憑拠の差異性から「言葉による見方・考え方」を働かせコノテーションを読む ―高等学校国語『雨月物語』の「浅茅が宿」をめぐる無名者たちの修羅―
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(2) 征人. 憑拠の差異性から「言葉による見方・考え方」を働かせコノテーションを読む. ―高等学校国語『雨月物語』の 「浅茅が宿」をめぐる無名者たちの修羅―. 宮内. ( 79 ). 「言葉による 見方・考え 方」を 働か せる と は. 数 は多 くない。論 者 はここに着 目 して、高 等 学 校 の古 典 の指 導 にお いて、 「 言 葉 による見 方 ・考え方 」を働 かせてコノテー ションを読 む方 略について考察することとした。 平成二十八年に公表された 「中央教育審議会答申」において、各 教 科 等 の特 質 に応 じた見 方 ・考え方 のイメー ジが示 さ れている。国 語科は 「 言 葉 による見 方 ・考 え方 」として、 「 自 分 の思 いや 考えを深 めるため、対 象 と言 葉 、言 葉 と言 葉 の関 係 を、言 葉 の意 味 、働 き、 使 い方 等 に着 目 して捉 え、その関 係 性 を問 い直 して意 味 づけるこ と。」と示 さ れた。新 しい知 識 ・技 能 と既 に持 っている知 識 ・技 能 と 結 び付 け、生 きて働 くものとして習 得 したり、思 考 力 ・判 断 力 ・表 現 力 を豊 かにしたりす るために 「 見 方 ・考 え方 」が重 要 であると考 えられている。国 語 ワー キンググルー プにおける審 議 の取 りまとめ の、 「 教 科 等 の特 質 に応 じた 「 見 方 ・考 え方 」」には、総 則 ・評 価 特 別部 会において、 「見方 ・考え方」とは 「様々な事象を捉える教科等 ならではの視点」と 「教科等ならではの思 考の枠組み」であると明示 している。 「 見 方 ・考 え方 」を 「各 教 科 等 の特 質 に応 じた物 事 を捉 え る視点や考え方」と規定したのである。 阿部昇は 「見方・考え方」について、次のように述べている 注1 。. (. ). 「 見 方 ・考 え方 」は、各 教 科 のより高 次 の教 科 内 容 である。 「見. −105−. 一 平成三十年版 高等学校国語科学習指導要領においては、これま での高等学 校国 語の科目構成 の見直 しを図った。これまでの共通必 履修科目としての 「国語総合」、選択科目としての、 「国語表現」「現 代文 A」「現 代文 B」「古 典A」「古典 B」を、今 回の改 訂により、共通 必履修科目の 「 現 代 の国 語 」「 言 語 文 化 」、選 択 科 目 の 「論理国語」 「 文 学 国 語 」「 国 語 表 現 」「 古 典 探 求 」に編 成 さ れることとなった。 「 現 代 の国 語 」と 「 言 語 文 化 」については、二 つに分けて新 設 さ れた。 共通 必履 修科 目で育 成さ れる資 質・能力をさらに選択科目におい て、充 実 を図 ることが求 められており、科 目 編 成 に伴 って教 科 書 の 内容も一新されよう。 今回の改訂のポイントとして、 「資質・能力」「主体的・対話的で深 い学び」「カリキュラム・マネ ジメント」「言葉 による見方・考え方」等の キー ワー ドが挙 げられる。平 成 三 十 年 版 の学 習 指 導 要 領 の 「学習 内 容 の改 善 ・充 実 」の一 番 目 に 「 語 彙 指 導 の改 善 ・充 実 」を挙 げてい る。近年、語彙指導が重視され、語感を磨き、語彙の質を高めるこ とが求められている。 「主体的・対話的で深 い学び」が注目され、研 究 が進 められている一 方 、 「 言 葉 による見 方 ・考 え方 」については学 習 指 導 要 領 の目 標 に明 記 さ れているにもかかわらず 、研 究 論 文 の. (1).
(3) (. ). ). (. (. ). (. (. ). ). ( 80 ). (. し、言葉を 吟味した上で表現を工夫し、評価する」プロセスを適切 方 ・考 え方 」の 「 見 方 」は 「 物 事 を捉 える視点 」とあるのだから、ど に踏む必要があろう。 う いう 切 り口 、観 点、視座 から対 象を捉 えるかという アプローチ そこで、学習 指導要 領の国 語科の目 標を列挙した。違いがわかり の大きな方向性のことである。 「考え方」とは、それをより具体 的 やすくなるよう、校種別に示す。 に解 明 す るためのアプロー チの方 法 、思 考 方 法 のことである。 傍 線は引用者による。以下同様 小学校 「見方」は 「アプロー チの大きな方向性のこと」であり、 「考え方」は ◎ 言葉による見方・考え方を働かせ、言語活動を通して、国語 「アプローチの方法、思考方法のこと」と阿部は指摘している。 で正 確 に理 解 し適 切 に表 現 す る資 質 ・能 力を次 のとおり育 成 では、 「言葉 による見 方 ・考え方を働かせる」とはどのような意 味 することを目指す。 であろうか、平成三十年版国語科学習指導要領には、 「言葉による 中学校 見方・考え方」について、次のように明示されている。 ◎ 言葉による見方・考え方を働かせ、言語活動を通して、国語 で正 確 に理 解 し適 切 に表 現 す る資 質 ・能 力 を次 のとおり育 成 言 葉 による見 方 ・考 え方 を働 かせるとは、生 徒 が学 習 の中で、 することを目指す。 対 象と言 葉、言葉と言 葉との関係を、言葉の意味、働き、使い方 高等 学校 等に着目して捉えたり問い直したりして、言葉への自覚を高めるこ ◎ 言葉による見方・考え方を働かせ、言語活動を通して、国語 で的 確 に理 解 し効 果 的 に表 現 す る資 質 ・能 力 を次 のとおり育 とであると考 えられる。 略 このため、 「言 葉 による見 方 ・考 え 方 」を働 かせることが、国 語 科 において育 成 を目 指 す 資 質 ・能 力 成することを目指す。 をよりよく身に付けることにつながることとなる。 「言葉による見方・考え方を働かせ」は、小学校、中学校、高等学 校いずれも用いられている。 「言語活動を通して」は現行の学習指導 町 田 守 弘 は、傍 線 部 について、 「 言 葉 で表 さ れる話 や 文 章 を、意 要領からの流れを踏襲 するものである。相違点は、傍線で示したよ 味 や 働 き、使 い方 などの言 葉 の様 々 な側 面 から総 合 的 に思 考 ・判 う に、小 中 学 校 が 「 正 確 に理 解 し」とあるのに対 して、高 等 学 校 は 断し、理解したり表現したりすること、また、その理解や表現につい 「適 切に て、改 めて言葉 に着 目 して吟味 す ること」としている。吉 田裕久は、 「的確に理解し」としていることである。また、小中学校では 「効果的に表現する」と表現さ 「言葉を理解したり、表現したりする際に、言葉そのものを見つめて、 表現する」が、高等学校においては、 れていることに注目したい。 吟味 したり、判断したり、評価したりして理解・表現すること」であ 今回の改訂の背 景として、高等学校においては、これまで教材への ると述 べる。この両 者 の見 解 は近 似 の関 係 にある。国 語 科 の目 標 が 依存度が高く、主 体的 な言 語活動が軽視され、依然として講義式 言 語 活 動 を通 じた言 語 能 力 の育 成 であるならぱ、国 語 科 は何 より 「 言葉を 理解 の伝達型授業に偏っている傾向があり、古典に対する学習意欲が低 も 「言 葉 言 語 」にこだわることである。そのためには. −106−. ) (. ). (. ).
