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中国現代文学の研究および教学 ──中・米・日における現状と行方──

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(1)

特集 政治 ・ 文化からみた新たな中米関係

  │││││││││││││││││││││││││││││││││││

中国現代文学の研究および教学

  ──中 ・ 米 ・ 日における現状と行方──

中国現代文学研究の第一線では︑現在何が起こっているのか︒

 

日本︑中国︑米国を代表する三人の研究者に︑

 

研究対象の概念︑研究手法の変化︑大学の現況︑そしてそれぞれの研究テーマについて語っていただいた︒

藤井省三

︿東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授

×陳 平原

︿北京大学中文系教授・香港中文大学講座教授

×王 徳威

︿ハーバード大学東アジア言語文明学科・比較文学学科教授

  二〇一三年八月︑愛知大学にて

分裂 の物語・分裂する物語

と題した国際シ ンポジウムが開催され︑一九四〇年代と いう

分裂の時代

における東アジアの問 題が大いに討論された︒この機会を利用 して鼎談の席を設け︑三人の先生に現在 の研究状況について語っていただいた︒

  テ ー マ は 黄 英 哲 先 生︵ 愛 知 大 学 ︶︑ 小 笠 原 淳 先 生︵ 熊 本 学 園 大 学 ︶︑ そ し て 濱 田麻矢 ︵神戸大学︶ の三人が予め用意し︑ 事前にディスカッサントにお送りしてお いたものである︒中国現代文学研究の現 況を知るための貴重な記録となった︒ 鼎談トピック

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

れているのでしょうか︒この三つの言葉 在どのようなイメージで語られ︑研究さ

1

││

中国

」「

現代

」「

文学

とは︑現 きたいと思います︒ が持っている課題についてお教えいただ とともに︑これからの中国現代文学研究 この三つの言葉について語っていただく はないかと思います︒三人の先生方に︑ ら大きくその意味内容を変えているので は︑おそらく先生方が研究を始めた頃か

まで以上に非テクストメディア︵映画︑

2

││特に

文学

研究においては︑今

(2)

演 劇︑ テ レ ビ︑ 音 楽︑ イ ン タ ー ネ ッ ト︑ 漫 画︑ ポ ス タ ー 等 ︶ 研 究 に 比 重 が 置 か れ る ようになってきました︒ このような

文字 +α

研究によって︑ 文学研究の可能性が 広がったのは確かですが︑テクストの精 読という従来の研究方式が軽視されつつ あ る こ と も ま た 否 め ま せ ん︒ そ こ に は︑ 今 や 多 く の 資 料 を︑ 原 紙 で は な く ネ ッ ト 上で気軽に閲覧できるようになったこと も影響しているかと思われます︒この辺 りの︑文字/非文字︑紙媒体/電子媒体 のバランスをどうお考えになりますか︒

い人は一定数育っているでしょうか︑ま か︒中国現代文学を勉強しようとする若 のような位置を占めていると思われます 育現場において︑中国現代文学教育はど

3

││それぞれ在籍していらっしゃる教 に つ い て も 教 え て い た だ け る と 幸 い で す ︒ れますか︒ 陳先生には︑ 香港と北京の違い 教育に︑どのような工夫が必要だと思わ に︑院生ではない学部生向けの中国文学 テーマが選ばれているでしょうか︒さら た修士論文/博士論文には︑どのような

でしょうか︒ ご意見を伺えれば幸いです︒ で し ょ う か︑ 良 好 な 関 係 に あ る と お 考 え ば︑両者の関係はバランスが取れている 関係をどのように分析されますか︒例え すが︑現代における文学批評と作家との 域で少なからぬ影響力を持っておられま た︑先生方はいずれも現代中国文学の領 プ ラ ン が あ れ ば お 聞 か せ く だ さ い︒ ま り組んでいかれるご予定ですか︒新しい 目し︑どのような切り口で文学研究に取

4

││今後先生方はどのような対象に注

1

──

中国

」「

現代

」「

文学

の定義

藤井   一つ目の質問ですが︑日本の研究 者である私にとって︑近現代の日中関係 は最大の関心事です︒その次に︑中国大 陸と台湾︑香港︑シンガポール︑南洋︑ 韓国︑北朝鮮︑東南アジアなどの国家と 地域︑つまり東アジアとの関係です︒そ れから欧米の華人︑中国と欧米︑このい く つ か の 問 題 は 私 に と っ て ど れ も 重 要 で︑たいへん興味を持っています︒それ か ら︑

現 代

と は 何 で し ょ う か︵ 中 国 語の

現代

は日本語の

現代

と重な る部分もあるが︑必ずしも同じ意味では なく︑日本語の

近代

と似た意味も有 する︒中国大陸では一九一九年の五四新 文化運動からを

現代

とすることが多 い が︑ 詳 し く は 後 述 ︶︒ 一 般 的 に 東 ア ジ アでは︑一九世紀半ば以来の工業革命以 後の社会が

現代

とされています︒こ の

現代

はすなわち国民国家の時代を 指します︒しかし国民国家︑すなわち民 族 国 家︑

national state

は︑ 必 ず し も 最 も 理想的な社会ではなく︑一種の過渡期に ある社会です︒一九二〇年代から三〇年 代にかけて現代社会は成熟期を迎えます が︑ や が て 八 〇 年 代 に 至 る と 新 た な 社 会︑いわゆる 後

ポストモダン

現代 社会へと移り変わっ て行きます︒これが私の

現代

という 概念を推論する際のイメージです︒文学 については︑文学は我々の国民国家がポ ストモダン社会に移り変わっていく過渡

(3)

期︑我々のコスモポリタンとしての感情 と論理を表現していることから︑依然と してたいへん偉大なものです︒文学は感 情と論理を表現する道具であり︑現在も 非常に重要な意義を有しています︒私か らは以上です︒

中国大陸における

現代

陳   中 国 大 陸 の 学 者 に と っ て︑

中 国 現 代文学

の中の

中国

をいかに理解す るかは︑実は変化の過程を経てきたもの です︒一九五〇〜七〇年代には︑それが 中国大陸を指すことに疑問の余地はあり ませんでした︒改革開放後︑我々は視野 を 台 湾︑ 香 港︑ マ カ オ に ま で 広 げ ま し た︒マカオにはほとんど文学が存在しな い の で 基 本 的 に は 見 過 ご さ れ て い ま す が︒この考え方は現在まで続いていて︑ 我々の学科の編成に影響しています︒そ して

中国

を論じる方法については︑

内外兼修

︵内外を兼修する︶となって います︒ここで言う

とは︑初期に は文学的接触︑交流に注目することを指 していました︒例えば魯迅︵一八八一

一九三六︶とゴーゴリ︵一八〇九

−一八

五 二 ︶︑ 魯 迅 と 夏 目 漱 石︵ 一 八 六 七

−一

九 一 六 ︶ な ど の ト ピ ッ ク で す︒ そ れ か ら︑中国文学とフランス文学︑中国文学 とロシア・ソビエト文学︑中国文学と日 本 文 学 な ど︑ 総 合 的 な 議 論 あ る い は 作 家・ 作 品 研 究 で す︒ こ れ は か な り の 程 度︑一九八〇年代中国で沸き起こった比 較文学思潮の影響を受けています︒しか しこの二十年である変化がありました︒

比 較

の 立 場 を 超 え︑ 外 国 文 学 と 中 国 文 学 を 混 和 さ せ︑ 学 科 の 境 界 を 打 ち 破 り︑問題を中心に据えるようになったの で す︒ 東 ア ジ ア に 立 脚 し 世 界 と 向 き 合 う︑あるいは世界文学の潮流の角度に立 ち︑別の方向から中国文学を見つめる︒ ここには欧米の中国学研究者の努力があ り︑また︑例えば中国社会科学院外国文 学研究所から文学所所長に転任した陸建 徳︵一九五八

