宇治群島周辺の漁業開発に関する研究
著者
肥後 伸夫, 田ノ上 豊隆, 盛田 友弌
雑誌名
鹿児島大学水産学部紀要=Memoirs of Faculty of
Fisheries Kagoshima University
巻
17
ページ
45-63
別言語のタイトル
Studies on the Fisheries in the Sea Around the
Uji-Islands
Mem・Fac,Fish.,KagoshimaUniv・ Vol、17,PP、45∼63(1968)
宇治群島周辺の漁業開発に関する研究
肥後伸夫・田ノ上豊隆・盛田友弐*
StudiesontheFisheriesintheSeaAroundtheUji-Islands
NCI)ioHlGo,ToyotakaTANouEandTomokazuMoRITA Abstract lnordertoclarifytheseasonalvariationsofseaconditions,fishinggroundsof setnetsandfishingconditionsofgillnetsintheseaaroundtheUji-Islands,ocea‐n
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調 査 方 法 家島と向島周辺にFig.1に示すように16定点を設定して水温・塩分・酸素および透明度等 の一般海況を測定し,ビロー湾,片浦波止,15尋浦および友ケ浦等の数個所においては電気 流速計CM−2型を用いて流速調査を行なった.なお,各定点付近で小型採泥器を用いて底 質を調査した.また,レーダーと魚群探知機を併用して水深を測定し等深線図を作製した. 漁獲試験には一本釣,曳縄釣および刺網を使用した.三重網の構造は仕立て上りの浮子方 25,,網丈1.2伽,中網の目合9cm,外網の目合30cm,いせ5割となっている. 5⑧ Nisl1idomari署
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31・ iO′ 8⑦ 鹿児島大学水産学部紀要第17巻(1968) 亭恵烏 Suzumelwa 6③ 焔③ k i Fig.1. Chartshowingthelocationofthe observingstationsofseaconditions. ⑭:Stationnumber 129.28'E 129.25'E肥後。田ノ上。磯田:宇治群島周辺の漁業開発 47 調査は1964年3月14∼16日,同月28∼31日,同年9月21日∼10月1日,1965年5月9∼11 日の各期間を練習船しろやま(18ton)で,1966年11月2∼5日には笠沙町野間池漁協所属 のかささ丸(14ton)で’1967年6月7∼9日,同年10月19∼22日および1968年3月18∼20 日の各期間を練習船南星丸(45ton)で実施した。 謡 査 結 果 1 . 海 況 水温・塩分。透明度:水温。塩分。透明度の測定値はTablelに示す.同表より水温。塩 分の水平分布および垂直分布を求めるとFig.2およびFig.3に示す通りである. 島の周辺における水温・塩分の水平的な分布状態は比較的変化が少なく,家島と向島間の 海峡の南北で若干の差異が見られるにすぎない。垂直的にも表層と30畑層では水温差は1.C 程度にとどまっている。 1964年3月では表面水温が16.C台であり,海峡の北側で15.C台のやや低温部がみられる. 表層から30,,層までの水温の垂直勾配は極めて小さく,30,,層においても全域が16.C台で ある。塩分は表層から中層まで34.40∼34.96銑範囲で全般的に高鹸であり,北部で多少低い 傾向がみられる.垂直的には34.70銑の等塩線が海峡の南北において,西側から東側に斜走 しており,東側がやや低鹸となっている。 1964年10月では27.C台の高温水が全域に張り出している。垂直分布図で示される如く, 27.Cの等温線が中層を横走しており,表層から30肌層まで水温の低下はほとんどみられな い.塩分は34.25∼34.60銑範囲でやや低鹸水でおおわれている。表層から20,,層には54.30 銑の等塩線がみられる. 1965年5月では表層水温が20。C台に達しており,水平的にはほとんど温度差がみられな い。10,,層以深では海峡の南部で,20肌層に20.Cの等温線がみられるが,海峡内やその北 部では19.C台で低い。塩分は34.40∼34.79銑範囲のやや高賊水塊におおわれている。