研究集約的企業における研究開発支出の変動性と歪み
馬 場 正 弘
1.はじめに
産業構造や市場環境の変化に直面した企業にとって、新規事業分野への 転換や多角化を図るために不可欠な活動のひとつに、新製品や新生産工程 の実現を目指す研究開発活動がある。日本企業の研究開発活動に関しては、 対象の企業に対する調査票での調査をベースにした公的統計が整備され、 詳細なデータがとられている1 ) 。一方、個々の企業については、有価証券 報告書で公表される研究開発費などを通じて、その活動の程度をうかがう ことができる。これらはしばしば、企業の技術的活動そのものの活発さの 指標として用いられる。 しかし、新製品や新生産工程の実用化のためには、明示的な研究開発活 動のみならず、設備投資や従業員の教育・訓練などへの資源投入に際して の新たな工夫も必要とされる。また、技術革新にかかわる活動には、新知 識を獲得して新規技術の開発を目指す活動なのか、既存技術を利用してそ の改良を図る活動なのかという点で異なる形態がある。企業の技術的活動 に狭義の研究開発支出に反映される部分とされない部分があるため、技術 革新に対して積極的という特性を持つ産業や企業であっても、これらのど ちらに重点を置くかという資源投入のバランスに関する姿勢しだいで、研 究開発支出は時とともに変動する。 新技術の開発に着手し、実用化し、収益を得る過程において、企業は時 に研究開発の側に、時にその実用化の側に偏った資源投入を行うため、技 術機会や市場の需要要因など外的環境の変化の影響を取り除いても、各年の研究開発活動にはばらつきが生じる。本稿では、企業における研究開発 活動への資源投入に関して、積極的な新技術の開発と既存技術の改良によ る対応の間の選択に注目して、その長期的な趨勢だけでなくその年ごとの 変動の大きさが企業の長期的な成長と収益性の改善に対していかなる影響 を及ぼすのかを明らかにすることを試みる。このテーマについては、すで に馬場[2011]において、2000年代中期の日本の東証一部上場企業全体に おける年々の研究開発費の変動と企業業績との間の同時的関係の検討を試 みた。そこでは対象とする企業を研究集約性、企業規模、収益性などを基 準に分類し、相互の比較を行った。本稿ではさらに、これらについてとり わけ研究集約的な企業グループに焦点を絞り、さらにより長期的なスパン の中での研究開発支出の変動に関する指標を用いることで、以前のモデル についてさらに検討を進める。
2.知識の探索、利用と企業業績
2.1 探索と利用の概念March[1991]、Romanelli and Tushman[1994]、Benner and Tushman [2003]およびMudambi and Swift[2011]などは、企業の研究開発活動 は時間とともに単調に推移したり滑らかに増減するのではなく、むしろ集 中的に研究開発活動が行われる短い時期と研究開発活動が不活発化した長 い時期が交互に訪れることを指摘している。前者は新技術の発見を求める 活動が卓越する時期、後者はそれを利用して利益を上げる時期であるとさ れ、それぞれは「探索(exploration)」と「利用(exploitation)」の時期 と呼ばれる。 この探索と利用の違いは、その企業がいっそうの収益を上げるために利 用可能な新たな知識を見つけ出す活動か、すでにある技術のさらなる利用 を考えるという活動かの違いである。すなわち、全般的な技術の発展や企
業の環境変化の結果として既存の知識に基づく産業内での優位性が失われ るような大きな変化に直面したとき、企業は新しい発見に基づく知識が必 要であると認識し、新知識の探索に意義があると考えるようになる。しか し、そのような新知識が必要とされる局面においてそれを手に入れること ができる企業は、短期的な利益のために既存の知識の利用にもっぱら資源 を投入してきた企業ではなく、将来において利用価値を持つと期待される 新技術の探索を以前から怠らなかった企業である。Mudambi and Swift [2011]は、このような企業は将来的な視野に立って積極的な研究開発活 動のマネジメントを行う企業であると述べ、この活動を「プロアクティブ (proactive)」な研究開発と呼んだ2 ) 。 