明治期の平仮名表記に関する一考察(一) : とくに『群書類従』(再翻刻)をめぐって
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(2) . 教育科学編)第 五十三巻 第 一号 北海道教育大学紀要 (. 平 成 十 四年 九 月. 明治期 の平仮名表記 に関す る 一考察 (一). 口. 群書類 従』 ( 再 翻 刻 ) を めぐ ってー ・ ー とく に 『. 谷. 良. 輝. 守. 夫. ( 北海道江差高等学校教諭). 比. ( 北海道教育大学釧路校国語科教育第 二研究室). 変体仮 名」 が る。 こ こ で特 に 平 仮 名 の字 体 に 注 目 す る と 、 明 治 初 期 で は 、 「. 変体仮名」 は、蕎麦屋や 一部 の屋号を除 いて現在 で 用 いられ て いる。 この 「. は ほ ぼ 見 ら れ な く な って し ま った 。 特 に新 聞 や雑 誌 な ど の、 一般 的 な 活 字 や. 写 真 植 字 の出 版 物 に お い て は全 く と 言 って い いほ ど 目 にす る こと は な い。 で. は 「 変 体 仮 名 」 は い っ の こ ろ か ら 使 用 さ れ な く な ってし ま った のだ ろう か 。. ま た 平 仮 名 の字 形 は い っ の頃 か ら 一つに定 ま り 、 現 在 の型 を 持 つよう にな っ. た のだ ろう か。本稿は、そ のような疑問 の解明から出発し、明治期 の国語科. 教育史上 におけ る平仮名 の表記 の問題 に関し て、考察を加え てみようとす る も の であ る 。. ここで従来、表記 に関す るど のような研究 があ る のか、多く の先学 の御論 考 に 目 を 向 け て み た い。. { 注1). 稿者 が調査したうち で最も古か ったも のは、春日政治氏 の昭和十六 (一九. 四 ; 年の 『 現代 の仮名」 に次 のよう に書 かれ 朝 日国語文化講座』 の中 の 「. 「 然 るに文部省 は同年 (一九〇0) の八月 に遂 に小学校令施行規則 に於 いて、仮名 の字体を統 一した。所謂第 一号表 ( 十六条)が是 であ って、. て いるも の であ る。. 翌年 に学制 が発布 された こと で、江 戸時 代後 期 の藩校 ・私塾 ・寺 子屋 に替. ここに初め て今 日 の標準字体が定まり、直 にこれを国語科はじめ諸学科. 周知 の如く、近代的国語教育 は明治初期 に遡 る。明治 四年 に文部省設置、 わ って、小学校 ・中学校 ・大学校など の教育機 関に徐 々に発展し て い った。. の教科書 に用した。かく てこ の字体 は暫時 一般社会 に普 及し て、 やが て. . 「 しかし今 日でも筆写 の場合 には、なお変体 かなを混用す ること もあ る. よう に あ る 。. 白 石大 二氏等 が編集 された 『 国語教育辞典』 「ひらがな」 の項 には 以下 の. 後、時代を追 って他 の御論考 に目を向け てみた い。. 春 日 氏 のも のは 調 査 し た 中 で最 も 古 いが 、 よ り 詳 細 に書 か れ て いる 。 こ の. 一国 の活字体がこれ に統 一された。 傍線稿者、以下同じ) 」(. 一方 で、江戸末期から明治期 にお いては印刷機 の発達 によ って、新聞 や雑 誌類が刊行 され るよう にな った。また江 戸末期 から、活字鋳造 及び改良 の尽 力 があり、版本以外 に活字本がそ の数を増し てきた。 出版技術 の進歩と出版物 の増産 に伴 って、 徐々 こ のよう な教育制度 の整備、 に人 々が活字 によ って印刷された書物 に触れ る機会が増え てきた。 そ の使用字体を見 てみると、官報 ・法律など の官庁発行物 では漢字片仮名 交じり文が多 い中 で、新聞 ・雑誌類 では漢字平仮名交 じり文も使用され て い.
(3) . . 守・比良 輝夫 谷口. が 、 常 用 のも のは 一定 、 印 刷 物 で は も っぱ ら こ れ を の み 用 いる。 そ れ は. 3年 の小学校令 にお いて、小学校 にお いて教う べき平仮名 の字型を 明治 3 、^ 注3}. 定 め た のに よ って いる 。 」. これと類似した ことを橋本進吉 氏が述 べられ て いる。 「平 仮 名 は 古 く か ら 同 音 に対 し て、 いろ いろ の異 体 字 を 用 ひ た が 、 後 に. ^ 注6Y. で、 築 島 裕 氏 は 、 そ の著 『 国 語 学 』、. 「 異体 の仮名 は、長 い間多数 用 いられ て来 たが、明治 三十 三年 の小学校. 令施行規則 にお いて統 一され て以来、次第 に少なくなり、 現在 では実用. ^ 注7一. と し て は 殆 ど 用 いら れ な く な ってし ま った 。」. また山根安太郎氏も 『 国語教育史研究』 の中 で、. 「 かく て三三年 八月、文部省 は ついに小学校令を改正し、小学校令施行 規則をも発布 し てかな の字体 の統 一、字音仮名遣 いの改訂をお こなう に. は そ の中 、最 も 普 通 に 用 ひ るも のは ほ ぼ 一定 す る 傾 向 が あ った け れ ど も 、. しかも今 日に至 るま で、筆写 の場合 には、なお異体字則ち変体仮名を混. い た った 。」. と述 べられ、両氏とも 「 小学校令施行規則 で統 一」し た こと を 書 か れ て いる 。. 用 す る事 が あ る 。 し か し そ の常 用 のも のは 、 今 日 に於 い ては 一定 し 、 印. 