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終身年金パズルによる年金・一時金の選択に関する考察 —公私年金の役割分担を踏まえて—

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■アブストラクト わが国の企業年金は,年金に代えて一時金(選択一時金)を受給できるの が大きな特色だが,受給者の多くが一時金での受給を選択しているため,給 付実態が制度趣旨に沿っていないと指摘されている。 本稿では,わが国の企業年金において年金受給が選好されない理由につい て,終身年金パズル(annuity puzzle)における代表的な仮説に基づき分析 した。この結果,予備的動機が一時金選択にプラスに作用していることを確 認した。それ以外の仮説については,今後の社会経済情勢の変化により,一 時金選択への影響がプラスからマイナスに変化する可能性が高い。併せて, 終身年金パズル以外の要因(有期(確定)年金の過小評価,給付利率の低下 等)が一時金選択にプラスに作用している可能性を指摘する。 最後に,一時金受給が主体となっているわが国の私的年金の給付実態を踏 まえつつ,公私の年金制度で老後所得を一定程度確保するための方策として, 公的年金も私的年金も終身で対応する⽛完投型⽜から,就労延長・私的年 金・公的年金の三者による⽛継投型(WPP)⽜への転換を提唱する。 ■キーワード 選択一時金,終身年金パズル,公私年金の役割分担 *平成30年10月28日の日本保険学会大会(日本大学)報告による。 / 令和⚒年⚒月21日原稿受領。

終身年金パズルによる年金・一時金の

選択に関する考察

公私年金の役割分担を踏まえて

谷 内 陽 一

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⚑.問題提起 わが国の企業年金の大きな特色として,年金に代えて一時金を受給できる 点が挙げられる。しかし,受給者の多くが年金ではなく一時金での受給を選 択しているため,給付実態が制度趣旨に沿っていないと指摘されている。 本稿では,わが国の企業年金における年金・一時金の給付実態を概観する とともに,企業年金において年金が選好されない(􀀽􀀽 一時金が選好される) 理由を,終身年金パズル(annuity puzzle)における代表的な仮説を用いて 分析する。さらに,一時金受給が主体となっている私的年金の給付実態を踏 まえ,老後所得保障における公的年金と私的年金(企業年金・個人年金)の 新たな役割分担のあり方についても言及する。 ⚒.企業年金における年金・一時金の支給実態 2.1 年金に代えて支給される一時金(選択一時金)とは わが国の企業年金(厚生年金基金・確定給付企業年金・企業型確定拠出年 金)では,年金受給資格を満たした者に対して年金を支給することが原則と されている。しかしわが国では,退職時にまとまった一時金を支給する退職 一時金制度が先行して普及・慣行化した経緯があり,また退職時に多額の一 時金を必要とするニーズが多いことから,受給者本人の選択により,年金に 代えてその全部または一部を一時金として支給することが認められている。 このように年金に代えて支給される一時金のことを⽛選択一時金⽜という1) 2.2 選択一時金の支給要件 とはいえ,一時金の選択を無条件に認めることは,年金給付を原則として いる制度の創設趣旨にそぐわない。そのため,各企業年金制度においては, 1) 以下,本稿において⽛一時金⽜と表記するときは,特段の記載がない限り選 択一時金のことを指す。年金受給資格要件を満たさない短期間の加入者に対し て支給される脱退一時金は,本稿における考察の対象外とする。

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選択一時金を支給するための要件が以下の通り定められている(図表⚑)。 確定給付企業年金では,①保証期間を定めること,②受給権者の選択によ り支給するものであること,等の条件を規約で定めることにより,老齢給付 金の全部または一部を選択一時金として支給することができる2)。選択一時 金の額は,保証期間部分の年金現価相当額を上回らないこととされている3) 受給権者が一時金を選択する時期は,請求時または年金支給開始から⚕年を 経過した日以後とされている4) 確定拠出年金の老齢給付金は,規約で定めることにより,その全部または 一部を一時金として支給することができる5)。確定拠出年金は,掛金とその 運用収益との元利合計(個人別管理資産額)を給付原資としており,一時金 たる老齢給付金も個人別管理資産額が上限となる6)。また,規約の定めによ 図表⚑ 各企業年金制度における選択一時金の支給要件 (出所)各種法令・通知等に基づき筆者作成 2) 確定給付企業年金法第38条第⚒項および確定給付企業年金法施行令第29条。 3) 確定給付企業年金法施行令第23条。 4) 確定給付企業年金法施行令第29条第⚓号。特別の事情(災害による損害,債 務の弁済,心身の重大な障害等)がある場合は,支給開始から⚕年経過前であ っても一時金を選択できる(確定給付企業年金法施行規則第30条)。 5) 確定拠出年金法第35条第⚒項(同第73条による個人型年金への準用を含む)。 6) 確定拠出年金法施行令第⚕条第⚒号(同第28条による個人型年金への準用を

