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顔とコミュニケーション : IV. 暮らしの中の顔

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Academic year: 2021

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【個 人 研 究 】

と コ

ミ ュ ニ ケ ー シ

ョ ン

一w .暮 ら し の 中 の 顔 一

.臺

Face

and

Communication

IV . Face in Daily Life

Toshio Utena

.The lesson for children is sometimes better achieved with teacher's eye movement or facial display than with his vocal behavior. The eye may be at times more than an auxiliary to the mouth. One possesses oneself of the significance of the unity of mouth and eye. The Face as a whole which consists of eye, mouth, nose and other parts of the face is revealed invariably in diverse situations. And the face is founded on

an individual physiological basis, while it may be shaped to resemble a given socio-cultural role which facial actions refer to. For example, grandiose facial actions may often be expressed by ministers ,or generals.

A cartain facial action rises in a certain social context and the impact of the face leads toward stress of a socio-cultural role. It is difficult, even if one wants to, todispense with the role built into his face. Such a relation may be found similarly between the face of nation and its culture. Its culture is carved into its face.

1.話 は 目で 聞 く 日常 の 社 会生 活 で は何 時 で も.さ ま ざ まな 場 所 で 人 と人 が 出会 い,.語 り合 い,身 体 を 触 れ 合 い,行 為 の や りと りを す る.そ の 際 に は 互 いの 顔 を 合 わ せ た り,視 線 を.交え た り避 け .たりす る こ とが 否応 な しに伴 う.顔 を っ き合 .わ.せる こ とは社 会 生 活 に と って 欠 く こ と.ので 'きな い意 味 を も って い るだ ろ う..こ こで は 日 常 生 活 を営 む個 人 相 互 の 間 か ら出 発 して,公 的 な 関係 や さ らに広 く国 民 佐 に も留 意 .しなが. ら問題 を考 察 してみ る.. .単 に多 くの人 が 互 い に身 体 を 接 近 し,顔 を 近づ け て集 ま って いれ ばそ こ に集 団 が あ るわ

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顔とコミュニケーション IV. 暮らしの中の顔 けではない.横断歩道で青信号を待っている 十数人の集まりは集団ではない.メンバーの 間で相互の行為的・心理的交流があり,かっ 全体としてまとまって社会的・文化的活動を する時にはじめて集団であるといえる.同様 のことだが,繁華街の道路を接近して歩いて いる二人が常に知り合いや恋人や親子である わけではない.両者の関係は距離の大小の他 に身振りや,その他の非言語的行動で総体的 に表れるのである.互いが顔を向け合って, 口を動かしているとしたら,まず間違いなく 会話がはずんでいる知り合いであろう.まし てや肩を抱き合ったり,背中を軽く叩いてい たら親しい関係が明らかである.むろんこう した行動から両者の関係を判断する際には二 人を取り巻く周囲の場面が同時に把握されな ければならぬ.駅前でアンケート調査を強要 する男とそれを断っている女の聞は一見して 親密な間柄でないことがわかる. 社会的な実態調査では,こうした場面の切 りとり方が見分け調査の成果を左右する決め 手になる.場面の特性として押さえるものが 大まか過ぎるとどれもこれも類似してしまう い細かすぎると各自あるいは各ぺアーの行 動が些細な刺激で多彩に動くために整理しに くし¥ 地方のある駅から商庖街をぬけて蛇行しな がら続く細い道を通っていったところに高等 学校と精神病院がある状況を選び,高校生と 患者の歩行の仕方の違いを調査した菱山ら (1968)の研究はその点で洞察に富んだもの である.日常の状態では,高校生は二人とか 三人が横並びになって歩いているが,患者は 縦並びで互いに間隔を開けて歩いている.前 者では話し合うなどして関係が緊密だが,後 者では無関係の様子がうかがえる.ところが 期末試験の頃になると高校生も関係が薄れ, 一人一人に別れて縦並びになり,中には参考 書を読みながら歩いているような生徒も認め られた. 人々の接近の仕方の相違は社会的・物理的 空間によっても規定される.大学の講義はし ばしば講堂のような広い教室で行われるが, その際,学生は自由に座席をとることができ る.長期にわたってそのとり方を調査した平 尾ら(1964)の研究によると,学生の座席の とり方の変化-移動量は一年生ではあちこち と動いて大きいが高学年になると減少する. しかし特定の学生は低学年の時以来何時もほ ぼ同じ特定の座席をとる傾向があった. 著者は講義の聴きとり(理解)の度合いと 学生の座席の位置の関連を調べたことがある. 一般的にいうと座席は両側から埋まっていき, 遅刻した者は後側に座る.教団の前-教師の 正面は避ける傾向がある.こうして座席が馬 蹄形に占められた教室で中央部の比較的前側 と両側の前の座席の学生は後ろの壁近くの座 席の学生に比して一層よく聴取していた.つ まり彼等は教師とのつながりを維持し,授業 中も隠れたコミュニケーションを保っている のである.授業中に多くの学生はノートをと っていて理解は疎かになりがちだが,後側の 座席の学生はノートさえとらずに互いに私語 していて聴いていない.それに対して前側部 分の座席の学生は教師の顔を時々見ながら聴 いていてよく理解もしているようで,試験の 成績も相対的に良い. 学生の仲好しグループがなんとなく前側に 座る者もあるから常に彼等が好成績というわ けではないが,教師の顔を見ることと聴きと り方の関係は子どもでは一層明瞭である. 「授業中は教師の話を耳で聞くな,眼で聞けJ という指示は小学校でしばしばなされる.教 師は児童に背を向けて板書している時でさえ 教師の方-板書を見ているかどうかに注意す る.眼鏡をかけている小学校の先生が「板書 していてもお喋りしている子は眼鏡に映って るから,後ろを向いていても直ぐ見つけるぞJ とおどかしたりする(実はこれは無理なこと なのだが,こういう注意の仕方は全国共通の ようで面白い).確かに,相手の言うことを 解ろうとすると自然にしっかりと相手の顔を 見るようになるのである.ただし,講演会の 場合などに,いかにも意を得たというふうに,

