー)、 I(異なる文化や国や社会背景の人々に対して私たちが持っているイメージを扱うアクティビティー)、 M(差別や排除などの裏にある社会的経済的文化的教育的メカニズムを探るアクティビティー)、 A(違いを認め協力を促すような社会的変化をもたせる活動に有機づけるアクティビティー)である。 これらのアクティビティーは、参加とグループワークという2つの観点から異文化間教育の分 野で活躍できるようにプログラム化されている。設定された目標を達成するためにこのような アクティビティーがどのように沖縄スリランカプロジェクトの中に組み入れられているのか、 これから検証していく。 2.5 事前準備 このプログラムの対象となった生徒たちは、スリランカのクルネーガラ県の公立学校から公 募によって選定される。1年目、2年目は各20名、3年目、4年目は16名を男女同数で選 んだ。5年目は12名で男女同数ではない。その理由は、応募者のなかに女子学生の数が圧倒 的に多く、男女同数で選ぶのが公平ではないからである。 30年近く民族紛争の長い経験をしてきたスリランカにとって、異なる民族同士の交流が恒 久的平和につながるだろうということで、タミル、ムスリムなどの少数民族の子どもたちもで きるだけ参加生徒に選ぶように心がけている。そのため紛争地域から戦争の被害を受けたタミ ル人の生徒にも参加してもらうことも考え、広く募集をした。しかし、タミル、ムスリムなど- 54 -
の少数民族からの応募はほんのわずかで、毎年1人,2人ぐらいの生徒しか参加がなかった。 民族同士の信頼関係がまだ確立されていない証拠でもあると言える。 まず、第一次試験として、「恒久的な平和をつくるためには」や「多民族共生社会をめざし て」などのテーマで作文の課題を課し、その結果50名、60名ぐらいに絞る。次に面接試験 で意欲やコミュニケーション能力の有無や課外活動の経験などの点から20名(2011年・ 2012年)或いは16名(2013年・2014年)或いは12名(2015年)を選ぶ。 選抜された生徒を対象に、2か月間程度の事前研修を行う。参加者は、日本の生活文化や社会 に対して非常に高い興味をもち、さらにその理解を増やしたいという気持ちで溢れる青年たち である。 事前研修の内容は、プログラムの目的や内容についての理解、自国についての説明能力、挨 拶程度の日本語、日本の生活習慣についての簡単な紹介、沖縄についての知識である。日本 の生活文化、習慣、特に時間を守ること、家庭、宿泊施設や公共スペースなどでのごみの分 別、身のまわりを整理整頓することなどを指導する。沖縄全般については各自治体が発行して いる資料、そして沖縄の歴史や戦争体験、基地問題などについては、『沖縄の素顔 Profile of Okinawa 100 Questions and Answers』新崎盛輝編(2000年)と『沖縄タイムス』、『沖 縄新報』両新聞の記事などを利用してきた。 スリランカ人中学生同士の交流と沖縄の中学生との交流やホームステイ家庭での交流を想定 し、異なる場におけるコミュニケーションの仕方や観察の姿勢に関する訓練も行なわれる。 3.実践にあたって 交流事業の実践に当たって、毎回参加者を対象とした事前調査と事後調査を行なっている。 つぎは、そのアンケート調査結果から見えてきたことを明らかにしたい。 3.1 異文化間コミュニケーションについて 本研修事業はスキル習得型・知識習得型の講義形式によるものではなく、研修期間中に経験 した様々なことへの気づきをもち、概念や出来事、関わる人々や組織、その行動を理解し、そ の考えや感じたことを他の参加者と共有していくようなプロセスに重点をおいていた。そのプ ロセスを通して、生徒が知識を社会的に構築されるものとして理解するように支援されてきた。 やはり、異なる文化をもつ人々と交流するためコミュニケーションスキルを向上させることが 必要であるという意識が双方の生徒に芽生えてきたということがわかる。中学生と大学生のア ンケートやヒヤリングから得た情報によると、異文化接触の経験を通して、青少年と大学生が 異文化間コミュニケーションについて様々な面で考えるようになってきている(7)。 この事業は、「日本の青少年の国際的視野を醸成し、次世代リーダーを育成する」という目的 も持つ。事前調査では、日本側の参加者が「文化・習慣の違いを体験できること」(那覇市の松 島中学校の生徒)、「相手国のことをたくさん知ることができるように、積極的に交流できれば と思う」(那覇市沖縄尚学高等学校付属中学校の生徒)や「相手国の文化や歴史など、身をもっ て感じられるところや直接交流し、互いにいろいろな話をすること」(日本人大学生チューター) を楽しみにしていた様子がうかがえた。事後調査では、「相手の国ともっと交流したい」(松島 中男子)、「これからも多くの外国人と交流し、外国の文化に触れ、また日本の文化を伝えたい と思いました」(那覇市沖縄尚学高等学校付属中学校の生徒)、「学んだ経験を学校や家族、周- 55 -
