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若年雇用問題と世代効果

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15

若年雇用問題と世代効果

太田聰一

要 旨

(2)
(3)

1

はじめに

バブル崩壊後の長期不況によって日本企業は厳しい状況に置かれることに なったが,それは当然ながら派生需要である労働需要の減少を招いたために, 雇用の場にも深刻な影響をもたらした.賃金カットや解雇によって中高年の 雇用環境が急速に悪化したが,若年層においても失業者やフリーターの急増 が見られ,日本社会における重要な問題として認識されるようになった.当 初の議論においては,若年層の雇用悪化を若者の「意識変化」の表れと見る か,不況の影響と見るかということが中心的な論点であったように思われ る1).具体的には,前者は現代の「豊かさ」が若年層の失業やフリーター問 題の背景にあることを強調し,後者は不況による就職難こそが本質的な問題 であることを論じていた.しかしながら,こうした議論の構図は若年雇用問 題が深刻化の一途をたどることで終焉し,政府も若年雇用対策に本腰を入れ るようになった.

その後,日本経済が「失われた 10 年」から脱出するなかで新卒採用が活 発化し,若年失業率が低下するとともにフリーター数も減少の兆しを見せる ようになった.しかしながら,「氷河期世代」あるいは「ロストジェネレー ション」という言葉が定着したことからわかるように,学卒時に不況であっ た世代は厳しい就業環境に置かれ続けている.フリーターの年齢層も中高年 化しつつあり,それが重要な問題として認識されるようになっている(太田 (清)[2008]).

若年失業率や不安定な雇用の割合が高まったとしても,それが若者にとっ て一時的な経験に過ぎなければ,それほど大きな問題とはならないであろう. しかし実際には,不況期に学校を卒業した世代は長期にわたってその悪影響

(4)

を被っているように考えられており,「世代リスク」が大きくクローズアッ プされることになった.こうした「学校を卒業した時期の景気動向が,その 後の雇用環境に及ぼす長期的な影響」を「世代効果」と呼び,以下ではこれ を議論の中心に据える.

もちろん,ある世代が他世代と比べて異なるのは,学校卒業時点の景気だ けではない.その世代の大きさ,その世代が経験した戦争などの大きなイベ ント,学卒後の景気の経路など,さまざまである.実際,そうした違いはす べて当該世代の賃金水準や就業状態に影響を及ぼしてもおかしくはない.た だし,学校卒業時点の景気による世代効果に特徴的なことは,「一時的な ショックの効果の持続性」という問題が潜んでいる点である.たとえば,世 代サイズ(人口)の大きさは,その世代に生まれた人にとっては生涯つきま とうものである.したがって,その影響が持続的に当該世代の雇用環境に影 響を及ぼしてもおかしくはない.ところが,学校卒業時点の景気は,労働者 の生涯において経験する景気の一瞬に過ぎないにもかかわらず,その後の 人々の雇用状況に影響を及ぼしうる.すなわち,後で見るように,学卒時に 不況であった世代(とりわけ学歴の低い層)は,比較的長期にわたって高い 無業率,低い雇用の安定性,低い賃金となる可能性が高くなる.

より理論的に考えれば,こうした効果の背後には,各個人の就業状態の状 態依存(state dependence)が働いている可能性がある.無業状態を例にと れば,卒業時点で不況に直面して無業状態に陥った労働者が,その状態から の離脱が難しいためにその後も無業の状態を続けたり(duration depend-ence),無業の状態から離脱したとしても再び無業に陥るリスクが高まった り(occurrence dependence)すれば,そうした労働者にとっては現在の無 業が将来の無業の確率を高めることになる.この点については,卒業時点で 就職環境が厳しかった人が,将来的にも職業生活が不利になるという一般的 な状況に適用することができるだろう.

(5)

者のような無業経験そのものの効果とはいえない.世代効果を論じる場合に は,無業経験そのものが将来の無業を引き起こす原因(cause)になってい る場合に限定して考えるべきである.

結局,本稿で取り上げる世代効果とは,

⑴個人の過去の就業経験が現在の経験に因果的効果(causal effect)をもち, ⑵そうした(過去の)就業経験は,特定世代共通のショックによって引き起

こされており,

⑶世代共通のショックとして卒業段階の労働市場の動向を考える, という 3 つの条件を満たしたものをいう.

本稿では,この世代効果を軸にして,バブル崩壊後の若年労働市場の動向 を概観する.まず次節では,日本における若年雇用問題を主に時系列データ を用いて整理する.バブル崩壊後に若年層の失業者,フリーター,ニートと いった人々が増大したが,この基本的な要因が労働需要の不足にあったこと を論じる.第 3 節では,これまで蓄積された日本における世代効果の実証分 析を紹介する.学卒時の労働市場の状況は,賃金水準,離職・転職,就業状 態などの多くの面で,その後の勤労生活に影響を及ぼすことを述べる.第 4 節では世代効果をもたらした要因として,日本企業の採用行動を考察する. 第 5 節は,残された研究課題に言及する.

2

若年雇用問題の概観

最初に,バブル経済崩壊後の若年労働市場の状況について整理するが,そ の典型として失業,離職,フリーター,ニートといった問題を簡単に取り上 げる.

(6)

高年層の 2.6 ポイントを大きく上回っている.興味深いことに 1980 年代半 ばまでは若年層の失業率は高年層の失業率とかなり似た水準にあった.とこ ろが,その後,高年失業率は若年失業率を下回って推移し,ほぼ年齢計と似 た動きをした後,ここ数年では中年層の失業率にほぼ近接している.相対的 に高齢者の雇用改善が著しく進展していることが見てとれる.

