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古代エジプトと聖書 : 知恵文学の比較を中心として

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古代エジプトと聖書 : 知恵文学の比較を中心とし

著者

勝村 弘也

雑誌名

キリスト教論藻

39

ページ

1-37

発行年

2008-03-10

URL

http://doi.org/10.14946/00001614

(2)

古 代 エ ジプ トと聖 書

知 恵 文 学 の 比 較 を 中心 と して

(1}

勝  村  弘 也

1  は じめ に

  今 日は 「古代 エ ジプ トと聖 書」 と言 う大 き なテ ー マ を掲 げ させ て いた だ き ま した。 聖 書 と言 い ま して も新 約 の話 に は ほ とん ど入 る こ とが で き ませ ん。 旧約 の 中 に 「知 恵 文学 」 と呼ば れ て い る分 野 が あ ります。 この分 野 は、 特 にエ ジプ ト文 明 との 係わ りが 深 い とされ て い ます の で、 こ こを 中心 にお話 しす る つ も り で す。 新 約 に も知 恵 文学 的な傾 向 を もつ箇 所 はた くさ ん あ りま して 、 旧約 とつ な が って い るわ けで す が、 そ この話 に まで は及 ぶ こ とが で き ませ ん 。   近年 、 一種 のエ ジプ ト ・ブ ー ム とで も言 うべ き現 象 が 起 こって い ます 。 一 口 に古 代 エ ジプ トと言 い ま して も、 古 王 国時 代 のピ ラミ ッ ドが建 て られた 時 代、 あ るいはそ れ以 前 の時代か ら始 ま りま して、 コプ ト語 で書かれ た 「ナグハ マデ ィ 文 書 」 の時代 に まで及 んで い ます 。 この3000年 以 上 に も及ぶ 歴 史 の 各時 代 に関 して、 そ れぞ れ 近 年 マス メデ ィアが 好 んで 取 り上げ て きた よ うな 話 題が あ るの が特 徴 です 。 私 は 旧約 が 専 門 です か ら、エ ジプ ト学 の研 究 書 を本格 的 に読 む11 会 は少 な い ので す が、 大 学 の講 義 で古 代エ ジプ トの こと を話 す 関 係 で、 入 門書 を含 めて 日本 語 の文 献 だ けで も揃 えよ う と何 年 か 前か ら買 い始 め ま した 。 と こ ろが あ ま りの量 の 多 さ にす ぐ につ いて ゆ けな くな りま した。 一 般 読 者 の関心 が これ ほ ど高 い のか と驚 いて い ます 。 これ は、 あ る意 味 です ば ら しい こ とです 。 大 分 前 にナ ポ レオ ンのエ ジプ ト探 検 隊 が記 録 した資 料 か ら図版 を抜粋 して解 説 した も のが 出 ま した(2)2万 円 もす る こん な書 物 が売 れ るのか と思 い ま したが 、 結 構 、 売 れ て い るよ うで す。 朝 倉 書 店 、原 書 房 な どか らも図版 入 りの値 段 の は る専 門書 が どん どん 出 てお ります(3>。さ らに ヒエ ログ リフに 関 して はイ ンタ ー

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ネ ッ トで検 索 す る とか な り出て き ます 。 日本語 で も ヒエ ログ リフの入 門書 はた くさん あ ります が、 これ は 日本 だ け で はな く、 世 界 的 な現 象 のよ うで す。 かつ て は きわ めて 特殊 な専 門領 域 で あ った も のが、 教 養 の世界 に までせ り出 して き ま した(4)。   この よ うな 現 象 は、 古 代 エ ジ プ ト文 明へ の評価 が、私 が学 生 だ った頃 と比 べ る と大 き く変 わ って い る こ と と関係 が あ ります。 一 昔 前 です と、古 代 エ ジプ ト とい うのは専 制 君 主 の支 配 す る奴 隷 制 国家 だ と い う ことで、 巨大 な権 力 を持 っ た一 人 の フ ァラオ と少 数 の官 僚 が 人 民 を抑 圧 して い る よ うな シス テ ムが 考 え ら れ て い ま した(5)。しか し、 よ くよ く考 え てみ ます と、 そ ん な ひ どい暴 政、 圧 政 が行 わ れ て い た社 会 が、 何 千 年 に もわ た って 続 く ものだ ろ うか。 そ れ はそ れ で 簡 単 に は壊れ な い よ うな強 固 な社 会 シス テ ムが あっ た ので は な いか と、 一 応 想 像 す る こ とがで き ます 。 ピ ラ ミ ッ ドに して もあん な 巨大 な 建築 物 が、 た だた だ こき使 われ る だ けの奴 隷 の労働 によ って 出来 た とは、 ち ょっ と考 え られ ませ ん。 命令 す るだ け の少 数 のエ リー トと無 知 な多 数 の建 築 労働 者 によ って、 あ の よ う な偉 大 な仕事 が完 成 す る ものか ど うか 、疑 って み るだ け の十分 な根 拠 が あ りま す。   そ うい う古 代 エ ジプ ト文 明 全体 へ の評価 と関連 して、 聖 書 学者 に もエ ジプ ト 学 に本格 的 に手 を伸ば す 人が 現 れ ま した。 た とえば ドイ ッ のハ ンブル ク の 旧約 学 者 で ク ラウ ス ・コ ッホ とい う人 が い ます 。 この コ ッホが1993年 に676ペ ー ジ に も及 ぶ分厚 い古 代 エ ジプ トの宗 教 に関す る書物 を出版 しま した{6?さ す が コ ッ ホ 先 生、 偉 いな と思 った ので す が、 いつ のま に エ ジプ ト学 を勉強 した の で し ょ う。 旧約 学 者 は 昔か らア ッシ リア学 、 つ ま りメ ソポ タ ミア とか シ リアの方 の系 統 の 学 問 を い っ し ょに研 究 します。 襖 形文 字 で書 か れ た文 書 群 との比 較研 究 が 主 流 な ので す が、 旧約 学 とエ ジプ ト学 をセ ッ トに した 人た ちが登 場 して き た こ とは 、興 味深 い現 象 で す。   た また ま10数 年 前 、 ドイ ッ のマ ール ブ ル ク に、 私 の勤 めて お ります神 戸 松 蔭 か らの在 外研 究 で しば らくいた 時 の こ とです 。 町の 本屋 さん に入 りま して、 エ ジプ ト学 関係 の面 白そ うな ものが な いか と見 て いた 時、 ヤ ン ・ア スマ ン とい う 人 の 書物 を手 に しま した。 このア ス マ ン の書 き ま した 『マ ア ト』 につ い て は、

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講 演 の後 半部 分 で 詳 し く紹介 した い と思 い ます7)。 このエ ジプ ト学者 は 日本 で も全 く知 られ て いな いわ けで は あ りませ ん。 関西 大 学 の吹 田先 生が 一冊 翻 訳 を 出 してお られ ます が、 彼 の思 想、 中心 的 な研 究 に関 して は 、 まだ 日本 で は十 分 紹 介 され て い な い ので は な い か と思 い ます 吼 アス マ ンの 『マ ア ト』 とい う書 物 を読 み ま して 、 大 い に感 銘 を受 け ま した。 マ ア トは女 神 の 名前 として よ く知 られ て い ます 。 頭 の と ころ に フ ェザ ー をつ けて い る女神 です 。 「死 者 の書」 に も出 て き ます 。 女 神 イ シス は 玉 座 を頭 の上 に乗 せ て い ます が、 マ ア トは大 きな 駝 鳥 の羽 根 を頭 の上 に乗 せ て い ます 。 従来 、 マ ナ トに は、 世 界秩 序、 宇 宙 的 な 秩 序 の意 味 が根 本 に あ る もの として理 解 され て き ま した。私 が学 生 の 頃、 日本 語 で 古 代 エ ジ プ ト思 想 に 関す る も のが い くつ か 紹 介 され ま した が 、 フ ラ ン ク フ ォー トな どが 書 き ま したr哲 学 以 前 』 と い う書物 が代 表 的 な もの で しだ9)。 これ に よ る と、 「古 代 エ ジプ トの フ ァラオ の 專制 国家 は宇 宙 国家 で あ る。 宇 宙 的 な秩 序 とい う もの に基 づ いて、 そ れ を根 本 的な 観 念 と して 専制 国 家 が建 て ら れ維 持 され た。 そ こで は社 会 倫 理 の よ うな ものは 未 発達 だ っ た」 とい う認 識 が あ りま した。 旧約 の世 界 とは、 ど こが 違 うのか 。 聖 書 の預 言 者 の世 界、 古 典 ギ リシ ャの哲 学者 の世 界 と、 どう違 うか 。 これ が主 要 な 問題 で した。私 の学 生時 代 には 、 「社 会 変 革 の思 想」 と 「秩 序 維 持 的 思想 」 とい うのが 、 対 照 的 に語 ら れ て い たわ け です が 、 まさ に古 代 エ ジ プ ト社 会 は、秩 序 維 持 的 な社会 の典 型 と い うわ けで した。 あ の 学 生運 動 が 盛 んで あ った 頃 、 「お 前 は秩 序 派 だ か らけ し か らん」 とか 「変 革 の時代 に秩 序維 持 的 な言 動 は よ くな い」 とい うよ うな こ と ば が学 生 か ら語 られ ま した。 ち ょう ど、そ う い う時代 と照応 す る よ うに、 「フ ァ ラオ の 君 臨す るエ ジプ トに は、 秩 序維 持 的 で、 いつ まで も変 化 しな い社 会 シス テ ム を構 築 し維持 して ゆ くよ うな秩 序 観 念 が あ った 」。 それ は何 に よ って 基 礎 付 け られ るか と い う と、 「永 久 不 変 の宇 宙 的 な秩 序 が社 会 を基 礎 づ けた のだ 」 とされ て い ま した(10?そ れ に対 して 旧約 の世界 で は、 ど こまで も歴 史 が大 事 だ とい うわ けです 。 預言 者宗 教 につ い て は、 「倫 理 的 唯 一神 教 」 とい う言 葉 が ご ざ い ます が 、社 会 正 義 を掲 げ た 預 言者 たち が古 代 イ ス ラエ ル 社会 には登 場 して きた。 もち ろん預 言者 とい うのは、 さ っき の言 い方 で は 「社 会変 革 的な思 想 家」 で す。 これ が 旧約 の 中心 だ と します と、 これ とは かな り異 質 な秩 序 観 念 が エ ジ

