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■第25号 2006年01月号 法務省:ICD NEWS

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(1)

L

A W

F

O R

D E V E L OP ME NT

| 法 務 省 法 務 総 合 研 究 所 国 際 協 力 部 報 |

I NT E R NA T I ONA L

C OOP E R A T I ON

DE P A R T M

E NT

R E S E A R C H

A N D

T R A I NI NG I NS T I T UT E

M

I NI S T R Y O F

J US T I CE

B

東アジアの発展と我が国の関わり方

財 団 法 人 国 際 民 商 事 法 セ ン タ 一 理 事 長 原 田 明夫・H ・H ・1

G

3

カンボジア法整備支援

I 国際協力部教官座談会

私たちのカンボジア法整備支援… … … . . . ・H ・−−…. . . ・H ・...・H ・H ・H ・..3

II カンボジア現地セミナ一報告 カンボジアの法曹養成に向けて

一民事模擬裁判一

国 際 協 力 部 教 官 三 津 あ ず み

同 関 根 澄 子

同 柴 田 紀 子

国 際 協 力 部 教 官 柴 田 紀 子 … . .3 3

カンボジア王国王立司法官職養成校 民事模擬裁判に参加しての感想

弁 護 士 木 内 秀 行 … ・ ・56

・ 圃 踊 融 商 醐 腿 君 掘E

韓国から… そして,カンボジアから…

主任国際協力専門官 l 土 屋 佳 代 … . .59

ᄋᄋセャZャャェ ... 55

(2)
(3)

東アジア

発展

関わ

財団法人国際民商事法センター理事長

去 5月 (財)国際民商事法センター理事長を 引 受けして,半年 経ちました。こ 間,第 0回日中民商事法セミナー,日韓 法行政 パートナーシップ研修 成 裡 開 催さ たほ ,引 続 ベトナ ,カンボジア,ウ ベキスタン,イン シア, ス諸 国 法整備支援,法曹養成支援,裁判実務研修支援等誠 多面的 事業 展開さ ました。 私 ,そ 都度,日本側 参加 関 さ た法務総合研究所国際協力部 教官 担当者, 学者,弁護士 皆さ も ,こ アジア諸国 法関係者 目 ,親しく歓 談す 機会を得て,発足後 0年を迎えた国際民商事法センター 活動 多く 方々 協 力 陰 ,着実 進展してい こ を実感させて頂 ました。

特 ,近年中国 関係 政治的 いささ 緊張した状況 あ 中 ,9月 東京 大阪 開催さ た日中民商事法セミナー ,誠 印象深いも した。テーマ ,会社法制 中 も複雑 法 実務 交錯す 企業再生 倒産等 関す も した ,日中両国 学者, 実務家 参加者 極 て内容 あ 議論を展開して頂 ,相互 関係を深 てい 両国 経 済面 発展を支え 法 関係者 相互理解も,次第 熟し あ 一面を感 こ 出来ました。会議 中身もさ こ ,今回中国側 ,国務院国家発展改革委員会 朱之鑫副主任 来日さ たこ ,今後大 意義を持 こ 思わ ました。も も ,こ セミナー ,当財団発足後間も い 成 年5月 ,故伊藤正前会長 ,国家発 展改革委員会 前身 あ 国家経済体制改革委員会 要望を受けて,訪中ミッションを率い て 京 赴 ,日本企業 経営ノウ ウ全般 いて セミナーを開催したこ け ,同委員会 李鉄映主任 現全人代常務委員 協議を経て,当財団 中国 プ ロジェクト して開催さ こ たも ,当時 洪虎副主任 担当者 指 さ , 今回 0回目 たも す。朱副主任 ,現在 中国政府 長期経済計画策定 実質 的 責任者 して枢要 役割を果たしてい 極 て多忙 方 す ,従来 経緯を踏まえて 今回 セミナー 機会 来日し,いく 日本企業を視察訪問さ たほ , 古屋万博会 場も視察さ ました。こ 間私 ,当財団 宮原賢次会長 一緒 懇談 機会を得たほ , 大阪 ,く い 形 道頓堀 鋤焼 を共 して,親しく懇談す こ 出来ました。 私 ,朱副主任 ,経済問題を中心 中国 現状 いて,たち こ 具体的 数 を上

(4)

好 縁 基 く中国政府 関係を育 来 た当財団 法務省,学者,弁護士 関係 者 皆さ 努力 感謝し,今後 もこ セミナーを大 し け い 思いま した。

こ こ を考えた も, 国 ,いわゆ ル崩壊後十数年 わた 経済停滞 中 ,少子化高齢社会を迎えて社会情勢も多方面 問題を抱え, うやく経済的 やや回復 兆し 窺え も ,今後 う 国造 を目指して,国際場裡 う 関係を求 いて明確 ビジョンを描け ,若い世代 未 夢 希望を え てい い実情 あ 言わ を得 い す。同盟国アメ カ ,9 同時多発テロ事件 後, イ ク戦争 経緯 手を焼 ,何 も 憑 た う 強力 事力 頼 , 一国単独主義的 傾向を辿 , 国及び欧州 同盟国 も多大 戸惑いを えてい 一方, 中国 ,東アジア 全世界 外交攻勢を強 て,独自 主張を展開し, 国 近 隣 く中国 び韓国 政治的対話を進 こ 出来 い状況 あ ます。 ー ロッパ共同体 対す 東アジア共同体 いう言葉 踊 ています ,そ 受け取 方 国々 て正 同床異夢 あ ,いわゆ 歴史問題 いう極 て困難 課題を抱え 国 , まさ 重大 岐路 あ 言わ を得 い 思う す。

私 ,日本 地政学的位置関係 して, 度 悲惨 戦争を起こさ ,巻 込ま い う す た も, 国 国際的立場 , 対決 排他 原理 く, 和解 包摂 原理 け い 思います。 わけ,中国 韓国 関係 ,あ ゆ 場面 努力を傾注し,東アジア け 和 発展を図 た ,不可避的 影響を 受け ロー ル化 対しても, ト モノ 情報 迅速化 利益を 非搾取 非差

立場 最大限 等 受出来 う還元し, 共存 共生 協働 原理 基 く関係を模 索すべ 思います。

こ う 観点 しても, 国際民商事法センター 役目 誠 大 認識して います。法務省,最高裁,弁護士会,学会,会社法務部等 幅広い 支援 下 ,こ 十年 間続けて た活動 軌跡 ,東アジアを中心 経済活動 基盤整備を進 た ,法整備 や専門家養成支援 韓国 パートナーシップ研修,さ 中国 間 専門家 対等 セミナー開催 , 国 対外経済協力 下支え して 共通す 法原則 探求 相互理解 進展 いう地道 極 て重要 分 着実 努力を示してい 考え

す。

(5)

カンボジア法整備支援

国際協力部教官

談会

私たち

カンボジア法整備支援

カンボジア法整備支援 いて ,民法作業部会 民事訴訟法作業部会 中心 , 民法及び民事訴訟法案 起草支援を 続して ました。そ 結果,両草案 完成し,近々, 成立 期待さ ています。

こ 法 成立後,カンボジア法曹界 課題 ,全国 法関係者 こ 法 内容を普及させ,特 ,裁判所 いて,適 妥当 民事裁判を実現させ こ しょう。 し し,新法 成立 ,カンボジア てまさしく民事裁判制度 大変革 あ ,多く 裁判官 て,新しい民事裁判 あ 方を理解す こ 容易 あ ませ 。

加えて,カンボジア け 法学教育や法曹養成制度 未 十分 く,カンボジア政府 ,裁判官 検察官 質的向上を目指して,200 年 月,王立 法官職養成校を開校 させたも ,講師 現職裁判官や検察官 パートタイ 務 ,十分 教材も く,裁判 実務を効果的 指導す た カ キュ も い状態 す。

そこ ,法務総合研究所国際協力部 ,JICA 協力し ,200 年2月以降, 法官 職養成校 対す 民事裁判実務教育 関す 支援を検討し,実施して ました。当部 カン ボジア担当教官 ,繰 返し同養成校 JICA 短期専門家 して派遣さ ,同養成校 教官等をカウンターパート して,民事第一審手続マニュアル,民法演習問題 講義案 作 成,こ を用いた民事カ キュ 策定を支援す も ,同養成校第 期生を対象 民事模擬裁判を実施して新手続 あ 方を紹介す して ました。そして,2005 年 月 ,JICAカンボジア事務所所長 同養成校 上位組織 あ 王立 法学院 学院 長 間 合意文書 RD 取 交わさ て民事教育改善プロジェクト 正式 開始さ , 200 年2月 ,当部 カンボジア担当教官 うち JICA 長期専門家 して派遣 さ 予定 す。

当部 カンボジア担当教官 ,そ ック ウン 異 ,国際協力部 配 属さ た経緯も異 ます ,こ プロジェクト いて,あ 一人 悩 ,あ

皆 頭を寄せ合い,またあ メールや電話 日本 カンボジア 距離を乗 越え て相談し,協力して ました。

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年月日 成 年 月 日 金

2 場 所 法務総合研究所国際協力部

参加者 国際協力部教官 三澤あ 同 関根 澄子 同 柴田 紀子

法務省広報企画ア イ ー 渡邉 文幸 インタビュアー

談会内容

Ⅰ カンボジア 出会い あ 日偶然

夕暮 川べ

クメール語 い 残業

Ⅱ 法整備支援 いうこ 分 い判決書 い しょ 考え

ト ーナー ト ーニン

カンボジア 考えたこ 汚職 問題 ナー間 調整 見返 を求 い支援 先輩 励まし

楽し 苦労

(7)

