公盆事業統制形態としての持株會趾
ω 緒 言
西野嘉一郎嘗てコロムビヤ大學総長Z●寓●国亀窪氏は近代株式會枇に就いて次の如く述べたことがある︒
﹁吾をして謂はしめるならば株式會肚は近代に於ける最大の稜見である︒それは肚會的に見ても︑道徳的にみ
ても︑産業的にみても叉政治的にみてもこの事質を断言する︒蒸汽や電氣でさへも株式會杜の焚見よりも劣
わる︒否株式會肚の嚢見なければそれ等の重要性は創減したであらう︒﹂
近代株式會肚畿達の事實を見る時に何人もこの切昆鐙氏の言葉を首肯するであらう︒あの大規模なる産業を
動かしそれを導く近代株式會枇の姿こそ︑近代に於ける最大の稜見と謂はなければならない︒而して数萬又は
歎十高の株主と稻する投資家によつて出現された亘額なる資本を︑少数の所謂O巷冨ぎ︒・o{H民島言矯と稻する
経螢者によつて統制せられ︑大規模生産をなしつ曳ある姿こそ近代株式會肚の特徴である︒換言すれば株式會
公盆事業統制形態としての持株會肚八七
=)N.M.ButlersWhyShouldWeChangeOurFormofGovernment,p.82.
入八
幼肚の利用によつて多数の投資家を集め︑所謂株式資本の廣き分散によつて大規模企業の統制を比較的少数の人
蓮の手に集申し︑しかも尚統制者の出資は全髄より考察すれば著しき僅少の所有を以て行はんとする事實であ
る︒
斯くの如く近代株式會肚の利用によつて﹁所有なき富の統制︒統制なき富の所有︒﹂(︒婁9湯7ぢ9蓄聾7
の鼠穿o昌壱箕︒鼠夢﹃8昌葺三彗ら8昌窪90h≦︒巴9鼠昏︒暮"署器︒ド窪︒o竃昌︒閉臣こなる観念を生ぜしめ︑その
結果私有財産の性質に一大愛革をきたらしめた︒こ︑に考察せんとする持株會肚はこの近代株式會肚の特質を
最も多く充さんとして出現したものである︒然も樹株式會就制度の最も稜達せる米國に於いて十九世紀の末孤
々の聲を學げた︒(註)
註来國に於てに一般の株式會杜が他倉肚の株式な所有することに原則として禁止ぜられてゐ表から︑持株會社の聚逮な阻害
しtO併し望昌話冨慧臣寓①讐ψ嗣氏偽夢O=9穿西6◎ヨ智曙鴇︑やい◎◎.に工れば一八三二年(若くに三三年)に頃巴ニヨ08
碧幽O評ご菊匹3巴9ヨ匂碧Mに冨﹁覧碧伽洲から類器ずぎσq齢§犀讐島閃8幽の株式為引受けろ事為評され︑後者の株式の
三分の二為取得してこの小鐵道倉肚の親會社となつ☆oこれは恐らく米國最初の持株倉祉(親倉杜)であらうと越べてゐ
るo
② 持 株 會 肚 の 慧 縫
持株會肚の定義に就いては未だ確定したものがない︒廣義に解繹するならば︑一つ叉は多数の他の會肚の株
2)拙 稿 「糠 式 資 本 分 散 の 實 鐙 的 研 究 」 雑 誌 會 計34,3.5.6蓼 照0 3)BerleandMeans,TheMOdernCorporationandPrivateProperty,P.69.
