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違法建築による生活妨害に関する一研究

著者

中村 武, 辻 隆一郎

著者別名

T. Nakamura, T. Tuji

雑誌名

東洋法学

14

3・4

ページ

1-46

発行年

1971-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00006109/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

違法建築による生活妨害に関する一研究

第一 第二 第三 第四  序説 とくに違法建築、生活妨害、公害の概念と関連  理論的基礎  生活妨害に関する研究  日照・通風・採光等に関する研究 三 生活妨害の効果についての研究 二 生活妨害における故意・過失と違法性ならびに因果関係の研究 一 生活妨害の態様︵内容︶・本質論の研究 三 建基法は民法の特別法かについて 二 日照利益、のぞき見されない利益について 一 観望する窓の目隠し附置について 目  次

中 村

郎武

第一

序説 とくに違法建築、生活妨害、公害の概念と関係

違法建築による生活妨害に関する一研究 一

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   東洋法学      二

 最近になって漸く、公害に関する真剣な論議と対策とが打出されるようになった。公害の概念億、多義的で種々の 角度から分類されるが、本稿は、右にいわゆる公害︵問題︶を、直接に、また全面的に取扱うことはその目的ではな い。しかし、生活妨害を研究するうえで公害は無関係ではない。  筆者は、いわゆる公害︵問題︶を最広義における公害と呼び、これを狭義における公害と広義における公害とに分 類する。  広義における公害は、企業公害といってもよい.ここに企業公害とは、企業︵会社︶が関係している公害という意 味であり.企業対私人︵私人と私人の団体とがありうる︶闘の公害とが含まれる。狭義における公害とは、私人対私 入間の公害をいう︵しかし.筆者は、これを公害というのは適当でないとおもうので、公害と呼ばない。︶、そして本 稿は、公害の研究を羅的としないのであるが、結局、生活妨害が、私人間で発生した場合と、企業対私人︵個入・個 人の団体︶間で発生した場合が本稿の研究範囲となる。  しかも、本稿は﹁違法建築による生活妨害﹂を研究課題として限定したので、公害関係法による操業停止命令や行 政指導など行政上の権限に基づいて処理されるものは除外される。  以上は、いわば公害の範囲の検討であったが、つぎに、公害を、その内容︵性質︶から分類する。  公害には、いわゆる公害訴訟と呼ぶのに適したものと、そうでないものとがあるようにおもう。前者は、たとえ ば、水俣病訴訟・四日市公害訴訟・神通川﹁イタイイタイ病﹂訴訟等である。後者としては、生活妨害の態様︵内 容︶としての騒音・震動・媒煙・臭気・嚴光の遮蔽等がある。後者に関する訴訟が提起された場合に、その訴訟の当

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事者の一方が企業である場合においても、右訴訟を公害訴訟と呼ぶのは適当でないものがある。とくに、日光の遮蔽 が訴訟になった場合である︵もっとも、概念は相対的であり、それは使用する者の自由であるが、筆者は、公害訴訟 は、右に前者のごとき場合をいうものと、つまり公害訴訟の言葉は狭く使用する方が名実ともに適当でないかとおも う。︶。それは後者の態様における生活妨害のうち、少くとも右に日光の遮蔽を公害と呼ぶのを不適当とすることを意 味する。本稿は、右に後者に属するもののうち、その一、二について研究する程度である。  本稿に違法建築とは、民法および建築基準法︵以下建築法と略称する︶に違法した建築という意味であり ︵﹁最広 義における違法建築﹂︶、したがって各種の違反態様があるとおもう。そのうち、建基法第七章罰則九九条の各態様に 違反する場合を﹁狭義における違法建築﹂、 最広義における違法建築から狭義における違法建築を控除した建基法に 違反した態様の場合を﹁広義における違法建築﹂と、筆者は定義する。  違法建築は、行為の態様からみると、結局、日照・通風・採光妨害、騒音、のぞき見する妨害などとなり、生活妨 害と関係するのである︵ここに表題のごときテーマをとりあげた所以がある。︶。そこで以下において、生活妨害を違 法建築による生活妨害の観点からとらえて研究することにする︵なお、本稿では、判決文における文言をも含めて、 建築基準法は建基法と略称し、民法第一条第一項とある場合には民法一条一項と略記し、引用判決文中の当事者の氏 名は省略した。︶。 違法建築による生活妨害に関する一研究 三

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東洋法学

第二理論的基礎

観望する窓の目隠し附置について

  ω 積 極 説  積極説として、  コ一三五条の適用の制限⋮⋮この条文の適用は無制限に認めるべきではない。民法自身が、こ璽一三五条は、この 条文と異なる慣習があれば、その慣習が優先する旨を定めている︵二三六条︶。 そして、建物を境界線に接して建て ることについては、その慣習を認めた判例もある︵東京地判大一三土○土四法律新聞二三二九土九、大判昭一 一・八土○法律新聞四〇三三・二一︶。いずれも、市街地の建物の密集している地域である。  観望すべき窓に目隠しをつける問題についても、同じように考えていいのではないでしょうか。市街地の建物の密 集している地域では、原則として、この規定を厳格に適用することを排除する慣習があると認めてよい。それに反し て、居住地域ではこの規定の適用があると考える。とくに、最近に、違法建築が横行し、法がなきが如き状態を現出 していることを思うと、居住地域ではこの規定の適用に勇断があっていいでしょう﹂ ︵註一︶とする説をあげたい。   ⑦ 研   究

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 ︵一︶ 被害者救済の完全性と迅速性  市街地の建物の密集している地域においては、建物を境界線に接して建てることについて民法二三六条の慣習︵民 法自身が、この二三五条は、この条文と異なる慣習があれば、その慣習が優先する旨を定めている︵二三六条︶を認 めた判例もあり、そこで観望すべき窓に目隠しをつける問題についても、同じように老えて、︵1︶市街地の建物の密 集している地域では、原則として、この規定を厳格に適用することを排除する慣習があることを認め、しかし、︵2︶ 居住地域では、この規定の適用に勇断があってよいと解されるのは、最近の違法建築の横行により法がなきが如き状 態を現出していることと、右の判例理論とを根拠とされているとおもわれるので賛成である。  ただ現実に相隣関係に位置する居住者問に、こと目隠しの附置に関して紛争が生じた場合、民法の規定に違反して いても、建基法上当該建築物が適法であれば、隣地居住者からの右目隠し設置の要求を拒否することもあろうし、他 方、違法建築であっても、民法︵二三四、二三五条︶の要件に適合している場合︵かかる場合においても、現実にの ぞき見されることのありうることは容易に想像しうる。︶ には、建基法に目隠し附置義務の明文がないことと民法上 目隠し附置義務がないこととを理由に右要求を拒否した場合には、互譲の精神による解決は不可能であることに帰 し、結局、訴訟ということになる。  民法の規定に違反している場合であれば、原則として︵権利濫用、受忍義務理論からいって、当該の場合における 請求が権利の濫用、受忍すべき限度内であると認定されない限り、︶、被害者救済の安全性と迅速性とを期待しうると 老えるが、民法の規定に適合していて建基法上適法であるか、または軽度の違法であり、しかし現実には隣地の屋内    違法建築による生活妨害に関する一研究      五

