O 論 説
ア ジ ア 通 貨 危 機 と
人 民 元 レ ー ト
今井理之・ ・ ⁝
一九九七年七月︑タイに始まった通貨危機は直ちにAS
EAN諸国に波及し︑秋から年末にかけて香港︑韓国をも
巻き込んでいき︑通貨危機から金融危機︑経済危機へと発
展した︒九八年に入るとインドネシア経済がさらに悪化
し︑五月にはスハルト政権崩壊という政治危機を招くにい
たった︒六月には円安が一四〇円台へと進み︑それが東ア
ジア諸国の通貨安︑株安を一時的に引き起こした︒東アジ
ア経済が不安定な状態を続けているなかで中国経済は︑成
長率は鈍化しているが︑相対的には安定しているように見
える︒そして︑人民元レートについては安定を維持すると
の中国政府要人の発言が続いているが︑外国側では元切り
下げは時間の問題との見方も出ている︒
以下では第一節で政策目標︑為替制度など人民元レート に関わる諸問題を扱い︑第二節でアジア通貨危機が中国の
貿易とくに輸出に与える影響について検討する︒第三節で
は人民元レートの見通しについて述べる︒
人民元レートの諸問題
e為替レートに関する政策目標・制度・レートの変遷
中国の為替制度や為替レートを決定・変更させる要因
は︑そのときどきの政策目標によって決まる︒政策目標は
またそのときどきの経済の発展段階︑経済状況︑国際収支
状況によって左右される︒政策の二大目標は︑王令券によ
ユ
れ ば 競 争 力 向 上 と 経 済 安 定 で あ る ︒ 競 争 力 向 上 は 時 期 に よ
ア ジ ア通 貨 危 機 と人 民 元 レー ト
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っては輸出拡大と言い換えることもできる︒競争力向上を
目標とすれば人民元レートは切り下げ傾向となる︒経済安
定で重要なのはインフレ抑制という目標といえよう︒物価
安定を目標とすればレートは人民元高傾向となる︒
為替レート制度は︑変動という点で分けると固定制︑管
理変動(フロート)制︑自由変動制などがあり︑レートが
単一か複数かで分ければ単一レート制と二重レート制があ
る︒中国はこれまでに自由変動制以外の制度をすべて採用
したことがある︒
以上の政策目標︑為替制度という観点から中国の為替レ
ートの変遷を概観してみよう︒
ω 経 済 復 興 期 ー 一 九 五 〇 〜 五 二 年
戦後の経済復興を図った時期で﹁輸出奨励︑輸入配慮︑
華僑送金優遇﹂の方針の下に︑七五〜八〇%の主要輸出商
品の加重平均外貨交換コストに五〜一五%の利潤を加えた
ものに華僑家族の生活品指数を参照する方法で人民元レー
トを制定した︒実質的に狭義の購買力平価に基づいており︑
基本的に当時の人民元の国際市場での購買力水準に合って
いたといわれる︒政策目標としては物価抑制と輸出奨励・
輸入抑制に重点が置かれていた︒レートは内外の物価変動
により調整された︒
②計画経済期一九五三〜八〇年
計画経済による経済建設期で人民元レートは内外の物価 とリンクしなくなり︑﹁計画経済下の対外貿易のための計
ハヨ 算手段﹂にすぎなくなった︒この時期の政策目標は安定志
向であり︑レートは結果的に過大評価(元高)で推移した︒
固定レート制であるが︑一九七三年以降調整回数が増える
ようになった︒この時期は二段階に分かれる︒
一九五三年から一九七三年までは︑輸出入は国の計画下
で行なわれ︑大部分の商品価格も国が決めていた︒為替レ
ートは輸出入と外貨収支を調整する手段ではなくなった︒
このため経済復興期のレートを基礎に主として英ポンドと
リンクしていた︒この間約二〇年間の為替レートは一九六
八年に一回切り下げただけで安定していた︒一九七三年以
降資本主義国が固定レート制を放棄し︑変動レート制に移
行した︒資本主義国のレート変動に伴う影響を避けるため
中国は主要貿易国の通貨をバスケット通貨として選び︑こ
れら通貨のレート変動を加重平均して人民元レートを決定
するようになった︒このレート決定には国家の他の政策目
標と内外物価変動状況も考慮された︒一九七三年から八四
年の間に七回のレート調整が行なわれた︒
㈹二重レート期一九八一〜八四年
輸出奨励・輸入抑制︑人民元高是正を政策目標とした︑
公定レートと貿易レートの二重レートを実施した時期であ
る︒貿易に適用された貿易外貨内部決済レートは一九八一
年一月から八四年末まで実施されたが対外非公表であっ ゜︒oo
た︒レートは一ドルー1二・八元に設定された︒これは一九
七八年の全国平均輸出外貨交換コスト︑一ドルー1二・五三
元に一〇%の利潤を加えたものである︒公定レートは一九
八〇年の一ドルー1一・五三元から八四年末の二・八元へと段
階的に切り下げられていった︒
ω単一レート下での大幅変動期
一九八五〜九一年四月
一九八五年一月一日から単一レートに戻り︑一ドルロニ・
八元でスタートしたが︑その後数回にわたり人民元の大幅
