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「ゐ給へれ」と「ゐ給へ」:宇治拾遺物語巻七ー五

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「ゐ給へれ」と「ゐ給へ」:宇治拾遺物語巻七ー五

「長谷寺参籠男利生にあづかる事」より

著者 近藤 明

雑誌名 金沢大学教育学部紀要人文科学社会科学編

巻 57

ページ 97‑102

発行年 2008‑02‑29

URL http://hdl.handle.net/2297/9642

(2)

金沢大学教育学部紀要(人文科学・社会科学編)

102

第57号平成20年

宇治拾遺物語の巻七‐五「長谷寺参篭男利生にあづかる事」は、 わらしく長者型の説話で、高等学校の教材になることも多いもの であるが、わらしべを拾ったことから始まって、次々と良い物と 交換する幸運に恵まれ、馬を手に入れるに至った主人公が、「九条 わたりなる人の家に、物へいかむずるやうにて立ちさわぐ所」を 通りかかり、その家の主人を相手に、馬と田を取り換え、さらに 家を預けられる次のような場面がある(1)。 ①此鳥羽の近き田三町、稲すこし、米などとらせて、やがてこ の家をあづけて、「おのれ、もしいのちありて帰のぼりたら ぱ、其時返し得させ給へ。のぼらざらんかぎりは、かくてゐ 給へれ。若又、命たえてなくもなりなば、やがてわが家にし てゐ給へ。子も侍らねば、とかく申人もよも侍らじ」 (一一三一一⑪⑫) 結局家の主は帰って来ず、家も主人公のものになるのだが、右の ニミミ⑮‐竜二且予言三言函しa三己宮昌ニニヨさ寓胄の邑二旦已&》‐二ミミs言明ミ冨菖二二・コ》言臣①山

問題点 l宇治拾遺物語巻七‐五「長谷寺参篭男利生にあづかる事」より 「ゐ給へれ」と「ゐ給凸

家の主人の発言の中に「ゐ給へれ(2)」と「ゐ給へ(3)」という似 た形の命令表現が現れる。 古本説話集の同内容の説話(下巻第五八)では、「かくてゐ給へ れ」の部分は宇治拾遺物語と同じく「かくてゐ給へれ」となって いるが、「ゐ給凸の部分は「やがてわが家にし給己となってお り、動詞「ゐる」は含まれない形となっている。また今昔物語集 (巻十六第二八)では家を預る部分の話がなく、雑談集(巻五「信 智之徳ノ事二では太宰大弐の任期の間、田を預かる話になってお り、家の主人の発言も「鳥羽代ヲ一一町、四ケ年ノ間トラスベシ。 且ハ留守シテ待一Zという簡単なものである。結局これらの類話 の中では、宇治拾遺物語においてのみ、共通の動詞「ゐる」を含 んだ二種類の命令表現「ゐ給へれ」と「ゐ給へ」が現れているわ けである。 この「ゐ給へれ」と「ゐ給凸は、どのように解釈され、どの ように訳し分けられるべきであろうか。例えば新編日本古典文学 全集の現代語訳を見ると、「のぼらざらんかぎりはかくてゐ給へ 近藤明 シ西国【ozC○国

一一

平成19年10月 日受理

(3)

