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東京の住宅問題を考える:問題の諸相と解決への取組み

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(1)

総 合 都 市 研 究 第48 号

1993

東京都立大学都市研究センター

5

回公開講演会

東京の住宅問題を考える:問題の諸相と解決への取組み

1992

10

5

日 於東京都議会議事堂都民ホール

1.開会あいさつ

2.

都市計画と居住政策

3.  r

アフオーダブル・ハウジング」と政策の枠組み

4.

住宅への権利、都市への義務

5.

閉会あいさつ

.開会あいさつ

石 田 頼 房 きょうは、東京都立大学の公開講座においでい ただきまして、ありがとうございました。

今回の公開講座は、大変多数のお申し込みをい ただきまして、ここは二百八十何人入るところな んですけれども、四百何十人というお申し込みを いただきまして、受講制限、お断りする結果にな りまして、大変申しわけありませんでした。

本日は、「東京の住宅問題を考える:問題の諸相 と解決への取組み

J

というテーマを取り上げまし た。京都大学の西山知三先生、この方は住宅問題

頼 邦 峻 清 田 沢 阿 部 原

石 高 福 磯 萩

房*

郎**

治***

力****

子*****

に関する日本の権威の先生ですけども、

50

年ほど 前にお書きになった「日本の住宅問題」という本 の中で、低い居住水準、あるいは悪い居住環境、高 い家賃といったような、いわば住宅に関するいろ いろ困った問題というのはいつでも存在したが、そ れが、住宅問題というふうに問題として取り上げ られるのは、それを政府が取り上げなければなら ないほどの状態になったときだということをおっ しゃっております。要するに問題の認識と、それ をどう政策課題として取り上げるかというところ が、戦前で言えば密接不可分の関係にあったとい

うのです。

*東京都立大学都市研究センタ一所長

**東京都立大学工学部

***東京都立大学都市研究センター

****東京都立大学法学部

*****東京都立大学都市研究センター

(2)

126 

総合都市研究第 48号

逆に言えば、どういうふうにこの住宅の問題に 取り組むかということが、かえってその問題の取 り上げ方を狭くしていたというようなことを、西 山先生はおっしゃっております。これは戦争中に 書かれた本ですので、戦前は住宅問題というのは そういうふうに認識をされ、政策として取り上げ られることもなかなか容易ではなかったというこ とをおっしゃっているのだと思います。

これを今日的な状況で考えてみますと、住宅に 関する困った事柄を問題として取り上げさせると いう点について見ますと、住民の運動がこれを問 題として取り上げさせる形で、いろいろ取り組ま れております。あるいはジャーナリズムが、繰り 返し繰り返し住宅に関する現状を、ある意味では 告発するような記事を載せております。要するに、

住宅問題という問題を認識する認識の仕方が、単 に、戦前のように政府が取り上げざるを得なくな ったから問題として取り上げるというのではなく て、社会的に広く問題として認識されるようにな

ったということがあるわけです。

さらに、これを政策として取り上げる主体、だ れが住宅問題を解決する対策、政策を取るのかと いうことも、中央政府が専らそれを行なっていた 時代とは変わりまして、地方自治体が住宅問題に 対して対策を立てていく、そういう責任を負うよ うになってきました。さらにその地方自治体の中 でも、基礎的自治体といわれる市町村が住宅政策 に取り組むように、比較的最近なってきたと言え ると思います。東京でも 23区、各市町村が住宅問 題に取り組みまして、住宅課というような課がど この区役所にもできてくるようになっております。

それに伴って、住宅に対する対策をどういう視 点で取り上げるかという見方も変わってきつつあ るように思います。より住民に近い立場の自治体 が住宅政策を担当するようになって、より幅広く、

あるいはより住民に近い視点で問題を取り上げる。

あるいは社会福祉とか教育とか、さまざまな問題 と結びつけて、単に住宅をつくるというような対 策の行い方ではなくて、いろいろな幅広い総合的 な視点で住宅問題を取り上げ、それに対する対策 をとるようになってきています。そういう意味で、

住宅問題の問題としての認識の仕方も、それから、

それに対する取り組み方も、戦前に比べればはる かに広くなってきていると思います。

しかし、なお問題の深刻さに対して、取り組ま れている政策あるいは対策というものとの聞には ギャップが残っております。我々住宅問題を日常 的に、いろいろな形で感じているわけですけれど も、それに対して政府、地方自治体のとっている 対策というのは、なお、おくれがありますし、か ゆいところに手が届きかねる問題があるわけであ ります。実は、そのギャップが残っているという ことこそ、問題だというふうに考えます。それが、

本日の「東京の住宅問題を考える:問題の諸相と 解決への取組み」というテーマが取り上げられた 状況ではないかと思います。

本日は、

3

人の講師の先生にご講演をお願いする ことになっております。講師の紹介は、時間の関 係もありまして申し上げませんけれども、この色 刷りの資料の

3

ページ目に、お三人の略歴が書いて ございます。これからまず、工学部建築学科の教 授である高見揮先生に、「都市計画と居住政策」と いうテーマでお話をいただきます。続いて、私ど も都市研究センターの教授であります福岡先生か ら、 í~ アフオーダブル・ハウジング』と政策の枠 組み

j

というテーマでお話をいただきます。最後 に、法学部の教授、行政法のご専門ですけれども、

磯部力先生から、「住宅への権利、都市への義務

j

という題でお話をいただきます。これから

4

時半ま で、途中に休憩を挟みますけれども、ぜひ最後ま でお聞きいただくようにお願いしたいと思います。

それでは、これで私の開会のあいさつにさせて いただきます。

2.

