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PDF 原生動物園 Vol 3 (2012年度号) 原生動物園

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原生生物(プロティスト)の新種を記載するには

山口晴代 Haruyo YAMAGUCHI

原生動物園 Vol. 3 (2012) 9-15. Review.

山口晴代 (国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター)

 「種を記載し,生物の類縁関係に基づ

いて分類体系を組み立てること」を目的 とした分類学と呼ばれる学問は,人間の ためにあると言っても過言ではない。種 が存在するか否かは別の問題として,生 物aと生物bが外部形態やDNAの塩基配列 で異なると人が認識できる場合,分類学 者はそれらを別の生物と捉え,分類学の お作法に則って異なる名前を与える。こ のプロセスを経ることではじめて,かつ て多くの先人たちがそれぞれ好き勝手な 名前で呼んでいた生物を他の生き物と区 別し,共通の名前で呼ぶことが可能にな る。このように,分類学は人間が生物を 認識するために重要であり,分類学者に は生物の類縁関係に基づいた人間の認識 しやすい分類体系(=自然分類)を構築 することが求められる。しかし,生物の 分類体系とひとくちに言っても,分類群 ごとにその分類体系の複雑さは異なって おり,ある属に含まれる生物群が別の属 に含まれる生物群と同じくらい外部形態 が異なって,DNAの塩基配列も違うわけ では必ずしもなく,分類群毎にその分類 基準は異なっている。ある分類群が変異 バラエティに富んだ分類形質をいくつも

持っていれば(=人間が識別できる形質 をたくさん持っていれば),当然その分 類基準も細かくなってきて,分類体系も より複雑なものになっていく。つまり, 生物の分類とはそれぞれの分類群に見ら れる特徴を顕微鏡やDNAシーケンサー などを使って,“人間の目から見て”区別 できるようにしたものであり,分類体系 と は あ く ま で も 地 球 に 存 在 す る 生 物 を“人間が認識しやすいように体系化し たもの”と捉えることが重要である。  Protists(プロティスト)は歴史的に, エルンスト・ヘッケル[1834∼1919]が 1866年に提唱したKingdom Protista(プロ ティスタ界)に含まれてきた。ヘッケル は動物界・植物界に含まれない生物を第 三の生物界としてまとめたが,そこには 現在でいう原核生物,真菌,原生生物, 海綿動物などが含まれていた。ベルリン 大学のヨハネス・ミュラー[1801∼ 1858]の勧めで,高性能の顕微鏡を使い 微少な生物の研究をはじめたヘッケルは 後に無脊椎動物・放散虫の研究で大成を あげ,その成果は1899年から1904年に出 版された10冊組の博物画集『自然の芸術

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的形態』に記述されている。私を含む多 くの分類学者をはじめ,さまざまな人々 がヘッケルの描くその力強く精巧なスケ ッチの数々に魅了されてきたことは間違 いない。その後,ロバート・ホイッタカ ー[1920∼1980]は生物界をモネラ界・ 原生生物界・植物界・菌界・動物界に分 けるという五界説を提唱した。モネラ界 には,現在のすべての原核生物が含ま れ,一方,原生生物界には真核生物のう ち,単細胞生物や単細胞が集合したとみ なされる生物が含まれた。この五界説に より,プロティストが主として単細胞真 核生物の集まりであるという認識が広ま るようになった。カール・リチャード・ ウーズ[1928∼]は1990年に生物界を真 正細菌・アーキア・真核生物に分ける三 ドメイン説を提唱した。2000年以降,分 子系統解析が盛んに行われるようになる と,真核生物ドメインにおける分類体系 の大規模な再編が行われるようになっ た。この再編により,界(Kingdom)よ り上位の便宜的な階級であるスーパーグ ループという言葉が用いられるようにな った。諸説あるものの,現在広く用いら れている分類体系は真核生物ドメイン を,オピストコンタ・アメーボゾア・エ クスカバータ・リザリア・アーケプラス チダ・ストラメノパイル・アルベオラー タ・ハクロビアと呼ばれる8つのスーパ ー グル ープ に 分 け る 分 類 体 系 で あ る

(Adl et al. 2005,Cavalier-Smith 2010な ど,ただしこれらのグループ名のいくつ かは正式な分類群名ではなく,また正式

に記載されたものについてもその階級は さまざまである)。このうち,プロティ スト(単細胞真核生物)は8つのすべて のスーパーグループに含まれており,プ ロティストとは系統的に非常に多様な生 物の集まりであると言える。

