北極陸域の地球環境科学
大学院地球環境科学研究院・大学院環境科学院 教授
杉本
す ぎ も と
敦子
あつこ
(理学部地球惑星科学科)
専門分野 : 生物地球科学
研究のキーワード : 水循環,炭素循環,温暖化,永久凍土生態系,安定同位体 HP アドレス : http://geos.ees.hokudai.ac.jp/~sugimoto/
何故北極域を研究するのですか?
北極域は温暖化の影響が最も大きく現れる地 域です。冬期の積雪、そして地下の永久凍土が特 有の水循環を形成し、植生や温室効果ガスの吸収 と放出を変化させています。地球温暖化は北極域 の雪や氷、植生を変化させ、結果的にさらなる温 暖化を引き起こす可能性があります。重要な地域 であるにもかかわらず、地上の観測点も少なく、 ましてや地下の永久凍土の観測は容易ではないた め、将来の予測はおろか現状がどのようになって
いるのかさえわかっていません。北極域の地球環境科学はまだ始まったばかりです。 私が研究対象を選ぶ動機は単純です。地球上の水循環・炭素循環を考える上で重要と思 われるもの、つまり、たくさんあるものや面積の広いものなど。北極域の研究は東シベリ アのタイガ林から始めました。東シベリアのタイガ林は北米や北欧の常緑針葉樹林とは異 なり、落葉針葉樹のカラマツ林です。東シベリアのカラマツ林は世界の森林面積の約1/5 を占める広大なものですが、まだ多くの研究がなされておらず、とても魅力的なフィール ドです。北極域での研究は、このタイガ林の北端の生態系として取り組んでいます。
どこでどんなことをしているのですか?
私の研究室では夏の期間は多くの学生が観測にでかけます。 東シベリアには2つの観測地点があり、1つはロシアサハ共 和国のヤクーツク市(62N 129E)から車で1時間ほどのス パスカヤパッド実験林で、北極圏の少し南の地点です。ステー ションに滞在してタイガ林の気象観測や地温・土壌水分の観 測の他、植物の光合成や水・CO2の観測、年輪を用いた研究 など、様々な観測を行っています。内陸性の気候帯のため降
水量は非常に少ないのですが、それにも関わらず、美しい森林が存在しています。中低緯 度帯の森林とは異なり、立木密度が低い(つまり木と木の間の距離が大きい)ため、森の 中で上を見ると青い空が見えます。日射が地面まで届くので緑色のコケモモのじゅうたん で覆われとても美しい森林となっています。東シベリアは世界で最も広く深い永久凍土が
出身高校:大阪府立清水谷高校 最終学歴:名古屋大学大学院理学研究科
環境系
図2 ヤクーツクの観測ステーション 図1 チョクルダ観測サイト
大学院等
存在する地域で、わずかな降水量にも関わらずこのような 美しい森林が存在できるのは、地下およそ1mに存在する 永久凍土が重要な役割を果たしていることが観測から明ら かになりました。
もう1つは同じサハ共和国のチョクルダ(70N 148E) という村で、インディギルカ川の低地に広がるタイガとツ ンドラの境界域です。村の民家を借りて寝泊まりし、観測 サイトまでは道路がないためボートで移動します。 北極圏内にあるため、夏の期間、太陽は沈みません。 ここでもヤクーツクと同様に地温や土壌水分、植物 の光合成の観測などを行っていますが、これらに加 えて、メタンの観測や永久凍土のボーリングを行い、 永久凍土中の有機物や凍土形成過程の観測を行って います。永久凍土中の有機物は現在は氷に閉じこめ られていますが、永久凍土が融解するとCO2やメタ ンが放出されて、これらはさらなる温暖化を招く可 能性があます。今後の気候変動を予測するために重 要な観測です。
安定同位体比を用いたフィールド科学
実際に野外で起こっていることを自分の目で見て観測す ることによって、未知の現象や問題を発見することができ ます。もしそれが重要な現象だとしたら、その解明のため に研究活動は次のステップに移ります。私の研究室では、 質量分析計という精密分析機器を用いて水や炭素、窒素な どの様々な物質の安定同位体比を測定しています。例えば 酸素なら18O/16O、炭素では13C/12Cです。安定同位体比は、 水では雨や雪が形成される時、水が蒸発するときに変化し、
炭素は植物が光合成をしたり、あるいはメタンが生成したり酸化されたりするときに変化 します。つまり、安定同位体比を測定することによって、それらがどのように起こってい るかを知ることができるのです。安定同位体比測定の ためにはサンプルを持ち帰る必要があります。様々な 困難を伴う野外観測では決して楽な作業ではありませ んが、野外観測と安定同位体比をあわせたフィールド 科学によって、自分自身のフィールドでの発想を原点 として、現場で実際に起こっていることを解明するこ とができるでしょう。北極域にはまだまだ解明されて いないことがたくさん残っています。
図4 チョクルダにおける観測風景。永久凍土観 測のためにボーリングを行っている。
図5 質量分析計に接続されている 分析機器
図6 先輩の分析を見学する学生
図3 ヤクーツクにおける観測・サン プリング風景
大学院等
ナノの世界での有機・無機の出会い
大学院地球環境科学研究院・大学院環境科学院 教授
小西
こにし
克明
かつあ き
専門分野 : ナノサイエンス,超分子化学,環境科学
研究のキーワード : 機能性物質,ナノテクノロジー,クラスター,有機無機ハイブリッド HP アドレス : http://park18.wakwak.com/~konishi/
何をやっているのですか?
私たちの身のまわりにあふれている色々な物質-それらが「有機物」と「無機物」に分 類されることは良く知っていると思います。もともと「有機物」という呼称は「有機体す なわち生物が生産する物質」というところから来ていますが、現在においては化学合成で 人工的につくられるものを含めて「炭素を骨格とする物質」の総称と
して使われます。一方、「無機物」は、文字通り「有機物でないもの」 です。これらは性質的にも構造的にも全く異なるため、化学の授業で は区別して扱われていますが、実際には両者が一体になった「有機無 機ハイブリッド」の形で機能が発現している場合が少なくありません。 本研究では分子のレベルでものをみる「化学」の見地から、有機物と 無機物の出会いをナノの世界で実現させ、ハイブリッド化に基づくあ たらしい機能をつくる研究を行なっています。
何を目指しているのですか?
