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挑戦する常識 : アン・ブロンテのヒロイン像

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(2) いていた。. 挑戦する常識. 現在の私達には、そのような固定観念を抱いたシャ-ロットの目を 通してしか、アンの姿を見ることができないのである。彼女の手紙も ン・L. ほとんど残っておらず、手がかりにはとうていな.り難い。こうして、 .シ. バ. なものと不合理なもの、生と死'愛と憎しみ、善と悪といった二律背. 三二. の人間観を打ち壊し、変質させるような力を持った人物でほないo. それでは、アンの世界にほ堅固な現実が存在するのか。ジュイン・. エアやル-シ-・スノウの生き方に匹敵する、あるいほ勝るリアリテ ィを持った人生を生きる人物が存在するのか。この点についてほ、ア. ンは二人の姉達に引けを取らない。たとえば特にシャ-ロットとエ-. リ-の欠点とされている、現実社会に生きる男性像の説得力ある描写. については、アンの方が勝っていると言えよう.いかにも現実に生き. ていそうな人物、読者が日常生活で出会いそうな人物ほ、ヒ-スクリ. フやロチェスタ-やドクタ-∴ノヨンではな-、ウェストン氏やギル. メ-ト・マ-カムの方だろう。そのことは、ハンティングドン氏のよ. うな人物についてさえあてほまる。. アンの世界の現実性ほ、その主題においても現われている。彼女の. 二つの小説ほ英文学に現われた女性像を考える上で、見のがすことの. できない幾つかの要素を含んでいる。特に結磨に至るまでの男性の選. た世界でもない。とは言え、もちろん対立ほある。たとえば『ワイル ドフェル・ホ-ルの住人≠山 の中のハンティングドンのような、おぞま. であり、現世的である。アンほ後にも述べるが、彼女の作品の重要な. ン・オ-ステインより主題の点でさらに複雑さを増し、ずっと現実的. を置いて. 魅力のひとつである「率直さ」をもって、女性の廟放の問題を正面か riと≡ヤ-リ-」一の間に. ら扱ったのである。シャ-ロットの『教授=.I. 『アグネス・グレイLI_iti. トに引けを取らない作家であることが理解できるだろう。. Tワイルドフェル・ホールの住人(I.A:j. 特に後者は、ジョ-ジ・ムアの指摘でほ、シャ-ロットの『ゲィレッ トLに登場するジネヴラ・ファンショ-嬢そっ-りである。つまり、. 見れば、アンという作家が、この方面においては、決してシャーロッ. は誰もいないだろう。アンの人物は、現実世界に多数存在するその種 の人間の代表であって、姉達の創り出した人物のような、読者の既成. と 二. しかし、人物創造の深さにおいて、ロザリ-をジネゲラの上に置-人. シャ-ロッ-は明らかに剖巧の罪を犯しているとムアは断言する(6)。. ス・グレイ』のロザリ-・マ-のような善良なコケットも登場する。. しいエゴイズムと自由な享楽的気分を同時に持った人物も、『アグネ. 方、女性と職業などの問題では、アン・ブロソテは先輩格のジュイ. 反的な対比を(シャ-ロットの世界のように)深刻に抱え込んだ世界. ヽ. び方、結婿生活、そして、1度結婿に失敗した女性のその窮地の脱し. l. でもなければ、(エ-リ-の世界のように)それらの対照を突き抜け. ヽ. ことはアンの意にそわないだろうが)、彼女の世界は現実と幻、合理的. ろうか。まず第一に気付-ことは、姉達の世界に比べて(比較される. 見事に共存している。その観点から妹のアンの小説を見るとどうであ. は無い物ねだりされる人の不利を甘受しなければなるまい。シャ一口 ッ-とエ--1の措く創造世界にほ、不合理なものと現実的なものが、. シャーPッ-とエ-リ-の影の下におかれて評緬されるなら、アン. が定着して行った。. 二人の姉達の強烈な個性の影に隠れた「おとなしい」アンという像(三. ュ.

(3) ジョ-ジ.ムアほ『イ-ブリ-街での談話』の中で、それまで忘れ 去られていたアン・プロソテの価値を再発見した自分の鑑識眼を誇っ ているが、その彼が『アグネス・グレイ」一によせて述べた次の印象ほ. 境に陥った時、断固たる決意で自分達の幸せな生活を守ろうとする努. 力となって現われる。父親ほ地主として、世間の常識に立って、自分. の階級と地位、親戚関係までも妃めた娘を勘当同然にしてしまうが、. 読者ほもちろんアグネスと同様に母親の方に味方するだろう。こうし. て、ひとつの常識が他の常識に打ち勝ち、穏やかな挑戦者の意志が世. 冒頭で決定付けてしまう。それはまたアン∵フロンテの単純な作品世 界の基調でもある。. 地主の娘と牧師の結婚は、激しい情念や、親と娘の愛憎といった深. みで展開するのでほない。姉のシャ-ロッ-ち(出版の遅れた)処女. 作『教授』の中で、似たような結婿に至る男女の姿を措いているが、. こちらの方がずっと強烈で、階級や国籍を越えたアナーキ-な世界に. なっている。それに対して、アンの場合は'ケンブリッジ出の青年の. 精神の喪失状態もなければ'ブリュッセルの異国趣味もない。ひとり. の聡明な娘が外見上の幸せではなしに、自己の心から求める結婚の幸. せを選んだのであり、それは健全な精神の、極めて合理的な決意とし. て表わされる。しかも'母親の常識ほ世間の悪習や因襲に対して挑戦. 者の様相を帯びる。さて、夫の死後'一家が生活の糧と家を失って(当. 理由を付けて父親のもとへ帰ることも、ひとつの立派な常識と言わな. 入れる方にとっても妥協である。そして、少し目をつむって、様々の. である。この渡りに船の申し出ほ、それを申し出る方にとっても受け. 認めるなら、許しもしようし、財産も分けてやろう、と言って来たの. 裏切らない。その時、彼女の父親はもしお前の結婿ほ間違っていたと. 機を絶えず予測していた)路頭に迷った時にも、母親ほ自分の信念を. 時の貧しい牧師の家族の一般的な運命であり、ブロソテ姉妹もこの危. ■_. 重要である。「『アグネス・グレイ』という作品はモス-ンの衣装のよ ジェント. 間の理不尽に刃向かうことになり、この作品のト-ンをその第1章の. l. うに単純で美しい散文の物語だ。-複雑な物語より単純な物語を書方が難しいことを今さら思い起こす必要もないだろう。へ7)」 ル・アンの小説世界を支配するものは常識、健全な現実主義と率直な. 精神に裏打ちされた常識の勝利である。彼女はそれをモスリンのよう な単純な物語に仕立て上げ、単純であるが故に、そこに織り込まれた いかなる小さな不正も的確に見る老の目を射てしまう。 その上'アンの世界の常識ほ当時の世間一般の風潮や因襲に対して ほ挑戦的な局面を見せもする。そして、厳しく妥協のない自己主張を する。その時、表現の上では矛盾するかもしれないが、常識が別の常. テの小説の物語としての美しさの秘密でもある。. 識に対立するのである。この対立から生ずる緊張こそ、アン・ブロソ. ひとつの例をあげよう。『アグネス・グレイ』の中で、ヒロインの ングランド北部の慎ましい収入の牧師を夫に選んだヒロインの母親は、. 両親は親の許しを得ずに、自らの意志によって結婚している。特にイ. 地主の娘としての物質的、社会的な幸福を自ら選んで捨て去らなけれ ばならない(8)。この結熔がもとで、彼女は父と対立し、「馬車も、侍女. も、その他裕福な生活にょって与えられるあらゆる賛沢と優雅さ(9)」 を捨て去るのだ。彼女はそういう物質的なものを否定しはしない。あ るに越したことほない、と常識的に思う。しかし、そういう物のため に,自分の気持を裏切ることを母親の常識はいさぎよしとしないのだ。 彼女の選択には穏やかな中にも心の強固さがある。その強靭さが、逆 挑戦する常識. l. 三三.