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り年金支給開始から⚕年を経過した日以後に個人別管理資産額の残額を一時 金で受け取ることもできる7) 2.3 わが国の企業年金における年金・一時金の支給状況 2.3.1 選択一時金の導入状況 企業年金における選択一時金の導入状況をみると(図表⚒),一部選択を 含めると確定給付企業年金(基金型)で85õ4%,同規約型で88õ6%となって いる。終身給付を原則としている厚生年金基金でも48õ0%が選択一時金を導 入しており,わが国の企業年金において一時金での受給が広く認められてい る様子がうかがえる。 2.3.2 年金・一時金の選択状況 年金受給資格者における年金・一時金の選択状況をみると(図表⚓),受 含む)および確定拠出年金法施行規則第⚔条第⚒項第⚑号(同第33条による個 人型年金への準用を含む)。 7) 確定拠出年金法施行規則第⚔条第⚑項第⚑号ホ(同第33条による個人型年金 への準用を含む)。 図表⚒ 選択一時金の導入状況(2016年) (出所)人事院⽛民間企業退職給付調査⽜2016年版

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給資格者の⚖割前後が全額一時金で受給している。年金との併用を含めると, 受給資格者の約⚗~⚘割が一時金を選択している計算になる。 制度別にみると(図表⚔),確定拠出年金(企業型・個人型(iDeCo))で は一時金を選択する傾向が図表⚓よりも顕著に表れている。これは,確定拠 出年金では給付時の手数料を受給者が負担する構造となっているため,手数 料負担が一回で済む一時金が選好されているものと考えられる。 図表⚓ 年金受給資格者の年金・一時金の選択状況の推移 (出所)厚生労働省⽛就労条件総合調査⽜各年版 図表⚔ 企業年金における年金・一時金の選択状況(制度別) (出所)第⚑回社会保障審議会企業年金・個人年金部会(2019年⚒月22日開催) 資料⚑⽛企業年金・個人年金制度の現状等について⽜põ 24より抜粋

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⚓.なぜ年金受給が選好されないのか ~ 終身年金パズルによる分析 3.1 終身年金パズル(annuity puzzle)とは 終身年金が有期(確定)年金よりも加入者の生涯期待効用を高めることは, 先行研究でも多く指摘されている8)。にもかかわらず,現実の私的年金市場 では終身年金の普及は進んでいない。これはわが国のみならず世界共通の事 象であり,この理論と現実のギャップは⽛終身年金パズル(annuity puzzle)⽜ あるいは⽛終身年金パラドックス(annuity paradox)⽜と呼ばれている9) 終身年金パズルでは,この要因について,⽛逆選択⽜⽛予備的動機⽜⽛遺産 動機⽜⽛早期死亡による損失回避⽜等々,経済合理性あるいは行動経済学の 観点から様々な仮説が議論されている(図表⚕)。本節では,終身年金パズ ルにおける代表的な仮説を応用して,企業年金において年金受給が選好され ない(􀀽􀀽 一時金受給が選好される)理由を分析・検証する。 8) Yaari(1965)など。 9) Brown(2007),Brown et al(2007),田中・臼杵(2007),北村(2012)な ど。 図表⚕ 終身年金パズルにおける代表的な仮説 (出所)田中・臼杵(2007)および北村(2012)を基に筆者作成

