在宅医療を支える、21世紀型社会におけるまちづくりの学際統合研究
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(2) 目次 Ⅰ. はじめに. Ⅱ. 研究の目的と課題の構造. Ⅲ. Ⅳ. 1. 新しい社会の創造. 2. 地域包括ケア概念. 3. 未来展望. 4. 結論. 研究課題 1.. 社会実験の場としてのまちづくり. 2.. 3つの入り口. 研究結果概念系 1.. 2.. 3.. 4.. まちづくり概念の検討結果 1). 行政/経営. 2). 地域づくり. 3). 建築/空間. 21 世紀社会課題群 1). 人口. 2). 人生. 3). 家族. 4). 労働. 5). 疾病. 6). 障害. 7). 死亡. 地域包括ケア概念 1). 歴史. 2). 意義. まちづくり概念 1). まちづくり過程. 2). チェンジマネジメント、場のマネジメント. 3)まちづくりのきっかけ「繋がり」 4)定着と維持.
(3) Ⅴ. 研究結果分析系 1.. 日本の地域分類と未来の姿. 2.. 大都市の未来分析、東京・愛知を例に. 3.. 1). 東京都未来予測. 2). 愛知県未来予測. 世代の未来と役割 1)世代論の提案 2)災害リスクと世代 3)地域類型と世代のマトリクス. Ⅵ. 総括 1.まちづくりの意義. 2. 日本の可能性.
(4) Ⅰ. はじめに. 今、日本では、高齢化や社会の大変化に伴って、まちづくりへの関心が大きく高まっている。しかし、 残念ながら、そのまちづくりは、それぞれの立場によって異なった概念として捉えられているように見 受けられる。地域包括ケアシステムの構築に関する議論にしても、その結論は、 「つまるところは、まち づくりよね」と話が終焉することも多い。しかし、つきつめれば、それらを語るそれぞれの人々の、考え 方を無理矢理合意させるために使われているとさえ思われる。 一方で、人口の高齢化をリーディングエッジとする社会の転換が急速に進行し、21 世紀型の高齢社会 に対応したまちづくりの必要性は、待ったなしの状況となっている。このような言語状況を超えて、実際 のまちづくりを進めるに当たっては、まず、まちづくりの必要性を取り巻く様々な概念を整理し、言語化 し、違いを含めて理解した上で、共有化していく作業が必須となる。地域包括ケアシステムやその中核と なる在宅ケアは、これらの作業を通して初めて、実体として整備され得るものだと考える。 本研究では、この混乱する言語状況を整理し、まちづくりを取り巻く様々な「課題を同定」し、それら をまず「マッピング」して「構造化」することを試みた。 幸い、これらの課題の各分野をリードする日本の最先端の学者や活動家の協力を得ることができ、概念 的に明確化したのみならず、実践的にも応用化され得るノウハウを整備・提供できたと自負している。 本報告書では、したがって、まず、 「曖昧な概念を整理」し、それ「裏付けるデータ分析」を行った上 で、実際の「事例を挙げ」て応用の供し、最後にそれらをまとめて、 「まちづくりの概念を提示」したい と考える。 改めて、この研究に関わった共同研究者の、高橋・園田・新田氏に深く感謝し、更に、様々な形で御支 援頂いた専門家や現場の活動家に、感謝を申し上げたい。.
(5) Ⅱ. 研究の目的と課題の構造. 文盲象を撫ぜる」という諺は、日本のみならず、中国やインド、アラビア、タイ果てにはヨーロッパに まで広がっており、 「木を見て森を見ない」、すなわち、部分を見て全体を見ないというやり方は、人間の 属性の本質に近いものであることを示唆している。全体が大きく変わらない状況では、部分から全体を 語ることは可能であるが、全体が大きな転換期にある時、その全体の転換の中で部分を捉えなければ、部 分の理解はあり得ない。 更に、その部分も、それぞれの人の立場、すなわち、課題への関わり方の前提、自らが得意とするとこ ろから理解するのも、又、人間の自然な特性と言えよう。行政マンはまちづくりを行政活動の一環として 捉え、建築家は空間的環境形成をまちづくりと捉え、そして、地域の活動家はヒューマンネットワークを まちづくりと捉えるのは、その人間の性格の延長線上にあろう。.
(6) しかし、今日のまちづくりを巡る諸言説の混乱は、更に、 「まちづくり」という概念そのものの曖昧さ にも起因している。というのも、まちづくりが語られる背景として、それに類似した概念と関連して語ら れることが多く、その関連した概念そのものも極めて曖昧なことが多い。 1. 新しい社会の創造. 実は、後で結論で述べるように、 「まちづくり」は、単に古典的なまちづくりに留まらず、人類が未だ かつて経験したことのない、 「新しい 21 世紀型高齢社会をどの様に構築していくか」とほぼ同義である。 人口構造の未来予測は、色々な予測の内、最も確実なものとされており、高齢化の課題は、定量的にも ほぼ正確に把握できる。しかし、それに関連した様々な社会の主要素、例えば、 「家族」とか「労働」と か「経済」といった課題は曖昧である。 2. 地域包括ケア概念. そして、近年、日本政府の政策として、提案されている「地域包括ケア体制」に至っては、更に、その 概念が曖昧である。 地域包括ケアは、1970~80 年代、欧米で、精神障害者を地域コミュニティでケアする活動の中から生 まれた概念で、日本でも、1970~80 年代に、慢性疾患や脳卒中後の追跡から必要と認識されてきたケア のあり方ではある。しかし、今日の介護保険制度は、地域の精神ケアや高齢者の包括ケアを当初からは想 定せず、主としてその経済的側面を支援する機能として発達してきた。誤解を恐れず言うならば、1990 年代介護保険創設前後に、社会的盛り上がりを見せていた人類未踏の超高齢社会を、住民から自ら創り 出そうという情熱を、削いだのではなかろうか。地域包括ケアは、その結果に対する反応である。つまり、 これとこれ…といったポジティブな提案ではなく、超高齢社会に必要な地域での包括的ケアや住民同士 の支え合いなどの諸要素から、ケアの経済的側面を差し引いた、曖昧な総体を意味している。だから、捉 える人の立場や考え方によって様々に解釈され得るのだと言えよう。 したがって、まちづくりは、その 3 つの曖昧な概念を、どのように曖昧であり、それぞれがお互いに何.
(7) を意味しているのかという関係を明確にしない限り、議論を終えた後に、全く違うことを語っていたと いう結果となる。 3. 未来展望. 最近、よく「日本崩壊」とか「平成維新」が必要とか語られることがある。共に、誤った考えである。 確かに、旧来の日本の社会や制度や文化は、そこここで変化し始めている。しかし、日本は、現在、歴史 上最も豊かで、国民や各界の努力によって世界でも有数の経済国となり、明治維新来の国家的目標を達 成した。 大きな崩壊の可能性はこれから起こる。世の中を変えねばならないと考える必要はない。何も、我々が 変えなくても、社会はどんどん変わる。とりわけ、ここ 10~20 年の間に、全く違う国と見まがうほどの 大変化が想定される。人口の高齢化は、勝手にそのまま大きく変化するからである。むしろ、我々自身が 考え方や価値観や制度を変えなければ、崩壊が待っている。つまり、確実にやって来る想像を絶する高齢 社会を想定し、それに適応した新しい社会のあり方を、今から創造を積み上げていくことが必要となる。 従来の様に、権力が腐敗し制度が機能しなくなり、それを新しい勢力が打倒して新たに体制を作るとい った、かつての戦国時代や江戸時代の転換とは全く異なる。転換の過程もこれまで経験したことのない 新たな転換なのである。転換の目標も、戦後、日本が第 2 次大戦後焦土から立ち上がった時の様に、課題 が全ての人の前に明らかで、目標も分かり易く、明らかなモデルがあった。今回の課題の本質は明確で、 しかも、定量的にさえも想定可能であるにも関わらず、それに対する対応する答えがない、モデルがな い。日本はあらゆる英知を集め、人類が経験したことのない社会を、自らの文化と創意工夫、歴史によっ て創造する必要がある。 極めて厳しい事態に直面しているが、一方、大変楽しいやり甲斐のある挑戦が 待っていると言えよう。 社会は人から成っているので、人口構成が変わると、社会を取り巻く全ての要因が同時並行で転換す る。例えば後で述べるように、家族のあり方、労働のあり方、将来の設計など、同時に多数の課題に取り 組みながら解決することが求められている。多数の課題が同時並行で展開する場、すなわち、 「まち」を 実験の場として想定することになる。 4. 結論 結論から言うと、新しい社会づくりとまちづくりの関係は、新しい社会の諸要素を具体的に実験するこ. とこそがまちづくりとなる。そして、地域包括ケアは、新しい社会、新しいまちづくりの目標の中心に位 置付けられる。従来の 19 世紀型社会は、個人あるいは家族単位で、それぞればらばらに構成単位を想定 し、それらが職場と暮らしを別の場で合理的に遂行するまちのモデルが前提となっていた。21 世紀型社 会は、構成単位を、暮らしを軸に繋いでいく実験に他ならない。そこでは、高齢者のみならず、子育てや 障害者のケアが目標となると想定されるからである。.