将来的な視点に立って新知識獲得への資源配分を決定する企業の活動は、 その経営上の業績や、ひいてはマクロ経済の成長にも短期及び長期の影響 を及ぼす。すなわち、探索への資源の投入は、さもなければ直接生産活動 に投入され得たはずの有限な資源を直ちには成果を生まない研究開発活動 に振り向けるものであるから、短期的には企業の業績に負の影響を及ぼす。 一方、この新技術の探索の成果は、新製品の実用化や新規事業分野の成功 など、イノベーションの成果の実現を通じて、長期的には企業にプラスの 影響を及ぼす3 ) 。 一方、企業に新知識の探索を促す産業や市場の環境の変化には、個々の 企業だけでなく同一産業内の他社もまた直面しているので、産業全体で集 計しても新知識の探索と利用の波が存在しうる。その結果、探索と利用へ の資源配分の変化は産業全体あるいは全産業で見た短期と長期の企業業績 にも影響を及ぼしうる。かくして、探索と利用の交代による技術革新の拡 大と停滞の繰り返しは、技術革新の集中的発生が超長期の景気変動を発生 させるとした、景気循環に関するコンドラチェフ=サイクルの考え方とも 整合する。 さらに、新たな知識をめぐる探索活動が企業の技術水準に対してもたら
す変化が大きいものであるほど、新知識とそれまで利用してきた知識との 間の不連続性は大きくなる。その場合、既存の知識を利用しながら同時に 新たな探索を行うことに要するコストはより大きなものとなり、既存の技 術の延長上において企業活動が行われる利用の時期と既存技術から脱却し て新規の技術を求める探索の時期との間の断絶は拡大する。長期間にわた って持続してきた安定した状態が中断され、企業活動が根底から変化する ような変革が組織を発展させるというこの不連続性に関する注目した Romanelli and Tushman[1994]は、このプロセスを生物進化における断 続平衡仮説に相当するものとして捉えた。この断絶のもとでは、従来の資 源の結合の延長による革新とは異なる新機軸の探索と実用化というシュン ペーター的な意味での創造的破壊が行われ、多様な技術的な可能性が試さ れ、そこから次の利用のもとになる技術が見出される。
2.2 想定される効果
新知識の探索と既存技術の利用に関するMudambi and Swift[2011]の 想定では、既存技術の利用を中心とした安定した時期には企業は技術開発 向けの経営資源を長期的な研究開発支出にはあまり充当せず、反対に新規 技術開発が必要となるような変化の時期には経営資源が積極的に研究開発 活動に振り向けられる。そこにおいては企業の経営資源は有限であり、研 究開発とそれ以外への配分は全体の業績への効果を考慮して戦略的に決定 される。この利用と探索の間の切り替えが頻繁に行われているほど、積極 的な技術革新のマネジメントが行われていることを意味しており、企業の 業績の改善につながると考えられる。これらからMudambi and Swift [2011]は、各年の研究開発支出の平均からのばらつきで測った変動性が 高い企業ほど自身の企業業績を高めるためにこまめな切り替えを行ってい るとし、企業業績や技術的特性という他の事情をコントロールしたうえで これは企業の成長率を高めるという仮説を導き出した4 )
最適な技術革新のマネジメントは企業の成長率を最高にするような利用と 探索への資源の配分であるということになる。
企業がどのような状況下でどちらの活動により多くの資源を配分するか については、経済的環境、企業業績、技術的要因が関与する。そこには利 用と探索の選択の結果としての企業の業績自体も説明要因として含まれる。 Mudambi and Swift[2011]はこれに基づいて、売上高の変動性、企業の 利益率、企業規模、負債の状況、研究集約度、集中度をコントロール変数 として、企業の新技術開発への資源投入とその結果を考察している5 ) 。
3.モデルと仮説
