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(1)

高橋 禮二郎,日野 秀逸,大村  泉,松井  恵 

井上明久氏の日本金属学会論文賞

2000 年度) 受賞論文の研究不正疑惑

―東北大学対応委員会 「回答」 の論理破綻―

はじめに

 井上明久氏が筆頭著者の,日本金属学会欧文誌 に1999 年に掲載され,2000 年度に同会の論文賞 を受賞した論文(以下,99 年論文,文献 1))は, 銀(Ag)を 5%含む Zr65Al7.5Cu12.5Ni10Ag5と言う組

成の円柱状バルクアモルファス合金(以下,Zr 基 Ag5BA と略記)の引張破断強度が,熱処理により アモルファス相中に第二相として「準結晶」を析出 させることで靭性を損なうことなく増大できるこ とを主要な結果として報告した.しかし,この99 年論文は同氏を筆頭著者とする先行論文,つまり 1997 年論文(以下,97 年論文,文献 2))の製作試 料外観写真やX 線回折曲線を,出典を明記せずに 代用している.さらに両論文を比較すると99 年論

文では97 年論文と同一の合金組成で同一の状態

(アモルファス単相)でありながら,引張破断強度 が通常の実験誤差を大きく上回る43%もの違いが あることなどが分かる.しかしこれらに全く合理 的な説明がなく,研究不正疑惑が認められるので, 我々4 名は 2010 年 6 月に科学技術振興機構(JST) に対して,井上氏らを研究不正で告発した.この 告発は,JST によって直ちに受理され,東北大学 に「調査と確認」が求められた.これを受けた東 北大学は「研究活動における不正行為への対応ガ イドライン」の規程には存在しない「対応委員会」

(設置根拠は理事裁定にあると主張,詳細は日野ほ か共編著,文献3)および 4),参照)で扱い同年 12 月にJST に対して回答を送り「告発に科学的根拠 はない」として切り捨てた(本件告発そのもの,お よび告発への対応委員会回答は,「井上総長の研

論 説

 日本金属学会欧文誌に掲載された井上氏らの97 年論文と 99 年論文は,同一組成の Zr 基バルクアモルフ

ァス(BA)合金を熱処理すると,前者では金属間化合物が,後者では準結晶が析出し,これら析出物の体積

率(Vf)に応じて引張破断強度などの機械的性質が変化することを報告している.ところが,99 年論文には

97 年論文に掲載されている試料外観写真や X 線回折曲線が出典を明記せずに代用されている.さらに両論

文を比較すると99 年論文では 97 年論文と同一の合金組成で同一の状態(アモルファス単相)でありながら,

引張破断強度が通常の実験誤差を大きく上回る43%もの違いがある.しかし全く合理的な説明がない.そ

こで我々が99 年論文に研究不正の疑いがあると告発したところ,東北大学の対応委員会は,99 年論文は機

械的強度に関する「再実験の結果」をまとめたものであり,試料外観写真やX 線回折データの代用は,99 年

論文は97 年論文の「再解析」= 再解釈)だから問題はなく,告発には「科学的根拠がない」と切り捨てた.し

かしこの認定には重大な誤りがある.「再実験」なら新たな試料を作製しているはずだから,その外観写真や,

その試料がアモルファス相であることを示すX 線回折曲線,および熱処理するとアモルファス相中に準結晶

が生成することを示すX 線回折曲線のデータを新たに作製すべきであったし,できたはずである.これらの

データを97 年論文のデータで代用することは研究倫理違反以外のなにものでもなく,「再解析」という言葉

を使えば許されるものではない,等々.本稿ではこうした諸点をその後の新たな知見も加えて詳論する.

(2)

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(154) 究不正疑惑の解消を求める会(フォーラム)」のHP

(https://sites.google.com/site/httpwwwforumtohoku, 最新情報(59),および前掲日野ほか編著,文献 3), 参照).その際,両論文の引張破断強度の差異は「再 実験の結果」生じたものであり,データ流用は「再 解析」だから問題ないとしたのであった.  井上氏の99 年論文に対しては,すでに青木清 氏が,その「(オリジナルな)主張」あるいは「価 値」と対応委員会が呼んだ,同論文の引張破断強 度(σf)について,この数値が実測値であることに 根本的な疑義を呈されている(青木清,文献5),参 照).青木氏の疑義の核心は,99 年論文では,引 張破断強度はZr 基 Ag5BA 合金を熱処理して析出 した第二相の体積率(Vf)の関数として与えられて いるが,この体積率が同一組成の合金を同一の条 件で熱処理した井上氏らの97 年論文と 3 倍以上 も異なることにある.また,97 年論文で脆くて引 張試験ができないとされる体積率で99 年論文で は引張試験のデータが示されている.このように 金属材料学的に見て極めて異常で理解が困難な事 項について,同論文では一切の言及がなされてい ないことから,青木氏は99 年論文の引張破断強度 の数値に何ら真実性はない,というのである.  本誌のような創刊以来86 巻を数える金属分野 の専門誌上において,論文の捏造・改ざんの指摘 がなされることは極めて異例である.おそらく青 木氏の指摘が最初ではあるまいか.それだけに疑

義を指摘された井上氏らによる反論が注目された. しかしこの間すでに3 年近い歳月が流れたにもか かわらず,井上氏は青木氏の疑義を黙殺している. さらに青木氏のこの批判は,上記の東北大学対応 委員会が99 年論文の疑惑解明で見落としていた重 要な論点であるのは明白である.それだけに,井 上氏はもとより,対応委員会の委員諸氏1),とり わけ金属ガラスの専門家である3 名の外部委員ま でもが青木氏の批判を黙殺している構図は疑問と 言うほかなく,井上氏とともに,これらの委員諸 氏の学術に対する見識もまた批判を免れない.  本稿では,青木氏の立論を出発点とするのでは なく,むしろ先に紹介した対応委員会の「回答」 の一方の理由を前提にして99 年論文の研究不正疑 惑を解明する.すなわち,対応委員会は,99 年論 文におけるZr 基 Ag5BA 合金の引張破断強度(σf

