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『大毘婆沙論』研究の可能性

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Academic year: 2021

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(1)『対法雑誌』第 1 号 2020 年 3 月 27–41 頁 対法雑誌刊行会. 『大毘婆沙論』研究の可能性 石田一裕 1.はじめに 本稿は『大毘婆沙論』研究が秘める可能性を提示するものである。すなわち『大毘 婆沙論』研究は、第一に部派仏教に関連する個別の文献について部派所属や系統を明 らかにすること、第二に仏道における実存的な問いの解決に結びつくこと、という二 つの可能性を論じる。 前者は『大毘婆沙論』の研究によって、現存するテキストが有部と関係するものか 否か、また有部のテキストについてはどのような系統、あるいは地域の有部教団と関 係するテキストであるかを明らかにできるということである。後者は中陰など現代 でも仏教儀礼の思想的基盤となっている概念について、 『大毘婆沙論』を研究し、明 らかにすることで、それが宗教者の主体的な理解を深めることにつながる可能性が あるということである。これは『大毘婆沙論』の宗学的研究ということができよう。 以下、いくつかのデータを提示し『大毘婆沙論』研究の現状を明らかにし、上述の 二点について具体例を通じて『大毘婆沙論』研究の可能性を提示する。. 2. 『大毘婆沙論』研究の現状 まずアビダルマ研究の中心が『倶舎論』であることを確認し、 『大毘婆沙論』研究 の現状を明らかにしたい。山田龍城 1959 や櫻部建 1969 は『大毘婆沙論』や『倶舎論』 を研究するための補助学として六足発智を研究することについての問題点を指摘し、 アビダルマの思想史を明らかにするためには『倶舎論』のみならず、有部アビダルマ 文献すべての考察が必要であることが論じられている。しかしながら、アビダルマ研 究においては『倶舎論』が主要な考察対象となっている。 以下に示す表 1 を見てほしい1。これは INBUDS でアビダルマ関係の文献を検索ワー. 1. 本表は、2020 年 2 月 21 日に INBUDS ホームページ(https://www.inbuds.net/jpn/)からの検索 結果を筆者が収集し、独自に作成したものである。INBUDS では「タイトル」 「著者名」 「すべ. 27.

(2) 対法雑誌 第 1 号. ドとして、 「タイトル」と「すべて」で検索した結果である。. 表1. タイトル. すべて. 倶舎論. 236. 1405. 大毘婆沙論. 26. 485. 順正理論. 16. 261. 発智論. 6. 151. 集異門足論. 5. 67. 法蘊足論. 5. 86. 識身足論. 4. 32. 品類足論. 4. 73. 施設足論. 1. 7. 界身足論. 0. 14. この表は、アビダルマ文献の中では『倶舎論』が主たる研究対象であることを示し ている。『倶舎論』に関する研究はタイトルの検索数も、すべての検索数にしても、 いわゆる六足発智、『大毘婆沙論』さらに『順正理論』の検索数の総数よりも多い。 『倶舎論』についで研究されているのは『大毘婆沙論』である。 『倶舎論』と比較す ると研究が進められているとは言い難いが、六足発智の各論書よりは研究されてき たことがわかる。 次に以下に示す表 2 では『真宗学』 『禅文化研究所紀要』 『佛教論叢』という三つの 雑誌について、いくつかのワードで検索した結果を示したものである2。 て」の三種類を指定して論文の検索をすることが可能である。 「タイトル」は検索ワードをタ イトルの一部として含む論文を、 「著者名」は特定の執筆者による論文を、 「すべて」は INBUDS が個々の論文に付すキーワードなど検索ワードを何らかの形で含む論文を、それぞれ検索する ことができる。検索ワードの設定については議論の余地があろうが、本論文では、表の作成に あたり、アビダルマ文献のうちいわゆる六足論(集異門足論、法蘊足論、施設足論、界身足論、 識身足論、品類足論)と発智論、大毘婆沙論、順正理論、倶舎論、またアビダルマを検索ワー ドとして設定し、 「タイトル」と「すべて」で検索を実施し、その結果を集計した。 2 表 2 は 2020 年 2 月 21 日に INBUDS ホームページよりダウンロードした TSV データを基に作 成した。本データは 2014 年までの論文を収録したものであり、それ以降の論文については収 録されていない。ここで考察対象とした三誌は、 『真宗学』 (発刊:龍谷大学真宗学会)から 555 本の論文が、 『禅文化研究所紀要』(発刊:公益財団法人禅文化研究所)から 350 本の論文が、. 28.