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プ トには あ った と考 え られ るわ けで す。   ところが こ うい う考 え方 は、 お か しい とい う ことをアス マ ンが言 って い ます 。 「古 代 エ ジプ トには 立派 な社 会 倫 理 が あ っ た。 個 人 の倫 理 的 な 生 き方 を問 うよ うな思 想 が あ った」 と述 べ て い る ので す。 今 日はそ うい う話 を しよ う と思 って い る ので す。

2.聖

書 にお い て エ ジ プ トは ど の よ う に 見 られ て い る か

  さて 聖 書 にお いて エ ジプ トは どの よ うに見 られ て い るの か。 これ はお 読 み に な っ た方 が あ るか と思 い ます が、 マ ックス ・ウ ェーバ ー とい う有 名 な宗 教 社 会 学 者 の著作 の 中 に 『古 代 ユ ダ ヤ教 』 が あ ります。 内 田芳 明 先生 の訳 で翻 訳 が 出 て い ます(11}ウ ェー バ ー の この本 には 「出 エ ジ プ トの物 語 こそ が 旧約 の 中心 だ」 と述 べ て いる箇 所 が あ ります。 出エ ジプ トの 出来事 が 中心 だ とい う こ と と関連 して、 ウ ェー バ ー の預 言 者 宗 教 に対 す る理解 が あ るわ け です が。 「全 体 と して 見 た場 合 に、 古 代 ユ ダヤ 教 は 反 エ ジプ ト的で あ る。 エ ジプ ト的 な社会 秩 序 、 社 会 システム に対す るア ンチ テーゼ が聖 書 の思 想 の 中心 にある」 とい うのが ウ ェー バ ー の考 え方 だ と思 うのです 。 出エ ジプ トの 出来 事 を どう理解 す るか は、 こ こ で は詳 し く論 じる ことがで き ませ んが、 これ に関 して は色 々 な見方 が 可能 です 。 聖書 に書 いて あ るよ うな事柄 が歴 史 的 な事 件 だ った のか どうか 。 歴史 的 出来 事 で あ った とす る と、 どの程度 そ うな の か。 旧約 に書 いて あ るま ま とは考 え られ な い ので 、 ど の程度 が史 実 な のか が 問題 にな ります{12㌔あ るい は全 く政 治 的 な ス トー リーで あ って、 歴 史性 は ほ とん どな い と考 え る のか。 これ に関連 して、 モー セ は 架空 の人物 な のか とい う議 論 もあ ります が、 この よ うな 問題 は置 いて お き ま して、 とにか く出エ ジプ トの物語 が 、 エ ジプ ト的 な 政治 のあ り方 、 社 会 シス テ ム を批 判 して い る文学 で あ る ことは間違 い な い と思 い ます 。 フ ァラオ の 圧 政 か ら逃 れ るた め に、 イ ス ラエ ル の 民が エ ジプ トか ら脱 出 し、 エ ジ プ トとは 別 の社 会 シス テ ム をつ くるた め にモ ーセ を リー ダー とす る 人 々が 、律 法 を基礎 に して 社会 をつ くって い く。 そ うい う意 味 で の 反エ ジプ ト的な 思 想 を持 つ 文学 が 「モ ーセ 五 書」 の 中心 にな って いる こ とは否 定 で き ませ んU3)

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  しか しそ れ で は 全 体 と して 旧 約 が 本 当 に 「反 エ ジ プ ト的 」 と言 い 切 れ る の か ど う か 。 これ に は 疑 問 が あ り ま す 。1924年 に エ ジ プ ト学 者 のA・ エ ル マ ン が 、     H・ グ レ ス マ ン と い う 旧 約 学 者 も ほ と ん ど 同 時 に 見 つ け た わ け で す が     、 古 代 エ ジ プ トの 教 訓 文 学 で あ る 「ア メ ンエ ム オ ペ ト(Amen-em-opet)の 教 訓 」 と 旧 約 の 中 の 「箴 言 」 の あ る箇 所 、23章 を 中 心 とす る 部 分(正 確 に は 、 箴 言22 章17節 以 下)が 逐 語 的 に対 応 して い る こ と を 見 つ け ま し た{14}。1924年 以 降 、 他 に も何 人 か の 学 者 が こ の 箇 所 に 関 す る 比 較 研 究 を行 い ま した 。 そ の結 果 、 箴 言 の 中 の 格 言 と 「ア メ ン エ ム オ ペ トの 教 訓 」 が ほ と ん どパ ラ レル な 関係 に あ る こ と が 否 定 出来 な くな り ま した 。 そ の 後 も、 箴 言 を 中 心 とす る 旧約 の 知 恵 文 学 の 中 に、 エ ジ プ ト起 源 と 思 わ れ る よ うな 表 現 が しば しば 出 て く る こ とが 指 摘 さ れ た わ け で す 。 し か し そ れ は そ れ と して 、 「ア メ ン エ ム オ ペ トの 教 訓 」 に 関 して 言 い ます と、 こ の テ ク ス ト 自 身、 成 立 年 代 が は っ き り し ま せ ん 。 こ の 写 本 自 身 は 紀 元 前7-6世 紀 頃 の も の と推 定 され 、 決 して 古 くな い 。 ひ ょ っ とす る と 旧 約 の 「箴 言 」 の 方 が エ ジ プ トの 知 恵 文 学 に影 響 を 与 え た の で は な い か 、 と い う こ とまで 言 われ た のです軌 今 日か ら見 る と これ は あ りえ な い こ とな のです が 、 この よ うな説 が 登場 したの は、 両 者 の並 行 関 係 を重 大 な事 実 だ と思 わ なか った 結 果 で は な いで し ょ うか 。 と ころが 箴言 と 「ア メ ンエム オ ペ トの教訓 」 の関 係 だ けで は な くて 、 類似 した 並行 現 象 が 、そ こか しこで指摘 され る よ うにな り状 況 は大 き く変 化 します。   次 に別 の角度 か ら問題 を考 え て み ます。 聖 書 にお いて エ ジプ トか らの影 響 、 特 に政 治 的影 響 が 、 どの よ う に見 られ 、語 られ て い るか で す。 た とえば 預 言 者 の 「ホセ ア書 」 「イザ ヤ 書」 「エ レ ミヤ書」 の 中か ら反 エ ジプ ト的 な発 言 を探 し 出 し ます と、 い く らで も見 つ け る ことが で き ます 。 た とえば ホ セ ア書7章11節 に は こ うあ ります 。rエ フ ライ ム(イ ス ラエ ル)は 鳩 のよ う に愚 か で思 慮 が な い。 エ ジ プ トを呼 び 求 め、 ア ッシ リアに行 く」。 紀 元 前8世 紀 中頃 の 北 王 国イ ス ラエ ル の外 交 政策 を ホセ ア が批 判 して い る ことば で す 。 北王 国 が あ る時 には エ ジ プ トに頼 り、 ある時 には ア ッシ リア に頼 る。 ご都 合 主義 で 節 操 が な い とい う こ とで しょ う。 これ だ け見 ます と、特 にエ ジプ トだ けが 問題 で はあ りませ ん が、 イ ザ ヤ書 を見 ます と、 た くさ ん 「反 エ ジ プ ト」 的な 発 言 が見 られ ます 。 イ

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ザ ヤ 書19章 冒頭 には 「エ ジプ トの神 々 の世 界 にヤハ ウ ェ神 が 現 れ る と、 エ ジプ トの神 々 が震 え 上が る」 とい う意 味 の預 言 が あ ります。 イ ザ ヤ 書20章 には いわ ゆ る 「預 言 者 の象 徴 行 為」 に 関す る物 語 が 書 かれ て い ます 。 預 言 者イ ザ ヤ は ほ とん ど裸 同然 で エル サ レム の町 を歩 き 回 りま した。 象徴 行 為 とい うのは預 言 者 が ことば を語 る だ けで は な くて 、 一種 のデ モ ンス トレー シ ョン、 あ る いはパ ー フ ォー マ ンス をす るた め に 目立 って へ んな恰 好 を して みた りす る こ とを言 うわ けです が 、 イザ ヤ は裸 で 町 を歩 き 回 った。 そ れ も3年 間 もそ の よ うに した とあ ります 。 これ は 「お 前 た ちが エ ジプ トに信 頼 した か ら、 こうい うふ う に、 後 に な って 恥 を さ らす こと にな る」 とい う警告 です 。 当時 のエ ジプ トはエ チ オ ピ ア 人 の王 朝 だ った わ けです が、 このイ ザ ヤ書20章 の 前後 、 正確 に は18章 あた りか ら、 エ ジプ トに頼 って外 交 政策 を誤 る とア ッシ リア の王 に攻 め られ て 国が 滅 び る と警 告 して い ます。 ユ ダ 王 国 の北 東 には強 力 な ア ッシ リア帝 国が あ り、 何 回 もシ リア、 パ レス チ ナ を狙 って 侵 入 して来 ま した。 す で に この頃、 北王 国 の イ ス ラエ ル は ア ッ シ リア に滅ぼ され 、 ユ ダ王 国 は孤 立 して い ま した。 イ ザ ヤ 書20 章 の 出来 事 が あ った のは 、 紀 元 前713年 ∼711年 頃 の こ とで す 。722年 に北 王 国 は滅 び ま した か ら、そ の後10年 く らい してか らです 。時 のユ ダ の王 ヒゼ キ ア は、 反 ア ッシ リア反乱 の首 謀 者 とな るべ く、 周 辺 の弱 小 国 家 を集 め て軍 事 同盟 を結 び ます 。 そ れ だ けで は足 りな いか ら、 エ ジプ トとい う大 国 を あて にす るわ けで す 。 そ の時 の イ ザ ヤ の象徴 行 為 が裸 で 町 を歩 き 回 った 出 来 事 で す。 「エ ジ プ ト に頼 っ て い る とろ くな ことには な らな い」 と強 く警告 して い るので す。   別 の と ころ を見 ます。 イ ザ ヤ 書31章1節 に 「わ ざ わ いだ。 助 け を求 めて エ ジ プ トに下 る者 た ちは。 彼 らは 馬 に頼 り、数 多 き ゆえ に戦 車 に、 甚 だ 強 力 な ゆ え に騎 兵 隊 によ り頼 む」 とあ ります 。 馬 とか 戦 車 、騎 兵 隊 、 つ ま りエ ジプ トの強 力 な軍 事 力 を あて に して 、 エ ジ プ トに助 け を求 め るのは 愚 か だ。 そ うい うこ と が 災 い を招 く とい う発 言 です 。 これ を時代 状 況 とか を飛ば して 読 み ます と、 預 言 者 は エ ジ プ トが大 嫌 いだ とい う印 象 を持 ち ます 。 しか し当時 の政治 状 況 を踏 ま えて イザ ヤ 書 をよ く読 ん で い き ます と、 預 言者 イ ザ ヤ が 「反 エ ジプ ト」 的 な 発 言 を した理 由はよ くわか るのです 。 とい うのは前8世 紀 ∼6世 紀 く らい、 ア ッ シ リア とかバ ビ ロニ アが 強か った 時代 を見 ます と、 エ ジプ トは か つて のよ うな