を「再実験の結果」とみなした.言葉を換えれば, 対応委員会は99 年論文では新たに試料を製作し, 97 年論文の同一組成の同一状態(アモルファス単 相)の試料に比し43%も大きな引張破断強度を得 たといっている.本稿では,この対応委員会の認 定と99 年論文の実際の論理展開との矛盾を剔出す る方向で以下の検証を行う.こうした検証は,対 応委員会の告発切り捨ての別の理由すなわち「再 解析」という文言によるデータ代用の「合理化」が 全く詭弁に過ぎないことを明確にするであろうし, 同時にまた青木氏の上記批判の正当性を再確認す

注1) 当時の東北大学対応委員会は,飯島敏夫(委員長,研究担当理事),野家啓一(広報ほか担当理事),兵頭英治(副学長・

法務コンプライアンス担当),新家光雄(金属材料研究所長),河村純一(多元物質科学研究所長),内山勝(工学研究科長),

花輪公雄(理学研究科長),山本雅之(医学研究科長),竹内伸(元東京理科大学長),新宮秀夫(京大名誉教授),小野寺秀

博(物材機構センター長),各氏からなっていた.竹内氏以下3 名は外部委員.東北大回答では,竹内氏以下 3 名の外部

委員名は墨塗りされていた(前掲HP,および日野ほか編著,文献(3),巻末,参照).大学が研究不正問題で公文書を公

表する際関与した委員の氏名を明らかにできないのは全く理解できない.我々はこの3 氏の氏名について齋藤文良氏(東

北大学名誉教授,元同大学多元物質科学研究所長)および矢野雅文氏(東北大学名誉教授,元同大学電気通信研究所長)

から情報提供を受けた.両氏が仙台高等裁判所での我々と井上氏との名誉毀損裁判控訴審に2013 年 10 月 18 日付けで提

出した「陳述書」(乙136 号証),参照.本裁判については,日野ほか共編著,文献 3),4),参照.また,本裁判では,井

上氏側から,これらの外部委員3 氏が,井上氏との共同研究実績があることが明らかにされている(同裁判,甲第 17 号証).

99 年論文は JST から資金提供を受けた ERATO プロジェクト研究の成果の一つだが,この甲号証によれば,竹内氏は当

該ERATO プロジェクトの選考委員長および評価委員長であり,新宮氏は同評価委員,小野寺氏は井上氏を研究代表者と

する科研費(特定領域研究)の計画斑メンバーであり,利益相反の観点から,こうした委員に就任する資格がない人物であっ

た.この甲号証によれば,この3 人を東北大学に推薦したのは岸輝雄東北大学総長選考会議長(当時)であった,という.

(3)

ることになるであろう.本稿の主な目的は,対応 委員会の「回答」以後新たに明確になった知見をも 踏まえ,当該論文の不正疑惑の実態を整理し,金 属材料関係者に知っていただくこと,およびこれ を放置し続けることは金属材料分野の将来にとっ て決してプラスにならないことを理解いただくこ とにある.

99 年論文における研究不正の概観

 井上氏の研究不正疑惑の多くは,類似のデータ が複数の論文に認められることから浮上するもの がほとんどであるが,99 年論文の研究不正疑惑も, 97年論文との比較によってはじめて明らかになる. もし2 つの論文を並べてみなければ,査読者も読 者も不正に全く気がつかない可能性は十分ある. それほど99 年論文には巧妙な細工がされていると も言える.

 結論を先取りして言えば,この2 つの論文を比 べると,次の3 つの科学的合理性に欠ける事実が 認められる.なお,ここで問題とする写真やX 線 回折曲線は,後に改めて掲載する.

①99 年論文に掲載された製作試料の外観写真

(Fig.1)の直径が 3,4,5mm の 3 本については, 97 年論文の Fig.2 の直径が 1,3,5mm の 3 本の 試料が写った印画紙を台紙にして(a),b),c) と付記し,別の試料外観写真の印画紙(d)を貼 り付けた合成写真である(製作試料写真の捏造 疑惑).

②99 年論文に掲載された直径が 3,4,5mm の 3 本 の試料がアモルファスであることを示す証拠の X線回折曲線(Fig.2)が,すでに 97 年論文に掲 載されている直径が3,4,5mm の 3 本の試料が アモルファスであることを示す証拠の3 本のX 線回折曲線(Fig.3)と完全に同一でありながら, 角度や試料直径の表記を変更して使用している

(X線回折曲線の捏造・改ざん疑惑).

③99 年論文に掲載されたアモルファス試料を熱処 理すると「準結晶」が現われる証拠として示され

ている2 本のX線回折曲線(Fig.6)は,すでに 97 年論文に掲載されている直径3mmのアモルファ ス試料を熱処理すると「化合物結晶」が析出す る証拠として示されている2 本のX線回折曲線

(Fig.6)と完全に同一でありながら,ピーク指数 や熱処理時間の表記を変更して使用している(X 線回折曲線のねつ造・改ざん疑惑).

 なお,99 年論文には,銀の含有量が 10%である Zr65Al7.5Cu7.5Ni10Ag10という別の組成をもつ合金の 実験データも報告されているが,こちらは研究不 正疑惑とは直接的な関わりがない.研究不正疑惑 はZr 基 Ag5BA 合金に関する実験データに限られ ることに留意が必要である.

