物象化の複合 と株式会社
高 倉 巻 夫
物象化 の複合 と株式会社
Abstract
Marxcouldnotdevelopthetheoryofcorporationinhis ̀̀capital'' becauseofitsimmaturityatthattime.Butthedefinitionofreification ofproductionrelationsinthatbookgivesusthewaytounderstandcor‑ porationascomplexofreificationofthreeproductionrelationsandits understandingleadstoelucidatetheimportanceofcorporategover‑ nanceinfinance‑ledgrowthreglmetoday.Corporationasthecomplex ofreificationofproductionrelationsisthekeyconceptofthispaper.
Keywords:finance‑ledgrowthreglme,reificationofproductionrela‑ tions,corporategovernance
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は じ め に
マルクスは 『 資本論』では,時代的な制約 もあ り株式会社については本格 的には論 じていない。1 ) しか し
,20世紀 において経済成長 を もた らす資本の 運動は株式会社形態を抜 きにしては とらえられない。本稿では
,19世紀後半 の 『 資本論』で,金融市場での貨幣資本の需給関係 も重視 しなが らとらえら れている生産諸関係の物象化が,株式会社において どのような意味を持 って いるのかを考察する。
1
)その記述については,鈴木芳徳 『 信用制度 と株式会社』新評論,1
974年,などを参照。
1 物象化 と株式会社
『 資本論』第 2部の第 2篇の最終章である 「 剰余価値の流通」および第 3
篇の拡大再生産表式で,蓄蔵貨幣は現実には銀行預金あるいは有価証券 ( 政
府証券や株式) として存在すると述べている。 ここで,蓄蔵貨幣 とその支出
である投資 と物象化 との関係を考えるとき,銀行預金 と株式の ような有価証
は間接的に投資に関わることになる,あるいは預金者は金融機関の安定性 を 前提 とす るな らば,預金利子 に多 くの注意を向けるであろう。 これに対 して 株式では,その購買者は景気の動 向 とともに企業経営の状況を含 めて公開 さ れた情報 に基づ きつつ,その投資の判断を行 うことが必要であろう。 この購 買者は,『資本論』では労働者 の貯蓄 を想定 していない ことか ら産業資本家 である。 しかし
,20世紀以降ではその想定は狭すぎることになる。
ところで,蓄蔵貨幣が銀行預金の形態で存在 しそれが投資につながる場合 の預金者 と,有価証券の形態で存在 しそれを背景 として投資家に よって投資 が行われ る場合 とでは,物象化の現れ方が相違 して くる。すなわち,預金若 の場合には資本 一利子関係への包摂のみであって資本還元が影響 して くるこ とはない。資本 一利子関係をつ うじてG‑G'に直接 に相対 しているのは銀行 制度の側である。そ こでの産業資本の運動では,産業利潤の一部 が貸付に対 する利子 として分与 されるだけであ りその残余が企業者利得 として産業資本 家の手 に残 るのであ り
(2),G
・‑G′とG‑G′とはそれぞれ独立 してお りその 間での浸透は生 じない。 ここで,預金者が貨幣資本家 として規定できる場合 で も,最初 か ら G‑G'としての資本 の運動 が問題 なのであって,貨幣資本 の需要先 としての産業資本の G・ ‑G′についてはそれに対する貸付の元本 と 利子の返済 とが実行 されれば よいのであって,それ以上の関係は生 じない。
これは借入金の場合であるが,株式会社で も社債の場合には同様の事態 とな る。
これに対 して,有価証券 とくには株式の購買者 ( 転売を含む)の場合には,
資本 一利子関係のみでな く資本還元 された上での利回 りが有価証券 ( 特 には
株式)の購買者の購買の基準である。すなわち,G‑G′という資本運動の結
果 が G‑G'に直接 に反映 され る中に,蓄蔵貨幣の形成者は存在 する。 ここ
では,蓄蔵貨幣の形成者 に とっては,単なる資本 一利子関係での物象化を越