Ⅰ カンボジア 出会い

あ 日偶然

渡邉 最初 ,私 <カンボジア 出会い を 聞 したい 思います。 さ こ ま や て た仕事を,自己紹介を兼 て話してく さい。そ カンボジア 行 て 印象も併せて 願いします。三澤さ い しょう 。

三澤 私 ,以前, 研修 書いた すけ ,希望して国際協力部 配属さ ていて,そ 理 ,アジ研 国連アジア極東犯罪防 研修所 研修 初 て東 アジア 法 抱え 問題 一端 触 てび く した いうこ す 。そ

カンボジア 行 たい いう気持ち 全然 た す。

た 漠然 東 アジア 法制度 あ ,法整備支援 あ そういうも 関わ て たい 思 た け , く カンボジア 特定して考えていたわけ

た す。アジア 法整備支援自体 自分 希望 や たい 思いましたけ も,カンボジア 関わ た ,言 てしまえ 当部 そ カンボジア担当 誰もい たた 私 行くこ た いうわけ す。

渡邉 こち 来 前 神戸地検姫路支部 い した す 。

三澤 神戸地検姫路支部 いたこ ,アジ研研修 研修員 して,府中 アジ研 2 月く い過 しました。そ 刑事 法コース た ,東 アジアやアフ カ, 米 裁判官,検察官そ 他刑事 法関係者 来ていて,汚職 あ ,法

情報へ アクセス 難しさ あ ,日本 す , 裁判官 最新 法 を持 てい くて裁判 し いう う ,あ 驚く状況を聞いた

け す。 当時 ,私 ス 方 興味 あ た す。アジ研研修 , ス 法省 方 来ていて,す くいい方 た す 。

柴田 一般的 , ス て こ? いう感 すけ も 笑 。

三澤 そう 笑 。あえてピン イント 挙 ,最初 し ス 興味 あ た すけ ,先程も言いました ,当時カンボジア 担当 空席 た 新しく 来た私 や こ ました。最初 カンボジア 行 た 年目 秋, ま 200 年9月 今私たち 取 組 い 法曹養成プロジェクト く,民法 民訴法起草プロジェクト 関係 現地調査 た 2逬間く い行 て,プノンペン

地方 聞 取 をしました。そ カンボジアを訪問した最初 す 。 渡邉 初 てカンボジアを訪 た , 印象を受けました 。

三澤 そ 前 月 ス 一逬間く い行 ていたせいもあ て, 法制度 さて置 , 並 驚く いうこ 無 た す。そ 幸いプノンペン け

くて, ッタン ン いうカンボジア第三 都 も調査をす 機会 あ て, 首都 地方 格差 日本以上 大 いこ を感 ました。そ ほ う

駆け足 あちこち聞 取 をした 調査をした していました。

(8)

6

さわ

法務総合研究所国際協力部教官

99 年東京地方検察庁検事

200 年 現職

カンボジア ,JICA短期専門家 して

回派遣さ てい 。

ン ,そういう地方 地雷 た す 。

三澤 プノンペン ッタン ンま 00キロく いあ す ,そ 00キロ を自動車 移動しました。朝暗いうち 出て,昼前 着いた 5時間 時間く

い ました。道 全部舗装道路 た す ,い しょ 行 た方,そ 方 カンボジ ア 長い す ,そ 方 相当道 い

た 言う すけ ,私 見 ほ う 道路 け 舗装さ ていて,そ 他 ロ ロ ち ち いう感 し た す。

そ ,そ こそ地雷 話 出た す , 道路 走 てい 所 大 夫 しい す。道路 を作 除去した 。し し,途中 ト イ 行 たく た ,道路を離 て草

行こう す ,運転手さ 奥 地 雷 あ あ ま 奥 行 ち 行 け い 言わ た そういう話 聞いたこ あ ます。

渡邉 関根さ ,国際協力部初 裁判官 教官 いうこ す 。

関根 私 ,0 年 国際協力部 来て,そ ま 大阪地裁 ました。そ ま こ 部 教官 ,検察官 法務省本省 民事局 方 ,裁判官 教官 た 私 初 て ,内示をも た 国際協力部 何をす こ , く分 た す。実 私 ,こ う 部署 あ こ 少し 知 ていました。 うして 言う ,ほ う 偶然 す ,大阪地裁 ,以前,田内前部長 い しょ 仕事をした裁判官 いまして,そ 裁判官あて 田内前部長 セミナー

案内 送 て来ていました。そうい た ,こ 部署 こ を聞く機会 あ た す。

ちょう そ こ 大阪地裁 ,判事補 海外 法制度を勉強す た 会 あ て,そ 裁判官 私,そ 他何人 そ 事をしていた す ,そ 裁判官 ア イ ア ,欧米 留学した裁判官 く,国際協力部 研修を受けてい 開発途上国 研修員を呼 う いうこ ました。 いう ,偶然,京都 大学 来ていた韓国 裁判官 話をしていた く機会 あ ,そ 話 面白 た や 外国 法曹 話を聞くこ 益 いう地盤 あ た中 ,国際協力部 来 外国人を呼べ 興味深い い いうこ て,そ 一度招へい す こ ました。

(9)

裁判官 懇談会をしたこ あ ました。そ こ 部 あ 知 ていた す ,何をす 部 く知 た す。こ 部 裁判官 教官 して 行く いうこ そ ま たた ,び く した いう感 す。

私 裁判官出身 教官 して,特定 国を担当す いう く,各国 広く 浅く関 す いう形を前提 して始ま ました。 ま カンボジア けを担当す

く,判決 書 方や民事裁判 運営 ,裁判官 して 実務経験 必要不 可 領域 支援 関 す いうや 方 や ています。

三澤 0 年 月 関根さ こ 部 来た ,私 ちょう 日本 い た す。

関根 そう す ,三澤さ ,こ 法曹養成プロジェクトを う 中身 す いう調査 た , 月間カンボジア 行 て いました。そ 調査 結果,そ をプロジェク ト化して 続的 支援し う いう方向 検討 を始 ていて,そうす 次 また誰 カン ボジア 行 い いけ い いう問題 そ こ 既 あ た す。着任後す カンボジ ア 行 ても う もし い 言わ ました。 そ 感 した。

夕暮 川べ

渡邉 現地カンボジア 行 て,最初 印 象 う した 。

関根 最初 行 た ,そ 年 月こ た すけ も。そ , ス プロジェクト 判決書 改善指導セミナー い う あ まして,他 先生 い しょ

ス 行 ていました。そ 帰 ,秋こ カンボジア 行く もし い , 三澤さ い 間 ちょ 様子を見て た う いうこ 行 た す。

ス 0日間く いいた後 ,5日間く いカンボジア 行 ました。 カンボジア 印象 すけ , ス 人口も少 く静 ,車もあま 見 いし, たまたま走 てい 車 速度も遅くて,時間 ま た う こ す ,こ こ カンボジア 行く カンボジア 大都会 えました。結構賑や 車も通 てい し,普通 速度 走 てい し,人も多いし, ス 国全体 00万人く

い,大阪 人口 少 い す 。首都 ビエン ャン 50万人く い?5, 0万人 す ?

三澤 プノンペン 20万人く い 。

関根 そう。 考えても倍く い ,す く大都会 思 てしまいました。

法務総合研究所国際協力部教官

99 年浦和地方裁判所判事補

200 年 現職

カンボジア ,JICA短期専門家 し

(10)

8

三澤 結局 ス 田舎 た 笑 。

関根 そういうこ す 笑 。 も車 こ 言う ,私 0 年 月 カンボジア 行 た後,再度 月 半年間カンボジア 行 てい すけ ,そ 月間 既 車 増えていました。

三澤 私も2回目 行 た , 回目 も車 増えた 思いました。 イク 数も 増えて,し もスピー 速く てい し, 険運転も増えていました。

関根 最初 信号 い も驚 ました 。カンボジアも スもほ 信号 い す。 もカンボジア 信号 増えて てい 。開発途上 いう ,都 して 機能 ま て い う イメージ ,そ こそカンボジア いう ,地 雷 あ ま も 都 構築 い う 密林 イメージ い す 。 もそ 全然遊いました。び く しました。

三澤 もプノンペン け す 。

関根 ち 今朝 ニュース プノンペン 出ていました ,NHK アジア&ワール いうコーナー ,原油 値上 していて イク通勤 大変 ,ソー ー 自転車を作 て売 てい 人 出ていました。そういうたくましさ あ いう話 した。

渡邉 柴田さ ,高知地検 こち 来 た す 。

柴田 私も法務省 い ,国際協力部 こ をほ 知 いました。私 刑事 事件をや たくて検事 たも す ,主 民商事を扱 てい こ 部 活動 ,関心 外 た す。元々,海外 行 て たい いう希望 あ た す ,そ も頭 描いていた 先進国 あ て,開発途上国 行 くこ を考えたこ 全く無 た す。05 年 月 辞 をも て国際協力部 配属さ