刷物 に於 いては専 らこれを のみ用 ひろ。 これは明治 三十 三年 の小学校令. 『 か な 』 は 、 小 松 茂 美 氏 に よ って書 か れ た も のだ が 、 そ の中 で以 下 のよ う. 「 文部省 は明治 三三年 ・(一九〇0) 八月 の小学校令施行規則付表 にお い て、小学 ( 四か年) に用 いる漢字を約 一、 二〇〇字 の範 囲 に制限し、か. う に書 か れ て いる 。. 国語評議会」 の項 には以 下 のよ 国語教育辞 典』 「 三宅 武郎 氏が編ま れた 『. . 確 に さ れ 、 そ こ で平 仮 名 の字 体 が 「き め ら れ た 」 と さ れ て いる 。. ここではより詳細 に 「 第十六条」 であ ると明 小学校令施行規 則」 のう ち の 「. 八月 二十 一日 の 『 第十六条) によ ってき められた 小学校令施行規則 (. それぞれ四十七字 からな る。これら の字体 は、明治 三十三年 (一九〇0). 「現 在 、 わ れ わ れ が 使 って いる か な は 、 平 が な と 片 か な の 二と お り で、. にあ る。. ^ 淫s). に於 いて、 小学 校 に於 て教 ふ べき 平仮 名 の字 形を定 めた のに拠 って い る 。」. 両者とも筆写 ではまだ残存す るも のの、印刷物 では 「 明治 三十三年 の小学校 令 」 に お い て定 め た 平 仮 名 を 使 用 と し て い る 、 と 論 じ ら れ て い る 。 ^ 注4V 土井忠生氏 は、森 田武氏と の共著 『 国語史要説』 の中 で、 「 今 日 の仮名字体 は、明治 三十 三年 の小学校令施行規則 にきめられたも. のであ って、それ以後 、社会 一般 に統 一された のであ る」 今日 と書 かれ、「 明治 三十 三年 の小学校令施行規則」とより詳細 に言及し、「 . の仮 名 字 体 に は こ の後 に 統 一さ れ た と し て いる 。 ま た 、 石 黒 修 氏 の 「国 語 の文 字 の特 色 」 に は 以 下 のよ う に あ る。. 「 明治三三年 (一九〇0)小学校令施行規則 に際 し て、変体仮名を やめ、. な の字体を整 理し ( 変体かなを廃 した) 」 これによ って同氏 は 「 小学校令施行規則」 には 「 付表」 が存在 した ことを説. 長音符 『 ー』を使う こと にされたが、ひらがな の変体はそ の後も使われ て いたが、太平洋戦争 にな って、物資愛護 の立場 から変体 のかな活字を. 明 さ れ て いる 。. いる 。 し か し 「そ の後 も 使 わ れ て いた が 、 太 平 洋 戦 争 に な って」、 つま り 太. 施行規則』 の第 一六条 に付随し て三 つの表 が掲げられ、小学校 にお いて. 国語国字 問題 の由来」と いう御論考 の中 で、 武部良 明氏は 「 「一九〇0 ( 明治 三三)年 八月 二 一日 の文部省令第 一四号、 『 小学校令. . 廃 止 さ れ る こと に な った 。」. 平洋戦争 の始ま った昭和十 六 (一九 四 一)年 にな って、活字製造 の際 の物資. 教授 に用 いる仮名、仮名遣 い、漢字 が規定 された から であ る。 これによ. 同氏も 「 小学校令施行規則 に際し て、変体仮名を やめL た 、 こ と に は 触 れ て. 節約と いう 理由 で廃止 に至 ったと し て、独自 の見方を され て いる。.
(4) . 期 眺. の平仮名表記に関する-考察 (一). り、小学校課程 の範 囲 に規定 されたとは いうも のの、平仮名 及び片仮名 の字体を統 一し、字音 の仮名 遣 いを発音式 に改め、尋常小学校 四年間 に. 1) { 注1. ^ 住建). 体ど のようなも のな のであ ろう か。武部良明氏、倉 沢剛氏 の御論考を基 に以. 二十 八 ( 九 五)年 にかけ ての日清戦争 の大勝. 下 で、 でき た 経 緯 の概 略 を ま と め た 。. 明治 二十七 (一八九四)年. 利は教育進行を促す世論とな った。貴衆両院 は清国 から得た賠償金を普 通教. 教え る漢字 の字種を 一二○○字 の範 囲に制 限した のであ る。まず、平仮 名 お よ び 片 仮 名 の字 体 であ る が 、 こ の点 に つ いて当 時 の実 情 を 見 ると 、. 改 正は明治 二十三 (一八九0)年 の小学校令 によ って 一応完了し て いた。そ. 育振興 に充 てることを建議 した。既 に小学校 の設置 ・維持など外部的な組織. と述 べられ て いる。 ここでは更 に詳細 に、 「 小 学校令 施行規則第十六条」 に. こで日清 戦争後 の小学校政策 は、小学校 の学科 ・指導法 ・教科書など内部的. 必 ず し も 一定 し て いな か った 。L は 「三 つ の表 」 が 付 け ら れ 、こ の表 の中 の 一つに よ って仮 名 が 規 定 さ れ 、「平. な組織改 正をす る義務教育 の普 及と、国民 の資質 の向 上にあ った。そ の具体. ①. 仮名 及び片仮名 の字体を統 一し」 た、と され て いる。武部氏は この法律 に関 小学校 にお いて教授す る仮名 以外 に、併 せ て仮名遣 いの改定、漢字制 限 の表. ② 小学校令の全面的改正. 的中身 は. も載せられ ており、 こ のこと から小学校令施行規則第十六条は、仮名 の選定 、. ③ 国定教科書制の採用. す る概要を より明解 に説明し て いると言えよう 。 また付随す る三 つの表 には、. のみな らず 、当時 の尋常 小学校 におけ る表 記全体を改定 す る性格 の法律 で. ④. 