えて G‑G′を介 して G・ ・ ・ G′に接触 しつつ よ り高度な生産諸関係の物象化 に
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包摂 されることとなる。
そ こでは,有価証券 (とくには株式)の購買者 である蓄蔵貨幣の形成者 ( あるいは投資家)は,預金者 としての蓄蔵貨幣の形成者 に比べて,個別 に G‑G′を介 しつつ G
・‑G′での資本 一利潤関係 として現れる物象化の浸透 が 投資の判断基準になる。 この点で,銀行預金が蓄蔵貨幣の貯水池の主要部分 である場合 に比べて,生産諸関係の物象化は蓄蔵貨幣の形成者の判断 に入 り込む ことで よりその貨幣資本家 としての行動 に深 く影響 を与 えることに なる。すなわち ここでは,投資家は G‑G'としての行動する際 には,常 に G‑G′とその結果を掛酌 している点で預金者のような貨幣資本家あるいは利 子生み資本の所有者 とは異なっている。
ところで,株式が利潤配当証券であるかぎ りは,配当の利子化 によって株 主は利子生み資本 と同列化 している。すなわち,資本 一利子 として表現 され る一つの生産関係の物象化に即 した位置に株主は立 っている。 ここにおいて G‑G′としての運動を株主は とることとなる。 しかし,支配証券 としての株 式の側面では,株主は貨幣資本家 との同列の位置をこえる.すなわち,株主 は G・ ‑G′として表現 される産業資本での物象化 した一つの生産 関係を,そ の投資行動の中に内部化 している。
ここで株式会社は証券市場において,その株価形成をつうじて,物象化 し た一つの生産関係 としての産業資本 と信用における物象化 した一つの生産関 係の表現 としての利子 とが直接 に接触 し,それ らが相互に複合 した表現をも っていることが示 されている。産業資本は株式会社形態を とることで賃労働 の物象化 した一つの生産関係 としての表現 としての賃金 もまた ここにおいて 複合 して くることとなる
(3)0
資本制生産は株式会社 において,『 資本論』第
3部の最終篇 に見 られるよ
うな総体 としての生産諸関係の物象化 と並びなが ら,物象化 した生産諸関係
の複合 として資本制生産の主動因 としての産業資本の運動が社会性をもって
進む ことを,市場における商品流通そ して貨幣流通 をこえて,可能にしてい
2)なお,伊東光晴 「もうひ とつの比較経済学‑ マル クス経済学再読‑」(『経済評論』
42巻5号,1993
年
5月)も参照。
3
) 白川清は,2 0
世紀 におけ る株式会社 を生産関係 として とらえてい るが,そ こには複 合化 とともに物象化の視点はない (『制御資本主義論‑株式統合企業の経済理論‑』亜 紀書房,1981年,103ページ) O
なお,産業資本が株式会社形態 を とらない場合 には,信用 における物 象化は債権者 と債務者の関係 として現れ るだけで, この産業資本における物象化 に とって外部的で あ る。
2
生産諸関係 と対応する諸力の交錯の場 としての株式会社
以上の ように社会的再生産の中での G‑G′とい う資本の運動 は実際 には 株式会社形態を とった産業資本によって担われている(
4)。あるいは,い くつ かの単数 の生産関係の複合そ してそれ らに対応す る諸力
(powerあるいは Macht )の合力によっては現実に G‑・ G ′としてのその運動が進行す る。 こ こで経済成長 において集約的 に表 現 され る
W′‑・W′(5)を前進 させてい く G‑G ′は,20 世紀においては株式会社 において とらえることが,十分ではな いが必要なこととなる。
この株式会社 における G‑・ G ′の進行は,物象化 した生産諸関係において
表現 されている
(6),分業を構成する諸主体の話力の交錯の結果 としておこな
われる。それは,信用や賃労働の側か らの交錯 とともにある種の共同存在 と
してのそ して物象化 した姿での企業の もとで G‑G′が展開されている。 こ
の ような話力の交錯の うちに株式会社 としての企業そしてその G‑・ G ′( 価値
増殖)を とらえるとき,その交錯のあ りようは時代 と場所によってい くつも
の場合が存在すると考 えられる。
物象化の複合 と株式会社
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)小稿 「 社会的再生産過程 と信用」 ( 『 経営 と経済
