下原・富士見町遺跡は、武蔵野台地の南側を流れる野川の岸辺にあります。
この地に明治大学付属明治高等学校・明治中学校が建設されることになり、大昔の生活を伝える遺跡を
記録して後世にのこすために、発掘調査が行われました。発掘調査は、2005 年 8 月より開始して 2007
年 1 月に終了しました。調査された面積は約 16,000 ㎡でした。
この遺跡には、3 万年におよぶ地層が重なっていて、ひとつひとつの地層に日本列島史の各時代の営み
が刻まれています。日本列島に人類が最初に現れた後期旧石器時代や、縄文時代の集落には、武蔵野の豊
かな自然のなかで繰り広げられた、人々の生活の様子を知ることができます。第二次世界大戦中の陸軍調
布飛行場の関連施設には戦争の記憶がつまっていて、平和の大切さを感じることができます。
このパンフレットから、足元に眠る人類の長い歴史に想像力を羽ばたかせてみて下さい。
東から見た発掘当時の下原・富士見町遺跡
(奥に見えるのは、調布飛行場)
∼明治大学付属明治高等学校・明治中学校の新校舎建設に伴う発掘調査の概要∼
下原・富士見町遺跡の調査
しも はら ふ じ み ちょう い せき
調布付属校用地の縄文時代
調布付属校用地の近・現代
掩体壕 待避壕 塹壕 溝 柵列 畝状遺構 配石 土坑 ピット その他
2 16 3 26 3 5 1 17 16 5
土器・陶磁器煉瓦・瓦等 ガラス 金属 電気 プラスチック 木製品 石製品 その他 礫
446 40 1,042 122 15 27 5 5 27 1,469
遺構 遺物
竪穴式住居 集石土坑 落とし穴 炉穴 埋設土器 土坑 ピット 土器集中 焼土集中 礫集中
1 24 11 4 3 19 23 2 17 15
(破片点数) (復原個体) 石鏃 剥片石器 剥片・石核 打製石斧 大型石器 剥片
5,478 5 10 2 32 114 6 176 62 43,289
大型石器
礫石器 礫
遺構 遺物
土器 小型剥片石器
縄文時代は、氷河時代が終わって暖かくなった1万2千年前から、水田稲作がはじまる2 千5百年前までの間つづいた時代です。人びとは、地面を掘り下げて木組み・茅葺の屋根を 架けた竪穴式住居に住み、村の周囲の山林や川で狩りや木の実などの採集、漁をして食料を 集めました。調布付属校用地では、竪穴式住居は1軒だけで、落とし穴や石蒸し焼き料理の 跡がいくつも見つかりました。ここは、村のはずれか、外側の生活空間だったようです。人 びとがこの場所で暮らしていたのは、約6千年前から4千5百年前のことでした。
近・現代は、明治・大正・昭和を指します。調布付属校用地の西側にある調布飛行場は、 当時、陸軍の基地でした。そして、調布飛行場のまわりには、掩体壕と呼ばれる飛行機をま もるための施設がたくさん作られました。調布付属校用地でも、掩体壕の跡が 2 基残ってい ました。本来は、アーチ形の屋根がかかっていたのですが、戦後に解体されて、地下に埋も れた部分だけが残りました。ほかにも、空襲から身を守る待避壕の跡や通信用のケーブルを 埋めた溝などが出てきました。1944(昭和 19)年から 1945(昭和 20)年頃の第二次世界 大戦末期のものです。
ひょうが
せば あと
かやぶき ひ え ん た い ひ ご う
えんたいごう
たてあなしきじゅうきょ
0 10m
50m 0
竪穴式住居 炉穴 集石土坑
土器 ・
・
落とし穴 埋設土器 土坑 礫
富士見町遺跡第一地点
■
■
かく乱 かく乱 かく乱 かく乱
かく乱 かく乱
かく乱 かく乱
0 50m
掩体壕跡 待避壕跡 塹壕跡 柵列
ケーブル埋設遺構 溝状遺構 電柱跡
富士見町遺跡第一地点
かく乱 かく乱 かく乱 かく乱
かく乱 かく乱
かく乱かく乱
石蒸し焼きの跡(集石土坑)
穴の中に詰めた石を熱し、肉や芋などを蒸し焼きにしました。 落とし穴
穴の底は狭まり、シカなどが落ちると抜 け出せません(長さ約 2m、深さ約 1.5m)。
穴の中の土器(埋設土器)
遺体の上に土器をかぶせて埋めたお墓の跡です。 掩体壕跡
コンクリート製の基礎が残っていました。飛行機を通すた めの道には砂利が敷かれていました。
掩体壕の復元図
調布飛行場には「飛燕」という戦闘 機が配備されていたので、復元図に「飛 燕」のシルエットを入れてみました。「飛 燕」の大きさは、全長 8.75m、翼長 12
m、高さ 3.7mです。 「飛燕」のボディ
遺跡からは実際に「飛燕」の一部が出てきました。 コックピットの前方左側のパーツで、ジュラルミン製 です。表面は黒く塗られています。