近藤明:「ゐ給へれ」と「ゐ給へ」

101

なお、旧日本古典文学大系の頭注はこの「ゐ給へれ」について 「れ』を桁字と見る説もあるが、諸本・古本説話『ゐ給へれ」と あり、尊敬の意の助動詞『る』の命令形とみられる」とするが、 「給ふ」と尊敬の助動詞「る」の承接順序から考えれば、「る+給 ふ」の順序で「れ給ふ」のようになる筈であるし、未然形接続の 「る」が「給凸の形に接続するというのも無理がある。 「給へれ」の形を素直に解釈すれば、「四段『給ふ』+完了の助 動詞『リ』の命令形」となるところである。旧日本古典文学大系 や「桁字と見る説」は、このような解釈を敢えて採っていないこ とになるが、これは宮田和一郎(一九五三)で「リ」の命令形の 少なさが論じられているように、この形が目慣れないと感じられ るものであることが、その一因なのではあるまいか。(後述するが、 紀元千二百年前後から+|||世紀の説話集においても「リ・タリ」 命令形の用例数はあまり多くない) とはいえ、近藤明(二○○四a)で述べたように、中古(院政 期を含む)において「リ・タリ」の命令形の用例は二十例以上が 見いだせる。また、既に宮田和一郎(一九五三)等の指摘すると ころだが、「リ」の命令形の直接の上接語は補助動詞「給ふ」に集 中しており、問題の用例もその例に漏れない。旧日本古典文学大 系のような苦しい説明を、敢えてしなければならないような例と れ」は「戻って来ない限りは、続けてお住みなさい」、「やがてわ が家にしてゐ給凸は「そのままあなたの家にして住んで下さい」 (傍線は「ゐ給へれ」「ゐ給凸に対応する訳と思われる部分)と なっており、「ゐ給へれ」「ゐ給合を訳し分ける方針であるのか、 必ずしも明確でない。本稿ではこの問題について、完了の助動詞 「リ・タリ」の命令形の意味・用法という観点から、検討を加え ることにしたい。 先に近藤明(二○○四a)において、中古における完了の助動 詞「リ・タリ」の命令形について、 ①「リ・タリ」の命令形は、上接動詞が「内的限界動詞」や、 「内面動詞・心理動詞」である場合に限られる傾向がある(4)。 、「リ・タリ」の命令形の意味は、上接動詞が「内的限界動詞」 の場合、(主体変化か客体変化の)結果状態の持続を命令す るというものである。同じ動詞が「リ・タリ」を伴わない命 令形になった場合の意味は、主体変化や、(客体変化をもた らす)主体動作を遂行することを命令するというものである。 上接動詞が「内面動詞・心的動詞」の場合も、それに準じて 考えられる。 ということを述べた。なお①で言う「内的限界動詞」とは、「立つ (四段)」「ゐる」のような主体変化動詞、「置く」「立つ(下二段)」 のような主体動作・客体変化動詞、「着る」「持つ」のような主体 動作・主体変化動詞(再帰動詞)が含まれる。また「内面動詞・ 心理動詞」とは「知る」「恩す」のようなものを指している(5)。 これらの動詞のうち、「ゐる」を主体変化動詞として扱うのは、金 水敏の次のような考えに従ったことによる(6)。 ○古代語の「ゐる」は「立つ」と対になる変化を表す動詞であ り、「沈静・止動・平静化」といった意味を表す。現代語訳 としては「止マル・ジットスル・トドマル。スワル・オサマ ル・静マル」等があてられる。 ○「ゐる」は単独では持続的な状態を表さないが、「たり」「り」 は思われず、以下の考察ではこの「ゐ給へれ」は『ゐる」+四段 「給ふ』+完了の助動詞『リ』の命令形」として扱うことにする。

二中古の「リ・タリ」命令形

==

(4)

金沢大学教育学部紀要(人文科学・社会科学編) 第57号平成20年

100

前節で挙げた①、の二点について、宇治拾遺物語および紀元千 一一百年前後から十三世紀に成立したと見られるその他の説話集で はどうであるかを、本節では検討したい(7)。 「リ」「タリ」の命令形は、宇治拾遺物語では「リ」一例、タリ ニ例があり、そのうち「リ」|例は現在問題としている箇所の用 例である。古今著聞集・沙石集では「リ」「タリ」とも命令形の用 例を見出せなかった。古本説話集で「リ」命令形が一例、十訓抄 で「タリ」命令形二例が見られるが、古本説話集の一例は前述の 「ゐ給へれ」の用例である。 次に①の点に関してであるが、宇治拾遺物語の「リ」命令形は、 現在問題としている箇所の一例であるから、上接動詞は「ゐる」 である。「タリ」命令形の上接動詞は、「持つ」「ゐる」が各一例で としている。 なお、については、現代語「ている」の命令形「ていろ」と、 「ている」を伴わない命令形「しろ」の意味の違いが思い起され る。外山善朗(’九九五)は、「lしろ」の場合は、単なる変化 の遂行のみを問題にしている」『Iしていろ』の場合では、変化 を遂行し、それによって生じた状態を意志的に維持させる事をも とめたものになっている」(只下を)向いていろ」等の例を挙げる) 等によって状態化されると「ゐる」の結果状態を表す持続的 な意味になる。 ○「ゐる」の状態形は、人間が主語の場合、「座っている」に 相当する着座の結果状態や、特定の空間における静止状態・ 滞在状態を表す。 三宇治拾遺物語及び他の説話集の「リ・タリ」命令形