(8) Ⅲ. 研究課題と方法. 1.. 社会実験の場としてのまちづくり. 日本は、これから 50 年 2060 年頃に向けて、全く別の国に変貌する。 「家族」 ・ 「労働」 ・ 「地域」 ・ 「医療」 など、社会を構成するあらゆる要素も、同時に大転換をせまられる。. これらの課題に取り組むには、実際の地域で、新しいまちづくりを通して新しい社会づくりをせざるを 得ない。政府の施策においても、これから到来する超高齢社会におけるケアのあり方を地域包括ケアと 位置付けて、地域づくり・まちづくりを提唱している。. 2. 3 つの入り口 本研究は、1)分析系の研究を通して、地域の類型をその特性に合わせて分類し、2)異なった使われ. かたをしているまちづくりの概念をそれに関わるステークホルダーを想定して、 「行政系/経営系」 ・ 「地域 づくり/運動系」・「空間づくり/建築系」の、3 つの入り口から分析しようとするものである。.
(9) 方法論的には、定量的にデータを用いた分類や、種々の専門家のインタビューや文献レビューを通した 概念整理、更には、実際のケースを通してそれらを検証する手法で研究した。高齢者住宅財団 理事長、明治大学理工学部建築学科. 園田眞理子教授、全国在宅支援診療所協議会. 高橋紘士. 新田國夫会長を研. 究活動の中核としている。 研究結果は概念系、分析系毎にまとめ、共同研究者によってまとめられたキーとなる研究論文を、そし てその実施のためのキーとなる実例を報告する。 キーフィールド 高浜市 名古屋南生協 文京区 キーペーパー 長谷川:ケアの概念とケアサイクル 園田:世代の資産からみたまちの未来 長谷川:新しい健康概念の提案 田中:居場所概念とまちづくり 広石:持続発展のためのメタマネジメント・プラットホーム 日渡:都市論 日渡:死生論.
(10) Ⅳ. 研究結果概念系. 1. まちづくり概念の検討結果. まちづくりの概念を「行政/経営」 、 「地域づくり」、 「建築/空間」の3つの観点にわけ、文献レビュー やインタビューを通して検討している。超高齢社会におけるまちづくりの概念を整理し共通の概念とし て再構築するのがねらいである。以下インタビューのキイワードと総括をまとめた。 1). 行政/経営. (8 名インタビュー). ・森(元高浜市長):地方分権の先駆的実施者、小学校区が生活の単位、時間をかけて合意を ・石田(元犬山市長):行政は垂直的統合、NPO は水平的統合、祭りが大切。地方自治重要 ・伊藤(元津島市長):地域の合意の重要性 ・江崎(経産省):都市と農家がつながる、働くことが健康予防 ・渡辺(農水省):農業と健康の連携によるまちづくり ・小塩(事業大学):長久手は人口若年、急速に負担増。未来趣味レーションの重要性 ・仲宗根(杉並区)):生涯教育の重要性 ・戸田(愛知大学):広域行政連携の重要性 「行政/経営」の観点からみたまちづくりは、主に地方分権とそれに伴う地方行政の在り方の問題とし て議論されている。これまでの中央行政が中心になった政策決定から、地方自治体を中心にした政策決 定にシフトする地方分権政策がすすめられているが、実際にはなかなか進展していない現状である。し かし、今後ますます進展する高齢社会においては、地域の課題はそれぞれちがっており、住民みずからが 地域の課題を理解し解決していることが必須となる。 そのなかで問題となるのが、住民意識、サイズ、プロセス、活動主体である。住民が主体になった場合、 意思決定のための議論は時間を必要とする。また、地方議会、地方行政、自治会、NPO 等がどのような 役割を行っていくかが今後の課題である。 2). 地域づくり. (8名インタビュー). ・成瀬(南生協):住民を分けない、みんなで知恵を出す。近代的でない時間が大切 ・広石(エンパブリック):参加が目的、プロセスに落とし込む、共有する価値作り ・西上(Studio-L):行政・専門家主導から、住民と協働するコミュニティデザインに ・木下(千葉大):ファシリテーションの重要性 ・堀越(高齢者活躍財団):退職者の持っている能力を引き出す ・加茂田(前川製作所) :動の世代と静の世代の融合。環境の変化に適応するのが本能 ・澤木(ファイナンシャルプランナー):40 過ぎると遅い。財産、年金、労働3要素が大切 ・牧野(東京大):生涯教育と人生第 2 トラック ・野田(明治大):50歳までの学習重要.
(11) 「地域づくり」に関しては、活動と人材に関する課題が明らかとなった。まちづくりの必要性が叫ばれ るようになって久しい。参加型のまちづくりには、価値の共有と、プロセスの見える化が重要であり、ま ちづくりの支援団体も数多く登場しており支援のノウハウを蓄積している。人材に関しては、退職者の 地域参加はなかなか進んでおらず、課題が多い。特に、日本の企業では 40 歳以降になると管理職的な仕 事になってしまい、専門性が育たず、退職後も地域に活かせるだけの専門的なノウハウをもった人材が 少ない状況にある。退職者の地域参加に向けた支援と並行して、現役の社会人に対する退職後にむけた 支援も重要であろう。 3). 建築/空間. (8 名インタビュー). ・園田(明治大):住宅資産が消え資産のない高齢者、税制対策のサ高住、戦後の都市計画 ・大月(東大)):建築計画の転換必要 ・森(大阪市大):大学が長期的でコミットすることが必要、泉北ニュータウン成功例 ・鈴木(近大):これまでの住み方(住宅論)使われ方(公共施設論)から、居方(居場所論)へ ・田中(IBASHO プロジェクト):居場所はだれも分け隔てなく入れる場所 ・延藤(NPO 法人まちの縁側はぐくみ隊):まちの縁側による居場所と絵本による合意形成 ・宮澤(御茶ノ水大):高齢者問題の研究する人が若い人で減っている ・高橋(高令者住宅財団):空き家への対応で法的見直し必要 「建築/空間」に関しては、戦後の都市計画の問題が浮かび上がった。戦後の日本は、近代的な家族形 成のために食寝分離、職住分離といった政策をとった。この機能主義的な理論をおしすすめ、高度経済成 長期に大量に建てた団地が現在急速に高齢化しており、高齢者にとって住みにくい空間になっている。 戦後の日本の都市が作り出した空間が、高齢社会に必要とされる空間設計と異なっており、理論的な次 元での再考が求められている。阪大の鈴木グループは機能主義に対する存在論的なアプローチとして「居 方・居場所」の概念を提示している。 また、住居は、高齢者にとって資産という意味も持っている。日本の住宅政策では、30 年で住宅の資 産価値がなくなってしまう。高齢者の資産の問題として住宅をとらえると同時に、人口減少によってま すます資産価値の減る日本の住居の使い道に関する議論が必要となる。. 2 1.). 21 世紀社会課題群 人口. 日本は、人口構成から見ると、50 年後の 2060 年には、全く別の国になる。歴史的な生殖・生産年齢の 上限、そして、長年の平均寿命の 50 歳を分岐点にし、日本の人口構成割合の歴史的変動を、1868 年明 治維新から社会保障・人口問題研究所の将来推計終点 2110 年までの約 240 年間の変化を分析すると、 1970 年代まで 50 歳以下が殆ど、即ち、80~85%で一定あったものが、2060 年頃には約 3 分の 1 強、即 ち 40.1 % に ま で 減 少 し て 定 常 化 す る 。 19 世 紀 型 か ら 21 世 紀 型 人 口 構 成 に い わ ゆ る 人 口 遷 移 (Demographic Drift)を起こすのである。つい 40 年くらい前までは、子育てや労働を担う若年者中心 の人口構成が数世紀に亘って継続していた。それが、ピーター・ラスレットらが言う社会や家族の義務か.
