通貨の国際化を考える
1小 沢 雅 子
目 次 1 本稿の目的 2 貨幣 Money と 通貨 Currency 3 基軸通貨 Key Currency の 3 つの機能 4 通貨の国際化とは 5 非居住者預金(注 5)の自由化と流動性 6 オフショア Off shore 取引 7 金融自由化と金利裁定 8 金融法と銀行管理の共通化 9 決済通貨のハードル 10 日本円の場合 11 ドイツ・マルクとスイス・フランの場合 12 中国元の「国際化」への寓意 13 結論1 本稿の目的
中国経済の拡大に伴って、中国政府関係者や中国の学者から、「中国元を US $に替わる国際通 貨にしよう」という意見が発生し2、IMF などの国際機関に対しても、中国政府は、出資割合の拡 大や理事ポストの要求などを行っています。3 本学や本学大学院での勉学を希望する学生、とくに中國からの留学生にも、「中国元の国際化」 を研究テーマとして希望する学生が増えています。 しかし、本稿で以下に論述するように、中国元の「国際化」は、2014 年現在で「未だ」であり、 仮りに今後に「国際化」するにしても、越えなければいけないハードルは多くあります。 本稿の目的は、通貨の国際化とはどういうことかをあらためて検討し、今後の中国元の「国際化」 の可能性を考え、本学での研究を希望する学生や同僚教員の縦覧に供することです。2 貨幣 Money と 通貨 Currency
貨幣 Money とは、経済活動の必要から、(1) 価値の交換手段、(2) 価値の保蔵手段、(3) 価値尺度、 これらの 3 つの機能を兼ね備えた物 Goods が、自然発生的に貨幣として機能したものです。自然貨幣といい、金銀などの貴金属や穀物や布がこれに該当します。 しかし、自然貨幣では、貨幣の流通量が埋蔵量などの自然条件に左右されて、経済の拡大が阻 害されるため、政府が貨幣に代わるものとして通貨 Currency を発行し、経済の成長と安定を図る 手段の 1 つとして、通貨を管理 Monetary Control しています。 初期の通貨は、自然貨幣との兌換を保証することで、通貨の信認を担保しました。今日でも、 政府が発行する通貨の信認、または、政府そのものの信認が揺らぐときには、金本位制など自然 貨幣との兌換が求められることもあります。「金融危機」など国際金融に不安定要因が発生するた びに、金本位制の議論が出てくるのは、このようなケースと言えるでしょう。
3 基軸通貨 Key Currency の 3 つの機能
基軸通貨 Key Currency とは、複数の通貨を使用する複数の国国の間での経済活動を円滑に進 めるために、特定の通貨を、上記の貨幣として機能させることです。(1) 価値の交換手段、(2) 価値 の保蔵手段、(3) 価値尺度、これらの 3 つの機能を兼ね備えた特定通貨が、自然発生的に基軸通貨 として流通することもあります。また、多国間の条約などで、特定の通貨を、基軸通貨として取り 決めることもあります。 どちらの場合も、基軸通貨には、次の貨幣の 3 つの機能が求められます。 (1) 価値の交換手段としての機能で、この機能を満たす通貨を決済通貨 Trade Currency と言い ます。貿易などの決済に用いられます。 (2) 価値の保蔵手段としての機能で、この機能を満たす通貨を準備通貨 Reserve Currency、な らびに、投資通貨 Investment Currency と言います。呼称が 2 つあるのは、貯蓄動機を予備 的動機(準備通貨)と投機的動機(投資通貨)に分けるのと同じです。 (3) 価値尺度としての機能で、この機能を満たす通貨を基準通貨 Basis Currency または Standard Currencyと言います。GDPの国際比較などで、共通尺度として用いられる通貨です。4 通貨の国際化とは
