『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106
高 校 生 ロシア語 学 習 者 が同 年 代 のロシア人と出 会 う機 会を模 索して
―東 京 都 内 でロシア語 を学 ぶ生 徒 たちとの取 り組 みを例 に― 福 田 知 代 はじめに 現 在 、公 立 の小 学 校 の授 業 でも英 語 活 動 が行 われるようになり、日 本 で生 活 す る子 どもたちの大 半 に、早 い段 階 から外 国 語 に触 れる機 会 が提 供 されることとなった。 外 国 語 を学 ぶ子 どもたちにとって、習 得 した外 国 語 を使 ってその言 語 を話 す外 国 の 人 たちとコミュニケーションを取 ってみたい、と考 えるのは、当 然 の欲 求 であり、またそ れは非 常 にシンプルな思 考 であるといえるだろう。大 学 生 や大 人 の外 国 語 学 習 者 の 場 合 、仕 事 で役 立 てたい、原 書 で文 学 作 品 を読 みたい、文 化 ・芸 術 をより深 く理 解 し たい、あるいは現 地 に旅 行 する際 の手 助 けとしたいなどといった理 由 が彼 らの外 国 語 学 習 の動 機 づけになっていることが多 いが、高 校 生 以 下 の外 国 語 学 習 者 の多 くは、 学 習 の初 期 段 階 において、その言 語 が使 われている国 の人 たちとコミュニケーション を取 れるようになりたいと考 えて外 国 語 を学 び始 めているはずである。では実 際 に、外 国 語 を学 ぶ子 どもたちは、その当 初 の「想 い」を実 現 できているのであろうか。本 報 告 では、東 京 都 内 で教 科 としてロシア語 が提 供 されている高 等 学 校 3 校 でロシア語 を 学 んでいる子 どもたちを例 に、現 段 階 で高 校 生 ロシア語 学 習 者 に提 供 されている、ロ シア人 、とくに同 年 代 のロシア人 の青 少 年 と実 際 にコミュニケーションを取 ることのでき る機 会 についてまとめ、今 後 の取 り組 みの展 望 について考 察 したい。 1. 高 校 生 ロシア語 学 習 者 の「想 い」と外 国 語 を学 ぶ高 校 生 をめぐる状 況 1.1 高 校 生 ロシア語 学 習 者 の「想 い」 本 報 告 では、全 国 でもまれな存 在 である高 校 生 ロシア語 学 習 者 のうち、東 京 都 内 で第 一 外 国 語 および第 二 外 国 語 としてロシア語 が提 供 されている高 等 学 校 、具 体 的 には都 立 北 園 高 等 学 校 (板 橋 区 板 橋 )、関 東 国 際 高 等 学 校 (渋 谷 区 本 町 )およ び早 稲 田 大 学 高 等 学 院 (練 馬 区 上 石 神 井 )の 3 校 でロシア語 を学 んでいる子 どもた ちに、同 年 代 のロシア人 とコミュニケーションを取 るためのどのような機 会 が提 供 され『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 ているのかについてまとめる。関 東 地 方 でロシア語 を教 科 として学 ぶことのできる高 等 学 校 は、上 記 3 校 に加 えて慶 應 義 塾 志 木 高 等 学 校 (埼 玉 県 志 木 市 )と早 稲 田 大 学 本 庄 高 等 学 院 (埼 玉 県 本 庄 市 )および立 教 新 座 高 等 学 校 (埼 玉 県 新 座 市 )がある が、都 立 北 園 高 等 学 校 、関 東 国 際 高 等 学 校 、早 稲 田 大 学 高 等 学 院 のみを扱 うこと にしたのは、筆 者 が実 際 にこの 3 校 で教 鞭 をとっており、日 頃 から生 徒 たちの声 を聞 けているということ、また筆 者 が持 つ、ロシア人 青 少 年 とコミュニケーションを取 ることの できる機 会 に関 する情 報 を、ダイレクトに提 供 できているという理 由 からである 1。 本 報 告 で取 り上 げるそれぞれの高 等 学 校 の簡 単 なプロフィール、ロシア語 を学 んでいる生 徒 たちの内 訳 と彼 らがロシア語 を学 ぶ環 境 は、以 下 に挙 げる通 りである。 1.1.1 東 京 都 立 北 園 高 等 学 校 (東 京 都 板 橋 区 板 橋 ) 昭 和 3 年 (1928 年 )に東 京 府 立 第 九 中 学 校 として開 校 。86 年 の伝 統 を持 つ、 部 活 動 や行 事 が盛 んな進 学 校 である。毎 年 、国 公 立 大 学 や難 関 私 立 大 学 に進 学 する生 徒 たちがいる。国 際 理 解 教 育 に力 を入 れており、オーストラリア海 外 語 学 研 修 の機 会 が設 けられているとともに、国 際 ロータリーの青 少 年 交 換 プログラムを通 して交 換 留 学 を実 施 している。 都 立 の高 等 学 校 で唯 一 、第 二 外 国 語 でロシア語 (昭 和 39 年 開 講 )を学 ぶこと ができるほか、ドイツ語 、フランス語 (ともに昭 和22 年 開 講 )および中 国 語 (昭 和 23 年 開 講 )が開 講 されている。第 二 外 国 語 の担 当 教 員 はいずれも非 常 勤 講 師 で、平 成 25 年 度 はドイツ語 講 師 5 名 、フランス語 講 師 3 名 、中 国 語 講 師 2 名 、ロシア語 講 師 1 名 である。 第 二 外 国 語 の授 業 は、希 望 する生 徒 は誰 でも、開 講 されている 4 言 語 の中 から 1 言 語 を 2 年 間 継 続 で学 習 できるというシステムである。第 三 学 年 では、希 望 すれば、 それまで2 年 間 学 習 してきた言 語 を継 続 して学 ぶことも可 能 である。授 業 は週 に 1 度 、 第 一 学 年 および第 二 学 年 は 7、8 時 間 目 に、第 三 学 年 は 5、6 時 間 目 に 2 コマ連 続 (1 コマは 50 分 )で開 講 されている。第 二 外 国 語 科 目 の定 期 試 験 は年 に 3 回 行 わ れ、正 規 の授 業 として単 位 が認 定 される。 1 平 成 22 年 4 月 より都 立 北 園 高 等 学 校 勤 務 。すべてのロシア語 の授 業 を担 当 (週 4 コマ)。加 えて平 成 24 年 4 月 より関 東 国 際 高 等 学 校 、早 稲 田 大 学 高 等 学 院 勤 務 。関 東 国 際 高 等 学 校 で は、すべての学 年 の日 本 人 教 員 によるロシア語 の授 業 を担 当 (週 7 コマ)。早 稲 田 大 学 高 等 学 院 では、第 三 学 年 の言 語 系 選 択 科 目 および文 系 選 択 科 目 のロシア語 の授 業 を担 当 (週 4 コマ)。
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 ロシア語 を選 択 している生 徒 の内 訳 は、平 成 25 年 度 は第 一 学 年 17 名 (男 子 2 名 、女 子 15 名 )、第 二 学 年 9 名 (男 子 5 名 、女 子 4 名 )である。 1.1.2 関 東 国 際 高 等 学 校 (東 京 都 渋 谷 区 本 町 ) 大 正 13 年 (1924 年 )に関 東 高 等 女 学 校 として開 校 。現 在 は普 通 科 、外 国 語 科 、演 劇 科 からなる男 女 共 学 の私 立 高 等 学 校 である。早 くから外 国 語 教 育 に力 を入 れており、外 国 語 科 に在 籍 する生 徒 の中 には、帰 国 生 やネイティヴ、それに生 活 環 境 の中 に外 国 語 が身 近 にある子 どもたちの割 合 が高 い。 外 国 語 科 には英 語 を軸 とする 4 コースと、中 国 語 コース(昭 和 61 年 設 置 )、ロシ ア語 コース(平 成 3 年 設 置 )、韓 国 語 コース(平 成 12 年 設 置 )、タイ語 コース、インド ネシア語 コース、ベトナム語 コース(ともに平 成 19 年 設 置 )が設 けられている。