垂直 分布図でわかる如く,表層に34.60%h,30畑層に34.70%hの等塩線がみられ,垂直的塩分濃度 差は少ない。 1967年6月では表面から10772,層は24.C台の高温水が島の周辺をおおっていて海I峡の南北 においても水温差はみられない.しかし3077z層付近では海I峡の北側で,23。Cおよび22°Cの 等温線が横走して多少水温は低下しているが,南部では23。Cと24.Cの等温線が現われて, 北部に較べてやや高温となっている.塩分は34.30∼34.77銑範囲であり,垂直的には海峡の 北部で表層から10m‘層に34.60銑と54.50%bの等塩線がみられるが,南部では2097f,層に34.60 跡の等塩線が現われ塩分濃度はやや高い。 1967年10月では各点間の水平的な水温差は小さく,表層で25.C台である.10m,以深では海 峡では24.C台となり,南北の差は認められない。垂直的な水温勾配は極めて小さく,1097?,層 に25.Cの等温線がみられるにすぎない。 塩分範囲は34.70∼35.00%'の高鹸水でおおわれている。垂直分布をみると表層に34.90銑 の等塩線があり,34.80%1,の等塩線が海峡を東西に斜走して西部では30肌層に達している. これらの水塊は黒潮系水と判断される。 1968年ろ月では島の周辺は表層から50m層まで16.5∼17.3。Cの水温範囲にあり,水平的
18.0 48 19.8 Table1.Listofwatertemperature,salinityandtransparency. 27.2 27.0 19.8 34.76 20.4 20.4 20.0 19.8 20.0 9951966666 ● .O 跳N
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−:lsotherm……:lsohaline にも垂直的にも水温差は小さい.塩分範囲は34.78∼35.169M,で極めて高鹸であり,水平的 にも垂直的にも濃度差は極めて小さい. 溶存酸素:測定結果はTable2に,海峡の南北部における垂直分布はFig.4に示す通りで ある.溶存酸素量は4.4∼5.ろcc/Lの範囲で各点相互間の差異は少ない.垂直的には表層か ら2]、層付近までの変化はほとんどなく,30m層で若干溶存量が少ない傾向が認められる. 溶存量は各層共春・秋は飽和量に達していない. 目,[雨Z October18,1967 宮。[ぬZ 鹿児島大学水産学部紀要第17巻(1968) March9,1968一一一一一 51 25 MaI,c1,15.1964 1 0 7 St. 4︽ 6 11 12 0 ● , 、 L 0 ,. 25 50 75 100 0 1,1964 75 100 0 25 50 75 100 一 宇 一 一
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肥後。田ノ上・磯田:宇治群島周辺の漁業開発 Fig.3.VeI・ticaldistributionsofwate1・temI〕eraturesandsalinities. :lsothe1,m−−−−−−:lsol1ali1,e 27.0一一ノ
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50 June9,1967 一一 100 0 25 50 0,1965 Mayl −1 75:Isohaline 鹿児島大学水産学部紀要第17巻(1968) ・Isotherm October20,1967 10 7 St. 12 11 6 5 4 0.5 ,2 8664866 ●●●●●●● 4444444 4.6 4.8 50
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==−17. Fig.3.Continued. 4.5 4.5123456789012345