金属が無機物の代表であるのはいうまでもありません。金属といえば輝く金属の塊を思 い浮かべますが、その一方で教科書では金属イオンという形も出てきます。前者には無数 の金属原子が、後者には一個の金属原
子が含まれています。最近、数個から 数千個の金属原子を含むクラスター
(「ブドウの房」の意)とよばれる物質 が独特な性質を持つことがわかってき てきました。この無機クラスターは、 原子や分子を測る尺度であるオングス トローム(Å)よりも一回り大きいナ ノメートルのサイズ領域にあり、今世 紀に入ってからナノテクノロジーと の関係で爆発的な進展を遂げており、 次世代の材料や医薬の中核となると期 待されています。私達は、こうした魅 力的な性質をもつ無機クラスターを用
出身高校:甲陽学院高校(兵庫県) 最終学歴:東京大学大学院工学系研究科
ミクロの世界/環境系/マテリアル
これも有機無機 ハイブリッド
いて、有機物とナノのレベルで精密に組み合せることで新しい機能を実現し、環境汚染物 質のセンサーや吸着材料などへの展開を図っています。
その一つの例として無機クラスターの光化学特性を利用した化学センサーについて紹介 しましょう(左ページ図)。無機クラスターの中には、無機骨格由来の独特な色調や発光(蛍 光)を示すものが知られています(黄色絵具が黄色いのは本質的に同じ原理によるもので す)。このまわりに有機物でできた適切な空間を設ければ、ターゲットとする物質に対して 特異的に発光や色調の変化(応答)を示すことができるようになります。有機部分を合成 化学によって自在にデザインできるメリットを利用して、これまでに、有害な重金属イオ ンや内分泌性攪乱活性(いわゆる環境ホルモン)が危惧されているビスフェノールAなど に対して選択的に応答する系の構築に成功しており、簡便な環境センサーへの道が開かれ ました。有機物と無機物の特性を巧妙にコラボさせることによって、センサーに限らず多 様な機能の発現が期待されます。
その一方で、より基礎的な観点から新しい無機クラスター構造と機能の探索にもチャレ ンジしています。これまでに、10個程度の金原子がふくむ新しいクラスターについて、い くつかの新しい例を見いだすことに成功しています。これはいってみれば「ナノ金細工」 ですが、金原子の配置(立体幾何構造)が極めてバラエティに富んでいることがわかって きました。さらに金属数が同じでも配置構造が全く違う場合があるなど、これまでの金属 化合物についての常識が通用しない奥深い点があることも判明しています。また、これら の金クラスターは構造に依存した様々な色を示し、青、緑、ピンク、オレンジ、赤といっ た多彩な色を出すことができま
す。同じ金属(金)を使ってい るのに、少しだけ金属の配置や 数がちがうだけでこれだけ色が 変ってくるのですから面白いも のです。現在は、こうした色を 利用した環境応答分子の設計に ついても取り組んでいます。
化学への招待・・・
「化学」というと環境汚染や温暖化ガスといった負のイメージが先にたつかもしれませ ん。しかし私達が今日享受している物質的豊かさは、人類が「化学」を使いこなすことで 獲得してきたものです。したがって社会問題化している環境問題の解決や新材料の開発な どを通じてサステナブルな社会を実現するためには、物質をつかう化学の力が必須です。
「化学」の醍醐味は、周期表のあらゆる元素がもつ特性を自在に使って、多様な物質ひい ては機能を創って行けることにあり、これが他の分野にはない特徴であるといえます。こ うした無限の可能性に興味をもって化学分野を専攻する学生が1人でも増えるように願っ ています。
ナノの世界での金細工:構造中の金原子の配置(幾何構造)によって、多彩 な色調をしめす。
植物の季節応答と生態系のつながり
大学院地球環境科学研究院・大学院環境科学院 准教授
工藤 岳
くどう がく
専門分野 : 陸域生態学,植物生態学
研究のキーワード : 生物季節,環境応答,気候変動,生物間相互作用 HP アドレス : http://hosho.ees.hokudai.ac.jp/~gaku/index-j.html
何を研究しているのですか?
季節変化がもたらす生態学的な重要性について研究をしています。私たちの暮らしてい る温帯は季節性が明瞭で、ほとんどの動植物は芽吹き、開花・結実、渡り、冬眠、落葉と いった固有の活動サイクルを持っています。これを生物季節といいます。生育に不適な季 節の存在は生物の活動時期や期間を決定し、高山帯のようにとても寒冷な環境では積雪期 間が植物の生産活動を制限します。季節は植物の生活に自然選択圧として強く作用し、生 育環境に特有の季節性への適応が必要になります。例えば、生育期間が気候的に制約され ている環境では、短期間で開花結実できる性質が有利となります。陸上生態系では光合成 による炭素固定を行う植物が生態系の骨格を作っていて、葉・花・果実などの生産は、そ れを直接・間接的に利用する動物の生命を支えています。植物の開花や結実は、場所や季 節によって大きく変動し、年によっても大きく異なるので(豊凶現象)、花や果実を餌資源 として利用する動物群集に強い影響を及ぼします。さらに植物自身の環境形成作用が季節 性を作り出すこともあります。
例えば落葉広葉樹林の開葉タイ ミングは、林内の光環境を変化 させ、下層植生が利用できる光 資源量を季節的に変動させます。 植物の季節的環境応答 とその 生態系への作用について、主に 寒冷生態系で野外調査を中心と した研究を行っています。さら に、地球温暖化などの気候変動 は生物季節にも強く作用します。 気候変動がもたらす生態系撹乱 も大きな研究テーマです。
どんなところでどんな研究をしているのですか?
高山生態系の調査は、主に大雪山国立公園で行っています。大雪山系は我が国最大の高 山生態系を有しており、多様な高山植生と豊富な雪渓があり、季節性の研究には最適な環 境です。大雪山での調査は大学院生だった頃から25年に渡って継続していて、開花結実状
図1 植物の季節応答とその生態系機能の解明
出身高校:東京工業大学付属工業高校 最終学歴:北海道大学大学院環境科学研究科
いきもの
況と気象環境の長期モニタリングを行っています。こ れまでに、生育期間の短縮に対する高山植物の生理生 態的応答と生長戦略、高山植物の遺伝構造、花粉媒介 昆虫と高山植物の繁殖特性の関係、発芽特性の種内・ 種間変異、積雪環境と植生変化の関連などについて研 究を行ってきました。さらに近年、高山帯では雪解け の早期化が進行していて、土壌の乾燥化が起きていま す。その結果、湿生お花畑の衰退など、気候変動の深 刻な影響も明らかになってきました。
森林生態系の調査は、札幌近郊の自然林や研究林を 利用して行っています。樹木の開花量の経年変動(豊 凶)は、花粉媒介昆虫であるマルハナバチ個体数の年 変動を引き起こし、林床植物の受粉効率に強い影響を 及ぼすという、送粉系を介した生物間相互作用の実態 が明らかになりました。林内光環境の季節変化に対す る林床植物の生長戦略、光合成で獲得した同化産物の季節 的な利用様式と繁殖活性との関連、土壌温暖化に対する植 物の季節応答についての操作実験なども行ってきました。 また、早春の気候変動が植物の開花時期と越冬していたマ ルハナバチの出現時期のタイミングのずれを引き起こし、 植物の受粉サービスに影響をもたらす生物季節の不一致
(フェノロジカルミスマッチ)のメカニズムについても研究 しています。暖冬で雪解けが早い程ミスマッチが大きくな り、春咲き植物の種子生産が低下することが分かりました。
次に何を目指しますか?
