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裁判員裁判の評議における裁判官の確認要求-裁判官は裁判員の発言をどう意味づけるか-

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Academic year: 2021

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裁判員裁判の評議における裁判官の確認要求

-裁判官は裁判員の発言をどう意味づけるか-

Request for Confirmation by Professional Judges in Courtroom Deliberation: How

Are Opinions of Lay Judges Situated in the Judicial Context?

森本 郁代

Ikuyo Morimoto

関西学院大学

Kwansei Gakuin University

Abstract: This study aims to explore how immense differences in expertise and experiences between professional judges and lay judges are manifest in the process of courtroom deliberations. By analyzing the cases in which professional judges make a request for confirmation to lay judges, this study addresses the following questions: 1) how professional judges understand what lay judges have said with reference to the judicial context, and 2) how lay judges’ opinions are made relevant to the context through requesting confirmation. The analysis suggests that request for confirmation is used not only to clarify what a lay judge has said but also to relate it to points of contention of the trial through the ways in which the lay judge’s opinion is formulated. This leads us to see that professional judges are oriented to the framework of the criminal trials, that is, to support one between the prosecutor and the defendant.

1. はじめに

2007 年に開始された裁判員裁判は、刑事裁判の公 判審理から、評議、評決、判決の宣告までの裁判の すべての過程に、市民が参加することを義務付けて いる。市民参加という観点から見ると、裁判員裁判 は、社会的意思決定における市民参加が制度として 確立された例であるといえよう。 裁判員裁判は、「裁判官と裁判員のいずれもが主役 であり……対等な立場で、かつ相互にコミュニケー ションを取ることにより、それぞれの異なった知 識・経験を有効に組み合わせて共有しながら、協働 して裁判を行う制度」として構想された(井上, 2003)。 しかし、裁判員と裁判官との間には、裁判や法律に 対する知識と経験において圧倒的な差がある。した がって、上記のような構想を実現するには多くの困 難を伴うことが予想された。そのため、裁判員制度 開始のかなり以前から、裁判所、検察庁、弁護士会 (法曹三者)は、各地で模擬裁判員裁判を何度も実 施し、裁判員裁判の開始に備えていた。また、裁判 で用いられる専門用語を分かりやすい言葉に言い換 える試みや(日本弁護士連合会裁判員制度実施本部 法廷用語の日常語化に関するプロジェクトチーム, 2008)、事前に裁判の争点を絞り込む公判前整理手続 きの導入なども行われた。裁判員裁判開始後は、公 判審理において検察側、弁護側の冒頭陳述及び論告、 最終弁論の際にスライドや図が積極的に使われるよ うになってきている。こうした試みはいずれも、法 廷において裁判員の理解を担保するためのものであ る。 その一方で、裁判官と裁判員が事件について話し 合い、事実認定及び量刑の決定を行う評議の実態に ついては、参加者に厳しい守秘義務が課せられてい るため、ほとんど明らかになっていない。最高裁判 所が毎年裁判員経験者に対して実施するアンケート 調査の結果や、各地で開催されている裁判員経験者 による意見交換会を通してわずかに知ることができ るのみである。しかし、裁判員が公判審理をどの程 度理解していたか、そして、裁判官との話し合いに おいて、制度の構想時に目標とされた「協働として 裁判を行う」ことがどの程度実現されているのかな どを検証するためには不十分であり、評議の分析が 不可欠であることは言うまでもない。 本研究の目的は、模擬裁判員裁判の評議をデータ として評議における裁判官と裁判員の話し合いの実 態を明らかにすることである。特に、両者の間に厳 人工知能学会研究会資料 SIG-SLUD-504-04

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然と存在する知識や経験の大きな格差が、話し合い の相互行為において顕在化しているかどうか、顕在 化しているとしたらそれはどのような形で表れてい るのかに焦点を当てる。上記の関心の下、本報告で は、評議の特に裁判員による意見表明とそれに対し て裁判長が行う確認要求という行為の連鎖に焦点を 当て、以下の2 点について分析を行う。 (1) 裁判員の意見は、裁判官にどのように理解され、 意味づけられているのか (2) 確認要求という行為を通して、裁判官は裁判員 の意見をどのように取り扱っているのか