,アジア し民商事 し,正直言 て躊躇 ち うちょ しました。

渡邉 そ 後 月 模擬裁判 初 てカンボ ジア 行 た す 。

柴田 私 印象も関根教官 同 ,空港 ても い すし,街も い 思いました。 道路も広く,交通 もす く多い。用事 あ

ても思え い , 楽しそう ぶ ぶ 歩いていて,夕方 トン サップ川 川べ 楽しそう し べ てい 。カンボ ジア こ い た娯楽 いせい う 思 わ すけ , く たくさ 外 います 。 ても活気を 感 た す。一般的 カンボジア 対して持た てい 地雷 しさ ,そう

法務総合研究所国際協力部教官

99 年東京地方検察庁検事

2005年 現職

カンボジア ,JICA短期専門家 し

て 回 派 遣 さ て い 。 2 0 0 年 2

(11)

いうイメージ 全く遊 ていました。

渡邉 そ 生活を楽し い いう感 す 。 柴田 楽しそう す ,プノンペン 人たち 。

三澤 生活 こ も楽しい 思う。日本 尺度 測 , しいし娯楽も い 思うけ ,たぶ こ も楽しい す ,生 ていく いうこ 自体 。 柴田 私 ,模擬裁判を実施す た カンボジア 行 た ,プロジェクト アシ

スタント 同情さ たこ あ ました。 いう カンボジア 昼休 正午 こ 2時こ ま 長くて, 家 帰 て 飯を食べ す。日本 う

聞 て,日本 昼休 家 帰 た し いし, 休 も 時間し い 答えた す く驚 て,誰 昼食代を出す ,い 昼寝をす 随 分同情さ ました。

三澤 カンボジア 半年く い行 て日本 帰 てく 疲 ます。ま 電車 嫌 す 。電車通勤 耐え くてす タクシー 乗 てしまう。そ カンボジア 行く ンモック す しい 思 てしまいます 笑 。寝 団 暑いし,

い て床 寝 体 痛い い す 。 関根 家 中 も ンモック す 。

三澤 家 中 ンモックを吊 た 器具ま 売 てい 。 ンモック 涼しい す 。

柴田 そういう意味 ほ う ゆ く してい 。

渡邉 カンボジア 日本, ち 生活 豊 しい いう感 す 。 関根 く カンボジア メコン川流域 食べ こ 困 い 余計 そう

しょう ,食べ こ 困 てい 国 そう い ませ 。メコン川流域 スもそう す ,基本的 米 年 2回も 回も穫 ますし。

柴田 川 魚も採 し。 三澤 果物も いしいし。

クメール語 い 残業

渡邉 カンボジア け 女性 権利 社会進出 いて う す ? 三澤 カンボジア 女性 社会進出 遅 てい 思います 。土壌 して ベトナ

や スも元々 同 しょう。日本もそう す ,割 男尊女 風土 あ 思 う す ,ベトナ や ス 社会主義国 た ,意識的 そ いけ い,社会主義国た も ,人民 男女を問わ 社会参画すべ いうこ し ょうけ ,カンボジア , 男尊女 残 ていて, く 欧米 見 許せ いく い社会進出 遅 てい う す 。

渡邉 王立 法官職養成校一期生 方 中 女性 います 。

(12)

10

ま 割く い す 。

柴田 修習生 す , 割 い しょう 。 渡邉 官僚 あま い い す 。

三澤 あま 大勢 い い す 。こ ま 社会 風土 して,男性 外 働く,女性 家庭 を守 いう あ う す 。

関根 店 いますけ 。 三澤 店 畑 家内産業 す 。 渡邉 人口構成 いび た してい い しょう 。 ル ト 虐殺 あ た

して。

関根 いま 0代,50代 少 い

い しょう 。他 国 現在 ー ー てい 世代 人 少 い。

三澤 そう聞いたこ あ ます。50代 まさしく ル ト時代 真最中 20代を過 した人たち す 。

渡邉 話 少し前後す う すけ ,カンボジア 娯楽 ほ い いう , あ う 娯楽 す 。イン 映画 あ ます 。

関根 タイ 作 てい 映画を上映してい 映画館 あ ます ,自分たち 映画 作 て い い う す 。

三澤 一番 娯楽 テ ビ す。

関根 あ ット く足 打 ミントン しょう 。 渡邉 夜 う す 。繁華街 あ す 。 三澤 カ 。

関根 外国人相手 ー あ , スコ す 。

三澤 日本 たい ,普通 人 仕事帰 居酒屋 酒を飲 いうこ い す 。 カ や スコ あ あ ます ,外国人相手 た ,カンボジア人 中

も相当裕福 人を対象 した してい い 思います。

関根 普通 人 ,や 川べ 集ま て夕涼 をした , イクを乗 回した 。 渡邉 朝 早い しょう 。何時く い 動 出す す 。

関根 早い す 。日 昇 前 農作業を一仕事す う す。

三澤 夜明け前 動いています。そ 方 涼しいし,あ 炎天下 す 。一番暑い 摂氏 5, 度を超えています 。

関根 た 暑い け く陽射し 強い ,日 高い時 外 いた ,体 負担 。 昼休 を長くして昼寝をして,農作業 もそ 時間 一 し い しょう 。

わた

インタビュアー

(13)

三澤 合理的 す 。

関根 フ スも朝 早い す 。 時 時半 す 。 渡邉 夕方 何時こ ま 仕事をしてい す 。残業 す す ?

関根 5時こ 。 く く一部 人 や ています , 残業 いう 一般的観念 して い す。

三澤 日本 午後 ほう 仕事をす 時間 長い す ,カンボジア 逆 す 。 午前中 仕事 進 ます 。残業 しませ 。 残業 休日出勤 ,クメール語

そういう単語 い 思います。 渡邉 日本人 観 客 や て来 す 。

三澤 プノンペン ほ 見 け い す 。 う て大学 休 時期 若い ックパッカーを見 けます ,そ もこ シェ アップ 行 ます ,シ ェ アップ 来ました いう感 ,シェ アップ 方 優先順位 高い た い す。

渡邉 イ ックも いし,旅行会社 パンフ ット も い す 。旅行者 プノ ンペンを素通 いう感 す 。ベトナ セット た旅行 多い しょう

三澤 も海外旅行 AB ROAD エービーロー 新しい号 カンボジア 出て いました。シェ アップ 行く 日本人観 客 あ ま 多さ び く し ます。 関根 ベトナ アンコールワット いう を見たこ あ ます。 ?

思いましたけ 。シェ アップ ,も す く観 力を入 ています 。こ こ ,アンコールワット観 拠点 街 ,カンボジア人 日本語 イ たく さ い す。日本語 上手 す 。

(渡邉 そ 人たち こ 日本語を勉強 してい す 。

(関根 カンボジア国内 勉強しています。 (三澤 シェ アップ く 日本人 観 客 多い ,カンボジア 若い人 観 関連 職 たい う ,プノ ンペン も日本語学校 いく 見 け ます 。

(関根 プノンペン いたこ ,スーパー マー ット 日本語 ひ 練習帳を 持 て歩いてい 男 子 す 遊 て, 目 合 た 向こうもう しそう した 笑 。中学生く い 男 子 した。

渡邉 日本 企業関係者 い す 。日本人会 あ ます 。

関根 開発関係 ほ す 。 を作 そういう事業 け ,純粋 民間 事 法務総合研究所国際協力部セミナー室

(14)

1「

業 ほ い す。 日本人会 あ ます 。

三澤 国際協力機構 JICA 関係者 す 。カンボジア JICA も力を入 てい 国 ,そういう意味 も日本人 多い す 。

関根 支援開発 関係者 結構たくさ います 。

Ⅱ 法整備支援 いうこ

分 い判決書

渡邉 次 <法整備支援 移 たい 思います。カンボジア ,準備フェー を 経て,本格的 法曹養成支援プロジェクト 立ち上 た いうこ す。法整備支 援 ,一体 ういうこ しょう 。

三澤 法整備支援 何 いう 定説を てい い す ,抽象的 言 てしまえ , 開発途上国 け 法制度 構築を支援す いうこ 思います。代表を一 挙 ,現在カンボジア も行わ てい 起草支援 す。し し,私たち 人 も立法経験 あ ませ ,起草支援 く裁判実務改善支援 法曹養成支援 す 。

渡邉 具体的 ういう う 仕事 す 。

三澤 カンボジア支援 限 たこ い す ,関根さ 主 取 組 い 判決 書 改善 いうこ ,一 大 い内容 す 。

関根 分 い す 。判決を読 も そ 結論 至 。 渡邉 分 くい す 。

関根 分 くい 。ま 無駄 こ 書いてあ て,肝心 こ 書いてい い。 う 証拠 基 う 事実を認定した , う 法 を適用 した ,当事者 言い分 対立す 点 ち 見解を採 て ち を採 い

