Author(s)
釜本, 健司
Citation
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of
Humanities and Social Sciences(9): 91-102
Issue Date
2007-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6195
明治初期の中等学校における公民関連諸学科目の特質
一教授内容提示型学科目としての出発した「学校のく教科〉しIとしての公民教育一 釜本健司 要約 本稿の目的は,明治初期(学制期から教育会期にかけて)の中等学校における公民関 連諸学科目の特質を解明し,「日本の学校における社会認識教育はどのような形で出発 したのか」という問いに答えることである。 明治初期の公民関連諸学科目は,政治関連学科目・経済関連学科目・法律関連学科目 の三つに分けられ,それぞれ教養的知識・学問的知識・実用的知識の提示をめざす学科 目として導入された。 こうした性格をもつ明治初期の公民関連諸学科目は,近代国家のモデルとなる知識の 提示をある程度なしえたものの,自律的な教育目標・教育内容・教育方法を欠いていた。 また,認識形成や資質育成という社会認識教育としての基本原理が自覚されたわけでは なかった。そのため,提示する知識内容に応じて異なる学科目が多様に導入される形で, 日本の学校における「教科」としての公民関連教育は出発することとなった。 キーワード:公民教育史,明治初期,中等学校,教授内容提示型学科目 1問題の所在 (1)研究の目的 日本の学校における社会認識教育はどのような形で出発したのか。本稿の目的は,明治初期の 中等学校における公民関連諸学科目)の特質の検討を通してこの問いに答えることにある。なお, 本稿では「公民関連学科目」という名称で,現在の高等学校の教科「公民」に相当し,経済や法 律,政治など,当時の社会についての知識を内容とする学科目を総称する。 経済や法律,政治など,その当時の社会についての知識は,日本の近代学校制度が出発した学 制期から教授されていた。これまでに行われてきた明治初期の公民関連学科目についての研究は, 大きく二つのタイプに分けられる。一つは,戦前期公民教育の流れの一部として概観した研究2) で,もう一つは,この時期の学科目の教育目標・教育内容を,学問的/思想的観点から検討した 研究3)である。 なお,後者のタイプの研究は,教科書からこの時期の学科目の特徴を抽出してはいるものの, そのほとんどが初等教育レベルの科目の考察に割かれている。したがって,本稿のようにこの時 期の中等学校の学科目をとりあげ,社会認識教育の「教科構造」(目標・内容・方法)の観点か ら「教科教育史」的に検討した研究はほとんどみられないのが現状である。 (2)研究の対象と方法 本稿では中等学校の学科目を考察対象とする。その理由は,対象とする学科目を学校における 正規のく教科>としての公民関連教育の史的展開に位置づけて検討するためである。というのは, 戦前期においては,中等学校以上にしか公民関連学科目が設置されなかったためである。 考察の方法は以下のとおりである。まず,明治初期に導入された公民関連学科目には何がある -91-かを,当時の学科課程における位置づけと併せて述べる。次に各学科目の代表的な教科書の構 成と記述内容の分析によって,各学科目の教授内容の特質を明らかにする。この分析に基づいて, 考察対象とした諸学科目の「教科構造」(目標・内容・方法)を解明し,なぜこのような「教科 構造」の学科目が導入されたかという視点から,対象とした諸学科目の社会認識教育としてのI性 格を提示していく。 2明治初期の公民関連教育諸学科目の概要 (1)学科目の種類とその学科課程上の位置 まず,この時期の公民関連学科目には何があったかを概観する。文部省レベルの法令に明記さ れた諸学科目を教授内容によって分類すると表lのようになる。 