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人工妊娠中絶論争の新局面 一

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(1)

人工妊娠中絶論争の新局面

一Stenberg vo C田 lhart,532 UoS。 914(2000)一

 

は じめ に

大方 の予想 を覆 しロー判決0の中核 的判示 を力強 く再確認 したケイ シー判 決②か ら8年20世紀最後の年 に、 アメ リカ合衆国最高裁判所 は、終わ りなき 人工妊娠中絶論争にひとつの判断を示 した。本稿では、ステンバーグ判決を中 心 に、 この論争の新局面を展望 したい。

本件の争点 となった出産類似中絶 (partial̲birth abOrtion)禁 止法 は、 ケ イシー判決以降の生命支持派の新たな戦略の成果である

0。

本件のネブラスカ 州を初め30州で同様の法律が制定された。 また、連邦議会で も同種の法案が

2

度可決された (1995年1997年)が、いずれ もクリントン大統領の拒否権によっ て葬 られた。

まず、法廷意見や反対意見の記述を もとに、人工妊娠中絶 (以下、中絶 とい )の具体的な方法をみておこう④。

合衆国の中絶のうち約90%は初期 (第 1三半期、妊娠12週まで)に行われ る が、 これはここでは問題ない (支配的な術法 は真空吸引法 とされる

)。

残 り10

%の中期 (第2三半期、独立生存前 まで)の中絶の うち95%はD&E(Dila―

tion&Evacuation,拡張排出法)によつて行われる。 この方法は、子宮頸を

(2)

拡張 し (真空吸引以外の方法で)少な くとも胎児の組織の一部を除去す るもの である。 そ して、妊娠16週以降はintact D&Eによる。 これは、通常の

D&

Eに加えて、子宮か らの排出を容易にするために胎児やその一部の解体・ 切断・

破壊を伴 うものである。その うち胎児の脚が先にある場合にD&X(Dilation

&Extraction,拡張引出法)が行われる。 この方法は、子宮頸か ら胎児を引っ 張 り頭部を残 し引き出 して―一 この時点では胎児 は生 きてお り見かけは出産 と 変わ らない――、排出を容易にするために頭部を縮小する―一具体的には頭部 に鋏を使 って吸引チューブを入れ脳など頭部の内容物を吸い取 った後に、胎児 の体全体を引き出す。 このD&Xを生命支持派 は出産類似中絶 と呼んで、その 残虐さを世論に訴えてきた。

本件のネブラスカ州法 は、母親の生命を救 うのに必要でない限 り、すべての

partial―

birth abortion"  を禁■ している。  

partial―

birth abortion"  とは 医師が「胎児の生命を奪 う前に、生 きた胎児を部分的にヴァギナに排出する」

術法 と定義 されている。 さらに、 この一節 は、「手術―― その手術を行 う者が それによって胎児の生命が奪われることを知 っている―― を行 うために、生 き た胎児またはその実質的な一部を故意にヴァギナにツト出す ること」を意味する ものと定義 されている。法違反 は重罪であり、有罪 とされた医師の州免許が自 動的に取 り消されることが規定 されている。 これに対 して、ネブラスカ州で中 絶 ク リニ ックを営む医師である被上訴人か ら、州法が連邦憲法に違反する旨の 確認を求める訴訟が提起 され、下級審はいずれ も違憲判決を下 した。

最高裁判所は、5対 4の一票差で、州側の上訴を退 け、原判決を支持する違 憲判断を示 した。 ブライヤー裁判官が法廷意見を述べ、スーター裁判官以外の すべての裁判官が個別意見を書いている。し

(1)Roe v.Wade,410U.S.113119731.

(2) Planned Parenthood of Southeastern Pennsylvania v. Casey, 5o5 U.S. 833

(1992).

(3)

Stenberg v. Carhart:  

Partial―

Birth" Abortion Bans and the Supreme Courtis ReiectiOn Of the   ヽ4ethodicari Erasure of the Right to Abortion, 79N.CoL.REV.1127,1132‑34(2001);Garrow,Abortion Before and After Roe v.Wade:An Historical Perspect市 e,62 ALB.L.REV.833,847(1999)。

法廷意 見が あ っさ りと技術 的 な記述 に終始 す るの に対 して、 ケネデ ィー裁判官 や トーマス裁判官 の反対意見 は、 その残虐 さを強調 し規制 の正 当性 を情緒 の面 か ら も訴 え る もの とな って い る。 な お、

Partial―

Birth AbortionI Should Moral Judgement Prevail Over NIedical Judgement?, 31 LoYOLA UoLoREV. 693, 696‑700(2000)に も簡明 に記述 されて いる。

8裁判 官 が意 見 を執 筆 したの は最 近 で は最 多 で、 9裁判 官 全 員 が意 見 を書 いた 1972年 の フ ァーマ ン判決 (死刑 の合憲性 が争点 とな った)に次 ぐとい う。Amげ,

The Suprerne Court, 1999 Terlln一Foreword:The Docurnent and the Doc―

trine,114 HARV.L.REV.26,109(2000)。

 

判 旨

法廷意見 (プライヤー裁判官

)

(一)「 再 び、我 々は、人工妊娠 中絶 の権利 を検討す る。我 々は、 この問題 の 論争的性質 を理解 している。多 くの ア メ リカ人が生命 は受胎 に始 ま り、 中絶 は 罪 な き子 を死 に追 いや る ことに等 しい と考 え、 中絶 を許容 す る法 の考 え方 に反 発 して い る。他方、 中絶 を禁止す る法 は、多 くのアメ リカ女性 を尊厳 を欠 く生 活 に追 い込 み、 その結果、 平等 な 自由を奪 い、資力のない者 を死や障害 の危険 が付随す る非合法の中絶 に導 くと懸念す る者 も多 い。 こうした事実上調整不可 能 な見解 の対立 を考慮 し、憲法 は、 その異 な るメ ンバ ーが直接対立す る見解 を 真摯 に抱 いてい る社会 を支配 しな ければな らない ことに鑑 み、 そ して、 問題 を 憲法 の個人の基本的 自由の保障に照 らして検討 し、当裁判所 は、一世代 にわたっ て、憲法 は女性 の選択 の権利 に基礎的保護 を与 えて いると繰 り返 し判断 して き た。我 々は、 そ うした法原理 を見直すつ もりはな く、 これを本件 の状況 に適用