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『人 間 科 学 研究 』文 教 大 学 人 間科 学 部 第17号1995年 臺 利 夫 講 演 者 の 顔 を 見 な が ら うなず いて い る者 が 何 人 か い るが,こ れ は 習慣 的 な挨 拶 の よ うな も の で,彼 女(彼)ら が ど こまで 理 解 して くれ て い るの か は疑 わ しい. 以上 の 諸 々の観 察 は,近 年 唱 導 され て きた ア メ リカの エ ス ノメ ソ ドロ ジーの 考 え 方 に似 て い るか も しれ な い.こ の説 はガ ー フ ィ ンク ル とい う人 が創 始 した一 つ の 社 会 学 派 の もの で,社 会 学 者 は 「人 々が 日 々の 社 会 的 相 互 行 為 の過 程 で 他 の人 た ちの 言 う こ とや 行 うこ と を ど の よ うに理 解 す るか の 研 究 」 と定 義 して い る.け れ ど も,上 述 の よ うな 理 解 の 仕 方 は エ ス ノ メ ソ ドロ ジ ー と関 係 な しに わ が 国 で も 目を 向 け られ て きた 領 域 で あ る.そ して こ こ で 参 考 に な るの は,む しろ従 来 か ら検 討 され て い る固 体 距 離(パ ー ソ ナル ス ペ ー ス)の 問 題 で あ ろ う.こ れ は互 い に コ ミニ ニ ケ ー シ ョ ンす る人 と人 の 間 の 心 理 ・物 理 的 な距 離 な い しは空 間 を 指 して い る. 1.パ ー ソナ ル スペ ー スを め ぐ って あ る人 が 自分 の手 で他 の人 を掴 ん だ り,触 った りで き る距 離 か ら双 方 が 腕 を の ばせ ば触 れ 合 え る距 離 が パ ー ソナ ル スペ ー スで あ る. こ れ は 日 本 人 な ら せ い ぜ い70セ ン チ か ら 150セ ン チ ほ ど の 間 隔 で 相 手 の 表 情 は は っ き りと見 え るだ ろ う.相 手 の 顔 の 表 面 の 素 地 も明瞭 に見 え る.こ ち らか ら15度 の 視 界 に は 相 手 の 顔 の 上 ま た は 下 半 分 が 含 ま れ る し 180度 の 周 辺 視 界 に は 手 と座 っ た 位 置 で の 身 体 全 部 が 含 まれ る. 人 々が どん な 位 置 に立 って い るか で彼 等 の 関 係 や また 彼 等 が 互 い に持 つ感 情 が わ か るわ けだ が,妻 以 外 の 女性 が 夫 の パ ー ソナ ル ス ペ ー スの 圏 内 に入 る とや や こ しい こ とが 起 こ り か ね な い(ホ ー ル1970). パ ー ソ ナル ス ペ ー ス を超 え る距 離 に な る と 相 手 の 表情 の微 細 な点 は見 て とる ことが で き な くな る.こ れ は社 会 距 離 といわ れ るが,個 人 的で な い用 件 は この距 離 で 行 わ れ る.社 会 距離 か らさ らに遠 ざか り,双 方 が 約4メ ー ト ル か ら10メ ー トル に も及 ぶ 隔 た り は公 衆 距 離 とい わ れ る.VIPの まわ りの厳 重 な警 戒 に は 自ず と この 程 度 の 距 離 が と られ るだ ろ う. 10メ ー トル以 上 に な る と普 通 の 声 で は通 じな い し,顔 の微 妙 な 表 情 や動 き も感 じ られ な く な る.し か し演 説 会 や 講 習会 で の 講 師 と聴 衆 の間 に は さ らに これ 以 上 の距 離 が あ るか ら公. 衆 距 離 は か な り延 長 され る と いえ る. 普 通,パ ー ソナ ル スペ ー ス と は,人 と人 が 正 対 面 して,互 い に ま な ざ しを 向 け合 った 場 合 の 距 離 で あ る.ま な ざ しの接 触 が 無 か った り,場 所 が 暗 か った り,さ らに は,「 方 が 他 方 の 斜 め の位 置 に い た りす る と距 離 はい く ら か 短 縮 す る.と くに背 面 に位 置 した場 合 は最 も近 づ くこ とが で き る(田 中1973).だ が パ ー ソナル スペ ー ス の延 び縮 み はそ の場 の状 況 に相 当 に影 響 され る だ ろ う.混 雑 した電 車 の 中 で は他 人 同 士 が 正 対 面 で密 着 せ ざ るを え な い こ と も時 に は生 じる.そ の 際 は顔 と顔 が ま と も に触 れ 合 わ ぬ よ うに懸 命 に横 を 向 く人 も多 い.ま た 電 車 が 到 着 して先 を争 って 乗 ろ う とす る時 は 自分 の 胸 が 前 の人 の背 中 に く っ っ い て もあ ま り気 に しな い.身 体 の造 作 上, も し顔 が180度 回 転 で きて 背 後 を見 れ た ら, これ ほ どは密 着 で きな いだ ろ う.時 々町 や 村 の祭 りで 見 か け るよ う にお面 を 後 頭 部 にか ぶ って い た ら,そ れ だ け で電 車 を 待 っ 人 々の 列 に い て も後 か ら ゴ リ押 しされ な いか も しれ な い. と もあれ,車 中で は密 接 した 距 離 で 否 応 な しに鼻 を突 き合 わ せ,ま な ざ しを 向 け 合 う こ とが 頻 繁 に生 じる.し か しそ こ は公共 の 場 と して 身 体 の 動 き,姿 勢,服 装 か ら顔 つ きに至 る まで 暗 黙 な が ら一 定 の規 範 が 保持 さ れ る べ きな の だ が,こ れ が 意 外 と実 現 さ れ に くい所 で もあ る.山 根(1987)は 電 車 内 の サ ラ リー マ ンの ポー ズ を 女 子 大 生 に観察 ・記 録 させ, 彼 女 た ちの 内 面 にあ る模 範 体系 の モ デ ル な る もの を 描 い て い る.そ れ に は上 記 の諸 点 の他 に 実 に さま ざ まな 行 動 ・態度 が 挙 げ られ て い るが,中 で も と くに顔 の 動 きに関 係 す る点 だ け を記 して み る と… rサ ラ リー マ ンた る もの は まず,電 車 に乗