注意すべきことは,若年の失業率と壮・中年の失業率はきわめて似通った 動きをしている点である.このことは,失業率の前年からの変化(対数差) を見た図表 15 2 からより明確に観察される.失業率の対前年変化はかなり の変動を示すが,若年と壮・中年の失業変動はきわめて密接に動いてきた. 壮・中年層の失業率が景気に対して逆相関していることは周知の事実である から,若年失業率の変動も景気要因によって大きく左右されているというこ とになる.前節で述べたように,若年の雇用問題については,若年固有の問 題,たとえば「若者の就業意識の変化」といった問題に議論が集中しがちで あるが,このような基本的事実は念頭に置いておくべきであろう.

若年層が失業状態に陥る経路には,大きく分けて 2 つある.1 つは,学校 を卒業した時点で就職せずに,そのまま失業する経路である.図表 15 3 に は,各年 3 月卒業者の高卒就職率の推移を示している.高卒就職率は,1992 年には 99.7%の高水準であったが,その後は低下の一途をたどり,2002 年 には 94.8%まで落ち込んだ.その後は回復基調に入り,2007 年には 98.4%

15 34歳

全体 35 54歳 55歳以上 (%)

1971 0 1 2 3 4 5 6 7 8

73 75 77 79 81 83 85 87 89 91 93 95 97 99 2001 03 05 07(年) 図表 15 1 年齢階級別失業率の推移

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まで戻っている.図表 15 3 には,高校新卒者に対する有効求人倍率も示さ れているが,その動きは就職率にかなり近く,不況による有効求人倍率の低 下がバブル崩壊後の高卒就職率の低下をもたらしたとする見方を裏づけてい る.

もう 1 つの経路は,学校卒業した後に就いた仕事を離職して失業状態に陥 るケースである.若年は,中高年とは異なり,自ら会社を辞めて失業プール に入る割合が高い.「労働力調査」(総務省)を用いて 2007 年における 15 34 歳の全失業者を理由別に分類すれば,「自発的離職失業者」が 44.9%,「非 自発的離職失業者」が 18.6%,「学卒未就業者」が 11.0%であった.他方,

(%)

1972 74 76 78 80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 04 06(年) −0.10 −0.05 0.00 0.05 0.10 0.15 0.20

15 34歳 35 54歳 図表 15 2 失業率の変化(前年対数差)の推移

注) 総務省「労働力調査」より作成.

(%) 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101

1992 93 94 95 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07(年) (倍)

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5

就職率 有効求人倍率

図表 15 3 高校新卒者の就職率と有効求人倍率

(8)

45 54 歳では,それぞれ順番に,37.1%,45.7%,0%で,「非自発的離職失 業者」の方が「自発的離職失業者」を上回っている.たしかに,若年失業の 原因の 1 つは学卒直後の就職難にあるが,自発的に会社を辞めて失業プール に入る労働者の比率も大きい.

では,若年の離職率はどのような動向を示しているのだろうか.図表 15 4 は,厚生労働省職業安定局が「雇用保険事業統計」の記録から算出した, 新規学卒就職者の在職 1 年以内離職率の推移である.雇用保険の記録から算 出しているために,この調査の対象は新卒で就職した正社員が中心になって いる.2007 年 3 月卒の就職 1 年目の離職率は中卒 42.6%,高卒 21.5%,短 大等卒 18.5%,大卒 12.9%と高い水準である.実際,1990 年代後半には, 在職 3 年以内に離職する割合が中卒 7 割,高卒 5 割,大卒 3 割程度であった ことから,「七五三離職」と呼ばれ,さまざまな解釈と分析の対象となった. もちろん,若年層の離職率の水準が他の年齢層に比べて高いことは,若年期 が「天職探し」の時期であることを考えれば,大きく問題にするにあたらな いが,むしろ問題はその推移にあると考えられた.

通常,離職率は雇用機会の多い好況期に上昇するとされている.ところが, 図表 15 4 から明らかなように,若年離職率は 1990 年代の不況期を通じて上 昇傾向にあった.したがって,何らかの若者の意識変化等が離職率の高まり の背後にあるのではないか,という議論が生じたのはある意味で当然だった かもしれない.しかしながら,バブル期の労働需要逼迫期に離職率が底を 打っていること,そして短大等卒を除いて,2003 年卒以降は低下傾向が顕 著であることを考え合わせると,こうした変動の一部分は,若年労働市場に おける需給バランスの変化によってもたらされたものだと考えるべきであろ う.すなわち,卒業時点で景気が悪ければ,卒業生にとって自分に合った仕 事を選ぶことが困難となり,不本意就職の割合が高まるので,その後に離職 しやすくなるというロジックである.この点についてのよりくわしい検討は 次節で行う.

(9)

いては継続就業年数が 1 5 年未満の者,女性については未婚で仕事を主にし ている者とし,現在無業の者については家事も通学もしておらず「アルバイ ト・パート」の仕事を希望する者である.この定義に当てはまる者の数を 「就業構造基本調査」(総務省)から算出すると,1982 年には 50 万人であっ たフリーターが,1987 年には 79 万人,1992 年には 101 万人,1997 年には 151 万人,2002 年には 193 万人と急増した.彼らの労働時間は正社員と比べ ると短いことが多く,企業に縛られない「新しい働き方」としてとらえる向 きもある.他方で,収入は概して低く,雇用も不安定なケースが多い.よっ て,フリーターの急増も,若年の雇用環境の不安定化をもたらしていること は間違いないであろう.図表 15 5 には,フリーター数の推移が示されてい る.2002 年以降は労働力調査詳細集計によるために,それ以前との厳密な 数字の比較は難しいが,2003 年以降はフリーター数も減少傾向を示してい る2).これも,景気の回復によるものと考えられる.