表1明治初期の中等学校公民関連学科目の名称と類型 (筆者作成) まず,学制期の学科目の「国体」と「政体大意」は,下等中学第一学年第六級に4),「経済学」 は上等中学第一学年から第三学年を通じてそれぞれ配当された。また,教育令期の「経済」は初 等中学科第四年,「本邦法令」は高等中学科二年二級にそれぞれ配当された。 いずれの学科目も「歴史」「地理」など他の社会認識教育関連学科目より下位にあり,配当時 間も少ないため,この時期の公民関連学科目の学科課程上の位置は周辺的であったといえる。 (2)各学科目で使用された代表的教科書 では,前述の諸学科目においてはどのような教科書が使用されていたか。この時期は教科書検 定制度が未確立であったため,とりわけ学制期の動向の把握は容易ではないが,各中等学校の教 則をもとにこの時期に使用されたと考えられる教科書の確定を試みる5)。 まず,この時期の政治関連学科目の代表的な教科書としては,加藤弘之訳『国体汎論』・『立 憲政体略』,津田真一郎(真道)訳『泰西国法論』が挙げられる6)。 経済関連学科目の場合はどのようであろうか。まず,学制期の「経済学」における代表的な教 科書としては,ウェーランド『経済学』(EノementsofPMticalEconomy)7)や『小経済書』が ある。また,教育令期における学科目「経済」においては,31の府県で,寶節徳(永田健助訳) 『寶氏経済学』(永田健助,1877年)が使用された8)。 法律関連学科目としての学科目「本邦法令」では,どのような教科書が使われていたのか。こ の学科目の教科書には,司法省『類聚法規」を使用する府県が最も多く,26の府県で使われてい た代表的な教科書といえる,)。 政治関連学科目と経済関連学科目の教科書は,欧米の政治や法律に関する書物を翻訳して,中 等学校用教科書として使用したものである。しかし,「本邦法令」は,その名称のとおり,日本 -92- 分類 学科目名 設置されていた時期 政治関連学科目 経済関連学科目 法律関連学科目 「国体」,「政体大意」 「経済学」 「経済」 「本邦法令」 学制期(1872~1879) 教育令期(1879~1886)
の法令を教える学科目であるため,法令集や実際の法令を教科書にしていた。 なお,本稿では,学科目の特質の解明という目的に即するとともに資料的制約のため,代表的 な教科書を選んで分析していく。そこで,次節では,加藤弘之訳『立憲政体略』,津田真一郎 (真道)訳『泰西国法論』,寶節徳(永田健助訳)『實氏経済学』,司法省『類聚法規」を中心に その構成と記述内容を検討する。 3公民関連諸学科目の性格 (1)教養的知識提示型学科目としての政治関連学科目 i)全体構成一国家体制建設の一般原則- この学科目の代表的な教科書である『泰西国法論』の構成は,次頁表2のとおりである。 まず,第一巻では,「国法論の総旨」として,国法論の性質を「国家国民双方の権と義を彙集 して論ずloUとする。そのうえで,国の主権,国権を行使する領域として,立法・行財政・司法, および刑罰に関する概要を説明している。第二巻は,国民の区分と,国家と国民の権利と義務に ついて論じ,第三巻は政治体制について述べている。次いで,第四巻は,国家を統治していくた めルールである法規を定める際に,基礎となる重要な法規である根本律法(憲法)や立法機関と 行財政機関の規則に関する一般原則を論じている。 以上の構成から,学科目「政体大意」教科書の全体構成の典型的特質は,国家を統治していく 際の国家の権限と国民の権利義務をどう定め,どのような体制のもとで国家行政をどう行うかと いう,国家統治の一般的諸原則を網羅している点にあるといえる ii)記述構成一概念の分類とそれに基づく説明一 それでは,記述構成の特質はどのようなものであろうか。「政体」についての記述の構成を例 にとると以下のとおりである。 まず,『泰西国法論』の場合は,「政体は政治の体裁にして西人之を国貌と称すⅢ)」と定義し, 政治体制の本質を,国権を一人で専有しているか,多数の人で分け持つかという視点で分類し, 各々の類型に属する国家のありようを説明している。