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訳者序文(pdf)

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Academic year: 2021

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訳 者 序 文

本書は,原題が「個体群生態学(Population Ecology)」という主題ととも に,副題として「第1原理(First Principles)」という言葉がつけられている のだが,生態学の中の1つの学問領域である個体群生態学という学問を,もっ とも基本的なところから噛み砕いて説明したいという,著者の強い思い入れが 伝わってくる.序文にもあるように,数学的な理論を使って発展してきた個体 群生態学という学問に対して,基本的で定量的な原理を示すことが本書の目的 である. ところで,数理生態学では,物理学での考え方や解析手法を取り入れた研究 が1つの主流になっているが,生物集団のダイナミクスをモデリングする場合 には,古くから行われてきたような現象論的なモデリングの立場が熱力学に対 応し,集団全体のダイナミクスを集団の構成要素である個体のふるまい(生死) の結果として理解するという立場が,統計力学に相当するといえよう.ところ で,統計力学を表す英語である“statistical mechanics”の中の“mechanics”と

いう単語は,日本語に翻訳しづらい言葉の1つであると思われる.あるときに は“力学”と訳したり,また別の局面では“仕組み”とか“構造”と訳したりす る.同じ語源をもつ“mechanism”も後者の意味で使われるが,その英語の発 音に近い“メカニズム”は日本語にもなっているように,これは物事の現象の原 理を明らかにするためのターゲットである.複雑な生物学の現象を数理的に理 解することの大きな目標は,そのメカニズムを明らかにすることである. 生態学は物理学と違って原理や法則がない,といわれることがある.そして, そのための言い訳として用意された,生態学の現象は物理学のそれよりも複雑 だから,という逃げ口上は,一種の決まり文句としてまかり通っている(!?).

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vi 訳者序文 自己複製ということが,この極めて複雑な現象を作り出す生物の持っている欠 かせない特徴の1つである,ということに異論をはさむ人はおそらくいないだ ろう.また,自己複製とは,寿命をもった“物質”という観点からも,壊れてな くならないように,個体の世代交代をとおして,常に更新し続けることによっ て,遺伝子を子々孫々まで末永く残すための手段に他ならない. たまたま餌をたくさん手に入れられたり,たまたま交尾相手に恵まれたりす ることによって,たくさんの子供を残すことが考えられるし,逆にこのような 幸運に恵まれずに少数の子供しか生めなかったり,なかには全く子供を残せな い個体もいるだろう.これは,(体が大きいとかハンサムだとかの)その個体の 持っている特徴のせいであるかもしれないし,運不運だけで決まってしまう可 能性もある.生態学の第1原理とは,Berryman(1999, 2003)のように指数 成長のことを意味する場合もある(Berrymanは第5原理まで挙げている)が, 物理学の原理と対比されるような,生態学における究極的な原理という意味で は,このような種類の,個体の個性を考慮に入れた,集団の構成要素である個 体の繁殖と死亡を基本的な過程として集団のダイナミクスを導き出す立場のこ とである.たとえば,離散時間モデル(あるいは,[時間に関する]差分方程式 モデル:一年生植物や一化性の昆虫のように,世代が重ならない場合に適用で きる数理モデル)のもっとも基本的なモデルの1つに,Rickerモデルと呼ばれ るものがあるが,Royama(1992)の連続空間モデルによって導びくことがで

きるし,もっと一般的なモデル化を行ったBr¨annstr¨om & Sumpter(2005)の 離散空間モデルによれば,スクランブル(共倒れ)型の競争モデルにランダム な再配置の分布を考えると導出することができる.ここ数年で,このような第 1原理からの生態学のダイナミクスの理解が急速に発展する予感がするし,こ のことによって生態学の現象のメカニズムを基本的なところから理解できるよ うになることを願っている. 本書は第1章から第9章までで構成されていて,相互の章の関係や内容の概 略は最後の第9章を読むとわかるようになっている.各章で,多くの生態学の 具体的な事例が示されているが,そのわかりやすく丁寧に行われている説明は, 現象をもっとも基本的な過程から記述していくという,この本の主題でもある 第1原理の精神に通ずるところがある.ただし,生態学の数理モデリングに慣

