実体的適正手続の新たな射程―いわゆるソドミー法をめぐって一Lawence v.Texas,539U.S.558(2003)一
判例研究
実 体 的 適 正 手 続 の 新 た な射 程
―― いわゆるソ ドミー法 をめ ぐって
一
Lawrence v:Texas,539 1UoS。
558(2003)・―――根 本 猛
は じめ に
「実体的適正手続」 (Substantive Due Process)と は誠 に分か りに く い自家撞着の概念である。手続 についての保障規定 によって、 自由に対 す る規制の妥当性 に物 申そうとい うのだか ら、 どうして もうさん臭 さが 付 きまとう。アメ リカ合衆国の憲法学 において、実体的適正手続 は、基 本的 には否定的なニ ュアンスで語 られて きた(1ヽ
21世紀初頭、実体的適正手続 に関する新たな展開があつた。2003年 の ロー ンンス判決である。同性愛の規制 をどうみるか という争点が耳 目を ひ くものであっただ けに、賛否双方か らの世論の反響 も凄 まじかったが、
憲法学への影響 も大 きかった。 ロー判決以来30年、最高裁判所が憲法上 のプライバ シー権 のよりどころとしてきた適正手続条項 による自由の保 護 に新たな一章 を加 えたのである。
本稿では、 まず簡単 に実体的適正手続 の前史 を振 り返 った後、 ローン ンス判決 における法廷意見 と個別意見 (結果的同意意見・ 反対意見)の
や りとりを紹介 し、判決の意味や影響 な どを検討 してみたい。
一
実体 的適 正手続・ 前 史
2世紀以上 にわたる合衆国最高裁判所の歴史のなかで、消 し去 りたい
2つの汚点が、 ドレッ ド0スコッ ト判決(1857年)K21とロクナー判決(1905
年)13Dでぁることは衆 目の一致す るところだろう。第5修正や第14修正が
保護する「 自由」の侵害 を理由に、前者 は奴隷制 を支持 し、後者 は労働 保護立法 を叩 き潰 した。いずれ も、「 自由」の規制内容の一―手続ではな
く一一妥 当性 を問い、それ を否定 したのである。
1930年代後半の「憲法革命」 によって、 こうした考 え方が乗 り越 えら れた歴史 はよ く知 られている
14D。
ぃずれにせ よ、実体的適正手続 は、繰 り 返 してはな らない、あるいは触 ることさえタブーの、最高裁判所 に とっての トラウマみたいな ものだった。
1965年のグリズウォル ド判決
(り
が実体的適正手続論議の転回点 となった。夫婦間の避妊具の使用 に刑事罰 をもってのぞむ州法 は我々の直感 に照 ら せば違憲だろう。最高裁判所 も同様 に考 えたが根拠 をどこに求めるか。
「多数意見 は、それで もこの結論 を何 とか憲法規定 と結びつけようとし て」0、「半影」理論 とい う我々に とっては訳の分か らぬ一一多分合衆国国 民の多 くにとって も――理 由づ けを捻 り出 した。最高裁判所 は「悪夢」
の再来 を回避 しようとしたのである。
同様の規制が未婚者について問題 となったアイゼンシュター ド判決(1972 年)0では、今度 は避妊具の使用について、既婚者 と未婚者 とを区別する のは、平等保護条項 に違反するという理屈で、実体的適正手続 は避 けつ つ違憲の結論 を導いた。
そして、1973年のロー判決(0である。ロー判決 については語 り尽 くされ ている0が、要 は、人工妊娠中絶の決定権 は適正手続条項が保護す る「 自 由」 に含 まれ、 この権利 は「基本的」であるがゆえに、その制約 には厳 格審査が妥当するとい う。実体的適正手続 をひ どくあっさりと復活 させ たのである。
では、何が この「 自由」に含 まれるかについて、最高裁判所 は、「伝統 と歴史 に深 く根付 いているか」、「秩序ある自由の概念 に内在するか」 を
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間 う。本件 のローレンス判決が変更 したバ ウワーズ判決(1986年)(1のでは、
同性愛が この概念 には当てはまらない として、司法 による介入が否定 さ れた。 また、1997年のグ リュックスバーグ判決(1⇒で も、自殺補助 につい て、同様 に否定 された。
以上が、今世紀初頭 までの実体的適正手続の状況だった。
二
日― レンス判 決
1
事実 と争点本件 の争点 は、テキサス州のいわゆるソ ドミー法の合憲性である。同 法 は「 同性の者 との逸脱 した性交」を犯罪 と規定している。「逸脱 した性 交」 とは「ある者の性器の一部 と別の者の回または肛門 との接触」 また は「別 の者の性器 または肛門への物の挿入」 と定義 されている。
テキサス州 ヒュース トンで警官が別件の通報 を受 け、上訴人であるロー レンス (男性)のアパー トに入 った ところ (この立 ち入 り権限について は争われていない
)、
彼 と同 じく上訴人であるガーナー(男性)と が性行 為 を行 っているの を目撃 した。彼 らは逮捕後、起訴 され、州裁判所で罰金 200ドルの有罪判決 を受 けた。州控訴裁判所 も、バウワーズ判決に従い有罪 判決 を支持 した。連邦最高裁判所 は、次の3点を検討す るため、裁量的上訴 を受理 した。
1.法
の平等保護の保障 に違反す るか ?2.適
正手続条項が保護する自由及びプライバ シーの重要な利益 を侵 害するか?3.バ
ウワーズ対ハー ドウィック判決 は判例変更 され るべ きか ? 最高裁判所 は、6対3の多数決で、原判決 を破棄 し事件 を州裁判所 に 差 し戻 した。多数派の うち5裁判官が賛成す る法廷意見 をケネディー裁 判官が述べ、オコナー裁判官 は違憲の結論 にのみ賛成 し、スカ リア裁判官の反対意見 には首席裁判官 と トーマス裁判官が賛成 している。
