仮名字考
全文
(2) 金. 川 寿. δ9. 治. 片仮名 ,平 仮名 は共 に漢字 を始 祖 として は い るが,完 全 な音 符文字 に生れ かわ り,わ が国語 を写 す に最 も適 してい る。 この新 日本文字 の 出現 によ って. ,. そ の後 の わが国文化 が著 しい進展 を遂 げて来 たので ある。 仮名 の創成 は,実 にわが 国民性 の 自主的精神 および創造力 の顕 現 で あ って. ,. わが国文化史上 ,お よび書道史上 特筆大書 す べ き事柄 で あ り,わ れ等祖先 の 遺 した一大偉業で あ る。. 9)仮 名 の名称 仮 名 の語源 は,漢 字 を「 真字」 と呼ぶ に対 して「 仮 りの名」 の義 で あ ると いい,ま た他説 には梵語 の「 カ ラナ」即 ち「 文字」 の義 で あると もい われて い る。 現在 の学者 の 多 くは前 者 の「 仮 りの名」即 ち「 か りな」 が音 便 で 「 かん な」 とな り,更 に約 して「 かな」 とな った と説 いてい る。 補) 梵語 々源説 新井 白石 は,そ の著「 東音 譜」 に於 て「 五 十 の母子 は蓋 し悉曇章 に本 づ く」 と述 べ ,. 且 つ「 ン」 は確 か に梵字 よ り来 た もので あると立証 してい る。多分 五 十 音 図 は梵学研究 の僧侶 の手 にな った もので あろ うとい うのが今 日の通説 で あ るが ,こ の五 十音 図 の作成 と仮名語源 とを結 びつ けん と したのが梵語 々 源 説 と思 われ る。 侶)仮 名 の種 類 とその源流 (現 代名 ). (古. 名). (源 l字. 1。. 片 仮 名 ………… かたかん な …………漢. 2。. 平 仮 名…. 流). 楷書 の一 部. …… ……{憂 霞 …… 繁皐 :層 顧 履. │[. … {][li:ぶ … …言 3変 腋各 言 鮒什 委ぅ こ ての 漢字の …∬皐…………… 万葉仮名 … … 言腎軒熙孫. 4。. 0.
(3) 仮 名. 7θ. 字. 考. に)片 仮名 の 由来 わが国上 古 は,そ の初 めはす べ て漢土 よ り渡来 の漢文体 を使用 し て い た が ,わ れ ら祖先 の 自主 的精神 によ って ,漢 字 をそ のまま使用 しその音 訓を借 りて ,わ が 国語 を記述 す るよ うにな った 。 こ う した書 体文献 の現存最 古 の も の と して は,推 古天皇 の遺文 中 に これを見 る ことが出来 る。仮名 発生 の 因 も 遠 くここに胚胎す るのであ って ,こ の記述法 は奈 良時代 に入 って 古事記 0日 本書紀 の 中 に も見 るよ うにな り,中 で も万葉集 に至 ってその極 に達 した。 万葉集 が こ う した漢字 の 国語記述 法 の代表 的文献 で ある こ とか ら,こ の集 に用 いた 国語記述用 の漢字 を総 称 して「 万葉仮名」 と税iす るよ うにな った。 しか して この万葉集式 の記述法 は品詞 とテ ニ ヲハ との 区別 が 判然 し な い の で ,こ の不便 を避 けるた め に,宣 命体 と称 す る一 つの新 しい記述様式 が生 ま れ るよ うにな った。 宣命 とは 国語 で 天皇 の御 言葉 を記 し国民 に宣す る もので ,そ の記述様 式 は テ ニ ヲハ に当 る漢 字 を品詞 の側 に小 さ く記す る方 法 で ,こ れ を宣 命 体 と い い ,そ のテ ニ ヲハ に当 る万葉仮名 の煩瑣 を避 け簡 略化 されてい った。 これが 片仮名発生 のそ もそ も始 ま りで ある。 こ う した簡 略記述法 は,そ の後奈良 時 代末 期か ら平安 初期 にか けて ,漢 文学 の興 隆 ,経 文研 究 の隆 昌 に伴 って ,そ の和読上 訓点 と して用 いた万葉仮名 は狭 い字 間や行間 に書 く関係上 ,次 第 に 省画 が進 め られ ,一 種 の符号字体 にな って い った。 これ が片 仮 名 で「 真字」 の一 部分 か ら生れた もので ある。 その当初 は勿論 ,後 世 に至 るまで 同音異字 の文字 が多数 あ ったが ,雨 来実用乃 至書写 の便宜上 か ら次第 に淘汰 を受 け. ,. 長年 月 の 間 に漸次 一定 す るよ うにな った もので ,吉 備真 備 一人 の作 とす る説 は今 日多 くの学者 の と らな い と ころで ある。 片仮名 の名称 は昔 か ら「 かたかん な」 とII乎 ばれ ,別 に「 大和仮 名」「 五 十 音仮 名」 とも称 されてい る。 この「 かたかん な」 の名称 が初 めて文献 に見 え るのは,か の宇津保物語 の 国譲 の巻 および蔵 開 の巻 の条 で ,以 来堤 中訥言物 語 ,源 氏物語 ,枕 草 紙 ,狭 衣物語 ,宇 治拾遺物語等 に見 えて い る。 しか して この「 かたかん な」 は ,漢 字 を省画 して その一 部分 を残 した即 ち漢字 の片体.
