書評 ・グ リム童話 (
1)
― ア メ リ カ に お け る グ リ ム ・ メ ル ヒ ュ ン ―
Eine Rezension>Grimms Marchen <.Erster Teil
―"Grimms' Fairy Tales" in Amerika―
小
高 康
正
最近、 日本 でアメ リカのグ リム ・メル ヒェン研 究 (以下、断 りのない限 り、 グ リム兄弟のメル ヒ ェンを中心 とす る研究 を簡単にグ リム研究 と呼ぶ ことにす る)の翻訳が立て続けに出されている。 これ までにルース ・ポティツタ- イマ-の 『グ リ ム童話の悪 い少女 と勇敢 な少年』 とマ リア ・タタ ールの Fグ ))ム童話- その隠 されたメッセー ジ』
の二冊が出された。 これ らは、鈴木晶を中心 とし た何 人か (メンバーは変わる)によってなされた 仕事 である。 さらに、 ジャック ・ザ イブスの 『グ リム兄弟』 (仮)の翻訳 も準備 中 とのことである。 この著者の研究はすでに 『赤頭 巾ちゃんは森 を抜 けて』が別の訳者たちによって紹介 されている`l'。 これ までア メ リカにおけるグ リム研究が 日本 で 紹介 され るこ とはあま りなかったので、 ここに き て現代 のア メ リカの研究者の代表的な仕事がまと まって紹介 されたことは大 きな意味 を持 っている。 それ も一般読者に向けて 『グ リム童話』の本格的 な研究書が紹介 されているとい うところに、現在 の 日本 におけ る、『グ リム童話』の受容の仕方、更 にはグ リム研究の在 り方に大 きな変化 を読み取 る こ とがで きるのか も知れない。 こうい う点について、以下、二回に分 けて、 こ れ らの著作 を中心に して、同時に、 日本で最近 出 された他 のグ リム関係の本に も目をむけなが ら、 考 えてみたい。 (それぞれの著作か らの引用は、邦訳 をその ま ま使用 させ ていただ き、本文内にそのペー ジ数 を 記 した。)Ⅰ
. 先 に挙 げた著作は、それぞれ、ボティツタ- イ マ- (
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年に出されている。 これ らの著作が、アメ リカで相次いで出された のは1
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年代 に入ってか らであ り、 ちょうどグ リ ム兄弟の生誕二百年(
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年は兄ヤー コプ、翌1
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年 は弟ヴイル-ルム)の時期 にあたっていた。 この時期 にアメ リカで もうひ とつ重要 な本が出 された。 それはボティツタ- イマ-の編集によっ て1
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年 に出版 された論文集、『お とぎ話 と社会一 幻想 ・ほのめか し・規範』(
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である。1
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年に米プ リンス トン大学 で人類学、建築学、比較文学、英語 ・英 文学、独語 ・独文学などの部門の学際的協力 を得 て催 され た学会で発表 された もの を中心 にまとめ られている。そこに収録 された1
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編の論文は、フ ォー クロア としての民話の語 りに関す る報告か ら 『千夜一夜』 を扱 った もの まで多岐にわたってい るが、その うち直接 グ リム ・メル ヒェンを対象に した ものが5
編含 まれている。著者の名 前だけ を 挙げ ると、 タタール、ボティック- イマ一、 ミュ ラー(
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、ザ イブ ス、そ し てレレケ(