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   東洋法学      六 がのぞき見される場合には、理論上︵生活妨害になるかという点で︶、 訴訟上︵何という権利に基ずいて妨害排除の 請求、右の場合には妨害排除の請求の内容として目隠し施設附置譜求をなしうるかという点で︶、題問である︵註二︶。  ︵二︶ 民法四一四条と被害者救済の迅速性  居住地域においては、民法二三五条、二三六条の適用に勇断があってよいと、筆者も考えるが︵もっとも、右論者 は、罵法一一三五条の要件は充足していないことを前提としているとおもわれるから︶、 ちなみに、民法の要件を充足 している場合には.民法一一三五条によ勢鐵隠しを附置する義務が生ずるから.加害者に対して欝隠しを附すべき撒と を請求する権利︵その性質は物権的請求権である︵註三︶。︶を取得する。  加害者が右義務を履行しない場合には.裁判所に訴を提起し、右義務が判決により確定きれれば、右確定判決を債 務名義として民法四一四条により強制または代執行をなしうる理と解する。  ︵三︶ここに被害者救済の迅速性を期待しうるとは、第一に、右四一四条の適用ということと、第二に、目隠し附 置義務は、法律上、実体法上の義務として存在するのではあるが、債務名義として利用するためには、右義務の存在 が確定判決により公権的に判断されなければならない。しかし、右義務は民法上存在するため、右民法上の要件を具 備するか否かを認定すればたり、それは検証をすれば判明する。したがって右判決、しかもいわゆる勝訴判決をえら れる時期が比較的早いということの二つを意味する︵なお、被害者救済の完全性ということについては、後述﹁生活 妨害の効果についての研究﹂参照。︶。

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二 日照利益、のぞき見されない利益について

 ω 積 極 説  積極説として、 ﹁日照利益やのぞき見されない利益は、以上のような範囲でだけ建基法によって保護が図られてい るわけである。﹂とする説をあげたい︵註四︶。  囲 研   究  ︵一︶ 日照利益、のぞき見きれない利益と建基法との関係  日照利益、のぞき見きれない利益は、当然、境界線から建物までの距離と建物の高さとに関係することは、異論な  。そして以上の範囲でだけ建基法によって俣護が図られているわけであろう。  けれども、たとえば境界線から建物までの距離が一メートルまたは一・五メートル以上あり︵建基法別表第四参 照︶、 建築物の高さが二〇メートルを超えない場合は、建築法上は適法であり、民法二三四条にも違反していない。 右の場合においても、日照利益は、以上に関係し、以上の範囲でだけ建基法によって保護が図られるであろうが、の ぞき見されない利益は、以上に関係するが、建基法によって俣護が図られない事実を生じる︵註五︶。 まことに皮肉 な事態である。建基法一条には、 ﹁国民の生命、健康及び財産の俣護を図り、﹂ とあり、もとより、のぞき見されな い利益は右保護の直接の対象ではない。しかし、右に健康と重大な関係を有する︵註六︶。 すべて国民は、健康で文    違法建築による生活妨害に関する一研究       七

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   東洋法学       八

化的な最低限度の生活を営む権利を有する︵憲法二五条︶。  そこで、筆者は、民法二三五条を改正するか、少くとも建基法にもとずく確認申譜書に記載する事項において右保 護が図られるように取扱うことを提案する。  ︵二︶ 民法二三五条についての提案   ︵盆︶ 条文について  ︹、①他人の宅地または屋内を観望することの可能な窓を二階以上の建築物の南側以外の方位に設くる者は目隠を附 することを要す 但隣地ないし至近距離にある土地所有者または家屋所有者から獄隠附置講求ある場合に限る その 費用は設置者の負挺とす  ②境界線より一米未満の距離に於て他人の宅地または屋内を観望することの可能な窓または橡側を平家建の建築物 の南側以外の方位に設くる者は欝隠を附することを要す その費用の負担については前項と同じ  ③︹現行法に同じ︺﹂   ︵2︶提 案 理 由  現行民法制定当時︵明二九年︶には、立法者は現状を予想しえなかったであろう。建築技術の進歩による建築物の 高層化と人口の増加による建築物の過密化および都市申心部への集中化と土地の価格の昂騰化等々の諸現状をであ る。当時は、木造平家建の居宅が大部分であったかもしれない。そうだとすれば民法二三五条は、今日の実情にあわ ないのみならず、右民法の条文︵二三四条を含む諸規定︶と建基法︵昭二五年︶の条文との間に抵触の事態を惹起す

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る.かかる事態は、立法技術として可及的に避けるべきであり、却ウて、法軽視の風潮を生ずる一因とさえなる、他 方、近時の裁判所における、快適で健康な生活の享受のために必要にして欠くことのできない生活利益に対する可能 なかぎりでの法的な保護の付与、また右生活利益に対する住民の権利意識の関心度の向上等は、その事実を如実に物 語っているからである。  ︵三︶ 建基法についての提案   ︵1︶ 確認申請書の提出と記載︵第一案︶  建基法は、その制定以来、実に、二十数回の改正がなされている。そこで余りにも改正のなされることは適当でな いので、とりあえず、建基法にもとずく確認申講書は、必らず提出することを督励し、右確認申請書に記載すべき事 項においてチェックする方法を提案する。  その理由は、自已の建築物を、竣工前に設計図により閲覧したのでは、近隣の、少くとも近隣居住者に対する生活 妨害になるか否かの判断は容易でない。他方、右近隣の居住者にとっては、右判断は、右建築主以上に、困難であり、 当該建築物について、たとえば窓わく等が附設されるその段階に至らなければ判明しないのであって、仮りに、右段 階に至っても、たとえば目隠しをするかもしれないこと、また近隣であること等を老慮して右目隠しの設置の請求 ︵申入れ︶を差控えることもある。右の諸事情を勘案すると、右事態を回避するために、自已の敷地の位置が、既に 近隣に居住者の建築物が存在する土地に隣接している当該建築物を増改築する場合には、確認申請書の提出と記載と を督励し、右記載のない場合には、建築主事において、右申講書を却下しなければならないとすれば効果的であると     違法建築による生活妨害に関する一研究      九

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   東洋法学       一〇

考えるからである。このような権限を特定行政庁に付与したとしても、人権の侵害の問題になるはずはない。   ︵2︶第 二 案  確認申請書に明記すべき事項に関しての提案である。  ︵ア︶ 敷地の位置︵関係︶は、確認申請書﹁6・敷地の位置︵省略︶、イ・環・ハ・二︵省略︶、︹ホ・公図の添付︺﹂ とすればよい。  ︵イ︶ 欝隠しの附置については.確認申請書﹁罵・タ・建築設備の種類ω給排水設備︹有無鋤電気設備 有無㈱羅 隠し設備︵ただし、東、西.北に窓を附置する場合に記入のこと ω東、西、北の窓に設備する。翻東、西.北の窓 に近隣からの請求があれば設備する、ピとすればよいと考える︵註七︶。  ︵ウ︶ なお.冷暖房装置、換気扇を外壁等に設備する場合にも.右︵イ︶の要領で記入するようにすれば.騒音防 止、とくに深夜におけるそれに役立つための一策となる。

三 建基法は民法の特別法かについて

 ω 裁 判 例  ︹ユ︺東京・仮処分異議申立事件︵註八︶. ︹2︺東京・接境建物建築者事件︵註九︶、 ︹3︺東京・接境工作物収 去請求控訴事件︵註一〇︶および︹4︺生野・仮処分決定に対する異議事件︵註一一︶を挙示する。  右に挙示した︹1︺の判決は、