(12) ら解放された 50 プラス、“第 3 の人生”を中心とする人口に遷移するのである。. (文献 2) 現在の多くの混乱は、現状の課題を 19 世紀の価値観の延長上で捉えていることによるものと考えられ る。第 3 の人生は、社会に縛られず、自らの人生の目標を自己実現できる素晴らしい人生で、自分がやり たいことを自由に自己実現することが可能である一方、最後に障害を抱えてケアを必要とし、死に至る という負の側面を併せ持つ。 日本が最初に突入するこの様な 21 世紀型の社会は、人類史上かつてなかったどころか、何億年にも亘 る動物の進化の歴史においてもあり得なかった。自然界では、動物は生殖を終えると死亡するからであ る。日本は、人類がこの自然の大原則に抗し、動物界で初めての新しい社会を創造することの歴史的役割 を負っている。. 2.). 人生. 日本の女性の平均寿命は、第 2 次世界大戦前 1936 年に 49.6 歳であったものが、2013 年には 90.2 歳 となり、80 年間で倍増した。こんな短期間での伸延は、人類史上、例を見ない。 これまでの人生は、勤労者の場合、55 歳で定年退職し、間もなく疾病で死亡するという、人生の第 1 と第 2 ステージが中心であった。近年では、平均余命は急速に伸延し、65 歳平均余命は、男 19.3 年・女 24.2 年となり、更に伸び続けている。20 歳から 65 歳までの 1 日労働時間を 9 時間とすると総労働時間 は約 10 万時間となり、65 歳以上で余命 20 年とすると非睡眠時間もやはり約 10 万時間となる。人生の 重点は、次第に高齢に移動してきている。 集団の寿命ではなく個人の生存率で捉えるには、世代別のコホート生命表分析が必要となる。 (文献1) 国立社会保障人口問題研究所の 2012 年将来推計に用いられた生命表を用いてコホート生存率を分析す ると、1960 年生まれ、現在 55 歳の世代の 100 歳での生存率が 17.5%、1950 年生まれ、団塊の世代の現 在 65 歳の生存率でも 16.1%と、現在、生きている全ての日本女性の 5~6 人に 1 人は 100 歳まで生きる.
(13) こととなる。おそらく、社会の方でも個人においても、その様な可能性についての心の準備、資産の準備 は、まだできていないのではなかろうか。100 歳まで生きるとすると、65 歳以降の非睡眠時間は、17 万 時間に上る。 今後のライフコースを考えると、定年が延長され、かつての 55 歳が 60 歳、最近では 65 歳となり、更 に 70 歳や 75 歳までの延長、そして、生涯現役といった議論がなされている。定年を延長することは、 従来の“第 2 の人生”を延長する意味では、新しい高齢社会にはふさわしくない。何故ならば、議論の背 景には、定年以降は余生なのだという考えがあるからである。もはや、その余生が本生なのである。むし ろ、社会的な役割りを果たし終えるまでの人生第 1・第 2 ステージをまとめて人生の第 1 トラックとし、 それ以降の人生を定年より少し早目に始め、死で終わる人生の第 2 のトラックと捉える必要があるので はなかろうか。 21 世紀は、人生第2トラックの価値観や活動を中心とする社会へと遷移する。. 3.). 家族. 国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2030 年頃、日本の男性の生涯未婚率は 29.5%に、女 性は 22.6%まで増えると予測されている。しかも、近年、離婚数は上昇し、年間結婚数の 34.5%に上る。 大雑把に言えば、2030 年以降の社会では、3 分の 1 程度が未婚、コホートでの値ではないが、3 分の 1 程度が離婚の可能性、そして、残りは添い遂げてもその半分は単身・お独り様で終わることとなる。 事実、世帯の形態の変遷を見ると、かつては、4~5 人の標準世帯が中心であったものが、今後は単独 世帯、とりわけ、高齢者の単独世帯が増加し、2015 年現在、560 万から 2050 年には 980 万と倍増する と予測されている。.
(14) 家族形態も、高度経済成長を支えた核家族から、今後は極めて多種多様となり、ケアの担い手の中心 も、もはや家族を想定できない。地域全体・社会全体が家族として機能することが必要となる。. 4). 労働. 労働力は、 今までの就業率と同じと想定すると、若年者の減少により急速に減少する。2030 年には 2010 年対 16.1%減、2060 年には何と 58.5%減と半減する。高齢者が急増し、介護や医療の負担が急増するの に比して、それを支えてきた働き手は激減することとなる。一方で、奇妙な現象があり、55 歳以上の人 口を分析すると、要介護・要支援ではないのに働いていない人が 2000 万人も存在することである。特に、 55~75 歳までの前期の高齢者に目立つ。働き手が減少しているにも関わらず、働きうる人が大量に存在 する、いわゆる”空き人”現象である。更に、外国人労働者をもっと導入すべきとの根強い議論もある。.
(15) 量的問題のみならず、質的にも複雑で、年者層では非正規雇用が急増し、15-24 歳では 40.5%にまで増 え、いわゆる“ワーキングプア”問題を引き起こしているまた、経営環境も激変し、企業では、一ヶ所で 勤め上げる雇用慣習が減り、いわゆる“ワークシフト”が進行しつつある。キャリアプランを考え直す必 要がある。 最後に、予測し難いとは言え、2045 年にはコンピュータが人間の能力を上回り、人間の職を奪うとい う議論が始まっている。いわゆる“シングラリティ”問題である。 これらの様々な要素を総合すると、働き方は激動の時代に入り、多様化し、不透明ですが、大転換が想 定される。. 4.. 疾病 若年者では、疾病は、外傷や感染症など外的な原因を中心に、単一の疾病が単一エピソードで発症する. 場合が多かった。中年期には、高血圧・糖尿病・高脂血症など、いわゆる生活習慣病が発症し、長期継続 すると、脳卒中や心臓病などの血管系の重篤な合併症を発生させてきた。又、細胞の再生異常であるがん も増加し、併せてかつては 3 大成人病と呼ばれてきた。これらは老化に伴う病変で、早期退行性病変(early degenerative disease)と呼ばれる。これらが管理されると、高年期には、認知症やパーキンソン病など の神経系の疾患が発症し、運動器の障害により歩行障害、いわゆるロコモティブシンドロームが増加す る。そして、老弱化に伴い様々な機能の障害が発生し、いわゆる寝たきりに移行する。これらは晩期退行 性病変(late degenerative disease)と呼ばれる。 「疾病構造」は老化に伴い、早期退行性病変から晩期退 行性病変へと変化するのである。.
(16) 「疾病数」も、若年期から中年期にかけて、 「単一疾患」が繰り返される様態から「複数疾患」が継続 する病態へと変化する。 更に、 「疾病の過程」の自然史も、 「別々に切り離されたエピソード」から「継続する慢性疾患の増悪化 が繰り返されて死亡する」という形態に変化する。. 日本の医療需要も、人口の高齢化に伴い、疾病の種類・数・経過において、高齢者を中心とするものへ と、ここ数十年間で大きく変貌した。今後は、その高齢者の医療需要が中心になると想定される。.
