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イギリス保守党政権と学校給食問題

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Academic year: 2021

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滋 賀 大 学 教 育学 部 紀 要  人 文 科 学 ・社 会 科 学 ・教 育 科 学

No.43  pp.101・114,1993 101

イ ギ リス保守党政権 と学校給食 問題

藤  田 弘

The  British  Conservative  Party  and       the  School  M:eal  Service

Hiroyuki  FUJITA 1.は じ め に   本 稿 は 、イ ギ リス の 福 祉 国 家 形成 、確 立 期 に 、 これ と並 行 して成 立発 展 した 公 的 機 関 に よ る学 校 給食 サ ー ビ スが 、1979年に は じま る保 守 党 サ ッ チ ャー 政 権 の 下 で 政 策 的 に ど う位 置 ず け られ 、 どの よ うな 改 革 が な され た か 、 ま た 、 こ の 改 革 は どの よ うな 影 響 を与 え、どの よ うな意 味 を持 っ て い た か に つ い て 考 察 す る こ とを 目的 とす る 。   さて 、 イ ギ リス に お け る福 祉 国 家 建 設 の起 点 や 時 期 区分 、 発 展 形態 につ い て は 種 々 の議 論 が あ ろ うが 、20世 紀 に入 りそ の実 質 的 な 歩 み が始 ま り、第 二 次 大 戦 中 お よび 戦 後 に お い て 、確 立 、 発 展 した こ とは周 知 の 通 りで あ る 。 こ う した福 祉 国 家 建 設 に際 して 、 教 育 はそ れ を 支 え る重 要 な柱 の 一 つ で あ り、公 的 教 育 を整 備 拡 充 し、蔑国 民 に対 し教 育 を保 障す る こ と は 、 政 府 の 重 要 な 政 策 とな っ た 。 政 府 は 、 国 民 の 教 育 を 実 質 的 に 保 障 す る た め に、 こ う した 教 育 政 策 の 一 環 と し て 、 い わ ゆ る 教 育 福 祉 政 策 を推 進 す る が 、 これ らの 政 策 は 福 祉 国 家 に お け る教 育 サ ー ビス の 特 性 を よ り明 瞭 に 示 す も の で あ っ た 。か つ て 、ロー ンデ ス(G.A.N.Lowndes)は 、 「イ ギ リス教 育 の 持 つ 諸 特 質 の うち 、 他 国民 が普 通 あ る程 度 の 理 解 困難 を感 じ る も の の 一 つ は、 教 育 に対 す る 公 的 サ ー ビス が 非 常 に 多 くの 福 祉 的 サ ー ビ ス の 責 任 まで も含 み 込 み それ を遂 行 して い る こ と、 し か もそ れ は 児 童 の 全 生 活 や 家 庭 と学 校 との 関 係 に まで 関 わ りを持 っ て い る こ とで あ る。」と述 べ     ロ  た が 、 戦 後 の イ ギ リス が 、福 祉 国 家 の 旗 印 の 下 、 独 自の 公 的 な 教 育 サ ー ビス を発 展 させ て き た こ とは 、 よ く知 られ て い る こ とで あ る 。   この よ うな教 育 福 祉 政 策 の 中 で も 、 と りわ け 学 校 給 食 の提 供 は 教 育 保 障 の基 底 的 部 分 と して 重 要 な 意 味 を持 っ て い た 。 公 的機 関 に よ る学 校 給 食 の 提 供 は 、 部 分 的 に は19世 紀 にお い て も見 られ るが 、20世 紀 に入 り漸 次法 制 化 、 制 度 化 が 進 み 、 や が て 、 第 二 次 大 戦 下 、 お よび 、戦 後 に お い て 確 立 、発 展 した 。 こ の確 立 、 発 展 期 に お い て 、 福 祉 国家 建 設 の 大 枠 を前 提 に 、 学 校 給 食 サ ー ビス の 整 備 、 拡 充 につ い て は 、 関 係 者 の 大 方 の コ ンセ ンサ ス が 成 立 して お りも 以 後 、 概 ね こ の方 針 に 沿 っ て そ の 発 展 が 図 られ た 。そ して 、 そ れ は児 童 生 徒 の栄 養 や 健 康 の 改 善 に 多 大 の 貢 献 をな して きた 。   イ ギ リス の学 校給 食 サ ー ビ スの 発 展 につ い て 、 三 好 論 文 は 、「… この よ うに成 立 の 経 緯 に お い て 困難 な 要 素 を妊 ん で はい た けれ ど も、 以 後 の 発 展 の趨 勢 は 、 全 国 的 な 無 償 学 校 給 食 制 度 の樹 立

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102 藤  田 弘 之 の方 向 へ 進 ん で い る こ と を疑 う余 地 は な い 。」と の 楽 観 的 な観 測 を行 い つ つ も 、 な お 公 教 育 保 障 の た め の学 校 給 食 の理 念 が 今 日の 公 教 育 行 政 の 中 に ど の よ うに 根 づ い て い る か を明 ら か に す る           必 要 性 を指 摘 した 。 実 際 、 事 態 は 必 ず し も順 調 に は 推 移 しな か っ た 。 戦 後 の発 展期 にお い て も 経 済 事 情 、財 政 事 情 に よ り制 約 を受 け る 時 期 が 多 か っ た。 しか し、1970年 代 か ら、 イ ギ リス の 経 済 的 苦 境 を 背 景 に して 進 んだ 福 祉 国 家 の 見 直 し、 再 編 の 動 き は 、教 育 一 般 、 さ ら に は 学 校 給 食 を含 む教 育福 祉 サ ー ビス に非 常 に 大 き な影 響 を 及 ぼ した 。 これ らの 動 き の 中 で 、 戦 後 の コ ン セ ンサ ス が こ わ れ 、原 則 そ の も の の 見 直 しが 進 め られ よ う と した の で あ る。 と りわ け、1979年 に 成 立 した保 守 党 サ ッチ ャー 政 権 は 、 ニ ュ ー ・ ライ ト、 そ の他 の イ デ オ ロ ギー を 背 景 に 、 これ らの 福 祉 国 家 の 解 体 再 編 を よ り具体 的 実 質 的 に 進 め よ う と した が 、 こ う した 動 き の 中 で 、学 校 給 食 サ ー ビス も ま た 、極 めて 大 きな 影 響 を 受 け た 。す な わ ち 、"学校 給 食 サ ー ビス を 葬 り去 る こ と を も くろ ん だ 殺 戮 の 法律"と も言 わ れ る1980 年 数 育 法 を は じ め 、 そ の 後 の立 法や 諸 措 置 は 、 戦 後進 め られ て き た学 校 給 食 サ ー ビス の あ り方 を 根 本 的 に 変 え た の で あ る。   福 祉 国家 や 福 祉 的 サ ー ビス の 見 直 し、 再編 、 さ らに は これ と軌 を一 に す る教 育(教 育 福 祉) 政 策 の 見 直 し、 再 編 は 、1970年 代 中 期 か ら1980 年 代 に か け て 、 多 くの先 進 国 に共 通 す る現 象 で あ った 。 しか し、 イ ギ リス の場 合 は これ らが あ る 意 味 で徹 底 して 行 われ た 。 した が っ て 、 こ う した 見 直 しや 再 編 の過 程 で 生 じた 学 校 給 食:につ い て の 議 論や 改 革 の ゆ く え を検 討す る こ とは 、 この 問 題 そ の もの の あ り方 と と もに 、 福 祉 国 家 に お け る教 育 の あ り方 や 再 編 を確 認 す る の に 好 個 の 素 材 を提 供 す る と考 え る の で あ る。   と こ ろ で わ が 国 に お け るイ ギ リス 学 校 給 食 に 関 す る先 行 研 究 と して 、 三 好 論 文 と宮 腰 論 文 を       に  あ げ る こ とが で き る。 これ らの 論 文 は 、 いず れ も20世 紀 初 頭 の 学 校 給 食 の 法 制 化 の 時 期 につ い て詳 しい 。 しか し、 そ の後 の 発 展 や 改 革 につ い て本 格 的 に論 じた も の は 、 筆 者 の調 査 に よ る 限 り、 見 あ た らな い 。 ま た 、 イ ギ リス に お い て も こ の領 域 の 研 究 は 必 ず し も多 く は な い 。   本 稿 は、 以 上 を 踏 ま え た 上 で 、 まず 、 保 守 党 サ ッチ ャー 政 権 の 学 校 給 食 制 度 の 改 革 に 至 る歴 史 的 背:景を 検 討 す る 。続 い て 、 サ ッチ ャー 政 権 下 で 学 校 給 食 につ い て 、 どの よ うな 見 直 し、 改 革 が 行 われ た か を論 述 した 上 で 、 そ れ らは どの よ うな 影 響 を及 ぼ し、 ま た 、 意 味 が あ っ た か を 明 らか にす る。 なお 、本 稿 執 筆 中 に わ が 国 で も 学 校 給 食 の 見 直 しの 論 議 が 沸 騰 した 。 イ ギ リス の 状 況 は 、 これ らの 論 議 の 検 討 に 多 くの 示 唆 を 与 え る が 、こ こ で は 論 が散 漫 に な る の を恐 れ て 、 イ ギ リス の 問 題 に集 中 し、 比 較 考 察 は 改 め て 行 う。 な お 、 こ こで イ ギ リス とは 、イ ン グ ラ ン ド 及 び ウ ェ ー ル ズ を さす 。 2.保 守党政 権下の学校給食 改革 の歴 史的背景 (1)   イ ギ リス に お け る学 校 給 食:の発 展 段 階 につ い て は 、 以 下 の よ うな 時期 区 分 が 可能 で あ る。 即 ち 、(i)自 由経 済 市 場 の原 則 が支 配 し、食 事 の 援 助 が 必 要 な 児 童 に対 して は 慈 善 団 体 が これ を 行 うべ き と され 、 公 的機 関 の 関 与 が 原 則 的 に 受 け入 れ られ な か っ た1906年 以 前 の第1期 、(11) 1906年 の学 校 給 食 法 制 定篭 契 機 と して 、 公 的 機 関 の 限 定 的 関 与 が 進 ん だ1906年 か ら1939年 の第 2期 、(III)戦 時 体 制 下及 び 戦 後 の社 会 福 祉 改 革 の進 展 と共 に 普 遍 主 義 の 原 則 に 立 っ て 全 て の 児 童 に 給 食 を提 供 す べ し とす る考 え が 支 配 的 に な り、 公 的 機 関 が そ の た め の 責 任 を全 面 的 に 引 き 受 け た1940年 か ら1979年 の 第3期,(1V)普 遍 主 義 の 原 則 に 基 づ く学 校 給 食:サー ビス の 提 供 に 終 止 符 を打 っ た1980年 数 育 法 制 定 以 後 今 日に 至 る 第4期 、 の4つ の時 期 で あ る。 この よ うな 区 分 は 大 方 の論 者 の ア 致 を 見 て お り、 こ こで は こ の よ うな 発 展 段 階 を念 頭 に 置 きつ つ 、 第4期 の保 守 党 政 権 下 で の 学 校 給食 改 革 に 至 る 系 譜 や 歴 史 的 背 景 を探 って お こ う。   さて 、イ ギ リス学 校 給 食 史 上 、1906年の 学 校 給 食 法 は極 め て重 要 な位 置 を 占め て い る 。そ れ は19 世 紀 の レ ッセ フ ェー ル 的 イ デ オ ロギ ー 支 配 や 救 貧 法 的原 則 と最 初 に決別 した もの で あ った 。ま た、 宮 腰 の 指 摘 す る よ うに 、そ れ は 、20世紀 初 頭 の 一 連 の社 会 改 革 立 法 の端 緒 とな っ た も の で あ り、イ         ギ リス 「最 初 の 学校 福 祉 立 法 」で あ った 。三 好 は 、