『立憲政体略』の場合は,政体を君政と民 政の二種に分け,さらに君政を君主檀制・君主専治・上下同治の三つに,民政を貴顕専治と万民 共治の二つにそれぞれ分類し,各々の類型について説明を加える構成を採っている12)。 このような検討から,明治初期「政治」関連学科目の教科書の構成上の特質は,各概念の本質 を定義してその概念が内包するさまざまな要素の分類を行い,それに基づいて各分類を説明して いく点に見いだせる。 iii)記述内容一統治に関する概念的知識を中核とした知識の提示一 それぞれ単元の記述内容はどのようであるか。その典型は,『泰西国法論」第三巻第一編「政 体総論」の記述である。その内容は以下のようにまとめられる。 まず,第一章・第二章では,次のような形で,政体の定義と原則的な類型が述べられている。 第一章政体は政治の体裁にして西人之を国貌と称す、蓋政治の体裁異なるに従て国家の 外貌互いに異なればなり。而して国家の外貌多般なりと錐、今其帰を要すれば惟二源体ある 耳。 甲多頭政治闘鋪宇 乙一頭政治雛講 第二章右二原体の流派甚だ多し。故に同じ多頭の国なり然れ共其の種類数多あり。又同 じく一頭の国なり然れ共種類数多あり。'3) -93-
表2『泰西国法論』の構成
(津田真一郎訳『泰西国法論」江戸開成所,1868年[明治文化研究会編「明治文化全集第十三巻法
律編』第三版日本評論社,1968年,67~104頁所収]より筆者作成。構成視点は筆者が付した。)
-94- 構成視点 巻 篇 国法論の概念 主権の`性質 国権の概要 立法 行政 司法 国法論の総旨 国法論の釈義井に其界限 国の主権 制法 政令井に理財 司法 司法井に治罪法 国民の定義と分類 権利と 義務 法律上の国民の本質 国籍による住民の分類 人身の自由による住民の分 類 身分による 住民の分類 前近代東洋型 西洋型 国民の権利 国民の政治参加権 国民の義務 国家丼に其国の住 民双方の権義 国法論にて立る本国住民の区別 国民外国人 自主民不自由民 国民品種の区別 国民品位の区別 国家に対して住民有する所の通権 国民の公権又名都人士権 国家に対して住民務む可き義 政治体制の本質 政治体制の実際 国権を分散させる統治形態国民すべてが参加する形態 特定階級のみが参加する形 態 国権を集中させる統治形態 一国の分割統治 複数の国の盟合 国(政治体制)内の行政的区分 各種の政体 政体総論 多頭政治 平民政治一名民主の国 豪族政治 一頭政治 籍士の制 盟邦及び合邦 国内の区別 統治権のための立法の本質 憲法 憲法の概念 憲法における国民の権利義 務 憲法における国家の概念 議会の勢力の制御 行政法の理想 議会における政府の活動 行政府長官の権限と責任 財政安定のためのルール 見今定律国法の大旨 定律国法の釈義 根本律法 国家及其国の住民彼此権義の定規 国勢即建国の法制 定律国内均勢の制 政令理財を良善ならしむる保証 政府の報告 宰相の任務 国家の財政をして善ならしむる保証第三章以降では,「右二原政体の変性体なる者あり。故に本来国体の本旨本体に背戻せる変成 多頭の国あり,変成一頭の国あり'4)」というような形で,「例外」となる政体が,各国に存在し, 政治体制が多様であることを概念的に説明している。さらに「変性政体」を採る国家体制の帰 結についての評価や例外的国家体制である神主国家,籍士の制についての説明を行っている。こ のように,原則とその例外を概念的に説明したうえで,その評価を下しながら事実を提示してい く記述構成といえる。 ただし,概念の具体的な事例となる個別的記述的知識にあたる記述は欠如しており,過去(前 近代)のヨーロッパなどの簡単な概括が事例として付されているにすぎない。したがって,法 学・政治学的な概念を事例に即して「説明」するのではなく,概念自体の提示のみに焦点をあて ている,という特徴をもつものといえる。 iv)政治関連学科目の特質一教養としての西欧的国家統治概念の提示_ ここまで検討してきた,「政治」関連学科目の教科書記述からみた特質は,次のようにまとめ られる。教科書は,国家統治の一般原則を網羅する形で内容全体が構成され,その統治にかかわ る概念を分類による説明で提示していく形で構成された。