(4) 金. 川. 寿. 治. 7ヱ. とい う意 で ,完 全 な る原 字 に対 しその片方即 ち形体不完全で ある こ とを意味 してい る。 古文書 に使用 されてい る片仮 名 を見 ると,230余 の多 きにの ぼ ってい る。 平 安 中期 頃 まで は異 体 が多 く,室 町 中期以後 は大体今 日の形 に近 くな り,江 戸 時代 に入 って古学復興 に伴 い仮名文字 の研 究 も盛 ん にな り,そ の字形 も次 第 に統一 されて来 たが ,な お「 ネ」「 子」,「 ヰ」「 井」等 は両存 して い た。 る. 現在使用 の ものは,明 治 33年 (1900)刀 ヽ 学校令 を以て定 め られ た もので あ. 働. 片仮名字源 漢字 を省略 して用 いた例 は,奈 良 時代 の文献 にすで に見 えて い るが ,こ れ は漢字 と して用 い た もので 片仮 名 と して用 いた もので はな い。仮 名 と して の 使用 は,奈 良 時代末 期 よ り平安 時代初期 の漢文乃 至経文 の音訓 の傍註書 きに 初 ま るので あるが , この傍註書 きは,当 初 に於 ては す こぶ る秘 密性 を有 した もので ,師 伝 を尊重 したため,そ の字源 とな った漢字 もい ろ い ろあ り,同 一 漢字 で もその省略 の部分 によ って ,そ れぞれ異 体 の文字 が 出来 た。 一 般 に仮名 の字源 に異説 が多 いの も,こ うした秘密性 に起 因す ることが多 い。 片仮 名 の大部分 は漢字 の一 部 を摘 出 して 作成 した ものだが,簡 単 な る字 源 はその全部 を と り,あ るいは草 書体 よ り省略 した ものな ど もあ って ,長 年 月 の 間 に適者生存 の理 によ って漸 次一定 して来 た もので ある。 ア・……「 阿」 の属 の省略 イ・… ¨「 伊」 の属 を とる ウ0… …「 宇」 の冠 を とる 工……「 江」 の労 を とる オ…… 書写体 の「 於」 の属 を とる 力・……「加」 の扁 を とる キ0… ¨「 幾」 の草 変 の一 部 (喜 の頭 部 ,起 の属頭部 ,規 の属変 ) ク・… ¨「 久」 の一 部 を とる.
(5) 仮 名 字 考 「 介」 の省変 (令 の変 ,気 の頭 部 ,計 の草 変 ) 「 己Jの 上部 を とる 「 散」 の一 部 (蔵 ,草 ,薩 の冠 ,井 の下部 ) 「 之」 の草 変 した もの (津 の扁 ,氏 ,此 の省変 ) ・0000 ス・. 「 須」 の終部 を とる. セ ……¨「 世」 の変化 した もの ソ ‥‥‥「 曽」 の上 部 を とる 夕 ¨¨¨「 多」 の上 部 を とる チ … … 「 千」 の全 画 (知. の省変 ). 「 川」 の全 画 (州 の一 部 ,通 の頭 部 ,爪 ,図 ,日 の省変 ). ツ ¨¨¨. ・ ・ ・ ・ ・「 天」 の一 部 を とる ア・ 卜……・「 止」 の上 部 を とる オ ……¨「 奈」 の一 部 を とる. 「 二 」 の全 画 (仁 の労 ) 「 奴」 の芳 を とる 「 爾」 の扁 を とる 「 乃」 の一 部 を とる 「 八」 の企 画 (半 の一 部 ) ヒ ¨‥‥. 「 比」 の一 部 を とる. フ ………「 不」 の一 部 を とる. 「 反」 の一 部 を とる (辺 の一 部 ,部 の労 ,閉 の草 体 の冠 ) ホ ¨¨¨「 保」 の 右下部 を とる マ. ・ ・・ ・ ・・. 「 末」 の上 部 を とる (万 の草 体 ) 「 三 」 の全画 (美 ,尾 の三 横画 ) 「 牟」 の上部 を とる 「 女」 の一 部を とる (妙 の最後 の二 画 ) 「 毛」 の省略 「 也」 の省略.