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強 力 な王 国 を形 成 して いな い。 出エ ジプ トの出 来 事が 本 当 にあ った か どうか は ともか く として、 モ ーセ 時 代 が終 わ った紀 元 前1200年 く らい か ら以 降、 エ ジプ トは政 治 的 に大 した 力 を持 って い ませ ん。 ア ッシ リア、 バ ビ ロニ ァの方 が よ ほ ど力 を持 って いた 時代 です 。 しか し地 理的 にはエ ジプ トは うん と近 いわ けです 。 ユ ダ王 国 の歴代 の王が エ ジプ トに頼 ろ うと した理 由は理解 出来 な い ことは ない. そ うす る と こうい う議 論 が 出て き ます 。 な るほ ど預 言者 た ちは 反 エ ジプ ト的 な 発 言 を して い るの だが 、 当時 の世 の中 の大 勢 と して はエ ジ プ トに頼 って いた。 我 々 は 「エ ジプ トに頼 るの が い けな い」 とい う発 言 の と ころだ け を聖 書 テ クス トか ら読 み 取 る、 それ も しば しば 神 へ の信 仰 が な い か らエ ジプ トに頼 る のだ、 と言 った 神 学的 解 釈 を も加 えて読 むわ けです が 、 実 際 には 当時 のユ ダ の社 会 で はそ っ ち の方 の意 見 の方 が圧 倒 的 に少 なか っ た。 そ れが 一 つ の ポイ ン トに な り ます 。   イ ザ ヤ 書 を読 ん で い き ます と、 イザ ヤ の思 想 の 中心 にあ る 「メシ ア思 想」 を ど う見 るかが 当然 問題 にな ります 。 ク リス マ ス の時 によ く読 まれ るイ ザ ヤ 書9 章、11章 な どが関 連 箇所 で す 。9章 は 「一 人 のみ ど り子 が 生 まれ た」 とい う有 名 な箇 所 。11章 はエ ッサイ の切 り株 か ら新 しい芽 が 出 る とい う、 これ また有 名 な箇 所 です 。 正義 と平 和 を実 現 す る王が どん な にす ば ら しいか 。 これ を語 る の に、 ライ オ ンや狼 、 熊 の よ うな獣 と赤 ち ゃん が一 緒 にい る よ うな 平和 な 状態 が 出現 す る とい うフ ァ ンタ ジー を語 る のが11章 です 。 これ らは、 メ シア預 言 と し て よ く知 られて います 。ハ ンス ・ヴ ィル ドベル ガ ー とい うスイ ス の 旧約 学 者 が、 『イザ ヤ書 注 解 』 と して は 質 量 とも に最 大 の もの を書 き ま した。 そ の注解 書 を 見 ます と、 イ ザ ヤ の メ シ ア思 想 の特 徴 をエ ジ プ ト的 な も の と して捉 え て い ま す ㈹。 そ こには エ ジプ ト的 な 神 王 イデ オ ロギ ー が見 られ る。 メ シ アで あ る王が 何 らか の意 味で 神 の子 で あ る とされ て、 権 威 づ け をされ て い ます 。詩 篇 の第2 篇 な ど に も 王 を 「神 の 子 」 と し て あ つ か っ て い る箇 所 が あ り ま ず17}。そ う い う つ な が りをイザ ヤ の メ シア思 想 の 中に も認 め る こ とがで き るわ け です。 旧約 学 者 の 中 には、 イザ ヤ書9章 、11章 は イザ ヤ 本 人が 書 いた ので は な い とい う人 も い る ので すが 、 こ こは一 応、 預 言 者 イザ ヤ の語 っ た こ とば で あ って、 彼 の思想 の 重要 な部分 だ ろ う と私 は思 い ます 。 そ こにエ ジプ ト的 な 王 に 関す る考 え方 と

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い うか 、 王 の理 念 が見 いだ され るわ け です 。 もち ろ んイザ ヤ の メ シア理 念 は エ ジプ ト的 な神 王 イデ オ ロギ ー とイ コール で は な い のです が 、 そ こ には強 い思 想 的 な影 響 が考 え られ る と、 ヴ ィル ドベルガ ー は実 に細 か い論 証 を通 して主 張 し て います 。   預 言 者 イ ザ ヤ の 生 きて いた 時 代 の 政 治 的 な コ ンテ クス トに お いて は 、 彼 は 「反 エ ジプ ト」 的 な 発 言 をす る わ け です けれ ども、 彼 の思 想 の奥 深 くには 古 代 オ リエ ン ト世 界 に脈 々 と流れ て い る よ うな 王権 に対 す る理 念 が あ る。 正 義 を実 現 す る王、 平和 の 君 と して の王 とい う理 念 が ど こか ら来 て い るか を考 え る と、 実 は 敵視 して い る はず のエ ジプ ト的 な 「神 の子 」 で あ る王 とい う考 え方 とつ な が っ て い るの で はな いか とい うの です 。預 言 者 の 中で も北 王 国 の預 言 者 ホセ ア の 場合 は、 王 制 そ の もの を否 定 的 に見 るわ け です が{18)、イザ ヤ の場 合 、 原 理 的 に王 制 を否定 す る考 え方 はあ りませ ん。 彼 は あ る意 味 で い わ ゆ る シオニ ズ ム の 創 始者 の一 人です が、 彼 に とって 問題 な のは、 エル サ レム のダ ビデ 家 の王 です 。 「ダ ビデ 家 の 中 か らイ ス ラエ ル に君 臨 す る理 想 的 な 君主 が 出現 す る」 と言 っ て い るわ けで す か ら、 そ うい う意 味 で はエ ジプ ト的 で も何 で もな いわ けです が 、 しか し彼 が理想 と して いる王 の観 念が 、エ ジプ ト的な 王 に対 す る観 念 とつな が っ て い る のです 。私 は、 若 い時 は この ヴ ィル ドベ ルガ ー の 「エ ジ プ ト的 な王 の理 念 をイザ ヤ に認 め る」 という説が よ く理解 出来 ず、偏 った見 方 で はな いか と疑 っ て い ま した。 しか し、 現在 で は ヴ ィル ドベ ルガ ー の解釈 は正 しいの で はな い か と思 うよ うにな りま した。

3.古

代 イス ラエ ル が エ ジプ ト文 化 の 強 い影 響 下 にあ った の は 当然

で あ る

  少 な く とも聖 書 時 代以 前 のイ ス ラエ ル の諸 部 族 が 定住 した カ ナ ンの地 が、 エ ジ プ トの強 い政 治 的、 文 化 的影 響 の も と にあ った こ とは 否定 す る ことが で き ま せ ん。 これ は考古 学 者 の掘 り出 した 遺物 が 証 明 して い ます。 パ レス チ ナか らエ ジ プ ト的 な遺 物 が どん どん 出て くるので す。 統 一 王 朝 時代 、 つ ま りダ ビデ によ る王 国 の成 立 のす ぐ後 です が 、 そ のダ ビデ を継 承 した ソ ロモ ン王 の物 語 を読 み

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ます と、 エ ジプ トとの交 流 が 盛 んで あ った こ とが語 られ て います 。 ソ ロモ ンは エ ジ プ トの フ ァラオ の娘 を王 妃 に した。 他 に も妃 は い ま したが 、 フ ァ ラオ の娘 だ け は特 別 な御 殿 に住 ん で いた とい う話 が列 王 記 に 出て き ます(39)。ソ ロモ ン時 代 は例 外 的 だ と して片 付 け る こ とも 出来 そ うで す が、 どうで し ょうか。 聖 書 を 文字 通 り読 み ます と反 エ ジプ ト的 な発 言 が多 いの です が 、地 理 的 に見 る とエ ジ プ トは ア ッシ リア、バ ビロニ ア よ りは るか に近 い。 イ ス ラエル 諸 部族 が カナ ン の地 に入 って きて定 住 す る とい う聖書 の物 語、 そ れが 史実 か ど うか は と もか く、 この土 地 自身が 聖 書 時 代 よ り前 は エ ジプ トの領 土 で あ った り、 エ ジプ トの強 い 政 治 的 影 響 下 に置 か れ て い ま した(20)。「聖 地 」 な ど と言 い ます が、 そ の基 盤 に は エ ジ プ ト的 な文 化 が あ った の です 。   それ か らユダ 王 国 には官 僚 制度 が存 在 した ら しいの です が 、 い つ頃 、官 僚 制 が 成立 した の か はわ か りませ ん。 聖書 によ る とソ ロモ ンの時代 に官 僚 制度 はで き あが って いたわ けで 、 ソ ロモ ンがエ ジプ ト式 の官 僚 制 国家 を導 入 した の だ と 言 う こ とに な ります ⑳。 「そ れ が だ め だ。 これ は 人 民 を奴 隷 化 す るだ け だ」 と 聖 書 は、 また批 判 して いるわ けで す。 と ころが本 当 に ソ ロモ ン時代 に官 僚制 度 が 急 にで きた の か ど うか は疑 問視 す る 向 きが あ ります。 しか し少 な く ともユ ダ 王 国 の歴 史 の中 の後 半 部分 、 紀 元 前8世 紀 の 終 わ り く らいか らは官 僚 制 度 が存 在 して いた ことが確 認 され ます 。 この 時代 以 降 の聖 書 の記 述 には っ き りと書 記 が 出て くるの です ⑳。 前7世 紀 か ら6世 紀 の預 言 者 エ レ ミヤ の物 語 で は 書記 が きわ めて重要 な役割 を演 じて い ます 。エ レミヤ を迫 害 した勢 力 には 国家 のエ リー トで あ った書 記 が含 まれ て い ま した が、 彼 を保護 し助 けた の もや は り書 記 で し た(23)。8世紀 の預 言 者 イ ザ ヤ につ い て は、 彼 が い った い何 者 だ っ た のか よ くわ か らな いです が 、相 当な 身分 の知 識 人 で あ って 宮廷 に 出入 りして いた こ とは 間 違 い あ りませ ん 。 時 の 王た ち と1対1で 語 り合 って い るか らです 。 このイ ザ ヤ の周 辺 に も優 秀 な 官僚 が いた と して も不思 議 で は あ りませ ん。 現 代 の研 究 者 が 「イ ザ ヤ の弟 子 た ち」 と呼 んで い る の は、 官 僚 だ っ た可 能 性 が あ ります⑫4>。実 は イザ ヤ 書 とい う書物 は、 きわ め て文 学 的 な格 調 の高 い立 派 な ヘブ ライ語 で 書 か れ た書 物 で あ り、 イザ ヤ 自身 もイ ザ ヤ の こ とば を伝 承 し、編 集 した 「弟 子 た ち」 も高 い教 養 を身 につ けた 人 々 で あ った と しか 考 え られ ませ ん。 列 王記 の よ