3.1 以前の検討からの展開 本稿では、上記の探索と利用の交代がもたらす作用についてMudambi and Swift[2011]が想定したいくつかの仮説のうち、研究開発支出の変 動性が企業の成長に対して正の関係を持つという仮説について検討する。 本稿に先立って馬場[2011]において同じモデルを検討した際には、東証 一部上場全企業を対象としたクロスセクション分析によって、2006年から 2008年までの 3 年間における研究開発支出の期間中平均値からの乖離に注 目した。そこからは、標本を二分して研究集約的企業とそうではない企業 を比較した場合、研究集約的企業においては標準偏差で測った研究開発支 出の平均周りの変動の大きさと総資本利益率の間に正の相関があることが わかった。また、総資産額で測った企業規模が大きく、研究開発活動自体 が活発で、さらに研究開発支出の変動性が大きい企業ほど、売上高の成長 率も高いという結果が有意に得られた。その一方で計測結果からは、そも そも研究開発支出の集約性が低い企業や研究開発活動への資源配分が大き くないという特性を持った産業に属する企業については、研究集約的企業 や産業と同様の解釈をすることはできないということも明らかになった6 ) 。また、研究開発支出の変動を観察する期間の長さしだいで変動性のデータ が意味するものが異なるという点に注意する必要があり、今後の計測に際 してさらなる検討が必要な点として残った。そこで本稿では、同じ東証一 部上場企業の中でも特に研究開発支出が大きい企業のグループに焦点をあ て、さらにデータを2000年代初頭における景気回復および拡大期全体とす ることによってより長い期間の中での変動に着目して、研究集約的企業に おける新知識の探索と既存技術の利用への資源配分に関する戦略が企業業 績にもたらす帰結を検討する。 3.2 研究開発支出の変動における「偏り」の意味 一方、研究開発支出の変動の大きさをその活発さの指標とする際に、こ れを標準偏差によって観察するという方法に加えて、本稿ではその変動の 方向がどのように偏っているかという要素にも注目する。Mudambi and Swift[2011]の場合、期間中の平均的な活動水準あるいはその変化のト レンドと比較して研究開発支出が「上方へ」偏るということが資源配分の 「利用」重視から「探索」重視への転換を意味していると見て、変動の幅 自体が小さい企業は将来の必要を見通した探索と利用の切り替えに消極的 であり、反対に変動の幅が大きい企業は将来の新技術の源を育てることに 限られた資源を積極的に配分するという戦略をとっているとされる。これ に対して、同じ研究開発支出の平均からの乖離であっても、低水準の支出 から高水準の支出への移行と高水準から低水準への移行は異なった研究開 発への態度を表し、前者はより積極的な探索への移行、後者はそこからの 撤退であり、前者がより多い企業ほど新知識の獲得に積極的ともみられる。 そこで、研究開発支出の変動の分布が正規分布ではないと考え、分布の偏 りを歪度によって捉えることによって、利用から探索への転換の積極性を 考慮するという方法が考えられる。ひとつの見方は、研究開発支出が平均 を上回る年が多いがそれらの各年における平均からの乖離は小さい企業を、
切り替え回数が多い企業として革新的とする見方である。その場合、分布 は下方向に長い裾野を持つ。反対に、研究開発支出が平均を大きく上回っ た年が少数ある企業を、大きな探索への舵を切った企業であると見る方法 もありうる。その場合分布の裾野が上方に長く伸びており、それらの年は 研究開発により積極的になるという切り替えが行われた年であると考えら れる。これらの企業は将来を見通して新知識の探索活動への積極的な投資 を行ったと考えられる。そして、既存技術の利用と異なり新知識の探索は 成果の発生までに時間を要するものであるから、期間中の活動が探索への 切り替えを多く含むものである場合、例えばDíaz-Díaz et al.[2008]のタ イプのモデルで計測される企業業績への短期的な効果は負になり、反対に 長期的な効果は正になる。したがって、企業規模や資産、平均的な研究開 発支出額、そしてそれまでの研究開発活動における利用と探索の結果とし ての現状の企業業績などで測った「両手利き(ambidexterity)」の可能性 をコントロールしたうえで、探索と利用の交代における偏りの効果を検討 することに意味があると考えられる7 ) 。 分布の偏りの尺度として用いられる歪度の概念に関しては、歪度の値が ゼロであれば左右対称の分布、正値であれば裾が右に長く山が左に偏り、 負値であれば裾が左に長く山が右に偏る。したがってこの変数は、期間中 に研究開発支出がトレンドを上回る探索の時期が利用の時期よりも年数が 多い場合に負値をとり、少ない探索の年数において非常に活発な活動が行 われた場合に正値をとると考えられる。本稿では、標準偏差自体の効果と 同じ方向を持つのがいずれであるかをもって、どちらが妥当するかを判断 する。 3.3 検討する仮説 本稿において検討する仮説は以下の通りである。 ・仮説1 期間中の標準偏差で測った研究開発支出のばらつきの大きさ