−︑中国社会科学院文学所

所長兼文学系主任︶など︑中国国内でも ともと外国文学を研究していた専門家た ちが清末文学あるいは左翼文学などに目 を 転 ず る よ う に な っ た こ と も 含 ま れ ま す︒また︑鍵となったのは国際学術交流 の増加により︑若い世代の学者が各種の 新思潮に接触する機会ができ︑文学研究 を進めるとき︑かつてのように自分の領 域に縛られ

中国の問題

を議論するだ けにとどまるということがなくなったこ とです︒   第 二 に︑

中 国 現 代 文 学

の 中 の

現 代

とは何かということは︑中国大陸の 学 者 に と っ て も 同 様 に 手 を 焼 く 問 題 で す︒まず︑我々がどのように取り組んで きたかをお話ししましょう︒新中国成立 後︑最初に

新文学

あるいは

現代文 学

を議論しはじめたとき︑その線引き は非常にはっきりとしていました︒すな わち︑一九一七年から一九四九年で︑こ れ は 毛 沢 東 の

新 民 主 主 義 論

︵ 一 九 四 〇 年 ︶ を 根 拠 と し て い ま す︒ 一 九 八 五 年︑銭理群︵一九三九

−︑北京大学中文

系 名 誉 教 授 ︶︑ 黄 子 平︵ 一 九 四 九

とは同時代という概念を表し︑中国 し︑ い わ ゆ る 近 代︑ 現 代︑ 当 代︵

当 で

二 十 世 紀 中 国 文 学

の 概 念 を 提 起 国人民大学文学院講座教授︶と私が共同 −︑ 中

(4)

大陸では一般に人民共和国成立の一九四 九年以降を指す︶を一続きにしました︒ この概念は多くの論争を呼びましたが︑ 現 在 で は 基 本 的 に 受 け 入 れ ら れ て い ま す︒多くの大学の中文系︵中国の大学に おける

は日本の大学

学部

にあ たる︶が

二十世紀中国文学

というカ リキュラムを開設しています︒この課程 が線引きする境界線は実のところ︑仮に 設けたものに過ぎず︑いつでも︑どこで も︑それを越えてしまっていいのです︒ 具体的には︑それぞれの研究者は自らの 学術的立場と理論の所与するところに基 づいて︑境界線を前後に動かして全く構 わないのです︒一八九五年から語り始め てもいいし︑一八六〇年が起点だと考え ても問題ありません︒一九一七年を固守 することも︑今まで同様に尊重されるべ きです︒固定的で動かすことのできない

起 点

が 無 く な っ た こ と︑ こ れ は 非 常 に大きな変化です︒視野に変化の訪れた 今︑

中 国 現 代 文 学

が ど こ か ら 始 ま っ たか︑あるいはどの作品が時代を線引き するものであるかは︑自分で決めること ができるのです︒その線引きが正しいか ど う か は︑ 論 者 の 実 力 に よ る で し ょ う ね︒理論で納得させることができれば最 も理想的ですが︑どうしても無理でも︑ せめてつじつまを合わせる必要はあるで しょう︒   問題なのは︑教育省による学科の設置 と︑そこに潜む

全国統一

への願望で す︒日本や米国の状況とはやや異なり︑ 中国には国家規格の学科コードがありま す︒現在︑学術界はとうに一体化してい ますが︑学科の設立制度となると︑中国 近代文学︑中国現代文学︑中国当代文学 は そ れ ぞ れ 切 り 離 さ れ て し ま っ て い ま す︒しかも近代文学は古代文学の方に区 分されています︒かつて北京大学が夏暁 虹︵一九五三

−︑北京大学中文系教授︶

を 東 京 大 学 で の 在 外 教 育 に 派 遣 し た と き︑藤井さんはとても不思議に思われま したよね︑東大が必要としたのは古典文 学の教授なのに︑どうして夏暁虹を派遣 してきたのだろう︑と︒これは︑彼女が 教えるのは近代文学なので︑学科の設立 制度上は

中国古代文学

に属するため だったのです︒このような学科の境界線 によって学者の探索の歩みが遮られるこ とはありませんが︑大学院生にとっては 頭の痛い問題です︒例えば︑修士︑ある いは博士課程を受験したいとして︑最初 に近代文学︑現代文学︑当代文学のいず れ を 受 験 す る の か 確 定 せ ね ば な り ま せ ん︒試験問題を作成し︑採点する教師が 異なるので︑一旦申し込むと︑もう変更 することはできないのです︒もちろん︑ 合格してからは︑自分の好きなように研 究を進められますが︒公的な体制の硬直 化と学者の立場の柔軟性︑この二つがと ても大きな張力を作りだしています︒ 統一教科書は必要か

このような学術上での

全国統一

喧 々 諤 々

と の 対 立 の 最 近 の 一 つ の 例 は︑全国統一の教科書を編纂するか否か の議論でしょう︒これについて︑中国共 産党宣伝部は大変積極的で︑多額の資金 を 投 入 し︑

馬 工 程

︵ マ・ プ ロ ジ ェ ク ト︶すなわちマルクス主義理論研究・建 設プロジェクトを進めています︒すべて

(5)

シンポジウム

「分裂の物語・分裂する物語」

左から王徳威教授、藤井省三教 授、濱田准教授、陳平原教授、

陳国球教授(香港教育学院)

の 主 要 基 礎 科 目︑ 例 え ば

文 学 理 論

中国古代文学

」「

中国現代文学

などに 競争入札方式を取り入れ︑チームを引っ 張って来て︑資金をふんだんに出す一方 で︑マルクス主義の立場に基づき教科書 を編纂するよう要求するわけです︒しか も︑一章ごと︑一節ごと︑一段ごとに審 査を行い︑基準となる教科書をつくり出 し︑完成後は全国の各高等教育機関での 統一使用を目指す︑というわけです︒資 金援助額がかなり大きいことから︑多く の学者が獲得を目指し積極的に動きまし たが︑審査が厳しすぎるので︑獲得後は 非常に苦しんでいます︒これは明らかに 一九六〇年代︑周揚︵一九〇八

−一九八

九︑文芸評論家︶が中心となって進めた 文系学科の教材編纂を模倣しています︒ しかし︑今日この路線を押し通すのはか なり難しいことです︒教科書は編纂でき るでしょうが︑おそらく普及はさせられ ないでしょう︒今は指導者の一声で全国 の人民がその本を読むような時代ではな いのです︒この数年︑政府はかなり積極 的 に︑ そ し て か な り 強 気 に︑

思 想 的 に 正確

な教科書あるいは著作を推し出し ています︒しかし学術界内部はバラバラ で︑基本的には︑それぞれがそれぞれの 道を進んでいます︒

現代文学

の柔軟性

大 統 一

に 抵 抗 す る こ と で は︑ 多 く の学者の立場は一致していますが︑具体 的に何が

現代文学

なのかとなると︑ 見識ある学者たちの間でも大きな見解の 違 い が 存 在 し ま す︒

中 国 現 代 文 学

に 関しては︑主流となる考え方では︑絶え ず境界線を拡大し︑台湾文学︑香港文学 にも必ず目を配り︑通俗小説︑旧体詩も 取り込み︑また︑映画の脚本および今も 舞台に残る伝統戯曲も見落とすべきでは ないとされています︒しかし︑魯迅研究 出身の王富仁︵一九四一