国際通貨 International Currency とは、世界的な規模で、基軸通貨の 3 つの機能をすべて満た しているわけではないけれども、一定の地域内で、または、3 つの機能の一部分を満たす通貨として、 複数の国国の間で流通する、特定の国の通貨を意味します。国際通貨の諸機能については、参考 文献 1 のP 11 〜 14 が詳しく述べています。 日本円は、1980 年代以降、投資通貨として多くの国の民間部門で保有されたり、東アジアや西 太平洋地域を中心に一部の品目の貿易決済通貨として使用されることもありますが、まだ国際通 貨の範疇に入るかどうかというレベルです。 EURO は、Europe 域内貿易を中心に決済通貨として使用され、そのため、関係国では準備通 貨としても保有されていますが、流通地域が Europe とその周辺に限定されていますので、まだ国 際通貨であり、世界規模での基軸通貨とは言えないでしょう。2010 年代においても、世界貿易の決済通貨としては約半分が US$ であり、準備通貨としては約 7 割が US$ です。EURO の割合は、それぞれ約 3 割と約 1 割 5 分、円の割合は、どちらも約5%です。 US$ が基軸通貨として群を抜いている状態を、「ガリバー型国際通貨システム」4という人もいます。 中国元が「国際化」するにしても、1980 年代の日本円や 1970 年代の旧西ドイツ・マルクのように、 まずは、非居住者5に投資通貨として保有されることから始まるでしょうが、そのためにも越えな ければいけないハードルが幾つかあります。
5 非居住者預金
5の自由化と流動性
1970 年代の西ドイツ・マルクやスイス・フラン、1980 年代の日本円が、投資通貨として「国際化」 したのは、2 つの要件を満たしたからです。 1 つは、其々の時代の西ドイツ、スイス、日本の経済成長率が、他の国々の経済成長率よりも高 く、西ドイツ・マルクやスイス・フランや日本円の、他の通貨に対する交換比率、すなわち為替レー トが、長期的に上昇するという強い予想があったことです。つまり、値上がり可能性の高い「資産」 として、魅力があったということです。 もう一つは、それぞれの時期に、西ドイツ、スイス、日本が、金融取引の自由化、特に、非居住 者預金の自由化と、西ドイツ・マルクやスイス・フランや日本円のオフショア利用を容認したこと です。この結果、西ドイツ・マルクやスイス・フランや日本円は、値上がり可能性の高い「資産」 としての魅力だけでなく、国際的な決済通貨としても利用できる流動性を担保できたのです。 2014 年現在の中国元は、非居住者元預金が殆ど利用できないため、国際的な流動性は極めて低 い状態です。オフショア元など、望むべくもありません。6 オフショア Off shore 取引
オフショア取引とは、外国の通貨建てで、外国居住者つまり自国の非居住者を相手に、預金や 貸し出しなどの取引を行うことです。たとえば、日本に居住する銀行(外国に本店を持つ銀行の日 本支店を含む)が、日本以外の外国に居住する個人や法人を相手に、US$ や EURO 建てで、預金 を受け入れたり、貸し出しを行ったりすることが、オフショア取引です。 オフショア取引は、1960年代にユーロ・ダラーとして発生しました。西ヨーロッパ先進国の銀行が、 共産圏を含むヨーロッパや地中海沿岸・中東などの居住者に対して、US$ 建ての預金を受け入れ たり、貸し出しを行ったりして、始まりました。 オフショアを利用する顧客が、決済通貨 US$ での取引を、アメリカの銀行ではなく、西ヨーロッ パの銀行を通じて行ったのは、極端なことを言えば、口座凍結の可能性もある、アメリカ政府の通 貨管理から逃れるためでした。西ヨーロッパの銀行は、スイスやルクセンブルクなどを筆頭に、顧 客の秘密厳守を売り物にして金融業を発達させてきた国も多いですから、銀行レベルでも、政府 レベルでも、ユーロダラーすなわちオフショア取引を進める十分なノウハウを有していたわけです。 1960 年代後半に US$ が他通貨に対して値下がりし、ついには 1971 年に固定レートが崩壊した原因の一つに、アメリカ政府の通貨管理が及ばないユーロダラーの残高が過大になり過ぎたことも あるといわれています。 この時期に、US$ に替わって値上がりした西ドイツ・マルクやスイス・フランや日本円を扱うユー ロ円なども生まれました。