拙 稿 「我 國 に 於 け る 株 式 禽 社 碗 制 形 態 の 實 燈 的 考 寮 」 雑 誌 曾 計36,2.3.4峯 照 。
式を所有する會肚は総てこれに含むことになる︒かくの如き定義を下すならば亘大株式會敢の殆ど総てが持株
會肚といふ事になる︒從つて法律家や企業財政家はこれを狭義に解繹して︑或會肚の政策を統制するに充分な
る程度の株式を所有する會肚に限定した︒但し商業銀行及び他の金融機關︑投資信託等の利殖を目的としての
多数株式所有は之を除く事は當然である︒
第二に多くの法律家は或會枇が株式所有によつて一つ叉は多数の他の株式會肚を實際的に統制してゐるもの
にのみ持株會肚たる名稻を附與してゐるが︑少敏のものは實際的に統制してゐるよりは寧ろ統制する能力(島︒
暮罠腐鑑8昌葺9)即ち決定的要素倉6︒箆ぎσQす臼自)を有してゐるものに附與すべきであると主張する︒法律上
の實際的必要より考察するならば︑吾人は後者の定義を選ぶべきである︒例へば︑他の會就を統制する力を有
してゐる或會肚が︑長き期間その統制力を實行しないで將來それの利用の必要が起つた時にのみ實行するとす
る︒かくの如き場合に於いては︑たとへその實行をしないにしても統制力の存在は一般民衆の利害に關係ある
問題であり︑且つ或會肚の監督棲は恐らく實椹を有する持株會肚の上に賦せられる︒
持株會冠の定義に關し第三に考慮すべき黙は﹁統制﹂8暮N9といふ言葉の意味である︒この言葉は普通或
會肚の重役ぴ︒9巳︒h畠一器9︒旨の総て叉は過牛数を選畢する能力を有し︑且つその能力を以て會肚の政策を決
定する力を意味する︒併乍ら屡﹁統制﹂は法的統制の嚴格なる意味にのみ用ふ︒その意味は少くとも重役の過
串数を選學する法的構力を意味するもので︑投票構株の過牛敏の所有により得られる横利である︒若し﹁統制﹂
公益事業統圃形態としての持株會肚八九
九〇
が法的統制の意味にのみ用ひられるならば︑伺且つかくの如き意味を有する統制なる言葉を持株會肚の定義に
適用するならば︑少数株式の所有によつて他の會肚の統制力(婁自匡農8暮おごを所有してゐる會肚はすべて
これを除かなければならない︒實際的輕濟基礎よりは寧ろ純粋の法律的基礎の上に︑持株會肚の定義をなすな
らばそれは甚だ不合理なこと玉なる︒實際的の理由に基づいて︑吾々は持株會杜の定義に他の會肚の政策を完
全に統制してゐるところの會枇を含むばかりでなく︑少くとも少敏株式所有によつて他の會枇の實質的勢力
(5P曽けO械一9一凶昌{一昌O昌OO)を有してゐるところの會肚をも含む範園まで援張する事を主張するものである︒例へば本
論文に於いて詳論せんとする米國に於ける種々なる公釜事業持株會肚(β隻ξぎ峯昌σq88饗ξ)の株式を少数
所有してゐるd鼻&Oo弓︒糞ざ昌の如きは︑翠なる投資會肚︑.ぎ器︒・§6三〇︒ヨ冨ξ︑︑よのも寧ろ持株會肚と
認むべきである︒
更に日舞ユ︒切︒巳彗畠︒︒冨器O︒ヨ冨曙はその從属會肚の多数に少数株式を所有してゐるのみであるが︑疑
ひもなく之等の會枇の..ぎN匡昌σq8暮3一..を有してゐるから持株會肚として取扱ふべきである︒
更に第四に考察すべき鮎は持株會肚がその統制せる財産の一部を以て︒鷺﹁薮長8ヨ冨塁を兼ねてゐる場
合︑この會肚を持株會肚より除くべきか否かの問題である︒例へば米國の最大株式會肚たる目冨男8霧旨碧宣
男匙3&O︒ヨ冨昌や﹀日・旨彗目︒一呂7︒昌窪&豪一︒σq量旨O︒ヨ饗昌はまた株式所有によつて他の會枇を統制して
ゐるが︑同時にその財産の一部はo窟暴丙ぎσq8日9起である︒それ故にこれ等は︒需旨侍ぎσq8ヨ窓ξと7︒一象ロαq
8日冨ξとの混合である︒これ等の會肚は勿論嚴格な意味に於いては純粋の持株會肚ではないが︑廣義に解繹す