−︑汕頭大学文

学院終身教授︶のように︑これに反対す る学者もいます︒このように様々なもの をひとつに収めるのは︑五四新文化運動 に関わった人たちの立場を消し去ってし ま う に 等 し い と い う の が 理 由 で す︒

新 文学

旧文学

の打倒を旗印にして

(6)

いました︒それを褒めても貶してもかま いませんが︑新旧を一緒くたにする必要 はありません︒表面的な博識で立場の動 揺を覆い隠したとしても︑独自の道を歩 むことができないというのは︑実のとこ ろは︑自分の観点が無いからなのです︒ 文学史の研究者は︑時勢に流されて研究 を 進 め て は な り ま せ ん︒

新 文 化

の 立 場を固守するこれらの学者に私はあまり 賛同できないものの︑たいへん敬服して います︒彼らの指摘はとても重要です︒ 学者は必ず自らの価値基準を持つべきで あ り︑

網 に か か っ た も の は み な 魚

と ばかり︑二〇世紀に産み出された文化製 品のすべてを同等に扱うのは︑学者の取 るべき態度ではありません︒

  新文学をやりたい人は新文学に︑旧体 詩や詞︑通俗小説を研究したい人はその ジャンルに打ち込み︑互いの立場をはっ きりさせて競い合うのは︑目下たいへん 流行している

何でもかんでも受け入れ る

よりは良いでしょう︒こうした

意 地 の 張 り 合 い

は︑ 実 は 最 近 二 十 年 の

伝 統 へ の 回 帰

と い う 大 き な 流 れ に 対 抗する意味をはらんでいます︒中国経済 が勃興したことにより︑政府も民間もま すます自信を持つようになり︑批判の声 に耳を貸さなくなっています︒魯迅や胡 適らの憤りの言葉等ももう受け付けなく なっているのです︒多くの人々は︑現在 の中国の

モラルハザード

すら︑五四 新文化人が伝統に反対したこと︑および 儒 家 を 批 判 し た こ と に よ る と し て い ま す︒まるで孔子に毛沢東をつけ加えるの が︑中国の未来であるかのように︒この 問題では︑イデオロギーによって歴史的 な 論 述 が 歪 め ら れ て お り︑

五 四

は ほ と んど怪物にされています︒私は従来

半 部の

論語

をもって天下を治む

︵宋︑ 羅大経

鶴林玉露

による︒儒家の経典 を 読 む こ と の 重 要 性 を 強 調 し た 言 い 回 し︶という類のでたらめを信じていませ ん︒もちろん︑五四新文化人たちの過激 さや頑さ︑そして知識の欠如等は反省さ れるべきだと思いますが︑しかし彼らの 抗う姿勢および反逆の立場には︑私は肯 定する態度をとりたいと思います︒ある 意味において︑中国は強大になればなる ほど魯迅や胡適のように自己を反省し︑ 批判することが必要であると思います︒   中 国 の

現 代 文 学 研 究

を 論 じ る に は︑避けられない難しい状況に直面せざ る を 得 ま せ ん︒ こ の 分 野 の 潜 在 能 力 と は︑一体どれくらいあるのか︑という問 題です︒   文学の成果ではなく︑それが活躍でき る空間について考えてみましょう︒三十 年では短すぎるでしょう︒もし百年に広 げたとしてもそれほど余裕があるとは言 えません︒なぜなら︑我々の博士教育は 凄まじい速さで拡大しており︑現在︑毎 年︑およそ一五〇〇人の文学博士を養成 しています︒ 研究トピックの動向 藤 井   一 五 〇 〇 人 の 博 士 課 程 の 学 生 の 中で中国現代文学専攻はどのくらいいま すか︒ 陳   今手元には二〇一〇年に博士学位を 授与された数字しかありませんが︑全部 で 一 二 五 〇 名︑ そ の う ち 文 芸 学 一 七 二 名︑中国古代文学二二九名︑中国現当代

(7)

文学一六七名︑比較文学および世界文学 が一〇〇名︑中国文学批評史が一〇名で す︒彼ら文学博士の大部分は高等教育機 関に入り︑研究や教育に従事します︒し かし︑これは︑国家の学術人口のほんの 一 部 に 過 ぎ ま せ ん︒ 想 像 し て み て 下 さ い︒こんなに多くの学者が︑狭いアカデ ミ ッ ク フ ィ ー ル ド に 集 中 し て い る の で す︒かつ︑学術審査のため︑皆成果を出 さなければなりません︒そこで︑学者は あの手この手を使って︑中心のトピック は言うまでもなく︑周縁のトピックです ら何度も焼き直すことになるのです︒ま さにこのため︑この分野の研究者の多く が︑自分の得意分野にとどまらず︑次第 に視野を古代中国に広げたり︑もしくは 思想︑教育︑文化等の分野に手を伸ばし たりしていくのです︒例えば︑前者では 趙園︵一九四五

−︑中国社会科学院文学

研究所研究員︶が執筆した

明清期の士 大 夫 研 究

︵ 原 題

明 清 之 際 士 大 夫 研 究

北 京 大 学 出 版 社︑ 一 九 九 九 年 ︶︑ 後 者では銭理群の

毛沢東と中国││ある 知 識 人 に よ る 中 華 人 民 共 和 国 史

︵ 阿 部 幹 雄・ 鈴 木 将 久・ 羽 根 次 郎・ 丸 川 哲 史 訳︑青土社︑二〇一二年︒原題

毛澤東 時代和後毛澤東時代

上・下︑台北聯 経出版︑二〇一二年︶があります︒   この他に︑もう一つ問題があります︒ この分野の研究者は︑五四新文化運動の 知 識 人 の 習 慣 を 命 と し て 受 け 継 い で お り︑大学における研究に限らず︑社会に 介入し改革することを望んでいます︒こ の点については︑八〇年代が最も顕著で しょう︒九〇年代以後︑私たちは︑次第 に大学へ戻ってきたようです︒この十年 間︑多くの人がこの問題を意識していま したが︑しかしもはやどうすることもで きなくなってしまっていました︒中国全 体の社会の変化に応じて︑社会科学の声 がますます大きくなり︑人文学の学者た ちは隅へと追いやられたのです︒例を挙 げてみましょう︒中央政治局が講義を依 頼するのは︑法律︑経済︑軍事︑都市管 理︑衛生についてで︑いまだに文学や哲 学 の 専 門 家 に 依 頼 し た こ と は あ り ま せ ん︒これは毛沢東時代と大きな違いを生 み出しました︒毛沢東は︑専門家と詩学 や哲学の問題を討論することを好みまし た が︑ 鄧 小 平 か ら 江 沢 民︑ そ し て 胡 錦 濤︑さらに現在政治を担う習近平に至っ ては︑私は彼らにはそうした修養も雅趣 もないと思っています︒国を治めるとい うことについて︑人文学は確かに

当面 の 急 務

で は あ り ま せ ん︒

帝 王 の 師

にならない人文学の学者が︑現在の社会 を注視する義務と熱情をまだ持つでしょ う か︒ 少 な か ら ぬ 文 学 者 が 自 分 を

有 用

に見せるため︑積極的に金融︑生態 系︑国境︑民族等の問題の討論に参加し ているのも現状です︒しかし︑大部分の 人文学の学者は自分の陣地を守るでしょ う︒彼らは中国の錯綜する複雑な社会問 題に