(4)

する。

本件の争点を判断するのは、 3つ の確立 された原則である。我々は、それを、

ケイシー判決の共同意見によって示す。第 1に 、『 独立生存前 は、女性 は妊娠 を終了させる権利がある』

第 2に 、『 胎児の生命 とい う州の利益 の増進を意図 した法 は、胎児の独立生 存前の女性の決定に対す る不当な負担を課すな らば』違憲である。『 不当な負 担 とは、州の規制が独立生存できない胎児の中絶を希望する女性の行 く手 に実 質的な障害を置 く目的または効果をもつ ということの簡略表現(shorthand)で ある』

第 3に 、『 独立生存以降、人間の生命の可能性 を保護す るという利益 を増進 するため、州は、望むな らば、適切な医学的判断において、中絶が母親の生命 または健康の保護のために必要である場合を除いて、中絶を規制 し禁止す るこ とさえできる』」

法廷意見 は、少な くとも2つ の別個の理由で、本件の州法 は違憲であるとい う。

「第 1に 、州法は『母親の健康を保護す るための』適用除外規定を全 く欠い ている。第 2に 、

D&E中

絶を選択す る『女性の権利 に対 して不当な負担を課

しており』中絶の権利それ自体に対する不当な負担 となっている」

(二)第 1の 「健康例外」 について

「 ケイ シー判決の共同意見 は、『独立生存以降、人間の生命の可能性を保護 するという利益を増進するため、州は、望むならば、適切な医学的判断におい て、中絶が母親の生命または健康の保護のために必要である場合を除いて、中 絶 を規制 し禁止す ることさえで きる』 とい うロー判決 の判示 を繰 り返 した。

ネ ブラスカ州法が独立生存前 と独立生存以降の双方 に適用 され るとい うこと が、憲法上 の問題点 をよ り大 き くしている。独立生存前 の中絶 を規制す る州 の 利益 は、独立生存以降 に比 べて相 当 に弱 い もので あ る。独立生存以 降の中絶規 制 で さえ合憲 とされ るには健康例外が必要 とされ るのだか ら、独立生存前 の規

(5)

制 につ いて は少 な くとも同 じことが要求 され る」

州 は、 中絶 の方法 を規制す るときに、女性 の健康 を増進す ることはで きるが 危 険 に さ らす ことはで きない。 トーマス裁判官 によれば、先例 は この原則 を妊 娠 それ 自体が健康への脅威 を生 む状況 に限定 してい るとい うが、 これ は誤 って いる。引用 された先例が確認 しケイ シー判決で再確認 された ことは、州 は、 トー マス裁判官 のい う文脈 において も、 また、州 の規制 によ り女性が よ り危険 な中 絶方法 を余儀 な くされ る場合 において も、女性 の健康 を実質的 な リス クにさ ら して はな らない とい うことで あ る。先例 は、女性 の健康への リスクは特定 の中 絶方法 を規制 す る場合 か らも中絶 をすべて禁止 す る場合 か らも発生 す ることを 明確 に して きたので あ り、 我 々の判示 はケイ シー判決 で確認 され た先例 の範 囲 を越 え るもので はない。

州 は、安全 な他 の術法 が利用 で きるので出産類似 中絶、 す なわ ち

D&Xの

止 は女性 の健康 に リスクを生 まないか ら、本件で は健康例外 は必要 ない と主張 す る。州 の主張 とそれ に対す る法廷意見 の判断 は次 の とお りである。

(1)D&X術

法 は比較 的 まれ←大多数 の人 には必要 ない とい う理 由で禁止す ることはで きない

(2)「一握 りの」 医師だ けが この術法 を使 う←第2三半期後半 の中絶 が比較 的 まれであ ること、 この術法 が最近発達 した こと、 これをめ ぐる論争、 または

この術法が実際 には利用で きない ことの反映 に過 ぎない

(3)他の術法

(D&Eや

陣痛促進法)は安全←本件 の状況 で は

D&Xが

よ り 安全

(4)証言 によれば州法 の禁止 は女性 の リス クを増加 させ ない←連邦地裁 は別 の専門家 の証言 に依拠

(5)D&Xに

は特別 な リスクを生 む要素 が あるとい う「 法廷 の友」(amicus curiae)の主張←原告側 の「 法廷 の友」 によれば、示唆 されて いる別 の術法 は 産道や子宮 を損傷す る同様 のまたはよ り大 きな リスク

(6)さ まざまな中絶 の術法 の安全性 を比較 した一般的 な医学研究 はない←正

(6)

tヽ

(7)他の術法が妊婦 によ り大 きな リスクを もた らすのでない限 り

D&Xを

うべ きで はない とい う全米医師会

(AMA)の

勧告←否定 しない

(8)D&Xが

生命 または健康 を保護す るための「 唯一 の」選択 であ るとい う 状況 はあ り得 ない とい う全米産科・ 女性科医協会

(ACOG)の

留保←

ACO

Gは、状況 によ って は

D&Xが

最 も適切 な中絶 の術法であ る女性が いることや

D&Xが

様 々な安全上 の利点 の可能性があ ることも主張 してお り、州が主張す るよ うに、

D&Xに

健康 に関連 す るニー ドが あ る可能性 を否定す ることはで き ない

こうした状況 に鑑み、 当裁判所 は、法 には健康例外が必要 であると考 え る。

その理 由は、第1に「 適切 な医学 的判 断 にお いて母親 の健康 にため に必要 で あ る」 とい うケイ シー判決 の フ レーズのなかの「 必要 であ る」 とい う言葉 は、

絶対 的 な証 明 に言及 して いない し医学的見解 の一致 を求 めて いない。医師が健 康上 の リスクの評価 と適切 な処置 につ いて評価 を異 にす ることは しば しばある。

そ して、 ケイ シー判決 の「 適切 な医学的判断」 とい う言葉 は、医学的見解 の尊 重 すべ き相違 を裁判所が許容す る必要性 を具体化 した ものである。第2に、 た しか に、医学的見解 は分かれているが、

