グ レ ア ム ・ グ リ ー ン の 『 自 伝 』 ( A S o r t o f L i f e ) に つ い て
On A Sort of Life by Graham Greene
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「地下室」 (`
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は フィリッ プ少年 が生 を発見す るところか ら始 ま り、死 を体 験す るところで終 る。その生 と死の領域を分ける鍵 は、 ラシ ャ張 りの ドアの もつ 両義性にあ ると考 え られ る。それ は、少年 が、 ラシ ャ張 りの ドアを通 過 す るときに、子 どもの世界か ら大 人の世界-珍 行す ると同時に生 と死 の問を往復す るか らである。 どの部屋に も入れ て、 どの部屋 も人気がなか ったので 自分 の家にい るのに知 らない所-来た ようで楽 しか っT=(.1) また、 F内な る人』(TheManWithin,1929) は、ア レ ドルーズが死に向か うところで終 るが、 その生 と死 の境界 は森 の中の一軒家 であ って、そ こを出入 りす ることに よってアン ドルーズは、押 花 と摘草の母の世界 と暴力の父 とで形成 されてい る幼年時代 と、大 人の成熟 との問を往復 す るとと もに、 そ の家 に住 む エ リザベ スを仲 介者 と して 「追われ る」か ら 「追 う」- と転化す る。 グ リ- ソは F喜劇役名 』(TheComedians,1966) の中でブ ラウンに 「作者に とっては人生 の初 めの 20年間が生涯全体の体 験を含み、その後 は観察で あ るといつ も言われてい るが、その ことはわれわ れすべてに も等 しく当てはまると思7121 と語 らせ てい るが、 この認識 に従 って、 フ ィ リップとア ン ドルーズの 2人は グ リーンの小説世界 の中で幼年 時代の喪失 に よって生涯を支配 され るすべての主 人公た ちの原型 として創 られ てい る。 グ リー ンが 「若 きデ ィケンズ」 (`
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の中 で、 「創作家 とい うものは少年時岩 崎 正
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Masaya Iwasaki
代 と青年時代 に 自分の世界を決定的に把 握す るも ので、それ以後 の全生涯はその独 自の世界 をすべ ての人 々に共感 して もらえ るよ うな偉大 な公的世 界 の言葉 で描 いてみせ よ うとす る努力であ i3j と 述べ て、現実認識 の論理が小説世界 の論 理構造 を 支配す ることを認めてい る以上,私た ちは フィ リ ップや 7 ソ ドルーズが庁む境界 の意味を解 くため に、幼年 期に グ 1)-ンが抱いた現実の境界線上 の 二重 意識 が どんなふ うに生 じたのかにつ いて考 え てみ なければな らない。2
グ リー ンは、 自伝が 自己の臨終を取 り我 うこと がで きない以上 、 「どんな結末 も盗意的 な ものに な らざるをえない
」 と言 う。 したが って、F自伝 』 を 自己の26歳か ら28歳 ころまでの 3年 間 に味わ っ た失 意の時期 で閉 じたの も、 「失敗 もまた一種 の 死」 だか らであ る。 グ リー ンは 自伝の中で生涯 での最初 の記憶 を二 つ次 の よ うに記 してい る。 私の最初 の記憶は、丘の頂 きで乳母車 の中に 坐 っていて、足下に死 んだ犬 が 1匹 い る とい う ことである(04) 小 さな家 が並 んでい るその中の 1軒 に人だか りが していて、 1人の男が群れを とび 出 し、家 の中-かけ こんだ。 その男が喉を切 ろ うと して い るのだ と教 え られた(.5) グ リー ンが 自伝の冒頭を、一種の死 の発見 で始めた ことは、私たちが 自伝を貫 く制作原理を知 る 上 で きわめて暗示的 であ る。 とい うのは、F自伝 』 に流れ るあ る種 の生 の在 り方 を探 ることが、幼年 時代 におけ る作老の現 実認識の構造 とそれの反映 であ る小説作品に表れ るさまざまな死 の風景を解 く鍵になると考 え られ るか らである。 作者 の66歳の ときに上 梓 された F自伝 』の前半 はパ ブ リック ・スクー ル と家庭での生活か ら、 ま た後半 はオ ックスフ ォー ド大学時代 の体 験 と、卒 業後、 「ノ ッテ ィンガ ム ・ジ ャーナル」紙 と 「ザ ・ タイ ムズ」紙に勤務 した ときの ジ ャーナ リス ト時 代 の印象お よび作家 と して出発 した ころの体 験で 構成 されてい る。そ の 個人的 な記事 の多 くがそれ までの Fオール ド・ス クール
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, 1934)、F地 図のない旅』(
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)S, 1936)、F綻 な き道』(TheLawl
