課題研究 P3 理論ゼミ
第 10 章 弱い相互作用の現象論 10.4 ∼ 10.8
加須屋春樹
2016 年 6 月 7 日
10.4 クォークのファミリー
弱荷は普遍的か
前述の通り、クォークとレプトンの弱荷が同一であるという仮定に基づいて計算されたτレプトンの寿命と、実験 で測定されたτレプトンの寿命にはよい一致がみられた。従って「弱い相互作用の結合定数は普遍的である」と言い 切れるか?——否。寿命は弱化の特に精密なテストにはならない。なぜなら
• 寿命は、Wボソンがレプトンに結合するレプトン過程と、クォークに結合するハドロン過程の崩壊幅のそれぞ れではなく、それらの和に依存する
• 寿命はτレプトンの質量mτに非常に敏感に依存する(∝ m−τ5)
実際、セミレプトン崩壊によって測定された弱い相互作用のクォークに対する結合定数は、ミューオンに対するそ れに比べて
dクォーク→ uクォーク—約4%小さい sクォーク→ uクォーク —20分の1 である。
カビボ角
では弱荷は普遍的でないのか?—–否。弱荷が普遍的であってもこのような現象が説明できることはカビボ
(Cabibbo)によって1963年にすでに示された。当時はまだクォークは導入されていなかったが、ここではカビボの
仮説を現在の表現で再現する。クォークはその電荷と質量によってファミリーに分類することができる: (u
d
) (
c s
) (
t b )
弱い相互作用による崩壊では、クォーク間の遷移は主に同一のファミリー内で起こる。しかし、より少ない頻度では あるが、1つのファミリーから他のファミリーへの遷移も起こる。つまり、質量の固有状態と弱い相互作用の固有状 態は異なる。
簡単のためまず2世代で考える。ファミリー間の遷移を説明するために、|u⟩ , |c⟩の「パートナー」(弱い相互作用 で移り変わる相手)としてそれぞれ|d′⟩ , |s′⟩という状態を定義する。弱い相互作用の固有状態|d′⟩ , |s′⟩は質量の固有 状態|d⟩ , |s⟩の線形結合であり、互いに直交する。
これらの固有状態はカビボ角(Cabibbo angle) θCと呼ばれるひとつの実数パラメータを用いた“回転”を通じて関 係づけられる:
(|d′⟩
|s′⟩ )
=
( cos θC sin θC
− sin θC cos θC
) (|d⟩
|s⟩ )
(1) θCは次のダイアグラムに示すような様々な実験を比較することで決定される。それにより
sin θC≈ 0.22 cos θC≈ 0.98 (θC≈ 13◦) (2)
|Mif|2≈ g4 |Mif|2≈ g4cos2θC |Mif|2≈ g4cos2θCsin2θC
1 : 0.96 : 0.046 ≈ 1/20
τの崩壊をもう一度考える。この粒子の崩壊には前述の3つのチャネルの他に、ストレンジクォークを伴う崩壊 チャネルもエネルギー的には可能である:
τ− −→ ντ+ ¯νe+ e− (3)
τ− −→ ντ+ ¯νµ+ µ− (4)
τ− −→ ντ+ ¯u + d (5)
τ−−→ ντ+ ¯u + s (6)
しかし,、その確率はsin2θCによって強く抑制されている。 また、τ →ハドロン の崩壊幅は
Γτ →hadron= sin2θCΓτ s¯u+ cos2θCΓτ d¯u (7) と修正される。しかし、sとdの質量差を無視すればΓτ s¯u= Γτ d¯uであり、sin2θC+ cos2θC= 1だから、τの寿命 に関する結論は変わらない。
このようにカビボ角を導入することにより、弱荷の普遍性は実験事実と矛盾しない。
カビボ - 小林 - 益川行列
第3世代を加えると、弱い相互作用の固有状態|d′⟩ , |s′⟩ , |b′⟩は質量の固有状態|d⟩ , |s⟩ , |b⟩と3 × 3の行列VCKM で関係づけられる。この行列をカビボ-小林-益川行列と呼ぶ:
|d′⟩
|s′⟩
|b′⟩
= VCKM
|d⟩
|s⟩
|b⟩
=
Vud Vus Vub
Vcd Vcs Vcb
Vtd Vts Vtb
|d⟩
|s⟩
|b⟩
(8)
この行列はユニタリ行列であり、3つの実数の角と1つの虚数の位相を用いて表すことができる[1]。具体的には次 のように書ける:
VCKM=
cos θ1 − sin θ1cos θ3 − sin θ1sin θ3
sin θ1cos θ2 cos θ1cos θ2cos θ3− sin θ2sin θ3eiδ cos θ1cos θ2cos θ3+ sin θ2cos θ3eiδ sin θ1sin θ2 cos θ1cos θ2cos θ3+ cos θ2sin θ3eiδ cos θ1cos θ2cos θ3− cos θ2sin θ3eiδ
(9)
この位相は干渉項を通して高次の弱い相互作用に影響を与える。CPの破れ(CP violation)はこの虚数の位相のため に起こると考えられる。
行列成分は現在ではかなりよく知られており、その大きさは次の通り:
(|Vij|) =
