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博士論文要旨
現代中国企業所得税制の研究
~2007 年企業所得税改革を中心に~
2012 年 1 月
滋賀大学大学院経済学研究科
経済経営リスク専攻
氏名 董 姝宏
指導教員 北村 裕明
指導教員 中野 桂
指導教員 梅澤 直樹
2 本論文の目的は現代中国企業所得税制の展開過程をたどりながら、企業所得税改革の画 期をなす 2007 年企業所得税改革の背景、内容、特徴を明らかにし、2007 年企業所得税改革 の効果および今後の課題を検討することである。 中国の企業所得税制は 1936 年にさかのぼるが、当時の政府は欧米、日本などの先進諸国 における税体系を参考とし、中国の実情を踏まえ、中国国内企業と個人に向けた「所得税 暫行条例」を作成した。しかし、本格的な企業所得税制の展開は、1978 年改革開放以降で あった。新しい企業形態の導入に伴い、政府は既存の国内企業のみに所得税を課する所得 税モデルを廃止し、その代わりとして、国内企業、外資系企業でそれぞれ異なる企業所得 税制度を導入するようになった。2 つの企業所得税制の並存、とりわけ外資系企業により優 遇的な企業所得税制を適用することは、当初、対中直接投資の誘引、外国先端技術の導入、 さらなる中国の高度経済成長に大きく役に立った。データによれば、1994 年~2006 年の間 に、合わせて約 42 万件の外国直接投資が誘引され、実質ベースの外国投資額は 6,679 億ド ルに達した。外資系企業所得税収入は 1994 年の 48.1 億元から、2006 年には 1,534.8 億元 へと 32 倍増加し、それの国内総生産に占める割合は 1994 年の 0.10%から 2006 年の 0.73% へと 7 倍上昇した。 ところが、市場経済が進展するとともに、国内・外資系企業でそれぞれ異なる企業所得 税制を適用することは、企業間の租税負担格差等、競争環境の不平等を生じ、市場経済の 発展を阻害する要因となってきた。企業所得税負担調査の推計では、2005 年に国内企業の 平均実効税率は 24.5%であったのに対して、外資系企業のそれは 14.8%であり、国内企業 は外資系企業より約 10%高かった。2007 年 3 月に、国内外企業で統一的に適用される企業 所得税法が、第 10 回人民代表大会第 5 回会議で決定され、2008 年 1 月 1 日から実施に移さ れることになったのである。本論文は、2007 年に行われた企業所得税の一本化改革に焦点 を当てて、現代中国の企業所得税制を研究することにしたい。 本論文における主たる研究課題は以下の 4 点があげられる。 第 1 に、改革開放以降の 1984 年、1994 年、2003 年と 3 度にわたる税制改革を改革開放 政策の展開と関連付けながら、中国における租税国家の成立過程をたどり、現時点におけ る税体系の全体像と企業所得税制の位置を明らかにすることである。 第 2 に、改革開放以降の形態別企業の変容に伴う企業所得税制の展開過程を整理すると ともに、政策税制として長期間機能していた国内・外資系企業でそれぞれ異なる企業所得 税制を適用することの問題点を指摘し、公平性や中立性という租税原則に依拠したルール
3 に基づく企業所得税制の創出が必要であることを提示することである。 第 3 に、政策税制から租税原則に基づくルールとしての税制への転換点と評価できる 2007 年企業所得税改革の内容、特徴を明確にし、それに伴う租税特別措置の見直しを合わせて 検討することにより、改革の政策意図を分析することである。 第 4 に、2007 年企業所得税改革の効果を企業所得税実効税率の推計によって分析し、今 後の課題を検討することである。それによって、企業を取り巻く租税環境がどのように変 化したのかを明示したい。 このような研究課題を踏まえて、本論文は以下の構成で分析を進める。 第Ⅰ部では、現代中国税制の創出過程と全体像を把握したうえで、中国企業所得税制の 展開をたどる。 第 1 章「租税国家の成立と税制の全体像」では、現代中国における税制の創出を改革開 放政策の展開と関連付けて分析し、現時点における税制の全体像と企業所得税制の位置づ けを明らかにする。ここでは、計画経済から市場経済への移行で政府・行政機関から自立 化した国有企業に企業所得税制の導入を行った 1984 年の 1 回目の税制改革、市場経済の進 展に伴って実施された 1994 年の 2 回目の税制改革、そして市場経済のさらなる発展を目指 した 2003 年以降の 3 回目の税制改革をとりあげて、「有産国家」のもとでの租税国家の成 立過程を論じる。また、現時点の税体系を所得税類、流通税類、資源税類、財産税類、行 為税類、農業税類、特定目的税類に分類することによって、中国税制の全体像、主要税目 の特徴を整理する。