切り下げが実施された︒政策目標は競争力向上すなわち輸
出拡大を主としており︑レート調整(切り下げ)幅は全国
平均輸出外貨交換コストが主たる根拠となった︒この時期
もいくつかの段階に分けられる︒一九八五年一月以降徐々
に切り下げられ︑一〇月には比較的大きな調整があり三・
二〇一五元となる︒一九八六年七月五日には一五・八%と
いう大幅切り下げが行なわれ︑三・七〇三六元となった︒
以降一九八九年一二月まで三年五ヵ月間のレートは固定さ
れ︑安定を志向した時期になる︒一九八九年一二月一六日
に二一・二%の大幅切り下げが行なわれ︑一ドル"四・七二
二一元となった︒一九九〇年=月一七日に九・六%の切
り下げが行なわれ︑五・二二二一元となった︒一九九一年
から輸出補助金を廃止することを前提に輸出企業の採算を
とるための措置であった︒七〇年代末以降人民元の切り下 げ決定時︑貿易収支が黒字であったのはこの年だけであ
る︒
㈲二重レート併存・管理フロート期
一九九一年四月〜一九九三年末
一九九一年四月から管理フロート制が採用されるように
なり︑小刻みの切り下げが頻繁に行なわれた︒これには八
〇年代後半から成長するようになった外貨調整センターで
の外貨取引が重要な役割を果たしている︒外貨留保制の下
で輸出によって得た外貨(枠)を輸出企業等が外貨調整セ
ンターで取引できるようになり︑これが市場レートとして
機能するようになった︒外貨需要が強いなかで外貨調整セ
ンターレートの下落が速く︑公定レート(正確には管理変
動レート)との間に二重レートが生じ︑外貨調整センター
レートが公定レートに影響するようになった︒外貨需要が
激増した九三年には公定レート一ドル開五・八元に対し外
貨調整センターレートは一一元まで下落し︑大幅な乖離が
発生したこともある︒
㈲単一レート・管理フロート期
一九九四年一月〜現在
一九九四年一月から公定レートと外貨調整センターレー
トの二重レートは公定レートを三三・三%切り下げる形で
統一され︑一ドルH八・七元となった︒以降の為替レート
は外国為替指定銀行間の外貨取引によって形成される市場
89一 ア ジア 通 貨 危 機 と人 民 元 レー ト
レートによって変動するようになった︒ただし︑レートの
大幅変動をさけるため中国人民銀行が適時に介入できるよ
うになっており︑﹁管理﹂された変動制となっている︒九
四年以降は︑九四〜九五年にインフレ高進があったこと︑
輸出拡大により貿易黒字が定着してきたこともあって為替
レート政策目標は経済安定志向となっている︒
口 人 民 元 レ ー ト 調 整 ・ 調 整 幅 決 定 要 因
ω人民元レート調整決定要因
既述のように人民元レートの調整これまでの例では
切り下げをするか︑あるいは現行レートの維持に努め
るか否かは︑その時々の政策目標による︒一九七〇年代末
の改革・開放以来九三年までは競争力向上ないし輸出拡
大・外貨獲得が人民元レート調整の最重要の要因であっ
た︒中国も発展途上国の一つとして外貨不足に苦しんだ
し︑七八年︑八五〜八六年︑九三年には主として間違った
政策が原因で大幅な貿易収支の赤字をつくったからであ
る︒このため七九年以来九三年末までの人民元レートの調
整決定は切り下げによる輸出拡大︑輸入抑制が基本にあり︑
併せて貿易企業(輸出企業)の採算向上・経営改善を狙っ
たものであった︒
九四年一月三三・三%切り下げと二重レート解消による
単一レート下における管理フロート制実施以来人民元レー トは市場レートによって基本的に決定されており︑通貨当
局による人為的な大幅調整は行なわれていない︒市場レー
トは外貨に対する需求関係によって決まっている︒九四年
以降は︑九四〜九五年にインフレが高進したため経済安定
が最大の政策目標となり︑人民元レートを安定させる要因
となった︒貿易収支の黒字持続と外国からの大量の直接投
資による外貨の供給増加︑経済成長率の鈍化による輸入外
貨需要の減退も人民元レートの安定に寄与した︒人民元レ
ートは九四年初めの一ドル闘約八・七元から九八年六月現
在の八・二八元と若干の元高基調で推移している︒
九七年七月以降タイで始まった通貨危機の影響でタイ︑
マレーシア︑インドネシア︑フィリピンのASEAN4の
通貨が三〇〜八〇%程度も下落したため中国製品の輸出競
争力が落ちると予想され︑人民元の切り下げによる競争力
の維持を中国の輸出企業は期待し︑外国側も予想した︒し
かし︑九八年上期段階までは中国政府は内外の経済安定を
第一の政策目標として人民元レートの安定維持を表明して
いる︒
レート調整決定要因として第三に重要なのは国際収支動
向とりわけ貿易収支や経常収支の動向である︒七〇年代末
以降九三年までは九〇年一一月を例外として収支が赤字の
ときにレート調整(切り下げ)が決定された︒将来的には
国際収支動向が人民元レート調整の最重要の要因となるか 鈴