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顔とコミュニケーション N. 暮らしの中の顔 る前に自分の身なりをチェックしなければな らない.髪は短めであまりにキッチリとは分 けず,軽く流した感じでいい.油性の整髪料 はつけ過ぎないように.髭はきれいに剃る. …チェックが済んだらいよいよ電車に乗る. …ドアの横に立ち,口をキュッと閉めて.晴 れやかな自で外の景色を眺めよう.乗ってく る女性を上から下まで眺め回すようなことは しない.…ガラスに自分が映ったからといっ て,櫛を出して長々と髪を杭かしたりしない. …視線はやはり窓の外に向け,目の前に座っ ている人の新聞や女性の胸元をのぞきこんで はいけない.…カバーのかかった文庫本やビ ジネス書を前かがみにならないように目を離 して読もう.ただし読みながら笑ってはなら ない.本がない時はキョロキョロせず,腕を 組んで目を閉じ難しそうな顔をして仕事の ことを考えよう.だからといってそのまま眠 ってはいけない』 このモデルは観察する側の現代風フォーマ リズムをも描き出していて興味深いが,乗客 として遵守すべきある種の規範があること は明らかにされている.ごく稀れにいるが, 混み合う車中で携帯電気髭剃り器を使って顎 髭を剃る人などはとくに聾しゅくを買うこと になるだろう. ところで,相手と相互作用する際に,互い の手に道具や武器を持っと間隔は当然、大きく なる.例えば剣道では成人の場合,互いに普 通

1

メートル

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センチほどの竹万をもって面 と向かう.腕を真っ直ぐに伸ばさないとし ても(柄が約37センチだから)両者の間隔は

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メートル前後にはなる.この距離の中に入 れば,どちらか一方が相手に向かつて飛び込 むと竹万が小手はむろんのこと面や胴にも届 くだろうしまた飛び込んでくる相手を撃つ ことも可能であるから,通例より大きい間隔 であってもパーソナルスペースである.だが 剣道では「相手からは遠く,自分からは近 くJと教える.互いに同じ間隔を保っている のにこれは一見不合理だが,どちらが先手を とって飛び込むかという動きを入れて考える と不合理ではない. 止まって相対している位置 から同時に飛び込んで面を撃っても一瞬早 い方が先に撃っているのであり, つまり相手は 当方に届かず当方は相手に届く.こちらから は撃たず,相手が撃ってくるのに応じて一歩 下がって距離を取って相手の竹万が届かない こともあるが,この場合はパーソナルスペー スの外に身体をおいて逃れたのである.いず れにせよ剣道の場合には運動の過程で距離を 捉え,瞬間の時間に留意することでいわゆる ノfーソナルスペースの問題を省みる機会を与 える.なお,概して暗い道場で

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メートル ほどの距離にありながら防具の面の金物越し に相手の自の動きを凝視している点も見落と せない.相手が起こすであろう瞬間的な動作 を,身体の構えとともに自の動きからも捉え るためであり,この距離では表情の微細な点 は見れないとする一般的なパーソナルスペー スの定義はここでも当てはまらない. ところで固体距離と社会距離の関連はしば しば人間関係の困難な問題と結び、ついている. 一方が社会距離を保っていたいのに他方が国 体距離をとるか,さらに密着してくるとする と前者に不快感を惹き起す.これはある事物, 事態を挟んで関わる複数の人の体験が互いに 相違する場合に欲求不満が生じるという心理 学説と通じるものである.たとえば単独で見 知らぬ地方をハイキングしていて道に迷いそ うになり,たまたま現れた土地の人に尋ねた ところ,その人が肩を寄せてきて,腕をこち らの背に回して顔をくっつけるようにしなが ら前方を指差したりすると,親切はわかるが 妙な気持ちになるものである.同様に,どこ の団地や町でも,当方が急用で道を慌てて歩 いている際, 20メートル以上の距離から僅か に姿を見かけただけで声高に挨拶して極めて 丁寧にお辞儀をする住人がいる.こちらの視 野にもいくらかその人の像が入っていたりす るとまことに恐れ入ってしまう.ついでなが ら,かように過度に丁寧な人の連れ合いがか なりブッキラ棒な人物であったりするのもよ くあることである.これとは逆に,会社の帰