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 ﹁建基法六五条が堤法二三四条その他同法相隣関係法規の特則であると解すべきではない。﹂と明言する。しかし、 ︹2︺ないし︹4︺の各判決は、いずれも建基法は、民法︵相隣関係法規︶の特別法である旨を判示する。  ⑧ 判 例 評 論  ﹁判旨の抽象論のように、建基法は国民全体の生命・健康・財産の俣護等を目的として新たに建てられる建物を規 制するのみで、隣接建物所有者相互の利害調整や権利義務の発生は民法の相隣関係等の規定に任せている、と一般論 的に論断するのは不当であろう。建基法の諸規定の性格は種々であり、その保護目的の射程範囲や他の法規への影響 は、各条につき個別的吟味を要する。﹂とし、﹁たとえば、相隣関係でも、建基法六五条は、その所定の要件の下で、 民法二三四条の五〇センチメ⋮トルの距離をおくべき定めを排除すると解される。﹂ ︵註二一︶。  ㈹ 研   究  ︵一︶ 裁判例︹2︺について  ︵1︶民法にも建基法にも、民法二三四条一項と建基法六五条の関係について、直接これを明確にした条文はな い。しかしながら、民法二三四条の存在は、農村においてはともかく都会地、特に商工業の経営や土地が重大な意義 を有する地域においては、土地の有効利用を阻害するものである、とするのは疑問におもう。たしかに右の地域にお いては、同条の存在は、右土地の有効利用を阻害することがあろう︵しかし、同条が不存在であれば、どれだけ土地 の有効利用が増大するかを老えると、特段の事情のある場合、たとえば当該建築物の構造・安全上ないし建築技術 上、絶対にあと五〇センチを必要不可決の条件とする場合等のほかに、右土地の有効利用の阻害の程度と同条の存在    違法建築による生活妨害に関する一研究      一一

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   東洋法学       一二

することによる右土地の有効利用の阻害の程度との間に甚大なる差があるとはおもわれない。︶。けれども、同条が私 法における一般法として、均しく農村と都会地とに適用される結果、右土地の有効利用の阻害の程度は農村よりも都 会地における方が大きい。しかし、同条の存在を土地の有効利用の観点のみから検討するのであれば妥当でない。農 村と対比していわれる都会地といわれるものについても.実は建基法︵四八条︶によれば、用途地域として、住居地 域、商業地域、準工業地域又は工業地域等の指定がある.右に商業地域以下の地域については、土地の有効利用の観 点または土地の有価値性・騰貴性等の観点から民法二三六条の慣習の存在を認めうる場合もあろうし.現に民法二三 六条の慣習の存在を市街地の建物の密集している地域について肯認した判例もある。そうだとすれば民法二三四条の 存在は、農村に対比しての意味における都会地のうち.右住居地域については判旨は妥当するが、右に商業地域以下 の地域に指定された土地の有効利用をも、必らずしも一概に阻害するとはいえないと考えるので、同条の存在が農村 においてはともかく都会地においては右土地の有効利用を阻害するものであるとする判旨は、疑問におもう。  ︵2︶ 建基法六五条は、まさしく一定の地域内で、一定の構造のものについての特則である。  ﹁店舗、住宅が密集している市街地、とくに木造建築物が建ち並んでいる地域における火災は大火災となるおそれ がある。そこでこのような地域の建築物を大火災から守るために消防設備の整備よりも、まず建築物自体を火に対し て強いものにする必要がある。かかる趣旨から、都市計画決定により設けられるのが防火地域と準防火地域なのであ る︵建基法六〇条参照︶﹂︵註二二︶。  よって判旨が建基法六五条は、一定の地域︵例えば、防火地域または準防火地域︶内⋮⋮については、例外とし

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て、土地所有者に対し、右土地︵建物敷地︶の有効利用を認めたものというべきである、とするのは疑問におもう。 また建基法には、六一条︵防火地域内の建築物の制限︶、六二条︵準防火地域の建築物の制限︶、六三条および六四条 の各規定が存在している。六五条は、 ﹁⋮⋮建築物で、外壁が耐火構造のものについては、その外壁を隣地境界線に 接して設けることができる﹂とする規定である。右規定を、例外として、土地所有者に対し隣地境界線附近の建築制 限を緩和し、以て右土地︵建物敷地︶の有効利用を認めたものというべきである、とするのも疑問である。  防火、準防火地域は、あくまでまず建築物自体を火に対して強いものにする必要から設けられた地域であり、また 右地域は、通常、市街地であり、とくに木造建築物が建ち並んでいる地域であろう。けれども建基法六五条の趣旨 は、実質的には前記の理由からである。したがって判決理由にいうがごとく、建基法六五条は⋮⋮例外として、土地 所有者に対し隣地境界線附近の建築制限を緩和し、以て右土地の有効利用を認めたものというべきである、とするこ とは疑問である。したがってまた建基法六五条は実質的にも民法二三四条一項の特別法であるといわなければならな い、とすることも疑問であると老える。  ︵二︶ 裁判例︹3︺について  ︵1︶ 建基法の目的ないしその一般的性格および同法第五節防火地域に包摂される六五条の論旨は、いずれも正当 である。後者のうち六五条については、主位に防火という公益上の観点をとらえて、土地の合理的な高度、効率的利 用を図ろうとする趣旨である、というからである。  ︵2︶ 民法二三四条一項は、わが国古来の慣習を成文化したに止まるのであるから、建基法六五条は、右民法の規    違法建築による生活妨害に関する一研究      二二

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   東洋法学       一四 定に対する特則を定めたものであって、したがって相隣関係にある土地についても、所定の要件の下に、つまり防 火、準防火地域に指定されている地域であれば、相隣者に対し建築物の外壁を耐火構造のものにすれば、その外壁を 境界線に接して設けることを許容したものと解すべきである、とする論旨も正当である︵この点は、前記︹2︺の裁 判例とは、右両法条の把握の仕方が異なるのであるから、筆者は、前者の裁判例は妥当でないが、後者の裁判例は正 当とおもうものである.  ︵三︶ 裁判例︹4︺について  ︵隻︶ 本件は、前記裁判例挙示にあるごとく昭三四年仮処分決定に対する異議事件である。筆者の裁判例抄録のう ち、民法二三四条と建基法六五条との関係について.建基法六五条は、右民法の規定の特別法である旨判示した一番 古い裁判例である。本判決は、いわゆる簡裁判決ではあるが、右の意味においては、先鞭的︵古典的︶価値を有する とおもわれる。  ︵2︶ 判例時報に記載されている主文によれば、 ﹁当裁判所が債権者債務者間の昭和三十四年︵ト︶第四七号不動 産仮処分命令申講事件につき昭和三十四年五月一麟に為した仮処分決定は之を取消す。﹂ とあり、同二項には﹁債権 者の本件仮処分申譜は之を却下する。﹂とある。右判決理由にあるごとく、﹁右債務者の右建築は、建基法六五条によ り許容きれた﹂全く﹁合法的なものと云わねばなら搬。﹂ からである。よって本件における債権者のいう﹁右一尺五 寸の空地を存しないと、⋮⋮境界に接して建築することは、権利の濫用である﹂との主張は全く失当であったという ほかはない。したがって判決理由も、右につづいて、 ︸、債権者のそのような必要︵筆者註・ふん尿汲取に支障を来し