また,記述内容は概念的知識を中心と しており,政治的な理念につながりうる内容にもかかわらず,後の公民関連諸学科目のように価 値的な知識や観念を形成する側面は乏しかったといえる。 この学科目が扱う知識の特徴は,国民の権利や憲法の本質などの法学に基づく知識と政治体制 の特質のような政治学に基づく知識を混在している点にある。それは,近代国家体制建設のモデ ルとなる知識を重要視したためである。 この学科目の教授内容は,明治初期に近代的国家体制に関する概念的知識を中心とし,政治学 的な知識のみを提示するものとは性格を異にしている。しかし,実際の日本の国家体制成立に直 接関連した事例などの知識は提示されていない。こうしたことから,政治関連学科目の特質は, モデルとしての国家体制について,教養としての知識を提示している点にあるといえよう。 (2)学問的知識提示型学科目としての経済関連学科目 i)全体構成一社会経済学理論書の体系に依拠した構成一 最初に経済の基礎概念を押さえたのちに,市場における財の効用が発生しそれが市場の中に流 れていく過程(生産→交換→分配)へと進んでいく。そののちに,市場間の取引の要素を含む外 国貿易・信用論や,国家を対象とした租税論の内容が教授される。したがって,この全体構成は, 市場経済の経済学理論の教授ののち,それに基づいて市場の概念のみでは扱えない「外国交易信 用及上租税論」を教えるという意味で,社会経済学の理論書の体系に基づいた構成になっている。 ii)記述内容一具体例を活用した経済理論の説明一 では,実際の教科書の記述内容はどうなっているか。記述の一部を取り上げて検討したい。 まず,「需要と供給の法則」を押さえたあと,「第一類ノ物品」の定義とそれにあたる財の例が 示される。なお,ここでいう「第一類ノ物品」は,供給量が増えないために需要の状況が価格を 規定する力の大きい財のこととされている'5)。 その後,レイフェル氏の絵画を購入するという事例に基づき「有力な需要」の定義がなされ, 絵画の性格をふまえながら,以下のような形で,価格の決定についての一般的説明的知識を提示 する。 固ヨリ供給限リアルモノニシテ諸人相競フテ欲スル時ハ其ノ需要ヲシテ供給卜均カラシム ニ至ル迄益其ノ価ヲ競騰シテシカル後初メテ供給卜需要トノ釣合ヲ得セシムルニ至ル'6) したがって,学科目「経済」の教科書においては,このように絵画の売買(需給)といった具 体例を使用し,供給の絶対量が少ない財についての物価の決定法則という経済理論を説明する記 -95-
表3『寶氏経済学』の構成
寶節徳(永田健助訳)『寶氏経済学』巻之一~巻之五永田健助,1877年より筆者作成。
なお,構成視点は筆者が付した。) 述がなされている,と特徴づけられる。 iii)経済関連学科目の特質一「社会経済学」理論の提示― ここまで検討してきた学科目「経済」の特質はどこに求められるか。筆者は,それを社会経済 学に基づいた,理論的知識の提示にあると考える。その特質は,以下の点に表れている。まず,教科書の全体構成は,市場における財の流れを説明し,それを,市場間関係も含む経済
事象の説明へと敷術していくという当時の社会経済学の理論書がとった体系に基づいてなされている点にその特質が表れている。章構成においても,基礎的な経済理論をまず提示し,それを関
連する側面に援用していくという構成を見てとれる。 こうした特質は,記述内容においても生かされている。記述内容は,ここで取り上げた絵画の売買,あるいは,アメリカの独立直後ハミルトンの税制'7)の評価など具体的事例を取り上げて,
それらを経済学の理論に基づいて説明する構造になっていた。 このように経済関連学科目は,事例に則して理論を説明・適用するという構造を有している点で,学問的知識の提示に重点をおいた特質を有しているといえよう。なお,特質を学問的知識