7 金融自由化と金利裁定
1960 年代のユーロダラーに、アメリカ政府の通貨管理が届かなかったのは、秘密預金を容認す るかどうかなどの銀行法が国によって異なっていたことだけでなく、価格メカニズムが働かなかっ たことが原因でした。1971 年 8 月のニクソン・ショック以前は、通貨の交換比率すなわち為替レー トは、固定レートでした。各国の金融規制は、2014 年の今日から見ると、かなり窮屈で、しかも、 国によって規制の程度が異なっていました。スイス、リヒテンシュタイン、ルクセンブルク、ベル ギーなどは最も規制が小さく、次いで、イギリスや西ドイツなどの西ヨーロッパ大国の規制が小さ く、アメリカや日本は、西ヨーロッパに比べると、金融規制が大きい状態でした。 1971 年 8 月のニクソン・ショック以降の、新しい国際金融システムの模索期に、規制ではなく 逆に自由化することで、価格メカニズムすなわち裁定が働いて、ユーロダラーも、さらにはヨーロッ パ以外に拡大してオフショアになっても、金利裁定を通じての通貨管理が可能になる、という考え 方が主流になりました。 この考え方に従って、1970 年代にアメリカは短期金融市場から自由化し、日本も2度の石油ショッ クを乗り越えてインフレーション収束にめどが立った 1980 年代から、金融市場の自由化に追随し ました。日本の自由化プロセスについては、参考文献 2 のp 241 などを参照してください。 アメリカや日本の自由化によって顧客を奪われるのを恐れたヨーロッパの銀行も、さらなる自由 化を進めました。これが、ビッグ・バンと呼ばれる現象でした。しかし、中国では、2014 年央現 在も未だ金融規制が大きく、先進国に比べると自由化程度は極めて小さい状態です。8 金融法と銀行管理の共通化
1970 年代以降、金融自由化と同時に行われたのが、金融法と銀行管理の共通化です。 金融危機や金融犯罪やマネーロンダリングを予防するためで、今では、スイスやルクセンブルク でも、新しい金融センターとして売り出しているケイマンなどでも、犯罪の疑いをかけられた場合 は、口座の秘密は開示されます。 各国政府が金融法や会計ルールを共通化するだけでなく、BIS6や IMF7などの国際機関が、直 接に銀行をモニターし、指導勧告することにも、各国政府は容認するようになりました。2000 年 代初めに日本の郵便貯金や簡易保険が民営化されたのも、このようなルールの共通化と指導勧告 に沿うものでした。中国も、WTO に加盟して、金融の自由化を他の加盟国に約束し、BIS や IMF に加盟して、ルー ルの共通化とモニタリングと指導勧告の受け入れを他の加盟国に約束していますが、どちらの約
束も満たされるまでには時間がかかりそうです。
9 決済通貨のハードル
投資通貨、すなわち、値上がり可能性の高い資産として、外国居住者(すなわち自国非居住者) に保有されるだけでなく、第3国同士の取引で決済通貨として使用される割合の高い国際流動性 を有して、初めて、特定国の通貨は「国際化」します。 第3国同士の取引で決済通貨として使用されるためには、その通貨の値上がり可能性だけでな く、その通貨発行国の通貨政策を、多くの第3国の居住者たちが理解できること、すなわち、通貨 政策の透明性と、金融法やルールの国際標準化が、必要です。また、金融自由化によって、その 通貨の使用利便性を高めることも必要です。自国通貨が、外国でオフショア取引されるのを容認 することも必要です。 既に述べたように、2014 年央現在で、中国の金融法規の国際標準化も、中国の銀行の透明性や 管理体制の国際標準化も、中国の金融自由化も、他の先進国に比べて不十分です。中国元が、第 3国同士の取引で決済通貨として使用されるまでには、まだ道遠しです。10 日本円の場合