最後に,いわゆるニートの問題に触れておく.日本でいうニートとは,仕 事を探していない無職の若者のことを意味する.もともとは,英語の Not in

2) 2002 年以降については,フリーターを,年齢 15 34 歳層の卒業者に限定しており,女性につ いては未婚の者とし,さらに,①現在就業している者については勤め先における呼称が「アルバ イト」または「パート」である雇用者で,②現在無業の者については家事も通学もしておらず 「アルバイト・パート」の仕事を希望する者と定義されている.

大卒

中卒 高卒 短大等卒

(%)

0 10 20 30 40 50 60

1987 89 91 93 95 97 99 2001 03 05 07(年) 図表 15 4 新規学卒就職者の在職 1 年目の離職率の推移

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Education, Employment, Training の頭文字をとったもので,教育中ではな く,仕事についているわけでもなく,職業訓練の最中でもない若者のことを 指している(NEET).そのような若者の存在がいち早く社会問題化したの が英国であり,若年者に占めるその比率はきわめて高い.ただし,英国の定 義には,失業者などが含まれているのに対して,日本の定義では失業者は含 まれない.

日本でいうニートの数は,定義によってやや異なるが,1 つの定義は, 「15 34 歳の非労働力人口のうち,通学しておらず,独身で,仕事を探して いない者」である3).この定義に当てはまる人数を「就業構造基本調査」 (総務省)によって計算すれば,85 万人(2002 年)に達する.どのような定 義を使うかによって数字はやや変わってくるが,ニートの数が以前に比べて 増えてきたことは間違いない.1992 年における上記定義に当てはまるニー ト数は 67 万人であったが,5 年後の 1997 年には 72 万人と 5 万人増え,さ らに 5 年後の 2002 年には 13 万人増加して 85 万人となった.このような増 加傾向は,若年人口比でも確認される.

従来,ニートというと,「働く気のない若者のこと」と判断されることが 多かったが,それはニートの約半分に当てはまるが,もう半分には当てはま

3) 以下の数字は玄田[2005]による.また玄田[2005]は,ニートのなかの「非求職型」と「非希望 型」を分けて分析しており,以下の記述はそれを踏襲する.

(万人)

1982 87 92 97 2002 03 04 05 06 07(年)

0 50 100 150 200 250

15 24歳 25 34歳

50 79

101 151

208 217 214 201

187 181 92 17 23 29 49

91 98 99

97 92

34 57 72

102 117 119 115 104 95

89

図表 15 5 フリーター数の推移

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らない.もう半分とは,「いずれ働きたいと思っているのだけれども,今は 求職活動をしていない人たち」である.前者を「非希望型」のニート,後者 を「非求職型」のニートと呼ぶとすれば,先ほどの統計資料を過去にさかの ぼって検討すると,1992 年から 2002 年にかけて大きく増えたのは,「非求 職型」で,「非希望型」はほとんど横ばいだった.このことは,「働く気のな い若者が増えているからニートが問題化している」という考え方が一面的で あることを意味する.

そして,「非求職型」のニートが仕事を探していない理由を調べると,「探 したが見つからなかった」,「希望する仕事がありそうにない」という理由が 増えている.つまり,不況による就職状況の悪化や,それにともなう「良い 仕事」の減少が,ニート増加の背景であると判断される.「病気・けがのた め」という理由も増えているが,職場における心の病の増加によるものも含 まれていると思われる.不況下の日本企業は新規採用を絞り込んだが,その ことで末端の若年労働者には仕事の負担が集中した.しかも,多くの企業は 人材育成の余裕を失ってしまい,若い労働者が自分の将来のキャリアを明る く思い描くことが困難な状況となった.そのなかで心の病が増えて,最終的 に仕事を探す意欲すら奪ったのかもしれない.また,「知識・能力に自信が ない」という理由も増えており,学校教育段階やその後の職場における不適 応による自信喪失がニートを生み出している面も垣間見ることができる.

若者の就職難と彼らの労働市場からの撤退が結びついているとすると, ニート問題とは実は「求職意欲喪失効果」ではないか,という見方も十分あ りうるだろう.求職意欲喪失効果とは,不況期で満足のいく仕事を見つけに くくなった人々が,仕事探しをあきらめて労働市場から撤退することを指し, そのような人々を「潜在失業者」という.従来,「潜在失業者」は男性より も女性に圧倒的に多く,男性であれば 60 歳以降の高齢者,女性であれば 20 代後半から 40 代前半に集中していた.共通しているのは,女性の場合には 専業主婦,男性高齢者の場合には悠々自適の生活といった具合に,これまで の観念からすれば「無職であってもおかしくない人々」が,求職意欲喪失者 になりやすかった.バブル崩壊後の労働市場の特徴は,そうした問題が若年 層に大きく浸透したことにあった.

(12)

年金生活」といったオプションをもっていない.また,若年期が職業能力の 開花にとって大事な時期であることを考えると,ニート期間が将来の稼得能 力を低下させる可能性が高い.しかも,比較的低所得の家庭の出身者や不登 校経験者がニートになりやすいことがわかっている.したがって,ニート問 題は従来の求職意欲喪失効果以上に重要な政策課題であるといえる.