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r人 間科 学 研 究 』 文 教 大学 人 間 科 学 部 第17号1995年 臺 利 夫 途 に駅 で 隣 の アパ ー トの顔 見知 りの人 の後 か ら降 りた 時,改 札 口 を 出た途 端 に そ の人 が や た ら と歩 行 速 度 を早 めて 距離 を 引 き離 す こ と が あ る.多 分 背 後 の知 った顔 に気 づ いて,挨 拶 す る のが 煩 わ しい と思 って の こ とだ ろ う. 誰 で も会 話 した くな い時 はあ る し,そ うした行 動 は起 こ り うる もので あ るが,こ れ も妙 な も ので あ る.・ 挨 拶 は それ ぞれ の土 地 の慣 習 と も関 係 して いて そ の土 地 に馴 れ な い者 に は結 構 厄 介 な こ とで あ る.だ が 普 通,ど この土 地 で も顔 身 知 りと真 正 面 か ら出会 え ば 挨拶 を交 わ す のが 礼 儀 に な って い る.精 神 病 院で は この原 則 は当 た らな い.医 療 ス タ ッフ と患 者 の間 柄 と して 互 い に熟 知 して い るば す の患 者 と一 週 間 ぶ り に廊 下 で 会 う よ うな 場 合,こ ち らが 挨 拶 して も患 者 が 応 じな い こ と はよ くあ る.そ の 患 者 が 外 出 した 時,公 道 で 次 々と疾 走 して 来 る 自 動 車 に向 か って 深 々 と頭 を下 げ て いた りす る. これ は特例 だ が 挨拶 を や り合 う こ と とそ の 双 方 の 関 係 が必 ず し も単純 で な い こ との 一 っ の 示 唆 で あ る. 膨 大 な数 の学 生 を抱 え る 巨大 な 大 学 で は 何 百 人 もの数 の学 生 を前 に講 義 が 行 わ れ る.こ の よ うな講 義 で も何 回 も続 け る と教 師 は受 講 す る学 生 の何 人 か の顔 を記 憶 す る.こ う した 学 生 の多 くは大 学 内 の ど こか で 出 会 って も挨 拶 しな い けれ ど も教 師 もほ とん ど気 に しな い. 事 務 所 で 顔 を覚 え た職 員 さえ も挨拶 しな い場 、 合 が 多 い ので あ る.こ れ は一 つ の慣 習 の よ う で あ るか ら,た ま に丁 寧 な 挨拶 を す る学 生 や 職 員 に 出会 うと教 師 の方 が 面食 ら って しま う. 小 さ な大 学 で は教 師 も職 員 も学 生 も互 い に よ く親 しげ に挨 拶 し合 って い か に も家 族 的で あ る.だ が 小 さ い大 学 が 世 の 中 の好 景 気 で 急 激 に膨 張 した よ うな 場 合,か って の家 族 的 関 係 を 引 ぎず って 組 織 的 活 動 の 障碍 に な る こ と が あ る.重 要 な 会 議 の 場 所 や 日時 が ボ ス同 士 の 廊 下 の 立 ち話 で 急 に変 わ り,し か もそれ が 第 三 者 で あ る多 数 の 会 議 メ ンバ ー に伝 達 され ず,混 乱 を きた した りす る.っ ま り フ ェL ス ・ツ ー ・フ ェ ー スの 挨 拶 とい う現 象 の好 ま しさ は必 ず し も組 織 に と って プ ラ ス面 だ けを 表 す もの で は な い と いえ る.こ れ は思 春 期 の 高校 生 が朝 の起 床 時 に両 親 に挨 拶 しな いで も 心 理 的 に は親 しい関 係 を 保 って いて,家 族 組 織 と機能 が維 持 され て い る場 合 と(規 模 の 大 小 の 差 はあ るが)あ た か も逆 の ケ ー ス と いえ よ う. 3.宣 伝 の た め の顔 街 を歩 い て い る と化 粧 品 や エ ステ テ ィ ック の宣 伝 用 に若 い女 優 の 巨大 な 顔 の 看板 が 目 に つ く.雑 踏 す る商 店 街 の 一 隅 に掲 げ られ た も の の場 合 ほ と もか くと して,郊 外 の 静 か な 住 宅 地 に も この種 の 看 板 が あ って,一 瞬 目立 ち はす るが景 観 を損 な い,環 境 破 壊 に もっ な が る の に広 告 会 社 は気 に とめ な いよ うで あ る. 顔 を 出 され た 当の 女 優 も責 任 は感 じて お らず, 商 売 の宣 伝 に採 用 され た こ とで 満 足 して い よ う.パ ー ソナル スペ ー ス とい う点 か らみ て も, 顔 が 美 しいか 否 か の 識 別 は 遠 す ぎて は で きな い よ うに これ ほ ど近 くて は 困 難 な わ け だ. 確 か に顔 は宣 伝 で と くに頻 繁 に使 わ れ て い る.俳 優 とか 政 治 家 は 尊 大 さ や キ ザ も武 器 に して 大 衆 か ら注 目 され る こ とが 至上 の テ ー マ で あ り,周 囲 か ら無視 さ れ る こ とほ ど の衝 撃 はな い ら しい.他 人 の 目が気 に な る とか,顔 を 見 られ るの が こわ い とか い う訴 え は神 経 症 患 者 に限 らず 日本 人 の 多 くに 見 られ る ことで, 臨 床 心 理 学 で も対 人恐 怖 の一 徴 候 と して と り あ げ られ て い る.と ころ が 同 じよ うに他 人 の 目を 気 にす るに して も,い か に多 くの人 に見 られ るか に 気 を配 る とい う方 は病 理 現 象 と は み られ な い.人 に顔 を み られ る こ と ほ どの 幸 せ は な い と述 べ た あ る流 行 歌 手 の言 葉 も しご く当 然 の こ と と聴 き と られ て い る.目 立 つ こ とを よ しとす る,自 己顕 示 の時 代 が ま さ に背 景 に あ るの で あ る.こ の状 況 は実 質 を 伴 わ な い虚 像 の構 築 や他 人 を 傷 つ けて も自分 を 売 り 出 す 傾 向 を 著 し く助 長 して い る と いえ る. テ レビの コマ ー シ ャル は年 々派 手 にな り, ま た コ ン ピ ュー タ グ ラ フ ィ ック スの 力 を 借 り て一 段 と凝 った もの にな って きて い る.こ こ

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顔とコミュニケーション 町.暮らしの中の顔 にも数える暇のないほど頻繁に美女の顔が登 場する.食品や薬品の宣伝にまるで関係のな い水着の女性が現れてにっこり微笑む視 聴者は美女の顔に魅きつけられても食品の内 容は記憶しないかもしれな~)...だが無意識的 にはその食品を覚えさせられてしまう…J

