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日本語における差別語概念の変遷 ―1960年代以降の差別語問題から考える―

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日本語における差別語概念の変遷 ―1960年代以降

の差別語問題から考える―

著者

趙 凌梅

18

学位授与機関

Tohoku University

学位授与番号

国博第180号

URL

http://hdl.handle.net/10097/00097212

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論文内容要旨

日本語における差別語概念の変遷

―1960 年代以降の差別語問題から考える―

東北大学大学院国際文化研究科

国際文化交流論専攻

趙 凌梅

指導教員 江藤裕之 教授

佐藤勢紀子 教授

上原聡 教授

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1. 研究背景

差別語への配慮は、さまざまな場面で要求されており、また差別語を学ぶことは差別の 問題を考えるきっかけにもなるが、特に外国人の日本語学習者にとって、日本語における 差別語使用の問題は難題でもある。 差別語への認識を深めるためには、川元(1995)が指摘しているように、差別語について の「基本的認識の議論」が必要であり、「その議論によって一人ひとりが判断し、問題があれ ば他者に依存するのではなく自分自身が批判的に超えてゆく。そのような習慣を身につけ ることによってはじめて『差別と表現』の課題は解決してゆく」(p.5)のである。 しかし、日本における差別語の問題は、深い歴史と社会背景の中で存在しているため、 「差別語とは何か」という根本的な問いを考えるには様々な複雑な背景を考えなければな らない。とりわけ、「差別語」の概念に関する問題点と差別語の時代的な変遷が挙げられる。 まとめると、以下のようになる。 ① 1 つの語が差別語であるかどうかに関して、立場や考え方などの相違から捉え 方が異なる場合が多い。「差別語とは何か」についての共通認識を求めるには、 このような個人差は無視できない。 ② 「差別を表す語」と「差別表現」の異同から見られるように、「差別語」と「差 別の意志」は複雑な関係にある。そして、「差別の意志」は差別語が使われる 文脈あるいは歴史的な文脈から判断しなければならない。「差別語とは何か」 を考えるためには、「差別語」そのものだけではなく、「差別語」とされる個々 の語の歴史的背景と具体的な使用状況も考慮する必要がある。 ③ 「差別語」だと指摘される語について、マスコミなどでは言い換えが行われて きたが、それがなぜ、そしてどのように言い換えられるべきかということにつ いて、差別語の受け手となる人々からも、異議が出る場合がある。このような 差別語の言い換えに関する問題を考察するためにも、「差別語とは何か」とい う原点に戻って考え直すことが重要である。 ④ 「差別語」とされる語は時代の変遷とともに変わってきている。例えば「めく ら」のように「差別語」ではなかった語が「差別語」と見なされるようになっ たり、また「特殊部落」のように時代の変化とともに呼び方が変化したりする こともある。このような変化は、「差別語」という概念の時代的変遷とも繋が っている。 すなわち、「差別語」について、人によって捉え方が異なり、「差別語」という概念も、 1 つひとつの事件や 1 つひとつの言い換えが起きる中で変わりつつある。ある語、ある表 現を問題視するべきかどうかも、まずは「差別語とは何か」から考える必要がある。