2
法廷意見 (ケネデ ィ可裁判官)
(一)「自由は、住居や他 の私的な場所への政府 の不当な侵入か ら人々 を 保護 している。我々の伝統 において、州 は、家庭 にいつ もいる訳で はな かった。 また、家庭以外で も、我々の生活や存在 に関 して、州が支配的 な立場 にあるべ きではない領域がある。 自由は、空間的な範囲を越 えて 存在す る。 自由は、思想、信条、表現、 そしてある種 の親密な行為 を含 む己の自律 を前提 としている。本件 は、空間的な範囲 とそれを超越 した 次元 における個人 の自由にかかわ るものである」
(二)「我々は、上訴人が・…¨適正手続条項 に基づ く自由の行使 において 私的な行為 を行 うことが成人 として自由であったかを判断することによっ て、本件が解決 され るべ きであると結論する。 このために、我々 はバ ウ ワーズ判決 を再検討す ることが必要であると考 える」
『本件で提起 されている争点 は、連邦憲法が同性愛者 にソ ドミーを行 う基本的な権利 を与 えているかである』 というバ ウワ早ズ判決の最初の 説示 は、問題 となっている自由の範囲 を正 し く認識 していない ことを示 している。バ ウワーズ判決の争点 を単 にある種 の性的行為 を行 う権利 と 言 うことは、そ うした個人 の主張 を貶 めるものである。それは、 ち ょう ど、婚姻 とは性交 を行 う権利 にす ぎない と言って結婚 したカップル を貶 めるの と同 じである。バ ウワーズ判決や本件の法 はある種の性的行為 を 禁止 しようとしているだけだが、 その不利益や 目的は、性的な振 る舞 い とい う最 も私的な人間の行為 と家庭 とい う最 も私的な場所 にかかわ る、
はるかに広範 な結果 を伴 っている。法 において公式の承認があるか否か にかかわ らず、犯罪者 として処罰 されることな く選択することがで きる 個人 の権利 に含 まれる個人的な関係 を規制 しようとしている。憲法が保 護す る自由は、同性愛者 に、 その家庭 と自身の私生活のなかで性的な関
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Lawence■
Texas,539U.S.55812003)一係 をもち、なお自由な個人の尊厳 を保持することを選択す る権利 を認め ている。
主張 されている自由を正 しく認識せずに、バ ウワーズ判決は、ソドミー の禁止 は大昔 まで湖 ることがで きると述べた。 しか し、我が国には、同 性愛行為 自体 に向けられた法 には長 い歴史 はない ことを指摘すべ きであ る。初期 のアメ リカの ソ ドミー法 は、同性愛 それ自体ではな く、生殖 に 役立 たない性的行為一―男 女間か男性同士かを問わず一― をよ リー般的 に禁止 しようとしていた。 さらに、初期のソドミー法 は、私的に性的行 為 を行 う同意 ある成人 には執行 されなかった ように思われ る。反対 に、
ソドミーの訴追 は、 しばしば、同意出来ない者や同意 していない者 に対 する略奪的な行為 にかかわ るものだった。すなわち、男性 と未成年の少 年少女、暴力 を伴 う成人間、地位 の不均衡 を含意する成人間、そして男 性 と動物である。「大昔 まで湖 る」ことがで きるどころか、同性のカップ ルを標的にしたアメ リカ法は20世紀の最後の3分の 1ま で発展 しなかっ た。現在でさえ、9州だけが同性関係 を選び出 して刑事訴追の対象 とし ている。 したがって、バ ゥヮーズ判決が依拠 した歴史的な理由は、判決 で法廷意見やバーガー首席裁判官の同意意見が示 しているよりも錯綜 し てお り、疑間の余地がない訳ではな く、少な くとも言い過 ぎである。 も ちろん、バ ウワーズ判決 は、長年 にわた り同性愛行為 を不道徳であると 非難す る強力な声があった とい う、より広い観点 を明 らかにしているが、
当裁判所 の職務 はすべての者の自由の範囲 を確定することであ り、 自ら のモラル コー ドを強制することではない。前世期後半のわが国の法 と伝 統が本件 には最 も関連がある。すなわち、 自由 とは、性 に関連する事項 における私生活 をどのように行 うかに関 して成人 に実質的な保護 を与 え ることであるとい う認識が現れていることを示 している。
(三)バウワーズ判決の欠陥は、判決後、一層明 らかにさえなっている。
バ ウワーズ判決で言及 された行為 を禁止する法律 をもつ25州は、現在で
は13州に減 り、その うち4州が、その法律 を同性愛行為 に対 してのみ執 行 している。 なお ソ ドミーを禁止 しているこうした州
(テ
キサス州 を含 む)でも、同意がある成人の私的な行為については、不執行の見本 (a pattem of nonenforcement)が ある。バ ウワーズ判決後の2つの重要な判決が、その判示 にいっそうの疑間 を投 げかけている。ケイシー判決では、適正手続条項が保護する自由の 実体的効力が再確認 された。判決 は、我々の法 と伝統が、結婚、生殖、
避妊、家族関係、育児及び教育 に関す る個人の選択 に憲法上の保護 を与 えていることを改めて支持 した。「 こうした事項 は、第14修正が保護する 自由の中心である」。同性愛者 も、異性愛者 と同様 に、こうした事柄 につ いて自律 を求めることがで きるが、バ ウワーズ判決 はこの権利 を否定 し たのである。
もうひ とつは、同性愛者 を標的にした法律 を平等保護条項違反 とした ロマー判決である。本件のテキサス州法が平等保護条項 に違反する根拠 を、 ロマー判決が提供す るとい う上訴人 らの主張 は支持 され得 るものだ が、我々 は、バ ウワーズ判決 自体 の正当性 を問 う必要があると結論す る。