(4) ければならない.しかし、アグネスの母親ほもう'i方の選択をし、自. 戦的な気力すらある.そして、こうした挑戦者の自信のほどを裏書き. 現実を見据えて、その現実を必要とあれば否定しょうとするような挑. 挑戦する常識. 分と娘達の世界を守ろうとする。娘達の健康な精神は母の生き方を認. するかのように、彼女は小説の世界に教訓的要素を臆面もな-導入し. t〟t. 「大胆. オ-ダシ. ける作者の意図は次のようなものであった。. 「最初の現実主義的女流作家」. 教訓性と娯楽性の・問題を検討しておこう。『アグネス・グレイ』にお. 混在を見ることができる。話をそこまでもって行-前に、もう少し、. ほ意外に過激である。そこにジェントル・アンと挑戦者アンの奇妙な. にすぎない。しかし、この二つの武器を駆使して主張するアンの主題. 時から見られたもので、アン・ブロソテほその伝統の上に立っている. 教訓性と娯楽性の共存という考え方は、小説という文学形式の発生. を読者の前にさらして、読者が自ら学ぶことを目指すのである(14)L7. 血肉化にある。言いかえるならば、教えようとするのでほな-、真実. ソに行き着-のだ。つまり、アンの作品の語りの方法は教訓的要素の. ていないことに気付き、その理由を訪ねて再びジェイン・オ-ステイ. うか。この問題を考える時、私達ほアノンの小説が少しも道徳臭を帯び. と評する人もいる(ほ)Oそれでほ娯楽性ほどこに発揮されているのだろ. と行為に明確に現われており、彼女を. は、ロザリ-・マリとア-サ-・ハンティングドンの性格. 者にモラル上のショックを与えることを目指す。そのようなアンの. るような「悪徳」や「悪徳漠」をありのままに措-ことによって、読. を求めたのであった(〉 -2)oしかも、彼女ほ読者にとって目を背けた-な. に、彼女は自作に娯楽性と「真実を語ること」から生ずる教訓的効用. イルドフェル・ホ-ルの住人』の第二版の序文の中で言っているよう. アンは姉達に比べて、明確に現実の一般読者に月を向けていた。『ワ. め'裕福な祖父の世界から永遠に切れてしまう。彼ほ遺言においても、 この1家を許そうとせず、遺産を別の親戚に残すのであるO. こうした常識の人生観がアンの主人公の人生を支えている。アグネ スにせよ、ウェス-ン氏にせよ、また、=一ワイルドフェル・ホ-ルの 住人』のギルバ--・マ-カムやヘレンにせよ、皆、アグネスの母親 から生れた子供であると言っていいだろう。彼らの常識ほ世間のその 、プル-ムフィ-ル. 。しか. さ」ティ. 外の人々の生き方を計る試金石となり、Pザ--. ド家の人々、ア-サ-・ハンティングドンと彼の友人の放蕩者達とい うような人物が批判の対象となる。私達は時にはアグネス達の一本気 な正義感に不満を感じたり、物足らなさを抱-。しかし、これが「可. 愛らし-、控え目で」優し-、敬度で、繊細で、受身的な(-o)」アン・ プロソテの世界なのだ。 アン・ブロソテの世界ほその堅固さの質においてジェイン・オース テインの世界とも異なる。彼女の初期の批評家達ほ彼女のことを「ジ エイン・オ-ステイソの粗雑な模倣老(u)」として判断していた. し、作品の素材において、二人は決定的な違いを見せている。オ-ス テインの世界はカン--ージェントルマンの隠然たる伝統の上に乗っ た、いわば社会的、経済的にエ---達の世界である。オ-ステイソ の人物は家庭教師の屈辱的な境遇にも陥ることはないし、階級を越え た結婿などという愚は犯さない。これに反して、アンの世界は、悪し. き世間の気分次第で、たちまち物質生活の基盤を脅かされかねない人 々の世界である。彼らの支えほただ自分達の魂の要請、自我の曇りな い判断力と独立心だけである。しかも、彼女の人物達の生き方にほ、. た。 二T.

(5) すべての真実の物語にほ教訓が含まれている。もっとも'ある場 合にほ、その宝物は見つけ難-、見つかっても量的に微々たるもの なので、わざわざ苦労して実を割ってまでして、干カ、らびて敏にな ったその種を手に入れたいという気持にはならないだろう。私の物. この物語がある読者には有益であり、別の読者にほおもしろい読物. 語がこ秒例にあてはまるか否かほ、私の判断する所ではない。ただ、. となるかもしれないと、時々考えるのだ。あとは世間がひとりで判. 断して下さって1向さしつかえない。(〓-ジ) 作品の冒頭に掲げられたこの数行は、表面的にほひどく控え目な調 子であるが、実はいきなり書き出しの所から並々ならぬ自信のほどが 溢れ出ていることも読み取れる。そして、この数行にアン・ブロソテ の常識の世界のすべてがある。どう読んでくれてもいい、と言いなが ら、実際には、読めば必ずためになる、と言いたげなのである。でほ、. 挑戦的な態度をヒロインの未熟な社会経験という喜劇的衣の内に隠し. の常識に対する反抗という攻撃的な態度である。しかも、アンはその. ではないか、と思わせる所がある。それほとりもなおさず社会の既成. 書き出しとほ反する、何かもっと深刻な決意のようなものがあったの. しかし'ここまで行-と、アン・ブロソテの意図には先の控え目な. いうことになろうか。. なったロザ--が不幸な結婿生活に苦しむ、という結末の持つ教訓と. く'聡明なアグネスがウェストンと幸せな結婿を遂げて'-虚栄の虜と. て来たとおりである。また、この作品に即して言うならば、憐しみ深. どのようにためになるのか。これほ先にアグネスの母親の生き方で見. I. てしまう(-5)。こうして、初めて広い世間へ出て釆たアグネスの未熟で 挑戦する常識. はあるが妥協のない目を通して、裕福な階級の人々の様々な愚かしさ、. 「教養小説」. のジャンルに入る. 偽善、虚栄、打算、無知などの歪んだ面が写し出される。この作品ほ. アグネスの体験と成長を前面に出せば. 実はアグネスほもとの状態(母. に帰るのであ-、成長ほあってもアグネスの人生観が変わ. とも言えるが(16)、後で触れるように」 親の世界). る所までは突き進まない。この作品には、それ以上に、家庭教師の実. のヘレンほどうであろう。彼女. 態、∨子償の教育、女性のコケットリ-と虚栄といった具体的な問題の 研究という重要な要素がある。. 『ワイルドフェル・ホ-ルの住人』. の思い描いた理想の結婚生活の夢は、いわゆる貴族的な放蕩老の怠惰. で他人を人とも思わぬ無慈悲な享楽主義によって、幻滅に終る。彼女. ほ自分の不幸な身の上を驚-ほどの冷静さで体験しっつ、社会的悪徳. (飲酒、夷廟問の不平等、姦通など)と人間性の堕落状態に批判の目. を向ける。だが、アグネスもヘレンもこうした悪に対して我が身の潔. 白を守ることのみに言動を限るのである。再び、彼ららしい常識の態. 度が姿を現わす。次の引用文を見てみょう。. しばしば'これ以上の気持のいい仕事が手近かにない時には、マ. リ家の令嬢達は父の所有地に住む貧しい小屋住いの農夫達を訪れて. は、気晴らしをした。そこへ行けば、彼らからお世辞めいた尊敬も. 得られるし、おしゃべりな老婆の話す昔話やら噂話やらも聞けるの. しては気軽るに与えた折々の贈り物がありがたがって押し抱かれた. だった。あるいは、自分達が陽気にそこに居てやったり、こちらと. りすることで、貧しい人達が幸せなのを見て、もっと純粋な喜びを. 味わうこと射出来るというものだった。時々、私もそういう訪問に. 三五. l.