(4) かったこと等も課 題 となっている。 「 言 葉 を理 解 したり、表 現 したり する際に、言葉そのものを見つめて、吟味したり、判断したり、評価 したりして理 解 ・表 現 す ること」を踏 まえ、授 業 改 善 を図 ることが 必要である。そこで、 「言葉による見方・考え方」を働かせることにつ いて、先 行 研 究 としてどのよう な取 り組 みがなさ れているか、次 節 で取り上げる。. ). ). ( 81 ). 「 言 葉に よ る 見方 ・ 考 え 方 」 につ いて の 先行 研 究. 勤務する附属小学校での実践をまとめている。ここでは、 「言葉によ る見方・考え方」を働かせた深い学びを促す学習ポイントとして、① 内 容 と形 式の両 面 から言 葉 を吟 味 す ることにつながる一 単 位時 間 の学 習 課 題 の設 定 、② 言 葉 と言 葉 をつなぎ、自 分 の考 えを再 構 築 さ せる 「ひとみ学 習 」を提 示 し、 「 一 つの花 」等 を取 り上 げ、文 学 的 文章における深い学びに取り組んでいる。 これらにほぼ共通するのは、 「言葉による見方・考え方」についての 研究対象は文学的文章である。本文の内容を正確に読み取りつつ、 「言外の含意にも着目する」ことである。そして、他者との交流を通 じて自分の考えを整理し、よりよい表現に吟味している。 「言外の含 意 にも着 目 す る」とは、 「 コノテー ションを読 む」ことである。いず れ も言 葉 にこだわり、細部 に気 を配った研究で、豊かで確 かな実践を 伴っている。しかし、 「言葉による見方・考え方」を働かせるために 「コ ノテーションを読む」ことにとどまってしまっているように思えるので ある。本 論 は、高 等 学 校 において学 習 す る 『 雨 月 物 語 』を取 り上 げ る。典拠作品の夥しいこの作品の差異を明らかにして比較すれば書 き手の様々 な創作意図が見えてくる。差異性に着目して 「言葉によ る見 方 ・考 え方 」を働 かせてコノテー ションを読 むことは、言 葉 を理 解し、言葉を吟味し、さらに表現を工夫、評価する上で意義のある 学習といえるだろう。 文 部 科 学 省は 「平成 年改訂の高等学校学習指導要領に関する Q&A」を公表している。 「問 5 各 教 科 等 の 「見方・考え方」について、 授業の中でどのように生かしていくべきか」との問いに対して、 「各 教 科 等 の習 得 ・活 用 ・探 求 という 学 習 過 程 の中で働 かせることを通じ て、より質の高い 「深 い学び」につなげ、それによって、生徒の資質・能 力 の三 つの柱 の育 成 を図 ること」とある。 「「深 い学 び」の視 点 からは、 それらの 「 見 方 ・考 え方 」を踏 まえながら、学 習 内 容 等 に応 じて柔 軟に考えることが重要」と答えている。今回の学習指導要領改訂は. −107−. 二 「言 葉 による見 方 ・考え方 」についての先行 研究 として、伊 﨑 一夫、 岡本恵太 二〇一七 、吉田茂樹 二〇一八 、武久康高 二〇一八 、 古園正樹、下戸勇介、辻美咲 二〇一九 らの論考がある。 伊 﨑 は、 「 言 葉 による見 方 ・考 え方 」の三 側 面 として、 「語用 論 的 側 面 」「意 味 論 的 側 面 」「統 辞 論 的 側 面 」とで構 成 さ れていることを 明 らかにした。 「 語 用 論 的 側 面 」を中 心 に位 置 づけた実 践 として、 「自 分の 『提言』を 「くらしに生きることわざを紹介しよう」小四 と 考 えながら読 もう 」小 六 の単 元 を取 り上 げ、論 証 している。後 者 では、教 科 書 本 文 の 「 情 報 」と自 分 たちの 「 提 言 」とを 「語用論的側 面」から関連 付けている。吉田は、 「言葉によるものの見方・考え方」 を働かせて 「正確に理解」する方法を考察している。文章を 「正確に 理 解 」す るために、部 分 の表 現 に即 して読 む過 程で言 葉 そのものを 吟味する活動として、 『大造じいさんとガン』の三の場面を取り上げ、 部 分 の表 現 に即 した解 釈 について論 じている。武 久 は、 「言 葉 による 見方 ・考え方」について、 『枕草子』の 「春はあけぼの」を例に、語り手 がどのよう な 「 言 葉 による見 方 ・考 え方 」を働 かせているのか、知 識 構成型ジグソー法を用いた。 「「春の情景」について、語り手が自然を どのように捉え、それをいかに読者に語っているのかに注意しながら、 自 分 の言 葉で説明 す る」授 業を大学 生を対象 に行っている。古 園は、. 30. (. ). (. (. ). (. (. ). (. ).
(5) (. ). 「言葉による 見方・考え 方」を 働か せる古 典の授 業. 巷 間で言われるような、 「学習 指導 要領さざ波 論 学 習 指 導 要 領 が 新 しくなっても、さ ざ 波 が立 つ程 度で結 局 は何 も変 わらないの意 」 であってはならない。本 論 では学 習 内 容 等 に応 じて柔軟 に考えるた めの授業を考える。高等学校国語の科目構成の見直しを図ったこと の意味が問われている。 三. 上 田 秋 成 と 『 雨月 物 語 』. (. ). 究 が進 んでおら ず 、論 文 が極 めて少 ないからであ る 注 2 。いま、 『雨月物語』の 「教材論」は多くないと述べたが、その理由として考え られるのは、そもそも採 録 している教 科 書 会 社 が多 くないからか、 あるいは、その怪 異 性 が先 行 して教 材 価 値 が高 くないとみられてい るのか、結 果 的 に作品 の読 み取 りに終 始してしまうのではなかろう か。 『雨月物語』に用 いた夥しい典籍文 献、中国古典をはじめ、日本 の古 典 、国 学 、和 歌 、俳 諧 に精 通 す る読 本 作 家 上 田 秋 成 の素 養 に ついて、授 業 者 は十 分 に理 解 した上 で教 材 研 究 をしているであろう か。 「古典探求」であれ、 「文学国語」の授業であれ、感想中心の印象 批評による授 業を実践すれば、深まりのある授業にはなりにくい。 授 業 者 はまず「 良 き読 み手 」「 優 れた読 み手 」でなくてはならない。 後 述 す るが、 『 雨 月 物 語 』は 「 言 葉 による見 方 ・考 え方 」を働 かせる にふさ わしい教 材 であり、 「 言 葉 による見 方 ・考 え方 」を働 かせてコ ノテーションを読む授業の意義があるのである。 2. 上田秋成と 『雨月物語』について概要を記す。 読 本 作 者 で歌 人 、国 学 者 の上 田 秋 成 は享 保 一 九 一 七 三 四 年、 大 阪 曾 根 崎 に生 まれる。本 名 は東 作 。四 歳 で大 阪 堂 島 の紙 ・油 商 上田家の養子となる。五歳の時に疱瘡にかかり生死の間をさまよい、 養 父が加 島 稲 荷 香具波志 神社 に詣で秋成の助 命を乞うたところ、 夢中に託宣があり、九死に一生を得るが、手の指が不自由になる。 しよど う き き み み 二 十 七 歳 で植 山 たまと結 婚す る。三 十三歳で浮 世 草子『諸 道 聴 耳 せ け ん ざる せ け ん てかけ か た ぎ 世間猿』を、翌年には 『世間 妾 形気』を出版した。三十五歳には 『雨 月 物 語 』の初 稿 が成 る。その八 年 後 に 『 雨 月 物 語 』を刊 行 している。 かとう う ま き つ が て いしよう この頃 、加 藤 宇 万 伎 に入 門 して国 学 を学 ぶ。また、都 賀 庭 鐘 に医 学 を学 び、修 業 したのち医 者 として開 業 す る。五 十 歳 代 には本 居. ( 82 ). 1 「 言葉 に よる 見方 ・ 考え 方 」 を 働 か せ る 教 材 前 述 のよう に、科 目 構 成 の見 直 しとなったのは、改 訂 の背 景 とし て、 「古典に対する学習意欲が低いこと」もその要因の一つであった。 現 在、 『雨月物語』が採録されている高等学校検定国語教科書に は、教育出 版の 『古典文学 選 古典A』と三省堂の 『精 選 古 典 B 【改 訂版】』がある。教育出版では 『雨月物語』の 「夢応の鯉魚」が採録さ れ、後半部分が原文で、物語の冒頭と結 末を、石川淳の 『新 釈 雨月 物語』から引用している。また、三島由紀夫の 「雨月物語について」を 併 録 す るなど、教 科 書 編 集 に工 夫 がみられる教 材 内 容 となってい る。一 方 、三 省 堂 の 『精 選古典 B 【改 訂 版 】』には 「古 文 編 」第 一 部、 第二部及び 「漢文編」第一部、第二部とで構成され、 『雨月物語』の 「 浅 茅 が宿 」は 「 古 文 編 」第 二 部 の末 尾 に採 録 さ れている。 「浅茅が 宿 」は、物 語 に沿 って 「 別 れ」「 帰 郷 」「 宮 木 の思 ひ」の三 段 に分 かれ、 それぞれ原 文が示さ れている。本 論においては、三 省堂 版教 科 書 の 『雨月物語』の 「浅茅が宿」を取り上げる。 本論においては、高等学校国語科において学習する古典教材、上 田秋成の 『雨月物語』を取り上げ、差異性に着目 して、 「言葉による 見方・考え方」を働かせてコノテーションを読む授業について考える。 本 論 において 『 雨 月 物 語 』を取 り上 げるのは、 「 教 材 論 」としての研. −108− (. ). (. ).