D&Xが

一定 の状況で はよ り安全 な中 絶方法 であ ると考 え る人 々が正 しか ったな らば、健康例外 の不存在 は女性 に不 必要 な リスクを与えることになる。彼 らが誤 っていたな ら健康例外 は不必要だ っ

た ことにな るだ けである。

「要約 すれば、 ネブラスカ州 は、我 々に、健康例外 が『 母親 の健康 を保護す るの に決 して必要 ではない』 ことを納得 させ なか った。 む しろ、

D&Xを

すべ て禁止す る州法 は、重要 な健康上 の リスクを生んでいる。 したが って、州法 に は健康例外が含 まれなければな らない。 この ことは、

 

トーマス、 ケネデ ィー両 裁判官が主張す るよ うに、個 々の医師があ る中絶 の術法 を望 ま しいと考 え ると きはいつで も、州がその術法 を禁止す ることを禁 じられて いるとい うことで は ない。 しか し、相 当数 の医学的権威が支持す る場合、 ケイ シー判決 は、州法 に、

(7)

その術法が『適切な医学的判断において、母親の生命または健康の保護 に必要 な』健康例外を含むよう要求 している。本件においてそのような例外を要求す ることは、 ケイシー判決か ら離脱するものではな く、その判示を真 っす ぐに適 用 した ものにすぎない」

(三)第2の「不当な負担」 について

ネブラスカ州は、州法がD&Xのみならずより広 く利用 されている

D&E術

法にも適用 されるな らば、「不当な負担」 にあたることを否定 していない。当 裁判所 は、

D&E術

法が、胎児を死に至 らしめる手術を行 う目的で、生 きた胎 児または『 その実質的な一部』をヴァギナに故意に排出することが州法の禁止 に該当する点で第8巡回区連邦控訴裁判所に同意す る。

D&Eが

胎児の死の前 に、生 きている胎児の腕、脚、その他の「実質的な一部」をヴァギナに引き出 す ことを伴 うことは証拠により明 らかだか ら、州法の文言 は、D&Eと

D&X

とを区別 していない。州法の文言 は、D&Eと D&Xとの医学的相違に言及せ ず、両者を適用の対象 としている。

「 ネブラスカ州司法長官は、州法が 2つ の術法を区別 していると主張 してい る。彼 によれば、州法の『実質的な一部』(substantial portion)と い う文言 は、『胎児を首 に至 るまで』(the child up to the head)を 意味する。その結 果、医師が胎児の腕や脚など胎児の体全体に至 らない部分を産道に引き出す場 合に州法が適用されることを否定 している。そ して、 さらに、我々が州法の意 味について彼の見解 に敬意を払わなければな らないと主張 している。

我々は、司法長官によるネブラスカ州法の限定解釈を受 け入れることはでき ない。当裁判所の判例法 は、司法長官の見解 に支配的な重みが与え られるもの ではないことを明 らかに している」

まず、当裁判所は、通常、州法の解釈について、連邦下級裁判所の解釈に従 っ てきた し、 2つ の連邦下級裁判所の一致 した解釈を見直 したことはほとんどな い。本件では、 2つ の連邦下級裁半J所が、いずれ も、司法長官の限定解釈を否 定 した。

(8)

次 に、当裁判所 の先例 は、本件 のよ うに、 その解釈が州裁判所や地方 の法執 行機 関 を拘束す るものでない場合、州法 に関 して、司法長官 の解釈 を権威 ある もの と して受 け入れ ることに対 して警告 を発 している。 ネブラスカ州 で は、公 選 の郡検事が、刑事訴追 を開始す る独立 の権限を もって いる。現在 の検事 の何 人か は (そ して将来 の司法長官 は

)、

争点 とな って い る州法 を

D&E術

法 を用 いた医師を追及す るために使 うか もしれない。

さ らに、連邦下級裁判所が、司法長官 の解釈 を評価す るにあた って、誤 った 法基準 を用 いた とはいえない。第8巡回区連邦控訴裁判所 は、憲法上 の問題 を 回避す る解釈 を法 に与 え る責務 を認 めたが、 に もかかわ らず、司法長官 の解釈 は州法 の文言 をね じ曲げ これ にど う考えて も持 ち得 ない意味 を与え るもの と結 論 した。 こう した限定解釈 を否定す るの は第8巡回区 ばか りで はない。 モデル 法の文言一― ネ ブラスカ州法 はそれ に基 づ いて い る一― を解釈 した10の 連邦裁 J所のすべてが、 この文言 が

D&X以

外 の中絶方法 に適用 され る可能性がある と認定 して いるのであ る。

要約 すれば、

D&E術

法 によ って中絶手術 を行 うすべての者 が、訴追、有罪 J決、 そ して投獄 の脅威 にさ らされ るか ら、 ネ ブラスカ州法 は、 中絶 の決定 を す る女性 の権利 に対 して不 当な負担 を課 している。

個別意見

(一)ステ ィーブ ンズ裁判官 の同意意見 (ギンズバ ーグ裁判官同調

)

妊娠 の比較的後期の、同様 にぞ っとす る二 つの中絶手術 の片方が嬰児殺 しに よ り似て いるとか、 その片方 だ けを禁止す ることで州 は正 当な利益 を促進す る とか い うことは、全 く馬鹿 げてお り (simply irrational)、 曖昧 に して はな ら ないの は、過去27年 間、 ロー判決 の中核的判示 は、 この争点 を検討 した17人 の 最高裁判所裁判官 の うち4人をのぞ くすべて に支持 されて きた とい う事実であ る。

(9)

(二)オコナー裁判官の同意意見 私が強調 したいのは次の2点である。

第 1に 、州法 は、母親の健康の保護 に必要な手術を適用除外に していないと いう理由でケイ シー判決 に適合 しないものであり違憲である。「 ケイシー判決 で判示 したように、胎児の独立生存前は『女性は妊娠を終了させる権利をもっ ている』。胎児の独立生存以降、州 は中絶を実質的に規制 し禁止することさえ で きるが、そうした規制や禁止は『 適切な医学的判断において、母親の生命ま たは健康の保護 に必要な』場合についての適用除外規定を含んでいなければな らない。……健康の適用除外がなければ独立生存以降の中絶禁止で も違憲 とな るのだか ら、 ネブラスカ州の独立生存前の出産類似中絶禁止は、本件の状況で は、健康の適用除外規定を含んでいなければな らない。なぜなら、独立生存前 の中絶を規制する州の利益は、独立生存以降よりも『かなり弱い』か らである」