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、 F失わhた幼年時代』(
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な どの 自伝的 エ ッセイの内 容 と重複 してい るのは 、 F脱 出路』(Wa
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の序文に従 えは、 「彼 ら (-他 の人 々) にだ ってプライバ シーにたいす る権利 はあ る。そ して、 自分 のことを書 こ うとすれば、必然的に彼 らを も巻 き添 えにす ることにな る」か らであって、 作者 はなお多 くの秘 密 を守 ってい るように思われ る。 自伝 の主 人公であ る グ レアムは、た とえは 2児 の父親 としてではな く、作者 の厳 しい選択 の視線 に よって見つめ られ た 若 き作家 として登場す る。 イア ン ・グ レゴール(
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は, 「ペ ージを 戻 し始め ると、 この本 については何か と くに厄介 なことがあ るよ うに思 われ る。 ここ30年間、表紙 の陰か らそ うして きた ことだが、 グ リー ン氏の顔 が謎 を含んで私たちを見つめてい るよ うだゞ)と言 ってい るが、私た ちは書かれた グ 1)- ソの他に書 くグ リー ンの厳 しい選 択 の視線、つ ま り演技す る グ リー ンの存在 を意識 し始め るのだ。そのために グ レゴールは、小説 家 が 「自伝 を書 くとい うこと が 自己の生涯を形成 しなけれ ばな らない とい う必 然性に従 った、-種 の 自己発A(J7)であ る点で、A
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であ ると規定 し てい る。 F自伝 』には グ リー ン自身に関す る記事 がほは 年代順に配列 されて い るけれ ども、読者 が最 も知 - 42 -りたいはず の カ トリック- の改宗 とか妻 と子 ども の こととい うよ うな 日常 の閲歴はほ とん ど排除 さ れていて、 グ リー ンの創作力を掻 きたて る 「幼年 時代、倦怠、反復 的な失敗の意識」 な どのオブセ ッシ ョソの心象風景ばか りが充満 してい るのは、 自伝 が 「伝記 よ り事 実 の誤 りは少 な いか も しれ ないが、事実の選択が必然的に一層 激 しくな る(J8) か らであ る。 今、 グ リーンに関す る第三者 に よる客観的 な伝 記 の制作 が進行 中であるとい う。非 カ トリック教 徒 であ る7メ1)カ人の ノーマソ ・シェ 1)-(
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が グ リー ソの足跡を求めて世界 中を飛び 廻 ってい る。高見幸郎氏に よれば、 シ ェ リーは、 す でに 日本- もや って きて グ リー ンの資料 を調べ て行 ったが、その 「野心的」 な伝記 は グ リー ンの 生前に出版 され ることはあ りえない とい う(.9)3
「狭い一 つの場所にい る17人 もの グ リー ンの数 は今 日で さえ人 々の割合か らい うとひ ど く高い よ うに思まっれ るし、 また休暇 の ときにな るとその人 数は 100人の 4分の 1近 くにな ることがあったSo) とい うグ 1)-ソー 族の繁栄 は、弟の ヒュ一 ・グ t) -ソの伝記 Fさまざまな人生』(
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の著者マイケル ・トレーシー(
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に よると、 曽祖父のベ ンジ ャ ミン ・グ リ ー ソが ど-ルの醸造業 を他人か ら引 き継 ぎ、後に 妻 の父か らセ ソ ト ・キ ッツ島にあ る広大 な砂糖 農 園を購入 した ときに遡 る。次の祖 父の世代は、 ビ ール醸造業 の他に ロン ドンの金融界 と土地所有 と セ ン ト ・キ ッツ島の ロマ ンテ ィックな生涯 とを合 わせ持 ち、 さらに父親の世代 は富 の上 に、社会的 な名声 と知性 とを獲得 したelかその結果、 ブ ラジル の コー ヒー農園で財を成 した父の弟 のエ ドワー ド・ グ リーンの家族が金持 ちの グ 1)- ソ、そ して父の 一家 がイ ンテ リのグ リー ンと呼ばれ るようにな っ た。 グ 1)-ソの父チ ャール ズ ・- ソ t)- ・グ 1)- ソ はい とこの メア リア ン ・レイモ ソ ド ・グ リーンと 結婚 し、 4男2女 を儲 け る。 Itl)-、--,i- ト、 レイモ ン ド、 グ レア ム、 ヒュ-、 エ リザベ スと続くのだが、 グ レアムは3男 として1904年10月2日、 ロン ドンの北西26マイルの所 にあ る- - トフ ォー ドシ ャー州 のバ ーカムステ ッ ドの町に生れ るO父 は当時バ ー カムステ ッ ド・パ ブ リック ・スクール のセ ン ト ・ジ ョソ寮 に寮監 として住 んでいた。 6 歳 の ときに父が校長になったので、一家 は校長公 舎 に移 るが、13歳の ときに グ リー ンは寮生 として 再 びセ ン ト ・ジ ョソ寮の中で暮 ら し始め る。 グ 1)- ソも 6歳年下 の ヒュー もともに学校 と寮 生 活についてその恐怖 と残虐 さを指摘 しているが、 父 チ ャール ズは行政手腕 を発揮 した進歩的 な校長 だ った。 1911年か ら1924年 までの13年にわた る校長在任 中のチ ャール ズ ・グ t)- ソの業績は、 Fバ ーカム ステ ッ ド校 史