 99 年論文に研究不正があると容易に指摘でき る根拠は,99 年論文の Fig.1,Fig.2,Fig.6 を提示し ている該当箇所に,既報である97 論文の Fig.2, Fig.3,Fig.6 との関係を明記していないことにある. たとえ自らの論文のデータであっても既報のデー タを使用する場合には出典をつけ,その事実を示 すべきことは研究者が論文を執筆する際に守るべ き当たり前の研究倫理であり,むしろそのことが 論文誌の投稿規程に明記されている例が珍しい. ネット検索で見つけた日本放射線技術学会論文投 稿規程の「図と表の一般的な注意事項」の第(4) 項に,そうしたことが記載されているので参考ま でに引用する.「過去に報告された論文の図表を どうしても引用掲載しなければならないときには, 図表の説明文のところに引用したことを明記する」

(引用終了)となっている.

 なお,97 年論文が文献番号(7)として 99 年論文 に一度だけ引用されている.具体的には,緒言部 分に,「Zr 基アモルファス合金の高い引張強度は, アモルファス相にナノスケールの化合物粒子が共 存することによって増加するが,靭性は減少しな いことが報告されている」の例として,他の3 つ の論文とともに(7)∼(10)の形で引用されている. しかし,この引用から99 年論文の査読者はもちろ ん読者も,99 年論文の元データが 97 年論文にあ ることを把握することは極めて困難である.また,

(4)

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(156) 後述するように,99 年論文の Fig.1,Fig.2,Fig.6 は,

図面の一部が変更されており,論文読者が97 年論 文のデータを再使用していることを容易に把握でき ない.これらの事実からも99 年論文には故意性・ 悪質性があると言える.99 年論文の研究倫理に反 する具体的事項を,科学的根拠をもって以下に示す.

引張破断強度の虚偽記載疑惑に

関する対応委員会の回答

  図1 と図 2 は,それ ぞ れ,97 年 論 文の Fig.9

(引張応力−歪曲線)とFig.10(引張試験前後の試 料外観写真)の再掲である.円柱状のサンプルに ついて引張試験を行うと,図1 の応力−歪曲線が 得られ,例えば,第二相の体積率(Vf)がゼロのと き,すなわちVf=0%(アモルファス単相)の場合は 1150MPa で破断するが,第二相の Vf=14%の場合 は1520MPa まで破断に耐えられること,さらに第 二相がVf=23%の場合には,破断まで耐えられる 強度が約750MPa に低下することなどを示してい る.また図2 は引張試験を実施すると試料は破壊 するので,同一サンプルで引張試験を繰り返すこ とはできないことを明示している.このような視 点に立って,99 年論文と 97 年論文の引張破断強 度の具体的な数値を確認すると,以下のとおりで ある.なお,99 年論文には引張試験前後の試料外 観写真のみならず,応力−歪曲線が掲載されていな

い.したがって,99 年論文に記された引張破断強 度(1650MPa あるいは 1900MPa など)の妥当性を検 証することができないことに留意が必要である.

Zr 基 Ag5BA(Zr65Al7.5Cu2.5Ni10Ag5バルクアモル

ファス)合金 99 年論文

引張破断強度の値は1650MPa(Vf=0%)から 1900MPa(Vf=45%)に増加

97 年論文

引張破断強度の値は1150MPa(Vf=0%)から 1520MPa(Vf= 1 4%)に増加

(ここでVfは,熱処理によりアモルファス相 中に現れる第二相の体積率)

 上記のように,99 年論文の Vf=0%の試料の引 張破断強度の数値(1650MPa)は,97 年論文に示 されている数値(1150MPa)とは明らかに大きく異 なる.

 前記のJST に宛てた研究不正告発で我々は,Zr 基Ag5BA 合金に関して,97 年論文ではアモルファ ス単相の引張破断強度は1150MPa であるのに対し て,99 年論文では 1650MPa となっていることを疑 問視した.なぜならば,同一組成で同一状態(アモ ルファス単相)の試料でありながら,両論文では引 張破断強度に43%((1650−1150)÷1150×100=43%) もの大きな差異が認められるからであった.  99 年論文は,アモルファス単相(Vf=0%)の引

図1 図1 97 年論文の 97 年論文の Fig.9 Fig.9 の再掲 の再掲 図2 図2 97 97 年論文の 年論文の Fig.10 Fig.10 の再掲 の再掲

図1 97 年論文の Fig.9 の再掲 2 97 年論文の Fig.10 の再掲

(5)

張破断強度,つまり1650MPa が,熱処理により 準結晶が析出することにより靱性を損ねることな く1900MPa まで増加することが最も重要な主張 であり,この点が評価されて日本金属学会論文賞 受賞の栄誉に輝いた.しかし,この場合,引張破 断強度の増加率は高々15%((1900−1650)÷1650× 100=15%)に過ぎない.同一組成で同一状態(アモ ルファス単相)の試料の引張破断強度に,実験誤 差が上記のように43%もあれば,第二相の析出に よる増加率15%そのものが実験誤差の範囲内にあ り,99 年論文のオリジナルな主張というのが全く 無意味となる.ゆえに我々は前記のJST 宛の研究 不正告発で,このデータには虚偽記載の可能性が あると指摘したのであった.

