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「R社のサプライ・チェーンの変化―設備企業との連携を活かした新サプライ・チェーンの構築―」

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1.はじめに 個別企業が産地という産業集積内で自社の主製品を変更した際に,なぜそれを可能 にするサプライ・チェーンを形成することができたのかを解明する必要がある。一考 すれば,産地という産業集積内であれば個別企業が主製品を変更するのに可能なサプ ライヤーが従来から存在し,容易にサプライヤーの組み換えが可能であると考えられ る。サプライヤーの組み換えが制度として確立しているイタリアの産業集積1)と異 なり,柔軟なサプライヤーの組み換えが制度として確立していないわが国の産業集積 でそのように簡単にサプライヤーの組み換えが可能であるのかという疑問が生じる。 サプライヤーが必要な原材料を納期に納めることが可能であるのか,またそのような サプライヤーをどのようにして探索し,取引を開始することができたのかを解明する ことが必要になる。この問題を解決するためには,産業集積の変化のダイナミズムを 念頭にマクロベースでの個別企業の主製品変更の際のサプライ・チェーン形成の諸問 題を検討する必要がある。 2.産業集積における先行研究 産業集積の継続性についての研究は,橘川(2001)が2001年段階での研究動向を詳 細に分析している。動向の研究は,課題,産業集積固有のメカニズムに関する作業仮 説,「産業集積の内なる論理」と産業集積研究,「産業集積の内と外をつなぐ論理」と

R社のサプライ・チェーンの変化

― 設備企業との連携を活かした新サプライ・チェーンの構築 ―

Analysis of Supply Chain Structure by the Company “R”

― Formation of New Supply Chain in Alliance with a Plant Equipment Supplier ―

Ta k a f u m i M O R I O K A

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産業集積研究,産業集積の方向性から構成されている。その後の研究動向で本稿と関 連する研究としてここでは,2つの文献先行研究について紹介する。 吉川(2003)は,燕三条の産業集積がなぜ長期的に存続可能であったかを問題と し,その問題を解明しようとした論文である。吉川は,燕三条の産業集積の検討から 産業集積の継続には,企業レベルにおける産業転換のメカニズムと地域レベルの産業 転換のメカニズムに分かれるとしている。そして企業レベルでは既存の企業が新たな 分野に進出する場合と既存の分野ではその産業集積内で周辺的なことをやっていた企 業が新分野に進出する場合があるとし,個別企業レベルでの分析をしないと新産業創 出のメカニズムがブラックボックスになると指摘している。地域産業レベルの産業転 換のメカニズムについては,同一産業の集積が進むと,より深く専門化した企業が集 積することと新製品開発(新製品のコンセプト,コーディネート)を行う企業が存在 することが必要であるとしている。地場問屋がその機能を果たしているとし,政策的 インプリケーションとしてコーディネート企業の政策的育成の重要性を論じている。 藤本・河口(2010)は,産業集積について社会学的な接近を試みた研究である。京 都伏見酒造業を研究対象とした研究で,従来多くの研究がハイテク産業を対象として きたのに対し,伝統産業の産業集積の継続と革新性を研究した文献である。この研究 では,以下の4つの仮説が提示されている。 仮説1.伏見酒造業の発展・継続の要因の一つとして,当地の制約的条件が,潜在 的順機能として酒造家たちに優位性を生み出す環境耐性を付与した。 市場確保,酒米の確保,労働力の確保が伏見酒造業に多くの工夫と機会を与えたこ とが立論されている。 仮説2.伏見酒造家たちは,集団の多様性により,規範的同調圧力が弱く,斉一性 の圧力が強まりにくいため,集団内で抑制されにくく,俊敏で進取的な行動が起こ りやすい。 産業集積内の個別企業である月桂冠,黄桜,玉乃光,月の桂,TaKaRaの個別企業 の取り組みによって立証している。 仮説3.伏見の酒造家たちを取り巻く困難な状況は,多様性の高い集団の秩序を保 つ要因となっている。 国による規制や税制の厳しさ,自由競争による品質低下防止,モラル維持,水資源 の確保等の行動により立証している。