さらに、 テキサス州刑事法が課 しているステ ィグマは取 るに足 らない ものではない。軽罪ではあるが、その者の尊厳 に重要な意味 をもつ。た とえば、性犯罪の前科や求職時の履歴書の記録 に残 る。
バ ウワーズ判決が、広範な文明が共有する価値観 に基づいているとい う点 について も、その理 由づけと判断は、 ヨーロッパ人権裁判所で否定 され、他の国で も、同性愛の成人の性行為の権利の保護 と矛盾 しない行 動が採 られている。
「先例拘束性の原理 は、最高裁判所の判断 と法の安定性 に与 えられ る 尊敬 に とって不可欠な ものである。 しか し、それは、動かす ことがで き ない命令 ではない。ケイシー判決 において、我々 は、最高裁判所が憲法 上の自由を承認 した先例の判例変更 を求 められた とき、そうした自由の
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存在 に対 する個人や社会の信頼が、特 に強力 に判例変更 に不利 な警告 を 発す ると指摘 した。 しか し、バ ウワーズ判決の判示 は、承認 された個人 の権利 にかかわるい くつかの事件 に比肩する、判例変更 に不利な信頼 を 誘発 しなかった。実際、判例変更の強力な理由があるのだか ら、バ ウワー ズ判決 には、その判示の判例変更 に不利 に作用す る個人や社会の信頼 は なかった。バ ウワーズ判決 自体、不確実性 を引 き起 こしている一一その前 後の先例 とバウワーズ判決の中核的な判示 とが矛盾するのだから」
(四)バウワーズ判決の理由づけは注意深い審査 に耐 えられない。バウワー ズ判決の反対意見でスティーブンズ裁判官は、(1)あ る州の政治的多数派 が伝統的に特定の行為 を不道徳 とみていることは、その行為 を禁止する 法律 を支持す る十分 な理由 とならない、
(2)肉
体関係の親密 さにかかわ る 個人 の決定 は、子孫 を残す ことを意図 しない ときであって も、適正手続 が保護す る「 自由」のひ とつであると結論 した。 この分析 に、バ ウワー ズ判決 は従 うべ きだった し、本件 も同様 である。「バ ウワーズ判決 は、判決時 にも正 しくなかった し、今 日において も 正 しくない。拘束力 をもつ先例 として とどまるべ きではない。バ ウワー ズ判決 は判例変更 され るべ きであ り、 ここに判例変更 される。
……本件 は、互いに完全かつ相互 に同意のうえで、同性愛のライフス タイルにはあ りふれた性行為 を行 う2人の成人 にかかわ るものである。
上訴人 は、その私生活 を尊重 され る資格がある。 テキサス州は、彼 らの 私的な性行為 を犯罪 とす ることによって、彼 らの存在 を汚 し彼 らの運命 を支配することはで きない。適正手続条項 に基づ く彼 らの自由は、彼 ら に、政府の干渉 なしに、その行為 を行 う完全 な権利 を与 えている。『政府 が立 ち入れない個人的 自由の領域が存在するというのが憲法の約束であ る』。テキサス州法 は、個人の私生活への侵入 を正当化する州の正当な利 益 を促進す るものではない」
3
オコナー裁判 官の結果的同意意見私が加わ ったバ ウワーズ判決 を判例変更することには同意できないが、
本件のテキサス州法が違憲であるとい う結論 には同意す る。私 は、その 理由を実体的適正手続ではな く平等保護条項 に基づ く。
合理的根拠の基準で審査 された経済立法や税法な どは通常合憲 と判断 されてきた。思慮 に欠 ける決定 も民主的プロセスで是正 され るとい うの が憲法の前提だか らである。「 しか し、『政治的に不人気なグループを害 するあか らさまな希望』の ようなある種 の目的 は州の正 当な利益 とはい えない ことを、我々 は一貫 して判断 して きた。法が政治的に不人気なグ ループを害するとい う欲望 を表明 しているとき、我々は合理的根拠の審 査基準 をより厳格 な形で適用 し、そうした法 を平等保護条項 に基づ き違 憲 と判断 して きた。
本件 と同様、違憲 と攻撃 されている法が個人的な関係 を禁止す るとき、
合理的根拠の審査基準の適用 により平等保護条項 に基づ き法 を違憲 と判 断す ることが最 も多か つた。……
本件で争点なっている法律 は、『同性の他の個人 と逸脱 した性交 を行 う』
ときにのみ、 ソ ドミーを犯罪 とするものである。 しか し、異性間の ソ ド ミーはテキサス州では犯罪ではない。すなわち、テキサス州 は、同 じ行 為 を、その行為の参加者 にのみ基づいて、異なる扱いをしている。本法 により処罰 され るのは、同性愛の傾向を持つがゆえに禁止 された行為 を 行 う可能性が高い者である」
ソ ドミー法 に基づ く訴追 は稀であ り刑罰 は比較的軽 い ものであつた と して も、有罪判決の影響 は大 きい。有罪判決 を受 けた者 は、医療 な ど数 多 くの職業 に就 く資格 を制限 される。 また、雇用、家族問題及び住宅 な ど、刑事法 とは無関係の分野で同性愛 に対する差別 を是認する副次的な 効果 を持つ。
テキサス州 は、本法がモラルの増進 とい う州の正当な利益 を促進す る
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と主張す る。た しかに、バ ウワーズ判決 は、モラルの増進 とい う利益 を 指摘 して、 ソ ドミーの処罰 には合理的根拠がない とい う主張 を退 けた。
しか し、 これは平等保護条項 に関す る判断ではなかった。