以上のように,バブル崩壊以降の若年雇用の悪化の大きな部分は若年者に 対する労働需要の減少によって説明可能であると考えられる.よって,景気 が回復することで若年の雇用問題の一部は緩和されるはずであり,実際に失 業者数やフリーター数は 2003 年以降に減少している.その一方で,そうし た雇用機会の増加の恩恵が均一に行き渡っているかというと,必ずしもそう ではない.図表 15 5 においては,フリーターの数を 15 24 歳と 25 34 歳に 区切って示しているが,2003 年から 2007 年にかけて 15 24 歳のフリーター の数は 30%も減少したが,25 34 歳では減少幅は 6%に過ぎない.これは, 正社員の仕事がより若年のなかでもより若い層に振り向けられたことに起因 している.実際,総務省「労働力調査詳細集計」によると,2005 年から 2007 年にかけて男性の正規の職員・従業員の比率は 15 24 歳では 71.9%か ら 73.3%に上昇したが,25 34 歳では 87.7%から 86.8%に減少した.この ように,正社員の雇用機会は主に若年層のなかでもより若い人々,とりわけ 新規学卒者に集中していることから,それよりも年齢の高い層には景気回復 の効果が十分に表れないという状況が生じている.この点を明確にとらえた のが,世代効果の分析であり,次節でよりくわしく検討する.

3

世代効果の実証分析

4)

3.1 賃金

世代効果の研究のなかで主要な位置を占めるのが,賃金水準への影響であ る.賃金水準は経済厚生の端的な指標であり,卒業時の好不況の長期的な影 響を総合的に把握するうえできわめて有用である.それゆえ,1990 年代後

(13)

半から比較的多くの研究が蓄積されてきた.以下,代表的な研究を取り上げ る5)

玄田[1997]は,1980 年から 1995 年までの「賃金構造基本統計調査」(厚

生労働省)から男性一般労働者のデータを得ることで,世代による賃金の違

いを分析した.その結果,高卒では,高度成長期に就職した世代で賃金が改 善したことが明らかにされた.一方,大卒における世代サイズの影響として は,1990 年代の第 2 次ベビーブームの影響とそれにともなう大学臨時定員 増の措置による世代人数の増加が,賃金を抑制する方向に働いたことを見出 した.こうした大学卒の世代人口の増加は学歴間の賃金格差を抑制する方向 に働いたと考えられる.

玄田[1997]と同じく「賃金構造基本統計調査」を用いた世代効果の研究と して大竹・猪木[1997]があげられる.この研究では,1980 年から 1993 年に かけての「賃金構造基本統計調査」の個票データを用いて 10 人以上規模の 企業の男性常用雇用者の賃金を世代効果(卒業年効果),年齢効果,年効果 の 3 つに分解した.そのうち,世代効果を,同期新卒就職者数と就職前年の 労働市場逼迫度について,学歴別に回帰分析を行った.その結果,世代別の 実質賃金は,高校卒では卒業年の失業率と負の相関をし,大学卒では主要企 業雇用人員過不足判断指数と有意な正の相関が検出された.すなわち,不況 期に卒業した世代は(他の条件を一定にして)好況期に卒業した世代よりも 低賃金に甘んじることになる.

これらの研究は,1990 年代半ばからのいわゆる「就職氷河期」を含んで いない.「就職氷河期」が若年層に及ぼした効果を定量的に明らかにするた めには,その時期をカバーしたデータを用いて世代効果を分析することが必 要である.まず,三谷[2001]は,「若年者就業実態調査」を用いて,初職で すぐに正社員についた労働者としばらくたってから正社員になった労働者を 比較し,後者が前者に比べて賃金水準が低くなっており,その回復には 10

(14)

年程度の時間がかかることを明らかにした.

太田・玄田[2007]および Genda, Kondo, and Ohta[2010]では,「労働力調 査特別調査」(1986 2001 年 2 月調査)と「労働力調査(詳細結果)」(2002

2005 年 2 月調査)の個票データを接合して世代効果の分析を行った.

この分析では,データを若年男性労働者に限定して,学卒時の労働市場の 需給バランスが実質賃金に及ぼす影響を分析した.具体的な方法は,各労働 者の実質賃金水準を調査時点および卒業年の地域ブロック・年次別の完全失 業率に回帰して,その係数から世代効果を判定するものである.その際には, 調査年,地域,卒業年等の固定効果および地域別の線形トレンド,労働者の 属性(経験年数,学歴など)をコントロールする.

その結果,中卒および高卒では,卒業年の失業率が高かった世代ほど,少 なくともその後 12 年にわたり,持続的に受け取る実質賃金が低水準となる ことが判明した.卒業年の失業率が 1%と高くなると,その後 12 年にわ たって実質賃金は 5 7%程度持続的に低くなる.

さらに,Genda, Kondo, and Ohta[2010]は,太田・玄田[2007]の分析枠組 みをアメリカの Current Population Survey にも適用させて,日米比較を 行った.その結果,アメリカでは卒業時の労働需給状況の年収への影響は, 高校卒では時間を経過するにつれて急速に消失していき,3 年以内でほぼ解 消されることを明らかにした.よって,日米の若年労働市場の構造には何ら かの重要な相違が存在しており,その結果,日本の方が低学歴層の世代効果 が大きくなっているものと考えられる.