(3) 『大毘婆沙論』研究の可能性(石田一裕). 表2. 『真宗学』. 『佛教論叢』. 『禅文化研究所紀要』. 祖師名. 116. 97. 5. 宗派名. 53. 72. 14. 宗派関連語. 18. 36. 82. 倶舎論. 0. 3. 0. 婆沙論. 1. 0. 0. 有部. 0. 3. 1. 阿毘達磨. 0. 1. 1. 部派仏教. 0. 1. 0. アビダルマ. 0. 1. 0. これら三誌はいずれも特定の宗派、あるいは宗学と関わる雑誌である。本論文は 『大毘婆沙論』の宗学的研究における可能性を模索するものであり、そのためにこれ らの分析を通じて現状を把握しておこう。 表 2 中の「祖師名」とはそれぞれ「親鸞」 「栄西」 「法然」のワードで、 「宗派名」 とは「真宗」 「禅宗「浄土宗」のワードで、宗派関連語とは、 「念仏」 「往生」 「禅」の ワードで、それぞれ検索した結果を示している3。表の数値はそのワードを付した論 文数を示している。この数値は宗学においては、自らの宗派の祖師や、宗派の内部で 形成された言説、あるいは宗派そのものの歴史などが研究の対象として選択されや すいことを示すものであろう。そして、そこにおいてアビダルマの研究は活発に行わ れていないと指摘できる。 次に『大毘婆沙論』研究の推移について把握したい。以下に示すグラフ1はインド 学仏教学論文データベース(INBUDS)を用いて有部アビダルマ論書の研究状況の把 握を試みたものである4。 『佛教論叢』 (発刊:浄土宗。なおデータでは「仏教論叢」となっている)から 843 本の論文 が、本データベースに採録されている。 3 ここでも検索ワードの設定には議論の余地があろう。特に宗派関連語についてはそれ自体が 量的研究の対象となりえ、どのようなワードを設定するかは研究課題の一つである。 4 グラフ 1 を作成するためのデータは、表 1 と同じデータを使用している。なお見やすさを鑑 み、ヒット総数が 200 以上の項目を選定した。本グラフには直接、関係しないが 2020 年 2 月 21 日のデータにおいては『宗学院論集』通号 40 の発行日がブラウザ上では「0001」とある。 これについては国会図書館データと 11 号から 36 号までを参照し、 「1970/3/15」に訂正した。. 29.

(4) 対法雑誌 第 1 号. 本表グラフから「アビダルマ(すべて) 」が 2000 年と 2002 年において突出してお り、それ以降は 2011 年に増加するものの減少傾向が見て取れる。また表 1 でも指摘 したが、本グラフからも『倶舎論』に関する論文が『大毘婆沙論』と比較すると高い 水準で推移しており、人気の研究テーマであり続けていることがわかる。 現状把握の最後に、 『印仏研』に収録された論文数の推移を見ておこう5。以下に示 すグラフ 2 は『印仏研』所収の論文で、タイトルに「大毘婆沙論」 「倶舎論」が付さ れた論文数の 1980 年から 2014 年までの推移である。また総数はいくつかの論書名を タイトルに含む論文の合計数の推移を示している6。 先に『倶舎論』がアビダルマの主要なテーマとなっていると述べたが、タイトルに 「倶舎論」を含む論文が一本も『印仏研』に掲載されないこともある。 『大毘婆沙論』 については、その名をタイトルに含む論文が掲載されないことの方が多い状況であ る7 。 5. グラフ作成のためのデータは前注 2 で用いたものと同様である。 ここでの検索ワードとしては集異門足論、法蘊足論、施設足論、界身足論、識身足論、品 類足論、発智論、大毘婆沙論、順正理論、倶舎論を選定した。なお INBUDS ホームページに も記されているが、ダウンロードデータにはキーワードが含まれていなく、タイトルのみの 結果を示すこととなった。 7 本論文では、論文数、特にタイトルに焦点を当てて、総数を調査しその結果を提示したが、 人文学の研究力をどのように評価するかということは、それ自体が議論の主題である。日本学 術会議 2005 では、論文点が研究成果の量的指標になることを指摘しつつ、論文数や被引用数 などの外形的基準に基づいて人文・社会系の業績を、他の分野と並行して評価することの問題 6. 30.