の「提示」としたのは,こうした体系を有していた教科書の理論自体の教授が優先されていたた めでもある。 -96- 構成視点 編 章 「社会経済学」理論の提示 単一市場内 経済学の本質・基礎概念 財の生産要素 財の交換 交換の本質 交換の尺度 交換の手段 物財の交換原理 交換手段の価値決定法則 基礎 適用 収益分配の基礎 収益の種類 土地からの収益 労働からの収益 資本の収益 市場間 外国との商品取引 間接的金融取引 国家の経済(収入) 総論 生財論 交易論 分配論 外国交易信用及上租税論 (生財論ノ要旨) 土地 勤労 財本 交易論ノ要旨 価値及ビ賃銀 貨幣 物品ノ価値 貨幣ノ価値 (分配論ノ要旨) 地代 労働者ノ賃銀 財本ノ利潤 外国交易 信用 租税(3)実用的知識提示型学科目としての学科目「本邦法令」 i)構成一行政機構の部門別網羅一 学科目「本邦法令」はどのような特質を有しているか。前述の代表的教科書『類聚法規』の構 成は,表4のとおりである。内容は,第一類の皇室に関する法規から,第二十類の外国交際に関 する法規まで20の部門から構成されている。これらの部門は,おもに当時の行政管轄にしたがっ て,それらを網羅する形で部門分けされたものと考えられる。それが,『類聚法規』の全体構成 の論理になっているといえよう。 表4『類聚法規』の構成 第|兀I類 第五q二 …十類 第十一コ三 第十六鶚 第十鴬 第十九手 第ニョニ (司法省『類聚法規第六編目録』博文館,1884年,索引1~35頁より筆者作成。) -97- 類 内容項目 第一類 皇室,朝参朝賀,門規門官,昇降 第二類 官制(総則,太政官,内務省,大蔵省,陸軍省,海軍省,文部省,工部 省 等 , 司法省,宮内省,府県,神官教導職),会議,任免及履歴,官位及勲 第三類 布告達,上申下達照会移文,印章,徽章,服制 第四類 図書出版,新聞紙,度量衡 第五類 国郡,船舶,航海,灯台浮標 第六類 駅停,郵便,電信,鉄道,鉱山,営繕 第七類 地所(官有地,学校用地,開墾,墓地),森林山野,租税,地租,地方税, 租税収法,証紙印紙及税則 第八類 戸籍(表式,種族),行旅,衛生(医業,疫牛馬処分),病院 第九類 会計,予算,出納,決算,公債,貨幣,紙幣,賃下,俸給,旅費,慰労 金,諸給与,賞与賑ilL備荒儲蓄 第十類 典礼,社寺,葬儀 第十一類 警察,海軍警察 第十二類 諸業(官業,農商務省通信規則,鳥獣猟,商標条例,印紙,売薬,煙草, 会社,酒造醤麹,雑,博覧会,共進会) 第十三類 民法,貸借 第十四類 訴訟法,行政裁判 第十五類 治罪法,陸海軍治罪法 第十六類 監獄則,海軍監獄則,海軍在監人給与規則 第十七類 刑法,陸海軍懲罰 第十八類 学制 第十九類 兵制 第二十類 外国交際
ii)記述内容一行政文書の時系列的包括的掲載一
では,『類聚法規』の記述内容はどのようなものであったか。『類聚法規』に掲載されている法
令をはじめとした行政文書は,表4の部門別順序に従って通し番号が打たれ,部門ごとに時系列
順に配列されている。記述は,法令や布告,通達の内容のみで,次のような形で,それらが列挙
されている。Bi罪r〒i。明治十四年六月十五日達輪廓附
第五十一号官省院使庁府県
明治十年八月第五十八号達相廃シ更二文部省所轄官立学校図書館教育博物館職制及ビ職員名称
等級左ノ通相定候条此旨相達事 東京大学職制 総理 文部卿ノ命ヲ奉ジ大学ノ事務ヲ総理ス 大学及大学予備門職員ヲ監督ス大学及ビ大学予備門職員奏任以上及判任助教授ハ之ヲ文部卿二具状シ其他/判人以下ハ之
ヲ専行ス事故アルトキハ奏任以上ノ職員ヲシテ其ノ事務ヲ代理セシムル事ヲ得
(後略)'8)その記述内容の特質は,ある事態が起こった時に執るべき一定の規定力をもった,当該分野に
おける行政処理の内容を文章化した点にあるといえる。iii)学科目「本邦法令」の特質一行政事務に資する法令・行政文書の網羅的提示一
本項で考察してきた学科目「本邦法令」の特質は,法律だけではなくさまざまな布告・通達を
も網羅した教科書を使用することで,行政事務におけるさまざまな案件の取り扱いの教授をめざ
したことにある。こうした内容は,のちの中等公民関連学科目のように,普通教育に明確に位置
づけられている場合,社会規範の一つである法律の規範的側面を暗黙的に教えるに至る。その性
格は,確かにこの時期の学科目「本邦法令」でも指摘されよう。しかし,国家における基幹的人材の養成というこの時期の中等教育への要請と併せて考えると,