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に従 って次 の よ うに要約す る ことがで きる。 第一 次大戦前には,前任者か らの懸案 であった 新 しい屋外運動場 の用地買収 と、サ ナ トリウムの 新設を断行 し、戦後 は、学校 の敷地獲得の他に、 文化的学校行事 として外部か ら商業劇団を招いて 公演を行あせた. これを契税 として校 内の寮 ごと に生徒 の演劇サー クルが生れ、1926年には校 内の 演 劇6団体 に よる合同公演が行われ るほ ど文化活 動 が盛 んに な る(!9
「代 々チ ャール ズ ・グ .)- ソ型 の校長 がいた として も、学校 はたぶんあま り繁栄 しないだ ろ う. しか し、/:-カムステ ッ ド校 は、 そ うい う特定の校長 がいたおかげで今 日で も秀れ た所にな ってい るこ士 は間違 いなLln当 と称 えなが ら校史はチ ャールズ ・グ リー ンの項 目を閉 じてい る。 一方、 グ リーンの編纂に よる Fオール ド ・スク ール 』の憶 い出の記 に よれは、 グ T)- ソ自身 も校 長 としての父にたい しては尊敬 の気持 ちを表 し, 「賞賛 に値す るほ ど進歩的な校長 であ り、在職期 間 の晩年 は'ど進歩的であった時期はな増 と記 し、 また、 親 と して の父 につ いて も、 結婚 して子 ど もを持 った ときに初 め て埋れ た愛 と悲 しみを意 識 した と述べてい る。 しか し、 これ らは どち らも 寮生活 の恐怖 に よって惹 き起 された 自我 の分裂を 克服で きるよ うにな り、 また 「落 ち着 いた熱意の あ る真筆 な態度の持主」 であ る父を理解 で きるよ うにな った成 人後 の グ リーンの理性的な解説 であ るo 少年 の グ 1)-ソの意識 はむ しろ父の愛情たた い し苦痛を感 じた り、逃避感情を抱いていて、
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さんの家 では楽 しか った かね」 とか 「コソサー ト は早 く終 らなか ったのだね」 とい うような質問に い らい らさせ られ通 しだ った し、父に褒 め られ る と 「す ぐに手近かにあ るテーブルの下 に もく・りこ んだ59とい う0 - 万、母親 の子 どもた ちにたいす る愛情 も父親 に劣 らず距離を感 じさせたが、 グ リー ンに とって ほ、 母は父の ような当惑 させ る質問を しないだけ 身近 かに感 じられた とい う。 母親 の メア リアン ・グ リー ンは姪か ら、 「たい - ん美 しく、気品があ るけれ どもつねに一 番の権 威名 だ。 ち ょっ と冷淡 で私た ちはみなおばを怖 が っていた と思 う。 おははいつ も自分 が正 しい と疑 わ なか った し、それがおは と子 どもた ちの問の壁 にな った と思 う。 また、たい- ん冷静でお高 くと まっていた。 自分の子 どもた ちにさえ も、一番幼 い ヒューやェ t)ザベ スにたい して t(lB と言われ て い るが、 メア リア ンの子 ども- の愛情 と凡帳面 さ は、 その育児 ノー トに子 どもの発育状況 と病歴 を 綿密 に記 してい ることに伺われ る。 グ リー ンはそ の ノー トの ことに触れて、 「あの中で母 は私 が何 歳 で歩 き始めた とか、子 どもの病気な どを記入 し 始 めていたQj と述べてい るが、 トレーシーに よれ ば、 「この念入 りにつけ られた赤 ん坊の記録は、 育児 にたいす る点だけでな く、そ うい う世話をや くときの系統 だて とか、整頓 の よさを も示す証拠 であ る。 メア リア ンはい とお しい くらい丁寧 に一 つ一 つのエ ピソー ドを詳 しく書 き留めたけれ ども、 この ことは 自分の子 どもた ち との関係に厳格 さを 持 ち こむ ことになっただけだ。それ は遠 い所か ら の愛情だった(LS)ので、 ヒューの感情 は 「見 られて い るとい う恐怖 と、愛 されてい る喜 び」 の間を揺 れ勤 いた とい う。 この疎遠 な親子関係 の原因の一端 は上 記 の父 と 母の性格にあ っただろ うが、 また、 当時 の グ リー ン家 の特殊 な家庭環境に もあった と考 られ る。つ ま り、父は校長兼寮監 として二、三十 人 の寮生の 監督 を しなけれ ばな らなか った し、母は乳母を 含 めて6人の使用 人を雇 っていたため、子 どもた ち は必然的に大部分の時間を両親か ら離れ て、乳母 とい っ しょに過 していたか らであ る。