りの人たちに伝えることが平和を発信することにも、自分のためにもなる」(日本人大学生男子 チューター)、「今回の交流で言葉の壁、文化の壁があっても仲良くなれることがわかったので、 自分から積極的にコミュニケーションをとっていきたい」(日本人大学生女子チューター)など と国際交流とコミュニケーションに対する意欲を示している。 2013年に、日本の中学生の中に、相手国の言葉をもっと知りたいという人の数は、事前 と比べて7%しか増えていなかったが、外国の人とも話をすれば通じ合えると思うようになっ た人は14%増え、全員が「とてもそう思う」と答えていた。2014年に、外国の人とも話 をすれば通じ合えると思うようになった人は20%増え、ほぼ全員が「とてもそう思う」と答 えていた(グラフ1)。また、相手国の言葉をもっと知りたいという人の数も、事前と比べて 35%増えていた(グラフ2)。「積極的に話せばコミュニケーションがとれた」という参加者 もいれば、「もっと伝えたいことがあるのに表現できないから、英語を話せるように勉強する」 と語学学習の必要性を感じた生徒もいた ( 2013年 )。「言葉がうまく通じなくても、考えてい ることを伝えることができる経験ができた。がんばって伝える気持ちがもて、少し自信がつき ました。これからいろいろなホームステイ等に参加したいと思います」と言葉の壁を越えて交 流したい気持ち、自信と意欲が芽生える様子が見える(2014)。ࢢࣛࣇ㸯 ࠕእᅜேࡶヰࢆࡍࢀࡤ㏻ࡌྜ࠼ࡿᛮ࠺ࠖ 㸰㸮㸯㸲 ࢢࣛࣇ㸰 ࠕ┦ᡭᅜࡢゝⴥࢆࡶࡗ▱ࡾࡓ࠸ࠖ 㸰㸮㸯㸲 95% 5%
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青少年のリーダシップ育成を意図したカリキュラム論の観点からみると、コミュニティーに 貢献する意識が重要である。日本の中学生と日本人大学生のチューターを対象にしたプログラ ムの事前意識調査と事後意識調査の結果によると、「日本人として世界に貢献したいと思う」の 項目に対して、「少し思う」と答えた割合が2013年は事前の57%から事後の11%に(グ ラフ3)、2014年は事前の35%から事後の10%に減り(グラフ4)、「とてもそう思う」 と答える割合が2013年に事前の43%から事後の78%に、2014年に事前の60%か ら事後の85%に上がった(グラフ3、4)。事前に「まったく思わない」と答えていた1人の 日本人大学生チューターは、「私はどの国に生まれたとしても世界(社会)に貢献したい」と国 籍や民族にこだわらず社会貢献の意欲を強く表明していた(2013年)。2014年の事前調 査と事後調査の比較でとても印象的な結果が出た一つの項目がある。「外国人との交流を通して 自分の可能性を広げたいと思う」という項目に対して、事前調査では「少し思う」が20%で、 「とても思う」が80%であったが、事後調査では「とても思う」が100%に上がっていた(グ ラフ5)。この変化は、交流事業が生徒の国際的視野の広がりに大きな影響を与えていることを 物語っている。ホームステイで新しい家族を迎え入れる・受け入れてくれる喜び、離島である 渡嘉敷村での自然体験や平和学習、ともに行動し、グループディスカッションに参加し、お互 いに学びあう経験などが両方の生徒たちに大きな成果をもたらしたのだろう。 ࢢࣛࣇ㸱 ࠕ᪥ᮏேࡋ࡚ୡ⏺㈉⊩ࡋࡓ࠸ᛮ࠺ࠖ㸰㸮㸯㸱 ࢢࣛࣇ㸲 ࠕ᪥ᮏேࡋ࡚ୡ⏺㈉⊩ࡋࡓ࠸ᛮ࠺ࠖ㸰㸮㸯㸲 ࢢࣛࣇ㸳 ࠕእᅜேࡢὶࢆ㏻ࡋ࡚⮬ศࡢྍ⬟ᛶࢆᗈࡆࡓ࠸ᛮ࠺ࠖ㸰㸮㸯㸲 78% 11% 11%ᚋ
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平和構築をめざす体験型異文化間教育 ࢢࣛࣇ㸲 ࠕ᪥ᮏேࡋ࡚ୡ⏺㈉⊩ࡋࡓ࠸ᛮ࠺ࠖ㸰㸮㸯㸲 ࢢࣛࣇ㸳 ࠕእᅜேࡢὶࢆ㏻ࡋ࡚⮬ศࡢྍ⬟ᛶࢆᗈࡆࡓ࠸ᛮ࠺ࠖ㸰㸮㸯㸲 78% 11% 11%ᚋ
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䛸䛶䜒ᛮ䛖 ᑡ䛧ᛮ䛖 さらに、ディスカッションで積極的に自分の意見を発表するスリランカの中学生の姿を見て、 大学の講義で先生からの問いかけに対して意見を述べる努力をしたり、講義やゼミなどの発表 の場を利用したりしてこの異文化交流体験を多くの人に伝えたいと動き出した日本人大学生 チューターがいた(2013年)。また、戦争、平和、基地問題についての講話を聴いた沖縄の 中学生が講師に対して突っ込んだ質問を投げかけていたことに感動した大学生チューターもい る(2014年)。ただスリランカとの友好関係をつくるだけではなく、異文化交流、異文化コミュ ニケーションおよびそれに必要なクリティカル・シンキングや好奇心をかきたてるという役割 を果たしているのではないかと思わせるようなエピソードである。 3.2 平和に対するイメージの比較対象 異文化間コミュニケーションは手段で、目標として設定している平和構築のテーマへ議論を 移したい。