ゆる時はこれを持株會肚の範曝に加ふべきであらう︒而して閑︒暮吋貫洋凶巳竃雷霧爾氏はこの純粋なものを.︑宕器
学︒察昌σq8ヨ冨昌..と稻し︑事業會肚蓑持株會杜を︑.唱舞︒暮8ヨ9ξ..oN.︑忘器暮o℃窪舞貯σq8ヨ冨起︑︑と稻してゐ
る︒純粋の持株會肚と事業會枇兼持株會肚との間には夫々長短得失が存するが︑米國に於ては公釜事業は純粋
の持株會肚が主として用ひられ︑鐵道事業は事業會肚蓑持株會就に多く用ひられてゐる︒以上述べ來たれる虞
を基礎とし切︒昌暫貫ぎ9民︼≦窪蕊爾氏に從ひて持株會肚の定義を下せば次の如くに謂ふ事が出來る︒︾昌8目‑
思塁㍉ロ8弓o量け&自旨写8趨o冨侍巴℃毛臣︒ゲ一︒︒言9想oo猷888三お一もH目薄o旨ξε剛昌自仁窪8噂昏︒ヨ9§鴨ヨ︒昌再
oh800凶Bo器o昏窪8ヨ冨三〇ψξくマε︒"ぎ冨Hけ彗♂器50=房o≦昌︒窃7ぢo臨ω8謹三︒︒︒一昌昏㊦o島窪8ヨ冨塁
●恥O同60目も9昌5の・
然るに最近持株會肚の本質を誰券代位田まぎ§ψ昌︒︒捧鼠︒旨に求める學者︑實際家がある︒こ曳に設券代位
とは︑いふまでもなく自己の株式及肚債の費出によつて廣く投資家から資金を募集し︑この資金を以つて他會
肚の誰雰を取得する事を意味し︑二種の誰券の置換へである︒この読を主張する代表的なる學者はりーフマン
敏授である︒同氏は誰券代位を唯一の目的として設立せられた會肚を切9︒罠σq旨鴨αq$亀︒・︒ゴ9津窪と稻する︒叉
我が増地激授もこのリーフマン読を信奉し︑持株會肚を次の如く定義せられてゐる︒﹁持株會枇とは從属會肚
おの支配を目的として誰券代位を行ふ會肚である︒﹂
公盆事業統制形態としての特株曾肚九一
=) 2) 3)
BonbrightandMeans,oP・cit・P・ 】 【o。
BonbrightandMeans,oP.cit.P・10・
増 地 庸 治 郎 稿 「ア メ リ カ 鐵 道 業 に 於 け る 持 株 會 杜 の 襲 蓬 」 38)
(商 學 研 究3.P.
九二
實際家として日本産業株式會杜長鮎川義介氏も亦誰券代位による持株會肚を﹁公衆持株會杜﹂と稽し︑新資
本主義と持株會肚の講演中吹の如く述べてゐる︒
﹁旨く料理する爲めにはどうしてもそこに亘大なる資本が要ります︒一人の富豪︑一家の財閥の富を以てして
は到底企及し難い資本が要るのであります︒そこで新形態の持株會肚を捗へて資本の源泉を廣く公衆に求め︑
多数の集積力によつて共の難黙を解決しやうといふのが私の狙ひ所なのであります︒⁝⁝資本の源泉は公衆に
あるといふ事になつて居りますと︑普通の財閥の力を以てして能く爲し得ないやうな難事業を一つ料理しよう
とする場合に於いて︑財界の情勢にもよりますが︑必要に慮じて夫自髄の資力を殆んど無限に増大して行く事
のが出來るといふ彊味を活用し得るのであります︒﹂
ももヘへも勿論持株會杜の主なる目的は次に述ぺるが如くこの誰券代位により自己資本節約にあるのであるが︑私見に
ょればこの詮券代位は持株會杜の主なる目的であつてその本質ではない︒從つて吾人は自己の株式及肚債の費
出しにょり︑一般投資家からの資金の調達が直接たりと聞接たりとを問はない︒これを換言すれば親會肚を通
じて行はれても差支へないのである︒この意味で第四節に詳細に考察する虚の︑米國によく見受けられる↓冨
ぎ需菖︒島§出巳島轟O︒目冨量や我國の諸電力會杜の子會肚として創立せられたる誰券保有會肚を︑一種の持
株會肚と看傲すものである︒唯持株會肚は保全會肚叉は同族會肚のやうに一家一門の持つ資金を有利に蓮用し
ようとするものではなく︑廣く投資家から資金を集めてこれで事業會肚等の誰雰を買ひ入れる事を主たる目的
4)鮎 川 義 介 講 述 「新 資 本 主 義 と持 株 會 融 」 銀 行 叢 書 第 二 十 一 編 ・一・・一二 頁