(6) 挑戦する常識. 令嬢達のどちらかからか両方からお伴をするように顧まれた。そし て'時にほ、彼らが安受け合いはするが中々実行しないこの訪問の 約束を果たしに、私一人で代りに出向いて行-ことを要求されるこ ともあったのである。(i(J.アグネス・グレイ]i七九ペ-ジ). ここにほ一介の雇われ人にすぎない家庭教師であるアグネスの苦々 しい思いがある。しかし、その苦々しさを被うように、実に的確で厳 格な批判精神が働いている。いや、ユ-モアとも言えるゆとりすら読 者には感じられるのだ。この種のユ-モアほアンの二つの作品中随所 に見られるものであり、シャ-ロットやエミリ-の作品では決して見 られないものLPある。マリ家の娘達の愚かさが、見た所何の非難めい た言葉も使われていないこの語りの中に、実は全-妥協を許さぬ目で 見られ、完膚なきまでに弾劾されている。こうした箇所を読む限りで ほ、アン・ブロソテとジュイン・オ-ステインの批判精神の共通点を. 見つけることはそう難しいことでほない。アンほ干、、リ-と異なって 常に地上の生にこだわるが、シャ-ロットのように時々悪意と復讐心. を持ってその垂を見ることはしなかったのである。. アグネスほまさに母親の子供である。彼女の楽天主義ほ、自己の魂. 検討することにする。. いう局面において現われている。まず前者の局面をアグネスについて. について述べて行こう。それほ二人のヒロインの内的な成長と結婿と. それでほ作品の中で具体的にどのように現われているのか、その問題. 今まで述べて来たアン・プロソテの常識の力と教訓的な説得力が、. 三. に溢れている。. 家庭教師になることは何と嬉しい事だろう-. フィールド家では、家庭教師は金を与えれば子供をこちらの思う通り. の前で様々の試練に出会う。何事につけ粗野で成金趣味的なプル-ム. 若い娘のこの楽天主義ほ、まず、ブルームフィ-ルド家という現実. んなにすばらしいことか。(九ペ-ジ). ど役立たずの考えなしではないことを分らせることができたら、ど. 見せてやれたら、母さんや姉さんに、私だって二人が思っているほ. こともできるのだ。父さんに、この小さなアグネスに何ができるか. という負い目から逃れられるだけでな-、両親や姉を慰め、助ける. だ、私の未知の力を試し、自活の糧を得ること、衣食を与えられる. まだ使われたことのない自分の能力を試してみることなのだ。そう. 行くことの喜びなのだ。新しい生活に乗り出し、自分一人で行動し、. それほ世間に出て. の心配と言うより'初めて世間に出て行こうとする娘の若々しい気慨. 家庭教師の職を得る。しかし、その時の彼女の気持ほ切羽詰った家計. 切って(その反対理由を彼女は後に痛烈に理解することになるのだが)、. も一般的なものが家庭教師である。アグネスもまた母親の反対を押し. 得て役に立ちたいと思う。当時の牧師の娘に開かれた職業として、最 ガザアネス. 絵を書いて1家の生計に役立っているのを知ると、自分も何か仕事を. を知らぬアグネスには貧乏など少しも恐ろし-なかった。彼女ほ姉が. 世界を支えている。父親の投資の失敗で一家が苦境に陥った時、世間. ら生れ、これがこの作品の「モス-ンの衣装のような単純で美しい」. の欲求の前には外界での苦労など何とも思わない母親の一途な性格か. 三六.