「本件 は、平等保護条項 の下で、道徳的な非難が、同性間の ソ ドミー のみ禁止 し異性間のソ ドミーは禁止 しない法律 をそれ自体正当化す る州 の正 当な利益 にあたるか という、バ ウワーズ判決 とは異なる争点 を提起 している。答 えは否である。 このグループに対す る道徳的な非難 は、そ のグループを害 したい とい うあか らさまな欲望 と同様、平等保護条項 に 基づ く合理的根拠の審査 を満足 させ るのに不十分である」
「テキサスJJll・
│が
正当な州の利益 として道徳的な非難 を持ち出 している ことは、テキサス州が同性間のソ ドミーを犯罪 としたい とい う欲望 にほ かな らない。 しか し、平等保護条項 は、州が『自らの利益のための分類』を作 り出す ことを禁 じている。 そして、テキサス州が ソ ドミー法 を私的 で同意ある行為にはめったに適用 していないゆえ、本法 は、犯罪行為の抑 止の道具ではな く同性愛に対する嫌悪 と非難の表明 として作用 している」
「州がある種の結果 を刑事法違反 と出来 ることはもちろんである。 し か し、州 は、他の誰 にも適用 されないのに、……道徳的な非難のために、
一定のクラスの市民 を選び出 して処罰す ることは出来ない。テキサス州 の ソ ドミー法 は、同性愛 を『生涯 にわた る不禾U益とスティグマ』 に貶 め るものである。『下層階級の創設 にな りかねない法律上の分類 は平等保護 条項 と両立 し得ない』」
本法が平等保護条項 に違反す るとい うことは、異性愛 と同性愛 との区 別が同様 に合理的根拠の審査 に耐 えられない ことを意味 しない。ツト除 さ れたグループに対す る単 なる道徳的な非難以上の他の理 由が伝統的な婚 姻制度の維持 には存在する。
4
スカ リア裁判官の反対意見(首席裁判官及び トーマス裁判官同調)「 自由は、不確かな法 には保護 を見いだせない」。 これは、わずか10年 少 し前 に、 ロー対 ウエー ド判決の判例変更 を求めた者 に対する最高裁判 所の金言めいた回答であつた。バ ウワーズ対ハー ドウィック判決 を変更 する17年間の聖戦 に従事 して きた者 に対す る本 日の回答 は全 く異なるも のである。安定性 と確実性の必要 は障害 とならない とい うのである。
……法廷意見 は、 どの箇所で も、同性間の ソドミーを『基本的権利』
と宣言 していないし、テキサス州法 を、同性間のソ ドミーが 『基本的権 利』であるな ら適切 な審査基準 (厳格審査)にかけたわけで もない。か くして、法廷意見 は、バ ウワーズ判決の結論 を判例変更 したのに、その 中核 的な法的判断一一『被上訴人 は、同性間のソ ドミーを行 うことが基本 的権利であることを宣言す るよう我々に求めている。 これは、我々が全 くしようとは思わない ことである』一一 を、奇妙 な ことに放置 している。
かわ りに、法廷意見 は、上訴人の行為 を『彼 らの自由の行使』 と呼ぶだ けで、合理的根拠の審査基準の前代未間の形の適用 に進んでいる。 この ことは、本件 を超 えて遠 くまで及ぶ意味合 いを持つだろう。
I
わずか17年前 に下 されたバ ウワーズ対ハー ドウィック判決 を再考す る驚 くべ き迅速 さか ら検討 を始める。私 自身は、憲法訴訟 においては先 例拘束性 に厳格 に従 うべ きであるとい う信念 を持 っているわけではない が、 この原理 を援用す るあたって、我々はごまか しがあってはな らず一 貫 しているべ きであると考 えている。判例変更 を支持す る本 日の判決 は、ケイシー判決 における3人の裁判官 (いずれ も本 日の多数派)が共同執 筆 した、先例拘束性への勝利感謝の歌 (the paean to stare decisis)を 、 困って区別するどころか言及 さえしていない。ケイシー判決 において、
先例拘束性が、裁判所が発明 した人工妊娠中絶の権利 の維持 を意味す る とき、ロー判決への幅広い反対 は、ロー判決 を再確認す る強力な理 由だっ た。
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しか し、本 日、バ ウワーズ判決一一 ロー判決の争点 と同様 『強烈 に分 裂 した』争点 を解決 した一― に対 する幅広い反対 は、判例変更 に有利 な 理 由を提供す るとい う。
Ⅱ
先例拘束性 に従 う必要がない として も、法廷意見 は、バ ウワーズ判 決 は誤 ってお り、テキサス州法 は、上訴人 に適用 され るな ら違憲である
ことを立証 しなければな らない。
テキサス州法が 自由に制約 を加 えていることは疑いない。その ことは、
売春や気晴 らし目的のヘロイン使用、そして、……パ ン屋で60時間 を超 えて働 くことを禁ず る法律 も同 じである。 しか し、適正手続条項 に基づ く『 自由』の権利 な どないのである一言本 日の判決 は繰 り返 しそのよう に主張 しているが。
F実体的適正手続』 に関 して、判例 は、いわゆる『厳格審査』が妥当 するのは、基本的権不Uだけで、他の自由は、州の正当な利益 に合理的に 関連 していれば規制可能であるとしている。
バ ウワーズ判決 は、同性間のソドミー行為の権利 は、『わが国の歴史 と 伝統 に深 く根付いた もの』でないか ら、『基本的権利』にかかわ るもので
はな く、その禁止 には高次の審査 は適用 されない と判示 した。本 日、法 廷意見 は、 この判示 を変更することな く、上訴人へのテキサス州法の適 用が、合理的根拠の基準 により違憲であると結論 したのである。
Ⅲ