(6) 「浅茅が宿」の梗概は次のとおりである。. 下総国真間の里に住む勝四郎は多くの田畑を持ち、裕福に暮 らしていたが、仕 事 を嫌 って家 は貧 しくなる。勝 四 郎 は家 を再 興 す るため残 った田 を売 って足 利 絹 に代 え、京 から来 ていた知 人 の 絹職 人雀部の曽次に同行し、妻の宮木を残し京へ商いに上ること になる。宮木は心細かったが、この秋には戻るとの夫の言葉を信じ て送り出す。 まもなく足利公方と関東管領上杉氏による不和から真間は戦 場となり、宮木は秋になっても戻らない夫の帰りをひたすら待ち わびる。京 で大 いに利 益 を得 て、故 郷 が戦 場 となったと聞 いた勝 四 郎は、急 ぎ八 月 に京 を立 つが、木曾 で山賊 に襲われ、その先に 関所ができて旅人さえ通れないことを耳にする。もはや家も妻も ないものと、勝 四 郎 は都 に引 き返 す 。その途 中 熱 病にかかり、近 江で過ごす。 七年後、応 仁の乱 の契機となる、畠山兄弟の不和により、京の 周 辺 も戦 乱 の場 となり、仮 に妻 が死 んでいても妻 の痕 跡 を探 し て、せめて塚 でも築 こう と、勝 四 郎 は帰 郷 を決 意 す る。夕 刻 、真 間に着いた勝 四郎 の見た故郷は荒れ果てていたが、家も昔と変わ らず、やつれ果てた宮木は生きていた。宮木は勝四郎にこの間のつ らさを綿々と訴える。 翌朝、目覚めた勝四郎の傍らに宮木はおらず、家は廃屋であっ た。家 の中 を捜 す と、寝 所 のあった場 所 に塚 がある。昨 日 の宮 木 が幽 霊であったことを勝 四郎は知 る。戦 乱の中、宮木とともに真 間 の里 に残 った漆 間 の翁 から、貞 節 を守 った宮 木 の様 子 を聞 き、 勝四郎は悲しみを深くした。. (. ). (. ). (. ). (. (. (. (. ). ). ). (. 高田衛は、宮木を 「待つ女」「水のイメージ」として捉えた。. ( 83 ). かき ぞ め き げ ん. 宣 長 と数 度 にわたる論 争 をした。この頃 に諷 刺 作 品 の 『書初機嫌 かい く せ も のがたり 海 』『癇 癖 談 』を刊 行 す る。晩 年 は妻 に先 立 たれ、目 が不 自 由 にな るなど、孤 独 で不 遇 な晩 年 を過 ごした。 『 春 雨 物 語 』や 随 筆『 胆 大 小心 録 』を著 し、文 化六 一八 〇九 年六 月、七十六歳で没 した。文 人の与謝蕪村や画家円山応挙らとも交際があり、多才な文人であ った。 『雨月物語』は一七七六 安永五 年に刊行された。日 本の古典や 中国の小説を翻案し、豊かな想像力と独自の表現によって創作した 怪異小説である。半紙本五冊、五巻九篇の中・短篇から成 る。第一 「浅茅 冊 目 が序 と巻 之 一 の 「 白 峯 」「 菊 花 の約 」、二 冊 目 巻 之 二 が が宿」「夢応の鯉魚」、三冊目 巻之三 は 「仏法僧」「吉備津の釜」、四 「 蛇 性 の婬 」、そして五 冊 目 巻 之 五 が 「 青 頭 巾 」と 冊目 巻之四 が 「貧福論 」である。 『雨 月物 語』の五巻 五冊 九篇 の体裁 は、都 賀庭鐘 の 『 英 草 紙 』一 七 四 九 年 と全 く同 じである。一 話 ごとに見 開 きの 挿 絵 を入 れているところや『 雨 月 物 語 』の挿 絵 を描 いた桂 宗 信 は都 しげしげや わ 賀庭鐘の 『繁 野 話 』一 七 六 六 年 の挿 絵 も描 いており、秋 成 の都賀 庭鐘への傾倒ぶりを示すものである。読本である 『雨月物語』の初稿 が成 る前 年 、浮 世 草 子 と呼 ばれる滑 稽 ・風 俗 小 説『 諸 道 聴 耳 世 間 猿 』『 世 間 妾 形 気 』を刊 行 した。この二 作 品 は 「 気 質 物 」と呼 ばれる 極 端な性癖の主 人 公の奇行 ・愚 行を誇 張して描 いている。浮 世草子 と異なり、読本は、①中国の白話小説を下敷きにしており、和漢混 交 文 である。② 一 貫 したストー リー とテー マを持 つ。③ 作 者 の歴 史 観 や 思 想 性 が描 かれている点 などが挙 げられる。 『 雨 月 物 語 』には 様々 な古典が引用され、秋成が加藤宇万伎から学んだ国学の影響 も作品に反映されている。 3「浅 茅 が宿 」を めぐる 研究者の 見 解. −109−. ). ).
