介護事業者の不正行為を防止する取組とモニタリング効果の検証
政策研究大学院大学 まちづくりプログラム MJU16708 高田 拓元
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1 はじめに12000 年(平成 12 年)に介護保険法が施行されて から16年が経過している。この16年の間にはコ ムスン事件を初め様々な介護サービスに関する不 正事例が発生した。介護報酬の不正請求のほか、
人員や運営基準違反、虚偽報告や虚偽申請、さら には利用者への虐待と多岐にわたる。こういった 行為は利用者の尊厳を損ないケアの質を落とし、
介護保険制度全体への信頼を貶める、看過されて はならないことである。そのため、国を初めとす る行政機関は、不正を未然に防ぐことや、発生し た不正事例に適切な処分を下せるように指導や監 査を行い、また制度の改正を行ってきている。本 稿においては、指導におけるモニタリング効果を 指導の実施回数(以下、「指導周期」という)と指導 結果公表の有無について実証分析を行った。分析 に当たってはサービス種別ごとに介護サービスの 苦情率、利用率、虐待率の3指標を使用した。実 証分析結果や現状を踏まえ、モニタリング効果を より高めるための提言を行った。
2 制度の概要
行政による指導および監査は介護保険法施行前 から行われてきた手法であり、指導については介 護保険法(以下、「法」という)第23条および第24 条を、監査については法第70条以下の各サービス に該当する条文を根拠としている。その目的は、
指導が介護サービスの質の確保・向上および不正 や虐待の防止とされており、監査は事後的に権限 を適切に行使することとされている。今回、モニ タリング効果として指導、特に事業所へ行政職員 が立ち入り、請求等の書類や利用者の生活実態を 確認する実地指導に着目している。その理由とし
1 本稿は論文の要約であるため、参考文献等は論文を参照されたい。
ては、2006年の介護保険制度改正にある。この改 正の中で指導指針の見直しも行われており、指導 周期に関する規定が廃止されている。指導周期に 関する規定とは、施設サービス(介護老人福祉施設 (特別養護老人ホーム)、介護老人保健施設、介護療 養型医療施設)は2年に 1回、居宅サービス(施設 以外の介護サービス)は3年に1回指導を行う、と していたものである。厚生労働省は各自治体によ り効率的かつ効果的に実施するとして、この規定 を廃止することとした。
また、本研究の過程で指導結果について行政に より公表非公表の違いがあることがわかった。指 導の結果を公表するかどうかは任意でありその取 り扱いにばらつきが生じている。
3 理論分析と仮説
介護事業者と介護サービス利用者の間に情報の 非対称性の緩和解消のため、行政は指導という形 で介入している。指導におけるモニタリングと情 報公表による効果について仮説を設定する。
モニタリングに関する理論分析
行政には適切な介護サービスが提供されている かを監督する責任があり、現実にモニタリングと して行っているのが指導である。事業者と利用者 の情報の非対称を解消し、サービスの質の向上や 不正の防止と言う役目を持っている。指導周期が 廃止されたことによって、そのモニタリング効果 に違いが見られるようになってきているのではな いかという考察のもと、仮説1を設定する。
仮説 1 短い指導周期で行政が指導を実施するこ
とは、長期化する指導周期の場合よりも、介護サ ービスの質の向上につながっているのではないか。
情報公表に関する理論分析
2
指導結果の公表が行政により行われることは、事業者と利用者の間の情報の非対称の解消に役立 つと考えられる。さらに、事業者にとっては自ら の介護サービスの質を高めようとするインセンテ ィブを持つことが予想される。また、利用者にと っては結果が公表されることでより適切なサービ スを行う事業者に変更することが可能となる。こ のような考察のもと以下の仮説を設定する。
仮説 2 指導の結果を公表することは、非公表と
することよりも、介護サービスの質の向上につな がっているのではないか。
4 実証分析
第3章で設定した2つの仮説について実証分析 を行う。
介護サービスの質と指標
本稿では先行研究を踏まえ介護サービスの質を 苦情率、利用率、虐待率の3指標で測ることとす る。不満足度を示す指標として苦情率を、利用者 の現実の行動の結果として利用率を、また実際に 起きた虐待について統計にまとめられているもの を虐待率として使用している。どの指標も完全な ものではないものの、質を測るベストな指標が確 立されていないため、複数の指標を組み合わせて 見ることでその傾向を調べることとする。
実証分析 1 施設サービス、苦情率と利用率を被 説明変数にして