111111 4.5 Table2.Listofoxygen. 6565 ●●●● 4444 Date ト幻全・全角の旦○君。○ ● .O 跳N 02 (cc/L) 20m. 0m. 10m. 30m.10 53 4.8 Table2.Continued. 4.8 4.6 1 4.9 4.9 5.2 2 4.9 4.8 4.8 5 4.9 4.9 4.9 4 4.8 4.9 5.3 4.6 5 5.1 4.9 4.9 4.5 、幻か一 5.0 4.8 6 5.0 4.9 7 4.9 4.9 4.8 4.7 CO ー 8 5.0 4.9 4.8 昌○畠飼]言 9 5.0 4.8 4.9 肥後。田ノ上。盛田:宇治群島周辺の漁業開発 October20,1967 1 0 7 St. 15 4.8 4.8 1 1 4.8 4.7 12 4.8 4.8 4.6 4.9 13 4.9 4.8 1 4 4.9 4.9 4.9 4.8 4.8 一可 4.8 Fig.4.VerticaldisLibutionsofoxj'9e、. 透明度:透明度の季別の各点における分布はFig.5に示す通りである。島の周辺における 透明度は測定場所別の変化は小さく,大体・似た値であるが,家島の片浦波止付近が最も小さ く,3m程度を示している。海峡の南部では29畑の大きい値もみられた.季別にみると3月, 5月に透明度は低く,13∼21肌となり,10月では18∼29m'で高い。 12 11 6 5 4 0 ,. 25 87 44 「ー
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March 18,196854 鹿児島大学水産学部紀要第17巻(1968) St、 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1 0 1 1 1 2 1 3 1 4 1 5 、 1 2U o − − − C > 一 C 『>一コU 3 Fig.5.ShowingtheseasonalvariationsoftransParencv由 ● ●…−.−.−●Marchl5,1964 ● − ● M a y 10,1965 ○一○October20,1967 ○・、一・・・…-…○Marchl8,1968 Q−−C 流向・流速:潮流の測定結果はTable3に示す通りである.1964年3月にビロー湾におい て測定した結果では,3M層に張潮時北向きの0.6ノットに達するかなり早い流れがあるが 落潮時には0.3ノット程度の南向きの弱い流れに変っている.1967年10月の際には1伽層で 張潮時に0.4ノットの北東向きの流れがみられ,落潮時には南向きの0.5ノットの比較的早い 流れが記録された.ビロー湾においては張潮時には常に北或いは北東流,落潮時には南流と なることが明らかである.向島と家島間のSt、2付近では1964年3月の際に張潮時北向きの1 ∼1.6ノットに達する早い流れが認められ,南向きの場合には0.5ノット程度の比較的弱い流 れに変る傾向がみられた.片浦波止,St・ろ付近では1964年3月には張潮時に北西の0.4ノッ ト程度の流れと南東に向う弱い流れが認められてこの付近の流れは複雑な様相を呈している ことが察知できる.落潮時には大体南寄りの流れがみられ,このような傾向は1967年6月の 場合にも認められた.しかし1967年10月の測定では張潮時に西寄りの0.9ノットの強い流れ が,落潮時には南西方向の0.3ノット程度の流速が認められた.向島の北西側のSt、15付近で は1967年6月,流速は0.3ノット以下で弱流であった.友ケ浦のSt、15付近では1967年の6月 と1968年の3月の測定で,流速は0.2∼0.4ノット範囲で比較的おそく,張潮時には北東方 向落潮時には南西方向への流れが認められた.向島の南西寄りの黒島湾付近のSt、14におい ては1968年の3月に0.4∼0.5ノットの流速が記録されたが,張潮時と落潮時における流向は 判然としなかった.
15:10 肥後・田ノ上・盛田:宇治群島周辺の漁業開‘発 W Table3.Showingthecurrent-directionandvelocityofthe tidal-currentatseveralobservingstations.
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底質:鉄枠に網を取り付けた簡単な小型採泥器を作製使用した●練習船しろやまで海底を 10分間曳航して採集物を調べた.簡易採泥器であるため充分な底質調査は出来なかったが,
ビロー湾のSt,1を中心とする20∼3M水深の海区は砂と藤が多く,比較的平担であることを
確認した.向島と家島の中間のSt、2付近は泥土が多く,岩板の散在していることが判明し
た.家島の片浦波止の沖合は大部分が岩板でおおわれており所々に岩が突出している.向島の北西側のSt、13付近は牒と砂が多く海底は比較的平担である●また南西側のSt、14付
近は岩板で採泥器による採集は不可能であった。南東側のSt・15付近も岩板が多い.水深:1964年3月の調査の際に向島周辺と海峡において,レーダーによる船位決定と音響
