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滋賀大学における会計学(1):彦根高商時代の会計学(第300号発刊記念)

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Academic year: 2021

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滋賀大学 にお け る会計学 (1)

一一彦根高商時代の会計学一一

I ま えが き 「彦根論叢」第300号発刊 を記念 して,こ こに滋賀大学 におけ る会計学の変 遷 を振 り返 ってみ ようとす るものである。 それにつけて も,筆 者にはずっしり と諸先学の偉大 な業績の重みが圧 し掛か って きて,到 底その任に堪 えない と思 われ るが,ガヽ稿 をしたためてその任務 の一端 を果たしたいと思 う。 「彦根論叢」が創刊 されたのは,第 2次 世 界大戦終結後, 4年 経過 した昭和 24年12月の ことである。新制大学 としての滋賀大学が設置発足 した年 である。 その 1年 前の昭和23年12月に 「彦根経専論叢」第 1号 が出版 されている。 さら に,歴 史 を遡れば,彦 根高等商業学校設置 (大正11年)後 の,大 正15年 3月 に 「彦根高商論叢」第 1号 (創刊時はパ ンフレッ ト」 と称 され,昭 和 2年 7月 の第 3号 か ら 「彦根高商論叢」 と改称 された。)が発刊 された。 そ して,昭 和18 年11月の第34号まで続 いたが,戦 時下時局急 を告げ休刊 となった。 滋賀大学におけ る会計学 を論 じる場合,や は り,ま ず前身の彦根高商時代の 偉大 な業績に触れない訳にはいかない と思われ る。 そこで,小 稿 では,彦 根高 商時代 におけ る会計学 を取 り上げることにす る。滋賀大学における会計学につ いては次稿 において論 じることに したい。 H 草 創期 に おけ る会計 学 彦根高商におけ る会計学担当教官 を,赴 任順 (括弧 内は在任期 間)に あげ る と,西 垣直記教授 (大正12.3.一 昭和 5.3.),神 原克次助教授 (大正12. 明 正 頭 両

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3.-15.5。 ),原 田博 治 教 授 (大正 14.4.― 昭 和 19,3.),小 野 映 助 教 授 (昭和 3.10。 -9.6。 ),松本 雅 男 教 授 (昭和 6。 3.-16.4.),山 下 勝 治教 授 (昭和 9.4.-19.4.),名 西儀 一教 授 (昭和 16。 5,-19.3.) が在任 され た。 また,こ れ らの彦根 高商時代 の諸教授の門下生 には,後 に会計 学 で名 を成 した馬場 克三教授 (大正 15年卒 ),谷端 長 教 授 (昭和 16年卒),山桝 忠 恕教 授 (昭和 17年卒 ),小倉榮一郎教 授 (昭和 18年卒 ),清水 哲雄教授 (昭和24 年卒 )が お られ る。 西垣教 授 は簿記 の担 当で,簿 記会 計 の教 育 で著名 な方 であ り,「 彦根 高商論 叢」 に 「決 算 を中心 として簿記会 計学上 の二,三 の問題」(第 1号 ,大 正 15年 3 月)他 10編の論文 を掲載 され てい る。 その後,昭 和 高商へ転任 され た。神 原助 教 授 は簿記 と倉庫論 を担 当 され た。 原 田教 授 は ご専 門は工業経営論 と取引所論 であ るが工 業簿記 も担 当 され た。退官後一 時,実 業界にお られたが,昭 和25年 4月 に広 島市立工 業専 門学校 (現在 の広 島大学工学部)の 教授 とな られた。 ま た,修 道短期 大学学長 も務 め られ た。小 野助教授 は簿記の担 当で,昭 和 6年 11 月か ら 2年 間アメ リカ合衆国へ在外研究で出張 された。 「彦根高商論叢」第10 号,昭 和 6年 12月 9日 に 「映画の製作 と其の原価会計」 とい う論文 を残 され, 昭和 9年 に明治大学へ転任 された。松本教授 と出下教授についてはす ぐ後で論 じるこ とにす る。名西教授は 「彦根高商論叢」第33号,昭 和18年 7月 の 「損益 計算書 と経済性計算表」 と他一編の論文 を発表 され,山 口高商へ転出された。 さて,彦 根高商時代 における会計学 を論 じる場合,上 記の草創期における諸 教授の ご業績は貴重 な ものであることはい うまで もないが,松 本教授 と出下教 授の ご業績は特に偉大 な もので,わ が国の会計学界に及ぼ した影響は大 きく計 り知れない ものがある。 ここでは両教授の業績の全体 について論 じることは, 到底筆者の為 し得 る業 ではない し,ま た,小 稿の範囲を超 えるものである。そ こで,小 稿 では,次 に両教授の彦根高商時代の業績に限定 して述べ ることとす る。 1)以 上 の記述については,陵 水会 「陵水六十年史」昭和59年 5月 を参照 した。