いう,そ 理 ち 書いてい い。結局,判断 過程 く分 い す。

三澤 印象 判断してい 感 あ ます 。日本 ,民事も刑事も,こ 要件 当 て ま う ,こ 要件を備えてい う いうこ を分析的 や て, そ 集積 してこ 結論 考え け ,印象 走 てい う 。

関根 法 いうも 定着してい い 思います。法 そ も も使い くいも ていますし,不備 すし,例え あ 条文 適用場面 う いう も, ま さ 一 一 条 文 を 解 釈 し た 上 事 実 関 係 当 て こ い う こ を考え け い け ,そういう発想 い す 。法 条 文 文言 当て ま う いう解釈をし い , ち した理

(15)

三澤 そもそも判断 拠 こ あ 成文法 い ,そ を解釈した ,事実関係 あて た し う い いうこ す 。

関根 そ 紛争 いうも え方 全然遊います 。日本 ,裁判 いう 法 を適用して解決す いうこ ,法 的 権利 あ う 判断をす い う う 狭く考えてい すけ 。ベトナ ,カンボジア, ス ,あ 当 事者 も ていた ,そ 周辺 人も含 た全体的 解決をし け い い う発想 強くあ ます。

三澤 国家 国民 利害 関係す 事柄を決 てあ い いけ い いう考え あ う す。

関根 例え ,日本 も くあ 賃料を払わ い 家を出て行け いう争い ,賃料 不払 事実 あ う を判断して,ほ う 払 てい た 契約解除

て出て行く。そ 出て行く 行 い けを判断す 日本 裁判 す 。そ ,ベトナ 例 す ,被告 出て行 た先 こ 行く ま 裁判 決 てあ い いけ い す。

あ い こ カンボジア 例 す ,あ 土地を不法占拠してい 者を被告 し て土地 明渡しを求 てい 裁判 判決書を ,被告 土地を明け渡さ け

い いう判断 く,原告 被告 そ 土地を仲 く半分 分け さい あ す。逆 彼 いえ ,出て行 た こ 行け いい ,そ を決 てあ い日本 裁判 不親 い 。日本 や 方 非常 奇異 え う す 。

三澤 日本 も,最終的 公 結論 て,全体 穏当 解決 図

う もち てい す ,一 裁判手続 け 最終的 解決ま 図 け い 考えませ 。事案 て, 訴 解決さ た ,裁判以外 方法 解決した す 。

関根 例え 日本 場合,当事者 あ 事実を認 ,客観的 証拠関係 あ てい く て も そ を 事 実 し て 認 く て い い う 自 白 い う ル ー ル あ

す 。そうす Aさ 原告 被告 対して私 土地 す 出て行け い て, 被告 そう すこ 土地 Aさ 土地 す 認 た ,そ 土地 原告 土地 認 定さ す 。 こ ほ う さ も た す す。

証拠を調べ 分 す , も日本 裁判 こ 場合,証拠を調べて い け い ,ほ う 遊う しても,そ 自白 事実を認 け

い。こ こ を ス 研修 話したこ あ す ,彼 衝撃 た う す。

社会主義国 ,土地を国家 管理しています ,そ も 対して当事者間 自 処分 ,し も実体的真実 合わ いこ を自白 て認定してしまうこ

(16)

1『

そ 場合 う , さ う 彼 言う す。そ 訴 , 解決す す 説明す け , そ 手間を け , さ く い わいそう い 言う す。

三澤 そうした国々 ,広い意味 規範 法規範 分 てい い も特 す 。 ま 道 規範も法規範も混同していて, わいそう こ 人 一番 い い た感覚 引 てしまう。

関根 そうした国々 裁判 ,一番 い人を被告 す 傾向 ます。あ 人を まして家を買 て転売してしま

た した ,そ 家を取 返すた 転得した人 返せ 言わ い ,いく 間 入 た人 く ても,そ 人 家 既 持 てい

い 返すこ い , ましたそ 人 向 て返せ 言 た す す。

三澤 生 意味 い人をや け 。可 想 人を保護す いう

強くて,理屈 話 いこ も多い す 。

い しょ 考え

渡邉 判決 関して言え ,日本 書面審理 中心 あ ,判決 非常 精密 詳しい いわ ます。こ 対し,カンボジア 慣習や経験則を積 上 てい いうこ

,矛盾 あ ませ 。

関根 日本 判決書 世界的 スタン ー いう ,そう い 思う す。 日本ほ 民事も刑事も緻密 や てい こ くて,逆 言う ,そこま す 必要 あ いう疑問もあ 思う す。日本 判決書 ,カンボジアや対象 国 風土 合 てい いう ,恐 くあ てい い 思う す。

す ,結局私たち 日本 実務し 分 い ,日本 実務 こうしてい いうこ し 基本的 教え い いうジ ンマ あ す。私たち , ベトナ やカンボジア ,日本 実務 や いい 思 てい わけ い すし,証拠 評価 方法 しても日本 慣習 慣行 してい こ あ ,そ をそ まま彼 も思わ いし,す べ も思いませ 。

カンボジア 一般 裁判を受け 人たち ,日本 う 細 い証拠分析 基 い た理 説明を求 てい も思いませ 。また詳しい判決書 ,書く方も読 方も そ 文章理解能力や識 率 い いけ い い た問題もあ ます。

日本 場合 弁護士 くこ 多い ,裁判官 弁護士,あ い 検察官もそ

(17)

う す ,裁判 法 家同士 問題,判決書 こ 法 家向け てい い う こ あ ます。カンボジア う 基本的 弁護士 少 くて,当事者 け 裁判をしてい こ ,日本式を教えていくこ ,必 しも 益 い 思い ます。

い て遊う方法を具体的 教え も難しくて,日本 こう け , あ た た ち 実 情 考 え て う す い う う 根 気 強 く 何 度 も 協 議 し

い しょ 考えていくし い 思います。

渡邉 日本 こうしてい 。こ をカンボジア 合う う ,不具合 こ を直して いく いうこ す 。

関根 カンボジア 日本 支援 民事訴訟法を作 てい 最中 す ,基本的 部分 日本 民事訴訟法 似てい す 。 こ カンボジア 現行民事手続 実態 いう ,社会主義モ ル 影響を受けていて, 職権的 審理をして い 。そこ 新しく日本 う 当事者主義的 審理を導入す わけ す ,そ

現状 う遊う 彼 中 ま 消化 てい くて,彼 結局何 う変わ 分 い す。

い て私たちも,日本 こうしてい いうこ し 分 い ,互い こ 似 て い て こ 遊 う い う こ を 協 議 し 探 て い い い け い すし,そ 時間 作業 あ ,いま そ をしてい す。

渡邉 ベトナ 法整備支援をしてい 方 , 社会主義国 重売買 い , 対抗要件 規定 不要 言わ た いう話を こ 書いていました。や カン ボジア もそ 類 話 あ ます ?

三澤 重売買 話をす ,三澤 関根さ 売 たも を柴田さ 売 わけ い い ,そこ 議論 ま てしまう 聞いたこ あ ます。 重売買 いう状態を民法 問題 してイメージ い す。

関根 あ い そ を刑事 問題 してしまう。

三澤 三澤 い人 。三澤 ほ う 関根さ 売 た ,そ を柴田さ 売 いう 柴田さ を ましてい わけ ,あ い 関根さ 対す 背任行 為 処罰さ べ いう結論 てしまいます。

関根 彼 して ,ま そういうこ あ て いけ い。現象 して起こ う こ 分 しょう ,あ て いけ い現象 す 。もう一 ,そ あ て いけ い現象 起こ た場合 ,最初 方 け 保護さ す 。 し し,ベトナ イモイ政策 う 場経済原理を入 ,Aさ

さ 対す 売却行為 実 取 消さ ていた場合,常 さ そ 物を買 た さ そ 物 所 権を失う ,取引 非常 不安定 ,誰も取引 をし く ,そ 困 思う す 。そういう 場経済的 発想

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16

三澤 重譲渡 いう事実上 状態 あ 得 す 。 関根 そ うす いうこ す 。

三澤 カンボジア ほ ス 社会主義国 ,法 国民 そ 法 を勉 強して法 経済活動をす , ス こ い い 問題 起 ,法 ち してい いた ,国民 正しい行為をし い いう 発想 す ,そ ちょ 遊う す 。

法 ,国民 対してこ う 行動し さい 示す機能もあ ます ,も 重要 機能 ,実際 起 た事柄,例え 三澤 柴田さ 関根さ 重 物を売

た場合 ,こ 物 最終的 ち も いう結論を導くた 指針を示 すこ 思う す。 こ 彼 ,法 を作 重譲渡 いうややこしい状 況 出てこ く いう考えをも ています。そう く, 法 を 作 ても 重譲渡 いう問題 出てく す 。