 そんな多様な生物の集まりであるプロ ティストの新種はどのように記述される のだろうか。生物の新種を記載する際の 決まりである命名規約には,国際細菌命 名 規 約 ( I n t e r n a t i o n a l C o d e o f Nomenclature of Bacteria,ICNB),国際 動物命名規約(International Code of Zoological Nomenclature,ICZN),国際 藻類・菌類・植物命名規約(International Code of Nomenclature for algae,fungi, and plants,ICN:これはメルボルン規約 とも呼ばれる。メルボルン規約から変更 になる二つの変更(オンライン発表され た電子資料が有効発表になること及びラ テン語または英語による記載文または判 別文が有効になること)については2012 年1月1日より適用,菌類として扱われる 生物の新学名を登録するには登録機関の 発行する識別子の引用を含まなければな らないことについては2013年1月1日から 適用される。これ以外のメルボルン規約 の内容に関してはすでに機能している) の3つがある。しかし,プロティスト専 用の命名規約はなく,プロティストの新 種を記載する場合は今のところ国際動物 命名規約(ICZN)または国際藻類・菌 類・植物命名規約(ICN)のどちらかに 従わなければならない。例を挙げよう。

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モデル生物として有名なChlamydomonas reinhardtii Dangeard (クラミドモナス) はICNに従って記載されている。これは クラミドモナスが葉緑体をもった藻類で あるのでICNに従って記載されるのは当 然として納得していただけるだろう。一 方 , 非 光 合 成 性 の 渦 毛 藻 の 場 合 , ICZNに従うことが多い。しかし,明ら かな光合成性藻類がICZNのもとで記載 された例もある。つまり,どちらの命名 規約に従えばいいのかという明確な基準 はないが,伝統的に植物として扱われて きたものはICNに則って,同じく伝統的 に動物として扱われてきたものに関して は,ICZNに則って記載されているとい うのが実情だろう。伝統的に植物として 扱われてきたか,動物として扱われてき たかは主として光合成性か否かに依って おり,光合成性の場合はICNで,非光合 成性の場合はICZNで記載するのが無難 だろう。しかし,繰り返すが,最終的に どちらの命名規約に従うかは記載する研 究者の判断に委ねられており,プロティ ストの系統と命名規約が必ずしも一致す る訳ではないのである。さらに付け加え るならば, ICNには,ICN以外で記載さ れたプロティストでもそれを“藻類とし て扱う場合”には, ICNのもとでも正式 発 表 とす る 決 ま り が あ り ( そ の 逆 で I C Z N以外によって記載された生物も ICZNの規約に反していなければICZNで も適格とされる),どちらの命名規約に 従って記載しても最終的には問題ないと 思われる。

 実際に,プロティストの新種に命名す るときにはどのような決まりがあるのだ ろうか。学名とは,門や科,種,亜種な どさまざまな階級の分類群につけられた 世界共通の名前であり,ラテン語のアル ファベット(といっても英語のアルファ ベットと同じだが)で記述される。その 中で種の学名は全ての命名規約におい て,二名法により記述することが定めら れている。二名法は十八世紀,カール・ リンネ[1707∼1778]によって体系付け られた生物の名前の付け方であり,この 二名法により,種の学名は属名+種小名 で表されるようになった。学名の後ろに は,ふつう命名者の姓を示す。属名に は,そのグループを特定させる1個の単 数形の名詞を用い,種小名には属名がど のようなものであるかを示す形容詞など が用いられる。ここでも例を挙げよう。 ICNに基づいて記載された緑色藻類の Nephroselmis viridis Inouye,Pienaar, Suda et Chiharaという生物がいる(図1)。属 名のNephroselmisはnephro-(ギリシャ 語:腎臓)+-selmis(ギリシャ語:縄) という2つの名詞の組合せという構成 で,種小名はviridis(ラテン語:緑色 の)という形容詞から成っている。つま りは,Nephroselmis viridisという学名の 意味するところは,腎臓型の緑色の細胞 で縄( 毛)をもった生物ということに なる。このように学名の語源が何であ れ,できた学名はICNではラテン語とし て扱われる。またICZNでも学名の語源 は何でもよいが,ラテン語の形であるこ

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Description

Nephroselmis viridis Inouye, Pienaar, Suda et Chihara sp. nov.