生物間相互作用の形態は、生物群集の地域性に強く影響されます。花粉媒介に関わる植 物と昆虫の相互作用がもたらす自然選択圧も、地域によって変わってくるはずです。北半 球の寒冷地域で重要な花粉媒介者であるハナバチ類の生活環(季節性)は、花の形質だけで なく群集の開花様式にも強い影響を及ぼしているはずです。それを確かめる第一歩として、 北海道と似通った気候帯にありながら社会性ハナバチが欠如しているニュージーランドの 高山生態系を比較することにより、高山植物群集の開花構造が生物間相互作用を介してど のように進化してきたのかを明らかにする研究を始めたところです。気候要因に対する季 節応答に加えて、生物間相互作用が生み出す生物季節応答を解明したいと考えています。
参考書
(1) 『生態系と群集をむすぶ(シリーズ群集生態学4)』,京都大学学術出版会(2008) (2) 『生物のつながりを見つめよう(エコロジー講座5)』,文一総合出版(2012)
写真1 大雪山五色が原で進行中の湿生お花 畑の 消失。 上部写真は 1990 年、 下部写真は 2007年に撮影したもの。90年代前半にハクサ ンイチゲ群落は消滅した。
写真2 早春の林床に現れるエゾエンゴ サクの花を訪れるアカマルハナバチの 女王。開花時期とマルハナバチの出現 時期は、雪解けの早い年には一致しな くなり、植物の種子生産は低下する。
「貧困」を生きる人びとのくらしを書く
大学院メディア・コミュニケーション研究院
大学院教育学院 准教授
専門分野 : フィリピン地域研究,サマ・バジャウ研究,貧困研究 研究のキーワード : 経済,文化人類学,くらし,ことば,コミュニケーション
現在の研究に取り組むに至った経緯は何ですか?
フィリピンの地域研究を専門としています。とくに、貧困者及び貧困問題に取り組む現 地の人びとの生き方について民族誌的手法で書くことを仕事としています。大学院では、 アジア諸国を対象に経済発展論や開発経済学を学 びましたが、フィリピンに留学した際に現地の文化 的少数者のうちでも「バジャウ」(自称はサマ)と呼 ばれる人びとにめぐりあったことがいまの研究につ ながっています。これらの人びとは従来、フィリピ ン南部の海域で海に関わる生業をもち、家船(居住 空間を兼ねた船)や沿岸部に建てられた杭上家屋に くらしていました。しかし、他の民族集団とフィリ ピン政府との間の武装紛争などによる治安悪化にと もない、もともとくらしていた地域に住めなくなり、 ほかの地域に難民として移住していきました。
私 が20代 後 半 に 初 め て ダ バ オ 市 に 貧 困 調 査 に 入ったとき、「バジャウ」といえば、「物乞い」の代 名詞でした。たしかにバジャウの人びとは稼げる仕 事もなく、教育も受けておらず、身なりもぼろぼろ でした。ほかの地元住民とは異なり、教会にもモスクにもほとんど通っていませんでした。 こちらが使うことばもあまり通じません。だから最初は、私自身だけでなく、地元出身の 調査助手さえも、「バジャウの人びとは差別されて困っている」から「福祉や援助が必要だ」 と義憤にかられていました。
しかし、自分の眼で見て、自分の考え方(枠組)で判断したことが正しいとは限りません。 ひとつの疑問は、数値で把握される経済的な側面だけ見て文化的な側面は考慮しなくてよ いのか。もうひとつの疑問は、当事者自身がくらしの中で大切にしていることは、異文化 からきた自分には見えないのではないか、というものでした。そこで、経済学の枠組から 越境して文化人類学を学び、生活の諸側面を統合して描く民族誌の手法に向かいました。
どのような方法で研究しているのですか?
「貧困」ときくと「お金がない状態」と思うかもしれません。しかし、もう少し深く考 えてみることもできます。たとえば、インド出身でノーベル賞受賞経済学者のアマルティ
社会
写真1 ダバオ市のサマ集落、満潮時(2002年)
写真2 ダバオ市のサマ集落、干潮時(2002年)
出身高校:神奈川県立湘南高校 最終学歴:東京大学大学院経済学研究科
青山
あおやま
和佳
わ か
ア・センは、ひとの生き方を評価するためには、財・所得そのものではなく、そのひとが いかなる「生き方」・「在り方」を達成できるかという観点に立つべきである、と提唱しま した。センは、ひとが行為主体としてもつ自由も重視しています。
センの考え方に刺激を受けながら、私が調査研究を実際に行う上で役立っているは、オ スカー・ルイスの一群の作品 です。ルイスは米国の人類学 者でメキシコの家族の1日を 描いた『貧困の文化』で知ら れていますが、実際には彼は じつに長い時間をかけ、多種 多様なデータを収集しながら、 貧困を生きる人びとの姿を書 きました。私も聴き取りや参 与観察をしながら、当事者が 必ずしも細かく把握していな い日常的な金融活動などにつ いて客観的なデータをとらせ て頂いています。また、継続 的に訪問することにより、2 世代以上に渡るくらしの民族 誌を調査地の人びとと共につ くろうと心がけています。
「貧困」を生きる人びとのくらしを書くことの意義は何ですか?