最近の研究である Miyoshi[2008]は,「慶應家計パネル調査」を利用して, 賃金に関する世代効果を検証している.その結果,日本の労働市場では賃金 は各時点での景気動向には影響されておらず,初職時点での失業率が賃金に 有意に影響を与えていることが判明した.これは,太田・玄田[2007]や Genda, Kondo, and Ohta[2010]と整合的である.

総じてこれまでの研究は,不況期に卒業した世代(とりわけ低学歴層)は 比較的長い期間にわたって賃金低下を被ることを示している.

3.2 離職・転職

(15)

就職先の選択肢が狭まってしまう.その結果,不本意な就職をせざるをえな い人々が増え,そのために後になって仕事を辞める確率が高まる可能性があ る.景気が少しでも回復すれば,よりよい仕事に転職しようとする人が増え るだけではなく,就職環境が悪い状態が続いていても不本意就職した人は少 しの追加的な不満の発生によって会社を離職することになるかもしれない. とりわけほとんどの若年者は,10 20 代前半の学校卒業段階で新たに仕事を 得ることになるので,すでに仕事を得ている割合の高い中年層に比べて企業 の採用動向に影響を受けやすい.また,若年期は「天職探し」の期間であり, そもそも自発的離職率が高いことから,不本意就業が離職・転職に結びつき やすいと考えられる6).1990 年代の不況が長期化するにつれて,そうした 観点から若年者の離職・転職行動を分析する研究の蓄積が進んだ.代表的な 研究としては以下があげられる.

前述した大竹・猪木[1997]は,男性の勤続年数が世代サイズや学卒年の労 働市場の需給バランスによってどのように影響を受けるかを検討した.推定 の結果,需給逼迫度は勤続年数に対して有意にプラスの影響を与えることを 示した.離職率が低下すれば勤続年数は長期化するので,これは離職による 世代効果を間接的に検証したことになる.

より直接的に若年者の離職・転職行動を分析したものとしては,太田 [1999]があげられる.この研究は,「雇用動向調査」(厚生労働省)から得た 男性若年層の転職入職率および離職率の変動を,調査時点の有効求人倍率と 過去の有効求人倍率によって説明しようとした.推定結果によれば,調査時 点の有効求人倍率は離職・転職率にプラスの影響を及ぼしているが,若年層 が直面した過去の有効求人倍率はマイナスの影響をもたらしており,とりわ け高等学校を卒業する時点付近の有効求人倍率の効果が強かった.太田 [1999]は簡単なサーチモデルを用いることで,学卒時にもっとも仕事との遭 遇確率が高まる労働市場の構造があるとすれば,学卒時の影響が突出するこ

(16)

とを説明可能であるとした.

若者の離職性向の高まりに警戒感が強まった時期に,厚生労働省は「雇用 保険事業統計」のデータから学歴別に在職 1 3 年未満で離職する割合の時系 列データを公表した(これは後に「新規学校卒業就職者の就職離職状況調査 結果」として公刊されることになる).そこで太田[2000]は,このデータを 用いて離職に関する世代効果の検証を行った.このデータの強みは,学卒就 職者の初職の離職率が学歴別に精密に把握できることにある.学歴別離職率 を離職時有効求人倍率および卒業時の新規学卒求人倍率(ただし短大・大卒 は有効求人倍率)で回帰したところ,学卒時点の求人倍率が離職率にマイナ スの影響を及ぼすことが判明した7)

他方,黒澤・玄田[2001]および Genda and Kurosawa[2001]は,「若年者 就業実態調査」(厚生労働省)の個票を用いて,離職が発生する確率を期間中 の失業率および学卒前年の失業率などで回帰した分析を行った.その結果, 学卒前年失業率は離職確率にプラスの影響をもたらすことが判明し,ここで も世代効果が検出された.個票データを用いることで,学校における就職指 導が就職の質を高めることを明らかにした貢献も大きい.

こうした世代効果の存在は,いくつかのインプリケーションをもつ.第 1 に,景気変動が若年の仕事の「質」に無視できない影響を及ぼすことが明ら かになった.不況期に就業機会の「量」が減少することは当然であるが,世 代効果の存在は,そうした「量」の減少は若者が適職につく可能性を低くす ることを通じて就業の「質」までも低下させるという副作用をもたらすこと を示している.

第 2 に,企業の採用抑制によって離職性向が高まるという新しい視点を提 示した.しばしば,「若者の就業意識が変化したために離職率が上昇してお り,そのために若年失業等が増えている」といわれる.とりわけ,豊かな時 代に育った若者は「こらえ性」がないために,離職率が高まっているという 解釈はかなり広く受け入れられているように思われる.しかしながら,これ までの世代効果の研究は,不運にも不況期に学校を卒業した世代は不本意就 業に陥りやすく,それゆえに離職性向が高まるという,従来の見方とはまっ

(17)

たく異なる視点を提起することになった.

3.3 その他の側面

卒業時点で不況を経験した世代は,他にもさまざまな側面で不利な状況に 陥る.

第 1 に,後の就業確率に負の効果を及ぼす.太田・玄田[2007]は,中学・ 高校卒では卒業年の失業率が高かった世代ほど,卒業後も就業していない確 率が高くなることを示している.女性の就業確率については,近藤[2008]が 家計経済研究所の「消費生活に関するパネル調査」を用いて,卒業年失業率 の 1%の上昇は,卒業後 7 年以上たった後も就業率を 6.8%低下させること を見出している.