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仮説4.伏見酒造業の技術の発達を支える酒造技術者の情報共有行動は,彼らを取 り巻く社会的環境の影響を受けている。 酒造りの難しさを熟知していることによる杜氏間の情報提供,情報共有,技術者 ネットワーク間による業界全体への貢献により立証している。 本稿が対象としているのは,土岐市の一個別企業に焦点を当てたものであり,さら に製品も酒という単一の製品ではなく,徳利→マグカップ→タイルという変遷がある。 徳利→マグカップは,陶器として類似性の高い製品であるが,タイルは類似性の低い 製品である。 吉川が産業集積分析についての個別企業分析の重要性を述べているように,本稿で は土岐市の個別企業であるR社を事例としてその製品の新分野開発を事例として検討 する。サプライ・チェーンの分析を通じて吉川の指摘するコーディネート機能は誰が 担ったかを明らかにしたいと考えている。また,藤本・河口(2010)の産業集積の仮 説は,本稿の研究に対しても多くの示唆を与えている。 3.参考とする理論研究

DIERICKX AND COOL(1989)は,競争優位性,資源蓄積,模倣性をキーワードと しており,産地の産業集積内の分析について多くの示唆を提供する。この論文の目的 は(1)「戦略要素市場strategic factor markets)」における特有の限界について議論 すること(2)資源ストック蓄積の概念を基礎にした相互補完的なフレームワークを 提案すること(3)企業の持続的競争優位を評価するためのガイドラインを開発する ことである。 重要な資源は,ある戦略を実行するために必要とされる資源が確保されている市場 と定義される「戦略要素市場」(Barney 1986)において獲得されるよりもむしろ蓄積 されるということを指摘している。企業の資産ポジションの持続可能性は,どれくら い簡単に資産が代替されうるか模倣されうるかによって決定するとし,模倣困難性は, 資産の蓄積プロセスの諸特徴とリンクしているとしている。伝統的な産業集積は,ま さに時間をかけた資産プロセスの蓄積を実現した実体である。

DIERICKX AND COOL(1989)は,資産の蓄積プロセスの諸特徴として,固定され た要素時間に対し利益が低減すること即ち同じインプットを投入する場合に時間をか けて投入する方が時間を短縮してインプットを投入するよりも成果が高いという「時 間圧縮の不経済性(time compression diseconomies)」,ある資産ストックの初期の

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レベルがさらなる蓄積のペースに重大な影響を与える「資産拡大の効率性(asset mass efficiencies )」,既存ストックの蓄積する増加分はそのストックのレベルによる だけではなく,他のストックのレベルにも関係する「相互依存性(interconnected-ness)」,施設や部品と同様に,すべての資産ストックは十分なメンテナンスの支出が ないと「衰退して」しまうという「資産の弱体化(asset erosion)」,資産の蓄積プロ セスが決定論的かつ連続的にストックされると想定してきたが,実はそうではなく蓄 積プロセスは確率的かつ非連続的であるという「因果関係不明性( causal ambigu-ity)」を挙げている。産業集積や企業間連携を分析する際に検討しなければならない 特徴である。 4.R社のサプライ・チェーンについて R社は,岐阜県土岐市にある資本金1000万円,従業員60名の中小企業である。1914 年に創業し,伝統的陶磁器の技術を活かし,創業以来経営の革新を続けてきた。陶磁 器に関わる製品イノベーションと工程イノベーション(設備イノベーションを含む) を迅速に繰り返してきた東濃地域の陶磁器産地にある。 R社は,創業以来,徳利(3 4 年)→汁碗(4 年)→碗皿(7年)→国内向食器 60%・海外向食器40%(5年)→海外向食器100%(オーストラリア向ディナーセッ ト)(8年)→アメリカ向マグカップ(6年)→マグカップ月産150万個(アメリカ向 70%,ヨーロッパ他30%)(10年)→45二丁(外装タイル),マグカップ月産60万個 (1年)→45二丁月産10万m2(12年)→生産能力(外装・内装タイル)25万m2(現在) というように市場のニーズに合わせその主製品を迅速に転換してきた。 三代目がタイル事業へ自社の主製品を変更する際には,急激な円高に際して何もし なければ座して倒産を待つのみであるという危機感に基づき,長年の陶磁器で培われ てきた技術能力でタイル製造への転換を果たした。本稿では,このR社が主製品を変 更した時点の当社のサプライヤーの変遷を分析する。 4−1.わが国のタイル製造の簡単な歴史 本稿では,陶磁器からタイルへと主製品を変更した企業を事例として取り上げる。 そのため,わが国のタイル製造の歴史を簡単に見ておくことにする。『日本のタイル 工業史』(株式会社 INAX編)等によれば,わが国のタイルのはじまりは,s(セン) である。寺院の建築に欠かせない物である。瓦の表面等に釉薬をかけて焼いた物が最 古のタイルということになる。タイルと瓦の関係は深いことがわかる。sは,寺院の 須弥壇の周りを囲むことに使われた。あるいは,敷瓦は寺院などの床に敷き詰めて利