(5) 『大毘婆沙論』研究の可能性(石田一裕). グラフ 1 でも指摘したが、アビダルマの研究は、論文数という量的指標からは減 少傾向であることが指摘できる。また『印仏研』というインド学仏教学の専門誌にお いても、 『倶舎論』というアビダルマの主たる研究対象の名を付す論文が一本も掲載 されない状況である。本論文では、この状況下で、アビダルマ研究の中心的な課題で あった『倶舎論』ではなく、 『大毘婆沙論』を研究することの意味についてこれ以降 考えていく。. 3. 『大毘婆沙論』研究の可能性 筆者は『大毘婆沙論』を研究することで、部派仏教に関連する個別の文献について 系統や部派所属を明らかにし、また仏道における実存的な問いの解決につながると 考えている。この二つの可能性について、具体例を挙げて検討したい。. を指摘している。また日本学術会議 2017 が「人文・社会科学の特性に応じた客観的な評価指 標(評価基準・評価方法)を構築」の必要性を訴えるように、仏教学を含め人文系学問の評価 基準が確立されているわけではない。一方で、小泉 2018 は「「厚み」という概念を提示しつつ、 「量」や「質」と言った指標を組み合わせることで、立体的に研究力を把握することができる と述べている。後藤 2018 は人文社会科学の研究力を測るにあたり、そもそものデータ不足を 指摘し、基礎データの構築により人文社会系の研究力を一定程度測ることが可能となると述べ ている。本論文は、このような指摘を考慮しつつ、これまであまり測られることのなかったア ビダルマ研究の研究力について、論文数という量の把握を試みたものである。後藤の指摘のよ うに、INBUDS に被引用についてのデータなどが付されるようになれば、他分野との比較では なく、仏教学内における研究力を、量・質の両面から、ある程度把握することが可能になるで あろう。. 31.

(6) 対法雑誌 第 1 号. 3-1.文献の系統と部派所属 ①現存有部論書の分類 渡辺 1954 は説一切有部の中に様々な分派があったことを指摘し、それを「諸分派 有部」と呼んでいる。この諸分派有部の実情、つまり有部という部派の中にどれほど の分派があったかは明らかではない。文献にはカシミール有部、西方諸師、外国諸師 などが表れ、その主張を確認できる。特に佐々木 2000 の指摘を踏まえれば、布薩を ともに実行することで異なる主張を有していても一つのサンガとして成立しており、 分派有部という場合に思想として何が共有され、何が分かれていたかは詳らかでは ない。一方で有部内においては、同一テキストであっても異なる伝承を有していたこ とも事実である。佐々木 2003 や石田 2009 は、 『大毘婆沙論』の記述を基にして、有 部内での文献伝承の一端を明らかにしている。 特に石田 2009 では、 『大毘婆沙論』において西方尊者の『品類足論』として紹介さ れる一文が、現存の『品類足論』 『衆事分論』と一致することを指摘し、これら両書 に西方諸師の影響があることを明らかにした。これは現存する論書を単独で分析す るだけでは引き出すことができないものである。 『大毘婆沙論』の記述をもとにする ことで、現存する有部論書の系統が明らかになるのだ。. ②阿含に含まれる経典の分類について 『大毘婆沙論』には有部アビダルマ文献だけではなく、様々な経典が引用される。 その引用を分析することで、現存する経典の系統についての情報を得ることができ る。ここでは『雑阿含経』第 282 経とそれに対応する MN の第 152 経について考察し よう。 この経典は根の修習(indriyabhāvanā)を説示する。MN では経典冒頭においてパ ーラーシヴィヤ(波羅奢那)の弟子ウッタラ(欝多羅)と世尊がこれについて問答を 行っている。ウッタラは「師であるパーラーシヴィヤは根の修習について『眼によっ て色をみないこと、耳によって声を聞かないこと』と説いている」と述べる。世尊は 「そうだとすれば目の見えない人、耳の聞こえない人が根を修めた人になる」と説 く。その後、律における無上の根の修習が説示される。一方で『雑阿含経』にはわず かな相違がみられる。MN において「耳の聞こえない人が根を修めた人になる」とい. 32.