関心

は示しても

介入

する力 を持たないでしょう︒現在の中国では︑ 経済学者は自信満々で︑分かっていよう が分かっていなかろうが何についても発 言します︒教育︑文化︑芸術︑宗教︑考 古学︑旅行など︑すべてについて経済学 の 視 点 か ら 思 考 し︑ 切 っ て み せ る の で す︒経済学者が得意顔の

独壇場

の一 方で︑人文学者は言いたいことを口に出

(8)

せない

失語

状態にあり︑この二つが 今日の中国の思想界の奇妙な情景を作り 上げているのです︒

人文学者に出来ること

  新世紀に入って以後︑私たちはずっと 問うてきました︒文学とはまだ力がある の か︑ と︒ こ の 問 い に は︑

現 代 文 学

研究に従事する専門家が︑魯迅の伝統を 継承したいと思うのか︑もしくはできる のかということも含まれています︒いわ ゆる五四新文化運動の知識人は︑学術の 場を守るだけでなく︑肝要な時には︑そ こから飛び出て社会に向けて発言してき ました︒現在の北京大学中文系にはいま だにこの

末裔

がいます︒特に現当代 文学を専門にする教授の中には︑社会に 介入したり︑世論に影響を与えたりする 人がまだいます︒しかし一方では︑マス メディアの影響を受け︑その独立性と批 評精神とがある程度ねじ曲げられていま す︒毎回こういうことにいきあたると︑

一 兎 を 追 う も の は 二 兎 を 得 ず

と い う ことになります︒学者たちに国家の大事 に関心を持つよう期待しておきながら︑ 同時に

度を過ぎる

ことがないように 要求するというのは非常に難しいことで す︒北京大学の教授が

むちゃくちゃな 話

をして民衆の怒りを買い︑どうして 首にしないのかと北京大学が責を問われ ることがありますが︑大学側の態度はい つも非常におとなしいのです︒それは︑ その損得をわかっているからです︒中文 系を例にすれば

問題がある

のは︑大 体近現代文学を専門とする教授で︑言語 学や古典文献︑もしくは古代文学研究の 教授は︑普通そういうことをしません︒ しかし︑私は学校側が石橋を叩いて壊す な ど と い う こ と が な い よ う に︑

専 門 性

によって現当代文学研究者の

社会 に対する関心

を扼殺してしまうことが ないように願っています︒ 王   まずテーマから外れたことをお話し します︒私は銭理群教授を非常に尊敬し ていまして︑彼が右派だとは全く認識し ておりません︒ 陳   我々の右派は皆さんにとって左派な んですよね⁝⁝︵会場笑︶ ︒

中国

とは何か

王   今日︑壇上にいる左翼の皆さんにつ いては︑特別に安全だということがわか りました︒特別に

社会的に安定

して いて︑特別に右派である︒これが︑私が 観察して得た実感ある結論です︒

  それはさておき︑私も一つ目の問題︑ つまり

中国

現代

︑ それに

文学

に つ い て お 話 し し ま し ょ う︒ 私 に と っ て︑

中 国

と い う 言 葉 に つ い て 語 る と なると︑まずは表象の問題と関係してき ます︒ここでの表象とは二つの意味があ り ま す︒ 英 語 を 用 い れ ば

represent

で︑ いかに提示し︑いかに再現するのかとい うことですね︒二つ目は原理の上で︑い かに表象させるのかということです︒要 するに︑我々が

中国文学

を語るとい うのは︑中華人民共和国の文学のことな のか︑それとも中華民国なのか︑あるい はどの王朝のことなのか︑清末以前のも の な の か︑ と い う こ と で す︒ そ れ に︑

中 国

中 国 文 学

を 必 然 的 に 連 続 させる必要もありませんよね︒これが一

(9)

つ目の問題でして︑我々はこのことを問 題 化 す べ き で は な い で し ょ う か︒ つ ま り︑ 読 者 や 批 評 家 の 立 場 か ら は︑

中 国

とはアイデンティティの問題となる ということです︒たとえ政治地理上の位 置や論述を表象しているとしても︑ある いは一連の文学表現であるとしても︑閲 読 者︑ 観 察 者︑ 歴 史 学 者 と し て の 我 々 が︑ い か に

中 国

と 対 峙 し︑

中 国

を 認 識 す る の か は ま た 別 の 問 題 で す よ ね︒私は今後十数年︑二十年の間に︑こ の 両 極 の 間 に お け る 対 話 を︑ さ ら に 思 考︑展開すべきであると考えています︒

  ところで︑最近︑復旦大学の葛兆光教 授︵一九五〇

−︑復旦大学文史研究院院

長 ︶ が

宅 茲 中 国

︵ 中 華 書 局︑ 二 〇 一 一年︶を出版したのですが︑私個人たい へん啓発を受けました︒これは非常に控 えめな︑語句としての︑歴史概念として の︑ ま た 現 代 の 政 治 地 理 言 説 と し て の

中 国

の 系 譜 学 的 研 究 と な っ て お り ま して︑周王朝以来の

何が中国なのか

という議論に言及するものです︒もちろ ん彼は結論において︑政治地理が絶えず 変化し続けていると認識しています︒し かしながら︑少なくとも文化的な伝承の 上 で は︑

中 国

は 一 つ の 語 彙 と し て︑

︑我々の言う

断絶

連 続

の間にありました︒つまり︑

中国

は一貫して一個の論述であり︑どの時代 の中国知識人をも取り巻いてきた話題︑ 焦点であり続けていたわけです︒それは ともかく︑私個人としては︑葛兆光教授 の別の論点がとりわけ素晴らしいと感じ ました︒ それは︑

宅茲中国

の他に︑

中 国

が周縁から見出されるという点を示 していることです︵葛兆光著︑辻康吾監 修︑ 永 田 小 絵 訳

中 国 再 考 ││ そ の 領 域・民族・文化

岩波現代文庫︑二〇一 四年︶ ︒周縁はいかに

中国

を見ている の か︒ こ れ も 陳 さ ん が 先 ほ ど 触 れ た︑

中 国

と い う 言 葉 の 捉 え ど こ ろ の な さ に関連しており︑実際に一貫して︑外在 的な観点を必要としてきました︒広く知 れ渡った言い回しを使うなら︑

他者

の 観点から見るということです︒したがっ て︑現在

中国

という言葉に触れると するならば︑それをより広い文脈の中に 置くべきでしょう︒つまり︑東アジアの 文脈や台湾海峡の文脈︑両岸四地︵台湾 海峡の両岸および中国大陸︑香港︑マカ オ︑台湾を表す︶の文脈︑それに世界文 学の文脈において︑この言葉と対峙する 必 要 が あ る と い う こ と で す︒ し た が っ て︑いかにして

中国

を再び問題化す る か に つ い て は︑ 文 学 研 究 者 と し て の 我々の本能にかかっていると私は思うの です︒用語であれ概念であれ︑また論述 であれ︑我々の責任は︑簡単な問題を複 雑化させることにあります︒いかにして

簡 潔 を 複 雑 へ 変 化 さ せ

︑ 事 態 を 簡 単 に︑ある特定の論述のパターンに落とし こまないようにするのか︒これが我々の 思考しうる方向ではないでしょうか︒   例 え ば︑ 最 近 の 七︑ 八 年 に 米 国 で 起 こ っ た

華 語 語 系︵

Sinophone

︶ 文 学

について││後ほど︑この問題について 議論を行うかもしれません││︑やや極 端な見方︑つまり中国を外に排除した上 での漢語︑華語での文学創作に限るのだ という議論がありますね︒もちろん

中 国

」「

中 国 文 学

も 華 語 語 系 の 一 要 素 だ

(10)