(6) 金. 川. 寿. 治. 73. ユ ……「 弓」 の一 部 を とる ヨ・……「典」 の一 部 を とる ラ・……「 良」 の一 部 を とる り0… …「 利」 の労 を とる ル・……「 流」 の終部 を とる ・……「 礼」 の芳 を とる ン 口・……「 呂」 の上 部 を とる ワ・……「 和」 の一 部 を とる (回 の省略 ,輪 の 右下部 ) ヰ 0… …「 井」 の全 画 (葦 の下 部 ) 工・… ¨「 慧」 の書写 体 の一 部 ヲ・……「 乎」 の省 略 ン……源字不 明 (白 石 説 によれ ば梵字 ) 俗)平 仮名 の倉1成 およびそ の発 達 片仮名 が万葉仮名 の楷書体 よ り省略脱化 して ,主 として男子 の 間 に発達進 化 して い る間 に,同 じ く万葉仮 名 の繁 を避 けて簡 易 に従 うべ く,そ の草 体 よ り自然 に省略 されて ,主 と して 女子 の間 に発達 したのが平仮 名 で ある。 おお むねそ の進化 の過渡期 ,す なわち草 書体 と平仮名 との 中間 にある もの を普通 に変 体仮名 とい い,こ の平仮 名 と変 体仮 名 の二 者 を総称 して ,別 に草仮 名 と い う。 平仮名 の名称 は古い もの にはない。倉1成 期 か ら江戸時代 の初期 まで は,み な「 女文字」 「 女手」 とい った よ うで ある。土 佐 日記や字 津保物語 な どには. ,. この名称 が見 えて い る (紀 貫之 が土 佐 の任 か ら都 に帰 る時 , 日記 を仮名 で書 」 とい って , 自己を女 の如 くと ころを憚 って「 女 も してみむ とてす るな り。 く装 うて さえい る。)が ,平 仮名 とい う語 は 見受 け られ ない。平仮名 と 呼 ぶ よ うにな った のは江戸 時代元禄以後 の こ とで ,平 易 な る仮 名 ,普 通 の仮 名 の 意 味 でか くとい うよ うにな った。 この平仮名 の創成者 を,普 通空海 とい うが ,今 日の通説で は片 仮 名 と 同 様 ,長 年 月 の 間 に, 自然 に多人数 の手 によ って発達進化 した もので あろ うと.