字音仮名遣 いの簡素化と漢字制限 の断行. 小学校教育費 の国庫補助政策. あ った と 言 え よ う 。. であ った 。. 改正小学校令 の意図は児童 の負担軽減 に基づ いて、読書 ・作文 ・習字を 国 語 の 一科 に統 一し、仮名字体 の統 一・字音仮名遣 いの簡素化 ・漢字制 限 が行. 以 上 、 幾 つか の御 論 考 を 見 てき た が 、 こ れ ら の こと か ら 、 多 少 の違 いも 見 ら れ た が 大 筋 で、 以 下 のよう な こと が 現 在 定 説 にな って いる と 考 え ら れ る 。. う 所 にあ った。担当 した文 部省 学 務局長沢柳政太郎 ・専 門学 務局長 上 田万. まなく規定 したも ので二百 二十 三条からな る履大なも のだ った。. 小学校令施行規則が公布 された。施行規則 は小学校令施行 に要す る規 則をく. 良 二関 スル建議」を貴族院 ・衆議院 に提出 し、可決 された。 八月十 八日、樺 山文相 のもと沢柳が中心とな って小学校令 が全面的 に改正され、 二十 一日、. す る建議書を政府 へ請 願した。そし て二月、辻と加藤は 「 園字国語国文 ノ改. 明治 三十 三 (一九〇0)年 一月、帝国教育議会 辻新次 は国語改良問題 に関. 決 された。. 三議会 で、湯本 による国語調査会設置 の建議案 は高等教育会議 でどちらも否. 年 ・図書 課長渡部董之介 や辻新次 ・加藤弘之 ・湯本武比古らはそれらを推進 した。しかしながら上 田 ・沢柳 の意見 による国語調査会設置 の予算案 は第十. 明治 三十 三 (一九〇0)年、文部省令第十 四号 の小学校令施行規則第十 六々 宋に付随す る第 一号表 によ って現行 の仮名 が定 められ・それ以降 に社 会 一般 に統 一された。 言 い換 え ると 、こ の法 律 に よ って現 行 の仮 名 は 「 正 体 」、いわ ゆ る 「 変 体 仮 名」 は 「 異 体 」 と 見 な さ れ る よう にな り 、 そ れ 以 降 社 会 一般 に統 一さ れ る よう に な った と 言 え よう 。. 二 さ て、それ では以上 の各箇所 で言われ て いる 「 小学校令施行規則」とは 一.
(5) . . 守・比良 輝夫 谷口. そ のうち第十六条 に全 三号表 からな る進歩的国語政策 があ る。第 一号表 は 変体仮名排除 で、第 二号表 は字音仮名遣 いの簡素化、第 三号表 は尋常小学校 での 一二〇〇字 の漢字制限 であり、こ の段 階 でこれだけ思 い切 った改革を断 行した のは日本 の小学校史 上画期的な事実と いわなければならな い。 施行規則第十六条を実際 に立案 した のは新進 の国語学者保科孝 一、言語学 者藤 岡勝 二、国語教育 学者 岡田正美 の三人 であ った。東京帝国大学卒業後間 もな いこの三人は、明治 三十 一年 二月、国語国字問題研究調査 のため に文部 省 嘱 託 と な って いた 。. 小学校令施 行 規 則立案 の中心 人物保科 への流 れは、東 京帝 国大 学 で英 人 B ・H ・チ ェン バ レ ン に 国 語 学 ・博 言 学 の講 義 を 受 け た 上 田 万 年 が 、 保 科 に. 多く の影響を与えたようだ。 以上が両氏 の御論考 のまと めだが、 では施行規則 の実際 の文言はど のよう なも のであ った のか。次は 『 官報』第 五 一四 一号記載 の明治 三十 三年 八月 二 一日付、文部省令第十 四号小学校令施行規則第十六条 の複写 であ る。. 第十六俵 小峯榛 =於テ級授 =用 フ ル優名夏其 ノ字憾 ハ第 一繊表 二、 字音綴 名遺 ハ第 二競表下縄 =依 り叉漢字 ハ成 ル ヘク其 ノ徴 ヲ節減 シテ醗用贋 キ 殿- - ノ ラ蓬 フ ヘシ. 尋常 小学 楼 =於 テ敵授 =用 フ ル護字 ハ成 ル ヘク第 三溌麦 二掲 ク ル文字 ノ範. は同じ日 の 『 官報』 の、文部省令第十 四号小学校令施行規則第十六条 より十. 頁後 に掲載 された第 一号表 の複写 であ る。. . . ん. らり るれる わ 幻う ゑを. 季 候名. ソ. ラリ ルレ ロ ヮ井 ゥ ヱヲ. 芹 候 名. 第 一我表. タ チ ッテ ト. ア ィ ゥ エォ ヵ キ クヶ コ サ シ ス セソ. ガ ギ グ ゲゴ ザ ジズ ゼゾ ダ ヂヅ デ ド バ ビブ ベポ パ ビプ ベポ た ち つて き. ナ ニ ヌネ ノ ハヒフ ヘホ マミム メ モ. 多 いう え 》 がき く け こ さL ず せ そ. ャィ ュ ェョ. ぐげ で が雪‐ さ じず ぜぞ た ち づでき ぱ ぴ ぶ べぽ ぱ ぴ ぶ べぼ ぐ いゆ え よ. な に 概ね の は ひ ふ へほ 浅 み育 めも. 現在 から約百年前 に定 められた第 一号表 の平仮名を概観し てみると、ほぼ. 現行 の仮名 と変わりな い。ただ 一字 一字 よく見 ると、若干 の違 いがあ ると思. われ るので以下 でそれを指摘した い。まず、現行 の仮名 が 一画 一画 は っきり. 書 かれ て いるのに比 べて、第 一号表 の平仮名は続け て書 かれ て いる連綿体 の. よ う に な って いる 。 特 に 「 あ 」 「き 」 「ゆ 」 な ど に そ の傾 向 が 顕 著 に 現 れ て い. る。なお これはこ の表 に限らず 、明治期全般 の平仮名 の活字体 に言え ること であ る 。. 次 に五十音 順 で気 にな る字体を挙げ ると、「 し」 は 「 之」 が字源と考え ら. れ る が 、 上 に 点 を 付 け て か ら 現 行 の 「し 」 を 続 け て いる 。 