』74巻
2号
,1994年
9月)を参照。
5
)山田善志夫 『 再生産 と国民所得の理論』評論社
,1968年,を参照。
6)ニコス ・プーラソツ ァスの次の表現 も参考 となる。「 生産過程の中で生産諸力に対 し て生産諸関係がもつ第一義性を考慮 に入れるな らば,われわれは生産諸関係及びそれ らを構成する諸関係 ( 経済的所有関係および領有関係)は, これ らの関係が描 き出す 場所を源泉 とする諸権力の うちに表現 されている。 ‑つま りこれ らの権力は諸階級 間の諸関係q) 体系の うちに包摂 されているのである。 まさに経済過程 と生産諸関係 と を権力の網の 目とみなす ことによって, この生産諸関係が権力 として,政治的および イデオロギー的諸関係‑ これ らが生産諸関係を確認 し,正当化するりであ り,また, これ らの経済的諸関係の うちに存在 している‑ ‑と構成的に結びついている, という 事実を把握することができるのである」( 田中正人 ・柳 内隆訳 『国家 ・権力 ・社会主義』
ユニテ
,1984年
,31ページ) 0
なお,独 自の立場 か ら物象化論を展開 している虞松捗は他方で,複数の生産諸力 と 単数の生産力,また複数の生産諸関係 と単数の生産関係の区別 には留意 してお らず, この国での伝統的な用法である単数のままに とどまっている。それは,早期の 『 唯物 史観の原像‑その発想 と射程
‑』( 三一書房 〔 新書
〕1971年,〔 『 虞松渉著作集』第
9巻, 岩波書店
,1997年,所収
〕)で も,後期の,虞松渉編 『 資本論を物象化論 を視軸にして
読む』 ( 岩波書店
,1986年)で も同様である。
む す び
以上の考察か ら,コーポレー ト ・ガヴ ァナンス ( 企業統治)の問題
(7)(8)も, 企業が株式会社形態を とって G‑G′とい う資本の運動を行 っているときの, 諸力の関連の中で生産諸力を発展させている諸要因 とそれ らに対応 して構成
されている生産諸関係が G‑G′に どの ように反映 しているかにかかわって いる。そこでは,金融市場における G‑G′によって尺度 された形でq)G‑G′
におけるコーポレー ト .ガヴ ァナンスが唯一のものであるとはいえない。あ
るいは,その ような尺度q)もとでの G‑・ G′の進行 が社会的再生産過程での
W ′ ‑W ′の円滑 な進行 をもた らす とは断定で きないであろう。G・ ・ ・ G′の進
の上昇)が唯一の基準 として他を裁断することは,共同存在 としての側面を もつ資本を一面化す ることになろう。すなわち,G‑G′の運動 において多様 な側面を もっているのに対 して,G‑G′か らとらえ られた G‑G′に帰着 さ せることによって生産話力のあ り方が一面化されることも生 じえよう。 ここ では,資本の運動に即 してコーポレー ト ・ガヴ ァナンスを とらえるための出 発点 として,生産諸関係の物象化論は有効であると考 えられる。
7)MichelAgliettaandAntoineReb6rioux,CorpoytlteGovemanceAdnft:ACritiqueof ShweholderValue,Cheltenham:EdwardElgar,2005
,を参照.同書で も検討されて いるように,コーポ レー ト ・ガヴ ァナンスの問題は,株式会社の本質理解 につながっ ている。なお, 関連 して
,BmnoAmable,TheDiversityofModernCapitalism,oxford:0ⅩfordU.P
・
,2003,chap.6,山田鋭夫他訳 『 五つの資本主義‑グローバ リズム時代に おける社会経済システムの多様性‑』藤原書店
,2005年,第
6章,を参照.
なお,同書で批判的に とり挙げ られている契約の不完備性か ら接近 している論者で ある
MargaretBlairやLuigiZingalesについては,た とえば以下の文献 を参照
。Mar一 garetBlair,ClosingtheTheoryGap:HowtheEconomicTheoryofPropertyRights CanHelpBring"stakeholders"BackintoTheoriesoftheFirm,JoumalofManage‑ mentandGovenance,9,20051LuigiZingales,InSearchofNewFoundations,TheJour‑ nalofFinance,vol.55,no.4,August2000.8