(17) 5.. 障害 障害も人口の高齢化と共に変化している。高齢者では要介護状態は、男女共に 75 歳以上(後期高齢者). から増加を始め、男性では 95 歳で、女性は少し早く 90 歳で、ほぼ全員が要介護・要支援の状態となる。 認知症もほぼ同様の有病率の経過をたどり、軽度認知症(MCI)を含めると、85 歳(最後期高齢者)で ほぼ 100%となる。その他、難聴や白内障などの感覚器並びに歯の喪失による咀嚼障害が頻発する。. (文献 9,10,11,12) 障害の過程も、若年者では、重篤な疾患の後に障害が残ってもその「容態が固定する」のに比して、高 齢者の場合は、重篤な疾患の後、疾患のみならず障害を伴うことが多く、又、そのエピソードが繰り返さ れる毎に「障害の重度が増す」といった経路をたどることが多く、最期は「全ての機能を失う」死亡に終 わる。. 6.. 死亡 死亡年齢を見ると、1950 年代には、50 歳以下が約半数を占めていたのが、1970 年頃には約 20%に低. 下し、次第に 75 歳以上が増加を始めて、2014 年には 80%を占めるに至っている。国立社会保障・人口 問題研究所の 2012 年推計によると、2030 年以降、殆ど、つまり 90%が 75 歳以上になると予測されて いる。.
(18) 前述の人生・疾病・障害と、この死亡年齢の変化を併せて死亡の過程を分析する。第二次世界大戦以前 は、若年期に突然、外傷や感染症などで急死する例が多かったのに比して、第二次世界大戦後は、退職後 や子育て終了後の早期に脳卒中などの生活習慣病の重篤な合併症で突然に死亡する例が多かったと言え よう。その後、寿命の延長と共に、重篤な合併症は次第に高齢期に移行し、近年では、75 歳以上、要介 護状態で疾病の重篤化を繰り返しながら死亡するケースが増加している。かつての、若年者の「不慮の 死」、中年及び初老期の「ピンピンコロリの死亡」から、近年では、死と向き合いながら医療と障害が「長 期に続いた過程」を経て死に至る形へと転換していると言えよう。 突然の死は、本人にとっては恐怖であるのと同時に、周りの家族には大きな悲しみをもたらす。しか し、長期の療養とケアの果てに高齢で不可避な死を迎えることは、かつては大往生と祝福されてきた。統 計的にみると、ピンピンコロリは難しいばかりでなく、それを願望とすることは、本人にとっては、周り にとっては大きな迷惑である。この様に、50 年間に大きく変わってきた死の形を踏まえて、もう一度、 死の意味を問い直す段階に来ていると言えよう。 2016 年の 1 月、全国 5 大紙や主要雑誌を 2 面抜きで飾った図は、多くの人々に衝撃を与えた。疾病を 患う女優、樹木希林氏が、水面に横たわり死に行くオフェリアを演じて、 「死ぬときぐらい好きにさせて よ」とコメントされていたのである。つまり、死に行く人に本人の好む死の形を選んでもらい、それを支 えることが、医療の大きな目的となったことを象徴している。 2010 年の死亡者数は 119 万人であったものが、2040 年には 170 万となり、1.5 倍に増加すると予測 されている。2010 年の医師数が 29.5 万であると考えれば、1 人の医師が平均で年に 4 人の死亡診断書を 書くといった頻度から、医師数が同じ数と仮定して 6 人、つまり 2 ヶ月に 1 度に変わっていくと想定さ れる。死の看取りが医師の業務として量的にも増加する。 (文献 1)1950 年代には殆どが、つまり 82.5% の人が自宅で死亡していたものが、1980 年には病院が半分を越し、2010 年には 77.9%、福祉施設での 死亡を加えれば 85.1%が施設で死亡している。これからは、病院と自宅以外の場所を含めて、どこで死.
(19) ぬかも選択すべき時代になっているのではなかろうか。(文献 13) 考えてみると、無理矢理に不慮の事故で殺される、あるいは、突然死亡するといった人生から、自分で 死の過程を選択できようになった 21 世紀は、素晴らしい時代と言えよう。でなければ、病院の ICU で あらゆる穴に管を突っ込まれて死亡する、いわゆるスパゲティ症候群は必至である。(図 8.). 3 1). 地域包括ケア概念 歴史. 地域包括ケアの支援は、1980 年代、米国で地域の精神疾患による障碍者に対する医療のみならず、地 域全体のコミュニティケアの活動に起源を持つ。そして、日本でも、1990 年代に、広島県三次町や長野 県諏訪市などで萌芽的に発展してきた。介護保険の成熟と共に再び注目され、政策として 2008 年頃から 打ち出されたものである。要介護要支援者をケアするには、医療や介護や予防の専門家が協力しあい地.
(20) 域の力をかりて支えることが必須である。介護保険が動き出してそれらの部分が欠落していることが浮 かび上がったのである。 地域包括ケアの問題は、概念そのものの不明瞭さである。目的論的には、高齢者の自立を支えるとされて おり、方法論的には、予防・医療・介護・住宅・生活の 5 つの資源を中学校単位、つまり、30 分以内に 整備することとしている。その運営に必要なものは、本人や家族の理解と責任と意識、そして、基礎自治 体、市区町村の運営としている。 残念ながら、そこにはケア論が抜け落ちており、それが病院の関わりの難しさの原因ともなっており、ま た、地域包括ケアについての誤解を生む原因となっている。地域連携パスの場合には、特定の疾患とケア についての連携が必要であったのに対し、地域包括ケアでは、1 人の人間の暮らし、生活の場におけるケ アと院内のケアとが繋がっていく必要がある。疾病が治らなく、最期は死に至る過程を想定すると、ケア の軸足は地域に移行し、ケアの目的も地域での暮らしを支えることとなる。 混乱の原因は、連携分化や技術革新をめぐる病院経営者や医療者の思い込みだけではない。実は、地域包 括ケアのベースとなる介護保険の設計にも、欠陥がある。. 2) 意義 介護保険は、表向きは増大する介護の需要に応え、高齢者の生活の質を保証するために創設されたこと になっている。しかし、実際は、財務省からのプレッシャーにより、急増する高齢者の医療費削減が目的 で、また、夫の両親の介護負担を忌避する団塊の世代の専業主婦層からのプレッシャーで、提供されるケ アの内容や目標が明確化されずに創設された制度である。高齢者の長期ケアは、定義から考えても、医療 と介護とを必要とし、通常、死ぬまで続くので、介護保険の中に医療と介護を総合的に捉える考えが必須 であった。そのことは、介護保険が走り出してあらためて明確となり、検討委員会が立ち上げられ、その 答申を経て、やっと、2008 年頃にその必要性が打ち出されたのである。 ふりかえると介護保険は、1990 年頃に、当時、消費税増税が見送られて、急遽、設計が始まり、比較的 短期間に完成された。設計者自身の個人的述懐によると、 「当初医療と介護を併せて考えなかったことは、 失敗であった」とされている。しかし、当時は、 「仕方なかった」。つまり、戦後、一貫して、福祉の世界.
(21) の大原理、税と公権力による「措置」という考えをひっくり返し、新しい「普遍的サービス」の提供へと 転換するには大変エネルギーが必要で、それ以上は難しかったという言い訳である。病院は、これらの 様々な歴史的な過誤の故に、今、混乱の渦の中にいる。. 4. まちづくり概念. 1). まちづくり過程. これまで、まちづくりは、第 1 トラック、つまり、人生の第 1 ステージと第 2 ステージを中心として きた。概念的に言語化されて討論されたものではないにせよ、まちづくりの責任者やそのまちに住む住 民の間には、第 1 トラックの機能を最大化する都市の構造が想定されていた。とりわけ、日本の第二次 世界後の高度経済成長期においては、効率よく子供を産み、社会を支え、そして、子供達を育てていくと いう、第 1 トラックにおける循環が想定されていた。更に言えば、食寝、及び職住を分離し、郊外のベッ ドタウンから都心のオフィスに通う機能分化された都市構造が良いものとされていた。 本研究においては、未だ提案されていない人生第 2 トラックのまちづくりを中心に想定し研究を進め ている。その重要性は、研究課程を通して確認されはした。しかしながら、まちづくりは第 1 トラック・ 第 2 トラックを総合的にとらえる必要があるということが、改めて確認された。 これらの新たな問題提起を統合する鍵は、世代論にあると考えられる。今年度は、研究の後半において は世代論を中心に、各地域の特性を想定し、総合的なまちづくりの概念まとめた。.