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3.2 終身年金パズルの仮説に基づく分析 3.2.1 逆選択(adverse selection) 保険学の領域における逆選択(adverse selection)とは,保険の加入申込 者が,保険事故の発生リスクが高いことを知りながら,自身にとって有利と なるよう保険契約を締結しようとする行為を指す。個人年金保険等の生存保 険においては,被保険者集団の平均余命の伸長に対応するため,保険料・掛 金の水準が割高になる事象をいう10) 個人年金保険の保険料は,保険会社が被保険者集団の過去の実績等に基づ いて作成された経験生命表11)を基に算定される。経験生命表は保険会社によ る危険選択の結果が反映されるため,全国民を対象にして作成された国民生 命表12)に比べると死亡率が低くなる傾向にある(図表⚖)。これは,同一の 制度設計による終身年金を組成する場合,国民生命表よりも経験生命表を用 いた方が保険料が高くなることを意味する。

10) 年金加入の逆選択に関する先行研究としては,Friedman and Warshawsky (1990),田近・林(1996),Poterba(2001),塚原(2005),駒村(2009)など。 11) 代表的なものとして,かつて生命保険協会が作成していた⽛日本全社生命 表⽜や,保険業法の規定により日本アクチュアリー会が内閣総理大臣から委託 を受けて作成する⽛生保標準生命表⽜がある。 12) 代表的なものとして,国勢調査および人口動態統計の確定数を基に⚕年ごと に作成される⽛完全生命表⽜や,これを補完するために人口動態統計月報年計 (概数)を基に毎年作成される⽛簡易生命表⽜がある。

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一方,わが国の確定給付企業年金では,厚生年金保険本体における財政検 証の前提として使用された率を基に厚生労働大臣が定める⽛基準死亡率⽜を 用いることとされている。この基準死亡率は,安全割増はなされているもの の,水準自体は国民生命表と大差ない(図表⚗)。そのため企業年金では, 死亡率の差異による掛金高騰の影響は,個人年金保険に比べると限定的であ る。 図表⚖ 国民生命表と経験生命表との差異(男性の生存数) (注)国民生命表は厚生労働省⽛第22回完全生命表⽜を,経験生命表は日本アクチ ュアリー会⽛生保標準生命表2007(年金開始後用)⽜を使用している。 (出所)注記の各種生命表に基づき筆者作成

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現状では,逆選択が年金・一時金の選択に影響を及ぼす可能性は低い。確 定給付企業年金では,保証期間部分の年金現価相当額を選択一時金に充てる ため(2õ2 節参照),死亡率の変動の影響は受けない。確定拠出年金では, 生命保険商品(終身年金・有期年金等)を介して受給する際に逆選択が生じ る可能性があるものの13),運用商品全体に占める生命保険商品の選択割合は 企業型で10õ3%,iDeCo で7õ5%14)と低いため,その影響は限定的と考えら れる。 13) 個人別管理資産額を原資に当該保険商品を一時払いで購入する形となるが, 当該一時払い保険料は,個人向け保険商品と同等の予定利率・予定死亡率で算 定される。 14) 運営管理機関連絡協議会⽛確定拠出年金統計資料(2019年⚓月末)⽜より。 生命保険商品が選択肢として提示されていない制度があることにも留意する必 要がある。 図表⚗ 国民生命表と企業年金の基準死亡率との差異(男性の生存数) (注)国民生命表は厚生労働省⽛第22回完全生命表⽜を,企業年金の基準死亡率は ⽛確定給付企業年金法施行規則第43条第⚒項第⚑号及び第⚒号に規定する予 定利率の下限及び基準死亡率(平成14年厚生労働省告示第58号)⽜別表第⚑ を使用している。 (出所)注記の生命表および基準死亡率に基づき筆者作成