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である. その後のアメ リカでの グ リム研究 を リー ドしていった三人の研 究者がす でに顔 をそろえていたことにな る。 そこに唯一の ドイツの学者であるレレケが加 わ っていることもこの論文集の重要性 を示 している。 レレケは言 うまで もな く、 グ リム ・メル ヒュンの長野大学紀 要 第13巻 第1号 1991
テキス ト校訂に関 して最 も重要な仕事 をしている 研究者であるが、その後が寄稿 した論文 「〈マリー ばあさん)による (きっすいの- ッセン人〉のメ ル ヒェンー ある神話 の終
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は現在のグ リム研究に画期的 な局面 をもたらした記念碑的 な研究である`2'。つ ま りそれ まで、 グ リム兄弟の集めた話は ドイツの - ッセン地方 を中心 とす るものであ り、話の提供 者 もその地方の農民であるとい う通念が受け入れ られていた。 しか し、上述の レレケの論文によっ て、グ リム ・メル ヒェンの主だった語 り手が十六 世紀以来、フランスか ら ドイツに移住 したユ グノ ーの子孫であることが明らかにされ、 グ リム童話 の一つの 「神話」が崩 れたのであった。 十年近 く前に発表 されたレレケ論文が こうして 並べて取 り上げ られていることは、 レレケの仕事 がその後のグ リム研究 に与えた影響の大 きさを物 語 ると同時に、それが アメリカにおいていかなる 方向に向かっているのか を知 るいい機会で もある。 ⅠⅠ. 文学研究者であるタタールは、その著 『グ リム 童話- その隠された メッセー ジ』でグ リム論 を展 開す るにあたって、「文学 と民間伝動 ま、互いに混 ざ り合 ってはいるが、起源 も意図 も構造 もすべて 異 なるのだ」(21ペー ジ)と述べ、文学研究の手段 がその ままでは使 えないこと、民間伝承が境界の ない分野であ り、一面的な解釈 を避けねばならな いことか ら、「民俗学者が開発 した方法、精神分析 的評論家の洞察、そ して歴史学者の持つ資料」(
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ページ) を援用 し、総合的にグ リム ・メル ヒェン を見 る立場 をとった こ とを表明 している。 タタールがこれ ら三 つの分野か ら援用 した研究 とは、具体的にはプ ロ ップの民話の形態学であ り、 ベ ッテル- イムの心理 学的 (およびフロイ トの精 神分析的)解釈であ り、ター ン トンの歴史学的方 法 (あるいは資料) である`3'。 では、 タタールはそれぞれの分野 (方法論)か ら何 を受け取 り、 どの ようにグ リム研究に援用 し たのか を見てお きたい。 タタールの研究 の 出発点には民間伝承(
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である が 4'、 タタールの関心は、 さらに具体的に「お とぎ 話」(
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の訳。タタールは民話の中の空想 性の強い物語 をこう呼んでい る)がいかに画一的 な、共通の構造 をもっているか、 そ して、そのよ うなパ ター ン化 された構造 を産 み 出 してい る法 (ルール)は何 なのかに向け られた.そこで、「お とぎ話はその構造か らみれば、すべ てひ とつの型 に属す る」(122ペー ジ) ことを芙証 したプ ロップ の 『昔話の形態学』に注 目した。周知のように、 プロッ70はロシアの民話 (魔法昔話) を分析 し、 そこに共通の構造 を作 り出 してい る31の機能 を取 り出 した。「プロップのい う機能 とは、『話の筋に とって重要だ とい う視点で取 り出 された登場 人物 の行為』のこと」(122ペー ジ)である。 またさら に、 この31の機能が働 く場 として7つの行動領域 を次の ような登場人物に割 り当てている。その7
つ とは、
「1
悪者2
恵み を与 える もの3
助力者 4王女 5送 り出す者 6主人公 7主人公のに せ もの」(