(7) 74. 仮 名. 字 考. されて い る。空海 は書道 の大 家 で もあ り,「 い ろは歌」 と共 に平仮名 の成立 に も,多 大 の貢献 を した こ とで あろ うと思 われ るが ,平 仮 名 の創成を空海 一 人 の手 に帰 す るのは当を得ない。 片仮名 が漢文 の 間 に於 て ,男 文字 と して発 達 したのに対 し,平 仮名 は和文 の 間 に於 て ,「 女文字」 「 女手」 と して女 性 の 間 に発 達 した歴 史的経路 か ら平 仮 名 の創成者 は女 性 で あると考 うべ きで ある。平安 初期漢文学 の隆 昌時代 に 於 て ,女 性 は漢文 に手 を触れ じめなか ったた め,自 然 国文 の世界 にと じこ も らな けれ ばな らなか った。従 って 女性 は漢字 を漢字 として書 く機会 に恵れな か ったか ら,漢 字 の字画 に拘泥 した り顧慮 す る必 要 もな く,自 由に大 胆 に. ,. それぞれ の趣 味 にまかせて書 いたで あろ うと思 われ る。 こ うして平仮名 は女性 の手 によ って作 られ たが ,連 綿遊糸 の美 を発揮 した い わゆ る上 代様仮名 の完 成 は,平 安 中期 に入 り多 くの男性 の努力 も 加 わ っ て ,出 来 た もの と考 え られ る。 それ は現 存す る上 代様名筆 の筆者 の多 くが伝男性で ある こ とか らも窺 え る ので ある。 平安朝 は情 が他 の知 や意 を越 えて ,社 会 を支配 した 時代 で ある。情 か ら発 す る ものは美 の追 求で ある。新 し く作 り上 げ られた草仮名 は この 趣 致 を う け,漢 字 の豪宕雄 偉 ,謹 厳方 正 な態 度を捨 てて ,優 雅典麗 ,繊 細巧緻 な姿 と な り, しなやか な美 しい,暖 かい情趣 を遺憾 な く発 揮 す るよ うにな った。 草仮 名 の 曲線美 は,当 時 の情趣 を盛 るの に最 も適合 して い たか ら,遂 には 一般的 に使用 せ らるるよ うにな り,こ とに私 的性 を帯 びた ものは,大 抵 これ によ って書写 せ られた よ うで ある。 しか し延 喜 頃 にはまだ草仮名 の特色 と し て認 め らるべ き春蝦1秋 蛇 の態 ,連 綿遊糸 の趣 は,殆 ん どあ らわれて いない。 紀貫之 の書 は詳 にし得 ないが ,藤 原定家 の臨摸 によ って見 ると実 に古拙 で. ,. 草書 の体を離 れ る こ とが まだ遠 くな く,連 綿遊糸 の趣 が殆ん どあ らわれて い ない。老蒼 で あ り高 古 で はあるが ,佳 麗 で な く,雅 91で ない。 り 天暦 す ]に 入 って も連綿 遊 糸 の草 仮名 は未 だ完 成 を見 なか った よ うで ある。 小 野道風 の草仮 名 は,伝 うると ころ多 くして ,実 は詳 に し得 ない。 ただその.
(8) 金. 川 寿. 治. 75. 消息 につ いて 窺 うに漢字草 体 を悉 く脱 し得 ず ,貫 之 のよ うに老蒼 で あ り高 古 で あ り,し か も朴実 で ある。 ただ古拙 の風 が著 し く減 じで巧 緻 の趣 がすで に あ らわれて い るが ,流 暢優美 の風 は未 だ見 られ ない。 天暦以後 にな って平安文化 の特色 は鮮 か に現れ て来 た。 これ は彫刻 ,建 築. ,. 絵画 ,音 楽等諸芸術 の上 には云 うまで もな く,輿 車 ,器 玩 ,服 飾 ,調 度 に至 るまで ,す べ てが旧来 の 中国様式 を脱 し純然 た る 日本様式 にな った。 い わゆ る艶 にあえかな る,妙 にをか しき,優 にや さ しきのみで は足 りない。厭 味 の ない艶 やか さ,あ くど くな い美 しさ,締 の ある柔 らか さ,朧 ろな る 明 ら か さ,張 りの ある撓 やか さは この 時期 か ら著 し く見 えて来 た。 道風 に次 いで あ らわれた藤 原佐 理 は,三 島 の神 まで も額 の揮 竃 を依頼 した とい うほ どの名手 で あるが ,そ の漢字 のみを伝 えて草仮 名 が殆ん ど残 ってい ない。伝 佐理 の古筆 はい ずれ も佐 理 以後 の人 の手 にな った もの と 断 ぜ ら れ る。 た だ一 つ 賀歌切 は絹地 に書 いた もので あるが ,老 健蒼 古 の趣 を遺憾 な く あ らわ し,道 風 の 秋萩 帖 におのず か ら通 ず るところが ある。 これ を佐 理 の真 と断 ず る ことは早計で あるが ,そ れ に極 く近 い 時代 の能筆者 の手 にな る もの と考 え られ る。 こ とにその歌 が拾遺 集 の もので ある ことか ら,そ の 当時か或 はやや離 れた時 の書写 と推 せ られ る。即 ち佐 理 か或 はそ の附 近 の能筆書 は. ,. 道風 の草仮名 の筆致 を うけて ,ま た一 種 の趣 を 出 したので ある。 藤原道 長 は精 密 に 日記 を認 め,そ の後継 者 が またよ くこれを保存 して ,今 日に至 ってい るので ,そ の詳細 を知 を ことが 出来 る。 当時 の 習慣 として 日記 の書写 はみな和習 の ある漢文体 で ある。従 って ある所 は漢字 の み で ,草 仮名 は殆ん どない 。草仮名 の比較 的多 くあ るのは,子 の頼 通 を春 日の使 に立 たせ た条 にある歌 の部 で ある。 それ によ ると,各 字 まだ独草 の風 を脱 せ ず ,連 綿 の趣 はただ僅 か にあ らわれて い るに過 ぎない。万葉仮名 も交 え られ て 筆致勁 健 で はあるが ,古 拙 の風 が多 く宛転績 続 の致 には頗 る遠 い と ころがある。 こ れ を伝 佐理 の 賀歌切 に比 し,遡 って道風 の 消息 中 の草仮名 に比 し,さ らに遡 って定家臨 の貫之 の草仮名 に比す ると,階 級 はい くつ もあ るが ,一 脈相通 ず る ものが ある。即 ち漢字 の卓 体 を脱 す る こ と遠 か らず ,各 字 が孤立的で あ っ.