「と 」 は 上 の 一画. が 下 の 一画 の線 に接 す る の では な く 越 え て いる 。「ゐ」は 左 の線 が な い。「ゑ」. こ こ で確 認 し てお き た い のだ が 、 「小 学 校 令 」 は 小 学 生 に 対 し て のも の で. と大きな違 いは認められな いた め、拙稿 では この第 一号表を 「 現行 の仮名 の. 細 かく見 て いくと以上 のような相違点 が見られるが、 一目見 て現行 の仮名. 囲 内 二於 テ之 ヲ遷 フ ヘシ. あ る こ と か ら 、第 十 六 条 で 「小 峯 校 二於 テ」と 明 記 し て いる のは 当 然 であ る 。. 字 体 」 と し て扱 って いき た い。. は 現 行 よ り も 上 下 で離 れ て いる 。. 前項 で定説と確認した 「 現行 の仮名が定 められた」と いう こと は小学生 のた め のも のが 一般社会 にも広ま ったと いう意味を含 ん で いること に注意 された しY. そ し て第 一号 表 と は ど のよ う な 表 であ った のか 、 実 際 に 見 て み た い。 こ れ.
(6) . ). 明治期の平仮名表記に関する-考察 (-). 三 さ て次 に、 前 項 か ら 度 々出 てき て いる 異 体 の仮 名 、 いわ ゆ る 「 変体仮名」 に つ いて見 て いき た い。 「 変 体 仮 名 」 に つ い て は 、 他 に多 く の定 義 付 け も でき よう が 、 本 稿 で は 以. 下 のよう に定義付けす る。 「 小学校令施行規則 第十六条 第 一号表L に掲載 され て いな い仮名を 「 変体仮名」と定義す る。また掲載され て いる仮名を 「 現行 の仮名」と 定 義 す る。. なお、調査を進め て いくと、具体的 に現行 の仮名と変体仮名をどう いう線 引き で分けるかと いう 、前述 の定義付けだけ で判断 できな い実際問題に直面. 「 小学校令施行規則 第 一六条 第 一号表」 に掲載された仮名と字. す る。 よ って更 に細 か く こ の稿 で の変 体 仮 名 を 以 下 のよう に規 定 す る。. ① 源 が違うも の. 同表 に掲載 された仮名と字源 は同じ であ るが、著 しくそ の字体 の異. そ う いう 理 由 に よ る 。. 例 え ば 、「ァ」を 考 え た 時 、「 安 Lか ら でき た 「あ 」、「阿 」か ら で き た 覆 おL、 「 愛 」 か ら でき た 「ル筆」、 「悪 」 か ら でき た 「あき な ど が あ る。 こ れ ら は そ. れぞれ字源 の異な る 「ア」と いう音を表す平仮名 であり、 このうち拙稿 では 現行 の仮名 「 あ」 の字源と考えられる 「 安」を元 の字とし て作 られた平仮名. を現行 の仮名と し、それ以外 の漢字を字源とす る平仮名を変体仮名とし て扱 . ② の規定はやや暖昧 であり、誤解を招く おそれもあ ると思う ので、以下に. 「 な 」 を 例 に 用 い て説 明 し た い。 「な 」 の字 源 と さ れ る 「 奈 」 を 元 の字 と す. る 「ナ」 の音を表す平仮名を、ど こから現行 の仮名と認めど こから変体仮名. ふ」 C 「y. D 「メ. 」. と す る か と いう こと の基 準 を 考 え て み る 。「 奈 」が 字 源 と 考 え ら れ て いる 「な 」. B 「魂ふ」. にも明治初期以前 では他 の平仮名と同様 に、 A 「な 」. と、幾 つか の字体が存在 し て いた。これを見たとき 現行 の平仮名 の字形 に上. の方 ほど近く、下 に行けば行く ほどそれから遠ざ かる のがおわかり いただ け. ると思う。そ の際主観が作用したり見 る人 によ って個人差も生じたりす るだ. ろうと思う が、 こ の稿 ではAと Bを現行 の仮名とし、C ・Dを変体仮名 とす. て作 った も の であ る 。 「万 葉 仮 名 」 は 音 読 み を 用 いた 「 音 仮 名 」 と 訓 読 みを. ① の規定 に ついて考え てみた い。平仮名 は 「 万葉仮名」 の字体を草体化し. 関し ては稿者 の主観も若干入ることかと思われるが、現在 の平仮名 の字 形は. て少 しでも違和感 が起 こるも のを変体仮名とし て扱う こととした。 この点 に. と 字 源 は 同 じ でも 、 一見 し てす ぐ に 同 一のも のと 認 め ら れ な いも の、 見 て い. ②. る 。 そ の基 準 と し て現 行 の仮 名 と 、 画 数 ・線 の方 向 ・線 を 続 け る 続 け な い ・. 1 訓仮名」 に大別されるのだが、 いず れにせよ、漢字 の音 訓読 みを用 用 いた 「. 日本全国ど こに行 っても大差 がな いので、 一般的な出版物 で我 々が見慣 れ て. な るも の. いて作 ら れ た も の であ る 。 よ って 一つの音 を 表 す のに 、 多 く の漢 字 を 用 いて. いるも のと そう でな いも のと いう 観 点 で分 け ると 思 って いた だ け れ ば 誤 解 は. 線を離す離さな いなど形 の上 での明らかな違 いがあり、たとえ現行 の平仮名. 平仮名が作ら れた。明治 以前 の平仮名を考え た時、時代と共 にそ の種類は減. な いも のと 思 う 。. ( 注3). 少 したとは いえ、そ の幾 つか の漢字を源と した数種類 の変体仮名 があ るのは.
