• 検索結果がありません。

短詩型文学教材の検討と教育の問題

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "短詩型文学教材の検討と教育の問題"

Copied!
29
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

165

短詩型文学教材の検討と教育の問題

一一一一・一一t一一

Z歌を中心に

付属中学校教諭長須正文

1 は じ め に

 現今の国語教育界において,日本固有の伝統芸術である短詩型文学は極めて不幸な待遇 を受てけいるのではあるまいか。試みに,日本国語教育学会編による「国語教育の調査研 究リスト」の第1集,第2集によって,過去2年間に発表された国語教育研究の論文,およ そ500編を一覧しても,短詩型文学の教育に関する論 文は1篇も見当らないし,月々刊行 される雑誌,単行本においても,これらに関する論究実践の例は極めて少ないのである。

 国語教育界の潮流は,時々刻々さまざまな様想を見せて展開しているが,その中での論 議の多くは,散文の読解力,鑑賞力や表現力(作文力)の養ないの分野をめぐるものであ

って,短詩型文学がその矢面に立ったことは未だ聞かない。特に教育の現場においては,

「教科書に出てくるから仕方なしにやる」という傾向が強く,その取扱いは,「やっかい だ」とされており,それ以上の研究はなされていないのが現状である。したがって,短詩 型文学教育の問題は,現時点における国語教育界の,いわば盲点のひとつと言ってよいと 思うのである。

 そこで,私は,この冷遇の憂き目をみている短詩型文学教育に大いなる光明を見出し,

盲点を打破して,短詩型文学が国語教育の中で正しく位置づけられることを念願してこの 論文と取組むことにしたのである。

2 短詩文学の教育的位概づけ

 (1)大前提として

 日本文学発生の原始時代から,日本民族の精神生活の所産として創造継承されて来た日 本固有の民族文学としての短詩型文学は,5音,7音,3音,4音等の音数律を基本とし て成立する他の言語民族には見ることのできないすぐれた定型詩であることは既定の事実 である。日本文学の流れは,これらを基本として展開して来ていることも論をまつまでも なk・ことである。

 私はここで,短詩型文学論を展開するのは不本意であるが,戦後いち早く叫ばれた文学

(2)

166 茨城大学教育学部紀要 第十四号

復興の呼び声の中で,臼井吉見氏や桑原武夫氏,中野好夫氏などの「第二芸術論」, 「短 歌訣別論」「短歌俳句は現代文学たり得るか」などが世論をわかして以来,それらに影響 されてか,この伝統杓短詩型文学を近代文学として否定する者,あるいは黙殺するものも 多くでている事実を見逃すことはできない。

 まして,そういう文学界の論議の波をうけて付和宙同ずる国語教育人の多いことも否め ない事実である。

 しかし,そういう賛否両論の是非はともかく,短詩型文学は,それら短詩型文学として の価値云々の議論を超越して,現今既にりっぱな近代文学の一ジャンルとして,創造と鑑 賞に堪えている事実を確認し,その価値判断の地盤を誤らぬようにしておくことは,歌人 や俳人を養成するのが目的ではない国語教育において,教育以前の問題として,極めてた いせつな基本的大前提:でなければならないことである。

 (2)指導要領はどうなっているか

 ここで指導要領を出すことは,極めて唐突な感をまぬがれないが,国語教育にとって,

現時点において国家の示す基準というものを押えてみることは重要であると思うので,あ えて一項を設けることにした。

 文部省は,昭和33年8月,学校教育法施行規則の一部改正並びに中学校学習指導要領の 告示をし,中学校教育 課程の基準を全面的に改正し,昭和35年,36年度において移行措置 を講じ,37年度よりそれらに基づく全面的実施を行なった。国語教育もこれに即応して大 きく改訂され,言ってみれば「言語生活主義」から「言語能力主義」へ「生活学習」から

「系統学習」へと転換したわけである。

 そこで,現行の「中学校学習指導要領・国語編」の改訂の基本を見ると,昭和33年3 月,教育課程審議会が「小学校・中学校教育課程の改善について」という答申を文部省に 提出し,その内容は次のようになっている。

 1 義務教育中に,生活に必要な能力を確保することを期して,学習領域,程度等を明 確にし,片寄りのない学習が行なわれるようにする。

 2 教材ならびに学翌活動を精選し,基礎的,.本質的な学習に力を注ぐようにする。

 3 読解力をいっそう高め,文章を正確に理解させるように努める。

 4 ことばを尊重する意識を高め,正確な表現力を養い,特に作文および書写の指導を 充実する。

 これらを基本にしてつくられた国語科の教育目標は次のようになったのである。

 1 生活に必要な国語の能力を高め,思考力を伸ばし,心情を豊かにして,言語生活の 向上を図る。

(3)

       長須:短詩型文学教材の検討と教育の問題       167

 2 経験を広め,知識を求め,教養を高めるために,話を確実にききとり,文章を正確 に読解し,併せてこれらを錐賞する態度や技能を身につけさせる。

 つまり,このふたつの目標の中に見える「思考力を伸ばし」「心情を豊かにし」文章を

「正確に読解し」「鑑賞する」「態度」「技能」を「身につけさせる」という事項の中,

特に「心情を豊かにし」文章を「鑑賞する」「態度」「技能」を養う等という部分に,文 学教育,言ってみれば短詩型文学教育の日標が大まかながら位置づけられているのであ

る。

 次に,「読むこと」の(i)指導事項として,挙げられている文学教育に関連する項目を調 べてみると,短詩型文学は,「詩歌」として, 「阻筆」 「物語」 「伝記」「小説」 「脚 本」などといっしょに,各学年にわたって指導するようになっていて,そこで指導する事 項は次のように書かれている。