第 2 に,たとえ就業しても不安定な就業形態をとることが多くなる.黒 澤・玄田[2001]では学卒年失業率が高い世代では正社員就職確率が低くなっ ていることを見出しており,太田・玄田[2007]でも,学卒年失業率が高かっ た低学歴層(中学・高卒者)は,その後も持続的にフルタイム就業確率が低 下することを確認している.

また,酒井・樋口[2005]は,「慶應家計パネル調査」の回顧データを用い てフリーター経験の帰結をハザードモデルによって分析している.その結果, 一度フリーターになった者は低所得に甘んじる傾向があり,最近ではフリー ター状態から脱し難くなっていることが明らかにされた.このことは,フ リーター経験の持続性を示すものである.また,こうした傾向は結婚年齢や 出産年齢の高まりにつながっていた.ただし,非正規経験者は外部から観察 しにくい何らかの属性によって,その後も非正規を継続する傾向があるので あって,非正規経験そのものが非正規経験を生み出すかどうかは判定が難し い.

(18)

第 3 に,就職先の企業規模にも影響を及ぼす.大竹・猪木[1997]は,「賃 金構造基本統計調査」の個票を用いることで,高校卒では好況期に就職した 世代ほど大企業に勤めている可能性が高くなることを明らかにした.こうし た企業規模への効果は,「労働力調査特別調査」および「労働力調査」を用 いた太田・玄田[2007]でも確認されている.

3.4 実証分析の論点

これらの実証分析においては,今後考慮しなければならないいくつかの論 点がある8)

第 1 に,進学行動をモデル内に組み込んだ分析が求められる.労働市場で 比較的高い賃金を得る資質のある人材ほど不況期に大学に流れてしまうよう な場合には,不況が高卒就職者の平均的な「質」を低下させてしまい,それ が推定結果に反映される危険性がある9).実際,太田[2007]は,2000 年 「国勢調査」(総務省)の都道府県別データから 20 24 歳層の在学率を算出し,

その決定要因として県内総生産の全国に占めるシェア,高所得世帯比率,短 大・大学数,25 歳以上の短時間雇用者比率,そして高卒求人倍率(1994 98

年の平均)を考慮した回帰分析を行った結果,高卒求人倍率と 20 24 歳層の

在学率との間に有意な負の相関を検出した.よって,進学選択の問題を包含 した形での分析が今後望まれる.

第 2 に,地域労働市場の需給バランス指標を用いて,世代効果を識別する ことについても留意すべき点がある.それは地域間の労働移動がもたらす問 題である.移動コストが存在しない仮想的な労働市場を想起すれば理解しや すい.労働市場が地域間できわめて流動的であれば,たとえば高校所在地の

8) 大森[2007]は,労働市場新規参入時の状況の長期的な影響について,計量経済学的な側面から 論点整理を行っており,有用である.

(19)

労働市場の需給バランスの違いは,その後の就業状態にほとんど影響を及ぼ さないはずである.なぜならば,求人の少ない地域から多い地域に移動すれ ば地域の労働市場の状況の影響を被らなくて済むからである.その一方で, 地域に共通したマクロの需給バランスの変化は,地域間労働移動によって回 避することはできない.この場合には,マクロの変動こそが世代効果の源泉 となる.しかしながら,従来の研究はマクロの労働市場の変動を時点ダミー で処理したうえで,地域間の需給バランスの変化に基づいた識別を行ってき た.こうしたことが,推定結果に何らかの影響を及ぼす可能性があることは 留意すべきであろう.

第 3 に,パネルデータを用いる場合には,観察不能な属性の処理が問題と なる.たとえば,初職が非正規であった労働者が,その後も非正規就業を続 けやすいという事実が明らかになった場合には,主に 2 つの解釈がありうる. 1 つは,非正規就業を行っていたという事実そのものが,正社員への移行を 妨げるような因果的効果(causal effect)が作用したという解釈である.も う 1 つは,その個人の属性が非正規就業と親和的である場合であり,非正規 になりやすいタイプの個人が,非正規就業を続けるという見せかけの相関で ある.通常,世代効果を問題にするときには,不況が多くの非正規就業を生 み出し,それが持続するという意味で因果的効果が念頭にあるために,これ ら 2 つの効果を識別する必要が生じる.しかしながら,適切な操作変数を見 つけるのは必ずしも容易ではない.

4

企業の採用行動

4.1 雇用システムとの関連

世代効果が日本で強くみられる(Genda, Kondo, and Ohta[2010])ならば, そこには何らかの日本の雇用システムが関与しているはずである.とくに, 若年正社員の採用が新卒段階に集中していることが問題となっている可能性 がある.すなわち,景気変動に応じた雇用調整が新卒採用の抑制という形を とることが 1990 年代の「氷河期世代」を登場させたものと推測される.

(20)

りわけ新卒採用を重視することについては,いくつかの理由が考えられる. 一般に,企業内訓練による生産性向上を重視している企業は,若年を採用 する意欲が高くなる.企業内訓練を重視するということは,形成される技能 は企業特殊的な側面が強いことを意味するが,自社の従業員に対して他企業 に通用しにくいスキルを身につけさせるためには,訓練費用の一部を企業が 負担しなければならない.そうした費用を回収するためには長期の雇用が必 要であり,それゆえに企業は若い労働者の採用を望むようになる.日本企業 は,企業内で「仕事につきながらの訓練」(OJT)によって高度なスキルを 形成することに長けていると主張されることがあるが,もしもそれが他国に 比べて企業特殊的なスキルのウェイトを高めているならば,新卒重視の採用 形態が一般化しても不思議ではない.