第 2に 、州法は、独立生存前の妊娠を終了させ る女性の選択権に対する不当 な負担を課 しているという別の独立 した理由で違憲である。

「 ネブラスカ州 は、

D&Xだ

けでな く、独立生存前の第2三半期の最 も一般 的な中絶方法である

D&E術

法を も禁止の対象 としている。……独立生存前の 2三半期の最 も一般的な中絶方法を禁止することによって、州法 は『 中絶を 求める女性に対する実質的な障害』 となり、それゆえ、独立生存前に妊娠を終 了 させる女性の権利に対 して不当な負担を課 している」

「 ネブラスカ州法がその適用を

D&X術

法に限定 しかつ母親の生命及び健康 についての適用除外規定を含んでいたな らば、問題は、本 日我々が向き合 って いるものとは全 く異なったものになっただろう。ケイシー判決で判示 したよう に、中絶規制が不当な負担 にあたるのは、『 独立生存で きない胎児の中絶を希 望する女性の行 く手に実質的な障害を置 く目的または効果をもつ』 ときである。

独立生存前に女性が安全に中絶できる適切な他の方法があれば、

D&Xだ

けを 禁止することが『実際上、中絶を希望する女性に対する実質的な障害にあたる』

可能性はない。 したが って、出産類似中絶禁止が

D&X術

法だけを禁止 し母親

(10)

の生命及 び健康 を保護す るための適用除外規定 を含んでいたな らば、私 の見解 で は合憲 であ る」

(三)ギンズバーグ裁判官 の同意意見 (ステ ィーヴ ンズ裁判官同調

)

本件 の州法 は、胎児 を救 うもので もな く妊婦 の生命 や健康 を保護す る ことを 意 図 した もので もない。 その 目的 は、 ロー判決が保護 した個人 の選択 を削 り取 ろ うとす るものである。 それ は、 まさに、 ケイ シー判決 にい う不 当な負担 にあ た る。

(四)レー ンクィス ト首席裁判官 の反対意見

私 は、現在 もケイ シー判決 の共 同意見 は誤 って い ると考 え るが、本件 の州法 を合憲 とす るケネデ ィー、 トーマス両裁判官 はケイ シー判決 の原則を正 しく適 用 した もの と考 え る。

(五)スカ リア裁判官 の反対意見

私 は、 いつか、本判決 が、 コ レマ ツ判決及 び ドレッ ド・ ス コ ッ ト判決 と並 ん で、 当裁判所 の判例 の歴史 のなかで正 しい場所 を割 り当て られ るもの と楽観 し て い る。

何 が「 不 当な負担」 にあたるか は事実 の審理 や法理論 によ って結論 が出 るも ので はな く、胎児 の生命 と女性 の 自由の どち らを重 く見 るか とい う価値判 断 (value judgement)である。私 はケイシー判決の反対意見において、「不当な 負担」の基準が、実際には機能せず、基準がないの も同然であると述べたが、

本 国の判決 はそれを証明 した。我々がいえる最大の ことは、我々が、法 として 表明された多数派裁判官の政策判断 に反対であるということである。政策問題 (policy matter)に 関す る公選を経ない法律家 による5対 4の 投票が30州の議 会の判断を打ち負かすべ きではないと考える人々は、ケイシー判決の適用では な く、存在そのものを問題 とす る。最高裁判所は、 この問題を人民に返 しその

(11)

決定に委ねるべ きであり、ケイシー判決は判例変更 されなければな らない。

(六)ケネディー裁判官の反対意見 (首席裁判官同調

)

ケイシー判決の前提 は、州には、女性の権利による制約 はあるものの中絶の 問題に関 して決定的かつ正当な役割があり、州の統治過程 は胎児の生命を保護 しすべての人間の生命 とその可能性 に対する敬意を確保する法律を制定するこ とか ら閉ざされないというものだ った。本 日の判決 は、女性が中絶を選択する 権利を否定せず不当な負担 となるもので もないのに、州の決定的利益を増進す

る法律を違憲 とすることによって、 この理解を否定するものである。

ケイシー判決 は、 ロー判決に引き続いて下 された判決は『州の利益にあまり にわずかの認知 と実現 しか与えて こなか った』 と判示 した。同判決は、人には

『 中絶す るか否かを州か らの介入な しに決定する権利』があるという主張を退 け、『妊娠の全期間にわたって生命の可能性 に関す る州の実質的な利益がある という認識 と両立 しない』 ものとして厳格審査基準を拒否 した。……

州 は、中絶の論争において一方の側に立ち、生命――胎児の生命であって も

―― を支持することができる。

「妊娠の初期の段階においてさえ、妊娠を最後 まで継続するほうに傾 くよう 導 く大変な重みがある哲学的・ 社会的議論があること、そ して、母親が自分 自 身で育てることを選択するな らばある程度の州の支援があることのほか、望ま れない子を養子にする方法や制度があることを、州 は女性に知 るよう促す こと を意図 した規則を制定することができる」

州には、また、生命 (胎児の生命を含む)に鈍感で軽蔑的な手術方法を禁止 す る利益がある。ケイシー判決によれば、中絶には女性やその胎児にとどまら ない重大性があり、州の規制利益の広が りもそれに付随する。州は、思いや り あふれた厳 しい倫理観 に支え られ、生命――他者の援助な しには生 き延びられ ないものであって も一―の尊厳 と価値を認識 した治療者 というイメージを確保 するために、手段を講ずることができる。

(12)

D&Eは D&Xと非人間的であるという点で異なるものではないか ら、

D&

Eの禁止 はこの利益を増進 しないと主張されている。明示的にこの主張を採用 したわけでないが、法廷意見はこれをはっきりと拒絶 しないことによって黙認 したことを示 している。 スティーヴンズ、ギ ンズバーグ両裁半1官は、はっきり と、二つの術法は区別 しうるものではな く、州法の制定にあたつて、ネブラス カ州は不合理で適切な目的 もな く行動 したと宣言 した。争点は、裁判官が二つ の術法の間に相違を見出すか否かではな く、 ネブラスカ州が見出すかである。