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イ ギ リス保 守 政権 と学 校給食 問題 103 この 法 律 以 前 に支 配 的 で あ った 学 校 給食 に 関 わ る伝 統 的 思 想 を 次 の よ うに 整 理 した 。即 ち 、第 一 に 、親 権 者 の 義 務 の 原 則 で あ り、子 供 の 扶 養 は親 ま た は後 見 者 の義 務 の領 域 で あ り、給食 の提 供 は 親 の 怠 慢 を助 長 す る の で 行 うべ き で は な い と さ れ た 。第 二 は 、慈 善 団 体 に よ る給 食 の原 則 で あ り、 親 が わ が子 を扶 養 す る 責任 能 力 を失 っ た場 合 、民 間 の 慈 善 団 体 に よ る 給 食 の 提 供 に依 存 す べ き で あ っ た 。第 三 は、救 貧 法 に よ る救 済 の原 則 で あ り、 親 権 者 が 無 能 で あ り、かつ 、慈 善 事業 が 不 十 分 な 場 合 救 貧 法 が 適 用 され た 。第 四 に 、受 益 者 負 担 の 原 則 で あ り、か りに公 的機 関 が 公 費 に よ る学 校 給 食 を 行 うに して も、支 払 能 力 の あ る親 に対 して 経         費 を負 担 させ るべ しと され たの で あ る 。これ らの 諸原 則 が支 配 した1906年 以前 にお いて 、地 域 に よ っ て 異 な る が 、学 校(初 等 学 校)に は 欠 食:児童 、栄 養 失 調 児 童 が 相 当数 存 在 し、社 会 経 済 状 況 に よ って は そ の数 は 一 層 増 加 した。彼 らは 虚 弱 、病 弱 な 身 体 と空 腹 に よ り学 校 に通 っ て き て もま とも に 教 育 を受 け る こ とが 出来 な か っ た 。こ うした状 況 に 対 して 、慈 善 団体 や 救 貧法 に よ る救 済 は 極 め て 不 十 分 で あ っ た 。また 、救 貧 法 関係 当 局 以 外 の 公 的 機 関 に よ る学 校 給 食 の提 供 も、1879年マ ンチ ェス ター 学 務 委 員 会 で の実 践 を皮 切 りに い くつ か の 当局 に よ り行 われ た が、それ らは ご く限 られ た も ので あ った 。こ うした 状況 につ い て は次 第 に一 定 の人 々 に よ っ て そ の実 態 が 明 らか に され 、対 応 策 が求 め られ た が 、や が て 政府 も本 格 的 な調 査 を行 ない 対 応 策 の 検 討 を行 っ た 。   1906年 学 校 給 食:法の 制 定 の 背 景 や 経 過 に つ い て は、三 好 、宮腰 両 論 文 が詳 しい 。それ らに よれ ば、 19世 紀 末 か ら20世 紀 初 め に か けて 上 述 の 実 態 を 背 景 に、社 会 主義 諸 団体 が 学 童 の 国家 扶 養 の 要 求 を掲 げ、そ の 一環 と して 普 遍 的 無償 給 食 の法 制 化 を主 張 した が 、これ らは1906年 に労 働 党 が 下 院 で 議 席 を 獲 得 す る こ とに よっ て 国 政 レベ ル で 提 起 され る こ と にな った 。また 、この 時 期 、種 々 の社 会 問題 を解 決 す る た め 有 機 体 的 社 会 観 に基 づ き私 事 へ の 国 家 の積 極 的 関 与 を 主 張 す る新 自 由主 義 が影 響 力 を 持 った が 、この 政 治 改革 イ デ オ ロギー は子 供 の成 長 発 達 を 阻 害す る 要 因 を 除去 して 子 供 の 福 利 を 促 進 し、教 授 学 習活 動 の実 効 性 を確 保 す るた め に 、親 子 関係 へ の 国 家 の介 入 を正 当化 し た 。さ ら に 、伝 統 的 な 考 え を 持 つ 保 守 的支 配 層 も ま た 、ボ ー ア 戦 争 に よ って 明 白に な っ た 、い わ ゆ る 国民 の退 化 問題 を背 景 に 、健 康 な 児 童 は 大 英 帝 国 の繁 栄 に不 可 欠 の もの で あ る との 認 識 に 立 ち 、 一 定 の 譲 歩 を行 っ た。同法 は こ う して 、種 々 の 妥 協 、調 整 の 中か ら成 立 した も の で あ っ た 。   1906年 法 は 史 上 は じめ て 、地 方 教 育 当局 に 管 内 初 等 学 校 に 出席 す る児 童 の た め の 学 校 給 食 に つ き 適 当 な措 置 を 講 ず る 権 限 を与 え た 。ま た 、学 校 給 食 は原 則 と して有 償 で あ る が 、欠食 の た め 十 分 に 学 校 教 育 の 恩 恵 を受 け る こ とが 出 来 な い学 童 に つ い て 、親 の 怠 慢 以外 の 理 由に よっ て 支 払 い が 不 能 で あ る こ と、しか も公 費 以 外 の 費 用 を 充 当 す る こ と が不 可能 で あ る こ と を 当局 が 確 認 した 場 合 に 、当 局 が これ らの 経 費 を地 方 税 か ら支 出 す る こ と を認 め られ た 。確 か に 、1906年法 は 学 校 給 食 に 関 す る最 初 の 立 法 で あ り非 常 に重 要 な も の で あ った が 、これ は 限 界 や 、多 くの 問題 点 を持 っ て い た 。す な わ ち、こ の 法律 は任 意 的性 格 を持 ち 、地 方 教 育 当局 に は な ん らの 義 務 も課 せ られ な か っ た 。また 、給 食 が提 供 され る場 合 で も、有償 を原 則 と し、例 外 的 に無 償 を認 めた に す ぎな い 。さ らに 、 給 食 の 提 供 に つ い て 、な お 私 的 団 体 との 協力 関 係 を 前 提 と して お り、地 方 税 の支 出 は そ の 資金 が 不 足 す る場 合 に 限 られ た 。しか も地 方税 の徴 収 は 最 高 、ポ ン ドあ た り半 ペ ニー の 限 界 が 設 定 され 、国 庫 補 助 は 認 め られ な か った の で あ る 。   1906年 法 の 問 題 点 は そ の 後 い くつ か の 改 善 が 加 え られ た 。す な わ ち、1914年に は 、新 た な 学校 給 食:法が 制 定 され 、こ こ で地 方 税 の 徴 収 規 制 が撤 廃 され 、さ らに 、教 育 院 に よ る 国庫 補 助 金 交 付 の 道 が 開 か れ た 。ま た 、1920年代 に は 、当 時 市 場 で だ ぶ つ い て い た ミル ク を 、給食 を 補 い 、ま た は これ に 代 わ る もの と して 利 用 す る こ とが検 討 され 、私 的 団 体 の 協 力 の 下 で そ の 提 供 が始 ま っ た が、1934年 の 教 育 院 に よ る学 校 ミル ク計 画決 定 以 後、学 童 へ の 低 価 格 又 は 無 料 で の ミル ク の提 供 が 拡 大 され た 。1938年 に は 、教 育 院 に専 門 の栄 養 士 が 任 命 さ れ 地 方 当 局 の 指 導 に あ た る こ とに な っ た 。   と こ ろで 、1906年法 制 以 後1939年 ま で の地 方 教 育 当局 に よ る対 応 は、当局 ご とに ば らば らで あ り、 また 積 極 的 な も の で は な か った 。確 か に、第 一 次 大 戦 や 不 況 、労 働 争 議 の時 期 に 一 時 的 に給 食 の提 供 が 急 激 に 拡 大 した時 期 が あ っ た し、また 、こ の 時 期1906年 以 前 に較 べ れ ば 一 定 の状 況 の 改 善 が

