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幼児期におけるピアノ指導の研究 -(弾くこと)を楽しく学ぶ実践の工夫-

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Academic year: 2021

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(1)Title. 幼児期におけるピアノ指導の研究 −(弾くこと)を楽しく学ぶ実践の 工夫−. Author(s). 水田, 香; 松永, 加也子; 野呂, 佳生; 寺田, 貴雄. Citation. 北海道教育大学紀要. 教育科学編, 61(1): 233-247. Issue Date. 2010-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2298. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第61巻 第1号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.61,No.1. 平成22年8月 August,2010. 幼児期におけるピアノ指導の研究 −〈弾くこと〉 を楽しく学ぶ実践の工夫−. 水田 香・松永加也子・野呂 佳生・寺田 貴雄* 北海道教育大学岩見沢枚ピアノ研究室 *北海道教育大学札幌聴音楽教育学研究室. AStudyofPianoTeachingintheChildhood −Joyfu1Learningto“PlaythePiano”−. MIZUTAKaori,MATSUNAGAKayako,NOROYoshioandTERADATakao* DepartmentofKeyboardInstruments,IwamizawaCampus,HokkaidoUniversityofEducation. *DepartmentofMusicEducation,SapporoCampus,HokkaidoUniversityofEducation. 概 要 本稿は,幼児を対象としたピアノ指導の留意点について考察したものである。北海道教育大学岩見沢校芸 術課程音楽コースの授業科目「ピアノ指導法Ⅰ・Ⅲ」におけるピアノ指導実習(ピアノ実技レッスンの実習) で実施された事例をもとにして,ピアノをく弾くこと〉の学習に,幼児を導くための方法について検討した。. 特に,次の4点について碇案している。①ピアノを く弾くこと〉 の本質を運動性の観点から考察する ②グ ループ・レッスンとして良好な く場〉 を設定する ③幼児が楽しく学べるために工夫する ④家庭における 音楽学習を視野に入れて保護者や家族を活用する. 楽コー スの授業科目「ピアノ指導法Ⅰ・Ⅲ」にお. はじめに 本研究は,ピアノ実技指導において,学習者の. けるピアノ指導実習1での,幼児を対象とした事 例に研究素材を求めている。. 多様なニーズに配慮した指導計画を立案し,学習. 幼児期のピアノ教育の現場では,子どもの発達. 者一人一人の教育目標に応じた実践を展開するた. 段階に応じて,いわゆるピアノ実技指導だけでは. めの方法論の確立を目指した「新しいピアノ指導. なく,音楽学習の基礎能力の育成を意図した活動. 法研究」の一環として,幼児を対象としたピアノ. が多く取り入れられている。例えば,リトミツク. 指導の留意点について考察したものである。考察. などの身体表現活動,教育用簡易楽器を活用した. に際しては,北海道教育大学岩見沢校芸術課程音. リズム指導,歌唱を多用した指導,読譜の基礎を. 233.

(3) 水田 香・桧永加也子・野呂 佳生・寺田 貴雄. 学ぶ図形的略譜の使用等々である。このような,. であるといえる。ヨーロッパの音楽では,古い時. 幼児期のピアノ教育における音楽教育全般にわた. 代の曲のテンポは,「鼓動」を基準に設定されて. る学習活動を,青木靖子らは,4つに整理してい. いた。また,世界の各地域において好まれるリズ. る。それは,ピアノ指導を く歌う〉 く聴く〉 く書く. ムがステップとなり,舞曲が生まれ,やがて音楽. または読む〉 く弾くまたは動く〉 の4分類として. 作品の重要な素材として取り入れられてきた。. 捉えるものである2。. (2)「旋律」について. 本稿では,この4分類の く弾く〉学習活動を中. ピアノは,「息を使う」歌や管楽器などと大き. 心に据え,幼児のピアノ指導の有効な方法につい. く異なり,鍵盤を指で押し下げるエネルギーを間. て検討し,若干の碇案を行いたい。ピアノ演奏技. 接的にハンマーに伝え弦を打つことで音を出す,. 術の基盤を構築する準備として,幼児期における. いわば機械的な仕組みを持つ楽器である. く弾くこと〉 の学習は重要である。最初に,人間. 。「減衰. し続ける打楽器的な」ピアノの音を紡いで,あた. の身体運動としてのピアノ演奏の本質を検証し,. かも人の声で歌っている様に「旋律」を自然に聴. 幼児に適した学習内容を考察する。次に,授業科. かせるためには,戦略が必要である。歌が描く抑. 目「ピアノ指導法」におけるピアノ指導実習での. 揚のラインをグラフ上に描き,その設計に基づい. 事例をもとに,幼児のグループ・レッスンの際の,. て各音に微妙な差をつけながら繋ぐ,という高度. 学習環境整備と指導者の意識について検討する。. な技が必要となる。. さらに,幼児期の く弾くこと〉 の学習における留. (3)「和声」について. 意点について,具体的な提案もまじえて論述する。. 「和声」は音楽の流れにフレーズ感と色合いを 与え,音楽の背景を作り出す。いろいろな響きが. Ⅰ ピアノを く弾くこと〉の学習内容 ピアノの指導者は,初歩から専門的に至るあら. 醸し出されると,心情の違いまでも豊かに感じさ せることができる。けれども,3つの要素の中で は高度であるため,早期の指導に導入する際は,. ゆる段階において,実に多くの課題があることを. 聴き取り,反応する感覚を身に付けることから始. 認識する必要がある。そして,その課題を,専門. めるのが適当である。. 的に道を究める人は勿論のこと,趣味として,生. (4)3大要素の総合. 涯の楽しみのためにピアノを習おうとする学習者. ピアノの演奏は,すでに述べた要素を総合して. にも伝えることが,より一層,ピアノ音楽の面白. 行うことを意味している。課題となるのは,その. さを広めていく方法でもある。. 組み合わせ方のバランスであり,センスである。 例えば,舞曲が元になっている作品では「リズム」. 1.ピアノの特性と音楽の3大要素 ピアノは楽器の特性として,総合的に音楽の3. が前面に,歌の要素が強ければ「旋律」を,色合 いが必要なら「和声」を前面に出すなどであるが,. 大要素である「リズム」,「旋律」,「和声」を1人. その他の要素を含めて,諸要素の織り交ぜ方に演. で演奏することが可能であるため,演奏する上で. 奏する人の個性が表れる。それは指揮者的感覚で. も,指導する上でも,多くの課題がある。故に,. あるともいえる。. 指導する際には,以下の様に考えるのが,能率的. (5)楽譜を読むこと. である。曲をまずは3つの要素に分けて考え,そ. 以上の感覚を培うためには,当然,楽譜をどう. れぞれの表現を検討することである。. 読み,考えるか,という知的な学習が必要となる。. (1)「リズム」について. これは初歩的な音符の読み方に始まり,最終的に. リズムは音楽が生まれる前から人の身体に心臓. の「鼓動」として存在し,もっとも原始的な要素. 234. は音楽を自分の中に構築できることを目指す。指 導の際には,それらの理解ができる年齢段階の見.