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滋賀大学における会計学(1) 89 1 H 松 本 雅 男教 授 の研 究 業 技 松本教授 は明治3 7 年 7 月 和歌 山県伊都郡妙寺町に生 まれ, 和 歌 山市立和歌 山 商業学校,山 口高等商業学校 を経て,東 京商科大学 を昭和 6年 3月 に卒業 され, 直 ちに助教授 として彦根高商に着任 された。教授は金融論 を専攻 されていたが, 2 ) 彦根高商側 の者B合に よって,簿 記,‐原価計算,工 業経営論の担当 となった。 同 7年 10月に教授に昇任 された。同11年2月か ら13年2月 までの 2年 間, ドイツ, お よび,イ タ リア,ア メ リカ合衆国に留学 された。 この間に,当 時すでに,ケ ル ン商科大学 を退官 していたシュマー レンバ ッハ (Schmalenbach,E.)教授 に 会 われ た時 に,Rechnungswesen(会 計 学)と Verwaltungslehre(経営 管理 論)と の結合 (今日の管理会計論)を とい う示唆 を受け られたことが,松 本教 D 授 の研 究 に決定 的 な影響 を及 ぼ した といわれ て い る。 その後展 開 され た同教 授 の会 計学 は,こ の シュマー レンバ ッハ の示 唆 に もとづ いてい る もの といえ る。 同教 授 の会 計学研 究 は,二 つ の方 向に分 け るこ とが で きる。 その一 つ は,存 在 科 学 としての会 計学 であ り,こ れ は原価 計算, と りわけ標 準原価計算 の発展 史 的研 究 であ る。他 の一つ は,規 範科 学的 ・技術論 的会 計学 であ り,こ れは管理 会 計論 の研 究 であ る。 したが って,彦 根 高商時代 の松本教 授 の業績 は,原 価 計 算論 の分 野 と管理会 計論 の分 野 の研 究 に分 け るこ とが で きる。 さ らに,松 本 教 授 の原価 計 算論 の研 究 は二つ に区分 で きる。つ ま り,原 価 計算論 の基礎 的研 究 と統制価格 論 の 問題 であ る。 原価 計算論 の基礎 的研 究 として,「 彦根 高商論 叢」 に 「原価 計算 の正確性 」(第11号,昭 和 7年 7月 )以 後10編の論文 を掲載 さ れ て い る。なか で も,「信楽 陶業 の起 原 と製 品の変遷」(第16号,昭 和 9年 12月) 他 1編 の実証研 究 は注 目され る。統制価格論 につ いては,留 学 よ り帰 国後,10 編 の論文 を 「彦根 高商論 叢」 に掲載 され てお り,著 書 「統制価格論」森 山書店, 2)こ の間の事情については,片 野一郎先生 ・松本雅男先生還暦記念論文集刊行会編 「現代 会計学 の基礎理論」 同文舘,昭 和41年 6月 ,412頁 ,お よび,「 陵水六十年 史」67頁 68 頁参照。 3)前 掲,「 現代会計学の基礎理論」413頁-416頁 参照。