将来の基幹的人材にとって必要な行政実務手続を詳しく提示して理解させることを試みていると
いう意義を見いだせる。この学科目の目標が,法律成立の意味や条文の解釈や本質を理解するこ
とではなく,法規の内容そのものを会得することにあったのも,将来国家の基幹的人材になるべ
き者にとって必要不可欠な実用的知識の習得にあったためと考えられる。このような学科目が設定されたこと自体は,日本の近代的制度が徐々にできつつあり,日本社
会について教授できる内容が生まれてきたことを意味している。上級中学のみでの配当という限
定的な形ではあったが,こうした点に学科目「本邦法令」の意義は認められる。
ただし,この学科目の教授内容は,書かれた法規や行政文書の内容そのものだけであった。そ
のため,学科目「本邦法令」は,他のこの時期の学科目とは違って,社会についての科学的知識
に基盤を持つものとならず,あくまで行政事務に関する実用的な知識を提示するという性格を帯
びた学科目として導入されることになった。4教授内容提示型く社会認識教育>として出発した明治初期の公民関連諸学科目
前節までの議論は,この時期に成立した諸学科目の教科書の内容分析を通して,公民関連諸学
科目がどのような内容上の特質を有していたかを明らかにするものであった。それでは,なぜこ
のような「教授内容提示型」ともいうべき学科目として,この時期の諸学科目が成立することに
-98-なったか。ここでは,この問題についてく教科>の目標・内容・方法としての「教科構造」を視 点として考察する。 目標は,たとえば学科目「経済」における「理財ノ原理ヨリ生財配財ノ方法及交易租税等ノ定 則ヲ講述シ其ノ大体ヲ通暁セシム'9)」というように,知識を教授しその内容を知らせること,と いう形で設定された。このことは,その学科目における教授内容を押さえること自体が教授目標 になっていることを表し,教授内容がなければ目標は成立しないことを意味している。 内容については,次のように評価できる。まず,政治関連学科目や経済関連学科目の場合は, 欧米の社会科学の知見である政治学・法律学・経済学に基づく概念的な知識を教授していた。学 科目「本邦法令」も当時において効力を有していた法令や通達などの行政文書の包括的に提示し た。その意味で,当時の教育に求められた歴史的課題としての近代国家体制の建設に資するモデ ルとしての社会に関する知識を取り込むことには一定の成功を収めたといえる。 ただし,その学科目の内容は,教育の論理に即して独自にたてられたものとはいえない。この `性格は,たとえば教育令期の学科目「経済」の「理財ノ原理ヨリ生財配財ノ方法及交易租税等ノ 定則20)」とした内容要旨にその性格がよく表れている。このように,内容の要旨は教科書にもり こまれた大項目をそのまま抽出したにすぎないものにしかなりえなかったということである。 この時期の学科目の教授方法に関する特質は,以下に示す事例に典型として表れている。 一つは,学科目「経済」においてみられた例である。それは,分析対象とした教科書の序文で, 訳者が「原書ハ専ラ小学ノ科業ヲ主卜為スニ由り毎章末二疑問ノ設アリ然しドモ本邦二於テハ末 ダ問答教授ノ法行ハレザルヲ以テ本書ニハ之ヲ訳載セズ2')」として,教師が授業で講述する内容 のみを訳出して出版したことである。 もう一つの事例は,学科目「本邦法令」教科書のほとんどが法規集で,それも生徒が所有する ためではなく教師が授業での口授するため指定された場合が少なくなかったことである22)。 これらの事例は,教師が教科書の内容を講述する以外の教授法を見いだしえなかったことを表 している。その原因には当時の教育理論の未熟さもあろう。しかし,本稿での考察の背景となる 公民関連教育の教科教育史の視点からは,社会認識形成や資質育成という,社会認識教育の基底 的目標原理が自覚されていなかったことが根本的な原因になっていると考えられる。 ここまで述べてきた「教科構造」を図示すると図lのようになる。 図1明治初期の公民関連諸学科目の「教科構造」 (筆者作成) -99- 教授目標 教授内容 教授方法 教養的知識提示 <---------一一一一一一一 学問的知識提示 <----------- 実用的知識提示 ≦---------------- 政治 経済 法律(行政事務) (講読)