都市計画と居住政策

高 見 沢 邦 郎

ご紹介いただきました高見揮でございます。本

日、多くの方においでいただけるということがわ

かってきた段階で、我々講師

3

人で打ち合せをいた

しました。お見えの方は一般都民の方で、こうい

う際だから、新聞紙上をにき、わしている住宅問題

というものの実情とか概況を勉強しておこうとい

(3)

う方々、あるいは役所でもそういう方々がいらっ しゃるかもしれない。しかし一方、役所で日夜こ の問題に専念されていて、私なんかよりむしろ詳

しい方々もおいでになるかもしれない。そういう 中で、どういうことをお話するのが一番いいのか ということを、議論いたしました。

結果的には、今、最前線で悩んで、いらっしゃる 方々に直接答えを出すようなことは到底無理であ りますので、今日の住宅問題の背景とか概況を我々 なりにお話してみようということに落ち着きまし た。ただしかし、日夜苦労されている方々にとっ ても、むしろ原理的なこととか、問題の整理の仕 方とか、若干ヒントになるようなことがお話でき たらいいなと思いながら我々

3

人でお引き受けした 次第です。

(1)時代の側面からみる

戦災からの立直りと量の時代年表をごらん下 さい。住宅をつくったり、住宅地をつくるという ことは、実は大変息の長い仕事ですね。仮にデベ ロッパーがある土地を獲得して、それを最終的に 分譲住宅にするまでを考えても、多分

5

年から

10

年かかりますね。また、住まうという立場からす れば、子供が生まれ、育ち、増築をし、あるいは 高齢者の人にも住めるように改築するというよう なことになると、もう一生の問題です。限られた 時間の中で、長い期間のお話をするのは恐縮なん ですけれども、歴史的な目で見ることも、今後を 考える上で大事ではないかというのが第 lです。

私も戦争の真っただ中に生まれた人間ですので、

戦後の状況というのは少し記憶に残っています。

例えば、学校が2 部授業だったこととか、木炭パス のこわれたのを利用した住宅のこと、あるいは兵 舎がそのまま住宅になってしまったこととかです。

そんな状況が、

40

年から

50

年前の東京にあったわ けですね。そこから、経済の立ち直りという時代 を経て、状況が変わってきたわけです。

戦争が終わって

15

年たったあたり、その年表に

1960

年住宅地区改良法公布と書いてあります。住 んでいる人々の責任とは言いかねる劣悪な住宅や 環境を、国家のお金、都のお金をつぎ込んで改善

しようという法律が、昭和

35

年にできました。東 京の場合で言えば、約

120

カ所でこの事業を行い

1

5000

戸ぐらいの改良住宅と称される、まあ、都 営住宅と思っていただければいいですけれども、そ

ういうものの建設が行われました。

このようにみてくると、ある時期のある問題に は、それなりに対応が行われて、ある種の解決を みているということです。

1951

年には公営住宅法 公布、

1955

年には日本住宅公団発足と書いてあり ますけれども、いわゆる公共的な住宅に国・自治 体が一生懸命取り組んできた時代もあるわけです。

その結果、東京都内にはたしか公共賃貸住宅が約

40

万戸強あります。そのくらいの戸数が、都営住 宅、公社住宅、市営住宅、あるいは公団賃貸住宅 として、既にここ

40

年近くの聞に建設されている わけです。これもまた、やはり一生懸命その時代 の人がやった成果と言うことができるわけでござ います。

しかしその一方で、最大限の努力はしたにもか かわらず、よく言われることですけれども、東京 で本当は住宅の暴動がおきてもおかしくなかった。

それぐらい皆さん困っていた。昭和 30年代初頭の ことを思い出してください。

4

畳半、あるいは

3

畳 に 、

3

人 、

4

人で暮らすというのは当たり前でした ね。台所は共有、便所も共有、

4

畳半に

4

人で住ん でいる。これが当たり前で、その状況が公共住宅 では

100%

改善されなかった。そのかわりに何が 起きたかといいますと、木造賃貸アパートです。こ れが東京の山の手方面、中野とか、豊島とか、大 田、世田谷といったところに、そこに住んでいる 方々が、庭先にアパートを建てるというようなこ とで建ちました。その結果、まあ雨露しのぐとこ ろがないという状態は、何とか昭和 30年代に克服 できた結果、住宅の暴動が起きなかったと。ちょ

っと話が極端ですけれども、そういうこともあっ たわけですね。

しかし、木賃アパートー我々、木賃アパートと

そういうものを呼んでおります。そういうもので

昭和 30年代を何とか耐え忍んだけれども、ご存じ

のように、その木造アパートが今や古くなってし

まって、東京のかなり大事な場所環状

7

号線に近い

(4)

128 

総合都市研究第48

表都市・住宅関連年表

住宅関連法 都市関連法 都市・住宅事情

社会

1951公営住宅法公布

1955  1955日本住宅公団発足 1960 

1965 

1970 

1975 

1960住宅地区改良法公布 地価騰貴 1963基準法改正容積率導入

この頃第一次マンションブーム

1965住宅建設計画法公布 1964東京オリンピック 1965多摩NT都市計画決定

1968区部木賃アパート112

万戸

1968都市計画法建築基準法改正

この頃から開発指導要綱さかん 日本列島改造論 地価騰貴 1974生産緑地法・国土法公布 1973オイルショック 1975大都市法公布 1976基準法改正日影規制

1977三全総定住圏構想 1978住環境モデル事業創立

二次オイルショック 1980  1981住宅・都市整備公団発足

1985 

1990 

2000 

1983中曽根民活路線開始

地価騰貴

( 1

987.10緊急地価対策要綱)1987.8国土法改正監視区域制度

( 1

988.6総合土地対策要綱) 1989.12土地基本法

1988.2都/住宅政策懇談会設置 1990.6大都市法改正

→9

0.4

答申

都市計画法等改正 1990.4‑199

1 . 1

2融資の総量規制 199

1 .

4生産緑地法改正

1922.1地価税導入 199

1 .

4中央・世田谷区宅条例 6.均衡プロジェクト発足

7.都/住宅マスタープラン .9都市白書 1992.3都/住宅基本条例/.4住宅政策審議会発足

1992.7既に9区で住宅条例制定 1992.6都市計画法等改正 1992.10都/住宅白書発刊

(区・都の動き) (国の動き)

(5)

ところにたくさんの木賃アパートがある。経営し ている方々も、当時働き盛りだった人ですから、今 高齢になっておられる。住んでいる方々も、場合 によると高齢になっておられる。昭和

30

年代にあ る種の矛盾を吸収したものが、新たな矛盾を起こ しているというようなことが、歴史の中からみて とれるわけでございます。

1970

年前後から

1970

年前後からをちょっと触 れておきますと、ょうやくいろいろな政策が大き く展開され出しまして、例えば、私の大学は多摩 ニュータウンに、昨年ヲ│っ越させていただきまし た。大変立派なニュータウンが

30

万都市を目指し て、周辺まで入れますと四、五十万の規模で今、一 生懸命開発されております。これも自然にできた のではなくて、多摩ニュータウンをつくるという 強い意思のもと、法律が一本できたわけです。