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用された。また壁面の下部に陶板として稀に腰瓦も使用された。 鎌倉時代に禅宗がわが国に伝わり,禅宗の寺院が建立されるに伴い仏殿の敷瓦とし て使用されたが,寺院以外では普及はしなかった。桃山時代の茶の湯の隆盛により, 敷瓦が風呂の敷板とした利用された。本格的な施釉敷瓦は,有力大名の廟の敷瓦とし て使用された2)。瀬戸の本業敷瓦は,本格的に寺院へと普及し,明治時代へと技術が 伝承した。 幕末から明治期にかけて,西洋建築に輸入タイルが主に使われた。輸入タイルは, ビィクトリアン・タイルが主流であった。また,洋風建築の増加により洋風煉瓦の製 造技術がわが国にも導入され煉瓦が製造され,化粧煉瓦として建築物の外装で重要な 建築材となる。 一方,敷瓦は,瀬戸,常滑,淡路,有田等でそれぞれ生産されていた。明治40年代 に名古屋と淡路で確立された乾式成形法の確立により,硬質陶器タイルが,量産化さ れ昭和戦前期において内装タイルの主流を占めた。戦後は,アメリカ進駐軍の建築需 要によって産業が復活した。また,従来の硬質陶器タイルから石灰質陶器タイルへの 転換が行われた。建築ブームに乗りその需要が増加した。外装,内装タイルの使用の 増加及びデザインの重視等により多くの革新がなされて現在に至っている。以上から わが国のタイルは,s→敷瓦→煉瓦→タイル(硬質磁器タイル→石灰質陶器タイル) へという変遷を経て現在に至っている。伝統的な陶磁器の技術は,瀬戸,淡路でタイ ルが手工業的に製造された際には活かされたが,品質の均一性と大量生産が求められ るにしたがって,工場生産が伝統的手法によるタイルを駆逐していった。しかし,現 在でも,タイルの生産地は伝統的な陶磁器産地に多数立地している。 4−2.マグカップにおけるサプライ・チェーンについて ここではR社を事例にして,原料調達→製造→販売が具体的にどのように行われて いたかを少し詳細に検証する。以下ではサプライヤーの名称については,記号を付記 する。図において年代をまたがって付記しているものは同一のサプライヤーである。 創業時にはR社は原料である土と釉薬を自社製造していたが,生産量,製品の種類が 増加するにしたがって,自社製造ではまかないきれなくなり,産地内の専門業者から の購買に切り替わった。購買先は,陶磁器原料組合のメンバーである業者からの購入 で,製土はa陶料(土岐市妻木町:現在廃業),b陶料(瑞浪市小里)から,釉薬は c産業(土岐市妻木町),d化学(土岐市下石町)から調達していた。型を担当する 石膏型は石膏型組合のe製型に発注していた。また,製土,型は支給で生素地製型の みを行う通称「つくり売り」といわれた業者がいた。半製品組合は,「動力」(コップ 等の丸い器),「袋物」(鋳込み成形の器),「手押し屋」と呼ばれる業者によって製造 されるマグカップの取手(ハンドル)を供給した。R社は丸いマグカップを生産して