それでは、1960 〜 70 年代に、値上がり可能性の高い資産、すなわち、投資通貨として、外国 居住者に保有され、その後の金融自由化と金融法の共通化によって、決済通貨としても可能性も 拡大した、日本円や西ドイツ・マルクやスイス・フランは、その後、決済通貨になったのでしょうか? 中国元への先行事例として、検討しましょう。 日本円は、1970 年代のインフレーションで一時的に円安8になりましたが、1975 年以降の金融 引き締めでインフレを抑制し、1980 年代に入って、省石油エネルギー技術を基にする全要素生産 性上昇が起こったので、円高基調が続きました。つまり、値上がり可能性の高い資産、すなわち、 投資通貨としての魅力は、1980 年代まで継続しました。 また、1980 年代の金融自由化と金融法の国際標準化によって、日本円の決済通貨としての可能 性も拡大しました。この結果、1980 年代後半には、日本の輸出の 60%、輸入の 40%が円建てとな り、世界全体の貿易で使用される決済通貨も 10%程度が円建てになりました。 ところが、1990 年代になって、バブル崩壊と日本の銀行の不良債権問題への不安から、日本円 は決済通貨として敬遠され、投資通貨としても魅力を低下させました。つまり、1980 年代に「国際化」 しかけた日本円は、1990 年代以降、国際通貨としての地位を後退させました。 2000 年代以降の日本円は、2008 年のリーマン・ショックや、2010 年以降のヨーロッパのソブリ ン債危機などで、US$ や EURO に値下がりの可能性が発生した時に、緊急避難的に買われるリス ク分散対象通貨にとどまっています。 しかし、日本円の「国際化」が遠のいたことが、日本の居住者にことさらな不利益を与えるわけ ではありません。11 ドイツ・マルクとスイス・フランの場合
1973 年に、日本円を含めた多くの国の通貨が、US$ に対して変動レートとなることを選んだの に対して、西ドイツ、フランス、イタリア、ベネルクス3国の計6国は、6国の間の通貨の交換レー トを一定の幅におさめる共同フロート9を選択しました。その後、2000 年には、この6国を中心に 共通通貨 EURO に移行しました。 強い通貨の西ドイツ・マルクが、単独通貨ではなく、共通通貨を選択した政治的ならびに経 済的理由や、共通通貨のメリットとデメリットは、論ずると長くなるので省きますが、共通通貨 EURO によって規模の経済性を獲得したことだけは、ここで述べておきましょう。 規模の経済性の結果、EURO は、EURO 圏内は勿論、ヨーロッパとその近隣の北アフリカや中 東でも、US$ と並行する決済通貨として使用されるようになりました。 逆に、スイス・フランは、大国(大経済圏)通貨 EURO に隣接する小国通貨の運命から、国際 的な決済通貨としての利便性が大きく低下しました。ただし、日本円と同じように、緊急避難的に 買われるリスク分散対象通貨としての地位は、維持しています。また、これによって、スイスの居 住者がことさらな不利益をこうむることもありません。12 中国元の「国際化」への寓意
これまで見てきたように、自由経済のもとで、中国元が決済通貨として使用されるためには、中 国の金融法や銀行管理が国際標準化され、透明度を高め、さらに、金融自由化されることが必要 です。 また、これらによって「国際化」の条件が整った時に、中国の経済レベル、たとえば、一人あた りの国民所得が、近隣諸国と同程度であり、かつ、経済成長率が近隣諸国よりも高いことが必要 です。経済成長率ではなく、経済レベルとなると、かなり厳しいハードルです。すでに、大気汚染 や水不足など環境問題が、中国経済のネックになっています。 経済的条件を無視して、軍事力によって近隣諸国に対して、自国通貨ルーブルでの決済を強制 したソ連の先例がありますが、その結果が、ルーブル圏全体の経済低迷であったことも、明白な 先行事例です。 通貨の「国際化」は、経済政策の目標ではなく、副産物に過ぎません。自国通貨が「国際化」 していなくても、その国の居住者が不利益をこうむるわけではありません。 経済政策の目標は、1に自国居住者の生活水準の向上、すなわち、一人あたりの実質 GDP の上昇、 2にインフレーションの抑制、3に外部不経済すなわち環境汚染の最小化、つまり、環境保全また は良質化、です。中国も他の国も、この目標を間違えないことが重要でしょう。13 結論