新住宅市街地開発法です。そういったもので、と もかく今までのような、ばらばらに公団・公営を 建てるんじゃなくて、大きな開発を一挙にやって 鉄道も ~I いてしまおうというような仕組みもでき たわけです。

それから、昭和

40

年代に入りますと再開発も盛 んになります。むしろ東京をちょっと外れたとこ ろに多いですけれども、藤沢とか、町田の駅前な んでいうのはその典型ですね。都市再開発法が

1969

に制定されました。

昭和

43

年(1

968

年)の都市計画法制定は大き な出来事です。これは大正時代から戦後を生き延 びた法律が全面改正されたものです。この法律の 最大のねらいは何にあったかといいますと、都市 が勝手に開発されて、いわゆるスプロールという 言葉がありますね。農地を残しながら、道も整備 されないまま細かい開発ができてしまう、そうい うむだを防ごうという趣旨の法律でした。つまり この時期に至って、昭和

40

年ごろ、あるいは

45

年 前後に、いろいろな意味で大きな法律が整備され て、戦後の対応から新しい時代に切りかわったと いうふうに見ることができるわけです。 それと同 時に、この時期、記憶しておかなければいけない ことは、いわゆるマンションですね。中高層集合 住宅と呼びますけれども、

3

階建てとか、

5

階建て

とか、

10

階建てとか、そういった住まい方が増え てきました。オリンピックのころに第

1

次マンショ ンブームというのが起きました。最近のブームは、

5

次ブームになりましょうか。景気の波の中で、

何度か盛り上がってマンションが出てきた。これ に、それ以前からの公団、都営住宅なんかが加わ りまして、一言で言えば、人々が、我々が、都市 住民が、

3

階とか、

5

階とか、

10

階に住むことが、

当り前のことになってきたということですね。そ れ以前は、せいぜい

2

階建てというのが住宅の常識 でしたから、何を今さらと笑われるかもしれませ んけれども、わずか三、四十年の歴史の中に、我々 中高層の建物に住むという世界を、現実につくっ てきたわけです。

それと同時に、いわゆるマンション紛争。マン ションが建つ一方で、今度はそれを建てちゃ困る と。裏の日影をどうしてくれる。ご記憶の方も多 いかと思いますけれども、昭和

45

年から

50

年ご ろにかけては、いわゆる日照権紛争と呼んでおり ましたけれども、マンションとかビ、ルが建つこと をめぐって、周辺住民とかなり激しい争いがあっ たんですね。確かに法律を守っていることは事実 です、ディベロッパーの方も。しかし、法律を守 っていでさえも、裏の環境が大変に悪くなる事態 があった。社会のそういう状況に対して、法律は 後を追いかけまして、細かな話しですけれども、昭 和

51

年に建築基準法の改正が行われまして、ディ ベロッパーの方々には大変評判が悪いですけれど

も、日影規制と呼ぶ、ある建物が裏にあまり迷惑 をかけてはいけないという法律を追いかけてつく ったわけです。

1980

年頃からの動き さで、そういった経緯の

上にある最近の

10

年です。「変動幅の大きいここ

10

年」と言えましょう。いつごろからかというこ

とを厳密には言えませんけれども、多分昭和

50

代後半、極めて象徴的には、中曽根首相が登場し

て、いわゆる中曽根民活、アーバン・ルネッサン

スというようなことを唱えた時期からです。これ

には大きな背景がありまして、日本の経済のこれ

からを考えると、都市の再開発というものにもっ

とお金を投じ込んでいかないと、日本の経済的発

(6)

130 

総合都市研究第 48号

展がもう限度であると。あるいは、それが国際的 に求められている、いわゆる内需拡大路線ですね。

それで昭和五十七、八年から、たくさんのそうい うプロジェク卜がやりよくなるような方向へ変わ ってまいりました。

その辺からが、きょうの問題の主題にかかわる わけです。その内需拡大自体は必要なことである にせよ、ここ

10

年の前半で言えば、経済の活性化 が土地の値段を引き上げるということに対して、歯 止めがなかったということですね。日本の制度、あ るいは自治体の権限の中にそれが十分に用意され てなかった。これが結果的に、いわゆる居住の危 機と呼ばれる事態を招いたわけです。

それに対して、例えば東京都は地価の問題に取 り組もうということで、いろいろな手段を東京都 なりに講じられた。あるいは政府も、例えば税制 の問題、ことしの春から地価税というものが実施 されておりますね。それから生産緑地法の改正。

ちょっと聞きなれない言葉かもしれませんけれど も、郊外部にある農地の税金を今まで余りに優遇 し過ぎていた、ちゃんと取ろうという、ちょっと 短格的ですけれども、そういう法律改正といった ような税金上の問題。それから銀行がデ、ィベロッ

T

ーに無制限にお金を貸し出したから、あのパフー ル状態が起きたということで、その反省に立って、

いわゆる総量規制と呼んでおりますけれども、銀 行の不動産業への貸出しを制限しようということ が、もうすでにそれは撤廃されましたけれども、

1

年半ばかり、ことしの春まで行われてました。と いうように、都市を活性化した結果、地価の問題 が引き起こり、その結果人々が特に都心部で住め なくなってしまった。それに対してどういう政策 があったか。

1

つは、申し上げた税金で対応しよ

う 。

l

つは、金融で対応しよう。もう

1

つ、それが きょうの私の主題である都市計画で対応しよう。

土地の使われ方をもうちょっとしっかりコント ロールすれば、無制限な土地の値上がり、あるい は居住の危機を防げるのではないかということで、

都市計画に関するいろいろな制度改革というのが、

今、行われようとしているところなのです。

年表に

92

6

月に国会で都市計画法と建築基準

法の改正とあります。一例を挙げれば、例えば原 宿です。原宿の住宅地にブティックみたいなもの が、裏にも随分出てきた。その結果、そういう商 業の土地として使われると、土地の値段はすぐ上 がるわけですね。それを今の用途地域では防ぎき れない。それじゃ、もうちょっと用途地域を細か く、あるいは厳しくして、そういうものが表から 裏の方へなだれ込まないようにしよう、そうすれ ば住宅地の値段として安定するんじゃないか。{9Jj えば、そういうことを考えて用途地域制度が改正 されつつあるわけです。つつあると申し上げるの は、実は、これからまだ 3 年か 4 年かかります。税 金の法律は全国一律に来年