この時期の学科目は,学科目の教授内容を教科書によって示すのみで,自律的な学科目の目 標・内容・方法をもちえなかった。したがって,社会認識教育としての「教科構造」は築かれな いまま,本稿で考察してきた諸学科目が「教授内容提示型学科目」として導入され,日本の学校 における公民関連教育は出発することになったといえよう。 5結語一明治初期の中等公民関連諸学科目の教科教育史的意義 前節で考察したとおり,この時期の諸学科目にあっては,教授内容提示型という'性格が示すよ うに教授内容が最も重視された。そこに教科教育史的意義と限界性の両者が介在している。 まず,意義は以下のようなものである。前述のように近代国家の建設を社会の課題としてい た当時の日本においては,「先端的な」社会についての知識をできるだけ多く,かつオリジナル に忠実な形で教授することが,国家の基幹的人材育成を期待された当時の中学校への社会からの 要請にある程度応える仕方であったということである。 この種の学科目の限界は,内容の忠実な教授しか学科目の存立根拠を打ち立てられなかったこ とである。これには,当時の日本における公民教育方法論・目標論の不在ともいえる状況が大き く関わっている。そのため,学科目に即した独自の教科書を作成できなかった当時の水準では, 「教科構造」を自覚することは容易ではなかったといえる。 今後は,この時代や1900年代以降をも含めた,具体的な府県・学校レベルでの資料の収集を 手がけ,さらに「厚みのある」公民関連教科教育史の研究を進めていきたい。 註 1)本稿が対象とする戦前期の中等学校においては,学科目という名称が使われており,教科と すると正確さを欠くため,このように表記した。 2)これにあたる研究としては,大森照夫・森秀夫「わが国における公民科成立の過程と成立後 の展開」『東京学芸大学紀要」第3部第20巻1968年,117~137頁,高山次嘉「国民科から 公民教育への展開」日本社会科教育学会『社会科教育研究』No.30,1970年,1~8頁などが 挙げられる。 3)これにあたる代表的な研究としては,斉藤利彦「明治『学制』期における公民教育の内容と
性格一公民科成立前史(1)-」日本社会科教育学会『社会科教育研究」NC,47,1982年,1
~15頁,木村勝彦「第一次教育令期の小学校の政治・経済的内容」日本社会科教育学会『社会 科教育研究』No.62,1990年,21~36頁がある。4)ただし,この内容が,学制に定められた下等中学第一学年に配当された例は少なく,多くは
下等中学後半あるいは上等中学で配当された。 5)『教育雑誌』第82号附録,1878年を参考にした。 6)この時期においては,学科目名も各学校によってまちまちであり,「政学」などとされている 場合もある。また,津田真一郎(真道)訳『泰西国法論』のように群馬県変則中学では「政 治学」の教科書として,高知県師範学校附属変則中学では,「国体学」の教科書として使用さ れていた[前掲『教育雑誌』第82号附録,41,44頁。]「国体学」の教科書としても「政体大意」 の教科書としても使われた教科書もある。この点から,両学科目を分離して考察するよりも同 一の性格を有する学科目として考察する方が適切と考えられる。 7)教育令期には,『英氏経済論』という書名の同書の翻訳書が教科書とされた府県もある。8)四方一跡『「中学校教則大綱」の基礎的研究』梓出版社,2004年,379頁。