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昭和 13年 3月 を上梓 され た。本書 は,戦 時下経済 におけ る価格統制 を論 じた も の であ り, ド イツにおけ る第一次大戦 中,戦 後,お よび,ナ チス統 治下 の価格 統制 の展 開 とア メ リカにおけ る第一 次大戦時代,お よび,戦 後 の価格統制 を論 じて い る。 また,統 制価格 の決定,そ の ための資料整備 お よび統制価格 の監督 につ いて述べ てい る。 さ らに,現 実 原価 を排 して責任 原価 を推奨 し,価 格下 限 を論 じ,原 価 調査 の重要性 を指摘 し,原 価 計算制度 の統一 を詳説 している貴重 な文 献 であ る。 松 本教 授 の管理会 計論 の研 究 は,「 本邦銀行 成果経営生活標準 の研 究l―l・0 -大 小銀行 階級別― 」「彦根高商論叢」(第 9号 ・第10号,昭 和 6年 7月 ,12月), 「経営 比較 の意義」「商工研 究」(第四韓,昭 和 15年 2月 ,彦 根 高商商工研 究会), お よび,「 経営比較 の意義 と体 系」「彦根 高商論 叢」(第28号,昭 和 15年12月)の 3編 が あ る。 これ らの研 究 はア メ リカお よび ドイツにおけ る経営分析 の手法 を 研 究 し,そ れ を駆使 した もの であ る。 この研 究 は さ らに継続 され,第 二次大戦 後 に 出版 され た 「企業比較論一企業能率 測定 の理論 と実務一 」(千倉書房,昭 和 23年 6月 )と して結実 した。本書 は極 め て体 系的 で精級 な経営分析 の書 であ り, 今 日にお いて もなお も光彩 を放 って い る もの であ る。後年,教 授 はその著 「標 準 原価 計 算論― その本 質 と発展― 」 国元書房,昭 和36年 7月 (学位論文)に よ り, 日本会 計研 究学会上 野 ・大 田賞 を受 賞 され た。松本教 授 は昭和 16年 4月 に 母校 の東 京商科 大 学へ転任 され た。 なお,昭 和54年 6月 7日 か ら 9日 まで,滋 賀大 学経 済学部 にお いて開催 され た, 日本会 計研 究学会 第38回全 国大会 にお い て,松 本教授 は 「管理会 計 の新動 向」 と題 す る公 開講演 をされ た。 ド イツ留学 の際 に管理会 計 につ いて シュマー レンバ ヽ/ハ に啓発 を受 け た こ とや それが生涯 の研 究 テーマ に なった こ とを話 され た。 なお,こ の公 開講演 では,彦 根 高商第 1回 卒 業 の馬場 克三教授 (九州大学)も 「中国簿記増減記帳法の復記性 につい て」 と題 す る講演 をされ た。 IV 山 下勝 治教授の研 究業績 山下教 授 は明治39年 5月 岡山県笠 岡市 に生 まれ,笠 岡商業学校,大 分 高等商