(7) 庭教師という職業の屈辱的な実態を、何らお上品な粉飾もほどこされ. うまく仕付けてくれる使用人にすぎない。この家庭で、アグネスほ家. 思っていた。(四五ページ). ベての困難は乗り越えられ、最後には勝利が得られることになると. ることもなく、突き付けられる。この作品の二年後に出版された『シ. 彼女ほ失敗にめげず再び家庭教師の職を得る。次のマリ家において、. アグネスほロザ--やウェストン民らとの交流を通して、より深い人. ヤ-リ-』という作品の中で、シャーロットは女性の経済的独立とい う問題をさらに綿密に扱うことになる。作中で、キャpライ/に母親. 生の経験に踏み込んで行くが、それについては後の節で述べることに. 白ほ、いかにもシャ-ロットの措-人物から出た言葉らし-、屈辱感. われるのだ。人生の大半を家庭教師として過したプライア-夫人の告. て得られる内的自己の世界を、社会において発揮することができる現. グスの真の意味での自我の確立がある。しかも、彼女ほそのようにし. の資質に誇りを抱-女性へと発展して行-ことである。そこに、アネ. ら出発し、現実社会での障害に突き当たるごとに、次第に内面的自己. グネスの人格的な成長が物質的な意味での独立(職業)、自立の意志か. しょう。ただ、ここでほ次のことだけを付け加えてお-。それは、ア. のプライア-夫人が語る家庭教師についての苦汁に満ちた体験談は確 かに迫力がある(捕)。雇い主の側の男達ほ家庭教師を「女として見るこ とをタブ-視」し、女性としての通常の権利さえ認めようとしない。. と憤滞心と恨みに満ちている。しかし、アンはこれより先にこの問題を. 実的な支えとして、職業を重視するのである。アグネスという人物の. 婦人連ほ彼女を「退屈な人間」とみなし、同じ使用人遠からも忌み嫌. 取り上げ、その細かな研究を十八才の果敢な娘の試練のひとつとして. 新しさはこの二つのものの結合にある。ただし'彼女ほあくまでも職. だ。それは男性を見る識別限のみを頼りにして、将来を切り開いて行. そ、叔母、マックスウェル夫人の結婚についての警告が意味を持つの. なわち、外界にはほとんど支えを持たない女性なのである。だからこ. かった。母をな-し、父から離れて、叔母の家で育てられている。す. ったであろう。しかし'彼女の出発点も必ずしも安定したものではな. うな男性と最初から知り合っていたならば'何の波潤もない人生を送. し結婚のL相手さえあやまらねは、つまり、ギルバ-ト・マ-カムのよ. らない契機を持っていた訳ではない。彼女ほ恵まれた家柄に育ち、も. アグネスの場合と異なり、ヘレンは何ら社会的に独立しなけれはな. 的な意味での独立は結婚をもって終るのである。. 業を生涯に渡る永続的なものとしてほ考えていない。アグネスの社会. 描いたのである。 家庭教師という名称が単に噸りの意味しか含んでいないことをアグ ネスは知る。両親、親戚の者共がよってたかって子供を甘やかし、勝 手放題、気ままに育てている。しかも、彼らはアグネスに子供が良く ならない原田を押し付ける。アグネスの武器ほただ「忍耐、断固たる. 態度、我慢」だけである。そして、解雇。その理由ほ、アグネスの家 庭教師としての実があがらなかったことであった。しかし、彼女は次 のような自負に基づ-楽天主義を忘れてほいない。. ゆるぎない断固たる態度、献身的な勤勉さ、衰えることない我慢、 止むことのない心使い、それらこそまさに私が秘かに誇りにしてい. た自分の資質であった。そして'それらの資質にょって、やがてす 挑戦する常識. 三七.

(8) 挑戦する常識. 詳しい内容についてほ後の. かねばならない当時の多数の女性の遠命にかカ、わるO マックスウェル夫人の警告とは何か?. 友人の結婿に対して、次のような批判の矢を向ける。「可愛いそうに ミリセン-ほ、この間違った考えにとりつかれた母親の策謀の犠牲に. どから、アンの兄でシャ-ロットの弟のブランウェルがモデルである. と言われている。この人物の悪徳ぶりはすさまじく'そのために、シ. セルフ・インゲルジャンス. ま」という言葉で表現されるエゴイ. ズムである。彼ほ自分の満足のためには他人の人生など全-捨てて顧. -サ1の最大の欠点は「気. ヤ-ロットは弟のことを考えてひどくこの作品を嫌悪した(-. 7)。そのア. 夫の欠点の認識過程ほとりもなおさず自分の判断力、人を見る目の. 条件作りに注がれる。. 自己の人格を守るための戦い、そして'結婚生活からの脱出のための. をいさぎよしとしない。結婿後のヘレンの生活ほ、真の欠点の認識、. 従するのに対して、ヘレンほ決して己れの人格的独立を犯されること. 違ってしまう。・-リセン-が当時の常識に従って屈辱を押し殺し、忍. るが、その後の二人の人生ほ、出発点における違いのように、大きく. 共に不幸な結婚生活を味わうことになるヘレンと、、、リセソトでほあ. なってしまったのだo」.(二四四ペ㌧シ) 節に譲るとして'これはまず何よりも健全な常識に基づ-璽1ロである〔' しかし,その常識がヘレンの個人的な感情と衝突する。そして、この 平凡ではあるが普遍的でもある対立からヘレンの人生のドラマが始ま ることになる。叔母の常識はボアラム氏という中年の男性を姪の真に 選び、姪の方は十八才の娘の正直な感情にそって断るのだ。人間的に ほ嫌いではないが'四十才でほ年令が違いすぎる。趣味と感じ方が違 う。目付き、声、態度が不愉快、等々がその理由であり、このように 感じてしまう男性を夫にすることはできないと言い切るのほ、ある意. 気軽な気特になれる。伸び伸びとした、ゆったりした気分になれると. の理由も再び感覚的なものだった。ア-サーと一緒にいると自由な、. ンテ-ングドンというとんでもない男性を夫に選んでしまうのだ。そ. 未熟さの認識過程に外ならない。ア-サ-という人物はその飲酒癖な レンの性格をよ-表わしていると言えよう。その彼女がア-サ-∴. 味では、自己の内面に忠実な、あまり社会的条件に振り回されないヘ. 三人. 結婚観に従って、財産と地位目当ての結婚をする。ヘレンはそうした. 異なっている。-リセン-は自己の結婚観に反して、母親の打算的な. 自己の内的な尊厳である。裏切られ、無視されるのであれば、妻とし. ての存在意義がどこにあるのか。彼女は最初のうちほ結婿生活におい. て夫と同等の妻としての価値を主張し、守ろうとする。その行為がい. ちいちア-サ-には苛立ちの原因となるのだ.彼は友人ハタ-スリ・''-クネス. いるが、ヘレンは決してそれに甘んじょうとしない。. 夫に干渉せず'放って置かれても不平を言わない妻を彼は理想として. の妻、--セントを引き合いに出して、彼女の「従順さ」をうらやむ。 こうした能菱は、親友の-リセント∴-グレイブの態度とは明確に. 出会うことになる社会に挑戦するヘレンの片鱗が見えている。彼女の. 力に忠実であり、それに基づいて行動したのだ。そこには後に私達が. い。しかし、彼女ほ未熟ではあっても、ともか-も自己の感情と判断. このような選択の中に、ヘレンという女性の未熟さを見るのはたやす. みない。ヘレンが第一に夫のこのエゴイムズから守ろうとしたものほI り、彼女はその態度を「打算によらない愛情の証拠」主して評価する.. さらに、アーサーが自分に財産のないことを気にしていないのを知. 言うのである。. ま.