法廷意見の『法の状況』 に関す る記述 は、反対 に、バ ウワーズ判決 当時、判決が正 しかった ことを示す ものである。法廷意見が指摘す るグ リズウォル ド判決 は、実体的適正手続ではな く、個別の人権規定の半影 にあるプライバ シー権 に依拠 していた。人工妊娠中絶の権利 を基本的権 利 としたロー判決 も、厳格審査が適用 され るとい う点 については、ケイ シー判決で変更 されている。 また、同性間の性行為だけを狙い撃ちにし た法 には長い歴史がない という法廷意見の指摘 は、 ソ ドミーー般 につい ては長 い規制の歴史があるとい うバ ウワーズ判決の判断に影響するもの
ではない。『基本的権利』の地位 に必要なのは、い くつかの州や外国が処 罰 を止めた ことか ら発生するものではな く、『わが国の歴史 と伝統 に深 く 根付いた もの』であることである。
Ⅳ
本件で問題 とされている法が合理的根拠 を欠いているという法廷意 見の判示 は、議論の必要がないほ ど、我々の判例 (our jurisprudence) か ら逸脱 している。テキサス州法 は、ある形式の性行為が『不道徳であ
り受 け入れ られない』 とい う市民の信念 を増進 しようとした。同 じこと は、涯行、重婚、姦通、近親相姦、獣姦、そして、わいせつを規制す る 刑事法 に妥当する。バ ウワーズ判決 はこれが州の正当な利益であるとし たが、本 日法廷意見 は、反対の結論 に達 し、バ ウワーズ判決のスティー ブンズ反対意見――「 ある州の支配的な多数派が特定の行為 を不道徳であ るとみなしているとい う事実 は、その行為 を禁止す る法 を支持する十分 な理由ではない」一一 を支持 している。 これは、すべてのモラル立法の 廃止 を意味する。国民の大多数の性道徳の増進が州の正当な利益でない な ら、上述の法 はひ とつ として、合理的根拠の審査 に合格 しないだろう。
V
問題 の州法 は、た しかに、性行為のパー トナーに関 して、性別で区 別 しているが、 これ自体 は平等保護の否定ではない。 それは、異性 との 結婚 を認 め同性 との結婚 を禁ず る州の婚姻法 と同 じである。ラビング対バージニア判決で、異人種間の結婚 を禁ずる州法が、通常 の合理的根拠の審査ではな く高次の審査 によって違憲 とされたが、それ は、『白人の優位性 を維持す ることを意図 した もの』だったか らである。
本件で は、男性や女性 をクラス として差別する目的 は認 め られないか ら、
合理的根拠 の審査が適用 され る。 この審査基準 は、バ ウワーズ判決 にお けると同様、 ある形式の性行為が『不道徳であ り受 け入れ られない』 と い う社会の信念 によって満たされ る。
オコナー裁判官が適用 を主張する合理的根拠の審査基準の『より厳格 な形式』 は、少な くとも、法 を支持す る想像可能 な合理的根拠があって
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も、『政治的に不人気 なグループを害す るとい う欲望』を表明 した法 は違 憲であると意味す ることになる。 この理 由づ けは、結婚 を異性 カ ップル に限定す る州法の根拠 を危 うくす る。オコナー裁判官 は、『伝統的な結婚 制度 の維持』 は正当な利益であるとして、州法 を支持 しようとす るが、
『伝統的な結婚制度の維持』 は、同性 カップルヘの州の道徳的な反感の 優 しい言い方にす ぎない。オコナー裁判官が倉J作した ようにみえる法学 においては、裁判官 は、ある法 を『社会の伝統 を維持するもの』(良い も の)と して合憲判決 を下 した り、『道徳的な反感 の表明』(悪い もの)と
して違憲判決 を下す こともで きるのである。
最後 に、スカ リア反対意見 は、「中立の監視者 として、民主的な契約の ルールが守 られ るよう保障するとい う本来の役割 を逸脱 して、法廷意見 は文化戦争の一方にカロ担 した」 と非難 し、 こうした争点 は通常の民主的 手段 によって解決 され るべ きであるという従来か らの主張 を繰 り返 して いる。すなわち、「そうした判断 (同性愛の規制が どうあるべ きか)は、 最善が何か を知 る支配層 によって強制 され るのではな く、人民 によって なされるべ きであるとい うのが我々の制度の前提である」。また、法廷意 見が同性婚の承認 にかかわ るものでない と断っていることを「信 じては いけない」(Do not believe it)と 椰楡す るな ど、いつ もに も増 して床J激 的である。
5
トーマス裁判官の反対意見本件 の州法 は馬鹿 げてお り、州議会議員だった ら、私 はその廃止 に賛 成す るだろう。しか し、最高裁判所裁判官 としての私の職務 は、『合衆国 の憲法 と法律 に従 って』判決 を下す ことであ り、権利章典や憲法の他の 部分 に、 プライバ シー権や、本 日法廷意見が名付 けた個人の自由なるも のを見いだす ことはで きない。
三
い くつかの論 点
――法廷意見、オコナー同意意見、そしてスカ リア反対意見をめ ぐって
1
自由か平等か ?私的空間での同意 ある成人 の性行為への法的規制 はどんな ものであれ 一―異性間か同性間か問わず一二許 されない と考 えるのがわが国の憲法 学の主流だろう。法廷意見 の論理が自然 と感 じられ る所以である。
しか し、合衆国の憲法学 においては、違憲の結論 は概ね当然 と評価 さ れているものの、平等ではな く、 より論争的な「 自由」 を根拠 とす る判 断はやや驚 きをもって受 け止め られているようである。Colbは 、平等保 護ではな くより幅広い適正手続 を根拠 にした「包括的な判決」(a sweeping opinion)と 評する(la。