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うな歴 史 書 に 王国 時代 の公 的 な記 録 が 保存 され て い る こ とも書 記 が い た 間接 的 証拠 にな ります軌 官 僚 制 度 が 制 度 と して 、 王 国時 代 の いつ 頃 に確 立 した の か はわ か りませ んが、 官 僚 が い た こ とは確 か な のです 。   これ が 制度 と して機 能 す る た め には官 僚 、 書記 を養 成 す る教 育 が行 わ れ て い な ければ な りませ ん。 古 代 のユ ダ 王国 に制度 と して の 「学校 」 が存 在 した のか 。 官 僚 の養成 が 実 際 には どの よ うに して行 わ れ て いた のか。 これ に関 して は、 諸 説 紛 々 の状態 です(26)実 にい ろんな こ とを言 う人 がお ります。 これ は学校 が あっ た とい う直接 的 な証 拠 が な いか らで す。 間 接 的証 拠 な らい く らで もあ ります 。 け っ こう多 くの人 々が アル フ ァベ ッ トを使 って読 み書 き が 出来 た と考 え る学者 もい ます。 王 の側 近 には書 記 が いた こ とは 確 かで す 。軍 事 顧 問や外 交 に関 して 王 に助 言す る賢者 が いた こ と も確 か です 。 公 式 の王 国 の記 録 が 残 され 、預 言 者 の政治 的 な発 言 も書 き留 め られ て巻 物 に され たわ けです か ら、 この よ うな こ と が 可能 にな るた め には何 らか の教育 機 関が 存在 して いな ければ な りませ ん。 と ころで教 育 には教 材 が必 要 で す。 官 僚 の教 育 に は、 エ ジ プ トで は いわ ゆ る知 恵 文 学 が用 い られ ま した か ら、 イ ス ラエル で も同 じよ うな文 学 が教 材 として使 わ れ て いた ので は な いか と考 え られ る わ けです 。 そ こで改 めて 「箴 言」 が 問題 に な ります 。   「箴 言 」 には い ろ い ろな格 言 が集 め られ て い ます。 成 立 年代 の異 な る、 比 較 的新 しい もの か ら王 国時 代 の もの まで(あ る いは そ れ以 前 の 「部 族 の知 恵 」 を 問題 にす る学 者 もいる)が 含 まれ て い ます が、 箴言10章 以下 の箴 言 の 中心 的 な 部分 の格 言 が、 ユ ダ 王 国で の官 僚 教 育 に用 い られ た教 材 で あ る可 能性 が高 い と され て い ます 。 官 僚 教育 に用 い られ た 教材 の 中 にエ ジプ トの もの とそ っ く りな ものが入 り込 ん で いた として も何 ら不 思aで は あ りませ ん。私 は、 ゲルハ ル ト ・ フ ォ ン ・ラー ト著 の 『イ ス ラエ ル の知 恵』 を訳 しま した が⑳、 フ ォン ・ラー ト の立 場 は 「周 辺 のオ リエ ン ト諸 国か らの思 想 的、 文 学 的影 響 を認 め なが らも、 イ ス ラエ ル の賢 者 た ちが 、 ヤハ ウ ェ宗 教 の立 場 か ら どのよ うに外 国 の知 恵 文 学 を変 容 し、 再 解 釈 した のか」 とい う と ころ に重点 をお いて い ます。 この よ うな 思 想 史 の捉 え方 には、 十 分 な理 由 を認 め る ことが 出来 ます 。 エ ジプ トを含 む 周 辺 諸 国 の知 恵 文 学 と旧約 の知 恵 文 学 は、 本 質 的 に ど う違 うのか 。 文学 的 借 用 関

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係 や 思 想 的な つ な が りが あ る と して も、 どう違 うのか 。神 学 者 として このよ う に 問 う時 には、イ ス ラエ ル の賢 者 た ち はヤ ハ ウ ェ信 仰 とのか か わ りの 中で、 思 想 的 ・文化 的 に違 う伝 統 の 上 に立 って い た ので、 周 辺 諸 国 の知 恵 を解 釈 し直 し てヤハ ウ ェ宗 教 の立場 に合 うよ うに変容 したのだ、 と答 える ことが 出来 るで しょ う。 フ ォ ン ・ラー トはそ の よ うな 観 点 か ら箴言 を見 て い くわ けで す。   と ころが フ ォ ン ・ラー トが 亡 くな ってか ら後 も、 エ ジプ トとユ ダ 王 国 の文化 的 つな が りを強 調 す る よ うな研 究 は、 どん どん 出 て き ます。 エ ジプ トか らの文 化 的影 響 とい うもの は、 や は りず っ と続 いて い る と考 えた方 が い いの で はな い か。 ソ ロモ ン時 代 だ け例 外 的 とい うわ けに は行 か な い のです 。 王 国成 立 以 前 か ら、 も とも とベ ー ス の と ころ にエ ジプ ト文 化 が あ ったわ けです し、 この よ うな エ ジプ ト文化 か らの脱 出 を試 み る物 語 が 出 エ ジプ ト物 語 で あ る とは考 え られ な いか。 蛇 足 か も知 れ ませ んが 、 モ ーセ とい う人 自身 が、 エ ジプ ト人の 名 前だ と い う こ とで、 精 神 分 析 学 者 の フ ロイ トが 悩 ん だ 話 は ご存 知 で しょ うか㈱。 これ と類似 したエ ジ プ ト的 な もの に対す る一 種 の ア ン ビヴ ァ レン トな感 情 が 旧約 に は あ る と思 い ます 。   エ ジプ トか らの文 化 的影 響 がず っ と続 いて いたか らこそ 「反 エ ジプ ト」 的 な 発 言 が 目立 って いる のか も しれ ませ ん。 これ は我 々 の国 の文 化 につ いて 考 え る 場 合 と似 た と ころが あ ります 。 国学 者 の本 居 宣長 の よ うな 人が 日本文 化 の独 自 性 を主 張 す るた め に、 中国 か らの文 化 的 な影 響 に関 して殊 更 に否 定 的 な態度 を とって、 日本 古来 の伝統 につ いて語 りま した。 しか し 『古 事記 』や 『日本 書紀 』 あ るいは 『源 氏物語 』が 中国 か らの思想 の影響 を受 けて いな いな んて ことは ま っ た く言 えな いわ けです 。 中国 か らの影 響 を強 く受 けた時 代 に、 ま さ に 日本 的 な 文 学、 後 の 日本 の文化 的伝 統 の 中心 とな るよ うな 文 学が 生 み 出 され た の です 。 エ ジプ ト文 化 と聖 書 は、 これ とよ く似 た関係 にあ るので は な いか と思 うのです。 ユ ダ ヤ 教 の立場 、 旧約 の預 言 者 の立場 か ら 「反 エ ジプ ト」 的 な 発言 が どん どん 出て くる とい うの は、 逆 に基 本 的 な と ころで 「強 くエ ジプ トか らの影 響 を受 け て い るか らだ」 と言 う ことがで き る ので はな い で し ょうか。