平 成 25 年 度 は、中 国 語 コースおよび韓 国 語 コースは専 任 教 員 と非 常 勤 講 師 が担 当 、ロシア 語 コース、タイ語 コース、インドネシア語 コース、ベトナム語 コースはそれぞれ日 本 人 の 非 常 勤 講 師 1 名 とネイティヴの非 常 勤 講 師 1 名 の 2 名 体 制 で担 当 している。 外 国 語 科 ロシア語 コースには、毎 年 10 名 前 後 が入 学 してくる。卒 業 までの 3 年 間 ロシア語 コースに在 籍 し、平 成 25 年 度 現 在 、第 一 学 年 は週 に 5 コマ(1 コマは 45 分 )、第 二 学 年 は週 に 6 コマ、第 三 学 年 は週 に 3 コマのロシア語 の授 業 が必 修 であ る。さらに第 三 学 年 進 級 時 に選 択 希 望 を出 した生 徒 については、これに加 えてさらに 週 6 コマ、高 度 なロシア語 を学 ぶことのできる機 会 が提 供 される。すべてのロシア語 の 授 業 は、日 本 人 とネイティヴの教 員 が連 係 して行 っている。定 期 試 験 は年 に 4 回 (第 三 学 年 のみ3 回 )行 われる。 ロシア語 コースに在 籍 している生 徒 は、平 成 25 年 度 は第 一 学 年 10 名 (男 子 4 名 、女 子6 名 )、第 二 学 年 10 名 (男 子 6 名 、女 子 4 名 )、第 三 学 年 8 名 (男 子 5 名 、 女 子 3 名 。うち女 子 1 名 が週 6 コマの選 択 希 望 授 業 を履 修 している)である。 1.1.3 早 稲 田 大 学 高 等 学 院 (東 京 都 練 馬 区 上 石 神 井 ) 大 正 9 年 (1920 年 )に旧 制 早 稲 田 大 学 早 稲 田 高 等 学 院 として開 校 。現 在 は中 学 部 と高 等 学 院 からなる男 子 校 の私 立 高 等 学 校 である。卒 業 生 のほぼ全 員 が、早 稲 田 大 学 の各 学 部 に進 学 する。独 自 の教 育 課 程 を編 成 しており、生 徒 たちは高 等 学 院 在 学 中 から、専 門 性 の高 い、発 展 的 な授 業 を受 けている。土 曜 日 は午 前 授 業
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 である。 第 二 外 国 語 は、高 等 学 院 において選 択 必 修 科 目 として設 置 されており、第 一 学 年 から第 三 学 年 まで、継 続 で学 ぶ必 要 がある。ドイツ語 、フランス語 、ロシア語 、中 国 語 (いずれも旧 制 高 等 学 院 当 時 からの伝 統 である)が開 講 されており、入 学 試 験 合 格 後 、第 二 外 国 語 科 目 の第 一 希 望 から第 三 希 望 までを提 出 することになっている。 高 大 一 貫 教 育 が行 われていることを背 景 として、早 稲 田 大 学 進 学 後 は、学 部 によっ ては高 等 学 院 で履 修 した第 二 外 国 語 は、入 学 当 初 から中 級 クラスを履 修 することが できるという環 境 がある。高 等 学 院 での第 二 外 国 語 の授 業 は、日 本 人 とネイティヴの 教 員 が担 当 しており、平 成 25 年 度 は、ドイツ語 、フランス語 および中 国 語 は専 任 教 員 および非 常 勤 講 師 あわせて 6 名 、ロシア語 は非 常 勤 講 師 4 名 である。 ロシア語 を履 修 する生 徒 は、毎 年 およそ 20 名 前 後 である。学 年 によっては、第 二 外 国 語 科 目 の選 択 希 望 でロシア語 を第 一 希 望 で提 出 した生 徒 と、第 一 希 望 の言 語 、あるいは第 二 希 望 までの言 語 にもれてロシア語 選 択 になった生 徒 とが混 在 して いる場 合 もある。第 二 外 国 語 科 目 は、平 成 25 年 度 は、第 一 学 年 は全 員 共 通 で 3 コ マ(1 コマは 50 分 )、第 二 学 年 は全 員 共 通 で 2 コマ、文 系 選 択 でこれに加 えて 2 コ マ、第 三 学 年 は全 員 共 通 で 3 コマ、言 語 系 選 択 科 目 としてこれに加 えて 2 コマ、自 由 選 択 科 目 としてこれに加 えてネイティヴの授 業 を 2 コマ、文 系 選 択 科 目 でこれに加 えて 2 コマを履 修 することができる。定 期 試 験 は年 に 3 回 (第 三 学 年 のみ 2 回 )行 わ れる。また、第 二 学 年 と第 三 学 年 でのみ実 施 される、その成 績 により希 望 する学 部 に 進 学 できるかどうかを決 めるための判 断 材 料 になる「特 別 考 査 」でも第 二 外 国 語 科 目 の試 験 が実 施 され、文 系 学 部 を視 野 に入 れている生 徒 は全 員 これを受 験 しなければ ならない。 ロシア語 の授 業 を受 けている生 徒 は、平 成 25 年 度 は第 一 学 年 22 名 、第 二 学 年 16 名 、第 三 学 年 16 名 (いずれも全 員 男 子 )である。 以 上 3 校 でロシア語 を学 ぶ生 徒 たちは、実 際 にどのような「想 い」を抱 いてロシア 語 を学 んでいるのであろうか。これに関 しては、平 成 24 年 6 月 から 7 月 にかけて同 じ 3 校 で実 施 されたアンケート調 査 2の回 答 を参 考 にしたい。このアンケート調 査 では、 「あなたがロシア語 を学 ぶ目 的 は何 ですか」という質 問 項 目 を設 けて、94 名 の生 徒 た 2 アンケート調 査 の方 法 に関 しては、文 末 の付 録 ①に詳 しく記 した。このときの調 査 結 果 について は、福 田 知 代 (2013)「大 学 以 外 の教 育 機 関 におけるロシア語 教 育 ―高 校 生 と社 会 人 の学 習 意 識 を中 心 として―」『外 国 語 教 育 論 集 』第 35 号 (91-110).を参 照 されたい。
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 ちに自 由 に回 答 してもらった。複 数 の理 由 で回 答 した生 徒 たちも多 かったことから、 回 答 の総 数 は生 徒 たちの合 計 人 数 よりも多 くなっている。生 徒 たちの回 答 とその人 数 をまとめると、図 1 のようになる。 図1 生 徒 たちの回 答 と人 数 最 も多 く、37 名 の生 徒 が挙 げた目 的 が、①「身 に付 けて世 界 の人 たちとコミュニ ケーションをとること」であった。現 在 、積 極 的 に海 外 に出 て行 く若 者 が激 減 している と危 機 感 が唱 えられているが、高 等 学 校 という若 い段 階 からさまざまな外 国 語 や外 国 文 化 に触 れている生 徒 たちは、外 国 と聞 いても臆 することなく、機 会 があれば世 界 の 人 と関 わりたいと考 えている。裏 を返 せば、外 国 語 を学 んでいるのなら、その国 の人 と コミュニケーションを取 るのは至 極 当 然 のことであると彼 らは認 識 しているのである。 一 方 、視 聴 覚 教 育 法 の観 点 から言 えば、今 からおよそ 70 年 前 にエドガー・デー ルが提 唱 した有 名 な「経 験 の円 錐3」が示 しているとおり、ある経 験 が個 々の経 験 者 の 中 で概 念 化 するためには、図 2 のとおり、誰 かから話 を聞 くだけの経 験 よりも、自 らが 直 接 的 で具 体 的 な経 験 をする方 が有 効 であることが広 く知 られている。これを教 育 現 場 に応 用 して考 えれば、教 育 者 が現 実 に近 い環 境 を学 習 者 に提 供 すればするほど、 そこでの学 習 が、大 いなるインパクトを伴 って学 習 者 の中 に刻 みこまれることになるの である。 図 2 経 験 の円 錐