こういった話が喧しかったのは随分以前のこ とで,放送上の規制はあるはずだが,今日で は誰もなにも言わなくなった. コマーシャルの中ではテレビの倫理規定も あまり関係が無いようだ.不道徳的な場面や 非教育的な映像が飽くことなく現れてくるが 批判の声は聞こえない.たかがコマーシャル だからであろうか…されどコマーシャルであ る.コマーシャルだけのための雑誌もできた し,コマーシャルだけをビデオに録画して繰 り返して見る…それをスポットしている元の テレビは見ない若者もいるという.出演を機 に自分を売り出してたちまちアイドルになる 人もいる一方,もの珍しさを売りものに文化 人や著名人がコマーシャルに使われる. オリンピックで好成績を挙げた女子選手の ビデオどりのビデオで絶え間なく「こちらを 向いてください.締麗ですよ.そう.とても 締麗で、すよJとしつこく言い続けるカメラマ ンの映像が印象的であった.実際,目立ちた がりの人にとってテレビほど顔を売るのに良 い機会はないし,またテレビ側も売れた顔を さらに売りまくるには手段を選ばない態勢が できている.タレントが名前を売って代議士 になるのはありふれたことになったが大学教 授になる者さえいる.逆に元政治家がタレン トになったり,大学教授で度々テレビに登場 するうちにタレントになってコマーシャルに 出る人もいる.テレビにとって大学教授の価 値は今やポルノ女優と同程度のものになって いると言っても過言ではあるまい.視聴者は どのようなコマーシャルであれ喜んで見るだ ろう.だかこのことは結果としてある種の愚 民政策に浸っている今日のわが国の現状を表 していると言わねばならない.テレビの顔に 社会の顔が映し出されている. それにしてもテレビは単に報道に現実感を 与えたばかりでなく,さまざまな色調のさま ざまな程度の虚構性を与えるようになった. 現実と虚構の聞は本来、当事者の体験の度合 いによって動く.本来、外側からただ見てい るのは喋るより,喋るのは身体を動かして介 入するよりは現実性が薄い.野球やサッカー の観客は興奮はするが自らが現実にスポーツ しているわけではない.観客ばかり増えて, 実際に身体を動かす人が(とくに青少年で) 減少していると嘆かれたのは30年以上も前の ことであった.それが今日では国の政治にま で敷街している.手の届かないところにあっ た政治がテレビによってあたかも眼前で展開 するように感じられながら,同時に一億国民 のすべてが評論家になってしまった.自らが 一票を投じて参加しているはずの政治なのに, あたかも演劇でも見るように自分たちとは別 の人種が舞台上を動き回っているように眺め ている.これにはむろん報道する側の責任が はなはだ大きい. 国の将来にとって重い決定要素となる首相 や閣僚の決定が党利や党略で動かされ,政治 そのものが著しく不安定なのは国民にとって も不安であるし,ゆるがせにできないことで ある.国の政治は国民にとって真剣な問題で あり,一人一人がなんらかの形で参加するの が民主主義の基本であり,決してただの観客 であってはならないはずである.ところがテ レビのワイドショーでは,芸能界やプロスポ ーツ界のスキャンダルを騒ぎたてるお馴染み のお笑いタレントが司会者で登場して,この 事態を駄酒落れまじりに面白,おかしく喋り まくる.視聴者は戯画化された政治を,まっ たく自分とは無関係な,見世物でも見るよう に噸りながら眺めるのである.自分たちこそ このだらしない議員を選んだものだという責 任はまったく忘れたかのようにである. ともあれ,確かに顔は社会においてある種 の役割を示している.顔役,顔パス,顔をつ ぶす…などこれらの言葉は顔によっていかに 社会関係が動かされるかを示唆している.顔

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r人 間科 学 研 究 』文 教 大 学人 闘科 学 部 第17号1995年 臺 利 夫 は 当 人 の社 会 的 役 割 や 地位 を 表 す し,そ の 人 の キ ャ リア も示 す.顔 は年 功 を 表 して お り, い か に現 代 で も特 定 分 野 を 除 いて20歳 の人 で は顔 が利 か な い.だ が 逆 にキ ャ リア は その 人 の顔 に と って あ る役 割 を 押 しつ け固定 化 す る こ とが あ る.社 会 は あ る顔 に あ る役 割 しか 認 め な い.当 人が 従 来 の役 割 を 放 棄 して他 の役 割 を と る と個 人 的 に言 って み て も社 会 は認 め た が らな い.ま さ これ まで の専 門 以 外 の領 域 で い か に 有 意義 な仕 事 を して も(た とえ そ れ が 事 実 で も)そ の領 域 の専 門家 た ち は認 め な い.自 分 た ちの領 域 が侵 犯 され る と い う恐 れ と 自尊 心 を 傷 つ け られ た不 快 感 が あ るか らで あ る.も し当 人 が あ え て他 の役 割 を と ろ う と す れ ば,そ れ は社 会 の 自分 へ の評 価,つ ま り 自分 の 顔 との 戦 い に な る.こ う した 枠 は確 か に 窮 屈 だ が 今 の 社 会 の 安定 に寄 与 して い るの だ ろ う.そ うは言 って も この枠 か ら逃 れ る人 々 もい る.前 述 の マ ス コ ミに乗 って タ レン ト に な った 教 授 の 場 合 はそ の一 つ で あ る.た だ しタ レ ン トにな って も教授 の肩 書 き を変 え な い と こ ろが 過 渡 期 の 現 代 に巧 妙 に適 応 して い る.他 の 場 合 は老 人 で あ る.老 人 は この 戦 い か ら解 放 され る.社 会 は年 老 い た顔 を見 て, この 人 の 役 割 は終 わ った と認 め るか らで あ る. これ は実 は解 放 で はな く社 会 的 に問 題 外 にな っ たの で あ る. 4.顔 と 国 民 性 電 車 の 中 の週 刊 誌 の 宙 吊 り広告 は混 雑 で 押 し潰 され そ うに な りなが ら通 勤 す る多 忙 なサ ラ リー マ ンに格 好 な社 交 の 話 題 を提 供 す る. 宙 吊 り広 告 は ま た時 代 の 風 潮 の 象徴 の よ うな もの で も あ る.そ の 中 に は 心 理 学 の 教 授 が 「つ き合 わ な くて も,外 見 だ け で相 手 を見 抜 くテ クニ ッ ク」 な ど とい う表 題 の話 を載 せ た ものが あ った りす る.と にか く速 や か に能 率 的 に事 を運 ぶ の を最 優 先 す る現 代で は,互 い に真 実 に触 れ 合 う深 い交 わ りよ り も,そ の場, そ の場 で 自分 に有 利 な相 手 とつ き合 う こ とが な に よ りな ので あ る. 90年 代 初 頭,自 民 党 内 閣 が 倒 れ た 後 に政 治 家 の 間 に生 じた合 従 連 衡 は この よ うな 状 況 を そ の ま ま ま に現 して い る.し か しこ こ に も時 と して 問題 を熟 考 す る手 が か り とな る よ うな サ イ ンが 現 れ て興 味 を ひ く.少 数 党 か ら出た 細 川 氏 が 連 立 内閣 の首 相 を 辞 め た 際,新 聞 に 政 局 を 左 右 す る諸 人 物 の 顔 写 真 が 並 べ られ, そ の 傍 ら に略 歴 と寸 評 が 記 され て い た.た と えば 元 自民党副総 裁の故渡 辺氏 につ いて は 「栃 木 弁 丸 出 し ミ ッチ ー節 の庶 民 性 と主 要 閣僚 を 歴 任 した政 治 力 が 魅 力.品 位 に欠 け る との批 判 や 健 康 へ の不 安説 も.」 ま た,社 会 党 の村 山 氏 に は 「長 い まゆ 毛,好 々爺 然 と した 風 貌 が 純 朴 な人 柄 その ま ま.ぐ い ぐい党 内 を ひ っ ぱ る迫 力 に は欠 け る」.そ して新 党 さ きが け の 武 村 氏 に つ い て は 「rム ー ミ ンパ パ 函 の 愛 称 通 りの実 直 そ うな 風 貌 と裏 腹 な熱 血 漢. 新 生,公 明両 党 との 政 権 主導 権 争 い で は粘 り 腰 を 発 揮 」 とあ る.こ の 寸評 を 見 た 読 者 は, 写 真 の顔 が確 か に その ま ま当 人 の性 格 や 心 情 を 表 して い る場 合 と,心 情 と顔 はや は り異 な る よ うな場 合が あ る こ と に気 づ くだ ろ う.そ して ム ー ミンパパ 的 風 貌 と熱 血 漢 的 性 格 の 食 い違 い,純 朴 とか 実 直 とか 品 が な い と い う国 民 大 衆 に と って の 印象 と党 内 を ま とめ た る指 導 力 や他 党 とか け ひ きす る政 治 力 の 間 の ズ レ, あ る い は 大 衆へ の顔 と実 際 の 国 の 政 治 を 行 う 能 力 との ギ ャ ップな どを顧 み る と,顔 ・心 清 ・ 社 会 行 動 の 間柄 は それ ほ ど簡 単 で は な い と い え る.そ して さ らに … ど の よ うな 人物 が 首 相 に な った と して も, そ の 人 は 日本 と外 国 の 間 の物 心 両 面 の交 流 を 促 さ ね ば な らず,ま た そ の こ と に よ って 妥 当 な形 で 国 内 外 の政 治 を果 た さね ば な らな い. つ ま りそ の 人 の顔 は 日本 人 を代 表 す る顔 で あ り,外 国 の 大 衆 は この人 の顔 を 通 して 日本 を 知 る とい う役 割 を とる こ とに な る.っ ま り首, 相 に な る人 の 顔 は単 に党 内指 導 力 の有 り無 し の 問 題 と関 連 す るの み な らず,日 本 国 民 と外 国 の 人 々 との か け 橋 に もな り うる もので な け れ ば な らな いの で あ る. だ が こ こで 注 意 す べ きは,時 代 の流 れ は一 部 が 急 速 に動 い て も他 の部 分 は澱 ん で い る よ