2. 先行研究

1 節で評議についての検証はほとんどなされてい ないと述べたが、制度開始前に法曹三者によって実 施された模擬裁判の評議を題材にした研究はいくつ かある。本節では、2.1 節で評議に関する先行研究に ついて紹介し、2.2 節で本報告が焦点を当てる確認要 求に関する先行研究について述べる。

2.1 評議に関する先行研究

裁判員裁判の評議における相互行為を分析した研 究は、裁判員裁判の歴史がまだ浅いこと、そして、 実際の裁判及び評議の録画データの利用が不可能で あることもあり、非常に少ない。以下で紹介する研 究は、すべて日本各地で実施された法曹三者によっ て実施された模擬裁判員裁判、もしくは研究者らに よって収録された模擬裁判員裁判のデータが用いら れている。 森本(2007a,b)は、法曹三者による模擬評議を分 析し、裁判長による意見の求め―裁判員よる意見表 明-裁判長による意見の評価という連鎖が頻繁に見 られることを見いだした上で、この連鎖と教室にお けるIRE 連鎖(Mehan,1979)との類似点を指摘して いる。IRE 連鎖とは、教師による発問(Initiation)― 生徒による応答(Response)―教師による応答の評 価(Evaluation)のそれぞれの頭文字を取ったもので、 Mehan(1979)によると、教室活動の秩序は IRE 連 鎖を通して生み出されているという。例えば、教室 談話において次の話題への移行は、教師が生徒の応 答を評価しそれを了承するかどうかによって決定さ れる。このことは、以下の2 点において教師と生徒 は非対称であることを示している。 ①生徒の応答の正否を評価するのは教師である。 ②教師が次の話題への移行を決定する。 裁判長と裁判員とのやりとりが教室における教師と 生徒のやりとりと似た構造で展開しているというこ とは、裁判長が評議の主導権を握っていること、す なわち、裁判長と裁判員の間の非対称性が評議にお いて顕在化していることを示唆する。 一方、小宮(2012)は、評議における話者交替に 焦点を当て、法科大学院における模擬評議の分析を 行っている。小宮によると、裁判長による意見の求 めが、特定の誰かを指名することなしに全員に向け てなされた場合、裁判員は自分の答えが「しろうと」 としてのものであることに敏感であらざるを得ず、 それゆえに意見があっても自発的に意見を開始する ことは少なく沈黙が生じやすい。そして、こうした 沈黙に対処し、かつ裁判員の負担を軽減するために、 裁判長はしばしば答えやすい質問に言い換えたり、 特定の裁判員を指名したりすることを指摘している。 以上の研究は、いずれも評議という活動に特有の 相互行為の特徴の一端を明らかにしたものと言える。 これらの研究は、評議の連鎖の構造や話者交替に着 目したものであるが、本報告では、確認要求という 「行為」の側面から評議の話し合いの特徴を捉える ことを試みる。

2.2 確認要求に関する先行研究

本報告が取り上げる確認要求という行為は、Drew (2003)が formulation(定式化)と呼ぶ行為と関連 している。Drew(2003)によると、定式化とは相互 行為の参与者が、「今話していること」もしくは「今 話したこと」の意味を明示し、それまでの話や発話 の要点の意味を構築する手段であるという。Drew に よれば、定式化は、日常会話に見られることは稀で あるが、制度的状況の会話にはしばしば見られると いう。例えば、Heritage(1985)は、ニュースインタ ビューのインタビュアーが、自身の質問に対するイ ンタビュイーの答えのうち特に論争の的となるよう な側面を取り上げて定式化し、インタビュイーにそ れに対する確認を求めることを通して、インタビュ イーに自分の立場を明確にさせるよう仕向けている と指摘している。さらにDrew(2003)は、心理療法、 ラジオのトークショー、ニュースインタビュー、労 使交渉の4 つの状況における定式化を比較し、定式 化が、それぞれの状況において異なる相互行為上の 機能を持つことを指摘し、定式化は、参与者がそれ ぞれの状況において中心的な活動を遂行するための 手段であると述べている。言い換えれば、定式化の やり方には、参与者が今自分たちの活動や従事して いる課題、状況をどのように理解しているかが表れ ているということになる。 本報告で扱う確認要求にも、裁判官が評議という 活動をどのような活動として理解し対処しているか が表れていた。以下では、裁判長が裁判員の発言に の定式化を用いて行う確認要求の事例を分析し、確