(7) . . 守・比良 輝夫 谷口. { 注3). 1 人物叢 書 田口卯吉』 は以下 の 作 業 があ った はず であ る。 こ の間 の経緯 を 『. さ て、定 説 では明治 三十三 (一九〇0)年 の小学校令施行規則を契機 に仮. した 『 群書類従』 の活字印刷本を経済雑誌社 から刊行を開始 し、翌 二十. 「 歴史関係 の出版 では、明治 二十六年 六月、塙保 己 一が江 戸時代 に編纂. よ う に 述 べ て いる 。. 名 の字 体 が 統 一さ れ 、 そ れ 以 降 に 一般 社 会 に広 ま った た と いう こと であ った. 群 書 類 従 』 は 、 一般 の目 に触 れ る こ と 七 年 十 月 に完 成 し た 。 保 己 一の 『. 四. が 、 以 下 で そ の こと を 確 認 し て いき た い。. が困難な資料を広く世 に供 した点 では意義 のあ る事業 であ ったが、木版 明治 三十三年 以前) におけ る 調査 に当た っては、小学校令施行規則以前 (. ること で、小事件 の実否 のため に多 く の時 日を消費す ること は好まし い. くな って いた。卯吉 の考え では、歴史 研究 の目的 は社会 の大勢を達観す. で に 明 治 中 期 の人 々に と っては 、 か な ら ず し も 利 用 し やす いも の で は な. 本 は冊数が多く、漢文 には句 点がなく、仮名文字も読 みにく いなど、す. 出版物 の中から 『 群書類従』 ( 再翻刻)を選 んだ。 『 群書類従』 ( 再鎌刻)は明治 三十 一 (一八九 八)年 から明治 三十 五 (一. こと ではなか った。それゆえ、利用しやす い史料集 の刊行 は非常 に意義. ( 調査対象). 九〇 二)年 にわた って刊行 された第 一輯から第拾七輯ま でを 、当時 の字体 の. 読 みやす いも のにす るなど の加 工 読 みにく い」仮名文字を 「 注目す べきは 「. があ るも のと考え、訓読点を打ち、仮名文字を読 みやす いも のにす るな. ら 二十七 (一八九 四)年 にかけ て刊行 された のに対し、前述 の如く再翻刻 が. を施 した」点 であ る。 ここでは、多数使 用され て いただ ろう 現行及び変体 の. 変遷 がわかり やす いと考えられた ので採用した。なお、再翻刻を選 んだ理由. 三十 一年以降 に刊行 され、小学校令 施行規則発布 の明治 三十 三年を挟む よう. 読 みやす」くす るため にど の平仮名を採 用す る 平仮名 から、当時 の人 々に 「 か、と いう経済雑誌社 による活字選択 があ った はず であ る。以下 でど のよう. ど の加 工 を 施 す こと に し た 。」. に し て、 よ り 長 期 間 に わ た って刊 行 さ れ た た め であ る。. な平仮名を採 用した のか、変体仮名 の使用割合を見 て いきた い。. は入手 しやす か ったと いう理由 の他 に、初版 が明治 二十六 (一八九 三)年 か. ( 調査方法). 『 再簾刻) 群書類従』 (. 方法は、 『 群書類従』 ( 再孫刻) では数 冊を対象 とし て、漢字平仮名交 じり 文 の中 の平仮名 の字体を 一字 一字見 て いき、そ の中 で使用 され て いる変体仮. 発行者 i 印刷社 1. 株式会社秀英舎第 一工場. 山本英次郎. 第壷輯. 明治 二十六年 六月十六日孫刻印刷. 印刷所 1. 代表者社員 ・望月 二郎. 合名会社経済雑誌社. 名 の種類と数、変体仮名と現行 の仮名 の使用割合を調査し て いく。. 五 広く知られるよう に、『 群書類従』は江 戸時代 に塙保 己 一が編集 したも のを、 明治時代 にな って田口卯吉 が活字本とし て出版 したも のであ る。当然版本 の 時 にさまざ まな字体 が使われ て いたも のを活字 にす る、と いう手 間 のかかる.