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滋賀大学における会計学(1) 91 業学校 を卒業後,豊 橋市立商業学校教諭 を 2年 間 された。 その後,神 戸商業大 学 を卒業後,そ の研究科 を昭和 9年 3月 に修 了され,同 年 4月 に彦根高等商業 学校 に講師 として着任 された。 同11年 1月 に教授 に任ぜ られた。 山下教授 は彦 根へ の着任早々に,名 訳 「シュ ミッ ト有機観対照表学説」同文舘,昭 和 9年 11 月 を出版 された。大学お よび研究科時代 に時間 をかけて丹念に訳出された もの で,現 在 も多 くの研究者によって愛読 されている名著である。同教授は20編を 超 える論文 を 「彦根高商論叢」に掲載 されている。 そこで,こ こでは,彦 根高 商在職 中に出版 された著書 (4冊 )を 通 じて,偉 大 な出下教授の彦根高商時代 におけ る研究業績 を述べ ることにす る。 (1)「ドイツ会計学理論」厳松堂書店,昭 和13年10月 本 書は, ドイツに生成 ・発展 した貸借対照表の静的観 ・動的観,お よび,有 機的観の理論についての 諸学説 を比較 ・総合 してあるべ き貸借対照表理論 を構成 しようとす るものであ る。諸学説 を存在論的理論 と規範的理論 (目的論的理論)に 分類・総合す る。 静的観 の背後 に財産計算が,動 的観 の背後に損益計算が横 たわってお り,共 に 存在す る貸借対照表 を解釈す るものである点において存在論的理論 と分類 され る。有機的観 は財産計算はいかにあるべ きか とい う目的論的・規範的理論 と分 類 され る。貸借対照表静的観 を,さ らに,財 産計算説 (シェアー),財産資本計 算説 (ニック リッシュ,オ スバール,ザ イシャープ),資本調達運用説 (グルス トナー),資本計算説 (ル ・クー トル,ラ イシュ=ク ライビヒ)の 四見解 に区分 され る。動的観 はシュマー レンバ ッハ とワルプに分類 される。規範的理論 とし て コヴェロ評価論 とシュ ミッ ト有機的観 をあげ られている。 また,初 期貸借対 照表評価論について も,客 観的売却価値説,主 観的使用価値説,主 観的営業価 値説,評 価規定拘束力否定説に分類 し批判 されている。本書は, ドイツにおけ る貸借対照表論―会計学 を,わ が国において初めて体系的に研究 された理論書 である。 修)「戦時利潤統制」千倉書房,昭 和14年 5月 本 書は,戦 時経済下の企業に おけ る戦時超過利潤の本質 ・公正妥当な限度,お よび,そ の統制の諸問題 を考 察 した ものであ る。欧州大戦 中,な らびに,そ の後に展開 された欧米の軍需工

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業 の利潤統制 を検討 し,戦 時利潤発生 の必然性,公 正利潤 の限界,さ らに,戦 時利 潤統制 の具体 的方法 の研 究 を課題 とされ てい る。戦時利潤統制理論,戦 時 利 潤統制 形態論,お よび,補 論 の三編か らなってい る。 O)「会 計理論 の新構 想」厳松 堂書店,昭 和 15年10月 本 書 は,前 著 の 「ドイ ツ会 計学理論」 におけ る研 究方法 を基礎 に して,さ らに,抱 いてお られた構想 をその 内容 に盛 り具体化 され た優 れ た著作 であ る。総 説,成 果計算論,財 産計 算論 の三 編 か らな る。総 説 にお いては, まず,会 計学 (会計理論)の 研 究対象 は企業 資本 の計算的把握 に よる確 定 であ り,そ の計算 内容 は期 間的成果計算 と 期 末財産 計算 の二領域 にわた る とされ る。会計学 は,そ れが統一 的関係対象 を もつ財務 計算 であ る とし,本 書 の研 究 を純理論 の立場 か らな され よ うとしてい る。 これ までの会 計学説 を規制 的会 計学 説 と秩序 的会 計学説に分 けて考察 して い る。規制 的会 計学 は英米の実践的会計学,お よび,シ ュ ミッ トに代表 され る 目的論 的 ・規範 的会 計学 であ り,秩 序 的会計学 は シュマー レンバ ッハ に よって 代 表 され る存在論 的理論 であ る。 これ らの学 説 を吟味 ・批判 し,山 下教授 の立 脚 され る理解 的会 計学 の構成 を説かれ る。会 計現象 は会 計 に携 わ る人の 目的行 為 に導かれ た もの であ るか ら,会 計現象 は会計 の経済的 目的 に対 していか な る 意 味関連 を もつ ものであ るか を理解 しよ うとす る認識方法 を とるこ とが,計 算 技術 的制約 を受 け た これ らの会 計現象 を根本 的かつ全 的に理解 しうるこ とにな る, と され る。教 授 は,会 計 目的観 を導 き出す方法 の手がか りは従来か ら存在 す る貸借対照 表理論 に求 め うる として, ド イツの諸理論 を財産計算説,成 果計 算 説,財 産 お よび成果計算 説に分 けて検討 し, 自 己の結論 として,企 業会計の 経 済的任務 は投下 自己資本 の計算 にあ り,会 計 の 目的 は企業 におけ る 自己資本 の計算 的管理,い いか えれば,投 下 自己資本 の維持 にある, と され る。 そ して, 成果 計算 ・財産計算 は共 に 自己資本 の計算的管理 とい うよ り高次 の 目的に総合 され る関係 にあ る, と され る。次 に,第 二編 ,成 果計算論 は,理 解 的会計理論 の具体 的 内容 をなす部分 であ り,企 業成果計算の本質 を期 間的成果計算 であ る とし,企 業 資本全体 の維持 回収計算 であ り, 自己資本 の成果計算 であ ると特質 づ け られ る。 第二編 ・財産 計算論 では,財 産 とは資本 の具体化 した形態であっ