 対応委員会は我々の疑義にどのように回答した か.実を言えばいまだに我々は対応委員会と告発 先のJST から正式に回答を受け取っていないので ある.回答が来ないので,我々はJST と東北大学 に対して情報公開請求を行い,注1)にその一端を 記したように一部墨塗りにされた回答文書を入手 することができた.なお,別の文書との対比により, 墨塗り部分も一定程度内容が判明した2).  開示文書によれば,対応委員会は,「ガラスや微 結晶(微準結晶)析出ガラスの力学的破壊強度が, 同一組成であっても30%程度異なる事は十分に起 こりうることであり,学術的には興味深いが,そ れをもって捏造の根拠とは全くならない./(改行) / ガラスや微結晶析出ガラスは熱力学的非平衡状 態にあるため,平衡状態にある結晶などとは違い, 作製時の微妙な条件の差により物理的性質がばら つく事はありうる.論文2 [=99 年論文−引用者 ] の破壊強度の結果が論文1 [=97 年論文−引用者 ] の結果と異なる事は,試料中に含まれる不純物や 欠陥の量や表面のきずなどの違いにより説明でき る範囲であり,捏造を疑う根拠とはなり得ない.」

(前掲,HP 掲載の対応委員会回答,2 - 5 ページ) としていた.

 対応委員会が,上記のように両論文における単 相BA 合金の引張破断強度の差が 30%程度あって も問題ないとしているのは,99 年論文の引張破断 強度である1650MPa を基準に,実験値の差を算 出しているからだと考えられる.すなわち, (1150

−1650)÷1650×100=−30%と計算される.ここで, 30%の前にマイナスが付くことに注意が必要であ る.つまり,99 年論文の引張破断強度に比べて, 97 年論文のそれは 30%低いと対応委員会は考えて いるようだ.

 対応委員会が引張破断強度の実験値の差を30% と計算したのは,99 年論文を基準にして 97 年論 文のそれは30%低いと思わせることによって,両 論文の引張破断強度の差を小さく見せかけようと した明白な意図が認められる.なぜならば,この ようなケースでは,97 年論文を基準に 99 年論文 は引張破断強度が43%高いと考えるのが普通だか らである.しかし対応委員会のように計算しても, 99 年論文の第二相の析出による引張破断強度の増 加率の15%そのものが実験誤差の範囲内にあるこ とに変わりはなく,対応委員会は我々の疑問に全 く答えることができないのである.

 そもそも,単相BA 合金の引張破断強度が実験 誤差範囲でほぼ一致するからこそ,熱処理による 第二相析出に起因する強度変化を調べ,議論する ことができるのである.対応委員会の回答のよう に,「破断強度が30%程度異なる事は,試料中に 含まれる不純物や欠陥の量や表面のきずなどの違 いにより説明できる範囲であり,捏造を疑う根拠 にならない」ことが正しければ,99 年論文の引張 破断強度の増加率が15%であることは実験誤差内 となり,全く意味がない.つまり,論文の価値が 全面的に否定される.なお,引張破断強度が30% 程度異なることだけでは,捏造だと断定できない としても,捏造を疑う十分な根拠であり対応委員 会の‘根拠にならない’との回答には納得できない. ところで,我々は引張破断強度が43%異なること だけをもってして,99 年論文に捏造改ざんがある

注2) ここで「別の文書」というのは,我々からは独立

に99 年論文を東北大学に告発していた箕西靖秀氏宛の

東北大学回答である(この回答は前掲日野ほか編著,文

献3),巻末に収録されている).なお,委員名全員が明ら

かになったのは,前掲注1)の乙号証においてであった.

(6)

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(158) と疑っているのではない.後述するように,99 年 論文は新たに試料が作製されて,X線回折など各 種の測定が行われた結果であること自体を疑問視 しているのである.

 対応委員会報告は,単相BA 合金の引張破断強 度に43%もの差があることに合理的な説明が全く できないが,このような報告書が公になれば,顰 蹙を買うことは明らかである.対応委員会はこの ことを自覚し,開示請求があったのでやむを得ず 一部黒塗りの回答文書を情報開示したものの,い まだに公式の回答を拒んでいるのであろうと我々 は考えている.それにしても,アモルファス金属 の専門家と目されている外部委員の3 氏,すなわ ち竹内伸,新宮秀夫,小野寺秀博各氏が,箕西氏 への回答でも,我々の情報公開請求でも,その氏 名の公表さえ拒んでいるのは,この種の報告書で は前代未聞と言うほかない(注2)参照).

 対応委員会は,我々の当該疑義に対するこう した回答を見越し,回答冒頭で,99 年論文は 97 年論文の成果を基礎に,「機械的強度に関する 再実験の結果と,他の組成の準結晶析出ガラス (Zr65A17.5Cu7.5Ni10Ag10) との比較を交えてまとめら れたものである.(ゴシック−引用者,前掲,日野」 ほか編著,文献3),巻末,202 ページ,および前 掲HP 掲載の大学回答,2 - 3 ページ)としていた. 我々はこの対応委員会の回答に納得することはで

きないし,前述の青木氏による根本的な疑義を踏 まえるとなおさら懐疑的とならざるをえない.  対応委員会の回答,すなわち99 年論文の BA の 引張破断強度(σf)は,「再実験」による実測値であ る,すなわち,99 年論文は 97 年論文とは別に新 たに作製したZr 基 Ag5BA 合金試料を用いた「再 実験の結果」を報告していることを前提に検討す ると,99 年論文は捏造・改ざん論文であることが より明白になる.本稿の「はじめに」で明言したよ うに,こうした考察は,青木氏の疑義を補完する とともに,対応委員会の言う「再実験」の結果であ るとの説明の矛盾点を浮き彫りにする.99 年論文 を検証すると,以下の研究不正疑惑が明瞭となる.