術法の間の道徳的な相違を宣言するネブラスカ州の権限を承認することを拒否 したことは、本件全体への最高裁判所のアプローチが非論理的で工統性を欠 く ことを落胆するほど示 している。

D&Xが

嬰児殺 しにより似ていることか ら、

ネブラスカ州は、 この術法が生命に敬意を払わないより大 きな リスクを提示 し、

その結果医療専門家 と社会に対するより大 きな リスクをもたらす と結論するこ とができる。最高裁判所 には、 この結論を見直す権限はない。

健康例外について。専門家によれば、

D&Xが

母親の生命・ 健康の保護の唯 一の選択肢 という状況は存在せず、

D&Xが

他の中絶方法 よりも安全 とい う主 張を支持する研究 もないか ら、健康例外がないゆえに違憲 とい う法廷意見 は、

個々の医師に、州の判断を覆す拒否権を与えることになる。

原告に招かれてこの術法 に有利な証言を した専門家 も実際にはD&Xは行 っ ていない。 この点で、彼 らの見解は信頼性の不確かな法廷用の ものであり、

D

&Xが

、標準的な医療行為の一部であると結論す ることはできない。

他の安全 と証明されている術法が利用可能だか ら、州法が女性に安全な中絶 を否定するものではないというネブラスカ州の結論 は支持される。法廷意見は、

二つの術法の医療上の安全性に審査を限定 しわずかな相違の可能性を理由に州 法を違憲 としたが、 これは誤 っている。 このような場合、州 は、新 しい中絶方 法が提示す る重大な道徳的問題を考慮 に入れることができる。 また、

D&Xが

効果的なのは胎児が独立生存 に近づ き、 または事実上独立生存であるときだけ であることも重要である。州は、生命に関する州の利益が頂点に近づ くときに

(13)

そのプロセスを規制 しているのである。以前の判決 (1983年のアクロン判決

)

で、オコナー裁判官が述べたように、裁判所 はこうした医療上の評価にふさわ しい機関ではな く、本件では、ネブラスカ州の判断が支持 されなければならな い。

医師の判断を最大限尊重するというアプローチは、 アクロン判決 と共鳴する ものだが、ケイシー判決 はこれを否定 した。医療行為の基準は原告やその支持 者の個人的な見解に左右 されるのではな く、 ケイシー判決 は、 それが州の合理 的規制 に服すると判断 した。

オコナー同意意見は、適切な医学的判断において母親の生命を保護するのに 必要なときはD&Xを許容す る例外規定を盛 り込めば合憲 となると保証 してい るが、 これは無意味である。原告医師の『適切な医学的判断』に基づ く禁止は、

禁止では全 くない。 これが、健康例外を医師の裁量 に委ねることの欠点である。

また、本件の州法が

D&Xだ

けに適用されることはその文言か ら明 らかであ る。

(七)トーマス裁判官の反対意見 (首席裁判官、スカ リア裁判官同調

)

我々の連邦憲法のなかに、中絶の胎児や社会への影響が、望まない妊娠の母 親への重荷に優位するかを、 この国の人民が決定する権利を否定するものはな い。州は中絶を許容 して もよいが、州にそ うしなければな らないと命ずるもの は、憲法には何 もない。

(ロ

ー判決か らケイシー判決までを振 り返 って)ケイシー判決の共同意見の 基準は、中絶に関する彼 らの哲学的見解の産物であ り、憲法に起源や関連性を もつ ものではな く、それが取 って代わろうとした基準 と同 じくらい正統性を欠 くものである。 しか し、 ケイシー判決がで っちあげた不当な負担の基準 に拠 っ たとして も、本 日の判決 は途方 もないものである。

法廷意見 は、州法の規定がD&Eも禁止す るものと読めると結論するが、文 言の解釈、出産類似中絶 とはD&Xのみを指す という、医学的権威・ 裁判所・

(14)

議会の共通の理解、そ して合憲解釈の原則か ら、州法がD&Eを禁止 していな いことは明 らかである。

ロー判決及びケイシー判決が、健康例外を必要 としたのは、こうした事件で、

州が中絶を禁止 しようとしていたか らである。「 しか し、 ロー判決及びケイシー 判決 は、中絶の禁止 されているある方法が許 されている方法より好ま しいと医 師が考えている事件に関 しては全 く何 もいっていない。……。多数派 とオコナー 裁判官 は、健康上の懸念か ら女性が中絶を必要 としている事件 と中絶を希望 し ている女性が健康上の懸念によってある方法――他の方法ではな く―― を選ば

うとする事件 とを区別 していないのである」

「……法廷意見によれば、医師

(ま

たは女性)が希望する術法に対 して専門 家のなかに支持があることを医師が指摘できれば、その術法は『必要』であり、

医師はそれを行 うことができる。 しか し、そうした健康例外の要件 はケイシー 判決の不当な負担の基準 を骨抜 きに し、無制限の権利 としての中絶 (unfet―

tered abortion―

on―

demand)を強要す るものである。例外が完全 に原則を飲 み込むことになる。実際には、中絶の術法の規制 は許 されないことになる。な ぜな ら、ある術法には何 らかの支持が必ずあり、その術法が望 ましいという医 師が必ずいるか らである。…… [健康例外を伴 った]新しい州法に基づ き、そ うした術法の実施を望む医師はだれで も、罰を受 けずにそれが可能 になる。そ れゆえ、 ネブラスカ州法の憲法上の欠陥は容易に直す ことができるというオコ ナー裁判官の保証は人を欺 くものである。法廷意見の健康例外に関する主張は、

州 によるあ らゆる中絶規制 に対するその敵意二一 ケイシー判決が拒絶 しようと した――を辛 うじて隠すイチ ジクの葉である」

 解説

中絶 に関 す る判 例 の展 開

0

(15)