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おり,「動力」を取り扱っていた。R社自身も一部マグカップのハンドル部分を自社 製造していた。「手押し屋」の形態は家内工業的個人営業であった。窯焼きは,陶磁 器工業組合に加入している窯元である業者が実施した。この場合は,自社で成形し, 焼成する場合と半製品組合から購入した「つくり売り」を焼成する場合の二通りがあ った。焼成が終わった仕掛品は次に転写,上絵付け等が行われる。絵付けには,下絵 と上絵があり,下絵は窯元が行い,上絵は一度焼き上がった素地に再度800度前後で 焼成する。この工程は,自社で実施する場合と外注する場合に分かれる。出来上がっ た製品は,国内向けのものについては,地元の産地卸が窯元より買取り,全国の消費 地卸に販売し,小売業者へと転売される。輸出向けの製品については,輸出用食器に 上絵付け,転写等を施し,輸出陶磁器検査協会による輸出向出荷検査を受け輸出用の 梱包を施す。貿易商社は,主に名古屋市の東区,北区に集中しており,1社を除き数 名規模の中小企業であった。バイヤーは,これらの商社を数社廻り,買い付けをして 輸出する。また,海外での小売り先は,米国では,ウォルマート,Kマート,メーシ ー百貨店,メイ,シアーズ,ターゲットであり,その他オーストラリアのコールス, 南アフリカOKバザー等であった。 4−3.タイルにおけるサプライ・チェーンの変化について R社は,1989年にそれまでのマグカップを主製品とする体制からタイルを主製品と するサプライ・チェーンを組みなおした。三代目の社長は,当社が培ってきたマグカ ップの陶磁器の技術が有効に活かされるという確信の下に主製品の変化を図った。そ れでは,主製品の変遷を可能にするサプライ・チェーンも有効に活用できたのかとい う点の検討が必要になる。本稿では時系列としてタイル製造のサプライ・チェーンの 変化について1989年,2001年,2010年で当社のサプライ・チェーンを比較検討する。 1989年当時においては,図1で示すとおり原料はA陶料(土岐市妻木町)から,役 物素地(コナー(角)で使うタイル)はBタイル(現在のKE:多治見市)から調達 した。釉薬については,C工業所(土岐市妻木町),D化学(現在廃業),E化学(土 岐市下石町),F化学(多治見市)である。燃料についてはG,H商事(多治見市), その他の製造資材についてはI産業(名古屋市),J(土岐市御幸町),金型は,K (小牧市),L(廃業)で調達した。設備については,M工業(土岐市駄知町),N (現Sテック:関市),O,P機械(多治見市),Q,R産業(小牧市)である。また, 張り加工の外注先は,S加工(多治見市),T加工(多治見市),U加工(多治見市), V(多治見市)であり,一部自社での加工も実施していた。接着加工はZ工芸(土岐 市)に外注していた。その他,梱包資材について,W包装(恵那市),X建装(小牧市), Yレース(多治見市)から調達していた。製品はすべてαに納品され,さらに日本全 国のα特約店に販売された。

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図1.1989年タイル進出当時のサプライ・チェーン 図2.2001年第二工場稼動当時のサプライ・チェーン 【販売先】 α 100% *特定ブランドの 100%OEM生産 *αブランド品の 100%OEM生産

α

R

【設備】 ・M 工業 ・N ・O・P 機械・ ・Q・R 産業・ ・き 鉄工 ・く 鉄工 【張り加工】 ・S 加工 ・T 加工 ・U 加工 ・V ・け 技工 ・こ 製陶 【接着加工】 ・Z 工芸 【梱包資材】 ・W 包装 ・X 建装 ・Y レース 【原料メーカー】 ・A 陶料 【役物素地】 ・B ・あ 陶業 ・い 工芸 【釉薬メーカー】 ・C 工業所 ・D 化学 ・E 化学 ・F 化学 ・う 化学 ・え 化学 【燃料】 ・G ・H 商事 【その他製造資材】 ・I 産業 ・J ・お 【金型】 ・K ・か 【販売先】  α 100%  *特定ブランド 100%OEM生産

α

R

【設備】 ・M 工業 ・N ・O ・P 機械 ・Q ・R 産業 【張り加工】 ・S 加工 ・T 加工 ・U 加工 ・V *一部自社でも加工 【接着加工】 ・Z 工芸 【梱包資材】 ・W 包装 ・X 建装 ・Y レース 【原料メーカー】 ・A 陶料 【役物素地】 ・B 【釉薬メーカー】 ・C 工業所 ・D 化学 ・E 化学 ・F 化学 【燃料】 ・G ・H 商事 【その他製造資材】 ・I 産業 ・J 【金型】 ・K ・L

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2001年では,図2に示すとおり役物素地の調達先ではあ陶業,い工芸,釉薬メー カーではう化学,え科学,その他の製造資材ではお化学が新たに加わった。金型では Lからかへの変更があった。設備では,き鉄鋼,く鉄鋼が,張り加工については,け技 工,こ製陶が加わった。販売先は,1989年と同じでαであり,さらに日本全国のα特 約店に販売された。 図3.2010年現在のサプライ・チェーン 2010年では,図3に示すとおり原料にア陶料が,釉薬にイ化学,ウ釉薬が新たに加 わり,D化学との取引が無くなった。燃料についてもGがなくなりエガスで調達して いる。張り加工については,オタイル,サ加工,シ,スが新たに加わり,接着加工に ついてもラスター加工(金属光沢のタイル)が加わりタ,チが新たに加わった。梱包 資材についてもセ,ソダンボールが新たに加わった。製品の販売先は,従来のαだけ ではなく,αの100%子会社の店舗内装向けタイルを取り扱うβ,補修物件専門のχ, 【販売先】 α *αブランド品のOEM生産 【販売先】 β(α100%子会社) *店舗内装向けタイル 【販売先】 δ *薬品会社建材部 【販売先】 υ 【販売先】 φ 【販売先】 γ 【代理店】 η(ブラジル) 【販売先】 α *国際事業本部 【販売先】 χ *補修物件専門