 ○読むことの態度   1 読解の態度

   2年・文章の内容をよく吟味しながら読む態度を身につけること。

   3年・文章の内容を読みとって批判する態度を身につけることQ   2 読書の態度

   1年・文学作品などに親しみ,また楽しんで読書しようとする態度を身につけるこ       と。

   2年・自己の向」ゾ)ために,適当なものを選んで読む態度を身につけること。

   3年・すぐれた作品を読み,人生や社会の問題を考えていく態度を身につけること。

 ○読むことの技能   1 感  想

   1年・文章を読み,ものの考え方についての問題をとらえること。

   2年・文章から読みとった問題について,ものの見方や考え方を深めること。

   3年・作者の意図が表現の上にどのように生かされているかを読みとること。

  2 . 賞

   1年・情景や人間の心情が書かれている箇所を読み味わうこと。

   2年・文学作品などを,表現に注意して味わって読むこと。

   3年・文学作品などを読んで鑑賞しまとまった感想をもつこと。

  3 語  句

   1年・語句の意味を文脈の中でとらえること。

   2年・語句のもつ意味の範囲・語感などをつかむこと。

(4)

168 茨城大学教育学部紀要 第十四号

   3年・いろいろな文体の特徴に注意して読むこと。

 これらの指導事項のうち「文章」となっているのは「作晶」とおきかえてよいものであ るが,これをさらに「詩歌」「短歌」「俳句」Vil柳」などに置き替えてみても,ここか らそれら教材の教育上志向すべき事項が明確に浮かびあがって来ないうらみがある。指導 要領は「基準」のみを示したと言われてしまえばそれまでだが,短詩型文学の分野の教育 にとっては,これだけでは不充分であると言わなければならない。

 以上の中から短詩型文学教育に関連する事項をとりだしてみると,

  ①すぐれた作品を読み人生の問題を考える。

  ②ものの見方や考え方をとらえる。

  ③ 作者の意図が表現の上にどのように生かされているかを読みとる。

  ④情景や心情を読み味わう。

  ⑤鑑賞し,まとまった感想をもつこと。

  ⑥文脈の巾での語句の意味,語句の意味の範囲語感などをつかむこと。

  ⑦ いろいろな文体の特徴に注意して読むこと。

 などがあがって来ることになる。この中で,③④は本命であり,⑤⑥⑦がそれにつぎ①

②は拡大解釈で無理があるわけだが,一一応この分野にも入れておくことができる。指導要 領は「最低基準」を示したもので,それ以上やることはいつこうさしつかえがないという 極めて都合のよい解説がつけられているから批判の余地はなさそうだが,それではあまり にも御都合主義である。為すべきことは明示しておくべきである。特に,文学史的展開の 知識や,短詩型文学の特質,作家研究などの面はおろそかにできないことである。義務教 育を修了しようとしている第3学年あたりでは,特にそうした面の学習は必修としたいも のであるし,解釈や鑑賞の方法論もぜひ学習させたいものである。そういう意味で,指導 要領にただ忠実であるだけでは,短詩型文学の教育は片手おちの欠陥を免れることはでき

ないのである○

 (3)目標の設定

 次に,短詩型文学教育の目標について私案を述べることにする。

 はじめに,目標設定に当って,その基本となるべきことを二つ挙げたい。それは  ①短詩型文学は詩である。それ故に文学教育として詩教育のもつ一面をもっているこ   と。

 ②短詩型文学は,日本独特の伝統的文学である。

  したがって,短詩型文学としての独自性をもつ教育の面をもっていること。

 の2つである。芳賀秀次郎氏の論文(注1)によれば,日教組の教育研究集会での国語

(5)

長須:短詩型文学教材の検討と教育の問題 169

教育分科会では,国語教育の目標を

 ①日本の文字と表紀,日本語の発音,単語,文法,文章の部分(段落),文章などにつ   いての意識的な自覚を高め,その知識を正確豊にする。また,文章を読む力,書く   力,談話をし,それを聞く能力などを十分に伸ばしてやること。

 ②ことばと結びつけて,子どもたちの認識能力(観察力・知覚力・記憶力e想起力・表   脳力・思考力・想像力など)を伸ばしてやること。

 ③正しくゆたかな物の見方・考え方(世界観の基礎)感じ方(感情の高い質)を身につ   けさせること。

 ④ごく自然のうちに子どもたちの民族意識をつちかうこと。

 としているということである。そして,さらに芳賀氏は,俳句教材にふれて

 「この4つの目標のそれぞれを,いろいろな形で荷っているものとして,俳句作晶の教  材としての意昧を肯定する。とくに①の単語・文法・文章についての白覚を高め,知識  を豊富にすることについて,②の観察力・想起力・表象力・想像力をゆたかに,するど  くすることについて,また③の感じ方(感情の高い質)をゆたかにすることについて,

 などの諸点において,俳句の凝縮された詩型は,かなり高い意味をもっていると考え  る。そして,それが④のごく自然のうちに子どもたちの民族意識をつちかうことに連な  るものと考えている。」

 と言っているが,私も同感である。

 そこで,私としては,次のように,短詩型文学教育の目標を設定する。

 ○古典の場合

  ①日本民族の祖先のものの考え方・感じ方・見方に触れさせ民族意識を育てると同時    に,古典に親しみ,古典を理解する態度を育てる。

  ②日本独特の短詩型文学の文学史的意義と展開を理解させる。

  ③作i;il一,を系統的に読ませることを通して作品や作家の歌風や特色を学ばせ,文学的教    養を高める。

  ④短詩型文学の修辞を明らかにして,表現効果を理解させ,解釈や,鑑賞の方法を身    につけさせる○

 ○現代の場合

  ①作品の鑑賞を通して美的情感を高める。

 ②短詩型文学の鑑賞の方法を理解させ鑑賞能力をつける。

 ③短詩型文学の他の文学と異なる特殊性を理解させ,定型,声調,リズム,修辞など    を読みとらせる。

(6)