(7) 『大毘婆沙論』研究の可能性(石田一裕). う世尊の発言が、 『雑阿含経』では阿難の発言となっているのだ。原文は以下の通り である。. 『雑阿含経』第 282 経(下線筆者) ウッタラは仏に言いました「私の師であるパーラーシヴィヤは『目で色を見ない、耳で音 を聞かない、これを根の修習である』と説いています」と。 仏はウッタラに告げました「もしもあなた〔の師である〕パーラーシヴィヤの説く通りな ら、目の見えない人が根を修習していることになりませんか。なぜならば目の見えない 人は色を見ないからです」と。 その時、世尊の後ろにいた阿難尊者は手に扇を執り仏を扇ぎ、ウッタラに言いました「も しもあなたの師であるパーラーシヴィヤの説く通りなら、耳の聞こえない人が根を修習 していることになりませんか。なぜならば耳の聞こえない人は音を聞かないからです」 と。 すると世尊は阿難尊者に告げました「聖者の教え、律における無上の諸根の修習におい てはそうではありません」と8。. MN には下線部に対応する阿難の発言は見られない。この『雑阿含経』第 282 経の 記述は『大毘婆沙論』142 で議論される。その議論とは「世尊がウッタラの主張を批 判したにもかかわらず、なぜ阿難がウッタラをさらに批判したのか」ということであ る。 『大毘婆沙論』当該箇所では『雑阿含経』第 282 経の上記引用部分とよく一致す る一文が現れる。その後に以下のような問いを立てる。 問う、たとえ外道の中に百千俱胝那庾多という數の、智慧があり弁舌にすぐれた舎利弗 のようなものがいたとしても、仏は皆調伏することができる。どうして、世尊がはじめに 批判をしたにもかかわらず、阿難尊者が再び批判をし、世尊はどうしてそれを止めなか ったのだろうか。. 8『雑阿含経』11(T2.78a28–b5). 欝多羅白佛言「我師波羅奢那説『眼不見色耳不聽聲、是名修根』 」 。佛告欝多羅「若如汝波羅奢 那説、盲者是修根不。所以者何、如唯盲者眼不見色」 。爾時尊者阿難在世尊後、執扇扇佛、尊 者阿難語欝多言「如波羅奢那所説、聾者是修根不。所以者何、如唯聾者耳不聞聲」 。爾時世尊 告尊者阿難「異於賢聖法、律無上修諸根」 。. 33.

(8) 対法雑誌 第 1 号. 答える、仏は阿難の喉にある特徴を見て、批判をしようとしたのを知ったので、自ら批判 するのを止めた。仏は昔、三無数劫にわたって菩薩行に精進し、勤しみ、修習したときに、 他人の優れた弁舌を断じることはなかった。弟子に至っても遮ることはなかったのであ り、仏となった今、他人の優れた弁舌を断じることがあるだろうか9。. ここで問われるのは、世尊がウッタラを批判したにもかかわらず、なぜ阿難がさら なる批判をしたのかということである。この問題が生まれたのは、 『大毘婆沙論』編 纂者が伝授した経典が、『雑阿含経』第 282 経と同様に「阿難の発言」を含むもので あったからである。換言すると、『雑阿含経』第 282 経は『大毘婆沙論』編纂者が伝 授した経典と同様の構造をもっていたのだ。このように『大毘婆沙論』に引用される 経文と、現存する阿含経典の比較によって、後者の系統や有部との関係を明らかにす ることができるのである。 『大毘婆沙論』には有部のアビダルマ文献や経典が引用され、その考察によって現 存する文献と有部の関係を明らかにすることが可能となる。また石田 2011 で明らか にしたように、同一の経典であっても、論書のように有部の中でいくつかの伝承があ り、経文の不一致がある。 『大毘婆沙論』の研究によって、そのような不一致を明ら かにし、有部内の経典伝承の多様性を示すことが可能となる。. 3-2.実存的な問いの解決 仏典は研究の対象となるだけではなく、その記述が人々の人生に影響を与える宗 教的な聖典としての側面を持つ。特定の教団において聖典と定められる経論につい ては、そのような側面がより強く表れ、またそれは研究対象としての文献選定にも影 響を与えていると考えられる。例えば上述の表 2 では、宗学においては、アビダルマ に関連するような研究よりも、祖師や宗派に関連する概念が考察の対象となってい ることがわかる。宗学は、宗派において聖典とされる典籍の研究や、それに対する祖 師の読解や解釈の系譜を明らかにすることが主たるテーマとなる。また、それに対し 9『大毘婆沙論』142(T27.729b6–13). 問、設有外道百千俱胝那庾多數智慧辯才如舍利子、佛皆能伏、何故世尊作初難已、尊者慶喜作 第二難、世尊何故而不遮止。 答、佛觀慶喜咽喉有相、知欲設難故、便自止。以佛昔在三無數劫、精懃修習菩薩行時、尚不斷 他所有才辯、乃至弟子亦不遮遏、況今成佛斷他辯才。. 34.