(9) 仮 名 字. 7δ. 考. て連続 的 で な く,各 行 が密集的で散布的 な巧妙 さは少 し も見 出 せ な い。 各 字 ,各 行 おのず か ら修 め,お のず か ら整 って相侍 り相助 けて全体 の統一 を図 る こ とを して な い。 道長 と同時代 の人 に藤原行成 が ある。行成 が清 少納言 に送 った消息 を中宮 が「 めで た くも書 かれ た るかな。 をか しうした り。」 とおほめ にな って お取 上 げ にな った と云 われ るほ どの書 の名手で ある。貫之 ,道 風 ,道 長 と一 系を なす もの とすれ ば,そ の間 に時代 と共 に多 くの変化が あ ったで あろ うが ,す べ て に於 て旧様で ある。貫之 の 古拙 で ,漢 字 の独草 体 を多 く離れ ぬ もの,道 風 ,佐 理 の新様 なが らなお草 体を保持 して い るのに次 いで ,道 長 も大体 に於 て 同 じ趣致 ,同 じ姿態 を襲用 してい る間 に,行 成 は一 新様 を 出 し た の で あ る。 行成 の草仮 名 の真 はいまだ確認 し得ない。 しか しそ の真 と考 え られ る自氏 詩巻 ,ま たは これ に準 ず る親王位記草案 ,本 能寺切 ,関 戸氏 蔵 消息 か ら推 す と,原 氏 ,関 戸氏蔵 の朗詠 は,そ の真 か ,ま たはそれ に近似 す る もの と思 わ れ る。 とすれ ば,そ れ に附 記せ られた草仮名 は,そ の真 か ,そ れ に酷似 す る もので あ らね ば な らぬ。 それ らを見 ると,形 態 は著 し く整斉 で ,偏 敬 が な く,豊 満 で あ り,雅 馴で あ り,品 位が高 く,姿 態 がよい。 こ とに各文字 の連 続 は,従 来 あま り多 くの注意 が払 われ ず ,た だ筆 の赴 くまま に任 せていたの に反 して ,意 を用 いて連 絡 せ しめ ,左 右 の均衡 ,前 後 の調和 を考 えて ,二 字 三 字 にして一 字 の勢 ,一 句 に して一字 の体 ,更 に一 行 に して一 字 の意 を寓せ しめ,全 体 の整頓 を以 て 念 と し,統 一 を以て理想 としてい る。 これがため連 綿遊糸 の体 が完全 に 出来上 って ,従 来範 と した 中国 にな く,ま たわが国 に も 存 しない新 しい 日本様式 を創始 したので ある。源氏物語 に旧様 の 教 育 を 受 け,旧 様 の生活を している末 摘花 の君 は,「 御 手 は さすが に文字 強 う,中 さ だの筋 にて上下 ひ とし く書」 かれた とい う。 当世人 の源氏 の君 は ,こ の故 に 「 見 るか ひ もな ううち切」 かれたので ある。 その源氏 の君 は「 万 づ の こ と昔 にはお と りざま に浅 くな りゆ く世 の末 なれ ど,仮 名 の み なむ ,今 の世 はい と きはな くな りにた る。 古 きあとは定 まれ るよ うにあれ ど,広 き心豊 な らず. ,.