(8) . 一. 明. 欄. の. 鞭. 表 名. コ し. 悌 姻. . 察. (. 表記に関する-考察 (-). 明治三十 一年 三月 二十八日再翻刻印刷 明治三十 一年 四月 四日俊行. 「夕霧」 「ぬ L であり、そ の他 は小学校令施行規則第十 六条第 一号表 ( 明治 三 十 三 年 八 月 ) と 変 わ り な い。. 明治 二十六年 八月 二十 八日翻刻印刷. 第四輯. た漢字片仮名交じり文 であ る。そ の中 で漢字平仮名交 じり文 のも のを無作為. 明治 三十 一年十月 三十 一日再翻刻印刷. 第 壷 輯 は 神 祇 部 であ る が 、 そ の ほ と ん ど が 漢 文 、 あ る いは そ れ を 書 き 下 し. に選び変体仮名使用量を見た。第壷輯全千 五十頁 のうち調査対象 は六十頁 で. 明治 三十 一年十 一月 五日俊行. 「. ご 1回 ( 六百七十 五頁 のみから調査). 「 ▲ 九 百 七 十 四 頁 の み か ら 調査 ) Jで 1 回 (. と 変 わ り な い。. 以上 のことから第 四輯 ( 明治 三十 一年十 一月) で使われ て いる変体仮名 は 「Jせ で、そ の他は小学校令施行規則第十六条第 一号表 ( 明治 三十三年 八月). なし. 第七十 三 『 官職難儀』 『 女房 の官 しな の事』. 「し 」 4 回. 第七十 二 『 詠百寮和歌』 百寮 訓要抄』 『. は六十八頁 であ る。以下に調査 の詳細を示す。. のも の全 てから変体仮名使 用量を見 た。第 四輯全九 百七十頁 のうち調査対象. 第 四輯 は系譜部 であ るが、 これも漢文 が多 く、そ の中 で漢字平仮名交じり. ある。以下に調査 の詳 細を示す。. 「為 」 1 回. 第十四 『 石清水御願書』 「は L 2 回 1. ( 巻十 四全文から調査、以下特 に但し書 きがなければ巻毎 に調査) 第十五 『 賀茂皇大神宮 記』 なし 第十九 『 北野縁起 上 中 下』 『 雨聖記』 なし. 4回 「 し」 1. 「夕で 1回 ( 九百八十 二頁 のみから調査). 第 二十七 『 大神宮参詣 記』 「し L 9回. 九百九十 二頁 のみから調査) 2回 (. 明治 三十 二年 四月十七日俊行. 明治 三十 二年 四月十日再翻刻印刷. 明治 二十六年十 一月 二十 三日翻刻印刷. 第七輯. 「タビ. 「≠” 」が. 「し 」 5 回 1. 「し L に関し ては使 用量 が多 いので全文 から ではなく変体仮名. 以下同じ) 使われ て いる頁 のみから調査 した。 ( 以上 のことか ら第壷 輯 ( 明治 三十 一年 四月) で使 われ て いる変体 仮名 は.
(9) . . 守・比良 輝夫 谷口. 群書類従』 は全輯 を通 じ て 一頁 の り小 さ いのが特徴 であ る。そ の理由 は、 『. 無作為 に選 ん で調査 した。因 みにこ の輯 の字体 の大きさは他 の輯 よりも 一回. な い。 よ って他 の輯 に比 べて漢字平仮名交 じり文 の割合が多 く、そ の中 から. 「し 」 3 1回. 「し 」 0 回 2. 「し 」 3 回 2. 「し 」 8 回. 「し L 8 回 「 で ま. 「 で 1回 ( 十 頁 のみ か ら 調 査 ) J. ( 六 百 八 十 二頁 の み か ら 調 査 ). ( 六 百 八十 三 頁 の み か ら 調 査 ). ( 六 百 八十 四 頁 の み か ら 調 査 ). 六 百 八十 七 頁 の み か ら 調 査 ) (. 「 M」 1 回 ( 七 百 三頁 の み か ら 調 査 ) J 「づご 1 回 ( 七 百 四頁 のみか ら 調査 ). 「 で 1回 i 「 ・ Jで 1 回 「 M」 1 回 煮 「 , Jで 1 回. 第百六十六 『 亀山殿七百首』. 間 に 上 下 を 分 け る横 線 で仕 切 り が し てあ る が 、 和 歌 の、 五 ・七 ・五 ・七 ・七. 「し 」 篇 回. この輯は和歌部であり、 一部 の詞書きなど の序文を 除 いて漢文 はほと んど. の三十 一文字全部がそ の仕切 の中 に収ま るよう に編集され て いるため であ ろ. 「し 」 4 回 2. 「し 」 0 回 3. 「 で 1回 ( 十 五頁 のみ か ら 調 査 ) i. 十九頁 のみから調査) 2回 (. 「し 」 7 回 1. 「し 」 9 回 1. 「J▼ 九 百 五十 三頁 のみ か ら 調 査 ) ご 1回 (. 「. 「. 九百 五十頁 のみから調査) ぜ 1回 (. 九百 三十 一頁 のみから調査 ) で 1回 (. 明治 三十三年 八月) ご で、そ の他は小学校令施行規則第十六条第 一号表 ( と 変 わ り な い。. 「. 以 上 のこと から第 七輯 ( 明 治 三十 二年 四月) で使 わ れ て いる変 体仮 名 は. 4回 「し 」 1. 第百七十六 『 俊成卿文治六年 五社百首』. う。 よ って二行 にわたる和歌 は ほと んどな い。第七輯全千 二十九頁 のうち調 査対象は百十八頁 であ る。以下 に調査 の詳細を示す。. 「し 」 4 回 2 「 で 愛. 第百 四十六 『 拾遺抄巻第 一』. 「し 」 節 回. 十 四頁 のみから調査) 3回 (. 「し 」 2 回 3. 「 」 3回 (二十 七 頁 の み か ら 調 査 ) 受M 「J. 二十 八 頁 の み か ら 調 査 ) M」, 2回 (. 2回 「し L 2. 「し 」 9 回 1. 「し 」 1 回 2. 「し 」 節 回. 8回 「し 」 1. 「 ゼ メ. 「 . Jで. 「 で 愛. 「 ◆ づで. 三百六十 八頁 のみから調査) 2回 (. 三百六十 六頁 のみから調査) 2回 (. 三百六十 三頁 のみから調査) 4回 (. 三百六十 二頁 のみから調査) 2回 (. 2回 ( 三百六十頁 のみから調査). 「 で 1回 ( 三 百 五 十 七 頁 のみ か ら 調 査 ) i. 明治 三十 三年 三月 二十 五日俊行. 明治 三十三年 三月 二日再翻刻印刷. 第拾賦輯. 「し 」 1 回 1. 「 で 愛. 臨詠和歌集第十』 第百五十 六 『 臨詠和歌集第 一』 『. 「し 」 4 回 1. 「J◆ ご 1回 ( 三 百 七 十 二頁 の み か ら 調 査. 二頁 のうち対象 は八十 一頁 であ る。以下 に調査 の詳細を示す。. 第拾試輯 は管弦部 であり、巻毎 に十刻 みで調査 し て いき た い。全八百九十. 明治 二十七年 三月 三日翻刻印刷. 「し L 8 回 2. 「. M」 1回 ( 三十頁 のみから調査). 第 三百 四十 二 『 龍鳴抄』 「し 」 4 1回.