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2. 国語辞典における差別語に関する記述とその変遷

「差別語とは何か」を明らかにするために、本研究では、まず『日本国語大辞典』『広 辞苑』などの国語辞典における「差別」と「差別語」の意味説明およびその歴史的変遷を 考察してみた。 「差別」について、本研究で考察した辞書では、「特定の者を不当に低く扱う」という 点の説明に関して、変化が見られるのは『広辞苑』だけであった。「差をつけて取りあつか うこと。わけへだて」という意味が掲載されたのは第二版補訂版(1976)であり、「特定の者 を不当に低く扱う」という「差別」の意味に関する説明は 1991 年の第四版からである。 また、他の辞書では(出版年は 1970 年代以降の)初版から載せられている。このことは、1970 年代頃から、「差別語」の中の「差別」の意味がますます普遍化してきたことを示している。 また、「差別語」という語について、2000 年頃までは辞書での説明は見受けられないが、 改訂に伴い、その説明がなされるようになった辞書もある。例えば 1974 年に出版された 『日本国語大辞典』の初版では、「差別語」は見出し語としては挙げられていないが、2001 年に出版された第二版では、見出し語として取り上げられている。また、『大辞泉』では、 1995 年の初版と 1998 年の増補・新装版では「差別語」という見出し語はなかったが、2012 年の第二版では載せられている。また、『広辞苑』は第五版(1998)まで「差別語」について の説明はなかったが、2008 年出版の第六版から「差別語」は「差別」の派生語として定義 されるようになった。他にも、『広辞苑』と同じく、『集英社国語辞典』も第二版(2000)か ら「差別」の派生語として「差別語」の説明を加えている。 筆者の調べた限りでは、辞書における「差別語」の説明に関する変化について踏まえた 先行研究は見受けられないが、以上述べたように辞書に反映されることは「差別語」とい う言葉、そして差別語に関する社会現象がますます重要視されることの証拠であると考え る。また、ここ数十年、「差別語」が 1 つの独立した言葉として多用されてきたことがそ の理由だと考えられる。つまり、このような変化には、差別や差別語に関する意識の広が りなどの社会的変化といった背景が窺える。 しかし、「差別語」の定義がなされるようになったものの、辞書の定義には統一性がある とは言えず、強調している点にばらつきが見られる。『広辞苑』(第六版)、『日本国語大辞 典』(第二版)、『大辞泉』(第二版)は差別語を使用する側の不当な意識を強調しているのに 対して、『集英社国語辞典』(第二版)の定義は差別語で指示される側の受け取り方を重視し ている。また、「差別語」の受け手に関して、『広辞苑(第六版)』では「特定の人」、『日本 国語大辞典』(第二版)では「あるもの」、『大辞泉』(第二版)では「特定の人・団体・性など」 と記されている。このように差別語の受け手に関しても辞書の間では揺れがあることが窺 える。さらに、以上の辞書における差別語の定義は、「…という語感のある言葉」という風 に定義されており、曖昧さが残る。このように、辞書による差別語の定義は曖昧であり、

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3 「差別語とは何か」を判断する基準にはなりにくい。また、1 つの言葉が差別語かどうか は、その言葉の使われ方とも関連していることは辞書で言及されていない。 すなわち、「差別語とは何か」という疑問について、辞書での答えは曖昧であり、前述し た差別語の定義に関する個人差や時代差に関する問題点も指摘されていない。したがって、 辞書のみを調べても、「差別語とは何か」に関する疑問は解決されない。そこで、差別語に 関する研究において、差別語はどのように捉えられてきたのかを考察することにする。

3. 先行研究

まず、差別語について考察している先行研究については、差別語に内在する差別的意味 合いと差別を助長する機能に着目するものが多い(磯村・福岡 1984, 渡辺 1989, 桜井 1996, 佐竹2000 他)。また、先行研究による差別語の定義は、辞書における定義よりも詳細にな っており、また、言語学的視点からの差別語への分析も見られるように、差別語の様々な 特徴をまとめている点が指摘できる。さらに、小林(2011)は差別語の概念は事件とともに 変化するという特徴を指摘しているが、変化する差別語への意識はこのような1 つの定義 に収まりきれない。このことから、先行研究に見る差別語の定義の限界性が分かる。 次に、差別語の全体像を求める研究では、差別語の様々な特徴や差別語とマスコミの関 係から、言い換えの必要性を主張するもの(塩見, 2009)や差別語の基礎編、実践編、具体的 対応策を具体的に述べるもの(小林, 2011)などが見られるが、差別語の定義と差別語への意 識の時代的変遷がどのように関連しているのかについては論じられていない。 また、個別の差別語について、曹洞宗宗務庁(1994)、堀田(2008)、高木(1988, 1989, 1992, 1996, 1999)、江上(2007)、上原(2011)など個々の差別語に関する資料提供ないし分析を行 った研究が多数ある。しかし、これらの研究では、「差別語とは何か」を事例の形で示して いるが、個々の事例どうしの間にどのような繋がりがあり、それがどのような時代的特徴 を反映しているのかについては論じられていない。 さらに、差別語とマスコミの言い換えに関する研究として、田宮(1993)、磯村・福岡(1984)、 池田(2012)などが挙げられる。マスコミと差別語の関わりがさまざまな視点で解釈されて いるが、マスコミにとっての差別語とは何か、そして差別語とは何かについての意識が時 代的にどのように変遷してきたのかという疑問は明らかになっていない。 他に、差別語に関する研究の中で、時代順に差別語に関する糾弾事例などを分析するも のがある。例えば、用語と差別を考えるシンポジウム実行委員会(1975,1978)とその続編で ある山中(1992)は、1969 年の「『世界』回収」事件から、1990 年代頃までの差別語の糾弾、 抗議にかかわる事件を詳しく紹介し、さらにマスコミの言い換え集などの資料も収録して いる。また、差別語の言い換えの年代的特徴を考察する研究として、加藤(2010)が挙げら れる。加藤のこの研究は、「表現の自由」という問題を軸に差別語に関わる事件の時代的傾 向を考察しているが、差別語とは何かという根本的な疑問については触れていない。