(7) (. ). (. (. (. (. (. ). (. (. ). ). ( ). (. ). ). ). ). ). (3) (4) (8). ( 84 ). 乱が共に描かれている。神保は平穏な夫婦の永遠の別れとなった原 因として戦乱を挙げている。 森 田 喜郎は 「浅茅が宿」をめぐる見解を列挙している 注3 。. (5). 『 伊 勢 物 語 』 や 謡 曲「 砧 」などを流 れる、伝 統 的 な 「待 つ女 」の モチー フによって、中 国 伝 奇『剪灯 新 話 』の中 の、 「愛 卿 伝 」などを も取り入れて構 成した一 編。秋 成の前作『世 間妾 形気』巻三 の第 二 、三 話 の主 題 の発 展 という 要 素 も含 まれており、女 主 人 公 宮 木の上には、 「水の女」のイメージがかぶさって、真間の手児奈の古 代伝承でしめくくられている。. 幽魂 物語 堺光一、 昭和三四年 連環 的構 成 高 田 衛 、 昭 和 四 八年 女 の 愛 大 輪 靖 宏、 昭 和 五 一 年 信 義 の 執 着 浅 野 三 平 、 昭 和 五 四年 そ れ ぞ れ に 徹 し た 、 ひ たむ き で 純 粋 な 人 間 気 づ か れ ぬ 怪 異 描写 森 田 喜 郎 、 昭 和 五 四 年 悲 劇 美 の追 求 萱 沼 紀 子 、 昭 和 五 四 年 運 命 の重 圧を 受 容 し ながら の霊魂 形象に よる 内面真実 の 具 象化 田中俊 一、 昭和五四年 性 往・烈婦 青木正次、昭和五六年. このように、 「浅茅が宿」をめぐっては、研究者によって見解が分か れる。 「 浅 茅 が宿 」の解 釈 として、 「 待 つ女 」としての、 の説 は 成り立つ。 については、前作『世間妾形気』においても、また最晩 年 に著 した 『春 雨 物 語 』においても、 「 不 遇 な女 」は秋 成 が描 き続け たテー マであった。 と、 の 「それぞれに徹した、ひたむきで 純 粋 な 人 間」については、 『雨月 物語 』全 体像 のイメー ジから部 分をと らえた解釈といえる。作品のどの部 分に着目するかによって、 「浅茅 が宿 」の多 様 な読 みが可 能である。授 業 者 は指 導 書の解 釈に頼 った 硬質な授業に陥ってはならない。学習内容等に応じて柔軟に考える ことが重要であろう。学習指導要領のキーワードの一つである、 「主 体 的 、対 話 的 で深 い学 び」の実 現 のために、学 習 内 容 に応 じて柔 軟 に考 えることを踏 まえた上 での教 材 研 究 を行 いたいものである。次 節においては、 「浅茅が宿」の指導の具体化について述べる。 (2). 神保五彌の解説では、 「待つ女」に加え、 「社会悪としての戦乱」と 「愛」を取り上げている。 中 国 の雅 文 短 篇 小説 集 で、怪 談 集 でもある 『剪灯新話 』の中 の 「愛 卿 伝 」に構 想を借 り、これを翻 案 した浅井 了 意の 『伽 婢 子』 ママ の中 の 「 藤 井 六 遊 女 宮 城 野 を娶 る事 」などを参 照 した一 篇 であ る。同 時 に 『伊 勢 物 語 』や 謡 曲『砧 』 などに見 られる、ひたす ら 待つことで愛を貫く女性の俤をも取り入れている。善良質朴な 男女の愛を妨げる戦 乱という社会悪 への批判もこめて、死と生 を超える夫婦のひたすらな愛を描いたものである。 「浅茅が宿」は 『剪 灯新話』の 「愛卿伝」を翻案したことはよく知ら れている。物 語 の終 末 に描 かれる 「 真 間 の手 児 奈 」伝 説 とは秋 成 が 「万葉集」から想を得たものである。高田が宮木の人物造形を 「水の 女」と論じたのは、 「真間の手児奈」による入水をモチーフとしている ためである。一 方 、神 保 による、 「 善 良 質 朴 な男 女 の愛 を妨 げる戦 乱 という 社 会 悪 への批 判 」と指 摘 したことも見 逃 せない。 「浅茅が 宿」では、永享の乱後の足利公方と関東管領上杉氏との抗争が、一 方『 伽 婢 子 』においては、駿 河 国 遠 江 国 の守 護 大 名 今 川 氏 の領 地 へ 武田氏が攻め入った状況が描かれ、男女の愛を妨げるものとして戦. (6) (7). −110−. (5)(4)(3)(2)(1) (7)(6). (8).
(8) 4. 教科書の評価規準例案. 三省堂『精 選 古典 B 改 訂 版 』の評 価 規 準 例 案には、表 1のよう に示 さ れている。 「 浅 茅 が宿 」の学 習 のねらいは次 のとおりである。 近 世 小 説 を読 み、話 の展 開 を理 解 す るとともに、人 間 の生 き 方について考えを深める。. 言語活動例. 古典に表れた人間の生き方や考え方などについて、文章中の 表現を根拠にして話し合うこと。. 言語活動例として、 ウ. 具体的な評価規準. 評価方法. 「 行 動 の観 察 」「 行 動 の分 析 」「 記 述 の確 認 」「 記 述 の点 検 」等 が評 価方 法として挙げられる。書く活 動や話し合い活動などはつけたい 力を身につけるには不可欠な言語活動である。 三省堂『精選古典B 改訂版』では、古文編第二部の末尾に近世 小 説 として 『 雨 月 物 語 』と 『 西 鶴 諸 国 ばなし』がある。第 一 部 におい て読 む能 力 を養 い、第 三 学 年 時 は第 二 部 の 『 枕 草 子 』『 源 氏 物 語 』 『大鏡』『風姿花伝』などのさまざまな古典を読み込んだ上での集大 成 として 『 西 鶴 諸 国 ばなし』と 『 雨 月 物 語 』が位 置 付 けられている。 古 典 についての理 解 や 関 心 を深 めることによって人 生 をより豊 かに する態度を育てるのが当該教科書古典Bの到達目標である。 単元の目標. 行動の観察. 行動の分析 記述の確認. ( 85 ). 単元の目標は次のとおりである。. 学習のねらい. 〇作品の読解を通して、人間の生き方について考えようとする。 〇話の展開を整理し、登場人物の心情を読み取る。 〇近世中期以降の文学史について理解する。. 1 表. 関心・ 作 品 の読 解 を通 して、人 間 の 作 品 の読 解を通 して、人間 近 世 小 説 を 読 ウ 古 典 に表 れ た人 意欲・ 生き方について考えようとする。 の生 き 方 について考 えよう と み 、話 の展 開 を 理 間 の生 き 方 や 考 え 態度 している。 解するとともに、人 方 などについて、文 間 の生 き方 について 章 中 の表 現 を 根 拠 書く 話の展開を整理し、登場人物 話の展開を整理し、登場人 考えを深める。 にして話し合うこ 能力 の心情を読み取る。 物の心情を読み取っている。 と。. 知識・ 近世 中期 以降 の文学史 につい 近世中期以降の文学史につ 記述の点検 理解 て理解する。 いて理解している。. −111−.