(4) 幼児期におけるピアノ指導の研究. 極めと,各々の能力を考慮することが必要である。. 素だからである。一般に多く見られる拍節的な音. ピアノの学習は奥が深く,長い道のりのどの段. 楽は,一定の拍の繰り返し(音楽的な鼓動)で構. 階においても意義のある指導が可能である。注意. 成されている。音楽の空間が一定の周期で刻むこ. すべきことは,それぞれの年齢段階において,何. とを体験することは,ピアノを学習する以前に音. が指導可能で必要なことか,を見極めながら導入. 楽学習としても必要である。. して行くことである。もしも,その導入で正しい. しかし一定の間隔の拍で刻み続けることを持続. 方向に導けないと,課題が複雑になった段階で,. 的に感受することは,幼児にとって容易なことで. その修正(所謂悪い癖を取り除くこと)に多くの. はない。その訓練を行う場合,鼓動を感じさせて. 月日を費やし,新たな方法を覚えなければならな. 手を打つ,行進させるなどの身体的な運動を伴う. いという,倍の時間が必要となる。. と,幼児であっても(音楽を学習し始める初期の. 特に幼児期のピアノ指導の場合,学習者が将来,. どの道に進んだ場合にも適応できるような,音楽 的価値観と方法で指導する必要があるだろう。. 段階においても)可能である。. 音楽は目に見えないが,敢えて視覚的に見せる 工夫をすることが,学習を容易にする。音楽に合. わせて指揮する場面を見せることは,どの年齢に 2.幼児期に指導可能な内容. 幼児にピアノを指導することは可能だろうか。. でも,どの段階においても効果がある。指揮は拍 の刻みと一定数の拍のグループが誰の目にも明ら. 指や手の大きさ,関節の発達も十分でない幼児に,. かであるし,その拍の中にあるいくつかの音が時. 抵抗の大きなピアノの鍵盤を使って く弾く〉指導. 間を分けていることも感じられる。メトロノーム. を行うのは確かに無理がある。けれども,方向を. は便利な器具であるが,音楽的時間に関係なく機. 誤らなければ,音楽的な指導と共に導入すること. 械的な音で物理的に時間を刻むので,それで指導. は可能である。. することは音楽的空間を感じさせることとは言え. (1)音楽的時間の体験. ず,有効なやり方とは言えない。. 音楽的な空間とはどの様なものかを体験させる ことは常に必要である。音楽はその終結点に向. (3)リズムと旋律の指導 音楽の基礎は各地の民族に伝えられてきた踊り. かって流れ続けて行くが,その空間を視覚的に捉. と歌である。ピアノ作品にも多く取り入れられて. えることはできない。ここに,幼児に対する指導. いる。従ってピアノの指導に入る前に,多くの歌. の難しさがある。導入段階で行えることは,音楽. や踊りにふれ,その音楽特有のリズムを知ること. 的な聴覚を鍛えることである。. は,後の学習を容易にすることが期待できる。. 口ずさめる程度の短いフレーズを聴かせること. リズムは音楽の根源的な要素である。一般に身. から始め,次第に長いフレーズ,さらにABや. 体的発達のあらゆる段階で,リズムを体感するこ. ABAなど,整った形式のフレーズへ,さらに簡. とは,無理なく取り組むことできる活動である。. 易な和声を持った伴奏付きのものから複雑なもの. 特に,幼児期の導入には最適である。. へと導くことによって,自然に音楽の流れと和声. 一方,歌うことは,音楽を学ぶ上で必要不可欠. 感覚が身に付くであろう。並行して音楽作品の鑑. の条件ではあるが,ピアノの楽器上の特性から,. 賞へと進めることがスムーズな指導につながるで. く弾く〉学習で,幼児に旋律の演奏指導をとり入. あろう。. れることは難しい。そのため,まず短いフレーズ. (2)拍の持続. を模倣して歌わせたり,旋律にあわせて身体表現. 音楽の最も原始的な要素「リズム」から導入す ることが,その後のピアノの指導を容易にする。. させたりすることが,幼児期の音楽指導では多用 される方法である。. ピアノ作品において,「リズム」は常に重要な要. 235.