α

日 本 全 国 の 一 般 ユ ー ザ ー ㈱ ア ベ ル コ 【設備】 ・M 工業 ・N ・O・P 機械・ ・Q・R 産業・ ・き 鉄工 ・く 鉄工 【張り加工】 ・S 加工 ・T 加工 ・H 技工 ・こ 製陶 ・オ タイル ・サ 加工 ・シ ・ス 【接着加工 ・ラスター加工】 ・W 工芸 ・タ ・チ 【梱包資材】 ・W 包装 ・X 建装 ・Y レース ・セ ・ソ ダンボール 【原料メーカー】 ・A 陶料 ・ア 陶料 【役物素地】 ・B ・あ 陶業 ・い 工芸 【釉薬メーカー】 ・C 工業所 ・F 化学 ・う 化学 ・え 化学 ・イ 化学 ・ウ 釉薬 【燃料】 ・H 商事 ・エ ガス 【その他製造資材】 ・I 産業 ・J ・お 化学 【金型】 ・K ・か 主にヨーロ ッパ・中 東 主に香 港 ・アメリカ ブラジル・ 南 米 東 南アジア 台 湾

R

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薬品会社の建材部と多様になり,従来の日本全国のα特約店の他に国内の一般ユー ザーにも納品するようになった。また,海外市場にもυ,α国際事業本部等,ある いは代理店を通じて行っている。 5.サプライ・チェーンの変化についての考察 R社からの聞き取りによるマグカップからタイルへの主製品の製造の変更に伴うサ プライ・チェーンの変化から以下のことが判明した。 1.マグカップとタイルは陶器という観点からは,非常に類似した製品群に属する と考えられる。そのため,原料→加工→卸→消費とサプライ・チェーンも類似し たものと思われるが,製品が異なれば実は全く異なったものである。 2.マグカップの原料採取から最終消費者に至るまでのサプライ・チェーンは,陶 磁器の伝統的流通経路により形成されていた。一方,タイルについては,製造か ら販売までは短い経路となっている。 それではR社は短期間でこのようなサプライ・チェーンをどのようにして形成した のかという疑問が残る。この疑問に対し聞き取りによりR社の製品変更時にR社の設 備納入業者であるM工業が重要な役割を果たしたことが判明した。R社がタイルとい う新製品を製造する際にM工業は,本来業務である窯およびプレス,原料圧縮の諸設 備のほか原料メーカー,釉薬メーカーのタイル製造のコアとなるサプライヤーをM工 業自らがR社に紹介し,取引コストの低減に大きく力添えをしたのである。M工業は 後述するようにR社より規模の大きな企業であった。また,M工業は,1953年の創業 以来トンネルキルンの築造・販売に専念する一方,1956年にモザイクタイルの工場を 開設し,9年後の1965年にモザイクタイルの製造を専門とする会社を設立(2003年製 造停止)している。R社がタイル製造に踏み切る際(1988)にはM工業はすでに自社 のモザイクタイル製造のためのサプライ・チェーンを形成済みであり,この経験から R社にサプライヤーを紹介したと思われる。さらに,M工業は,R社に対しM工業の主 製品といえる設備のみならず,原料のサプライヤーの紹介,タイルの製造に精通した 人材の斡旋,諸情報の提供を実施し,R社のタイル製造立ち上げについての多くの経 営資源の提供を実施した。それでは,将来の強力な競争相手にも成りうるR社に対し てM工業は何故に自社の経験からサプライヤーを紹介したのであろうか,以下ではM 工業を検討し,その理由を探ることする。