1

1

日からこうすると 言えば、そうなるわけですね。しかし、個々の土 地の 四谷の周りはどうする、三鷹の周りはどう する、あの道路からこっちに入ったところはどう するというようなことは、実際には都庁、市役所、

区役所の担当者の方々が原案をつくったり、ある いは住民の方々に説明会を開いたり、都市計画の 審議会を開いたりといったような、さまざまの手 続きが必要です。法律改正が今、スタートしよう

としておりますけれども、多分、東京都の今度の 大きな都市計画の変更というのは、

1996

年ぐらい にならざるを得ない。都市計画というのは、何か ずうたいが大きい割に、なかなか動きが遅いとい

うことがよくおわかりいただけると思います。

経過の中から何が読みとれるか さて、「歴史の 教訓」、ちょっと大げさですがそういった観点でみ てみましょう。要はそれぞれ時代にそれなりに問 題に対応したけれども、またそれが新たな問題を 引き起こしているような事態が、東京に限らず、都 市というものは常に持っているということです。

例えば、木賃アパートは、昭和 30年代の住宅事情 にはそれなりに、やむを得ないとはいえ、ある種 の貢献をしたけれども、それが 30年たった今、東 京にとっては大変問題のある狭い家、、古い家、経 営者も高齢者、住んでいる方も高齢者。じゃあ、今 すぐ全部建てかえができるか。経営されている方 はお金がありません。住んでいる方はもう高齢で すから、そこから追い出されるのは嫌だ。しかし、

町としては建て直さなくてはいけない。そういっ

(7)

た、当時はよかれと思ったことが今や問題になっ てしまう、そういうことの繰り返しである部分も あるわけです。

それは、都営住宅もしかりです。昭和

30

年代に 建てた都営住宅は、もう建てかえなくてはいけな いわけです。今は主として都営も公団も、古い木 造、平家といったようなものの建てかえですけれ ども、

4

階建て、

5

階建てのものも建てかえなけれ ばいけない時期が来るわけですね。これもまた大 問題ですね、居住者の方々とどう話し合いがつく か 。

といったぐあいで、歴史を振り返ってみますと、

住宅問題というのは、どうも今だけをとらえるん じゃなくて、そのときどきの状況が

20

年 、

30

年 、

40

年たつうちに、今という時代に投影されている というふうに理解した方がよさそうだというのが、

一つの結論です。

それからもう一つ、私たち考えなきゃいけない ことは、どうやら戦後の都市計画には、居住とい う問題をめぐって、いろいろ揺れがあったという ことです。時計の振り子を思ってください。割と 開発を活発にしようと盛り上がってくる時期、、そ うするといろいろな問題が出てきてしまう。地価 の問題が代表ですね。さっき申し上げたように、地 価を制御しないまま再開発がうんと進むと、どう しても問題が出てしまう。それがあるところまで いくと、まあ何とか逆のばねが働いて少し真っ当 に一真っ当にと言っては語弊があるかもしれませ んが、コントロールとか税金とか、そういうもの で何とか対応しようというふうに、実態と政策は 時代時代で揺れているように思います。

それが、戦後に

3

度あったのではないか。最初 は、東京オリンピック前後です。あそこで都市建 設がぐうっと盛り上がったわけですね。しかし、都 市の諸問題をそれだけでは解消できなかった。そ のために、昭和

43

年の都市計画法制度に代表され るがごとく、活気のある方から少し制御といいま すか、コントロールを強めるという時代があった ように思います。

2

度目のその動きは、列島改造前後です。このと きは、やはり地価が高騰したわけですね。それに

対してなんとかしようということで、国土法とか、

あるいは生産緑地法とか、建築基準法の改正とか、

そういった動きが昭和

50

年前後に出てくるわけで す 。

そして

3

度目が今日です。ちょうど

1982

3

年 ごろから始まり、

1987

8

年ぐらいにピークを迎 えました、今回のすさまじい土地の値上がり。す さまじいと言っても、過去にやはりすさまじく上 がった時期が同じようにあったということも、ち ょっとご記憶いただきたいのですけれども。で、問 題がある限度を超えたときに逆の振り子に動きま して、今はむしろコントロールを強めよう。さっ き申し上げたように、土地利用のコントロールを 強めようという時代が、今訪れようとしている。と りあえず、そんなふうに時代というものを理解し ておきたいと思います。

(2)

地域の側面から見る

広い地域ゆえに多様な問題 さて次に、東京は 大変広い地域であること。結論で言えばそういう ことだけなんですけれども、図をごらん下さい。こ れは、現在の東京都の長期計画の中に出ている図 でして、右の方東京の区部です。そして左が多摩、

あるいは左端は高尾山の万です。そういった割と 東西に細長い東京で、住宅問題とか都市計画の問 題といっても、もうさまざまに問題の出方が違う。

一言で言えば、そういうことを見ていただくため の図です。図の中で、今、我々が問題としている ことを

3

つだけ挙げておきます。一つは、やはり都 心部です。都心部は地価が上がってしまって、住 んでいる方々が、住み続けたいけれども、もう外 へ出て行かざるを得ない。千代田区が人口

4

万人を きっちゃった、自治体として成立するかどうかと いったような危機的な状況。それが、第一の問題 です。

あわせて、居住ということだけじゃなくて、そ

こには零細な都市産業がある。立派なオフィスが

できる、この新宿もそうです。それは結構なんだ

けれども、それにはやはり文具屋さんとか、オフ

ィス・オートメーションの下請けさんとか、ある

いは水道工事居とか、さまざまな都市型の零細な

(8)

132 

総合都市研究第

48

(出典『第三次東京都長期計画J63

図居住環境整備の方向

産業が必要なわけですね。そういう産業がまた、こ

の都心部が拡大すると追い出されてしまう。これ はいわば住んでいる人が追い出されるのと同等の 危機なんではないかなという気がいたします。

それから

2

番目は、先ほど来お話している、東京 の環状

7

号線あたりにあります木造アパートの老朽 化したものが集まっているところ。あるいは下町 の方、例えば墨田区なんかの北部に代表されます けれども、そういうところは木造アパートととも に、戦災を受けなかった長屋もある。要するに、住 宅は古くなって老朽化している。道路は狭い。災 害がきたら、かなり被害が大きいかもしれない。そ して、居住者は高齢化している。あるいは、借家 人も高齢化している。こんな場所を我々はどうし たらいいだろうか、これは大きな問題です。それ を超高層ビルに建替えるきれいな絵をかくことは、