入学前の子 どもた ちの 日課 は トレーシーの記事 に基づいて次の よ うに まとめ ることがで きる。 (1)朝、子 ども部屋で朝食 を と り、そ こで過 す。 (2) 午前 11時頃、下-降 りて母親 とい っ しょに過 す。 (3)昼食 を子 ども部屋で とる。 (4) 午後、乳母や子守 り女 中 といっ しょに散歩に 出 る。 (5)お茶の時間は子 ども部屋で乳母 といっ しょに い る。 (6)その後、応接室 で母親か ら本を読 んで もらう。 (7)夕食、就寝e19) この一連 の儀式が毎 日続 くのだが、幼いグ レア ムはあ る日の午後、散歩を してい るときに、犬の 死骸 と男の 自殺 を見て、 「死」を発見 したのであ る。 当時、子 どもたちは近づ きがたい父を避けて同 じ町 にあ る金持 ちのお じのグ リー ン家に出入 りし ていたけれ ども、成 人 した グ リーソは この疎遠な 母子関係を 「当時の教育 システムの一 部だ った」 と割 り切 り、寮生にな るまでの少年期の家庭生活 を幸 福な状態だ った と回想す る。 グ リーンの 自我の分裂 と不幸はセ ン ト ・ジ ョン 寮 に入 った 13歳 の ときに始 ま る。 グ リー ンが病的 な 自我 の分裂に陥 り、生涯にわた る二重意識 に捉 え られ るよ うにな ったのは、一 つは寮生活 の恐怖 と残酷 さを味わ ったか らであ り、二つ 目には、「子
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の世界か らも 「大 人」 の世界か らも切断 され た フ ィリップ少年 の よ うに、校長 であ る父 と寮長 であ る次 兄 レイモ ン ドに よって代表 され る体制側 と、 それに反抗す る下級 クラスの級長 であ るい とこの ペ ソに率い られ る反体制側の問にあって どち らに も帰属す ることがで きなか ったか らであ る。 騒音、咳、軒、放尿か ら逃れ られ ない寮の夜、 鍵 のない トイ レ、 自習室 がない こと、外 出の際 は 複数 の仲間 と行 く、校地 内では帽子着用 とい う規 則 に縛 られ 、精神的 な拷問老 カーター、 コンパ ス で拷問す るコ リ7 7クス、三重の くびれた顎 の ク ラン ドン先生、芸術写真蒐集家 のパー ローの存在 にた えず脅やか され た ことが, Fオール ド ・スク ール 』を初 め、い くつかの 自伝的エ ッセイの中に 繰 り返 され てい る。 冬 の夜、教師が立 ち去 った後 の案 の一室 にいて - 44 -上級生が弱い下級生 の腕や脚を ラジエーターの上 に押 しつけ るのを見た弟 の ヒューは、 「今 も犠牲 者 の金切声 と拷問者 の笑 い声 とが聞 こえ、焼けた 肌 の匂いがす る当o)と言 うO こ うい うさまざまな悪 習や弊害が、バ ーカムステ ッ ド ・スクールに限 ら れた ことではな く、伝統的 なパブ リック ・スクー ルに共通 に見 られ る現象 であ ることを認 めた上で、 グ リー ンは、 「大 きな寮 にい ると、眠 りについて も15分たつかたたない うちに、だれ かが軒 をたて た り喋 った りす る。 こ うい う避け られ ない極端 な 共 同生活 はだれ に とって もよいはず がなし,eJBと寄 宿制度その ものを糾弾 してい る。 校長 であ る父の子であ るとい う立場 は グ レア ム にだけ限 られた ものであ って、それ が 2種類 の忠 誠心を グ リー ンに押 しつ け、 父の偵偏政権 と レジ スタンス勢力の間には さまれた クヴ ィス リングの 弟であ ることを意識 させた。寮生活 の不潔 と残酷 - これ が グ リー ンの知 覚 した悪 の風景であるが、 グ リー ンは悪が同時 に 自己の内部 に も存在す るこ とを認識 したはずである。自身が 「レジスタンスの 勢力に包囲 されて、 しか も父 と兄を裏切 らないで 彼 らの仲間にな ることは で きなか ったeJbか らであ る。しか もその悪 の実感が罪の意識 と微妙に結びつ いていた のではないか と考 え られ る。その点を説 明す るヒン トとして悪 の発見か らカ トリーツクへ の 改宗に よる救 いに至 る体 験を心象風景 として描い た文章を F提 な き道 』の中か ら採 りあげてみたい。 それ は救 いの 1時間だった。 また祈 りの 1時 間で もあった。神を強 く意識 した。時間が宙ぶ ら りんになって停止す る。音楽が空中に漂 った。 国境 の向 うの人 ごみの中-入 らなければな らな くな るまでにほ どんな ことで も起 きるか も知れ ない。 どこに も避けて通れない とい う必然性は なか った。信仰 は山を動かす くらいに大 き くな っていた。大 きな建物 は暗闇の中で揺 さぶ られ た。 こんなふ うに信仰 がや って きた - 形に と らわれず に、教義 も示 さず に、 クロッケーの芝 生のあた りにあ る気配 と して、道の向 う側にあ る暴力や、残虐 さや、悪 と結びついた もの とし てやって くる。私は地 獄の存在 を信 じたか ら天 国の存在 を信 じるようになった。 