0.9745 · · · 0.9760 0.217 · · · 0.224 0.0018 · · · 0.0045 0.217 · · · 0.224 0.9737 · · · 0.9753 0.036 · · · 0.042 0.004 · · · 0.013 0.035 · · · 0.042 0.9991 · · · 0.9994
(10)
≈
1 10−1 10−3 10−1 1 10−2 10−3 10−2 1
(11)
クォークqiからクォークqjへの遷移の確率は行列成分の絶対値の自乗|Vij|2に比例する。ゆえに次のことが分かる:
• 対角成分が1に近いことから、同じファミリー内の遷移が多い
• 対角成分、VusとVcd、VcbとVts、VubとVtdでそれぞれ1桁ずつ小さくなっていることから、遷移確率の比は、 同ファミリー内:第1, 2世代間:第2, 3世代間:第3, 1世代間≈ 1 : 10−2: 10−4: 10−6
弱い相互作用によるクォークの崩壊はW交換によってのみ起こる。クォークの香りを変える中性流はこれまでに 観測されておらず、ゼロであると考えられる。
10.5 レプトンファミリー
レプトンの香りの混合行列
ニュートリノ振動によってニュートリノの質量がゼロでないことがわかった。クォークと同様に、レプトンにおけ る質量の固有状態と弱い相互作用の固有状態は異なる。クォークについてのCKM行列と同様に、ニュートリノの弱 い相互作用の固有状態|νe⟩ , |νµ⟩ , |ντ⟩は質量の固有状態|ν1⟩ , |ν2⟩ , |ν3⟩と3 × 3のユニタリ行列で結びつく。この行 列は牧-中川-坂田行列(MNS行列)と呼ばれる:
|νe⟩
|νµ⟩
|ντ⟩
=
Ue1 Ue2 Ue3
Uµ1 Uµ2 Uµ3
Uτ 1 Uτ 2 Uτ 3
|ν1⟩
|ν2⟩
|ν3⟩
(12)
ニュートリノの混合がクォークの混合と異なる点は、観測されるのが弱い相互作用の固有状態であること。行列成 分Uijの値はニュートリノ振動から得られる。
簡単のために2世代で考える:
(|νe⟩
|νµ⟩ )
=
( cos θ sin θ
− sin θ cos θ ) (|ν1⟩
|ν2⟩ )
(13)
|ν1⟩ , |ν2⟩は質量固有状態、すなわちエネルギー固有状態だから、その時間発展は
|ν1(t)⟩ = e−iE1t/ℏ|ν1⟩ |ν2(t)⟩ = e−iE2t/ℏ|ν2⟩ (14) と書ける。よってt=0で電子ニュートリノであったニュートリノの時間発展は
|νe(t)⟩ = cos θe−iE1t/ℏ|ν1⟩ + sin θe−iE2t/ℏ|ν2⟩ (15) となる。ニュートリノの質量は小さいのでその運動は相対論的であり、エネルギーは
Ei=
√
p2c2+ m2ic4≃ |p|c (
1 +m
2ic2
2p2 )
(16) と近似できる。そうすると、t=0で純粋な電子ニュートリノであったニュートリノ中に時刻tでミューニュートリノ、 電子ニュートリノを見出す確率Pνe→νµ(t), Pνe→νe(t)は
Pνe→νµ(t) = | ⟨νµ|νe(t)⟩ |2
= | − sin θ cos θe−iE1t/ℏ+ sin θ cos θe−iE2t/ℏ|2
= | sin θ cos θ(−e−iE1t/ℏ+ e−iE2t/ℏ)|2
= | sin 2θ(ei(E2−E1)t/2ℏ− e−i(E2−E1)t/2ℏ)/2|2
= sin22θ sin2(E2− E1)t 2ℏ
= sin22θ sin2( (m
22− m21)c2
4ℏ|p| ct )
(17)
Pνe→νe(t) = 1 − Pνe→νµ(t) (18)
である。振動1周期の間に進む距離をLとすると L = 4π ℏ|p|
|∆m221|c2 =
4πEℏc
|∆m221|c4 (E ≈ |p|c) (19)
を得る。ここで∆m221= m22− m21とした。したがって観測により振動1周期分の距離が分かれば質量の2乗の差を 知ることができる。
太陽ニュートリノの測定から得られた推定値は
0.5 × 10−5eV2/c4< ∆mSUN2 < 2 × 10−4eV2/c4 (20) 大気ニュートリノの測定から得られた制限は
1.4 × 10−3eV2/c4< ∆mATM2 < 5.1 × 10−3eV2/c4 (21) であり、∆m2SUN = ∆m221,∆mATM2 = |∆m231| = |∆m232|と見なすことができる。振動によって分かるのは質量の2 乗の差であるから の2つの場合があり得る。
3つの香りを含めたレプトンの混合行列Uの最適値は
U =
−0.83 0.56 0.00 0.40 0.59 0.71 0.40 0.59 −0.71
(22)
ただし個々の行列成分の誤差は大きいが省略してある。
クォークの混合行列は対角成分が大きく混合は非常に小さいが、レプトンの混合行列はUe3を除いて同じような大 きさであり、大きく混合している。標準模型を超える物理はある種のクォークとレプトンの統一を含むものであると 予想されるので、この違いはより大きな統一への重要な情報になるかもしれない。
10.6 マヨラナニュートリノ ?