3本の Zr 基 Ag5BA 合金の作製を

示す外観写真は捏造改ざん

  図3(a)と図 3(b)は,そ れ ぞ れ 99 年 論 文 の Fig.1 と 97 年論文の Fig.2 の再掲である.2 枚の写 真を比較するとコントラストは若干異なるものの, 以下の点が容易に確認できる.普通の読者が普通 の注意を払って図3(a)の写真を見れば,a, b, c と マークされた対象物は,99 年論文で作製した直径 が3,4,5mm の Zr 基 Ag5BA 合金試料そのものと 考えるだろう.また,d とマークされた対象物は 直径が1.5mm で,銀を 10%含む合金試料そのも

3(a) 99 年論文の Fig.1 の再掲 3(b)97 年論文の Fig.2 の再掲

図3 (a)99 年論文の Fig.1 の再掲,(b)97 年論文の Fig.2 の再掲

a) b)

(7)

のと考えるだろう.なぜならば,99 年論文は,こ の写真に関して,「図1 は直径 3,4 および 5mm のZr65Al7.5Cu12.5Ni10Ag5合 金 と 直 径 が1.5mm の Zr65Al7.5Cu7.5Ni10Ag10合金の鋳造バルク棒の外形と 表面形態を示す.」と説明しているからである.し かし,以下に示すように,この文言は事実とは明 らかに異なる.読者に誤解させるように記載して いること自体が研究不正である.

 d のマークが付された写真を注意深く観察する と,境界の陰影が見える.したがって,図3(a)は, d が写った印画紙を,別の台紙に貼り付けた合成 写真である.次に‘別の台紙’が何であるかについ て解明する.

 図3(a)と図 3(b)を比べると,図 3(a)の a,b,c とマークされた3 本の試料の写真と,図 3(b)の 3 本の試料の写真が同一であることが分かる.この ように判断できる理由は,例えば,図3(a)に付随 している定規とa,b,c の 3 本の試料との位置関係 が,図3(b)の 3 本の試料のそれと完全に一致し, また釘状の試料の形状や影等も完全に一致するか らである.すなわち,図3(a)の 3 本の試料写真は, 図3(b)の 3 本の試料写真が写っている印画紙を使 用したものであることに疑いの余地がない.さら に,この印画紙にd が写った印画紙が貼り付けら れている.つまり,上述の‘別の台紙’とは,97 年論文の試料外観写真が写っている印画紙(図3

b))であった.

 99 年論文の著者は,明確な意図をもって 97 年 論文の3 本の試料写真が写っている図 3(b)の印画 紙を代用したのであり,その証拠は試料直径の値 にも現れている.なぜならば,例えば,図3(b)では, 図の説明文と本文に,直径が1,3,5mm の銀を 5% 含む試料写真と明示しているのに対して,99 年論 文では,97 年論文には何の言及もなく,直径が 3,4, 5mm の銀を 5%含む試料写真と,図の説明文と本 文でともに変更した数値が書かれているからであ る.

 図3(a)の a,b,c とマークされた試料は,99 年 論文で作製された試料ではなく,97 年論文の試料 の写真を代用したにもかかわらず,代用であるこ

とを隠し,新たに試料を作製したように装ってい ることから,図3(a)は明らかに捏造改ざんである.  対応委員会の回答によれば,99 年論文では機械 的強度の試験に供するためZr 基 Ag5BA 合金試料 を新たに作製しているのだから,図3(a)では,新 たに作製したその試料の写真が示されるべきであ るし,また,その試料の写真撮影は容易にできた はずである.新たに作製された銀を5%含む試料 写真として,既報の97 年論文の Fig.2 の印画紙を, 99 年論文に代用する正当性は微塵もない.  99 年論文で,Zr 基 Ag5BA 試料とした試料外観 写真は,言及なしに97 年論文の外観写真で代用し ている.これは明らかな研究倫理違反である.した がって,対応委員会回答には根本的な疑義がある.

作製試料がアモルファスであること

を証明するX線回折曲線の改ざん・

捏造

 99 年論文は,熱処理によってアモルファス相中 に第二相として「準結晶」が現われることによっ て,引張破断強度が増加することを報告したのだ から,この実験では,作製した銀を5%含む合金 試料がアモルファスになっていることが出発点で あり,かつ重要な点である.

 対象の試料がアモルファスであるか否かは,通 常,X線回折強度を角度の関数として測定し,結 晶の存在を示すブラッグピークが認められず,全 角度領域に幅広いブロードなピークが観測される ことで確認する.さらに,熱分析で結晶化の発熱 ピークを確認し,透過電顕観察することなども必 要である.X線回折強度は,①対象試料からの回 折(散乱ともいう)に起因する固有のシグナルと,

②試料の周囲にある空気等からの回折に起因する ノイズシグナルから構成される.空気に含まれる 成分は活発に動き回っているので,その配列は常 に激しく変化している.すなわち,その変化を反 映した②に起因するノイズシグナルは常に変化す るため,同一になることは天文学的確率でしかな い.この理由によりX線回折曲線は各測定の指紋

(8)

68฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀金属 Vol.86 (2016) No.2

にも相当し,たとえ同じ試料について,同じ実験 条件で測定したとしても測定ごとにノイズシグナ ルは必ず異なる.すなわち,X線回折曲線の全体 像はほぼ同じでも,細かなギザギザ部分(ノイズ シグナル)は必ず異なるので,2 つのX線回折曲線 が全角度領域において完全に重なることは決して ない.言い換えると,2 つのX線回折曲線がぴっ たり重なる事実が確認される場合は,同一のX線 回折曲線を使用した証拠となる.

  図4(a)と図 4(b)は,そ れ ぞ れ 99 年 論 文 の Fig.2 と 97 年論文の Fig.3 の再掲である.上記のX 線回折曲線は各測定の指紋にも相当することを念 頭において,これらのX線回折曲線について検証 すると以下の事実が容易に判明する.