170      茨城大学教育学部紀要 第十四号

   ④短詩型文学の解釈や鑑賞を通じて,人生や自然への観察力を深め,伝統的文学様式     と特色を理解させる。

   ⑤表現に注意して情景をよみとり,作者の意図,主題をとらえる能力を養う。

   ⑥短詩型文学の特殊性の上から日本語の美しさを理解させ国語愛の精神を育てる。

   3 現行教科書教材の現状 一検討の1一

  現行中学校の国語教科書16種中「新中学国語」 (教図研叫Li岸徳平編)/種を除いた15  種(注2)について,次のようなことを調査した。

  (1)古 典 短 歌

   ①選択されている作品中3種以上の教科書が選択している作品     ○田子の浦ゆうち出でて見れば真kiにぞ富士の高嶺に雪は降りける        (山部 赤人)    囮

    0石ばしる垂水の上のさわらびの繭へ出ずる春になりにけるかも        (志貴皇子)   回

    ○近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古血ほゆ        (柿本 人麿)    囹

    ○銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも

       (1⊥Lヒ   1恵良)       [豆]

    ○わが宿のいささむら竹吹く風の音のかそけきこの夕かも        (大伴 家持)    [2]

    ○春すぎて夏来たるらし白たへの衣ほしたり天の香具山        (持統天皇)    図

    ○春の野にかすみたなびきうら悲しこの夕かげにうぐいす鳴くも        (大伴 家持)    囹

    ○東の野にかぎろひの立つ見えてかえり見すれば月かたぶきぬ        (柿本 人言)    [動

    ○秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれめる        (藤原 敏行)    固

    ○山深み春とも知らぬ松の戸にたへだへかかる雪の玉水        (式子内親王)    固

    ○わたつみの豊旗雲に入日さしこよひの月夜あきらけくこそ        (天智天皇)   囚

(7)

        長須:短詩型文学教材の検討と教育の閲題

○久方の光のどけき春の日にしず心なく花の散るらむ        (紀  友則)    囚

○人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける        (紀  貫之)   囚

○わかの浦に潮満ち来れば潟をなみあしぺをさしてたず鳴きわたる        (山部 赤人)    囚

0熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今はこぎいでな        (額田  王) ・  囹

0あしびきの山川の瀬の鳴るなべに弓月が冊に射たちわたる        (柿本 人麿)    固

0憶良らは今は罷からむ子泣くらむそのかの母も吾を待つらむぞ        (山上 憶良)    囹

つみ乗懸の象山の際の木未にはここだもさわぐ鳥の声かも        (山部 赤人)    囹

○うらうらに照れる春日にひばりあがり心悲しもひとりし思へば        (大伴 家持)    囹

0夕去ればおぐらの山に鳴くしかはこよひは鳴かずい寝にけらしも        (請明 天皇)    團

0箱根路をわが越へ来れば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ        (源  実朝)    團

書に出てくる場合も含めて一多い順に一  〇柿本 眼華      國  0大伴 家持       國  OiLl上 憶良      囮  0山部 赤人       圃  ○藤原 定家       國  0志貴 皇子      回  0西行 法師       圓  0紀  貫之         回  0作者不祥         團

 (て≦≧音1 万葉集より)

171

②選択されている歌人中2首以上の短歌が選択されている歌人一同じ歌が他の教科

(8)

172

○藤原 敏行 0持統 天皇 0紀  友則 0藤原 家隆

○式子内親王 0在原 業平 0天智 天皇

○欝明 天皇

○源  実朝

○額田  王

○藤原 晶晶

○高市 黒人

○僧  良寛 0大伴 旅人 0遣唐使の偲

○大部 真麿

○任生 忠峯

○小野  老

○僧正 遍昭

○藤原 良径

○寂連 法師

○東   歌

茨城大学教育学部紀要 第十四号

囹固固守固團囹点画團二二回二心山回囮回回團圖

③各1首ずつ選択されている歌人

  ○安部仲麿 ○坂山是則 ○加茂真渕 o藤原顕輔 0後鳥羽上皇 ○大隈言道   0藤原忠良 0菅原孝標女 ○藤原俊成 ○伊勢 0実定 ○麻 続王 ○有問   皇子 ○天武天皇 ○商長首麻呂 0元興寺の僧 ○橘曙覧 ○厚見王 ○大伯   皇子 ○凡河内躬恒 ○小野小町

④解説のある歌集のでてくる教科書一多い順に一   〇万葉集      囮

  ○古今集      國   ○新古今集       國

・ ○山家集      囹

(9)

      長須:短詩型文学教材の検討と教育の問題

   ○金包集      國

 ⑤その他歌集ではないが,良寛回真渕・河道・曙覧各国の解説が見られた。

② 現代短 歌

 ①選択された作品中2種以上の教科書で選択している作品   0くれないの二尺伸びたるばらの芽の針やはらかに春雨の降る          (正岡 子規)    圖

  ○金色のちひさき鳥のかたちしていてふ散るなり夕日の丘に          (与謝野晶子)    図

  0瓶にさす藤の花ぶさ花たれて病の淋:に春暮れむとす          (正岡 子規)    囹

  ○死に近き母に添ひ寝のしんしんと遠田の蛙天にきこゆる          (斎藤 茂吉)    固

  0夏の風山より来たり三百の牧の若馬耳吹かれけり          (与謝野晶子)    固

  ○清水へ砥園をよぎる桜月夜こよひあふ人みな美しき          (与謝野晶子)    四

  〇石がけに子ども三人腰かけてふぐをつりをり夕焼け小焼け

         (」ヒ原  白不可)         [奎]