(9) やがて、夫とロウポロ-夫人、アナベルの関係を知ったヘレンは、 決定的に夫と決裂する。今や「我が最悪の敵」と化した夫から、彼女 は自分ばかりでなく子供を守る。息子に対する夫の飲酒癖などの影響 を恐れるのだ。こうして、ついに彼女は独立することを決意する。趣. アンーブロソテの理想が結実している。. 人は終着駅である理想的な結婚生活を得た後に、再び平凡で常識的な 女性へ戻って行-。ここに(. 彼女は「家庭」を愛し、シャ-ロット同様、結婚に対するロマンティ ックな夢を抱いていたのであLh@(-9し。それではアグネスとへレ.ンはどの. ようにして、理想の家庭を手に入れたのであろうか。 味としていた絵の技術を磨いて'それによって生計空止てようとする のである。そのために、彼女は夫の目を逃れて図書室にこもり、絵の 修業に専念する。 脱出を試みたヘレンは、兄のフレデ-ック・ロレンスの援助を得て、 画家として自立しながら、グレアム夫人と名前を変えて、ワイルドフ エル・ホ-ル、の借家人となる。夫は彼女から息子を奪い返そうと捜索 するが、彼女は巧みに身を隠す。以上がギルバ-ト・マ-カムを知る 前のヘレンの経歴である。結論的に言えば、ハンティングドンの病死 で、ヘレンは自由の身になり、ギルバ--と結解することになるが、 ヘレンの女性としての生き方の重要な点は、誤った結婿を清算し、人 生をやり直そうとしたことであろう。この再出発の決意と実行こそ' 当時の女性達の生き方としては異例であり、男性の抱-妻の常識的観 念に反するものであった。メイ・シンクレアが指摘しているように、 あのサッカレ-ですら、世間の口うるさい婦人連の手前、「夫に対す るハンティングドン夫人の最後通牒を記すことほためらったであろ う。(18)」私達は他方に-リセソトやロザ--の挫折した結婚生活の実. 態をも示される。彼らは共に未熟な娘として、あるいほ親のすすめセ 誤った結婚をし、.その失敗に気付きつつ、それを打ち破らない。 今まで述べて釆たようなアグネスとヘレンの社会的な独立、自立と. 繰り返しになるが、アン・ブロソテの小説のテ-マは究極的忙ほ結. 婿である。その主題ほ『アグネス・グレイ』においては、ヒロインの. 結婿に至る過程、理想的な相手を点っける過程が中心で、ジェイン・. になると、外枠は男女の結婿に至るまで. オ-ステインの作品世界に近似したものになっている。これが『ワイ ルドフェル・ホ-ルの住人』. の過程であるが、ヒロインの日記の部分(全体で五十三章のうち、十. 六葺から四十四章までを占める)において、結婿生活の失敗と再出発. 、ハンティングドン、ギ. への努力が中心問題になっている。そこでこの節では'.アグネスとヘ. レンの結婿のテ-マを中心にして'ロザ--. ルバ--についても言及して考えてみたい。. アグネスは結婿という問題に突き当たる前に重要な成長過程を踏ん. でいる。先に触れたように、ブル-ムフィ-ルド家の家庭教師として. の経験がそれである。いわば理想的な家庭に十八才まで育ったアグネ. スは、夫婦の関係や子供の教育を交えた家庭生活が、決してグレイ家. のようなものばかりではないことを知らされる。. 次のマリ家においても、事情は変らない。いや階級的にやや上にな. り、お上品になっただけ始末が悪い。先にも触れたように、貧しい小. 屋住いの農民に対する慈善行為にしても、それは偽善、気紛れ、自己. 1(lli<. いうものも、永久的なものではない。彼らの生活のための職業の選択 は、女性としての社会的自立の自覚に基づいたものとほ言えない。二 挑戦する常識. 四.

(10) 挑戦する常識. 満足、売名の行為にすぎない。そのようなマリ家の人々の問で屈辱的 な家庭教師の仕事を続けながら、アグネスはふと人生に不安を覚える。. 私は時々'今送っている生活のために自分自身がすっかり堕落し てしまっていることに気付いた。こんなにも多-の侮辱を耐え忍ば・ なければならないことを恥じた.そういうことばかりにこんなにも 悩まされている自分が馬鹿ではないかと思うことがあった。(六五 ;--・・ン'). ここにはプル-ムフィ-ルド家におけるただ楽天的なだけのアグネ. モラル・フォース. 「道徳的力」としての役割を果. 私達の慎ましい収入で、私達の必要を満たすのに十分です。若し. かった時に学んだ倹約の精神を発揮して、お金持のご近所の暮し振. りなど真似しょうとせず、私達ほやり-りしながら結構満足の行-. 安楽な生活を送っているばかりか、子供達のためにも将来に向けて. 貯えてやり、因っている人達にも幾らかは分けてやれるのです。. もうこれで、お話ししたいことは全部お話ししたと思います、)(一 八五ペ-ジ). アグネスの父ほ貧しい牧師の娘の結暗について'作品の冒頭で心配. に戻ったことになる。エドワ-ド・ウェストン. するが'今まで見て釆たように、アグネスは結婿を通して彼女が出発 したと同じ「我が家」. との結婿生活は、両親のそれに酷似している。. これに対して、何の不自由もな-有利な人生のスタ-トを切るロザ. リ-・マリは、どのような結婿をし、どのような結末を得るのだろう。. ニ.アグネス・グレイ』という作品ほ、特に後半においてロザリ-を巡. って大きな緊張とふ-らみを与えられることになる。その時、アグネ. スほ観察する目として一時的に後方に退く。ロザリ-という人物に、. 先に述べたウィリアム・ワイトマンの浮気ぶりやブランウェルを弄ん ロビンソン夫人のコケッ だ(と少くともプロソテ姉妹は思っていた) トリ-な影を見ることは可能である。伝記上の事実にほこれ以上立ち. 入らないが、ひとつの事実だけは加えておこう。それはア-サ-・ハ. る。彼女の直観はたがわず、その後様々の曲折はあるが、二人は最後. するに外の人のためになるように自分の喜びを犠牲にする」ことを知. すなわち「自己の欲望を控え、気性を抑えたり意志を制御したり、要. ンティングドンも加えて、アン・ブロソテにとって、このような人物、. には結解し'次のようなアグネスの語りで作品世界ほ完結する。. し、理解してくれる人と信じて、率直に自分の考えを話せる人」とな. たす(gi)。そして、アグネスにとっては、「心を開いて話せる人、共感. ておくとして、彼ほ作品中でひとつの. ンといA{青年をモデルにしていると言う.そのような伝記的事実はさ. ウエストソはアン\フロンテが秘かに愛したウィ-アム・ワイトマ. 振りかざさず、悩みを持つ一人l人の人間に心から人間的に接するウ エストンの姿を的確にアグネスに伝えるのだ。. フィールドが比較される形でアグネスの耳に入る。ナンシ-ほ教義を. とりナンシ-・ブラウンの話として、ウェストンと教区牧師のハット. いう牧師補の存在がアグネスの心を占めて行く。たとえば、貧民のひ. は中々現われない。そして、最初ほ噂話の形で、徐々にウェストンと. の娘の苦悩がある。こうしたアグネスの危境を何が救うのか。その兆. スとは異なった、自己の人生を深刻に見つめる成熟しっつある思春期. ..