(9) 情 はわからなくもないが、 「妻 も世 に生てあらじ」に飛 躍 がある。こ この評 価 規 準 例 案 をもとにした授 業 構 想 としては、従 来 のよう の時 点ではまだ宮木 は生 きていたのである。ここに勝 四 郎の 「物にか な、登場人物の心情を場面の展開に沿って丁寧に読 み取りながら、 かはらぬ性 」「 常 の心 のはや りたるにせんかたなく」の性 格が端 的 に 人 物 の生 き方 や 考 え方 について話 し合 わせるよう な言 語 活 動 とな 表れている。木曽の真坂以東 に関所を設け、通 行人を阻んでいたと る。教科書の 「学習の手引き」に基づいて論者なりに考察を試みる。 はいえ、可 能 な限 り様 々 な方 法 、手 段 を模 索 す べきで取 り返 しのつ かない致 命 的 な判 断 ミスであった。勝 四 郎 と宮 木の永遠 の別 れは必 一 勝四郎の性格は 「ものにかかはらぬ性」、 「常の心の逸りたる」 然的にやってくるのであり、悲劇の結末を迎えるのである。 などと説明 されているが、それは彼 の行 動にどのように反映し 二再会の場面において、勝四郎の知る生前そのままの形で宮木が現 ているか、まとめてみよう。 れていないことに着目すべきであろう。 二 宮木が幽霊となって現れたのはどのような思いからだったのだ い と い た う 黒 く 垢 づ き て 、 眼 は お ち入 り た る や う に 、 結 た ろうか、話し合ってみよう。 る 髪 も背 に かか り て 、 故 の 人 とも 思 は れ ず、 夫 を 見 て 物 を 一勝四郎は物語の冒頭、次のように紹介される。 もいはで潜然 となく。 祖 父 より旧 しく こ こ に 住み 、 田 畠 あ ま た 主づ き て家 豊に 暮 宮 木 のや つれ果 てた姿 は七 年 間 の凄 惨 なさ まを 物 語 っている。 しけ る が、 生 長て 物に か かは ら ぬ性 よ り、 農作 をうた て き 「故 の人 とも思 はれ」ない姿 は、自らの味 わった苦 難 を勝 四 郎 に知っ 物に厭ひけるままに、はた家貧しくなりにけり。 てもらいたかった宮 木 の心 情 そのものである。七 年 の年 月 は単 純 に 『雨月物語』において、男女が登場する話の場合、男は生業を嫌い、 宮木の再会の喜びを指し示すわけではない。 都会への憧憬がある。 「物にかかはらぬ性」、 「生来こせついたところの 今 は長 き 恨 み も は れ ばれ と な りぬ る 事 の喜 し く 侍 り 。 逢を 待間に 恋ひ死 なん は、 人しらぬ恨みなる べし。 ない気 性 」が災 いす る。 「常の心 のはや りたるにせんかたなく」とは、 「平 常の気性の上 に勇み立って意 気込んでいるので、どうしようもな 勝 四 郎 と会 えて恨 みが晴 れたのも本 心 であるならば、恨 みが晴 い」の意 であり、後 先 を考 えず 、行 動 を起 こしてしまう 夫 に、 「人の らされたわけではないのもまた事実である 注4 。 目とむるばかりの容に、心ばへも愚ならず」の賢妻の宮木はいくら諫 ところで、 「浅茅が宿」には和歌が詠み込まれている。 めても夫 は聞 く耳 を持 たない。 「 物 にかかはらぬ性 」「 常 の心 のはや さ り とも と 思 ふ心 に は か ら れ て 世に も け ふ まで い ける 命 か 『 歌 仙 歌 集 』の 「 敦 忠 集 」を引 歌 としたこの歌 には、宮 木 の心 に夫 りたるにせんかたなく」の性 格 の勝 四 郎 は、都で一 攫 千 金 を夢 見て、 の帰りを信じ続け待つ女と夫の帰りが信じられない女の気持ちとが 没 落 した家 を再 興 す ることを選 択 す る。戦 乱 のために帰 郷 できな 混在している。勝四 郎に切々と訴えながらも、夫の帰りを期待 して くなったとき、勝四郎は自身に次のように言い聞かせる。 「恨 み」から 「諦念」へと変わってゆく。勝四 郎 さては消息をすべきたづきもなし。家も兵火にや亡びなん。 信じた自身の愚 かさは 妻も 世に 生て あら じ。 し か らば古 郷とて も 鬼 のす む所な り 不在の間、男たちに言い寄られながらも、貞節を貫き通したその生 き方 は苛 烈であり、悲哀 に満ちた情念 による焦れ死であった。夫 に 「さては消 息 をす べきたづきもなし。家も兵 火にや 亡びなん。」の心. −112−. ( 86 ). (. ).
(10) (. ). 対 す る未 練 、執 心 が宮 木 を地 霊 化 さ せたといえるのである 注 5 。 慿拠 の 差 異 性を 生 か し て コ ノ テ ー シ ョ ン を 読 む. の人々に見出した 「直き」人間像が秋成作品には描かれている。 先の高田、神保の引用文にもあったように、 『雨月物語』には原拠 の多 いことが知 られている。後 藤 丹 治 は、 「 秋 成 が雨 月 物 語 を創 作 す るに際 して実 に多 くの慿 拠 出 典 を用 いたことが判 明 す るのであ る」と述べ、次のように述べている 注6 。. (. ). 先ず 雨月 の典拠を時代別にすると、上代 文学 が一種、中 古文 学 が三 種 、近 古 のものが九 種 、近 世 のものが十 一 種 であり、これ 等 の日 本 の典 籍 に対 して、中 国 のものが十 種 もある。上 代、中 古 の文学書を渉猟しているのは国学者秋成の素養の一面を示すもの であり、中 国 の奇 談 集 を採 用 し、且 つ英 繁 二 書 や 伽 婢 子 などに 及んだのは、怪談物としての雨月物語の本質の然らしめた結果で あろう。. 後藤は 「 雨 月 物 語 出 典 をさ ぐる」において、 「雨月物語出典細目 表」を提示 している。それによると、 「浅茅が宿 」には、 「伽婢子」「万 葉集」「剪燈新話 愛 卿伝 」「方丈記」「源氏物語」「今昔物語集」「繁 「我々はむ 野話」「剪燈新話 牡丹燈記 」を典拠としている。後藤は、 しろ秋 成 があらゆる原 拠 を駆 使 し総 合 して、これを渾 然 たる芸 術 的 作 品 に纏 め上 げた。その恐 るべき才 能 に注 意 す る必 要 があると 思う。」と論じている。 左は秋成が典拠とした、 、 『剪燈新話「 』愛卿伝」 『伽婢子「 』藤井清 六 遊 女 宮 城 野 を娶 事 以 下「 遊女宮木野」と略 称す る 」及び『雨月 の三作品を項目ごとに比較し、その差異を明らか 物語「 』浅茅が宿」 にした。それが表2である 注7 。 「愛卿伝」「遊女宮木野」「浅茅が宿」の三作品を比較してみると、 ある傾 向 がみられる。それは、 「 愛 卿 伝 」及 び 「 遊 女 宮 木 野 」は、夫 の旅 立 つ理 由 や 作 中 歌 が異 なること等 を除 けば、主 人 公 が遊 女 で. ( 87 ). 5 論 者 は冒 頭 、高 等 学 校 国 語 の科 目 構 成 の見 直 しについて、 「共 通 必 履 修 科 目 で育 成 さ れる資 質 ・能 力 をさ らに選 択 科 目 において、 充実を図ることが求められており、科目編成に伴って教科書の内容 も一 新 さ れよう 。」と述 べた。教 科 書 の内 容 が一 新 さ れるのであれ ば、授業内容も変わってくるのが当然である。 「4」で述べたことをも とにした授 業 では従 来 のや り方 となんら変 わりがない。先 の 「学習 「 後 先 を考 えない、 の手 引 き」にもとづく実 践 話 し合 い活 動 では、 愚 かな勝 四 郎 に嫁 いだばかりに、幽 霊 となって恨 みを述 べる宮 木 は 哀れな女性である」と一面的に受け止められかねない。 しかし、次の記述を見逃してはならない。 a 今 年 は 思ひ が け ず も こ こ に 春 を 迎 ふ る に 、 いつ の ほど か 此 の里 に も 友 を も と めて 、 揉ざ る に 直 き 志 を 賞 ぜ ら れ て 、 児 玉 を は じ め 誰 々 も 頼 も し く 交 りけ り 。 b 古 郷に 捨 し 人 の 消 息 をだ に し ら で 、 萱 草お ひ ぬる 野 方に 長 々 しき 年 月 を 過 し け る は 、 信 な き 己 が 心な り ける 物 を 。 aは、熱 病 を発 症 した勝 四 郎 が近 江 で過 ごす こととなり、 「揉ざ る に 直 き 志」生 来 のまっす ぐな気 性 が気 に入 られ、信 頼 さ れてい たことが述 べられる。bでは、七 年 をあっという 間 に過 ごし、京 での 争 乱 が契 機 となり、帰 郷 を決 意 す る際 、「 信 な き 己 が 心 な り け る」 まことに不実な心というものではあった と勝四郎が深 く自省 したことが述べられる。このa・bの表現から、勝四 郎は 「後先を考え ない、愚 かな男 勝 四 郎 」とす る判 断 は短 絡 的 といえ、神 保 が指 摘 した、 「善良質朴な男」とみるのが適切であろう。秋成は作品の登場 「直き心」という表現を用いる。国学が古代 人物 主に男性 に対して. −113−. (. ). ). ). (. (. (. ((. (. (. ). ). (. ). ). ). ).