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4 上に挙げた先行研究では、辞書よりも詳細に差別語の定義を考察しており、また多様な 観点から差別語を捉えているが、「差別語とは何か」という根本的な問いかけに対する答え は十分とは言えない。特に、序論で述べた差別語の捉え方に関する本研究の疑問について、 先行研究では十分に検討されていないことが指摘できる。 そこで、本研究では、差別語という概念を不変のものではなく、使用する人、指示対象、 使われる文脈などによって常に変化している概念として捉えたい。その上で、プロトタイ プというアプローチで差別語を捉えることを提案し、辞書や先行研究における差別語の定 義を踏まえながら、差別語のプロトタイプ的定義を試みたい。

4. 差別語のプロトタイプ的定義の試み

差別語には、差別的な意味合いが含まれるため、差別語を使用することで指示対象を軽 蔑、侮辱することになる。一方、差別語に含まれる差別のニュアンスはその語の使われ方 にも左右される。そこで、本研究では、差別語の語彙的特徴と文脈的特徴から差別語のプ ロトタイプ的定義を試みる。 まず、語彙的特徴に関して、差別語のプロトタイプの差別性は「概念的意味」ないし「周 辺的意味」にある(佐竹, 2000)と考える。つまり、差別語のプロトタイプは、差別の社会的 イデオロギーにより、指示対象を他よりも低く扱われるという情緒的意味合いが含まれ、 その語の指示する対象を表す以外に、差別的なニュアンスもある。差別の歴史または現実 がその語の意味に差別の意味合いを付与するがゆえに、使用される文脈に関わらず、語彙 的に差別語のプロトタイプは差別の意味合いが含まれている。 次に、文脈的特徴に関して、差別語はそれが使われる文脈と相互作用して差別の役割を 果たす。使用する側の差別の意志の有無やそれを受け取る側の感じ方によって意味の色合 いも変わってくる。したがって、1 つの言葉が差別語のプロトタイプかどうかを判断する には、この2 つの立場の考慮が必要である。差別語のプロトタイプは、いわゆる差別のた めに使われる差別語である。 以上に述べた差別語のプロトタイプの語彙的特徴と文脈的特徴およびこれまで述べてき た辞書、先行研究による差別語の定義を踏まえて、差別語の語彙としての特徴と使用され る文脈の二つの面から以下のように差別語のプロトタイプ的定義を試みる。すなわち、差 別語のプロトタイプは、 ①社会的マジョリティーから社会的マイノリティーへの差別の歴史または現実を反映 し、蔑視・見下しの意味を表すネガティブな語感があり、マイナスなイメージを連想 させる。 ②使用する人には差別の意志があり、嘲笑や軽蔑のために使われる。 ③指示対象になる人を傷つけ、不快を感じさせる。

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5 この中で、①は差別語の語彙的特徴であり、②と③は文脈的特徴である。これらの条件 をすべて満たす語が、差別語のプロトタイプ、言い換えれば、「差別語」のカテゴリーの最 も中心的な事例である。一方、これらの条件から離れるものは、非典型的なものになる。 「差別語」とされる個々の語は差別語のプロトタイプとの距離がさまざまである。差別 の意志や文脈は1 つひとつの言葉が使われる場面から判断しなければならないが、語彙と しての差別語は差別語のプロトタイプとの距離の相違で、異なる特徴が見られる。すなわ ち、語彙的にプロトタイプに近い差別語ほど、差別の社会的イデオロギーを反映し、言葉 自身にネガティブな語感が強いのである。一方、差別語の使い方や受け取り方は、差別語 の差別の色彩を影響し、使い方によって被差別者に傷つけるということも考えられる。 また、「差別語とは何か」への捉え方の変遷は、つまり差別語のプロトタイプ的特徴への 認識の変遷であると考える。そこで、本研究では、差別語のプロトタイプ的特徴と合わせ ながら、マスコミの差別語言い換え集および差別語への論争を吟味し、「差別語とは何か」 への意識の変遷を考察してみたい。