2013年に、両国の中学生やチューターが平和のイメージを共有する狙いで「私 たちが望む平和とは」というテーマで行ったグループディスカッションでは非常に対照的な結 果が出た。平和についての知識の普及(生産)と利用(消費)がどのように行なわれているの かを捉える枠組みとしてスチュアート・ホールの表象論を組み入れてみよう(8)。メディア媒体に よって生産される平和のイメージ(表象)が両国の学生によってどう利用されているのかを示 す例としても意味があるので、ここでそのデータを紹介したい。 平和に対する沖縄中学生のイメージ: 「遊んでいるとき」、「食事をしているとき」、「友達と楽しく Handball できること」、「ごはん が食べられる」、「家族と一緒にいれる」、「Family」、「Love」、「友達」、「命」、「みんながしあわせ」、 「みんながしあわせだと思う世界」、「みんなが笑いあえる世界」、「毎日友達と会えること」、「希 望」、「Eating」、「食べ物」、「生活ができる」、「きずな」、「友達とのんびりしているとき」、「勇気」、「自 分を信じて(自信= self confidence)」、「enjoying」、「支え合い」、「たすけあい」、「話し合うこと」、 「仲が良い世界」、「楽しい世界」、「戦争のない世界」、「怖くない世界」、「差別がない世界」、「考- 58 -
平和に対するスリランカ中学生のイメージ: 「世界を立ち上げるために平和が必要」、「自由になること」、「平和がなければ命がない」、「平 和は大人の心に築くまえに若い人の心に築くべきだ」、「他者とよい関係をつくること」、「戦争 がないこと」、「自由と民主主義」、「よい市民を生む場」、「情け」、「共存」、「絆」、「信頼」、「が まん」、「みんなの協力」、「平等」、「友情」、「なかよくと協力」、「互いの協力」、「平和は世界に 必要不可欠なもの」、「命は平和の中にある」、「憎しみによっては憎しみが止まない」、「平和は 自動的にできるものではなく作り上げるものである」、「平和の構成単位は家族である」、「平和 は他人に教える前に自分の心のなかに」、「平和は力になり」、「助け合い」、「愛情・親切・共存 は平和の基盤である」、「平和があればいつまでも勝つ」、「平和を築くために命が必要」、「働く 自由」、「協力によって平和を守る」、「人間が豊かになるのはお金ではなく平和によってである」、 「愛情・他者へのいたわり・親切・共存・平等は平和の5条件である」、「共存・平和によって世 界が勝てる」、「幼いころから「平和」の概念を心の中に育てるべきだ」、「仲良くと友情と結ん だ概念」、「お互いの意見を尊重すること」、「みんなのなかに生まれる愛情・他人へのいたわり」、 「親切を平和と呼ぶ」、「組織・協会によって国の平和を築き上げる」、「国がいっしょになって平 和を守るべきである」、「問題なくいきること」、「宗教・人種の区別なく一緒になること」、「平 和を守れば成長も楽だ」、「平和をつくれば人生も成功になる」、「勝利への扉」、「みんなの調和」 沖縄の中学生は身近な「平和」のイメージをおおらかに語っている。スリランカの中学生は 国や世界などの視点で、定義型のことばで抽象的に、警告的に「平和」を語る。そこには教育 やメディアの影響が考えられる。スリランカのメディアの中に「平和とは何ですか」と抽象的 に語ることがある。また学校の朝礼の時に、校長先生や仏教の僧侶による講話、演説、説法等 が聞かされることがよくある。子どもの意見はその社会環境と無関係ではないだろう。沖縄と スリランカの生徒同士に共有された平和のイメージには共通のものもあるが、彼らがこういっ た視点の違い、発想法・表現法の違いについてはお互いに認識したのかどうかわからない。 3.3 「命と平和」の課題 テーマの「命と平和」への理解と参加がこのプログラムの主要な柱である。「自分は命と平和 について考える方だと思う」という項目に対して2013年の日本人中学生の側では、「とても 思う」と答えた人の割合が事前の57%から事後89%まで上がっていた(グラフ6)。しか しスリランカの中学生の場合、その逆の傾向が現れた。事前に100%であった「とても思う」 人が事後に81%に減り、「少し思う」数が19%に上がったのである(グラフ7)。その理由 として考えられるのは、ディスカッションやふりかえりの過程を通して、今まで水面下にあっ た現実を意識するようになり、自分に対する評価もより現実的になってきたということか、も しくは来日前にこのプログラムに参加するのに相応しい人物として自分を高く評価していたと いうことだろう。同じ項目に対して2014年の日本人中学生の場合、事前25%であった「あ まり思わない」という答えが事後の調査では消えていて、「とても思う」と答えた人の割合が事 前の35%から事後60%に上がっていた(グラフ8)。スリランカの中学生の場合、事前に「少 し思う」という答えが13%を占めていたが、事後の調査ではこれが消えていて「とても思う」 と答える人100%にまで上がっていた(グラフ9)。もしも想像上の世界ではなく現実の社会 では命と平和について考えることがこれほど急速にポジティブな方向に変わるなら平和構築は- 59 -