(5) 水田 香・桧永加也子・野呂 佳生・寺田 貴雄. (4)良い響きを出すための打鍵. 鍵盤の大きさや,鍵盤から受ける抵抗を考える と,身体的発達の不十分な幼児期に く弾く〉指導. 3.ピアノの打鍵における運動性一重直方向と水 平方向− (1)垂直方向の運動性. を行うことは大変に難しい。しかし,近い将来の. ピアノの鍵盤を打つのは,上から下へ「垂直方. 本格的な指導を見据えて,幼児に適した く弾く〉. 向」へ運動することであり,視覚的には誰にとっ. 学習を導入することは可能であり,正しい基礎的. ても理解しやすいのである。けれども,実際の発. 技能の習得にも活かすことができる。. 音は,鍵盤を打った指先から離れた所で行われて. 重要なことは,ドレミを誤りなく押させること ではなく,響きのよい音の出し方があることを体. いることについての理解は十分とは言えない。. 少ない力を効率よく使い,美しく発音するため. 験させることである。人間の声の様な,生来持ち. には,図1の様に,挺子の原理でハンマーが下か. 合わせている「体内楽器」とは異なり,ピアノは. ら上方向に弦を打ち発音する仕組みを,理解させ. 物理的に精密に作られた機械である点を考慮し,. ておく必要がある。. 音の出る仕組みを知り,良い響きを出す努力をす ることが重要である。. 勿論,幼い子どもに機械的なピアノの仕組みを 理解させることは非常に困難である。しかし,ピ. アノの良好な音の発音原理には,可能な限りアプ ローチさせたい。ピアノ学習が進展し,より高度. な技能が要求される教材に取り組むようになる と,その教材の再現に多くのエネルギーが費やさ れ,指導者も生徒も,ピアノの音の響きにまでは. 配慮が行き届かなくなる場合が多い。ピアノ学習. 図1 桂子の原理. の早期から良い響きの音を出すことへの意識を高 めることで,音への配慮を習慣づけることができ. 重要なことは,打つタイミングと力加減である。. るだろう。効果的に良い響きを出すには,打鍵の. 力任せに叩いたり,押しつけても意味がないこと. 運動性を,指導者自身が良く理解し,整理して指. を,子どもにも体得させたい。. 導に努めることが必要である。. ① 打鍵の際の問題点. 音楽作品はピアノと相互に影響を与え合いなが. 「椅子にかけたままで鍵盤を打つ」ことの難し. ら作られてきた。その結果,楽器も音量や音色の. さに関して,従来のピアノ教育界では取り上げら. 点で表現の幅が広くきめ細かく対応できるように. れることはほとんどなかった。椅子にかけたまま. なった。現代のピアノでは,鍵盤に加える力は指. で,広域の鍵盤を打つこと(打ち続けること)は,. で鍵盤を抑えるだけでは不十分で,手首,肘,腕. 人間の身体を考えると,実に不自然な動きである. の他に,肩,上体や全身に至るまで,その重さを. といえる。. 駆使する必要がある。指導者に必要なことは,学. 実は,立って弾く方が弾きやすい場合もある。. 習者自らが,将来「欲する音」を自在に出すこと. 下方向へ下す腕の動きが,自然に行えるからであ. ができる様に,学習の早期から準備を始めること. る。. である。. 鍵盤を「座って打つ」動作について検討してみ よう(図2,図3)。 「座って打つ」動作(図2)は,「立って打つ」. 動作(図3)とは異なり,手を前に突き出したま. 236.

(6) 幼児期におけるピアノ指導の研究. まで(肘で曲げて),鍵盤を下に押すことになる。. 幼児期の子どもにとって困難なことは,前に突き 出した腕を支える肩の関節が弱いことである。 体の正面にある鍵盤(中音域)を押すことは,. (彰 ピアノを弾く腕と支点の関係 ピアノの鍵盤(音の高低)は水平方向に配列さ. れているのに対し,発音するための打鍵運動は上 から下への垂直方向である。椅子に腰かけたまま. 肩の関節の支えで可能であるが,高音域や低音域. で打鍵するには,音を出す鍵盤の真上に指を運び,. の鍵盤を打つために腕を横に伸ばすと,垂直に鍵. 垂直に押し下げるのが理想的である。. 盤を打つことはできず,虚弱な肩に負担がかかっ. 腕は肩の関節で固定されており,そこを支点に. てしまう。その時,無理に腕を支えようとして,. すると,鍵盤の配列とは異なり,円運動をして鍵. 肘や手首の関節にも力を加えると,理想的な運動. 盤から離れてしまう。従って肘を水平に「移動す. が損なわれる。力を入れた関節は固定された支点. る支点(水面に浮かぶ島のような存在)」として. となり,回転運動を起こした結果,水平に配列さ. 鍵盤の並びに沿って,平行に移動させることが必. れた鍵盤に逆らって,脱がスムーズに運べなくな. 要となる。これには,肩と肘の関節をスムーズに. る。これを無理に水平方向に動かすと,身体全体. 移動させる実際的な訓練が必要となる。. に相当な負担がかかってしまう。. (勤 重心を定める. 椅子に腰かけた状態で,腕を斜め前に上げなが ら,鍵盤に沿って肘を水平に(左右)に移動させ るには,身体のどこかに重心を定め,身体を安定. させることが不可欠である。身体の方に重心が定 まっていないと,鍵盤にもたれて弾いたり,拍の. 刻みが不安定になったり,打鍵の際のタイミング が上手く狙えなかったりするという悪い結果につ ながってしまう。. 力学的に3つの支点は安定をもたらす。多くの 支点を統括する支点を,重心に定める。図4のよ うに,両手を水平方向に移動するために必要な「移 図2 座って打つ. 動する支点」は左右の肘(国中③)に2つある。 また,肘を支える支点は左右の肩(国中②)に2 つある。更に,両手を総合的に管理する支点は腰 (国中(丑)に定めるのが適当である。. ③=水平に動く支点. ③弘兼 腰/肩②. =国定された支点. ①=両手を総合的に管理する支点 図4 重心と支点の関係 図3 立って打つ. 腰で上体をコントロールすることになるが,こ の1点のみでは音域が広がる度に身体全体が傾い. 237.

(7) 水田 香・桧永加也子・野呂 佳生・寺田 貴雄. てしまう。立って弾いた時に弾きやすいと感じる. わけではない。これはピアノの打鍵構造上の特徴. のは,両足の2点が腰を支え,上体を安定させる. である。1センチ未満の鍵盤のなかで,ハンマー. からである。. にエネルギーを伝え,効果的に弦を打ち,良い響. 椅子に掛けた場合に,安定のために必要な3点 の内の1つは右足が地面に接している点,1つは. きを作り出せるのはごく限られた瞬間である。 鍵盤は下から零点数ミリのところに,ハンマー. 左足が地面に接している点である。さらに先に定. を効果的に押し上げる点がある。その上,または. めた重心と両足がさらに安定するためには立体的. その下は,押しても音の出ない空白部分であるが,. な三角形を作ることである。右足と左足を水平に. その遊びの部分にどのようなスピードで手の力が. 揃えると,平面上の三角形になるので,動きがス. 加えられるかが,音質の重要な要素となる。この. ムーズでなくなる。立体的な3面体を作るために. 点を狙う微妙な作業を行うには,身体に力が入っ. は,両足を少し前後に構えることである。このこ. ていては行えない(各種スポーツにも共通してい. とは指導の導入時に身体感覚として覚えさせるこ. ることである)。. とが必要である(図5,図6)。. このような打鍵のタイミングをとらえる練習と. して,ピアノ指導の導入時には以下のトレーニン グが有効である。 ・打つタイミングと深さの狙いを定めること ・打つ前と打った直後に脱力すること. ピアノが打楽器的な仕組みでできているとは 言っても,実際に打つのは打楽器のパテと異なり,. 多くの関節を持っている人間の指先である。腕, 肘,手首,指のどの関節を使って,どの関節の動 きを止めるか,どのように動かすかによって,エ 図5 平面上の3つの点. ネルギーの伝え方に微妙な差ができるため,音量 や音色に違いが生じる。支点に定めた関節から鍵 盤までの距離が短いほど素早い動き,遠いほど横 やかで重々しい動きとなる。そこで,将来の高度 な作品を扱う場合に備え,指の感触,スピード感,. 腕を含めた手の関節の自由な使用の運動を体験さ せることがスムーズな演奏につながっていく。. 導入時に電子ピアノを利用した後,ピアノに移 行する場合に,鍵盤が重い,音が出せないなどの. 違和感を覚えることが多い。それは,アフタータッ チをもつピアノ鍵盤の独特な感触のために起こる ことである(図7)。この運動性を前もって説明し,. 呼び練習をしておくことがスムーズな指導につな 図6 立体上の3つの点. (彰 打鍵のタイミング. ピアノは打楽器的な楽器であると述べたが,打. 楽器ほどには叩く力がダイレクトに楽器に伝わる. 238. がる。.