関根 あ も 高い 金を出して買う いう人 出て た ,後 人 売 いう 人 対出てく わけ い す 。

以前,カンボジア プロジェクトスタッフ ,日本 あ たくさ 法 あ うして裁判 多い 聞 たこ あ ます。彼 考え 法

行為規範 あ , 法 を読 理解し,法 従 て行動す 争い 起 こ い 考えてい す。し し,実際 日本 民法 条文を読 生活してい

人 ていませ 。

三澤 もカンボジア 人たち ,日本人 識 率や教育 ベル 高いし,法 関係 本 を こ も手 入 こ ,多く 日本人 法 も読 い う

言 て信 てく ませ 。

ト ーナー ト ーニン

渡邉 カンボジア 法 関係 本を入手す 難しい す 。

関根 ええ,買え い す。理 一 して ,カンボジア国内 印 技術 ベル あ ます。また スやカンボジア 場 行 た 思 た す ,本屋 い す。カンボジアや ス 場 ,外国人向け 洋書や外国 古本を 売 してい 店 いく 目 します ,一般 人たち 気軽 利用 う 本屋

い す。

国内 印 技術や設備 十分整 てい い ,印 す 非常 金

す。 法 関係 本 い いう , 国 ても大 問題 思 います。

渡邉 現在 カンボジア , 法 家 ま 残 ています 。

三澤 ル ト派 時代 そ 多く 粛正さ てしまいました ,そ こ たまたま国 外 留学していた人 ほ 数 い 程度 す。例え 前 法大臣 そう す

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たも ,そ う 事態 中, 帰国 ,90年代 て うやく帰国した 聞いたこ あ ます。そ 他 もフ ンス留学中 ル ト 政権 たた ,そ ままフ ンス 公証人事務所 20年間く い働いていた いう例も聞いています。

渡邉 人口 00万人 うち,正確 知 ませ ,200万人く い 人 虐殺さ た 聞 ました。法 家 多くもそ 時代 亡く てしま た す 。

三澤 ル ト派 ,職業的 裁判官 裁判を行うこ を徹底的 否定した す。裁 判 知的エ ート 搾取 さ ,そうした理 裁判官 殺さ てしま た う す。また裁判所も壊さ た ,倉庫 用途 利用さ た したそう す。

渡邉 さ 仕事 ,法 家を養成す ト ーナー ト ーニン いうこ す ,具体的 ういうこ しょう 。

三澤 私たち 教官 いう肩書 誤解を招いてい も知 ませ ,私たち カンボジア 若い裁判官を育てた ,教えた す を目的 してい わけ あ ませ 。あくま ,本プロジェクト 目的 ,カンボジア 法官職養成校 先生方

若い法 家を育て 仕組 を定着させ こ あ ,そ ト ーナー ト ーニ ン す。

一見,私たち 裁判官候補生を直接指導した方 , ベル 高い内容を教え こ て い い いう発想 傾 ち , し 養成校側もそ を望 い 節もあ ます。し し,そ こ 支援 出口 え く てしまいますし,

続的 日本 先生方を送 続け け く てしまいます。や そ しい い しょう 。

国家 して一定 能力を備えた一定数 裁判官や検察官を定期的 供給す こ , 制度 してあ べ 姿 思う す。そうす そ 制度を作 う ,言い換 え ,カンボジア 自力 裁判官や検察官を供給 う 手伝いをすべ あ て,私たち 供給してあ べ い 思 ています。そうした理 ,ト ーナー ト ーニン いう考え 支援を行 てい す。

し しこ ,カンボジア側 も 理解を得 くい点 あ , 日本 先生 を派遣してほしい,日本 カンボジア た 教材を作 てほしい い た要望 いま あ ます。いわゆ 自立 部分 問題 す ,まさしく自立的 や て も うこ こ プロジェクト 目的 す。支援 い く う す た

支援を行 てい あ , 支援を行 てい く こ 目 的 あ ま せ 。 渡邉 一期生 間も く卒業し,0 年5月 期生 入学して ます。そ 際,柴

田さ 教官 して彼 前 立 す 。

(20)

18

渡邉 そ カ キュ やマニュアル い たも ほ 完成してい す 。

三澤 そこ 問題 す。日本側 作 てしまえ 時間的 確 早い 思います。 し し,大 こ ,カンボジア側 マニュアルを書いても う,カンボジア側 カ キュ を作 方法を学 も うこ す。 す 作業 大変 時間

こ 仕方 いこ 思います。

関根 カンボジア側 教官も,裁判官や 法省 役人 い た本業 兼任して養成校 教 官をしてい いう状況 す。現在 カンボジア 法 いて十分 知識を持 て い 方 ま 限 ていますし,ましてやこ 新しい民法,民訴法案 いて 知識 を持 てい ,こ 起草 携わ てい 方 け す。こ う カンボジア

ソース 限 てい ,教官方 起草 も忙しいし,本業 裁判業務等 も忙しい日々を送 てい 。彼 ほ う 忙しいこ 間遊いあ ませ 。 渡邉 カンボジア 裁判官 一人当た 抱えてい 事件数 く い しょう 。

多い しょう 。

関根 そ 分 ませ 。

三澤 少 く い 思います。た ,カンボジア 裁判 事件処理 効率 さ あ て,い た 受理した事件 判決を書 上 ま 日本 考え いく い 長い時間 てい こ もあ う す。もち 日本 も時間 事件 あ ます ,そ 以上 あ いう間 終結す 事件もたくさ あ ます。こ 事件 いて ,日本 刑事も民事もい 効率 く終わ せ いう観点 裁 判を行 ています。

し し,カンボジア ,すべて 事件,そ こそ争い い部分 いても多く 証人を調べ い た方法 裁判を行 てい う す。 す 件数 少 く い 思います ,た 日本 感覚 す 終了す う も いても, 大事 抱えてい 感 します。

関根 言え,実際そ 程忙しい いう感 し い す 。 三澤 まあ,法廷 あ も午前中 け すし。

関根 何 く び した感 あ ます 。 渡邉 カンボジア 裁判 三審制 す 。

三澤 ええ,三審制 す。

渡邉 職業裁判官 け ,陪審制 い す 。

関根 ベトナ 人民参審員 いう制度 あ ます ,カンボジア あ ませ 。

カンボジア 考えたこ

汚職 問題

(21)

す。先ほ ト ーナー ト ーニン も関連して, 法 け 汚職 問題 カンボジア 議論 こ あ ます 。

関根 話題 し くい ート 問題 す 。

三澤 カンボジア側も一般論 して汚職 いて 意見 述べますし,汚職 くすべ 考えています。

関根 そ , 国 も同 す 。

三澤 もう一 , 汚職 いうも 定義 ,そもそも日本 カンボジア 異 てい う す。日本 いう こ 廉潔性 対す 考え方 遊 ていて,日本 明 金をも う行為 当然,自分 地位を利用して自分 身内 利益を図 う 行為も廉潔性を損 う 考えています。し し,こうい た行為 汚職 入 い 考え 国もあ し, し 裁判官や検察官 して 地位 伴う,当然 メ ット

あ 考え 国もあ う す。

関根 逆 ,そ をし い人 ,身内 冷たい人 恨ま もし ませ 。 渡邉 韓国も同 う こ いわ ています 。

三澤 い い 利害 対立す 社会 てく ,こうした考え い く 思う す 。

渡邉 こうして てく ,法典 を作 こ 何 もし いけ ,そ 後 人や仕組 を作 上 ていくこ 大変難しいこ 思います。

関根 国も頭を悩ませてい こ 思います。例え イン シア う ,そ 進 制度 あ 国 いても,こ 問題 深刻化す 一方 す。

三澤 カンボジア も汚職 問題 深刻 す。カンボジア 公務員 給料 い も わ , 公務員 た す。 月20 ル いう給料 明 暮

していけ い ,そ も た 。そこ ,給料 計 い何 利 益 あ う 感 ます。

渡邉 判検事 給料 う す 。

三澤 所長ク ス 00 ル 500 ルく い しょう 。

関根 正確 こ 分 ませ ,一般 書記官や裁判所事務官 ,そ け 暮 していけ い う 金 思います。

渡邉 そ 辺を何 手当てし い ,汚職 い た う も を一掃す 難しい も知 ませ 。

三澤 カンボジア , 法関係者 給 す て汚職 原因 てい 各 ナー 言 ていて,給料を上 た いう経緯 あ ます。確 カンボジア 財政 的 逼迫してい ,裁判官 給料 を上 わけ い い いう事情も 理解 すけ 。給料を上 こ ,汚職 減 も知 ませ , 高い給料をも てい い て,汚職 く わけ い 思います。 関根 もち ,カンボジア 裁判官や検察官 すべて ,給料 不足を汚職 補 てい

(22)

「0

や執筆作業を引 受けて副収入を得てい 人たちもいます。

三澤 カンボジア ,公務員 兼業 禁 さ ていませ 。裁判官 ,比較的自 プロジェクト 参加した ,大学 学生 法 を教えた ,そ ほ ビジ ス を経営す こ す。

関根 実際,そうい た正規 ビジ ス 収益 生活を成 立たせてい 法関係者もい い 思います。

渡邉 さ 行う支援 ,まさ カンボジア 法 一部分を担 てい わけ すけ も,そ カンボジア 法全体 反映さ て来てい 感 あ ます 。 関根 ま こ い しょう 。