単純な作業になるだろう。 ࢢࣛࣇ㸴 ࠕ⮬ศࡣᖹࡘ࠸࡚⪃࠼ࡿ᪉ࡔᛮ࠺ࠖ ᖺࠊ᪥ᮏே୰Ꮫ⏕ 89% 11%ᚋ
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沖縄大学人文学部紀要 第 18 号 2016 ࢢࣛࣇ㸶 ࠕ⮬ศࡣᖹࡘ࠸࡚⪃࠼ࡿ᪉ࡔᛮ࠺ࠖ ᖺࠊ᪥ᮏே୰Ꮫ⏕ ࢢࣛࣇ㸷 ࠕ⮬ศࡣᖹࡘ࠸࡚⪃࠼ࡿ᪉ࡔᛮ࠺ࠖ ᖺࠊࢫࣜࣛࣥ࢝ே୰Ꮫ⏕ 100% 0%๓
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䛸䛶䜒ᛮ䛖 ᑡ䛧ᛮ䛖 䛒䜎䜚ᛮ䜟䛺䛔 また、「あなたの国は「平和」だと思いますか」の質問に対して、「少し思う」と答える生徒 の割合が沖縄の中学生の場合とスリランカの中学生の場合逆方向に変わっているという現象も 見られた。2013年の事前と事後を比較すると、スリランカ人の中学生の場合、その割合が 減少し、日本人中学生の場合増えている。似たような傾向が2014年にも見られた。日本人 の中学生の場合、「少し思う」割合が事前の55%から事後に35%に減少し、「とても思う」 割合が事前の40%から事後に50%まで増えている。スリランカの生徒たちは、日本の状況 と比較すると自国があまり平和ではないと感じるようになったのかもしれない。例えば「スリ ランカの人々は小さなことにも喧嘩していて、多くの人は他人に対する配慮が足りないが、沖 縄の人はとても平和で、みんな協力し合っていることが見られた」というような見方をスリラ ンカ人中学生がよく口にしていた。さらに、あるスリランカの中学生が自由記述の中で「日本 人がどれほど平和に暮らしているか、スリランカ人へ伝え、自分の家族や学校の人にも教えたい」 と書いていた。そこで日本人生徒たちはスリランカの状況などをスリランカの生徒たちから直 接聞き、日本では「普通の生活が毎日当たり前のように送れ、平和で自由に生活できる」と感 じることができ、自国に対する評価が上がったのかもしれない。そう見ると、この交流事業が 両国の参加者にとって自分のことや自分が住む社会を相対化することに大いに貢献しているこ とがわかる。2012年(第2回目)にこの事業に参加したスリランカの中学生(現・高校生) から送ってきたお礼の手紙に書いてあった一言を思い出す。「このプロジェクトに参加すること によって、私は大きな財産を手に入れることができた。それは、私たちの立ち位置がわかるよ うになったことです。」 2013年に、中学生に具体的な行動計画をたてることの大切さを認識してもらう目的で、 「これからの私たちにできること」を話し合うグループワークを行った。「プロジェクトで経験 し学んだことを学校や家族、周りの人たちに教えることが、平和を発信することにも、自分の ためにもなると思う」と言う日本人大学生チューターがいたが、沖縄の中学生の中からはあま り積極的な考えが出てこなかった。スリランカの中学生は、自分たちが学んだことを周りの生 徒たちに伝え、平和の輪を広げること、学校で異なる文化を持っている学生と一緒に文化交流 会を行うこと、平和を発信するため、障がい者の子ども達と一緒にワークショップを行うこと- 61 -
などの案を考えていた。これだけを見ると、主体性の面ではスリランカの中学生の方が目立っ たとも考えられる。この違いは、スリランカの中学生は選抜されてきているが、沖縄の中学生 はそうではない。またスリランカ中学生は事前学習を受けているが、沖縄の中学生はそうでは ない、等の背景状況によるものだと考えられるので、一般化するのは避けたい。その代わり、 2014年に沖縄の交流パートナー学校が変わり、沖縄の参加中学生の動機づけがはっきりと 見えるようになったという状況に少しでも触れておいた方がフェアであろう。そこで、「平和の ために何かできると思いますか」という質問に対して沖縄の中学生がどう答えるか、2014 年の自由記述の中から一例を挙げよう。 「沖縄を平和にするのも自分たちだし、戦場にするのも自分たち。理解する心、優しい心、愛 があれば平和になれると思う」 「小さな事、例えば募金だったり、メッセージを送ったり。みんなが行うことで大きな力となっ て平和に役立つ」 つまり、直近の二年間では、沖縄の交流中学生も事前学習を受け、プロジェクトに取り組む 意欲を高め、沖縄の歴史、風土、文化について英語で発表できるように訓練されてきた結果が 表れている証拠である。さらに2015年に、両国の中学生が戦争、内戦の動機などの歴史を 共有し、一緒にふりかえることで相互理解を深めるように設定されたディスカッションの中で お互いに突っ込んだ質問をしていた場面もあり、研修内容が受講者の情熱を軸とし、目標に向 かって発展してきたと言える。 