3 Edgar Dale, Audio-Visual method in teaching (New York: Dryden Press, c1946), p. 39.
M/標準 M/標準 M/標準 M/標準 M/標準
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 限 りある時 間 内 で、生 徒 たちにより有 効 な学 習 をしてもらいたいと考 えてこの教 育 法 を重 んじている筆 者 の個 人 的 な教 育 観 として、教 室 の中 だけでロシアやロシア 語 について学 ぶのでは、実 際 のほんの一 握 りしか知 ることはできないだろうとの思 いか ら、積 極 的 に教 室 の外 に連 れ出 し、教 室 外 で実 際 にロシア語 を使 った り、ロシアの文 化 を肌 で感 じたりなどのさまざまな実 体 験 をしてもらうことにしている 4。そのような実 体 験 をする場 を各 校 で年 間 数 回 ずつ提 供 することにしているが、毎 回 新 しい体 験 をした 生 徒 たちは、その後 また目 標 を新 たにし、強 い意 欲 を持 ってロシア語 学 習 に取 り組 む ことができるようになっている。つまり、時 折 このような実 体 験 をする機 会 を提 供 するこ とは、学 習 効 率 が高 くなることに加 え、学 習 意 欲 の維 持 ・向 上 に大 いに寄 与 している ことから、これらを積 極 的 に取 り入 れていくことは非 常 に有 効 であるといえるだろう。さ らに、高 校 生 ロシア語 学 習 者 の多 くが「世 界 の人 たちとコミュニケーションを取 りたい」 という「想 い」を抱 いて日 々ロシア語 を学 んでいることが明 らかとなっている以 上 、その 「想 い」を無 視 するなどということは到 底 できない。 4 福 田 知 代 (2014)「実 体 験 を通 じたロシア語 教 育 ―高 校 生 ロシア語 学 習 者 を対 象 とした取 り組 みの一 例 ―」『外 国 語 教 育 論 集 』第 36 号 (83-92).を参 照 されたい。
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 では実 際 に、東 京 都 内 でロシア語 を学 ぶ高 校 生 には、どのような実 体 験 の場 が 提 供 されているのであろうか。本 報 告 では、多 くの生 徒 たちがロシア語 学 習 の目 的 と して挙 げた「身 に付 けて世 界 の人 たちとコミュニケーションをとること」のうち、同 年 代 の ロシア人 青 少 年 とコミュニケーションを取 ることのできる機 会 に特 に焦 点 を当 てて考 察 していきたい。 1.2 高 校 生 外 国 語 学 習 者 を取 り巻 く現 実 本 節 では、高 等 学 校 で外 国 語 を学 ぶ生 徒 たちに現 在 提 供 されている、その言 語 が使 用 されている国 の同 年 代 の青 少 年 とコミュニケーションを取 ることのできる機 会 は、実 際 にはどの程 度 存 在 しているのかについて見 てゆく。先 ほどからコミュニケーシ ョンを取 る相 手 を「同 年 代 の青 少 年 」と限 定 している理 由 は、たとえばロシア語 に関 し て言 えば、関 東 国 際 高 等 学 校 ではロシア語 コースの全 員 が、そして早 稲 田 大 学 高 等 学 院 では第 三 学 年 でネイティヴのロシア語 の授 業 を選 択 すれば、「経 験 の円 錐 」で言 うと円 錐 の下 から二 段 目 にあたるContrived Experiences に相 当 する、「ロシア人 」とコ ミュニケーションを取 る機 会 は保 障 されているものの、やはり生 徒 の心 理 的 面 からも、 「教 師 ―生 徒 」としてのコミュニケーションの枠 を出 ることはなかなか困 難 であろうと考 えられるからである。もし円 錐 の一 段 目 である Direct Purposeful Experiences を生 徒 たちに経 験 させるためには、たとえばコミュニケーションの相 手 が、興 味 ・関 心 が一 致 する同 年 代 のロシア人 であればベストであろうと考 えられる。そしてもしコミュニケーショ ンの相 手 が同 年 代 の青 少 年 であれば、ここに「より近 づきたい」「この先 長 く友 情 をは ぐくみたい」という心 情 がさらに付 加 されるはずで、それによりさらに具 体 的 なコミュニケ ーションを取 りたいという意 欲 が生 まれ、結 果 的 に非 常 に高 い学 習 効 果 が生 まれると 期 待 できる。近 年 SNS が普 及 してきているが、多 くの生 徒 たちにとって、そのようなツ ールを使 って積 極 的 に連 絡 を取 り続 け合 いたい相 手 としては、教 師 や大 人 の「お知 り 合 い」よりも、やはり同 年 代 の「友 人 」の方 が勝 るだろう。 現 在 、高 等 学 校 で外 国 語 を学 ぶ生 徒 たちに、さまざまな機 関 が、同 年 代 の子 ど もたちとコミュニケーションを取 ることのできるさまざまな機 会 を提 供 している。たとえば 英 語 に関 して言 えば、全 国 の多 くの高 等 学 校 において、希 望 者 を対 象 とした海 外 語 学 研 修 が学 校 行 事 の一 環 として実 施 されており、多 くの場 合 において、現 地 では同 年 代 の青 少 年 と交 流 する機 会 が準 備 されている。本 報 告 で取 り上 げている高 等 学 校 3 校 とも、英 語 圏 への海 外 語 学 研 修 を毎 年 実 施 している。また高 等 学 校 の中 には、
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 英 語 圏 の国 が修 学 旅 行 の行 き先 に選 定 されている場 合 もある。さらに英 語 を軸 とした 国 際 的 な青 少 年 交 換 プログラムとして、国 際 ロータリーの青 少 年 交 換 プログラムが存 在 している。高 等 学 校 によってはこのプログラムを通 じて交 換 留 学 生 の派 遣 ・受 入 を 行 っており、英 語 の能 力 試 験 を含 む選 考 試 験 に合 格 すれば、このプログラムを通 じて アメリカ合 衆 国 ・カナダ・メキシコ・ブラジル・タイ・トルコ・ドイツ・フランス ・スロヴァキアな どといった国 々の現 地 校 に 1 年 間 通 うことが可 能 である。文 部 科 学 省 初 等 中 等 教 育 局 国 際 教 育 課 が隔 年 で実 施 している「高 等 学 校 等 における国 際 交 流 等 の状 況 につ いて」の平 成 23 年 度 の調 査 結 果 によれば、全 国 でおよそ 2 万 6000 名 の高 校 生 が 短 期 留 学 または語 学 研 修 で、またおよそ 8 万 1000 名 の高 校 生 が修 学 旅 行 でアメリ カ、オーストラリア、カナダなどの英 語 圏 を訪 れている。一 方 、全 国 でのべおよそ 870 校 の高 等 学 校 が、英 語 圏 からの留 学 生 、語 学 研 修 生 、訪 問 団 を受 け入 れており、た とえ英 語 圏 への修 学 旅 行 や語 学 研 修 に参 加 できる環 境 がなくとも、日 本 国 内 にいな がらにして、学 校 内 で同 年 代 の青 少 年 とコミュニケーションを取 ることは可 能 である。 このように、英 語 に関 しては、学 校 単 位 あるいは組 織 単 位 で、同 年 代 の青 少 年 とコミ ュニケーションを取 る機 会 が比 較 的 多 く提 供 されている。 一 方 、英 語 以 外 の外 国 語 に関 して言 えば、言 語 によってあるいは高 等 学 校 によ って事 情 はまちまちである。たとえばフランス語 に関 しては、全 国 的 な組 織 である日 仏 高 等 学 校 ネットワーク「コリブリ」が存 在 する。これは全 国 でフランス語 の授 業 が実 施 さ れている高 等 学 校 とフランス大 使 館 が展 開 しているもので、フランス語 の授 業 が実 施 されている高 等 学 校 およそ 220 校 のうち、都 立 北 園 高 等 学 校 および早 稲 田 大 学 高 等 学 院 を含 む 41 校 がこの「コリブリ」に加 盟 しており、平 成 17 年 (2005 年 )にコリブリ 憲 章 が策 定 されて以 降 、フランス側 の加 盟 校 と連 係 して、相 手 国 との交 換 留 学 が実 施 されている。毎 年 40 名 近 くの日 本 の高 校 生 が「コリブリ」を通 じてフランスの現 地 校 に短 期 留 学 している一 方 、同 程 度 の人 数 のフランスの高 校 生 が日 本 の高 等 学 校 に 短 期 留 学 している。また、これとは別 に、学 校 単 位 でフランス語 圏 の現 地 校 と提 携 し ている高 等 学 校 もおよそ 20 校 存 在 する。文 部 科 学 省 の調 査 結 果 によれば、全 国 で およそ620 名 の高 校 生 が短 期 留 学 または語 学 研 修 で、またおよそ 5400 名 の高 校 生 が修 学 旅 行 でフランス語 圏 を訪 れている。一 方 、全 国 でのべおよそ40 校 の高 等 学 校 が、フランス語 圏 からの留 学 生 、語 学 研 修 生 、訪 問 団 を受 け入 れている。 次 にドイツ語 に関 しては、全 国 でドイツ語 の授 業 が提 供 されている高 等 学 校 およ そ 100 校 のうち、都 立 北 園 高 等 学 校 および早 稲 田 大 学 高 等 学 院 を含 む 4 校 が PASCH プロジェクトのパートナー校 に指 定 されており、ゲーテ・インスティトゥートのサ