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滋賀大学における会計学(1) 93 て,期 間的損費 とならないで次期へ繰越 され るもの, と意義づけ られ る。そ し て,財 産計算は一定時″点におけ る財産の価値 (物としての価値)を 計算確定 し ようとす るものではな くて;一 定時点におけ る企業資本循環の横断面 を示 し, 企業資本の機能形態 を把握す るものである, と考 えられている。企業会計の中 枢課題が資本確定計算にあるところか ら,企 業資本の増減 を確定す る成果計算 が強 く前面に現われ るとして,期 間的成果計算の優位性 を認め られ る。 したが って,財 産計算は企業資本計算の従属計算であ り,内 容的には名 目的価値計算 に過 ぎない もの とな り,ま た,計 算技術的便宜上か ら,真 の企業資本ではな く て,未 収利息 ・未経過保険料の ような簿記上の財産項 目を含んだ擬制企業資本 の定期的 。計算的把握 とい う特質 をもつ根拠が明 らかにされている。 本書におけ る「会計理論の新構想」は,山 下教授の後の「会計学の一般理論」 千倉書房,昭 和30年 4月 ,「 会計学一般理論」千倉書房,昭 和34年 4月 ,「 会 計学一般理論一決定版― 」千倉書房,昭 和43年 4月 へ と基本的には受け継がれ ているもの といえる。 に)「原価価格計算」千倉書房,昭 和17年 8月 本 書は,戦 時統制経済下 にお け る適正価格形成 に関す る研究書 である。官需品を中心 として, 日・独にみ ら れ る原価価格 (Selbstkostenpreis)計算 に関す る計算規定 を中心 として,価 格形成の原理 としての原価価格計算の具体的内容 の比較研究 を行 っている。前 編 ・価格統制計理 の発展,本 編 ・原価価格計算,結 編・原価価格計算 と強制監 査,お よび,補 編か らなる。前編では,ま ず, 自由経済における企業会計が統 制経済において どの ように変化す るか を論 じ,次 に,価 格統制手段 としての計 理統制の発展 を日 ・独 について論 じている。本編では,ま ず,原 価価格の構成 ・性格,お よび,原 価価格計算の課題 ・限界が論 じられ,原 価価格 を構成す る 原価概念 と利潤概念,原 価価格の もつ社会的意義,す なわち,経 営生産力の持 続的維持,経 営収益配分の規制作用が述べ られている。原価価格の構成部分 で ある原価部分 につ いては,原 価構成 と原価計算方法に分 けて論述 されている。 特 に,わ が国の 「製造工業原価計算要綱」 と ドイツの 「給付原価基準価格算定 要綱」(LS6),「 原価計算総則」(AGK)と の比較研究がなされている。原価