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ペー ジ)である。 タタールは、その後の、 グレマ スや メレチンス キー らによるプロップ理論の修正 を踏 まえて、特 に、主人公の役割に着 目している。つ ま り、「主人 公は他の仝配役にたいしてその反対の位置にお り、 主人公以外の役割は主人公か らの視点でのみ決 ま る。」これによって、必ず しも一対一 で対応 してい るわけではない行動領域 と登場人物の錯綜 とした 関係に 「唯一の」純粋 な役割 を取 り出す ことがで きるのである。 このような視点 をもって、 タタールは 「登場人 物は主人公 との関係でのみ性格づ け られ、それぞ れの立場が善か悪かにはっき り分 れている。お と ぎ話のめ ざすのは、話の中心 にい るたったひ とり の主人公が魔法の異質 な世界 を通 るうちに、 日常 の現実の単調 な世界のなかでの抑圧 された状況か ら、 まぶ しい新 しい現実へ と浮上 してい くこ と だ。
」 (114ペー ジ) と考 える。 ところが、 こういったお とぎ話 の構造の画一性 はどうして生 じるのか とい う疑問が残 る。それに対 して、 タタールは、「民話の心理的力学」の分析 が必要 であると考 え、そのひ とつ として、た とえ ばフロイ トの 「家族小説」 とい う考 え方 を持 って きている。 それは 「ある桂の神経症患者の心理か ら、想像の世界に生 きている子 どもたちの心の営 みが洞察で きる」(132ペー ジ) というものであ り、 タタールはそこか ら 「子 どもじみた空想が生み出 す家族小説は、民衆の空想やゝら生 まれた、家族の お とぎ話にそなわっているテーマのお もな特徴 を、 そっ くり写 している」(133ペー ジ) ことをグ リム のい くつかの話の中に見ている。 また、「当時の農民生活 と、民話のある部分が符 合す ること」を強調 し(5'、民話 を歴史的資料 とみな したロバー ト・ダー ン トンと同 じように、 タター ルは、お とぎ話の中にそれが作 られ、語 られた時 代 の社会制度が反映 されている点 も重視 している。 その時代 とは、封建時代であ り、「多 くのお とぎ話 の社会構造、制度、経済構造が、中世 あるいは少 な くとも近代以前の形態に もとづ いた もの」(97ペ ー ジ)であるととらえている。 しか し、歴史家ではないタタールはそれ をその まま歴史的な証言 (事実) として取 り出そ うとす るのではな く、「民話はつねに歴史的、文化的な現 実の断片 を含み もっているのだが、それ らは しば しば超現実的な方向をとるテクス トの中に埋め こ まれて しまっている
。
」(108ペー ジ) と考 える。 以上、タタールがグ リム論 を展開す るにあた り 援用 した理論や考 え方 をざっとみたわけだが、実 はこの ように個別に見ていたのではタタールの研 究の独 自性が どこにあるのか見 えてこない。いわ ば三つの色の光線が交わったところにいかなる色 彩が生 まれ、それに照 らし出されてグ リム ・メル ヒェンが どのように浮かび上が るのか を見 なけれ ばならない。 タタールに とって三つの光線はメル ヒェンの ジ ャンル論で交わっているように見える。 タタールはまずグ リム童話 を口承の民話 とみな さず、「民話 と文学 との ぎこちない二重の生 き方」
(73ページ) をしている、つ ま り 「民話か ら文学 にまで広が る物語領域の うち、 グ リム童話はほぼ まんなかに位置す る。
」(74ペー ジ) と考 えている。 この ような見方は、 グ リム童話が口承 の民話 を 忠実に記録 した ものではな く、 グ リム兄弟の手に よって変更 を加 えられたテ クス トであるとい う見 方が定着 しつつあることに よって、最近のグ リム 研究 では特にめず らしい ものではな くなって きて いる。 しか し、たんに、 グ リム童話 を、 口承の民 話で もな く、創作の文学 で もない とい うように、 摘短的に位置づけるだけでは十分 ではない。そこ で、 タタールは、 さらに、現実性の強い、写実的 な物語のことを 〈民衆物語)(folktale)と呼び、 それ と対照 させて、空想性 の強い、現実敗れ した、 作 り話の世界の物語の こ とを (お とぎ話)(fairy tale)と区別 した (75ペー ジ)。 これによって次の ような区分 の図式が出来上が る (76ペー ジ、図C を参照 して、筆者が作成)O 民 衆 物 語 † 口承- グ リム童話 -文学 上 お と ぎ 話 グ リム童話 を中心に円を描 くと、 この四つの四 分 円の中にグ リム童話のさまざまな型のテクス ト があてはめ られ る。