もちろん,ある程度若ければ新卒者でなくとも訓練投資費用の回収は可能 であるが,若年中途採用よりも新卒採用の方が好まれる傾向がある.まず, 離職した労働者には「定着性の低い労働者」としての烙印が押されるかもし れない.企業が労働者の定着性を直接観察できず,離職者のなかには仕事と のミスマッチによって転職した人と,定着性がそもそも低い人が混在してい る状況であれば,訓練を重視する企業ほど中途採用に慎重になる可能性があ る.一方,この場合には,新卒者に定着性の低い者が混在している割合は離 職者よりも低いことから,企業は新卒者を安心して雇用することができるよ うになる.

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さらに,「他企業の経験をしていない」ということそのものが,訓練の効 率性を高める可能性もある.スポーツの選手が自我流のトレーニングでつい たクセを矯正することに時間がかかるのと同様に,企業特殊訓練の場合には 他企業の訓練が阻害要因になることもありうるだろう.

こうした論点について実証分析の蓄積があれば望ましいが,残念ながらあ まり見受けられない.数少ない研究のうち,太田[2009]は,「雇用動向調査」

(厚生労働省)から産業別・時点別の入職者データを得ることで,若年採用比

率(採用者に占める若年比率)を被説明変数とした回帰分析を実行した.訓 練の企業特殊性を企業規模と臨時・日雇労働者比率(の低さ)で把握しつつ, 産業・時点の固定効果をコントロールした分析の結果,以下のような結論を 得た10)

第 1 に,雇用成長が高いほど若年採用比率が高まる.成長している産業は, より積極的に若年採用を行っている.第 2 に,企業特殊技能の蓄積を重視す る産業は若年採用のウェイトを高める傾向がある.この結果は,新卒重視の 日本的雇用システムの背景に,企業特殊技能に対する訓練があることを示唆 する.第 3 に,企業特殊技能の蓄積を重視する産業ほど,若年離職率の上昇 は若年採用にマイナスの影響をもたらす.総じて,若年採用比率を決定づけ るものは,スキルの企業特殊性と全体の労働需要の強さ,そして離職率の動 向であることが明らかになった.この点について解釈を進めると,1990 年 代以降の成長の停滞が,若年よりもむしろ即戦力となる壮年層の採用比率の 上昇をもたらし,若年離職の増加が,若年に対する良質な OJT の機会を 奪った状況が理解される.もちろん,企業特殊訓練が重視される日本企業に おいては,若年の採用比率はもともと高水準にあったが,「失われた 10 年」 において企業の将来見通しが暗くなることで,急激に若年の雇用環境が悪化 したものと考えられる.

(22)

4.2 動的なメカニズム

前節では,「なぜ新卒に採用機会が集中するか」という問題を取り上げた. 以下では,「長期不況のなかでなぜ新卒者の採用抑制が大幅に行われたのか」 という点を検討しよう.

第 1 に,長期不況によって企業にとって将来の見通しが立たなくなってき たことがあるだろう.このことは新卒採用のメリットの低下をもたらす.将 来の不確実性が高まると,若年を採用して長い時間かけて一人前に育成する ことの利益が小さくなる.綿密な訓練投資を行っても,それが将来的に生か される状況になるかどうかわからないためである.つまり,企業が自社の長 期的見通しに楽観的である場合と悲観的である場合とでは,若者正社員の採 用意欲に大きな差が生じる.前者だと先を見据えた若年正社員の採用が生じ うるが,後者の場合には,若年採用は低迷してしまう.なぜならば,若年正 社員の採用は「投資」という側面が強いからである.

第 2 に,多くの日本企業は,若年採用を活発に行いつつ中高年を解雇する という方針をとらなかった.むしろ,中高年の雇用を維持するために若年採 用を抑制した傾向が強い.中高年の雇用維持の必要性は,いわゆる「解雇権 濫用法理」によって正社員の雇用が守られていることや,実際に解雇を行う とモラルの低下などさまざまなコストが発生することから生じる.結局,企 業が雇用人数を減らそうとすると,より厳しく新規採用を抑制せざるをえな くなる.すなわち,インサイダーたる中高年の雇用を安定させるために,ア ウトサイダーたる若年の雇用が不安定となる側面がある.このように,中高 年の雇用維持が若年の就業機会を奪う現象を玄田[2001a,b]は「置換効果」 と呼んだ.

この効果についても,世代効果と同様にいくつかの実証研究が登場してい る11).現段階で得られた知見を総合すれば次のようになる.①若年労働と 中高年労働には代替関係がある,②中高年比率の高い企業や事業所では,新 規採用の抑制が行われやすい,③労働組合のある企業では,置換効果がより 強く働く,④ 61 歳までの定年年齢の延長を実施・検討している企業では, 若年採用が抑制されやすい.