調査の結果を総合してみると、このプログラムを通して参加者が「命と平和」についての思 いを共有し、理解を深め、平和に貢献する意識を高めることができたと言える。「平和と命につ いて思うことは世界共通だと感じた」(沖縄の中学生)、「スリランカの中学生の『沖縄とスリラ ンカから世界へと平和を広げて行きたい』という言葉に今回のプロジェクトの目的を再認識し た」(日本人大学生チューター)などの記述がそのことを証明している。講義やグループディス カッションだけではなく、学校の授業体験、交流会、ホームステイ、フィールドトリップ、海 洋研修などのプログラム内容が相互作用的・相補的にその貢献度を高めていると考える。様々 な交流、体験や場面を通して、生徒が自然と人間のかかわりについての理解を深め、他者と環 境や自然に対する思いやりの心を育む機会となったのではないか。それがまた「知の総合化」「知 の実践化」と「個人の内面の省察」といった側面を支えるのである(9)。広義の「平和構築」の 担い手となる青年を育成するといった実施目的の達成状況について、一定の効果が上がってい ると言えよう。たとえ指導者やチューターのサポートの下であるにせよ、テーマについて共通 語として英語によるディスカッションを行うことができるという点も大変評価すべきであろう。 1年目、2年目と比べると、グループミーティングやグループディスカッションのやり方など も大分改善されてきたと思われるが、こうした点については、さらに検討が必要となるだろう。 4.残された課題 しかし、まだ残された課題がいくつかある。このプログラムは沖縄とスリランカという2つ の地域に限定して行うことによって、異文化間教育学あるいは多文化教育の柱である「相互作 用的アプローチ」まで行かず、ゲスト文化対ホスト文化という二項対立になってしまう傾向が 見られた。招聘されたスリランカの中学生はあくまでもゲストである。日本・沖縄はホストと してゲストを満足させ、喜ばせるようなプログラムを組んだ。両国の経済力からみてこの問題- 62 -
は避けられない。ある意味でこのプログラムには、スリランカという特定の発展途上国に対す る内戦後の開発支援的要素もある。ホスト文化の参加者が相手国に行き、そちらのゲストにな るということもありうる。(10) 両国の場合も、各教育段階を通して多文化社会に必要なコミュニ ケーションスキルやソーシャルスキルを育成する土壌ががっちりできているとは言えないが、 日本の教育現場では学校、家庭、そして地域の連携と協力関係という基盤がよくできていると いうことが、スリランカの中学生に、特に引率者に深い印象を与えた様子がうかがえた。 4.1 “disarming moves”の実態 スリランカの生徒がこの事業に対する期待、参加した感想や受けた印象、感謝や評価を述べ た手紙、作文、感想文、感謝状、フェイスブックでの記述などをみると、「日本は美しい」とい うイメージに合うような比喩的、文学的表現がよく出てくる。沖縄ではほとんど出会うことが なかった桜、富士山、仏教の寺院や庭園、白い雪、美しい街並みなどをよく引き合いに出し、 研修旅行の思い出を語る場面が多い。沖縄の「現実」にふれる機会が提供されていたにもかか わらず、生徒たちは幻想から覚めることはできなかったわけである。つまり、長年学校教育や メディアを通して身につけていた日本に対するステレオタイプ的考えを打ち破る(“disarming moves”を作動させること)には10日間ほどの短期プログラムではそれほど有効ではないの かもしれない(11)。 では、“disarming”が日本人生徒たちの場合どのように作用したか、見てみよう(12)。 ・「今回は、来てくれてとてもうれしかったです。来たときに、ちょっとドキドキしてて、目を 合せなかったけど、ちょっとみたら、手をふったり、笑いかけてくれたり、とってもうれしかっ たです。みんなかわいくて、足ほそくて、みんなでキャキャしてました。「先生は「シャイだ!!」 みたいなことをいっていたけど ぜんぜん、フレンドリー♡ みたいなかんじで仲よくしゃべ れました。」(中学1年女子) ・「先生から「スリランカの人達は、みんなシャイだから、自分から話しかけないと友達できな いよ」と言っていました。自分は、人見知りをするのでちょっと難しいなと思いました。・・・・ 話してみると、全くシャイではなかったので、よかったです。それに、みんな面白くて、と ても楽しかったです。」(中学2年男子) ・「スリランカの中学生達の交流は、とても楽しかったです。その前日には、「スリランカの人は シャイなので、自分から話しかけてください。」というような事を言われましたが、それとは 逆にみんな明るくて、とてもおもしろかったです。」(中学2年男子) ・「スリランカとの交流をして、来る前はドキドキしてとてもきんちょうしていたし、スリラン カの人たちはとてもシャイと聞いていたので、仲よくなれるかな、などとても心配だったけど、 会ってみるととてもいい人達で、すぐ仲よくなれました。」(中学2年女子) ・「スリランカの人達はシャイと聞いていたけど、ぜんぜんシャイじゃなかったので、びっくり しました。」(中学2年女子) ・「最初は、先生方から聞いていた情報でシャイな子達が多いから○○中の子から声をかけてね と聞いていたのに、実際会ってみてほとんど相手から声をかけてくれてすごくビックリしま した。」(中学2年女子) ・「交流会がはじまる前に、先生からスリランカの子たちはシャイだから。って聞かされたけど、- 63 -