中国元が「国際化」することは困難ですが、通貨の「国際化」は、経済政策の目標ではなく、 副産物に過ぎません。無理に通貨を「国際化」させる必要は有りません。中国も他の国と同様に、経済政策の目標を、1、一人当たり実質 GDP の上昇、2、インフレーショ ンの抑制、3、環境保全と良質化、この3点に置くのが、中国の居住者にとっても望ましいでしょう。 注 1 本稿は 2014 年6月 27 日に脱稿したもので、それ以降の事実や議論は反映されていないことを、お断りして おきます。 2 例えば、参考文献2のP320 〜321,P341〜352,などを参照してください。 3 例えば、参考文献2のP320 〜321,P341〜352,などを参照してください。 4 この表現を用いている一例として、橋本優子・小川英治・熊本方雄著『国際金融論をつかむ』有斐閣、2007 年、 p207 を紹介しておきます。 5 ある国に居住せず、その国の国外に居住する個人や法人を、「非居住者」と言います。ここで議論する「非居 住者預金」とは、A 国以外の外国に居住する個人や法人が、A 国通貨建ての預金口座を保有し、その口座を 通じて決済や投資を行うことを、A 国政府が容認することです。 6 BIS: Bunk for International Settlements は、1930 年、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ベルギー、 日本が出資して設立されました。現存するもっとも古い国際金融機関です。日本では「国際決済銀行」と訳 すことが多いです。大戦期に休眠状態になり、戦後はIMFやIBR D が設立されたので精算がいったん決 議されましたが、EU諸国を中心に国際通貨体制や国際金融を補完する機関として維持されました。日本は、 1951 年に出資に関するすべての権利を放棄しました。その後、1970 年に再出資して再加盟しました。出資国 の政府と中央銀行が、定例会議の議決権を有します。 7 IMF:International Monetary Fund は、1944 年 7 月にブレトンウッズで結ばれた協定で、これ以降、各 国は IMF に加盟し、出資金を支払い、IMF 協定を批准することで、ブレトンウッズ体制に参加すること になりました。ブレトンウッズでは、IMF とともに、IBRD : International Bank for Reconstruction and Development(日本では「世界銀行」略して「世銀」と訳すことが多い)に関する協定も結ばれました。 IMF は短期資金を、IBRD は長期資金を提供するという役割分担があり、両者ともに、2014 年6月現在も国 際金融の要としての存続し、とくに 2008 年 9 月の「リーマン・ショック」以降は 、その役割への期待が高まっ ています。 8 購買力平価です。 9 US$ に対しては、変動レートでした。 主要参考文献: 1、上川孝夫・藤田誠一編(2012)『現代国際金融論 [ 第 4 版 ]』有斐閣、 2、勝悦子著(2011)『新しい国際金融論』有斐閣、 3、西村陽三著(2011)『幻想の東アジア通貨統合』日本経済新聞社、 4、金京拓司著(2011)『為替レート制度選択の経済分析』東洋経済新報社、 5、小沢雅子 (2009)「基軸通貨と国際通貨制度」桜美林大学『国際学レヴュー』No.20、 6、橋本優子・小川英治・熊本方雄著 (2007)『国際金融論をつかむ』有斐閣、 7、藤井英治著(2006)『国際金融論』新世社、 8、Krugman,P.R. & Obstfeld,M.“International Economics; Theory & Policy” 7th,Addison Wesley,2006
9、Mishkin,F.S.“The Economics of Money,Banking,and Financial Markets” 7th,Addison