②は、保持状態の持続を命令しているものと見られるであろう (把握・保持する動作そのものを遂行することの命令は、「とりて」 がになっていると見る)。ちなみにこの用例は、問題の用例と同じ 説話の中において、夢で観音が主人公に伝えた言葉の中のもので、 この夢告に従って、主人公は手に取ったわらしべを柑子と取り替 えるまで手放さずにいることになる。 ③は、仏に迎えられて西方に去った筈の法師が、杉の梢に裸で 縛りつけられているのが見つかり、助けに行って縄を解いた「下 種法師」に対して、その法師が発言した中での用例である。着座 した状態か静止した状態の維持を命令しているものと見て良いで あろう。 ではこれらを、同じ動詞が「リ・タリ」を伴わない命令形とし ある。他の説話集では、古本説話集の「リ」命令形一例は前述の ように「ゐ給へれ」であるから上接動詞は「ゐる」、十訓抄の「タ リ」命令形の上接動詞は、二例とも「ゐる」である。 中古と比べて上接動詞の種類が少なく「ゐる」に集中し、また 「内面動詞・心理動詞」が上接動詞である例が見当たらず、これ が調査範囲の狭さによるものなのか、時代差を反映するものなの かという問題はあるが、さしあたり、上接動詞においては、中古 において認められた①の傾向の範囲を出るものではないというこ とは言えるであろう。 次に@の点の検討に入る。まず宇治拾遺物語の「タリ」命令形 の二例を掲げる。 ②「まかり出でんに、何にもあれ、手にあたらん物をとりて、 捨ずして、もちたれ」 (巻七‐五一三六⑧)

そ⑪

③「いま迎へんずるぞ、其程しばしかくてゐたれとて、仏のお はしまししをば、何しにかく解きゆるすぞ」 (巻二一一‐九一一一七五⑭)

(5)