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顔 と コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ンIV.暮 ら しの 中 の 顔 うに動 きが 遅 く,全 体 と してみ る と進 歩 とか 発 展 は微 々 た る もの で あ る ことだ.し か もあ ま りに早 い動 きが 信 頼 を欠 くよ うに極 端 に遅 い動 き も頼 りにな らな い. 日本 に は何 時 も同 じ顔 へ の信 仰 が 存 在 す る 地 域 が あ る.た とえ ば政 治 の世 界 につ い て い うと(実 は社 会 で も,学 校 で も,芸 術 の世 界 で もあ り うる こ とだ が),選 挙 に な る と"看 板,地 盤,金"な ど とい う言 葉 が 何 時 も現 れ る.× ×と い う大 臣経 験 者 で 汚 職 の 疑 惑 の あ った 人 の 出身 の 県 の 人が 投 票 所 の 帰 りに,テ レ ビ記 者 の 「誰 に 投票 しま したか 」 と い う質 問 に対 して 「××さ ん 」 と答 えて い る.「 × × さん に は汚 職 の 話 が あ るが …」 と の重 ね て の 質 問 に,そ の 人 は 「爺 さん の代 か ら × ×さ ん の お 父 さん に投 票 して い る.父 は そ の子 の × × さん に投 票 した し,自 分 も× × さん だ 」 と応 じて いた.社 会 が いか に変 化 しよ う と, 時 代 が どの よ うに移 ろ うと,候 補 者 が ど の よ うな 人 物 だ ろ う と,祖 父 も父 も子 も同 じ地 盤 の 同 じ顔 に投 票 す る人 々が い る こ と も心 得 て お くべ きだ ろ う.む ろん こ う した 選 挙 民 ばか りで あ る と はい え な い.だ が この 種 の 人 々 に 支 え られ て 祖 父 も父 も子 も孫 も政 治 家 と い う 家 系 が 成 立 して い くので あ る. 個 人 に と って顔 に変 わ らな い面 と変 わ る面 が あ るよ う に政 治 の世 界 に もそ れ が あ る けれ ど も,全 体 と して の 日本 人 に も この 両 方 の 面 が 認 め られ る.変 わ らな い面 で 言 え ば,何 時 で も ど こで も日本人 は いか に も 日本 人 ら しい 顔 を して い る とい う ことで あ る.と くに海 外 に お い て 日本 人 の少 な い土 地 で た ま た ま 日本 人 に 出 会 った 時 に この点 は た ちま ち 明 らか に な る.た とえ ば ど こか の開 発 途 上 国 で 独 り旅 を して い る途 中 で相 手 も独 り旅 の 日本 人 に 出 会 え ば,顔 を 見 た だ けで 直 ち に 日本 語 で 声 を か け合 う こ とが で き る.と こ ろが ニ ュー ヨ ー クの よ うな 大 都 会で は,日 本 人 に 限 らず 東 洋 人 が多 い が,日 本 国 内で は簡 単 に つ く中 国 人 や 韓 国 人 と 日本 人 の 間 の 識 別 も慣 れ な い と (ア メ リカ人 は む ろん 間 違 いや す い が)日 本 人 に も う ま くで き な い こ とが あ る.日 本 語 で 話 しか けて 通 じな いで ハ ッとす る こ とが あ る. 東 洋 人 は東 洋 人 の 表 情 を 識 別 しや す く欧 米 人 は欧 米 人 の 表 情 を 識 別 しや す い の だ が,人 の お か れ た状 況 に よ って は識 別 の 基 準 も不確 か に な る よ うだ. 日本 人 の 表 情 は不 可 解 で何 を 考 え て い るか 分 か らな い と い う外 国 人 が い る一 方,外 国 人 の 表 情 を 読 め ず に誤 解 を 持 っ 日本 人 もい る. 吉 川(1991)は 顔 によ る コ ミュニ ケー シ ョ ン の 背 後 に,同 一 人 種 の 集 団 とい う文 脈 の 中 で の 知 覚 経 験 に基 づ く対 人適 応 の 技 能 が あ る こ と,表 情 の 不 可 解 は この 文脈 の 違 いに よ って 混 乱 が 生 じた もの と して捉 え,そ れ を 証拠 だ て る実 験 を 行 って い る.顔 写 真 を 記 憶 さ せ る 場 合,日 本 人 に はイ ギ リス 人 よ り も 日本人 の 顔 が,イ ギ リス人 に は 日本人 よ りイ ギ リス人 の 顔 の 方 が 記 憶 成 績 が よ か った.ま た 同 じ顔 写 真 を 見 て も 「特 徴 」 と して認 識 され る部 位 が 日本 人 とイ ギ リス人 で は異 な って い る.た とえ ば 日本 人 は 眼 の 形 に よ り多 く注 目す るが イ ギ リス人 は髪 の 色 に よ り多 く注 目す る と い うふ うで あ る. と こ ろで,外 国 で の 日本 人 同士 の や りと り は妙 な 形 で 日本 人 的 コ ミュニ ケ ー シ ョ ンのや り方 の 異 質 性 を 示 す.ア メ リカ や 欧州 の大 都 会 の ホテ ル で た く さん 見か け る 日本人 同士 が 朝,顔 を 合 わ せ て も挨 拶 を しな い ことが あ る. これ は 日本 で は や らな い こと を外 国で はや る と い う こ との テ レ臭 さで あ ろ うか 。 それ と も 外 国 に来 て ま で 日本人 に会 い た くな い と い う こ とだ ろ うか.元 来,日 本 人 は十 分 に知 らな い 他 人 に 向 か って 自分 の感 情 や 考 え を その ま ま 表 出 す る こ とは な い し,そ う した感 情 を 表 情 に表 す こ と もで きるだ け抑 え よ うとす る. 他 方,ア メ リカ 人 で は初 めて 出会 った人 にで も会 え て よ か った気 持 ち をお お げ さ な身 振 り と言 葉 と満 面 の微 笑 で 表 現 す る.そ の時 悲 し け れ ば泣 きわ め き,嬉 しけれ ば歓 声 を あげ る が,そ の場 が終 わ れ ば そ の感 情 は急 速 にひ い て 安 定 した普 通 の表 情 に戻 る.も し日本 人で あ れ ば(と くに昭 和 一 桁 以 前 の 生 まれ の者 で は)そ れ だ け の情 感 を示 せ ば 後 々 まで 糸 を ひ