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104 藤  田 弘 之 あ っ た 。しか し、総 じて 当 局 に よ る 給 食 や ミル ク の提 供 は 、限 定 的 な も の で あ り、しか もそれ は 、な お初 等 学 校 に お け る 貧 困 家 庭 の 栄 養 失 調 児 童 や 欠食 児 童 に対 す る サ ー ビ ス に 焦 点 を あ て た も の で あ った 。そ の 際 、無 料 給 食 提 供 の 選 別 は 当 局 に よっ て 行 われ た が 、そ の 手 続 きや 基 準 、さ ら に は 判 定 者 は 曖 昧 で あ り、当 局 ご とに 異 な っ て い た 。 給 食 の 内 容 も十 分 な も ので は な か っ た。学 校 給食 には 種 々 の 点 で 実 態 的 に な お慈 善 的 、救 貧 法 的 体 質 が 残 存 して い た の で あ る 。初 等 学 校 の有 料 給 食 や 中等 学 校 の 給 食:も提 供 され た が 、そ れ ら もま た 極 めて 限 定 的 な もの で あ り、無料 給食 とは 一 般 に 別 の形 で 行 わ れ た 。この 時 期 、種 々 の 団 体 や 学 者 等 が 栄養 科 学 の 発 展 を背 景 に学 童 の 食 料:事情 や 栄養 、健 康 状 態 に つ い て 多 くの 調 査 を行 った が 、 これ らは なお 存 在 す る欠食:児童 、栄 養 失 調 児 童 の 実態 を鮮 明 に し、地 方 教 育 当局 や 教 育 院 の 措 置 の 不 十 分 さを告 発 す る とと もに 、改 革 の必 要 性 を指 摘 した の で あ る 。 (2)   地 方 教 育 当 局 に よ る学 校 給 食 の 提 供 が 急 激 に 拡 大 し、そ れ に根 本 的 な 変 質 が生 じた の は第2次 大 戦 勃 発 か ら終 戦 直後 の時 期 で あ った 。政 府 は こ の 時 期 に戦 争 遂 行 の た め 、ま た戦 争 に とも な っ て 生 じた 国 民 生 活 の 窮状 を解 決 す る た め 、行 政 サ ー ビ ス を見 直 し、種 々 の対 応 策 を検 討 、決 定 した。そ して また 、これ と並 行 して 戦 後 に 建 設 すべ き新 し い 国家 構 想 の検 討 に 着手 した 。これ らの検 討 に あ た って 、戦 時 内 閣 は学 校 給 食 を緊 要 な 問題 の 一 つ と位 置 づ け た の で あ る。   さて 、戦 争 勃 発 後 、次 第 に戦 況 が 激 化 す る と と もに爆 撃 に備 え 、学 童疎 開計 画 を適 切 かつ 緊 急 に 実 施 す る必 要 が 生 じた 。ま た 戦 時 体 制 に 協 力 し、 工 場 で 働 く母 親 達 の 負 担 を 軽 減 す る必 要 が あ っ た 。さ らに また 、食:糧の輸 入 が 阻 害 され 、食:糧事 情 が 悪 化 、逼 迫 す る と と もに 、政 府 は 食 糧 配 給 制 、価 格 統 制 、食 糧 援 助 な どの食 糧 政策 の樹 立 を迫 られ た 。こ う した状 況 下 に お い て 学校 給食 の拡 充 を 率 先 した の は、1940年 に王 爾 尚 書(Lord  Keeper  of the  Privy  Seal)に な っ た ア ト リー(Clement Attlee)で あっ た 。彼 は 、当時 の食 糧 事情 に鑑 みて 、 有 償 、無 償 を 問 わ ず 全 て の 子 供達 に差 別 な く学 校 給 食 を保 障 す べ き こ とを 戦 時 内 閣食 糧 政 策 委 員 会 に 提 起 した が 、食:糧省 が、や が て 教 育 院 が これ に積 極 的 に対 応 した。ま た、給 食 施 設 の 整 備 に建 設 省 が 協 力 した 。こ うして 学 校 給 食 や ミル クの提 供 は 、戦 時 食 糧 政 策 の一 環 に 位 置 づ け られ 、青 少 年 に少 な く と も一 日一 回 栄 養 を補 給 す る手 段 と して重 視 され 、地 方 教 育 当局 へ の 補 助 金 の 増 額 、 物 資 の優 先 的 確 保 、給 食 施 設 設備 の整備 へ の協力 、 給 食 提 供 につ い て の 強 力 な指 導 等 に よ っ て そ の 拡 充 が 図 られ た 。ま た 、戦 前 の 栄 養 科 学 の成 果 を 引 き継 ぎ 、ま た 栄養 専 門 家 の 指 導 の 下 で栄 養 基 準 を 設 定 し給 食 の質 的 な 改 善 が 目指 され た 。これ は ま た 、戦 時 下 に お け る 社 会 的 連 帯 の確 保 と乏 しい 食:糧資 源 の公 正 な 配 分 の保 障 とい う意 味 も も っ て い た の で あ る 。   戦 時 下 に お い て は 、こ うした 緊急 事態 へ の 直接 的 な 対 応 と と も に、これ に並 行 して 、戦 後 の新 し い 国 家 に お け る教 育 サ ー ビ ス の あ り方 の 検 討 も 進 め られ て い た 。そ して 、そ れ らの検 討 の 一 環 と して 、学 校 給 食 の あ り方 も模 索 され た の で あ る。 こ う した 検 討 が始 ま っ た の は 、1940年末 か らで あ     る 。す な わ ち 、教 育 院 内幹 部 官 僚 を 中 心 と して 戦 後 教 育 再 建 検 討 委 員 会 が 組織 され 、や が て そ の 検 討 結 果 を基 礎 に 『戦 後 の 教 育 』と題 す る未 公 刊 の 隷 書 が ま とめ られ 、1941年3月 に教 育 院 総 裁 に提 出 され た 。この隷 書 は学 校 給 食 や ミル クサ ー ビ ス の あ り方 につ い て 明快 で は な か った が 、そ れ らが 学 校 生 活 上 日常 的 な も の に な る こ と、無 料 か 、ま た は 無料 と有 料 の2本 立 て か で提 供 され る こ と、 家 族 給 付 導 入 と密 接 な 関 わ りを持 っ て 制 度 化 さ れ る こ と等 の方 向 を示 した 。この 隷 書 が ま とめ ら れ た 翌 年11月 に 、有 名 な べ ヴ ァ リッ ジ報 告 書 が 発 刊 され た 。この 報 告 書 は 、現 金 、また は 現 金 プ ラス 現 物 支 給 の 形 で 、全 て の 子 供 達 につ い て 家 族 給 付 を行 うべ き こ とを 主 張 した 。そ して 、こ の 報 告 書 発 刊 後 、議 会 や 政 府 でそ の あ り方 につ い て 議 論 が な され た 。こ う した 議 論 の 過 程 で 、現 金 支 給 を補 う もの と して 学 校 給 食 や ミル ク を普 遍 的 に無 料 で提 供 す べ しとの 主 張 が相 次 いだ 。そ して 、当時 、 教 育 白書 を ま とめ て い た教 育 院 の官 僚 お よび 総 裁 のバ トラー も、こ う した方 針 で 戦後 の学 校給 食 や ミル クサ ー ビス の あ り方 を構 想 した 。しか し、 大 蔵 省 は こ うした 方針 を受 け入 れ なか っ た 。結 局 、 教 育 白書 は これ に配 慮 して、学 校 給食や ミル クサ ー ビス拡 充 の方 向 を示 した もの の、この 問題 に つ い

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イ ギ リス保 守政権 と学 校給 食 問題 105 て 明 確 な方 針 を 出 さ な か っ た 。そ して 、教 育 白 書 を基 礎 と して 出 され た1944年 教 育 法案 も こ う し た線 上 で 考 え られ た の で あ る。   1944年8月 に成 立 した1944年 教育 法 は 、第49条 で学 校 給食 につ い て 以 下 の よ うな規 定 を行 っ た。 即 ち 、「文 部 大 臣は 規 則 を設 けて 、地 方 教 育 当局 に 対 し、そ の 維持 す る学 校 、及 び カ ウ ンテ ィ ・カ レ ッ ジ の生 徒 に 、ミル ク、食 事 、そ の 他 の飲 食 物 を提 供 す る 義 務 を課 す る こ とが で き る。この 規 則 に は 、 ミル ク 、食 事 、飲 食 物 の 経 費 支 弁 の方 法 や 、経 費 負 担 者 に 関 す る こ と、建 物 、そ の 他 の 設 備 に 関 す る こ と、ミル ク、食 事 、飲食 物 を与 え る際 に学 校 の経 営 管 理 者 や 教 師 の な す べ きサ ー ビス 、そ の他 の 文 部 大 臣 が 適 当 と考 え る事 項 が 定 め られ て い る こ とを 要 す る。」   とこ ろで1944年 法 成 立 後 、同 年9月 に社 会 保 障 に関 す る 白書 が発 刊 され た 。そ の 中 で 、全 て の 子 供 達 に対 して 週5シ リン グの 家 族 給 付 と共 に 、無 料 の 学 校 給 食 及 び ミル ク の支 給 を 行 う との 方 針 が 出 され た 。これ を め ぐっ て以 後 政 府 部 内 で の検 討 が 続 い た 。そ して 、教 育 院 は 給 食 施 設 や 設 備 の 不 足 の た め直 ち に これ を実 施 で きな い が 、学 齢 児 童 の75%の 者 に 給 食 が提 供 で き る よ うに な っ た ら これ を導 入 す る こ と とし、そ の た め に 目標 を設 定 して 施 設 設 備 の 整 備 に努 力 す る こ と と した 。そ して 、当 面 、食 糧 費 分 の 負 担 を親 に 求 め、また 、こ うし た負 担 の免 除 は 中央 当局 の 承 認 を受 け て 実 施 す る こ と に な っ た 。こ うして 、1945年頃 ま で に 戦 後 の 学 校 給 食 、ミル クサ ー ビス の基 礎 が 固 ま っ た の で あ る 。   以 上 、戦 時 下 に お け る政 府 の学 校 給 食 サ ー ビ ス 拡 充 の た め の短 期 的 、長 期 的対 応 策 につ い て 述 べ て き た が 、これ らは学 校 給 食 の発 展 史 上 以 下 の よ うな 意 味 を 持 っ て い た 。第 一 に、学 校 給 食 サ ー ビ ス が 量 的 質 的 に 改 善 され 、そ の 利 用 者 が 急 増 し、 学 童 の 栄 養 状 態 の 改 善 が 顕 著 で あ った こ とで あ る 。も っ と も 、給 食 サ ー ビ ス拡 充 の た め の 施 設 設 備 の 整 備 や 財 政 的 な 裏 付 け は未 だ 不 十 分 で あ っ た が 、1945年に は 一 日約178万 人 が利 用 し、戦 前 に 比 べ る と利 用 者 数 で7倍 以 上 の伸 び が あ っ た。戦 時 下 のイ ギ リス の食 糧 、栄 養 政 策 とそれ に と もな う児 童 生 徒 の 健 康 や 栄養 状 態 の 改 善 は ア メ リカ 等 か ら注 目 され 、高 い 評 価 を受 け た の で あ る 。   第 二 に 、学 校給 食 サ ー ビ ス が よ り普 遍 化 し、国 民 的 学 校 給食 の原 則 が確 立 され た こ とで あ る 。す な わ ち 、これ まで の よ うに 一 部 の 貧 困家 庭 の 子 供 連 に 焦 点 を 当 て る だ け で な く、希 望 す る全 て の 児 童 に 低 価 格 で 、ま た は 、無 料 で 同 じ給 食 が提 供 さ れ る よ うに な っ た こ とで あ る。こ う して 、ゴ ス デ ン(P.HJ.H.Gosden)の い うよ うに 、「給 食 サ ー ビ ス そ れ 自体 の本 質 が 変 化 し、救 貧 法 の影 は 、福 祉         国 家 的 ア プ ロー チ に道 を譲 っ た 。」そ して 、給 食 は 教 育 制 度 の 一 部 と して 確 立 し、 福 祉 国 家 にお け る教 育 保 障 の 一 環 に 明確 に位 置 づ け られ た の で あ る 。 これ らに つ い て は 、 政 府 関 係 者 の 問 で は コ ンセ ンサ ス が成 立 して お り、 以 後25年 以 上 に わ た っ て これ らの コ ンセ ン サ ス の枠 組 み を基 礎 と して 学 校 給 食 政 策 が 決 定 され 、 行 政 が 行 わ れ た の で あ る。   第 三 に 、 戦 時 下 で 学 校 給 食 サ ー ビ ス を拡 充 、 整 備 す る に つ い て教 育 院 を は じめ 中央 政 府 が 大 き な役 割 を果 た した が 、 こ う した 過 程 で 中央 政 府g優 位 や 強 い 統 制 が確 立 され た こ とで あ る 。 す なわ ち 、 限 られ た財 源 と食 糧 事 情 の 中 で、 専 門 的 な知 識 や 情 報 に基 づ き 、 実 質 的 に給 食 の保 障 を行 うた め に は 中央 政府 の 強 力 な イ ニ シ ャ チ ヴが 必 要 で あ った の で あ り、 こ う した 中央 の 強 い 統 制 は戦 後 に受 け継 がれ た 。 こ の こ と は、 あ る意 味 で は 、福 祉 国 家 に宿 命 的 な こ とで あ っ た 。 (3)   戦 時 下 に お い て 基 礎 が確 立 され て き た 学 校 給 食 サ ー ビ ス は 、 戦 後 福 祉 国 家 の 建 設 が進 展 す る の と並 行 して 、 そ の拡 充 ・整 備 が な され よ うと した 。 しか し、 必 ず しも順 調 に 発 展 して い っ た わ けで は な い 。 そ れ は、 戦 後 の 社 会 、経 済 的 条 件 の 制 約 の 中 で 行 わ れ ざ る を え な か っ た 。学 校 給 食 政 策 は 、福 祉 を重 視 す る か 経 済 性 を重 視 す る かの 優先 順 位 争 いの 問 で揺 れ 動 くこ とが 多か っ た の で あ る。   さて 、1945年 の 総 選 挙 で 政 権 を獲 得 した労 働 党 は 、 福 祉 国家 の 確 立 を 目指 し、連 立 政 権 の 政 策 を基 本 的 に踏 襲 し、 この 一 環 と して 公 立 学 校 の 全 て の 生 徒 に 家族 給 付 に加 え 、 ミル ク と給 食 を無 料 で 提 供 す る こ とを 目指 した。そ して 、1944 年 教 育 法 の 規 定 を実 施 す る た め の諸 措 置 や 諸 施 策 を決 定 し、 実 施 を容 易 にす る た め の条 件ず く