例 えば、 口承のお とぎ話には、 「白雪姫」(KHM53,Sneewittchen)、文学的お と ぎ話 に は 「ゆ き し ろ とべ に ば ら」(KHM161, SchneeweisschenundRosenrot)、 これは、 シュ タールの物語か らとった ものである `6'。 それに対 して、「か しこい百姓娘」(KHM94, Die kluge Bauerntochter)な どは 口承 の民衆物語 に属 し、 「苦楽 を共に」(KHM170,LiebundLeidteilen) はや は り別 の ところか らとって きた話であるので、 文学的民衆物語 とい うことになる。 こ うして、 グ リム童話は民衆物語 とお とぎ話の両方 を含み、民 間伝承か ら文学 まで網羅 していると言われ る。 こうしたタタールのグ リム童話にたいす るジャ ンル論的な特徴づけは、これ まで210編 を含むグ リ ム童話 を無造作にひ とまとめに して論ず るか、あ るいは、ほんの一部分のみ を取 り出 して全体の特 徴 とす るような議論が多いなかで、個 々の話の多 様性 を踏 まえた うえで、 グ リム童話全体 をどのよ うに位置づ けるのか とい う困難な問題 に対 して、 ひ とつの新 しい考 え方 を提示 している と言えよう。 例 えば、 グ リム童話に出て くる男の主人公は大長野大学紀要 第13巻 第1号 1991 きく二つのグループに分け られる。第-の グルー プは、最後には身分の低い者が王位につ き、貧 し い者が金持 ちになる。その際、主人公の条件に「つ つ ましさ」が求め られ る。つつ ましい主人公のみ が人物 テス トに合格 し、援助者の力によって最後 に幸福 を手に入れることができる。 この ような主 人公のグループはお とぎ話に見 られ るものである。 それに対 して、第二のグループは民衆物語に見 られるもので、「この一群の主人公の話には、王や 王女は出て くるが、お とぎ話の持つ魔法的側面は な く、おか しみは土臭 く、話の調子 も現実的だ。 主人公たちはたいてい職業につけ るほ どの年齢に なってい る。年季奉公 をしている者が多いが、 な かには、仕立て屋、森番、商人、雇われ兵 もいる。」
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ペー ジ) この よ うに二つ の主人公 の タイプ はあ る程 度 「お とぎ話」
「民衆物語」とい うジャンル的下位区 分 に対応す る。その結果、「お とぎ話は、ひろ く行 きわたっている社会秩序 (たいていはブル ジョワ の価値観 で覆われた封建社会) を暗黙の うちに支 持 し、 こ うした社会秩序 を支 えるために求め られ る美徳 をすべて受け入れているが、民衆物語は、 そうした社会秩序の神聖 さを侵 し、労働倫理 を根 底か ら覆 している。
」(199ペー ジ) と言われ る。 しか し、 この区分、あるいはそれぞれの話が伝 える 「メッセー ジ」が相容れない もの として固定 的に捉 えられているのでないことは、
「ルンベルシ ュテイルツヒェン」(
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についての分析か らも明 らかである。 この話は、「魔法お とぎ話の糸紡 ぎ肯定のイデオ ロギー と、滑稽民話の労働否定の価値体系 とを結 びつけた話」 (199ペー ジ)と見 られ、「糸 を紡 ぐ三 人の女」(
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に 現われ るモチー フ と細か く比較 され ることによっ て、「民衆物語のユーモアに どっぷ りつか っていな が らなおかつ、お とぎ話の魔法 をそのなかに含み もっているのだ」(
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ペー ジ) と言われ る。 また、 このジャンル的区分 の境界は時間的な変 化 をこうむ ることもある。例 えば、「青 ひげ」 `7)の 話で、女の好奇心がなぜ死に値す るほ どの罰 を受 けねばならないかが取 り上げ られている。青 ひげ の妻 となった者 は 「この部屋 を覗 いてはな らな い !」 とい う禁止 をおか し、つ ぎつ ぎと残酷な殺 されかたをす る。 この青ひげの話 はペ ローの場合、 女の過度の好奇心 をいましめ る警告物語 とされた が、 グ リム童話になると、最後に女主人公は知恵 を働かせ て危機 を脱す る点に力点がおかれ るよう になった。そこか らタタールは、 グ リムの頃には「