  図4(a)の 3 本のX線回折曲線は全角度領域 において,図4(b)の 3 本のX線回折曲線と完全 に重なる.また,図中の左上の合金組成を表す Zr65Al7.5Cu12.5Ni10Ag5 および右上の使用したX線の 種類を表すCu-Kα の部分まで重なる.したがって, 図4(a)の 3 本のX線回折曲線は,図 4(b)の 3 本の X線回折曲線と同一であることは疑う余地がない.  しかし,詳細に見ると,横軸の角度表記は,図 4(a)では各数値の肩に(°)を添えて,50°,60° 等と

記載されているのに対して,図4(b)では,単に数 値のみで表示されている.また,試料直径の表記も 図4(a)では φ 3mm,φ 4mm,φ 5mm となっている のに対して,図4(b)では 3mmφ,4mmφ,5mmφ と 表示されている.すなわち,同一のX線回折図を使 用していながら出所を明記せず,しかも角度や試料 直径の表記を変更している.これは別の図であるか のように装っていることであり,図4(a)99 年論文 のFig.2)に関する故意性・悪質性が認定できる.  繰り返すが,99 年論文では引張試験用の試料を 新たに作製したと言うのだから,その試料がアモル ファスであることを確認した証拠であるX線回折曲 線を示すべきであるし,それが容易にできたはずで ある.既報の97 年論文のX線回折曲線で代用する 正当性は微塵もない.すなわち,99 年論文で再実 験(引張試験)に用いられた試料がアモルファスで あったという科学的根拠が何ら与えられていない.  2010 年 6 月の,JST を介した研究不正告発で, 我々はこの問題をすでに指摘している.すなわち, この不正告発の「補説1.製作試料 a,b,c の X 線回 折図『使い回し』疑惑」で次のように述べている.

「99 年論文の記載事実を額面通り受け取れば,母合 金の作り方は,『アーク溶解』(99 年論文)と『(高

図4 (a99 年論文の Fig.2 の再掲 図4 (b97 年論文の Fig.3 の再掲

図4 (a)99 年論文の Fig.2 の再掲,(b)97 年論文の Fig.3 の再掲

(160)

図4 (a 99 年論文の Fig.2 の再掲 図4 (b 97 年論文の Fig.3 の再掲

a) b)

(9)

周波)誘導溶解』(97 年論文)と相異し,製作時期に 2年間の時空の差があり,両論文のバルク金属ガ ラス試料の作製及びX線回折実験は実施された時 期が異なるはずです.実験科学の常識から考えて, 合金組成が同一であっても,試料が別物で実験時 期が異なる2 つのX線回折図がノイズ部分の細部 まで一致することはあり得ません.しかし,両者 は完全に重なるのです.99 年論文には,97 年論文 の再掲であることを示す記述は見当たらないので, 99 年論文の Fig.2 のデータは 97 年論文の Fig.3 の データで代替されたこと,すなわち99 年論文の Fig.2 が『使い回し』であることは疑う余地がない と思われます」(前掲HP に掲載した我々の告発, 12 ページ).しかし,対応委員会は告発のこの論 点を完全に無視し回答で一言も触れていない3)

アモルファス試料を熱処理すると

第二相として「準結晶」が現われ

る証拠のX線回折曲線の改ざん・

捏造

 繰り返すが,99 年論文は,Zr 基 Ag5BA 単相試 料を熱処理すると第二相として「準結晶」が析出し, 引張破断強度が増加すると報告した.この実験事 実が99 年論文の最も積極的で,しかも最も重要な 結論なのだから,99 年論文で,熱処理により第二 相として「準結晶」が現われた事を示す証拠は必 要不可欠である.また99 年論文の Fig.6 のX線回 折曲線が熱処理により第二相として「準結晶」が現 われたことを示す唯一の根拠データである点に留 意する必要がある.

 図5(a)と図 5(b)はそれぞれ,99 年論文の Fig.6

と97 年論文の Fig.6 の再掲である.両者の実験デー タは,一見すると異なっているように見える.し かし,前述のX線回折曲線は各測定の指紋に相当 することを念頭に検討すれば,図5(a)の2本のX 線回折曲線は,少し縦軸方向に間隔があけられて いるだけで,図5(b)の 2 本のX線回折曲線と全角 度領域でノイズシグナル部分を含めて完璧に重な ることが確認できる.すなわち,図5(a)の 2 本の X線回折曲線は図5(b)の 2 本のX線回折曲線と同 一であると断定できる.しかし詳細にみると,図 5(a)では熱処理条件が, 730K で 180 秒保持が 120 秒保持に変更され, 750K で 120 秒保持が 60 秒保 持に変更されている.また,図の説明文にもその ような熱処理条件の違いが確認できる4).図中に 示された合金組成や用いたX 線の種類を表す文字 のフォントも異なる.また,回折指数表示と呼ば れる第二相を示すピークに付されている数値が, 図5(b)では「化合物結晶」を表す 2 つの数値(202),

(313)であるが,それが図 5(a)では「準結晶」を 示す6 つの数値(100000),(110000)などに変更 されている.同一のX線回折曲線を使用していな がら,熱処理条件や指数表記等を変更,すなわち 改ざんしていることは図5(a)の使用に関して故意 性・悪質性を認定できる.

 99 年論文では再実験(引張試験)した試料が,ま ずアモルファス相であることを確かめ,そのアモ ルファス単相である試料を熱処理すると第二相と して「準結晶」が現われる証拠のX線回折図を示 すべきであるし,それが容易にできたはずである. ここでも既報の97 年論文の Fig.6 のX線回折図で 代用する正当性は微塵もない.すなわち,99 年論 文では再実験(引張試験)に用いたアモルファス相

注3)  JST は東北大学に「調査と確認」を求める際,我々

の告発内容を5 点に整理していた.この告発論点は,そ

の第「1 」に次のように記されている.すなわち「異なる

作製法なのに同じ結果(写真やX 線回折図形)を得ること

は理解できない」(ゴシック−引用者).東北大学対応委

員会の回答は,ここでの「X 線回折図形」が同一となるこ

とに言及することは皆無である(前掲,日野ほか共編著, 文献3),200 ページ,参照).