我々建築屋には簡単にできますが、そんなことで 皆さんの合意が得られるとは思いませんし、そん

なものに建てかえていいはずもないと思っていま す。やはり、今の居住者がどう住み続けられるの かということを焦点に当てた再開発のあり方。ま だ模索中です。世田谷区の太子堂とか、足立の関 原とか、墨田の京島とか、幾っか実験場が既にス タートして、それなりの成果を上げておりますけ れども、この新宿都心のような再開発ではない。別 の形の扱いというのが課題です。

そして

3

番目に、スプロール地域。練馬とか、江

戸川とか、あるいは調布とか、三鷹とか、そうい

ったところを思っていただけばいいんですけれど

も、農地がまだ結構残っている。当然、農地です

から道は狭い。地主さんは農業を続けているけれ

ども、場合によると、もう後継者はいないかもし

れない。そういうところをどう取り扱ったらいい

か。いや、そんなところは区画整理をして、道路

をきちっとつくって、公園をきちっとつくって、住

宅地にすればいいじゃないか、そうも思うんです

(9)

けれども、専門家が悩んでいちゃしょうがないん ですけれども、しかしということがあるわけです ね。しかし、都市の中に畑が全くなくていいとい う議論もないだろう。子供を育てるときに、周り に畑があるというのはすごくいいことだ、いろい ろな情操教育にも役立つ、そういう意見もありま す。いろいろな議論はあるが、土地の面積として は結構広いわけで、随分の住宅を供給できる、東 京における今後の住宅供給の資源であることは事 実なんですね。まだ空き地ですから。

以上三つの問題には、随分地域差がある。東京 の問題というと、都心の地上げというようなこと がクローズアップされておりますけれど、実は、そ れぞれの地域で課題を抱えていることをご理解い ただけるかと思います。

たくさんの基礎自治体の存在 さて、東京でも う一つ注目しておかなきゃいけないのは、区や市 がたくさんあるということです。現在、町村は別 としても、たしか 23区と 26市あります。これだ け多数の自治体があるということは、いろいろ面 倒なことでもあるんですけれども、住宅問題に取 り組むという意味では、大変大きな、いわば力に なることだと私は考えています。

例えば、横浜市は 320万人ぐらいの人口だった と思います。横浜市役所が、それを全部面倒見て るわけですね。 23区の面積の 7割が、横浜市の面 積と同じです。例えば、この都庁のある新宿区を 横浜市の中に持ってきますと、

25

入ってしまうん ですね。つまり、東京であれば 20とか 23とか 26

とか、そういった数でいろいろな政策をやってい ることを、横浜市はわずか一つの地方政府でやら ざるを得ない。そうすると、いろいろな地域的な バリエーションが求めにくいんじゃないかと思う わけですね。横浜の都心部はいいとしても、郊外 までは百が行き届かなくなるおそれがある。

それに対して東京の場合は、これだけ多くの自 治体がある。それらが、もちろん頑張るという前 提ですよ。そういう前提に立っと、いい意味の競 争原理が働きます。それぞれ区長さんがいて、議 会がありますから、隣でこんなおもしろいことを やった、うちの区じゃなぜできないのか。まあ、い

い面だけじゃないかもしれませんけれども、そう いう競争の中でだんだんいいものが生き残ってい く。それだけに、思い切ったことをやる。悪く言 えば、それが新聞種になって区長さんも喜ぶとい う構図かもしれませんが、うまくめぐり出します と大変いいことになるわけです。これが、新宿が

25

個人っている横浜のように、市長さん

l

人で面 倒みているというのと大分違いますね。

ということで、現在東京では、たくさんの自治 体がたくさんの取り組みをしております。年表の 中でも書きましたけれども、

1991

4

月というと ころに、東京の中央区と世田谷区で、いわゆる住 宅条例が制定されました。これは日本で初めてと 言っていい条例ですね、それを東京都に先駆けて つくっているわけです。これは本当に象徴的な出 来事でありまして、今回の住宅問題への対応は、基 礎自治体の努力を抜きにしては考えられない。基 礎自治体は国の法律に縛られます。しかし、だん だんに国の法律自身を基礎自治体の実際の行政、経 験の中から積み上げていって、改正していくよう

な方向に移りつつあるのではないか、あるいは移 ることを期待したいということです。さっきの歴 史のお話でもふれましたが、戦後初期の法律は、専 ら国家が、国家の政策として、例えば公営住宅法 をつくったわけです。それに対して、最近の都市 計画法の改正なんかは、極端に言えば東京都のた めに改正したに等しいです。地方自治体、もっと 本当に地方の、北海道とか島根県の方に言わせる と、今後の法律改正は地方のことじゃなくて東京 のためにやった、いわゆる東京法律ではないかと いうことで、ある種の不満があるわけですね。何 で政府は東京のことしか考えないのか。それぐら い今度の法律改正は、東京都がむしろ政府と対等 に相撲をとって行った面があります。現在こうや って区市町村で住宅条例をつくっている動きが、や がて区市町村の動向の中から、国の法律がつくら れていく時代が来るのではないか、あるいは、ぜ ひそういう方向へ行きたいものだと思うわけであ ります。

関われる自治体の能力 さて一方で、当然法律

ですから国から下へおりてきます。次の講演の中

(10)

134 

総合都市研究第 48号

で、東京都の住宅マスタープランの取り組みとい うのがご紹介いただけるわけですが、園、東京都、

各市や区とおりてきますと、なかなか一本でずう っと筋書きがきれいに通りません。

国は住宅をたくさんっくりたいと思っているわ けですね。それが今、大都市圏で住宅問題に対応 する鍵である。これがー市、一区の立場からいい ますと、それはわかった、あるいはわかっている、

だけど、ということがあるわけです。じゃあ、た くさん建てるだけでいいのか。それが本当にいい 環境、本当にいい生活の場として供給されるなら ば望ましいけれども、短兵急に何でも建てればい いと言われてはちょっと困ってしまう。国から割 り当てられてきた数字と、区や市が積み上げる数 字というのは、随分差が出てきてしまうわけです。

差のできた数字のまま発表するわけにはいきませ んから、いろいろと行政的な調整はされますが上 からの要請と下からの積み上げというのは違うこ とが多い。私は違ってしまっていいと思っていま す。その数字のつじつま合わせは、優秀な役所の 方にやっていただけばいいわけで、むしろ違って いることを大事にしたい。逆に言えば、区市町村 が違う考え方をもつならば、それを本当に実行に 移すだけの行政の力を持ってほしいということで す 。