(11) C『雨月物語』 日本・ 一 七七六 巻之二「浅茅が宿」. (. B『伽婢子』日本・ 一 六六六 巻之六第三話「遊女宮木野」. 〇普通の女性. ). A『剪燈新話』中国・一三八一 巻三「愛卿伝」 〇 遊女. 〇い な い. (. 〇 遊女. 〇いない この場合、義母. 〇 諫める. ). 妻について 〇 いる 〇 勧める. 〇家運再興を計るため. (. 母親の存在 〇積極的に勧める. 〇叔父の容態悪化のため. 〇戦 乱 、 山 賊 、 熱 病. 目. 夫の旅立ちに 妻は 〇出世のため 官吏になるため. 〇戦 乱. 〇 焦れ死. 項. 夫の旅立つ理由 〇頼るべき人もなく逗留. 〇自死. 〇 三年. 〇遺体を掘り出して手厚く葬る. 〇 一年. 〇妻は夫を待っている. 〇墓の前で念仏を称える. 〇 七年. ). 不在期間. 〇遺体を掘り出して手厚く葬る. 〇夫の哀願によって現れる. 〇生まれ変わらない・手児奈伝説. ). 妻の遺体. 〇夫の哀願によって現れる. 〇男児として生まれ変わる. 〇宮木の貞節. (. 妻の現れかた. 〇男児として生まれ変わる. 〇宮木野の貞節. 〇 和歌三首. ). 再会後の妻. 〇愛卿の、夫と義母への忠節心. 〇 和歌四首. (. 物語の中心. 〇 漢 詩 三篇. ( 88 ). 2 表. 夫の帰宅を阻む理由 〇 自害. 作 中歌. (9). (8). (7). 妻の最期. (10). −114−. (1) (2) (3) (4) (5) (11). (6) (12).
(12) あることや 夫 が遺 体 を掘 り出 して手 厚 く葬 ること、そして男 児 と して生 まれ変わることなど、 「愛卿伝」と 「遊女宮木野」とは共通点 が多 いことである。 「 愛 卿 伝 」から三 百 年 後 に記 さ れた 「遊女宮木 野 」は 「 愛 卿 伝 」を忠 実 に翻 案 さ れた作 品 であることが表 2から確 認 できる。一 方 、 「 遊 女 宮 木 野 」から約 百 年 後 に書 かれた 「浅茅が 宿」については、先の二作品を慿拠しているとはいえ、遊女から普通 の女性に替え、夫の旅立ちを諫め、亡くなったあとも地霊化してそ の場 に佇 続 けているなど、 「 遊 女 宮 木 野 」のプロットをそのまま模 倣 しているわけではなく、独自性がみられることがわかる。 本論においては、高等学 校国語科の古典 教材、上田秋成の 『雨月 物語』を取り上げ、秋成が下敷きにした作品の差 異性に着目して、 「言葉による見方・考え方」を働かせてコノテーションを読むことを提 案 す る。 「 言 葉 による見 方 ・考 え方 」を働 かせるための 「学 習 の手 引 き」二例を挙げ、以下検討する。. (10). (. (. ). ). ( 89 ). (. ). いたものも戦 争である」中村幸彦 、 『今 昔物語集』巻十九第五との 典拠関係から、 「七年という年数を定めることになった直接のきっか 「勝 けをこの説 話 から得 た」勝 倉 寿 一 などがある。一方 、鷲 山は、 四郎が帰 郷した秋 の八 月十日は宮木の七年忌の命日であった」とし、 死者の七年忌説を唱え、 「そのことにより優れた文芸効果が認めら れる」としている。鷲山の説を踏まえて表2の を見ると、帰郷まで の一 年 、三 年 、七 年 は一 周 忌 、三 回 忌、七回 忌 を指し示 していると いえないだろうか。二年でもなければ四 年でもない。ここには明らか に意 味 が存 在 す るといえよう 。三 作 品 の書 き手 は中 国 仏 教 、日 本 仏 教 の年 忌 法 要 年 回 法 要 を意 識 していたともとれる。他 二 作 品 との比較によって、鷲山の説は有力な説と認められるのである 注8 。 このように、勝四郎の異郷流離七年は近 世 文 学 研 究 者 にとっても 難 解 な問 いなのである。秋 成 は 『 鎌 倉 大 草 紙 』を読 み、史 実 にも精 通している。また、秋成が 『今昔物語集』を知らないはずがなく、 『今 昔 物 語 集 』説 は十 分 根 拠 のある説 であるが、鷲 山 七 年 忌 説 も捨 て がたい。これらを総合的 に考えると、勝四郎の異郷流離七年について、 論者は先に列挙した研究者の言説は複数該当しているのではないか と考える。七年は長すぎる感が否めないが、失った宮木への思いや悲 しみは一 年 や 三 年 の場 合 よりもはるかに重 く、深 い。このよう な、 「正解のない問い」を考える力を育てることもこれからの国語の学力 には必 要 であろう 。主 体 的 ・対 話 的 で深 い学 びの実 現 のためにこの ような学習課題も有効と考える。 もう一例を表2の 「手児奈伝説」から提示する 注9 。 二 〇 〇 七 年 の全 国 学 力 ・学 習 状 況 調 査 の国 語 B問 題 において、 「三」の場面があったほうがよ 『蜘蛛の糸』芥 川龍之介 が出題され、 いか、是非を問う問題があった。一つの正解を追求するのではなく、 「正解のない問い」を考える力を育 自分の考えを述べさせる設問は、 てることに役立つ。 「言葉による見方・考え方」を働かせるための 「学. −115−. (. 一 勝四郎が七年もの間、帰国しなかったことは作品の構成や展 開を考える上でどのような効果や影響を与えているだろうか。 また、勝四郎が一年、または三年帰国しなかった場合と比較し てどのよう に変わるだろう か。グルー プで話 し合 ってみよう 〇 〇字以内でまとめてみよう 。. (. ). ). (. たとえば、表2の 「不在期 間」に着目 してみる。松田修は、七年 という数字に秋成がある考えをもっていたと示唆している。 「 浅 茅 が宿 」における勝 四 郎 の異 郷 流 離 七 年 について、鷲 山 樹 心 は 研究者諸氏の見解を示している。 「足利・上杉の戦いと畠山兄弟の戦いとの間が実質七年あった」重 「 勝 四 郎 を簡 単 な理 由 で帰 国 さ せるわけにはいかなかった」 友毅 、 森 田喜 郎 、 「故郷への道をふさいだものが戦争なら今度その道を開 (7). (7). (. ). ). (. ). (. ).