これらにより、現代中国における租税国家の成立過程における企業所 得税改革の重要性を示すことにする。 第 2 章「企業所得税制の展開」では、改革開放以降(2007 年まで)を中心に、形態別企 業の変容に伴う企業所得税制の展開過程を国内企業、外資系企業に分けて追うことによっ て、企業所得税の政策税制としての性格、または移行国的途上国的性格を明示する。中国 企業所得税制の創出過程は先進諸国のそれとは異なるだけではなく、国内企業、外資系企 業でさえ差異がみられる。国内企業所得税制は、計画経済から市場経済への移行に伴う国 有企業と政府・行政機関との分離による国有企業課税問題、政府財源調達問題の解決を目 指して構築された政策であり、外資系企業所得税制は、対外開放政策によって許された外 資系企業の進出に応じて導入された政策である。両税制は形態別企業の変容と市場経済の 進展とともに相次いで整備され、政策税制としての性格、または移行国的途上国的性格を 有する国内・外資系企業でそれぞれ異なる企業所得税制となったのである。
4 第 3 章「2007 年企業所得税改革」では、政策手段としての税制からルールとしての税制 への転換点と評価できる 2007 年企業所得税改革に焦点を絞って、その背景、内容、意義を 明確にする。1994 年に形成された国内・外資系企業でそれぞれ異なる企業所得税制は、当 初対中直接投資の誘引、外国先端技術の導入、さらなる中国の高度経済成長に役に立って きた。ところが、政策税制と伝統的な「公平・中立・簡素」の租税原則との調整問題が先 進諸国で絶えず提出されるように、国内・外資系企業でそれぞれ異なる企業所得税制と租 税原則との矛盾が次第に顕在化し、企業所得税制の統合改革が要請されてくる。2007 年企 業所得税改革はこの要望に応じる改革である。それによって、「国内・外資系企業に適用さ れる所得税法の統合、税率の統合、費用控除の算定方法の統合、租税特別措置の統合」と いう四つの統合が実現され、国内企業と外資系企業の課税の中立性が公平という形で達成 された点で、政策税制からルールとしての税制への転換点と評価でき、中国企業所得税の 画期をなしている。 第Ⅱ部では 2007 年企業所得税改革に着目して、改革の社会リスクを管理する政策意図を 明らかにし、企業所得税改革の効果を分析する。 第 4 章「企業所得税特別措置の導入と見直し」では、企業所得税特別措置の展開をたど りながら、企業所得税の政策税制としての性格を明確にし、それがいかなる意味で政策手 段から社会のルールへの転換であると評価できるのかを分析する。同時に、2007 年企業所 得税改革に伴って租税特別措置を整理しつつも、政策税制としての性格が一部残している ことを提示しようとする。企業所得税特別措置は、長期間にわたって政策として機能する 中国企業所得税制の重要な一部と位置づけられ、80 年代初頭から外国投資促進、国際貿易 拡大などの政策目的を達成させる手段として利用されてきた。それは、当初、中国におけ る外国直接投資の誘引や国際貿易の活発化に大きく寄与し、同時に国内企業または国内市 場も十分に成熟してきたのである。こうした背景で行われた 2007 年企業所得税改革は、租 税特別措置を整理し、政策手段からルールへの移行段階における画期的なものであるが、 産業構造再編、地域格差是正などを目指して、新しい租税特別措置を導入しているのであ り、ルールとしての税制としては過渡的性格を有するのである。 第 5 章「企業所得税改革の効果分析」では、2007 年企業所得税改革前後の国内企業、外 資系企業に適用される所得税平均実効税率を比較分析することによって、2007 年企業所得 税改革の効果を検討する。ここでは、改革の効果を投資促進効果、産業構造再編効果、地 域格差是正効果、租税回避行動の抑制効果に分けて分析を進める。分析の結果、国内企業
5 に適用される所得税実効税率の低下は国内企業投資の促進に役に立っており、外資系企業 実効負担の上昇は外国直接投資の水準を減少せず、むしろ「外資利用の質的向上」に有利 に働いている。また、産業構造再編に対して、国内・外資系各産業に適用される所得税実 効税率の変動傾向はそれぞれ異なり、国内企業の税率変動から工業のグレード・アップ、 生活性サービス産業の多様化、資源有効利用の向上といった産業構造再編効果がみられる が、外資系企業についてはそのことが明確的に示されていないのである。他方、地域別企 業の所得税平均実効税率は改革前後において大きな変動が見られず、改革の地域投資格差 是正効果がそれほど顕著ではないと指摘できる。そして、移転価格対策税制の法的整備、 タックスヘイブン・過少資本対策税制の導入から期待される多国籍企業の国際租税回避行 動の抑制効果は、現在のところまで出資先別対中直接投資、投資先別対外直接投資の推移 によって検証されず、効果が出るとしてもそれには時間がかかるようである。 終章では、本論文の総括を行い、企業所得税改革の今後の方向と課題について述べる。