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価 格 の い ま一 つ の構成部分 であ る利潤部分 につ いては,附 加利潤 につ いて その 構 成要素 を 日 ・独 両 国の規定 を比較研 究 し,経 営必要 資本 に対す る利子,企 業 家 危 険,業 績報酬,収 益 に対す る課税 につ いて論述 され てい る。結編 では,価 格 に関す る強制 監査 (強制価格 監査 )の 発展 が述べ られてい る。補編 は, 1. わが 国におけ る軍需調弁 品原価価格 計算規定 2.わ が 国におけ る統一財務 諸 準則 の発展 とその意義 3.原 価価格 計算規定 か らなってい る。 以上 ,わ が国の会 計学界の最 高峰 を形成 され た一 人 であ る出下教 授 の彦根 高 商 時代 の業績 をその著書 4冊 につ いて紹介 した。 「山下会 計学」 の基礎理論 は 彦根 高商 時代 に形成 され た もの といえ る。 その特徴 は,教 授 の会 計学 には透徹 した論理 が一 貫 して横 たわ ってお り,企 業会 計 におけ る諸現象 を常 に利潤計算 とい う統一的観点か ら一元的に解明 されている, ところにあるといえる。なお, 教授 は 「会計学講義」(彦根高商)と い う講義資料 を昭和14年10月に著わされて いるが,入 手できなかった。後年,教 授はその著 「損益計算論―損益計算制度 の発展―」泉文堂,昭 和25年10月 (学位論文)に よって, 日本会計研究学会上 野 ・大 田賞 を受賞 されている。昭和19年 4月 に母校の神戸商業大学へ転任 され た。 V 彦 根 高商卒業生の会計学 彦根 高商 の卒 業生 の うち,会 計学 の道 に入 り研 究者 に な られ たのは,馬 場 克 三教 授,谷 端 長 教 授,山 桝忠恕教授,小 倉榮一郎教 授,清 水哲雄教授 の 5名 で あ る。 ここでは,馬 場教 授,谷 端教 授,山 桝教 授 の研 究業績 を取 り上 げ る。 小倉教授 と清水教 授 の研 究業績 につ いては,母 校滋 賀大学 において在職 し活躍 され たの で,次 稿 の 「滋 賀大学 におけ る会 計学(2)」にお いて述べ るこ とにす る。 馬場 克三教 授 は,彦 根 市 出身で,大 正 15年 3月 に彦根 高商本科 (第 1回 )を 修 了 され,昭 和 6年 3月 に九州帝 国大学法文学部経 済科 を卒業後,同 大学 に副 手 として残 られ た。 昭和20年 同大学教 授 に昇任 され た。昭和43年 3月 退官 され, 4)神 戸大学会計学研究室編 「利潤会計 と計画会計」(山下勝治先生還暦記念論文集)千 倉書 房,昭 和42年12月, 2頁 ,参 照。

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滋賀大学におけ る会計学(1) その後,西 南学院大学,広 島修 道大学 に勤務 され た。教授 の専攻 は経営学,会 計学,保 険学 と広 範 囲 に わた って い る。会 計学 の主著 は 「減価償 却論 」千倉書 房 ,昭 和26年 4月 (学位 論 文, 日本会 計研 究学会 上 野・大 田賞受賞)で あ る。 本 書 は,私 経済的 な諸 々の概 念 と社会経済的 な基礎理論 との連絡 を,具 体 的 な 問題 に関説 しつつ,明 らか にす る とい うこ とが 問題 であ り,こ の よ うな関連 の 追及 を 目的 として,減 価償 却 の分 析 を試 み られ た もの であ る。個別 資本 説 に も とづ く減価償却 問題 の優 れ た研 究書 であ る。 谷端 長 教 授 は,和 歌 山県古座 町 出身で,昭 和 16年 3月 に彦根 高商本科 (第 16回)を 修 了 され,昭 和 18年 9月 東京商科 大学 を卒業後,一 時実業 界にお られ, 昭和26年 4月 に神 戸大学経営学部 の助 手 とな られ た。昭和39年同大学教 授 に昇 任 され た。 昭和59年 4月 退 官 され,そ の後,大 阪商業大学 に勤務 され た。彦根 高商時代 ,谷 端教 授 は経 済哲学 に関心 を もたれ て いた。文 芸部 に所属 され,「彦 根 高商学報 第104号」(昭和 15年 2月 3日 ,文 芸部 ・谷端教 授編)に 「逢か な る 友 T君 ヘー 経 済学 の ため に一 」とその回答に対す る反論 を 「同学報第105号」(昭 和 15年 3月 7日 )に 展 開 され て い る。 この論文 が 山下勝 治教 授 の 目に止 ま り, 谷端教授 が東京商科大学へ進学 され る契機 となった。 そ して,後 に,山 下教授 が谷端教 授 を神 戸大学経営学部会 計学 第 1講 座へ迎 え られ るこ とになったので あ る。教授 の主著 は 「動 的会 計論 の構造」森 山書店,昭 和33年 3月 ,お よび, 「動 的会 計論 」森 山書店,昭 和40年10月であ る。動 的会 計論 の構 造」 に よ り 昭和 34年度 日本会 計研 究学会 上 野 。大 田賞 を受 賞 され,「 デ ィナ ミッシェ・ビ ランツ研 究」 に よ り昭和37年 2月 に学位 を受 け られ た。教授 の研 究 は,シ ュマ ー レンバ ヽノハ を始め とす るデ ィナ ミッシェ ・ビランツの会 計構造 の発展 につ い て,そ の基本構造 と基本 原理 を徹 底 的 に解 明 され た ものであ る。 山桝忠 恕教 授 は,昭 和 17年 9月 に彦根 高商本科 (第18回)を 修 了 され,昭 和 20年10月神 戸経済大学 を卒 業後,同 大学研 究員 ・講 師 を務 め られ た。 その後, 松 山商科 大 学 ・神 戸商科 大学 を経 て,昭 和32年 よ り慶應義 塾大学 に勤務 され た。 5)福 島孝 夫教 授稿 「谷端 長 先生一 人 と学 問一 」国民経済雑誌,第 150巻・第 4号 ,谷 端 長博士記念号,昭 和59年10月,123頁-124頁 参照。