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4.雅

歌 の 図 像 学 的 研 究

  これ まで述 べて きた の とは 、 違 う観 点 か らエ ジプ ト文 化 と旧約 との関 連 を指 摘す る研 究 が あ ります。 特 に興 味深 い のは、 いわ ゆ る 「図像 学 的研 究」 です 。 古代 イス ラエル の周 辺 諸 国、 エ ジプ ト、 フ ェニ キ ア、 シ リア、パ レス チ ナ、 地 中海 諸 国、 メソポ タ ミア、 ペ ル シ ャか ら出 て き た図像 を 「カ タ ログ」 化 して 旧 約研 究 に材料 を提 供 す る こ とが20世 紀 は じめか らござ い ま した。 聖 書 を教 え る ど この大 学 の 図書館 に もフー ゴ ー ・グ レス マ ン によ る図録 が入 って いる と思 い ます 。 この 旧約 に関連 す る各地 の 図像 を集 めた 書 物 は1927年 に出版 され て い ま す 軌   近 年 オ トマ ー ・ケー ル とい うカ トリック の 旧約 学者 が た くさ ん の図像 を集 め て比 較研 究 をや りま した。 まず 「詩篇 」 に関 す る 図像研 究 が発 表 され ま した(3U) 次 に 「雅 歌」 に関す る研 究 を行 い ま した(31)そ の 中で は、 イ ス ラエ ル 周 辺 諸 国 の図像 が、 雅歌 テ クス トの解釈 に きわ めて説 得 力 のあ る仕方 で用 い られ ま した。 こう い う こ とを考 えた のは、 ケー ル だ けで は あ りませ ん。 雅 歌 の 世界 を ど う見 るか につ いて は、 基 本 的 には 恋愛 詩 歌集 だ と思 い ます(3の。 この文 学 を古代 エ ジ プ トの恋 愛 文 学、 エ ロチ ックな 文学 とい った方 が 適 切 か も しれ ませ んが、 それ と比較 す る研 究 が 図像学 的 研 究 とは別 に どん どん 出て き ま した。 これ は文 学 的 な テ クス トの 比較研 究 です 。 古代 エ ジ プ トの恋 愛 詩 に関 して は、 日本 語 で は私 の知 る限 り、2種 類 の翻 訳 が 出て い ます(33)。古 代 エ ジプ トの恋 愛 詩集 を読 めば す ぐわ か るの です が 、雅 歌 の 世界 に きわ め て似 た ものが 古 代 エ ジプ トに先 に存 在 して いた のです{34}。このよ うな恋 愛詩 は、 い った いだれ が書 いた ので しょ う。 パ ピル ス 写本 の表側 に は別 の物 語 が 書 いて あ って、 パ ピル ス の裏 側 にエ ロチ ッ クな 詩 が書 いて ある よ うな ものが い くつか 見 つ か っ て い ます 。 お そ らく官 僚 、 とい うか宮 廷 詩 人 が書 いた もの と考 え られ ます。 このよ うな恋 愛 詩 に関心 のあ る現 代 の詩 人 が、 解 読 して翻 訳 した ものが 出版 され て い るので す。   これ と関連 してエ ジプ トに限 らず 、 雅 歌 の テ クス トと周 辺 諸 国 の 図像 との 関 連 が考 え られ て い ます。 い くつ か例 を示 した い と思 います 。 雅 歌2章1節 にヘ ブ ライ語 のシ ョー シ ャナ ー とい う植 物 が 出 て き ます 。 この シ ョー シ ャナ ー は古

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く は 「ユ リ」 と訳 さ れ て い ま した ㈲。 ユ リ は キ リス ト教 美 術 の 中 で は 、 聖 母 マ リ ア と 関 連 づ け られ た り しま した 。 な ぜ ユ リが マ リ ア様 の 象 徴 な の か と い う と、 雅 歌2章1節 が 一 つ の 根 拠 に な っ て い る の で す 。 シ ョー シ ャナ ー が 何 か 花 弁 を た く さ ん 持 っ て い る植 物 で あ る こ とは 間 違 い あ り ませ ん。 同 じ植 物 は ソ ロ モ ン の 建 て た 神 殿 の 柱 頭 に も 出 て く る よ う に列 王 紀 に は 書 か れ て い まず36)。 こ こ に は ふつ う 「ユ リの花」 とい う訳語 が あ るわ けで す。 しか し雅 歌 には 唇 と関連 し て い る発 言(5章13節)が あ る と ころか ら、 学 者 の中 には 「この花 はユ リで は 具合 が悪 い、 赤 い花 で な い といけ な い。 ア ネモ ネか ケ シで は な いか 」 と言 う者 が い ます(3乃。 そ こで 、 植 物学 者 が 出て きて パ レス チ ナ に は どんな ユ リの花 が 生 えて いるか 、 ア ネ モ ネだ った ら どうな る のか とい う議 論 が行 わ れ る よ うにな り ま した 。 と ころが雅 歌 を読 ん で い き ます と、 この よ うな発 想 で は解 決 で きな い と ころが あ る ので す 。 「シ ョー シ ャナ ー の 問で 草 を食 ん で い る方」 と い う表現 が2章16節 、6章3節 に出て き ます。 シ ョー シ ャナー は、 私 の翻 訳 では 「睡蓮 」 で す か ら、 「睡 蓮 の間 で 草 を食 ん で い る方 」 と訳 します 。 これ は 、 男 性 の比 喩 で す。 睡 蓮 の 間で 御 馳 走で あ る草 を食 べ て い る動 物 に男 性 の恋 人 をた とえて い るわ けで す 。そ の植 物 の 生 えて い る と ころ に、 鹿 とか 山羊 の よ うな草 食 獣が 首 を突 っ込 んで 食事 を しな い とい けな い。 そ れ で ど うな るのか 。 ア ネモ ネ で もユ リで もよ さそ うです が 、 図像 の例 を示 しま しょ う(38)。   この古 代 エ ジプ トの工 芸 品 を見 ます と、 首 を突 っ込 ん で動 物 が 植物 を食 べ て い る。 この植 物 は 睡蓮 な のです 。 睡 蓮 と鈴 羊 や 鹿 の組 み 合 わせ が 他 に もあ るの です が 、 現実 に こん なふ うに動物 が食 べ て い るか ど うか で は な くて、 エ ジ プ ト の工芸 の世 界で は こう い うモ チ ー フが よ く出 て くる ことにケ ール は注 目す るわ けです 。 ソ ロモ ンの建 て た神 殿 の柱頭 に 出て くる場 合 は建 築 用語 だ とい う こ と に な ります 。 さ らに音 楽 と も 関 係 して い ます(詩 篇45篇1節 、60篇1節 参 照)(39)。この よ うに 芸術 と関 係 して い る用 語 だ とケ ール は考 え ま した 。 そ して 睡蓮 をモ チー フ とす る 図像 を集 めて 見 て い く こと によ って、 謎 の植 物、 シ ョー シ ャナ ー が実 は睡 蓮 で はな いか と考 え る に至 った わ けで す。 古 代 エ ジプ ト語 で は 睡 蓮 の こと をシ ェ シ ェ ン と言 い ます(正 確 な 母 音 は 不 明)。 これ が ヘ ブ ライ 語 の シ ョー シ ャナー だ とす る とう ま く説 明 出来 ます 。言 語 学 的 に見 て も睡蓮 と

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つ な が る の で す 。 図 像 学 的 に見 て も 睡 蓮 とつ な が る と い う こ とで 、 これ は 睡 蓮 で は な い か と な る の で す 。 キ リス ト教 の 幼 稚 園 に は 「ユ リの 花 幼 稚 園 」 な ど と い うの が あ り ます が 、 そ うす る と 「睡 蓮 幼 稚 園 」 に 変 え た 方 が よ い の か も知 れ ませ ん 。 しか し ま さ か 「百 合 学 院 」 を 「睡 蓮 学 院 」 に変 え る わ け に は 行 か な い で し ょ う。 あ く ま で 「睡 蓮 」 は 有 力 な 学 説 で す 。 聖 書 の 訳 語 に は 長 い伝 統 が あ りま す か ら、 花 の 名 前 だ か ら と言 っ て 学 者 が 簡 単 に は 決 め られ な い 厄 介 な 側 面 が こ こ に は あ り ま す 。   雅 歌4章1節 に は 直 訳 し ます と 「君 の 目 は 鳩 」 と い う表 現 が あ り ます 。 い ろ い ろ な 翻 訳 を 見 て い た だ く と た い て い は 「君 の 目 は 鳩 の よ うだ 」 とな っ て い ま す 。 岩 波 書 店 か らの 翻 訳 で 雅 歌 を 担 当 し ま した が 、 そ の ま ま 「君 の 目 は鳩 」 と 直 訳 し て い ま す 。 注 を 付 け な い と 「君 の 目は 鳩 」 と は ど う い う意 味 か 分 か り ま せ ん 。 つ い 「あ な た の 目は 鳩 の 目の よ うだ 」 と解 釈 した くな りま す ㈹。 しか し、 鳩 の 目 は あ ま り可 愛 くな い で す ね 。 彼 女 に 「あ な た の 目 は 鳩 の 目 の よ う だ 」 と 言 っ た ら、 機 嫌 を 損 ね る の じ ゃ な い で し ょ うか 。 で は 「目が 鳩 の よ う な 形 を し て い る」 で し ょ う か 。 ど ん な 形 の 目で し ょ うね 。 鳩 サ ブ レの ク ッキ ー の よ うな 形 で し ょ うか 。 あ りそ う も な い 話 で す 。 「君 の 目 は 鳩 」 が 正 文 だ と す る と 、 ど う い う意 味 か わ か らな くて 、 皆 、 困 っ て い た わ け で す 。 本 文 が 少 し違 っ て い る の で は な い か と も考 え た く な り ま す 。 しか し、 ケ ー ル は 「そ の ま ま で よ い」 と 言 い ま す 。 目 と い う の は 聖 書 ヘ ブ ラ イ 語 で は ア イ ン で す 。 ア イ ン は 「輝 く も の」 で す 。 「じ っ と見 つ め る も の 」 「視 線 」 と い う意 味 も あ り ま す 。 箴 言 の 中 に は 「お 酒 が こ っ ち を じ っ と見 て い る」 と い う箇 所 が あ り ま す(箴 言23章31節) 。 人 間 が 酒 を 見 る の で な くて 、 酒 が こ っ ち を視 る の で す ㈲。 酒 飲 み は 酒 を 見 る と い け ま せ ん ね 。 酒 が こ っ ち を見 つ め る で し ょ う。 ワイ ン の注 が れ た 杯 を見 る と、 「これ を飲 み な さ い 」 と ワイ ン が 視 線 を 送 る の で す 。 こ う い う 表 現 が あ る の で す 。 ア イ ン に は 泉 と い う 意 味 も あ り ま す 幽。 「君 の 目 は 鳩 」 の 「目」 と い う の は 実 は 「視 線 」 の こ と を 言 う の で す 。 「鳩 」 は あ っ ち か ら こ っ ち に 飛 ん で い く メ ッセ ン ジ ャー の こ と を言 っ て い る の で す 。 昔 か ら伝 書 鳩 が お りま す ね 。 こ こ で ケ ー ル は 、 図 像 を持 ち 出 し ま す(43)。これ は エ ジ プ トの 例 で は あ りま せ ん が 、 男 女 が 椅 子 に 腰 掛 け て 、 互 い に 見 つ め 合 い な が らお 酒 を飲 ん で 乾 杯 して い る。