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6.R社とM工業の連携について M工業は,既述したように1953年に設立され,伝統的窯業製品の焼成,先進セラミッ クの熱処理,廃棄物のリサイクルなど各種キルンを製作,販売してきた。現在資本金 2億円,従業員325名の企業である。熱処理を中心とした製造業を顧客とし,開発, 設計,製造,試験,販売からメンテナンスまで一貫システムを顧客に提供する窯炉・ セラミックプラントのトップ企業である。M工業は,研究開発型の一貫生産システム を扱うことにより,顧客からの要望に応えるための膨大なデータを蓄積し,そのデー タから得た知識により顧客からの要望に対し新たな技術対応をすることができる技術 志向の企業である。一方,R社は,既述したように伝統的窯業製品である徳利製造か ら創業し,マグカップ→タイルと主製品を変更した中小企業である。 R社は創業時から生産ラインにかかわる一貫設備をM工業に発注しており,現在の R社の設備もM工業に発注した一貫設備である。通常,東濃地域の窯元であるR社の ような窯を持つ企業は,設備については個別に設備を調達する例が多いということで あった。つまり窯,コンプレッサー,原料圧縮はそれぞれその設備専門企業から調達 する例が多いが,R社のタイル製造の当初は,窯の設備,プレス,原料圧縮一式をM 工業から調達した。現在のM工業は,加熱,焼成テクノロジーの多様な分野に事業を 拡大している。M工業のシステムとしての加熱,焼成テクノロジーの具体的なオペレ ーションの例としてM工業からR社への工場見学者も多数いるとのことである。 個別企業が同じ設備を所有したとしてもその設備を効率よくオペレーションできる か否かはその設備を所有する個別企業の内生的能力によるものである。M工業は,自 社のシステムのオペレーションの優れた具体者であるという意味でR社を位置づけし ている可能性が高い。また,R社は世界中のユーザーからの要請に応えてきた高度な M工業からの支援を受け,自らの事業努力で優れたオペレーション効率を上げること ができたのではないかと思われる。このことから,R社とM社の両者の関係は相互補 完的なwin-win関係になっている。但し,両者の連携は企業規模では同等ではないが, それを超え両社の信頼関係によって形成されていると考えられる。 6−1.R社とM工業の関係 M工業とR社の関係についてみる。 1956年 R社の初代社長がM工業を訪問。 1957年 R社火入れ式(本焼成用トンネルキルン完成による火入れ) 1959年 R社に素焼用トンネルキルン納品 1972年 R社に全自動本焼成トンネルキルン納品

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1988年 R社タイルプラント完成,全自動トンネルキルン及び全自動タイル製造 ライン設置 1989年 R社に70m全自動トンネルキルン設置,全自動タイル製造ライン設置 1989年 R社にメッシュベルトキルン納品 1994年 R社にメッシュベルトキルン納品 2001年 R社第二工場増床。大型トンネルキルン,ライス600トンプレス,全自 動成型ラインx4其を設置 2003年 R社にタイル製造小型ライン納品 2006年 R社に全自動タイル製造ライン1機,タイル製造小型ライン納品 以上のようにR社の最もコアになる設備はM工業から納品されている。また,M工 業の代々の社長をはじめ役員とR社の代々の社長は,個人的にも親しくビジネス上の つながりだけでなく,人的なかなり強いつながりを形成していた。 7.ディスカッション R社とM社の連携関係は,両社が東濃地域の陶磁器の産業集積に立地する企業であ り,産地内の企業間連携である。R社のマグカップのサプライ・チェーンの事例から もわかるように,伝統的な産業であり垂直的な産業構造は,完全な分業体制で行われ てきた。そのため,産地内には狭い範囲で専門性の高い企業が規模の大小を問わず集 積していた。燕三条では,先行研究で見たように従来の地域卸問屋がサプライ・チェ ーンのなかで大きな力を持ち,新たな製品開発についても主導的な役割を果たした。 吉川は産業集積内のコーディネート機能を有する企業,あるいはコーディネート機能 を有する企業の育成の必要性を主張している。 本稿ではR社の主製品変更に伴う,サプライ・チェーンの変化を見ることからR社 のサプライ・チェーン形成に実はサプライヤーの一員であるM工業が重要なコーディ ネート機能を果たしたことが判明した。R社がマグカップの製造からタイルへ主製品 を変更する際にM工業がすでに形成していたタイルのサプライ・チェーンの多くの部 分をそのままR社へ紹介し,R社は取引コストを削減し,短期間にタイルという新し い製品のサプライ・チェーンを形成した。M工業のタイルへの進出は,M工業自体の 加熱,焼成テクノロジーの試験から派生した事業であると思われる。M工業は自社の 企業ドメインから派生した事業を抱えつつ,M工業の一貫生産のシステムの良さを伝 える連携先としてR社を選んだと考えられる。R社とM工業の形態の連携は,両社に とってのwin-win型の連携である。