そして、 この理由づけをめ ぐっては賛否 は真 っ二つに分かれていると いって良い。
Proud(10は、平等保護 に依拠するオコナー結果的同意意見が判決の正 し い理由づ けであるとして、その理 由を3点挙 げる。①異性間適用 は争点 ではない し「平等」で も違憲だか ら、事実関係か ら「平等」がよ り適切 な理由づけである。②先例拘束性の原理か ら、判例変更が避 けられない として も最小限にすべ きである。③数多 くの州法の合憲性 に懸念が生 じ (バウワーズ判決のスティーブンズ反対意見引用が問題で、要 らざる反 発 を生んでいるとす る
)、
司法の 自制 の観点か ら好 ましくない。また、Petersoが
1の
も、ロマー判決 と同様、平等保護が違憲判断の根拠 一―合理性の審査基準 によって も不合格 となるのだか ら、バ ウワーズ判 決 を判例変更すべ きではなかった。 ロー ンンス判決 は、バ ウワーズ判決 の中核的判示一一同性愛のソ ドミTは基本的権利 に非ず―― と矛盾す る ことを言 つていない し、審査基準一一合理性の審査一一か らみて も基本‑60(171)一
実体的適正手続の新たな射程―いわゆるソドミー法をめぐって一Lawrence v.Texas,539U.S.558(2003)一
的権利 と認 めたわけではないので、バ ウワーズ判決 を覆す必要 はなかっ た。判例変更 に関するケイシー判決のスキームを正 しく適用 していない。
政治的・ 社会的圧力ではな く、憲法原理 に従 うべ きである、 とす る。
彼我の認識 の差 は、ひ とつには、実体 的適正手続 よりも平等保護のほ うが、筋が良い憲法理論 とい うことであろう。LazaruSlつも、判決前 に、
平等保護 の「合理的根拠」の審査 にか けて違憲判決 になるだ ろうとい う 予想 をしていた。ヽ要す るに、憲法上 の明確 な根拠があ り、抵抗感 が少な い とい うことである。加 えて、 この問題 は、私生活の自由 ととらえるよ りも同性愛者 に対す る差別 の撤廃 ととらえるほうが事の本質 により近 い とい う見方(16)も論拠 となる。 もっ とも、 そ うす ると異性愛の「逸脱 した 性交」 は処罰 されて もやぬを得ないのか、 とい う疑間が拭 えない。
さらに、平等保護 な らば、バ ウワーズ判決の判例変更 も避 けられ る。
判例変更 は、通常の最高裁判所 な らば回避 したいだろう。 しか し、本件 では、逆のようである。平等保護で も違憲であることを認 めなが ら、わ ざわざ「 自由」に基づ く解決 を選 んだのである。つ。法廷意見 は、 この理 由を「保護 される行為が犯罪 とされ、 それを規制す る法律がその実体的 有効性 を審査 されない ままな ら、平等保護の理 由により執行 されない と して も、そのスティグマはなお残 る」 と説明 しているが、結局、篠原光 児が指摘す るように、「連邦最高裁判所 は、本件 において、17年前 に自ら が踏 みはず した道 を正道 にもどすために、Bowers v.Hardwickを くつ が えし、『歴史のごみ箱』に捨てさ」
(1め
りたかった としか言い ようがない。2
審査基準 をめ ぐって一¬厳格審査か合理性の審査 かBarnetび 19のコメン トが注 目され る。それによれば、ロー レンス判決 は ニ ューディール憲法学の転換 を画するという。すなわち、ローレンス判 決が革命的なのは、ゲイの権禾Uを承認 したか らではな く、ニューディー ル後 の憲法判例の枠組 み一―「合憲性の推定」対「基本的権利」― 一 を壊
す ことになるか らである。繰 り返 し報道 されているの とは反対 に、 ロー ンンス判決 は、「プライバ シー権」ではな く「 自由」を保護 したのである。
その根拠 として、プライバ シーではな く自由が法廷意見では幅 を利かせ ている一― プライバ シー権 はたった4回でグ リズウォル ド判決言及時の み一― ことを挙 げる。
Bamettは、 しか し、(プライバ シー権 とちがい)自由は憲法 に明示の 言及があるとして、スカ リア反対意見 とは対照的に、法廷意見 に好意的 評価 をする。 さらに、最高裁判所が本気な ら他への影響 は深遠一一 自由 の制約 には規制の必要性 と適切 さが求め られ ることになるとして、次の ように結んでいる。
「 ロー レンス対 テキサス判決が憲法上革命的なのは、最高裁判所の自 由の擁護が性行為 に限定 されないに違いない ことである。最高裁判所 が多 くの自由を保護すれば保護するほ ど、最高裁判所 はイデオロギー 色 を薄めより広い政治的支持 を受けるだろう。……最高裁判所が、ニュー デ ィール以降 して きた ように、 自由をえ り好みするなら、国民の信頼 を得 るよりは失 うことになる」
これに対 して、Carpenter12のは、もしスカ リア反対意見 とBarnettが 正 しいな ら、口=レンス判決 は、単 なるゲイの革命 にとどまらず、 この70 年間、 その気配 さえなかった憲法の構造的な変化である、 と認 めるが、
引用 している先例 な どを分析すると、法廷意見 は実 は厳格審査 を行 った のであ り、従来の判例 の枠組みに収 まり、他領域への拡が りも限定的で ある とみる。
た しかに、法廷意見 は、バ ウワーズ判決が、現在 は もちろん当時にお いて も、いかに誤 りであるかに頁 を費や し、本件で争点 となっている自 由の性質や審査基準 に関す る説明 はきわめて少ないように思われ る。そ こか ら様々な憶測が生 まれ るのだろう。
しか し、 ヒン トはある。法廷意見が引用する先例の多 くは、避妊、人