遺構・遺物数は整理作業中のものです(2009 年 11 月現在)。
遺構・遺物数は整理作業中のものです(2009 年 11 月現在)。
表 裏
調布付属校用地の旧石器時代
石器集中部 礫群 配石 炭化材集中 石器 礫 炭化材
103 335 18 111 28,555 78,022 331,369
遺構 遺物
旧石器時代は縄文時代より古く、今から 1 万2千年よりも 前の氷河時代です。まだ土器は発明されていません。およそ 3万年前、調布付属校用地のある場所は多摩川の河原でした。 そこへ次第に火山灰が降りつもり、現在のような陸地が出来 上がっていきます。その頃、最初に旧石器時代人がやってき て石器を作りました。それ以降、人びとが狩りの合間に立ち 寄るようになり、およそ 2 万 2 千年前にはくり返し滞在する ようになりました。そのためこの遺跡では、生活の跡がたく さん重なって見つかったのです。すぐ近くに豊かな狩場や水 場があったからでしょう。石器作りの場所でもあったようで、 関東地方でも有数の大きな遺跡です。
旧石器時代の石器は、まず質の良い石を打ち割って石片を 取り、石片の形を整えて作られます。この時、同時に大量の 石屑も発生します。発掘調査では石屑のほかに、狩りや皮な めしに使用した道具が発見されました。また、石蒸し料理に 使われたと考えられる焼けた石(礫)のまとまりもたくさん 見つかっています。右の分布図を見ると、校舎の下にたくさ んの遺物が埋まっていたことがわかります。
発掘調査は区画を四角く区切って、まずは確認のための試 し掘りをします。そこで石器や礫のまとまりがあることがわ かると、その周りも慎重に掘り広げます。石器や礫の発見さ れた場所や状況だけではなく、地層の記録もします。
いしくず
そう き さっ き れきぐん
れき
0 50m
石器
・
礫・
富士見町遺跡第一地点
かく乱かく乱 かく乱
かく乱
かく乱 かく乱
かく乱 かく乱
ナイフ形石器
先端側の側面に鋭い刃部があります。狩りの道具と して、木や骨の柄の先につけて槍として使ったと考え られています。(※左の石器が長さ約 7cm)
掻器(上段)と削器(下段)
石片のまわりを加工して、厚く丈夫な刃を 作り出しています。革なめしや木材を削った りする加工のための道具と考えられています。
(※左下の石器が長さ約 8cm)
石蒸し料理の跡(礫群)
写真の礫群は、かけらまでを含めるとおよそ 700 点 の石が集められたものでした。とても大きな礫群です。 石器や炭の粒も一緒に発見されました。
発掘
石器のまとまりや礫群を発見すると、その広がり を調べるために平らに掘り広げて記録をとります。
礫群の調査
細かな石器や礫、炭粒も見逃さないように慎重 に掘り進めます。根気のいる作業です。
地層の記録
石器の古さを調べるために地層の記録も行いま す。足元は 3 万年前の多摩川の河原です。 遺構・遺物数は整理作業中のものです(2009 年 11 月現在)。
明治大学付属明治高等学校・明治中学校正門
野川 A
B C
調布飛行場
<西 武多
摩川 線>
下原・富士見町遺跡
下原・富士見町遺跡 下原・富士見町遺跡
生田キャンパス 生田キャンパス
和泉キャンパス 和泉キャンパス 駿河台キャンパス 駿河台キャンパス
A 三鷹市遺跡調査会展示室 http://www.mitaka-iseki.jp/ TEL:0422 (48) 9454
〒181-0004 東京都三鷹市新川 3-7-9 B 調布市郷土博物館
E-mail:[email protected] TEL: 042 (481) 7656
〒182-0026 東京都調布市小島町 3-26-2 C 府中市郷土の森博物館
http://www.fuchu-cpf.or.jp/museum/ TEL: 042 (368) 7921
〒183-0026 東京都府中市南町 6-32
○遺跡の周辺について調べる場合は周辺の博物館・展示室 をご利用ください。
下原・富士見町遺跡
所在:東京都調布市富士見町 4-28・三鷹市大沢 4-23・24 問い合わせ:明治大学校地内遺跡調査団 府中事務所
〒183-0005 東京都府中市若松町 5-6-1 TEL/FAX: 042 (363) 6033
E-mail:[email protected]
発行:2009 年 11 月 21 日 編集:明治大学校地内遺跡調査団
(斎藤あや、新井悟、遠竹陽一郎、長沼正樹、 野口淳、藤田健一)