しか し、永い ことは っき りと身近か に措 くこ とがで きたのは地獄だけで あったoe3) 国境の雰 囲気は最初か らや り直す場 合のそれ に似 てい る。気持 ちの よい告 白の よ うな ところ があ り、罪 と罪 との間にあって しあわせなち ょ っとの時間を宙に浮いてい るよ うな ものだ。 国 境 で死ぬ と、人はそれ を 「幸福 な死」 と呼ぶoeや この文章 は寮生活 での悪 の発見か ら成 人後 の カ トリック- の改宗に よる救 いに至 る体 験の告 白で あ る。前半 の描写はセ ン ト・ジ ョンの寮生にな っ た13歳 のグ リー ンが寮 と家 の両方か ら逃避 して ク ロッケーの芝生 の陰に潜 んでい るときの心象風景 であるが、私た ちは この複数 の時間相 の重 な り合 う風景 の描写に旺惑 されそ うにな る。 山形和美氏 は、 「この文章 はまことに巧妙 である。 人は この 巧妙 さに しば しば欺 され る。 ここにあ るのは13歳 の グ リー ソではな く、35歳の グ リー ンであ る。13 歳 の グ リー ンが感 じた ものは F暗闇の中での悲哀 にみ ちた幸福感 』であ り、 両世界 の どち らか らも 解放 された安 らぎのひ とときが引 き裂かれた 自意 識 の調和を もた らす ときの瞬時の充実感 であった。 またそれのみであったはず であ a
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J9と書いて 「残 余」 の信仰体 験は22歳の ときの カ トリック-の改 宗以後 の風景であ ることを論証 してい る。 死 を通過す ることに よって再生 に至 る鍵 を探 り 当て る とい う逆説を幼年時代- の遡行を適 して示 す点 で、 グ リーンが59歳の ときに出版 した F現実 的感覚』(
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の 中 の一 叢 であ る 「庭 の下」(`UndertheGarden')の制作原 理 を持 ち出せば、 この心象風景の時間相 を整理 す ることがで きるだろ う。 「庭 の下」 は不治の病に冒 され、死 を覚悟 した 男が、幼年時代 に見た宝探 しの夢 を回想 を通 して 再現す ることに よって、幼年時代 を見つ け、「子」
を再び生 きることに よって、 「生」に希 望 を抱 く 物語であ る。 そ こには、宝探 しの冒険 の夢 (第1 部 第5章) の時間 と、回想 (第2部) の時間 と、 現実の島を訪ね る時間 との3重の時間が交錯す る。 つ ま り、 7歳 の少年 の夢の時間 と57歳 の大 人の回 想 の時間 と、 50年にわた って夢 の意味 を追 って き た現実 の時間 との3層 か らな る時間の流れに よっ て構成 され てい る。 この時 間相 に従 えば、前半 の記事 の前段 には13 歳の グ リー ンが家庭 と寮 の双方 の世界 か ら逃れて 国境 の クロッケーの芝地 に潜みなが ら悪 の存在 を 認識 す る時間があ り、 「残余」 の後段 には22歳 の ときの カ トリック- の改宗を経て31歳の とき、 リ ベ リア旅行 の途上 で 「生」- の信仰 を回復 す るま での永年 にわた るさまざまな 「死」 を体 験す る時 間 と、 リベ リアで再生を知覚す る時間 との3重 の 時間 が流れ る。そ して後半 の文章 には、 カ トリッ クの布教を禁 じてい るメキ シ コ-旅立つ前 に、ア メ リカとメキ シコの国境に仔む34歳 の作者 が境界 上 の二重意識 を図式的に説 明す る回想 の時間 が流 れ る。
「最初 か らや り直す場合のそれ」は、 リベ リアで味わ った再生-の希望 であ り、 「罪 と罪 と の間 にあ って しあわせたち ょっ との時間」 は、 グ 1 )- ンが ク ロ ッケー.0芝生 で味わ った孤独 の喜び であ り、 フ ィ リップ少年 の絶望感であ る。 さ らに この文章 の中で、や っと生- の救 いを整 得 した34歳 の グ 1)- ソほ、数 々の死 の恐怖 を克服 す る以前 の永年にわた る悪 の認識 の低音部 に罪 の 意識 があ ることを洩 らしてい る。 したが って国境 を挟む二 重意識 の対立関係は、 フランシ ス ・ウィ ンダム(FrancisWyndham)が小説作品のモチー フである 「追 うもの」 と 「追われ るもの」 の対立 につ いて、 「警察 に よる犯人の追跡、欺 かれた 人 人に よる裏切 り者 の追跡、迫害老た ちに よる犠牲 岩 の追跡。 それは神に よる人間の魂つ ま り内面の 自己 の追 跡を象徴す る。 人は平和を探 し求 めてい るときに追いつめ られ るが、その平和 は しば しば 死 の中に しか見出 されなしP
j)と述べてい るように、 人 と人との間の水平的関係での対立 であ るだけで な く、神 と人 との問の垂直的関係での対立 であ る とい う二重構造を もつ。 この関係は、そ の後 の制 作 の途上 で さらに発展 し、 Fブライ トソ・ロック』