は短期的には企業の業績に貢献しない。ないしは負の影響を及 ぼす。 ・仮説2 期間中の標準偏差で測った研究開発支出のばらつきの大きさ はタイムラグを伴って企業の業績に正の影響を及ぼす。 ・仮説3 期間中の歪度で測った研究開発支出のばらつきの偏りが正値 あるいは負値で大きい企業ほど、標準偏差が大きいケースと同 じ効果が見られる。
本稿ではこれらについて、Mudambi and Swift [2011]のモデルに基づ きつつ、Díaz-Díaz et al. [2008]の方法で変数間の同時性を考慮する以下 のモデルを利用する。計測の第1段階においては、研究開発支出の変動性 を標準偏差で測ったものを被説明変数SDRD とし、対応する売上高の変動 性の標準偏差SDSL および過去の活動の結果としての売上高成長率などを 含むコントロール変数のグループQontrol を説明変数として回帰分析を行 う((1 )式)8 ) 。 第2段階においては、研究開発活動が新たな技術成果とその利用を通じ て企業業績に影響を及ぼすことを想定して、売上高の成長や利益率の改善 など企業業績の改善を表す変数のグループのうちから1つを被説明変数 Performanceとし、これを研究開発支出の標準偏差およびコントロール変 数のグループで推定する((2 )式)。 この第2段階の推定においては、変数SDRD には第1段階で( 1 )式を 推定した際のSDRD の予測値 fitted SDRD が用いられる。 ( 2 )式の被説明変数である企業の業績を表す変数としては、2009年の対 前年度売上高成長率GSL09、同期の総資本利益率の変化分DROA09 を検
討する9 )
。研究開発支出のばらつきと企業業績に影響を及ぼす独立したコ ントロール変数としては、Mudambi and Swift [2011]を参考にしつつ、 以前の馬場[2011]の計測と同じく第1段階の計測においては純資産額 (対数)LASSET、負債比率(対数)LDEBTR、2002年から2008年の研究 開発費年平均成長率GRD、総資本利益率ROA、2002年から2008年の売上 高年平均成長率GSL0208、2006年から2008年の当該産業全体の売上高成長 率GSALESI 、当該産業の1社あたり研究開発支出額(対数)LRDI 、 2006年の外国人持株比率STOCKF および少数特定者持株比率STOCKS を 用いる。同じく第2段階の計測においてはLASSET、LDEBTR 、GRD 、 GSALESI 、LRDI 、STOCKF、STOCKS に加え、当該企業の設立年次 ESTABLISHを用いる10 ) 。さらに、研究開発支出および企業業績の双方の計 測に関して、上記の各コントロール変数でも考慮しきれない、各企業が属 する産業に特有の技術的条件や市場条件が存在することを考慮して、対象 企業が属する産業分類を反映する定数項ダミー変数を説明変数に含める11) 。 一方、研究開発支出の標準偏差に代えてその歪度を変数として検討する 場合、計測式は次の( 3 )式および( 4 )式とする。 ここでは、標準偏差の場合と同様の理由から研究開発支出の歪度 SKEWRD が対応する期間の売上高の歪度SKEWSL に左右されることと、 売上高及び研究開発支出のばらつきの大きさがもたらす影響をコントロー ルするために、(3 )式での説明変数を選んだ。例えば、研究開発支出の歪 度が正値で大きい企業ほど探索への転換の程度が著しいと仮定するならば、 短期的利益を犠牲にした長期的成果を求めるものと想定されるので、研究 開発支出の標準偏差および歪度とタイムラグを置いた長期的な売上高成長