と強調する立場もありますが︑こうした 一連の込み入ったことがみな︑我々が関 心を抱いているものなのです︒

世界の 現

モダニティ

代性 と中国の現代

  い ま 一 度︑ 中 国 の

現 代

に 戻 り ま し ょ う︒

現 代

も 実 に 大 き な 言 葉 で あ るため︑今日ここで詳しく説明すること はできません︒しかしながら︑少なくと も 先 ほ ど の お 二 人 が お っ し ゃ っ た よ う に︑文学史における伝統的な定義では︑ 現在も毛沢東による一九四〇年の

新民 主主義論

の延長線上にあります︒時間 的 な 区 分 と し て の 近 代︑ 現 代︑ 当 代 と い っ た 区 分 が 当 時 の 毛 沢 東 の 政 治 的 ア ピールに必要であり︑建国後もこの論述 には必然性があったということですね︒ し か し な が ら︑ 私 は こ の 問 題 に つ い て は︑すでに瓦解が進んでいると考えてい ま す︒ こ れ が 私 の

現 代

へ の 認 識 で す︒とはいえ︑議題を一つ提出しておき ましょう︒それは︑たとえ

新民主主義 論

が自明と見なされていようが︑この 種の

現代

をさらに広義の︑いわゆる

世 界 の 現

モダニティ

代 性

の 追 求 の 中 に 置 い て︑ 我々の対峙する多種多様な問題について 考えるべきではないかということです︒ 西 洋 に お け る ││ も ち ろ ん 今 日︑

西 洋

という二文字に対しては︑厳しい批 判と検討が加えられるべきですが││一 九世紀産業革命以降の現代化の追求と︑ 現

モダニティ

代性 への二種類の極端な反応││一つ は堕落した文明の象徴︑もう一つは人類 が追求すべき目標と考えるもの││︑こ れ ら を み な 中 国 の

現 代

︑ あ る い は

モダニティ

代 性

の 議 論 へ と 引 き 込 ま な く て は なりません︒そして︑これらを真面目な 思考対象とするならば︑言うまでもなく

中 国 現 代 文 学

も 複 雑 な 問 題 と な り︑ 文字表現︑文字描写︑審美の問題にとど まることはなくなるでしょう︒   これまで私は二点についてお話ししま し た が︑ 第 三 点 は よ り 基 礎 的 な も の で す︒ つ ま り︑

モダニティ

代 性

と は 実 は 時 間 的 概念で︑時間の流れの中で︑一瞬で過ぎ 去ってしまう瞬間︑いまここにある概念 を強調するものです︒しかしながら︑何 とも皮肉なことに︑我々には目下

現代 文学

という学科があり︑我々がそれを 定義しようとすると︑永久不変の対象へ と 物 体 化 さ せ て し ま う の で す︒ い か に

現 代

を 定 義 す る か と い う こ と は︑ す でに二つ述べましたので︑これについて は後で再び議論してもいいでしょう︒ 伝統から

文学

を再考する

  最後に

文学

についてですが︑この 言葉には︑実に多くの論争︑議論があり ました︒学科という点については︑ここ に い ら っ し ゃ る 陳 国 球 教 授︵ 一 九 五 六

−︑香港教育学院人文学院院長︑中国文

学講座教授︶や陳平原さんが︑このテー マの系譜についてすでに整理を行ってい ら っ し ゃ い ま す︒ 二 〇 世 紀 初 年 か ら︑

文 学

は 学 科 と し て︑ つ ま り 系 統 的 な 制 度 と し て 始 ま っ た の で し た ね︒

中 国 現代文学

という言葉の生命も︑ようや く百年を過ぎた程度で︑現代の発明と言 えます︒しかしながら︑もし我々が

現 代文学

文学

をさらに広げるとす るならばどうでしょう⁝⁝︒実のところ あまり熟していない方法ですが︑皆さん

(11)

のご参考のために提出いたしましょう︒ 西 洋 の 観 点 で は︑

文 学

と は 一 八 世 紀 以来の西洋ロマン主義の後における︑審 美運動の重要な表現方法であり生産品で して︑こうした審美性はここ数十年の間 に厳しい批判にさらされてきました︒つ まり審美を軸とする文学観ということで す ね︒ 特 に 左 翼 の 皆 さ ん が 強 調 す る の は︑これが西洋における拡張主義の萌芽 であり︑資本主義や中産階級の始まった ときに

文芸運動

の追求によって生ま れた理念であったということです︒これ にはイデオロギー的な基礎と制限がある ため︑我々はその批判の強度とともに︑ そのイデオロギーの限界について認識す べきでしょう︒しかしながら︑中国の文 学 伝 統 を 振 り 返 る と︑

文 学

と は︑

の 学 で あ り︑ 文 章 の 学 に 他 な り ま せん︒今日この時この場所では︑特に後 で触れる二つ目の問題と呼応するのです が︑この

の概念││再び英語をひ け ら か す と︑

manifestation

と な り ま す ││ が 表 し て い る の は︑

と は 一 種 の筋道︑脈絡であり︑形式︑構造である と い う こ と︑ そ し て 多 種 多 様 な 記 号 に よって打ち立てて世界を認識し︑意味付 けるシステムだということです︒この概 念 か ら 言 え ば︑ 我 々 の 伝 統 文 学 の 定 義 は︑時代遅れではないばかりか︑かえっ て再び

何が文学なのか

という観点に ついて考える機会をもたらしてくれるわ けです︒もしかして︑これが契機となっ て︑我々が

文学

そのものを提起する ときに︑また取り上げることになるかも しれません︒   さ て︑

中 国 現 代 文 学

を︑ 我 々 は い かに教え︑いかに学び︑いかに定義する のかについては︑もちろん議論紛糾する 点でしょうが︑先ほどの王富仁式︑銭理 群式︑藤井式︑平原式の観点を私も受け 入れます︒しかし︑喧々諤々の議論を山 ほど行った後でも︑歴史の限界を認めな くてはなりません︒また本日︑我々は第 三の場所︑つまり日本という環境にいる からこそ︑言いたいことを言えて︑議論 を行ったのかもしれませんが︑この歴史 的な表象にも実際のところ限界があるも の で す︒ で は︑ い か に そ の 限 界 を 発 掘 し︑いかに限界の中からさらなる可能性 を探し当てるのか?   これについて私は 潜在的な可能性があると思いますよ︒   つまりですね︑結局

文学

が役に立 つのかどうかですが︑もちろん役に立つ と思います!   文学部の教授として我々 は学生に伝えるべきですよ︒もちろん役 に立つってね!   じゃなかったら︑我々 はここで何を話しているのでしょう︑そ う思いませんか?︵会場笑︶それに私に は 全 く も っ て 確 信 の あ る こ と が あ り ま す︒それは︑我々は虚構性︑想像性︑論 述性など多くのことについて語っていま すが︑最も基本的なことは簡単なものを 複雑にすること︑つまり︑虚構の形式で 回顧︑検討︑想像し︑さらには歴史が及 ばない姿を発明することなのです︒これ こそ文学者の想像力が︑社会へなしうる 最大の貢献に他なりません︒ 文学者は社会といかに関わるか

最後の問題を用いて││これは鼎談で すので︑我々はテーマの交換をすべきで しょう││︑陳さんにさらなる説明をお

(12)