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認要求を通して見られる裁判長が志向する評議にお ける中心的な活動や課題が何であるのかを検討する。

3. データ

本報告が分析するデータは、「スナックハーバーラ イト事件」と呼ばれる模擬裁判を対象とした模擬評 議である。この裁判の公判審理が、裁判所が作成し た DVD に収められており、裁判員制度開始前に、 法曹三者による全国の模擬裁判で使われていた。筆 者らもこのDVD を利用した。 裁判の内容は、被告人西村が、刺身包丁で被害者 松岡の腹や膝、肩などを刺してけがを負わせたとし て殺人未遂罪で起訴されたというものである。事件 の概要は以下のとおりである。スナック「ハーバー ライト」で飲んでいた被告人と松岡とが店先でけん かをし、被告人は松岡から殴る蹴るの暴行を受け、 いったん帰宅するが、その後、自宅から刺身包丁を 持ち出して「ハーバーライト」に戻る。そして、店 先で松岡が被告人の包丁で腹部に深さ 10 センチの 傷と、背中及びアキレス腱に傷を負った。事件の争 点は 2 つである。1 点目は、被告人がいきなり松岡 に体当たりをして、わざと松岡の腹を刺したのか、 それとも、もみ合ううちにはずみで刺さったのか。 そして2 点目は、被告人は殺意をもって松岡を刺し たのかである。検察側は、殺人未遂罪で起訴をし、 弁護側は、1 回目のけんかで暴行を受けた被告人が、 被害者を謝らせようとして包丁を持ち出したのであ り、刺そうという意思も殺意もなかったと主張して いる。 模擬評議の収録に当たり、裁判官役は4 人の裁判 官経験者と 2 人の刑事訴訟法の専門家に依頼し、2 つの裁判体を作った。裁判員役は、年齢や職業、性 別ができるだけ多様になるよう人材派遣会社に依頼 して参加者を募集した。公判審理は、前述の DVD を各裁判体で視聴してもらったが、裁判長による裁 判員への説明、DVD 視聴、評議と評決に至るすべて の進行は、裁判長及び裁判官役に任せた。なお、ど ちらの裁判体も、DVD 視聴から評決までの時間は、 途中の休憩を除いて8 時間以上であった。

4. 分析

本節では、2 つの事例を取り上げ、そこに見られ た計3 つの確認要求の分析を行う。 事例(1)は、被害者が負った傷の深さから、殺意 が認定できるかどうかについて議論している場面で ある。1・3 行目で裁判長(CJ)は裁判員のタカダ(Ta) に意見を求め、5 行目から 32 行目までがタカダの意 見表明である。なお、7 行目のエトウは陪席裁判官 を指している。また、27 行目の「医者とおんなじよ う」は、10 センチの深さからそれなりに力が入って いたと考えられるという公判審理の DVD における 医者の証言を指すと思われる。事例中の記号につい ては本稿末尾のトランスクリプトの記号一覧を参照 されたい。 事例(1) 01 CJ: タカダさんはこの(.)傷の[深さ:はどういう= 02 Ta: [はい. 03 =ふうに(.)評価. 04 (0.6) 05 Ta: そう:ですねあの:<さっきも>言ったんです 06 けどあの:(.)じゅ:っセンチ,>さっき<あの: 07 エトウさんが言った通り[あの: 08 CJ: [うん. 09 Ta: ↑ほんとにあの(0.8)マツオカさんの証言通り 10 に,いきなり(0.5)襲ってきたってなると, 11 CJ: う:ん. 12 (0.6) 13 Ta: 10 センチじゃ済まない°って°ぼくも,>思うん 14 ですよ.<力一杯きたと,[いう, 15 CJ: [うん. 16 Ta: 殺意を持って. 17 CJ: うん. 18 Ta: >だから<その,10 センチで済んだ,ことを考 19 ると>あの<被告人側のその(.)言い分である, 20 その:もめてる:(0.6)状態での(0.5)刺し傷 21 (1.4)である,可能性はぼくは高いと思いまし 22 て:, 23 CJ: °うんうん° 24 Ta: でも,それもちゃんと:被告人の力は,あの:入 25 っている. 26 (0.8) 27 Ta: それま医者とおんなじようなん(h)です 28 け(れ)ど,それなりに,.hh(.)力が入って 29 いて:, 30 CJ: °う:ん° 31 (2.0) 32 Ta: 思うんですけど:. 33 (0.8) 34->CJ: >そうすっと< (.)前と同じように,刺すつもり 35-> では刺したけれども, 36 Ta: はい. 37 (0.6) 38->CJ: 殺すまではという, 39 Ta: そうです[(ね) 40->CJ: [こと:=