さて、時間もあと 10分ですのでまとめます。 3 番目にr9

0

年代のいかし方」と書いてあります。こ

ういった過去の流れ、あるいは東京の地域的・自 治体的な特性を踏まえますと、これからがやはり 勝負であると。戦後

3

つの大きな振り子が揺れた、

その

3

番目だと申し上げたことからしでも、今世紀 内、ここ 5年 、 10年が、ある意味では町をちゃん とつくっていこうという時代です。大変大事な時 期だというのが申し上げたいことの第ーです。そ こに書きましたように「住宅政策」ー「住宅政策」

そのものが、特に基礎自治体たる区市町村で語ら れるようになった、初めての時代だと私は思いま す。長い日本の近代の中でも、市や区が真っ当に 住宅というものに取り組もうとしたのは、今回が 初めてだと思います。逆に言えば、その熱意がこ こ

5

年、うせないように頑張っていただきたいとい

うのが、率直なお願いです。

さて、具体的に見てみますと、いろいろな法律 改正なんかで道具立てといいますか、

1

つの料理を つくるならば材料も仕込んだ、包丁も研いだとい うことは事実であります。ただ、いろいろ文句も あるわけですね。本当に切れ味がいい包丁かとい うとそうでもないとか、しかし、結構使える材料、

使える包丁もあるんじゃないか、少なくとも今ま でよりはよくなったんじゃないかと思っておりま す。いわば、それを使いこなせるかどうかという のは、自治体の能力、ちょっと言葉がきついかも しれませんけれども、能力によるところが大きい。

同時に、住宅というのは、家という入れ物をつ くればいいことだけじゃなくて、そこに住む人の ためにやるわけですから、高齢者の福祉政策とか、

あるいは教育の問題とか、さまざまなこととどう タイアップできるかが問題です。これが易しそう で、役所の中では難しいことです。余りそれを強 調しますと、非常に効率が悪くなったりもします。

縦割りの効率のよさと、横でいろいろな分野をつ なげることをどう両立できるか、これも自治体の 能力が試されるところかと思います。

息の永い取組みが大切 さて、そう言って自治 体の方ばかりに期待していたんじゃ申しげけない。

我々大学におる者においても、随分課題があるん じゃないか。それは言葉で言えば「道具だての再 整理や理論化等」ということです。つまり、問題 が大きくて現実がどんどん走っています。いろい ろな法律が整備されたりもしています。こういう 時に、ちょっと離れた立場から我々、特に大学や 研究所におるような者は、最近の動きをもう

1

回整 理し直さなければいけないと考えています。

例えば、、これは経済政策の方にお願いしたいわ けですけれども、内需拡大の必要性は認めたとし て、それが東京のようなコミュニティーを、急激 な変動とか破壊といったようなことを起こさずに、

政策として成り立たせることができるのだろうか

というような、非常に原理的な問題です。それか

ら、例えば公共住宅の問題にしても、都営住宅の

入った人は安い家賃だが、入りたいと思っても所

得制限で入る資格がないと言われてしまう人も多

(11)

い。といったような、公共住宅の入居の基準であ りますとか、それから、後に話があるかと思いま すけれども、今回の東京都の政策の目玉の一つに は、民間のアパートへの補助があります。都営住 宅の入居者には家賃補助は出ていないが、比較的 低廉な家賃です。それに対して、民間の借家の入 居者に家賃補助がない。その閣を政策として埋め ることが必要なのか、可能なのか、逆にどういう 反作用が出てくるか。応能応益家賃とか家賃補助 の問題ですね。これも理論的に詰めなければいけ ない問題かと思います。

とういったぐあいで、我々自身も、これから持 続的に考えていかなければいけないことがたくさ んあるということです。

最後にもう一つだけつけ加えさせていただきま す。「新しいセクターの模索」ということについて です。一般に、役所は第

1

セクターと呼ばれます ね。それから企業は第

2

セクターと呼ばれます。日 本には第

3

セクターという言葉がございます。これ は企業が出資して、役所が監督して会社をつくる というよろなことでしょう。私が申し上げる新し いセクターは、その第

3

セクターじゃありません。

日本には既に第

3

セクターという言葉があるので、

4

セクターというような呼び方を今のところして いるんですけれども、いわば市民自身がこれはつ ぶせ、これは建てろと言いっ放しじゃなくて、も うちょっと息長く町のあり方を考えていく、その ための組織です。これは役所でもない、企業でも ない、いわゆる日本の第

3

セクターでもないもの が、今後、日本にも成立してもらいたいというの が、私の願望なのです。

それには専門家もいろいろ支援しなきゃいけな いだろう。既にアメリカではーすぐ、アメリカの 話になってしまって恐縮ですが、いろいろなボラ ンティア運動があるわけです。ボランティアは単 に福祉だけじゃなくて、住宅の問題もやっている。

実はアメリカの大都市は、ボランティアに支えら れている面が非常に大きいわけです。住宅のいろ いろなファンドをつくりますと、銀行も出資する。

そして、住宅に困った人の相談に乗るのは一般の 市民、それなりの訓練は経ていますけれども、そ

ういう人たちがボランティアとして参加して、苦 労に同感しながら、何か道筋を考えてあげる。す なわち、いきなり役所じゃないというわけですね。

いわゆる市民主体の社会です。

そういうことも今後

5

年 、

10

年の中で育ってい けば、今回の居住の危機の問題からいくつかの新 しい芽が出てくるんじゃないかと思っています。

以上をもちまして私の話を終わらせていただき ます。

3. 

