特集2:小児医療の新しい流れ
新生児医療の進歩
−後遺症なき生存をめざして−
西
條
隆
彦
徳島大学病院周産母子センター NICU (平成19年10月9日受付) (平成19年10月12日受理) はじめに わが国の新生児医療は着実な進歩をとげ,新生児死亡 率が1.6/1.000,体重1,000g 未満で生まれた赤ちゃん(超 低出生体重児)の生存率が80%に至り,世界のトップク ラスに立った。しかし残念ながら,超低出生体重児にお いて後遺症は少なからず発生している(表1)1)。現在, われわれ新生児科医が目標としているのは単なる生存で はなく後遺症なき生存である。ここでは「後遺症なき生 存」率の上昇に大きく貢献した革新的な進歩,さらなる 上昇のために現在行われているいくつかの新しい取り組 み,そして将来期待される治療法について紹介する。 人工肺サーファクタント サーファクタントは肺胞の内面を覆う物質で,呼気時 に肺胞が虚脱するのを防いでいる。早産児ではサーファ クタントの産生が不十分な状態で生まれることが多く, 肺胞が十分広がらずに呼吸障害をきたす呼吸窮迫症候群 (RDS)を発症しやすい。20年ほど前までは超低出生体 重児の救命率は約50%で,死亡原因の多くは RDS であっ た。1980年 Fujiwara らが開発した人工肺サーファクタ ントが重症 RDS に著しい効果を示し2),RDS の原因が 解明されるとともに治療法が確立された。日本ではウシ 肺由来の製剤が1987年に実用化され,超低出生体重児の 救命率が飛躍的に向上した。その効果を図1に示す。新 生児医療における最大の進歩と言っても過言ではない。 高頻度人工換気(HFO) HFO は生理的な換気回数をはるかに超えた回数で行 う人工換気療法の一種で,換気回数が10Hz 以上で一回 換気量が死腔より小さいものをさす。主に胸郭の運動が なくても肺胞に酸素が取り込まれる apneic oxigenation という現象と,もともと酸素の20倍の拡散能力をもつ二 酸化炭素の拡散を振動でさらに高めることにより,肺内 の空気をほとんど入れ替えることなくガス交換を可能と している。従来の人工呼吸器では対応できない肺低形成 における重症の呼吸障害などに有効性を発揮する。加え て一回換気量がきわめて小さいので,肺に対する圧損傷 図1 RDS A:治療前。B:人工肺サーファクタント投与後。 表1 超低出生体重児の障 害発生率(2000年) 発達障害 19.6% 脳性麻痺 16.3% 視力障害 9.0% 聴力障害 2.4% てんかん 3.7% 183 四国医誌 63巻5,6号 183∼186 DECEMBER20,2007(平19)が少なく慢性肺疾患の予防や慢性肺疾患患児の呼吸管理 にも用いられる。 一酸化窒素吸入療法 新生児遷延性肺高血圧(PPHN)は生直後に肺血管が 十分広がらず,重度のチアノーゼ,アシドーシスと心不 全をきたす疾患で(図2),横隔膜ヘルニアや胎便吸引 症候群において見られる。PPHN に対する理想的な治 療法は,体血圧には影響を与えないで肺血管を拡張させ ることである。しかし過去に行われてきた種々の薬物の 経静脈投与は肺血管を拡張させようとすれば,他の血管 も多かれ少なかれ拡張させてしまうのが欠点だった。一 酸化窒素は肺血管のみを広げる働きをもつ PPHN の治 療には理想的な気体で,その吸入療法は1992年に紹介さ れ3,4),有効性が確認されて欧米では急速に普及した。 超低出生体重児の慢性肺疾患の予防にも効果がある可能 性があり,日本でも早期の薬事承認が望まれる。 晩期循環不全の早期発見と治療 出生直後の呼吸循環動態が不安定な時期を過ぎ,状態 が安定した超低出生体重児が,明らかな誘因なく突然乏 尿やショックをきたす疾患で5),現在の新生児医療のト ピックの一つである。原因として水分や Na の摂取不足 や副腎不全などが考えられているが,すべての病態を説 明できるものは見つかっていない。本症はステロイド剤 投与により速やかに改善するが,一度ショックを起こす と後遺症を残す可能性があるので,早期に発見し治療す ることが重要である。われわれは乏尿やショックの発症 前に腎動脈の収縮期血流速度が増大し,拡張期に血流が 途絶または逆流する(図3)ことを見いだした。これに よって早期発見が可能になり,素早く対応することで重 症化することがなくなった。 脳室周囲白質軟化への対応 脳室周囲白質軟化(PVL)は,超低出生体重児に発 症する側脳室三角部深部白質の壊死(図4)で,発症因 子としては血管構造の未熟性(図5A)に加えて血圧自 動調整能の未熟性,未熟児白質の脆弱性,子宮内感染, 図3 晩期循環不全における腎動脈血流波形 A:正常。B:発症直前。 図4 PVL の頭部エコー 側脳室三角部後上方に嚢胞性病変を認める。 図2 PPHN の循環動態 西 條 隆 彦 184
グルタミン酸毒性などがある。PVL は超低出生体重児 の脳性麻痺の最も大きな原因である(図5B)。その発 生率は救命率の上昇に伴ってわずかに増加傾向にあり, 現在の未熟児医療における最大の課題となっている。一 度発症した PVL の治療法はなく,血圧や呼吸をきめ細 かく管理して予防を試みることと,超音波や MRI で早 期に発見し療育のコースに乗せることが現時点ではわれ われができることのすべてである。将来,PVL の予防・ 治療法の確立が新生児医療における次の breakthrough として期待される。 新生児心肺蘇生法ガイドライン 正期産といえども出産は決して100%安全なものでは なく,生直後に軽い蘇生が必要な新生児は全体の10%, 本格的な蘇生を必要とする新生児は全出産の1%いる。 分娩に携わるすべての者が,これらの蘇生術を素早く正 しく行えれば,正期産児の後遺症の発生率は低下するも のと思われる。これを実現しようというのがアメリカ心 臓学会とアメリカ小児科学会が作成した新生児心肺蘇生 法ガイドラインである6)。図6に示したように30秒毎に 評価,決定,処置を繰り返し,最悪の場合でも生後90秒 以内に epinephrine を投与することを求めている。