シンポジウムの聴衆席

願いしたく思います︒というのは︑あな たが先ほど取り上げたテーマについてで すが︑まだお考えが完全に展開していな いと思ったのです︒あなたは一方で︑現 代文学の研究者として我々は社会を意識 するべきであり︑また我々の意識を社会 に普及させるべきであり︑さらに広義の 政治社会の問題にも我々は発言するべき 立場を有すると強調されていたようです ね︒ し か し な が ら︑ あ な た は そ の 一 方 で︑経済学部やその他の学部の同僚を取 り上げて︑彼らは越境︑横断しているた めに︑彼らの語ったものは我々には必ず しも合理的︑当然のものには見えないと い う よ う に︑ 異 な る 言 い 方 を さ れ ま し た︒ 特 に︑ 私 は い ま 国 外 に い る の で す が︑文学部の同僚の多くは︑そもそも文 学をやっていません︒我々の伝統が定義 してきたもの︑特に日本のアカデミズム が下したような標準的な定義の

文学

をやっていないのです︒私は米国にいま す が ││ 中 国 に い る と き も あ り ま す が ││文学領域の同僚は︑本当に不思議な こ と に︑

文 学

を や る 人 は 少 な く て︑ 文化政治︑ロボット︑チベット問題など をやっているのです︒これもあなたが言 うところの︑文学者が関心を抱く国家経 済や社会の一部分でしょうか?   あるい は︑別の角度から言えば︑あなたはこれ らの同僚は人の褌で相撲を取っていると 思われるのでしょうか?   あなたの疑問 には未解決な部分があるようなので︑私 はもっと詳しく知りたいと思います︒ 陳   理論上は︑文学研究者には自身の専 門領域から飛び出して︑経済・政治・軍 事などの話題を論じる権利があります︒ ひるがえって言えば︑経済学者もまた︑ 文学・芸術・宗教などについて発言する 権利を持っています︒私が目下の中国の

経 済 学 帝 国 主 義

に 同 意 し か ね る の は︑彼らが過度に自信を持ち︑民衆もそ れに盲従しているからです︒人文学者と して︑私たちは時に自分の専門を越え︑ ある種の公共の話題について発言するこ ともあるでしょうが︑まずおおむね自省 の能力を持っており︑さらには事前に予 習もするでしょうから︑あまりにも素人 の意見を述べるということにはならない

(13)

でしょう︒社会に対する関心は持ち続け たいと思っています︒でも一旦専門的な 問題に抵触し︑自分に判断する能力がな ければ︑いい加減に話をするべきではあ り ま せ ん︒ 私 の 場 合 は 両 面 作 戦 で す︒

井 の 中 の 蛙

に も 反 対 で す が︑ 毎 日 メ ディアでベラベラ話すのも良しとしませ ん︒もし毎日話をすることになれば︑か ならずや知っていることも︑知らないこ とも話さねばならなくなるでしょう︒私 もたまにメディアで発言することがあり ますが︑自分が比較的詳しい領域に限っ ています︒度胸があるかないかの問題で はなく︑専門家の旗印を掲げる以上︑知 識の準備がないならみだりに話すべきで はないのです︒二︑三年前︑河南省で曹 操の墓が発掘され︑考古学者が認定した とき︑一人の文学畑の教授が出てきて疑 義を唱え︑一席ぶちましたが︑一目見て 素人とわかりました︒その道の基礎訓練 がなく︑地層も知らず︑器物も知らず︑ 陵園建築や墓地の配置も知らずにただ文 字資料に依拠して考古学の問題を語るな ど と い う の は︑ し て は な ら な い こ と で す︒言い換えれば︑自身の専門を持つと 同時に社会への関心も保ち続ける︑これ こそアカデミシャンの理想に近い状態と いえるでしょう︒ 外から見る

中国

藤 井   中 国 に と っ て は︑ 私 は 外 国 人 で す︒外国の中国文学研究者︑とりわけ現 代︑当代の中国文学研究者は︑中国の︑ あるいは華人の感情やロジックを日本に 紹介するのが最大の任務です︒ですから 社会についての発言は︑日本の国民に中 国︑台湾︑香港をより理解してもらうた めに行うわけです︒そこで社会に対する 関心についても︑やはりお二人とは立場 が異なります︒私たちはあなたがたの活 動 の 後 か ら 着 い て 行 き︵ 笑 ︶︑ あ な た が たの示す社会への関心に︑私たちも関心 を持つのです︒ 王   それはとても中国式の︑儒家主義的 な︑

士 は 以 て 弘 毅 な ら ざ る べ か ら ず︑ 任重くして道遠し

論語・泰伯

曾子 の語︒士とはひろい包容力とつよい意志 をもつ責任があり義務がある︑何となれ ばその任務は重く︑その人生行路は遥か であるからだ︒吉川幸次郎訳による︶で はありませんか?   いや︑私は実際のと ころ同意しているんですけどね︒社会へ の関心が重要な議題であることに同意し ます︒とくに現在の中国のような状況で は││もちろん私たちの立場は異なりま す︒私は台湾出身で︑しかもアメリカで 教えています︒したがって私の事情は藤 井さんと同様で︑私の専門的役割とは国 外の︑中国のバックグラウンドを持たな い 学 生 に︑ 有 効 な 方 法 を 用 い て 中 国 と は︑広義の中国とは何かを理解させるこ とです︒もちろん中国への関心について 言えば︑時にはとても分裂したものにな ります︒時には客観的に︑時には自身の 台湾の立場から︑そして時にはまた異な る理念の立場から発言します︒   しかし先ほど私が一言申し上げたかっ たのは︑つまり││これは陳さんに賛成 しているのですが││現在の二〇一三年 において︑これは倫理の問題となるので す︒もちろん公民社会や公共の知識人に 対しては︑もうこれ以上語ることができ

(14)

ないほど語ってきました︒しかし文学に も基本的な︑文学の倫理の問題がありま す︒最近台湾やマレーシアでパクリ問題 が取り沙汰されてきましたが︑このよう な

文 心 雕 龍

︵ 五 世 紀 末︑ 南 朝 梁 の 劉 勰が著した文学理論書︶でいう

文心

の 問 題︵

文 心 雕 龍

序 志 は

文 心 と は 文 を つ く る の に 心 を く だ く こ と

と す る︒興膳宏訳による︶について話すと︑ いかにも渺茫として深遠で︑とりとめの ない問題のように聞こえますね︒しかし ここで言う

倫理

道徳

ではあり ませんし︑この両者を混同することはで きません︒あなたが先ほど述べた物事の 是非や取捨といったことは︑壮大な︑迂 遠な考え方に聞こえますが︑今このとき にはその必要性があるのです︒例えば︑ 形勢がすばらしく見えるにつれ︑ますま す皆が夢を見るようになっているとき︑ どんな夢を見られるか︑どんな夢を見な い の か︑ 夢 を 見 る こ と を 望 む の か︑ と いった問題は︑最後には微妙な︑判断の 問題となりますが︑これこそ私の言う文 学の倫理性なのです︒

2

  文学研究と非文字メディアとの関係

藤井   二つ目の問題は︑映画・伝統劇・ テレビ・音楽・インターネット・漫画・ ポ ス タ ー な ど を ど う 見 る か に つ い て で す︒これらの新領域は︑いずれも言語に よって構築されています︒例えば音楽で あっても︑コンサートの広告や評論など は︑やはり言語にもとづいて構築されて います︒ですから︑映画から音楽に至る まで︑これらは私にとってはすべて文学 研究の対象です︒とはいえ︑私自身にこ れ ら の テ ー マ を 研 究 で き る か と い う の は︑ ま た 別 の 問 題 で す が︵ 笑 ︶︒ で も︑ もし同時代の中国のロックを研究したい という学生さんがいれば︑私はもちろん 応援します︒ 王   その通り︒ 藤井   なぜなら︑それも文学研究の対象 なのですから︑そして︑大学︑とりわけ 資本主義国家における大学︵笑︶もまた 文化産業の中のひとつの業種で︑象牙の 塔 で は あ り ま せ ん︒