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41 Ta: =殺すとかそういう感情が(思わず/まず) 42 ない.ただ, 43 CJ: うん 44 Ta: 一時的にも:頭に血がのぼって, 45 CJ: う:ん 46 Ta: とりあえず,相手に:ダメージをみたいな. 47 [.hh 48 CJ: [うんうんで 49 (0.4) 50 Ta: 部分,(0.4)を感じられますね. タカダの意見に対する裁判長の確認要求が行われて いるのは 34・35・38・40 行目である。34 行目の 「前と同じように」とは、評議が始まって最初に全 員が行った意見表明の際のタカダの意見を指すと思 われる1。この確認要求を、発話の構成という観点か ら見ると、まず、冒頭の「そうすると」によって、 続く k 裁判長の発言内容が、タカダの意見の帰結と して理解されうる。さらに、「刺すつもりで刺した」 「殺すまではということ」という表現は、この事件 の 2 つの争点である「刺すつもりで刺したのか、そ れともはずみで刺さったのか」と「殺意を持って刺 したのか」の 2 点にタカダの意見を結び付けている。 こうした発話構成の特徴には、裁判長によるこの 裁判の争点への志向が見てとれる。裁判長は、裁判 員の意見がこの 2 つの争点において検察側と弁護側 のどちらの主張を支持するものなのかに注意を向け ており、裁判員の意見にそれが明確に表れていない ように聞こえる時は、裁判員の意見を争点に直接関 連するよう定式化し確認を求めることを通して、ど ちらを支持するものなのかを明らかにしようとする。 その際、裁判員の意見の「要点」として定式化する のではなく、裁判員の意見から導かれる「結論」と して定式化している。 同じ特徴が以下の事例(2)にも見てとれる。この 事例の直前では、事件が起きたスナックハーバーラ イトのオーナー兼ママである工藤と被告人の証言の 食い違いが話題となり、どちらの主張に信ぴょう性 があるかを議論していた。その食い違いとは、工藤 が、被告人から「やっちゃった。腹が立ったから刺 した」という言葉を聞いたと証言したのに対し、被 告人は「工藤に刺したの?と聞かれて、刺したのは 事実だから頷いただけだ」と主張しているという点 である。なお、以下の事例において、裁判長は事例 1 34 行目でタカダに確認要求をする際、裁判長が手元の メモを見ながら発話している。このことからも、タカダの 1 回目の意見の内容を参照しながら尋ねていることが見て とれる。 (1)と同様 CJ、裁判員のナカモリは NM と表記して いる。 事例(2) 01 CJ: ナカモリさんどうですか¿ 02 (1.0) 03 NM: <わたし>,も,(0.8)>私も,< 実際,刺して(h) 04 ま(h)す(h)し h(0.6).h 刺したことは事実だ 05 から. 06 CJ: う[ん. 07 NM: [その(h)ま(h)ま h(1.0)「やっちゃった」 08 っていう言葉になった,と思うので, 09 CJ: うん. 10 (0.5) 11 NM: その:(1.8)ま:「やっちゃった」ってことば: 12 は,い-(0.9)あ-(0.4).h(0.7)ま:あったに 13 してもなかっ(h)た(h)に(h)し(h)て(h)も 14 (h)ま,= 15 CJ: =うん 16 NM: .h(0.8)>なんかそのまま-<(.)ど-(1.4)う: 17 ん(0.3)どちらの言いぶ-h°言い分も:°>なん 18 か,<.h 大きな,差を感じないと言うか, 19 [(あの)- 20->CJ: [あ:その,被告人が言うようにもみ合いで 21-> 刺さっちゃったとし↑て↓も、 22 (.) 23 NM: はい. 24->CJ: こういう,言葉は,(.)出て[くる. 25 NM: [ま, そ- (.)ま: 26 そうですね.=ただ, 27 CJ: うん.= 28 NM: =ま,腹が<立った>からっていう言葉が:入るか 29 [入らないかは>また<= 30 CJ: [う:ん. 31 CJ: =う:ん. 32 NM: また大きいかとは思うんですが: 33 CJ: うん. 34 (1.2) 35 NM: じっさい:(.)腹が立ったからここまでのこと 36 (h)が h.h その過程は(0.7)どっちかわから 37 ないにしても:= 38 CJ: =うん. 39 NM: s-(.)あの,刺されたっていう事実は: 40 ある[わけだから.= 41 CJ: [うん, 42 CJ: =うん. 43 (0.7) 44 NM: そうですね:(1.8)この言葉を,そのまま h 45 の h .h 言葉として受け止めてます.