(11) らない人物ほ、強烈に創作上の意欲を掻き立てたということである。. に完壁な洞察力と将来を決定する価値観を誰が期待できよう。すべて. 一生を過すしか通がないのか?. それがロザリ-の失敗を通して、作. できるのか。ーもし、それができないなら、女性ほ己れの,不運を嘆いて. 牟アグネスゐようにうま-ウェストンのような男性と結び付くことが ロザリ1はアトサ-の要牙であり、彼女は自分の容姿に自信を持ち、 己れの魅力でどんな男性でも自由に操れるという虚栄に酔っている。 たとえば、彼女は牧師のハッ-フィールドをその虚栄心を満足させる. [マックネウェル夫人という賢明な叔母がいる。それでも彼女ほ結. .(レシ薩ロザリ-と∨違って軽薄な虚栄心も持ち合わせていない。ま. 者が次の作品の-ヒロイン、ヘレンに残した問題である。 た・'・. ために弄ぶ。アグネスほロザリ-の無慈悲な虚栄心が秘かに慕うり主 ストン牧師補に向かうのを恐れる。ロザ--ほウェストソを美貌と恋. ヽ. めて常識的な徳目である。しかも、、十八才の娘にこのような冷静な人. た人、次に良識、社会的地位、そして、ある程度の財産。これらほ極. たら愛すること。男性を選ぶ暗鬼によりも重要な基準ほ、節操を持っ. らず、観察せよ。月と耳を供しみ、まず研究し、それから確信が持て. 注意と意志の弱さから、まやかしの愛の犠牲となり、誘惑に陥る。蘇. って、美貌は財産の次に最悪の男を引きつける最悪の魅力である。不. ・さて、-まずマックス・ウキル夫人の警告に耳を傾けよう。1般的に言. じくする当時の女性の人生の難しさがあった。. そこには結姫というもあの由難ざがあるのであり、ヘレンと境遇を同. あっ■たが、。、それをもってして、十八才の彼女を責めることほできない。. に忠実に従ったのであり、失敗の原困ほ彼女の人を見る目の未熟さに. 婿に央放す=る。その原因についてはすでに述べた。彼女は自己の感情. のテクニックに物窒11nわせて寵給しょうとする。これに対して、アグ ・FT(は自己の内面的な価値で対決するより外にない。ほたしてウェス. ヽ. トンはアグネスの真実の愛と内的価値を見出して'ロザリ-の虚栄を 見抜けるだろうか。この疑惑が作品の後半にある程度の緊張を与える。 ところが、ジェイン・オ-ステイソであったならもっとうまく使った であろうこのプロットを、作者はあっさりと捨て去って、ロザリ-を アシュビ-・パ-クのトマス卿と結婚させてしまう。 彼女の経婿ほまさし-彼女の虚栄心と価値観を満足させる理想的な ものであった。しかし'得意の絶頂から失意の奈落への.落下ほ、当然 の報いという形でやって来る。Pザリーの容貌ほ結婿生活の苦しみの 中で一変し、精神の活発さも、新鮮さも失われ、彼女ほ夫を憎むよう にすらなるのだ。トマス卿は妻は夫を喜ばすために存在するという自 説を振りかぎす。.彼女は後悔の気持を率直にアグネスに告げるが、彼. l. いる0それほロサリ-の個人的な悲劇として語られているのだ'iS、同 時に、. 挑戦する常識. 渡が洗奮サてしまうという結婿の実態の問題である。若い未経験の娘. 的な問題性も含まれているのである。それは、たった一度の失敗で生. I.アグ、軒スと町比較において、ロザ恥-の失敗にほある種の普遍. 四一. -スマ.スに控えた十月五日の月記に、ヘレンほすでに次のように記さ. ば蚤調されるように、善良な人間ふもしれ潅い。しかし、結婚式をク. ように、節操のないことである.彼は作品中でヘレンによってしばし. ア-サ-.ー∴ハンティングドンの欠点は、マックスウェル夫人の言う. すべきか。ヘレンは出発点において叔母の常識につまずいてしまう。 確か灯ロザ十-の結嬉の失敗は'彼女自身の性格的欠陥が原因して. 間観察ができようか。感情の上での好悪、尊敬などという要素はどう 女は「もう悔んでみてむ遅すぎ吾と言って、あきらめている。ノ. ヽ.

(12) 挑戦する常識. ぎるを得なかった。 私はア-サーの欠点に目をつむることができない。彼を愛すれば 愛するほど'なおさら数々の欠点が私を苦しめる。彼の心そのもの も、私は強-確信したのだが、最初思ったほど温J小-も寛大でもな. 書き出しの所で「悪い夫ではなかった」とヘレンが言うのは、彼女. 自身、自分の未熟さを認めた-ない気拝もあろうし、それ以上に、次. に彼女が記していることがなければ、我慢できたことを示している。. ア-サ-の抱-妻(女性)についての観念は『アグネス・グレイ』の. 観念であった。ヴィクトリア朝時代を通じて形成された妻たるものの. トマス卿のそれと同じものであり、それほ当時の紳士階級の常識的な. くれた。それは「思慮のない人」という形容ではすまされないよう. 心得と家庭のあり方を、ア-サ-ほ率直に表現したにすぎない。しか. も、ア-サ-の土の考え方があらゆる彼の行為の基にあって、ヘレン. なひどい性格だと思えた。(二〇〇ページ). の妻として、人間としての基本的な存在意義、自我の破壊を目指して. いることに気がついた時、彼ほヘレンの敵となる。.. ヘレンの幻滅ほ前述のロザリ-の幻滅と同じものである。もっとも、. ロザ--ほヘレンほど内面的独立に人生の価値をおいていない。彼女. は忍耐をもって、結婚生活に居座るが、ヘレンの方は失敗をやり直そ. うとするのである。これは社会的常識を向こうにまわしての挑戦的行. 為と言わなければならない。離婿は許されておらず、夫の私有物とい. う妻の立場からの脱出こそが、内的独立を守る唯一の道であ.る。. それではヘレンはどのようにして失敗した結婚生活から立ち直るの. であろうか。この間題のもとに、作品の〓早-十五章、四十五章-終. 章の部分が展開される。それは主にギルバ-ト・マ-カムの目から見. られた世界であり、彼のヘレン獲得の物語とも考えられる。そして、. もうひとつ付け加えるならば、ギルバ-トとヘレンの関係のプロット. が実践されているのである。. とヘレンの関係というサブ・プロッ-として、すでに不完全でほある. ほ、ヘレンの日記の形を取る中間の章で、ウォルタ-・ハ-グレイプ. ことに気を配り、不在中、夫が何をしていようとも、ひたすら辛抱. ウォルタ-はヘレンの親友-リセソトの兄で、こ、リセソトの考えで. 強く夫の帰りを待つ存在なのであった。(二五六-七ページ). 不在の折には、家庭のことであろうとなかろうと、夫の興味を示す. しかも、これは夫が家に居る気になっている時の妻の姿であって、. あらゆる方法で夫に安らぎを与えることを勤めとする存在である。. 身的に夫を愛し、家庭に留まる存在、夫にかしずき、夫を楽しませ、. 現われた様子から判断して、妻というものに対する彼の観念ほ、献. いる義務と安らぎの観念は、私の観念とはっきり違っていた。外に. 彼は悪い夫ではなかった。だが、結婿生活についての彼の抱いて. イズムほヘレンの人格を徹底的に破壊し尽そうとする.. 無思慮、無節操が猛威をふるう。結婿生活において、ア-サ-のエゴ. 冷酷な享楽主義であった。その上に、飲酒癖と痴情沙汰が結び付き、. も耐え難-した彼の態度とは、そのエゴイズム、他人を人とも思わぬ. ヘレンを憎しみにまで駆り立てはしなかっただろう。ヘレンをして最. ア-サ-の性格的欠陥である無思慮、無節操もそれだけのものなら、. さそうだ。少くとも、彼は私に今日その性格の見本をひとつ見せて. 四二.