5. 『記者ハンドブック』に見る差別語意識の変遷

共同通信社『記者ハンドブック』は1956 年に初版が発行され、その後 10 回以上の改訂 を重ね、2010 年の第 12 版まで出版されている。この改訂の内容は、差別語の言い換えの 時代的変遷を示していると見ることができよう。さらに、筆者の調べた限りにおいて、現 在の日本で差別語の言い換えの変遷をこのように示している出版物は『記者ハンドブック』 だけである。これらの理由から、本研究では、『記者ハンドブック』を考察の対象とし、各 版における差別語の言い換えの歴史的変化を考察する。 なお、分析方法について、『記者ハンドブック』のうち、差別語に関する項目の内容を絞 り、そこに記載されている差別語についての説明や挙げられている差別語の言い換えを考 察し、その時代的変遷を観察する。 考察の結果、『記者ハンドブック』における差別語に関する記載には、差別語のプロト タイプ的特徴から見れば、最初に強調されていたのは「語彙的特徴」であり、その後「文 脈的特徴」が強調されるようになってきたことが分かった。 具体的に言えば、まず、差別語とされる言葉の変化について、『記者ハンドブック』で は、差別語の数やジャンルの数の変化から、言葉に表れる差別の歴史や現実への認識が深 まりつつあることを示している。すなわち、マスコミにとっての「差別語とは何か」とい う意識は、時代の変遷とともに進化してきており、差別語の言い換えに反映されつつある。 次に、差別語に現われる差別的意味合いとニュアンスに関して、差別語をどのように言 い換えるかという点についての模索が続けられてきた。例えば1つの言葉について、改版 にともない言い換えの方法も変化する場合が多い。特に第 9 版と第 10 版の改版において言

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6 い換えの方法の変化が多くなっている。また、「(バー)女給」と「馬丁」といった語の言い 換えの変遷から、ネガティブな語感もしくはマイナスの連想的意味を取り除き、中立ない しプラスのイメージの言葉に言い換えることが徹底されてきたということが観察された。 すなわち、「差別語」とは、マイナスのイメージが含まれる語であり、そして差別語の言い 換えは、このマイナスのイメージを取り除き、またその原意を保つことを目的としている ことが窺える。 また、差別語の文脈的特徴について、まず差別の意志に関して、『記者ハンドブック』で はそれほど説明されていないが、特定の差別語に関しては、その意味を文脈から判断する ようにと述べているところもある。さらに、受け手に不快感を与えるということに関して は、『記者ハンドブック』の差別語に関する説明文から見れば、主に2001 年の第 9 版以降 から強調されるようになった。このような考え方は、人権意識の高揚で被差別者の立場に 立って表現をするということがますます重要になってきたことを示している。しかし、ど のような表現が受け手に不快を与えるのかということについては『記者ハンドブック』に は言及されていない。言い換えに関する意識の変遷の背景には、差別語や差別表現に対す る抗議や糾弾などの事件がある。 そこで、どのような語・表現が被差別者から抗議・糾弾されたか、つまり「受け手を不 快にする」という差別語の文脈的特徴を解明するために、差別語・差別表現に関する糾弾 や論争からどのような語や表現が「差別語問題」として認識され、議論されてきたのかを 考察していく。

6. 差別語と差別表現に関する論争と意識の変遷

1960〜70 年代頃から、部落差別語をはじめとする差別語問題が注目されるようになった。 差別語のプロトタイプ的特徴から言えば、「社会的マジョリティーから社会的マイノリティ ーへの差別の歴史または現実を反映する」と点を基にして、「部落差別語」をはじめとする 「差別語」への糾弾が行われた。しかし、その結果、マスコミでは「差別語の糾弾→謝罪 →差別語の禁句化」というパターンの対応が多い。このパターンから出発すると、「差別語 とは何か」の判断は運動団体によるものがほとんどであり、マスコミなどは受け身的にな ってしまったことがさまざまな論説から分かった。また、糾弾する側と糾弾を批判する側 の主張の主な分岐点は「差別語」の問題が「語」にあるか、「文脈」にあるかといったとこ ろであった。 また、「差別語」の比喩的使用も、多くの糾弾や抗議を受けている。このことは、差別語 の「蔑視・見下しの意味を表すネガティブな語感があり、マイナスなイメージを連想させ る」という特徴を反映している。このような比喩的使用でも、「差別のイデオロギー」が背 景となっている。また、認知意味論では、「A 先生は鬼だ」における「A 先生」を「目標領 域」、「鬼」を「起点領域」と捉えており(谷口, 2003)、Lakoff/池上他訳(1993)は、(i)日常