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46 CJ: う:ん 47 (1.0) 48->CJ: >そうすっと<これ:= 49 NM: =クドウ:っさんの,= 50 CJ =うん. 51 NM: い-(.)いってることが正しいと.= 52 CJ: =正しい= 53 NM: =と:[思う, ] 54->CJ: [けれども=で]逆にここからじゃ,どこ 55 まで: 56 NM: はい. 57->CJ: 殺意を,[認定できる[かは,= 58 NM: [はいに- [か, 59 NM: =は,あ[まり, 60->CJ: [直結しな[い. 61 NM: [はい. 62 CJ: あ:: この事例では、裁判長の確認要求は 2 回行われて いる。1 回目は 20・21・24 行目で、2 回目は 48・ 54・57・60 行目である。事例(1)との共通点が見 られるのは 2 回目の方であり、まずはこちらについ て分析する。 48 行目の確認要求を行う発話の冒頭では、事例 (1)と同様、「そうすっと」が用いられ、この後に続 く内容がナカモリの意見から導かれる帰結として聞 かれるようにデザインされている。さらに、「殺意を 認定できるかは」という表現を用いることで、ナカ モリの意見を争点に結びつけた定式化が行われてい る。事例(1)と (2)が示すのは、裁判長が事件の争 点に志向しており、裁判員の意見が検察側と弁護側 のどちらの主張を支持するものとして理解できるの かに注意を向けているということである。さらに、 裁判員の意見の「要点」としてではなく、その意見 から導かれる「帰結」として定式化を行うことは、 裁判員の意見を受け止めつつ、さらにその意見がこ の裁判の争点にどのように意味づけられるかを裁判 員に示す手段となっている。このような確認要求の やり方を通して、裁判長は、裁判員の意見を裁判の 評議という活動に適切になるよう定式化しつつ、裁 判員に意見をどのように述べるかを教示しているの である。 ただし、裁判長が行う確認要求のすべてがこのよ うな手段となっているわけではない。事例(2)の 1 回目の確認要求は、これまで示した 2 つの確認要求 の例とは異なる特徴を持っている。まず、この確認 要求は、ナカモリの発言がまだ続くことが十分に予 測できる時点で開始されている。上記の 2 つの確認 要求が、裁判員の意見表明が完了した時点で行われ ているのと対照的である。そして、発話冒頭の「あ:」 と何かを了解したことを示しており、これらの点か ら、裁判長が直前のナカモリの発言の意味について 自身の理解が正しいかどうかを確認しようとしてい ることを示している。しかしその一方で、「被告人が 言うようにもみあいで刺さっちゃったとしても」と、 ナカモリの発言を争点に関連付けて定式化している 点は、これまで見てきた 2 つの例と共通している。 このことは、裁判長が、裁判員の意見を、常に争点 をめぐる検察側と弁護側の対立のどちらを支持する かという観点から理解しようとしていることを示唆 している。他方、裁判員の方は、その意見の発話の 構成から見てとれるように、争点に対する志向は見 られない。ここに、裁判における評議という活動に 対する両者の理解の違いが顕在化していると言える。