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r人 間科 学 研 究 』 文教 大学 人 間 科 学 部 第17号1995年 臺 利 夫 く. 相 手 の顔 を見 る場 合 も西 欧 人 との差 が著 し い.元 来 日本 人 は 対 話 の 際,(前 述 の授 業 場 面 は別 と して)相 手 の 目を見 なが ら話 す と い う こ とを しない.や た らと相 手 の顔 を 見 るの は失 礼 で あ る とさ れ て い る し,そ の よ うに思 う.と ころ が 相手 を注 目 しな が ら話 す 話 し方 は西 欧 で は躾 け の一 つで あ る と い う.相 手 を 見 るの は対 話 の場 の みで はな い.た と えば 彼 等 に と って ち ょ っと珍 しい物 を 持 っ 人 に 出会 う と,ま ず そ の物 を注 視 し,ま た それ を 持 っ 人 に ま な ざ しを 向 け る.20年 前,既 に 日本 で は か な りゆ きわ た って いた が,小 さな 滑 車 を 付 け た 大型 旅行 ケ ー スを 引 い た 日本 人 旅 行者 が ヨー ロ ッパ の空 港 で 周 囲 の 外 国 人 旅 行 者 に ジ ロ ジ ロ見 っ め られ,「 こん な 便 利 な ケー ス ど こで 買 っ た のか 」 と質 問 さ れ た な ど とい う 例 もあ る.日 本 人 同 士 の 間で は こ う した こ と は ほ とん ど起 こ らな いだ ろ う.・見 知 らぬ他 人 は ただ その 珍 しい物 を チ ラ っ と一 暼 す るだ け で 通 り過 ぎ て行 く. あ る国 の 人 の顔 が そ の国 の風 土,社 会 ・文 化 ・民 俗 性 な ど と密 接 に関 連 して 分 か ちが た い こ とが,顔 の識 別 の素 地 に な っ て い る こと は概 述 の通 りで あ る.そ の こ と は,し か し同 時 に風 土 や 街 に も特 有 の 顔 が あ る とい った 隠 喩 が 可能 に な る.「 尾 瀬 に は何 時 で もあな た を迎 え る顔 が あ る」 と い ったJR東 日本 の 広 告 は そ の一 例 で あ ろ う.大 都 会 の 昼 と夜,過 疎 の村 や新 興 住 宅 地 な ど はそ れ ぞ れ に顔 を も つ.旅 行 者 と して あ る国 を訪 問 した 際 も しば ら く滞 在 す るとそ の 国 独特 の顔 を うか が う こ とが で きる.と はい え,こ の顔 も時 代 の 流 れ の 中で 変 貌 して い くの を知 らね ば な らな い. あ る新 聞 記 者 はア フ リカの大地 を車で 何 日 も走 って い くと,突 如 と して沙 漠 に ネ オ ンの輝 く 街 が 現 れ て 異 様 な気 分 に な っ た と述 べ て い る. そ の 地 域 の 固 有 の顔 が 歪 み,崩 れ て い くのが 感 じとれ た とい うので あ る.ま た,あ る老 い た 日本 人外 交官 が 戦 前 の上 海 を 思 い浮 かべ て 当 て た語 句 は"妖"で あ った が,こ の街 は今 や 中 国 で最 も活 気 に溢 れ た 都 市 と して 世 界 の 注 目を 浴 び て い る と い った変 化 を認 め る こ と が で き る.こ れ らの 変化 は あ たか もあ る個 人 の生 活 過 程 で の 変化 に似 て い るよ うにみ え る. 実 際,特 定 の 環境 や風 土 か ら人 間 の 特 定 の 心 理 とそ れ に伴 う顔 や表 情 が生 まれ る の な ら, 同時 に特 定 の顔 を もつ住 人 が 特 定 の 情 緒 を そ の環 境や風 土 に関 わ らせ,ま たそ う した関 与に 基 づ い て環 境 を つ く る と して も不 思 議 で はな い.実 際,人 の顔 が骨 格 と型 と皮 膚 で 覆 わ れ て い る よ うに都 市 も ビル と道 路 か ら成 る構 造 と多 様 な形 と住 宅 群 を彩 る外 壁 か ら成 って い る.「 〔空 間 を 包 む 皮 膚 は 〕 情 緒 を 多 分 に 含 ん で い る.そ して,内 的 な心 の 世 界 と著 し い対 応 関 係 が 存 在 して い る.… 人 間 の 住 む 空 間,そ れ は超 近 代 的 ビルの オ フ ィ ス ・スペ ー スか も しれ な い し,… 科 学 実 験 器 具 の 設 備 さ れ た 研 究 室 で あ るか も しれ な い.… どの 場合 で もほ とん ど必 ず と い って よ いほ ど,そ こに 生 活 し,働 いて い る人 達 の 情 緒 の投 影 が 見 ら れ る もの で あ る.… 結 局 の と ころ情 緒 空 間 の 中 に お か れ た 個 人 自身 が そ の 空 間 を通 じて, 外 部 の 世 界 との 相 互 関 係 の 種 々相 に お い て, い か に 多 くの 可 能 性 を 発 見 し,い か に多 くの 選 択 の 自由 が あ るか につ い て 知 る こと な ので あ る 」(箱 崎1986). た と え ば 零 下20度 の 真冬 に ニ ュ ー ヨ ー ク ・ マ ンハ ッ タ ンの6番 街54丁 目辺 りに立 って, は る か に延 々 と連 な る数 十 階 の高 層 ビル 群 を 眺 めて み よ う.日 照 の ほ とん ど な い凍 て つ い た道 路 を,こ れ また氷結 した よ うに身 振 りの硬 い人 々が 動 い て い る.ま さ し く巨大 な コ ン ク リー トの墓 場 の よ うな風 景 を 目の あ た りに し て,初 めて の旅 行 者 は今,自 分 はニ ュー ヨー ク に い る,こ れ が ア メ リカ の一 っ の顔 な の だ と感 じるの で あ る.他 方,イ ス ラエ ル の 中心 都 市 の テ ル ア ビブの 郊 外 で は また別 種 の顔 を 見 出 す こ とが で き る.こ の 土 地 で掘 り出 され る特 有 の 薄 茶 色 の 石 で 住 居 が 造 られ て い る た め か(こ れ は法 的 な 規 制 に もよ る のか)全 体 ー と して乾 い た 感 触 な の だ が,そ れ で いて ど こ か静 かで,落 ち着 い た 雰 囲気 が 漂 い,活 気 は あ るが 雑 然 と した エ ル サ レム と対 照 的 で あ る.