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3.2.2 予備的動機 予備的動機とは,将来の予期せぬ出費に備えて,予備的に手元に現金を保 有することをいう。一般的に,予備的動機の強い高齢者は,終身年金を購入 しない(􀀽􀀽 一時金を選択する)傾向があるとされる。 ⽛企業年金のみを実施している企業⽜および⽛退職一時金と企業年金を併 用している企業⽜の双方で年金現価に占める一時金選択額の割合を比較する と,企業年金のみを実施している企業では,一時金選択額の水準が年金現価 のおおむね80~90%の水準となっている(図表⚘)。 一方,退職一時金と企業年金を併用している企業では,一時金選択額の水 準が年金現価のおおむね40~60%台の水準となっており,企業年金のみを実 施している企業に比べると一時金の選択割合は低い(図表⚙)。これは,退 職一時金制度からも相応の一時金が支給されるため,企業年金で一時金を選 択する必然性が低くなるためと推察される。裏を返せば,他の何らかの手段 で予備的動機を満たすことができない限り,企業年金における一時金の選択 割合が高くなることを意味する。 図表⚘ 年金現価に占める選択一時金額の割合(企業年金のみ実施) (注)2017年⚑年間における勤続20年以上かつ年齢45歳以上の定年退職者の値。 (出所)厚生労働省⽛就労条件総合調査⽜2018年版

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3.2.3 遺産動機 企業年金で年金受給を選択すると,年金受給者本人は安定した収入を確保 できる一方,受給者の親族にとっては,年金原資を一時金として受け取れな くなるぶん遺産額が減少することを意味する。したがって,遺産動機の強い (􀀽􀀽 親族に財産を残したい)高齢者は,終身年金を購入しない(􀀽􀀽 一時金を 選択する)傾向があるとされる。 しかし,遺産動機については,先行研究においても肯定論・否定論が分か れている15)。また,わが国は諸外国と比較して⽛遺産を積極的に残したいと は思わないが,万が一余ったら残す⽜と考える家庭が多いとも言われてお り16),遺産動機が企業年金の一時金選択にどう影響するかは,現時点では断 定できない。 15) Bernheim(1991)では米国で引退後の高齢者の多くが生命保険に加入して いる理由を遺産動機に求めているが,Hurd(1987)では米国の高齢者はライ フサイクル仮説の通りに貯蓄を取り崩しており遺産動機は確認できないとして いる。 16) ホリオカ(2014)p. 5。 図表⚙ 年金現価に占める選択一時金額の割合(一時金・年金の併用) (注)2017年⚑年間における勤続20年以上かつ年齢45歳以上の定年退職者の値。 (出所)厚生労働省⽛就労条件総合調査⽜2018年版

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3.2.4 早期死亡による損失回避 早期死亡による損失回避とは,文字通り,早期に死亡にすることにより年 金が十分に受け取れなくなるリスクを避けることである。この傾向が強い高 齢者は,年金ではなく一時金を選択する傾向が強いとされる。 わが国の企業年金は一時金が主体となっており(2õ3õ2 節参照),一見す ると上記の傾向と整合しているように見える。しかし,わが国の企業年金に おける一時金選択は保証期間を設けることを条件としており,保証期間部分 の年金現価で比較すると,年金と一時金は等価である。にもかかわらず,わ が国で一時金受給が広く選好されているのは,他の要因も作用しているもの と推察される。 3.2.5 家族間リスクシェアリング 老後生活を夫婦あるいは家族間で面倒をみてもらえば,企業年金において 年金を選択しなくても老後生活に備えることができるという考え方である。 こちらも先行研究において肯定論・否定論が分かれている17) 3.2.6 公的年金の存在 公的年金から老後生活費を賄えるだけの十分な給付を受けることが出来れ ば,企業年金において年金を選択する必然性は低くなることが考えられる。 ただし,老後生活費がいくらかかるかは,年金受給者個々人の状況に大きく 左右されるため,公的年金の制度改正動向だけでなく,個々人の資産形成の 状況を踏まえた検討が必要である。

17) Kotlikoff and Spivak(1981)では家族間で効用が最大となるよう消費を行う 方が単身者よりも効用が増えるとしたが,Brown et al(2007)では単身世帯 と夫婦世帯の間で退職時に一時金と終身年金を選択する比率に差異は無いとし ている。