(23)

成長の鈍化と不確実性の増大,そして人件費コストの上昇に対して,企業 は採用抑制のみで対処したわけではない.賃金が安く,雇用調整の容易な パートやアルバイトを中心とした非正規従業員の比率を高めることで,人件 費の変動費化を図ってきた.そのプロセスで大量に生み出されたのが,いわ ゆるフリーターにほかならない.フリーターが増えていることについては, 「会社に縛られたくない若者が増えたから」という説明がなされることが多 いが,日本企業の採用戦略の変化が大きな役割を果たしている.「平成 15 年 版国民経済白書」では,内閣府による「若年層の意識実態調査[2003]」の結 果を詳細に報告している.その質問項目の 1 つに,「あなたは現状とは関係 なく,どのような就業形態でありたかったと思いますか」というものがある が,現在フリーターである回答者のうち 72.2%が「正社員」としており, 「パート・アルバイト」は 14.9%に過ぎなかった.このように,もともとフ リーターになりたかった者は通説とは逆に少なく,フリーターはまぎれもな く不本意就職の一形態であることがわかる.

第 3 は,技術革新と国際競争の激化である.これまでの日本経済は,製造 業の強さが国際競争力を生み出したが,とりわけその生産部門は,多くの高 卒者にブルーカラー労働者としての雇用機会を提供してきた.ところが,製 造業の就業者数はバブル景気時の 1569 万人(1992 年)をピークに,急速に 減少していった.この背景としては長期不況の影響が大きいが,それと同時 に工業化の著しいアジア諸国との苛烈な競争にさらされたことで,日本の製 造業(の少なくとも一部)が国際競争力を失ったことが影響を与えている. このような製造業の停滞は,製造業の新規求人数に如実に反映されている. 「職業安定業務統計」(厚生労働省)によれば,1992 年に 13 万 8,000 人で あった製造業の新規求人数は,2002 年には 6 万 1,000 人と半数以下となっ た.製造業の高校新卒者への求人数も大幅な減少となり,1985 年で 40%で あった製造業に就職する高校新卒者の比率は,2002 年には 31.5%まで低下 した.以上から,こと高校新卒者に限れば,国際競争の激化にともなう国内 製造業の不振が若者,とりわけ高卒者の就職環境にマイナスの影響をもたら していると推測できる.

(24)

て,労働市場における大学卒業者の比率は趨勢的に上昇しているが,学歴間 賃金格差は縮小していない.このような現象を説明する仮説のひとつは,技 術進歩によって企業の労働需要が高卒から大卒にシフトしたというものであ る.いずれにせよ,これらの経済構造の変化によって,高校新卒者は大学新 卒者以上に就職市場において困難な立場に立たされたことは間違いないであ ろう.

以上のような若年採用の停滞は,企業内における若者の仕事量と質に大き なインパクトをもたらした.玄田[2001b]は,「就業構造基本調査」(総務 省)のデータを用いて,若年の労働時間の変化を検討した.年間 250 日以上 就業している有業者のうち,1 週間の労働時間が 60 時間以上である比率を 時系列的に調べたところ,男性 30 代および女性 20 代では,1987 年から 1992 年にかけて低下した長時間雇用者の比率が 1997 年には上昇に転じてい ることが確認された.この事実を受けて玄田[2001b]は,「(長時間労働の若 年が増えていることには)不況によって業務ノルマが高まった,採用抑制で かえって仕事量が増加したことなどの影響がある」(p. 137)と結論づけてい る.企業において若年に割り振られる仕事は概して末端業務が多いものと想 定されるので,若年層の労働時間の増大は,彼らの仕事上のストレスを高め る方向に作用しやすいと考えられる.

さらに,太田・大竹[2003]は中部地域の企業に勤務する労働者を対象とす るアンケート調査を分析した結果,個人に割り振られる仕事量や労働時間の 増大が,各人の能力開発の機会を奪う傾向にあることを見出した.また,職 場の人数の減少は,その職場における「ゆとり」を低下させ,訓練機会を減 少させる.このような事実が日本全体に当てはまれば,若者にとって技能向 上の機会が狭まりつつあることを意味する.

以上,世代効果の背景として,①新卒者中心の採用と,②採用抑制を基軸 とした雇用調整,について論じた.

5

結論

(25)

理した.その結果,バブル崩壊後に観察された若年失業者,フリーター, ニートといった人々の増大の基本的な要因は,労働需要の不足にあったこと が示された.そのうえで,これまで蓄積された日本における世代効果の実証 分析を紹介した.バブル崩壊以降の学卒時の労働市場の悪化は,賃金水準, 離職・転職,就業状態などの多くの面で,その後の若年層の勤労生活に悪影 響を及ぼした.さらに,こうした世代効果をもたらした要因として,新卒を 重視する日本企業の採用行動があることを論じた.残された研究課題は少な くない.

第 1 に,世代効果発生の具体的なメカニズムの追及は,困難ではあるが, 重要な作業である.先に述べたように,学校卒業段階で不況を経験した低学 歴の労働者は,その後も非就業である確率が高い.しかしこうした事実を説 明するのは,学校卒業直後に非就業になり,それが継続するケースばかりで はない.せっかく学卒後に就職できたとしても,就職先とのミスマッチが大 きくてその後に就業から非就業に移行する人も増えるかもしれない.あるい は,学校を不況期に卒業した世代ほど,一度非就業状態に陥ると,そこから の離脱が困難になることもありうる.このように労働力状態間の移行に着目 することで,世代効果をもたらすメカニズムをより明確に把握することがで きるようになるかもしれない.

第 2 に,世代効果の強さを学歴以外の労働者の個人属性と関連づけること で,重要な情報を得ることができる可能性がある.資格の有無や教育訓練へ の参加が,世代効果にどのような影響を及ぼすかは,政策的にも重要な論点 になると思われる.そして,そのためには十分にリッチなパネルデータの開 発・公開が望まれる.

(26)

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(27)

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参照

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