(10) 金. 川 寿. 治. 一 筋 に通 ひて なむあ りける。妙 にをか しきことは とよ りて こそ 。 」 と云 って 旧様 の非難 者 ,新 様 の讃美 者 で ある。 ま こ とに旧様 に くらべ ると,根 底 はそ れ にあるにして も,著 し く流暢 ,甚 だ し く優 麗 で あ って ,連 綿遊糸 の草仮 名 は,行 成 を中心 とす る寛 弘期 に於 て完 成 を見 た もの と考 え られ る。 平 仮 名 も長年 月 にわた り,多 人数 の手 によ り,多 数 の字 が漸字成形 され た もので あるか ら,そ の数 は 350余 の多 きにのぼ る。現在使用 の ものは 明治33 年 (1900)こ の 中 か ら採 用 され た もので ,他 の平仮 名を普通変体仮名 と呼 ん で い る。 仔)伊 呂 波 歌 い ろは歌 は,仮 名手本 として凡 そ 800余 年 の永 い星 霜 を経 てい る今様歌 で ある。 いつ の 頃か らか ,こ れを 7字 ず つ に切 って 読み書 きす るよ うにな り. ,. 従 って歌 の意味 も忘れが ちとな った ので あるが,こ れ は元 来「 涅槃経」巻 13 聖行 品 の 4句 の偶「 諸行無常是生 滅法生滅 々 己寂滅為楽」 を同字 な しに意訳 した もので あると伝 う。 諸行無 常 ……… 色 は匂 へ ど散 りぬ るを 是生 滅法 ………我 が世 誰 ぞ常 な らむ 生 滅 々 已 ………有為 の奥 山今 日越 えて 寂 滅為楽 ………浅 き夢見 じ酔 ひ もせ ず い ろは歌 の作者 につい て は,古 くか ら空海説 と非空海説 との二 説 に分 かれて い る。 卜部兼方著「 釈 日本紀」 切 義鮮」 抄」. 頓 阿著「 高野 日記」. 四辻善成著「 河海抄」. 伴 信友著「 仮名 の本末」. 黒川春村著「 碩鼠漫筆」. 藤原 長親著「 倭片仮 字反. 契沖著「 万葉代 匠記」 および「 和字 正濫 高野辰之著「 日本歌謡史」 は空海説 を述 べ. 榊原芳野編 文部省刊行「 文芸類纂」. 大矢透著. 「 音 図及手習詞歌考」 は非空 海説 を述 べ て い る。. 6)平 仮名字源 平仮名字源 も,古 来 諸説 あ って判然 しない もの もあ るが,大 体「 同文 通 考 」 に従 う。.
(11) 78. 仮 名 字 考 (平 仮 名字源. ). (万. 葉 仮 名). い 0… …「 以」 の草変. 移 ,伊 ,以 ,異 ,恰 ,易 ,射 ,意 ,夷. ろ・……「 呂」 の草変. 路 ,楼 ,露 ,慮 ,婁 ,論 ,魯 ,侶 ,漏. は・……「 波」 の草変. 八 ,半 ,盤 ,破 ,葉 ,頗 ,者 ,芳 ,婆 ,播 ,判. に・……「 仁」 の草 変. 耳 ,仁 ,二 ,雨 ,丹 ,児 ,千 ,荷 ,迩 ,柔. ほ・……「 保」 の草変. 本 ,宝 ,報 ,保 ,穂 ,奉 ,褒 ,煩. …. 鵬. 震弾. 翠. 遍 ,返 ,こ 弊 ,い. 隋. ,先. 耕. と・……「 止」 の草変. 登 ,等 ,東 ,斗 ,度 ,砥 ,図 ,騰 ,土 ,杜 ,渡 ,刀. ち・……「 知」 の草変. 知 ,地 ,馳 ,遅 ,千 ,致 ,稚 ,茅. り・……「 利」 の草変. 利 ,里 ,李 ,離 ,梨 ,理 ,隣. ぬ……「 奴」 の草変. 