施設サービスへの指導周期のモニタリング効果 と、指導結果公表による情報公表の効果を分析す る。2002年から2014年の都道府県パネルデータ を使用し、固定効果モデルまたは変量効果モデル により分析する。被説明変数は苦情率と利用率と する。指導周期を示す説明変数は、施設2年~7年 超ダミーであり、指導を何年に1回行っているか を指標化したものである。結果の公表には結果の みの公表と事業所名までを含めて公表していると きの2通りがある。
推計結果は表1および表2のとおりである。
苦情率と指導周期について、2年3年4年の指 導周期で苦情率が減少することが 5%または 10%
水準で統計的に有意に示された。
利用率と指導周期について、3年 4年の指導周 期で利用率が増加することが 5%水準で統計的に 有意に示された。
指導結果の公表について、公表がない場合に比 べてある場合は、利用率の増加が10%水準で統計 的に有意に示された。苦情率においては統計的に 有意に示されなかった。また、事業所名を含めて 公表しているかどうかについては、苦情率利用率 ともに統計的に有意な結果は示されなかった。
実証分析 2 居宅サービス、苦情率と利用率を被 説明変数にして
居宅サービスへの指導周期のモニタリング効果 と、指導結果公表による情報公表の効果を分析す る。2002年から2014年の都道府県パネルデータ を使用し、固定効果モデルまたは変量効果モデル により分析する。被説明変数は苦情率と利用率と する。指導周期を示す説明変数は、居宅3年~7年 超ダミーであり、指導を何年に1回行っているか を指標化したものである。結果の公表は結果公表 と事業所名公表の2通りがある。
推計結果は表3および表4のとおりである。
表2 施設サービス利用率を被説明変数とした結果 固定効果モデル 被説明変数
説明変数 標準誤差
施設2年ダミー -0.001 (0.023)
施設3年ダミー 0.047 ** (0.021) 施設4年ダミー 0.067 ** (0.034)
施設5年ダミー 0.039 (0.041)
施設7年超ダミー 0.037 (0.025)
指導結果公表 0.030 * (0.016)
事業所名公表 -0.055 (0.035)
施設密度 0.105 *** (0.004)
後期高齢化率 -0.013 *** (0.004)
低所得率 0.067 ** (0.032)
重度率 -0.029 *** (0.005)
2003年 0.015 (0.019)
2004年 0.031 (0.022)
2005年 0.004 (0.025)
2006年 0.240 *** (0.032) 2007年 0.361 *** (0.034) 2008年 0.346 *** (0.036) 2009年 0.399 *** (0.038) 2010年 0.470 *** (0.045) 2011年 0.387 *** (0.046) 2012年 0.230 *** (0.046)
2013年 0.038 (0.038)
2014年 0.153 *** (0.047)
定数項 1.855 *** (0.219)
観測数 611
決定係数 0.839
***,**,*はそれぞれ有意水準1%,5%,10%を示す。
施設サービス利用率 係数 表1 施設サービス苦情率を被説明変数とした結果
変量効果モデル 被説明変数
説明変数 標準誤差
施設2年ダミー -0.502 ** (0.233) 施設3年ダミー -0.360 * (0.210) 施設4年ダミー -0.720 ** (0.335) 施設5年ダミー -0.331 (0.417) 施設7年超ダミー -0.249 (0.254)
指導結果公表 -0.005 (0.163)
事業所名公表 0.186 (0.361)
施設密度 0.027 (0.033)
処分率 0.090 (0.128)
後期高齢認定率 -0.103 ** (0.049)
低所得率 -0.061 (0.089)
重度率 0.017 (0.034)
2003年 -0.270 (0.231)
2004年 -0.433 * (0.244)
2005年 -0.187 (0.266)
2006年 -0.627 * (0.338) 2007年 -0.747 ** (0.367) 2008年 -0.929 ** (0.391) 2009年 -0.893 ** (0.431) 2010年 -1.002 ** (0.479)
2011年 -0.741 (0.494)
2012年 -0.904 * (0.488) 2013年 -0.855 * (0.460) 2014年 -0.882 * (0.497)
定数項 9.974 ** (4.073)
観測数 611
決定係数 0.179
***,**,*はそれぞれ有意水準1%,5%,10%を示す。
施設サービス苦情率 係数
3
苦情率と指導周期について、6 年の指導周期で 苦情率が減少することが 1%水準で統計的に有意 に示された。しかし、3年4年5年においてはい ずれも統計的に有意に示されず、6 年においての み苦情率減少傾向があることがわかった。利用率と指導周期について、3 年から6年のい ずれにおいても統計的に有意に示されなかった。