近藤明:「ゐ給へれ」と「ゐ給へ」

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次に、その他の説話集における「リ・タリ」命令形であるが、 前述のように古本説話集の「リ」命令形一例は、問題の用例と同 て使われた場合(8)と比較すると、どうであろうか。宇治拾遺物 語の中で検討してみる。「持つ」の命令形は、宇治拾遺物語の中に は見られない。「ゐる」の命令形は、次のような例がある。 ④ぬしの男、あさましう物食ひつくき聖かなと思て、「しばし ゐさせ給へ。ものして召させん」とて、白米一石取出て、飯 にして食はせたれば、「とし比、物も食はで因じたるに」と て、みな食ひ出て去ぬ。 (巻二‐’八六⑬) ⑤屋ばかりは大きなりければ、かたすみにぞゐたりける。(中 略)その日の夕がたになりて、馬の足音どもして、あまた入 来るに、人どものぞきなどするを見れば、旅人の宿借るなり けり。「すみやかに割同列」と言へぱ、皆入り来て (巻九「三一一六一一⑮) ④は、清徳聖が三町ほどにわたって植えてある水葱を食いつく したのを見た「ぬしの男」が、聖に向けていった言葉の中の例で ある。聖が愛宕から「京へいづる道々」のことであるから、しば し移動の足を止めるように命令しているのであるう。 ⑤は、観音を祈った敦賀の女が、「男あはせんと思て、よびにや りたれば、明日ぞここに来つかんずる。それが言はんに従ひてあ るべきなり」との夢のお告げを得て待っていたところ、旅人の一 行がやってきたという場面であり、旅人らが宿泊しようとしてい るところであるから、静止、止宿という変化の遂行を命令してい るものと考えてよいであろう。 「リ・タリ」命令形と、「リ・タリ」を伴わない動詞の命令形の 意味の相違は、宇治拾遺物語においては、中古に関する前掲、の 傾向の範囲を出るものではないと一一一一口えそうである。 以上必ずしも調査範囲が十分ではない面もあるが、ここまで検 討してきた、宇治拾遺物語および紀元千一一百年前後から十三世紀 に成立したと見られるその他の説話集においては、 ○「リ・タリ」の命令形の表す意味は、中古のそれについて述 べた前掲の近藤明(二○○四a)の、と大きな差はない。(① の上接動詞の種類が、中古より狭いものになっているか否か という問題はあるが) ○「ゐたれ三ゐ給ひたれ」「ゐ給へれ」のような「ゐる」に「リ・ タリ」が下接したものの命令形は、着座、静止、止宿という 変化の結果状態(すなわち、座っている状態、静止している 内容の説話の中での同じ場面の例であるので、改めて取り上げる ことはしない。+訓抄の「タリ」命令形二例は、次のようなもの であるが、宇治拾遺物語の『ゐる」+『リ・タリ」命令形」と意 味の上で特に異なったところはなさそうである。 ⑥「年ハ高ク今ハアルラン。何条近衛司望マル、ヤラン。出家 ウチシテ片方一一居給タレカシ」 (十五六⑥) ⑦「申卜候。年高ク成給ヌラン。何条近衛司望給フ。片方一一出 家ウチシテ居給タレカシ。サリナガラ細――承リヌ。次侍一一奏 ベシト侯」 (十五六⑩) ⑥⑦とも、近衛司を望む「ナマ公達」が藤原顕頼に陳情した時 の話で、⑦は顕頼の独り言、⑦は申次の侍がその独り言まで含め て主人の返答として相手に伝えてしまう発言の中での用例である (9)。いずれも、出家して、片隅にじっと居る状態を維持する(従っ て近衛司を望んだりはしない)ことを望んだり命令したりするも のと解釈できよう。

四当該箇所の解釈

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金沢大学教育学部紀要(人文科学・社会科学編)

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第57号平成20年

状態、滞在している状態)の持続を命令するものである。 ○「ゐよ」「ゐ給合のような、「リ・タリ」を伴わない「ゐる」 の命令形は、着座、静止、止宿という変化の遂行を命令する ものである。 といった見通しが、ひとまず得られそうである。 これを、問題の説話の文脈の中に改めて位置づけると、前の「の ぼらざらんかぎりは、かくてゐ給へれ」は、滞在している状態を 続けることを命令するもの、すなわち「私が京都に上って来ない 限りは、そのまま滞在している状態を続けて下さい・住み続けて 下さい」の意と解されるであろう。 |方、後の「若又、命たえてなくもなりなば、わが家にしてゐ 給凸は、「止宿する」「(居場所の定まらないものが)居すわる」 という変化の遂行を命令するものと考えられる。その場合、既に 滞在状態を続けている者に対して、改めてここに居すわれと命令 していることになり、順序としておかしいようであるが、この「ゐ 給合は、この家を仮に預かって滞在しているそれまでの状態で はなく、この家の新しい主人という新たな資格・立場で、改めて 居すわることを命令したものと解することで、解決するのではな いだろうか。そのように考えると、この部分は「(私が生きている 間はあなたはこの家の主ではないが)もし私が死んだら、自分の 家にして(私にかわる主という新たな資格・立場で改めて)居す わって下さい」と解釈されることになる。

(1)宇治拾遺物語からの引用は、日本古典文学大系(旧)により、頁 数.行数も同書のものを示す。なお引用にあたり、直接問題とする 箇所以外の表記は適宜手を加えたところがある。

〆■、

、='