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3.3 終身年金パズルにおける仮説が一時金選択に及ぼす影響 終身年金パズルにおける代表的な仮説をまとめると,図表10の通りとなる。 これらの要因は,終身年金の購入に対してはいずれもマイナスに作用するた め,企業年金の年金・一時金の選択においては,逆選択を除いていずれも一 時金選択にプラスに作用するものと考えられていた。 しかし,社会経済情勢の変化により,終身年金パズルにおける仮説が年 金・一時金の選択に及ぼす影響は,今後変化することが予想される。遺産動 機および家族間リスクシェアリングについては,単身高齢者世帯の増加に伴 い,今後は一時金選択に対してマイナスに作用することが予想される。早期 死亡による損失回避も,長寿化の進展により早期に死亡するリスクが減少す れば,一時金選択に対してマイナスに作用するようになるだろう。最後に, 予備的動機および公的年金の存在については,個々の受給者の経済状況や公 的年金の受給額によって年金・一時金の選択ニーズは千差万別であるため, 一定の傾向は見出し難い。 図表10 終身年金パズルにおける仮説が一時金選択に及ぼす影響 (出所)筆者作成

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⚔.なぜ年金受給が選好されないのか ~ その他の要因 企業年金における年金・一時金の選択については,前節で掲げた終身年金 パズルおける仮説以外にも,様々な要因が先行研究において指摘されている18) 本節では,年金・一時金の選択に関する伝統的な要因について考察する。 4.1 一時金に対する根強いニーズ 一時金での受給を選択する理由について(図表11),中央労働委員会の調 査では⽛住宅ローン返済のため⽜が60õ2%と際立っており,以下,⽛住宅・ 土地の取得のため⽜⽛子女の結婚・教育のため⽜と続いている。年金総合研 究センターの調査でも⽛退職時に使用する予定がある⽜が首位となっており, 受給者の一時金に対するニーズの根強さを物語っている。 図表11 一時金での受給を選択する理由 (出所)中央労働委員会⽛退職金,定年制および年金事情調査⽜1989年 年金総合研究センター⽛人事・財務両面から見た企業年金等退職給付プラ ンのあり方に関する研究⽜2004年⚔月 18) 五島(1987),岸本(1992),谷内(2019)など。

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4.2 有期(確定)年金の過小評価 わが国の企業年金は一時金受給が主体だが(2õ3õ2 節参照),その一方で, 終・身・年金と一時金との選択になると年金の選択割合が増加するとの調査結果 がある(図表12)。しかし,厚生年金基金以外の企業年金制度では終身年金 の普及状況は芳しくない19)。受給期間が10年ないし20年で終了する制度設計 が主体となっている状況下では,⽛企業年金は長寿リスクのヘッジ手段とし て有効ではない⽜と退職者に過小評価させ,年金受給を回避させる要因とな っている可能性がある20) 19) 人事院⽛2016年民間企業退職給付調査⽜によると,企業年金における終身年 金の実施割合は,厚生年金基金で71õ7%,確定給付企業年金は基金型で33õ7%, 同規約型で9õ4%,企業型確定拠出年金で26.5%(注:終身年金保険が運用商 品として提示されている割合)だった。 20) 船津(2004)pp. 149-150も同様の指摘をしている。 図表12 終身年金と一時金との選択 (出所)年金総合研究センター⽛人事・財務両面から見た企業年金等 退職給付プランのあり方に関する研究⽜2004年⚔月

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4.3 年金給付利率の水準の低下 かつて厚生年金基金および適格退職年金では,予定利率が一律5õ5%で固 定されており21),給付利率(年金換算利率)もまた同様であった。しかし, 1997年に予定利率の設定が弾力化されて以降,低金利情勢や財政運営の安定 志向等を反映して,企業年金の予定利率および給付利率は一貫して引下げら れてきた。2002年から施行された確定給付企業年金においても,同様の傾向 が見られる(図表13)。給付利率の低下は,年金を選択した場合の受取総額 が減少することを意味しており,年金受給の選択を阻害する要因となり得る。 4.4 年金受給と一時金受給の税制上の差異 企業年金における年金・一時金の選択において,最も数多く指摘されてい 図表13 確定給付企業年金における給付利率の分布状況の推移 (出所)企業年金連合会⽛企業年金実態調査⽜各年版より抜粋 21) 厚生年金基金では法令・通達により年5õ5%と定められていた。適格退職年 金では法令上は年⚕%以上と定められていたものの,当時の国税庁の行政指導 により5õ5%を一律で用いることとされていた。