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顔 と コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ンW.暮 ら しの 中 の 顔 テ ル ア ビブ に は欧 米 系 のユ ダ ヤ人 が 数 多 く住 ん で い て 多人 種 の行 き交 うエ ル サ レム と は 自 ず か ら違 う とい う見 方 もあ るだ ろ うが,し か しイ ス ラエ ル 国民 の圧 倒 的多 数 を 占あ るの は ア ジ ア ・ア ラブ系 ユ ダ ヤ人 で あ って,こ こ は ど こ まで も中東 の一 角 な ので あ る. ヨー ロ ッパ の都 市 は絵 に な るが 日本 の 都 市 はな らな い と言 わ れ る.わ が 国 の都 市 も個 性 的 な 素 晴 ら しい顔 を もつ よ うに な る に は ど う した らよ い の だ ろ うか.日 本 の もつ 独 自の 自 然 と文 化 を と り入 れ な が ら,あ らた めて 手 づ く りの 町 づ くりを す す あ るた め に,為 政 者 の み な らず 住 民 の 一 人,一 人 が 身 の ま わ りの生 活 か ら省 み な け れ ば な らな い よ うに み え る.

菱 山 珠 夫 他:集 団歩 行 時 の縦 並 び と横 並 び 〔臺 弘(編)分 裂 病 の 生 活 臨 床 創 造 出 版 1978〕 平 尾 武 久 他:講 堂 に お け る座席 の成 立 精 神 神 経 学 雑 誌66巻1964 ホ ー ルE.日 高 敏 隆他(訳):か くれ た 次 元 み すず 書 房1970 田 中政 子:PersonalSpaceの 異方 的 構 造 に つ い て 教 育心 理 学 研 究21巻1973 山根 一 良:電 車 内 姿勢 に対 す る 美的 評 価 の 記号 学 的 分析 杉 野 女 子大 学 紀 要21巻1973 吉川 左紀 子:「 顔 」 とコ ミュニ ケ ー シ ョン 7thsymposiumonHumanInterface1991 箱 崎総 一:柔 らか い 都市 の 柔 らか い空 間 時 事通 信 社1986

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