(22) 2). チェンジマネジメント、場のマネジメント. まちづくりに、経営で追及されてきた変革の伝略、チェンジマネジメントの応用が有効と考えられる. これを可能にする m 場のマネジメントも併せて応用すべきである.
(23) 3). まちづくりのきっかけ「繋がり」. では、このチーム化に向けての鍵は何であろうか?. それは「繋がり」であると考える。今、日本で高. 齢少子化しつつある社会は、前述のごとく、5 つの地域に分類できる。しかし、高度成長期に急激に流入 し形成された大都市郊外の団地・ベッドタウンが、この 20 年間で最も重要なまちづくりのターゲットで あろう。 都市社会学の分析から、大都市の特徴を捉えると、以下の 3 つとなる。 1.. 都市においては、物理的や情報における交流の場が大きく、良い意味では交流のチャンスと規模が大. きい。一方で、その人間的繋がりが希薄といえよう。 2.. 都市の短所は、地方の伝統や文化から切り離されて、個人や家族で都市に流入し、更に、郊外に住ん. だことから、人と人の繋がりが希薄である。 3.. 都市の長所は、極めて多様な人的資源である。隣の人の職業を知るチャンスがないにも関わらず、実. は、至近距離に、長い海外経験のある商社マンや弁護士、医師、看護師などの医療職が住んでいるといっ た、人々の多様性が大きい。 以上の 3 特徴から導き出された結論は、 「繋がりさえすれば、新しい創発、様々な価値を創造すること ができる」である。都市にないのは、繋がりだけなのだ。. 本研究においては、繋がりの様々なケースをインタビュー・現地調査によって収集した。 愛知県長久手町では、挨拶や笑顔で日本一の福祉のまちを目指している。元々、人類は、進化の過程で、 目と目、顔と顔のコンタクトで、相手の心を推し量ることができる能力をもっており、そうした関係がつ ながりの基本である。 近畿大学の鈴木教授が提唱した居方概念を発展した「居場所プロジェクト」で、コミュカフェなど、地 域の人が垣根なく気軽に寄り合える場所をまちの中に広げていく試みである。 又、名古屋市千種区の退職した看護婦さんが始めた「まちの縁側」を、建築家:延藤氏が NPO「まち の縁側はぐくみ隊」を通して、全国に展開しつつある。これまで、都市において、ドア 1 つで内と外を明.
(24) 確に区別する建築構造から、なるべく内でもない外でもない縁側の様な空間を広めていく試みである。 従来、その地域に継続する伝統や御祭の行事を通して、共同体の人は繋がってきた。これらは、人と人 を繋ぐ「人間的」かつ「文化的」なインフラストラクチャーであろう。 「空間的」にその繋がりを可能に する活動が、全国に広まりつつある。 その対極をなすのが、 「目的志向的繋がり」で、大牟田市での認知症のケアを町内で進める活動が、地 域の人を無結び付けサロンとなり、横展開して、小児見守りや災害活動などに広がっていった例が考え られる。 まちづくりの 2 つの両極端の間に、 「過程」を共有していく手法、 「組織」を形づくる手法がの2つがあ る。前者は、例えば、米国でまちづくりに多く使われたファシリテーションの技法で、関係者の意見を引 き出し、どの様なまちとするか合意形成を図る手法である。富山県南砺町では、富山大学の山城教授を中 心に、地域の問題を把握・分析・共有する野中郁次郎氏の手法 SETI をモディファイした手法が使われ て、住民の間に広がり、マイスター制度として県全体に広まろうとしている。 一方、後者は、地方自治体における地方分権を実際に実施するために、地域協議会を小学校単位に形成 し、予算の 5%を配布した先進的市、高浜市がある。今、その協議会を中心に、地域の見守りや健康増進 活動を推進する拠点、健康自生地が市内 70 数ヶ所に広がりつつある。又、名古屋市緑区では、名古屋南 医療生協が、医療の課題のみならず介護の課題を含めて、地域組織のメンバーと共に、空き家を利用した グループホームの活動、組合員同士の支え合いを展開している。 恐らく、これらの組み合わせ、あるいは手法の移行を通して、いわば上がりのないすごろくの様な活動 が有効と考えられる。. 4)定着と維持 このすごろくを通して、地域が活性化され結び付き、最終的には大きな新しいまちとして展開するので はなかろうか。そこにおいて、改めて行政の役割、建築家の役割、そして社会活動家の役割が再定義され る。 これら、各々の活動には、当然、 「リーダーとプロセス」が必要である。リーダーは、これらのどのす.
(25) ごろくの駒においても必要で、空間指向的手法を持つ繋がりにおいては「主」、すなわち神主・地主、商 店主が必要であり、又、目的指向的活動においては、 「当事者」がその核となる。日本では、伝統的に女 性がこれらを繋ぐ能力に優れ、いわゆる「ママさん」 「女将」などと呼ばれてきた。あるいは、プロジェ クト全体を所有し、かつマネージする「旦那衆」の存在があった。これらの伝統を活かしつつ、まちづく りには、きっかけを使いつつプロセスを引っ張っていく「タウンマネージャー」が必要なのではなかろう か。 これまで、この様な活動は、得てして独りよがりで、自分達の活動を上手く言語化し把握し、社会全体 との関係の折り合いを付ける能力に欠けてきた。又、彼等を次のステップに引っ張っていく段取りに欠 くことも多かった。まちづくりをこの様なきっかけ、繋がりのきっかけから持続的活動に展開するには、 新しいマネジメント能力の開発が必要といえよう。エンパブリックの広石氏の言葉をかりれば、 「共通価 値」をみつけだすことと「ワークフローの形式化」の2つが必要である。. Ⅴ. 研究結果分析系 1.. 日本の地域分類と未来の姿. これまでの地域医療計画や福祉計画の研究過程で、日本の都市は、大都市は都心と郊外の 2 地域、地方 都市は地方中核都市、周辺の中小都市、郡部の 3 地域の合計 5 地域に分かれることが分かっている。 高齢化の課題についても、この 5 類型が有用との当初の作業仮説の元に、東京都や愛知県の分析を行っ た。その結果、東京都も愛知県も大都市圏でありながら、その中に基礎自治体単位で 5 つの類型が存在 することが判明した。例えば、東京都の場合、多摩市や稲城市は典型的な大都市郊外都市であるが、伊 豆や八丈島のように、僻地の特性を備え、又、周辺の主要都市においては、地域中核的な特徴を持って いる。 更に、各基礎自治体内を分類すると、その中にも 5 つの特徴を持った地域が存在することが明らかとな ってきた。例えば、東京都多摩市においても、都心型の旧住民地域と、団塊の世代を中心とする郊外型.
(26) の団地の地域が存在し、その間にも地方中核的特徴を持つ地域が存在する。つまり、5 つの地域構造 は、入れ子型の現象を示していると言えよう。 したがって、これらを総合的に分析する新たな分析軸が必要だということが判明した。暮らしの圏域 世代論的年齢構成など、自己アイデンティティとサイズ論がリンクすると考えられる 2. 自己のアイデンティティとサイズ論 人間活動と固有の人数方考えると情報や交通は、小さなコミュニティを超えた大きな広がりを示して. いる。例えば、日本の食料は外国からも輸入されているし、情報やお金は、インターネットを通して瞬時 に交換可能である。しかし、高齢者のケアは、極論を言えば家族内、あるいは 400 人の基礎的単位、せ いぜい 6,000 人の小学校区が理想とされ、目的に応じて様々なサイズが想定される。 場所指向的繋がりの試み、更には、目的指向的繋がりの試みを、この様な規模のレベルで整理し直し、 まちづくりの参考とできるのではないかと考える。. 2.. 大都市の未来分析. 、東京・愛知を例に. 1)東京都未来予測 ①. 人口. 東京は年代ごとにニュータウンが同心円状に広がっており、日々都心に流入する人口が数百万 人いて、ここ数年でそれがだんだん電車をおり駅前でぶらぶらしているという状況である。事実、 30年の75歳以上人口の増減率を見ると、国道16号線の内側で一番多い(図15) 。.