(10) . 一. 「し 」 0 回 1. 「し 」 8 回. 「し 」 0 回 2. 「し 」 3 1回 7回 「し 」 1 「し 」 篇 回. 「し 」 9 回 1. 「し 」 0 回 2. 「 r 1回 ( 四十 八 頁 の み か ら 調 査 ) i. 「 で i. 「 で i. 四十六頁 のみから調査) 3回 (. 「 ・ Jで 1 回 「 . Jで 1 回 「 ▼ JM」 1 回 「 で 2回 愛. 「 で 愛. 四十七頁 のみから調査) 5回 (. 3回 ( 三十 三頁 のみから調査). 「 M」 1 回 ( 三 十 一頁 の み か ら 調 査 ) 夕. 明治 三十 三年九月三十 日俊行. 明治 三十三年九月 二十 五日再猟刻印刷. 「h Lと 「↓”」 で、そ の他 は小学校令施行規則第十 六条第 一号表 ( 明治 三. 以上 のことから第拾試輯 ( 明治 三十 三年三 月) で使 われ て いる変体仮名 は. 四 十 一頁 の み か ら 調 査 ) ( 四十 二頁 の み か ら 調 査 ) (. ( 四十 三頁 のみから調査). 五十 五頁 のみから調査) 3回 (. 「h 」 2 回. 全千 四百九十 二頁 のうち対象 は百 二十 三頁 であ る。 刻 み で調査 し て いきた い。. 特 にこれは他 の輯 にな い物語 ( 軍記物)を多く含むため調査 した。巻毎 に十. 第拾参輯 は既 に施行規則発令 以後だ が、 色 々なジ ャンルのも のを見 ようと、. 明治 二十七年 四月 三十 日翻刻印刷. 第拾参輯. 十 三 年 八 月 ) と 変 わ り な い。. 「し 」 8 回 「ダ ビ. ( 三 十 七 頁 の みか ら 調 査 ). 「し 」 4 回 1. 「え 」 1 回. 以下に調査 の詳細を示す。. 「し L 5 回 1. 「し L 4 回 2. 「し L 9 回 1. 「し 」 0 1回. 「 で 2回 ( 三百 五十 二頁 のみから調査) 夕 「 で 2回 ( 三百 五十三頁 のみから調査) ま. 「 で 夕. 「 ・ Jで. 「 で i. 「 ゼ タ. 5回 ( 三百 五十 一頁 のみから調査). 三百 五十頁 のみから調査) 2回 (. 2回 ( 三百 四十六頁 のみから調査). 三百 四十頁 のみから調査) 3回 (. 「し 」 5 回 1. 「し 」 7 回 1. 「し 」 1 回 1. 「 で 1回 ( 五百十 二頁 のみから調査) 夕. 「 ▲ づで. 「 ゼ ナ. 「. で. 五百十 一頁 のみから調査) 3回 (. 五百五頁 のみから調査) 3回 (. 2回 ( 五百 四頁 のみから調査). 第 三百五十 二 『 梁塵秘抄 口伝集』. 「し 」 8 回 2. 「メビ 1回 ( 三百 五十八頁 のみから調査). 「し 」 6回 2. 第 三百六十九 『 奥州後 三年記』. 「し 」 2 回 2. 三百 五十九頁 のみから調査) 3回 (. 「 で 夕. 3回 ( 七百 二頁 のみから調査). 「し L 6 回 1. 「し 」 篇 回. 「し 」 ” 図. 「 ご 一. 「 . 一で. 五百十九頁 のみから調査) 2回 (. 2回 ( 五百十七頁 のみから調査). 「 で 5回 ( 五百十 四頁 のみから調査) 夕 「 で 1回 ( 五 百 十 六 頁 のみか ら 調 査 ) 夕. 第 三百七十九 『 豊鏡』. なし. 明. . 「し L 3回 2 「. ご. 「し 」 5 回 1. 「し 」 2 回 1. ご 1回 ( 五百 二十頁 のみから調査 ). 3回 ( 七百 三頁 のみから調査). 「. 「J. ご. 「し 」 1 回 2. 「し 」 0 回 2. 第 三百六十 二 『 作庭記』. 「し L 9 回 1. の. 平仮名表記に関する一考察 (一).