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男 の 方 か ら女 の 方 へ 鳩 が ビ ュ ー ッ と 飛 ん で ます ね 。 「君 の 目は 鳩 」 な ん で す 。 こ の よ うな 図 像 は 他 に も い っぱ い あ る の で す 。 女 神 が裸 に な っ て 視 線 を 送 っ て い る の も あ りま す 。 こ こ に も 飛 ん で い る鳩 の 絵 が 描 い て あ る 。 これ は 彼 女 の と こ ろ か ら鳩 が 飛 ん で く る様 子 を描 い て い る の で は な く、 彼 女 の 目か らメ ッセ ー ジ が 送 られ る と い う意 味 だ と い う わ け で す 。   こ う い うふ う に ケ ー ル は ア ッ シ リア とか エ ジ プ トの も の に 限 らず 図 像 を 用 い ま して 雅 歌 を 見 て い く の で す が 、 特 にエ ジ プ トの 図 像 の 世 界 と雅 歌 の 世 界 は 近 い 。 も う一 つ 例 を挙 げ ま す 。5章13節 、 男 性 を女 性 が 褒 め て い る と こ ろ で す 。 「彼 の 頬 は 、 香 料 の 花 壇 の よ う で 、 軟 膏 の 塔 。 彼 の 唇 は 睡 蓮 、 没 薬 の 液 を滴 ら す 」。 「彼 の 唇 は 睡 蓮 」 と い う と こ ろ は 、 「ユ リ だ っ た ら具 合 が 悪 い、 唇 は 赤 く な い と い け な い か らア ネ モ ネ で な い か 」 と い う意 見 も あ り ま した 。 しか しケ ー ル は 「彼 の唇 は 睡 蓮 」 と い う の は 口づ け の こ と を 問 題 に して い る の だ 、 と考 え ま した(44)。古 代 エ ジ プ トの 図 像 を 見 ま す と、 しば しば 睡 蓮 の 匂 い を嗅 い で い る 場 面 に 出 会 い ま ず45)。次 に 問 題 な の は 、 「軟 膏 の 塔 」 と い う 表 現 で す(461こ れ は 『死 者 の書 』 に出 て い る 図像 で す が 、 何 か が 頭 に乗 っか っ て い ます 。 これ は 帽 子 で は な い。 軟 膏 の塔 な ので す 。 宴 会 の場 面 に も よ く出 て き ます(47}男 女 の客 が何 か を頭 の上 に乗せ て い る。 これ は 芳香 の す る軟 膏 で、 体 温 で融 けて こ こか らい い匂 いのす る ものが 垂 れ て くるの です 。 エ ジプ トには一 種 の匂 い の文化 が あ るわ けです 。 宴 席 につ く人 た ちが 軟 膏 を頭 上 に乗せ 、 これ が垂 れて きて体 中 に いい匂 いが広 が って い く。 最 初直 訳 して みて 「軟膏 の塔」 とは何 の こ とか わ か らな か った ので す が、 この箇 所 は 「軟膏 の塔 」 のよ うに 「彼 の頬 の と ころは 素敵 な香 りがす る」 と女性 が 男性 を褒 めて い る、 と解 釈す る と意 味 が とれ ます。 前 の 「香料 の花壇 の よ うだ」 とも う ま くつ な が る わ けです 。 次 の 「彼 の唇 は睡 蓮 の香 りの よ うだ」 と もつ なが って い くわ けです 。 古 代 か らエ ジプ トには、 パ レスチ ナ もそ うだ と思 い ます が 、 現 代 の ア ロマ テ ラピー の よ うな 匂 い の文化 が あ る ので すね 。 暑 い国 です か ら、 体 臭 が 問題 にな ります。 ヨー ロ ッパ の学 者 た ち は雅 歌 の世 界 をた だ視 覚 的 に解 釈 しよ う と して 失敗 した の だ と思 い ます が 、 こうい う匂 いの文 化 の 中で 比 喩 が成 立 して い る と考 え る と、 ず いぶ ん読 み方 が 変 わ って くるの です 。 ケー ル の場合 、 雅 歌 の 中 にエ ジプ ト的 な ものが相 当強 く

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入 っ て い る と、 文 学 の方 と図像 の方 か ら攻 め ま した が、 古 代 エ ジプ トの恋 愛 詩 と雅 歌 の世界 のつ な が りは 否 定す る ことが で きな い と思 わ れ ますt48)。

5.箴

言 と エ ジ プ トの 教 訓 文 学 と の 関 係

  こ こで 最 初 の 方 で 少 し問 題 に し ま し た 箴 言22章17節 以 下 と 「ア メ ン エ ム オ ペ トの 教 訓 」 と の 並 行 の 問 題 を 、 も う 少 し説 明 した い と思 い ま す 。 聖 書 の 箴 言23 章1節 で は テ ー ブ ル マ ナ ー が 問 題 に な っ て い ま す 。 「お 前 が 支 配 者 と と も に 食 事 を す る た め に 座 す 時 には 、 お 前 の 前 に あ る も の を、 よ くわ き ま え よ 。 お 前 の 喉 に 、 ナ イ フ を 当 て よ 。 も し もお 前 が 食 欲 の 持 ち 主 な らば 。 彼 の 差 し 出 す 珍 味 に 欲 望 を 抱 くな 。 そ れ は偽 り の 食 物 だ 」。 これ と よ く似 た 教 訓 が 古 代 エ ジ プ ト に も あ る わ け で す 。 宮 廷 の テ ー ブ ル マ ナ ー で す 。 私 が こ う い う こ と に な る と は ち ょ っ と考 え られ な い こ と で す が 、 例 え ば 文 化 勲 章 を も ら っ て 陛 下 と い う 名 前 の つ く方 と一 緒 に 食 事 を す る 時 、 食 卓 に あ る も の をパ ク パ ク 食 べ て は い か ん と。 見 る だ け で す ね 。 「お 前 の 前 に あ る も の を、 よ くわ き ま え て 、 喉 に ナ イ フ を 当 て よ 」。 も ち ろ ん これ は 比 喩 で す 。 「が つ が つ 食 べ ち ゃ だ め 」 と い うわ け で す 。 「そ れ は 偽 り の 食 物 だ 」 と あ り ま す が 、 偉 い 人 と い っ し ょ に 食 事 を す る 場 合 、 出 さ れ た もの が 「嘘 」 と い う の は 、 な ん の こ とで し ょ う。 「珍 味 」 に は 毒 が 入 っ て い る とい う よ う な 意 味 で は な い で し ょ う。 食 事 へ の 招 待 に は 時 に よ っ て は 、 悪 巧 み が 含 ま れ て い る こ と が あ る と い う意 味 で し ょ うか 。 現 代 の 政 治 家 の こ と な ど を考 え ま す と、 そ れ を食 べ た た め に 後 で よ くな い 目 に 会 う こ と は 十 分 考 え られ ま す 。 こ の よ う な 教 訓 の ル ー ツ は エ ジ プ トで 、 こ の 箇 所 と の 並 行 関 係 が 「ア メ ンエ ム オ ペ トの 教 訓 」 だ け に あ る の で は な くて 、 も っ と古 い 「宰 相 プ タ ハ ホ テ プ の 教 訓 」 に も あ る と い う こ とが 、 そ の 後 わ か っ て き ま し た(49)。「宰 相 プ タ ハ ホ テ プ の 教 訓 」 の 並 行 箇 所 で は こ う な っ て い ます 。 「お 前 よ り も 偉 大 な 人 の 食 卓 の 席 に客 と して 座 す も の の 一 人 とな る な らば 、 彼 が お 前 に与 え る も の 、 お 前 の 鼻 の 前 に お く も の を とれ 。 お 前 の 前 に あ る も の に注 目せ よ。 多 く の 視 線 で 彼 を 打 つ な 」 と あ り ま す(50)。偉 い 人 か ら食 事 に 呼 ば れ ま し た 。 御 馳 走 が 並 ん で い ます 。 しか しそ れ ら を キ ョ ロ キ ョ ロ見 て は い か ん と。 私 な ど立 食 パ ー テ ィ

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な ど で は 、 「どれ が う ま そ う か 」 な ど とキ ョ ロ キ ョロ 見 ま す が 、 こ の よ う な 態 度 は 下 品 で 、 よ くな い と言 う の で す 。 お 前 の 前 に 置 か れ た も の だ け を食 べ な さ い と。 これ は 宮 廷 人 の テ ー ブ ル マ ナ ー で す 。 「宰 相 プ タ ハ ホ テ プ の 教 訓 」 が 、 ど の 程 度 ま で 時 代 を遡 れ る か は 議 論 さ れ て い ま す が 、 相 当 に古 い も の の よ う で す 〔51)。「ア メ ン エ ム オ ペ トの 教 訓 」 の 場 合 、 箴 言 テ ク ス トよ り も後 の 時 代 の 写 本 が 残 っ て い る だ け だ と して も 、 こ の よ う な 教 訓 が エ ジ プ トの 古 い 知 恵 文 学 か ら来 て い る こ と は 否 定 で き ま せ ん 。   次 に 箴 言23章4節 。 「富 を 得 よ う と あ くせ くす る な 。 お 前 の 分 別 に よ っ て 、 そ の よ う な こ と を や め よ。 お 前 の 視 線 をそ れ に投 げ か け る と、 も うそ れ は な い。 そ れ は 必 ず や 翼 を つ け て 、 鷲 の よ う に天 に 飛 ん で 行 く」。 富 は 翼 を 持 っ て い て 、 す ぐ に あ っ ち に行 っ て し ま う。 これ は 今 、 話 題 の ホ リエ モ ン とか 、 村 上 さ ん の 場 合 だ け で は な く、 「富 は 翼 を つ け て あ っ ち の 方 に 飛 ん で い っ て し ま う」 の で す 。 私 の財 布 も そ う で す ね 。 さ っ きu演 料 を い た だ き ま し た が 、 西 宮 に 帰 る ま で に十 三 で 電 車 を 降 りた ら誘 惑 が 一 杯 で ご ざ い ま して 、 翼 を つ け て 鷲 の よ う に 飛 ん で い っ て し ま い ま す ね 。 諭 吉 さ ん とは す ぐ に お 別 れ で す 。 あ っ た と思 っ て 財 布 を み た ら も う な い 。 こ の ユ ー モ ラ ス な 富 に 関 す る表 現 で す が 、 「ア メ ンエ ム オ ペ トの 教 訓 」 に も 似 た も の が あ りま す 。 そ こ を見 ま す と 「お 前 の 心 を 富 の 追 求 に 向 け る な 。 過 剰 を求 め て あ くせ くす る な 。 強 奪 に よ っ て 富 が お 前 に も た ら さ れ て も、 お 前 の も とで は 一・夜 も過 ご さ な い。 夜 が 明 け る と、 お 前 の 家 にそ れ は な い。 そ の 場 所 を 見 る と、 そ れ は も うな い。 そ れ は 鷲 鳥 の よ うな 翼 を 生 じ て 、 天 に 飛 ん で 行 く」62)。エ ジ プ トで は 鷲 鳥 の よ う な 翼 を 生 じて 天 に 飛 ん で 行 く。 箴 言 を書 い た 人 は 、,_,鳥 ど こ ろ で は な く鷲 の よ う に 天 に 飛 ん で い く と言 い ま し た 。 こん な 表 現 に並 行 関 係 が な い とは 絶 対 に言 え な い わ け で 、 エ ジ プ トか ら 旧約 の 世 界 に入 っ て き た こ とは 間 違 い な い と思 い ま す 。   こ う い う ふ う に し て 見 て い き ま す と、 他 に も い ろ い ろ あ り ま す 。 「ア メ ン エ ム オ ペ トの 教 訓 」 と の 関 係 で 、 こ こ ま でA・ エ ル マ ンやH・ グ レ ス マ ン が 発 見 し た 並 行 関 係 だ け を 問 題 に し ま した が 、 次 は 箴 言16章 を取 り上 げ ます 。 これ は 思 想 的 に み て か な り神 学 的 な テ ク ス トで す が 、 そ こ に も エ ジ プ ト文 学 と の 並 行 関 係 が 認 め られ ま す 。 箴 言16章9節 は 、 い か に も ヤ ハ ウ ェ宗 教 ら しい こ とば で