奴 ,努 ,怒. る・……「 留」 の草変. 流 ,留 ,累 ,類 ,璃 ,履. を ……「 遠」 の草変. 遠 ,越 ,乎 ,緒 ,雄 ,尾. わ・……「 和」 の車変. 和 ,王 ,倭 ,輪 ,吾. か・……「 加」 の草変. 可 ,歌 ,賀 ,香 ,我 ,駕 ,荷 ,閑 ,家 ,嘉 ,鹿 ,佳. よ・……「 与」 の草変. 与 ,夜 ,世 ,余 ,代 ,用 ,容 ,四 ,遥 ,餘. た ……「 太」 の草変. 多 ,堂 ,他 ,当. そ・……「 曽」 の草変. ,駄 礼 ,麗 ,連 ,例 ,列 ,烈 ,黎 ,戻 曽,楚 ,処 ,所 ,蘇 ,祖 ,其 ,増 ,素 ,存 ,叙. つ ……. 都 ,徒 ,豆 ,津 ,通 ,途 ,頭. れ ……「 礼」 の草 変. 詳宅 β高 奮 蚤菱. ね ……「 爾」 の草変. 爾 ,年 ,念 ,寝 ,根 ,音. な ……「 奈」 の草 変. 奈 ,那 ,南 ,難 ,莫. ら………「 良」 の草変. 良 ,羅 ,楽 ,浪. む ……「 武」 の草変. 無 ,牟 ,武 ,舞 ,六 ,夢 ,霧 ,務. う・……「 宇」 の草 変. 宇 ,有 ,雲 ,憂 ,高 ,鳥 ,羽 ,卯. ゐ・……「 為」 の草変. 為 ,位 ,委 ,井 ,居 ,威 ,遺 ,章 ,渭. の……「 乃」 の草変. 乃 ,濃 ,農 ,能 ,野.
(12) 金 川 寿 治. 79. お・……「 於」 の草変. 於 ,億 ,応 ,隠. く・……「 久」 の草変. 久 ,九 ,具 ,求 ,救 ,供 ,倶 ,虞 ,来. や ……「 也」 の草変 ま・… ¨「 末 」 の草変. 夜 ,屋 ,耶 ,野 末 ,万 ,満 ,麻 ,摩 ,馬 ,真 ,磨 ,間 ,漫. け・……「 計」 の草変. 希 ,介 ,遣 ,気 ,稀. ふ ……「 不」 の草変. 布 ,不 ,婦 ,夫 ,扶 ,府 ,赴. こ・……「 己」 の草変. 古 ,胡 ,許 ,故 ,巨 ,虚 ,顧 ,庫 ,呉 ,吾 ,粉. え ……「 衣」 の草変. 江 ,衣 ,盈 ,得 ,要 ,縁 ,兄 ,依 ,柄 ,枝. て… …「 天」 の草変. 帝 ,天 ,亭 ,伝 ,手 ,庭 ,転. あ・… ¨「 安」 の草 変 ……「 左」 の草変 さ。. 阿 ,安 ,悪 ,愛 左 ,散 ,佐 ,沙 ,斜 ,作 ,狭 ,差 ,射. き・……「 幾」 の草変 ゆ ‥‥¨「 由」 の草変. 遊 , 済 , 由, 弓. め・……「 女」 の草変. 女 ,免 ,米 ,面 ,妻 ,馬 ,日. み ……「 美」 の草変. 三 ,見 ,美 ,微 ,身 ,民 ,弥 ,味. し・……「 之」 の草変. 四 ,之 ,斯 ,志 ,師 ,新 ,紫 ,子 ,士 ,寺 ,事. ゑ ……「 恵」 の草変. 衛 ,恵 ,回 ,会 ,絵. ひ・……「 比」 の草変. 比 ,飛 ,非 ,悲 ,日. 幾 ,起 ,貴 ,支 ,記 ,喜 ,木 ,期 ,季 ,奇 ,機 ,岐. も・……「 毛」 の草変. ,避 ,批 ,火 毛 ,茂 ,藻 ,裳 ,母 ,門 ,文 ,模 ,望. せ ……「 世」 の草 変. 世 ,勢 ,声 ,是 ,瀬 ,制 ,西 ,栖. す ……「寸 」 の草変. 須 ,寸 ,数 ,春 ,寿 ,州 ,巣. ん ……「 元」 の草 変. (む )の 部 に掲 げた もの を使用 した。.