測深儀による水深測定を行ない,これらの結果からFig.6に示すような等深線図を作製し
た.図中の数字は等深線の水深を示すもので,潮汐の影響による補正は行なっていない●
家島と向島間の海峡の中央部には30m程度の浅い部分があり,この両側に南北から4伽の 等深線が入り込み,その外側には50,,と60,,の等深線が40m等深線とほぼ平行に走っている。 ピロー湾内は2伽程度の比較的平担な場所が広く,湾口をろ伽等深線が南北に伸びている● 家島の片浦波止沖は大部分が3伽以浅である。 向島の友ケ浦では30mの等深線が海岸に沿うて,その300m位沖を走っている.さらにその沖合には40m等深線がみられる,向島の北西側,St,13付近にはる伽の等深線が入り込み,
その岸側は2伽程度の比較的広い海域が存在している. 56 鹿児島大学水産学部紀要第17巻(1968) EWWEE o。◎。。 0000022668 SNNSN Table3.Continued. 3232ろ ●●●●● 00000 佃〃 15 S80oE October21 02:00 04:00陸
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S70oE 旧〃〃〃〃 旧〃〃〃〃 00000●●●●● 55445 1967 October20 10:20 18:00 20:00 22:00 24:00 1968 Marchl8 18:40 20:00 22:00 24:00 0.2 0 ろ221
● ●● 0000 S10oW 相〃〃〃 S65oW N60oE 15 October21 08:10 10:25 12:05 14:00 16:00 0.2 0.2 Marchl9 10:20 12:00 13:00 16:00 17:4057 目 ■ 鼠 。③ 恥粥 E 壷 J L ンZ
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0588 21 Fishes(No.ofindividuals) FHFI〃 8 59 K B Table4.Continued. 27 肥後・田ノー'二・感田:宇治群島周辺の漁業開発 ″杓
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Date Fishes(No.ofindividuals) ″″ M 〃 2 0 1965 M a y 9 20 PSC““peれezイ,SspfZ2↓”6s(12),LeがOSC”“sjα”o”zc‘z6s(4) Pα”z6Z勿個MSjaPo”ic'M,S(5) Psgz↓“pe7z“Lssp'jZ”私8(10) Psez(,”pe?zg“sspZZ”.“s(6),Pa7z26Z"w,sJapo‘ルicz6s(ろ) C 15 1 0 1 1 50 11 1A 〃 〃 1966 Nov. Pse皿拠Pe”9?ルs8PfZ“γz(,s(5),Z,”tosC”“sJapo”““s(・1.〕 Go弼掘s鋤↓szo7zcU”8(1) PseMd拠幻9?,,G2↓s8pZZ,zルγ268(6),Lg"toscαγ'z6sjapo??,‘jc郡s(ろ) ろ A 10 4 H 10 〃 1967 June Pγfo7z秘?俺況s加配γoZGpjdo”8(5) PSg“'Z噸e”e別ssがZ2”肌s(14),Le〆osca7wSjapo”Zcz6s(2) G”eZZaPM”ctatα(2),Go弛れ8t”szo?zα”s(5) PSg“z”e?zgz6ssPZZw鋼‘z6s(20),Z,eがOSCαγ私sjaPo”fczLs(5) Go”苑8t”szo光α"8(4),Go7z碗8税z(,sze67。a(8) Psg拠伽Pe”e'MssP'ZZ26γ"s(4),Le〆OSCαγ“sjcI,PC”fcz6s(3) Go1z流stjz6szo7zα”8(5),GIC?f,虎s流"sze67。a(6) Pse““Pe7Zgz↓88皿如?.z(,8(4),Go?z極8t”szo7zα”8(1) 皿yZ加加αc?・ocgpノセ,ajzLs(9),P”o?z,z"'・“s77秘cγoZepZ〔Zo”s (1) PseM,〔3z叩e?2,“↓ssp鋤6γ1ル8(4), Psez(,cZz噸e”G2ル8sがZ‘z6γ26s(5),Go?z秘st”Szo”α”s(9) Gzo”“81t”sze67α(9),皿yZ'20”z,αcγCCCPノ2,αZ“s(1) Leptosca7秘sjapo‘ルjc26s(6),Go協掘8t,j"szg6Ta(1) Pγもo7f,“γ“s碗icToZgp”o”s(2) Psez↓CJz<,pe7ze“8s”'jZ’z67“8(5),Lgptosca?