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るのが,両者の税制上の取扱いの差異である22)。年金で受け取る場合,当該 年金収入から公的年金等控除を差し引いた額が雑所得とされ,他の所得と合 算したうえで税率が適用される。一方,一時金で受け取る場合は,当該一時 金収入から退職所得控除を控除した額に⚒分の⚑を乗じた額が退職所得とさ れ,他の所得とは分離して課税される。 両者を税制上の差異のみで単純比較すると,一時金受給は,①退職所得控 除の枠の大きさ(例:勤続30年で1,500万円,勤続40年で2,200万円),②⚒ 分の⚑課税,③分離課税,の⚓つの面で優遇されているが,年金受給は,① 他の公的年金等収入やその他の収入等と総合課税される上,②税・社会保険 料の賦課対象になるため,手取り額ベースでみると年金受給の方が一般的に 不利であるとされている。 4.5 企業年金における保証期間の設定に係る規制 確定給付企業年金の選択一時金額の上限は,保証期間部分の年金現価相当 額とされている(2õ2 節参照)。わが国の企業年金は,退職一時金制度から の移行・切り替えにより設立された経緯から,退職一時金額と保証期間部分 の年金現価相当額を等しくする設計が一般的である。この条件下で保証期間 付き終身年金を導入すると,終身部分の年金現価は企業の持ち出しとなり, 結果として終身給付に係るコストを企業が負担する構造となっている(図表 14)。 保証期間の設定に係る選択一時金の上限規制は,年金受給への誘導および 逆選択の防止が趣旨だとされているが23),結果として,終身給付は割高であ るとの認識を企業側に植え付けた感は否めない。この上限規制を撤廃し,個 人年金保険の一時払いのように総給付現価の範囲内で終身給付の提供を認め ることにより,企業年金における終身給付の導入・普及のハードルが低くな 22) 五島(1987),宮島(1991),岸本(1992),藤田(1992),谷内(2019)など 多数。 23) 久保(2002)p. 36。

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り,年金受給が促進されることが期待される。 ⚕.結 論 5.1 年金・一時金の選択のポイント 第⚓節および第⚔節における考察から,企業年金における年金・一時金の 選択のポイントをまとめると,図表15の通りとなる。年金・一時金の選択の 有利・不利は,企業年金の制度設計,給付利率,受取期間,他の退職給付制 度との関係等の諸条件によって大きく変わるため,唯一絶対の正解は存在し ない。 なお,受給方法を選択すれば万事解決するわけではない。例えば,一時金 での受給を選択すると,今度は,受け取った資金をどう管理・運用するかと いう新たな問題に直面することとなる。 (注)予定利率1õ5%,予定死亡率は生保標準生命表2007(年金開始後用)を使用。 (出所)筆者試算 図表14 終身給付の選択(購入)に係る企業年金と個人年金のコスト構造

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5.2 公的年金と私的年金の新たな役割分担のあり方 わが国における公的年金と私的年金の役割分担というと,従来は,公的年 金を土台に私的年金を⽛上乗せ⽜して受給する図式が長らく支持されており, この図式の下では,私的年金も終身給付で備えることが理想形とされてきた。 しかし,社会・経済環境の変化により,従来の公私年金の役割分担を実現 するための前提条件が崩れつつある。前述の通り,わが国の企業年金では終 身年金の実施割合が低い上,そもそも年金ではなく一時金が広く受給されて いる実態がある。加えて,個人年金は,バブル崩壊後の低金利・マイナス金 利環境の常態化と長寿化に伴う死亡率の改善により,効率的な(=保険料が 廉価な)終身給付の提供は困難となっている。上乗せの土台となる公的年金 も,少子高齢化の著しい進展により,所得代替率の長期的な低下が見込まれ ている。いずれにせよ,従来型の公私年金の役割分担の図式は機能不全に陥 っていると言っても過言ではない。 そこで,上記の給付実態を踏まえつつ,公私の年金制度で老後所得を一定 程度確保するための方策として,公的年金も私的年金も終身で対応する⽛完 投(上乗せ)型⽜から,就労延長(Work longer)・私的年金(Private pen-sions)・公的年金(Public pensions)の三者の組合せ(WPP)による⽛継投