ぜんぜん話しかけてくれたし、むしろ私たちの方がはずかしくて自分から声をかけられなかっ たです。 (´・ω・` )( 笑 )」( 中学3年女子 ) ・「みんなシャイだときいていたけれど、全然そんなことはなく、とても積極的に話しかけてく れた。」(中学3年男子) ・「私は最初彼らがヒンドゥ教だと知った時「左手でさわったらどうしよう。」とか「色とか黒い のかな?」とか変な不安ばかりしていたけど、最終的には、みんな同じ人間だから、言葉の かべをこえてたのしくいっしょに交流することができました。」(中学3年女子) ・「先生方は、スリランカの人はシャイとか左手でさわったりしたらダメとか言ってたけど、全 然ちがってた。むしろ積極的だった。」(中3年男子) 上記の多くの感想文の例からわかるように、教員が、無意識的にしろ、善意にしろ、「スリラ ンカの人たちはシャイだ」という先入観を生徒に浸みこませていたようである。しかし、生徒 たちが実体験を通してその不実な教えと不安をすっかり吹き飛ばしていたことが判明した。最 後の2つのコメントに見る限り、宗教、肌色や習慣などの関連で不必要な不安が彼らの心にう ずまいていた様子もうかがえる。異文化接触に対する心構えができるように生徒指導を行うと き、生徒の頭脳に先入観、ステレオタイプ、差別意識などを吹き込み、不安をあおりかねない ことにも注意しておきたい。 4.2 “unlearning action”の実態 もう一つの課題は、平和学習のフィールドトリップに関するものである。特に、沖縄県平和 祈念公園・平和祈念資料館の見学についてスリランカ中学生が書いた感想文からうかがえるも のに注目したい。 ・「日本人が今日もこのように自分の国のために命をささげた人々を尊重している。私はスリラ ンカ人でありながらも日本に対してプライドといたわりを感じています」 ・「展示や資料を見て、まず沖縄人の献身と愛国心を読み取れた。沖縄の政府に対するいたわり と彼らが自分の国を守るのに苦労したことについて喜びを感じた」 ・「彼らの国のための尽力に感謝し、花束をささげてお祈りしました」 ・「戦争が残酷な段階に入った時でさえも、沖縄人が米軍に降伏しなったのは愛国心のためであ る」 などと多くの学生が沖縄戦で亡くなった人々を自分の国のために命をささげた方と見ている。 スリランカの主流メディアの多くは“War heroes”という概念を使い、タミル人武装組織と戦っ た政府軍の活動を美化する傾向があり、民族紛争と内戦を生きてきたスリランカの生徒たちが 戦争や平和について抱いている考えや態度にはメディアが大いに影響していると考えられる。 このような場合、“unlearning” (学習棄却)action を起こすこと(13)、すなわち学習者が自分の 国あるいは元の社会教育環境からもってきた価値観や考え方を根底から揺さぶり、システムに 記憶された知識を調整すること、自分たちが学んできたことを捨てること、意識的に忘れよう とすることが必要であるが、10日間の集中的交流事業の力がそこまで及ばないかもしれない。 しかし、沖縄県平和祈念公園・平和祈念資料館では、彼らのもっていた戦争の記録と記憶に対- 64 -
する考えを相対化するのに役立つ発見ができたと示す例もある。同類、味方、敵、民族、国籍 などに関わらず、戦争で亡くなった誰でも名前が平和の礎に刻まれることが、彼らにとって全 く新たな発見であったようだ。 4.3 学校文化の違い 最後に、スリランカの一人の生徒が自国の学校と日本の学校を比較しながら寄せた感想文の 内容に触れておきたい。* The Specific school has a beautiful environment and good qualified teachers.
* But they have -ve qualities too. Specially in our classroom session we noticed the lack of attention of students. The teacher doesn’t even seem to look at the students. But there in Sri Lanka, we are often punished by our teachers if there is any lack of attention.