(8) 幼児期におけるピアノ指導の研究. が不自然に傾き,力む習慣が身に付く結果,かな. り学習が進んだ段階で,修正の効かない硬い手と 身体を作ってしまうことである。従って,子ども. の身体の発達段階を見ながら,注意深く進める必 要がある。 図7 アフタータッチ. 以上,ピアノを く弾く〉学習内容について述べ てきたが,幼児期の子どもにとって大切な学習事. ピアノを く弾く〉学習への導入では,力を有効. 項は,次のようにまとめることができるだろう。. に使い,長い時間でも疲れにくく,素早い動きに. それは,まず脱力して,適当な重さをタイミング. 対応するための良いフォームを身に付けておくこ. 良く鍵盤に下し,その結果,良い響きのピアノの. とが必要である。. 音を出すことと,その昔を十分に味わわせること. 鍵盤を押し下げる指を支える「手の甲の安定」. である。. は,ピアノ演奏を容易にする。これは各指の太さ,. 強さの誤差を少なくし,他の指の付き方と異なる 親指に求められる垂直方向の運動のために,必須 条件である。これは幼児の噴からのトレーニング がその困難さを軽減してくれるだろう。 (2)水平方向の運動性. 前述したように,音楽の要素中,旋律をピアノ. Ⅰ 幼児期のピアノ指導におけるく学びの場〉 の設定 ここでは,本学岩見沢校芸術課程音楽コースの. 授業科目「ピアノ指導法Ⅰ・Ⅲ」において実施し ているピアノ指導実習の事例(幼児4名を2名で. で演奏すること,特にそれが,自然に歌っている. 指導)から,ピアノ指導時における学習環境(教. ように演奏することは,ピアノの演奏技術の中で. 室,照明)と,指導者の意識すべき視点について. も非常に高度なものであるといえる。. 検討したい。. その際に最低限必要とする技術は1センチ未満 の鍵盤の仕組みを利用して,音をつなぐことであ. 1.学習環境の整備. る。ピアノから出る音同士がつながっているよう. (1)教室の有効活用. に聴かせるためには,重心を滑らかに水平方向に. 幼児の指導では生徒同士,保護者同士の関係が. 移動することである。指を支えとして,手自▲の重. 築きやすいため,グループ・レッスンの形態にす. 心を,つなぐべき音の方向に向けて滑らかに移動. ると楽しく進められる場合が多い。. するためには,手首の柔軟性が必要である。そし. 授業科目「ピアノ指導法Ⅲ」で実施したピアノ. て,鍵盤を押した後に力を抜いても,ある高さま. 指導実習のレッスンでは,一般の小中学校の教室. では音が途切れずに鳴っていること(ダンパーが. ほどの広さの部屋で,4名の生徒に対し2名の指. 弦を押さえない点)を利用して,手首を横に移動. 導者(実習生)によって指導を行った。そのレッ. するという,高度な技術が必要である。連続して. スンの観察から,幼児期の生徒は自分自身の活動. 広い音域を順序良く進むためには,親指をくぐら. のみに集中してしまい,生徒同士の交流が活発に. せたり,親指の上から他の指をかぶせたりして,. なりにくい傾向が見られた。同様に保護者同士も. 5本の指を上手にスムーズにやり繰りするアイ. やや離れた場所に座りお互いの関係を築くことが. ディアも,幼いうちから身につけられる運動性で. 困難になる。あたかも,電車に乗った時,知り合. ある。. いでもない限り間隔を空けて座るのと同じ心理で. この練習の問題点は,幼児期の余りに小さく細 い指を使って無理やり行おうとすると,身体全体. ある。 また,一般公開講座≪ピアノに挑戦!!≫におい. 239.

(9) 水田 香・桧永加也子・野呂 佳生・寺田 貴雄. て学生がピアノレッスン室で指導を行ったとこ. 情や反応を感じ取れる配置の工夫が重要である。. ろ,生徒同士,保護者同士,指導者と保護者の距. 生徒と保護者の机をピアノの周りに囲んで置き,. 離が近づき,お互いの活動を観察しあうことに. 行進や踊りなどの活動を行う場所を確保して,使. よって,良い意味での緊張感と一体感が生まれ,. 用しない場所に他の机を並べておくのも良いと思. 学習活動に良い結果が生まれた。適切な広さの空. う。. 間により,参加者全員の一体感が生まれ易い。そ. 図9のようにピアノ(教師)を囲みキーボード. の結果保護者が教育内容を理解し皆で一緒に楽し. 4台設置する。このように配置では,指導者だけ. むことにより,家庭での学習活動に良い影響を与. ではなく仲間の手の様子や顔の表情も見え,互い. える可能性が高くなると思われる。このような家. の仲間意識を持たせることと他者との比較が可能. 族を含む第三者の活用については,後に言及した. になる。また,板書した時にどの位置からも見え. い。. るようになる。指導者1は左右の生徒の指導が可. そのような指導内容に適した空間を作るために 次のような工夫が考えられる。. 能となり,指導者2はすべての巡視,特に後方2 名の生徒の指導が容易になる。. (2)照明の工夫. 広い教室で効果的な指導を行うためには,照明 による明暗をつけることによって,使用するス ペースに変化を持たせ,必要な空間を部分的に確 保することができる。今回ピアノ指導実習でレッ スンを行った教室の場合,使用していない半分の スペースの照明を消した状態で行うことにより, 実際の空間より活動できる空間を狭く感じさせ, 参加者に一体感を持たせる指導がしやすくなる。 また,移動式の黒板がある場合は,ついたての. 代わりに使って必要な空間を確保し,照明の工夫 と併せて区切る方法はより効果的である(図8)。. 図9 キーボードの配置. このような配置方法により,保護者の授業参加 及び生徒同士,保護者同士の関係が出来やすくな る。ここでは,4名の幼児の指導事例にあわせて 空間の設定を考察したが,照明や配置を工夫する ことにより様々な生徒の人数に対応できる可能性 がある。 図8 移動式黒板の利用. 検討の素材とした事例は2名の指導者(実習生). よるレッスンである。チームティーチングの場合, (3)教室内の配置と指導者の動き. 保護者同士や指導者,生徒の距離も近くなるよ うに,椅子や机をセッティングするなど,皆の表. ?40. 指導者は,生徒に説明する,伴奏を弾く,一緒に 歌う,弾き方を教える,チェックするなどの作業. を分担する辛が必要になってくる。同じ動きを2.