注4) 対応委員会回答によれば,井上氏は 99 年論文の

数値が正しく,97 年論文の数値は間違いであると述べた

と言うが,大学回答にはその間違いを示す科学的根拠は

何ら示されていない.この回答部分は,井上氏が99 年

論文で97 年論文の同一データを使用した事実を認めて

いることを意味している(前掲HP で公表した対応委員

会回答,および前掲日野ほか共編著,文献3),巻末,参照).

(10)

70฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀金属 Vol.86 (2016) No.2

試料を熱処理して準結晶が生成したことを示す科 学的根拠が何ら与えられていない.

 なお,青木氏が指摘したように熱処理によって アモルファス相中に現われる第二相の体積率を示 すVfの値が99 年論文と 97 年論文では大きく異 なっている.97 年論文の Vfの値である14%およ び23%については,その算出根拠データが同論文 のFig.5 に与えられているので,その妥当性が検 証可能である.しかし,99 年論文の Vfの値である 45%および 70%については,その算出根拠データ が与えられていないので,妥当性の検証は不可能 である.この点は,99 年論文には応力−歪曲線が 与えられておらず,引張破断強度の値の妥当性が 検証できないのと同様である(この詳細は,青木清 論文,文献5),参照).

 対応委員会回答によれば,99 年論文では再実験 を行ったと言う.つまり,Zr 基 Ag5BA 単相試料 を新たに作製し,それを熱処理して準結晶を析出 させ,準結晶の体積率を測定し,体積率の関数と して,引張破断強度などの機械的性質を測定した はずである.しかし上述したように,99 年論文の 試料外観写真は,97 年論文のそれを代用したもの であった.さらに,試料が単相のアモルファスで あることを示すX 線回折曲線およびそれを熱処理

して準結晶が析出したことを裏付けるX 線回折曲 線は,ともに97 年論文に掲載されたものを代用し ていた.それにもかかわらず,99 年論文では出典 である97 年論文との関係について何も言及してい ない.その事実は,99 年論文では新しく取得した X 線回折曲線のごとく装っていることであり,き わめて悪質で,かつ故意性がある.

 99 年論文では,再実験に用いた試料がバルクア モルファスであることを確認したX 線回折曲線お よび,このバルクアモルファス試料を熱処理した 試料に準結晶が析出していることを証拠づけるX 線回折曲線が必須である.しかし,試料外観写真 のみならず,2 種類の X 線回折図形は 97 年論文の ものを代用していた.したがって,99 年論文で新 たにZr 基 Ag5BA 単相合金を作製し,それを熱処 理し,再実験(機械的性質を測定)したとの科学的 根拠は99 年論文では確認できない.このことは, 対応委員会が認定した「再実験の結果」を真っ向か ら否定するものである.

まとめ

 井上氏が筆頭著者の99 年論文では,Zr65Al7.5

Cu12.5Ni10Ag5バルクアモルファス(BA)合金を熱

図5 (a) 99 年論文の Fig.6 の再掲 図5 (b) 97 年論文の Fig.6 の再掲

図5 (a)99 年論文の Fig.6 の再掲,(b)97 年論文の Fig.6 の再掲

(162)

a) b)

(11)

処理して準結晶が第二相として析出すると,靱性 を損ねることなく,引張破断強度が増大すること を報告した.しかし,井上氏は同一組成の合金で, 熱処理により金属間化合物が析出すると引張破断 強度が増大することを97 年論文で報告していた が,99 年論文は 97 年論文との関係を明記してい ない.一般には研究の進展によって,析出物の構 造を金属間化合物から準結晶に解釈変更すること は,あり得ることであるが,そのような場合には 科学的な根拠を示して,解釈変更であることを説 明する必要がある.ところが,99 年論文は,97 年 論文と同一のX 線回折曲線を引用せずに再掲載し, 出典に関する言及も考察もなしに第二相は準結晶 であると説明している.

 他方,97 年論文と 99 年論文に報告されている 引張破断強度の値には大きな差が認められる.報 告値を検証するための応力−歪曲線などの基礎情 報も与えられていない99 年論文の結果について研 究不正が疑われる.ところが,対応委員会は,99 年論文は再実験の結果を示したのだから,両論文 で機械的性質に差があっても,問題ないとの見解 を示した.そこで,99 年論文が再実験の結果であ ることを前提に詳しく検討した.その結果,99 年 論文で機械的強度に関する再実験を裏付ける科学 的根拠データが全く与えられていないことが判明 した.具体的に言えば,99 年論文で機械的強度に 関する再実験に供したはずの試料の外観写真,そ の試料がスタート時点では確かにアモルファス単 相であることを証明するX 線回折曲線,およびア モルファス単相試料を熱処理すると第二相として 準結晶が生成するとことを示すX 線回折曲線,こ れらの3 つの重要データすべてが 97 年論文のそれ らに若干の修正を施した上で,無引用で再掲載さ れていた.