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主 著 に 「ア メ リカ財 務 会 計 」 中央 経 済社 ,昭 和 30年 3月 ,「 監査 制 度 の展 開」 有 斐 閣,昭 和 36年 (学位 論 文 ),「 近 代 会 計 理 論 」 国 元 書房 ,昭 和 38年 1月 (昭 和 39年 度 日本 会 計研 究 学会 大 田賞受 賞 ,昭 和 38年 度 か ら上 野 ・大 田賞 が 大 田賞 に 変 わ っ た。),「 近 代 監 査 論 」 千 倉 書 房 ,昭 和 46年 等 が あ る。教 授 の 研 究 は, 会 計 制 度 や 会 計理 論 の 原理 を論 理 的 に徹 底 して追 求 され た もの で あ る, と い え る。 参 考 文 献 ・滋賀大学史編集委員会 「滋賀大学史」平成 1年 3月。 ・陵水会 「陵水六十年史」昭和59年5月 。 ・陵水会 「陵水七十年略年表」平成 5年 11月。 ・佐藤孝一著 「会計年表」中央経済社,昭 和44年5月。 ・青木茂男編 「日本会計発達史―わが国会計学の生成 と展望一」同友館,昭 和51年4月。 ・日本会計研究学会編 「近代会計百年一その歩み と文献 目録一」 日本会計研究学会,昭 和53 年11月。 ・染谷恭次郎編 「会計学文献 目録一明治 ,大正 。昭和前期―」中央経済社,昭 和56年9月。 ・日本会計研究学会編 「日本会計研究学会50年史」 日本会計研究学会,昭 和62年5月。 ・黒澤 清 著 「日本会計制度発展史」財経詳報社,平 成 2年 10月。 ・山下勝治先生追悼記念事業会編 「追憶 山 下勝治先生を偲ぶ」天理時報社,昭 和46年12月。

参照

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 彼の語る所によると,この商会に入社する時,経歴

在学中に学生ITベンチャー経営者として、様々な技術を事業化。同大卒業後、社会的

2020年 2月 3日 国立大学法人長岡技術科学大学と、 防災・減災に関する共同研究プロジェクトの 設立に向けた包括連携協定を締結. 2020年

土肥一雄は明治39年4月1日に生まれ 3) 、関西

1998 年奈良県出身。5

英国のギルドホール音楽学校を卒業。1972

を育成することを使命としており、その実現に向けて、すべての学生が卒業時に学部の区別なく共通に

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