‑62(169)―
実体的適正手続の新たな射程―いわゆるソドミー法をめぐって一レw祀 ev.Texas,539U,S.558(2003)一
工妊娠中絶な どの性 の自律 に関す るものであ り、 これ まで憲法上のプラ イバ シー権 として論 じられてきた ものである。法廷意見が特 に重要 とす るのがケイシー判決 とロマー判決である。ケイシー判決
(2つ
は、人工妊娠 中絶の自由を憲法上保護す るとい うロー判決の中核的判示 は維持 しつつ 厳格審査の枠組 みは緩和 した。 これ は、本件で も同 じように、厳格審査 基準 までは求 めないが、同性愛の自由にある程度 の保護 を与 えようとい うメ ッセージではないか。 その保護 の レベルが どの くらいかは本件 の結 論 を左右 しないので、 そこには踏 み込 まず、審査基準 も「合理的根拠」の審査で十分 ということになった と思われる。Casび22pは、法廷意見 は最 小限の合理性の基準 を適用 して違憲判決 を下 したが、適切 な審査基準の レベルーー最小限の合理性があるとき合憲か違憲かは将来 にとっておい た もの と読む。
本件での法廷意見 の関心 は、性 の 自律 であ り、その拡が りもその周辺 に限定 されるという見方が自然だろう。この点で、ローレンス判決はニュー ディール憲法学の転換 を画す るとい うBamettの見解 は、刺激的で興味 を そそ られるが、現時点では無理があるように感 じられ る。
3
判決の影響 など判決 を「ゲイの市民権 の大 きな法的・象徴的勝利」 とするColb1231は次 のように言 う。
「ある意味で、スカ リア裁判官の驚 きは正 しい。 ローンンス対テキサ ス判決 は一大事であ り、彼の反対意見の痛罵がその証拠である。ブラッ クマ ン裁判官が生 きていたな ら、同様 に怒 りに満 ちた、(バウワーズ対
)
ハー ドウィック判決の自身の反対意見が、今 日、ついに法 となった こ とを知 って喜ぶ ことは確かである。
新 しい判断 は、道徳 の強制 についての州の役割 に疑間 を投 げかけ、
被害者 なきときは、通常決定 を個人 の手 に委ね るべ きであると示唆す
るものである。現在の ところ、最高裁判所の多数派は、 この原理 を論 理的な結論 まで もってい く気 はないようだが、いつか将来その日は来
るか もしれない。
スカ リア裁判官が誤 っているのは、 この道 を辿 ることがある種の災 厄 につながる とい う考 え方であ り、実際 は、スカ リア裁判官が歩んで きたよ りはるかに優 しく穏やかな道である。それは、自由への道であ る」
伝統的な リベ ラル派の見方 を代弁するものだろう。
さらに、Strasseメ2のは
̲歩
進 んで、避妊や人工妊娠中絶 を保護す る先例 に鑑みれば、従来言われてきた「歴史 と伝統」、「秩序ある自由」はテス トとして用いるべ きでない とする。 また、スカ リア反対意見がいうよう に、 ローンンス判決以降、同性婚禁止の正当化 は困難 にな り、判決 はゲ イの人々への敬意(respectful tone)と同性婚承認の基礎 を提供する一一実 現 は先か もしれないが一一 と述べ る。こうしたなかで冷静な見方をするのがCasび2つでぁる。判決 は同性愛者 保護への第一歩だが、道程 は平坦ではな く「2歩前進、1歩後退」の繰 り返 しと予想する。 また、法廷意見 は、同性愛者の権利 に関 して他領域 への拡が りへの様々な憶測 を避 けるために、平等ではな く「 自由」を選 んだのではないか、 とみる。
い くつかのテーマの うち、ひ ときわクローズアップされたのが同性婚 の可否である。同性婚禁止のための憲法修正提案がなされ一一 日の目は 見 なかった ものの―一、ひいては、 リベ ラル派への反発か ら合衆国国民 のなかに倫理的価値感 を重視する考え方を生んだことが、イラク問題であ れだけ叩かれたブッシュ大統領の再選に大 きく貢献 したという見方もある。6ゝ
この ように、判決の社会的・ 政治的影響 は計 り知れない ものがある。
しか し、それ らを逐一論ずることは本稿の範囲を超 えるし私の能力の及 ぶ ところで もないので、 この程度 にとどめひ とまず本稿 を閉 じることと
‑64(167)一
実体的適正手続の新たな射程―いわゆるソドミー法をめぐって一Lawrence v.Texas,539 UoS.55800031‑
した い。
(1)松井茂記 『アメ リカ憲法入門』
(第
5版)265‑71頁 (2004年)。
(2)Dred Scott vo Sandford,60 UoS.393(1857)。
(3)Lochner vo New York,198 UoS.45(1905)。
(4)と りあ えず、 レー ンク ィス ト
(拙
訳)『 アメ リカ合衆 国最高裁』250頁 以下 (1992年)。
また、『英米判例百選』80頁 (1996年)。
(5)Griswold v.Conneticut,381 UoS.479(1965)。 ロー レンス判決の法廷意見 も「 ……先例 には、適正手続条項 に基づ く自由の実体 的範囲 についての幅 広 い言辞があるが、最 も適切 な出発点 はグ リズウォル ド判決である」という。
(6)松井、前掲注1、 273頁 (2004年
)。
(7)Eisenstadt v.Baird,405 UoS.438(1972)。
(8)Roe vo Wade,410 UoS.113(1973)。
(9)『英米判例百選』82頁 (1996年
)。
拙稿「人工妊娠中絶 とアメリカ合衆国 最高裁判頭1)」
法政研究第 1巻 1号39頁、43頁以下 (1996年)。
(10)Bowers v.Hardwick,478U.S.186(1986).