(27) 後の年齢で見ると、これからこの図のように、たった30年間で75歳以上人口割合は左から 右側に急増する。都心の部分も含めて高齢化するということがわかります。. さらにショッキングなのは、この図で、左側は全人口で、全国の中でも最も人口が減らないと予 測されている。しかし、15から45歳の若年女性に絞り込むと真っ赤に減っていく。.
(28) 総人口はある程度保っても、高齢者が増え若い女性の人口は減っていく。しかし郡部と都心部 でばらつきがある。 ②. 要介護要支援. 要介護・要支援のケアの需要を見ると、島嶼部はもう日本全体の2060年がきており余りふ えない。それから都内でも北区とか台東区のように高齢化が進んでいるところ、つまり2030 年に近いところがある。しかし2.5倍以上にふえるというホットスポットが4カ所あるわけで、 大体先ほど申し上げた郊外のいわゆるベッドタウンである。.
(29) 入院需要は、郊外をのぞいてあまりふえない。. 実は、さらに外来需要はほとんどふえず、入院需要よりも増加率が低い。ばらつきはあるがむし ろ減るところが多い。全国の平均で見ると2015年を境に減少を始めるというふうに予想され ている。ただ、入院や外来患者の数が増えても減っても、年齢構成はどんどんどんどん高齢にシフ トしていく。 この図のように稲城市、それから北区、伊豆大島町、この三つと全国平均を並べると、稲城市は 2.5倍に急増する。. 伊豆大島はほとんどふえない、要介護、要支援では、伊豆大島は2060年が来ているというふ.
(30) うに言える。そして退院も同様である。むしろ退院では大島は減少する。. 稲城は少しふえる。外来では、大島はかなり大量に減るという予測になっている。 東京の区市町村別に、今申し上げた2015年から2040年の増加率というのを順に並べて みると、赤いところがいわゆる郊外のベッドタウンで増加するところである。これは2015年 と2040年なんで数字が少し違うが、むしろ北区、大島のような余りふえないところもある。 ③. 地域の特徴.
(31) 絶対数で見ると、順位は変わります。練馬区は両方とも増加も絶対数も多いのでありますけれ ども、増加率はそれほど多くなくても人口がもともと多いと絶対数がふえる。世田谷区、八王子市 、大田区、町田市、25年間で40年に数万人単位でふえる。一方、増加率は多いけれども実際の 数はそんなに多くはないという都市もある。 そうすると世田谷区や練馬区のような大きな自治体が多くの資源を吸い上げる心配があり、周 りの稲城や多摩はが大変になる状況になる可能性がある。その辺の調整を考えていく必要がある のではないか。 そして、東京は基礎自治体の規模が大きい。大阪、愛知は大分小さい。東京の自治体には鳥取県 より大きいのが四つもあり、世田谷は7つの県よりも大きいということになっている。.
(32) 実は、東京都の人口を他の国家の人口と比較して、世界69位の大きさで、首都圏全体を合計す ると35位と、世界の国家と比べてみてもかなり大きな人口規模である。. つまり都は国ぐらいのサイズがあり、基礎自治体の中には県ぐらいのサイズのものがある。こ ういったばらつきをどう考えていくかということが課題である。 人口ピラミッドでみると、日本全国のパターンに比べて見ると1960年から100年後の2.
(33) 060年の間に、東京の伊豆大島、北区、稲城が並んで、その後に東アジアやヨーロッパがついて くる、そういった構造になっているのではないだろうか。. したがって、3つめの提案として、市区町村をそれぞれきちんと定量的に分析をし、類型化する 必要があるのではないか。前の堀田力氏の委員会でも試みられたようだが、以前の人口予測のデ ータを使っていること、また地域特性を中心に分類されているようなので、供給の現状など基本 データをおさえたうえで、深堀りをするといったようなことも必要であると考えられる。 3 つの提案を総括すると、2040年までの「時間枠」が重要、人類初の体験、「都市の高齢化 」を東京がリードしモデルとなる、21世紀課題群の中でも働き手が大きな課題、しかし一方で働 いていない人へ「居場所」をつくっていく、そのためにまちづくりが重要である。 「東京の多様性 」 、それを詳しく「分析する必要」があると。つまり日本は50年で別の国になっていくというこ とである。. 2)愛知県未来予測 ④. 人口 愛知の人口減、高齢化は、全国の平均に比べて、約 10 年遅れて進行する。2015 年と比べて 2040 年の. 人口の減少率は、47 都道府県中、沖縄県滋賀県や東京都に次いで第 4 位、3 大都市圏を比べても、東京 都と余り変わらない。また、2040 年の 65 歳以上人口割合を見ると、東京都よりも低く、沖縄県に次い で全国 2 番目に若いと予測されている。だからと言って、日本の国全体で進む高齢化から免れる訳では.
(34) なく、準備しないと、深刻化した問題が突然噴出する危険がある。ただ、進行が遅れることは、それだけ 長く準備に使えるという利点がある。 市区町村まで下りて比べると、人口が増加する地域が東京都 63 自治体の内 4、大阪府 66 のうち 3 に 比べて、愛知県は 70 の内 10 と全国的に見ても大変多い県である。長久手市はトップで 14.4%も増加し する。ところが、子育てに関係する 15~50 歳の女性の増減率を追うと、ほぼ全ての市区町村で減少する と予測されている。長久手市でさえも 91%に減少し 50%台まで下がるところが 5 か所ある。. ②. 要介護要支援. 要介護・要支援の率が高い 75 歳以上人口に注目すると、奥三河や知多半島の郡部で高く、長久手・日 進・東郷・大府などの東部の近郊地域が低く、また、西部の犬山・一宮・清州・津島などの伝統的地域で は高い値となっている。しかし、逆に、2040 年への増加率を見ると、低いところで高く、既に高いとこ ろでは余り増加しないことが分かる。. 特に、長久手は、全国でも有数の人口増加の若年地域ですが、要介護・要支援者は急速に増加し、3.14.
(35) 倍にも上る。. 外来需要は、長久手など一部の郊外では増加することを除けば、全般に伸びないと予測されている。入.
(36) 院需要は、全般に増加が予測されますが、特に名古屋市郊外が目立つ。. 地域の特徴. ③. 愛知県では、各市区町村毎に大きなばらつきがあることが分かる。そこで、その特徴を産業別にみる と、図のようになる。. 農業人口 5%以上を緑に、製造業人口従事者割合が 40%以上の地域を茶色で示すと、奥三河から知多 半島、そして、東側の沿海部が緑に、名古屋市の西側の一帯が茶色に示され、地域の特性が明らかとなる。 名古屋市と第 2 次産業が盛んな地域の間には、郊外の住宅地ベルトが拡がっていると考えられ、一方、 東側は、製造業はあまり発達せず、伝統的な文化を担ってきた町が並んでいることになる。 愛知の場合は、春日井市の高蔵寺団地に象徴されるように、高度経済成長初期に、巨大な団地が、大阪 の千里、東京の多摩と並んで建設された以降は、名古屋市周辺に建設されるようになった。車社会である こと、持ち家率が高いこともあって、東京ほどではないとは言え、特定の地域では、高齢化と老朽化が極 めて深刻な問題となっている。 愛知の市区町村の特徴をまとめると、奥三河から知多半島にかけての農業を中心とする地域、それに隣 接し名古屋市の東側の製造業を中心とする地域、郊外のベッドタウン地帯、西側の伝統的な都市ベルト の、4つの地域に分けられ、名古屋市周辺では、市区町村よりも小さな単位で、高齢化が急速に進みつつ ある団地が存在するので、大まかにこの5つに分類することができる。これらは、それぞれ、人口の増減、 高齢化の速度、介護需要の予測、世代の構成、未来の経済の展望などで特徴付けることができる。これら については、更なる検討が必要と思われる。 市の特徴をまとめると、津島市、犬山市は伝統的地域で、高齢化が進んでおり、今後の介護需要もそれ ほどは伸びない一方で、人口の減少が厳しいと言える。高浜市は製造業地域の南部に位置し、現在の高齢 化はそれほど高くはないものの、これからの増加が見込まれる。長久手市は日本でも最も若い市で、現在 の介護需要はそれほど大きくないものの、逆に、これから、日本でも有数の速度で増加すると考えられ る。.