『青ひげ』がふたつの別々な物語一好奇心の危険 性 を警告す るお とぎ話 と賢い若い女性が冷酷 な悪 者に打ち勝つ民衆物語一に分れていた」 (273ペー ジ) と推測す る。 この ようにタタールによるグ リム ・メル ヒェン のジャンル論の大 きな特徴のひ とつは口承 と文学、 お とぎ話 と 「民衆物語」 とい うジャンルの座標軸 の設定によって、 グ リム ・メル ヒェンの多様性 を 浮かび上が らせ た点にあると言えよう。 その際、 タタールはこれ らの口承 と文学、お とぎ話 と民衆 物語 とのあいだ を流動的に とらえて、 口承 の話 と 文学的な話、民衆物語 とお とき話の問のダイナ ミ ックな関係のなかに、 グ リムの話の特徴が見て取 れることに注意 をうなが しているのである。 だが、 この タタールのジャンル論には 『グ リム 童話集』に含 まれ る個々の話のタイプ区分 とグ リ ム童話全体 の関係 を考 えようとす るとき、ひ とつ の問題点が見 えて くる。 タタールは、「民話か ら文学にまで広が る物語領 域の うち、 グ リム童話はほぼ まんなかに位置す る。 テクス トのなかには民話のほ うへ、あるいは文学 のほ うへ引っぼ られているもの もあるが、おおか たはその中間 を占めている」(74ペー ジ) と考 え、 「グ リム童話は、混成のテ クス トとい う部類には いるので、文学的民話 と呼べ るか もしれない」(75 ペー ジ) とも言 っている。 このような定義の仕方は、民話 と文学 とい うジ ャンルの区別の重要性 を強調 しなが らも、その境 界線 をあいまいに して しまうことにならないであ ろうか。 タタールは民話 と文学の区別 を、 口承の 話か ら文字で書かれたテクス トにいたる連続す る 一本のグレー スケールのようにイメー ジしている ようである。 しか し、言 うまで もな く、 口承 の話 と文字に定着 されたテ クス トとは程度の差による 区別ではな く、両者の本質的な違 いによって根本 的な境界線が引かれねばな らない。 この両者の理 論的な区別 を最初に提唱 したのは、先に示 したよ うに、ヤ コブソンとボガ トゥイ リョ7であるが、そこでヤ コブ ソンらはフォー クロアの本質的な特 徴 として 「フォー クロア形成物その ものの存在 は、 や っとそれがある共同体によって受け入れ られた 後に始 まり、 その うちこの共同体が 自分 の ものに した ものだけが存在 し続ける」 とい う 「共同体 の 前 もっての検 閲
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とい う概念 を提唱 した。そ して、ヤ コブ ソ ンは両者がい くら絡み合 い、素材が深 くかかわ り あっていて も、「口承詩 と文学の根本的な境界線 を 消す権利はない」 として、その違いを、構造主義 言語学の概念 である、くラング〉と くパ ロール〉の 関係 によって説明 したのであった'8'o タタールはグ リム童話 を口承か ら文学 に至 るス ケールの中間に位置づけ、 グ リム童話の成立 を、 グ リム兄弟の手によって、 口承 の民話が文字に書 かれたテクス トになった とい う点に見ている。 そ してヴイル-ルムの改作(
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につ いて も、三つの段階で とらえられている。「第一段 階は、兄弟の実際の手直 しは入っていないが、結 果的にふた りの聞いた話の中身が変更 されただろ うとい う段階だ。 グ リム兄弟が鋭い 目をし、ペ ン を構 えてその場にいるだけで、語 り手の話ぶ りに 影響せずにはいなか ったろう。第二段階は、積極 的な手直 し、すなわち話 し言葉の語法 を読むのに 適 した文学的言語に直す段階だ。だが話の輪郭や プロッ トの構成要素 を変 えるような大々的な手直 しが あ るの は、 よ うや く第三段 階 になってか ら だ。
」(