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106 藤  田 弘 之 りを行 お うと した 。 ミル ク の 提 供 につ い て は 問 題 が 少 な く、1946年8月 の 家 族 給 付 導 入 後 す ぐ、 無 料 ミル ク計 画 が 導 入 、 実施 され た 。 しか し、 給 食 につ い て は 問 題 が多 か っ た 。 一 つ に は 給 食 提 供 のた め の施 設 設 備 の拡 充 整 備 の 問題 が あ り、 一 つ に は これ と も関 わ る が財 源 問 題 が あ っ た。 戦 後 の 混 乱 の 中 で 施 設 設 備 の 整 備 は 目標 通 りに 進 ま ず 、 教 育 省 は しば しば 計 画 を 見 直 し、 延 期 し、 目標 を設 定 しな お した 。 また 、給 食 の 実 施 に 関 して 教 育 省 は地 方 教 育 当局 へ の100パ ー セ ン ト国庫 補 助 を主 張 した が 、大 蔵 省 が 認 め ず 、 こ れ との妥協 で1946年 に後述 の単位 国庫補 助金(unit grant system)の 制 度 が 導入 され た 。 こ う した 状 況 に 、1940年 代 末 の ドル 危 機 に端 を発 す る経 済 的 混 乱 とそ れ に とも な う緊 縮 予 算 の影 響 が加 わ っ た 。 こ う して 、 全 て の 生 徒 に対 す る 無 料 給 食 の 提 供 の原 則 は 実 質 的 に放 棄 され 、 一 部 の貧 困家 庭 の 子 供 に対 す る無 料 給 食 の 提 供 を 除 き、 親 の 一 定 の 負 担 に 基 づ く給 食 サ ー ビス が 確 定 す る こ とに な っ た 。1951年 に 、 政 権 を取 っ た 保 守 党 政 権 も基 本 的 に 労 働 党 政 権 下 の 諸 政 策 を 引 き 継 い だ 。 こ う して 、 種 々 の 困 難 は あ っ た も の の 社 会 が安 定 す る に つ れ て 、1950年 代 以 後 ゆ っ く りで は あ るが 着 実 に 発 展 して 行 っ た の で あ る。   と こ ろで 、 戦 後 の 学 校 給食 政 策 や 行 政 の 最 大 の特 徴 は 、 中央 政 府 の主 導 、 統 制 の強 化 で あ っ た 。 この 統 制 は きつ く、地 方 当 局 に よ っ て 提 供 され る い か な る サ ー ビ ス も こ の よ うに き つ く統 制 され な か っ た と言 わ れ る ほ どで あ っ た 。 こ の 傾 向 は す で に 、 戦 時 体 制 の 中 で 生 じて い た が 、 戦 後 それ が 引 き継 が れ 、 さ らに 強 ま っ た の で あ る 。 そ して 、 地 方 は学 校 給食 実 施 の た め の 単 な る機 関 に 過 ぎ な い とい う状 況 で あ っ た 。 中央 の 統 制 は 、 給 食 サ ー ビ ス全 般 に 及 ん だ 。 よ り具 体 的 に は 、 まず 第 一 に、 国庫 補 助 を梃 子 に した学 校 給 食 に 対 す る 行 財 政 的統 制 を あ げ る こ と が で き る 。 学 校 給 食 に 対 す る 国庫 補 助 は 、 これ ま で 地 方 教 育 当局 毎 に 必 要 経 費 の 一 定 率 が 交 付 され た。 しか し、1947年 か らは全 経 費 につ き 国 庫 補 助 が行 わ れ る こ とに な り、 そ の か わ り単 位 補 助 金 の制 度 が 導 入 され た 。 これ は 、 各 地 方 当 局 に 一 食:あた りの 単 位 費 用 を 見積 らせ、 省 が これ を 査 定 し、 これ に 利 用 者 数 を乗 じた 額 を 国庫 補 助 金 と して 交 付 す る もの で あ っ た 。 そ して 、 査 定 の 過 程 で省 は 、 当局 の学 校 給 食 サ ー ビス に厳 し い 指 導 を行 っ た の で あ る 。 第 二 に 、 学校 給 食 提 供 の た めの 施 設 設備 の整 備 に 関す る統 制 が あ る。 .これ は 、他 の学 校 建 築 計 画 な ど と も共 通 す る が 、 こ う した 計 画 は事 前 に省 の 承 認 を必 要 と し、 地 方 当局 は統 制 を受 け た の で あ る。 第 三 に 、 学 校 給 食 実 施 に 関 わ る行 財 政 的 統 制 で あ る 。 す な わ ち、 教 育 省 は 、 上 記 以 外 の 承 認 権 を 持 ち 、 ま た 基 準 の設 定 権 を持 っ た 。例 えば 省 は 、 栄 養 基 準 につ き1941年 に決 定 され た基 準 を受 け継 い だ が 、 1955年 、1966年 に は これ を 見 直 し、 よ り明 確 化 した 。 ま た 、 親 の 給 食 費 負 担 につ い て1950年 に 全 国 的 な統 一 基 準 を設 定 した 。 さ らに 、 そ れ ま で 省 の承 認 を 受 けて 地 方 教 育 当局 毎 に 決 め られ て い た無 料 給 食 対 象 者 の 決 定 基 準 を1964年 に全 国 的 に統 一 した 。 こ う して 、 各 当局 は ほ ぼ 同 じ 様 な 学 校 給 食 サ ー ビス の提 供 を行 った ので あ る。   以 上 の よ うな 中 央 の統 制 は 、 戦 後 の 社 会 、 経 済 事 情 の 中 で 学 校 給 食 を 実 施 して い くた め や む を得 な い 面 も あ った が 、 場 合 に よ り給 食 の 発 展 を 抑 制 す る こ と も あ っ た 。 この うち 、財 政 統 制 は 最 も重 要 な もの で あ り、 と くに地 方 当 局 の 人 件 費 抑 制 に機 能 し、 中央 と地 方 の 問 の 紛 争 、 対 立 の 大 き な原 因 と な っ た 。   さて 、 戦 後 ゆ っ く りで は あ る が着 実 に 発 展 し て きた 学 校 給 食 サ ー ビス は 、 後 述 の よ うに1960 年 代 中期 よ り社 会 、 経 済 的 状 況 の変 化 を背 景 に して 漸 次 見 直 しの 動 き が 生 じた 。 しか し、 こ う した 動 き に もか か わ らず 、 給 食 利 用 者 は お お む ね 着 実 に 増加 し、 ユ970年代 中期 に は 、 年 に よ っ て は 公 立 学 校 在 学 者 の7割 を越 え る こ と も あ っ た 。 そ して 、 戦 後 に確 立 した学 校 給 食 サ ー ビス の 大 枠 も 基本 的 に1980年 ま で 引 き継 が れ 、 これ らの 児 童 生 徒 達 に栄 養 的 にバ ラ ン ス の とれ た食 事 が 一 日一 回 提 供 され た の で あ る。 3.保 守 党 サ ッチ ャー 政 権 下 の 学 校 給 食 改 革 (1)   学 校 給 食 サ ー ビ ス は 、保 守 党 サ ッチ ャー 政 権 の 下 で大 き な 改 革 を う け る こ とに な る が 、 しか し、 これ は必 ず し も突 如 と して 生 じた もの で は な い 。 そ の 見 直 し の動 きは 、 既 述 の よ うに1960