(出所)谷内(2019)p. 17を加筆修正

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型⽜への転換を提唱する(図表16)24) 就業引退から公的年金の受給開始までの間に私的年金を活用する手法は, わが国では⽛つなぎ年金⽜と称されており特段目新しいものではないが,継 投型の大きな特徴は,①就労延長による稼働所得の獲得および将来の公的年 金の給付増,②つなぎの期間は私的年金だけでなく退職金・貯蓄等あらゆる 自助努力手段を動員,③公的年金の繰下げ受給を活用して終身給付の厚みを 増すことによる長生きリスク(平均余命の伸長に伴う生活資産枯渇リスク) のヘッジ,の⚓本柱で備える点にある。 上記②については,私的年金が野球でいうところのセットアップ(中継 ぎ)の役割を担うことにより,自助努力の範囲が⽛就労引退から公的年金の 図表16 年金における公私の役割分担(イメージ) (出所)谷内(2020)より抜粋 24) 詳細は,谷内(2020)を参照のこと。

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受給開始まで⽜の⚕~10年程度と明確化・限定化される。これにより,目標 意識を持った自助努力が可能になるほか,有期(確定)年金や一時金が主体 であるわが国の私的年金の給付実態にも適う。 上記③については,公的年金は強制加入を旨としており,終身給付の提供 主体としては任意加入の私的年金よりも効率的である。また,公的年金では, 受給開始年齢を最大70歳まで繰下げることにより,年金額が名目で最大約 42%増加することができる25)。これは,経済的には,繰下げ期間中の受取総 額(􀀽􀀽 増額前の年金額×繰下げ期間)を原資に,繰下げ増額分の終身年金 保険を一時払いで購入することと等しい。 (筆者は第一生命保険株式会社勤務) <参考文献> 岸本朝博(1992)⽛企業年金における一時金選択⽜⽝生命保険経営⽞第60巻第⚑号, 生命保険経営学会。 北村智紀(2012)⽛アニュイティ・パズル(終身年金パズル)再考⽜⽝年金ストラ テジー⽞第189号,ニッセイ基礎研究所。 久保知行(2002)⽝図説 すべてがわかる確定給付企業年金法⽞ぎょうせい。 五島浅男(1987)⽛退職給付制度における一時金と年金の調整⽜⽝日本年金学会誌⽞ 第⚖号,日本年金学会。 駒村康平(2009)⽛公的年金の繰り上げ受給・繰り下げ受給で逆選択は発生してい るのか⽜清家篤・駒村康平・山田篤裕編⽝労働経済学の新展開⽞第14章,慶應 義塾大学出版会。 田近栄治・林文子(1996)⽛個人年金市場と逆選択 国民年金基金のケース⽜⽝経 済研究⽞第47巻第⚓号,一橋大学経済研究所。 田中周二・臼杵政治(2007)⽛なぜ終身年金は普及しないのか 少アニュイティの 経済学のサーベイと日本への示唆⽜⽝予稿集⽞日本ファイナンス学会。 谷内陽一(2019)⽛企業年金の実務担当者として押さえておきたい年金・一時金の 25) 年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律(令和⚒年 法律第40号)の制定により,公的年金の受給開始年齢の選択肢の上限が70歳か ら75歳に拡大される(2022年⚔月施行予定)。受給開始を75歳まで繰下げると, 年金額は名目で約84%増加する。

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選択の⽛新常識⽜⽜⽝月刊企業年金⽞第38巻第⚒号,企業年金連合会。 谷内陽一(2020)⽛私的年金の税制およびポータビリティに関する考察 ⽛継投型⽜ による公私年金の役割分担を機能させるために⽜⽝日本年金学会誌⽞第39号,日 本年金学会。 塚原康博(2005)⽝高齢社会と医療・福祉政策⽞東京大学出版会。 日本アクチュアリー会(2017)⽝標準生命表2018の作成過程⽞。 藤田晴(1992)⽝所得税の基礎理論⽞中央経済社。 船津英紀(2004)⽛老後所得保障に関する一考察 退職一時金の年金化について⽜ ⽝社学研論集⽞第⚓号,早稲田大学大学院社会科学研究科。 ホリオカ,チャールズ・ユウジ(2014)⽛なぜ人々は遺産を残すのか? 愛情からな のか,利己心からなのか? 遺産動機の国際比較⽜AGI Working Paper Series No. 2014-14,アジア成長研究所。

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