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ペー ジ) しか し、 グ リム童話の成立が この ように 口承 の 民話か ら文字 に書かれたテクス トに至 る、段階的 変化 ととらえることによって、 口承 と文学の根本 的な境界線 を消 して しまうだけでな く、 さらには 『グ リム童話集』の歴史的位置が明瞭に浮かび上 がってこないのではないだろうか。 つ ま り、 グ リム童話 を十九世紀に文字に書かれ たテ クス ト、つ ま り文学作品 『グ リム童話集』 と して扱お うとす るならば、 口承 の話 との関係は、 素材 と作品の関係 とみ られるだろう。 そ して素材 としての 口承 の話が、 グ リム兄弟の手によって、 どの ような文学作品になっていったかは、 もとの 話 を想定す るだけでな く、その当時の文学史 との 交流のなかで観察 しなければならない. このようにタタールの提示 したジャンルの図式 はグ リム ・メル ヒェンのひ とつひ とつの話 とグ リ ム童話全体 との関係 をどう見 るか とい う点では少 しあいまいな部分 を残す とはいえ、 グ リム童話の ジャンル論が、 グ リム兄弟 自身による手直 しと緊 密につ なが ってお り、ひいてはグ リム童話の成立 をどの ように評価す るか とい う、いわばグ リム童 話の歴史性 とも深 くかかわって くることを示唆 し てい る。 ⅠⅠⅠ. タタールはお もにジャンル論の面か らグ リム ・ メル ヒェンを考察 し、ヴイルヘルムによる手直 し(
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によって 「隠されたメッセー ジ」
を明 らかに しようとしたのに対 して、ポティツタ - イマ-は「
『グ リム童話集』は十九世紀の ドイツ に しっか りとその根 をす えた歴 史的 な記録 であ る」 (11ペー ジ)とい う前提に立って、 グ リム童話 の道徳観や社会観 を分析 している。 分析の方法は、「モチー フ、テーマ、出来事が設 定 されている物語 とテクス トの コンテ クス トに焦 点 をあて」、「モチー フ間の類似性 を相互 に関連づ け る」 (94ペー ジ)や り方 をとっている。 その際、 話 を語っている言葉 を綿密に調べ、特 に話法の数 量的 な分析 は、 ボティツク- イマ-の主張に説得 力のある裏付け を与えている。た とえば、 ヴイル -ルムによる直接話法への書 き換 え (多用) を単 に子供にわか りやす くす るため といった修辞法上 の問題 として受 け とめ るのではな く、誰が言葉 を 発 しているのか とい う面か ら見 るとき、 そこには、 女性 に対 して沈黙 を強いる価値観が現われている と解釈す る。 本書でのポティック- イマ-の一貫 したね らい は Fグ リム童話集』に繰 り返 しあらわれ るテーマ の コンテクス トや相互関係 を調べ るこ とによっで、 グ リム童話が読者に語 っている社会観 と道徳観 を 見定め ようとす ることにある(58ペー ジ)。 なかで もフェ ミニズムの立場か ら女性 に対す る性差別が 論 じられ るところでは、ポティツタ- イマ-の グ リム論は批判的な色合いが強い。水 と火 とい う自 然の力 を取 り上げた章では、水に象徴 され る女性 の肯定的なイメー ジは どん どん弱め られ、「
『十二 人の兄弟』に登場す るような自主性のあ る王女 の 姿は何度 も修正 され、その結果 『六羽の 白鳥』に長野大学紀要 第13巻第 1号 1991 出て くる、無力な妹の姿 となって しまった」(82ペ ー ジ)と言われる。 また、「マ ))アの子 ども」の娘 の処罰の苛酷 さに見 られ るように、『グ リム童話 集』 ではいたるところで娘 と女は罰せ られている、 と言われ る。 『グ リム童話集』にあ らわれた価値観が十九世 紀 ドイツの当時の社会的価値 と道徳的価値 を反映 している、 とい う見方は、先に とりあげたタター ルの グ リム論に も見 られ るものであるが、ポティ ック- イマ-の特徴は特にグ リム童話の もつ女性 差別の問題 を、個 々の話の分析 を通 して具体的に 取 り出 した点にあろう。ポティツタ- イマ-はす でに