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又、非常の際に困難である︶は他人の土地を使用することを合理化するものとは考えられないから採用の限りでな い。﹂と。まことに明快であるとおもう。  ︵2︶ けれども右につづいて、 ﹁そこで、本件仮処分決定は存続すべきでないからこれを取消し債権者の該仮処分 命令申請を棄却せねばならぬ。﹂との判示部分は、前記主文二項に判示のごとく、﹁却下﹂と記載しなければならなか った。この点は、右判決理由の説示からしても、当然、却下と判示すべきであった。また本来は本件仮処分決定は出 されるべきでなかったにもかかわらず仮処分命令を出してしまったのであるから、該仮処分決定はこれを取消し、該 仮処分命令申請は却下すべきであったからである︵ちなみに、本件債務者代理人は、主文二項同旨の判決を求めてい ることも参考にされる。︶。  ︵四︶判例評論について  ﹁建基法の諸規定の性格は種々であり、﹂とされるのは、 本稿第一序説において違法建築の態様として述べたとこ ろは、建基法の規定の性格の多様性を前提としているのであり、それと民法の規定との連結点とを検討した結果であ るので、妥当である。したがってまた、 ﹁その保護目的の射程範囲や他の法規への影響は、各条につき個別的吟味を 要する。﹂とされるのにも、賛成である︵ただ、その保護騒的の射程範囲や、とされる部分は、 若干不鮮明のように おもわれる。︶。  けれども﹁たとえば、相隣関係でも、建基法六五条は、その所定の要件の下で、民法二三四条の五〇センチメート ルの距離をおくべき定めを排除すると解される。﹂とされるので以下老察する。    違法建築による生活妨害に関する一研究      一五

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   東洋法学      

一六  建基法六五条にその﹁所定の要件﹂は二つあると考える。その一は、防火、準防火地域内にある建築物であるこ と、その二は、建築物の外壁が耐火構造のものであることである。したがって右にいわゆる﹁その所定の要件﹂は、 右にその一、その二の要件を充たすことを指示されてのこととおもう。ただ、民法二三四条は、 ﹁建物を築造するに は﹂法定﹁距離を存することを要す﹂と規定するのみであって、建物を築造する土地についてはいわば無限定なの である。したがって右土地が.建基法六五条にいう防火、準防火地域に存する場合には.まさしく妥当する。しか し.右土地が防火、準防火地域以外に存する場合には.そもそも建基法六五条の所定要件である.その一の要件を欠 歓するのであるから、 ﹁たとえば.相隣関係でも.建基法六五条は.その所定の要件の下で、民法二三四条の⋮⋮定 めを排除すると解される。﹂とされる部分は、 建基法六五条の適用をみる前提要件を欠猷することにならないかと考 える。 ︵註 ︵註 ︵註 ︵註 ︵註 一︶遠藤浩教授・成田頼明教授編 建築の法律相談︵有斐閣︶四臨O頁以下参照。   ︵なお、本稿に引用する場含、右に話し書葉で記述されている部分は、覇語体に書き改めた。ただし.文章に特別の   ニユアンスがあるとおもわれる場合には正写した。︶。 二︶この点にっいては、本稿第三・三﹁生活防害の効果についての研究﹂参照。 三︶法律学説判例総覧・民法物権編上八八七頁以下参照。 照︶その詳細については、前掲相談・四三六頁以下四三七頁参照。 五︶躇離と高さとの関係いかんによっては、たとえば、一米または一・五米の距離にある二階建の窓からはその隣地に所

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︵註 ( (

註註

︵註   在する屋内はのぞき見されないが、三米または二・五米の至近距離に右建築物を建築した場合には、却って、のぞき   見される事実を生じる。近い将来に建基法の改正があり、建ぺい率等の大巾な改正があることを見込し、その際に、   増改築をすることを予定しているか否かは、ここでは閥題にしない。 六︶神戸地裁伊丹支部昭四四︵ヨ︶一六号、二五号、一二一号、各不動産仮処分申請事件判決事実第一!回、軽犯罪法一   条二三号各参照。 七︶前掲相談・二二八頁参照、右︵︶印の該当箇所を○印で示すようにすればよい。 八︶ ︹ま︶東京地裁昭三七︵モ︶一二八〇二号具建基法は民壬二四条の特則か、昭38・7・鍵民九部判決、却下、 ︹判例   時報︵以下判時と略記︶三四七号二二頁以下︶。 九︶はじめに。以下において裁判例を研究するにあたっては、原則として、本稿に︵註 ︶の部に抄記した部分に限って   研究することにする。したがっていわゆる﹁判例批評︵評論︶﹂とは、若干、その趣きを異にする。    ︹2︺東京地裁昭三七︵ワ︶七三八四号盤土地境界線附近の建築に関する民⋮二四条と建基法六五条の関係、昭菊.   2・絡民一四部判決、棄却、 ︹判時四一五号二七頁以下︺。    ︹2︺の判決は、つぎのように判示する。    ﹁民法壬二四条一項と建基法六五条との関係について判断する。右両法条の関係については、民法にも建基法にも直   接これを明確にした条文は存在しないが、右両法条の文言のみを比較すれば、民法壬二四条一項は隣地との境界線附   近の建築制限についての一般法であって、建基法六五条はその特別法ないし例外規定であること、明らかである。し   かし、右両法条の関係は、単に法文のみの比較だけではなく、更に両法条の立法趣旨その他を考慮して、実質的にこ   れを決定しなければならない。    そこでまず、民法⋮二四条一項の立法趣旨について考えてみると、同条は相隣接する土地所有者相互の生活上の利   益の保護およぴ防火等の便宜よりする公益上の要請を考慮したものというべできある。⋮⋮しかしながら、同条の存   在は、農村においてはともかく都会地、特に商工業の経営やその発展上土地が重大な意義を有する地域においては、 違法建築による生活妨害に関する一研究      一七

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東 ︵註一〇︶ ︵註一一︶ 洋法学      一八 右土地の有効利用を阻害するものであることはいうまでもない。  これに対し、建基法六五条は、一定の地域︵例えば防火地域または準防火地域︶内にある建築物で、一定の構造の ものについては、例外として、土地所有者に対し隣地境界線附近の建築制限を緩和し、以て右土地︵建物敷地︶の有 効利用を認めたものというべきである。⋮⋮そうすれば、建基法六五条は実質的にも民法壬二四条一項の特別法であ るといわなければならない。﹂  ︹3︶東京嵩裁昭臨○︵ネ︶臨一閥号蓑建基法六五条の規定は民二三麟条の特則にあたる、隣お・隻・綴民五部判決 控訴審における新講求棄却、原審東京地裁. ︹判時五一九号五〇頁以下︶.  ︹3︺の判決もつぎのように判示する、  ﹁おもうに建基法は麟民の生命健康及び財麓の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資するために.建物の敷地、 構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めた法律であるから.⋮⋮一般的には、建物所有者及び建築主相互間の 建物建築にともなう私的権利関係を規律することを慮接演的とするものとはいえず、同法第五錦防火地域の諸規定の 内容も、その殆んどは、右の観点から新たに建てられる建物の建築に公法的制隈を加える趣旨のものと解せられる。 しかしながら、同法六五条が、防火地域または準防火地域にある建築物で外壁が耐火構造のものにっいては、建築物 の外壁を隣接地との境界線に接して設けることができると定めているのは、⋮⋮防火という公益上の観点からしてな んらの支障がないものとし、相隣者の立場をも考慮したうえ、かような地域に属する土地の合理的な蕎度、効率的利 用を図ろうとする趣旨に出たものと解するのが相当であるから、右法条は、わが国古来の慣習を成文化したに止まる 民法二三瞬条一項の規定に対する特則を定めたものであって、相隣関係にある土地についても所定の要件の下におい て、相隣者に対し建築物の外壁を境界線に接して設けることを許容したものと解すべきである。﹂  ︹4︶生野簡裁昭三四︵サ︶一六五号擁民⋮二四条と建基法六五条の関係、昭誕・6・2判決、取消、 ︹判時一九八 号四三頁以下︺。  ︹墨︶の判決は、つぎのように判示する。