9)同上,398頁。 -100-10)津田真一郎訳『泰西国法論』江戸開成所,1868年,(明治文化研究会編『明治文化全集第 十三巻法律編』第三版日本評論社,1968年,70頁所収)。 11)同上。 12)加藤弘之訳『立憲政体略』,1868年(植手通有責任編集『日本の名著第34巻』中央公論 社,1972年,332~339頁所収)。 13)前掲『泰西国法論』,91頁。 14)同上。 15)寶節徳(永田健助訳)『實氏経済学巻之二』永田健助,1877年,14丁を参考にした。 16)同上,21丁。 17)この事例については,前掲『増補改訂理財原論』,749~752頁参照。 18)司法省『類聚法規第四集』博文館,1881年,122丁。 19)佐藤秀夫編著『明治前期文部省刊行資料集成第4巻文部省日誌明治十五年自一号至第四十 号』歴史文献,1981年,233頁。 20)同上。 21)寶節徳(永田健助訳)『寶氏経済学巻之一』永田健助,1877年,緒言3丁。 22)例えば,学科目「本邦法令」の代表的教科書『類聚法規」は,11の府県で口授用として, さらに広島県では教員参考としての使用されることが考えられている。このことは,確認で きるだけでも半数近くの府県が教員のみが使用する教科書として扱われていたことを表して いる。 [本稿は,2005年10月9日・10日に日本大学法学部で開催された,第55回日本社会科教育学会全 国研究大会で筆者が行なった口頭発表の内容を再構成・加筆修正したものである。] -101-
Kuawledge presenting subjects
Takeshi KAMAMOTO
AbstractThe purpose of this paper is to clarify (identify) the features of civics education in secondary schools in the earky part of the Meiji period (from 1872 to 1886) , and the characteristics of the first forms of the Social studies as schol subject
Civics as a school subject in the early part of the Meiji period can be classified into three types. The first was related to politics, and, as a form of liberal art, was characterized by the presentation of knowledge about western political systems. The second was related to economics and focussed on academic knowledge of political economics. The third was a subject called 'Laws in Japan' and dealt with the contents of administrative documents from recent years.
These forms of civics presenterd knowledge of contemporary society as a role model for Japan. But they did not incorporate educational objectives, educational content or methodological principles. Moreover, cognitive development in contemporary society and the development of citizenship are two main principles of civics education which were not included in these forms. Therefore, civicseducation in Japanese secondary schools
began various subjects diffenent to knowledgeitpresented. with a variety of content.