率および利益率変化の間に正の相関が認められると考えられる。 3.4 データ 今回の計測においては、『東洋経済統計月報』2009年 9 月号の「上場企 業の研究開発費動向」における「ランキング研究開発費上位200社」調査 から、2002年から2008年の研究開発費(実績額)対前年度増減率と売上高 のデータおよび2008年の産業別研究開発支出と企業数のデータを得た12 ) 。 その他の企業業績等については東洋経済新報社『会社四季報』2010年夏号 による。これらをもとに2002年から2008年における研究費支出および売上 高のばらつきとその歪みについて計算した。企業業績に関するデータは特 に記したものを除いて2007年度決算の連結決算データである。元データの 性格のため、対象企業は東証一部上場企業中の2008年の研究費支出上位 200社に限定されるが、これは研究集約的企業に絞ることで研究活動に積 極的な企業の戦略を検討することを可能にしている。なお、この200社の なかから期間途中で決算期変更があったなどの理由でデータの連続性がな いものおよび期間途中での合併や上場が理由で全期間ではデータがないも のは除外した。一方、馬場[2011]の場合よりも長期にわたるデータであ るため、そこでは検討できなかった分布の形状などを考察することが可能 となった。 なお、毎年の研究開発支出の標準偏差SDRD については、今回利用した 東洋経済統計月報による調査の元データが最終年以外変化率であるため、 本稿ではMudambi and Swift[2011]が用いた研究開発支出水準のトレン ドからの乖離ではなく、「成長率」そのもののばらつきという指標を検討 する。これは、各年の研究開発支出の対前年度成長率の期間中の平均成長 率(幾何平均)からの乖離をとるもので、支出水準と異なりそこには変化 の方向が反映されている。すなわち、これがプラスの時期は前後の期間に 比べて研究志向が強まるという変化が生じた時期と見て、利用から探索へ
の転換があったと解釈するものである。したがってこのばらつきが大きい 企業ほど、探索と利用の間を頻繁に行き来する企業ということになる。こ のように、水準と違って変化率の平均からの乖離の場合、1回高成長率の 年があればそれを打ち消すマイナス成長がない限り水準の上昇は維持され るため、右に長い裾野がある偏った分布は利用から探索への移行とその維 持を意味する。したがって、仮説3 については歪度が正値で大きい企業ほ ど新知識の探索に積極的であると見ることができる。
4.計測結果
まず、研究開発支出について標準偏差を変動性の指標とした場合の計測 結果を表1(1)に示す13 ) 。研究開発支出変化率の標準偏差を被説明変数と してこれを売上高変化率の標準偏差およびその他のコントロール変数で説 明した(1.1)式からは、2002年から2008年の間の研究開発支出変化率の標 準偏差SDRD は同じ時期の売上高成長率の標準偏差SDSL が大きかった企 ()業ほど大きいことが有意に近く観察され、研究開発予算が売上高に応 じて決定される関係を示した。また、資産規模とは負の関係にあり、大規 模企業であることが直ちに利用と探索の頻繁な交代を意味しないことがう かがえた。次に、この推定結果に基づく研究開発支出変化率の標準偏差の 予測値fitted SDRD を用いて企業業績変数を説明する第 2 段階の推定結果 を表2( 1 )に示す。(2.1.2)式では、市場が大きく混乱した時期を含む 2008年から2009年にかけての売上高成長率に対しては有意な効果が見られ なかった。一方(2.1.3)式に示したように同時期の総資本利益率の変化に 対しては有意な正の関係が認められ、探索と利用を頻繁に行き来する企業 は経済危機による市場の縮小で売上高が減少した中でも利益率が高かった ことを示唆する。なお、(2.1.1)式のように、標準偏差を計算した期間中 における売上高成長率に対する研究開発支出変動の効果として有意な負のSDRDi C ROA i SDSL i GSL0208 i LASSET i LDEBTR i GRD i GSALESI i LRDI i STOCKF i STOCKS i C ROA i SDSL i SKEWSL i SDRD GSL0208 i LASSET i LDEBTR i GRD i GSALESI i LRDI i STOCKF i STOCKS i SKEWRDi