Cellula complanata, phaseoliformis, 5.5–9 µm longa, 5–8 µm lata, 3–5 µm crassa. Flagella duo, inaequalia, heterodynamica, in ventrali inserta. Flagellum longum volubile in cellula quiescenti. Chloroplastus unus, viridis, parietalis, dorsalis, cum stigmate ventrali. Pyrenoides cum structura discoidea, vagina amylacea cupuliformi, thylacoidetibus complanatis. Squamae corperis tegentes pentamorphae; squamae stati primi parvae, quadratae; squamae stati secundi parvae, hanakaku-formes; squamae stati terti spiniferae, circa 120 nm in diametro, unipolares, cun 11 spinis. Flagella sine

squama stati terti. Squamae T-piliformes sine submonibus proximalibus. Pilus foveae et pilus apices absentes.

Cells flattened, bean-shaped, 5.5–9 µm long, 5–8 µm wide and 3–5 µm thick. Two unequal heterodynamic flagella, inserted ventrally. The long flagellum coiling in the resting cell. A single chloroplast, greenish, parietal, dorsal, with a conspicuous pyrenoid and a ventral eyespot. Pyrenoid with a disc-like structure, cup-shaped starch sheath and thylakoid sheets. Body scales are four types; innermost layer scales small, square; second layer scales small, Hanakaku-shaped; large spiny scales c. 180 nm in diameter, unipolar, with 11 spines. Flagella with a third layer of stellate scales. T-hairs with proximal subunits. Pit and tip hairs absent.

Holotype: TNS-AL-56966 for the strain NIES-548 at the Department of Botany, the National Museum

of Nature and Science, Japan. The strain NIES-486 used for the holotype is maintained at the National Institute of Environmental Studies, Tsukuba, Japan.

Type locality: Sediment from the Sea of Harima, Hyogo Prefecture, Japan.

Etymology: The specific epithet refers to the color of the chloroplast, which is different from the closely related species N. olivacea.

図1 原生生物の記載文の例:緑色植物ネフロセルミスを例として

記載文(判別文でもよい)

学名は属名 + 種小名で書き,そのうしろに 命名者の姓をしめす

記載文はラテン語または英語で書く

(この場合,上がラテン語,下が英語)

ホロタイプの標本番号と保管場所を書く

その生物がとられた場所を書く 学名の由来を書く

5 µm

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とが勧告されている。

 次に,新たに作った学名が有効発表

(ICZNでは公表)されたとみなされる ためには,どのようにすればよいのかに ついて述べようと思う。新たな学名は, 適切な媒体に出版されなければならな い。ICZNでは,「公的かつ永続的な科 学 的 記 録 を 目 的 と して 発 行 さ れ た も の」,「最初に発行されるとき,無料あ るいは有料で入手可能なもの」,「同時 に入手可能な形で発行されたもので,多 数のコピーが同時に製作され,かつ長期 保存にたえるもの」とされており,ICN でも基本的には同様と考えてよいだろ う。つまり自分で撮った写真をインター ネット上に載せたり,学会発表のポスタ ーでその新種を紹介しただけでは,新種 を発表したことにはならない。新種発表 は科学雑誌に掲載されることで有効とな るのが一般的であり,また近年のインタ ーネットの普及に対応して,2012年より ICNでは電子出版による発表も有効とな った(ICZNについても,2012年以降に なされた電子出版のみによる公表も適格 となった)。

 このように有効発表された学名が,正 式発表された学名(ICZNでは適格名) とみなされるためには,さらにいくつか の要件を満たしていなければならない。 その要件の一つが,その生物の特徴を記 した記載文(description)または類似す る 生 物 と の 区 別 点 を 記 し た 判 別 文

(diagnosis)をつけることである。新種

記載というとラテン語の記載文が必須, と思う人がいるかもしれない。事実, ICNのひとつ前の規約である国際植物命 名規約(International Code of Botanical Nomenclature,ICBN,ウィーン規約)ま ではそうであったが,ICNでは「新種