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    ﹁債権者は債務者が右境界線に接して建物を建てることは、民法ヨニ四条に違反するので境界線と一尺五寸以上の距     離を存置して建築せよと求めるのであるが、特別法たる建基法六五条によれば右民法の規定の例外として、右債務者     の右建築は建基法六五条により許容された合法的なものと云わねばならぬ。﹂ ︵註一二︶好美清光助教授﹁日照妨害と建基法違反⋮⋮二建基法と民法との関係﹂ ︵昭四一︶︹判時四四四号・判例評論︵以下     判評と略記︶九一、一一頁以下︺参照。 ︵註コ5前掲相談・一七一頁参照。

第三 生活妨害に関する研究

生活妨害の態様︵内容︶・本質論の研究

 ω 第一説として  ﹁ 生活妨害 音響・震動・媒煙・臭気・田光の遮蔽等による生活妨害は、所有権の侵害ともいえるが、実質的に は、身体的自由ないし精神的自由の侵害であることが多い。 ︵申略︶この問題は、わが国では、いちおうは加害者側 の正当な権利行使の範囲内であるが、場合によっては権利濫用となり、権利濫用によって他人の利益を侵害すれば違 法性があるという老え方が強い︵たとえば、大判大八二二・三の有名な信玄公旗立松事件︶。 ︵中略︶ ところで、実 際にどの程度までの侵害が一般に受忍すべきものとして違法性をもたないかについては、基準を立てることがきわめ     違法建築による生活妨害に関する一研究      一九

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   東洋法学       二〇

て困難であり、社会生活上の良識によってきめるほかはない。 ︵下略︶﹂ ︵註一四︶。  ﹁ 人格的利益 ω人格的利益 民法七一〇条は財産権の侵害のほかに、身体・自由・名誉の侵害が不法行為にな ることを明らかにしている。これは、必ずしも限定的列挙でなく、例示と見てよいと思われ︵鳩山・八七九頁、我妻 ・二二四頁︶、 直接ここにあげられたもののほかに、貞操・氏名・肖像などもこれに加えてよい。これらは、人格的 利益と総称するこ煮ができ灘.それ疹は、身体権・蔭由権・名誉権の権利の名をもって呼ぶのに必ずしも適しないも のであり.権利侵害から違法性への転換に際しては.その論拠の一つとされた、しかし、これをまとめて.便宜上、 人格権と呼んで零しつかえない、  働その分類 ここに含まれるのは、生命・身体・身体的自由・貞操など人の身体的側面に関するものと、名誉・信 用・氏名・肖像・精神的自由など精神的側面に関するものとに大別される。﹂︵註一五︶。  ﹁ 権利の濫用 ω権利監用と違法性ある行為が正当な権利行使の範囲内であれば違法性がないことは当然である が、形式的には権利の行使の形をとりながら、実質的に正当な権利行使の範囲を逸脱している場合には、権利濫用の 問題を生じる。 ︵下略︶。  働権利濫用の態様 判例は、生活の不法妨害○一.一ーサンスy鋸穫利濫用の問題として取り扱ってきている。︵下略︶﹂ ︵註皿六︶Q  翻 第二説として  ﹁その地域に適合した高さと建蔽率をもって隣人にある程度の日照・通風を確保すべきだという要請は不当ではな

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い。かくて、日照妨害建物の違法性は、結局、被害の種顛・程度、地域性、加害行為の態様︵建築の目的、害意の有 無、回避可能性︶を総合して判断すべきであろう。それは結局、利益較量について格別の配慮をなすべきは別とし て、日照妨害を他の﹁侵入﹂的ニュ⋮サンスと同じ取り扱いをするというに帰する。 ︵下略︶﹂ ︵註一七︶。  ③ 第三説として  ﹁三、日照妨害の法的特異性 ⋮⋮諸判決は、妨害排除についても損害賠償についても、日照通風妨害を、騒音・ 震動等の流入による生活妨害と同一視した処理の仕方をしている。しかし、⋮⋮何人も他人の土地建物へ媒煙・騒音 ・震動等と有害物を放散・流入きせる権利はなく、この場合被害者が自己の土地建物の所有権ないし占有権侵害とし て妨害排除および損害賠償を請求しうるのは、伝統的理論からしても当然である。ただ、当事者双方の具体的諸事情 の比較衡量で社会生活上受忍すべき程度のものだと評価される場合には、客観的に違法性なしときれうるにすぎな        ヤ   ペ   ペ  ヤ   ペ   ペ   ペ   ペ   ヤ   ペ い。これに反し、日照・通風つにいては、⋮⋮﹁他人の土地を横切って光を受ける権利というものは、財産権︵鷲? も段蔓︶に当然に付随するものではない﹂︵ω巴簿窪9ピ雪く亀60蓉9呂爵&●伽総︵鱒︶︶  その意昧で、日照唇通風は、媒煙・騒音等の流入によるいわゆる積極的侵害と異なり、むしろ、伝統的な物権的講 求権ではカバーしえず明文規定をおかぎるをえなかった隣地通行権や隣地への排水権︵民二〇九以下︶などとこそ類 似のものであり、民法典は日照・通風の確保までは意図しなかったといえる。したがって、妨害排除を所有権、占有 権侵害として理由づけるのはやや苦しい。むしろ卒直に、快適な生活の侵害として人格権に基づく妨害排除という方 向でとらえられるべきであろうし、しかも安易にその保護を承認すべきではあるまい。損害賠償においてもまた、他    違法建築による生活妨害に関する一研究       二一

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の諸生活妨害と異なり、諸事情の比較衡量ではきわめて慎重な態様が要求されぎるをえない。﹂ ︵註一八︶。  ㈲ 研   究  ︵一︶ 生活妨害の位置  生活妨害を、筆者は、加害者側の権利濫用の問問として取扱う。したがって判例の立場と同じである。  ︵二︶ 生活妨害の態様︵内容∀特異性  ︵黛︶ 第一説は.生活妨害として音響・震動・媒煙・臭気・縫光の遮薇を列挙する。第三説は、麟照通風の妨害 ︵消極的性格︶を、騒音・震動・媒煙等の有害物の他人の土地へ放散・流入による積極的侵害︵積極的性格︶と区別 し、その点に両者の特異性があるとする.第二説は、賑照に採光・通風を含めるほかは第一説に同様とおもわれ、第 三説のごとき特異性はないとする。  ︵2︶ 右に分類を試みたうちでは.第二説が.通風を濤照に含めるのであれば疑問である︵通風は、欝照と余り関 係を有しない。風は東西南北から吹くのであるが.太陽は南側から照る。したがって採光を嚴照に含めるのであれば 疑問はない。︶。第三説は、理論的には確かにそのような特異性はあるが.筆者は、生活妨害を権利濫用の問題として 取扱い、右に生活妨害の態様である臼照通風とその他の生活妨害とを区別し.その特異性を認め、したがってその効 果を異にすると解するまでの必要性はないと老える。第一説を採る。  ︵3︶ 筆者は、生活妨害の態様︵内容︶として、日照・通風・採光.騒音︵音響︶・震動、媒煙・臭気のほかに.い わゆるのぞき見する妨害を含める︵右に﹁騒音︵音響︶﹂としたのは、両者は通常一致するが、音響は、主として、

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たとえばラジオ・テレビの音声、犬の鳴き声、私道・玄関附近における入声等を意味し、右音響も生活妨害になる場 合がありうることを意味する。︶。