(13) 習の手引き」として、終段に関する課題を提示したい。. して 「 直 き心 」という 表 現 を用 いる。国 学 が古 代 の人 々 に見 出 した 「 直 き」人 間 像 が描 かれている。」と述 べた。手 児 奈 と宮 木 の重 ね合 わせについて長島弘明は次のようにいう。. この手児奈伝説の導入によって、 「直き」勝四郎とともに、宮木 にも 「をさ なき心 」直 接 的 には手 児 奈 を評 す ることばだが、その 一 途 さ は共 通 す る という 古 代 的 なイメー ジが与 えられること になった。 ( ). (. ). (. ). 「直 き」勝 四 郎 と 「をさ なき心 」宮 木 を持つ二 人が古 代的 なイ メージを与えられることによって、 「手児奈」と重層化される仕掛け となっている。この 「直き」について、長島は詳細に説明している 注 。. (. 「直き」という語が、賀茂真淵の思想のキーワードの一つである ことはよく知 られている。人 為 的 な賢 しらだった善 悪 の規 範 がで きる前 の古 代 人 の心 性 を、真 淵 はこの語 で示 し、一 つの理 想 とし たのである。したがって、 「直き」とは理想ではあっても、ただちに善 ではない。す なわち、 「 直 き」ことはよろしく、尊 ばれるべきだが、 「直き」ことが、善悪の倫理からしていつも善であるとは限らない、 という ことである。略「直き」かつ 「わろき」こともありう る。 「直 き」とは、善悪・賢愚とは無縁で、どちらにも染まりうる白紙の状 態である。あるいは、どちらに染まったとしても、 「直き」という 本 質は変わることがないということである。 ) (. ). 「「直き」ことが、善悪の倫理からしていつも善であるとは限らない。 「 直 き」かつ 「 わろき」こともありう る。」に着 目 したい。 「 直 き」とは 「白紙」の状態であり、勝四郎が一獲千金を目論み、家業や妻を顧 みないのは自分 の心に正直 素直 であればこそ、ではないだろうか。. ( 90 ). 「浅 茅 二 終 段 に登 場 す る漆 間 の翁 は 「 手児 奈 伝 説 」を語 るが、 が宿 」の構 成 上 、この部 分 はあったほう がいいか、なくてもよい か、自 分 の考 えを〇 〇 字 以 内 で書 いてみよう 。なお、その際 に 本文中の内容や内容に触れながら理由を述べること。 「 浅 茅 が宿 」の終 段 には、漆 間 の翁 が登 場 し、宮 木 の末 路 を勝 四 郎 に伝 える。翁 は真 間 の里 に伝 わる手 児 奈 高 橋 虫 麻 呂 の長 歌、 「勝鹿の真間の娘子を詠む歌」による の伝説を物語ることで勝四郎 はさらに悲 しみを深 くするのであるが、この終段について 「唐突であ る」との見 方 をす る研 究 者 もいる。その根 拠 としては、手 児 奈 と宮 木 が生 きていた真 間 の里 は同 一 の舞 台 でありながら、古 代 と中 世 との時 代のズレや物 語 としての不 自 然 な展 開 、また、幾 人 もの男 た ちから言い寄られて入水 した美貌の乙女 手児奈と人妻で焦れ死 し た宮 木 とを同 一 視 できないことなどを挙 げている。研 究 者 が指 摘 す るよう に、物 語 の構 成 と展 開 を重 視 して、宮 木 の生 き様 と勝 四 郎の悲しみに焦点を当て、手児 奈伝説はないほうがよいとする見方 は可 能 である。戦 乱 によって二 人 の悲 劇 が生 じたことを論 じるため に、 「終段はなくてもよい」とする書き方はできるのである。 一 方 、手 引 き「 一 」において述 べたよう に、 「 愛 卿 伝 」「 遊 女 宮 木 野 」「 浅 茅 が宿 」の比 較 から新 たな気 付 きが得 られるのも事 実であ る。慿 拠 の問 題 は秋 成 の文 学 を考える上 で避 けて通 れない。この手 児奈伝説は 『 万 葉 集 』巻 九 ・一 八 〇 七 を典 拠 としている。秋 成 は古 典籍に通暁し、国学者 加藤宇万伎に師事して得られた知識も作品 に反映 されるなど、 『雨月物語』には秋 成の該博な知識が盛り込ま れている。作 者 は万 葉 手 児 奈 伝 説 と宮 木 の生き様とを重 層 化 さ せ ることを意 図 した。論 者 は先 に、 「 秋 成 は登 場 人 物 主 に男 性 に対. −116−. 10. ). (. (. ). (. ).
(14) そこに妻 や 家 を守 るといった倫 理 観 や 正 義 感 、使 命 感 のよう な儒 教の徳目は含まれない。 長 島のいう 、 「直き志」の理 解は高校生 にとって難解だろうが、調 べ学習等をとおして高校生に学ばせることもできよう。秋成は怪異 描写 をとおして 「人間」を描き、読み手を引き込む文章と構成をと おして、浮 世草子にはなかった、 「リアリズム」と 「ロマンティシズム」と を融 合 させることができた。 「愛 卿伝」にも 「遊女 宮木 野」にも描か れなかった 「 手 児奈 伝説 」を古 代的 なイメー ジとして 「浅茅が宿」に 挿 入 した意 味 がそこにある。漆 間 の翁 は宮 木 の最 期 を看 取 り、亡 骸を丁重 に弔 い、勝 四 郎 に物 語る重 要 な役 割を果 たしている。 「終 段はあったほうがよい」とする書き方もまたできるのである。. ( 91 ). 無名 者 た ち の 修 羅. 三省堂版「浅茅が宿」の学習のねらいである、 「近世小説を読み、 話 の展 開 を理 解 す るとともに、人 間 の生 き方 について考 えを深 め る。」とは、宮 木 と勝 四 郎 の生 き方 や 考 え方 を捉 えることである。 先 述 のとおり、賢 妻 美 女 の宮 木 と軽 挙 妄 動 で頼 りない勝 四 郎 とい った表 面 的 理 解 からこの作 品 を読 むのは 「 浅 茅 が宿 」を真 の意 味 で 理 解 したとはいえまい。論 者 は 「 浅 茅 が宿 」に 「 無 名 者 たちの修 羅 」 をみる。命を賭してまで約束を守ろうとした 「菊花の約」巻之一 に 対して 「秋には帰る」と約束しながら、約束を果たせなかった無名者 勝 四 郎 と宮 木 は戦 乱 によって運 命 が決 定 づけられた。七 年 後 に勝 四郎は宮木と再会するものの、翌朝異変に気付き、チガヤが生い茂 って荒れ果てた家に佇 み、凄愴 たる光景を目の当たりにして勝四郎 は悲 嘆 にくれる。無 名 者 たちが運 命 に翻 弄 さ れる姿が下 総 真 間 の 里にあったのである。運命に翻弄された無名者たちの修羅を怪異描 写とともに読み取らなければならない。 国 語 科 において育 成 を目 指 す 資 質 ・能 力 を身 に付 けるためには 「 言 葉 による見 方 ・考え方 」を働 かせることであり、 「 言 葉 による見 方 ・考え方 を働かせる」とは、 「生 徒が学習の中で、対 象 と言葉 、言 葉と言葉との関係を、言葉の意味、働き、使い方等に着目して捉え たり問 い直 したりして、言 葉 への自 覚 を高 めること」である。本 論 に 「浅茅が宿」と 「愛 卿 伝 」 おいては、慿拠出典の著しい、 『雨月物語』の 及び 「 遊 女 宮木 野 」を用 いて比 較 研 究 を行 い、項 目 ごとに異 同 につ いて検討分析を行った。また、 「学習の手引き」の代案を提示して、コ ノテーションを読む方 略 について検 討 した。その際 、一つの正解 を追 求 す るのではなく、 「 言 葉 による見 方 ・考え方 」を働 かせ、自 分 の考 えを述べさせる 「学習の手引き」を代案として提示した。思考力、判 断力、表 現力を豊かにするためにも 「見方・考え方」は重要である。 「 言 葉 による見 方 ・考 え方 」を働 かせ、習 得 ・活 用 ・探 求 という 学 習 過程をとおして深い学びにつなげていかなくてはならない。. −117−. 四. 本 論 においては、 『 雨 月 物 語 』を読 むために、慿 拠 の差 異 性 に着 目 してコノテー ションを読む方略 として、 「愛卿伝」「遊女宮木野」「浅 『雨月物語』の 「浅 茅が宿」の三作品の比較研究を行った。その結果、 茅が宿」に対する多様な読み方ができることを明らかにした。 後藤丹治は慿拠出典について次のように結んでいる 注 。 (. ). (. ). 読み手が 『雨月物語』を理解す るためには、上田秋成の並外れた 日中の古典や和歌、俳諧、国学の知識にまで理解が及ばなければ、 作者の訴えたいことを捉えるのは不可能であろう。. 雨月 物語に対して文芸的な論評を加えんとする者は、必ずや 一 度 は遡 ってこの慿 拠 出 典 の問 題 に深 い考 慮 を払 う べきであり、 若 しそう しなければ、その論 評はどれほど花や かなものであろう とも、皮相的常識的に堕する危惧なしとしないのである。. 11.