[""アフオーダブル・ハウジング」と政 策の枠組み

福 岡 峻 治 ご紹介にあずかりました都市研究センターの福 岡でございます。

最初のご案内にもあったかもしれませんが、

4

月 から都市研究センターにきたばかりでありまして、

都政からすっかり足が抜けきっているわけでもご ざいません。きょうは

rw

アフオーダブル・ハウジ ング』と政策の枠組み

J

というタイトルで、若干 お話を申し上げたいと思います。

アフオーダブノレ・ノ¥ウジングというタームは、ま だそれほど熟したタームではございません。けれ ども、政府はさきに策定した「生活大国

5

カ年計画」

では、勤労者世帯の平均年収の

5

倍程度を目安に良 賞な住宅の取得を可能にするという目標をかなり 明確に打ち出しましたし、また東京都が昨年とり まとめた「住宅マスタープラン」におきましでも、

住居費負担についての大まかな見通しを初めて示 したということもございます。この課題への取り 組みは、きわめて先端的なアメリカの

1980

年代の 住宅リンケージ政策、それに伴うアフオーダブル・

ハウジングというような大きな比較の視野から見 ますと、非常にささやかなものかもしれませんけ れども、そういう観点から問題を取り上げてみた

いと思います。

特に東京におきましては、民間の賃貸住宅を中

心とした、著しく低い居住水準の問題にどう対応

するのか、居住水準をどのようにして引き上げて

いくのかという課題とあわせて、適切な住居費負

担をいかにして実現していくかこの二つが大きな

(12)

136 

総合都市研究第

48

課題であり、緊急に対応を迫られている問題でも した居住継続不安という問題を区部の中心部にわ あるわけです。 たって引き起こしております。他方では、特に相

(1)居住問題の様相

レジュメの最初に、ちょっと整理しでございま すが、今日の東京の住宅問題をこれだけ厳しい事 情に追い込んだ一つの背景は、やはり昭和

60

(1985

年)ごろに都心区に発しました地価高騰の 波であります。これが狂乱地価と呼ばれまして、戦 後、地価高騰には三つの山があるようですけれど も、その中でもとりわけ著しい地価高騰が起きま して、これが東京の住宅問題、まちづくりに決定 的な影響を及ぼしたわけです。特に、都心地域に おける商業・業務系の土地利用、これが極めて地 価負担力が高く、住宅系の土地利用を圧迫する。し かも、「地上げ」というようなことを含めまして、

東京の町のありようというものを大きく変えたと いいますか、変貌せしめたということではないか と思います。

住居費負担の上昇という点について申し上げる ならば、、平成

3

年の区部のマンションの取得価格は 約

8

600

万円ぐらいと言われております。その規模 は

56

平方メートルでございますが、都民の平均年 収に照らしますと約 1 1 倍、多摩地域におきましで も約

8

倍という状況です。都民の平均年収の

5

倍ぐ らいがほぼ、生活大国計画にいうアフオーダブル なものであると考えましでも、約

3

800

万円ぐらい にしか届かない。

一方、住宅金融公庫とか東京都の融資をつなぎ 合わせましでも、

3500‑3, 600

万円にしか届か ないという状況でありまして、ある意味では、借 家から持ち家への住み替えの回路がほぼ完全に断 ち切られたということであります。この点は総務 庁の住宅統計調査においてはっきり現れておりま して、持家率は最近

5

か年で

2.3

ポイントも下がっ て41 . 4%になりましたし、とりわけ

30

代の持家率 は

6‑7%

も落ち込む傾向をみせています。別の側 面からいいますと、戦後の住宅政策の体系という のが、もはや体系として存続し得ない状態になっ たとも言い得るのではないかと思います。また、こ の住居費負担の上昇は、特に高齢者などを中心と

続等に伴う宅地の細分化の問題、あるいはワンルー ム・マンションを初めとした、中・高層マンショ ンの住宅地への進出そして地上げによる業務系開 発の進行ということも加わって、東京の居住環境 が著しく悪化したという点も指摘しなければなら ないと思います。

それとあわせて、都心居住をどう確保するかと いうことが深刻な問題になってきているというこ とです。例えば、都心

3

区の定住人口は、昭和

60

年から平成

2

年の

5

年間に約

6

万人減りまして、現

26

6000

人ぐらいになっています。都心

3

区 の平成

12

(2000

年)の目標人口は、宅代田区 が

5

万人、中央区が

10

万人、港区が

15

万人で、足 しますと

30

万人ですけれども、それを大きく下回 る状態になっておりまして、特に千代田区は

4

万人 を下回る、地方自治法上の市としての形を維持す ることすら困難になっているというような、都心 部の空洞化という深刻な事態が進行しているわけ であります。

こういう状況で、戦後の住宅政策の基本的な枠 組みをなしておりました公営住宅、公団住宅、そ れから持ち家部門における公庫融資といった体系 が、もはや適切に機能しなくなってしまったとい うことであるわけです。そこで、このような高地 価のもとで、適切な住居費でもって実現可能な住 宅供給のシステムをどのようにっくり上げていく のかということが、大きな政策課題になってきた わけであります。

(2)

東京における住宅政策の動向

「東京における住宅政策の動向」というところで、

この問題についての国及び東京都の政策の流れを 大まかに整理しでございます。

第一に挙げるべきことは、何といっても東京都

住宅政策懇談会、これが知事の私的諮問機関とし

て昭和

63

年に設置されたことです。この懇談会の

提言と、それによってっくり出されました新しい

政策システムが、東京の住宅政策を見ていく上で

は決定的に重要であろうと考えます。特に、この

(13)

提言では、住機能を重視しながら、職と住のバラ ンスのとれたまちづくりをいかに進めるか、ある いは、東京にふさわしい住生活を具体的にどう実 現していくかという課題に答える形で、中・長期 的な観点、から新しい政策システムのあり方を提案

したという点が、大きな特色であります。

次に、幅広い中堅所得層を対象としました新し いタイプの公共住宅であります都民住宅システム の創設など、中堅所得層を含めたファミリ一向け の住宅対策の展開を中心とした公的施策の充実、あ るいはまちづくりと連動した形での住宅政策の展 開の方向、この点については、先ほど高見揮先生 からも話が出ましたけれども、住宅マスタープラ ンの策定を中心としました住宅・まちづくり政策 の展開ということが、第二に大きな点であるわけ です。

第三の点としましては、民間の住宅市場の活力 を生かしながら、良質な住宅をいかにして確保し ていくか。優良な民間賃貸住宅の供給システムの 確立ということが大きな課題であったわけであり ます。そして、この提言がきわめて強力な期待効 果を持った背景としては、最初の中間報告が出さ れた昭和

63

10

月に、直ちに知事を本部長とし た住宅対策推進本部が設置されまして、全庁的な 立場から、住宅政策の具体化が本格的に取り組ま れたということがあるわけであります。もう一つ の側面としては、この年の秋に策定されました第

3

次長期計画の中に、大きく、かっ具体的に住宅政 策が位置づけられまして、その中には住宅、ごみ、

交通、地域福祉といった緊急課題が重点的に取り 上げられておりますけれども、その第一番目に住 宅対策が位置づけられたことがあげられます。あ る意味では、最も大きなプライオリティーが住宅 政策に与えられたことです。それから、住宅対策 に対する資源配分が