いまの社会科学において私の研究は、困難な研究対象 に接近したことと、現地調査により精緻な一次資料を収 集したことが評価されています。けれども、グローバル 化した世界において人類共通の課題である「貧困」の緩 和に自分の研究が役に立つかと問われれば、無力である と認めざるをえません。私がやりたいことは、「貧困」と いう概念のもとに人びとのくらしが過度に単純化されて 理解されたり、操作対象とされたりしてしまう危険に抗 して、ひとつの生々しい物語を語り継ぐことです。
参考書
(1) アマルティア・セン著/鈴村興太郎訳,『福祉の経済学―財と潜在能力』,岩波書店(1988) (2) オスカー・ルイス著/高山智博他訳,『貧困の文化―メキシコの5つの家族』,ちくま
学芸文庫(2003)
表1 物乞いでくらすサマの一家の家計(1999年5月~12月)
写真3 外国か らの古着を行商す る サマの少女
東アジアの越境的なリージョナル放送の構築
大学院メディア・コミュニケーション研究院
大学院国際広報メディア・観光学院 准教授
専門分野 : 文化社会学,マス・コミュニケーション研究,日韓関係論
研究のキーワード : リージョナル放送,ナショナリズム,コミュニケーション,アニメ HP アドレス : http://www.imc.hokudai.ac.jp/imcts/teacher/?cmd=dt&id=6
何を目指しているのですか
東アジアでは、歴史問題や領土問題をめぐり、国家の論理を優先するナショナル・メディ アの越境的な展開によって葛藤と対立が表面化します。しかしこの地域には共有する将来 のビジョンを探り、未来への共通利益を創出していく政治過程と経済的・文化的交流が求 められ、そのためにも域内の相互理解を増進し信頼関係を構築するコミュニケーションが 必要となります。そこで、ナショナリズムを乗り越えて、地域の安定と相互信頼を醸成す ることで共通のアイデンティティを育むリージョナル放送空間の構築を将来的課題とし、 自国中心の国益や歴史感情に左右されない放送とは如何なるものであり、そうした放送媒 体の設立には何が必要なのかについて考えています。
こうした放送の一例と して、欧州連合(EU) には各国の公共放送がコ ンソシウムを形成して設 立したユーロニューズの ような多言語衛星放送が あります。ユーロニュー ズは、特定の国家の観点 に与することなく、中立 的に報道を行うことで地 域の相互理解に貢献して いるといわれ、それをと おして「ヨーロッパ人」 というアイデンティティ を育んでいます。しかし 東アジアに目を向けると、竹島や尖閣諸島をめぐって日韓、日中が対立すると、各国のメ ディア報道は冷静な対応を促すよりも対立を助長することで緊張を高めているのです。さ らに、インターネット上のサイバー空間ではナショナリズムが衝突することで、激しい非 難の応酬が繰り広げられているのが現状です。
したがって、東アジアのリージョナル放送の構築を将来的課題に据えながら、その公論 形成の過程を政治学・社会学・国際メディア研究の側面からアプローチして実践的な取り
出身国:韓国 最終学歴:東京大学大学院
人文社会系研究科
社会
歴史・領土問題
メディア報道の対立
インターネット世論の衝突 人権問題
北朝鮮報道
反 日 デ モ 靖国参拝
食料・環境 中国脅威論
外国人犯罪 共通のアイデンティティ 越境的リージョナル放送
東アジアの公論形成
東アジア共同体
玄
ひょん
武岩
むあん
ユーロニューズのデモ画面 日韓中テレビ制作者フォーラム(2011年9月 札幌)
組みに役立ちうる理論的基盤を構築することがまず課題となります。すると、東アジアに おける越境的なリージョナル放送の在り方は、メディアシステムの問題だけでなく、地域 の国際政治や人的・文化的変動のなかでグローバル化する現状を見据えながら考察しなけ ればならないため、情報産業論、大衆文化研究、ジャーナリズム論、ナショナリズム論、 日韓・日中関係論などの多様な視点から領域横断的に取り組むことが求められます。
どんな調査をしているのでしょうか
では、具体的にどのような調査を行っているかいくつかご紹介します。
たとえば、日本・韓国・中国三カ国のテレビ制作者が持ち寄った番組について議論し、 それぞれが直面する社会問題や表現手法などについて語り合う場として、2001年に始まっ た「日韓中テレビ制作者フォーラム」があります。東アジアのリージョナル放送の設立が 現実になったとき、そこには報道の仕方や番組の作り方、また視聴者の受け止め方など、 それぞれの社会体制や政治文化によってさまざまな課題が浮上することが予想されますが、 そうした諸問題が集約された縮図である同フォーラムの参与観察をとおして、それらの解 決策を探ることができます。
また、今日、大衆文化の交流は東アジアにおいてともに楽しむ共通の土台ができつつあ りますが、各国のコンテンツが越境したとき、それぞれの社会ではどのように受け入れら れているのでしょうか。たとえば『ちびまる子ちゃん』は中国や韓国でも人気のある日本 のアニメですが、こうした〈ホームアニメ〉のなかに描かれている日本特有のナショナル な生活スタイルや、伝統的な日本文化、日本の家庭内のやり取りなどが、中国や韓国で積 極的に受け入れられている背景は、日本とは異なるはずです。
そのほかにも、コンテンツの流通の産業的な視点や歴史文化的な視点、歴史認識や家族 像など価値観の表現や消費からの視点など、多岐にわたる領域をカバーする包括的なアプ ローチをとおして、共通の歴史認識や価値観を反映する番組作りの方法について探ること で、この地域における大衆文化の交流のさまざまな側面を東アジアの公論形成という視点 から体系化することが今後必要になるでしょう。
次に何を目指しますか
東アジアのリージョナル放送の構築という具体的な組織や仕組みをどのように具体化し ていくことができるのか、政策・組織・コンテンツなどの諸側面から地域のアイデンティ ティを育むリージョナル・メディアのモデルを提示し、それが実現できるさまざまな方策 を樹立します。
「宇宙で起きている化学反応」を実験で探る
低温科学研究所・大学院理学院 助教
羽
は
馬
ま
哲也
てつや
専門分野 : 物理化学,化学反応動力学
研究のキーワード : 天文学,恒星,惑星,原子・分子,化学進化
HP アドレス : http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/astro/index.html
何を目指しているのですか?
「宇宙ではどんな化学反応が起きているのか?」という ことについて実験研究をしています。20世紀になり電波・ 赤外線などによる宇宙観測が可能になると、星間空間に もさまざまな物質が存在することが明らかになりました。
星間空間には、恒星からの放出を起源とした原子(H、 He、C、N、Oなど)のガスや鉱物微粒子(星間塵)が 希薄に存在しています。ガスや星間塵は重力により次第 に集まり、Hは星間塵上で別のHと出会い、水素分子(H2) へと進化します。星間空間においてH2が高密度(103~ 105個/cm3、およそ1兆分の1気圧)になった領域を分 子雲と呼びます(図1)。太陽をはじめとする恒星や惑 星はこの分子雲から進化したと考えられています。
分 子 雲 は 非 常 に 低 温 で あ る こ と が 知 ら れ て い ま す
(-263℃)。一般に、化学反応は低温低圧になるほど起こ りにくくなりますが、分子雲はH2のほかにも一酸化炭素
(CO)、水(H2O)、二酸化炭素(CO2)、アンモニア(NH3)、 アルコール類など150種以上の分子が微量に存在してい
る(化学進化している)ことが確認されています。「分子雲にはなぜこれほど多くの分子 が存在しているのか?」というのは物理・化学的な観点から見ても非常に興味深く、分子 雲内の化学反応過程を明らかにすることは宇宙での物質進化や星形成を解明する手がかり となります。
どんな装置を使って、どんな実験をしているのですか?