渡邉 カンボジア 法試験 あ ます 。王立 法官職養成学校 入 こ 法試験 う も す 。

関根 学校 入学試験 う 感 す。

三澤 そ 法試験 相当す 感 思います。あ 学校を卒業し い 裁判官 い いう仕組 ました ,そ 意味 ,あ 入学試験 一応 法試験 考え ます。

渡邉 学校へ 入学希望者 多い す 。

三澤 一期生55人 ,四瘤数十人 中 選抜さ た学生たち いうこ ていま す , うも聞いて ,最初 00人く いし 応募者 い た いうこ

した。応募者 00人を越え ま 試験を延 していた 聞 ました。 関根 母数を多くして,そ 中 い人材を選ぶ確率を高 て い わけ す ,

ほ う そう しませ 。ま 入学試験も 回し 実施していませ し,今後 試験 実施方法 いても考えてい け ませ 。

渡邉 期生 試験 もう終わ てい す 。そ 試験 相当難しいも す 。 三澤 こ す。0 年5月 期生を入学させ 予定 こ す ,そ 前 5

月ま い 時点 入学試験も実施し け いけ い す。そ 入学試験 公 行わ う も一 イント す。

カンボジア 法曹 ベル自体 決して高いも い す ,そ こそ こうした公務員 職を目指してい ,事前 問題 漏 い ,採点 際 特 下駄を履 せてい い ,そうい たこ 一 重大 問題 あ 乗 越 え け い ー ル 思います。

渡邉 カンボジア 大学 く いあ ます 。や 法学部も多い しょう 。 三澤 ま 国立大学 プノンペン王立大学 国内 一 あ て,そこ 法学部もあ ま

す。他 私立大学 あ ます。た 日本 遊 て,大学設置法 う 法 い , こ も 大学 乗 ,大学 てしまう い ,私 思

(23)

ナー間 調整

渡邉 く明治新政府 い外国人,フ ンス人法 家 ボアソナー 例え , さ もいわ 現代 女性ボアソナー いえ も知 ませ 。民商事分 支援を実施してい さ ,刑事分 支援を行 てい フ ンス,またカン ボジア支援 乗 出して たアメ カ ,各 ナー 支援国 機関 間相互 連絡 調整 う てい しょう 。

三澤 養成校自体 ても小さ 組織 ,調整 しやすい す 。起草支 援 分け 従 て,フ ンス 刑法 刑事訴訟法支援を,日本 民法 民事訴訟 法 支援を行う いう形 自然 棲 分けさ ています。

各国 ナーも,日本 カンボジア 民法及び民事訴訟法 起草支援を行 てい を知 てい ,養成校 いても日本 民法及び民事訴訟法を教え う 考えてい う す。そ いい す , 基本法 特 法 いう考え方を 全て ナー 持 てい わけ いし,裁判官教育や養成教育 関す 共通 コ ンセンサス 図 てい わけ も い す。

例え フ ンス 法学院や日本 法研修所 う ,同 う 枠組 を持 てい 国同士 あ 話 通 やすい す。フ ンス 間 いま,王立 法官 職養成校 いてや け いこ ,刑法,刑事訴訟法,民法及び民事訴 訟法 関す 基礎教育 あ いうコンセンサス 確立しています。

し し,英米法 国 少し考え方 遊 ていて,土地法 関す ト ーニン を す べ あ ,知財や契約法 関す ト ーニン を実施すべ い た意 見も出て 話 噛 合わ い場面もあ ます。

渡邉 現在,い い テーマ 多く 国 支援を行 ています 。

三澤 ええ,い 国 支援を行 ています。一期生 前期研修 ,アジア開発銀行 A 相当 時間を費やして土地法 ト ーニン を実施しましたし, 期生 関して , ニセフ 少年法 ト ーニン を実施したい 申し入 ています。日 本やフ ンス して ,そうい たト ーニン を実施す 重要性 いて 十 分理解してい け も,そ 刑法 民法 をし 学ぶこ て,そ

応用編 して理解 事柄 い いう考えを持 ています。

ア ック そうした講 を設け こ いて ,もち 反対 していませ ,ボ ュー 問題 してそ 程大 ボ ュー を持 話 い う 思い ます。

例え 私たち ,刑事法 いうも ,刑法 刑事訴訟法 いう非常 ボ ュー あ 基礎的教育 あ て,ここ ア ック 少年法や薬物対策法 い たも 積 重 考えています , ナー て , 刑法 少年法 薬物対策 そ

を同 比重 考えています。

(24)

「「

ジ ェ ン ー 問 題 改 善 や メ ス テ ッ ク イ ン ス 対 策 関 す 支 援 を 実 施 し て ,養成校 もそ を教えたい いう話をしています。カンボジア いて, メス テ ック イ ンス 大変深刻 問題 あ , イ くそ を教えた い 考えてい う す。

渡邉 他 う ース あ ます 。

三澤 他 国際労働機関 ILO 労働関係を,ADB 土地法 ト ーニン を,カナ 契約法を実施したい 言 ています。

カンボジア側 そうした支援を取捨選択す 能力 いも ,例え イ メステ ック イ ンス 関す 講 を実施す 言 て た場合 ,他 科 目 ンスや優先順位を考え いまま,そ を容易 歓迎してしまう感 あ 。 そ 良いこ い 思う す。

そして私たち 側 もカンボジア 法 や法案 すべてを 案して,養成校 カ キュ 全体 いて支援をす ま 余裕 いも す ,現在 ,民法 民 事訴訟法起草支援 ,民事分 カ キュ 限 て支援を実施し てい す。

ここ け もカナ 契約法 関す 教育 支援をす い て た場合 , わ わ 支援 重複を うす いう 今後 問題 す。養成校 対し,支 援 受け入 を てほしい いうこ も い ,そうした重複 出て た場 合 調整 非常 重要 思います。

関根 そ 各 ナー間 調整すべ 問題 ,カンボジア 取捨選択し け い問題 いう ,筋 して 後者 い 思います。た 取捨選択す 能力 問題 ,あ い 金 問題も ,単純 問題 い 思います。 支援 受入 金銭を始 す 様々 メ ット 伴います ,カンボジア 重複してもや を得 い 考えてい あ ,そ いてま 私たち うこ う い部分もあ て,非常 難しい問題 あ ます。

見返 を求 い支援

渡邉 ほ う い い 難しい問題 あ ます 。大 こ ,カンボジア人 何 を考え, うしたい いうこ しょう 。

三澤 そ す。そして私たち して ,カンボジア 自 考え こ を手助けし, 一定 成果 結び けたい 考えてい わけ す。 す いまま 話 も 分

う ,私たち 民法 民事訴訟法を教え こ けをや てい わけ あ ませ 。 し カンボジア側 協議を重 ,プロジェクトを企画し,そ 実施 関わ てい 側面 大 い す。

(25)

確 検察官 民商事関係 支援を行うこ 難しい いう人もい しょう し,検察官 い部分もあ も知 ませ 。し し,そうい た部分 い て ,裁判所 来てい 関根さ 解決しても うこ 。そこ 関根教官

法総研 来てい 意味 あ 思 ています。

渡邉 支援 関して 依存 自立 問題 いて ,カンボジア側 う考え ,何を や たい いうこ しょう ,こ 問題 解決 方向性 辺 あ

しょう 。

関根 や 時間を けていくし い 思います。や ていく中 うあ べ い うこ をカンボジア側 考えてい け い しょう ,能力や財政的 問題等 そう簡単 い い 思います。

いえ そ まま して け い す ,そ を うした いい いうこ をア イスして,カンボジア側 事情も聞 ,理解 こ , 理解 い こ ,改 べ こ を一 一 解説して,あ 程度時間

こ 覚悟 上 や てい い 仕方 い 思います。

矛盾してい 法体系を重複して教え て しい い た こ ,彼 い ま,そ を選べ 状況 あ ませ 。 す 選 い しい ,そ こ 日本 支援しても意味 い い たわけ い い す ,ほ う

す く難しい問題 感 ています。

渡邉 法制度改革審議会 意見書(0 年 月) 一項目 して,<法整備支援 推進 挙 て ,そ 法制度改革 一翼を さ 担 ています。こ う 開発途上国へ 支援 ,や 今後も続けていくべ 大 支援 考えます 。 三澤 私 続けていくべ 思います。こ ま 日本 法 界 外国 関わ 場面 ,

日 本 外 国 制 度 を 取 入 こ 日 本 利 益 や 発 展 い う 発 想 多 た気 します。そ 恐 く日本 全分 そう あ た 思います ,現在 , 日本 国際協力をすべ ,こ ま 蓄積したも を今度 外 向けて出すべ

いう動 生ま ていて,遅 せ 法 分 も国際協力を いう方向 進 あ 思います。 す こ 支援をや た 直接的 日本 何 見返 あ いうこ い す。

関根 見返 を求 い支援 いう感覚 新しい 思います。

三澤 こ ま 外国法 研究 いう ,研究す こ て日本 制度 良く , 日本 新しく良い制度 もた さ いうスタンス した ,こ 分 そ

少し遊 てい 思います。

(26)

「『

す。そ う 中 , ,2年 後 施行さ あ う新しい法 則 た 訴訟 いうこ 大 問題 す。

第一 ,法 自体 簡単 透し い しょうし,一般 裁判官 そ 意味を理 解す こ も最初 難しい 思います。変え べ こ も変え いままや 。そ

結局,法 を作 たけ も何も変わ い いうこ てしまいます。あ い ,こ 法文 自分たち 手 負え い 言 て死文化させてしまう い う事態 てしまう そ もあ ます。