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す 。 「人 の 心 は 、 そ の 道 を考 え 出 す が 、 そ の 歩 み を 導 く の は 、 ヤ ハ ウ ェで あ る」。 「心 」 「心 臓 」 と い う の は エ ジ プ トで も そ う で す し、 旧 約 で もそ うで す が 、 感 情 の 座 と い う よ り も む し ろ 、 思 考 、 理 性 の 場 で ず53)。現 代 風 に言 い 換 え る と 「ひ と は 頭 で 自分 の 生 き 方 を 考 え る け れ ど も、 実 際 に私 の 歩 み を 導 く の は 神 様 だ 」 と い う発 言 で す 。 いか に も イ ス ラ エ ル 的 で 、 ヤ ハ ウ ェ 宗 教 に よ る独 自 の 思 想 が 表 現 さ れ て い る と思 い た く な りま す が 、 よ く似 た こ とば は 、 古 代 エ ジ プ トに も あ る の で す 。 「ア メ ン エ ム オ ペ トの 教 訓 」19・16-17に は 「人 々 の 語 る こ とば (思 想)と 神 の な さ る こ とは 別 で あ る」。22・     ・に は 「ま こ と にお 前 は 神 の 計 画(セ ヘ ル ・ネ チ ェル)を 知 らな い 。 だ か らお 前 は 明 日 の 故 に泣 く こ と は な い 。 神 の 御 腕 の 中 に 腰 を下 ろ せ 。 お 前 の沈 黙 が 彼 ら(敵)を 没 落 さ せ る で あ ろ う」 と あ りま す ㈹。 「ア ニ の 教 訓 」 で は 「人 の 計 画 は 成 功 し な い 。 命 の 主 の 計 画 は 全 く別 の も の な の だ か ら」 と語 り ま す(55)。これ と比 較 で き る の は 、 箴 言19 章21節 に も あ り、 「多 く の は か り ご とが 人 の 心 の 中 に あ る 。 だ が 、 ヤ ハ ウ ェ の 計 画 、 そ れ が 立 ち行 く」 とあ り ま す 。 人 間 が 思 う こ と と神 の 計 画 は 違 っ て い る、 実 現 す る の は 神 の 計 画 の 方 で あ る と い う の が 共 通 す る 思 想 で す 。 計 画 と い う語 は ヘ ブ ラ イ 語 で は エ イ ツ ァー で 、 助 言 、 意 図 と も訳 す こ と が で き ま す が 、 これ に相 当 す る エ ジ プ ト語 は セ ヘ ル で す(56)。エ ジ プ トの 新 王 国 時 代 の 知 恵 文 学 の 中 に は 「神 の 計 画 」 セ ヘ ル ・ネ チ ェル と い う表 現 が 出 て き ます 。 注 意 す る 必 要 が あ る の は こ の ネ チ ェ ル 「神 」 と い う 言 い 方 で す 。 「神 の 計 画 」、 「命 の 主 」 と い う よ うな 表 現 に 注 目す る の で す 。 一 般 に古 代 エ ジ プ トは 多 神 教 の 国 だ と考 え ら れ ま す が 、 ネ チ ェル は 、 あ れ これ の 何 とか の 神 様 で は な い の で す ね 。 神 の 計 画 と い う 時 の 「神 」 は い っ た い 何 者 な の で し ょ うか 。 どの よ うな 方 な の で し ょ う か 。 この 神 様 は 、 一 種 の 超 越 神 と し か 言 い よ うが な い わ け で す 。 世 界 を統 べ 治 め て い る神 、 命 の根 源 を支 え て い る神 で す 。 こ の よ うな ネ チ ェル と い う表 現 が 、 知 恵 文 学 の 中 に 出 て くる の で ご ざ い ま す 。   こ の よ うな 神 様 は 、 パ ス カ ル 流 に 言 えば 「哲 学 者 の 神 」 で す 。 知 恵 文 学 の 背 後 に見 え 隠 れ す る 神 、 ネ チ ェ ル は 何 か の礼 拝 の 中 で 崇 拝 さ れ る よ うな 神 で は な い け れ ど も、 人 間 の 行 動 、 倫 理 の 背 後 に存 在 して い る 神 で す 。 これ を 「一 者 」 と言 っ て し ま っ て も よ い の か も しれ な い。 「唯 一・神 」 と言 っ て し ま う と 問 題 が

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あ るの か も知 れ ませ んが 、そ うい う神 が 存在 して い る と考 え られ て い るわ けで す 。 何 年か 前 にア スマ ン先 生 が関 西大 学 で 開催 され た オ リエ ン ト学 会 主催 の講 演 会 に来 られ ま した(殊 アス マ ン先 生 は 「エ ジプ トに一 神 教 が あ った」 とい う 話 を され た の で す が 、 こ の会 の後 で 個 人 的 に質 問 し ま して 、 「知 恵 文 学 で ネ チ ェ ル と言 っ て い る 神 と 関 係 が あ り ます か?」 と 聞 き ま した ら、 「そ の 通 りだ 」 と 答 え られ ま した 。 ア ス マ ン先 生 が 「一 神 教 が エ ジ プ トに あ っ た」 と い う場 合 、 この 神 は 知 恵 文 学 の 中 で 語 られ て い る ネ チ ェ ル と つ な が っ て い る こ と に な り ま す 。   次 に ニ リ ・シ ュ パ ク の研 究 を 中 心 に 「知 恵 的 と され る語 彙 に 関 す る 比 較 研 究 」 に触 れ る予 定 で したが 、時 間 の関係 で省 略 します概

6.ア

ス マ ン の

マ ア ト」 研 究 が 提 起 した 問 題

 ヤ ン ・アス マ ンは 『マ ア ト』 とい う書物 の は じめ の方 で、 哲 学 者 カー ル ・ヤ スパ ー スが 提 唱 して い る枢 軸 時 代 とい う考 え方 を批 判 して い ます 軌 古 代イ ス ラエル に預言 者 が 現れ た時 代 と、 中国 に諸 子 百 家や イ ン ドに哲 人 た ちが 現 れ た 時代 、 古 代ギ リシ ャ に ソフ ィス トや 哲 学者 が 現 れ た 時代 が歴 史 的 に並 行 して い る こ とにヤ スパ ー ス は注 目 しま した。 この時 代 には、 共 通 の社 会 的文 化 的 状 況 が 出現 し、 そ の結 果 、 世界 や 人 間 に 関す る根 源 的 な 思想 を語 る人 々が 登場 す る こと にな った ので す 。 この よ うな 時代 を、歴 史 の軸 とな る枢 軸 時代 として把 握 す る ので す 。 ヤ ス パ ー ス は、 「この枢 軸 の時 代 を経 験 して 人 間 は は じめて 本 当 の意 味 で 人間 にな っ た、 つ ま り精 神 的 な存在 にな った。 そ れ まで は知 識 の あ り 方 、 倫 理 の あ り方 が曖 昧 模糊 と して いた。 しか し人が 自覚 的 な意 味で の人 間 に な る た め の倫 理 思想 が この時 代 に確 立 した のだ 」 と述 べ て い まずsoyヤ ス パ ー ス に よ る と古 代 エ ジ プ ト文 明 は 「枢 軸 以 前 」 と さ れ た 時 代 に属 す る こ と に な り ます が 、 ア ス マ ン は この よ うな 評 価 が 妥 当 で は な い と考 え ます 。   次 に 取 り上 げ る の は 、 有 名 な 政 治 学 者 の エ リ ッ ク ・フ ェ ー ゲ リ ン(Eric Voegelin)の 古 代 オ リ エ ン ト国 家 を 「宇 宙 論 的 帝 国 」 と して 捉 え る 考 え 方 で す(st}実 は フ ェ ー ゲ リ ン の 見 方 は 、 先 に 述 べ た エ ジ プ ト学 者 の ヘ ン リー ・フ ラ