指導結果の公表について、事業所名を含めての 公表がある場合はない場合に比べて、苦情率の減
少が1%水準で統計的に有意に示された。利用率に
おいては統計的に有意に示されなかった。また、
指導結果のみの公表については、苦情率利用率と もに統計的に有意な結果は示されなかった。
居宅密度が苦情率に負の影響を与えていること
が1%水準で統計的に有意に示された。一方で、利
用率に対しては正の影響を与えていることが 1%
水準で統計的に有意に示された。
実証分析 3 サービス種別なし、虐待率を被説明 変数にして
サービス種別を分けずに指導周期のモニタリン グ効果と、指導結果公表による情報公表の効果を 分析する。2006年から2014年の都道府県パネル データを使用し、変量効果モデルにより分析する。
被説明変数は虐待率とする。指導周期を示す説明
変数は、指導周期を施設居宅関係なく1年あたり に置き換えた平均値である。数字が大きくなるほ どより細かい指導周期となると考えられる。結果 の公表は結果公表と事業所名公表の2通りがある。
推計結果は表5のとおりである。
平均周期が虐待率に負の影響を与えていること
が10%水準で統計的に有意であることが示された。
指導結果公表および事業所名公表が虐待率に与 える影響については、いずれも統計的に有意に示 されなかった。
2012年2013年2014年の3ヵ年において、虐 待率の増加が 1%水準で統計的に有意であること が示された。
5 考察
実証分析の結果についての全体的な考察と虐待 についての整理を行う。
施設と居宅
仮説1については施設系において苦情率の減少 と利用率の増加が確認されたことから、施設系で のサービスの質が向上したことが明らかとなった。
施設系では居宅系よりもモニタリングが効果を発 揮すると考えられる。これは施設の中の様子がわ かりにくいため行政の監視が有効であることと、
居宅は比較的市場が機能しておりサービスの質が
表4 居宅サービス利用率を被説明変数とした結果 変量効果モデル 被説明変数
説明変数 標準誤差
居宅3年ダミー 0.034 (0.045)
居宅4年ダミー 0.030 (0.088)
居宅5年ダミー 0.008 (0.045)
居宅6年ダミー 0.042 (0.031)
指導結果公表 -0.022 (0.026)
事業所名公表 0.037 (0.055)
居宅密度 0.253 *** (0.040) 後期高齢化率 -0.013 ** (0.006)
低所得率 0.049 (0.032)
重度率 0.004 (0.007)
2003年 0.261 *** (0.030) 2004年 0.613 *** (0.033) 2005年 0.688 *** (0.038) 2006年 0.893 *** (0.054) 2007年 0.868 *** (0.061) 2008年 1.002 *** (0.062) 2009年 1.154 *** (0.061) 2010年 1.325 *** (0.064) 2011年 1.429 *** (0.065) 2012年 1.396 *** (0.069) 2013年 2.659 *** (0.076) 2014年 1.604 *** (0.070)
定数項 6.196 *** (0.292)
観測数 611
決定係数 0.967
***,**,*はそれぞれ有意水準1%,5%,10%を示す。
居宅サービス利用率 係数
表3 居宅サービス苦情率を被説明変数とした結果 固定効果モデル 被説明変数
説明変数 標準誤差
居宅3年ダミー 0.093 (0.174)
居宅4年ダミー -0.033 (0.342)
居宅5年ダミー 0.005 (0.177)
居宅6年ダミー -0.336 *** (0.119)
指導結果公表 0.084 (0.099)
事業所名公表 -0.776 *** (0.213) 居宅密度 -0.683 *** (0.159)
処分率 0.041 (0.065)
後期高齢認定率 0.127 ** (0.059)
低所得率 0.300 (0.192)
重度率 0.057 * (0.031)
2003年 0.022 (0.114)
2004年 -0.336 ** (0.138) 2005年 -0.544 *** (0.178)
2006年 -0.206 (0.245)
2007年 -0.310 (0.288)
2008年 -0.644 ** (0.313) 2009年 -0.839 ** (0.323) 2010年 -1.108 *** (0.351) 2011年 -1.154 *** (0.372) 2012年 -0.965 ** (0.397)
2013年 -0.715 * (0.404)
2014年 -0.858 ** (0.408)