 ︵三︶人格権

 生活妨害の態様︵内容︶を考察すると、それらは︵のぞき見する妨害も含めて︶いずれも人の身体的自由ないし精 神的自由に関係があり、その侵害であるといえる。右に人の身体的自由ないし精神的自由は、名実ともに人格権とい える。そして生活妨害は右の意味における入格権の侵害であると老える。

 ︵四︶生活妨害

 筆者は、生活妨害は、加害者の支配する土地の隣地ないし至近距離にある被害者の支配する土地または屋内に影響 を及ぼす臓照・通風・採光、騒音︵音響︶・震動、媒煙・臭気およびのぞき見する妨害︵阻害︶の程度が、被害者に おいて社会通念上一般に受忍される限度を超える場合には、加害者の正当な権利行使の範囲内といえないので右加害 者は権利の濫用となり、その結果、右被害者の有する人格権に対する侵害として違法性があり、過失があれば、不法 行為を構成すると考える。  ︵五︶ 不法行為の構成  人格権の侵害が右に不法行為を構成すると考える理由は、民法七一〇条は、財産権の侵害のほかに、身体・自由・ 名誉の侵害が不法行為となることを明らかにしている。この七一〇条を条文上の根拠とする。そしてこれは限定的列 挙ではなく、例示とみて、直接ここにあげられたもの以外に、貞操・氏名・肖像などもこれに加える。筆者は、右に    違法建築による生活妨害に関する一研究       二三

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   東洋法学       二騰

自由・身体的自由ないし肖像・精神的自由に、のぞき見されないことを包含きせて、ここに解釈上の根拠を求めるか らである。 ︵前註六参照︶。そして右生活妨害の態様︵内容︶は、人格権の侵害であると解するのである。

二 生活妨害における故意・過失と違法性ならびに因果関係の研究

ω 受認限度による過失の再構成       な  ペ       ゼ  ペ  ペ  す  ぺ  ん  ﹁筆者は、バ         、結果回避義務であり、具体的には受認限度を超えた損害を近隣者に与えな いよう措置する義務︵作為および不作為︶である、と解すべきものと思う..﹂︵註一九︶とする説がある。 図 研   究  ︵一︶ 故意と過失  故意による生活妨害は、相隣者同志間の感情等の衝突の結果等余程の例外的な場合以外はありえない。ほとどは. やはり過失による生活妨害であろう。  ︵二︶ 不法行為の構成  生活妨害による不法行為の構成には、︵1︶主観的要件としての故意過失、︵2︶客観的要件としての違法性︵加害行 為が違法性あるものであること︹“権利の濫用も違法性を帯びる場合がある、権利の濫用の許きれないこと︵民法一 条三項の明文︶.、︺眞権利侵害ないし被侵害利益としての入格権。︶と損害の発生とが必要であると考える。

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 右に違法性の割註部分に、権利の濫用も違法性を帯びる場合があるとは、いわゆる受忍限度論をとることを意味す る。すなわち加害者の生活妨害︵阻害︶の程度が、被害者において社会通念上一般に受忍される限度を超え加害者の 正当な権利行使の範囲内といえない場合である。  ︵三︶ 生活妨害における過失  生活妨害における過失とは、受忍限度を超えた生活妨害の結果たる損害︵財産上・精神上の損害︶を被害者の支配 する土地または屋内に生ぜじめないようにする結果回避義務であると解する。したがっていわゆる受忍限度論をとり つつ、過失に言及する裁判例︵本稿後記︹6︺の判決︶の立場を正当として支持することになる。  ︵i︶ 受忍限度の内容について、重視すべき度合の強い事情から列挙するとつぎのようになると老える。  ①加害者による公法的基準ないし私法的規定遵守の有無、②土地または家屋の利用・居住の先後関係、③当該場所 の地域性、④被侵害利益の性質と被侵害利益の侵害︵阻害︶の程度の重大性、⑤加害行為の態様とそれに対する社会 的評価、⑥被害者の損害回避可能性と加害者の損害︵妨害︶回避︵除去︶のためにとった措置︵損害防止措置︶とな る︵あくまで︵註一九︶における記述を参考にしたが、書き加えた部分がある。︶。  ︵2︶ 被害者救済の完全性  右に列挙の諸事情のうち、①②③は重視すべきであり、④⑥は注意を要する。とくに本稿は、生活妨害を取扱い、 公害問題は取扱わないので、結局、被侵害利益としては人格権である。また被侵害利益の侵害︵阻害︶の程度の重大 性ということは、被害を蒙ったとする者と加害を与えていないとする者、換言すれば、被害者と加害者という立場の    違法建築による生活妨害に関する一珊究      二五

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   東洋法学      

二六 本来的相違から.誰、してまた訴訟となった場合における裁判所の右事実の認定如何という右三者間の物の見方、考え 方の相違から微妙な差異を結論において生ずることのあることは注意されねばならない。被害者救済の完全性という 視点からみれば.被害者の人格権侵害という事実は、金銭による損害賠償により償いうるものではない。元来、加害 者の社会通念上一般に受忍される限度を超える阻害は.自己の正当な権利行使の範囲内とはいえないのである。した がって被害者に損害融避可能性を求めるよりも.むしろ.加害者が損害防止措置を完全に措置する、作為・不作為の 義務にこそ求めるべきである.被害者に損害回避可能性を求めるこ払鵜は、絶無ではない払㍍しても、酷な結果となる場 合もあろう︵生活妨害が、あとから発生した場合であるにもかかわらず.右生活妨害から避難するには、転居する以 外しかないとおもわれる場合など、︶.  右④⑥のことをふまえ、そして重視すべき事情としての①②③は.客観的考察の可能な事柄である︵たとえば、証 拠方法としての、確認申請書・登記簿謄本・住民票をみれば、①②③の各事情が判明するであろう。︶。そして右諸事 情︵①②③︶の結果が加害者に不利益な帰責事由として作用する場合には、それはとりもなおさず加害者の権利の濫 用であったことに帰するのであり、民法の基本観念︵民一条三項︶に照なし許されないと考える。  ︵3︶ 生活妨害における紛争の特殊性  損害発生原因主体の複数である場合・被害発生後の科学的方法による原因究明を要する等の公害訴訟の場合は別論 として、日常生起する相隣関係ないし生活妨害における紛争は、第一に、被害者の訴の提起は、余程の場合でなけれ ばなされないのが通常であろう。第二に、加害者を除く被害者を含む近隣者聞に、生活妨害、建基法に関する知識、

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人格権ならびに近時提唱されるに至ったいわゆる環境権に関する権利意識の普及ないし拡大化の風潮が醸成されつつ あるともおもわれる。いま加害者と厳しい解釈︵判決︶も後日右加害者は、結局、被害者の立場に立たされよう。こ のことをおもえば、裁判所︵無論、事案の性格によることではあろうが、︶ の積極的姿勢と訴訟の迅速化等が期待さ れる。  ︵四︶ 因 果 関 係  生活妨害による被害における因果関係は、当該被害地域を検証すれば容易に認識しうる。裁判官の自由心証主義 ︵民訴法一八五条︶に基づいて右因果関係の存否は決定される︵註二〇︶としても、前記の諸事情︵①②③・④⑥・ は、とくに注意されてよいど老える。

三 生活妨害の効果についての研究

 ω 損害賠償講求権  生活妨害に対しては、不法行為による損害賠償請求権を生ずる。但し、右に損害賠償は、精神的苦痛に対する慰籍 料の請求である場合が通常である。生活妨害は、人格権の侵害だからである。  すなわち生活妨害は、不法行為を構成し、不法行為の効果として損害賠償の請求をなしうるのである。したがって 生活妨害により財産上の損害を蒙った被害者︵たとえば、日陰になったことによる土地の価値の低落︶は、右財産上    違法建築による生活妨害に関する一研究      二七