(13) -サ-と結嬉した後も、ヘレンへの愛を断ち切れず、 ヽ. 知らぬこととほ言え、ギルバ-トも同様な気持でヘレンに付きまと う。彼ほヘレンの身の上を知らぬうちから、グレアム夫人という息子. 連れの未亡人としての彼女を愛している。召使いのレイチェルの印象. る。彼女は誤った男性の選択にょって、再生のための大きな代償を支. 献げて看護するという試練を経て、ヘレンの己れ自身の愚行ほ償われ. の凄惨な死を見取らねばならなかった。しかも、彼女はそれらのこと. ヘレンはウォルタ-と違ってギルバ-トを愛している。二人にとっ. て障害ほア-サ-の存在のみである。しかし、ア-サーが死んでしま. うと、彼女はもはやグレアム夫人でほないことになる。. グラスディル屋敷の貴婦人、ハンティングドン夫人としての地位. と境遇と、画家でワイルドフェル・ホ-ルの借家人であるグレアム. 夫人のそれとの間には大変な隔りがあった。(四五四ページ). ギルバ-トはかつての恋人、エライザ・-ルワ-ドが知らせた、へ.. にすぎない). の前に恋をあきら. レンとハ-グレイプの結婿という間違った時に落胆しっつ、この階級. で言えば、彼女ほ「私の中にもう一人のハ-グレイブを見ていた」と いうことになる。 しかし、ギルパ-トとウォルタ-の間に.は少くともひとつの大きな 相違点があった。それは二人の愛の質的な違いであった。ウォルタの愛ほ真実の愛のように見えて、ア-サ-のヘレンに対する感情とほ 正反対の印象を最初のうちこそ与えるが、実ほ同質のものであること. 紳士農夫. ジェントルマン・77-マ-. ム夫人ではなくなったけれど、実はハンティングドン夫人でもなく、. もとのヘレンへと生れ変わっていたのである。こうして二人ほ結嬉し、. 作品世界は完結する。. ギルバ-トの友への手紙の中に、幸福な結婚生活の有様が述べられて、. ってからは、アーサ-に対する嫉妬に苦しみながら、彼女の立場を考. ヘレンほ三度名前を変えたことになる。ヘレンとして出発しハンテ ィングドン夫人となり、グレアム夫人として身を隠し、再びヘレンに 可能性もなく、夫からは身を隠して生活することである。彼女のこう した状況は夫の死にょって好転する。彼の重い病いの床に臨み、身を 挑戦する常識. 四三. 戻るのだ。しかし、この二つのヘレンの段階は大いに異なったもので. 慮して、決して自分の愛を押し付けない。ヘレンの立場とは'離婚の. の愛の衝動を抑えることができる人物である。特にヘレンの過去を知. これに対して、ギルバ-トほヘレンの心の平安を大切に考え、自分. 彼は相手の人格を無視して、ひたすら己れの愛を満たそうとする。. 的へだたり(彼は一介の. が徐々に分かって来る。彼らほ二人ともエゴイストの無思慮な男なの. ヽ. だ。ウォルタ-の愛はヘレンの苦境を全-理解せず、彼女の苦悩も、. l. めようとする。しかし、時の虚偽が分かり、彼の愛する女性はグレア. ヽ. またさらに重要なことだが、一個の人間としての独立性も理解しない0. ヽ. す。ヘレンにし. 絶えず彼女に付. はヘレンーと当然結解すべき相手として見られていた。彼はヘレンがア l. 払うことになった。不毛な農婦生活に耐え、独立した生計を得るため. ヽ. きまとい、機会あるごとに彼女をその執物な愛で悩ま. l. に絵の修業をし、逃走して身を隠し、病床の夫を看病し、エゴイスト. l. てみれば、ウォルタ-の愛など受け入れることは考えることもできな. ヽ. をほとんど一人でやり遂げる。. l. い。やがて'二人の関係ほア-サ-の知る所となり、ヘレシはア-サ -にきっぱりと自分の身の潔白を宣言する。、. ヽ.

(14) 挑戦する常識. あることを、読者はすでに知っている。ハンティングドン夫人として、 彼女は恋愛を経験し、結婚生活を知り、自分自身と男性とを現実的に 見る女になっている。さらに'グレアム夫人として'今度は独力で息 子を育てて生きて行こうとする。つまり'短期間であれ、職業婦人で もあった訳だ。こうした体験を経た彼女に見出されたのが、ギルバ-・マ-カムである。 ギルバ--はどの点で外の男性より優れていたのか。再びマックス ウェル夫人の教訓に戻るならば、彼こそ節操をそなえた、思慮のある 人間であったことが分かるだろう。私達ほこの故に、ハンティングド ンや彼の友人達に比べて'この人物に退屈さを感じてしまう。ア-サ -の矛盾した性格の深みから見るならば、彼は明らかに常識の世界の. している。ギルバ--は彼女をヘレンとしてほおろか、グレアム夫人. レン自身の自記を通,J七見ている時がある。また、語りの構造だけで. 読者にしても、ヘレンについてギルバ-トを通して見ている時と'ヘ. トがヘレンをどう見るか、そのギルバ-トをヘレン-iSどう見ていたか'-. 丘』の語りゐ重層性の酷似を指摘することも可能である(叩3)0ギルバ-. てい去.また、ギル・,(:-とヘレンの物語る世界の重層性と、『嵐が. 成が複雑である。謎があり、誤解があり、真実ほずっと掃え難くなっ. 「ワイルドフェル・ホ-ルの住人』ほ前作に比べるとずっと物語の構. 直ですらある。. それがアン・ブ占ソテの目であり、その意味では恐ろし-頑固で、率. も醜悪な面も残酷な面も、常識という目の飽で平らにならしてしまう0. 超脱的な所もない。彼女ほ常に正確に世間を見、人間のコ-カルな面. で屈折した自己主張もない.エ,・,リ-のような、世間を見下すような. アン・プロンテには野心がないo、ソヤ-ロットのような、したたか. 信であるTO. を見るならば、必ずそこには滑桔で教訓的な現実が現われるという確. 念があるようだ。それほ好奇心の強い、鋭-活き活きとした目で世界. ら人生の真実の断面を映し出させているのである。作者には素朴な信. 四四. ■Å物、特にヘレンの人生経験においても、アグネスの場合より なく、,... IJ. 健全な紳士である。そして、その彼の中にヘレンは夫の理想像を見出. としても、ハンティングドン夫人としても同様に変りな-愛せた男性 であり、彼女の人格を真に1個の独立した存在として認められる人間 であった。そのことを彼女ほ確信して結嬉したのである。. び. ∴. うヒロインの目に現われている。この十八才の目が作品の世界に基盤. を与え、新鮮でしかも常識に裏打ちされた活きのよい目に、狭いなぶ. ち.麟ごア":-サト・ハンティングドンやアナベル、ロウポロ-のような. ・<r物,吟歪轟ほ、.前作にほなかった迫力をこの作品に与えている。。ザ 'アナベル、ロウボローとこの種の人物を並べると、. ら克ていたことが推測されるだろう。. アぎ..ノブ7・hソテが人間の深層に潜むエゴイムズという悪魔'その虚栄 のスト-リ-:アラ-としての作者の力傾は'何よりもアグ.,不ネLijl・いJー とrサ責溝ズ去、盲目的とも言える自己破壊のうごめきに、秘かに魅せ. 軒r、,ろ-せ.与えることは、並々ならぬ語りの大家と言わねばならない。■この件L琴. 見られないが、平凡な人生を平凡に語りながtり、教訓と娯楽を読者にハ. はどすばらしい(21)。『アグネス・グレイLEの語り口にほ派手な才気は. ずっと深刻で危棟的である。さらに、この論文ではあまり触れなかっ ジョージ・ムアを感嘆せしめたアン・プロソテの語りの痩法は`な葛W. 結.