大 学 は 象 牙 の 塔 だ

という言説は︑国民国家なる制度が 始まったばかりの頃に︑大学と政府が結 託して自己を権威化した産物なのです︒ 国民市場の成熟した社会︑大衆文化の発 達した社会においては︑大学もまた文化 産業の中のひとつの業種にすぎません︒ だから︑学生の要求にしたがい︑社会全 体の要求によって︑大学の教授たちの研 究対象と方法も︑変化すべきでしょう︒ ただし︑私たちが覚えておかねばならな いのは︑いわゆる新文化領域︑映画から ポスターまで︑あるいはインターネット もまた︑伝統から離れられないというこ とです︒ 王   その通り︒ 藤 井   だ か ら︑ 文 学︑ 文 化 研 究 に と っ て︑古典文学はやはり欠くことのできな いものなのです︒同時代の華語圏文化研 究にとって︑詩文白話の古典文学および

(15)

モダンクラシックとしての五四文学の教 養は︑欠くべからざるものなのです︒ 陳   ちょっと前の話題に戻ります︒今回 の 鼎 談 の た め に 学 生 に 手 伝 っ て も ら っ て︑二〇〇八年から二〇一二年の間に北 京大学中文系の大学院生が提出した学位 論文の題目を集めました︒近代・現代・ 当代文学の三専攻の大学院生だけで︑つ まり

現代文学

に関係してくる可能性 のある比較文学や文芸理論などの院生を 数に入れないで︑毎年およそ四〇篇あま りが提出されています︒細かく見てみる と︑この四〇篇の修士あるいは博士論文 の中で︑近代文学と現代文学専攻のもの は基本的にやはりテクストを中心として います︒当代文学の方は︑より文化研究 に傾いていて︑映画・テレビ・インター ネ ッ ト・ 漫 画 な ど︑ も は や 文 字 文 献 に 限っていません︒ここからまず感じられ るのは︑藤井さんが言われたように︑文 学研究が文化研究の方向に伸びていくの は︑それなりの理由があるということで す︒しかし同時に︑この流れが形づくら れたのは︑これまでの文学史研究に何ら かの欠点があったことを浮き彫りにして いるのではないかということを反省して みなくてはなりません︒ 図像とメディアの脅威

近年私は一貫して︑中国の大学が一九 〇三年以降文学史を中心に文学教育を施 してきたことによって引き起こされた問 題に注意を払ってきました︒教室での講 義が中心で︑また教学理念としてなるべ く 多 く 早 く 楽 に 効 果 的 に︑ 中 国 文 学 の

系 統 的 な 知 識

を 伝 授 す る こ と が 求 め られてきたため︑結果として学生たちは 作家名や作品名︑思潮や流派については 膨大な知識を詰め込んでいるのに︑最も 基本的な文学を鑑賞する能力が欠けてい るという事態を招きました︒私は昨日の 講演でパワーポイントの問題に触れまし た が︵ 会 場 笑 ︶︑ 今 は ど こ の 大 学 で も パ ワーポイントでの講義が強く要求され︑ 学生たちも画像とテクストを綺麗に組み 合わせた発表を聞くのに慣れてしまって います︒もし音声や画像なしに︑一字一 句丁寧に意味を汲み取っていったとした ら︑最も奥深い微妙な部分に到ったとこ ろで︑教室で誰一人起きていないことに 気 づ き う ろ た え る こ と で し ょ う︵ 会 場 笑 ︶︒ こ れ は 一 つ の 大 き な 問 題︑ つ ま り マスメディアの思考方式とセンスが︑大 学教育の場に強力に介入してきていると いう事態を示しています︒   昔の大学教授は悠々と上に構えて︑自 身の思想や知識をマスメディアの力で拡 散できればいいと考えていた︒今は違い ます︒メディアの力は強く︑彼らは自身 で話題を選び組み立てることができる︒ 大学教育への批判も同様で︑私の見ると こ ろ ほ と ん ど

ネ ガ テ ィ ブ キ ャ ン ペ ー ン

の域にまで達しているものも少なく ありません︒大学生や大学院生も︑彼ら がネットを見ている時間はおそらく教室 や図書館で勉強している時間より遥かに 長いでしょう︒こうなると︑メディアが 生み出した話題が何よりも影響力を持つ ということになってくる︒数人が集まっ て話を始めれば︑政治の話題から下ネタ まで︑大体どこでも一緒になってしまう ︵会場笑︶ ︒皆が口にする冗談まで大体似

(16)

通ってくるのですから︑メディアの影響 力や推して知るべしです︒現在の中国で は︑大学教授にメディアを変える力はな く︑むしろメディアに引きずり回されて いる︒ これは大いに警戒すべきことです︒

データベースの陥穽

  それから︑今の大学生は︑文学を専門 にしている者も基本的な訓練をおろそか にしていて︑言語や︑文字や︑審美観︑ 文体や︑文学ジャンルに対する一種の感 覚を︑基本的に失ってしまっています︒ 論文だけを読むと︑すらすらと立て板に 水のごとく︑すべてのことを論じ尽くし ているような︑すばらしい印象を受けま すが︑仔細に見るとぼろが出ます︒例え ば魯迅を論じるとしましょう︑そのとき ジャンルごとのスタイルの差異を考慮す べきではないでしょうか︒魯迅全集の検 索は今やとても便利で︑日記であろうと 手紙であろうと著作であろうと︑あるい は詩であろうと雑文であろうと小説であ ろうと︑キーワードをぽんと入れると︑ ずらっと出てきます︒しかし検索で弾き だした言葉は︑前後の文脈や著作時の心 理状況を離れてしまっているので︑その 理解に歪みが出てくる可能性が大いにあ り ま す︒ 梨 園 か ら 出 た 言 葉 で︑

役 者 は︑古くなった衣装を着ようとも間違っ た衣装を着てはならない

という諺があ ります︒つまりそれぞれの衣装にはそれ ぞれの役割があるのです︒物を書くのも 同じことで︑ジャンルやスタイルの違い を考慮しないで︑何でもかんでもごった 煮にするというのでは問題です︒作家自 身が故意に

クロスオーバー

ミッ クスアンドマッチ

の実験をしようとし ているのでない限り︑具体的なテクスト を論じる際には︑必ずそのコンテクスト と ジ ャ ン ル を 考 慮 し な け れ ば な り ま せ ん︒例えば魯迅が鄭振鐸︵一八九八

−一

九五八︑作家・文学史家︶の

挿絵付き 中 国 文 学 史

︵ 原 題

挿 図 本 中 国 文 学 史

樸社出版部︑一九三二年︶を批判し た言葉を引用する人は多いですが︑あれ は魯迅が友人に宛てた私的な手紙の中に ある言葉で︑頼りにはなりません︒おま けに手紙の日時を見れば︑そのとき鄭振 鐸の本はまだ出版されていなかったので すから︑魯迅は明らかに広告の影響を受 けていたと考えられます︒魯迅の文章を 引くときには︑日記や手紙と公に発表さ れた文章を一緒に扱ってはいけないだけ ではありません︒たとえ公刊された文章 でも︑雑文と学術著作の間には大きな違 いがあります︒雑文は