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イ ギ リス保 守政 権 と学校 給食 問題 107 年 代 中 期 よ り生 じて い た 。   戦 後 の 学 校 給 食 が 、 そ の 時 々 の 社 会 経 済 的 条 件 の 制 約 を 受 けつ つ 、 関 係 者 の努 力 で 拡 充 整 備 され て き た こ とは 先 述 の 通 りで あ る。 こ う した 学 校 給 食:に重 要 な 修 正 が加 え られ た の は 、1965 年 に成 立 した ウィ ル ソ ン労 働 党 政 権 の 下 に お い て で あ っ た 。 す な わ ち 、1966年 に成 立 した 地 方 自治 法 は 、1959年 の 包 括 補 助 金 制 度 導 入 後 も特 定 補 助 金 と して交 付 され て い た 学 校 給 食 補 助 金 を廃 止し この分 を地方税援助交付金(rate support grant)に くみ こ む こ とを規 定 した 。 こ の こ と に よ り、 地 方 教 育 当局 の 学 校 給 食 へ の財 政 支 出 額 は 当局 の 任 意 と な り、そ の節 減 が 可 能 とな っ た。 ま た1968年 、 中等 学校 に お け る無 料 ミル ク の 提 供 が停 止 され た 。 さ らに 、 親 の 給 食 費 負 担 額 の 大 幅 値 上 げ が な され た 。 これ らは い ず れ も 当 時 の 財 政 事 情 を 背 景 に な され た もの で あ る が 、 学 校 給 食 の そ の 後 の発 展 に大 き な 意 味 を 持 っ て い た 。 即 ち1980年 教 育 法 に 至 る 種 子 は 、 あ る意 味 で は ウィ ル ソ ン労 働 党 政権 に よっ て ま か れ た と 考 え る こ と が で き 、1980年 法 は これ らの 論 理 的 帰 結 と見 な す こ とも で き る 。   1970年 に 政 権 を 引 き継 い だ保 守 党 ピー ス 首 相 の 下 で も 見 直 しが 行 われ よ う と した 。 ヒー ス政 権 は 発 足 後 、『公 的支 出 に 関 す る新 政 策 』を公 表 し公 的 支 出 抑 制 の 方 針 を打 ち 出 した が 、 ピー ス 内 閣 の 教 育 科 学 大 臣 に就 任 した サ ッチ ャー の 下 、 学 校 給 食:に関 わ る政 策 も こ の方 針 に沿 っ て 立 案 された。す な わ ち、1971年には ミル ク法 〔(Education (Provision  of Milk)Act)〕 カミ成 立 し、 特 例 を 除 き 、7才 か ら11才 の学 童 に対 す る無 料 ミル ク の 提 供 が停 止 され た。また 、有 料 給 食:につ い て 、 これ ま で親 は 、 食 糧 費 分 の 一定 の 負 担 を 行 うこ とが 基 本 で あ った が 、 これ に加 え 経 常 費 分 の 一 定 の負 担 も 行 うこ とに よ り、給 食 費 の 値 上 げ が 行 われ た 。 これ らは いず れ も親 に 、 よ り大 きな 責 任 と応 分 の 負 担 を求 め る も の で あ っ た 。 さ ら に 、学 校 給 食:見直 しの た め 、学 校 給 食 業 務 及 び 栄 養 に 関 す る 二 つ の委 員 会 が設 置 され 検 討 が 行 わ れ た 。 当 時 サ ッチ ャー は 、全 国教 育 委 員 会 協 会(Association  of Education  Committee)の 会 長 で あ る ア レキ サ ン ダー(Sir William  Alex-ander)宛 の 文 書 で 、近 年 の 需 要 や 諸 条 件 の変 化 に 鑑 み 、 学 校 給 食:の全 て に つ い て 根 本 的 な 見直         し を行 い 、 改 革 を行 う こ と を述 べ て い る。 しか し、 こ の 改 革 は 結 局 ヒー ス 政 権 の 下 で は行 わ れ ず 、 検 討 結 果 の 報 告 書 も1975年 に労 働 党 政 権 の         下 で発 行 され た 。 イ ギ リス 政 治史 が説 くよ うに 、 ヒー ス は影 の 内 閣 時代 よ り福 祉 国家 の 見 直 しを 検 討 し、 彼 の 政 権 下 で そ れ を行 お う と した が 、 改 革 は 不 徹 底 に 終 わ り、Uタ ー ン の や む な き に い た った 。 学 校 給 食 の根 本 的 な 改 革 も 結 局 は行 わ れ な か っ た の で あ る 。   ヒー ス を 引 き継 い だ 労働 党 政 権 の 下 で も大 き な 改 革 は 行 わ れ な か っ た。 しか し、 政 府 は 、 オ イ ル シ ョ ック後 の 経 済 的混 乱 の影 響 を ま と も に うけ 、公 的 支 出 の 抑 制 を迫 られ て い た 。そ して 、 これ は 学 校 給 食 サ ー ビ ス に も影 響 を 及 ぼ した 。 す な わ ち 、 政 府 は 親 の 給 食 費 負担 額 を さ らに 引 き上 げ 、加 えて 、 地 方 教 育 当局 に給 食:関係 支 出 の 削減 とサ ー ビ ス 提 供 の合 理 化 を 強 く求 め た 。 しか し、 ウィ ル ソ ン、 ヒー ス の両 政 権 下 と同 じ く無 料 給食 の 支 給 に つ い て は変 更 が な され ず 、 む しろ これ は 重 視 され 、 真 に必 要 な者 へ 給 食 を 普 及 す る た め 改 善 が 図 られ た 。 他 方 で 、 労 働 党 政 権 下 で も親 と学 校 の 関 係 を見 直 し、 親 の 応 分 の 負 担 と責 任 を強 調す る動 き も生 じて い た の で あ る。 (2)   さて 、1979年5月 に発 足 した保 守 党 サ ッチ ャー 政 権 は 、政 権発 足 後 間 もな く大 蔵 省 の方 針 を受 け て 給 食 費 の 値 上 げ を行 っ た 。 つ づ い て 、 戦 後 の 学 校 給 食 サ ー ビ ス の あ り方 を根 本 的 に 変 え る 規 定 を含 ん だ教 育 法 案 を10月 に提 出 し、 これ は 翌 年 議 会 を 通過 し法 律 に な っ た 。す な わ ち 、 こ の1980年 教 育 法 は22条 に お い て 、 補 足 給 付 (Supplementary  Benefit)又 は 家 族 所 得 給 付 (Family IncomeSupplement)の 受 給 者 の 子 供 に対 す る地 方 教 育 当局 の無 料 学 校 給 食 等 の提 供 義 務 を 残 した も の の、 そ れ 以 外 の希 望 者 に対 す る 学校 給 食 の提 供 につ い て 、1944年 教 育 法 で 規 定 され た 当局 の 義 務 を解 除 し、 そ の提 供 が 当 局 の任 意 事 項 と な っ た 。 さ らに、 これ ま で 存 続 し て い た 給食 費 や 栄養 等 の 全 国 基 準 につ い て 何 等 の 定 め も な され ず 、 結 局 学 校 給 食 の 提 供 、 ま た そ の あ り方 は 当局 が 自由 に 決 定 す る こ と とな っ た 。 ま た 、 法律 で定 め る 以外 の 無 料 給 食 の支 給

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108 藤  田 弘  之 に つ い て も、 対 象 者 選 定 の 全 国 的基 準 が 撤 廃 さ れ 、 そ れ は 当局 の 判 断 で 決 定 され る こ とに な っ た 。 そ し て 、 法 律 は逆 に、 弁 当 の持 参者 が 昼 食 を と るた め に施 設 提 供 な ど の便 宜 を 与 え る こ と を当 局 に義 務 づ け た の で あ る 。 多 くの 論 者 が 指 摘 す る よ うに 、 こ の規 定 は 学 校 給 食 制 度 に大 き な 影 響 を 与 え 、1944年 法 を 基 礎 とす る戦 後 の 全 国 的 かつ 普遍 的 な 学 校 給 食 サ ー ビス に 終 止 符 を 打 つ も の で あ っ た 。   こ こ で 、 上 下 両 院 で の政 府 側 の 趣 旨説 明 を 検 討 して 、 この 規 定 が 制 定 され た 事 情 を 見 て み よ う。 この 提 案 が な され た第1の 理 由 は 、地 方 当 局 の サ ー ビス 提 供 につ き 中 央 政 府 の規 制 を 緩 和 す る こ とに よ り公 的支 出 の節減 を図 る こ とに あ っ た 。す な わ ち 、 「学 校 給 食 、 ミル ク 、通 学 に つ い て 我 々 の 提 案 の 目的 は 、 教 育 予 算 の うち厳 密 に は 非 教 育 的 部 分 につ い て 、 我 々 が求 め 、 か っ わ が 国 の 経 済状 態 が 要求 す る経 済性 を地 方 当 局 が         なす こ とを 可能 に す る こ と」 で あ り、そ して 、「公 費 が 教 育 制 度 を 維 持 し、 我 々 の学 校 の水 準 を改 善す るの に使 わ れ る こ とを可 能 にす る こ とで あ っ     ゆ た 」 。 第2は 、 学 校給 食 を め ぐる状 況 の 変 化 に 効 果 的 に対 応 す る こ とで あ っ た 。す な わ ち 、利 用 率 が減 り、 ま た 多 くの 子 供 連 に とっ て 魅 力 の ない も の に な り多 くの 残 飯 が 出 る よ うな 状 況 に 対 して 、 地 方 当局 に 自 由 を 与 え る こ と に よ り、 実 情 に応 じて 給 食 サ ー ビ ス の 改 善 を期 待 した こ とで あ る 。 第3に 、 真 に必 要 な もの に学 校 給 食 サ ー ビス の 提 供 を 重 点 化 す る こ とで あ っ た 。 す な わ ち 、 政 府 側 は 「全 額 支 払 うこ とが で き る子 供 連 に 対 して3億3千 万 ポ ン ドの 学 校 給 食 補 助 金 の う ち2億2千5百 万 ポ ン ドが支 出 され て い るが 、 ど こ に社 会 正 義 が あ る のか 。 補 助 金 の う ち た った40パ ー セ ン トが 、 支 払 え な い 人 々 に使         わ れ る。」と し、 こ の よ うな 重 点 化 を意 図 し た の で あ る。 第4に 、 法 律 の 他 の諸 規 定 に も見 られ るが 、 親 の子 供 に対 す る責 任 を 回復 す る こ とが あ った 。す な わ ち 、 「親 を 援 助 し、家庭 と学 校 の 協 力 を奨 励 す る とい う我 々 の積 極 的 な 哲 学 は 、 学 校 教 育 の 改 善 につ な が り、親 の 責任 を奨 励 す         る こ と に通 じる 。」と して 、 こ う した 関 わ りで給 食 につ い て親 の 責 任 を 強 調 す る の で あ る。 学 校 給 食 改 革 の理 由 は 、 ほ ぼ 以 上4点 か ら説 明 され て い る。1980年 数 育 法 制 定 後 、1982年 に下 院 の 特 別 委 員 会 が 学 校 給 食 に 関 して検 討 を行 った が 、 こ の委 員 会 に提 出 され た 教 育 科 学 省 の 資 料 も ほ       o$ ぼ 同様 の 理 肉 を示 して い る 。   しか し、 こ の規 定 が な され た 最:大の 理 由 は公 的 支 出 削 減 に あ っ た 。1979年 総 選 挙 の 際 の保 守 党 の 選 挙 公 約 、保 守 党 政 権 発 足 後 に 出 され た公 的 支 出 計 画 白 書 等 は公 的 支 出 削 減 の 基 本 方 針 を 示 して お り、 こ う した 方 針 に沿 っ て 立 案 され た こ と は 明 らか で あ る。1979年11月 に 出 され た 白 書 は具 体 的 に 、 「政 府 は 学 校 給 食 、 ミル ク、通 学 に対 す る支 出 に つ い て約2億4千 万 ポ ン ドの 節 減 を期 待 す る 。 議 会 は これ らの サ ー ビ ス の あ り 方 や 料 金 に つ い て 地 方 当 局 に よ り大 き な 裁 量 権 を与 え る よ う求 め られ るで あ ろ う。」と述 べ て い       る が 、 こ の よ うに政 府 は 地 方 当 局 に裁 量 権 を与 え る こ とに よ って 、 給 食 な どへ の 公 的支 出 の 削       口η 減 を達 成 す る こ とを 意 図 した の で あ る 。   当 時 教 育 科 学 大 臣 で あ っ た カ ー ラ イ ル (M.Carlistle)は 、い わ ゆ る ウエ ッ ト派 の 議 員 で あ り、 こ う した教 育 費 の 削 減 を必 ず し も支 持 し て い な か った 。 しか し、 彼 に よれ ば ジ ョウゼ フ 等 に よ り常 に教 育 費 削 減 の 強 い 要 請 が な され て お り、 彼 、 及 び教 育 科 学 省 の 意 向 に か か わ らず こ う した政 策 に従 わ ざ る を え な か っ た の で あ る 。 (3)   こ うして1980年 教 育 法 が施 行 され る と とも に 、 各 地 方 教 育 当 局 は 学 校 給 食 サ ー ビス の 見直 しを 迫 られ 、順 次 対 応 策 を 決 定 した が 、 学 校 給 食 に つ い て は そ の 後 も重 要 な 改 革 が 続 い た 。す な わ ち、1986年 に は社 会保 障 法 が 改 正 され 、 そ の77 条 は無 料 学 校 給 食 の 支 給 対 象 者 を 狭 め た 。 す な わ ち 、 これ ま で は 補 足 給 付 、 ま た は家 族 所 得 補 足 の 受 給 者 の 子 供 が 、 こ の 無 料 給 食 の 有 資 格 者 で あ っ た が、1988年 か ら は 、所 得 扶 助(lncome Support)受 給 者(元 の補 足 給 付 の受 給者 に相 当) の子 供 の み が そ の 資 格 を持 つ こ と とな り、 そ の 他 の 者 に つ い て は 全 て 有 料 と な っ た 。 た だ し、 これ ま で 家 族 所 得 補 足 を受 けて い た 者 に は家 族 給 付(Family  Credit)が 支 給 され 、 そ の一 部 に 平均 的給 食 費 相 当分 が加 え られ る こ とに な っ た。 又 、 これ ま で 地 方 教 育 当 局 に よ っ て 行 われ て い た有 資 格 者 以 外 の 低 所 得 者 の 子 供 に対 す る 無料 給 食 支 給 につ い て の裁 量 権 を撤 廃 し、 当局 間 の