(2)桜井光昭「三本対照宇治拾遺物語』(武蔵野書院)によると、伊 達本ではこの箇所「ゐ給つれ」となっているが、「つ」は「へ」の 誤写とする考えに従う。 (3)この「ゐ給へ」は、「家にしてゐ給へ」という形をとっているが、 岡野幸夫二九九五)によると、院政・鎌倉期の「てゐる」は、ア スペクト的な意味を担う補助動詞的なものが増えてきているとの ことである。この場合そのようなものに転じているのか、本動詞と しての意味を保っているのか、問題となるところであろうが、「か くてゐ給へれ」の「ゐ」の方は本動詞であろうし、またこの箇所は 後述のように本動詞として問題なく解釈できると思われ、本動詞と して扱っておくことにする。 (4)「リ・タリ」の上接動詞を分類する際、「リ・タリ」に上接する のが「ゐ給ふ」のような「動詞十敬譲の補助動詞等」である場合は、 敬譲の補助動詞等を除いた「ゐる」の部分の動詞の性質による。 (5)金水敏(二○○○)は、現代語について「人間の心の働きを表す 動詞」を内面動詞と呼び、内面動詞は動作なのか変化なのかはっき りしない場合が多いが、「分かる」「知る」「思う」等は比較的変化 動詞的な特徴を持ち、「考える」「悲しむ」等は比較的動作動詞的な 特徴を持つとする。 (6)金水敏(一一○○六)のp五○~五四、p一三八~’一一一四より抜粋・ 要約した。 (7)用例の検索は、境田四郎監修・増田繁男・長野照子編『宇治拾遺 物語総索引」(清文堂)、山内洋一郎編「古本説話集総索引』(風間 書房)、泉基博編『十訓抄本文と索引』(笠間書院)、峰岸明監修・ 有賀嘉寿子編『古今著聞集総索引」(笠間書院)、深井一郎編『慶長 十年古活字本沙石集総索引』(勉誠社)によった。 (8)動詞の「リ・タリ」を伴わない命令形という場合、問題の箇所の 用例の「ゐ給へ」や④の「ゐさせ給凸のように、敬譲の助動詞・ 補助動詞の類を下接して命令形になっているものを含む。 (9)用例⑥⑦は、「タリ命令形十カシ」の形をとっている。時代は異 なるが、室谷有紀子(二○○|)は、中古の「命令形十カシ」を大

(7)

近藤明:「ゐ給へれ」と「ゐ給へ」

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宮田和一郎 文』二一 室谷有紀子 金水敏(二○○六)「日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房)工藤真由 美(一九九五)「アスペクト・テンス体系とテクストー現代日本語 金水敏(二○○○) て』岩波書店) 金水敏(二○○六) 外山善朗二九九五) 『うなびこ』十四) 宮田和一郎(’九五三) の時間の表現l』(ひつじ書房 近藤明(二○○四a)「助動詞 沢大学語学・文学研究』三一一) 近藤明(二○○四b)「梁塵秘M (『解釈』五○‐十一・十二) [参考文献] 岡野幸夫二九九五) の意味について」

、紀子(二○○一)「命令系十終助詞カシ』 (福井大学『国語国文学」四○) きく四種類に分類しており、用例⑥は室谷の分類の「同一空間に存 在しない聞き手」に対する「不満や愚痴」を述べるもの、用例⑦は 同じく「言い方の策略・配慮」の特に「言い放ちの傲慢さを和らげ る効果をねらう」ものに相当するかと思う。

、==

(ひつじ書房) 「平安・鎌倉時代における『動詞十テ+ヰル(居)』 『鎌倉時代語研究第十八輯』武蔵野書院) 「時の表現」s日本語の文法2時・否定と取り立

「助動詞『リ・タリ』が命令形になる場合」s金

「さそいかけ文Iしていろ」(日本語学研究会 「梁塵秘抄四三八番歌の

「語法的に見た助動詞「り』の性格」弓国語国 『ゐよ』と『ゐたれ』

の表現性について」 ’一一一ハ

参照

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