現在は、分子雲に豊富に存在する星間塵の触媒作用に注目し、その表面でおきる物理・ 化学プロセスを調べています。分子雲は極低温・超高真空状態にあるため、このような環 境を再現するために図2のような超高真空実験装置を用います。この実験装置の中には -263℃まで冷却できる金属基板が設置されており、ここに星間塵の主成分であるアモル ファス(非晶質)氷を作製します(図3)。作製したアモルファス氷にHやH2、OH、CO、 O2などを照射し、氷表面で生じている物理・化学現象を明らかにしていきます。低温のア
出身高校:大阪府立北野高校 最終学歴:京都大学大学院工学研究科
天体/原子・分子
図1 分子雲のひとつ、オリオン座の馬頭 星雲。分子雲には0.1μm程の鉱物微粒子
(星間塵)が漂っている。この星間塵がま わりの星からの光を吸収し遮ってしまうた め、分子雲は温度が非常に低く、その姿は 真っ黒に見える。分子雲では星間塵はそ の表面がアモルファス(非晶質)氷でおお われており、重要な化学反応場となる。
モルファス氷表面では、原子・分子は粒子として だけでなく波としての性質も顕著になりはじめま す。わたしたちの研究グループは、この原子・分 子の波動性による量子トンネル反応(反応のバリ アを透過して進む)が分子雲におけるH2Oや有機 分子の生成・進化・同位体分別に極めて重要な役 割を果たしていることを明らかにしました。分子 雲で起きている化学反応を室内実験で調べるとい う研究は少なく、これらの結果は世界でも高く評 価されています。
次に何を目指しますか?
天文学の研究手法のひとつとして「天体を構成 する分子の状態からその天体の環境を探る」とい う方法があります。どのような分子がどれほど存 在するか、それらはどのようなエネルギー状態(電 子・振動・回転・原子核スピンの量子状態)にあ るかを観測することで、その天体がどのような物 理環境にあり、どのように形成され進化していく のかを予測することが可能となります。このよう な研究を進めていくためには宇宙でおきる化学反 応について熟知している必要がありますが、実験 研究が非常に不足しています。たとえば-263℃の 氷表面で、ある分子がある化学反応で生成したと き、分子のエネルギー状態は氷表面と熱平衡状態
(-263℃)にあるのか?それとももっと高エネル
ギー状態にあるのか?このような問題は実はほとんどわかっていません。しかし、天体(と くに分子雲や彗星など)の観測研究から正しい意味を引き出すためにはこのような知識が 必要不可欠です。こういう未知の領域にどんどん踏み込んでいきたいです。
学生のみなさんへ
研究をしていてよく思うのですが、研究はスポーツや絵画、工作と似ていて、自分でやっ てみないとその面白さはわかりません。ある疑問にたいして自分なりの回答を考える、そ のために実験を工夫して、えられた結果の意味を正しく解釈するために勉強する。この面 白さは残念ながら文章では伝えることができません。学生のみなさんはこの冊子を読むだ けでは満足せずに、興味がわいたらぜひ研究室へ足を運んでみてください。わたしたちの グループはメンバーの専門分野が大きく異なっており(地学・物理・化学)、学際的である ことをひとつの特徴としています。学生の見学は専門を問わず歓迎いたします。
図2 実験に用いる装置。奥にあるのが超高真空 槽。なかにアモルファス氷を作製するための金属基 板が設置されている。手前にあるのは波長可変色 素レーザー。アモルファス氷表面の化学反応で生成 した分子のエネルギー状態を調べるのに用いる。
図3 分子動力学計算に よ る 氷結晶と アモ ル ファス氷のモデル。アモルファス氷とは地球で 見られる雪結晶のような結晶構造をもたない無 秩序な構造をもつ氷のことである(Suter et al. Chem. Phys. 326, 281(2006)より図を改変)。
自然環境中での微生物の役割
低温科学研究所 特任助教
久保
く ぼ
響子
き ょ う こ
専門分野 : 微生物生態学
研究のキーワード : 微生物,物質循環, 顕微鏡
HP アドレス : http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/micro-ecol/MicroEcol.htm
何を目指しているのですか
微生物は地球上のありとあらゆる環境に生息しています。普段は目に見えない小さな生 物ですが、顕微鏡を使って数えてみると1 mlの海水には十万から百万、1 cm3の泥の中に は一億から十億匹もの微生物が生息しています。また一口に微生物と言っても、実にさま ざまな種類があり、炭素、硫黄、窒素など主要な元素を含む様々な化合物を使ってエネル ギーを得て生活する能力を持っています。そのため地球全体の物質循環に大きな役割を果 たしていると考えられています。しかし微生物の多様性や物質循環に関して現在まで知ら れているのはほんの氷山の一角に過ぎません。様々な方法を使って、「どのような環境に」
「どのグループの微生物が」「どれくらいいて」「何をしているのか」を明らかにすること を目指しています。
どんな方法で研究しているのですか?
私は海や湖など水辺に生息する微生物の活動に興味があるので、まず野外に出かけます。 調査地の物理化学的な条件(深さ、温度、溶けているイオン種類や濃度など)を調べます。 これらはそこに生息する微生物の役割を知るヒントになります。そして様々な装置を用い て水や泥などの試料を採集し、実験室に持ち帰ります。(写真1)
微 生 物 に も い ろ い ろ いますが、ほとんどの微 生物は形が単純で、見た 目では区別がつきません。 ま た 培 養 す る の が 難 し かったり、時間がかかる ことがあります。そこで 近年は遺伝子情報に基づ いた微生物のグループ分 けがよく行われます。採 集した試料の中にどのグ ループの微生物がいるの かが分かれば、これまで の研究と照らし合わせて
出身高校:東京都立国際高校
最終学歴:ブレーメン大学生物・化学部(ドイツ) / マックス・プランク海洋微生物学研究所
ミクロの世界
写真1 春採湖(釧路市)での調査の様子
どのような性質を持った微生物なのかを推定することができます。また、試料中に、特定 のグループに属する微生物がどのくらいいるのかを数えるために、遺伝子配列情報をもと にして染め分ける方法があります。(写真2; 蛍光in situハイブリダイゼーション法とい います)これらの分子生物学的な方法により、環境中の未知の微生物の検出や、微生物の 種類とそれらの推定され
る役割の関連付けができ るようになってきました。
微生物が実際にどのよ うな機能を持っているの かを詳しく調べるために は、培養実験が必要です。 全微生物のうちほとんど は未だに分離培養されて いないといわれており、 まだまだ今まで知られて いなかった機能をもつ新 しい種が発見されること が期待されます。
次に何を目指しますか?
実際の自然環境で様々な微生物が一体何をしているのか、ほかの微生物あるいは環境と どのように相互作用しているのか疑問は尽きません。微生物が自然環境中の物質循環にど のようにどれくらい貢献しているのかを明らかにするのはなかなか大変です。多角的なア プローチによって少しずつ全体像の理解につなげたいと思っています。
写真2 蛍光色素で染めた微生物
写真3 冬の調査地(釧路市 春採湖)
究極の光と物資の相互作用を目指す
電子科学研究所附属グリーンナノテクノロジー研究センター 准教授
上野
うえの
貢生
こ う せ い
専門分野 : 光化学
研究のキーワード : フォトン,ナノテクノロジー,リソグラフィ HP アドレス : http://kueno.com/
光と物質の相互作用とは?