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イ ギ リス保 守 政権 と学 校給 食 問題 109 不 統 一 をな く した 。こ の 改革 の基 礎 にな っ た1985 年 の い わ ゆ る フ ァ ウ ラー 報 告 は 、「学 校 給 食 サ ー ビス は重 要 な 役割 を持 っ て い るが 、 よ り広 い 範 囲 に 無料 給 食 を 拡 大 す る こ とは 望 ま し くな い 。 現 物 給 付 の資 格 の あ る者 の相 当比 率 の 者 が それ を利 用 せ ず 、 政府 は こ う した 家 族 に十 分 な お金 を与 え そ の 使 い 方 に 選 択 の 自 由 を与 え る こ とが         よ い と考 え る 」 と述 べ て い るが 、 こ う した 方 針 は 同 年 出 され た 社 会 保 障 に 関 す る 白書 、 及 び 社 会 保 障 法 に受 け 継 が れ た の で あ る。 こ う して 、 これ ま で の 無 料 学 校 給 食 の 受 給 有 資 格 者 の うち 50万 人 以 上 が そ の 資 格 を 失 うこ と に な っ た 。 ま た 、 これ に か わ って 家 族 給 付 の 一 部 と して 支 給 され た給 食 費 相 当 の 補 償 金 は 、 必 ず し も実 際 の 給 食 費 を ま か な えず 、 ま た そ れ は 家 庭 に お い て 子 供 の給 食 の た め に使 われ る とは限 らな か っ た。   学 校給 食 サ ー ビス は 、 さ ら に、1988年 に制 定 さ た地 方 自治 法 に よ っ て影 響 を受 け た 。 こ の 法 律 は第2条 で 、 地 方 自治 体 の 多 く のサ ー ビ ス に 競 争 入 札 を義 務 づ け た が 、 学 校 給 食 も そ れ に含 まれ た 。 こ の 規 定 は 、地 方 当 局 の サ ー ビス を民 営 化 し、 ま た は 、 そ れ を 能 率 化 、 効 率 化 し経 済 性 を 高 め よ うとす る も の で あ った が 、 学 校 給 食 もそ の対 象 に な っ た。 そ して 、 給 食 は 、 社 会 的 サ ー ビス よ りもむ しろ 商 業 ベ ー ス で取 り扱 われ る こ とに な っ た の で あ る 。 4.保 守 党 政 権 下 の学 校 給 食 改革 に つ い て の 検討   学 校 給 食:が何 を め ざ し、 また これ を ど う と ら え る べ きか につ い て は 種 々の 立 場 が存 在 し て い る。 イ ギ リス に驚 け る 議 論 に基 づ い て これ を 大 ま か に 分 類 整 理 す れ ば 、 第 一 に、 栄 養 学 者 な ど 専 門家 の 立 場 で 、全 て の 子 供 連 が 健 康 に 発 達 す る た め に 専 門 的 な栄 養 基 準 を満 た す 学 校 給 食 が 提 供 され な けれ ば な らな い とす る立 場 で あ る 。 彼 らは通 常 、 栄 養 の観 点 か ら全 て の子 供 達 が 同 じ食 事 を と る こ とを 主 張 す る。 第 二 に 、 全 て の 子 供 達 に 、 無 料 で 同 じ給 食 を提 供 す べ き とす る 普 遍 主 義 の 立 場 で あ る 。 この 立 場 の人 々 は 、 社 会 政 策 に つ い て 普 遍 主 義 、 平 等 主 義 の 立場 に立 ち 、 富 の 不 平 等 に よ る 給 食 の 格 差 を批 判 し、 学 校 に お い て 子 供 達 が一 緒 に 同 じ食 事 を とる こ と に よ って 彼 らの 社 会 的連 帯 と融 合 を促 進 し よ う とす る。 第 三 は 、 貧 困 家 庭 の 子 供 を 特 別 に援 助 す る 方 途 の一 つ と して 学 校 給 食 を位 置 づ け る 、 い わ ば 富 の再 配 分 を重 視 す る 立 場 で あ る。 こ の 立場 の 人 々 は 、真 の 困 窮 者 に 特 別 の 援 助 を行 う こ と こそ 必 要 で あ る と し、 資力 調 査 等 に基 づ く 無 料 給 食 の支 給 を 支 持 す る 。 第 四 に 、 学 校 給 食 を財 政 問題 か ら と らえ 、 給 食 へ の 財 政 支 出 の節 減 を 主 張 し、 そ の 経 済 性 や 効 率 性 を重 視 す るい わば 効 率 的 マネ ー ジャー(efficient manager)の 立 場 で あ る。 こ の 立 場 の 人 々 は 、 そ の 合 理 化 と 費用 効 果 の確 保 を 重視 し、給 食 の民 営 化 を支 持 、 又 は 推 進 す る。 第 五 に 、 学 校 給 食 につ い て 子 供 や 親 の 選 択 の 自由 を重 視 す る立 場 で あ る 。 この 立 場 の 人 々 は 、子 供 の 食 事 につ い て 親 や 家 庭 の 責 任 を 重 視 す る。 そ の 上 で 、就 掌 中 の食 事 の 取 り方 に つ い て の選 択 を 親 や 子 供 に 任 せ 、学 校 給 食 を利 用 す る者 につ い て は 、子 供 の 要 望 に 配 慮 して種 々 の メ ニ ュ ー を 用 意 し、彼 らが そ の 中 か ら選 択 で き る よ うにす べ き で あ る とす る。 しか し、これ らは しば しば 矛 盾 や 政 治 的 葛 藤 を生 じ、 従 っ て 、公 共 政 策 研 究 の 重 要 な 検 討 課 題 とな る。   と ころ で 、 先 述 の保 守 党 の学 校 給 食 政 策 は 、 以 上 の 立 場 か ら言 え ば 、 再 配 分 重 視 、 効 率 性 ・ 経 済 性 確 保 、 選 択 の 自由 確 保 、 等 々 の 立 場 等 に 傾 斜 して 、立 案 され た もの で あ る こ とが わ か る。 す な わ ち そ れ は、 子 供 の 食 の 問題 に つ い て よ り 大 き な 親 の 責 任 の 自覚 と義 務 の履 行 を 求 め 、公 的 給 食 サ ー ビ ス の縮 小 を 意 図 し、公 的 機 関 が 給 食 を提 供 す る場 合 は 、 親 に よ り一 層 の 応 分 の負 担 を 求 め た 。 また 、無 料 給 食 支 給 対 象 者 の 選 別 基 準 を 強 化 し、 真 に必 要 な 者 に そ の 支 給 を 限定 した 。 さ らに 、 親 や 子 供 達 の嗜 好 の 変 化 や 多様 な要 求 に 応 じて 当局 が 給 食 の 形 態 や 内 容 を 多様 化 し、彼 らの 選 択 の 自由 に 対 応 で き る よ うに し た。 そ して 、 学 校 給 食 関 係 経 費 を 削 減 し、 そ の 効 率 性 、 経 済 性 を確 保 し よ うと した の で あ る。   保 守 党 政 権 の 下 で の こ の よ うな 学 校 給 食 改 革 は、 も ち ろん ニ ュー ・ラ イ ト新 自 由 主義 者 の影 響 下 で形 成 され た サ ッチ ャ ー 主 義 諸 政 策 の 一 環 と して捉 え るこ とが 出来 る。す なわ ち、サ ッチ ャー 政 権 は、 福 祉 国 家 体 制 を 見 直 し、 マ ネ タ リズ ム に よ りイ ギ リス の 経 済 再 建 を本 格 化 しよ う と し た 。 そ して 、イ ン フ レ を抑 制 しな が ら市 場 競 争 原 理 を整 序 して供 給 サ イ ドを強 化 す る こ とで イ