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二八 の損害を民法七〇九条に基づいて講求できる理である︵しかし現実には、日照︵欝照妨害︶と右日照妨害により土地 の価値がどれ程低下したかの右損害を金銭に算定することの困難性は別論として、右算定が可能で、かつ訴訟上右損 害の立証ができた場合には、右財産上の損害賠償請求は認容されてよい理である。︶。  働 生活妨害排除ならびに予防講求権  ︵一︶ 生活妨害排除の構成についての学説  生活妨害排除の構成についての学説を分類する︵薩二▽.  人格権説、物権的講求権説、生活妨害鉾除権説.不法行為説、罠照妨害の消極的侵害という性質を重視しての人格 権説、藤照妨害の消極性を強調しての人格権的構成を排除する説および鶏照が自然の共罰資源である轍とを強調し て、積極的イξシオンと同視しての物権的講求権説等となる。  ︵二︶ 研   究  筆者は、結論的、理論的に人格権説を採る︵ただ、筆者は.生活妨害の態様に、のぞさ見する妨害・騒音︵音響︶ としてラジオ・テレビの音声、犬の鳴き声、私道玄関附近における入声を加えたり、また隣地のみでなくいわゆる至 近距離からうける生活妨害等を加えたりしたので、右第一説に迷惑の及ぶことを回避するために新人格権説と呼称す る。︶。  ︵i︶ 右諸見解のうち、不法行為説は、現になされている違法行為の停止︵妨害排除︶ないし将来なされるべき違 法行為の予防︵妨害予防︶の請求権は.不法行為から直接には発生しない.と解することは、適当でないと考える。

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 ︵2︶ 物権的講求権説については、第一に、 ﹁自説は、結局は人格権でも物権的請求権でもよいと考えている、﹂ と念をおされている部分は、諒解しうる。  第二に、 ﹁日照妨害も含めて、公害がもっぱら人格権的なものに尽きるならば、動植物のためには妨害排除はなし えないということになろう。物権者にとっては、人格権よりむしろ物権によって包括的保護を取得しうるのである、﹂ とされる。  しかし、公害がもっぱら人格権的なものに尽きるならば、動植物のためには妨害排除をなしえないということにな ろう、とされるのは疑問である。まず、動植物は、権利の客体であり、権利の主体たりえない。また動植物には、本 来的に人格はない。したがって公害が動植物に影響を与える場合に、人格権に基づく公害︵妨害︶排除をなしえない ことは、もとより事物自然の道理であって、これを論拠として生活妨害︵公害︶排除の構成を物権的請求権説でなけ ればならないとするのは、結局右論拠としてよりも、比喩的説明にすぎたかとおもわれる。つぎに、右のような場合 においては、通常は動植物の支配者に、財産上、精神上の損害賠償ないし慰籍料の請求権を認める程度にとどめられ ると解するのが社会生活の良識上相当かと老えるからである。  第三に、 ﹁さりとて、人格権的構成を排して、物権的請求権でなければならないという硬直な立場はとりえない。 公害が直接に人間に被害を与える場合が普通だということは否定できない事実である、﹂とされる。  右に、公害が直接に人間に被害を与える場合が普通だとされるのは、公害が直接に動植物に被害を与える場合は普 通でないとされるのか︵この場合には、公害と人間に被害という関係は間接になるであろうが、公害が直接に人間に    違法建築による生活妨害に関する一研究      二九

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被害を与える場合が普通だということは否定できない事実であるとされる正当な認識と公害が動植物に被害を与える 場合は、普通でないこと、そして公害が直接に動植物に与える被害は、動植物の支配者がいわば間接の被害者として 損害賠償は講求しうるが、右被害を人格権に基づいて公害︵妨害︶排除はなしえないということ、以上のことが肯定 されることを前提とする。︶ 残念ながら不明におもわれる。動植物のための妨害排除は、人権格説を採れば理論的に なしえないと考える︵筆者の新人格権説によっても同一の理論的帰結となる。が、物権的講求権説を採れば.もと より右妨害排除をなしうるであろう。しかし他方、公害が直接に人閥に被害を与える普通の場合においては.物権 的請求権でなければならないという硬直な立場はとりえないとして.人格権的構成を採られるのであれば、人間と動 植物とに与える公害の各場合における説明は容易になされうるが、こ繊に物権的請求権説は、結局、人格権説色彩 が普通以上に濃厚である説ないしいわば物権的、人格権的請求権説であるということになるのではなかろうかと考え る。  第四に、﹁人格権という概念はきわめて漢然としている.﹂ といわれるが、右概念は、講学上相当程度に確立して いると老える。ちなみに近時提唱された環境権という概念は漢然としているかと考える。あまりに漢然としている利 益に権利の称号を与えるのは、とくに仮処分事件におけるいわゆる被保全権利と仮処分の必要性の存否という裁判所 における判断において、かえって権利保護を求める側にマイナスに作用する場合がある。  第五、ちなみに、昭四五・九・二二朝日新聞記事によると、 ﹁“環境権”という新しい法律上の考え⋮⋮良い環境 を享受する権利と環境の侵害を排除する権利が法律上、住民にある、という理論。これが法律解釈として確立されれ

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ば、住民は、”被害後の補償”、という“受身”の立場から、懸被害の事前防止”という積極的な権利を保障される、 との提案者の説明が注目を浴びた。⋮⋮すでに実際の裁判や理論上でも日照権や通風権、騒音に悩まされない権利な どが確立されているが、これらのすべてを含め自然や生活環境、文化遺産を守る権利が、 ”環境権”で、憲法上では 二五条ですべての国民に保障されている、という主張である。環境権の考えでは、環境を一方的に荒すこと自体が憲 法で保障された権利の侵害になり、侵害された住民は侵害者に対し、侵害を直ちにやめるよう要求できる根拠が生れ ることになる。 ︵以下省略︶。﹂と。  憲法二五条は、いわゆるプログラム規定と解きれている。したがって右規定を具体化する法律が制定されて、はじ めて、憲法二五条にもとずく具体的な権利が発生する。よって﹁環境を一方的に荒すこと自体が憲法では保障された 右環境権の侵害となり、侵害された住民は侵害者に対し、侵害を直ちにやめるよう要求できる根拠が生れることにな る。﹂ とするのは、後日公刊される詳細な文献をみなければ何ともいえない。しかし仮処分を求める場合に限定して 考えると、右に環境権は、現段階では、被保全権利の適格性に欠けると裁判所において認定されないとはいえないと おもう。またとくに、臼照・通風・騒音を除いた生活環境を守るための環境権は、その被侵害利益がさらに抽象的に なるから、それだけ仮処分の必要性の認定においても、消極になきれるかもしれない。あるいはまた右被侵害利益あ りとした生活環境の保護以上に、現在において既に保護され、また将来も保護されるであろう他の利益の方が重大で ある場合があると老えるからである。そして日照・通風・騒音︵実はそれ以外の生活妨害といわれる態様についても ︶については、まさしく理論は確立し、実際の裁判においても、事案に則して裁判所の判決により保護が与えられて    違法建築による生活妨害に関する一研究      三一