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 ポートを受 けてドイツとの国 際 交 流 を深 めている。そして条 件 を満 たせば、奨 学 金 を 利 用 してドイツ国 内 語 学 研 修 に参 加 することができるが、この研 修 の目 的 は世 界 でド イツ語 を学 んでいる高 校 生 が一 堂 に会 し、共 通 言 語 であるドイツ語 で交 流 を行 うとい うものであるため、必 ずしも現 地 の子 どもたちとの交 流 が 行 われるわけではない。この PASCH プロジェクトは平 成 20 年 (2008 年 )からドイツ連 邦 共 和 国 外 務 省 の主 導 で展 開 されているもので、世 界 各 国 に設 置 されているドイツ文 化 センター内 に設 置 されて いるゲーテ・インスティトゥートがさまざまな支 援 ・協 力 を行 っており、たとえ PASCH プ ロジェクトのパートナ ー校 に通 っていなくても、さまざまなイベントに参 加 することが可 能 である。また、学 校 単 位 でドイツ語 圏 の現 地 校 と提 携 している高 等 学 校 もおよそ 40 校 存 在 する。文 部 科 学 省 の調 査 結 果 によれば、全 国 でおよそ 600 名 の高 校 生 が短 期 留 学 または語 学 研 修 で、またおよそ 1300 名 の高 校 生 が修 学 旅 行 でドイツ語 圏 を 訪 れている。一 方 、全 国 でのべおよそ 50 校 の高 等 学 校 が、ドイツ語 圏 からの留 学 生 、 語 学 研 修 生 、訪 問 団 を受 け入 れている。 また中 国 語 に関 しては、関 東 国 際 高 等 学 校 および早 稲 田 大 学 高 等 学 院 を含 めて、学 校 単 位 で希 望 者 を募 って現 地 研 修 を行 っている高 等 学 校 が数 多 く存 在 す る。さらに 1980 年 代 後 半 から、中 国 を修 学 旅 行 先 として選 定 している高 等 学 校 も全 国 で一 定 数 存 在 しており、現 地 の青 少 年 とコミュニケーションを取 ることのできる機 会 はある程 度 保 障 されていると言 えるだろう。韓 国 語 に関 しても、関 東 国 際 高 等 学 校 で 行 われているように、学 校 単 位 で設 けられている現 地 研 修 の機 会 を通 じて同 年 代 の 子 どもたちとコミュニケーションを取 ることが可 能 であり、また修 学 旅 行 でも現 地 の高 等 学 校 を訪 れている日 本 の高 校 生 も多 い。 では、ロシア語 に関 してはどうだろうか。ロシア語 に関 して言 えば、フランス語 のよ うな全 国 的 なネットワークは現 在 のところ存 在 しておらず、ドイツ語 のように相 手 国 の サポートを受 けて国 際 交 流 の機 会 を得 るという道 も現 在 のところ存 在 していない。また、 修 学 旅 行 先 をロシアに選 定 している高 等 学 校 は、文 部 科 学 省 の調 査 では公 立 校 1 校 のみであり、参 加 者 は 20 名 とのことである。さらに高 校 生 の身 分 のままロシアへ長 期 留 学 している子 どもたちも若 干 名 いるが、いずれも個 人 での留 学 であり、ロシアの 現 地 校 と提 携 している高 等 学 校 は全 国 でわずかに 5 校 である。このことからも分 かる ように、ロシア語 をめぐっては、日 本 の高 等 学 校 でロシア語 を学 ぶ生 徒 に提 供 されて いる、同 年 代 のロシア人 の青 少 年 とコミュニケーションを取 る機 会 は、非 常 に限 られて いると言 える。また、対 象 は高 校 生 ではないが、平 成 25 年 秋 に告 示 された、日 露 青 年 交 流 事 業 の一 環 で行 われる「モスクワ大 学 への日 本 人 学 生 100 名 派 遣 プログラム」
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 募 集 の際 には、一 般 応 募 50 名 の定 員 に対 し、およそ 800 名 にも上 る大 学 生 が応 募 してきたとの情 報 からも分 かる通 り、このような一 つの募 集 に対 して大 勢 の希 望 者 が 殺 到 する背 景 には、若 い世 代 のロシアを訪 れたい、ロシアの同 年 代 の学 生 と交 流 し たいとの「想 い」はますます強 くなるのに対 し、それを実 現 してく れるような機 会 がまだ あまりにも少 ないのだということを具 体 的 に示 した事 例 であると言 えるだろう。 しかしながら、このような状 況 でも、平 成 23 年 4 月 から平 成 25 年 12 月 までの 間 に、都 立 北 園 高 等 学 校 、関 東 国 際 高 等 学 校 および早 稲 田 大 学 高 等 学 院 でロシ ア語 を学 んだ、あるいは現 在 学 んでいる生 徒 のうちの多 くが、高 等 学 校 や公 的 機 関 の援 助 を受 けて、同 年 代 のロシア人 の子 どもたちと実 際 にコミュニケーションを取 るこ とができた。次 の 2.では、それらの機 会 について個 別 にまとめ、同 年 代 のロシア人 青 少 年 とコミュニケーションを取 ったという経 験 が 、実 際 に生 徒 たちの心 情 ・学 習 意 欲 に どのような影 響 を及 ぼしたかについても考 察 していく。 2.都 内 の高 校 生 ロシア語 学 習 者 に提 供 されている同 年 代 のロシア人 と関 わる機 会 2.1 関 東 国 際 高 等 学 校 における「ロシア短 期 留 学 」と「世 界 教 室 」 本 節 では、全 国 でロシア語 を教 科 として学 ぶことのできる高 等 学 校 で唯 一 実 施 されている、関 東 国 際 高 等 学 校 の「ロシア短 期 留 学 」と、「世 界 教 室 」の取 り組 みを通 じて、ロシア語 を学 んでいる子 どもたちが同 年 代 のロシア人 の青 少 年 とコミュニケーシ ョンを取 っている例 を挙 げる。 1.1.2 でも紹 介 したとおり、関 東 国 際 高 等 学 校 では、平 成 3 年 4 月 にロシア語 コ ースが設 置 された。設 置 の初 年 度 から「ソ連 への旅 」と題 された研 修 旅 行 を学 校 単 位 で行 っており、平 成 4 年 からは「ロシア短 期 留 学 」という名 称 で継 続 されている。かつ ては春 や夏 などに 1 ヶ月 から 2 ヶ月 間 実 施 されていたが、現 在 では隔 年 で 3 月 半 ば から 4 月 半 ばまでの 1 ヶ月 間 、第 一 学 年 および第 二 学 年 合 同 での実 施 が定 着 して いる。隔 年 での実 施 であるため、ロシア語 コースに所 属 している生 徒 たちは、入 学 年 度 によって第 一 学 年 の終 わりまたは第 二 学 年 の終 わりに研 修 旅 行 に参 加 する。研 修 旅 行 への参 加 代 金 は、すべて自 己 負 担 である。このロシア短 期 留 学 への参 加 は希 望 制 であり、前 年 度 の 11 月 頃 に学 校 からの説 明 会 が行 われ、その後 参 加 するかどう かの意 思 表 示 をしなければならない。参 加 が決 定 した生 徒 は、出 発 までの間 に、この 短 期 留 学 を最 大 限 に有 益 なものとするため、一 連 の周 到 な事 前 研 修 を経 験 する。具
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 体 的 には、社 会 科 の教 員 によるロシアの地 理 ・歴 史 などに関 する連 続 講 義 を受 けた り、各 自 で調 べ学 習 をしたり、ホームステイ先 となる家 族 に向 けた自 己 紹 介 の文 をあら かじめ準 備 したり、現 地 で予 定 されているロシア人 青 少 年 との交 流 会 の準 備 を行 うと いうものである。 前 回 の「ロシア短 期 留 学 」は、平 成 24 年 3 月 から 4 月 にかけて行 われ、新 第 二 学 年 8 名 のうち 6 名 、新 第 三 学 年 11 名 のうち 7 名 の計 13 名 が参 加 した。現 地 での プログラムは、2 つのブロックに分 かれている。一 つ目 のブロックは、語 学 を学 ぶ期 間 である。はじめの一 週 間 と最 後 の一 週 間 弱 でウラジオストクにある極 東 連 邦 大 学 付 属 のロシア語 学 校 の授 業 をロシア語 で受 け、その期 間 の平 日 は大 学 の寮 で生 活 し、週 末 には極 東 連 邦 大 学 付 属 高 等 学 校 に通 う生 徒 の家 でホームステイを行 うというもの である。現 地 の施 設 、劇 場 や博 物 館 、サーカスなどを訪 れる機 会 も設 けられる。また、 現 地 の生 徒 との交 流 会 が行 われるのもこの期 間 である。二 つ目 のブロックは、国 内 小 旅 行 を行 う期 間 である。行 き先 は実 施 回 によって違 いはあるが、前 回 の短 期 留 学 で は全 日 程 のうちのちょうど真 ん中 の時 期 に、サンクト・ペテルブルグへの旅 行 を行 った。 この小 旅 行 の期 間 のみ、ホテルに宿 泊 する。極 東 連 邦 大 学 付 属 のロシア語 学 校 で の語 学 研 修 を終 え、修 了 試 験 に合 格 すると、参 加 した生 徒 たちに修 了 証 明 書 が交 付 され、大 学 受 験 などで公 的 な資 格 としてこれを利 用 することが可 能 となる。 