  Oふるさとの訂ヒなつかし   停車場の人ごみの中に    そをききに行く

         (石川 啄木)    囚

  ○まんじゅしゃげひとむら燃えて秋陽つよしそこをすぎているしずかなる道          (木下 利玄)    [到

  ○牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ          (木下 利玄)    圖

  ○白鳥は悲しからずや空の青海の青にも染まずただよう          (若山 牧水)    團

  ○ふるさとの山に向かひて   言ふことなし

  ふるさとの山はありがたきかな

         (石川 啄木) .  團

173

(10)

174       茨城大学教育学部紀要 第十四号

0しんしんと幅広き街の  秋の夜の

 たうもろこしの焼くるにほひよ

       (石川 啄木)    囹

○背負いたる垂穂の璽み百姓はたへつつ歩む一足ひとあし        (木下 利玄)    團

○春真昼ここの港に寄りもせず岬をすぎて行く船のあり        (若山 牧水)    團

0床の上水越えたれば夜もすがら屋根の裏べにこほろぎの鳴く        (伊藤左千夫)    圖

0幾山河越え去り行かば寂しさの果てなむ国ぞきょうも旅行く        (若山 牧水)    回

○湖の氷はとけてなほ寒し三B月のかげ波に映ろふ        (島木 赤彦)    圖

○信濃路はいつ春にならむ夕つく口入りてしまらく黄なる空の色        (島木 赤彦)    圖

○はたらけどはたらけど

 なほわがくらしらくにならざり  じっと手を見る

       (石川 啄木)    囹

○父の背にシャボンつけつつ母のことわがきいている月夜こほろぎ        (北原 白秋)    回

○おり立ちてけさの寒さをおどろきぬ黒しとしとと柿の落葉深く        (伊藤 左干夫)   回

○たらちねの母がつりたる青がやをすがしといねつたるみたれども        (長塚  節)    圃

○夕焼け空焦げきわまれる下にして凍らむとする湖の静けさ        (島木 赤彦)    圖

○高槻のこずゑにありてほほじろのさへずる春になりにけるかも        (島木赤彦)    回

○摘み草のにほひ残れる指先を洗いておれば野に月の出ず        (若山 牧水)    回

(11)

         長須:短詩型文学教材の検討と教育の問題      175

 0雪降れば山よりくだる小鳥多し障子の外にひねもすきこゆ         (島木 赤彦)    團

 0こころよき疲れなるかな   息もつかず

  仕事をしたる後のこの疲れ

        (石川 豚木)    囮

 0朝明けて船より鳴れる太笛のこだまはながし並みようふ山         (斎藤 茂吉)    圖

 ○川ひとすじ菜たね十里の宵月夜母が生まれし国美しむ         (与謝野 晶子)   囹

 0ひまわりは金の油を身にあびてゆらりと高しEIの小ささよ         (前田 夕暮)    圖

②選択された歌人とその歌数一同じ作品でも他の教科書にでてくる場合は歌数に入  れて一一一

  〇木下 利玄       圖   ○石川 啄木       國   0若山 牧水       國   0北源 白秋      圃   0斎藤 茂吉       匝1   0島木 赤彦      圃   ○長塚  節      國   0正岡 子規       國   0与謝野晶子       圖   0窪田 空穂         圖   ○土屋 文明       固   0伊藤左千夫       固   0古泉 千樫      團   0前田 夕暮      囹   0佐藤佐太郎       囚   0尾上 柴舟       囚   0木俣  修      團   0佐々木信綱       團

(12)

176      茨城大学教育学部紀要 第十四号

     0土岐 哀果      團      0宮  柊二      回      0落合直文         國      0中村 憲吉       巨]

     0会津八一         国      0釈  臨空      国

  ①で選ばれている歌人以外で②で割合多くの歌が選ばれている歌人が多いことが目立っ  ている。例えば,窪田空穂,土屋文明,古泉千樫,佐藤佐太郎など。これはこれらの歌人  の作品の評価が不安定なこと,つまり客観的に妥当な代表作を選ぶことの困難さが原因と  思われる。選ぶ人によってまちまちである故に一作品に集中するということがないのであ  る。ここに教材選択の難しさの一端を見ることができる

  (3)古典俳句

   ①選択された作晶中2種以上の教科書に選択されている作晶     ○閑かさや岩にしみ入る蝉の声

       (芭 蕉)

0旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる        (芭 蕉)

○ぼたん散って打ち重なりぬ二三片        (蕪 村)

0くたびれて宿かる頃や藤の花        (芭 蕉)

○山路来て何やらゆかしすみれ草        (芭 蕉)

〇五月雨を集めて早し最上川        (芭 蕉)

0荒海や佐渡に横たふ天の川        (芭 蕉)

〇五月雨や大河を前に家二軒        (蕪 村)

○不二ひとつうつみ残して若葉かな        (蕪 村)

○春の海ひねもすのたりのたりかな

(13)

        長須:短詩型文学教材の検討と教育の問題

       (蕪 村)      囚

○赤々と日はつれなくも秋の風

       (芭 蕉)      囚 0夏草やつはものどもが夢の跡

       (芭 蕉)      國

○花いばら古郷の路に似たるかな

       (蕪 村)      圏 0山は暮れ野はたそがれのすすきかな        (蕪 村)     團

○絶頂の城たのもしき若葉かな

       (蕪 村)      團 0ひばりより上にやすろふ峠かな

       (芭 蕉)     圖

○寝返えりをするぞわき寄れきりぎりす        (一 茶)      囹 0うまそうな雪がふうわりふうわりと        (一 茶)     回 0枯れ枝にからすめとまりけり秋の暮        (芭 蕉)      [到

○名.月や池をめぐりて夜もすがら

       (芭 蕉)      回

○やせ蛙負けるな一茶ここにあり

       (一 茶)     [到 O古池や蛙飛び込む水の音

       (芭 蕉)      回 0菜の花や月は東に田は西に

       (蕪 村)     團

○菜の花や昼ひとしきり海の音

       (蕪 村)      囮

○秋深き隣は何をする人ぞ

       (芭 蕉)      回

○石工の繋(のみ)冷したる清水かな

177

(14)