近年、環境・エネルギー問題が顕在化しつつあり、光触媒や太陽電池などの光エネルギー 変換デバイスに関する研究が注目されています。より進化したこれらの環境光デバイスを 開発するためには、その基礎となる光を吸収した分子・物質からの化学反応を取り扱う「光 化学」研究の深化が重要です。しかし、光化学反応の課題の一つに、光子(フォトン)と 一般的な分子との相互作用が小さいことが挙げられます。これは、通常の分子の吸収断面 積が〜1×10-15 cm2程度であるのに対しまして、光には回折限界が存在するために、通常光 化学反応に利用される紫外から可視域の光の波長を考えますと、サブマイクロメートル程 度にしか光を絞り込むことが出来ないことによります。従来、光吸収した分子(励起分子) の数を増やすためには、指向性や収束性に優れているレーザーが用いられてきました。レー ザーは光子密度が高い(光強度が強い)ために光吸収した分子数を増やすことができます。 そのため、レーザーは高感度な計測や難加工性材料への加工などに応用されてきました。 しかし、レーザーを用いたとしても相互作用の確率が変化するわけではありません。
究極の光と物質の相互作用を実現するためには?
究極の光と物質の相互作用を実現するためには、1つの分子に対して必ず1つ、あるい はそれ以上の光子を同時に相互作用させることが可能な反応場を構築することが必要と なってきます。その反応場は、光子を時間的にも、また空間的にも強く閉じ込めることが できる必要があります。そのような観点から、我々は光電場を1 nmの空間まで局在化して、 閉じ込めることが可能な局在表面プラズモン共鳴を示すナノギャプ金属構造体を最先端の ナノテクノロジーを駆使して作製しています。金や銀のナノ微粒子は、光と相互作用する ことにより局在プラズモン共鳴を示し、微粒子表面近傍に光電場増強を誘起します。増強 効果は、入射光電場強度の数10倍~100倍程度ですが、ナノメートル幅のギャップ構造を 有する金属ナノ構造は、∼105倍に及ぶ電場増強をギャップ中に誘起します。
微弱な光源による非線形光化学反応を実現
太陽光や水銀灯などを用いて光化学が研究されていた時代は1つの光子で1つの分子の 光化学反応が進行する光化学第2法則が第一原理でした。一方、非線形現象である2光子 吸収は、1931年にGöppert-Mayerによって理論的予測がなされていましたが、1961年に 前年のレーザーの開発によって初めて検証されることになりました。我々は、金属ナノ構
出身高校:埼玉県立春日部高校 最終学歴:北海道大学大学院理学研究科
光と音/ミクロの世界
図1 ナノギャップ中における光重合反応の略図 (a)、及び電子顕微鏡写真; 無偏光条 件 (b)、偏光照射条件(矢印)(c)
図2 プラズモンリソグラフィで形成したナノパターン
造が示す特異的な相互作用を利用し、レーザーを用いなくても同時2光子吸収が達成され ることを2008年に初めて明らかにしました。つまり、金属ナノ構造に~W/cm2の光を入射 しますと、光がナノギャップ中においては理論的に~MW/cm2弱の電場強度に増強される ことになり、新しい非線形光化学反応場となります。定常光源による光化学反応の実証に は、光酸発生剤を用いたカチオン性光重合反応を用いました。反応機構は、ナノギャップ において増強された近接場光が、光酸発生剤の2光子吸収を誘起して酸を発生させ、エポ キシ部位の架橋反応が進行します。実験には、1 W/cm2(波長600-900nm)のハロゲン光 を構造基板上に3時間照射しました。図1(b)は、構造に対して上方から無偏光条件、図1 (c)は図中の矢印に沿った偏光条件で光照射し、有機溶媒でモノマー分子と光酸発生剤を除 去した後に電子顕微鏡観察を行った結果です。この図から、ナノギャップ中(偏光条件で は 偏 光 に 沿 っ た ナ ノ
ギャップ中)にのみ、 光重合反応の進行が観 測されました。つまり、 このことはレーザー光 源を用いないで同時2 光子吸収を達成した初 めての例と言えます。
プラズモンリソグラフィで高分解能パターニング
金属ナノ構造が示す光を微小な空間に局在化させることが可能な特性を利用してさまざ まな応用が期待されます。光をナノメートルの空間に集めて増強させることにより、単一 分子のラマン散乱計測(表面増強ラマン散乱)も可能になりますし、次々世代のブルーレ イディスクとして高密度光記録などにも応用が期待されます。実際に、我々は数ナノメー トルのサイズの光記録も高分子表面に形成することが可能であることを明らかにしました。 これにより、1枚のCDサイズのディスクに100TBの光記録が可能になります。また、最 近では、図2に示すようなさまざまな形状
のナノパターンを光照射面積全域に数ナノ メートルの加工分解能(最先端の超高精度 電子ビーム露光装置と同等の分解能)で フォトレジスト基板に露光するプラズモン リソグラフィ技術を開発しました。
今後どのような研究に展開されるのでしょうか?
光を有効利用することが可能であることから、三澤弘明教授と一緒に光触媒反応や太陽 電池の高効率化、あるいは光をメカニカルなエネルギーに効率的に変換して赤外やテラヘ ルツ帯域の光センサーを構築したいと考えています。実際に、これらの光エネルギー変換 に関してプラズモン効果が見え始めていまして、今後の展開が楽しみです。
欲しい物だけを取り分ける!
電子科学研究所附属グリーンナノテクノロジー研究センター 大学院環境科学院
専門分野 : 金属錯体化学,多孔性材料化学 研究のキーワード : 機能性物質,温暖化,省エネ HP アドレス : http://org-com.es.hokudai.ac.jp/
何を目指しているのですか?
ビター・ミルク・ナッツ・イチゴなどいろんな味のチョコレートが入ったバラエティパッ クから(わたしの好きな)ビター味だけを簡単に取り分けることはできますか?答えは YES。包装をみれば誰にでもできますね。それでは、チョコレート(数cm)の1億分の1 の大きさ(~10−8 cm!)の小分子AとBの混ざり物からどちらか一方を取り分けることは できるでしょうか?そんなのは無理、と皆さんは思うでしょう。わたしは、そんな小分子 の混ざり物から目的の小分子を高選択的に取り分ける(分離する)ことができる機能性物 質(金属錯体)の開発(図1)を行っています。
どんな研究をしているのですか?