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訳者序文 vii れ親しんでいる読者にとっては,逆に説明がまどろっこしくて,いらいらする 部分もあるかもしれないが,数理生物学を専門とする研究者はふつうは考えも つかないような発想で書かれたところもあって,楽しめるかもしれない.なお, 原著には間違いや勘違いと思われる箇所がところどころに見受けられたが,明 らかなものについては,特に断りなく訳者が書き換えている.また,特に第8 章でのTilmanの仕事の紹介の部分を訳出する作業の中で,もとの論文や書籍 をどう読み直しても腑に落ちない箇所があったために,電子メールを通じて著 者とやりとりを行った.本文を注意深く読むことによって,訳者の誤解である ことが理解できたのだが,このように,もとの仕事を著者が独自に解釈し直し ている箇所がいくつか散見された.このことは,よい意味では新しい研究を生 み出すきっかけにもなるだろうが,悪い意味では,読者を誤った理解に導く恐 れもあるような気がしている.読者はその点を承知した上で本書を読まれた方 がいいかもしれない. 本書の読者としては,序文には大学高学年から大学院低学年と書いてあるが, 日本の大学の通常のカリキュラムを考えると,理工学部の1–2年生程度が適当 であると思う.第3章の最後にある付録では,本文中で必要となる行列の基本 的な計算の仕方がすべて書かれているので,行列のことをすっかり忘れてしまっ た人も全く心配ない. また,本書には,日本人の仕事もいくつか紹介されている(廣井,門司,篠 崎,吉良,内田,依田,小川,穂積:そうそうたるメンバーである!).このよ うな外国の大学で使用されているテキストの中に,このように日本人の名前を 発見すると,同じ日本人として嬉しくなると同時に,この時代に後世まで残る ような大きな業績を成し遂げた先人に改めて畏敬の念を覚えるものである. ところで,特にここ数年の間に,訳本も含めて,数多くの日本語で書かれた生 態学のテキストが出版されている.私の本棚を眺めてみても,Begonらの『生 態学』(京都大学出版会)や,嶋田正和らの『動物生態学』(海游社),甲山隆司 らの『植物生態学』(朝倉書店),日本生態学会編『生態学入門』(東京化学同人) といった,国内外からすでに高い評価を得ている書物が並んでいるし,初学者 のためには,松田裕之の著した『ゼロからわかる生態学』(共立出版)というユ ニークな本もある.このような数多くの良書がある中で今回訳出した本の出版

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viii 訳者序文 意義は,個体群生態学に的を絞って,植物とか動物とか昆虫だけに限らず,い ろいろな例を示しながら,初学者にもわかりやすく書かれている,ということ が挙げられると思っている. 訳者の専門分野が多岐にわたっていることも,この訳本の大きな特徴である (竹内:数理工学,宮崎:数学,守田:物理学,佐藤:生物学).同じ学科に所 属している私たちの研究グループでは,最近いくつかの訳本を出版してきたが, 違う専門分野の研究者が集まって議論を行い,異なったものの見方や考え方を 発見することをとおして,新しい研究テーマへの活路が開けることを身をもっ て体験してきた.翻訳の担当箇所は次のとおりである.第2章および第3章: 守田,第4章:宮崎,第6章および第8章:竹内,序文・第1章・第5章・第 7章・第9章・用語解説:佐藤. 本書を訳出するにあたっては,まず,九州大学大学院の巌佐庸教授に対して, 共立出版へ私たちを訳者として推薦していただき,このような機会を与えてい ただいたことに感謝したい.また,共立出版の信沢孝一氏には企画から出版に いたるまでのご尽力をいただくとともに,なかなか原稿ができない私たちを辛 抱強く待っていただいたことに感謝したい. 2007年2月 訳者を代表して 佐 藤 一 憲

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