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7 的経験の中で多出し、(ii)そのために十分に理解することができ、(iii)十分な構造を持ち、 (iv)以上の理由からよく出現し、十分に個別化することができる、という特徴を持つイメ ージ・スキーマを有することが、起点領域として機能するための条件であると述べている (p.278)。谷口(2003)が起点領域となるのは、より「理解しやすい」事柄であるとしている ように、「特殊部落」や「めくら」などが「起点領域」として多く使用されることは、この ような差別語が指し示す者が「劣った存在」という認識がある程度共通のイデオロギーと して存在していることが窺える。このようなイデオロギーは、歴史的、現実的な差別に基 づくものであり、差別語に含まれるマイナスの連想的意味の基礎でもあろう。つまり、差 別語のプロトタイプの語彙的特徴では、「社会的マジョリティーから社会的マイノリティー への差別の歴史または現実を反映する」ことが「蔑視・見下しの意味を表すネガティブな 語感があり、マイナスなイメージを連想させる」ことの背景とも言えるのである。 また、「差別語」と「差別意識」の変遷をまとめてみると、時代的な変化が見えてくる。 まず、1960~70 年代においては、被差別者の方からの指摘、糾弾によって、差別語の存在 が意識されてきた。それが「差別語」に反映されるのは、主に封建社会の階級制に基づく 被差別部落への差別に関して、「特殊部落」という語の比喩的使用などに対する糾弾運動で あった。ここでは、障害者差別や性差別への意識も芽生えされたが、具体的な言葉に対す る糾弾は少なかった。一方、「差別語とは何か」についての問題は、糾弾団体の糾弾から起 こるものがほとんどである。この時代の差別語に対する意識も、主に運動団体の糾弾とマ スコミの謝罪などが繰り返される中で変化している。先に言及したように、「差別語とは何 か」についての考えは、マスコミは受け身的になっており、「差別語とは何か」を考える余 裕もなく緊急非難的な対応をしてしまうため、言葉の性急な規制が機械的になり、そのこ とが「言葉狩り」として批判されることもあった。すなわち、1960~70 年代では、差別語 の使用→部落解放同盟をはじめとする運動団体からの糾弾→謝罪、雑誌と本の回収など→ マスコミによる差別語の規制(「特殊部落」「キチガイ」などの言葉の禁句化)→「言葉狩り」 への批判というサイクルで繰り返していた。また、1980 年代における差別語に関する意識 の変化は、被差別者の活動団体から告発されるばかりではなく、社会的に言葉に現われる 差別について考える時期にもなったようである。1990 年代では、部落解放同盟などの団体 からの糾弾が柔軟化する傾向が見られたが、差別語の規制と「言論の自由」の矛盾が筒井 康隆の「断筆宣言」事件をきっかけに爆発した。また、この事件への議論を通して、差別 語に対する社会意識も徐々に変化した。1980 年代までに、障害者に関わる差別語の言い換 えが広く行われるようになったが、それに関する争いは1990 年代にも見られている。部 落差別語について、1990 年代では、特定の「差別語」よりも、「差別意識」を反映した「表 現」を糾弾するものが多い。障害者差別語についても、1980 年代までに多く見られていた 「めくら」を「目の不自由な人」に言い換えるというような抗議や糾弾などは少なく、代 わりに障害者の人格などを侮辱するような言論に抗議する事件が多くなってきた。また、