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の 中 では アイダのhuman `rightandwrong'の水平的関係とロウズの divine `goodandevil'の垂直的関係の場 とに二 極分化 を 起 こす。そ して両者 は物語の結末 に至 って も交 叉 せず 、反置、対立を続け るO この ように して 「地獄 の存在を信 じたか ら天 国 の存 在を信 じるようにな った」 とい う信仰告 白に は、13歳 の ときセ ン ト・ジ ョソ寮 に入 って以来抱 き続 けた悪 の認識に始 ま り、 22歳の ときの カ Tlリック- の改宗を経て31歳 の リベ リアでの再生体 験 に至 るまでの20年近 くにわた る生 一死 一再生の時 間が流れ、二重構造 としての現実認識 の生成、発 展 の推移が窺われ る。 また寮生時代の罪 の意識 と 結びついた悪 の認識 の中には、後年 の二重構造 と しての現実認識 の予兆が色濃 く漂 う。 グ 1)- ソの同級生 で16歳の ときに2人で墓石 の 上 に腰かけて Fイエ ロウ ・ブ ック 』を読む間柄 で あった ビーター ・クェネルは当時を振 り返 り、「学 校 は退屈で町は単調 であ ると記憶 してい る」 と言 うものの、 「グ レアム ・グ リーソが発見 した悪 の 低音部 は私の鈍感な精神にたい して何 の印象 も残 していないで、 しば しば単調 な環境に嫌気が さ し たけれ ども、そ の嫌悪感が罪 の意識 と結びついた ことは一 度 もなか っf=el と2人の認識 の違 いを示 してい る。 この相違 は、 両名 の性格の違 い とい う よ りはむ しろ、校長 の子 としての不可避 な意識 の 有無 の違 いか ら生 じた ものであろ う。後年、作家 と して生涯 にまった って登場 人物 とともにイ ノセ ン トな幼年時代探求の旅に出 るグ リーンは F自伝 』 の出版に先立つ12年 ほ ど前に学校に係 る小説 に着 手す るた め、セ ン ト ・ジ ョン寮を再訪 したが、残 酷な寮生時代 の時間を再び生 きることに堪 えられ ず に制作 を放棄 した とい う。学校生活にたい して グ リー ソよ りも うま くつ き合 うことので きた弟 の ヒューで さえ も、後年、 「列車がバー カムステ ッ ドに近づ くにつれて、学校に戻 ろ うとす るかの よ ぅにひ ど く気が重 くな るeJOと言 ってい る。
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さらに、 グ リー ンの二重構造か らな る現実認識 の形成 に大 きな影響を与 えたのが読書体 験である。 「いったい、われわれ は生れてか ら14年 の間に本 の中か ら味わ った興奮や啓示に等 しい ものを今の 読書体験か ら得 てい るだろ う諸 と幼年時代 の本 をすべて易断の書 と断定 してい るグ リー ンは寮生 活 の恐怖 の体 験 と前後 して読 んだおびただ しい書 物 の うち、 と くに Fソロモ ン王 の洞窟』(Ki
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と 『ミラノの毒蛇』(
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の2冊を通 して決定的な人 生観 を見 出 した。 - 46 -10歳頃に読んだ Fソロモ ン王 の洞窟 』に よって、 「魔力 こそは この作家が駆使す るもので、30年の 歳 月で さえ も摩 り切れ させ ることが で きない よう な絵 をわれわれ の心の中に族め こんだのだSo)と言 うほ どア フ リカ熱を掻 き立 て られた グ リー ンは、 19歳の ときオ ックスフォー ド大学卒 業前にナイ ジ ェ リア海軍に勤め るため、領事試 験の 口答試問 を 受けて合格す る。 31歳の ときには、 い とこのバ ー ノミラを連れて約40日にわた る リベ リア旅行を試み、 1941年には外務省の派遣に よ り、 ナイジェ リアの ラ ゴスに 3か 月間、 シ ェラ レオネ の フ リータウ ンに1年間滞在す る。 さらに1959年 にはベルギー 領 コソゴ-取材旅行 に出かけ る。 しか し、 『ソロモ ン王の洞窟 』は グ 1)- ソに最 終的な満足感を与 えは しなか った。 それは、 クク アナ国- ソロモ ン王の宝探 しに出か け る-ンリー ・ カーテ ィス男爵一行が数 々の苦境に際 していつ も 沈着、冷静、勇敢 な行動を とったた め、主 人公 の 存在感が薄か ったか らであ る。翌朝 、 ククアナ国 王の大軍を迎 え撃つ先王の正統 な後 継者 であ るイ ンクブを擁立す る反乱軍に加勢す る主 人公た ちは 月光に照 らされ る夜営 の陣にいて明 日の運命 を思 う。 「しか し、運命 は勇者 に味方す るものだか ら、 維持すべ き名声があ るか らには事 態の まっただ 中に入 る必要がある」。彼 は この最 後 の言葉 を悲 しい声で言 ったが、その眼には もの悲 しさとは 逆 の輝 きがあった。 - ソ リー ・カーテ ィス卿は 本 当は戦いが好 きなのではないか0