ニュートリノは荷電レプトンやクォークと異なるいくつかの特徴を持つ。
• 電気的に中性
• 常に左巻き(反ニュートリノは常に右巻き)
• 非常に軽い
これらの特徴は、ニュートリノ・反ニュートリノがディラック粒子としての粒子・反粒子ではなく、同一粒子のヘリシ ティの異なる2つの状態である、という考えに矛盾しない。そのようなニュートリノをマヨラナ(Majorana)ニュー トリノという。
電荷を持つフェルミ粒子はディラック方程式に従い、粒子と反粒子は同じ質量を持たなければならない。しかし ニュートリノは中性であり、マヨラナニュートリノの描像では質量の小さなマヨラナニュートリノのほかに質量の大 きなマヨラナニュートリノが存在する。そして軽いマヨラナニュートリノの質量Mνと重いマヨラナニュートリノの 質量MN はディラック質量Mq,lと次のように関係していると考えられる:
MνMN ≈ Mq,l2 (23)
この関係式の解釈は次のようである。ニュートリノはまず荷電フェルミ粒子と同じくらいにディラック質量を得た。 この段階ではニュートリノと反ニュートリノは質量が縮退していた。レプトン数は厳密には保存していないので、粒 子と反粒子は混合することができ、その縮退は宇宙初期の多くの相転移の1つにおいて解けた。軽いマヨラナニュー トリノの質量は小さくなり、重いマヨラナニュートリノの質量は大きくなった。ディラック質量は同世代の荷電レプ トンと同程度であると考えられるので、重いマヨラナニュートリノの質量が非常に重ければ、観測される軽いマヨラ ナニュートリノの質量は逆に非常に軽くなる。この機構はシーソー機構と呼ばれる。
このマヨラナニュートリノのシナリオは、ニュートリノの非常に小さい質量を説明するだけでなく、重いマヨラナ ニュートリノの崩壊におけるCPの破れによって、物質優勢宇宙の起源を説明するのに役立つ。
現在のところ、ニュートリノがマヨラナ粒子かディラック粒子かを判定できる唯一の実験が、ニュートリノ放出を 伴わない2重β崩壊(neutrinoless double βdecay)である。詳しくは17.7節で議論する。
10.7 パリティの破れ
弱い相互作用のユニークな性質の1つは、パリティの破れである。これは弱い相互作用の反応は空間の反転に対し て不変ではない、ということを意味している。
5.3節で紹介したヘリシティ
h = s· p
|s| · |p| (24)
は軸性ベクトル(スピン)とベクトル(運動量)のスカラー積であるから擬スカラーであり、空間反転で符号を変える。 荷電流による弱い相互作用は左巻きの粒子(右巻きの反粒子)のみにはたらく。すなわち、弱い相互作用はヘリシ ティ(厳密にはカイラリティ?)に依存する。よって弱い相互作用は空間反転について不変ではない。
一般にスピン1の粒子の交換で記述される相互作用の演算子はベクトル型ないし軸性ベクトル型である。相互作用 がパリティを保存するためには、完全にベクトル型であるか完全に軸性ベクトル型である必要がある。例えばQED のラグランジアン密度の相互作用項はベクトル型である:
LI= −q ¯ψγµψAµ (25)
しかしパリティを破る相互作用においては、行列成分はベクトル成分と軸性ベクトル成分の両方をもっている。そ れらの結合の強度は2つの係数cVとcAによって表される:
L = −cVg ¯ψγµψ
| {z }
ベクトル型
Xµ− cAg ¯ψγµγ5ψ
| {z }
軸性ベクトル型
Xµ
= −g ¯ψγµ(cV+ cAγ5)ψ Xµ (26)
両者の大きさが近ければ近いほど、パリティの破れが大きくなる。パリティの最大の破れ (maximum parity violation)は両成分の大きさが同じ場合に起きる。(V + A)相互作用(cV= cA)では、右巻きのフェルミ粒子と左巻 きの反フェルミ粒子に結合する。(V − A)相互作用(cV= −cA)では、左巻きのフェルミ粒子と右巻きの反フェルミ 粒子に結合する。
実験から、Wボソンのレプトンへの結合の強度はcV= −cA= 1となった。したがって、荷電流のV − A理論と 呼ぶことがある:
LW = −√g 2
(
¯
νγµ1 − γ
5
2 eW
+
µ + ¯eγµ1 − γ 5
2 νW
− µ
)
(27) パリティは最大限に破れている。もしニュートリノないし反ニュートリノがW交換によって生成された場合には、 ニュートリノは左巻き、反ニュートリノは右巻きである。実際、すべての実験結果は、ニュートリノは常に左巻きで、 反ニュートリノは常に右巻きであることを示している。
質量がゼロでない粒子は右巻きの粒子と左巻きの粒子の重ね合わせである可能性がある。ヘリシティは質量がゼロ の粒子についてのみローレンツ不変であり、静止質量がゼロでない粒子については、粒子が「追い越される」ような、 つまり運動の方向が逆転しヘリシティが逆符号になるような座標系を見つけることが常に可能である。
CP の保存
弱い相互作用はC-パリティ(荷電共役変換(charge conjugation))も破る。C-パリティ変換を行うと全ての粒子は それの反粒子に変わる。したがって、左巻きのニュートリノは左巻きの反ニュートリノに変わる。しかし左巻きの反 ニュートリノは自然界では見つかっていない。したがってニュートリノを含むすべての物理過程、一般化して言えば すべての弱い相互作用において、C-パリティは破れている。
しかし、空間反転(P)と荷電共役反転(C)を組み合わせてCPとして作用させると物理的に可能な過程になる。 CP変換では左巻きのニュートリノが右巻きの反ニュートリノになり、両者は同じ強さで相互作用する。これを弱い 相互作用におけるCPの保存と言う。CP対称性が保存していない(CPの破れ)例については14.4節で議論する。
例 1) ミューオン崩壊におけるパリティの破れ
図はミューオンの崩壊µ−→ e−+ νµ+ ¯µeにおける2つの場合を示 す。実験では主に、電子は偏極ミューオンのスピンの方向とは反対の方 向に放出される(右図)。
1) (νµ, ¯νe)対のスピンは相殺されるので、放出された電子のスピン はミューオンのスピンと同じ方向を向く
2) 電子のヘリシティは左図の場合+1、右図の場合−1である 3) 弱い相互作用は左巻きの粒子にはたらく
4) したがって、電子は主に偏極ミューオンのスピンの方向とは反対 の方向に放出される
この左巻きと右巻きの非対称性はパリティの破れの表れである。角度 分布からベクトル成分と軸性ベクトル成分の比cV/cAを決定すること ができる。
例 2) ヘリシティにより抑制されたパイ中間子崩壊
第2の例として電荷を持つパイ中間子の崩壊を挙げる。π−は電荷を持つ最も軽いハドロンなので、弱い相互作用 のセミレプトン崩壊により、つまり荷電流によってのみ崩壊する:
π− −→ µ−+ ¯νµ (28)
π− −→ e−+ ¯νe (29)
崩壊の際の位相空間を考えれば、電子はミューオンより軽いので、パイ中間子はミューオンよりも電子へ3.5倍多い 頻度で崩壊すると期待される。しかし実際は、2番目の過程は1番目の過程に比べ頻度が1/8000である。この振る 舞いはヘリシティの保存を考察すると説明することができる。
1) パイ中間子は2体崩壊なので、重心系では2粒子は反対方向に放出される
2) パイ中間子のスピンはゼロなので2つのレプトンのスピンは互いに反対方向を向いていなければならない 3) 反ニュートリノのヘリシティは+1と決まっている
4) したがってミューオンないし電子のヘリシティも+1である 5) しかしWボソンは左巻きの粒子にしか結合しない
6) もし電子やミューオンの質量がゼロであったら、100%右巻きとなるため,、パイ中間子の2体崩壊は禁じられ ていたであろう
7) 実際は電子やミューオンの質量はゼロではないので、ヘリシティが+1でも、右巻きの成分のほかに1 − βに 比例して左巻きの成分を持っている
8) Wボソンはこの成分に結合する
9) 電子の質量は小さいので1 − βeはたいへん小さく、1 − βe= 1 −√1 − 1/γ2≈ 1/(2γ2) = 2.6 × 10−5である (γ = E/mec2)。これに対し1 − βµ= 0.72である