5. おわりに

本報告では、裁判員裁判の評議において、裁判官 と裁判員の間の知識や経験の格差が顕在化している のか、顕在化しているのであればそれはどのように 表れているのかを検討するために、裁判員の意見に 対する裁判長の確認要求の分析を行った。その結果、 裁判長は、検察側と弁護側の主張の争点に志向して おり、その志向に沿うように裁判員の意見を意味づ けていることが明らかになった。裁判長が裁判員の 意見を争点へと収斂させていくこのようなふるまい は、裁判における評議の目的から見て合理的である。 評議の目的とは、検察側の主張が合理的な疑いを入 れない程度に立証されているかどうかを判断し、被 告人が有罪かどうかを決定することである。この目 的を達成するためには、各争点をめぐって対立する 検察側と弁護側の主張を証拠に基づいて吟味し、検 察側の立証が十分であるかを検討しなければならな い。したがって、議論が争点を離れてしまうと、評 議の目的から遠ざかってしまうことになるのである。 さらに、確認要求が、裁判員にその意見が裁判の 争点にどのように意味づけられるかを示す手段にも なっていた。これは、裁判長による、裁判員に適切 な意見表明の仕方の教示と見ることもできるだろう。 以上見てきたように、裁判長による確認要求とい う行為には、評議という活動を裁判官がどのように 捉えているのか、その志向の一端が示されている。 そしてその志向はおそらく裁判員とは異なっている であろうことも同時に見てとることができる。では 裁判員は評議という活動をどのように捉えているの か。この点については今後の課題としたい。

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トランスクリプト(転写)の記号

[ 複数の参与者の発する音声が重なり始め ている時点。 [ ] 重なりの開始と終わり。 = 2 つの発話が途切れなく密着している。 ( ) 聞き取りの不可能な場所。 (言葉) 聞き取りが確定できない場合。 (m.n) 音声が途絶えている状態の秒数。ほぼ 0.2 秒ごとに( )内に示される。 (.) 0.2 秒以下の短い間合い。 言葉:: 直前の音が延ばされていることを示す。 コロンの数は引き伸ばしの相対的な長さ に対応している。 言- 言葉が不完全なまま途切れていること。 h 呼気音。h の数はそれぞれの音の相対的な 長さに対応している。 .h 吸気音。h の数はそれぞれの音の相対的な 長さに対応している。 言葉 強く発せられた音。 °° 音が小さいこと。 .,?¿ 語尾の音が下がって区切りがついたこと はピリオド(.)で示される。音が少し下が って弾みがついていることはカンマ(,)で 示される。語尾の音が上がっていることは 疑問符(?)で示される。語尾の音がいっ たん上がったあとまた下がる(もしくは平 坦になる)とき、それは逆疑問符(¿)で 示される。 > < 発話のスピードが目立って早くなる部分。 < > 発話のスピードが目立って遅くなる部分。

参考文献

[1] 井上正仁:考えられる裁判員制度の概要についての 説明, 司法制度改革推進本部の裁判員制度・刑事検 討会(第28回)議事録(平成15年10月28日) http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/kentoukai/saibanin/ dai28/28gijiroku.html <2016 年 7 月 10 日アクセス> [2] 日本弁護士連合会裁判員制度実施本部法廷用語の日 常語化に関するプロジェクトチーム:裁判員時代の 法廷用語 : 法廷用語の日常語化に関する PT 最終報 告書, 三省堂, 2008.

[3] Mehan, H.: Learning Lessons: Social Organization in the

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参照

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〔注〕

記)辻朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁判例の軌跡」判夕一○四一号二九頁(二○○○年)において、この判決の評価として、「いまだ破棄差

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