ロー判決か らソーンバーグ判決0ま で、最高裁判所は、概ね、中絶の自由を 拡張す る方向で判例理論を展開させた。 ロー判決をかい くぐろうとす る様々な 試み――配偶者や両親の同意要件、中絶の術法の限定、イ ンフォーム ド・ ゴン セ ントや24時間待機要件など―― をほとんど叩き潰 した。未成年者に関する両 親の同意要件では不十分 さを残 したが、違憲判決 は、中絶支持派の意向をかな えるものだった。生命支持派 は、わずかに、最高裁判所の財政問題 に関する謙 抑的態度を衝いて、公的援助でポイントをあげただけだった。一方、その十年 余 に、最高裁判所内外で両派の対立が激化 し、最高裁判所では、双方の票差が 次第に接近 していった。 レーガ ンーブッシュ (父)の共和党大統領 (1981年 1992年)による裁判官人事が これに大 きく影響 した。

この結果、パ ウエル裁判官―‑1986年のソーンバーグ判決まで常 に多数派に 同調 してきたが翌年引退―一 に代わ リキーパースンとなったのはオコナー裁判 官だった。初めての女性裁判官 として最高裁判所入 りした直後は、 ロー判決に 批判的だったが、中絶支持派が最大の危機を迎えた1989年のウェブスター判決 で、そ して、危機を乗 り越えてロー判決を再確認 したケイシー判決で、決定的 な役割を演 じたのはオコナー裁判官だ った。

そ して、両派の闘いは、ケイシー判決の「不当な負担」の基準 という中庸的 な―― アメ リカ合衆国に しては珍 しい !一―結末を迎えたのである。ケイシー 判決はひとつの妥協 としてとらえることができようが、その共同意見には男女 平等の流れが色濃 く反映されている。

本判決の評価

(一)一言でいえば、判決 は中絶支持派のほろ苦い勝利 とみることができる

0。

下級審が拠 った過度 に広汎ゆえに「不当な負担」、 に加えて健康例外の欠如を 違憲判断の理由とした広い判示の一方で、票決が僅差だ ったことは、中絶支持 派 の幹部 を して「 シャンパ ンと戦慄」

(

Champagne and shivers")と言 わ しめた

0。

そ して、 この問題 についてのキー/N°―ソンが依然オコナー裁判官で

(16)

あることを確認 したは

0。

簡単に両派の得喪をみてお こう。なんといって も、結論が違憲だ ったことは 中絶支持派にとっては大 きな意味がある。ケイシー判決 は公平にみて中絶支持 派の判定勝ちだったと思 うが、共同意見は州法の規制の多 くを支持 した。逆に 勝 ったと喜んでばか りもいられないのが、ぎりぎりの1票差だったことである。

マスコ ミの予測は6対3だったようである●り。 ケイ シー判決では突然の「変 節」でロー判決を救 ったケネディー裁判官 は先祖がえ りして しまった。また、

出産類似中絶規制法がすべて許 されないわけではな く、健康例外を入れて狭 く 定義 された出産類似中絶規制な らば合憲であるとオコナー裁判官か ら釘を刺 さ れたことも落 としてはな らない。そ して、一部に期待するむきもあった厳格審 査基準への回帰 は リベラル派裁判官 もしなか った。場。

(二)本判決 について第 1に 指摘 しなければな らないのは、「 不当な負担」の 基準が初めて最高裁判所の過半数 (6裁判官)の明確な支持を得たことである。

ケイシー判決ではこの基準 は、事実上、最高裁判所の結論を左右 したが、 これ に明示的に賛成 したのは、オコナー、ケネディー、スーター3裁判官にす ぎな か つた。 ブラックマ ン、スティーブンズ両裁判官 は厳格審査基準を主張 し、保 守派裁判官 は合理性の審査基準であった。本判決では従来の リベラル派 も合流 し、6裁判官が支持す るところとなった。 スカ リア、 トーマス両裁判官 はなお 激 しく批判 しているが、首席裁判官 もケネディー反対意見 に同調 していること などか らみてどうや ら不承不承なが ら判例法の一部 と認めているようである。

また、下級審 と同様、州側がいう州法の限定解釈 は根拠がな く、D&Eに 訴追の恐れがあるゆえに、「不当な負担」 にあたるとす る論理構成 は自然 なも のといえる。それでは、D&Xに限定 されればどうだろうか。オコナー同意意 見 は合憲 とする。法廷意見 は見解を示 していないが、同様 にぞっとする二つの 中絶手術の片方が嬰児殺 しにより似ているとか、その片方だけを禁止す ること で州は正当な利益を促進するとかいうことは、全 く馬鹿げているとするスティー

(17)

ブ ンズ同意意見 (ギンズバ ーグ同調)は、 このよ うな州法 を も違憲 とみて い る ことにな る

(10。

(三)もうひ とつ の意義 は、健康例外が検討すべ き要素 のひとつか独立 の要件 か、 す なわ ち、「 不 当な負担」 の基準 の一部 か別個 の審査 か とい う争点 に関 し て、最高裁判所 の多数派が後者 の立場 を採 った ことであ る。 そ して、健康上 の リスクは妊娠 に由来す るものだ けでな く中絶 の方法 に起因す る もの も含 む と し た。「 か くして、 ステ ンバ ーグ判決 は、 ケイ シー判決 の、 女性 の健康 は州 の許 容 され る利益 のひ とつ に過 ぎない とい う取 り扱 いを退 け、女性 の健康 を保護 す

るための は っきりした線 引 きの (bright―line)ルールを再構築 した」

(10

‑般に、 ケイ シー判決 は、 ロー判決 の三半期 の枠組 み とい う bright― line 分析 を改 め、 不 当な負担 の基準 とい う利 益衡量 に傾 いた と理解 されて い る

D。

Meyerは、一番 の驚 きは、健康例外 を、不 当 な負担 の基準 とは別個 の憲法上 の 独立 の要件 と した ことだ と して、 [不当 な負担 といえ るほどに実質的か とい ]個別 の衡量 な しに、女性 の健康上 の利益 を……絶対 的 な切 り札 (an abso―

lute trump)と す る ことによ って、 法廷意見 は、 厳格審査 と一般 に結 び付 い bright―lineな厳格 さの一種 を採用 したよ うにみえ る」 と評 して い る。