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次に,先行研究であげた藤本・河口(2010)の4つの仮説について,R社が属する 東濃地域の陶磁器産業集積について検討する。R社の属する東濃地域は,伝統的なわ が国有数の陶磁器産地である。 仮説1の制約的条件が,潜在的順機能として窯元たちに優位性を生み出す環境耐性 を付与したかという点については,R社の事例では仮説の立証となる事実は見出せな かった。 仮説2の集団多様性による規範的同調圧力が弱く,斉一性の圧力が強まりにくいた め,集団で抑制されにくく,俊敏で進取的な行動がおこりやすい。R社での調査によ り,東濃地域においてはこの仮説を立証する事実が存在した。R社が,マグカップを 製造する際に,製品自体がコモディティ商品であったため,製法や工程等で知的財産 を守った例はほとんどなかった。また,R社のマグカップが全盛であった時期くらい まではこの地域では製品が模倣されることについてあまり企業自体も敏感ではなかっ たという事実を聴取した。このことは,大量生産の確立時期までは,各社の個別利益 よりも産業集積から得られる利益の方を地域自体の企業が志向していたことによるの かも知れない。また,この地域が,大量生産向けコモディティ製品と高度の芸術性を 求める美術品としての陶磁器の生産が並存していたことに関係があるようにも思われ る。高度な芸術性を模倣することはきわめて困難である。大量生産のコモディティ製 品といっても,原料や製法を見抜く能力を窯元は有していたと思われる。極めて高度 な水準での模倣の規制が求められる場合を除き,それ以外の範囲においては極めて自 由に活動が認められた可能性が強いと思われる。 仮設3は窯元を取り巻く困難な状況は,多様性の高い集団の秩序を保つという仮説 に読みかえることができる。この仮説については,陶磁器産地である東濃地域は,各 製造段階で早い時期から分業体制が確立しており,各業種別組合が加入企業のために 連絡を取り合うという事実があった。組合が品質維持,管理モラルの維持等で加入企 業の指導を実施してきた。 仮説4については技術の発達を支えるタイル製造業関係者の情報共有行動は,彼ら が取り巻く社会的環境の影響を受けている。R社のマグカップからタイルへの主製品 の変更によるサプライ・チェーンの再構築は,既述したようにM工業のコーディネー ト機能によるところが大きい。R社とM工業の連携は,M工業への貢献のみならず, R社を取り巻くサプライ・チェーン各社への貢献も考えられる。

参考理論研究であるDIERICKX AND COOL(1989)からは以下のことが考えられ る。経営者は,製品市場の組み合わせよりも資産の束に企業の競争上のポジションの 中心がある点を悟りにくいと警告を発しているが,R社の場合は,模倣されにくい資 産の束を重視していたといえる。また,信頼と卓越した情報により主製品の変化を成 し遂げたといえる。R社の場合の信頼の形成は,徳利やマグカップを主製品として製

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造していた時に形成されたものであると思われる。R社がマグカップからタイルに主 製品を変更した際に生じるはずであった時間圧縮の不経済は,M社のバックアップに より回避されたと考えられる。M工業のタイル製造の時間軸をうまくR社へ移行させ ることができた結果だと考えることができる。但しこの時間軸の移行は,R社の企業 内部能力があってこそ初めて可能になったものである。このような好ましい初期の資 産ストックの移行は,資産ストックに追加された増量分がそのストックを高いレベル にすることによって「成功が成功を生みだし」R社の第二創業ともいうべきタイル製 造での成功をもたらしたのである。資産ストックの相互関連性については,M工業の 研究開発の技術の提供により,R社自体もR社独自の研究開発を展開することにつな がり,また産地という産業集積の外部性が他のサプライヤーとの相互関係を促進する 場として機能したといえる。資産の弱体化についてもR社は資産ストックについてメ ンテナンスを実施していた。また,消費者のブランドの人気の変化についても販売先 のα社のブランド力を頼りにOEM生産を中心に行っていたが,時間が経つとともに 自社ブランド政策を展開し,販売先の多様化を図っている。因果関係不明性について も特別な資産ストックが相互に関連し,その関係を特定することができず,コント ロールできないことから生じている。R社にとってもこのことは当てはまる。 8.まとめ 本稿では,R社の主製品変更の際になぜ短期間でサプライ・チェーンを形成するこ とができたのかという疑問からサプライ・チェーンの変化を検討した。結論としては, 産地という産業集積内で形成した卓越した情報と信頼を構築することに成功した結 果,M工業というR社自体のサプライヤーからの全面的支援を得ることができ,また, その支援を活かせるR社の内部経営能力があったから,短期間のサプライ・チェーン 形成ができたことが判明した。創業時にはM工業はコーディネート機能を果たしたと 考えられる。R社とM工業は主製品の変更以降もwin-win 型の企業間連携を形成して 現在に至っている。 今後の課題としては,産業集積内での活性化のためにはどのようなコーディネート 機能が必要とされるのか,どのような条件下であればコーディネート機能が有効に作 用し地域の活性化に寄与するのかを解明することが残されている。