(37) 3.. 世代の未来と役割 1)世代論の提案 2060 年、50 年後の新しい社会でのまちづくりは、人生第 2 トラックが中心となる。確かに、日本で. は、第 2 トラックが比較的発達してこなかったことから考えても、新しい社会の創造は、第 2 トラック を支えるまちづくりが必須となる。. しかし、社会には、同時に第 1 トラックが存在し、第 1 トラックにいた人は第 2 トラックに移行する こととなる。この様に、2060 年の新社会の創造においては、第1と第 2 を総合的にかつ動的に捉える必.
(38) 要があるといえよう。この、時間軸を前提にした課題を解くには世代論的考察が必要だと思われる。. 2015 年の現時点で見ると、第 1 トラックに入ろうとする「若年層」、第 1 トラックを終え第 2 トラッ クに入ろうとする「中年層」、退職し第 2 トラックに入った「高年層」の、3 つの世代が分類できる。.
(39) 日本は第 2 次世界大戦後、大きな社会変動を経験し、若年期の経験やそれに基づく若者文化の変化で 多種類の世代が分類されてきた。若年層は、最も数が多い「団塊ジュニア世代」 、 「ゆとり世代」、 「デジタ ル世代」など、他世代との関係や教育環境、使っている主なメディアによって分類されている。中年世代 は更に多数あり、団塊の世代のとの境い目、現在退職しつつあるいわゆる「ポスト団塊世代」、 「シラケ世 代」があり、それ以降、 「新人類」、 「バブル世代」、 「氷河期世代」と、青年期の日本の社会状況に対応し たニックネームが付けられている。中年層は、これまで大きな文化的な断層が存在すると言われ、1960 年代以前の生まれと以降の生まれでは、少年期の豊かさや主なメディアの変化が著しく、2 つの別の日本 人が存在するといった議論もある。しかし、いずれにせよ、第 2 世代への移行期にあり、様々な悩みを抱 えているといえよう。. 高齢者は、 「団塊の世代」が最も多く、その上に、 「キネマ世代」や「戦中世代」がある。これから 2045 年頃までは、高齢者層は、団塊の世代が牽引役を果たし、又、それが 5 年後には後期高齢者に、そして 15 年後には 85 歳以上に達し、介護や医療などの大きな負担を社会に強いることになるが、その後、2040.
(40) 年に向けて死に絶える。一方、団塊ジュニアを中心とする若年層は、2040 年頃に第 1 トラックを終え、 自らが高齢者の中核となる 2060 年まで、大転換の中に生きることとなる。. 団塊の世代は、結婚率も高く正規雇用の下で年金や資産形成を行い、老後の資産では最も豊かといえよ う。もちろん、その一部はいわゆる「下流老人」と言われ、家族がない、資産がないといったグループは、 存在するが、このまま大きなリスクが日本を襲わねば、何とか一生をまっとうすることができる、いわゆ る「逃げ切り世代」といえよう。 一方で、現在 30 前後の世代は、社人研の研究によると、2040 年に男性生涯未婚率 30%、女性 26% と、老後においては家族の支えがない者が多く、非正規雇用の割合が高く、年金や資産の蓄えは極めて乏 しいといえよう。言い換えれば、いわゆる「逃げ切れない世代」である。しかも、非正規雇用など、第 1 トラック的な社会に参入を拒まれた人も多く、最初から第 2 トラック的生き方を指向している人も多く 見られる。言い換えれば、2060 年の第 1 トラックの破綻した社会に向けて、既に、準備を始め、かつ、 準備のために 50 年間という充分な時間を持つ世代とも言える。.
(41) 中年層は、価値観においても社会活動においても極めて多様である。戦後、一貫して続いてきた第 1 ト ラックを中心とする社会に生きており、バブル時代にバブルを経験し、かつ、逃げ切れると思っている 人々が多い。一方、中年期の比較的若年の人達は、バブル崩壊後の就職氷河期でバブルの経験をしてこな かったグループも存在し、その 2 つの間に様々な価値観が存在するのではなかろうか。更に、この層で は、親の介護が始まり、自分の老後の未来イメージを体験すると同時に、社内での自らの未来の現実とも 直面せざるを得ず、悩める世代といえよう。しかし、これからの約 20 年間の高齢社会の量的な深刻化を 経て、20 年後に来たる質的な大転換を乗り越えるには、この世代こそがカギとなる。. 2) 災害リスクと世代.
(42) 1) 加えて、日本は、5 年後のオリンピックから 2040 年までの間に、様々なリスクが想定される。 ポストオリンピック不況をベースに、地球上最後の冷戦体制を持つ東アジアの地勢学的なリス ク、東日本大震災に始まった首都圏直下や南海トラフ地震が 2040 年までに 70%の確率で起こる と予想されており、その被害額も 500 兆円、死亡者数も 47 万人に上るとされている。これらの リスクが現実のものとなれば、2040 年以降 2060 年までに新しい別の国を構築することは、大変 厳しい事業となると考えられる。. 3 つの世代のグループには、各々の特徴がある。団塊を中心とする高齢者は、後は死ぬだけで、人生 最後のリスクである要介護要支援状態や死亡への対応に気持ちを奪われている。とはいえ、資産、そし て何よりも第 1 トラックで働いてきた極めて豊富な経験や充分な時間が存在する。一方、若年者層は、 資産も人脈も、場合によっては、家族も持たないが、若年者も情熱、体力、そして、従来の世界観に捉 われない、新しい社会を構想する力を持っている。各々弱いところを補い合い、強いところを出し合っ て、世代間のスクラムが組めれば、極めて強力なチームとなろう。そこで重要な鍵を握るのが中年層で ある。世代的に、上と下を繋ぐ戦略的な位置にあるからである。第 2 トラックを自ら準備し、2060 年 における第 2 トラックのモデルを示すことができる。又、第 1 トラックにおける経験を用いて、上の世 代の資産を活用し、若年層の情熱や体力を上手く使うことができることになる。これが、これから日本 が行うべき 50 年間のまちづくりのステップである。 3)地域類型と世代のマトリクス 今後、地域を定めて、この様な活動を展開するには、当初の地域の 5 分類を超えた、新たな分析が必要 である。 世代論と地域分類を総合し、マトリクスをつくることで、課題のより俯瞰的な見通しが得られる。日本 では、大都市郊外の団地や開発マンション、地域開発においては、その資産や耐用年数、更には、入居者 の年代が把握されている。したがって、基礎自治体を超えた更に小地域での特徴と資産、活動を担う 3 つ の世代、そしてリーダーの有無について、詳細な分析が可能である。.
(43) Ⅵ. 総括. 1.まちづくりの意義 まちづくりは日本が 2060 年頃に人類に先駆けて到達する 21 世紀型社会への実験であることが判明し た。 そしてその過程は、欧米の標準的モデルをもとにしたこれまでのまちづくりではなく、それぞれの地域 特性をふまえ、住民自身が組織する必要があることが明らかとなった。また高齢者の課題は大きいとは いえ、全世代の課題を「くらし」と「ケア」をつないで進められる必要がある。そのためには個々人の「生 き方」「死に方」「働き方」人と人との「関わり方」「支え方」をもう一度とらえなおす必要がある。 行政の各レベル「国、地方、県、基礎自治体」の役割を、個々人のアイデンティティのレベルで、とら えなおす必要があることも明らかとなった。 これからの 10 年、中年の世代が重要な鍵を握っており、リーダーシップをとって上の高齢者の世代と 下の若年者の世代をむすびつける必要があることが明らかとなった。.