178 茨城大学教育学部紀要 第十四号

         (蕪 村)

  0湖の水まさりけり五月雨          (去 来)

  0鳴く猫に赤ん目をして手まりかな          (一 茶)

  ※芭蕉 囮(句)のべ圃     蕪村  囹     圃     一一茶  囚     回     去来  国     国  ②選択された俳人と教科書数    ○芭蕉 ※全部の教科書で選択    0蕪村

   ○一茶    0嵐雪    ○去来    ○基角    ○凡兆

(4)現代俳句

  0遠山に日の当りたる枯れ野かな          (虚 子)

  0きつつきや落葉を急ぐ牧の木灯          (秋桜子)

  0赤とんぼ筑波に雲もなかりけり          (子 規)

  0こがね虫なげうつ闇の深さかな          (虚 子)

  0雲海やたかの舞ひみる峰一つ          (秋桜子)

  0夏草に機関車の車輪来て止まる          (誓 子)

  0桐一葉日当りながら落ちにけり

圖回團圖回圃国

①選択された作二二2種以上の教科書に選択された作品一多い順に

      囮

      圏

      圖

      圖

      團

(15)

         長須:短詩型文学教材の検討と教育の問題

        (虚子)     團   ○雪残る頂一つ国境

        (子規)     圖   0島々に燈をともしけり春の海

        (子規)     圖   ○さるすべりラジオのほかに声もなし         (草田男)     圖   ○冬の水一枝の影もあざむかず

        (草田男)     回   ○いくたびも雪の深さを尋ねけり

        (子規)     囹   ○ピストルがプールの堅き而にひびき       子)     回   ○校塔に鳩多き日や卒業す

        (草田男)     團   0柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

        (子幾)     囹   ※虚子   囹(句)のべ 囮    秋桜子    囹      団    草田男    圃      團    子規     固      國    誓子     圖      固

③選択された俳人と教科書数

  0子 規 ※全部の教科書     囮

  0虚子※同上       囮

  0草田男       圓      子       囮   0秋桜子       回   0碧梧桐      囮   0汀女       囹   ○撤 邨       固   0蛇笏       囹

179

(16)

180

5

○井泉水

○鬼 :城

○漱石

○鳴 雪

○かな女

○薯舎

○亜 浪 0波 郷

○草 城

○風 生

○石 鼎

○乙 字

○多佳子   柳

茨城大学教育学部紀要 第十四号

       固

       [3]

       囹        圃        国        国        国        国        回        国        国        国        国

○本降りになってでて行く雨やどり        (学図・三省・筑摩)

○武蔵坊とかくしたくに手問がとれ        (学図・三省)

○よいとこへ来たとせいたか使はれる        (学図・筑摩)

0うたたねのかほへ一冊屋根にふき        (学図・三省)

○通り抜け無用で通り抜けが知れ        (学図・筑摩)

○寝ていてもうちわの動く親心        (学 図)

○読めぬ字も何といふ字に読んでおき        (学 図)

○道立へば一度に動く田植ゑ笠        (三 省)

○押へればすすき放せばきりぎりす        (三 省)

(17)

       長須:短詩型文学教材の検討と教育の問題

   0すす掃きの顔を洗へば知った人

      (三 省)      []

   ○すねた子を壁からやっとひつぺがし       (筑 摩)      国    0泣く泣くもよい方を取る形見分け       (筑 摩)      国    0はえは逃げたのに静かに手を開き       (筑 摩)      国    ○長話とんぼのとまるやりの先

      (筑 摩)      国    ○物申に手間をとらせるまっぱだか       (筑 摩)     国    ○立ち聞きは今来たように内へ入り       (筑 摩)      国    0なんだ石碑かと一つも読めぬなり       (筑 摩)      国  川柳は15仕の教科書中この3社だけが採択しており,

である。内訳は,筑摩10,三省6,学図7となっている。

 (6)鑑賞文や解説文を書いている歌人・評論家・研究者たちとその教科書名   ①古典短歌

    0木俣  修  (三省(金)(土)・大日本)

    0土屋 文明  (大日本)

  ②現代短歌

    0木俣  修  (三図・大修館)

    0佐藤佐太郎  (日書)

    ○木下 利玄  (大阪)

    ○窪田章一郎  (大日本)

    0吉野 秀雄  (三省(土/)

    0土屋 文明  (大修)

  ③古典俳句

    ○麻生 磯次  (大日本)

    ○福田 清人  (三省土)

181

ここにあげたのはその全作晶17句

(18)

182

  ○添原 退蔵   ○栗山 理一   〇池田 亀鑑

④現代俳句   〇三好  達治

  0無目刀黍  牟秋屯β

  0高浜 虚子   ○中村草田男

茨城大学教育学部紀要 第十四号

(大日本)

(大日本)

(大修館)

(呈出(武)大阪)

(学図)

(日書)

(三省(土)・大飯館)

4 現行教科書教材の現状を見て 一検:討の2一

んど2年冬で現代短詩型を出し,

典ものは難解だとかぎっていないのだから,

詩型文学をお座成に考えているからこういう扱いになるのだろう。つまり,

の作品を1回,古典の作田を1耀きりしか出さないという所からこういう結果がでてく る。現代ものも古典ものも学年の発達段階に即応して毎学年提出するようでなければ,短 詩型文学教育の目標は達成できるものではない。現行では,2年生の国語の総時間は140       5 時間であるから,そのうちせいぜい短歌・俳句にかける時間は5時間程度だから

       とい        140

う比靴なるし,3学年では弄♂・なる・・年生は・75調だから・3年問では49・醐 で,そのうち短詩型文学教材の指導時閥が10時間内外というのはひどいものである。これ では,Ei本の伝統的文学のまともな享受などはできるものではない。