現在取り分けたい小分子として二酸化炭素 と二重結合をもつ炭化水素に注目しています。 二酸化炭素CO2は温室効果ガスのひとつです。 地球温暖化をこれ以上進行させないため、ま た炭素を含む原料として再利用するためには、 様々な場所から排出される二酸化炭素を含ん だ混合ガスから目的の二酸化炭素のみを高選 択的かつ省エネ高効率に分離することが重 要です。また、二重結合をもつ炭化水素CnHm は、プラスチックやタイヤに使われる合成樹 脂や合成ゴムなどいろいろな化学製品の原料 として使われています。人間が今の生活水準 を保とうとするかぎり、これら化学製品の原料は安定かつ安価に供給される必要があります。化学製品の原料として二重結合をもつ炭 化水素を使うためには高純度のものが必要になりますが、合成時に他のいろいろな炭化水 素が一緒にできてしまいます。なので、二酸化炭素と同様に高選択的・省エネ高効率な炭 化水素分離が求められます。
このような小分子の分離ができる材料として、わたしは金属錯体と呼ばれる機能性物質 を扱っています。金属錯体とは、無機部品の金属イオンと有機部品の配位子が連結したも のです(図1)。それぞれの部品を子供がブロック遊びをするように自由に組み合わせるこ
出身高校:神奈川県立平塚江南高校 最終学歴:京都大学大学院工学研究科
マテリアル/環境系/エネルギー
准教授
野呂
の ろ
真
し ん
一郎
い ち ろ う
図1 金属錯体
とで、いろいろな形・大きさ・性質をもった金属錯体をねらって作り出すことができます。 身近なものとしては、新幹線の青色塗料、あれは銅イオンを含んだ金属錯体が使われてい ます。
この金属錯体を使って、われわれは図2 のような穴の空いた構造(多孔性構造)を 作っています。世の中にはすでに、活性炭 やゼオライトといった多孔性材料がありま すが、多孔性金属錯体の、①欲しいものを ねらって作れる、②いろいろな形ができる、
③規則正しく並んでいる、④やわらかい、 といった特徴を利用することによって、既 存の材料よりも高選択的・省エネ高効率に 小分子を分離することができる多孔性金属 錯体を作ることができます。例えば、穴の 中に二酸化炭素をつかまえるしかけを入れることで、図2のように二酸化炭素だけをたく さん穴の中に取り込む(吸着する)材料を作ることに成功しています。
どんな装置を使って、どんな実験をするのですか?
まず初めに、目的の分離特性を示す金属錯体を設 計し、その後実際に合成します。2つのビーカーの 一方に金属イオンを溶かした溶液を、もう一方に有 機配位子を溶かした溶液を用意し、それらをゆっく りと混ぜると、すぐに金属錯体の微結晶ができます。 ただ混ぜるだけ。とても簡単です。次に、合成した 金属錯体がどのような形をしているか調べるために、 X線を使った回折測定や各種分光測定を行います。 目的の多孔性金属錯体ができていれば、いよいよメ インの吸着測定(図3)を実施し、分離特性を調べ ます。実験結果を設計にフィードバックし、合成・ 測定・評価を繰り返すことによって、より優れた分 離材料の開発を行います。次に何を目指しますか?
現在は二酸化炭素と二重結合をもつ炭化水素をターゲットとした基礎研究をメインに 行っていますが、今後はより応用的な研究(混合ガスでの実験、1万回以上の繰り返し実 験、成形加工など)にも取り組んで行きたいと思います。定年までに一つでも世の中で使 われるような分離材料をつくることがわたしの野望の一つです。
キ ャ プ シ ョ ンはMS P ゴシック 7 ポイント
図2 二酸化炭素だけを取り込む多孔性金属錯体
図3 吸着実験の様子
幹細胞生物学から加齢性疾患を考える
遺伝子病制御研究所・大学院医学研究科 教授
近藤
こ ん ど う
亨
とおる
専門分野 : 幹細胞生物学
研究のキーワード : 再生医療,神経科学,神経幹細胞,癌化,老化 HP アドレス : http://www.igm.hokudai.ac.jp/stemcell/
どんな研究をしているのですか?
「最近なかなか怪我が治らなくて」、「物覚えが悪くなって」、「白髪が増えて」など、加 齢とともにいろいろな変化が体に生じます。更に、痴呆症や癌は、老化に伴い増加する病 気です。このような体の変化や病気は、体の機能維持に働いている組織幹細胞の機能不全 や異常が原因の1つと考えられています。
体内の全ての組織に存在する組織幹細胞は、自分自身を生み出しながら(自己複製)、そ の組織内で働く細胞(機能細胞)を生み出しています(分化)。数十年以上も体内で維持さ れ、増殖し続ける組織幹細胞にはやがて変異が蓄積して、本来の機能を失ったり(老化や 枯渇)、癌細胞に変化すると考えられています(図1)。
図1 組織幹細胞は加齢に伴い、老化や癌化し、病気の発症に関わっている。
私たちは、脳に存在する神経幹細胞をモデルとして、組織幹細胞に起きる異常がどのよ うに加齢性疾患(癌とアルツハイマー病)の発症に関わっているのかについて研究してい ます。また、これらの病気に対する新しい治療方法も探しています。
特に、幹細胞が癌化して生み出される癌幹細胞は、抗癌剤などの治療法に抵抗性を持ち、 再発の原因細胞と考えられています。いわば、癌の“親玉細胞”です。私たちは、神経幹
出身高校:愛知県立豊橋南高校 最終学歴:大阪大学大学院医学系研究科
医療
修復能力、記憶力等の低下
老化に伴う疾患、障害等の増加 加齢に伴う体の変化
組織幹細胞の自己複製能力・数・質の低下
老化細胞・変異細胞の増加
組織幹細胞 老化細胞・癌細胞
組織幹細胞の変化と老化
細胞から癌幹細胞を作り出し、その特徴を研究しています(図2)。同時に、癌幹細胞を標 的とする候補因子を探して、新しい治療法と診断法の開発を進めています。
幹細胞の老化も非常に興味深い研究分野です。私たちは、神経幹細胞に老化を誘導する 実験系を構築し、老化に関わる複数の因子を見つけました(図3)。これらの因子と神経疾 患の関わりについても研究を進めています。
図2 人工癌幹細胞の樹立 図3 加齢脳の神経幹細胞は、老化因子を発現している。
何を目指していますか?