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年の 『お とぎ話 と社会』の 「グ リム童話 における沈黙す る女性 たち」 と題す る論文で、お とぎ話 とい うジャンルが一見無邪気で、無害なよ うに見えるが、実際は女性 は沈黙す るものだ とい う規範 を伝 え、強要す る媒介 となっていることを 指摘 していた`9'。 ポティック- イマ-はお とぎ話が十八世紀後半 か ら十九一郎 己にかけて児童文学の領域に入ってい く過程 で FグT)ム童話集』の果た した役割に注 目 し、それ をグ リム兄弟の社会的意図 と結びつけて 考 えてい る.「ヴイル-ルム・グ1)ムの社会的意図 は、童話集が次第にふ くらんで、やがて規範的な もの とされる二百話にまで達す る間に、彼が書 き 加 えた り、入れ換 えた りした ところにあらわれて いる。勤労、男女別に定め られた役割、娘や女に 対す る概 して処罰的な態度、社会 の枠内での安定 を第一 と考 える一貫 した世界観、 こういった もの がヴィル-ルムが何年 に もわた り童話集 を改訂増 補す るうちに形成 されていった」(
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ペー ジ)。つ ま り、「ヴイル-ルムは家父長的で保守的な社会 を 志向 していた」(209ペー ジ) と言われ る。 口承の民話(
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をで きるだけ忠実 に再現 した民話集 を扱 うときには、その民話集の 個々の話の もっている価値観は、民話 自体の もつ 価値観 として解釈す るこ とができ、読み手あるい は聞 き手に対す る影響や受容の問題 も民話のテク ス トと同 じや り方で扱 うことがで きるが、編者の 特定の意図が強 く働 いている場合には、それ を口 承のテ クス トと同 じレベルで扱 うことはで きない のは言 うまで もない。 それで rグ リム童話集』に おいて も、最近はボティツタ- イマ-のグ リム論 にみ られ るように、特 にヴイルヘ ルムによる編集 のや り方に明確 な教育的、社会的意図 を読み取 ろ うとす る傾向が強 くなって きてい る。しか し、個々 のテ クス トにおいて どこまでを民話の本来的な属 性 と見なし、 どこか らを編者の意図的な改変 と見 るかは容易なことではない。 ポティック- イマ-はある出版社 の 『グ リム童 話集』の著作 をめ ぐる訴訟問題 を取 り上げ、童話 集は法的に兄弟の もの とみなされ るとい う訴訟状 の立場に同意 しなが ら、「この判断 こそ、本書の出 発点なのだ。」と述べ、「
『子 どもと家庭の童話』の 内容 をどの ように考察す る場合 で も、ヴィル- ル ム ・グ リムが、 どれだけ、 また どの ようにテクス トを改変 したかについての正 しい認識がなければ ならない」(33ペー ジ)と、 グ リム童話 を扱 う際の 基本的な作業のひ とつ として強調 している。 そ してボティツタ- イマ一によれば、 グ リム童 話は、「ヴィル-ルム・グ リムが半世紀に もわたっ て休 まず手 を入れたこ とで、かつてないほ ど内的 に一貫 した価値観 を備 えた物語集 となった」(39ペ ー ジ)、つ ま り、「古 くか ら人び とに語 りつがれて きた民話 を再定式化す る際、ヴイル-ルム ・グ リ ムはおそらく知 らず知 らずの うちに一つのメッセ ー ジを話のなかに入れて しまったのだろう。 もと の話が作 り直 されて きた方法 と方向 を解明 してみ ると、 ヴイル-ルムは家父長的で保守的な社会 を 志向 していた とい うこ とが明 らか となる」(209ペ ー ジ)。 だが、ボティツタ- イマ-が取 り出 してみせ た、 グ リム童話の もつ イデオロギー性 を 「古 くか ら人 び とに語 りつがれて きた民話」には全 く見 られな い とは言えない と同様 に、ひ とりヴイル-ルムの 価値観に還元す ることもで きないであろう。 そこ には口承 の民話が もっていたであろう価値観や メ ッセー ジに異なる意味 を付け加 えるコンテクス ト の変化があったのではないだろうか。つ ま り、 グ リム童話が もともとの 口承の (フォー クロア〉の 位相か ら く文学)の レベルへ と入 ってい くことに よって身につけた ものがあったであろう。 この点については、先 に も述べ たように、 グ リ ム童話 をグ リム兄弟の手によって作 られた文学作 品 として扱 うとい う前提か ら出発す る場合、その 前提は口承 と文学 をめ ぐるジャンルの問題に関わり、 さらには文学 史 におけ る位 置づ け を明確 にす るこ とに よって検証 され なければ な らないだ ろ う。
しか し、 ボティ ック- イマ一 に とっては、 お と ぎ話 は ジ ャ ン ル の 区分 で は、民 話 (Volksmar -chen)と文学 的お とぎ話 (Kunstmarchen)を含 む