(15) ( 92 ). 『栄花物語』において、初七日から一周忌までは記されており、三 回 忌 、七 回 忌 、三 十 三 回 忌 が始 まったのは鎌 倉 から室 町 時 代 以 降である。江 戸期に七回 忌は既に習慣としてあったから、秋成が 七回 忌のことを念 頭 に置 いて異郷流 離を七年とした可能性は否 定できない。 9 三 省 堂 版 教 科 書 には 「 手 児 奈 伝 説 」は採 録 さ れていないが、本 論では提案として扱うこととした。 長 島 弘 明『 雨 月 物 語 幻 想 の宇 宙 上 』、NHK出 版 、一 九 九 四年、一五七―一五八頁 後藤丹治 前掲、六四頁 (. ). 付記 「 浅 茅 が宿 」本 文 の引 用 は小 学 館 版『 日 本 古 典 文 学 全 集 英 草紙 西山 物語 雨月物語 春雨物語』ならびに岩波書店版『日 本古典文学大系 上 田 秋 成 集 』を参 照 した。また、旧 字 体 は新 字体に改め、振り仮名は省略した。 56. 48. (. ). 参 考文 献 〈 国 語 科 教育 関 係 〉 ・伊﨑 一夫 、岡 本恵 太「 新学 習 指導 要 領 における 「言葉 による見 方 ・考 え方 」の三 側 面 ― 小 中 九 年 間 を見 通 す 学 習 指 導 の方 向 性―」、 「奈良学園大学紀要」、二〇一七年 ・大杉昭英『平成二八年版 中央教育審議会答申 全文と読み解 き解説』、明治図書、二〇一七年 ・大 滝 一 登『 高 校 国 語 新 学 習 指 導 要 領 をふまえた授 業 づくり 理論編』、明治書院、二〇一八年 ・全 国 大 学 国 語 教 育 学 会 編『 新 たな時 代 の学 びを創 る 中 学 校 高等学校 国語科教育研究』、東洋館出版、二〇一九年. −118−. 10. 11. 「浅茅が宿」について言及したものの、宮木の 本論は 『雨月物語』の 人物 造型 については 『世 間妾形 気』や『春 雨物語』の登場 人 物ともつ ながりが深 く、研 究 者 によって比 較 研 究 がなさ れている。本 論 にお いてはそのことに触れることができなかった。別稿に機 会を譲りたい。 (. ). 注 1 阿部昇「教科等の目標と見方・考え方の関係」、 『各教科等の学 びと新しい学習評価』、ぎょうせい、二〇二〇年、一四頁 2 『 雨 月 物 語 』に関 す る論 文 は文 学 、国 語 学 において散 見 さ れる ものの、国語科教育の視点からの研究論文は非常に少ない。大学 での実践例として、安道百合子の 「『雨月物語』「浅茅が宿」の教材 化」がある。 3 森 田 喜 郎は 『雨月物語』全体の構成 分類 について見解を示して おり、本論においては 「浅茅が宿」に関する記述のみを抽出した。 4 「吉備津の釜」には 「怨み猶尽ず」とあり、 「怨」の字を用いている が、 「 浅 茅 が宿 」に 「 怨 」の字 は用 いていないことから、宮 木 には不 満や後悔はあっても憎悪はないと解釈すべきであろう。 5 『 シンポジウム日 本 文 学 秋 成 』には、高 田 衛 ・森 山 重 雄 ・種 村 季 弘 ・中 村 博 保 ・松 田 修 ・小 松 左 京 の討 論 において 「 宮 木 の地 霊化」について話題が及んでいる。 6 後藤丹治「雨月物語出典をさぐる」、 『國文學 解釋と鑑賞』、 至文堂、一九五八年、六二頁 7 森 田喜 郎は 「浅茅が宿」と 「愛卿伝」との比較を行っている。また、 金永昊は 「遊 女 宮 木 野 」と 「 愛 卿 伝 」とを比 較 している。論者 はこ れらを参考に、三作品を比較することによってさらにそれらの差 異を明らかにした。 8 中 国では儒 教 の習 慣 に基 づき、三回 忌が最 後の供 養 となってい る。七回忌以降 の法要は、日 本で独自に付加されたものである。 10. (. ).
(16) ・髙 木 展 郎 編『 平 成 三 十 年 版 学 習 指 導 要 領 改 訂 のポイント 高 等学校 国語』、明治図書、二〇一九年 ・武 久 康 高「「 言 葉 による見 方 ・考 え方 」を働 かせる古 典 学 習 ―『 枕 草 子 』「春 はあけぼの」章 段 の表 現 特 性 を探 究 す る― 」、 「高知大 学学校教育研究」創刊号、二〇一九年 ・田 中 耕 治 編『各 教 科 等 の学びと新しい学 習 評価 』、ぎょうせい、二 〇二 〇年 ・古 園 正 樹 、下 戸 勇 介 、辻 美 咲「 言 葉 による見 方 ・考 え方 を働 かせ た深 い学 びを促 す 学 習 指 導 」、 「鹿児島大学教育学部教育 実践 研究紀要」二八巻、二〇一九年 ・町 田守 弘、幸 田国広、山 下直、高山 美佐、浅田孝紀 編『新科目 編 成とこれからの授業づくり』、東洋館出版、二〇一八年 ・文 部 科 学 省『 小 学 校 学 習 指 導 要 領 解 説 国 語 編 』、二 〇 一 八 年 ・文 部 科 学 省『 中 学 校 学 習 指 導 要 領 解 説 国 語 編 』、二 〇 一 八 年 ・文 部 科 学 省『 高 等 学 校 学 習 指 導 要 領 解 説 国 語 編 』、二 〇 一 九 年 ・文 部 科 学 省「平 成 年 改 訂 の高 等 学 校 学 習 指 導 要 領 に関 す るQ &A」上」、 「週刊教育資料」№一五四七、二〇一九年 ・吉 田茂樹「「言葉 による見方 ・考え方」を働かせて 「正確 に理 解」す る方法の考察」、 「語文と教育」、二〇一八年 〈古典文学関係〉 ・阿部正路『怨念の日本文化【幽霊篇】』、角川書店、一九九五年 ・飯塚朗訳『東洋文庫 剪燈新話』、平凡社、一九六五年 ・稲田篤信『雨月物語精読』、勉誠出版、二〇〇九年 ・江本裕訳『伽婢子』、教育社、一九八〇年 ・大輪靖宏『上田秋成その生き方と文学』、春秋社、一九八二年 ・岡 本 勝 、雲 英 末 雄 編『近 世 文 学 研 究 事 典 』、桜 楓 社 、一 九八 六 年 ・金永昊「アジア漢字文化圏の中の 『伽婢子』―「遊女宮木野」の翻案 30. 48. の特 質 を中 心 に― 」、 「人 間 社 会 環 境 研 究 」第 一 八号 、二 〇 〇九 年 ・後藤 丹 治「雨月物語出 典をさぐる」、 『國文 學 解釋と鑑 賞』、至 文堂、一九五八年 ・高田衛「『雨月物語』・女 人愛執の主題 ―『浅茅が宿』覚え書き―」、 『立正女子短大研究紀要』第一〇集、一九六六年 ・高田衛他『シンポジウム日本文学 秋成』、學生社、一九七七年 ・太刀川清「『伽婢子』の創作意図」、 「長野県短期大学紀要」三二巻、 一 九 七七 年 ・堤 精 二 、清 登典 子 編『 近 世 日 本 文 学 』、放 送 大 学 教 育 振 興会 、一 九九二年 ・長島弘明編『新潮古典文学アルバム 上田秋成』、新潮社、一九 九一年 ・長島 弘明『雨 月物 語 幻 想の宇宙 上 』、NHK出 版 、一九九四 年 ・中村幸彦校注『日本古典文学大系 上田秋成集』、岩波書店、 一九 五 九年 ・中 村 幸 彦 、高 田 衛 、中 村 博 保 校 注『日 本 古 典 文 学 全 集 英草 紙 西山物語 雨月物語 春雨物語』、小学館、一九七三年 ・野 田 寿 雄「 怪 異 小 説 の展 開 」、 『 國 文 學 解 釋 と鑑 賞 』、至 文 堂、 一 九 六 一年 ・坂東健 雄「『雨月物語』論 ― 「浅茅が宿」あるいは 〈母 性〉への遡行 ―」、 『詩論』№一四、一九九一年 ・村上知行訳『全訳 剪燈新話』、中央公論社、一九五四年 ・森田喜郎『上田秋成』、紀伊國屋書店、一九七〇年 ・森田喜郎『上田秋成小説の研究』、和泉書院、一九九〇年 ・鷲山樹心『秋成文学の思想』、法蔵館、一九七九年 みや う ち. (3). ゆきと/ 長 島 町 立 平 尾 中 学 校. 48. −119−. ( 93 ). 10. 20. 56. (. ).
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