10

か年に約

3

8

千万円で、第

3

次長期計画全体は

31

兆円でございましたから、そ の約

12%

ぐらいに当たるわけですけれども、非常 に注目すべき点だったのではないかと思います。

もう一つは園のほうの動きでございます。平成

2

6

月に大都市法の改正が行われまして、東京都 の住宅マスタープランに法的な裏づけが与えられ

ると同時に、これを推進するための具体的な、さ まざまな都市計画上の措置が法的に用意されたと いう点で、特に重要であります。建設大臣がこの 大都市法に基づいて定めました大都市住宅の供給 方針の中では、

1

4

県一茨城県の一部地域が含ま れますけれども、

431

万戸の供給目標戸数が示され まして、うち東京都については

173

万戸の供給方 針とそのための政策が、初めて大都市圏レベルで 示されたのであります。大都市法は住宅計画と都 市計画とが連携した計画体系を初めて確立したこ

と、及び土地の有効利用や土地利用転換を住宅系 に誘導することにより住宅供給を促進する計画を っくり出した点で画期的な意義があります。ただ、

適切な家賃の住宅の確保や、そのための実効性あ る手段の用意といった点では必ずしも十分ではあ りませんでした。また、区市町レベルの住宅マス タープランは法制度化されずに終わりました。

そこで、東京都は、まずこの大都市法にもとづ きまして、住宅マスタープランの策定作業に取り かかると同時に、区市町村とも協議しながら、区 市町村の住宅マスタープランより一足さきになる 形で去年の7 月に東京都の住宅マスタープランをま とめました。また、それとあわせて、ことしの

3

月 には、先ほど高見揮先生からもお話がございまし た、東京都住宅基本条例というものを定めまして、

都の新しい住宅政策に対する制度的な裏づけを初 めて与えたのであります。

(3)

東京都住宅マスタープランと東京都住宅基本の 条例の意義

レジュメの

3

のところで、住宅マスタープランと 住宅基本条例の意義について大まかにとりまとめ でございます。

まず、住宅マスタでプランにおきましては、何 といっても居住水準の向上というものが一大目標 であったわけですけれども、これとあわせて、バ ランスのとれた都市構造をいかにつくるか、また、

さらに適切な住居費負担の実現をいかに図るか、こ れについての具体的な方向というものを示したわ けであります。

住居費負担の原則につきましては、低所得層の

(14)

138 

総合都市研究第 48号

みならず、中堅所得層も視野に入れながら、高地 価を直接に反映させない公的住宅の供給を促進す る。それから、あわせて、都が直接関与して供給 する住宅については、住居費を収入の 25%以内に するような工夫をする。さらに、民間アパートに ついては、高齢世帯の住み替えに伴う家賃負担を 適切にするための支援を、都が区市町村に対して 行うという方向の再確認をしたわけであります。

また、居住水準の向上を図ろうとするファミリ一 世帯向けには、税制面から支援を行う新しい仕組 みづくりを国に働きかけていくという方向が示さ れています。

特にこの住居費負担の点については、東京にお けるアフオーダブル・ハウジングについての内容 あるいは考え方の目安というものを、内容は十分 かどうか、その評価はともかくとして公式に明ら かにしたということは、大変大きな意義があるの ではないかと考えます。そのほかに、レジュメに も示してございますが、住宅市街地の整備の方向 づけ、あるいは東京における住宅供給のフレーム、

さらには地域別の計画といった大きな枠組みが住 宅マスタープランには示されたわけであります。

そして、住宅基本条例が、この住宅マスタープラ ンに盛り込まれたさまざまな住宅政策の体系を制 度的に裏づけるという形で制定をされていくわけ です。

住宅基本条例につきましては、総合的な立場か ら住宅政策を推進するという見地で、住宅政策の 基本理念というものをまず条例に前文を設ける形 で明らかにしたことが大きな特徴です。その中で、

住宅は生活の基盤であると同時に、都市をつくる 基本的な要素である。したがって、社会的な性格 を有するものであるということを、住宅政策の理 念としてはっきり表明しております。また、住宅 政策の展開に当たっての基本的原則として、社会 的公正の実現、あるいは地域からの発想の重視、公 的主体の役割の強化といった点を前文の中で明ら かにしました。

もう一つの注目すべき点は、都と区市町村の役 割分担と都による支援の方向ということを明確に したという点でございます。具体的には、東京都

は広域的な観点、から、住宅施策を総合的かっ計画 的に実施をする。区市町村は安定した地域社会の 形成、また地域住民の福祉の向上といった観点か ら、住宅施策を総合的に実施をする。このような 相互の役割分担をふまえて、都は区市町村に対し て財政的・技術的な援助を広範にわたって行うと いう方針を盛り込んだわけであります。その意味 で、区市町村の住宅施策における位置づけという ものを都の住宅基本条例の中で極めて明確に規定 したという点が、都による支援の方向を体系づけ た点と併せて大変大きな意味を持っていると考え ます。

(4)

東京都の新しい住宅政策の展開と評価 以上に申し上げました点を踏まえまして、都の 新しい住宅政策のそれぞれにつきまして解説を行 うとともに、若干の評価を試みてみたいと思いま す。第一番目として、区市町村住宅マスタープラ ンの策定ということです。これにつきましては、ま ず、早くから世田谷区を初めとしまして中央区、新 宿区、港区等で、それぞれの条例の中で積極的に 住宅計画を実現するとか、あるいは、住宅行政の 専管組織をつくるという形での取り組みがあった わけですけれども、何といっても、地域の総合的 な住宅計画としての位置づけというものを明確に したということが、大変重要な点だと考えます。特 に、地域の長期的な観点に立ったビジョンと申し ますか、あるいは基本的な方向というものを明ら かにすることによりまして、地域の方々がまちづ くりに取り組む際の一つの指標といいますか、道 標というものができるのではないか、あるいはで きつつあるのではないかと考えるわけであります。

もう一つの点は、区市町村がまちづくりに対し て、みずからのイニシアティブで積極的に取り組 む方向が、ここであらわれてきたということでは ないかと思います。長期的に見ますと、やはりこ ういう住宅政策、あるいはまちづくりに関する計 画策定能力の向上ということは、住宅政策を推進 していく上で、決定的に重要でありまして、そう いう点での蓄積が大変期待されるのであります。

第三点目としまして、それぞれの地域のニーズ、

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