(13) 日 傘. 日 漢 日 ︵日 は ′ ■ ル こ ノ ′ ヽノ 7. 立. 比. “. 氏. え. 経. 倍. . 兄. 1乾. Iし. /. 1141. ス イ. 〃 . 多 路 八 頗 \ あ ス. クア マ. しぃ 得 裁 耳 、本 本 な た ル 7 1 巧 で 考ぅ. ”ん. オ π 霧 ∵ を 半 婆 l可 t日 牙 者 芽 ユ 井 κ ロ ■ FZ ノ. 任│。 日 ;∠. ス. 伊. 字 仮 名.
(14) 金. │1 寿 り. 治. 81. ふ共 でュ 仁 打 を目 ヽ 督 ユ ク わ び “ 千. ぷ. 双. ヽ. 分. イ. 千. 類. ユユ_. 9可. 賀. ノ. る片Z目 ■家t与 に. 島メ 」 │\. こ. 、. 、. 日. %. θ. 緒. オロ. ノ′ づ 暮 ■ 々たさ `会. 壼. イロ.
(15) 考. ゝ. ” . . ↓. . . . . だ. 根.
(16) 准. 准 預. 竹 阿 町 れ に キ 嬌 壻 ち. り姜. ヒニえ几. 鬼イ未あ衝. ケ. イ ムィ ス 教 立 争 幾 日. ん. 恙 ゝし 1 ,. ェ 不 ン , ″ t 市 汽 ネ丁 ニ J なγ 毛り ヽ 勇Ψ モL. 胡. V ‘. π久 わ. 8θ. 治 │1 寿 り. 金.
(17) Q. │. ロ. 引 多. ■. 字. 考. ノ れ タ. 久 民. ザ ―. え ■ れ. “ ロ. 仮 名. 恙. ロ. ノ づ を ノ 鴻 11 目 し. ク. ロ. わ. ヨ. ど も t. `. み. 霰. 真. ︲ ゲれ﹁. ゑ幕毛日. ,. 1. 4.11.
(18) 金 川 寿. (9. 85. 治. 仮 名 の完成 と国文学. 仮 名 の完成 は,実 用上 に もまた文学上 に も非常 な便益 を与 えた。 これ が文 化史上 に与 えた影 響 は甚大 で ある。 わが国民 は これ によ って ,は じめて 国語 を平易簡 明 に,し か も正 確 に記 述 す る こ とが 出来 るよ うにな った。 平安 中期 に於 て 国文学 が勃興 し,和 歌 の隆 昌を来 た し,純 粋 の国語 で記述 した源氏物語 を は じめ多 くの物語 , 日記 ,随 筆 ,歌 集等 が あ らわれ後世 まで 日本文学 の華 と輝 いてい るが ,こ れ は仮名 の恩恵 によ って生れ た もの と考 え られ ,こ の文 学 に盛 られた情趣 は,仮 名文字 な くして は絶 対 に表 せ なか った と信 じ られ る。 なお当 時 の仮名 と文学 との間 には相関性 が あ り,仮 名 の 出現 によ って仮 名文 学 が発 達 し,こ の文 学 の情趣 を うけて ,仮 名 の美 が展 開 した と考 うべ きで ある。 奈良文学 には,素 朴 ,純 真 ,豪 放 ,遺 勁 の気 が充 ちてい るが ,平 安文 学 に はその多 くが失 われ ,繊 巧 にな り,優 美 にな り,婉 曲 にな り,そ の声調 はま こ とに流 麗 で ,そ の洗錬 され た感 情 は他 に比 ぶ べ くもな い。 この趣 をよ くう けて独 特 の精 華 を あ らわ したのが草仮名 で ある。 おおむね平安 初期 に於 て. ,. 倉1成 され た草仮 名 は,平 安 中期 に入 り当時 の情趣 を巧 み にと り入 れて ,連 綿 遊 糸 の草仮名 の完成 を見 るに至 った。 これ がいわ ゅ る上 代様仮 名で ,そ の線 条 は少 し も渋滞す る こ とな く暢達 の限 りを尽 し,雄 勁 の力 を内蔵 し,そ の形 態 は婉雅 端麗 で 気 品高 く,字 々連綿 して流水 の如 く,練 続宛転 ,変 化 の妙 を 極 めて い る。 ま こ とに上 代様仮 名 は,わ が 国特有 の世界 に誇 るべ き文 化 で あ る。 日本独 自の文字 で ある仮 名 を創 成 し,こ れ を発達せ しめて ,こ のよ うな文 ′ 化を生 み 出 したわれ ら祖先 の偉業 に対 し,畏 敬 の念を更 に新 た にす るので あ る。.
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