日本 でも広まりつつあるが,特に産科開業医への早い普及が 望まれる。 人工子宮 保育器内で超低出生体重児に気体の酸素を投与し肺呼 吸を強制する管理法は,現時点では唯一の選択肢である が決して理想的ではない。やむを得ず子宮外に出てし まった胎児に肺呼吸をさせることなく,人工羊水中で保 育しようとする試みである。まだ夢物語に近い治療法で あるが,動物実験は一歩ずつ進んでいる。 おわりに すべての超低出生体重児が後遺症なく生存することは, 現実的に考えると不可能だろう。しかし,その数字を少 しでも100%に近づけるよう今後も努力を続けなければ ならない。 文 献 1.日本小児科学会新生児委員会新生児医療調査小委員 会:わが国の主要医療施設におけるハイリスク新生 児医療の現状(2001年1月)と新生児死亡率(2000 年1月‐12月).日児誌,106:603‐613,2002
2.Fujiwara, T., Maeta, H., Chida, S., Morita, T., et al. : Artificial surfactant therapy in hyaline-membrane disease. Lancet,8159:55‐59,1980
3.Roberts, J. D., Polaner, D. M., Lang, P., Zapol, W. M. : Inhaled nitric oxide in persistent pulmonary hyper-tension of the newborn. Lancet,8823:818‐819,1992
図5 PVL 発症のメカニズム A:胎児脳血管の模式図。血管支配が少ない部分(黒い丸)に PVL が起こりやすい。B:PVL は下肢を支配する上位運動ニューロン をおかしやすい。 図6 新生児心肺蘇生法ガイドラインにおける蘇生のおおまかな流れ 新生児医療の進歩 185
4.Kinsella, J. P., Neish, S. R., Shaffer, E., Abman, S. H. : Low-dose inhalation nitric oxide in persistent pul-monary hypertension of the newborn. Lancet,8823: 819‐820,1992
5.Helbock, H. J., Insoft, R. M., Conte, F. A.: Glucocorticoid-responsive hypotension in extremely low birth weight
newborns. Pediatrics,925:715‐717,1993
6.Textbook of Neonatal Resuscitation, 5 th edition ed-ited by J Kattwinkel, The American Academy of Pediatrics(AAP)and American Heart Association (AHA).,2006
Progress in neonatology
Takahiko Saijo
Neonatal Intensive Care Unit, Tokushima University Hospital, Tokushima, Japan
SUMMARY
Neonatal medicine in Japan has made steady progress in recent decades and the survival rate of extremely premature babies is one of the best in the world. The following topics which contrib-uted in the past and may contribute in the future to the sequela-free survival of small babies are discussed. Artificial pulmonary surfactant has dramatically raised the survival rate of premature newborn with respiratory distress syndrome. High frequency oscillation and inhaled nitric oxide are successfully used to treat severe respiratory/circulatory disorders, such as persistent pulmo-nary hypertension of the newborn and hypoplastic lung. So called“glucocorticoid-responsive hypotension”can be detected and treated before it presents any symptom by monitoring renal blood flow. Pathogenesis of periventricular leukomalacia, a major cause of cerebral palsy of extremely low birth weight infants, needs to be elucidated for its treatment. Neonatal resuscita-tion program must be propagated to prevent sequelae in asphyxic babies. Artificial uterus is still a science fiction, but basic research is currently underway.
Key words :neonatology, progress
西 條 隆 彦