定数項 -9.773 ** (4.796)
観測数 611
決定係数 0.385
***,**,*はそれぞれ有意水準1%,5%,10%を示す。
居宅サービス苦情率 係数
表5 虐待率を被説明変数とした結果
変量効果モデル 被説明変数
説明変数 標準誤差
平均周期 -0.0030 * (0.002)
指導結果公表 -0.0011 (0.037)
事業所名公表 0.1136 (0.084)
全事業者密度 -0.0091 (0.044)
重度率 -0.0003 (0.007)
低所得率 0.0115 (0.016)
定員あたり常勤換算職員率 0.0112 ** (0.005)
2007年 0.0324 (0.045)
2008年 0.0265 (0.045)
2009年 0.0100 (0.045)
2010年 0.0044 (0.046)
2011年 0.0743 (0.046)
2012年 0.1554 *** (0.046)
2013年 0.2515 *** (0.065)
2014年 0.3554 *** (0.048)
定数項 -0.4979 (0.366)
観測数 423
決定係数 0.247
***,**,*はそれぞれ有意水準1%,5%,10%を示す。
虐待率 係数
4
保たれていることが要因として考えられる。仮説2については結果公表が施設系の利用率増 加を、事業所名公表が居宅系の苦情率減少をもた らしたことから、情報公表自体が十分に知られて いない可能性があることを考慮する必要はあるも のの、サービスの質の向上を果たしたことが明ら かとなった。居宅系の苦情率減少については、事 業所がサービスの質の改善を図った可能性と、利 用者が別の事業所へ移った可能性が考えられる。
居宅系は施設系に比べ利用する事業所を変えるこ とが容易であり、流動性が高いと考えられる。
虐待
虐待率についての推計結果は、指導周期が虐待 率減少に効果が見られ、指導結果公表は見られな い、というものであった。推計結果から指導周期 が虐待率減少に効果があることはわかったものの、
年間指導にあたる事業所を 1%増やすと虐待率を 0.003%減少させるという非常に小さなものであ る。単純計算をすれば1年間に全事業所を指導に 回ったとしても、虐待率はわずか0.3%しか減少し ないということになる。また、指導結果の公表に は虐待率を減少させる効果が見られないこと、さ らに近年の虐待率が増加する傾向にあることを踏 まえ、指導だけでなくより虐待の防止になると考 えられる政策提言を行うこととする。
6 まとめ 政策提言
介護事業者への行政による指導は、指導周期を 短く設定し実施すべきである。具体的には特に施 設系において重要であり、4 年以下とすることが 望ましい。また、居宅系では少なくとも6年以下 とすることが望ましい。また、虐待防止を目的と した指導についてもわずかではあるが有意な効果 が見られるので継続すべきである。
行政は指導の結果を公表すべきである。特に居 宅系においては事業所名まで含めて公表を行うべ きである。情報公表自体が周知されていない可能
性があることから、行政は情報を公表しているこ とを利用者に周知し、情報の非対称解消を進める 必要があると考える。
虐待防止を目的とした指導について現在のあり 方を見直すべきである。具体的には、抜き打ちで の指導を増やす、またカメラの設置を推進するな どであり、現状に比べれば改善する可能性がある と考えられる。カメラは、虐待だけでなく利用者 がベッドから落ちたりする事故や徘徊の早期発見 および防止、さらに見守りにかかる人員や時間な ど職員の負担を軽減する効果があると考えられる。
しかし、利用者のプライバシー保護や監視されて いると感じる介護職員の労働環境悪化の懸念、そ してカメラ自体のコストなど考慮すべき点も多い。
したがって一律にカメラの設置を義務付けるので はなく、カメラのメリットデメリットを事業者に 情報提供し、各事業者自身に設置の検討を促すこ とが必要かと考える。その際には、行政はプライ バシー保護のガイドラインを策定するなど利用者 保護の点と、介護職員の同意の有無などの労働環 境におけるカメラの問題点について整理、検討し なければならない。
今後の課題
本稿では不正行為を防止する取り組みとして特 に行政による指導を取り上げ、介護サービスの質 と考えることで実証分析を行った。本研究の問題 意識は、法改正により事業者が不正を止め、適切 な行動を取るようになったかどうかであるが、そ のような指標がないため本研究では代理指標とし て苦情率、利用率、虐待率を使用した。今後の課題 として、指導の成果を適切に評価するために、不 正行為の実態や介護サービスの質をより正確に測 る指標を用いた分析が必要であろう。
一部の介護事業者の不正行為により介護事業へ の信頼が揺らぐことは望ましくなく、介護を必要 とする高齢者が安心してサービスを受けられるよ うにする取り組みを進めることが必要である。