(それ以外の新分類群も)の設定には, ラテン語または英語で記述された記載 文・判別文がなければ正式に発表したと は見なされない」へと変更された。つま り英語でも可であり,新種記載へのハー ドルがずいぶん低くなったと感じる。ま たICZNでは使用言語は規定されていな い。つまり,日本語で新種の特徴を書い たものでも,有効な学名として認められ る。ただし,国際的に広く使用されてい る言語で公表するべき,または広く通用 する言語で書かれた要約をつけるべきと 勧告されており,英語での記載が一般的 であろう。

 また,ICZNでもICNでも,新種記載の ためにはタイプ(ホロタイプ,正基準標 本)の指定が必要である。タイプとはそ の記載の拠り所となった標本などであ り,その分類群の最終的な基準は記載文 などではなくタイプ(特にホロタイプ) である。タイプは基本的に研究者が利用 可能な形で博物館などに保管されなけれ ばならない。タイプが保存されているこ とによって,その種が記載された後に, その当時では注目されていなかった形質 や 調 べ る こ と が で き な か っ た 形 質

(DNAなど)を調べることができる。 大形の動植物の場合であれば,比較的簡

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単に標本を作製できるが,プロティスト の場合はこれがなかなか難しい。ICNで は,プロティストや菌類のように標本と して保存しにくい生物の場合には,図解 をタイプとすることも認められる。また I C Z Nでも図解をタイプに指定できる が,正確には図解の元となった標本(そ れが残っていないとしても)を指定した ものとされる。また藻類や菌類について は,代謝的に不活性な生体(凍結保存さ れた株など)をタイプとすることも可能 である。

 簡単にプロティストの新種記載をする 方法について述べたが,実際の命名規約 を読むとさらに複雑で,きちんと命名規 約を理解していないと現実的には新種記 載は難しいと言えよう。以下に参考文献 を挙げた。さらに学びたい方については それらの参考文献を参照されたい。も し,あなたが非分類学者で,新種を発見 した場合,まずは適当な分類学者とコン

タクトを取ることを強くお薦めする。そ の分類学者と一緒に新種記載をするとい うのが,一番の近道であろう。ただし, プロティストの新種というのは世の中に おびただしく存在しており,プロティス トの分類学者は手元にいくつもの未記載 の新種をかかえている。これらの未記載 種は分類学的・進化学的に重要なものか ら記載されていくので,あなたの見つけ た新種が“つまらなかった”場合,後回し にされてしまうこともあるかも知れない ことを付け加えておく。

謝辞

 本稿を執筆するにあたり,京都大学総 合博物館の永益英敏先生に多大なご助言 をいただきましたことをここに深く感謝 いたします。

参考文献

Adl SM,Simpson AGB,Farmer MA et al.『The new higher level classification of eukaryotes with emphasis on the taxonomy of protists』Journal of Eukaryotic Microbiology 52:399– 451(2005)

Brown RW『COMPOSITION OF SCIENTIFIC WORDS』Smithsonian Books(1956)

Cavalier-Smith T『Kingdoms Protozoa and Chromista and the eozoan root of the eukaryotic tree』 Biology Letters 6:342–345 (2010)

動物命名法国際審議会『国際動物命名規約 第4版 日本語版[追補]』日本分類学会連

山口晴代

(国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター)

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Hausmann K,Hülsmann N and Radek R『Protistology』E. Schweizerbart'sche Verlagsbuchhandlung(2003)

平嶋義宏(著)『生物学名概論』東京大学出版会(2002)

ジュディス・E・ウィンストン(著)馬渡峻輔・柁原宏(訳)『種を記載する 生物学者 のための実際的な分類手順』新井書院(2008)

勝本謙(著)『菌学ラテン語と命名法』日本菌学会関東支部(1996)

Knapp S,McNeill J and Turland NJ(著)仲田崇志,永益英敏,大橋広好(訳)『第18回国 際植物学会議(メルボルン)で変更された発表の要件: 電子発表の意味するところ』日本 植物分類学会ニュースレター 43,12-17(2011);日本微生物資源学会誌 27,

89-95(2011);藻類 59,164-167(2011);植物研究雑誌 87,71-76(2012);日本菌 学会ニュースレター 2012-1,1-5(2012);蘚苔類研究 10,211-216(2012);化石  91,60-63(2012)

日本植物命名規約邦訳委員会『国際植物命名規約(ウィーン規約2006[日本語版])日本 植物分類学会(2007)

Protozoological Garden Vol. 3 (2012) 9-15. Review by Haruyo YAMAGUCHI

参照

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