(10) 幼児期におけるピアノ指導の研究. 人の指導者がしていては指導の効果が半減する。. 高学年から高校生位が多い)になると,癖をつけ. そうならないためにも指導者は効果的に動く必要. た何倍の努力と時間が必要となってしまう。これ. がある。. までそのような苦労をした音楽家やピアノ指導者. 図10の場合,指導者1にとってピアノ演奏中に. も多いことだろう。またその苦労を乗り越えられ. は後ろに生徒が来ることになるが,姿見などの鏡. ずに,せっかくのピアノを演奏する楽しみを知ら. の利用により全体を把握することも可能である。. ずに音楽から離れて行く生徒も多いと思う。. 特に左右二人の指導を受け持ち,生徒の伴奏をし. 生徒がピアノ演奏を楽しむことが出来るように. たり歌いながらチェックをしつつ,生徒の隣へ. なるために,指導者は何をどのように観察してい. 行って交互に指導を行う。. くことが必要であろうか。. 指導者2は,生徒の後ろに位置取り,全体の把 握と中心に座っている生徒二人の指導を行う。. 指導者1,2はすぐ後ろにいる保護者に生徒の. 前述したように,幼児期におけるピアノを く弾 くこと〉 の学習内容として,「まず脱力して重さ をタイミング良く鍵盤に下し,その結果,良い響. 手の位置,形が見えるように配慮し,何をどのよ. きのピアノの音を出すことと,その昔を十分に味. うに指導しているかを,保護者が理解できるよう. 合わせること」が重要であった。レッスンの前後. に気を配る必要がある。. に挨拶をする,ピアノを弾く前に手を洗う,爪を. 切ってくる,休む時には必ず連絡をするなどの基 本的習慣の指導も重要な点であるが,ここではく弾 くこと〉のレッスンが開始した後の視点から示す。 (1)演奏前の視点 (裏 梅子の位置は適当か。 近かったり離れたりしすぎていないか。. ② 椅子の高さが適当か。 椅子が高いと背中が丸くなりやすく,低いと 肩が上がりやすい。 瑠 ピアノ補助台(足台)の高さは良いか。. 補助台が無かったり,高さが合わないと姿勢 が不安定になる。補助台が無い場合,生徒の体 に合わせてダンボールで台を作成し使用する応 急的処置も考えられる。. ④ 足を置いている位置は良いか。 図10 錠の利用と指導者の動線. 良い姿勢を保てる安定した場所に足を置いて. いるか注意する。指導者が生徒の横に並んで 2.指導者の視点. 幼児期の指導は,将来の音楽(演奏)活動に重. 座っているだけのチェックでは,下半身の動き. を見落としやすいので,時々立って生徒から離. 要な影響を与える可能性が高い。この時期に的確. れた位置から全体の姿勢を確認することも必要. な指導を行えば,生徒の成長段階に合わせた演奏. である。. 能力を自然に身に付けさせることが可能となる。. その反対に悪い癖が付いてしまうと,幼児期での. D 姿勢が良いか。 猫背になっていないか,体が反っていないか。. 練習や演奏が困難になることはもちろん,特に高. いずれも演奏中も引き続き注意することが必要. 度な曲を演奏できる年齢(個人差があるが小学校. である。. 241.

(11) 水田 香・桧永加也子・野呂 佳生・寺田 貴雄. (2)演奏開始後の視点 ① 指先が鍵盤の重さを感じながら弾いているか。. ② 鍵盤の底まで重さが伝わっているか。 ③ 手首の位置が適切か。 高過ぎたり,低過ぎていないか。 ④ 手首,肘,腕が柔軟に使えているか。 最低限の力で弾いているか。 ⑤ 肩に力が入っていないか。. Ⅱ 幼児期のピアノ指導の留意点 1.子どもが楽しく学べるための工夫. これまで述べてきたように,ピアノを弾くため に不可欠なことを幼児の段階で身につけるため に,指導者は様々な工夫を凝らす必要がある。ピ. アノは西洋音楽の代表ともいえる楽器であり,西 洋音楽は日本人である私たちの身近にある音楽の ように思われている。しかし,日本における西洋. 以上の視点は美しいピアノの音色を作り出すた. 音楽の歴史は,20世紀に入るあたりから始まった. めに指導者が気をつけなければいけない点であ. にすぎない。また,楽器に着目して考えると,西. る。しかし一番重要な点は,ピアノの良い響きの. 洋の管弦打楽器は日本の伝統楽器の中に類似する. 音を出させ,その昔を十分に味合わせるために何. 楽器が存在するのだが,ピアノに代表される鍵盤. が必要かいつも気を配ることである。あくまでそ. 楽器は,日本の伝統楽器にはない。その意味では,. のための視点であって,視点の指導そのものがピ. 現代の日本で,身近な西洋楽器として家庭に普及. アノの音色や音楽の楽しみに優先しないように注. しているピアノは,実は日本人から一番遠い楽器. 意する。幼児は身体がまだ強くないので,どの点. なのである。. を指導すると良いか生徒の発育やレベルに合わせ. 藤田芙美子は,幼稚園児を対象とした府中磯子. て常に注意を払う辛が重要である。. の指導実践を通して「子どもたちが,自分たちの. (3)生徒の目線への注意. 生活に機能する音楽に触れると,生活の場面で他. 生徒の集中力を観察するために重要なポイント. の人々とコミュニケートすることによってこれを. である。集中させるために指導内容に変化を持た. 精錬し,表現技術を高めてゆく」3と述べている。. せるなど,楽しい指導を行うために特に必要であ. また,赤ちゃんが言葉を覚えてゆく過程を思い起. る。. こして欲しい。生まれて数ヶ月もすると,赤ちゃ. (4)保護者の観察. んは意味のない発音をし始める。周囲の人間が語. 保護者の反応を見て,生徒と一緒に活動ができ. りかけ,歌いかけるのを聴き,あるいは直接語り. るように,注意を払う。後述するが,保護者は幼. かけていなくても周囲の会話や音を聴き,いつし. 児と一緒に家庭での練習を行う場合がほとんどで. かそのまねをするようになる。或る時,ママやワ. ある。この点を考えれば,保護者にピアノ音楽へ. ンワンといった暗譜を使うようになり,気がつい. の興味を持ってもらうことが重要になってくる。. たら短い文を話すようになっている。. 子どもへの指導を見たり,レッスンに参加するこ. ピアノの学びが,このようなことばの学びと同. とを通じて,ピアノ演奏や音楽に対する興味を高. じような方法で行われることが理想であろう。子. め,普段の生活の中で演奏会へ足を運んだり,. どもが身近な音楽として楽しく学び,表現する力. CDや映像でピアノ音楽に親しんでもらえるよう. を育てるためには,さまざまな工夫が必要なこと. になって欲しいものである。. は言うまでもない。. 指導者は保護者に対しても指導のポイントを理. どのような工夫が考えられるか,Ⅰ章で言及し. 解してもらうと同時に,音楽への興味を高めてい. た,幼児期に指導可能な事柄の内容に沿って,い. くことで,家庭での音楽環境を作ってもらえるよ. くつか碇案したい。. うに努力する必要がある。そのためには保護者の 反応に気を配ることが重要である。. 242. (1)音楽的時間を体験する. CDやDVD・ビデオ,ラジオやテレビ,身近.