一 方 、「世 界 教 室 」は、平 成 9 年 に関 東 国 際 学 園 の当 時 の理 事 長 により、国 際 交 流 の機 会 を提 供 することによって、世 界 中 の青 少 年 や教 員 が共 有 できる真 に国 を 超 えた教 育 の組 織 を作 ることを目 的 として設 立 されたものである。設 立 初 年 度 の平 成 9 年 は、当 時 の文 部 省 や各 国 大 使 館 の後 援 や協 賛 を受 けて関 東 国 際 高 等 学 校 で 国 際 フォーラムが開 催 され、その後 毎 年 メンバー校 の中 から決 定 された開 催 校 にお いて 10 月 下 旬 から 11 月 上 旬 にかけて継 続 して実 施 されてきた。平 成 25 年 度 は関 東 国 際 高 等 学 校 が国 際 フォーラム 2013 の開 催 校 となり、10 月 21 日 から 11 月 2 日 までの約 2 週 間 の日 程 でさまざまなプログラムが行 われた。世 界 各 国 の 21 のメンバ ー校 から国 および地 域 の代 表 として参 加 した 3 名 の学 生 と 1 名 の代 表 教 員 らは、勝 浦 キャンパス(千 葉 県 勝 浦 市 )でのセミナーに参 加 したのち、都 内 近 郊 を観 光 して回 った。その後 、プログラムの中 盤 に開 催 された関 東 国 際 高 等 学 校 の学 園 祭 では「世 界 教 室 」の展 示 を行 い、その前 後 の期 間 は関 東 国 際 高 等 学 校 に通 う生 徒 たちの家 庭 でホームステイを行 った。プログラムの後 半 はまた勝 浦 キャンパスに場 所 を戻 し、大 学 生 との交 流 、スポーツイベント、ディベートなどを連 日 行 った。 この「世 界 教 室 」のプロジェクトには関 東 国 際 高 等 学 校 からはおよそ 40 名 が参
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 加 しており、うちロシア語 コースからは1 名 が参 加 している。この生 徒 は、国 際 フォーラ ムが開 催 されている期 間 中 、ロシアのメンバー校 である極 東 連 邦 大 学 付 属 高 等 学 校 から参 加 した生 徒 らとともに行 動 し、ホームステイも受 け入 れて濃 密 な時 間 を過 ごした。 また終 日 ホストファミリーの裁 量 で過 ごす日 程 では、一 日 を使 って都 内 を案 内 し、名 所 や建 築 物 を紹 介 したり、一 緒 に食 事 を取 ったりなどして交 流 を深 め、ロシア語 を使 って積 極 的 にコミュニケーションを取 った。 また同 じ「世 界 教 室 」の枠 組 みで、隔 年 で 3 月 に極 東 連 邦 大 学 付 属 高 等 学 校 の生 徒 らが来 日 している。前 回 は平 成 25 年 3 月 9 日 から 20 日 までの約 2 週 間 の 日 程 で高 校 生 8 名 が来 日 し、さまざまなプログラムが行 われた。具 体 的 には勝 浦 キャ ンパスでのセミナーに参 加 したのち、関 東 国 際 高 等 学 校 の授 業 や交 流 会 に参 加 した り、都 内 近 郊 を観 光 して回 ったりなどした。勝 浦 キャンパス以 外 の日 程 では、ホームス テイを 8 日 間 行 った。関 東 国 際 高 等 学 校 の授 業 や交 流 会 の日 程 では、ロシア語 を 学 んでいる第 一 学 年 から第 三 学 年 までの 11 名 が参 加 し、極 東 連 邦 大 学 付 属 高 等 学 校 の生 徒 たちとともに日 本 史 の特 別 授 業 を受 けたのち、それぞれの自 己 紹 介 と簡 単 なゲームをいくつか行 った。また日 を改 めて実 施 された都 内 近 郊 を観 光 して回 る日 程 では、卒 業 後 にロシアに渡 ることが決 定 していた第 三 学 年 の生 徒 が同 行 し、名 所 や建 築 物 を紹 介 したり、一 緒 に食 事 を取 ったりなどして交 流 を深 め、ロシア語 を使 っ て積 極 的 にコミュニケーションを取 った。「世 界 教 室 」に参 加 しているロシア語 コースの 生 徒1 名 は、このときにホームステイを受 け入 れていた友 人 と一 緒 に、来 日 していたロ シア人 を連 れて都 内 観 光 をし、「世 界 教 室 」が主 催 した交 流 会 にも参 加 して積 極 的 にロシア語 を使 ってコミュニケーションを取 った。 2.2 日 露 青 年 交 流 センターが実 施 する「日 本 語 履 修 高 校 生 招 聘 プログラム 」 前 節 では、学 校 単 位 で行 われているロシア短 期 留 学 について取 り上 げたが、本 節 および次 節 では、公 的 機 関 が行 っている招 聘 プログラム、受 入 ・訪 問 事 業 を通 じて、 東 京 都 内 でロシア語 を学 んでいる生 徒 たちが同 年 代 のロシア人 と出 会 い、実 際 にコ ミュニケーションを取 った例 を取 り上 げていく。 まず、本 節 では平 成 23 年 から毎 年 行 われている、日 露 青 年 交 流 センターが実 施 するプログラムを通 じて、ロシア語 を学 んでいる生 徒 たちが、同 年 代 のロシア人 青 少 年 と交 流 した例 を取 り上 げる。日 露 青 年 交 流 センターは、平 成 10 年 に行 われた日 露 首 脳 会 談 において日 露 間 の国 民 レベルでの人 的 交 流 を抜 本 的 に拡 充 することが
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 合 意 されたのを受 け、翌 平 成 11 年 に両 国 の政 府 間 協 定 に基 づいて設 置 された日 露 青 年 交 流 委 員 会 の事 務 局 として設 立 された公 的 機 関 である。その後 平 成 20 年 には、 日 露 青 年 交 流 の規 模 を一 層 拡 大 し、日 露 合 わせて毎 年 500 名 規 模 の交 流 を実 施 することが両 国 首 脳 間 で合 意 された。そして 平 成 24 年 にこの目 標 が達 成 されたこと を踏 まえて、平 成 25 年 の日 露 首 脳 会 談 において、青 年 交 流 が日 露 関 係 の着 実 な 発 展 のために特 別 な意 味 を持 つことが確 認 され、両 国 間 の青 年 交 流 をさらに拡 大 し ていくことになった。 このような流 れの中 、平 成 23 年 から、想 定 されている「青 年 」としての年 齢 のうち でもっとも若 い層 である高 校 生 を対 象 にした「日 本 語 履 修 高 校 生 招 聘 プログラム」が 開 始 された。これは、ロシア全 土 の教 育 機 関 で日 本 語 を学 んでいる高 校 生 を、ロシア の秋 休 みである11 月 上 旬 に日 本 に招 き、一 週 間 の日 本 滞 在 中 に、文 化 体 験 および 日 本 でロシア語 を学 んでいる同 年 代 の高 校 生 との交 流 を行 うことが主 たる目 的 に掲 げられたプログラムである。プログラムの初 年 度 である平 成 23 年 にはロシア全 土 から 14 名 が来 日 し、翌 平 成 24 年 には 19 名 が、平 成 25 年 には 37 名 が来 日 した。 このプログラムでは、日 本 でロシア語 を学 んでいる高 校 生 と、来 日 したロシアの 高 校 生 たちが交 流 する機 会 が、都 内 散 策 および学 校 体 験 の2 つ設 けられている。都 内 散 策 に関 しては、これは来 日 したロシアの高 校 生 たちと日 本 でロシア語 を学 んでい る高 校 生 たちがグループに分 かれ、お台 場 や秋 葉 原 、原 宿 や新 宿 御 苑 などの決 め られたコースを一 日 かけて回 るという日 程 で行 われるものである。プログラムの初 年 度 は、日 本 側 からは大 学 生 が参 加 したが、翌 平 成 24 年 は関 東 国 際 高 等 学 校 および 早 稲 田 大 学 高 等 学 院 でロシア語 を学 んでいる生 徒 たちが、平 成 25 年 はこれに加 え て都 立 北 園 高 等 学 校 でロシア語 を学 んでいる生 徒 たちが、都 内 散 策 の「お相 手 」に 応 募 し、のべ46 名 がこの日 程 でロシアの高 校 生 たちと交 流 した。また平 成 25 年 に限 っては、都 内 散 策 の日 程 終 了 後 に懇 親 会 が開 催 され、都 内 散 策 の日 程 には参 加 す ることができなかった3 校 の生 徒 たち 20 名 もこの懇 親 会 の場 でロシアの高 校 生 たちと 楽 しく交 流 することができた。 東 京 での学 校 体 験 に関 しては、プログラムが開 始 されてから毎 年 、都 立 北 園 高 等 学 校 がその受 入 校 となっている。ロシアの高 校 生 たちは、昼 時 に来 校 して食 堂 で 日 本 の生 徒 たちと同 じメニューの昼 食 をとったのち、校 内 見 学 、授 業 体 験 と、ロシア 語 を学 んでいる生 徒 たちを中 心 に準 備 された放 課 後 のセレモニー・交 流 会 に参 加 す る。授 業 体 験 は、具 体 的 には三 味 線 、体 育 館 での体 育 (女 子 )、武 道 場 またはグラウ ンドでの体 育 (男 子 )の三 種 類 で、通 常 の授 業 の中 にロシアからの高 校 生 たちが混 じ