 (2)名作羅列主義

 たいていの教科書にはひとつひとつの題材あるいは単元毎に「学習の手引き」「研究の 手引き」というようなものがついている。

 例えば,次のようなものである。

 ①万葉・古今・新古今の三者を比較して,ことばづかいや,調子の違いを調べてみまし   よう。 (教育出版e武者小路実篤編e3年。古.!{E!・短歌の場合)

 ②短歌の意味上の切れ目を調べよう。

 ③短歌の終りのことばを調べて表現上の効果を調べよう。 (学図・2年・現代短歌の場   合)

(i)短詩型文学教材の冷遇

15種の教科書のうち,西尾実編「国隣」 (筑摩書房)拶ll田国男・成瀬正勝編「新しい

「国語」 (東京書籍)古田拡他国「中学国語」 (教育出版)の3種をのぞく12種は・ほと       3年で古典短詩型を出している。現代ものは容易で,古        こういう割り切り方は筋が通っていない。短        3年閥に現代

(19)

長須:短詩型文学教材の検討と教育の問題 183

 ④右の歌の中から,次の項目にあたる歌を選びだしてごらんなさい。

  ・字余りの歌

  ・文の順序が倒概になっている歌   ・情景を主にした歌

  ・心情を主にした歌

  (大修館・2年。現代短歌の場合)

 こうした設問は,短歌という特殊なジャンルの教材に即したもので,教育の本質に迫ろ うという意図が満ちている。しかし,実際に採択された作品に当っていくと,それらの設 問の解答にやり甲斐のある作晶ばかりがあるとはかぎらず,往々にして失望させられるこ

とが多い。あらかじめ指導したい事項があって, (例えば上述の設問のような)それにふ さわしい作品を選んだという教科書にはなかなか出会わなかった。「万葉集,古今集,新 古二野の歌風を比較してみましょう」と言っても,はじめから,そういう学習をさせたい 意図があって作品が選ばれたというのでないから,これらの作晶からは「学習の手引き」

の設問の答えが明確にでて来ないのである。

 1人2句ずつの現代俳旬が20旬並んでいる。 (光村・2年)この20句を解釈し鑑賞して いくうちに,俳句独特の,花鳥調詠から生命瓢詠まで,句WJれにしても上5,中7,下5の それぞれの種顛,切れ字のさまざまな形態,律調,そしてしかも各作家の個性にも富み,

そこからは文学二軍団や,潮流の違いや史内展閉の状況も読みとれるような教育ができたら どんなにすばらしいことか。まして時間のたりないこうした分野の教育では,そうした精 選された教材により,ぬけのない重点的な学習ができるよう綿密な配慮が必要である。そ れにしても,現行の教科書での短詩型文学教材の場合,編集者の意図,・方針・観点・原 則が奈辺にありゃと頭をかしげたくなるものか多く,とりあげる作家にしても作晶にして も,またその配列にしても無方針・無定事で名作の羅列であると言った感じをもたぬわけ にはいかないのが現状である。したがって,教材を分析しても,そこから,「ここでは何 を教えるのか」という仮説を実証してくれる解答が明確にでて来ないのである。

 古典短歌では,万葉集一点張りである(これも時間が不足していることからのしわ寄せ で菱)る)が,それにしても,歌聖意識・赤人・憶良・家持等有名歌人の名作展ではなく,

東歌や,防人や遣唐使の母等の作品にもっと力を入れ,歌人層の厚さを特色とする万葉集 の傾向をはっきりさせるぺさである。(そういう配慮のある教科書もいくつかはあったが)

 (3)俳旬では談林派・貞門派も

 芭蕉を近代俳句の元祖とするのはあたりまえのことで,まことに妥当な選択ではある が,中学3年生あたりになったら,芭蕉を芭蕉たらしめる意味でも,それ以前の西山宗因

(20)

184 茨城大学教育学部紀要 第十四号

や山崎宗鑑(あるいは西鶴も)はぜひ登場させてはどうだろうか。さらには宗砥や良基の 名も出して,はばかる所は何もないはずである。

 (4)川柳の意義を認めよ

 川柳の占める歴史的意義の大きさと,その面白さは,日本の伝統芸術の中でも無類であ る。まして,中学生のこれを解釈鑑賞して喜ぶさまは,俳句の比ではない。そういう意味 で,どの教科書でも川柳の意義をもっと認め,中学3年間で一回は川柳に接することので さるような配慮が要るように思う。川柳を採択した教科書は上記の3社にすぎず,さびし いかぎりであるが,3社の採択した川柳はその選び方がもっとも妥当であることをつけ加 いたい○

 (5)史的流れの重視

 俳句では一茶・短歌では実朝・曙覧・良寛・宣長などをもっと重んじなければいけな い。そして,人麿・芭蕉オンリーでなく,人爵・芭蕉を正しく位置づける意味でも,文学 史的流れをもっと重視し,その時点時点で頂点に立った歌人とその作品,俳人とその作晶

を忘れてはいけないと思う。

 (6)現代短歌の片手おち

 現代文学を史的に位置づけることの困難さという点から,明治・大正・昭和から,だれ とだれを選び,その人のどの作晶を採るかという具体的なことになると,だれしも自信が なくなる。しかし,要は,作品の場含は単なる名作主義でなく,短詩型文学としての独自 性・特殊性を充分に考慮したものであってほしいことは,今までのべて来たとおりのこと である。作者の場合は,一党一派に偏することをさけて,やはり一党の雄は,ぜひあげる べきである。現行教科書から,太田水穂金子薫園,与謝野鉄幹,岡麓などの名が見えな いのはどうしたわけだろうか。宮柊二,木俣修などと比較したら大いに上位にでてよいも のではないかと思うが……。片手落ちと言いたい所である。

