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雑誌名 金大考古

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Academic year: 2021

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(1)

S字甕の普及に関する一考察 −墓域での器種組成 を中心に−

著者 村手 裕一

雑誌名 金大考古

巻 41

ページ 8

発行年 2003‑05‑01

URL http://hdl.handle.net/2297/2921

(2)

「S字甕の普及に関する一考察   −墓域での器種組成を中心に−」 

村手 裕一  古墳時代初頭、濃尾平野において、ある甕が急速に普及す

る。その甕こ ークなデ

ザイン、在地 、急速

に普及する性格、どれをとっても、謎の多い甕であ

いわば、

た。それをふまえた上で、他の遺跡との器種組成

れが墓域

村 慎一 (金沢大学文学部) 

石器の分類」 

」 

  urgy in China

tive.」 

的発見について  進展」  高濱 秀 (金

性」 

連絡 

のように予定しています。

す。 

時:平成15年 6 月 14 日(土)13時〜

金沢大学角間 

 

大学大学院博士課程) 

−現代ベトナムの事例から−」 

石川県教育委員会) 

」 

「石製

」 

17:00  紹介 

ます。

awa-u.ac.jp/^arch/top.htm も掲載しています。

卒業生名簿を整理しています。

で構成しました。刊行にあた

ました。

金大考古第

41

 

2

FAX(076)264-5362,6004  51日  梅 建軍 (日本学術振興会) 

Early Copper-based Metall

:Old Question, New Perspec 李 肖 (中国社会科学院考古研究所) 

 

「近年の新疆における考古学 そ今回取り上げるS字甕である。ユニ

系の甕とは異なる製作方法、特殊な胎土 古代西域亀茲国に関する考古学の最新の る。無論、 沢大学文学部) 

多くの研究者が今までその謎に取り組んできた。そして、い くつもの仮説が提示された。その中でも、有力な説とされる のが、政治的な意図のもと製作され、普及したというもので ある。しかし、この説もやや漠然としており、S字甕の具体 的な普及の様相は未だ不透明なところが多い。

S字甕は濃尾平野以外にも広域に渡って流通・普及した。

そのため、今までのS字甕研究は出土分布を中心とする研究 に偏ってしまい、濃尾平野内においては広域編年のためにS 字甕を指標とし、細かい編年を組む研究が主だった

「草原地帯と新疆発見の金製品の共通

2003

年度考古学大会を以下

皆様の振るってのご参加をお待ちしておりま

会場:

主催:金沢大学文学部史学科考古学研究室 

字甕は、東海系文化圏の代表土器としてごく当たり前に位 置付けられているものの、濃尾平野内におけるその普及の研 究はあまり多角的に研究されていなかったといえよう。そこ で、筆者は先学が行ってきた研究とは異なるポイントからS 字甕をみたら、また違った解釈が提示できるのではないかと 考えた。

方法としては、墓域での器種組成に注目して分析を進めた。

まず、廻間遺跡の住居域と墓域とで、時期ごとに器種組成比 率の差異を出して、墓域での器種組成の特徴を示し、その背 景を考察し

13:00 開会挨拶  13:10 西野範子(金沢

    「陶磁器はどう変わっていくか 

14:00 滝川重徳(

    「近世金沢の考古学−金沢城を中心に−

14:50 原田  幹(愛知県教育委員会) 

農具の使用痕研究」 

15:40 岩井浩介(弘前市教育委員会) 

    「弘前市長勝寺(弘前藩津軽家菩提寺)の調査 比較し、廻間遺跡の位置付けを行った。なぜ、廻間遺跡な

のかといえば、廻間遺跡は他の遺跡に比べ、S字甕の出土量 が多く、出現期のS字甕比率も高い。廻間遺跡とS字甕には 何らかの関係があったと推定できるためである。

 その結果、S字甕には出現当初は特殊な性格は備えておら ず、普及していく過程の中でその特殊性が身についていった という仮説を提示できた。また、S字甕が普及するにあたり、

中心となる集落とその周辺集落の構図が存在し、そ

16:30 卒業生近況報告 

大学院生研究紹介,学部生自己 17:40 閉会挨拶 

18:00〜20:00 懇親会(生協北福利にて) 

挨拶・乾杯   閉会    

考古学研究室ホームページを開設してい http://web.kanaz

におけるS字甕の比率に反映されていると指摘できた。S字 甕普及の中心となる集落はこの時期の広域土器交流において、

他地域土器の受容が早いことから、おそらく、当地域の権力 者だと推定できる。とすれば、S字甕製作に関わっていた集 団が力を持つようになっていったという構図がみえてくる。

S字甕はこの集団が力をのばしていく上で、いわば象徴的、

政治的に用いられたという仮説も成り立とう。

 

講演会記録 

◆平成15221日(金)於:金沢大学 

「中国考古学・研究の最前線」 

金大考古

考古学研究室まで住所・勤務先の変更、E-mailアドレス等を 知らせ下さい。

本号は修了生・卒業生の論文概要 り、修士1年の廣田典之が編集に協力し

金沢大学文学部考古学研究室  920-1192 金沢市角間町  TEL(076)264-5360内線2513 

64-5327,5328,5465,5950 

2003

「良渚文化

田 名利 (南京博物院考古研究所) 

 「関于寧鎮地区新石器時代玉器

−8−

参照

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