値が計算され、短期的には利用と探索の交代が業績に負の効果を持つこと がうかがえる。これらの計測結果を見る限り、データどうしの関係は仮 説1 と仮説 2 に整合的なものといえる。 これに対して、説明変数として研究開発支出変化率の標準偏差と売上高 GSL0208 C fitted SDRD i LASSET i LDEBTR i GRD i GSALESI i LRDI i STOCKF i STOCKS i ESTABLISH i GSL09 DROA09 GSL0208 C fitted SKEWRD i LASSET i LDEBTR i GRD i GSALESI i LRDI i STOCKF i STOCKS i ESTABLISH i GSL09 DROA09
成長率の歪度SKEWSL を追加して研究開発支出変化率の歪度SKEWRD を説明した場合の計測結果を表 1(2)に示す。(1.2)式においては、売上 高成長率の変動が大きく、研究開発支出自体の伸び率が大きく、産業の売 上の伸びが大きく、研究集約度が大きい企業ほど、研究開発支出の変化率 は正の側に歪むことを示している。これは研究開発支出変化率の標準偏差 を被説明変数とした(1.1)式と同じ符号条件が成立していることを意味し、 標準偏差が大きいこととその歪度が正値で大きいことが同様な効果の方向 性を持つことを示唆する。すなわち、仮説3 が示すように、標準偏差が大 きいほど探索活動が活発であるとすれば、同様に歪度が正値で大きい場合 ほど探索活動が活発であると考えられる。期間中の売上高の伸びと歪みは 負の相関を持つが、これも(1.1)式と同様である。次に、第 2 段階として、 研究開発支出変化率の歪度の第1段階での予測値 fitted SKEWRD を説明 変数とした企業業績との関係を表2(2)に示す。2008年から2009年の売上 高成長との関係を示す(2.2.2)式では有意な関係にないが、利益率との関 係を示す(2.2.3)式では標準偏差の場合と同様正の関係が見られ、標準偏 差そのものの場合と同様、歪みのあるばらつきを持っていた企業の利益率 の高さを示している。なおこの場合も(2.2.1)式のように期間中の売上高 の伸びと研究開発支出変化率の歪みは負の関係にあり、やはり標準偏差の 場合と同様の傾向となり、仮説3 と整合する。
5.結論
本稿における計測の試みは、研究開発支出の戦略性をその頻繁な変更の 程度を用いて観察することを通じて、タイムラグを伴う企業業績への影響 を検討することを目的としていた。特に、研究開発活動に積極的な企業に 関して、馬場[2011]では検討できなかったいっそう長い期間における支 出の変動が意味するものを明らかにすることが目標であった。計測結果は必ずしも有意性が高いものばかりではなく、あてはまりの良 さの点で疑問が残ったが、様々な要因をコントロール変数として研究開発 活動の変動と業績の間の関係を見つけ出そうとした今回の試みは以下の各 点を示唆するように見える。まず、研究集約的な企業に限定した今回の標 本の場合、研究開発支出変化率の変動で見た研究開発活動の頻繁な変更は 当期の企業業績よりもその後の業績に正の貢献をすることが、余剰資源に よる両手利きの可能性を考慮し、また長期間の研究開発活動の動きを反映 した今回の標本について認められ、こうした企業における研究開発活動が より長期の見通しのもとで行われている様子がうかがえた。一方、その変 動は単純に平均周りで増減を繰り返す企業よりも偏った増減を伴った企業 において効果があることが示唆された。すなわち、研究開発費の成長率が 特に大きい年があった企業ほど変化率のばらつき自体と同様の企業業績へ の効果が認められた。 これらは、もっぱら研究集約的な属性を持つ企業において研究開発支出 の年々の変動の大きさが長期を見据えた技術的活動への積極性を表してい るという馬場[2011]の結果と整合的である。そして、活動の成果が売上 高という規模に表れるか利益率という収益性に表れるかという点は異なる ものの、この種の属性を持つ企業の一群における技術的活動の一側面がい っそう明らかになったと考えられる。 ただし、今回の計測結果は売上高の成長で測った企業業績の改善への効 果が不明瞭なものにとどまり、また変数の選択しだいで結果が不安定であ ったことから、本稿は試みの計算結果の報告とするにとどめた。これには、 売上高成長および利益率改善に関するデータ期間が2008年以降の世界的な 経済危機を含む期間であることが結果に影響していると思われる。これに ついては、2012年度の決算の後に公表されるデータを用いることで、この 影響を克服した後のより長期的な改善との間の関係を検討することが期待 できる。また企業固有の要因を排除するためには複数年度によるパネル分