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8 性差別について、セクハラや同性愛に対する差別の更なる広がりが見られた。性差別語の 場合、差別語そのものよりも女性を見下したり、性の対象として宣伝したりする事件への 抗議が多い。人種、民族などに関して、1990 年代では、歴史問題に裏付けられた呼称の問 題についての糾弾が多い。以上述べた通り、1990 年代の日本社会は、「差別語」そのもの を超えて、社会的マイノリティーの被差別者に対する見下しの言論などがますます多く問 われるようになった。また、1990 年代は、差別語への対応について、機械的な言い換えを 見直す時期でもあった。21 世紀は「人権の世紀」とも呼ばれているが、堀田(2008)は、「人 権侵害や差別は『犯罪』なのだ」(p.97)ということを述べ、「メディアに関わる者や、表現 者は、他より優先して肝に銘じなければならない」(p.97)とし、「『表現の自由』の前に『人 権』がある」(p.97)ということを指摘している。 このような流れを、「差別語」への捉え方の変化という視点で見てみると、「差別語」に 関する論争や議論は、徐々に「差別語」から「差別表現」へと移ってきたことが分かった。 「差別語」は「語」自体の特徴を重視するのに対し、「差別表現」は文脈を重視する。つま り、「差別語」の論争は、「語」から「表現」に移行してきたことが考えられる。そのこと の意味は、1 つが「差別語」についてマスコミや社会ではたくさんの議論と反省が行われ たということ、もう 1 つが言葉での「差別」への配慮は、「語」そのものより文章全体へ の配慮が求められるようになってきていることを意味しているだろう。

7. 結論

まず、本研究では、立場や考え方によって「差別語とは何か」の捉え方が異なるという ことから、「差別語」の定義は難しいということを指摘した。このことに関して、プロトタ イプのアプローチを用いて「差別語」の定義を試みた。しかし、現実には、プロトタイプ の差別語は少ない。そして、前述の差別語論争の焦点も、このようにプロトタイプとの関 係で説明できよう。「差別語を使用することは被差別者の人権を損なうことだ」や「どんな 場面に使われても、差別語は不公平な社会構造を反映するものだ」というような論点は、 プロトタイプに近いものを指していると思われる。一方、「差別語狩りは言論・表現の自由 を無視する行為だ」や「差別語は文脈と差別の意思あってのものだ」のような論点は、差 別語のプロトタイプ、特に文脈的特徴から離れているものを指す。したがって、差別語の 規制と「言葉狩り」の論争は、実は焦点がずれている。つまり、「差別語とは何か」という 根本的なことに関する認識が異なれば、議論の対象となる「差別語」も異なってくるので ある。 次に、「差別語」と「差別表現」の差異から、差別語を正確に捉えることは難しいという ことに関して考察をした。「差別語」のプロトタイプ的定義から、プロトタイプの「差別表 現」を定義してみると、プロトタイプの「差別表現」は差別語のプロトタイプの中の文脈 的特徴を満たす表現になる。日本語の差別語を対象にした研究や論争などから見ると、差

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9 別語への注目点はその語彙的特徴から徐々に文脈的特徴に広がりつつある。つまり、差別 の意識を反映する「差別語」の問題から「差別表現」の問題に変わりつつあることが分か る。その背景には、社会的マイノリティーの人びとが自分の権利を主張し、差別の意味合 いが含まれる語やその比喩的用法などに対する糾弾や抗議があった。このような語につい て、『記者ハンドブック』の分析で分かった通り、2000 年前後から「差別語」として言い 換えられる語の数はほぼ固定しており、さらにやや減少する傾向にある。その減少につい て、差別語の規制による「死語化」などもあるが、語彙的に差別的な意味合いのある語へ の告発や糾弾は落ち着いたとも言えよう。一方、「差別表現」は限りがないため、「表現の 自由」と「人権への尊重」の矛盾はいまだに落ち着かない。言葉に現われる「差別」の問 題に関する議論は、「差別語」から「差別表現」に移行しつつあることが示唆される。差別 語のプロトタイプは、語彙として、「概念的意味」ないし「周辺的意味」に差別の意味合い が含まれる。そのため、差別語の使用への抗議が行われ、その結果、マスコミなどでは差 別語の言い換えや自主規制も行われてきた。一方、このような言い換えについては、前述 したように、「言葉狩り」だといった批判が多い。このような「言葉狩り」への批判は、主 にマスコミの「機械的言い換え」に焦点を当てているものが多い。また、筒井康隆の「断 筆宣言」に関する様々な議論は、差別語への規制と「言論・表現の自由」に関して評する ものがほとんどである。このような論争に関しても、「論点のズレ」ということが指摘でき よう。すなわち、「差別語」への規制は「語」を対象にしているのであり、「差別表現」で はない。「差別表現」になるかどうかを決めるのは使用する人の差別の意志と指示対象とな る人の不快感というところにあるため、差別語の存在だけでは判断できない。マスコミの 機械的な言い換えについても、「差別表現」で糾弾された表現者が「差別語」の使用のみに 着目することも、この二つの概念を区別して扱っていないことが分かる。 最後に、「差別語とは何か」はどのように捉えられてきたのかということについて、本 研究では、差別語のプロトタイプ的特徴と合わせて考察した。全体的な変遷をまとめると、 まず「差別語」という概念の意識は、「プロトタイプの語彙的特徴」から「プロトタイプの 文脈的特徴」への移行している傾向が見られる。また、差別語の「プロトタイプの文脈的 特徴」は、すなわちプロトタイプの「差別表現」になるため、差別語の言い換えや「差別 語」に関する論争などでは、「差別語」の問題が「差別表現」の問題になりつつあることが 分かった。さらに、「プロトタイプの文脈的特徴」の中でも、「被差別者」の視点から「表 現者」の視点から移転が観察される。1960 年代頃からの「差別語問題」はほとんど被差別 者の指摘や抗議から注目されるようになったが、時間の流れにともなって、特に 1990 年代 以降では、「差別語」の問題が「表現者」との関わりがさらに多くなった。つまり「差別語」 「差別表現」の問題は「糾弾―規制」からいわゆる「自主規制」になってきているという 意識の変遷が窺える。