もの であ り、 この間の区別 は問題 となっていない よ うであ る。 ザ イブ ス もまた、十七世 紀 のペ ローか ら現代 に 至 る までの世 界各地 の 「赤頭 巾ちゃん」 の再 話や パ ロデ ィ を取 り上 げ、 その変遷 を辿 った 『赤頭 巾 ちゃんは森 を抜けて』 (原題 を忠実 に訳せ ば、「赤 頭 巾ちゃんの試練 と苦難」 の意) では、ペ ローや グ リムな どの再話 を (文学 的お とぎ話) として、 口承 の話か ら厳 し く区別 し、 それ らが生 まれ た時 代 の背景 を考 察 して い る。 その結果、 これ らの文 学的再話 には当時 の イデ オ ロギー が たっぷ り含 ま れて いる と考 えた。 グ リムの「赤ず きん」(KHM26,Rotk鎧ppchen) につ いて、ザ イブスは次 の よ うに述べ てい る。「明 らか に、かつ ての 口承 の物語 は、性 的欲望や森 の 中の実際的 な危険 につ いて語 りか け るあけす けな 話 で あったo それが、 グ リムが F赤帽子 ちゃん』 を文 明化 し、洗練 し終 わ った頃には、性 と肉体 に 理 性 を従 わせ るため の コー ド化 された メッセー ジ に変 わっていた
。
」 (30ペー ジ)つ ま り、ザ イブ ス に とっては、「
F赤頭 巾』 の文学上 の変遷 は、西欧 社会 におけ る性 の社会化 の発展 に対応 してい る。
」
(44ペー ジ) と解釈 され る。 ところが、 ポティ ツタ- イマ一編 の Fお とぎ話 と社会』 に収 め られ たザ イ70スの論文 「グ リム兄 弟 と、お と ぎ話 に 対 す る ドイ ツ 的 好 み」(The GrimmsandtheGermanObsessionwithFairy Tales,p.271-285)では ドイツにおいてお とぎ話 が特 に好 まれ る理 由 を、お とぎ話 とい う 「制度 と しての ジャンル」 (thegenreaslnstitution)の面 か ら見 るこ とを提案 してい る川。 (こたか やす まき 助教授) (1991. 5. 1 受理) 注 (1) Fグ リム童話の悪い少女 と勇敢 な少年j(鈴木 晶、田中京子、広川郁子、横 山子訳 紀伊国屋書店、 1990年)、Fグリム童話-その隠されたメッセージJ
(鈴 木晶、高野真知子、山根玲 子、吉 岡智恵子訳 新 曜 社、1990年)、F赤頭巾ちゃんは森 を抜けて』 (廉岡糸 子、横川寿美子、吉田純子、阿畔社、1990年) (2)この論文の ドイツ語原題 と初出は次の通 り。 Diestockhessischen,MarchenderAltenMarie: DasEndeeinesMythosum dief畑hestenKHM -AufzeichnungenderBrtiderGrimm,inGermanisch -RomanischeMonatshefteNF25,S.74・86,1975.邦訳は
、
F現代に生 きるグ 1)ム」(谷口幸男他著 岩 波書店 1985年、259-285ページ)にあるが、訳者が 明記 されてお らず、最 も重要な番号表(268ページ)に 不正確 なところがある。 (3) これらについては、それぞれウラジー ミル ・プ ロップ著 F昔話の形態学J
(北岡誠司他訳 白馬書房 1983年)、ブルーノ ・ベ ッテル- イム著 F昔話の魔力』 (波多野完治他訳 評論社 1978年)、ロバー ト・ダー ン トー ン「農民は民話 をとお して告げ口する」(ターン トー ン著 r猫 の大虐殺』 (海保 真夫他 訳 岩 波書店 1990年、3-110ペー ジ)の邦訳がある。 (4) Fロマ-ン・ヤー コブソン選集3j(川本茂雄編 大修館書店 1985年、12-26ページ)参照 (5)ターン トーン 51ページ 参府 (6)グリム童話の話は、通常、原題 (Kinder-und Hausm宜rchen)の頭文字 (KHM)をとり、通 し番号 を付けてよんでいる。 (7)「青ひげ」 (Blaubart)は初版では取 り上げられ たが、はっきりとペローの話に由来 していることがわ か り、第二版以後は削除された。 (8) Fヤー コブソン選集3j(13-21ペー ジ) (9) FairyTalesandSociety,p.130.(10)TheGrimmsandtheGermanObsessionwith FairyTales,p.275.