銅拠sJα〃o72,’j“08(1) G"℃ZZapz(,れctata(1) Psezル伽噸e弼鈍68sが”γ'M,8(3),Go冗流s堀'zルszO兜α曲Cs(9) Go侃掘s1t”sze6?亀a(6),G”eZZap“7'1,ctαtα(2) G10”流S流ZしSZo7Zα”8(8),go?z流St”SZg67−α(2) 5584 6 0M 〃 〃 7 H GK 5 30 〃 〃 ” 80 〃 〃 〃 ND 5 30 ″P 〃 0ct. B 10 〃 〃 C ろ PSG'z↓“pe7Ze‘z6SSP勿拠γ“8(7),Go7f,〃8t“しSZe69何a(4) Go72,碗st伽Lszo7?,α”s(3),Pγ”??,‘z↓γ‘z{'8?"もcγoZepjCZo”s(2) PSG“”Pg”e“8sがZ'zC7‘z6s(8),Go?1,樋st”Szo?zα”S(4) P9命,z,o犯,z””s?7Z‘Zc?℃Zep”o”s(2),Z,g〆OSCαγ‘z6SJaPo7z'Zcz6S(1) Psg““〃e”e,z6sspjZ”?ル8(5),G”eZZap'zしれctata(6) PS“↓CZ,M,Pe7?,g‘Z(,SsPfZ”・‘Z(,8(4),Go7zれs玩拠SZo?zα”s(4) Go?z,,djs秘,z6szg6γa(1),P7Zo1z‘2↓,“‘z↓s”c?・oZep”o”s(ろ) Pse‘z6〔Z“pe1ze'z6sspf”γ“8(4),G”eZZap秘??,ctaォα(6) PTzo兜’zルγ“s加配γoZe”cZot,M,s(2),Go弼掘stz‘M,szo妃α“0s(1) PSG“[Z?ルpe況巳‘z6ssp況拠γ“s(9),G"・eZZap'M,7zctata(4) Pγ加拠“?。‘z[,s77zfc?・oZep”o”s(4),Go?z流st,i“sze6γa(6) 〃 2 1 K 弧 躯 I 〃 〃 1968 Marchl7 C 麺 〃 〃 麺 1 回 〃 〃60 鹿児島大学水産学部紀要第17巻(1968) 刺網の操業結果はTable4に,釣漁具による操業結果はTable5に,操業位置はFig.7の 漁場図に示す通りである.刺網は家島南方の漁場を除くと大体水深20??z以浅で操業し,夕刻 投網して翌早朝湯網した.操業が1964年から68年までの長期に互って実施されたので,漁況 に或程度の変動がみられたため,1966年までの前半とその後に分けて漁獲状況を観察するこ とにした。前半の三重網の漁況はTable4に示す通りで表に掲げた魚種はその主なものを あげたものであり,漁獲総尾数は207尾,反当り漁挫尾数は4.8尾となった.魚種別ではオキ ナヒメジ,Pse7,6曲”e?z“6sSpjルz↓γ'z6SBLEEKERが最も多く,ブダイ,LgがOSCαγ“s j”0?zzco6sCuvIER&VALENcIENNEs,メジナ,G”e〃cupzしれcta”GRAY,タカノハダイ, Go泌掘st伽szo7?,”LsCuvIERetVALENcIENNEsがこれについで多く,その他多くの種類 が漁獲されている. 1967年と1968年の三重網の漁況はTable4に示す通りで漁獲総尾数は330尾となり,反当 り漁獲尾数も2.4尾に減少し,前半に比較して半減している。魚種別にはオキナヒメジ, プダイ,メジナ,タカノハダイ,ミギマキ,Go1z雄t仇↓sze67aDoDERLEIN,ニザダイ, PγjO?Z“γ郷S?ルjCγOZeP”0"sLACEPEDEが最も多く,これらの魚種は常時島の周辺に生 息していることがわかる。その他に漁獲された魚種はクロダイ,皿”0畑acfocgphaJz心s BAsILEwsKY,チヨウチヨウウオ,Chae加伽??,coZZa7eBLocH,モンガラカワハギ,Bajjstes co兜spic畑26畑B,LocHetScHNEIDER,アカエイ,Dasva雄αルαj“MuLLER&HENLE, ハコフグ,Ost?何αc‘jo7'z,”68γc‘z6Z“‘z6sLINNE,イセェピ,Pa?”↓Z”z6sJ”0知2,“6s V、SIEBoLD等である. これらの魚種のうちオキナヒメジは周年を通じて最も多く,岸近くの浅い場所にも生息し ている。その他の魚種も季節的変動はあまりみられないようである. Table5Showingfishesandnumberofindividuals caughtwithfishing-tackles.