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しか し魔女 ガグールだけは リア リテ ィを持 ち、 グ リーンの心 象風景 の一部 と して生涯つ きまと う ことになった。 魔女 は下敷 きになった。- あっ、たい- んだ、 遅す ぎた のだ。岩 が女を押えつけ、女 は苦悶 の 叫び声をあげ る。 30トンもの岩 が下- とお りて きて、 じょじょに老 いたその体を下 の岩床に圧 しつぶす。 これ までに一 度 も聞いた ことのない よ うな悲鳴 があが り、気味 の悪い長 くば りば り と骨 が砕け る音、す ると扉 が しま り、通路をか け お りた ときにはわれわれ は扉に突 きあた ってしまった
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14歳の ときに学校 の図書室か ら借 りて読 んだマ ー ジ ョ.)一 ・ポ ウエソ (
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の Fミ ラノの毒蛇 』は 2つ の点で グ 1)- ソの人生観 を決 定す る。一 つは、 ミラノ公 とヴェローナ公 が覇権 を争い、 ミラノ公 の残 忍 さが ヴェローナ公の誠実 さを破 る物語の中に、直観 として読み とった 「人 間性 は黒 と自とか らなるのではな く、黒 と灰色 とか らな るO
J3)とい う悪 の認識 が寮生活 での体験を裏 付 けた ことであ る。 もう一 つは、 この作品が グ リー ソに作家 と しての生涯 を選択 させた ことであ る。 グ リー ンは Fミラノの毒蛇 』の結末 か ら、 「勝利 の あ とに控 える破滅 の意識、つ ま り運命 の振 り子 が反転 しよ うとす る感覚」 を人生におけ る真理 と して味わ う。 ミラノ公 ヴ ィスコソテ ィの陰謀に よ って 自国の領土 と最愛 の妻 とを失 った狂乱の ヴェ ローナ公デ ラ ・スカラは、単身 ヴィスコソテ ィの 陣営を襲 うが、多勢 の兵士 に斬 り殺 され る。 ヴィ スコソテ ィは続 々 と集 まる勝利 の朗報に聞 き入 る が、その勝利 が完成 しよ うとす るときに、書記 の ジ7ノ ットの裏切 りに よって刺 され る。
「庭 園は 荒れす さび、叫び声に充満 した混乱 の場 とな った。 その知 らせ は野火の ように拡 が った。み んなが 自 分勝手 に考 え、動 いた。そ して復讐 の手先 となっ た ジ7 ノ ッ トは膝 をかがめて鼻 を くん くんいわせ f=OJDとい う勝利 の後 の破滅 の風景か ら味わ った振 り子の反転 の運命 が真理であ るとい うことを グ リ ー ンは作家 の生涯 の中で も体験す る。5
「死」 を発見す ることに よって生 を始めた グ リ ー ンが Fミラノの毒蛇 』を読 んで 「人間性が黒 と 灰色 とか らな る」 ことを直観 し、周囲を見 まわ し て善が悪を季む ことを意識 した ときに、それ以後 生 よ りも死 にたい して強い関心を抱 いた ことは容 易 に理解で きるだろ う。学校 と家庭 の両方の世界 か ら逃避行 を くり返す グ リー ンは、倦怠 の恐怖を 克服す るために数 々の死の体験を試み る。 19歳の 初秋に、兄 の所有す る拳銃 を偶然に見つけ出 し、 ロシア式ル ー レッ トに基づいて 6つ の薬室 の 1つ に銃弾を こめて、銃 口を右 の耳 にあてて引金 をひ いた。 6対 1の生死の確 率に よ り、弾 が出ず、 グ リー ンは生を与 え られ る。 6回 目の 「死」 に失敗 した ときに この実験を中止 した とい う。 また22歳 の とき、地下鉄 の駅 で とび込み 自殺 を図 ろ うとし たが, また も 「死」 に失敗す る。 自殺 は ロシア式 ルー レットよ りも勇気を必要 と したか らとい う。 F自伝 』の結末 は、第 4作 の Fスタソプール特急』(
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が版元の-イネマ ン社 の 圧力に よって一部書 き直 しを命 じられた ものの、 一万部以上 の印刷部数に よる成功を作者 に もた ら した ところで終 る。 しか し、この成功が′、ツピー ・ ェ ソデ ィソ グで もな く、作者 が 「失敗」 に失敗 した ことに もな らないのは、 グ リー ンが直 観 した 振子 の反転 の認識 に従 えば、 「作家に とって成功 は常 に一時的 であ り、成功 とは単に遅れ て くる失 OS) 敗に過 ぎない」 か らであ る。 こ うい うわけで、 自伝 に登場す るグ リー ンは ク ェネルのい う「1
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世紀 のイタ リアの即興喜劇 に出 て くるやや悲 しそ うな仮面 の下に冷笑的 な Io㌻モ アを大いに発揮す る能力を隠 してい るピエ ロ」 と して, ときにはバ ーバ ラ ・グ リーンが見た 「科学 者 が標本 を検査す るOJnよ うに、背後 に隠れ た作者 自身 を演 じてい る。死の発見に始 ま り、 暴力、・裏 切 り、悪、恐怖 な どを知 り尽 して死-到達す る体 験を通 して 「地獄の存在 を信 じたので天 E3の存在 を信 じるよ うにな った」 とい う逆説的 な グ リー ン の認識方法 に従 えは、 F自伝 』は生が必然的 に苧 む死 のイメージに充た されているとい う点で、グレ ゴールがas