(44) まとめなおすと、今回の 50 年は、戦後の 50 年と 5 つの点で異なっている。 まず、第 1 に、あの時はモデル、欧州・米国など、共有できる展望がありました。今回は、人類が未だ 経験したことのない高齢社会、むしろ、日本が世界のモデルとなる。 第 2 に経済状況は、戦争で焦土となった日本をどの様に復興するか、課題が誰の目にも明らかでした。 今回は豊かで、恐らく、日本史上、最も豊かな社会を実現している。よっぽど目を凝らさないと未来の姿 が見えない。 第 3 に人口の構造で、あの時は、日本の人口は 8000 万、高度経済成長の時代に向けて、人口は急増し ました。しかも、増加の中心は若者でした。今回は、人口が減少します。減少の中心が若年者です。 第 4 に目標である。あの時は、経済の豊かさ、モノの豊かさを目指すのが目標で、誰もが直感的に理解 でき、賛同できる目標であった。今回は、それぞれの人が、高齢者が、それぞれの目標の下に、いかに豊 かに生きれるか、そして満足し死んでいけるかの社会づくりとなる。 第 5 にけん引する主体である。あの時は、県、あるいは広域で、効率良く大きなインフラを作る必要が あった。市区町村を越え、場合によっては県を越えた、強いリーダーシップが求められ、一人一人の価値 と福祉を考える時、引っ張る主体は住民そのものとなる。そして、それに最も近い基礎自治体、市区町村 がその活動を支援することとなる。 今回の転換は戦後の復興、明治維新よりずっと大き、おそらく中世から近世への転換より大きいと考え られる。. 2) 日本の可能性.
(45) 日本の過去を振り返ってみると、7 度大きな転換期があった。大化の改新から大宝律令の制定まで、唐 という巨大な帝国に対抗して日本国が生まれた瞬間である。647 年~701 年の 50 年間であった。中世か ら近世への転換、桶狭間の三大英傑がそれを引っ張ったのは、1552 年~1603 年、50 年間である。そし て、幕末の明治維新、黒船の来航から不平等条約の撤廃まで、50 年である。 50 年間は、実は、3 世代の長さとほぼ一致する。世代間のチームが上手く協力することにより、日本 でならできるのではないか。. もう 1 つ、日本は、江戸末期に 1 度リハーサルをしている。日本は、欧米とは違い、江戸時代に 1 度、 人口が定常状態になった。その幕末期に活躍したのは、高齢者である。隠居さん、例えば、伊能忠敬は、 家督を譲り、全国を歩いて測量し、日本地図を完成させた。江戸時代には、先人の知恵と経験が詰まって いると考えられる。.
(46) 人口遷移、人口構造の急激な転換は、ドイツ・イタリアを除いて欧州では起こらない。米国も、2100 年に 50 歳以上が 40%にも達ししない。一方で、韓国・台湾・シンガポール・香港、そして中国が、日本 と同様に、2060 年に向けて大きな転換を起こす。今回は、お互いの国の実験から学び合うことが必要と なる。日本は、その中でも重要な役割を示すことになる。.
(47)
(48) 21 世紀型社会をめざす まちづくり事例と概念集.
(49) キーフィールド 南医療生協.
(50) 南医療生協の事例紹介 成瀬幸雄氏 専務理事 南医療生協 南医療生協は、1961 年来の長い歴史と 2 病院・10 診療所・介護を含む 64 事業所、そして 823 人の職 員と、何と言っても、最も重要な 87 自治地域支部と 78,000 人の組合員を擁する大きな組織である。. 設立当初から、医療や保健を主要な課題にしてきた。そして、病院の老朽化と共に、2010 年に、新 しい病院を新築開設し移転した。そのため、この過程では 2003 年には百人会議を、2006 年には千人 会議を、新病院開設後の 2011 年には 6 万人会議を、2012 年には 10 万人会議を開き、組合員の意見と.
(51) 情熱を資本に活動を進めてきた。. この過程で明らかになったことは、組合員のニーズが医療のみならず、介護に、更には、生活に大きく 変わってきていることである。2004 年に、空き家を利用したグループホーム「なも」、2005 年には「生 協ゆうゆう村」、2007 年には小規模機能ホーム「もうやいこ」、2008 年には「老健あんき」、2009 年には 「生協のんびり村」と、事業を生活の領域に広げてきた。そして、2015 年には、サービス付き高齢者住 宅の入った駅前コンプレックス「よってって横丁」を開設した。. この間、容赦なく、高齢社会の課題が進行している。組合人の住む地域は郊外が多く、退職者、高齢の 独り住まい、引きこもりも増えている。健康と暮らしの問題は、分けることができなくなっている。おた がいさまシートを作って、お願いごとの依頼を書き込んでもらい、支援可能な組合員が対応する「おたが いさま運動」を拡げている。.
(52) これらは、一部を除いて、ボランティア活動で行われてきた。しかし、これからは、小遣いを稼げるコ ミュニティ・ビジネスを立ち上げたいと考えている。もはや、医療生協の枠を超えて、地域の行政や医 療・介護機関とも連携し、 「みんなちがってみんないい ひとりひとりのいのち輝くまちづ く り 」 を ス ロ ー ガ ン に 、 新しい社会づくりにチャレンジしたいと考えている。.
(53) キーフィールド 高浜市.
(54) 高浜市の地方分権・住民自治の事例紹介 森. 貞述氏. 高浜市生. 1942 年. 高浜市長. 1989-2014 年. 福祉制度、地方分権のエキスパート 1989 年私が高浜市長に当選したその年、厚生省から高齢社会の未来の負担に関する報告書が出された のだ。それには、団塊の世代が高齢化するに連れ、医療や介護の負担が増大する、市区町村はその課題に 準備する必要があるという内容だった。私はその内容に衝撃を受け、団塊の世代が高齢化するまでに準 備を終えねばならないと、福祉のまちづくりを行政政策の中心に据えることに決めた。福祉を担うのは 人、まず、人材の確保が重要と考えた。そして、行政サービスを、なるたけ地域のビジネスで担えるよう にした。結局、人やサービスを通して、地域にお金が落ち循環しないと、経済は持続しないと考えたから である。人材は、高校に介護のクラスを作ること、そして、日本福祉大学に来てもらい、駅前に福祉の学 部を作った。サービスは、株式会社を設立し、多くの行政サービスをそちらに移管した。社会福祉協議会 いは、サービスを担ってもらう事業型を初めて始めた。また、宅老所を地域のボランティアに運営しても らった。 10 年して介護保険ができ、それから 7 年して地域包括ケアが提唱された。その間、市民病院は経営移 管し、予防活動のための健康自生地という運動を始めた。今は、様々な予防活動の拠点が 78 あり、住民 は身近で好きな活動を選んで参加できることになっている。. 一方、その間、総務省のイニシアチブで、地方分権・住民自治が進められ、500 本もの法律がそのため に書き換えられた。そこで、2000 年には、日本で最初に常設型住民投票条例を通し、住民がいつでも自 ら法律を提案できる様にした。.
(55) そして、地方自治の学識経験者を招待して、分権化の最終形、まちづくり協議会を 2005 年に立ち上げ た。市の予算の 5%を配分して、住民に決めてもらっている。今では、その第 1 号は法人化された。続け て、2009 年までの間に、更に 4 つのまちづくり協議会を小学校区単位に設置した。今では、地域の福祉 計画など、住民自身に策定してもらっている。 課題もある。協議会を運営する人材、従来の自治体との調整、市議会議員との関係などである。 私はこれから、益々、地方自治の形が大きく変わるのではないかと予感している。.
(56) キーフィールド 文京区.
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