* Something we noticed again is that the lack of respect of students towards teachers. Once a teacher asks something, the students replies in a most annoying and disobedient manner. They talk quickly with no smile or standardness[sic]. They just spill out and walk away. Even then, the teacher remains silent, but in Sri Lanka, we would have received two or three slaps to our ears. ( 英文は生徒が書いたままで、編集 されてない ) このような感想文は、両国の学校文化の状況について従来のデータや資料が示していない点 を教えてくれる。生徒が、他者理解に限らず、自分自身の社会文化を相対化し、社会や学校文 化の権力構造、階級組織性や非対称関係、当事者意識の薄さなどの問題点にも気づきはじめた 様子がうかがえる。「平和構築」は、人と人の関係性、そして集団と集団の関係性という形で進 むべき道であり、そこで市民教育やコミュニティー形成の問題が出てくる。コミュニティー内 の他者に対する配慮と同時に(14)、コミュニティーの外にいる他者の権利をいかに守るかという ことが大切である(15)。将来、「平和構築」を目指す異文化間教育プログラムの実践において、こ のような問題を意識的に扱う必要がある。 5.まとめに代えて この調査研究を通して、異文化間教育の視点がどのようにプログラム開発や実践の中に具体 的に反映されているかが明らかになった。異文化間教育の土壌ができていない教育環境の中で 交流事業を実施する際の難点を概観することもできた。さらに、両国の実情に即した実践的交流・ 研修プログラムを実施する場合、双方の理解と協力はもちろんのこと、主催組織に加えて、大学、 学校、家庭、地域の連携・協力関係が成功のカギであることもわかった。そういった関係によっ て他者理解を深める取り組みこそが異文化間教育における人間的成長を促進するのである。現 代における広義の「平和構築」の問題を検討するとき、市民のボランティア的連携や国境を越 えたコスモポリタン的なコミュニティーの形成を視野に入れた展開を考える必要がある。今回 検証した交流事業は、他者とともに夢や希望を共有することができるコミュニティー形成を目 標とする内容と実施形態であったので、将来の地域リーダーの養成に貢献するプログラムとし て有効であったと考える。 一方、現代世界では、各コミュニティーのアイデンティティーの対立や市民同士の不寛容が
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紛争や内戦のレベルまでエスカレートする場合がしばしば見られる。スリランカもその典型的 な例の一つである。30年間近く続いた内戦の終結を迎え、復興と民族同士の和解の道を歩み 始めたスリランカにとって、異文化間交流は大変重要であり、また、アジア圏内において交流 を深めていくことと、近隣諸国と和解を進めることが沖縄の発展、将来ビションと役割達成に つながるだろう。確かに、国際貢献は沖縄にとって当たり前の役割になってきている。そう見 ると「沖縄スリランカプロジェクト」は、リーダーはどうあるべきか、リーダー育成に何をす べきか、等の点でこの時代にマッチした事例である。しかし、コミュニティーあるいは共同体 の理念は単なる伝統、もしくは前近代的な伝統、あるいは「創られた伝統」(16)といった観点か ら定義することはもうできなくなっている。「アジアの架け橋」は、異文化や異民族をつなぐも のだけではなく、知識と実践、理性と感性、国際と地域、過去と未来、伝統と創造等の多様な 架け橋的役割を担う必要もあると強く感じている。 * 本論文は、日本コミュニケーション学会第 44 回年次大会「コミュニケーションと平和」での 発表 (2014 年 6 月於琉球大学 ) がもととなっている。 謝辞 独立行政法人国立青少年教育振興機構と国立沖縄青少年交流の家の理解があってこそ、この 5 年間の実践は継続できたと思う。心から謝辞を申し上げたい。また、スリランカの中学生を温 かく迎えてくれた金城中学校、渡嘉敷中学校、松島中学校、沖縄尚学高等学校付属中学校の生 徒たち、先生方、ホストファミリーの皆さんに心から感謝を申し上げたい。 注(1) Ghali, Boutros. An Agenda for Peace: Preventive Diplomacy, Peacemaking and peace-keeping, UN Doc. A/47/277, S24/111 (17 June 1992)
(2) JICA Annual Report 2012.