0。

健康例外 が なぜ これ ほど問題 にな るのか。 中絶反対派 か らは、 中絶 ク リニ ッ クの医師 に事実上 の フ リーハ ン ドを与 え る呪 いの言葉 (わが国の母体保護法第 14条 第1号「母体 の健康 を著 しく害す るおそれ」 の運用実態 をみ よ)とされ る

か らである。 ケネデ ィー反対意見 も「原告医師の『 適切 な医学的判断』 に基づ く禁止 は、禁止 で は全 くない。 これが、健康例外 を医師の裁量 に委ね ることの 欠点で あ る」 と して い る。 す なわち、「 女性 の健康 に基 づ く例外規定 はすべて

D&Xの

決定 を中絶 を行 う医師の裁量 に委 ね る ことにな るゆえ に、健康例外 は原則 を飲み込む ことにな る。 これが、 ネ ブラスカ州法や出産類似 中絶 を禁止 す る連 邦 議 会 の二 つ の法 案 に、 母 親 の健 康 例外 が含 まれ て いな い理 由で あ

る」(17)

(18)

(四)まだ まだ続 くバ トル?に

従来、 ケイ シー判決 やそれ以降の状況 をど うみ るか―― 本判決以前 の時点 で 一― につ いて は、中絶支持派 のなか に も正反対 の見解があ った。一方 は、 ケイ シー判決以降の法 (判)や政治状況 を楽観視す るもので、 ケイ シー判決 の共 同意見 は、 ロー判決変更 はブラウ ン判決変更 と同様 にあ り得 ないとい う明確 な メ ッセー ジであ るとす るに動。

他方、ケイシー判決の実際の効果はロー判決変更 と大差ないのに「 ロー判決 は大文夫」(Roe was saved)と いう幻想を生んだ。明示的に判例変更 して く れたほうが運動を活性化するためにはま しだ った一― ちょうどロー判決が中絶 反対運動を活気づけたように、 という見方 も有力だ った

80。

どちらもあまりに極端で全面的に賛成するのをため らうが、本判決か らみる と、今のところは前者の見解が ことの本質にやや近いように思われる。

最後に、今後の展開だが、ある論者 は、違憲判決を受 けて改正 される州法の

内容と最高裁判所の人員構成次第とみる

91ヽ

現在のメンバーを前提とすれば、

法廷意見や オ コナー同意意見で示 された内容 に適合す るか否か とい うことにな る。 この論稿 によれば、禁止 を

D&Xに

限定す ることはさ して困難ではないが、

健康例外 は簡単 ではない。す なわち、健康例外 は前述 のよ うに規制 を事実上無 力化 しかねないため、規制推進派 はで きるだ け狭 く限定 しよ うとす るだろ うが、

それ は違憲 の疑 いが濃 い とい う。

他方、 引退が噂 され る4裁判官 (首席裁判官、 ステ ィー ブンズ、 オ コナー、

ギ ンズバ ー グ)のうち3人は本判決の多数派であ り、後任 を選ぶのはブ ッシュ 大 統 領 とい う事 実 は、 中絶論 争 の行 く末 が まだ見 え な い こ とを示 唆 して い

P動

。 た しか に、Garrowの指摘 の よ うに、誰が最高裁判所 に入 ろ うとも一―

2のスカ リア裁判官 や トーマス裁判官 な ら分か らないが――、 これだ け国民 全体 の注 目の的 にな っているケイ シー判決 を明示的 に変更す ることは考 えに く いが、 その ときの最高裁判所が本音 と して はケイ シー判決 に異 を唱え る裁判官

(19)

に支配 されているな ら、判例変更 は しな くとも骨抜 きをはか る一― 本判決 のよ うに骨があるよ うに解釈す るめではな く―一 ことは十分考 え られ る。 もちろん、

近 くはスー ター裁判官、遠 くは ブラ ックマ ン裁判官 や ブ レナ ン裁判官 の よ うに 指名 した共和党大統領 の期待 を裏切 った例 も少 な くないが

(こ

の逆 の例 は、 ケ ネデ ィー大統領が指名 したホワイ ト裁判官か

)。

詳 しくは、拙稿「人工妊娠中絶 とアメ リカ合衆国最高裁判所」法政研究第 1巻

1

号、

20304号

、第 2巻 2号 (1996年1997年)参照。

Thornburgh v. American College of Obstetricians & Gynecologists, 476 U.S.747(1986).

判決の内容 と票差 に関 して、両派 とも手放 しの勝利 とも完全な敗北 ともいえない 複雑 な感情 を持 っているとされ る。

  Partial―

Birth"Abortion Bans and the Suprellne Court's ReiectiOn,supra note 3,at l127‑29.

Greenhouse, The Suprelme Court: The Nebraska Case; Court Rules That Governments Canit Outlaw Type of Abortion, N.Y.Tilnes,  une 29, 2000.

Partial―

Birth" Abortion Bans and the Suprelne Courtis ReiectiOn, supra note 3, at l141.

Greenhouse,supra note 9.ケ ネディー裁判官の反対意見 は双方 にとって大 きな 驚 きであ り、 ケイシー判決への深 い困惑 を示す、 とされ る。 また、「 ケネデ ィー はステ ンバーグ判決では少数派に加わ ったが、 これは1992年に湖ればそのチャン スがあったのに中絶をすべて禁止 し損ねたという彼 自身の後悔のようにみえる」

Lithwick, Supreme Court Dispatch, http://Writ.corporate.findlaw.com/

commentary/20000629 1ithwick.html

一方、第14修正の適正手続条項が保護す る「 自由」 は奴隷解放 と関連づけて理 解 され るべだ とす るSmolinは 、 どち らに も全面的 に同調 しないケネデ ィー裁判

(そ

して、以前のバーガー首席裁判官)のようなアプローチが問題の解決に最 も 安 定 的 で あ る と 擁 護 し て い る 。 Smolin, Fourteenth Amendment Unenumerated Rights」 urisprudence: An Essay in Response to Stenberg v.

Carhart, 24 HARV.」 .L.&PuBLIC POLICY 815(2001).