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と呼んだのと同 じ観 点 か ら F自伝 』をas
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と言 い換 え る こ とがで きる。 ア ソ トニー ・バージエ スとの対談 で、 いつ ノー ベル賞を とるのか、 ときかれた グ t)-ソが二以前 に も同 じ質問を受けた とき、 もっ と大 きい賞 を も らいたい ものだ と言 った と答 え、何 とい う質か と の問 いに、 「死」 と言 った ところに、 自己 の生 を もas
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の イ メー ジで統一 しよ うとい うグ リー ンの意図が表れてい る。註
(1)Graham Greene,Collected Stories(London: TheBodleyHead& William Heinemann,1972), p.457.
(2)Graham Greene,The Comedians(London: TheBodleyHead& William Heinemann,1976),
p.69.
(3)Graham Greene,Collected Bksays(London: TheBodleyHead,1969),p.106. 前川祐一 氏訳. (4)Graham Greene,A SortofLlfe (London:The
BodleyHead,1971),p・14.
(5)Ibid., p.16.
(6)lanGregor,`A SortofFiction,'NeuJ Black -fria73,53(March1972),pp.121-122. (7)Ibid" p.120. (8)Greene,ASortofL
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,p.9. (91 グ リー ソ F逃 走 の方 法』 (高見幸郎訳、早川書房、 1985),pp.291-292. 8cbGreene,ASoyiofLljTe, pp.14115,帥 MichaelTracey,A VarietyofLl-yes(London: Thet!odleyHead,1983),pp.3-4.
的 B. 班. Garnons Williams,A History of Berkhamsted School 1541-1972 (Aylesbury,
Bucks,:Ha2:elユWatson& VineyLtd,1980),pp. 233-254.
89 Ibid.,p.255.
84 Graham Greene
,
`TheLastWord,'TheOld School(London:JonathanCape,1934),p.248. 色白 Marie-Fran90ise Allain, The Other Man(London:TheBodleyHead,1983),p.32-33.
8
d Tracey,A Variety ofLives,p.5. (17)Allain,TheOtherlWan,p.32. - 48-(1a Tracey,A Van'elyofLives,p.6. (1功 Ibid., p.7. 印 Ibid., p.12.ei)Greene,一TheLastWord,'pp.2511252. 日 Greene,A SortofLljTe,p.72.
餌 Graham Gr紀ne,TheLawlessRoads(London: TheBodleyHead,1978),pp.2-3.
W Ibid., p.13.
C当 山形和美 FG・グ リー ン』 (冬樹社,1977),p.15. 印 FrancisWyndham,Graham Greene(London:
Longmans,Green& C0.,1955), p.6. 印 PeterQuennell,TheSt'gnoftheFish(London:
Collins Clear-Type Press,1960), pp.61-62. 紳 Tracey,A VarietyofLives,p.12.
@ Graham Greene,TheLost Childll00d.and OtherEssaJ・S (London:Eyre& Spottiswoode, 1951),p.13.
紳 Greene,Collected Essays,p.209.
帥 H.RiderHaggard,King Solomon's Mines
(London:Blackie
&
Son,Ltd.,1961)p.151.紛 Ibid., p.211.
巨うGreene, The Lost Childhood and Other EssaJ・S, p.16.
朗 MarjorieBowen,TheVl'PerofMilan(London: TheBodleyHead,1960),p.300.
紳 Greene,ASortofLljTe,p.215. 帥 Quennell,TheSignoftheFish,p.62. 印 Barbara Greene, TooLate to Turn BICk