また,他 ナー 支援 ,そ 矛盾す 単発 法 てし ま て,結局,民法や民事訴訟法 無実 存在 てしまう可能性もま ま あ わけ す。

法 を作 いうこ ,そ 法 ち 適用さ て,そ 法 意図し た ち した手続 訴訟 行わ , あ い ち したルール 取引 行 わ , い た う 裁判実務や,社

会 取引実態も含 た改善ま 行 い ,いま取 組 い こ ほ う 意 味 成果 い いう気 しています。ちょ 思い や て,大変 た もう う い たも く,一度始 た 息 長 い話 てく 思います。

渡邉 柴田さ カンボジア 模擬裁判 参加さ て,こ 長期専門家 してカンボ ジアへ行 ます ,こ ま 話を聞いてい す 。

柴田 そう す ,正直楽し もあ ,不安 面もあ いう こ しょう 。や 相手 あ こ すし,こ ま 挙 ていた う ,い い 考えを持 た他 ナー 関係調整もますます必要 てく 思います。自分 講義す 分 ま い すけ も,養成校 教官や学校関係者,他 ナー うい た関係を 築いていく ,また学校を ち 進 ていくた うすべ い た う こ いて ,不安 部分もあ ます ,日本 い 両教官 も連絡を取 試行錯誤 や ていくこ しょう。

渡邉 い い さ 話を聞いて て,カンボジア 法 現状 ま 法 支配 いう う ベル ま 達してい い いう印象を受けました 。 関根 法 不十分 あ こ 間遊い い 思います。

三澤 ま 制度 構築さ てい い ,法 て個人 権利を実現す いうこ , 不十分 あ 思います。

(27)

先輩 励まし

渡邉 初 裁判官教官 関根さ ,法整備支援 関して,先輩裁判官 激励 手 を も た いうこ した 。

関根 先輩 裁判官 ,明治 こ ,わ わ 先輩方 諸外国 しても たこ を思え ,こ 法制度を構築し う してい 国 対して私たち こ あ ,そ をしていくこ 非常 意義 こ あ ,是非頑張 て も いたい いう う こ を し ていた いたこ あ ます。こち 着 任してあいさ 状を出した ,そ う 返事をいた ました。

渡邉 そういう理解 組織全体 も てい しょう 。

三澤 し 0代 , 0代 い た方々 方 理解 あ 感 ました。一 年齢を重 たこ ,大局的 視 を 持ち 思います。もう一 ,そ 年代 方々 ,日本 戦争 負けた 若者 ,発展途上国 若い法 家 して欧 米 先進国 留学した経験 あ 思う す。

私たち ,日本 先進国 て 法 を勉強した ,あえて外国 文献を当 た くても,先生方 苦労して書 た日本語 文献を読 こ ,諸外国 法 制度を理解す こ す。し し昭和20年代 0年代,日本 開発 途上国 あ たこ 法 家 して海外 学 先生方 ,ほ う 苦労をさ た ,感激さ た したこ たくさ あ た 思います。 こそいま私たち 取 組 い 法整備支援 対して理解 あ い しょう 。

こ 若い世代 ,既 先進国 た日本 いう体験し 持た い , うして日本 裁判官 途上国 出 けて行 て,そ 国 裁判実務を考え け い , うして日本 検察官 わ わ カンボジア 民法を教え け

い いう発想 てい 方もいます。

関根 もち ,現在 日本 も 法制度改革 真最中 ,懸案事項 多いこ 間遊い い ,優先順位 して国内 も海外 こ を先 行う いうこ 難しい もし ませ 。

渡邉 法制度改革 本来的 意味 す , さ う 方々 アジア 出て行 てい い 法整備支援を行うこ 自体 まさしく 法制度改革 あ ,検察官や 裁判官 意識改革 も ていく 思います。 そうした考え方 法界 共 通認識 いう ,残念 ,ま そう いえ い う す 。

三澤 こ を行うこ て直接 見返 あ ませ 。し し,私たち こ 仕事 携わ こ ,自分自身 得難い経験をしてい 思いますし, 多く 裁判官や 検察官 方々 こうい た経験をす こ ,非常 意味 あ こ 感 ていま す。

(28)

「6

三澤 法 家 あ いう ック ン を最大限 生 し 他職経験 いう こ す 。

渡邉 もち 現地 も,JICA 職員 い い 方々 い しょ 仕事をす す 。そういうこ も,そ 検察庁や裁判所 いた い貴重 体験 う 思います。

関根 そ す。もしこ 仕事をしてい た ,いまい しょ 仕事をさせて いた いてい さ や現地 方々 も出会うこ た も知 ませ 。正 直 こ ,こ ま 私 日本 ODA う こ をしてい ,実際 具 体的 イメージを持 て理解して い た気 します。また 見返 い支援

いう側面 ,途上国へ 支援 生 いを感 て,自分 一生 仕事 し てい 人 仕事 場面 出会い,い しょ 仕事 たこ 大 意味 あ た 思います。

逆 また私 ,JICA 方 ,裁判官 い しょ 仕事をす こ あ 夢 も思わ た ,裁判官 人 いて, う 仕事をしてい

想像したこ もあ ませ した 言わ たこ あ ました。そういう意味 , 法 縁 い 方 々 対 し て も 法 関 係 者 こ う し た こ を し て い い う ア ピ ー ル も た 思います。

楽しさ 苦労

い しょ 作業 楽しい

渡邉 こ カンボジア法整備支援 仕事 関わ て,こ ま 一番楽し たこ こ す 。

柴田 模擬裁判 楽し た す 。

関根 私も模擬裁判 す 。そ ま 口 説明す け カンボジア側 ,教官を含 分 いし,またこち も,彼 実際 理解度も分 た す。そこ ,日本 教材をカンボジア 実情 合う う 作 直してクメール語 し, 事実関係 いても工夫を凝 した して, 法官職養成校 第一期生を対象 模擬 裁判を実施しました。教材 彼 て難し た いう反省もあ ました ,彼 ,新しい民事訴訟法 手続 う 動く いうこ を実際 体験す こ 初 て理解を深 こ た 思います。

また説明をして分 た も ていた ,共通認識 た も て いても,実際 や て て初 て分 たこ や,や て てもや 分

たこ 出てく す。そうい た実感 持てたこ 大 意味 あ た 思います。カンボジア 新しい民事訴訟法 基 く手続 模擬 いえ,初 て行わ

(29)

した。

三澤 法曹養成プロジェクトを実施す い て たも ,準備 時間 多く,そ ま 大 進展 ませ した 。

関根 そ 後,民事第一審手続マニュアル作成 裁判実務を理解させ た 活動を していく上 も,や あ 経験 大 た 思います。理屈 を説明 しても,そ を聞いた け 彼 恐 く何も い。いま説明してい 理論 実際 裁判 場面 こう も 具体的 説明し い ,初 て法 を読

人 分 い いうこ 分 た す。

三澤 考えて ,そうい た作業 充実感 楽しさ 中身 思う す。私 カンボジア 教官 い しょ 研修生 た 民法事例を作成した ,い い

発見をしました。民法起草 関わ て い カンボジア 裁判官 ,民法を相当 理解しています。 こ 民法 こうい う条文 あ いう知識 あ も , そ を事例解決 指針 して実際 事例 当て て使いこ せ い す。日 本 法試験 う 事例を想像してい た け 分 やすい 思います , 具体的 事実 民法 当す 条文を 拾 て て解釈して当て ,結論を導 くこ い す。

関根 知識 抽象的 あ いうこ 思 います。実際 事件 そ を う適用す

いう こ ま ,ま 行 て い す。

三澤 抽象的 民法 こうした規定 あ い た説明 も知 ませ ,実 際 そ を 具 体 的 紛 争 事 例 し て 把 握 て い い い た 問 題 点 も え て ま し た。

関根 い しょ 作業をす 楽しい。

三澤 養成校 教官 対して ,単 民法 規定 いて説明す け く,事例問 題を作 て,研修生 ,こ 事例 民法 第何条 適用さ て, う 結論 導 ま す い た 内 容 を 考 え さ せ ま し ょ う 提 案 し て 事 例 を 作 て い す

,先生 あ 教官 事例を作 い,また事例を作 た いい ,そ 事例を自分 たち 解け い い たこ 起こ す。

そ た そ 事例問題 いて検討論点を絞 込 作業や, 当条文を う当て う解釈すべ 等 いて,現在もさ 検討を重 ています。そ しても 彼 い しょ 作業を進 こ 楽しい すし,何 充実感 あ ます。 関根 そ 中 新しい問題 えて た もしてい こ す。

第 回 カ ン ボ ジ ア 法 曹 養 成 支 援 研 修 け

カ ン ボ ジ ア 王 立 法 官 職 養 成 校 教 官 等 国 際

協力部教官(「005年 10月)

(30)

「8

渡邉 逆 辛い ,難しい 感 こ あ ませ 。

三澤 答え い いう点 も知 ませ 。カンボジア民法もカンボジア民事訴訟法も, 日本法 似てい いえ,や 遊う こ あ け も,遊う こ 解 釈や実務 う いう答え い点 難しい 思います。