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110 藤   田 弘 之 ギ リス 経 済 を活 性 化 させ よ う と した 。 そ の 際 、 過 大 な 公 共 支 出 や 公 共 部 門 の肥 大 化 が経 済危 機 の根 本 的 な 原 因 で あ る とい う認 識 に 立 ち 、公 共 支 出 の 抑 制 や 削 減 、 公 共 部 門 の縮 小 を進 め よ う と した 。 学 校 給 食 政 策 も こ う した 政 策 の 一環 と して 形 成 され た も の で あ り、 しば しば 指 摘 した よ うに公 費 の節 減 は 改 革 の 最 重 要 課題 で あ っ た 。   ニ ュー ・ライ ト新 自 由主 義 者 は 、 以 上 に 見 ら れ る よ うに 国 家 や 公 的 機 関 が独 占的 にサ ー ビス を 提 供 す る福 祉 国 家 を批 判 し、 市 場 原 理 の 回 復 を 強 く主 張 す る が 、 これ と関 わ っ て 提 供 され る 公 的 サ ー ビス に 対 して 消 費 者 に 一 層 の 費 用 負 担 を 求 め 、 他 方 、 サ ー ビス 自体 は消 費 者 の 選 択 の 自 由に 対 応 で き る よ うに 提 供 され るべ き こ と を 主 張 した 。 な か で も 公 的 サ ー ビ ス に 対 す る 費用 負 担 の 強 化 は 、「これ ら学 校 給 食 改 革 の 基 礎 に あ る原 理 の一 つ で あ っ た 。 ニ ュー ・ラ イ トが公 的 サ ー ビ ス に対 す る 費 用 負 担 を強 調 す るの は 次 の 理 由 に よ る。 第1は 、 公 的 サ ー ビス に つ い て徴 収 され た費 用 負 担 額 は 公 的 政 策 の価 値 の 適 切 な 尺 度 とな り、 そ れ らの サ ー ビ ス を 需 要 サ イ ドで 判 断 で き る こ と で あ る。 第2は 、 市 場 の 効 率 性 を 公 的 計 画 の 配 分 に 導 入 で き る こ とで あ る。 す な わ ち、 公 金 が 人 々 の 支 出 しよ う とす る財 貨 に 再 配 分 され 得 る こ とで あ る。 第3は 、 費 用 負 担 の賦 課 につ い て 、特 別 な 便 益 を受 け る個 々人 が そ の 費 用 を負 担 す る 限 りで 適 正 な も の で あ り、 便 益 を受 け な い 人 に そ の 費 用 負 担 を 課 す る こ と が な い か らで あ る。 第4は 、 費 用 負 担 の 賦 課 に よ って 公 的 歳 入 を 増加 させ 、 減 税 を お こ な う こ とが 可 能 に な る こ とで あ る。 第5に 、 支 払 可 能 な 人 々 に対 して 行 わ れ る費 用 負 担 賦 課 か らの歳 入 は 、 貧 困 な 人 々 な どに 資 源 を再 配 分 す る一 つ の 手 段 とな る こ とで あ る。 第6に 、 費 用 負 担 の 賦 課 に よ っ て 、 公 共 悪 の 発 生 を 防 ぐな ど市 場 を 規 制 す る手 段 に な る こ とで あ る。 この うち 、 費 用 負 担 賦 課 に よ る公 的財 貨 や サ ー ビス の 消 費 者 の 意 向 に応 じた 効 果 的 配 分 の 確 保 は最 も重 要 な こ とで あ っ た 。 問題 は 、 便 益 を受 け る た め の支 払 が 出 来 な い 人 々 で あ っ た 。 これ に つ き 、 彼 ら は 資 力 調 査 に よ って 、 ま た は 特 定 カ テ ゴ リー の 設定 に よっ て 費 用 負 担 を免 除 し た り、 負 の 税 金 の 導 入 を考 え る の で あ る 。   彼 らは 福 祉 国 家 再 編 の基 礎 と して家 族 を強 化 し、親 の 子 に 対 す る義 務 や 責 任 を 回 復 す る こ と、 そ して 国家 へ の依存 傾 向(dependency)を 払 拭す る こ と を重 視 す る 。 た とえ ば この 立 場 を代 表 す るセ ル ドン(S.Seldon)は 、そ の著 書 に お い て、「無 料 の 、 ま た は補 助 の 下 に 行 わ れ る給 食 は 、 親 に 少 しで も貧 困 を脱 し 、責 任 を 持 ち 、無 知 を抜 け 出 す べ き こ とを教 え な い 。 給 食 や ミル ク、 福 祉 の た め の食 糧 に か え て 、 現 金 、 ま た は初 期 の段 階 に お い て は ヴ ァ ウチ ャ ー の 方 式 に漸 次 変 え る こ と は、 子 供 の福 祉 に対 す る責 任 の感 覚 を取 り 戻 し、また は 植 え付 け る で あ ろ う。」 と述 べ てい         o切 るの で あ る。   しか し、 保 守 党 政 権 下 の 学 校 給 食 改 革 の 全 て を ニ ュー ・ラ イ トに 帰 す る こ とは で き な い 。 こ れ らの 改 革 は 、 あ る意 味 で は1960年 代 中期 か ら の 一 連 の動 き を継 承 した もの と見 る こ と も 出来 る 。 また 、学 校 給 食 を め ぐっ て は 党 派 間 で 立 場 の 違 い が存 在 す る が 、 同 時 に 実 際 に は 改 革 の た め の 新 た な政 策 が 出 され に くい こ とが論 じ られ て い る。即 ち 、そ の理 由 と して は 、(i)学 校 給 食 サ ー ビ ス は既 に 確 立 され た もの で あ り、 そ の 変 更 は多 くの 関係 者 に影 響 を 及 ぼ す の で 、 い き お い以 前 の制 度 を 踏襲 せ ざる を えな い こ と、(11) そ の 問題 は政 府 に お い て 複 数 の 省 に ま た が り、 これ らが 協 力 して 決 定 せ ざる を得 ない が 、 容 易 に は で き な い こ と、(111)政 策 は 政 党 間 で あ ま り 大 き な 差 は な く、 ま た 、 あ っ て も政 権 を 担 当 し た 場 合 、 よ り現 実 的選 択 を迫 られ る こ と、(1V) これ は 政 治 的 に重 要 な 問題 とは み な され ず 、 ま た 政 府 に お い て複 数 省 に ま た が る た め に あ ま り 大 き な 関 心 が も た れ ない こ と、 等 が あ げ られ て い る。 こ う して 、 学 校 給 食 政 策 は既 に確 立 され た 以 前 の 政 策 が踏 襲 され 、 一 般 に大 き な 変 化 が 加 え られ る こ とは 少 な い 。 この よ うな 学 校 給 食 政 策 の 特 性 を 考 え る とサ ッチ ャー 政 権 下 の 学 校 給 食 改革 が如 何 に大 き な もの で あ った がわ か る。 しか し同時 に 、これ らの改 革:があ る意 味 で は1960 年 代 中期 よ り漸 次 行 わ れ て きた 見 直 し を継 承 し た と も見 られ 、 ニ ュ ー ・ライ トイ デ オ ロギ ー を 背 景 に 、 これ らを 徹 底 強 化 した と も い え る で あ ろ う。   以 上 の 事 情 に加 え 、 政 府 や地 方 教 育 当 局 が 学 校 給 食 を め ぐっ て 生 じた 諸 問題 、す な わ ち 、1970 年 代 以後 の 児 童 、 生 徒 の 食 生 活 や 嗜 好 の 変 化 と