 (7)筆者紹介にも一考を

 ほとんどの教科書に筆者紹介の欄がある。作者を扱う時に,それを利用するが,作晶研 究とぴったりしない内容のものがでてくると困ってしまう。教科書の教材の特色ともっと 密着させた筆者紹介にしてほしいと考える。

 ここに,正岡子規について書いた各社の文章を紹介して見ると次のようである。

  ①教育出版(武者小路編)

   (1867〜1902)本名常規。愛媛県出身。歌人・俳人。

  ②学校図書(志賀直哉他編)

   1867(慶応3年)〜1902(明治35年)愛媛県松山市に生まれた。本名は常規。俳人

(21)

長須:短詩型文学教材の検討と教育の問題 ユ85

    ・歌人。

  ③日本書籍(山本有三編)

    (1867〜1902)愛媛県出身。俳人・歌人Q写生の理論を立て,俳句・短歌の革新の    基礎を作った○

  ④大日本書籍(山岸徳平他編)

   慶応3年(1867年)〜明治35年(1902)俳人・歌人。新聞[ヨ本」や雑誌「ホトトギ    ス」を通じて,写生俳句,写生文を唱え,また「歌よみに与ふる書」を発表しんて,

   和歌の革新を酔えるなど,それまでの日本の俳壇:,歌壇:に新しい空気を送り込んだ。

  ⑤下肥堂(風巻景次郎編)

   慶応3年〜明治35年(1867〜1902)愛媛県生まれ。俳人・歌人評論家。本名常ヲ呪。

   東京大学文学部国文科中途退学。俳句や短歌を研究,その革新を行なった。主な作    品暑:作に「子規句集」 「竹の里歌」「俳譜大要」 「墨汁一滴」 「病床六尺」 「仰臥    漫録」などがある。

  ⑥教育出版(古田門門編)

   1867〜!902。愛媛県の人。歌人・俳人○著書に「仰臥漫録」 「野間」 「病床六尺」

   「子規歌集」などがある。

  ⑦光村図書(石森延男他編)

   (1867〜1902)愛:媛県の人俳人・歌入。主著に,歌集「竹の里歌」句集「春夏秋    冬」「寒山落下」などのほか,「子規小品集」「写生文集」などがある。写生の理    論を立てて,俳句・短歌の革新運動をおこした。

 とりあえず7社について挙げたが,ひとつとして同じものがなく,その教科書を使う生徒 それぞれが子規という文学者について,さまざまな理解をするであろうことが予想される。

 生死年は②のように西暦でまずあげて,日本の年号を()であげるのが一番理解しや すい。できれば年令もほしい。年令をあげている教科書はなかった。「本名常規」はよい。

「愛媛県生まれ」もよい。「俳人・歌人」もよい。⑤の「評論家」というのは混乱を招く だろう。省くべきである。彼の文学上の業績や特色や文学活動については,ぜひ書いてお

くべき事項と言える。そういう意味から①③のようでは困るわけである。

 そこで書くとすれば,どう書いてほしいか,であるが,「写生の理論」を唱えたことと,

「短歌の革新」の道をつくったことは何よりもあげておきたいことである。その点③④⑤

⑦などはりっぱである。⑤の「東京大学国文科中途退学」という学歴は意味がない。次に 著書,論文,主要作品のあげ方であるが,これは,文学上の業績・特色とともに,作者紹 介で最もたいせつな事項である。書かないのは困ることである。そこで,子規の場合は,

(22)

186 茨城大学教育学部紀要 第十四号

彼の「短歌革新」の仕事と関連する「歌よみに与ふる書」をあげることは忘れてはならな いことである。そのほか,「子規句集」「子規歌集」「竹の里歌」「墨汁…滴」「病淋六 尺」「仰臥漫録」など,彼の特色を示す作品は挙げておきたいものである。⑥の「花枕」

⑤の「俳諸大要」などは特に必要は認めない。できれば,教科書の作品の出典名を書いて

ほしいと思、う○

 こういうことは,子規にかぎらずどの作者の場合でも同じことが心えるものである。

 (8)解説文の問題

 ほとんどの教科書が,作品鑑賞の例文や解診色を載せているが,教科書にとってこれらは 欠かせない配慮である。その中ではたいていの文章がりっぱなもので,さすがという感じ をうける。ただ,教科書編者の書きおろしという,氏名なしの文章には無責任なものが多 いことに気づく。前項3の(6)であげた方々の文章はそれぞれの分野での権威者である故に 示唆に富んだものである。特に,大修館の池田蘇蜜氏,教育出版,大阪書籍の三好達治氏

・三省堂の木俣温気などの文章はすばらしいものである。

 次に,三省堂(土井忠生編)「短歌の味わい」←1「春過ぎて」(中三)の冒頭の木俣修 氏執筆の文章を参考にあげてみたい。

 「万葉集は,生活の中にある実感を率直に表現するという方式を取ったのに対して,古 今集では・,頭の中で考えて美というものを表現するという方式をとっている・新古今集は 古今集の傾向をさらに推し進めて,空想や想像を思粥ミり広げて,その中で,複雑な美の 世界を打ち立てようとする方式を取っているのである。

 実感のあるなしということは,もはや新古今集では問題にされていない。ここに,万葉 集と新古今集とは,はっきり対立した歌風をもつものだということができるのである。一 つは現実的,一つはロ 一一マン的というように言ってもよい。この現実的な万葉歌風とU一 マン的な新古今的な歌風が,それから後の日本の詩歌の源となったのである。この二つの 流れの対立と抗争の中に歌の歴史はうねりながら流れて今日まで至っているのである。」

(この教科書の為の書きおろし)

       一木俣 修一一  この文章は,万葉集,古今集,新古今集の特色を簡潔に説明し,その歴史的位置づけも 単二に説明されている。ただ三つの流れをさらに具体的に説明してほしかったが,ここで

