最近の労働法学を取り巻く状況としては, 私は, 二つの変化に注目している。 ひとつは, 労働法の 領域の拡大, ないしは他の法領域との交錯問題の 増加である。 これは, 10 年ほど前から, 国際的 労働関係と準拠法の問題や, 企業組織再編成と労 働契約の問題として現れていたが, 最近には, 倒 産法制の整備における労働債権保護の課題, 個人 情報保護法制定と労働市場・人事管理における個 人情報保護の問題, 労働者のプライバシーの権利 をめぐる学説・裁判例の発展, 職務発明における 発明者の対価請求裁判例の増加と特許法改正, 営 業秘密保護法制と職業選択の自由の問題, 等々, 労働法学者が伝統的守備範囲を離れて, 他の法領 域の問題に挑戦する場面が多くなった。 昨年の労働審判法制定では, 労働法の分野に専 門的裁判手続法が成立し, 労働審判によって命じ うる措置の限界いかんなど, 非訟事件手続法など の民事手続法を基礎とした解釈問題が登場するこ ととなった。 また, 労働組合法改正でも, 労働委 員会の手続に証人等出頭命令・物件提出命令, 公 益委員の除斥・忌避・回避, 証人の宣誓義務など が導入され, 民事訴訟制度と対比した議論の必要 性が増大した。 これらは, 労働法学者が, 自分の 守備しやすい城にたてこもることを許されず, 野 に出て他の法分野の騎士とわたりあう機会が増え ているような状況である。 もうひとつの変化は, 法科大学院教育の開始で ある。 昨年4月から一斉にスタートした法科大学 院では, 法曹養成という明確な統一的目的による 教育が行われ, 労働法の教育もその中に組み入れ られている。 そこでは, 各専門的法分野の理論的 体系的知識を講義によって授けるよりは, ケース メソッドによって事実関係に即して法律問題を分 析する訓練に重点を置いた教育が行われているは ずである。 このような共通の教育を法の分野を問わず実施 するということになれば, 専門分野の独自性はそ の限りでは捨象され, むしろ法としての共通性が 強調されることとなりうる。 その究極の姿が, 各 教師がいくつもの専門にまたがって授業を担当す る米国ロースクールの状況である。 実務と理論の 架橋という理念のもと, 多数の実務家教員がさま ざまな授業に進出していることも, この傾向を促 進しよう。 ここでも, 労働法学は, 他の法領域と の交錯を強めていくこととなりうる。 以上の変化の背景には, 1990 年代から進行し た政治制度改革, 行政制度改革, 経済制度改革, 司法制度改革という一連の大がかりな法制度改革 があるし, また, 企業等の組織的法違反を糾弾し 法の遵守を求める強力な社会的潮流がある。 つま りは, 日本社会は, 社会経済のグローバル化や情 報化等を背景に公正透明な法的ルールを整備し, それを現実に機能させるという法治 (法化) の時 代に入っているように見受けられる。 賃金不払残 業の大々的な是正, 労働審判制度の成立, 労働契 約法制定の課題などは, このような動きを端的に 表しているといえよう。 したがって, 労働法は, 今後も, 横断的な立法 や問題がどんどん生じていくであろうし, 社会的 役割や重要性を増していくであろう。 労働法は, 面白い時代に入ったと実感している。 労働法学が, 法律学としての普遍性を格段に強 化しつつ, その専門性を新しく発展させる時代が 到来したといえるのではなかろうか。 (すげの・かずお 東京大学名誉教授) 1
労働法学のニューフロンティア(PDF:135KB)
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