一箇所だけつか まえて攻撃する

ことも可能ですが︑著 作はやはり客観的で公平でなければなり ません︒なんなら︑魯迅が

紅楼夢

に 触れた文言を見てみてください︒雑文と

中 国 小 説 史 略

で は 書 き 方 が 異 な っ て います︒手紙といえば︑昔の方々は社交 辞令を交えて書くのが習いでしたから︑ 銭鍾書の返信を見てみると︑相手のこと をしきりに褒めちぎっていますが︑彼の 本音であったはずがありません︒夏志清 先生などはある時ため息まじりに︑ある 学者が夏先生からの返信をいろいろなと ころで見せびらかし︑あまつさえそれに よって少なからぬ利益を得たらしいとい う話を披露しておられました︒私的な手 紙 が 学 術 に 鑑 定 を 下 し て し ま っ た 例 で

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す︒同じ理屈で︑日記と小説も同等に見 ることはできません︒しかし電子検索が 出現し︑検索すると結果がすぐに出てく るため︑上下の文が断ち切られ︑ぽつぽ つと拾い上げただけの言葉が執筆者の好 きなように並べ替えされてしまうように なりました︒こういった著述は本当に危 険です︒

中文研究に求められるもの

  他の場で述べたことがあるのですが︑ 文字や文章︑文体︑ジャンルに対する細 やかな感覚は︑中文系の学生が持ってい る最大の武器です︒同じテクストに向か いあったとしても︑歴史系の学生は史料 としてしか見ないかもしれませんが︑中 文系の学生は文字の背後にある心情や︑ 語気に含まれた書き手の立場やテイスト を読み取るでしょう︒文字に対してこの ように寄り添い︑汲み取り︑分析し︑批 判する能力こそ︑中文系の学生が持って い る︑ 最 も 基 本 的 な 能 力 で あ る は ず で す︒しかし今日ではこうした問題を論じ ることなく︑皆こぞって文字の外へと駆 けだしてしまっています︒我々は

新型 兵器

を手に入れてあれこれいじり回し ているのですが︑自分の立脚点を見失っ てしまったことに︑いつか突然気づくで しょう︒大局から見た歴史的判断や︑資 料収集にかけては︑中文系は歴史系にか な い ま せ ん︵ 会 場 笑 ︶︒ 中 文 系 が 得 意 と しているのは本来︑文字に︑文章に︑文 体に対する感覚と︑審美上のセンス︑そ して想像力なのです︒これらがもう古く さ い か ら と い っ て 放 り 投 げ て し ま っ た ら︑それでは我々の基本的な訓練と専門 的な特技とはどうなるでしょう?   大学 で教鞭を取っていない人は︑なぜ

基本 訓練

を強調する必要があるのかがわか らないかもしれません︒学術上の潮流は 一旦形成されれば壮大な流れとなり︑確 かにブームの先頭に乗っている多くの人 を 成 功 さ せ ま す︒ し か し 彼 ら が

波 乗 り

している様子を傍からあれこれ真似 してみても︑完全にマスターしないうち に大きな波は過ぎ去り︑あたら無駄な時 間を過ごしたということになってしまい ます︒教学上では︑私は胡適の

流行に 誘惑されて動揺してはいけない

を信用 しています︒ここ数年博士論文の口頭試 問に出席して強く感じるのは︑題目は近 年いよいよ見栄え良くなり︑思考もいよ い よ 柔 軟 に な り︑ 視 野 も い よ い よ 広 く な っ て い る の で す が︑ 困 っ た こ と に︑ 往々にして問題点を突っ込まれると弱さ を露呈してしまいます︒これはどうして な の か と 疑 問 に 思 わ ざ る を 得 ま せ ん︒ ひ ょ っ と し て︑ 近 年 の 我 々 の 教 育 理 念 は︑

新 し さ

を 追 求 す る あ ま り︑

継 承

をおろそかにしてしまっているので はないでしょうか︒ 王

をどのように解釈するのかについて︑積 すし︑またこうした新しい文学ジャンル た存在を正面からとらえる必要がありま 方が出現したのであれば︑我々はこうし とに映像や音の方面における新しいあり これほど多くの様々な新しい文学が︑こ 在しました︒ならば二一世紀に入って︑ りジャンルの変遷というのは一貫して存 に藤井さんのお考えに同意します︑つま は先ほど間接的に述べました︒私は完全   ︵ 笑 ︶ 二 つ 目 の 問 題 に つ い て は︑ 私

(18)

極的に企画し︑参与し︑思考する必要が あ り ま す︒ こ れ は ち ょ う ど 清 末 に 小 説 が︑あるいは他のジャンルが文学の領域 に入ってきたときと同じことです︒我々 は百年を隔てた時空で︑再び文学とは何 かという問題について思考を迫られてい るのです︒しかし清末と現在が異なるの は︑我々には文学という専攻や文学批評 という職業がある︑ということです︒で すから必ず新しい︑この新しい概念再構 築の過程で︑我々のこの学科が持つ持続 性および新たな展開の可能性をひらいて い か な い と い け な い︒ こ の 意 味 に お い て︑私はあまり心配しているわけではあ りません︑というのも再度藤井さんの話 に呼応しますが︑ある新しいジャンルに ついて研究するとき︑それは批判でも︑ 鑑賞でもいいですが︑そのときは必ず一 つの論述の中で行う︑つまりある一つの ディスクールのシステムの中で行うわけ です︒ですから文学批評という学科ある いはその論述は︑二〇世紀以来︑目の前 のめくるめく新しい文化が生み出す現象 をどのように見るのかについて︑我々に 教えてくれている︑というのが私の一つ 目の観察です︒ 審美とは︑想像とは

二つ目の観察も先ほど申し上げたこと と 関 連 し ま す が︑ 実 を い う と 陳 さ ん は ちょっと違う言い方をしていました︒私 が述べたのは︑私が置かれているコンテ クストの制限についてです︒今日のアメ リカで

審美

という価値観を持ち出す ことは困難です︑なぜならひとたび

審 美

と口にするとすぐさまプチブルだと 認定されてしまうからです︒そうでしょ う︑すぐさま政治的に正しい同僚が︑君 のそれは西洋資本主義によって生み出さ れたものだと批判してくるわけです︒で すから我々は言辞を正して︑歴史的に正 し い 左 派 の 同 僚 の 肩 を ど こ ま で も 持 っ て︑

審 美

だ け で は だ め な の だ と き っ ぱ り 言 う の で す︒ し か し 私 も 実 際

審 美

という言葉そのものの限界を理解し ています︒よってこれを別の方向から説 明してみたいと思います︒先ほどの話に 戻って︑ここで言う

想像力

とはむや みに妄想を膨らませることではありませ ん︒私がいる西洋では︑もちろんこれは 一七︑八世紀以降︑カントの美学と結び つけられて以来︑想像については︑繰り 返 し 繰 り 返 し︑ こ の

想 像

と モ ダ ニ ティの関連について多くの批判と新しい 貢献が築き上げられてきました︒しかし 中 国 の 伝 統 に お い て も︑

神 思

な ど の 概念が一貫して存在してきました︒です から

想像

というのはむやみにあれこ れ思いつくことではなく︑すでに何らか の継承があり︑学術的素養があるという しっかりした土台のもとに︑この世界の 様々な事物に対して解釈を行う方法のこ となのです︒先ほど︑想像力が強い人ほ ど︑ 同 じ も の か ら 新 し い も の を 引 き 出 し︑単純な事物から複雑な色とりどりの 様相を見いだすことができると述べまし た︒これが文学に従事する者の基本的な ス キ ル だ と 私 は 思 い ま す︒ ま た そ の 他 に︑

想 像

の も う 一 つ の 部 分 は 判 断 力 です︒これこそ私が述べたところの︑文 学的倫理における一種のエネルギーとな ります︒そこでこれらを合わせて︑それ

参照

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