(9) 『大毘婆沙論』研究の可能性(石田一裕). て教団内において培われた研究の歴史に立脚しながら考察するのが、宗学的な営み であろう。 一方、アビダルマ文献は、日本仏教においては聖典としての価値が比較的希薄であ るから、教団内において研究対象とされることが少ないと推測できる。希薄といって も聖典としての価値がゼロというわけではない。むしろ、それらの文献に宗教的な答 えを求めない傾向こそが、教団内における現今の仏教研究の問題点の一つとなって いるのではないか、と筆者は考えている。換言すると、アビダルマ文献に対する宗学 的なアプローチには大きな可能性があるのだ。アビダルマ文献には儀礼の思想基盤 を果たしている一面があり、それを明らかにすることは宗教儀礼についての理解を 深める有益な営みであろう。 ただし曹洞宗総合研究センター2003 が「日本仏教各教団共通の問題の一つに、葬 祭が宗学のなかに位置づけられていないという事実がある」 (序文:奈良康明)と指 摘するようい、宗学においてさえ、宗教儀礼である葬祭の根拠が教学的に問われた り、体系的な思想として受け止められたりすることは少ない。仏教学においては尚更 であり、インド仏教の文献に問おうという営みは多くはない10。宗教儀礼の思想的基 盤は、そこに主体的に関わる人々にとってまさに実存的な問題であろう。浩瀚な論書 である『大毘婆沙論』には様々な学説が含まれており、その検討はそのような問題の 解決に寄与する可能性が十分にある。 ここでは、下田 2018 が宗学の問いについて「歴史的言説に閉ざされず、現在の臨 床的問いとして処遇されなければならない。過去の言説の内部に閉じられてしまう わけにはいかないのである」 (p. 217)という指摘を参考にしつつ、そのような観点か らの考察を試みたい。それは『大毘婆沙論』をインンド仏教史、特にアビダルマ文献 や思想の発展史を解明するための資料としてではなく、現代の日本仏教、とりわけそ の儀礼との関係において考察することであり、 『大毘婆沙論』の宗学的研究ともいえ よう。これによって『大毘婆沙論』が生きた文献として、現代の日本仏教に与えてい. 10. 近年では、鈴木 2013 がこのようなテーマに真正面から取り組んだものである。ここでは、 日本仏教が本来の仏教とはかけ離れた仏教であるという「近代仏教学による評価が日本の伝 統仏教の根底を揺るがしかねないものであるにもかかわらず、今日に至るまで、両者の間に 横たわるギャップを埋める作業や、両者の距離をきちんと測って正しく評価しようという作 業が充分になされてきたとは言い難いのではないか」と指摘される。本稿もこのような問題 意識を共有するものである。. 35.