(12) 幼児期におけるピアノ指導の研究. な人間による歌いかけや演奏,0歳児も一緒に聴. あろう。. くことのできるコンサートなど,音楽的素養を形. さらにピアノという楽器への導入を考えて,ピ. 成するために,さまざまなかたちで音楽に触れる. アノを打楽器的に扱う方法でリズム感,音色感を. 場面を日常の中に取り入れる。Ⅰ章では聴覚を鍛. 育成する方法を取り入れられないだろうか。ピア. えるための碇言として述べたが,視覚を伴う. ノのボディからは鍵盤を演奏する以外の様々な音. DVDやテレビの場合では,歌いながら踊る,音. 色が得られる。鍵盤のふたを閉める音,開ける音,. に合わせて動くというような場面も想定される。. 鍵盤の下側を両手で叩く音,側面を指ではじく音,. 聴覚とともに,リズム感育成にもつながることで. ペダルを勢いよく踏み込む音など,いろんなタイ. ある。. コのような音を出すことができる。1台のピアノ. (2)拍とリズム. を数人の幼児が取り囲んで,ピアノの様々な打楽. ー走の間隔で拍を刻むことを理解するために,. 器的音色でリズム遊びをするような,ボディ・. 友達同士,または親子などで,お互いの胸の鼓動. パーカッションならぬピアノ・パーカッションと. を確かめてみる。一定の間隔での鼓動を確かめ,. もいえる取り組みが可能である。. 例えばAちゃんとお母さんの鼓動の速さが違うこ. (3)良い響きを出すために. とに気がついたら,次のように拍とテンポの差を 体感させる。. 良い響きとはどんな響きであろうか。「良い」 と思う響きは人それぞれである。ここでまず必要. ① Aちゃんの鼓動の速さで行進. なことはどんな響きが好きか嫌いか,好きな響き. ② お母さんの鼓動の速さで行進。(鼓動の速. を探す耳のトレーニングである。そして実際にピ. さを示すためにタンバリンなどを叩くとよい) (郭 「運動会でかけっこの順番が近づいてドキ. ドキしてきました」と言葉かけしながら,タ ンバリンを速く叩いて行進する。. 拍と拍子とリズムを子どもに説明することは難. アノを打鍵する際に重要な,鍵盤に重さを乗せる という感覚を理解させることである。 (手 好きな響きを見つける. ピアノの音に限らず様々な音を実際に鳴らして. みる取り組みは,拍とリズムについての項目で. しいが,例えば3拍子導入のためにワルツステッ. 行っている。ここでは,ピアノを使って,好きな. プを「ヤンバッバッ」などと口三味線をつけて踊. 響きを見つけるための試みのひとつを紹介しよう。. る。リズムと拍の違いを捉えるために,タンバリ. ジョン. ・ケージ(1912−1992)が発明したプリ. ンなどで拍を刻む中でスキップ,ツーステップす. ペアド・ピアノという方法を応用する。プリペア. る,あるいは2つのグループに分かれて1拍を違. ド・ピアノとは弦の間に様々な素材を挟んで,音. う分割の歩数になるように行進する。このような. を変質させて演奏する方法である。ピアノは中央. 身体全体を使って,感覚的に捉えるための工夫が. 域から高音域にかけて,ひとつの音に対して3本. 必要である。. の弦が張られている。この3本の間に数種類の異. ピアノは指先だけで弾いているように見える. なる素材を挟む。例えば,一番左の弦と真ん中の. が,実は身体全体を駆使して演奏する楽器である。. 弦の間にボルト,3本に渡ってゴムとコインを挟. そして,リズムは身体全体で捉えるものである。. んだとしよう(図11)。このように様々な素材を. 行進や,スキップ,ステップのほかに,手遊び, お遊戯,少し進んで,リズム感を養うとともに音. 色に対する感覚を豊かにするために,様々な音色 の楽器,または音の出る楽器以外のもの(ダンボー ル,ビン,空き缶,ステンレスのボウルなど)を. 使ったリズム打ちを取り入れてゆくことが有効で. 図‖ 3本の弦にゴム,ボルト,コインを挟んだ場合. 243.