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   東洋法学      

三二 いるのである。また露然、文化遺産を守ることについては、藏然・文化財の保全保護関係法による規制がなされてい るのである。もしそうだとすれば、環境権は、現段階においては、本稿に生活妨害の態様︵内容︶のいずれかに相当 する場合に認められる結果となるのではないか、したがってまた被侵害利益として法的保護が与えられるのは人格権 までということにもなるのであって、右に﹁環境権という新しい法律上の老え﹂には同調しえないのである。  ︵3▽ 人格権説については、第一に、 ﹁現になされてい悉違法行為の停止︵妨害排除︶ないし将来なされるべき違 法行為の予防︵妨害予防︶の講求権は、不法行為︵の制度︶から直接に発生しない、﹂ ︵註二二︶とされる。賛成で ある、  第二に、﹁物権の侵害の場合のように.不法行為と題に物権的請求権が生じるならば、それによウて妨害排除ない し妨害予防の請求ができることは当然である。そして、このような妨害排除請求権は、判例・学説によって、物権の ほかに、人格権のような支配権にまで拡張されてきている、﹂ とされる。ただこのような妨害排除請求権ときれる右 部分は、いわゆる妨害排除請求権のほかに妨害予防請求権を含む意味であると、筆者にはおもわれるのであるが、筆 者は、人格権の侵害︵生活妨害︶として右に二つの請求権が発生すると考える。  そして. ﹁侵害された権利ないしは利益の種類・性質によって、あるものは単に損害賠償しか認められないが、他 もののは妨害排除まで認められる、という程度の差があってもよい、﹂ とされる。まず、右に侵害された権利ないし 利益の種類・性質としての人格権の侵害としての生活妨害は、右に他のものは妨害排除︵筆者は妨害の予防までも︶ まで認められる、ものと考えてよい。つぎに、ここに生活妨害は、実は損害賠償の請求だけでは被害者救済の完全性

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の視点からみて、まことに不充分なのである。人格権の侵害である生活妨害は、金銭による賠償によっては償いえな い性質の毛のであって、違法行為の停止︵予防︶がなされねば、被害者救済の完全性はその目的を達しえないと考え る。  第三に、 コ般市民が各種の企業によって受ける⋮⋮侵害が社会生活上の許容すべき限度をこえ︵中略︶それが一 般市民の生活を脅かす程度に達した場含に⋮⋮妨署排除︵企菜活動の停止︶の請求を認める、﹂ とされること、また その場合には、 ﹁私的な妨害排除の問題に委ねることなく、公法的な規制を加えていくのが妥当である。﹂ とされる ことにも賛成である。ただ右の場合は、筆者はいわゆる公害︵問題︶、 公害訴訟の問題と老え、本稿の直接の研究対 象ではない︵ただ、右公害訴訟の場合には、現行法の解釈、運用の画において、たとえば立証責任の転換ないし事実 上の推定法則の活用がなされて、たとえば無過失責任に近づけることは被害者の救済を容易にするものであって、妥 当であると考える。しかし、純粋の無過失責任は、特別法として、明文で無過失責任が規定されるに至る段階になら なければ、現行の民法の基本観念である、過失責任の原則からいって無理であると考える。︶。  ︵4︶ 日照妨害の消極的侵害という性質を重視しての人格権説︵註一八︶は、第一に、 ﹁民法典は日照・通風の確 保までは意図しなかったといえる。したがって、妨害排除を所有権、占有権侵害として理由づけるのはやや苦しい、﹂ とされる。右論証部分は、その後の判決︵東京高裁昭四一︵ネ︶五九号損害賠償請求控訴事件、本稿後記︹6︺の裁判 例︶に引用されたとおもわれる。また右部分は、 ﹁物権者にとっては、人格権よりむしろ物権によって包括的保護を 取得しうる、﹂とされる前記の説明部分︵“︵2︶第二︶とは相反する結論となっている。    違法建築による生活妨害に関する一研究      三三唱

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   東洋法学       三四

 第二に、本説は、﹁むしろ卒直に、快適な生活の侵害として人格権に基づく妨害排除という方向でとらえるべきで あろう、﹂される。  臼照・通風の阻害は、たしかに快適な生活の阻害である。したがって右の快適な生活は、法的保護が与えられてし かるべき独立の保護法益たりうる。よって聞照・通風の阻害は、その快適な生活の侵害となり、それは、!日照・通 風の確保は民法典の意図しなかったところであるが⋮人格権に基づいて妨害排除をなしうるという理由づけを、ある いは卒直にという書葉で表現されたのかとおもう.右に快適な生活の侵害として.に相当する筆者のそれは、結局精 神的鐵晦ないし身体的自晦であることになる︵以上のことは.卒直に.快適な生活の侵害の態様︵内容︶が.籟照・通 風の阻害を含めて種々あることを意味し、その侵害を人格権に基づいて排除するということであろうか。︶。筆者は、 精神的自由ないし行動的自由の侵害の態様︵内容︶は、種々あり、それらが生活妨害という概念に実質的にはふきわ しい、あるいは実質的には等しいと断定してもよいと老え、それらの生活妨害は艮精神的自由ないし行動的自由︹雛 人格権として総称しうる︺の侵害は疑人格権の侵害といえるから、その侵害を人格権に基づいて排除ないし予防請求 をなしうると考える。したがってこのことは人格権の概念の漢然さによるのではなく、いわば生活妨害の態様が種々 あることに基因すると老える。︶。  第三に.本説が、 ﹁容易にその保護︵筆者註・快適な生活妨害として人格権に基づく妨害排除︶を承認すべきでは あるまい。損害賠償においてもまた、他の諸生活妨害と異なり、 ︵筆者註・日照・通風の生活妨害は、︶諸事情の比 較衡量ではきわめて慎重な態度が要求されぎるをえない、﹂ とされるのは、本説の学問的立場からは︵日照・通風の

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妨害の消極的性格を意味して、︶ 止むをえないと考えるが、被害者救済の完全性︵前述︵3︶第二参照︶の視点から は、被害者に厳しすぎる結果となる。  ︵5︶生活妨害排除権説︵註二三︶は、第一に、﹁本件におけるような違法な生活妨害が継続するという場合、既 に発生した損害、将来発生するであろう損害を加害者に賠償させることにくらべて、継続的な損害をもたらす違法な 生活妨害そのものを違法な限度、すなわち受忍限度を超えた限度で停止させることは、被害者の救済として、より重 要なことである。﹂との判旨は、筆者の被害者救済の完全性の視点からいって賛成である︵前記︵3︶第二参照︶。  第二に、﹁生活享受権とも称すべきものが受忍限度を超えて違法に侵犯されたときは、⋮⋮あたかも物権における 物上請求権に類似するところの権利︵生活妨害排除権とも称すべきもの︶が、前記の生活享受権から派生流出すると いうべきである、﹂ との判旨は、前記人格権説の記述にあるごとく、妨害排除ないし妨害予防の請求権は、不法行為 制度から直接に発生しない。しかし物権の侵害の場合のように、不法行為と別に物権的請求権が生じるならば、それ によって妨害排除ないし妨害予防の請求ができることは、理論上当然である。そこで本説は、右に物権に相当するも のとして生活享受権を、物権的請求権に類似するものとしての生活妨害排除権が、生活享受権から派生流出する、と 説くものとおもわれる。右判旨は、不法行為制度をふまえて理論に忠実に、しかも一つの概念を案出された独創性の ある判決である。  ただ前記のごとく、妨害排除請求権︵筆者は妨害予防請求権も含める︶が、判例・学説によって人格権にまで拡張 きれてきていることをおもうと、学説︵ここでは、通説的見解を指すこととして︶はともかくとして、判例︵本説の    違法建築による生活妨害に関する一研究      三五

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