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引用文献

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11 新村出編. 1955. 『広辞苑』初版. 岩波書店. 新村出編. 1969. 『広辞苑』第二版. 岩波書店. 新村出編. 1976. 『広辞苑』第二版増補版. 岩波書店. 新村出編. 1983. 『広辞苑』第三版. 岩波書店. 新村出編. 1991. 『広辞苑』第四版. 岩波書店. 新村出編. 1998. 『広辞苑』第五版. 岩波書店. 新村出編. 2008. 『広辞苑』第六版. 岩波書店. 森岡健二・徳川宗賢・川端善明他編. 1993. 『集英社国語辞典』初版. 集英社. 森岡健二・徳川宗賢・川端善明他編. 2000. 『集英社国語辞典』第二版. 集英社. 日本大辞典刊行会編. 1972. 『日本国語大辞典』. 小学館. 日本国語大辞典第二版編集委員会編. 2001. 『日本国語大辞典』第二版. 小学館. 資料 『記者ハンドブック』 社団法人共同通信社 改訂増補版(1964)、改訂新版(1973)、 第 4 版 (1981)、第 5 版(1985)、第 6 版(1990)、 第 7 版(1994)、第 8 版(1997)、第 9 版(2001)、 第 10 版(2005)、第 11 版(2008)、第 12 版(2010)