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6? 鹿児島大学水産学部紀要第17巻(、1968) 今回の調査に基づいて,定置漁場としての検討を加えると,ほぼ次の通りである.定置網 設定の為には種々の条件が勘案されなければならないが,先ず漁具を設定するに適当な広さ の比較的平担な場所が必要である.この条件を満たす海域は前述の結果から家島の片浦波止 付近,ピロー湾,友ケ浦付近,向島北西部等である.これらの内,片浦波止の場合は漁港と なるため,南寄りの場所を考えざるを得ない.しかしこの付近は岩板が多く,岬から遠ざか るに従って潮流が早くなる難点がある.ピロー湾の場合は海底が砂まじりの篠があって,水 深20∼30mの海域がかなり広く,漁具設定は容易と考えられる.しかし海峡の流速が早いた め潮流についての充分な調査が必要である.友ケ浦付近の場合は水深30∼40mで海底に岩礁 がみられるので漁具設置上難点はあるが,前面に2つの瀬が存在しており,魚族が最も豊富 に集まるものと思われるので,瀬を利用する方法を考えると好適地となる可能性がある・向 島北西側の西立神から南方に拡がる海区は底質が砂篠であり,漁具設置には困難はないが, 冬季の季節風の連吹する時期には最も条件が悪い場所となる. 定置網の対象として最も価値の高いブリ群は,群島周辺では3月に家島の東側で,5月に 鮫島付近で漁獲されている.ブリの生息水温は三谷(1960)4)によると,春ブリが15∼20.C であり,本海域でも略同様な温度範囲で漁獲されている.棲息水深は一般に50∼130畑程度 の場所が多いが,産卵期には20∼30mの浅いところにもみられる.等深線図から判断する と,この周辺のブリ群は家島東側から南端を通り40∼70,,の等深線沿いに向島東岸に達し, 友ケ浦沖を経て鮫島周辺に至るものと考えられる.これらの群がどの程度岸寄りに来遊する かは明らかでないが,3月と5月の透明度は夫々1ろ∼16m,18∼2伽の範囲にあるので,3 月の場合には日本沿海の好漁のある時期の透明度の範囲,11∼18mとほとんど変らないし, 5月には女島漁場の15∼22”に較べると小さく,この点では支障を生ずることは考えられな い.ブリ以外の雑魚で定置網の対象として考えられる種類は,三重網による漁獲状況から判 断すると極めて少なく,どの程度の期待が持てるか,今のところ未知数である. 要 約 1964年3月から1968年3月までの間に7回に亘って,練習船しろやま,南星丸および野間 池漁協のかささ丸によって,宇治群島周辺の海況および漁場調査を実施し,同時に刺網と釣 漁具を用いて漁獲試験を行なった.その結果は次の通りである. 島の周辺における水温,塩分は水平的にも垂直的にも差は少い、水温は春に,6∼,7°C範 囲に降下し,初夏に20∼25oC範囲に上昇する.塩分は34.40∼35.00fル範囲で比較的に濃度 が高く,季別の顕著な差は認められない. 溶存酸素量は4.4∼5.3cc/L範囲で,春秋共に飽和量に達していない. 透明度は春,13∼21mの範囲wで小さく,秋には18∼29m範囲で比較的大きい. ピロー湾j片浦波止の南部,友ケ浦’’5尋浦等は流速,底質および水深等の調査結果から, 小型定置或いは底建網の漁場として再検討の価値を認める〆 三重網の漁獲物の中でオキナヒメヂが最も多く,ブダイとタカノハダイがこれに次いで多 い。これらの魚族は季節的な変化は少ない.その他羅網魚の種類は極めて多い. 終りに,本研究を行なうにあたって,鹿児島県ならびに鹿児島大学援助会より研究費を支 弁していただいたのでここに記して謝意を表すると共に御協力を載いた野間池漁業協同組合
肥後・田ノ上・盛田:宇治群島周辺の漁業開発 65 長外職員御一同を始め山元丈二氏,山元恵三郎氏,並びに練習船南星丸の高橋船長外乗組員, かささ丸の船長外乗組員御一同に対し深く感謝申し上げる次第である.ロ ト . ! , 』 令 1 ) 2) ろ) 4) 参 考 文 献 金森政治・盛田友発・田ノ上豊隆・江波澄雄(1956):宇治群島の漁業・南方科学研究所報告, 1,ろ9−63. 南薩水産指導所(1952):対島暖流調査報告 TANouE,T・(1966):SudiesontheSeasonalMigrationandReproductionoft spottedmackerel,Me772,.Fαc・Fjsh.Kagos版加αU”伽.,15,101−180. 三谷文夫(1960):ブリの漁業生物学的研究.近畿大学農学部紀要,1,81−300. asonalMigrationandReproductionofthe Kagos版加αU”伽.,15,101−180. 近畿大学農学部紀要,1,81−300.