10) したがって、電子の左巻き成分はミューオンの左巻き成分よりずっと小さく、電子への崩壊は強く抑制される
ニュートリノによる深非弾性散乱
ニュートリノによる核子の深非弾性散乱は、核子の中のクォークの分布について電子やミューオン散乱だけでは得 られない情報を与える。ニュートリノ散乱は弱い相互作用によって起こるため、関与する粒子のヘリシティの状態や 電荷を識別することができる。これは核子の中のクォークと反クォークの分布を分離して決定することに使われる。
ニュートリノの深非弾性散乱では、高エネルギーの陽子ビームを分厚い固体のブロックにぶつけることで生成され るパイ中間子やK中間子の崩壊によって得られるミューオンニュートリノないしミューオン反ニュートリノが一般に 用いられる。
ニュートリノが核子によって散乱される場合には、交換されるW+は負電荷の左巻きクォーク(dL,sL)や負電荷の 右巻きの反クォーク(¯uR, ¯cR)とのみ相互作用する。その際、エネルギーが十分大きくてクォークの質量の違いを無視 できる場合には、遷移は同じファミリー内で起こるとしてよい。同様に反ニュートリノの散乱では、交換されるW− は正電荷の左巻きのクォーク(uL,cL)や正電荷の右巻きの反クォーク(¯dR, ¯sR)とのみ相互作用する。
量子化軸zˆを入射運動量方向にとる。ニュートリノを入射させて左巻きのクォークに散乱される場合(左図)、高エ ネルギーの極限ではニュートリノもクォークも負のヘリシティを持つ。全スピンのzˆ軸への射影は、散乱前も180 ◦ 散乱後もS3= 0である。これは他の散乱角でも成り立つので、つまり散乱は等方的である。
一方、ニュートリノを入射させて右巻きの反クォークに散乱される場合(右図)、全スピンの射影は散乱前はS3= −1 であり、180◦散乱後はS3= +1である。したがって、角運動量の保存により180◦散乱は禁じられている。断面積の 角度分布は(1 + cos θc.m.)2に比例する。実験質系ではこれは(1 − y)2に比例するエネルギー依存性に対応する。こ こで
y = ν Eν
=Eν− E
′ µ
Eν
(30) はクォークに移行されるニュートリノのエネルギーの割合であり、大きなyは大角度散乱に対応する。反ニュートリ ノ散乱についても全く同様の考察をすることができる。
ニュートリノ-核子散乱の断面積はニュートリノ-電子散乱の断面積と同様に書くことができる。ただしxをビヨル ケンのスケーリング変数とする:
d2σ dx dy =
G2F π(ℏc)4
( MW2c4 Q2c2+ MW2c4
)2
· 2Mpc2Eν· x · K (31)
ここで
K =
{d(x) + s(x) + (¯u(x) + ¯c(x))(1 − y)2 (ν−p散乱)
d(x) + ¯¯ s(x) + (u(x) + c(x))(1 − y)2 (¯ν−p散乱) (32)
左図はxについて積分した後の散乱断面積のy依存性を示す。核子中ではバレンスクォークを含むクォークの分布 関数が、反クォークの分布関数よりずっと大きいことを反映して、ニュートリノ散乱と反ニュートリノ散乱で依存性 は大きく異なる。
陽子および中性子によるニュートリノと反ニュートリノ散乱のデータを適切に組み合わせると、右図のようにバレ ンスクォークと海クォークの分布を分離して決定することができる。
参考文献
[1] Kobayasi Makoto,Masukawa Toshihide.CP-Violation in the Renormalizable Theory of Weak Interac- tion.Progress of Theoretical Physics(1973),49(2):652-657.1973
[2] 梶田隆章 『ニュートリノで探る宇宙と素粒子』 平凡社
[3] F.ハルツェン,A.D.マーチン 『クォークとレプトン—現代素粒子物理学入門—』 培風館 [4] 坂井典佑 『物理学基礎シリーズ10素粒子物理学』 培風館