 99 年論文では,とくに機械的強度に関する再実 験に使用した銀を5%含むバルクアモルファス合 金試料の,①試料外観写真,②そのバルク試料が アモルファス単相であることを示すX線回折曲線,

③アモルファス試料を熱処理すると第二相として 準結晶が現れる証拠のX線回折曲線を示すことは,

論文に必要不可欠である.99 年論文が,対応委員 会の認定した機械的強度に関する再実験の結果を 報告した論文であるならば,その再実験に供した 試料に関するデータを示せば良いだけのことであ るから極めて容易なはずである.先行する97 年論 文のデータで代用する正当性は微塵もない.99 年 論文に報告されている引張破断強度の値あるいは 析出した第二相,すなわち準結晶の体積率の値等 は,科学的根拠データを与えて報告されている97 年論文の数値と著しく異なることから,99 年論文 における研究不正を否定できないままである.  本稿で改めて示したとおり,研究不正が明白で ある99 年論文を関係者が必死で守ろうとすること は,学術の大義に唾するのと同等である.東北大 学はもとより,日本の学術研究,とくに金属材料 分野の名誉と信頼を失墜させることに繋がること は明白である.(当時の)東北大学対応委員会諸氏 の猛省と根本的な方針転換を期待してやまない. 最後に念のためあえて繰り返しておくが,出典を 明記せずに既報論文のデータを使用し,かつデー タの一部を変更していることは,新しいデータを 装っているとみなされる研究不正以外の何もので もない.99 年論文は 97 年論文のデータを使用し た経緯・理由等が明記されていないことが,研究 倫理に反することなのである.

補足: 97 年論文と 99 年論文に掲載

された Zr 基アモルファス合金の試料

外観写真は 96 年論文の Nd 基アモ

ルファス合金の試料外観写真の流用

 2010 年 6 月に JST 宛に 99 年論文に関する研究 不正で告発した時点では,告発対象論文は99 年 論文であり,97 年論文はその研究不正を浮き彫り にする参照論文であった.ところが,2012 年の暮 れに,この2 つの論文で用いられた Zr 基アモルファ ス合金の試料外観写真の写真が,1996 年に井上氏 らによって発表されたNd 基アモルファス合金に 関する論文(以下96 年論文,文献 6))と同一であ ることが発覚した.

(12)

72฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀฀金属 Vol.86 (2016) No.2

 図6(c)は 96 年論文の Fig.2 の再掲である.96 年論文はNd70Fe20Al10という組成をもつNd 基ア モルファス合金の硬磁気特性を扱った井上氏が筆 頭著者の論文である.図6(c)の右側の 3 本の試料 の写真は,Zr 合金を示す図 3(a)と図 3(b)と同一 である.すでに述べたように,図3(a)が図 3(b) の一部の再使用であるにも関わらず,そのことを 明記せずに掲載したことだけでも研究倫理違反が 明白である.ところが,これらの写真が,実はNd 基アモルファス合金の写真と同一であったのであ る.この事実は東北大学,JST および,文部科学 省にも告発したが,約3 年経過した現在まで何の 音沙汰もない.

 ところで,図3(a),図 3(b),と図 6(c)の図のキャ プションでは,3 本の試料の直径がそれぞれ,3,4, 5mm,1,3,5mm および 3,5,7mm と異なって記 載されている.最も早く発表された96 年論文の直 径,3,5,7mm が正しいとすれば,97 年論文の 1, 3,5mm あるいは 99 年論文の 3,4,5mm の科学的 根拠はないことになる.

 これまでの井上氏の言動から推測すると「写真 は単なるミスで取り違えた」等の説明が予想され る.しかし,Zr65Al7.5Cu12.5Ni10Ag5の組成をもつ Zr 基アモルファス合金だとして提示したデータ が,Nd70Fe20Al10組成のNd 基アモルファス合金の ものであって,しかも97 年論文のみでなく 99 年 論文でも重ねて使用していたことを,「単なるミス であった」として済ますわけには決していかない. さらに対応委員会は,99 年論文は,97 年論文と

は別のZr 基アモルファス合金試料について再実験

(引張試験)した結果を,組成が異なるZr 基合金試 料の結果とともに報告したものであると説明して いるが,その根拠となるはずの試料外観写真がNd 基アモルファス合金のものだったという弁明を真 に受ける研究者は皆無であろう.

引用文献

1) 99 年論文(研究不正疑惑論文)A. Inoue, T. Zhang, M. W. Chen and T. Sakurai: Materials Transactions JIM, 40 No.12 (1999), 1382-1389.

2) 97 年論文(参照論文):A. Inoue, T. Zhang and Y. H. Kim: Materials Transactions JIM, 38 No.9 (1997), 749-755.

3) 日野ほか共編著『東北大総長 / おやめください / 研 究不正と大学の私物化』,社会評論社,(2011). 4) 日野ほか共編著『研究不正と国立大学法人化の影:

東北大学再生への提言と前総長の罪』,社会評論社,

(2012).

5) 青木清:「準結晶分散 Zr 基バルクアモルファス合

金の体積率や引張破断強度は実測値か?」,金属,83

No.3 (2013), 72-78.

6) 96 年 論 文:A. Inoue, T. Zhang, W. Zhang and A. Takeuchi: Materials Transactions JIM, 37 No.2 (1996), 99-108.

たかはし・れいじろう TAKAHASHI Reijiro

元東北大学教授.工学博士.専門:金属工学,環境工学. ひの・しゅういつ HINO Shuitsu

東北大学名誉教授.医学博士,経済学博士.専門:医療経済学. おおむら・いずみ OMURA Izumi

東北大学名誉教授.経済学博士.専門:政治経済学,研究倫理. まつい・めぐむ MATSUI Megumu

仙台弁護士会所属弁護士.専門:ハラスメント,人権問題.6 (a)(b)は前掲図 3 の(a)b)と同じ((a)99 年論文の Fig1,b)97 年論文のFig.2),c)96 年論文の Fig.2 の再掲.

(164)

a) b) c)

図 1 97 年論文の Fig.9 の再掲 図 2 97 年論文の Fig.10 の再掲
図 3 (a)99 年論文の Fig.1 の再掲,(b)97 年論文の Fig.2 の再掲
図 4 (a)99 年論文の Fig.2 の再掲,(b)97 年論文の Fig.3 の再掲
図 5 (a)99 年論文の Fig.6 の再掲,(b)97 年論文の Fig.6 の再掲

参照

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