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イ ギ リス保 守 政権 と学校 給食 問題 111 多 様 化 、 これ と関 係 す る が 給 食 残 飯 の 増 加 、 多 民 族 多 文 化 国 家化 の 進 展 に と もな っ て 生 じた マ イ ノ リテ ィ か らの 特 別 な 給食 の 要 求 等 々 に 、 イ デ オ ロギ ー とは 関 係 な く現 実 的 に対 応 す る必 要 が あ っ た こ とも あ げ てお か ね ば な らな い 。 そ し て 政 府 は こ の よ うな 対 応 を 地 方 教 育 当 局 に任 せ         ⑳ た の で あ る。   さ て 、1980年 法 以 後 、地 方 教 育 当 局 は 学 校 給 食 の 提 供 につ い て 大 き な裁 量 権 を持 った が 、 当 局 は そ の 提 供 に あた り子 供 の 要 求 や 必 要 な 栄 養 を満 た し、 同 時 に給 食 関係 経 費 を切 り詰 め る と い う相 入 れ な い 要 請 に応 じ る必 要 が あ った 。 で は 、地 方 教 育 当局 は 現 実 的 に ど う対 応 した の か 。 一 言 で 言 え ば、 そ の対 応 は地 方 に よ っ て 様 々 で あ っ た 。 一 方 で 、 法 で規 定す る最 低 限 の 無 料 給 食:提供 を行 う以 外 、 給 食 の提 供 を打 ち 切 っ た 当 局 が あ っ た 。 他 方 で 、労 働 党 が 優 勢 な 幾 つ か の 当局 に み られ る よ うに 、1980年 法 以 前 の 体 制 を 維 持 し よ う と した 当局 も あ っ た 。 だ が 、 大 多 数 は こ れ ら の 中 間 で 政 策 の選 択 を行 っ た 。 まず 、 給 食 の形 態 が 大 き く変 化 した。キ ャ ッシ ュ ・キ ャ フ ェ テ リア 方 式 が増 え 、 これ に コ ン ヴ ィー ニ エ         ンス ・フー ドが 利 用 され る こ と も 多 か っ た 。 ま た 、 ス ナ ッ クや サ ン ドウ ィ ッチ ・パ ッ ク給 食 等 が行 わ れ る 場 合 も あ っ た 。 さ ら に 、 給 食:費に つ い て は 、 物 価 水 準 で補 正 した 場 合 、全 国 平 均 で み れ ば急 激 な 値 上 げ を確 認 で きな い が 、 反 面 で 当局 ご と に 非 常 に大 き な差 を 生 じる よ うに な っ た 。 例 え ば 、1988年 の調 査 で は 一 食 あ た り最 低 で35ペ ン ス、 最 高 で85ペ ンス と2倍 以 上 の 開 き を生 じた 。 既 述 の よ うに 、1988年 地 方 自治 法 に 基 づ き、学 校 給 食 は競 争 入 札 が義 務 づ け られ た 。 現 在 の とこ ろ な お 当 局 直 営 部 門 が これ を引 き受         け る こ とが多 く、 民 間 の参 入 は 少 な い 。 ま た 、 当局 に よ って は この 機 会 に 契 約 条 件 に 栄養 基 準 を 明 確 化 し給 食 の 質 を改 善 し よ う とい う働 き も あ っ た 。 しか し、 財 政 的 な 制 約 か ら、 実 際 に は これ は 給 食 サ ー ビス に一 層 の 合 理 化 と経 営 努 力 を 迫 る こ とに な っ た 。 す な わ ち 、 給 食 関 係 職 員 の 大 幅 な 削減 、 パ ー トタイ ム化 が な され 、 ま た 採 算 が とれ る よ うに、 子 供 の 嗜 好 傾 向 を 満 た し つ つ必 要 経 費 を 押 さ え た給 食 内 容 や 形 態 が 一 層 と りいれ られ る状 況 を生 じた の で あ る 。   1970年 代 に70パ ー セ ン トを越 え て い た 学 校 給 食 利 用 率 は 、 サ ッチ ャー 政 権 下 で1980年 以 後 減         少 傾 向 を 示 した 。 ま た 、1989年 に 出 さ れ た 報 告 書 を 基 礎 に 、 児 童 生 徒 の 昼 食 の と りか た を み れ ば 、36パ ー セ ン トが 昼 食:を持 参 し 、17パ ー セ ン トが 帰 宅 す る か ま た は 他 の 場 所(例 え ば 、フ ァ ー ス ト ・フ ー ドの 店)で 昼 食 を と り、 給 食 利 用 者 }ま47パ ー セ ン ト(有 料 、35パ ー セ ン ト、 無 料 、         12パ ー セ ン ト)に 過 ぎ な い 。 も っ と も、 これ は 全 国統 計 で あ り、 当局 毎 あ る い は 学 校 毎 に 大 き な差 が あ る こ とも指 摘 して お か な け れ ば な らな い 。さ らに、表1が 示 す よ うに 、1988-1989年 をベ ー ス に した 場 合 、給 食 サ ー ビ スへ の 実 質 的 公 費 支 出         額 は は っ き り と減 少 傾 向 を示 して い る 。   以 上 の よ うな サ ッチ ャー 政 権 下 で 生 じた 学 校 表1.学 校 給 食 お よ び ミル ク へ の 公 的 支 出 額 年    実 支 出額 (単位 は 百 万 ポ ン ド) 1988-89を 基 準 と して物 価 指標 で補 正 した支 出 額 単位 は百 万ポ ン ド 1975-76 318 1,002 1976-77 382 1,060 1977-78 305 891 1978-79 388 854 1979-80 422 796 1980-81 397 633 1981-82 397 577 1982-83 411 558 1983-84 427 554 1984-85 432 533 1985-86 435 509 1986-87 460 521 1987-88 443 470 1988-89 405 405

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112 藤  田 弘  之 給食 改 革 とそれ に ともな う状 況 の 変 化 に対 して 、 これ まで 学 校 給 食 改善 の運 動 を進 め て き た教 育 、 福 祉 、保 健 関 係 の 人 々や 団 体 を 中 心 と して 、批 判 が な され 問 題 点 の 指 摘 が な され て きた 。 問題 点 の第1は 、 給 食 サ ー ビス の縮 小 、 そ こ で提 供 され る給 食 の 内 容 、質 の 低 下 が子 供 の 栄 養 や 健 康 、 さ らに は食 習 慣 に 悪 影 響 を及 ぼ す 恐 れ で あ る 。 当局 に よ っ て は 専 門 的 栄 養 基 準 が ほ とん ど 考慮 され な い こ とも 多 い 。 そ して 、 給 食 に 対 す る親 の信 頼 の 揺 ら ぎ と給 食 離 れ が 指 摘 され て い る。 第2は 、 貧 困 家 庭 へ の影 響 で あ る 。 無 料 給 食 受 給 者 選別 基 準 の 狭 隘 化 に と も な い 、 そ の 恩 恵 を受 け る者 の 数 が 減 少 した 。 そ して 、 この 受 給 者 に は 貧 困 者 との レ ッテ ル が 張 られ 特 別 視 さ れ る こ と、 い わ ゆ る ス テ ィ グマ が拡 大 す る恐 れ が指 摘 され て い る。 ま た 、 無 料 給 食 受 給 者 以 外 の 低 所 得 層 の家 庭 に は 、 実 質 的 に 負 担 増 とな っ た 。 さ らに、 学 校 給 食 の 質 の低 下 は 、 そ れ を 重 要 な 栄 養 補 給 源 に しな けれ ば な らな い 貧 困家 庭 の 子 供 の栄 養 や 健 康 に 直 接 的 な影 響 を及 ぼす 可 能 性 が あ る 。 こ の他 、 食 べ 物 が 持 参 され 、校 内 で 無 秩 序 に食 事 が な され る こ とに よ っ て 、 学 校 の 規 律 が 乱れ 、 衛 生 や ご み の 問 題 が 発 生 して い る こ と、働 く母 親 の 負 担 が 大 き く増 え る こ とな ど が指 摘 され て い る。 と りわ け、 福 祉 国 家 の 充 実 発 展 をめ ざ し、 そ の 一 環 と して 貧 困 家 庭 の 子 供 の教 育 保 障 の た め に 活 動 して き た 児 童 貧 困救 済 集 団(Child  Poverty  Action  Group)を は じ

め 、学 校 給 食 運 動(School  Meals  Campaign)、 学 校 で の食 事 を 増 や す 運 動(Fabulous  Eating at School Today-FEAST)等 の関係 諸団 体 は 、 これ らの諸 問題 を 告 発 す る と と も に 、1979年 以 前 の 学 校 給 食 の 体 制 へ 復 帰 し、 栄 養 や 給 食 費 な ど につ き法 的 に 基 準 を設 定 され た 全 国 的 学 校 給 食 を 回 復す る こ と にむ け て キ ャ ンペ ー ン を行 っ て い る 。 こ うし た 関 係 団 体 の 他 、 議 会 や 政 府 関 係 機 関 にお い て も、 一 部 で 問 題 点 の 指 摘 が な さ れ て い る。   さて 、 現 在 の 教 育 制 度 が1988年 教 育 改:革法 を 基 礎 と して 動 い て い る こ とは 周知 の通 りで あ る。 こ の 法 律 は 学 校 給 食 を 直 接 に規 定 して は い な い が 、 そ の あ り方 に一 層 大 き な影 響 を 及 ぼ す 可 能 性 が あ る こ とが 指 摘 され て い る 。す な わ ち 、 こ の 法 に よ り多 くの 意思 決 定 が学 校 レベ ル で な さ れ る よ うに な るが 、給 食 も ま た 学 校 の 理:事会 や 校 長 の裁 量 に よ っ て行 わ れ る か らで あ る。ま た 、 全 国 カ リキ ュ ラ ム に よ り、 給食 の 問題 を家 庭 科 な どの 教 科 に有 機 的 に 位 置 づ け て 指 導 す る こ と が な くな る可 能 性 も指 摘 され て い る。   サ ッチ ャー 政 権 下 で の福 祉 国 家 の 変 貌 や 社 会 保 障 改 革 につ い て は、既 に多 くの研 究 物 が あ る。 そ れ らを参 考 にす れ ば 、(i)普 遍 主 義 か ら選 別 主 義 へ の転 換 、(11)サ ー ビス の担 い 手 の地 方 当 局 ま た は 民 間 へ の 転 嫁 とサ ー ビス に 対 す る 自 己 負 担 の 強 化 、(111)地方 当局 の過 剰 な給 付 の 抑 制 、   (1V)経 済成 長 の た め の 低 福 祉 政 策 の 採 用 、等 の 特 徴 を ま と め る こ とが 出 来 る 。 これ らは 学 校 給 食 に つ い て も ほ ぼ 共 通 す る 変化 で あ っ た 。 そ して 、 サ ッチ ャー 政 権 下 で の 学 校 給 食 サ ー ビ ス の動 向 は 、 救 貧 法 的 体 質 が残 存 し て い た1906年 か ら1939年 頃 の状 況 と酷 似 して お り、 そ の 時期 へ の 復 帰 傾 向 を示 す も の で あ る と の指 摘 が 多方 面 で な され て い るの で あ る 。 この よ うに1979年 .以 後 学 校 給 食 を ふ くむ 教 育 福 祉 サ ー ビ ス の 再 編 が 漸 次 進 み 、 教 育 保 障 の あ り方 は 大 き く変 質 し た の で あ っ た 。 5.お わ り に   以 上 本 稿 は、 戦 時 体 制 下 で確 立 し、 戦 後 多 く の制 約 の 中で 発 展 して き たイ ギ リス学 校 給 食 制 度 が 、 保 守 党 サ ッチ ャー 政 権 下 で ど の よ うな 改 革 を うけ、 それ は どの よ うな 影 響 を及 ぼ して き た か を論 じて き た 。 指 摘 して きた よ うに 、教 育 保 障 の た め の福 祉 サー ビ ス と して の 学 校 給食 は 、 重 要 な 原 理 的 転 換 を うけ て そ の あ り方 が 大 き く 変 わ り、 そ の 結 果 種 々 の 問 題 を生 じて き た 。 こ う して 、今 日、 以 前 に も増 して 学 校 給 食 の 意 味 や あ り方 が 問い 直 され て い る の で あ る 。   とこ ろ で 、 学 校 給 食 の 持 つ 意 味 につ い て 、 イ ギ リス で 論 じ られ て きた と ころ に よれ ば 、大 要 、 (i)子 供 の栄 養や 健 康 状 態 を 改善 す る こ と、(ii) 子 供 の 栄 養 状 態 を 改 善 し、 子 供 が 学 校 教 育 の 恩 恵 を 十 全 に受 け 得 る よ うにす る こ と、(111)(貧 困)家 庭 に 対 して 財 政 的 に 援 助 す る こ と、(1V) 働 く母 親 を助 け る等 のデ エ イ ・ケ ア ー 的 サ ー ビ ス を提 供 す る こ と。(v)教 科 の カ リ キ ュ ラ ム と 関 連 づ け て 、食 事 や 栄 養 に つ い て の 知 識 を教 授

参照

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