(15) しかも、それにもかかわらず、アン・ブロソテの世界は常識の世界 である。アグネスやヘレンやギルバ-トに、ジェイン・エアのような 強烈な現実主義と超現実主義の混在した人生を望むのは無理というも のである。彼らにはル-シ-・スノウのようなロマンティシズムも若 々しい無謀さもない。あえてシャ-ロットの世界との比較を押し進め れば、『シャーリ-』の世界に最も近-、それより率直で大胆であるo アンの主人公達ほ、彼らを取り巻-悪しき常識を打ち破ろうとしたと. 男と女の側のこうした欠点の排除を前提とした結婚生活こそ、アンI. トの結婚がそれである。そして、彼らの結婚生活ほ、ニケグネス・グレ. ブロンテの理想であった。アグネスとウェストン、ヘレンとギルバ-. イ』の第一章に、グレイ夫妻の結婚生活を通して最初から実現されて. いたことを読者は思い起こすだろう。この車凡な夫婦の人生に自立と. 思いやりゐドラマを見たことが、アン・ブロソテをして、当時ばかり. Ada. Harrison. and. Derek. Stanford,Anne. G6rin,CharlotieBrontdTheEvolutionofGenius,(Oxford,. Gaske)),TheLifeofCharlotieBronib)(Penguin,)975),. TYork,(Methuen,)959))p,230・ Elizabeth p,2171. [bid・,p・)55・. ThreeBrontbs,(Hutchinson)1912).p・39・. Press.1967),p,)40・. Sinclair,The. Clarendon. and. Stanford.p.3).. Bronte.The. Winnifrith.TheBrontd.(Macmillan,1977),p・73・. HerLifeand. Hall.(Penguin,)979),p・29・. Tom. Harrison. and. Stanford,p・238・. なお、本書中の以下の引用箇所は本文中にべ-ジ数のみ記す。. Tenantof Anne. Harrison. 下の引用箇所は本文中にべ-ジ数のみ記す。. AnneBront6,AgnesGrey,(Casse)I,1966),p・l・なお、本書中の以. 親もこれと似たような結熔をしている。. ュイン・エア』のヒロインの両親も『シャーリ-』のキャロラインの両. えば、姉妹の両親の似たような結嬉の模様が記されている。また、『ジ. ギャスケル夫人の『シャ-ロッ-・ブロソテ伝』五五八ペ∴ソに、たと. ]bid・,p・2)9・. )930),pp,223・4・. GeorgeMoore,ConversationsinEburyStreet,(Wi))iamHeinemann・. May. Bronib. か現代においてすら、教訓と娯楽性をともに含み込む優れた物語作家. (-). として生きながらえさせている所以である。. I(. しても、『嵐が丘』の道徳を越えた世界に突き抜けることは決してな いのである。. (2). (3) (4). (5) (6). (7) (8). (9). 注. Winifred. その小説世界が当時の読者には啓発と反発という効力を発揮した。 アグネスとヘレンの生き方ほ、当時の大勢の女性達に羨望とある場合 にほ励ましを与えたことだろう。また、発表当時の批判的な書評ほ、 これらの作品の危険性を証明していると言えよう。どこが毒を含んだ 効果であったのかは最早明らかである。ヒロイン達の独立心ほ社会的 自立を前提とし、たとえ一時的にでほあっても、女性の自立という問 題を、個人の内面生活と社会生活の両面から提示している。彼らは女 性を崇拝したり、所有物としてしカ、見ない男達に対して徹底的に戦い' 妥協しない。結婿においても、財産目当ての結婿や、受身的な結嬉、 飾り物にすぎない妻の存在、等々、二人は結構執扮にこれらの不合理 に挑戦し、自己をそれらの悪しき常識から守って行-0 アン・プロソテは二人のヒロインの目を通して、女性の側の欠点を 批判することも忘れない。pザリ-とアナベルの虚栄心は容赦なくあ ばかれ、彼らほ不幸な結賠生活に辿り着-。--セントの不幸は自己. (e). Wildfell. l. の魂に忠実ではなかったこと、戦う勇気を持たなかったことに起因し ている。. 121110. l. 挑戦する常識. 一← ー\ \. ヽ.ー ー ). ヽ.

(16) 一ヽ. ) ). ) ) ) ) 、J ) ). 一ヽ ・・T 一ヽ ′-・・・\. ( ・一\. I--ヽ. ー\. 112 222120191817161514. Craik,p.2481. 挑戦する常識 Bronte. Stanford,p.721. Novels,(Methuen,)97)),p.229・. Bron蒜,Shirley,(Penguin))974))p・363・. and. Moore.p.2)91. Craik,p.215,. Harrison. Sine)air,p.441. G6rin.p.)40,. Char)otte. w.A.Craik,The. Winnifrith,p.731. 四 六.

(17) The. Challenging. 挑戦する常識. Heroines. Common. in Anne. Sense. Bronte's. of the. Novels. By Norimits11. AyuzAWA. (°ept. of English). Ascompared estimated. shows. on. lives porary. and. her. from of. their. self-support. `gentle'Anne's. world.. male. tyrannical. has. acceptedanexcessively her. constructed. things,. unreasonable. in. common. Bront6. own. under-. creative. world. and. its. time.. our. narrative. in. Anne. She. other. heroines'predicaments. means. what. Victorian. the out,. points us. the. challenges. which. emancipation and. in. world. de丘nitely. sense) Moore. sisters,. literature・. still remains effective is based on, among. Her sense. great. iⅢ English. position. in且uence. her. with. world,. which. their. sense. or. is and. in. essay why. we. and shall. it. can. see. be. and. their. George. instruction・. efforts. towards. independence. mental. two. throughher challenging. common as. story-teller,. their. common. as. regard. entertainment matrimony,. husbands. and. this. others. is a talented. colltains. occupations. employers In. She. her. But. sense・. (which. conventions is built・. world. society.. common. sound. tO. the. heroines' contem-.

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