私たちは、新しい実験系を組み立て、他の研究者が発見・解析していない遺伝子の働き を検討しています。それは、全ての研究過程が新しい発見の連続となり、そのワクワク感 が研究を推進する原動力になるからです。そして、研究テーマは“誰もが興味を持てる研 究”であり、その成果が“社会に貢献できる研究”であることを目指しています。
癌の語源は、古代ギリシャのヒポクラテスが乳がん患者の手術をした際、癌を取り巻く 血管の様相を見て、“カニ(ラテン語で「キャンサー」)が張り付いたようだ!”と言った ことに由来します。癌は、人類創成以来の克服すべき最重要疾患なのです。
秦の始皇帝、万有引力で有名なニュートンや古今東西の多くの科学者らが“不老不死の 薬”を探していたように、老化のメカニズムの解明もまた人類にとって最も興味深い永遠 の探求テーマです。ハリーポッターにも不老不死の薬として“賢者の石”が登場していま す。
新しい発想、現代科学の研究手法、手持ちの札(発見した因子など)を使ってこれらの 難問にどのようにアプローチしていくか、私たちの目指す研究です。
参考書
(1) 近藤 亨(企画),「癌幹細胞と微小環境をめぐる分子機構」,『実験医学』26(8),(2008)
癌遺伝子 CMVp
移植 癌幹細胞 p53-/- 神経幹細胞
脳腫瘍モデル
*10個の癌幹細部を移植することにより、脳腫瘍が形成 される。
プルキンエ 細胞
脳幹 CA1-3 歯状回 大脳皮質 脳梁
僧帽細胞層
15ヶ月令マウス脳の 老化因子発現部位
(緑:神経幹細胞/ 前駆細胞、黄:神経 細胞)
加齢に伴い、老化因子(赤)が神経幹細胞(緑)に蓄積する。 老化因子/幹細胞/細胞核
歯状回
2ヶ月令 15ヶ月令 SV
40 EG p FP
免疫系の仕組みを理解し新しい治療法の開発へ
つなげる
遺伝子病制御研究所・大学院医学研究科 教授
清野
せいの
研一郎
け ん い ち ろ う
専門分野 : 免疫学
研究のキーワード : 生体防御,免疫寛容,移植拒絶,がん免疫,再生医療
HP アドレス : http://www.igm.hokudai.ac.jp/byo-ri/Immunobiology-Web/Home.html
何を目指しているのですか?
免疫系は、我々の身体に備わった非常に緻密で高度な生体防御システムです。免疫系は 感染症から身を守る際に非常に重要な訳ですが、それ以外にも臓器移植の際に起こる拒絶 反応やがんを身体から排除する反応においても重要です。実は私は大学を卒業後、消化器 外科の医師として働いておりました。その際、臨床では臓器移植(肝臓、腎臓)と消化器 がんの診断と治療に従事し、同時にそれらに関する基礎研究を行っていました。いつしか 後者の比率が大きくなり、現在は専ら基礎研究に従事するようになったという経緯があり ます。ですので、ついつい臨床医時代の患者さんの顔が浮かんで来てしまい、すぐにでも 新しい治療法の開発を!応用研究を!と先走ってしまうことが多いです。しかし、その実 現のためにはしっかりした基礎研究が重要であることは間違いなく、タイトルの前半にあ るように免疫系の仕組みを十分に理解することが何よりも重要であると考えています。
具体的には、自然免疫系と獲得免疫系をつなぐような働きをするNKT細胞の機能と特 徴に着目し、この細胞の働きを分子レベルで詳らかにしようとしています。さらに、(欲張 りかもしれませんが)新しい免疫学の潮流を作るべく模索検討しています。その一つとし て、様々な細胞に分化可能なES細胞やiPS細胞の作製技術や分化誘導技術を取り入れ、 免疫細胞を試験管内で作り出すというような実験も試みています。これらの研究を通じ、 最終的には、上記のような移植やがんといった病態を改善できる治療法の開発につなげて 行きたいと考えています。
出身高校:東京都立国分寺高校 最終学歴:筑波大学大学院
医学研究科
医療
以前はこんな感じ
今はこんなもの達に囲まれています
どのような人に北大に、そして研究室に来てほしいですか?
多くのことに好奇心を持ち、自分で調べようとする人。そして、協調性を持って周囲の 人と助け合いながら、明るく楽しく同じ目標に向かって進むことが出来る人ですね。
研究室や研究者と聞くと、少し堅苦しい感じがするかも知れません。しかしそんなこと はないのです。私たちの研究室は平均年齢も低く、日夜楽しく研究活動を行っています。 医学の発展に貢献したい方、免疫学の研究に興味を持たれた方、ぜひ北大に入って私たち と一緒に“創造的な”研究を展開しましょう。お待ちしています!
さらにがんの治療への応用を図っています
高分子をつくる
触媒化学研究センター・大学院総合化学院 教授
中
なか
野
の
環
たまき
専門分野 : 高分子化学,有機化学,材料化学 研究のキーワード : キラリティー,光,電子
HP アドレス : http://polymer.cat.hokudai.ac.jp/
何を研究しているんですか?
高分子を研究しています。高分子は小さな分子がたくさん鎖状につながってできている 長い・巨大な分子です。私たちの体をつくっているたんぱく質も高分子です。たんぱく質 はらせん、シートなどの立体構造が精密に制御されていて、そのために私たちの生命活動 の基礎となる高度な機能を発現します。
私たちが研究しているのは主に石油等からつくられる合成高分子です。合成高分子は人 間生活のあらゆる場面に応用されています。たとえば飲み物容器に使われているPET、電 化製品の側としてのABS 等の樹脂、コンビニやスーパーの袋に使われるポリエチレン、 車のシートの塩ビなど、私たちの周りは高分子だらけです。しかし、これらの高分子はた んぱく質のような精密に制御された鎖の構造を持たず、たんぱく質のように積極的に重要 な化学反応を行っているわけではなく、容器や形を維持する材料(構造材料)としてのみ 主に使われています。では、合成高分子の作り方を工夫してタンパク質並みに鎖の構造(立 体構造)を制御することはできるのでしょうか。制御したら何ができるのでしょうか?こ れが私たちの研究のテーマです。
光でらせんをつくる
高分子の制御構造の代表は「らせん」です。らせん はDNAやタンパク質等の生体内の天然の高分子には 頻繁にみられる構造です。らせん構造はキラル構造の 一種で右手型と左手型の鏡像体があります。天然の高 分子のらせんのほとんど右か左かどちらか一方向巻き
です。人工高分子についても一方向巻きのらせんをつくる合成化学手法が研究されていま す。これまでの主流の方法はらせんを一方向に偏らせるためのキラルな化学物質の存在下 で高分子を合成する「不斉重合法」で、アクリル系高分子のらせん制御に非常に有効です。 一方向巻らせん構造をもつアクリル系高分子はキラル構造を有する医薬品を極めて効果的 に分離することができるため、医薬品製造に不可欠な材料となっています。
私たちは最近、らせんを一方向に巻かせるための刺激としてキラルな化学物質ではなく 光を用いる方法を見つけました。蛍光灯や太陽の光は「直線偏光」であってキラルではな く、これをいくら照射してもらせんを一方向に巻かせることは絶対にできません。しかし、 直線偏光はキラルな光である左右の「円偏光(CPL)」成分からなっており、光学素子を 使って片方だけを太陽光などから取り出すことができます。らせんを作る研究には一方向
図1 右巻きと左巻きのらせん構造(鏡像体) 出身高校:静岡県立富士高校 最終学歴:大阪大学基礎工学研究科
マテリアル