(3) Bringle, R.G.& Hatcher, J.A. Reflection in Service Learning: Making Meaning of Experience, Educational Horizons, 77, Issue 4, 1999.
(4) 茅野敏英編、『考える力を高める体験学習』玉川大学出版部、2007。
(5) 那覇市立松島中学校の校長、スリランカの校長とスリランカ文部省代表との意見交換によ る (2012 年 )
(6) All different - All equal, Education Pack, (European Youth Centre, 1995)
(7) 『アジアの架け橋 沖縄スリランカプロジェクト~命と平和を未来へ』2012 年度報告書、 2013 年度報告書、2014 年度報告書(独立行政法人国立青少年教育復興機構国立沖縄青少 年交流の家)
(8) Hall, Stuart, ed. Representation: Cultural Representations and Signifying Practices, Sage Publications, 1997.
(9) 茅野敏英編、『考える力を高める体験学習』玉川大学出版部、2007。
( 10) このプロジェクトの一環として、2016 年に、初めて沖縄の中学生やチューターのグループ がスリランカに派遣され、ゲストしてスリランカの交流学生とのホームステイやパートナー 学校と交流をするプログラムが組まれているが、その事業はここでは検討対象としない。
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(11) Treating Complicating Factors, Conflict Research Consortium, University of Colorado, 2014.
(12) 2011年度に参加した中学生の感想文による。
(13) Lee, Virginia, S. Unlearning: A Critical Element in the Learning process, Essays on Teaching Excellence: Toward the Best in the Academy, Vol. 14, No.2, 2002-2003. (14) Arthur Kleinman, Veena Das, & Margaret Lock, ed. Social Suffering, The university
of California Press, 1997.
(15) Benhabib, Seyla. The Rights of Others: Aliens, Residents, and Citizens, Cambridge University Press, 2004.
(16) Eric Hobsbawn & Terence Ranger, ed. The Invention of Tradition, Cambridge University Press, 1983.
Abstract
Bridge Building and Peace Building: A case study on Developing and Implementing an
Experience-based Intercultural Education Program
This paper discusses the potential of experience-based intercultural education for peace building by treating “Asian Bridge: Okinawa Sri Lanka Project for Passing down ‘Life and Peace’” as a case study. The project has been conducted in Okinawa for the past five years, annually inviting a group of junior high school students from Sri Lanka. The research follows three stages of analysis. First, the paper shows that there is a solid concept behind the project. Second, turning to the aspects of implementation, the research examines the results of the surveys conducted among students. Finally, the author critically reviews several kinds of practical problems and conflicts that remain to be resolved.