関根 支援 中身 して こうし け いけ い いうこ 決ま てい い す。 先程 何度 話題 出てい う ,私たち 日本 実務 日本 法曹教育 経験 基 く知識し い す ,そ け あ べ 支援 中身 簡単 決

い す。

例え カンボジア 養成校支援 いても,最初 こ ,日本 研修所 う 教育をす いうイメージ あ ました。し し実際 ,ま そ 歩く い前 ベル あ こ 分 て た そ 自体も難しいこ す , ま 彼 ベルを見極 て,そ ベル 合わせた教育 必要 感 ています。 実務家 た 必要 こ を教え け い す ,彼 て必要

こ 何 , 程度 こ ま 必要 誰 も分 い す。日 本人 て基本的 日本法や日本 実務し 分 いわけ す ,日本 こ を知 てい そ 分 いうも い。そう い てカンボジア側も自 分たち そ 分 い。

結局,いま私たち 最善 考えたこ をや し い いう点 たくさ あ

す。し も,私たち ここ 決 た支援内容 ,カンボジア 後20年位 こ を決 てしまう もし い す。

そ う 重要 こ 私たち 決 た支援内容 左右さ いう意味 辛さ もあ ます。こ 国 将来を背負 てしま た いう感 します。私たち こうし た 良い い 言 たこ ,そ まま 0年20年 カンボジア 続いて いく もし い す ,ほ う そ いい う 誰 も分 い す。

渡邉 そ もし さ もあ ます 。

三澤 もし さ あ 同時 ,こ いい いう感 ます 。

柴田 真面目 考えていた ,昨日 た て先程も し てました 。

し さ や い

渡邉 日常生活していく上 大変困 てい いうこ あ ます 。

三澤 い い 方 カンボジア 行く 辛い しょう 言わ す ,正 直 こ ,現地 業務を行う方 楽しい 感 こ 数多くあ ました。 渡邉 そ うい た点 す 。

関根 支援をしてい 実感 持て いうこ い しょう 。

(31)

良くしていく ,民法 事例 いて 理解を深 させ た う 説明 効果的 ,純粋 法 中身 話や作業 ますし,こ ま 検察官 し て 民 事 離 て い た そ た 勉 強 を し け い い う 意 味 大変 した ,そ 以上 楽しいこ 多 た 思います。

基本的 検察官や裁判官 ,本来業務 法 中身 ,そ 話 楽しい す ,支援 ま わ 様々 交 事 ,正直,いま も苦手 部分 あ ます。

関根 大変 思う こ ,や 何 起こ 分 い こ 思います。 三澤 そ 何 起 た 対処もそう す。

関根 裁判 ,自分 担当す 事件 あ た ,何 あ ても自分 裁

す ,複数 機関 関 す プロジェクト 進行 関わ も ,例え 先方 組織 急 変 わ て 責 任 者 不 在 状 態 続 い た う 対 処 す い た も あ

た場合 ,もう自分 解決 ベル 問題 く てい す。 例え 組織的 不正入学を行 てい い い たうわさ 出た

うした 良い い たこ ,カンボジア国 対して 支援を う考え い う方針 問題 てしまう ,支援を実施した実績を挙 こ 優先 , 支援 中身 改善 充実を優先させ 政策決定 話 て ます。そうい た領域 関して ,逆 言え ,交 事 長けた方たち い しょ 協力して取 組

もし さ てい 思います。

渡邉 生活上 不安 く あ ませ 。治安面 う す 。

三澤 い す 。もち 夜中 一人 出歩く 険 こ ,カンボジア 限 日本 も同 す。

柴田 私 ,来年 長期 カンボジア 赴任す こ す ,一番心配 , 仕事 中身 す 。私 カンボジア 赴任す いう ,大抵 人 , カンボジア

いう言葉 反応して,日常生活や健康,治安 心配をさ すけ ,私 言わ せ ,そ こ も,仕事 中身 方 ても心配 す 。

カンボジア 生活す こ 自体 大変さ も,仕事 大変さ す しさ 是非 着目してほしい す 。

関根 仕事をしてい , 仕事 も大変 思います。ましてや責任 重い仕 事 あ さ す。カンボジア 仕事 確 大変 ,胃 痛く た

く た したこ もあ ます ,そ カンボジア い 大変 た く,仕事,あ い そ 責任 重さ 大変 た 思います。

(32)

」0

力 求 てい て実感 して 分 い ,そ う 重大 判断 をし け い す。

もち 実際 判断す カンボジア側 す ,カンボジア側も うす いい 分 ,結局,日本 専門家 任せ いう感 ,そ 分 てい

け し い いう思い あ ました。

た 逆 自分 してい こ ほ う カンボジア 必要 さ ていて,意義深 いこ 実感 こ もほ う くあ ました。裁判実務 関す こ

を説明して,カンボジア 裁判官 さ 分 ても えた ,ほ う う し た すし,こ カンボジア 裁判実務改善 向けて 小さ 前 進 思う や い あ ました。

子 も 姿 虐殺 記憶

渡邉 カンボジア 日本を振 返 て た ,日本社会 さ う 映 て えました 。

三澤 段取 社会 いう感 を受けました。日本 ,締 を決 て逆算し,締 間 合わせ た ,い ま 何を仕上 て け いけ い,そ た

い ま こ を し け い い た 段 取 を ち 決 た ます。こ 良い点 い点両面 あ 思います ,段取 社会 思い ました。

関根 カンボジア 人たち ,そういう段取 苦手 いう ,段取 を け いけ い いう発想自体 あ ませ 。

渡邉 さ カンボジア滞在中 テル まい こ す ,カンボジア 普通 人たち 付 合い あま い も知 ませ ,日本 比べ 物質的 し さ う も 感 ます 。モノ 十分あ す 。

三澤 金さえ出せ 売 ています 。

関根 た ,一般 人々 て 手 入 い物 多い 思います。

三澤 一般 人々 生活 ましい 感 ます。普通 生活をしてい 人たち 物をそ 程持 てい くて,例え 多く 家庭 冷蔵庫も持 ていませ 。

関根 日 場 行 て,朝 買い物をしますし。 もそ 回 ていく社会 す。 煮炊 も外 七 を使 て行 ています。

三澤 そういう意味 しい国 言え も知 ませ 。自分 国 生産 物 し て 農産物程度し あ ませ し,あ ゆ 物 輸入品 す。外国人向け スー パー 行け ,タイ製 洗剤 あ い い 雑 も揃います。し し, そ カンボジア 一般 人々 高 品 あ す。

関根 そうい たスーパー カンボジア 人々 ほ いませ 。外国人 す。 三澤 く プノンペン ,居 外国人向け エ アあ い 店 ,一般 人向け

(33)

上 思います。

例え フ ピンやマ ーシア い たさ 少し発展した開発途上国 行く , こ う し た 外 国 人 全 く 同 ベ ル 生 活 を し て い 裕 福 フ ピ ン 人 や マ ー シ ア人を見 け こ ます。し しカンボジア い い す。民間 も す

い 金持ち 出てく 至 てい い,いまカンボジア そういう状況 あ す。

渡邉 先 話 中 ,カンボジア 人たち 夕暮 川べ 楽しそう たた い 風景 あ ました。時間 追わ わ わ 日本人 い う 生活 豊 さを感

す 。

三澤 カンボジア 行く , しい も親 子 もを ても わい 姿を く見 けます。そ を見 , うして日本 児童虐待 最近多く てい う 思う す。し もカンボジア け く,マ ーシアやタイ い た東 アジア地 域 も同 う 景を目 します , さ そう思う も知 ませ 。 関根 私 子 も わいい あ 思いました。汚 た しても 気 元気 逿 し

てい 姿 印象的 した。

渡邉 カンボジア うしても映画<キ ン フ ール 9 年 イメージ 強くて,ト ール ス ン虐殺博物館 いて 聞 したい す 。こ プノ ンペン 内 あ す 。

三澤 あ ます。元高校 た所を ル ト 時代 収容所兼処刑場 して使用した場 所 ,当時 様子をそ まま残していた ,当時 様子を写した写真も展示さ てい た します。生 残 た人々 証言を集 たビ 上映 もあ ます。

関根 そ 他,発掘して出て た骸骨 展示や,水責 拷問器具もそ まま置いてあ ました。そ ,収容所 生 延びた人 描いた拷問 様子 も展示さ て いました。あ 少し ました 。

渡邉 柴田さ ま 行 て い す 。 柴田 ええ。機会 あ ませ した。

三澤 あ 行くべ す。確 目を背けたく う こ け も,あ 目を 背け こ いけ いこ 思います。私 滞在中 何度 行 ました ,カンボ ジアを訪 日本人 あま そこ 行 ませ 。 も,欧米 若い人たち 結構来 ていて,泣 見ていく人もい く い す。途中 気分 く て,そ 場

込 しまう若い女性もしょ ち う目 しました。

渡邉 そ 人たち ,顔写真や骸骨 を見て, う思う しょう 。

関根 ほ う 何瘤枚 いう顔写真 部屋中 ています。恐 く収容時 撮影し た物 思わ ます , 死人 う 顔 写 てい す。そ 部屋 中

たくさ ています。

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