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1) イタリアの産業集積では,クラフト的な技術と柔軟な設備の組み合わせによる絶えざる市 場変化に対応する生産体制があり,イタリアモデルといわれている。詳細は,拙稿「中小 企業の新連携についての研究」『経営情報学部論集』中部大学経営情報学部 第21巻 第 1・2号pp.15−16を参照のこと 2) 本格的な施釉敷瓦は,定光寺の尾張初代藩主徳川義直の廟(源敬公廟)で使用されたもの であり,瀬戸の本業敷瓦の嚆矢である。 参考文献

BARNEY, J., (1986) “Strategic Factor Markets: Expectations, Luck, and Business Strategy,”

Management Sci., pp.1231−1241

DIERICKX, I., COOL, K. (1989) “Asset Stock Accumulation and Sustainability of Competitive

Advantage”, MANAGEMENT SCIENCE, Vol.35, No.16 pp.1504−1511

橋本寿朗(1997)「「日本型産業集積」の再生の方向性」清成忠男 橋本寿朗『日本型産業集積の 未来像』日本経済新聞社 pp.159−198 藤本昌代・河口充勇(2010)『産業集積地の継続と革新―京都伏見酒造業への社会学的接近』文 真堂 株式会社INAX(1991)『日本のタイル工業史』株式会社INAX 伊丹敬之(1998)「産業集積の意義と理論」伊丹敬之+松島茂+橘川武郎『産業集積の本質』有 斐閣 pp.1−48 橘川武郎(2001)「日本における産業集積研究の到達点と方向性―経営史的アプローチの重要性」 経営史学 Vol.36,No.3 経営史学会 pp.102−111 森岡孝文(2003)「地域工業集積の活性化についての考察―工業集積モデルの分類と提案とネッ トワーク視点を考慮した産業クラスターの検討―」地域活性化ジャーナル第9号 新潟経 営大学地域活性化研究所 pp.15−25 森岡孝文(2005)「ミニクラスター形成の考察―ミニクラスター形成のための理論と提言―」地 域活性化ジャーナル第11号 新潟経営大学地域活性化研究所 pp.37−47 森岡孝文(2009)「ツーサイド・プラットフォーム理論の適用による地域中小企業間連携の分析 フレームワークの検討」産業経済研究所紀要 中部大学産業経済研究所 pp.43-60 森岡孝文(2010)「経済性概念の再整理」経営情報学部論集第24号1.2号 中部大学経営情報学部 pp.165-179 森岡孝文(2010)「製品変遷による産地企業の持続発展―立風製陶株式会社の事例」産業経済研 究所紀要 第20号 中部大学産業経済研究所 pp.35−48

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根来龍之・森岡孝文(1999)「「企業間連携の経済性概念」の吟味」経営情報学会1999年春季全国 研究発表大会予稿集 pp.207−210 根来龍之・森岡孝文(2001)「4つの企業間連携:メリットとリスクの検討」日本経営システム 学会誌 Vol.18,No1. September pp.25−34 岡本義行(1997)「知識集約型産業分析の比較分析」 清成忠男 橋本寿朗『日本型産業集積の 未来像』日本経済新聞社 pp.120−158 世界のタイル博物館編(2000)『世界のタイル・日本のタイル』INAX出版 pp.67−99 世界のタイル博物館編(2007)『世界の装飾タイル』青幻舎 pp.219−255 山本健皃(2005) 『産業集積の経済地理学』法政大学出版局 吉川智教(2003)「産業クラスターの持続性と新産業創出のメカニズム」ベンチャーズ・レビュ ーNo.4 日本ベンチャー学会誌 pp.47-56

参照

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