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 り、さらにこれに加 えてロシア語 を履 修 している生 徒 たちも「取 り出 し」で参 加 することも ある。この一 日 のプログラムの中 で、都 立 北 園 高 等 学 校 の生 徒 たちは、ロシア語 を履 修 しているかどうかには関 わらず、廊 下 や教 室 内 、食 堂 、交 流 会 の場 など、さまざまな 場 面 でロシアの高 校 生 たちを見 かけると、話 かけたり、日 本 語 を教 えてあげたり、また ロシア語 の言 葉 を教 わったりなど、積 極 的 にコミュニケーションを取 っている。特 に、ロ シア語 を履 修 している生 徒 たちは、放 課 後 に予 定 されるセレモニー・交 流 会 を前 々か ら準 備 し、この日 が来 るの を心 待 ちにしている。生 徒 たちが主 役 となる交 流 会 では、 通 例 、第 一 学 年 は各 自 の自 己 紹 介 とロシア語 で の合 唱 を数 曲 披 露 し、第 二 学 年 は 学 校 紹 介 と日 本 の高 校 生 の学 校 生 活 について、および日 本 の若 者 の間 で流 行 して いることについてロシア語 でプレゼ ンテーションを行 う。その後 、両 国 の高 校 生 たちは、 一 緒 におしゃべりをしたり、誘 い合 って写 真 を撮 ったり、プレゼントを交 換 したり、さら にその場 でSNS を通 じて「友 だち」になったりなど、迎 えのバスが出 発 する瞬 間 まで思 い思 いの方 法 で交 流 する。このうち、平 成 25 年 に実 施 されたプログラムでは、学 校 体 験 の日 程 より前 に行 われた都 内 散 策 およびその後 の懇 親 会 の日 程 で、都 立 北 園 高 等 学 校 でロシア語 を学 んでいる生 徒 の多 くがすでにロシアの高 校 生 と交 流 して打 ち 解 けた関 係 になっていたため、再 会 を喜 び、隣 同 士 の席 に仲 良 く座 ってコミュニケー ションを楽 しんでいる様 子 も見 られた。 プログラムが開 始 されてからこれまでの三 年 間 で、都 立 北 園 高 等 学 校 でロシア 語 を学 んでいる生 徒 のべ 61 名 が、この学 校 体 験 の日 程 でロシアの高 校 生 たちと交 流 した。 2.3 独 立 行 政 法 人 北 方 領 土 問 題 対 策 協 会 が実 施 する「北 方 四 島 青 少 年 受 入 ・訪 問 事 業 」 本 節 では、平 成 25 年 5 月 に独 立 行 政 法 人 北 方 領 土 問 題 対 策 協 会 が実 施 し た北 方 四 島 青 少 年 受 入 事 業 および同 年 8 月 に実 施 された北 方 四 島 交 流 教 育 関 係 者 ・青 少 年 合 同 訪 問 事 業 を通 じて、都 立 北 園 高 等 学 校 の生 徒 たちが日 本 の北 方 四 島 に住 むロシア人 の青 少 年 とコミュニケーションを取 った例 について取 り上 げる。北 方 四 島 交 流 事 業 は、平 成 3 年 に日 本 と当 時 のソビエト連 邦 の両 国 の外 相 間 で、「領 土 問 題 の解 決 を含 む日 ソ間 の平 和 条 約 締 結 問 題 が解 決 されるまでの間 、相 互 理 解 の 増 進 を図 り、もってそのような問 題 の解 決 に寄 与 する」ことを目 的 として、日 本 国 民 と 北 方 四 島 在 住 ソ連 人 との間 で、政 府 が発 行 する身 分 証 明 書 によって相 互 渡 航 を行
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 うことなどの枠 組 みが作 られたことに始 まるものである。翌 平 成 4 年 から実 際 に北 方 四 島 との相 互 交 流 が開 始 され、これまででのべおよそ 1 万 1440 名 がこの枠 組 みで北 方 四 島 を訪 れ、反 対 にのべおよそ8300 名 の四 島 在 住 のロシア人 が全 国 各 地 を訪 れ た。また、青 少 年 に限 って見 れば、高 校 生 以 下 の年 齢 でこれまでに北 方 四 島 を訪 れ た子 どもたちはのべおよそ 1000 名 、反 対 に受 入 事 業 を通 じて全 国 各 地 を訪 れた四 島 在 住 の青 少 年 はのべおよそ 1660 名 である。 このようにして平 成 4 年 から大 規 模 に実 施 されている北 方 四 島 青 少 年 受 入 ・訪 問 事 業 に、平 成 25 年 に 2 回 、都 立 北 園 高 等 学 校 でロシア語 を学 んでいる生 徒 たち が参 加 することができた。1 度 目 は、5 月 末 に実 施 された北 方 四 島 青 少 年 受 入 事 業 において、四 島 在 住 の青 少 年 45 名 が都 立 北 園 高 等 学 校 を訪 れ、学 校 体 験 を行 っ た際 である。前 節 で取 り上 げた、日 露 青 年 交 流 センターが実 施 する「日 本 語 履 修 高 校 生 招 聘 プログラム」を通 じてロシアで日 本 語 を学 んでいる高 校 生 たちが来 校 した際 と同 様 、四 島 在 住 のロシア人 の青 少 年 は、昼 時 に来 校 し、校 内 見 学 、授 業 体 験 と、 ロシア語 を学 んでいる生 徒 たちを中 心 に準 備 された放 課 後 のセレモニー・交 流 会 に 参 加 した。授 業 体 験 は、具 体 的 には三 味 線 、バトミントン、柔 道 の三 種 類 で、通 常 の 授 業 に四 島 からの青 少 年 が参 加 した。都 立 北 園 高 等 学 校 の生 徒 たちは、たびたび ロシア人 のグループが学 校 にやって来 るので比 較 的 このような光 景 に慣 れているため、 この一 日 のプログラムの中 で、ロシア語 を履 修 しているかどうかには関 わらず、廊 下 や 教 室 内 、交 流 会 の場 など、さまざまな場 面 でロシア人 の青 少 年 と積 極 的 にコミュニケ ーションを取 っていた。特 に、ロシア語 を 履 修 している生 徒 たちは、放 課 後 に実 施 さ れた交 流 会 において、第 一 学 年 は各 自 の自 己 紹 介 とロシア語 で「カチューシャ」の合 唱 を披 露 し、第 二 学 年 は学 校 紹 介 と日 本 の高 校 生 の学 校 生 活 について、および日 本 の若 者 の間 で流 行 していることについてロシア語 でプレゼンテーションを行 った。そ の後 、双 方 の高 校 生 たちは、一 緒 におしゃべりをしたり、誘 い合 って写 真 を撮 ったりな ど、迎 えのバスが出 発 する瞬 間 まで思 い思 いの方 法 で交 流 した。また日 を改 めて行 われた同 じ四 島 在 住 の青 少 年 たちとの夕 食 交 流 会 にも、都 立 北 園 高 等 学 校 でロシ ア語 を学 んでいる生 徒 たちが招 待 され、この北 方 四 島 青 少 年 受 入 事 業 の日 程 を通 じて、学 校 受 入 の際 には 27 名 、後 日 行 われた夕 食 交 流 会 ではそのうちの 11 名 がロ シア人 の青 少 年 と再 び交 流 した。 平 成 25 年 に都 立 北 園 高 等 学 校 でロシア語 を学 んでいる生 徒 たちが参 加 するこ とができたもう一 つの事 業 は、8 月 上 旬 に行 われた北 方 四 島 交 流 教 育 関 係 者 ・青 少 年 合 同 訪 問 事 業 である。この事 業 では全 国 の教 育 関 係 者 および青 少 年 合 わせて63
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 名 が2 日 間 の日 程 で色 丹 島 を訪 問 した。青 少 年 の内 訳 は、全 国 から参 加 した 12 名 の高 校 生 ・中 学 生 および都 立 北 園 高 等 学 校 でロシア語 を学 んでいる生 徒 5 名 であ った。参 加 者 はみな、根 室 で所 定 の事 前 研 修 を受 けたのち、船 舶 「えとぴりか」で色 丹 島 に向 かった。都 立 北 園 高 等 学 校 からの参 加 者 は全 員 、5 月 末 の学 校 受 入 の際 に四 島 の青 少 年 たちと交 流 しており、特 に色 丹 島 からの参 加 者 たちとは現 地 で 2 カ 月 弱 ぶりの再 会 を果 たした。全 国 から参 加 した高 校 生 ・中 学 生 と四 島 在 住 のロシア 人 青 少 年 がコミュニケーションを取 ることのできる日 程 のみに関 して挙 げれば、初 日 に 行 われた穴 澗 初 等 中 等 学 校 での交 流 会 とスポーツ交 流 ・意 見 交 換 会 および 2 日 目 に行 われたホームビジットおよび夕 食 交 流 会 があった。訪 問 の初 日 に穴 澗 初 等 中 等 学 校 の講 堂 で行 われた交 流 会 では、青 少 年 の代 表 団 からは、青 森 県 から参 加 した 高 校 生 が大 湊 ねぶたの踊 りと笛 の演 奏 を披 露 し、都 立 北 園 高 等 学 校 から参 加 した 生 徒 がロシア語 で「カチューシャ」の合 唱 を披 露 した。また大 阪 から参 加 した中 学 生 と、 色 丹 島 で音 楽 学 院 に通 う子 どもがピアノの演 奏 を披 露 し、その後 、島 の女 の子 たち が日 本 語 講 師 に習 った日 本 語 の歌 を数 曲 披 露 した。それから訪 問 団 のうち、青 少 年 のみが体 育 館 に移 動 し、色 丹 島 に住 むロシア人 の青 少 年 らとスポーツ交 流 を行 った。 スポーツ交 流 の具 体 的 な内 容 は、バレーボールと、双 方 の子 どもたちが一 緒 になって 自 主 的 に始 めたバスケットボールを使 ったゲーム、それにロシアの伝 統 的 なボール遊 びの「ピオネール・ボール」である。