(11) . . 守・比良 輝夫 谷口. 「し 」 2 回 2. で、発令 の約 一年半後 の発行 であ る。 この中から漢字平仮名交 じり文を無作. 為 に選 んで調査 した。調査 は全千百六十 一頁 のうち九十 五頁 であ る。以 下に そ の詳細を 示す。. 「 で 1回 ( 五百 二十 三頁 のみから調査) J. 「 で 1回 ( 五百 二十九頁 のみから調査) 夕. 第 四百七十 一 『 桃花薬葉』. 「し 」 4 回 1. 「 五百四十九頁 のみから調査 ) iで 5回 ( 「 ご 3回 ( 五百五十 一頁 のみから調査) す. 「し 」 4 1回. 「し 」 6 回. 「 五百五十 三頁 のみから調査) タゼ 1回 ( 「, 五百五十 四頁 のみから調査 ) Jご 1回 ( 「Jご 1回 ( 五百五十九頁 のみから調査). 「し 」 8 回. 「し 」 5 回. 「し 」 5 回 1. 「し 」 2 回 1. 「し 」 8回 1. 「まML I回 ( 五百六十 三頁 のみから調査). 「し 」 節 回. 「し 」 4 回 1. 「 で 愛. 6回 .「し 」 1 「し 」 8 回 「し L 7 回. 「し 」 7 回 1. 「夕M」 2 回 ( 二百 二頁 の み か ら 調 査 ). 「 で ま 「 . Jで. 「し 」 0 回 2. 7回 「し 」 1. 「タ ビ. 「し 」 5 回 1. 「iご. 「 ビ タ. 3回 ( 七百 三頁 のみから調査). 七百 二頁 のみから調査) 3回 (. 「し 」 5 回 2. 「し 」 7 回 1. 「iご. 「 で i. 八百 六十 一頁 のみから調査) 2回 (. 八百六十頁 のみから調査) 6回 (. 第 四百九十 三 『 駿牛絵 詞』 『 国牛十図』. 「し 」 0 回 2. 第 四百 八十 一 『 夢想記』 『 さか衣』 三塔巡礼記』 『 嵯峨記』 『 唐崎松記』 『. 二百 四頁 のみから調査) 4回 (. 二百 一頁 のみから調査) 3回 (. 「し 」 篇 回. 二百頁 のみから調査) 3回 (. 「 百 九 十 三頁 の み か ら 調 査 ) 夕で 1 回 ( 「 ビ 1回 ( 百 九 十 四 頁 のみ か ら 調 査 ) タ. 2回 ( 百八十 三頁 のみから調査). 「 ゼ 1回 ( 百 八 十 一頁 の み か ら 調 査 ) タ 「 で 1回 ( 百 八 十 二頁 の み か ら 調 査 ) 一. 第 四百七十六 『 文 明 一統記』 『 小夜 のねざ め』 『 樵談治要』. 「し 」 5 回. 「し 」 9 回 1. 「J L I 回 ( 五百 十 九 頁 のみか ら 調査 ). 2回 ( 千 四百 三十 四頁 のみから調査). 「 ご 1 回 (一頁 の み か ら 調 査 ) J 「 ご 1回 ( 二頁 の み か ら 調 査 ) i 「メビ 1 回 ( 五頁 のみか ら 調査 ). 「に 」 5 回 1. 第 三百八十 八 『 上野国群馬郡箕輪軍記』 なし. 「i ご. 第 三百九十 八 『 難太平記』 『 荒木略記』 「し 」 節 回. 以上 のことから第拾参輯 ( 明治 三十三年九月) で使われ て いる変体仮名 は 「iご 「J 」 で、そ の他 は小学校令施行規則第 十 六条第 一号表 ( 明治 三十 三年 八 月 ) と 変 わ り な い。. 第拾七輯 明治 二十七年 八月 三十日孫刻印刷 明治 三十 五年 一月 二十 八日再孫刻印刷 明治 三十 五年 一月 三十 一日俊行 第拾七輯 は 『 群書類従』 の最後 で、 これも 既 に小学校令施行規則発令以降.
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(13) . 搬. 守 伽. ②. ① 小学校令施行規則以前 から既に現行 の平仮名 にほぼ定 まり つつあ った. 小学校令施行規 則発令 以前 から変体仮名 は ほぼ使われなく な って いた. と いう こと が 言 え る 。 よ って定 説 の、. 現行 の仮名が定 められ、それ以降 に社会 一般 に統 一された と いう部分 に当 てはまらな いと言え、定説 に疑問が残 る。 こ のことから小学 校令施行規則第十 六条付随 の第 一号表は、幾 つか の出版物 で既 に採用され て いた平仮名 の字体 を追随す る形 で法律化したと言え るのではな いか。少 なく とも今回調査したも のでは法律とな る前 に現行 の仮名と同じ字体 が既 に採用 圃民 の 東 京 日 日新 聞 』 『 大 阪 朝 日新 聞 』 『 さ れ つ つあ った と 言 え よ う 。 他 に 『. 友』等調査 し てみたが、 ほぼ同様 の結果が得られた。 そ の詳細 に ついては別 稿 に譲 る こ と と す る。. 【 注】 1 春日政治著作集 浸 名発達史 の研究』 勉誠社 昭和五十七 0 九八… 年による 2 昭和二十 (一九四五)年 東京堂. 7 昭和四十 一 (一九六六)年 溝本積善館. 文字及び仮名遣 いの研究』 昭和二十四 (一九四九)年 岩波書店 3 『 4 昭和三十 (一九五五)年 修文館出版 国語教育 のため の国語講座3』昭和三十三 (一九五八)年 朝倉書店 5 『 6 昭和三十九 (一九六四)年 東京大学出版会 8 昭和四十三 (一九六八)年 岩波書店 9 昭和四十三 (一九六八)年 朝倉書店 0 昭和五十三 (一九七七)年 『 岩波講座 日本語3 国語国字問題』 岩波書店 1 1 『 国語国字問題」昭和五十 二 (一九七七)年 岩波書店 岩波講座日本語 3』 「 1 2 『 学校令 の研究』「第五節 字音仮名遣 いの簡素化と漢字制限 の断行」 昭和五十三 (一九七八)年 講談社 3 田口親 平成十 二 ( 二〇〇0)年 吉川弘文館 1. 附 記. 本稿は、谷 口守が平成十四年 一月八日に北海道教育大学大学院教育学研究科 に提出し. 守. 北海道江差高等学校教諭). 明治三 た学位 ( 修士)論文 「 明治期 の国語科教育史上における表記 に関する 一考察 十三年小学校令施行規則第十六条第 一号表をめぐ って 」 の 一部 を 加 筆 ・修 正 し た も の を、比良輝夫が校閲したも のである。. 谷口 (. 比良 輝夫 釧路校教授) (. 2 1.
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