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別 記 様 式 博在-Ⅶ- 2-②- A 論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨 学 位 の 種 類 博 士 ( 国 際 文 化 ) 氏 名 チ ョ ウ リ ョ ウ バ イ 学 位 論 文 の 題 名 日 本 語 に お け る 差 別 語 概 念 の 変 遷 ―1960 年代以降の差別語問題から考える― 論 文 審 査 担 当 者 氏 名 ( 主 査 ) 江 藤 裕 之, 佐藤 勢紀子, 上原 聡, 中本 武 志 論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨 ( 1,000 字 内 外 ) 本 研 究 は 、 差 別 語 の も つ 曖 昧 さ に 着 目 し て 、 差 別 語 概 念 の 多 様 性 を 通 時 的 に 分 析 す る こ と で 、 日 本 語 に お け る 差 別 語 概 念 、 及 び 差 別 語 意 識 の 変 遷 を 明 ら か に し 、 差 別 語 事 例 の プ ロ タ イ プ 的 定 義 を 試 み た も の で あ る 。 差 別 語 の 捉 え 方 、 す な わ ち 、 あ る 語 を 差 別 語 だ と 非 難 す る か 、 差 別 語 で な い と 擁 護 す る か に は 、 個 人 差 、 時 代 差 が あ る 。 差 別 問 題 が マ ス メ デ ィ ア 等 で 頻 繁 に 取 り 上 げ ら れ る よ う に な っ た 1960 年 代 以 降 、 今 日 に 至 る ま で 、 差 別 語 に 関 す る 論 争 が 絶 え な い こ と か ら 、 本 研 究 で は 「 差 別 語 と は 何 か 」 と い う 根 本 問 題 に 立 ち 、 戦 後 に 出 版 さ れ た 主 要 な 国 語 辞 典 に お け る 「 差 別 」 及 び 「 差 別 語 」 の 記 述 の 変 遷 、1960 年 代 以 降 の 差 別 語 を 扱 っ た 先 行 研 究 の 内 容 を 分 析 ・ 検 討 し た 。 そ の 結 果 、 辞 書 に お い て も 、 先 行 研 究 に お い て も 、 差 別 語 の 捉 え 方 が 一 様 で な い こ と が 判 明 し 、 そ こ で 、 差 別 語 の 語 彙 的 特 徴 と 文 脈 的 特 徴 と い う 視 点 か ら 差 別 語 事 例 の プ ロ ト タ イ プ を 考 察 す る こ と で 問 題 解 決 を 図 ろ う と 試 み た 。『 記 者 ハ ン ド ブ ッ ク 』 の す べ て の 版 に お け る 差 別 語 に 関 す る 注 意 、 言 い 換 え を 分 析 す る と と も に 、 部 落 差 別 、 障 害 者 差 別 、 人 種 ・ 民 族 ・ 地 域 差 別 、 性 差 別 に 関 連 す る 差 別 語 問 題 の 論 争 を 精 査 し た 結 果 、 差 別 語 問 題 に 対 す る 意 識 に お い て は 、 ま ず プ ロ ト タ イ プ の 語 彙 的 特 徴 が 注 目 さ れ 、 そ の 後 、 次 第 に 文 脈 的 特 徴 が 重 視 さ れ る よ う に な り 、 差 別 語 そ の も の の 問 題 か ら 差 別 表 現 の 問 題 に な り つ つ あ る と 結 論 づ け た 。 本 研 究 の 新 規 性 を 示 す 主 な 点 と し て は 、 ① 差 別 語 事 例 の プ ロ ト タ イ プ 的 定 義 に よ っ て 、「 差 別 語 」 の 概 念 に 関 す る 新 た な 捉 え 方 を 提 示 し た 点 、 ② 辞 書 に お け る 「 差 別 語 」 の 記 載 の 変 化 、 及 び 『 記 者 ハ ン ド ブ ッ ク 』 に お け る 差 別 語 の 言 い 換 え や 差 別 語 に 対 す る 意 識 の 変 遷 を 初 め て 考 察 し た 点 、 ③ 差 別 語 事 例 の プ ロ ト タ イ プ 的 定 義 と 合 わ せ 、「 差 別 語 と は 何 か 」 へ の 具 体 的 な 問 題 意 識 の 変 遷 を 明 ら か に し た 点 が あ げ ら れ る 。 ま た 、 異 な る 辞 書 の 各 版 を 詳 細 に 検 討 し た 結 果 、「 差 別 語 」 と い う 見 出 し 語 の 初 出 は 2000 年 以 降 で あ る 点 、『 記 者 ハ ン ド ブ ッ ク 』 の 各 版 に お け る 差 別 語 関 連 の 記 述 の 比 較 か ら 、 言 い 換 え ら れ た 差 別 語 の 数 が 第 9 版 (2000 年 )に 激 増 し た 点 な ど は 、 小 さ な 発 見 で は あ る が 、 こ れ ま で に は な か っ た 指 摘 だ け に 評 価 で き る 。 審 査 会 で は 、 差 別 語 論 争 に 関 す る 資 料 と し て 研 究 書 の 他 に も 、 よ り 多 く の 一 次 資 料 に あ た る べ き で は な か っ た か と い う コ メ ン ト や 、 辞 書 の 比 較 が 不 十 分 と い っ た 指 摘 が な さ れ た 。 し か し な が ら 、 本 研 究 は 、 広 範 囲 に わ た る 文 献 資 料 を 渉 猟 し 、 精 緻 に 分 析 す る こ と で 差 別 語 問 題 へ の 意 識 の 変 遷 を 明 ら か に し 、 差 別 語 を め ぐ る 様 々 な 問 題 を 考 え る た め の 視 座 と し て 、 差 別 語 事 例 の プ ロ ト タ イ プ 的 定 義 か ら 新 た な 差 別 語 の 捉 え 方 を 提 示 し た 点 で 、 今 後 の 差 別 語 研 究 に 大 き な 意 義 を も つ も の で あ る と 考 え る 。 以 上 よ り 、 本 研 究 の 成 果 は 、 論 文 執 筆 者 が 自 立 し て 研 究 活 動 を 行 う に 必 要 な 高 度 の 研 究 能 力 と 学 識 を 有 す る こ と を 示 し て い る 。 よ っ て 、 本 論 文 は 、 博 士 ( 国 際 文 化 ) の 学 位 論 文 と し て 合 格 と 認 め る 。

参照

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