析が求められるが、これについては研究開発支出成長率のデータの制約が ある。成長率データが存在する期間を複数に分割すれば可能だが、その場 合標本が小さいことにより成長率の歪度の数値の意味が不明瞭になるため、 成長率の標準偏差に論点を絞り、さらにより最近のデータを用いて期間を 伸ばすことを今後の論文の進展に際して検討する。 注 1)総務省『科学技術研究調査』、経済産業省『企業活動基本調査』等におい て事業所ベースでの調査をもとに産業別集計値が公表されている。
2)Mudambi and Swift[2011]、pp.429-30。
3)このモデルの実証研究としてDíaz-Díaz et al.[2008]などがある。馬場 [2011]の目標の1つはこの関係を明らかにすることであった。
4)Mudambi and Swift[2011], p.430。 5)Mudambi and Swift[2011], pp.433-4。 6)馬場[2011]pp.30-33。 7)Greve[2003]が指摘するように、潤沢なスラック(余剰資源)を持つ企 業においては、支出先が早期に確定せず状況に応じて研究開発支出を直接あ るいは間接的に支援することが可能な組織及び金融面での余裕が大きい。そ の場合、企業は探索による長期的成果と利用による短期的成果を両立させや すい。このような「両手利き」の企業では、短期的な利益の追求が長期的に 新知識の獲得を阻害したり、反対に長期的な知識の探索が短期の業績に悪影 響を及ぼしたりといった可能性は相対的に小さい。したがってそのような企 業における探索と利用の切り替えと企業業績の関係は余剰資源の存在によっ て見えにくくなりうる。特に、本稿の場合研究費ランキング上位企業という 中小規模の企業に比べこの種の余剰が豊富な集団を標本としているため、企 業の資産の規模や借り入れた資金の豊富さなど余剰資源の大きさをコントロ ール変数として計測を行う必要がある。 8)企業の研究開発支出の決定に際してはその売上高に関する見込みから可能 な額が予算化されるという側面があることを考慮すると、研究開発支出の変 動の大きさは同期の売上高の変動に左右される。その他、研究開発活動の活 発化をもたらす技術機会要因と市場需要要因を考慮する必要があることから、 Mudambi and Swift[2011]においてもこれらが考慮されている。
9)その他研究開発支出の変動期間中の年平均売上高成長率GSL0208 を比較の ため被説明変数とする。
10)変数の選択の考え方については馬場[2011]の場合と同様である。ただし、 本稿の場合、後述のように連結決算のデータを用いたなどの理由で、ダミー 変数を一部捨象した。 11)200社が該当する産業は以下のとおりである(会社四季報での区分による)。 食料品、繊維製品、パルプ・紙、化学、医薬品、石油・石炭製品、ゴム製品、 ガラス・土石製品、鉄鋼、非鉄金属、金属製品、機械、電気機器、輸送用機 器、精密機器、その他製品、陸運業、卸売業、情報・通信業、電気・ガス業。 定数項および産業毎の集計値を用いた説明変数があることなどが理由で、使 用したダミー変数の数は上記の産業数よりも少ない17である。 12)『東洋経済統計月報』第69巻第 9 号、pp.12-17。 13)表 1 および表 2 の各計測には産業別ダミー変数を利用したが、推定結果は 省略した。また、推定方法は誤差項の不均一分散に関してロバストな推定に よる(TSP5.0のOLSコマンドにおけるオプションROBUSTSE、HCTYPE=2 による)。 参考文献
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