は三大歌集の歌風の比較とその歴史的位鷺づけが主題の文章であるから,これはこれでよ いのである。こういう文章を念頭においてそれぞれの歌集の作品をよむということは,生 徒が対象に迫る構えをたしかなものにしてくれるのである。

 それに対して,次の文章は,同じようなことをねらいとして書かれているが,いく分美

(23)

長須:短詩型文学教材の検討と教育の問題 ユ87

文調で,単なる「まえがき」といった感じがして,含蓄に乏しい解説文である。筆者名が なく,編集部のだれかが書いたものである。

    和 歌 の 世 界

 「和歌は,日本文学の本流として,遠く昔から現代に至るまで,たくましく生き続けて 来ました。長:い年月の間には,さまざまな歌風の変遷がありましたが,その代表とも言え るのが,万葉風窓今風,新古今風の,いわゆる三大歌風なのです。和歌の表 現の美しさ は「万葉集」にはじまって,「新古今夕」に至る間に窮め尽されたと言われています。

 「新古今和歌集」以後の和歌は,この三大歌風のいずれかの発展の姿であると言っても 過言ではありません。ここでは,実感に満ち,強く読む者の心をうつ「万葉集」の和歌,

洗練された趣向を構え,美しい形の中でなだらかな調べを楽しむ「古今和歌集」の和歌,

表現を練りあげることによって,実感にまさる情趣を作りあげた「新古今和歌集」の和歌 をそれぞれ味わって,わたしたちの祖先の心  美へのあこがれ  にふれていきたいと 思いますQ」 (大日本図書)

 この中で,三つの歌集の特色を,万葉集は「実感に満ち,強く読む者の心をうつ」歌集 であり,古今和歌集は「洗練された趣向を構え,美しい形の中でなだらかな調べを楽し む」歌であり,新古今和歌集は「表現を練り土げることによって実感にまさる情趣を作り あげている」と言っているが,こういう言い方で万葉,古今,新古今のそれぞれを比べる のはあいまいと言うほかはない。「実感に満ち」とか,「実感にまさる情趣」というよう な言い方では「実感」ということばの意味がはっきりして来ないのである。これでは作晶 との関連でこの文章をまともに扱うことができなくなるのである。解説文,鑑賞文は作晶 との密接な関一連によって書かれたものであり,生徒にはっきり訴えるものをもち,短詩型 文学の理解と学習意欲を大いに喚起させるものであってほしいのである。

5 短詩文学教育の問題点

 (1)鑑賞と創作の問題

 短詩型文学の文学上の今日的特色の…つに,享受者と創作家が一体であるということ。

そして,短詩型文学が第二芸術云 々はともかく,われわれの今日的思想感情を表現する文 学として日本人の闘に根をおろしているという事実が挙げられる。そういう点から,短詩 型文学の教育において表現指導も当然行なってよいことなのである。しかし,中学校とい う場では適しないことであり,適しないということは,難しいことと,それをおしてやっ てもあまり効果のないことを意味しているのである。各教科書の「学習の手引き」の中

(24)

188       茨城大学教育学部紀要 第十四号

 には,「作ってみましょう」式の学習課題が出されているのを兇うけるが,これは,授業  として,一斉に扱う課題としては中学生に適しない課題である。創作体験を積ませるのは  だいたい高等学校からであると思う。中学生の短歌と俳句というものはだいたい,31音や  17音の形式を模倣するだけが精いっぱいで,切実な内容を盛ったり,感動的な表現の工夫  をしたりすることはできないのが実態である。中学生あたりでは,もっと伸び伸びとした  自由な表現をさせるべきであって,創作,文章表現活動を通して,人間形成や表現力を練  ろうとするには,短詩型文学はかえって害を及ぼすことになろう。このことは,木俣修氏  も強調して主張している(注3)ことで,私も全く同感である。

  試みに,ある生徒が,短歌学習のあと,創作に興味をもって,作って来たものが手もと  にあったので書いてみることにする。3年生で成績は優秀な男生徒である。内容は,卒業  を前にして,過去3年閥の学校生活をふりかえて作ったものである。作品としては決して  悪い方ではなく,けっこう読ませるが,成績優秀で,しかも,積極的に興味をもって作っ  たのが,せいぜいこの程度であるという意味で参考にしてほしいと思う。また,この子の  母親は,短歌を作っているので,その親の影響ももちろんあると思うし,この作品も母親  の手が入っているのではないかと思われる節もあるので,念のためつけ加えておく。

   流  れ       rP 3  1 入  学  式

○念願の校門を母とくぐりつつ勉強の覚悟した入学式の日

 2水郷遠足

○緑濃き水郷に来て友達と幼き頃の故郷を思う  3 水 泳 訓 練

○暑き日の茨大プール笑顔多し水音高く友とたわむる  4 日 光 遠 足

○山青く水は光りてさざ波の中禅寺湖に友と語らう

 5高鈴山遠足

○真先に頂上きわめ心おどる高鈴山の遠足の日  6 修 学 旅行

0風強く若葉さざめく半島の南の端てに友と旅して

○旅の終り心は満ちてここそこにいねむりもあり汽車の中では  7 卒 業 近 し

○春陽さす校庭にひとりたたずみて巣立つ日近き悲しく思う

渡 辺 道 夫

参照

関連したドキュメント

確かな学力と自立を育む教育の充実 豊かな心と健やかな体を育む教育の充実 学びのセーフティーネットの構築 学校のガバナンスと

[ 特集 ] 金沢大学の新たな教育 02.

目標を、子どもと教師のオリエンテーションでいくつかの文節に分け」、学習課題としている。例

これまで十数年来の档案研究を通じて、筆者は、文学者胡適、郭沫若等の未収 録(全集、文集、選集、年譜に未収録)書簡 1500

ARアプリをダウンロードして母校の校歌を聴こう! 高校校歌  

その1つは,本来中等教育で終わるべき教養教育が終わらないで,大学の中