(11)Washington v.Glucksberg,521 UoS。 702(1997).
(12)Colb,Welcorning Gay People Back lnto J■ e Fold:The Supreme Court Ove ules Bowers v.Hardwick,http://writ.news.findlaw.com/colb/
20030630。
html なお、 The Suprelne Court, 2002 Tem―Leading Cases,117 HARVo L.REV.226,297(2003)も 「平等」か否かではな く、規制の本質的な正当性を問題にして、バウワーズ判決を全面変更したとみる。
(13)Proud,Right Decision,Wrong Constitutional Law:Taking the Better Path v7ith Equal Protection Jurisprudenc―Lawrence v.Texas,123 So Ct.2472(2003),29 DAYTON L.REV。
447(2004)。
(14)Peterson,The United States Supreme Court and Federal Law:
Casenote:the Right Decision for the Wrong Reason:the Suprerne Court Correctly lnvalidates the′ rexas Homosexual Sodomy Statute, but lRather than Finding an Equal Protection Violation in Lawrence v.Texas,the Court lncorrectly and Unnnecessarily Overrules Bowers v.Hardwick,37 CREIGHTON L.REV.653(2004)。
(15)Lazarus,The Supreme Court And Equal Protection:Why This Terrn's Momentous Affirmative Action and Same‐ Sex Sodomy Cases Have Put the Doctrine To the Test,http://writ.news.findlaw.com/1azarus/
20030626:html
(16)判決前 だが、 この問題 をめ ぐる議論 の状況 は、志 田陽子「『文化戦争』 と 憲法理論一― アイデ ンテ ィテ ィの相克 とアメ リカ合衆 国憲法解釈 の新たな 試 み
(1)」
法律時報 74巻7号73頁 (2002年)が詳 しい。 問題 を、志 田の語法 に従 えば、性 の 自律 モデル よ りもアイデ ンテ ィテ ィ・モデルーー簡単 に言 えば同性愛者への差別 として とらえようという議論が合衆 国では有力であ る。(17)Proudは、̀̀its zealto overtum Bowers''と 皮 肉 ってい る。 Proud,supra note 13,at 456.
(18)篠原光児 [2004]アメ リカ法69頁 、74頁 。
(19)Barnett, Kennedy's Libertarian Revolution, http://www.
nationalreviewocom/coment/cornment̲barnett071003.asp
(20)Carpenter,Sttposiurn:Gay Rights after Lawrence v.Texas:ArtiⅢ cle:Is Lawrence Libertarian?,88 MINN.L.REV.1140(2004).
(21)『 英米判例百選』84頁 (1996年
)。
拙稿「人工妊娠 中絶 とアメ リカ合衆 国 最高裁判所 (30完)」
法政研 究第2巻 2号41頁 、55頁以下 (1997年)。
(22)Case,Of This"and That''in Lawrence v.Texas,2003S.cTo LEV.
75,84‑85.
(23)Colb,supra nOte 12.
‑66(165)一
実体的適正手続の新たな射程一いわゆるソドミー法をめぐって一Lawence v.Texas,539U.S.558(2003)一
(24)Strasser,Lawrence and Sarne‐ Sex Marriage Bans on Constitutional Interpretation and Sophistical Rhetoric,69 BR00KLYN L.REV。 1003 (2004).The Supreme Court,2002 Tem― Leading Cases,117 HARV。
L.REV。 226,297(2003)も 、幅広い判示は、私的な性行為の保護だけでは な く、同性婚や養子・ 雇用にも拡が りをもつ もの とみる。
Case,supra note 22,at 79‑808こ 108.
「米国はどこヘーー ブッシュ政権2期目の展望」朝 日新聞2004年12月 15日 付。 このなかで、宗教右派団体「家族調査評議会」の幹部 トム・マクロス キーは、最大の課題 は最高裁判所裁判官人事であるとして「 より社会常識 のある人材を最高裁判所裁判官に起用するよう求めてい く」と述べている。
なお、「米大統領選一一何が起 きたか」朝 日新聞2004年11月 19日付 も、同 性婚や人工妊娠中絶 をめ ぐる宗教右派の大 きな役割 を指摘する。