(13) 水田 香・桧永加也子・野呂 佳生・寺田 貴雄. 組み合わせて挟んだ場合,手の重さの乗せ方,タッ. はシーソーの動きに例えられる。良い打鍵の理解. チによって,微妙に音色が変化する。ボルトによ. へ導くために,実際にシーソーによる遊びを体験. る銅鉾のような響きが強まる場合,ゴムによるタ. させることが有効であろう。シーソーに力任せに. イコのような音色が強まる場合,コインによって. 飛び乗った場合,乗った側のお尻に衝撃が加わる. 歪められた音程が際立つ場合など,弾き方によっ. だけで,反対側に乗っている人の行ける高さは決. て音色が変わるということ,好きな音色を出すた. まっている。悪くすると,勢いあまって反対側の. めに弾き方をコントロールしなくてはならないこ. 人は振り落とされてしまう危険性もある。逆に乗. とを体感できる試みである。. る人の体重が軽すぎたり,シーソーの端を押し下. ② 身体の重さを鍵盤に乗せるということ. げる力が弱すぎるとシーソーは動かない。シー. ジェルジュ・クルターク(1926−)のピアノ教. ソーを続けるには,程よいタイミングと力加減が. 材≪遊び≫は,ピアノを演奏するための運動を身. 必要であることを体感させておき,上述した身体. につける練習曲としても知られている。例えば第. の重さを鍵盤に乗せるということ,と合わせて,. 1巻で登場する≪チャイコフスキーに献ぐ≫では. より良い打鍵に導くための体験にしたい。. チャイコフスキーのピアノコンチェルト冒頭の連. (5)その他の工夫. 続する和音と同様のリズムをクラスターで演奏 し,その運動性を学ぶ。 この手法を,幼児期の く弾くこと〉 の手ほどき. さらに細やかな工夫が必要な点をいくつか述べ たい。 (手 集中させる工夫. に導入する。幼児の手は骨格も小さくや筋肉も弱. まず,幼児は長時間ひとつのことに集中して. いので,身体に合わせた方法で「鍵盤に身体の重. 座って学ぶということが困難であることを考慮し. さを乗せる」ことを体感させるべきである。指に. なくてはならない。NHK教育テレビ「おかあさ. よる打鍵ではなく,手の形をじゃんけんのグーに. んといっしょ」を見ると,番組は数秒から数分の. して,クラスターで鍵盤に重さを乗せる(図2参. コーナーの積み重ねでできている。扱う内容は音. 照)。ただ鍵盤に乗せただけではあまり音が鳴ら. 楽,体操,アニメなどがあるが,どのコーナーも,. ないこと,鍵盤から上に離れたところから重さを. どれかひとつの要素だけを扱うということはな. 乗せると,手に衝撃が加わって痛くなることを体. い。体操がメインのコーナーに音楽と踊りの要素,. 感させる。重さの乗せ方で音の響き方が変わるこ. 歌がメインのコーナーに振り付けやアニメ,アニ. と,無駄な動きは手に負担がかかることなどが理. メの中にも効果音など,常に音楽(音),うた,. 解できると良い。さらに,立って行う場合,椅子. 動作(アニメの動きを含む),が連動している。. に座って行う場合で身体の使い方が異なることを. 同様に幼児のレッスンでは,飽きさせないために. 体感させる。. バラエティに富んだ内容にする必要がある。 (卦 ほめること. できなくても決して怒らないことは重要であ る。「ほめて育てる」は,よく言われることで, ピアノ指導法受講学生たちの実習におけるレッス ンを参観していても,拍手をしたり,「すごいね−」. などの言葉かけ,ご褒美シールを活用するという 図12 グーで弾く. 方法は,学習者である幼児の意欲を書きたてる重 要なファクターとなっていた。. t4)打鍵の際の運動性の理解. Ⅰ章で述べたように,ピアノの鍵盤を打つ原理. ?44. また,以前に学習したことを忘れてしまうこと や,課題として出ていたことがこなせないことは,.

(14) 幼児期におけるピアノ指導の研究. 実際に幼児のレッスンではよく起きることであ. ていた。このように,集団で学ぶメリットを引き. る。年端も行かない幼児であることを念頭に置き,. 出すことができれば,レッスンの効果も上がるこ. 忘れたことは何回でも繰り返し根気よく指導する. とが期待できる。. ことが大切である。また,今週できなかったこと. (2)幼児と付き添いの保護者. は次にできるようにしようというような余裕のあ. ピアノ指導法や公開講座に,子どもの付き添い. る気持ちで,辛抱強く幼児ができる時が来るのを. 者として参加したのは,殆どが母親であった。母. 待つ姿勢が必要である。家庭で常に幼児に接して. 親の付き添いがあるグループとないグループで. いる保護者は,家事や仕事に追われて,忍耐強く. は,学習内容の定着に差があり,母親参加型のレッ. 待つという姿勢を,いつも崩さずにいることは難. スンが効果的との結果を得た。レッスンに付き添. しい場合がある。だからこそ先生として指導にあ. う母親は,多くの場合家での練習にも付き添って. たる者は,幼児のやる気や自信をもり立てるため. いる。1回ごとのレッスン内容を母親が把握して. に,励まし,褒め,成長を見守るスタンスを保つ. いることで,家庭での練習が無理なく行える。幼. ことが大切である。. 児期での学習内容は基本的な事項なので,専門性. 以上,子どもが楽しく学ぶための指導上の工夫. が高く素人には太刀打ちできないということは殆. について述べてきた。しかし,子ども,とりわけ. どない。導入が難しいとされるピアノのタッチの. 幼児が音楽を学ぶときに忘れてはならないのが,. 指導に関しても,幼児とともに学ぶ姿勢でレッス. その子どもを取り巻く指導者以外の第三者の役割. ンに参加してくれる母親であれば,指導者は指先. である。幼児の様々な能力は,他者との関わりの. の感覚までも説明し,場合によってはピアノに. 中で育まれてゆくものである。. 触ってもらって伝えておくとよい。学生の担当し たグループ・レッスンでは,レッスンの最後で子. 2.家族を含んだ第三者の活用 幼児にピアノあるいは音楽を教える場合のレッ. どもたちがご褒美シー. ルを選んで貼っている間. に,母親に向けて次週の宿題や少し難しいと思わ. スンは,個人レッスンよりもグループ・レッスン. れる課題についての補足説明を行っており,効果. の形態をとる場合が増えている。ここで言う,幼. 的であった。またグループ・レッスンにおいては,. 児のレッスンに関わる第三者とは,レッスン仲間. 付き添い者は学習の補助者としてだけではなく,. の幼児,レッスンに付き添う保護者,レッスンに. 幼児とともに歌う,お遊戯するなどの活動に参加. 付き添っていないその他の家放とする。幼児と第. することができ,親子のコミュニケーションの場. 三者,第三者同士の関わりの中で見えてくる効果. にもなる。. について述べる。 (1)幼児と幼児. 大学授業科目「ピアノ指導法」や一般公開講座. ところで,レッスンに付き添う母親のタイプは 様々である。例えば,ピアノは昔習ったことがあ. り,子どもには趣味程度に弾けるようになって欲. 「ピアノに挑戦!!」で幼児または小学校低学年の. しいと願う母親,ピアノは習ったことがあるけれ. グループ・レッスンを担当した学生は,次のよう. ど今は弾けない状態で,子どものレッスンへの関. な報告をしている。. 心も薄い母親,ピアノは全く習ったことがない母. 「個人ではなくグループ・レッスンにすること. 親,音大卒で専門的技量を持つ母親など,実に多. で,他の子と仲良くなり,毎週楽しんで通って. 様である。このような母親に代表される家族の音. もらえた。また,友達に負けたくないという,. 楽経験についても,可能な限り情報収集し把握し. 良い意味での競い合いが生まれたように思う。」. た上で,教材選びに始まり,家庭でのサポートが. この学生の担当したグループ・レッスンでは,. どのように行われるかの想定までも含めて,レッ. グループの活動と個人の活動を上手に組み合わせ. スンでの対応を工夫するべきである。. 245.