また、ケイシー判決の共同意見を理論的美 しさはないが、安定 して支持できる とす る Lazarusは 、共同意見に加わ った 3裁 判官の分裂 は不幸 な結果で、憲法

(20)

上の権利が何かは、最高裁判所内の、 どっちが 5票 取 るかの数合わせにすぎない とい う俗説 に力 を貸す と懸念 す る。Lazarus,Court Crackup,Washington Post, uly 25, 2000.

本判決は率直にいって、 ロー判決やケイシー判決に重要性で見劣 りするが、スー ター裁判官以外のすべての裁判官が意見を書いたことに象徴 されるように、最高 裁判所内部の勢力争 いのダイナ ミクスを想像するうえでは興味深い箇所が多い。

あちこちにちりばめた妊娠中期の中絶に関するぞ っとする描写、オコナー裁判官 への近親憎悪的非難

(ケ

イ シー判決以前の彼女の意見を引用 して攻撃)、 そ して、

えげつない表現の数 々 (特にす ごいのが トーマス反対意見で、「 当裁判所がすで に拡張 したケイ シー判決以前の判例法の前例のない拡張」、「 イチジクの葉」(a fig leaf)(元々はあそこを隠すための

!?)、

「 ケイ シー判決の共同意見 は全 くでた らめに構築 された」、「 ケイ シー判決がで っちあげた不当な負担の基準が支持に値 す る (実際は支持 に値 しないが)と仮定 して も、本 日の判決は途方 もないもので ある」など)は、下手 な小説よりも面 白い。

世界中で最 も権力のある女性 とされるオコナー裁判官 (「ほとん どすべての大 きな争点での、最高裁判所の要の一票 としての彼女の位置は、彼女を しておそら く世界 中で最 も権力 のある女性 に して いる」L%arus,Supreme Court Rou―

lette,infra note 22)へ の男の嫉妬 とみるのは想像がた くましすぎるだろうか。

Partial― Birth‖

Abortion Bans and the SupreIIne Courtis ReiectiOn, supra note 3, at l128‑29.

同旨、

Partial―

Birth Abortion:Should Moral」 udgement Prevai1 0ver Medi―

cal」udgement?,31 LOYOLA UNIV.L.REV。 693(2000).中絶を選択す る女性の憲法 上の権利は、道徳上の確信を支持するにすぎない州の利益に常に優先するとする。

The SupreFne COurt, 1999 Terln― Leading Cases, 114 HARV.L.REV. 179,

228(2000).

Meyer, Lochner Redeemed: Falnily Privacy After Troxel and Carhart, 48 UCLA L.REV.1125,1133‑34(2001).

Id.at l159&1162.ま た、憲法上の根拠がなく内容の点か らも賢明ではないロー 判決の誤 りを、 ケイシー判決 も本判決 も継承 してお りと非難 し、 さらに、一部の 時期の一部の中絶だけを規制する多 くの州の試みを違憲 とする法廷意見を、他の 法益 を無視 し女性の自由や利益のみ偏重す るものという非難 もみ られる。Amar, supra note 5, at l10‑12.

(21)

Lithwick,Supreme Court Dispatch,supra note ll.「 例外が原則を飲み込む」

という記述 は トーマス反対意見にもみ られる。 なお、現在連邦議会に提案 されて いる同様の法案 について、規制推進派は、健康例外を盛 り込まず、

D&Xが

母親 の健康の保護に必要な状況 はないという、長々とした事実認定を付 している。

11

月の中間選挙で、共和党が上院 も制 したことにより、法案 は成立す る可能性が高

くな った。

Buchananも 、両派のバ トルは女性への危険な結末を もた らす可能性を伴いなが ら続 くだろう、 と予想す る。Buchanan,The Abortion lssue:An Agonizing Clash of Values,38 HOusTON L.REV.1481,1488(2002)。 Buchananに よれば、

中絶問題の本質 は生命がいつ始まるかではな く、競合す る諸利益の分析の うえで、

どの時点で中絶 の法的決定権が女性か ら州 に移 るかである。女性の身体的尊厳 (bodily integrity)や 男女平等の保障 とい う観点か らす ると、「 不可避の結論 は こうなる。独立生存前の妊娠の段階において子を産むか否かの法的決定権を女性 が欠 くならば……真の男女平等は実現 されない」Id.at 1487.

Garrow,supra note 3,at 845。 Garrowは、本判決直後 にも、妊娠中期の中絶 にも憲法上の保護を維持す るという最高裁判所の一貫 したコミットメン トか らみ て、判決 は多 くの人々が思 っている以上 に中絶反対派にとって大 きな敗北である と論評 している。 Garrow,Why the Right―

to―

Lite Movement Faces a Diffi―

cult Future,Newsweek,  」une 30, 2000.

Strossen&Collins,The Future of 11lusion:Reconstituting Planned Parent‐

hood v. Casey, 16 CONSTITUTIONAL COMMENTARY 587(1999). Sullivan, The Su―

preme Court,  1991 Ternl―

一――

Foreword: The Justices of Rules and Standards,106 HARV.L.REV.22(1992)も 同趣 旨である。同 じく、 ケイ シー判 決 を unstable"と して批判す るCavendishも 、中絶支持派が安心 して運動が停 滞 したのに対 して、中絶反対派 は、連邦及び州議会、 そ して州知事の勢力図で も 優位 を築 き、「 ケイ シー判決後 の10年を考察す ると中絶 は重大 な危機 にある (choice is in grave peril)」  ,夕る。 Cavendish, Unburdening the Right to Abortion:Caseyls Undue Burden Standard Casey Reflections, 10 AM. U.」 . GENDER SOC.POL'Y&L.305(2002)。

Partial―

Birth" Abortion Bans and the Suprelne Court's ReiectiOn,supra note 3, at l144‑48.

Lazarus, Supreme Court Roulette, http://Writocorporate.findlaw.com/

(22)

Lazarus/20000802.html  もっとも、Lazarus自 身 は、

 

この うち数年の うちに実 際 に引退す るの は首席裁判官だ けだ ろ うと予想 している。Lazarus,Why We

Should Consider Abolishing Life Tenure for Supreme Court  ustices: The Need To Eliminate Politically Motivated Justice Retirement, http://

writocorporate.findlawocom/Lazarus/20010206.html

参照

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