双 方 の青 少 年 は、自 分 たちで混 合 チームを作 って、 歓 声 を上 げながら一 緒 に汗 を流 した。その後 、訪 問 団 の青 少 年 と色 丹 島 に住 むロシ ア人 の青 少 年 が大 きな一 つの輪 になって座 り、意 見 交 換 会 が始 まった。それぞれが テーマを出 し合 い、スポーツや趣 味 、将 来 の夢 などについて語 り合 った。訪 問 2 日 目 に行 われたホームビジットでは、全 訪 問 団 員 が 8 つのグループに分 かれ、色 丹 島 の 8 家 庭 で昼 食 をとり、それぞれの家 庭 で午 後 のひとときを過 ごした。ホームビジットを受 け入 れた家 庭 の多 くに、訪 問 団 の青 少 年 と同 じくらいの年 齢 の子 どもたちがおり、持 参 したプレゼントを渡 したり、一 緒 に日 本 の伝 統 的 な遊 びをしたり、ジェスチャーゲー ムなどをしていた。その後 レストランで夕 食 交 流 会 が行 われ、現 地 の子 どもたちも多 く 参 加 した。フォークダンス「カラヴァイ」や「ルチェヨーク」という子 どもの遊 びを双 方 の 青 少 年 が一 緒 になって楽 しんだ。また、双 方 の青 少 年 による日 本 語 での合 唱 とロシ ア語 での合 唱 が披 露 された。2 日 間 の交 流 で、訪 問 団 の青 少 年 と現 地 の青 少 年 は すっかり打 ち解 け、レストランを出 てから船 舶 「えとぴりか」に戻 るまで、あちこちでお互 いに長 いこと写 真 を撮 り合 い、腕 や肩 を組 んで歩 いた。別 れが近 付 いているのを感 じ、 なかなか足 が前 に進 まないでいる様 子 も見 られた。いよいよ船 が島 を離 れようとする際
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 には、岸 壁 や船 上 で涙 ぐんでいる子 どもたちの姿 も見 られた。 2.4 同 年 代 のロシア人 青 少 年 とコミュニケーションを取 ったという経 験 が生 徒 たちの 心 情 ・学 習 意 欲 に及 ぼす影 響 以 上 のとおり、都 立 北 園 高 等 学 校 に関 しては平 成 23 年 4 月 から平 成 25 年 12 月 末 までの間 で、のべ人 数 で都 立 北 園 高 等 学 校 の 123 名 が、関 東 国 際 高 等 学 校 および早 稲 田 大 学 高 等 学 院 に関 しては平 成 24 年 3 月 から平 成 25 年 12 月 末 まで の間 で、それぞれ 68 名 、17 名 、3 校 合 計 で 208 名 が、同 年 代 のロシア人 の青 少 年 とコミュニケーションを取 るという機 会 を経 験 した。 関 東 国 際 高 等 学 校 で「ロシア短 期 留 学 」に参 加 した生 徒 たちに、帰 国 後 に話 を 聞 いてみると、みな口 ぐちに楽 しかった思 い出 を語 り始 めた。ホームステイ中 にホスト ファミリーとどのような生 活 をしたか、どのような「冒 険 」をしたか、どこを訪 れて何 を見 て きたか、ロシア語 を使 ってどのような成 功 体 験 をしたか、出 会 った人 たちの話 、現 地 で できた同 年 代 の友 人 たちと連 絡 先 を交 換 してきたなどなど、生 徒 たちの話 は尽 きなか った。さらに子 どもたちは実 際 に2 都 市 に滞 在 したので、各 都 市 の観 光 名 所 を訪 れる ことができ、またヨーロッパ・ロシアと極 東 ロシアの違 いについても体 験 的 に理 解 するこ とができていた。エドガー・デールの「経 験 の円 錐 」の、Direct Purposeful Experiences に相 当 する、現 物 を体 感 する機 会 を数 多 く持 った子 どもたちは、その後 のロシア語 の 授 業 においても、教 科 書 に出 てくる街 の名 前 や名 所 、歴 史 上 の人 物 についてもすん なりと理 解 することができていた。また教 室 外 でも、多 くの生 徒 が、各 機 関 が実 施 する ロシア語 能 力 をはかる検 定 試 験 を積 極 的 に受 検 したり、ロシア語 スピー チコンテスト に出 場 したりなどして、自 身 のロシア語 力 をさらに確 かなものにするために、具 体 的 な 行 動 を起 こしていた。前 回 の「ロシア短 期 留 学 」を経 験 した生 徒 の中 には、将 来 ロシ ア語 を使 った職 業 に就 くことを明 確 な目 標 に掲 げた生 徒 も何 名 かおり、筆 者 と放 課 後 に通 訳 訓 練 をしたり、あるいは翻 訳 の添 削 を依 頼 してきたりなどして、より高 度 なロ シア語 技 能 を身 につけようと努 力 していた。そのような生 徒 のうちの一 名 は、平 成 25 年 3 月 に卒 業 後 、ロシアの大 学 入 学 を目 指 し、現 在 ウラジオストクで学 んでいる。この 生 徒 に、いつロシアの大 学 に入 学 することを決 心 したのかと聞 くと、高 等 学 校 入 学 時 から可 能 性 の一 つとして考 えていたが、「ロシア短 期 留 学 」を経 験 して意 志 が固 まっ た、と話 してくれた。また、「世 界 教 室 」に参 加 した生 徒 は、極 東 連 邦 大 学 付 属 高 等 学 校 の生 徒 らと多 くの時 間 ロシア語 でコミュニケーションを取 っていたため、ロシア語
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 の運 用 能 力 が飛 躍 的 に向 上 し、またロシア人 を相 手 にしても非 常 に落 ち着 いたやり 取 りができるようになっていた。さらに、ホームステイで受 け入 れていた生 徒 とは特 に親 密 な関 係 を築 くことができていたようであった。 このように、「ロシア短 期 留 学 」と「世 界 教 室 」に参 加 した生 徒 の大 部 分 に、ロシ ア語 運 用 能 力 そのものの向 上 に加 え、ロシア語 学 習 に対 する意 欲 の向 上 も見 られた。 また、「ロシア短 期 留 学 」出 発 前 、「世 界 教 室 」参 加 前 までにはまだ習 っていなかった 単 語 やフレーズを聞 いてきた影 響 からか、その後 の授 業 に対 する理 解 度 も向 上 して いる様 子 が見 られた。さらに、生 徒 によっては、そこでの経 験 が、一 歩 前 に踏 み出 して 夢 を実 現 するための後 押 しの役 割 を果 たしていたことも明 らかとなった。 一 方 、日 露 青 年 交 流 センターが実 施 する「日 本 語 履 修 高 校 生 招 聘 プログ ラム」 および独 立 行 政 法 人 北 方 領 土 問 題 対 策 協 会 が実 施 する「北 方 四 島 青 少 年 受 入 ・ 訪 問 事 業 」を通 じて、同 年 代 のロシア人 グループと交 流 する機 会 を多 く経 験 している 都 立 北 園 高 等 学 校 の生 徒 たちに対 して、平 成 25 年 9 月 3 日 と 5 日 に、第 一 学 年 17 名 、第 二 学 年 9 名 を対 象 にした「『実 体 験 を通 じたロシア語 ・ロシア語 学 習 』アンケ ート5」を実 施 し、「『ロシア語 を使 う実 体 験 』をしたことのある人 に質 問 します。①『実 体 験 』前 、②『実 体 験 』をしているとき、③『実 体 験 』後 のそれぞれの場 面 で、自 分 の中 で 何 らかの気 持 ちの変 化 はありましたか」との質 問 に自 由 に回 答 してもらったところ、そ れぞれ以 下 のような結 果 が見 られた。なお、複 数 の理 由 で回 答 した生 徒 、無 回 答 で あった生 徒 がいたことから、回 答 の総 数 は生 徒 たちの合 計 人 数 と一 致 していない。 図 3 「実 体 験 」前 5 アンケート調 査 の方 法 に関 しては、文 末 の付 録 ②に詳 しく記 した。 M/標準 M/標準 M/標準 M/標準 ①不安、緊張、心配 ③甘く考えていた
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 図 4 「実 体 験 」をしているとき 図 5 「実 体 験 」後 図3 の「『実 体 験 』前 」の気 持 ちとしてもっとも多 くの生 徒 が挙 げたのが、「①不 安 だった、緊 張 していた、心 配 だった」 というネガティヴな回 答 であり、これが「②楽 しみにしていた」という回 答 を上 回 っている ことから、単 純 に楽 しみにする気 持 ちよりも、実 際 にコミュニケーションをうまく取 ること ができるかという不 安 ・心 配 を抱 いていることが分 かる。しかし図 4 の「『実 体 験 』をして いるとき」の結 果 を見 てみると、「①楽 しかった、嬉 しかった」という気 持 ちに変 化 してい る様 子 が見 て取 れる。一 方 で「②うまく言 葉 が出 なかった」と回 答 した生 徒 も一 定 数 お り、言 葉 が通 じずに歯 がゆい思 いをしていたことが分 かる。そして図 5 の「『実 体 験 』後 」 の回 答 を見 てみると、「①ロシア語 をもっと学 びたいと思 った」「②楽 しかった、良 い経 験 になった」「③ロシア(人 )を大 好 きになった」「④名 残 惜 しく思 った」というように、す べての回 答 がポジティヴなものになっている。特 に、15 名 の生 徒 が「①ロシア語 をもっ と学 びたいと思 った」と回 答 しており、同 年 代 のロシア人 の青 少 年 と交 流 しているとき にその場 を楽 しんだ生 徒 も、言 葉 が通 じずに悔 しい思 いをした生 徒 も、最 終 的 にその 感 情 を学 習 意 欲 の向 上 に向 けることができていると判 断 できる。さらに言 えば、この学 習 意 識 の高 まりは、教 師 や周 囲 の人 物 によって「発 破 をかけられて」生 じたものでは なく、体 験 を通 じて生 徒 たち自 らの中 に芽 生 えたものであるという点 は、注 目 に値 する だろう。また、「良 い経 験 になった」と回 答 している生 徒 たちがいることからも分 かるよう に、15 歳 から 18 歳 という多 感 な時 期 に、ロシア語 を学 び、学 んだロシア語 を使 って同 年 代 のロシア人 の青 少 年 とコミュニケーションを取 るという経 験 は、我 々大 人 が想 像 するよりもはるかに強 烈 な印 象 を与 えるだろうし、その後 の生 徒 たちの人 生 に深 く刻 ま M/標準 M/標準 M/標準 M/標準 ①楽しか った、 嬉 しかった ②うまく 言葉が 出 なかった ③良い印 象を受 け た M/標準 M/標準 M/標準 M/標準 M/標準 ①ロシア 語をも っと 学びたい ②楽しか った、 良い 経験にな った ③ロシア (人) を大 好きにな った ④名残惜 しく思 った