(10) 対法雑誌 第 1 号. る影響を明らかにしたい。 この目的を達成するため葬送儀礼である通夜や葬儀、また出家のための儀式にも 関わる三帰と、満中陰の法要や忌明けなどと関連する概念である中陰を取り上げた い。. ①三帰について 仏、法、僧の三宝へ帰依する三帰は、現在、仏教徒となるための儀式で用いられて いる。例えば、浄土宗ではこの三帰を三帰戒と呼び、得度式や葬儀式などで授与され ている。通夜や枕経など行われる、人の死後に戒を授け、出家させる儀式を没後作僧 と呼ぶが、この儀式においては三帰を故人に授与し、仏弟子として極楽に赴かせるも のである。得度式でも、出家を志す者に三帰を授与する。これらの儀式では、三帰を 受けた証として戒名(法号)を授けている。 ここで注目すべきは、三帰によって仏弟子になるという理解であろう。三帰は、あ くまでも三宝への帰依であり、そこには戒を授かるという要素は含まれていない。つ まり戒を受けることなしに、仏教徒になっているのだ。仏弟子をどのように定義する かということにも関わるが、ここでは仏弟子を四衆、すなわち広義の仏教徒と同義と して考えてみよう。 優婆塞、優婆夷、比丘、比丘尼の四衆はいうまでもなく出家者と在家者に分けられ る。前者は具足戒を受けた人のことであり、後者は一般的に五戒を受けた人とされ る。しかしながら、在家者になるにあたって五戒全てを受ける必要があるかどうかに ついては『大毘婆沙論』124 において議論がなされている11。この議論は、優婆塞に なるためには三帰のみで良いか、それとも五戒を必ず受ける必要があるか、という点 についてのものである。これに対する見解は(1)三帰と五戒を共に受ける必要があ る(2)三帰のみで良い、という二つがある。後者の見解では、五戒については三帰 を受けて優婆塞となった後、五つの中から自分に必要なもののみを受ける、とされ る。また異説として、 (3)三帰と五戒の中からあらかじめ受けることを決めた戒を 授けてもらうことで優婆塞になる、というものも紹介されている。. 11. 詳細については福田 2004、石田 2011 を参照。. 36.

(11) 『大毘婆沙論』研究の可能性(石田一裕). この議論の詳細はすでに福田 2004 などによって研究されているが、三帰のみで優 婆塞になれるという理解は、現行の通夜式などにおける理論的根拠となりうるもの である。もちろん、ここでは三帰を受けるのみで比丘や比丘尼になることができる、 つまり出家できるということは全く説かれていない。このような差異を考慮する必 要があるが、 『大毘婆沙論』は儀式の思想背景の一つになっており、宗学においても 無視することはできないものであろう。. ②中陰について 日本仏教はおおむね中陰の存在をみとめ、初七日や四十九日に執り行われる法要 は一般的な仏事となっている。これについて小川 1990 は「仏教儀礼の上で中陰法事 として、初七日より七七日までの供養が行なわれるが、これは中有思想に基ずく儀礼 であり、現代にまで、その思想が生き続けているのである」 (p. 101)と述べ、 『大毘 婆沙論』に説かれる中有思想が、中陰供養の思想的基盤であることを指摘している12。 青原 2015 は「ある趣に行くはずの中有がその行き先を転換することはない」 (p. 170) という有部の定説を紹介し、 「中有の間に行き先が変わることもある」 (p. 171)とい う有部とは別のグループの説を提示してから「この説は、七日ごとの中陰の法事に理 論的根拠を与えて」 (同)いると述べる。しかしながら、それがどのような理論的根 拠なのかについては言及されていない。ここではそれを明らかにすることで、 『大毘 婆沙論』における中有についての言及と、現在行われている儀礼との関係を考察した い。 中有の行き先が変わるか否かについては『大毘婆沙論』69 で議論される。小川 1990 はこれをまとめ、譬喩者が「中有可転論」を説き、阿毘達磨諸論師は「中有不可転論」 を説く、と指摘する。そして「説一切有部の正義は中有不可転論」 (p. 101)であると 述べている。青原 2015 の説示を受けると、中有の状態であっても行き先が変化する という譬喩者説が、中陰法事の理論的根拠といえる。なぜこれが根拠になるのであろ うか。. 12. このような指摘は青原 2015 p. 171 においても確認できる。第二章(本庄良文「輪廻する生 き物たち」 )では中有を説明する中で、中有の状態は香を食べる、中有の期限には諸説がある ことを「世間でもよく「四十九日の間は線香を絶やしてはならない」と言われ」ることの根 拠としている。. 37.