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ン ク フ ォー ト(Henri  Frankfort)の 影 響 を う け た も の で す 。 彼 ら に 共 通 す る の は イ ス ラエ ル とギ リ シ ャ に お い て は じ め て 「真 理 」 と 「正 義 」 へ の 突 破 が 起 こ っ た とす る 信 念 で す 。 これ は ア ス マ ン の 立 場 か らす る と 当 然 批 判 さ れ る べ き 考 え 方 と い う こ と に な り ます 。 彼 は 、 こ の 後 で エ ジ プ トの 古 王 国 時 代 の マ ア ト の 観 念 に つ い て 述 べ て い ます が 、 これ は 省 略 し ます 。 第3章 の タ イ トル に は 、 「結 合 的 正 義 」 な い し 「相 互 連 帯 的 正 義 」 と で も 訳 す こ と の 出 来 るKonnektive Gerechtigkeitと い う こ と ば が 出 て 来 ます(62。 こ こで は ま ず 中 王 国 時 代 の 代 表 的 な 文 学 作 品 で あ る 「オ ア シ ス 男 の 嘆 き」 が 取 り上 げ られ ま す 。 こ こ を読 ん で 行 き ます と、 フ リー ド リ ヒ ・ニ ー チ ェ の考 え る 現 代 人 の 道 徳 と古 代 エ ジ プ ト人 の 道 徳 の 比 較 の 話 に な り ます 。 私 は これ に は 正 直 面 喰 らい ま した が 、 改 め て ニ ー チ ェ の 著 作 を 引 っ 張 りだ し 『道 徳 の 系 譜 』 を 読 み 直 して み ま し た(63}ニ ー チ ェ は 、 こ の 書 の 第 二 論 文 で 人 間 を 「約 束 す る こ と が 許 さ れ る 動 物 」(das  Tier, das versprechen  darf)と 面 白 い 定 義 を して 、 「現 代 の 人 間 の 倫 理 的 行 動 は 、 将 来 に起 こ る こ と と の 関 係 で 決 ま る の だ 。 これ が 現 代 人 の考 え 方 だ 」 と い う意 味 の 発 言 を して い ま す 。 実 際 、 資 本 主 義 社 会 で は そ うな ん で し ょ うね 。 現 在 、 日本 で は 銀 行 に お 金 を 預 け て も あ ま り利 息 が つ か な い こ と が 問 題 で す が 、 資 本 主 義 社 会 で は お 金 を 預 け た ら利 息 が つ く こ と に な っ て い ま す 。 株 を 買 う と値 段 が 上 が っ て く る わ け で し ょ う。 い や 、 そ う な らな い とい け ま せ ん 。 株 式 会 社 の 経 営 者 は 株 の 値 段 が 上 が る よ う に株 主 に対 し て 責 任 を負 う の で す 。 保 険 も 同 じ 発 想 か らな りた っ て い ます 。 つ ま り将 来 に 対 して 責 任 を負 っ て い る わ け で す ね 。 大 学 に学 生 が 入 っ て き ま す が 、 「う ち の大 学 に来 た ら学 生 は こ う こ うな り ま す よ 」 と言 い ま す 。 教 育 も、 入 学 して く る現 在 とそ の 学 生 が 出 て い く将 来 の 時 と の 関 係 の 中で 、 大 学 と して の 教 育 の 責 任 と義 務 が 考 え られ て い ま す 。 こ の よ う に 「現 代 の 社 会 で は 、 人 は 未 来 に 対 して 投 資 す る 。 未 来 に対 す る 約 束 を 履 行 す る こ と が 道 徳 律 の 根 本 を な し て い る」 とニ ー チ ェ は 言 い ま す 。 私 の 読 み 方 が 、 間 違 っ て い な け れ ば\ ニ ー チ ェ は だ い た い そ ん な こ と を言 っ て い る の で す(6d}   と こ ろ が ア ス マ ン が 言 う の に は 、 「古 代 エ ジ プ ト人 の 場 合 は 、 そ の 時 間 の ベ ク トル が 反 対 方 向 を 向 い て い る。 将 来 に対 して で は な く、 む し ろ 過 去 に行 っ た こ と に 対 して 人 間 の 責 任 を 問 う。 つ ま り、 過 去 の 出 来 事 と の 関 係 の 中 で 倫 理 を

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考 え る のだ」 と(65)エ ジプ ト文 化 の特 徴 は 、 モ ニ ュ メ ン ト、 記 念 碑 を建 て る こ とです 。 昔 あ った ことを忘れず に記 憶す る、 これが 大切 です 。 これ に関連 して 、 こ こで 問題 にな って い る 「過 去 に対 す る記 憶 は、 個 人 の 問題 な ので は な く、 社 会 的追 憶 な のだ」 とい う こと を言 って います 。 「社 会 的 追 憶 を大 事 にす るの が エ ジプ トの文 明 だ」 と。 も う一 つ 重 要 な のは 、 我 々現 代 人が 社 会 的連 帯 を考 え る場 合、 まず 平等 な 人 間、 ひ と りひ と りの人 格 を考 えて、 横 のつ な が りの 中で 連 帯 を考 え ます。 そ こが 崩 れ る と社 会秩 序 が 維 持 で きな くな る と考 えます 。 と こ ろが古 代 エ ジプ ト人 の場 合 の 連 帯 は 、 「垂 直 的 連 帯 で あ る」 とアス マ ンは 言 い まず66㌔ つ ま り上下 関係 の 問題 で す。 階 層秩 序 の しっか りした社 会 で す か ら 社 会 の上 に立 って い る人 たち が、 上 に立 っ て い る者 にふ さわ しい責 任 を果 た す こと によ っ て、 下 に い る者 た ち の秩 序 が 保 た れ るの だ と。 「社 会 的 連 帯」 とア ス マ ンが表 現す る時 には、横 のつなが りよ りもむ しろ縦 のつ なが りの ことを言 っ て いるわ けです 。   ここで 「オ ア シス 男 の 嘆 き」 とい う文 学作 品 につ いて 少 し詳 し く取 り上げ ま す 。 日本 語 で は 「雄 弁 な農 夫 の物 語 」 「雄 弁 な オ ア シス 男」 な ど と呼ば れ て き た もの で、 筑摩 書 房 か ら出 て い る 『世 界文 学 大系1  古 代 オ リエ ン ト集』 の 中 に も この物語 の翻 訳 が 入 って い ます 耽 こ こに興 味深 い格 言 風 の ことば が 出て き ます。 お 手 元 の私 訳 を ご覧 に な って くだ さい。 怠 慢 な 者 に は 、 昨 日が な い 。 マ ア トに 耳 を 閉 ざ す 者 に は 、 友 が な い 。 貧 欲 な 者 に は 、 祭 りが な い(68)   この面 白い物 語 は 、数 種 類 のパ ピル ス に記 され て残 って い ます が 、 全体 の話 の筋 は 日本 語 や 英 語 で 読 む こ とが で き ます(69)ク ー エ ンア ンプ ー とい う名 のオ ア シスか らや って きた 男 が ロバ に商 品 を いっぱ い積 ん で、 あ る人 の畑 を通 り過 ぎ よ う と します 。 と ころがそ この畑 の持 ち 主 が いや が らせ を して、 い ろん な難 癖 をつ けて 通 して くれ な い。 しま い に言 いが か りをつ け て商 品 を奪 い取 って し ま うの です 。 この よ うな話 が実 にユ ー モ ラス に書 いて あ ります 。 このオ アシ ス

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男 は 「謀 略 によ って 自分 の商 品 を奪 い取 られ た」 と言 って 、 す ぐ に近 くの官 吏 の と ころ に訴 え 出て 行 き ます 。 レ ンシ と い う名 の官 吏が 登 場 して き ます。 この レンシ の前 で この男 は 熱弁 をふ るい窮 状 を訴 え ます。 い ろ い ろな理 屈 を持 ち 出 しなが ら 「自分 は こん なふ う に して 荷 物 を と られ て しま った。 これ は著 し く正 義 に反 す る。 何 とか して くれ」 とい うの です 。 と ころが そ の男 の弁 論 が あ ま り に も雄 弁 で あ る ので 、 レン シは フ ァラオ の と ころ に使 い をや っ て 「大変 な弁 の た つ男 が 来 ま した。 王様 、 どう しま しょ う」 と聴 き ます 。 す る と丁度 退 屈 して い た フ ァ ラオ は こ う言 うので す 。 「そ の男 の語 った こ とば を書 記 に命 じて す べ て書 き取 らせ よ。彼 の家 族 の 生活 の面倒 は、 裏 で 手 を 回 して 生活 に困 らな い よ うに して お くか ら、 そ の男 を決 して 放 して は いけ な い。 いつ まで も喋 らせ 続 け て記 録 せ よ」 と.い つ まで た って も問題 を解 決 して くれ な い ものです か ら、積 み 荷 を奪 わ れ た オ ア シス 男 は ます ます雄 弁 にな り、 「社 会 正 義 とは い った い何 で あ るの か。 こん な 明 々 白々 な 問題 を解 決 出来 な い のは社 会 が 乱 れ て い るか ら だ」 と主 張 します 。 そ の 中で先 に掲 げ ま した 「マ ア ト」 に反 す る三 つ の罪 が 問 題 にな る わけ です 。   ここで は 「マ ア ト」 は宇 宙 論 的 に把 握 され た秩 序 の ことで は あ りませ ん。 社 会秩 序 、 社 会 正義 を根 底 か ら支 え て い るよ うな秩 序 、正 義 の こと を 「マ ア ト」 と呼 ん で いる こ とが わ か ります。 次 の よ うな ものが マ ア トに反 す る ので す。 ま ず 「怠慢 な者 には、 昨 日が な い」。 不法 な行 為 で損 害 を被 ったオ ア シス か らや っ て きた 男 は、 役 人 に訴 え て、 「何 とか して くれ」 と言 っ て い る の です が 、 役 人 は 昨 日の 出来 事 、 過 去 の 出来 事 を忘 れ て しま う。 そ ん な ことは、 なか った こ と に しよ うと。 そ れ が 怠慢 な 者 な の です 。 アス マ ンは 「今 日と過 去 との 関係 の 中 で倫 理 を考 え る。 そ の連 続性 が 人 間 の生活 に とって一 番 大事 な事 柄 で あ り、 社 会 秩 序 の維 持 に と って大 切 だ 」 とい う考 え方 が エ ジ プ ト的 だ と言 い ますna)。物 語 りの主 人公 は 過去 の事 件 に関す る役 人 の不 作 為 を攻 撃 して い るわ けで す 。 過 去 に あ った事 件 に関 して、 人 々が 不 幸 な 目にあ った こと に関 して 役 人が 責 任 を と らな い、 これ が 問題 で す(71}私 は11年 前 、 大 地震 に会 い ま した 。 被 災 地 で は 今 もず いぶ ん ひ ど い 目 にあ っ て い る 人が い る んで す が 、 「何 とか して くれ 」 と 役 所 に行 くと、 「十 何 年 も前 の ことで 、 も う済 ん だ こ とだ」 と。 これ が 役 人 の

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