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 れるものとなるであろう。 前 述 のとおり、筆 者 は、限 りある時 間 内 で生 徒 たちにより有 効 な学 習 をしてもら いたいとの考 えから、現 実 に近 い環 境 での体 験 が、大 いなるインパクトを伴 って学 習 者 の中 に刻 みこまれることを願 ってこのような機 会 を高 校 生 ロシア語 学 習 者 に提 供 し ている。もっと言 ってしまえば、ロシア語 で同 年 代 の青 少 年 とコミュニケーションを取 る ということから生 まれる、「突 き刺 さる体 験 」をしてもらうことを主 たる大 きな目 的 としてい るのであるが、それがもっともはっきりと表 れた例 として、日 露 青 年 交 流 センターが主 催 した「日 本 語 履 修 高 校 生 招 聘 プログラム」を通 じて来 日 したロシア人 と、東 京 都 内 でロシア語 を学 んでいる高 校 生 が交 流 を深 める中 で、その友 情 がお互 いにいつしか 恋 愛 感 情 に発 展 したという出 来 事 があった。ロシアで日 本 語 を学 んでいる高 校 生 にと っては、このプログラムを通 じて実 際 に日 本 を訪 れるという「夢 のような」日 々を経 験 し、 一 方 、ロシア語 を学 んでいる日 本 の高 校 生 は、その言 語 が使 われている国 の人 たち、 特 に同 年 代 のロシア人 とコミュニケーションを取 りたいという「想 い」がようやく実 現 した という、魔 法 にかかったような特 別 な時 間 を共 有 できたのであろう。そもそも、太 古 の 時 代 から、言 語 の壁 を乗 り越 えるもっとも大 きなモチベーションとなってきたのは、交 易 や学 問 のツールとしたいという考 えよりも、やはり心 を通 わせ合 いたい、相 手 をもっと 知 りたい、自 分 をもっと知 ってほしいと いう極 めて人 間 的 な考 えであったはずである。 実 際 、この生 徒 も、ロシア人 の「恋 人 」に手 紙 を書 いたり、SNS を通 じてメッセージをや り取 りしたりする中 で、筆 者 に添 削 を依 頼 したり、ロシア語 の表 現 の意 味 をたずねたり など、自 主 的 な学 びを積 極 的 に行 っていた。また、早 くロシアを訪 れたい、「恋 人 」が 日 本 の大 学 に入 れるように手 助 けしたいなど、お互 いの夢 が実 現 するよう、協 力 して いきたいとの考 えも抱 いていた。あとになって、筆 者 がロシア語 を通 じて同 年 代 の青 少 年 とコミュニケーションを取 る機 会 を提 供 しているのは、「突 き刺 さる体 験 」をしても ら いたいからなのだと明 かすと、この生 徒 は、「突 き刺 さりすぎて死 にそう」と冗 談 めかし て答 えた。 おわりに 以 上 のように、「世 界 の人 たちとコミュニケーションを取 りたい」という、純 粋 で熱 い 「想 い」を抱 いて日 々ロシア語 を学 んでいる高 校 生 たちは、実 際 に同 年 代 のロシア人 の青 少 年 とコミュニケーションを取 ったり、またロシア人 が暮 らす土 地 を訪 れてそこでし かできない経 験 をして見 聞 を広 げたりすることにより、ただ単 に「楽 しい経 験 だった」と
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 いう一 過 性 のものに終 わらせることなく、もっと相 手 を知 りたい、次 に機 会 があったとき には、相 手 の言 語 でもっとたくさんコミュニケーションを取 りたいというように、学 習 意 欲 を高 めることができていることが明 らかとなった。さらに、そのような経 験 によって自 分 の 将 来 像 を明 確 にし、夢 を抱 き、次 なる「想 い」を自 らの中 に芽 生 えさせることにもつな がっている。 しかしながら、前 述 のとおり、高 等 学 校 で 教 科 と してロシア語 が提 供 され ている 学 校 同 士 の全 国 的 なネットワークは現 在 のところ確 立 しておらず、また相 手 国 のサポ ートを受 けて国 際 交 流 の機 会 を得 るという道 も現 在 ところ存 在 していない。若 い世 代 のロシアを訪 れたい、ロシアの同 年 代 の青 少 年 と交 流 したいとの「想 い」はますます強 くなるのに対 し、それを実 現 してくれるような機 会 がまだあまりにも少 ないのである。け れども、本 報 告 で紹 介 したように、学 校 単 位 でロシアを訪 れたり、公 的 機 関 が提 供 す る機 会 を利 用 して同 年 代 のロシア人 の青 少 年 とコミュニケーションを取 ったり、実 際 に ロシア語 が使 用 されている場 所 を訪 れたりすることは、15 歳 から 18 歳 という年 齢 の子 どもたちにとって非 常 に強 烈 な体 験 となり、人 間 形 成 という点 で見 ても大 きな意 義 を 持 つことは疑 いない事 実 である。ロシア語 を学 ぶ高 校 生 の数 が、現 在 のところあまり 多 くないという事 情 も考 える必 要 はあるだろうが、考 えが柔 軟 で高 い適 応 能 力 を持 つ 高 校 生 が、日 本 にとってもっとも近 い隣 国 の一 つである国 に暮 らす同 年 代 のロシア人 の青 少 年 と積 極 的 に交 流 し、コミュニケーションを取 り、長 く続 く友 情 をはぐくんでいく ことができる機 会 は、もっとたくさん開 かれるべきだろう。それは、今 後 の日 本 の将 来 に とっても、非 常 に大 きな財 産 となるはずである。 (都 立 北 園 高 等 学 校 ・関 東 国 際 高 等 学 校 ・早 稲 田 大 学 高 等 学 院 非 常 勤 講 師 )
『複言語・多言語教育研究』 日本外国語教育推進機構会誌 No.1 (2013) pp.83-106 付 録 ①アンケート調 査 は、都 立 北 園 高 等 学 校 、関 東 国 際 高 等 学 校 および早 稲 田 大 学 高 等 学 院 でロシア語 を学 んでいるすべての生 徒 94 名 を対 象 に、平 成 24 年 6 月 末 から 7 月 上 旬 にかけて行 った。以 下 の 13 の項 目 を立 てた質 問 用 紙 を配 布 し、授 業 時 間 中 に記 入 してもらった。 1. あなたの年 齢 を教 えてください。 2. あなたがロシア語 を学 び始 めた年 齢 は何 歳 ですか。 3. あなたがロシア語 を学 んでいる(学 んだことのある)教 育 機 関 はどこですか。またその 教 育 機 関 の所 在 地 はどこ ですか。複 数 ある場 合 は、時 系 列 順 に並 べてそのすべてを 書 いてください。 4. あなたはどのくらいの期 間 、ロシア語 を学 んでいますか。 5. あなたがロシア語 を学 んでいる時 間 は、多 いときで一 週 間 に何 時 間 ですか。 1 時 間 を 60 分 間 として計 算 してください。 6. あなたがロシア語 と向 き合 う態 度 について教 えてください。 かなり積 極 的 である・積 極 的 である・ふつう・消 極 的 である・できれば学 びたくない 7. あな た がこれ ま でロ シア 語 を 学 ん でき た 結 果 に 得 られた 到 達 度 を 、 自 己 評 価 し てく ださい。 よく 身 に付 いていると思 う・ だいたい身 に付 いていると思 う・ 分 から ないところが多 い・ 難 しくて何 も分 からない 8. あなたがロシア語 を学 び始 めたきっかけは何 ですか。具 体 的 に教 えてください。 9. あなたがロシア語 を学 ぶ目 的 は何 ですか。 10. ロシア語 を学 んでいるということは、あなた自 身 にとってどのような影 響 がありますか。 11. もしあなたの周 囲 に「ロシア語 を 学 ん でみようか な」と 迷 っている人 がい た としたら、 あなたはどのようなアドバイスをしたいですか。 12. み な さ ん は 大 学 以 外 の 教 育 機 関 で ロ シ ア 語 を 学 ん で い る わ け で す が 、 人 生 の 今 の時 期 にロシア語 を学 ぶことに、どのような意 義 があると考 えますか。 13. そのほか、書 きたいことを自 由 に書 いてください。