(15) 水田 香・桧永加也子・野呂 佳生・寺田 貴雄. (3)付き添いの保護者同士. だろう。. 小さな子ども,とくに3歳以下の幼児を育てて いる母親は,自由な外出が難しい場合がある。ま. だ幼稚園にもあがっていなければ,子育ての悩み. おわりに. を打ち明けられる同年代の子どもを持つ友人が身. 本箱では,ピアノを く弾くこと〉 の学習を中心. 近にいないケースもある。幼児をグループ・レッ. に据え,幼児のピアノ指導の有効な方法について. スンに参加させることで同じ年頃の子どもを持つ. 検討してきた。幼児期のピアノ教育の現場では,. 母親仲間と知り合える,そのようなメリットがあ. ピアノを弾くことの指導は,やや後回しにされる. る。歌やお遊戯をみんなで取り組むうちに,母親. 傾向があるように思われる。各種指導書では,幼. 同上の仲間意識が生まれ,徐々に打ち解ける。家. 児にとってピアノを弾くことは「まだ困難」で,. での練習の様子を報告しあったり,それぞれの幼. むしろ音楽的基礎能力を育てるための諸活動を積. 稚園の雰囲気,地域の小学校についてなど,様々. 極的展開すべきであるとの論調が目立つ。. な情報交換のできる場となる。母親同士が仲良く. 確かに,子どもの発達段階を考慮すれば,音楽. なることで,子どもたちの交流もスムーズになる。. 教育全般にわたる基礎能力開発の学習活動を展開. (4)付き添い以外の家族. することは適切な考えである。しかし,それはピ. 幼児と付き添い保護者がレッスンの内容を家庭. アノを く弾くこと〉 の学習を軽視することではな. に持ち帰り,家の中でも二人の音楽する時間が生. いはずである。ピアノを く弾くこと〉の学習が,. まれる。他の家族に歌を聴かせ,一緒に歌い,お. 後回しにされたり,曖昧にされることなく,子ど. 遊戯する,そのような雰囲気が幼児の音楽への興. もの発達段階に即して系統的に設定されるべきで. 味を育むことは言うまでもない。前述したように,. あろう。ピアノという楽器の特性上から来る幼児. 西洋音楽は元来口本にはなかった文化である。乳. にとっての く弾くこと〉 の困難さは,指導方法の. 児が言葉を覚えてゆくように,西洋音楽やピアノ. 探究によって克服することができると筆者は考え. を少しでも母国語のように捉えるために,学習者. ている。本稿で論述した内容は,このようなピア. である幼児を取り巻く家族の理解は大切である。. ノ指導法研究の端緒として位置づけられる。. 幼児を取り巻く第三者の協力は,より良い指導. 本研究は,大学授業科目「ピアノ指導法Ⅰ・Ⅲ」. 効果を得るために,なくてはならないものである。. の教育実践と連動している。受講学生によるピア. しかし,先に述べたように,母親には様々なタイ. ノ実技指導の実習は,筆者らの新たなピアノ指導. プがあり,それによって協力度が異なってくる。. 法研究のデータとして活用される。今後,幼児を. レッスンをできる限り円滑にし,幼児が学びやす. 対象とした事例を多数蓄積し,より詳細な分析を. い環境をつくるために,指導者は,子どもの指導. 行うことによって,幼児期におけるピアノ指導の. を託す側の母親(保護者)の心を強く揺り動かす,. 充実を図っていきたい。. 指導方針をはじめに示す必要がある。それは,「楽 譜が読めるようにさせる」とか「基礎を身につけ させる」などの細かいことではない。例えば「曲 の一番素敵なところを見つけて,人に伝わる演奏 ができるように育てる」など,音楽の根本につな がる指導方針を示すべきである。. 到達するべき大きな目標に母親が賛同し,他の. 註および引用文献 1 受講学生が実習生としてピアノ実技のレッスンを行 う実習である。生徒役を一般市民から公募し,8回程 度のレッスンを実施する。この授業の概要については,. 以下の文献を参照されたい。 水田香,松永加也子,寺田貴雄「学習者の状況に応. 家族をも巻き込むことが出来たら,育まれる土壌. じたピアノ指導の設計と実践一授業科目「ピアノ指導. が整い,幼児の音楽する力はより伸びてゆくこと. 法」の指導実践を通して−」『年報いわみざわ』(北海. ?46.

(16) 幼児期におけるピアノ指導の研究 道教育大学岩見沢校),30号,2009年3月,105−116頁. 松永加也子「初心に戻ろう!大学に実在!レッスン. の教育実習一北海道教育大学方式のピアノ指導法を レッスンに生かすには−」『ムジカノーヴァ』(音楽之 友社),第40巻第10号(通巻464号),2009年10月,62−73頁. 2 青木靖子,斎藤実花,関口博子編著『子どもの心を. とらえるピアノレッスン心理学から学ぶピアノ指導 のヒント¶ ヤマハミュージックメディア,2009年, 41−42頁. 3 藤田芙美子「幼児とピアノ」大宮真琴・徳丸書彦編『幼 児と音楽−ゆたかな表現力を育てる−¶有斐閣,1985年, 所収,175頁.. (水田 香 岩見沢校教授) (松永加也子 岩見沢校准教授) (野呂 佳生 岩見沢校教授) (寺田 貴雄 札幌校准教授). 247.

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