(12) 対法雑誌 第 1 号. 例えば『禅学大辞典』下では中陰忌という語を説明して「死後七日毎に読経の功徳 によって死者がなるべくよい生処に至ることができるように祈って行われる法要の こと」 (p. 852)と述べている。また少し古いデータであるが、曹洞宗総合研究センタ ー2003 では資料として葬祭に関するアンケート調査の結果を紹介している。そこで は没後作僧についての設問があり、回答の選択肢が七つ用意されている。その一つに 「授戒は迷っている霊魂を安定させるために必要」というものがあり、これを選んだ 僧侶が 14.3%いた13。さらに伊藤 1995 は、日本人がアラミタマと呼ばれる新亡の霊魂 を「不安定であらあらしく、他人に祟りやすい状態」 (p. 113)として理解したことを 指摘する。 葬送儀礼としての通夜や中陰法要は、死後 49 日間は死者の行くべき先が定まって いないという前提によって、没後作僧や読経などの供養を通じて、より良い境涯に生 まれるように死者へ働きかけを行うものである。中有の行き先が変化するという教 理は、死後の存在は行くべき先が定まっていないと解釈されることで、中陰法事の論 理的根拠になっていると指摘できよう。 一方で、日本の浄土教では、中有を認めないという主張が見受けられる。例えば椎 尾 1972 では、浄土宗においては「平生、念仏して、平生すでに往生決定しての身で あるから、命終すればすぐに彼処に至」(p. 228)ることを説くので、 「中有というも のはない」 (同)と述べられている(p. 228) 。林田 2013 もこれと同様に浄土宗におい ては「生前に修めた善悪の行為に応じて六道の中での次生が決せられるという意味 での中陰思想は想定すらされていないと結論づけられよう」 (p. 692)と指摘する。ま た浄土真宗でも菊城 2014 が「浄土真宗では、中陰法要はする必要がありません」 (p. 75)と述べている14。. 13. アンケートの単純集計の結果は曹洞宗総合研究センター2003 p. 393、没後作僧についての回 答への解説は pp. 383–384 に記されている。 14 林田 2013、菊城 2014 は浄土宗、浄土真宗における中陰についての教理的な見解を提示しつ つも、実際に行われている儀礼をとらえ直そうと試みている。前者は浄土宗での四十九日法要 の意義を「先立たれた方への報恩感謝と自身の念仏往生を期すこと」 (p. 709)とし、さらに「成 仏に向けた行や還相回向が一日でも早く実践できるよう促すもの」 (同)と述べている。後者 では「遺された者が、曠劫来流転の存在であることを認識し、恩愛不能断のなかで、逝く者が 往生浄土したと受け止める節目とすることができるのではないか」 (p. 76)という満中陰の浄 土真宗的理解を提示している。. 38.

(13) 『大毘婆沙論』研究の可能性(石田一裕). このような中陰を否定する説示については、 『大毘婆沙論』69 において「中有は存 在しない」という分別論者と「中有は存在する」という応理論者の議論と結びつけて 考えることができよう。中有はないという理解は、決して日本の浄土教に見られる特 異な主張ではない。ただし、 『大毘婆沙論』においては中有の有無が経文の解釈とし て争われている。日本浄土教の場合は、死後、そのまま往生を得るという即得往生の 概念から、中有の存在を説かない。すなわち理論として中有を認めないもので、同じ ように中有を否定するといっても、根拠には相違がある。しかし中有の否定は、決し て『大毘婆沙論』という文献のみに見て取れるものではなく、小川 1990 が「中陰法 事等は印度以外の地域で起った仏教儀礼であろうが、中有説はその思想的基盤をな して、現代にも大きく影響している」 (p. 110)と指摘するように、現在でも議論され るテーマである。特に中有の行き先が変化するという譬喩者の中有可転論は、中陰に おける供養の根拠となりうるものであろう。. 4.まとめ 本稿では、部派仏教研究と仏道における実存的な問いの解消という二つの側面か ら『大毘婆沙論』研究の可能性を探った。 前者はまずアビダルマ文献、特に有部の文献について『大毘婆沙論』を参照するこ とで、より詳細な系統を明らかにできることを提示した。次に阿含に含まれる個々の 経典について、 『大毘婆沙論』の引用との比較により、有部との関係を解明できるこ とを提示した。 この検討を通じて、 『大毘婆沙論』がインド仏教研究において、あるテキストが有 部と関係するかどうかを吟味するための定点となる資料であり、また有部のテキス トをさらに詳細に分類するための資料でもあることも示されたであろう。有部文献 には、特定地域における伝承が存在し、微妙に異なる読誦がなされていた。 『大毘婆 沙論』はそれを証明するテキストであるとともに、その伝承がどの地域のものかを明 らかにすることができる資料でもある。 後者は仏道実践や儀礼に関係する三帰と中有を考察した。これによって現在も行 われている儀礼の根拠が、 『大毘婆沙論』に見いだせることを示した。これは実存的 な観点から『大毘婆沙論』 (を含めた仏教文献の)を研究することで、実践に対する. 39.

(14) 対法雑誌 第 1 号. 理解が深まる可能性があることを意味する。このよう問題意識によって文献を読解 することで、特定の宗派が聖典として扱う文献だけではなく、 『大毘婆沙論』のよう なアビダルマ文献も実存的な問いを解決する資料となりえるのだ。小川 1990 のよう に、臨床的な問いを持ちながら『大毘婆沙論』を研究することで、自身の仏道の根拠 を見いだせることもあるのだ。 筆者は、このような観点、すなわち宗派内の文献との比較や、臨床的な問いを解決 するために、宗学的な視点から『大毘婆沙論』を扱う事には大きな可能性がある、と 考えている。伝統教団が蓄えた宗学的知見を踏まえて『大毘婆沙論』を研究すること で、生きた文献として『大毘婆沙論』が仏道に影響を与えるであろう。. 付記 本原稿は、2019 年 9 月 8 日に佛教大学にて開催された日本印度学仏教学会第 70 回 学術大会におけるパネル発表A「説一切有部研究の可能性を考える」にて行った筆者 の口頭発表並びに配布レジュメをもとに原稿化したものである。. (平成 31 年度科学研究費補助金「若手研究(B) 漢訳仏教文献によるガンダーラ仏教 研究」 (課題番号 17K13332)による研究成果の一部) 一次資料・略号 MN. Majjhima-Nikāya, Vol. 3, Pali Text Society, London.. 『雑阿含経』. 『雜阿含経』. T2、. 『衆事分論』. 『衆事分阿毘曇論』. T26、 No. 1541.. 『品類足論』. 『阿毘達磨品類足論』. T26、 No. 1542.. 『発智論』. 『阿毘達磨発智論』. T26、 No. 1544.. 『大毘婆沙論』. 『阿毘達磨大毘婆沙論』. T27、 No. 1545.. 印仏研. 印度学仏教学研究. No. 99.. 参考文献 石田一裕 2009. 「〈品類論〉と西方諸師」 『三康文化研究所年報』40. 石田一裕 2011. 「仏教信者になるための要件―ガンダーラ有部とカシミール有. 40.

(15) 『大毘婆沙論』研究の可能性(石田一裕). の差異を中心に―」『大正大学大学院研究論集』35 伊藤唯真 1995. 『仏教民族の研究』(伊藤唯真著作集Ⅲ) 、法蔵館. 小川宏 1990. 「中有の考察」 『智山学報』39. 菊城淳真 2014. 「仏教の視点から、浄土真宗の葬送、中陰を考える」 『浄土真宗総 合研究』8. 小泉周 2018. 「研究力の測り方―「質」 、 「量」 、そして「厚み」 」 『学術の動向』 23-12. 五来重 1992. 『葬と供養』東方出版. 櫻部建 1969. 『倶舎論の研究 界・根品』法蔵館. 佐々木閑 2003. 「六足と「婆沙論」」『印度学仏教学研究』52-1. 椎尾辨匡 1972. 『椎尾辨匡選集』第五巻、山喜房仏書林. 下田正弘 2018. 「変貌する学問の地平と宗学の可能性」 『日本仏教を問う. 宗学の. これから』春秋社 鈴木隆泰 2013. 『仏典で実証する葬式仏教正当論』興山舎. 曹洞宗総合研究センター2003 日本学術会議 2005. 『葬祭―現代的意義と課題―』平文社 「人文・社会系の分野における研究業績評価のあり方 について」. 日本学術会議 2017 「学術の総合的発展を目指して―人文・社会科学からの提言―」 林田康順 2013. 「法然上人における中陰について」 『現代社会と法然浄土教』浄土 宗総合研究所. 福田琢 2004. 「有部論書における三帰依と五戒」 『日本仏教学会年報』70. 山田龍城 1959. 『大乗仏教成立論序説』平楽寺書店. 〈キーワード〉大毘婆沙論、仏教学、INBUDS、三帰依、中陰. 41.

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