主成分分析を用いた手指形状・運動に関するデータベースの構築
Consturuction of Database for Finger Geometry and Motion with Principal Component Analysis
精密工学専攻
20
号 木村 加奈子Kanako Kimura
1.
はじめに人体の形状や運動機能は複雑で多くの自由度を持つ.そ のため,形状や運動を網羅するモデルの作成には莫大な データと時間を要する.一方,これらのデータの次元圧 縮に有効な手段の
1
つに主成分分析が挙げられる.人体 の代表寸法に対する主成分分析(1)では,得られた数個の 次元,すなわち特徴に重みをつけて重ね合わせるだけで,統計的に存在し得る形状を生成可能にしている.そこで 本研究では手指の形状と運動について主成分分析による 次元圧縮を行い,2つの特徴データベースを構築する.さ らに,構築した特徴データベースの利用により低次元で の形状モデル合成と運動解析を行う.
本稿では始めに大人指の形状特徴データベースの構築 と得られたデータベースを利用して子供から大人の幅広 い年齢の個体別指モデルを簡便に合成する手法を提案す る.人体の個体別モデルを作成するには,対象部位の
3
次元医用画像の撮像,医用画像のセグメンテーション,そ してセグメント毎の表面形状抽出のように時間を要する 作業を避けることができない.このため,従来よりこれら 一連の作業を効率化するための研究が行われてきた.こ の問題に対する1
つのアプローチが,テンプレートモデ ルを用いる手法(2)である.この手法では,基準となるテ ンプレートモデルを多自由度に変形することで異なる被 験者の形状を再現する.これらの手法では明示的なセグ メンテーションが必要ない.しかし,対象となる被験者 の医用画像は依然として撮像する必要がある.そこで本 研究では非剛体ボリュームレジストレーションを用いて 手指のMRI
画像から内部構造の形状まで含めた個体差を 計測する手法と,それらに対して主成分分析を行う事で 形状特徴データベースを構築する手法を提案する.さら にノギスで計測可能な代表寸法とデータベースから合成 したモデルとの代表寸法の誤差が最小になるように各特 徴に対する重みを決定することでデータベースに含まれ る特徴の重ね合わせを行い,被験者の個体別モデルを合 成する.次に,手指の運動,すなわち把握の特徴データベース の構築と得られたデータベースを利用した把握の解析を 行う.製品の持ちやすさや操作性の検証のために,把握 や把握過程,すなわち初期姿勢から把握に至るまでの姿 勢変化について明らかにする必要がある.複雑な手指の 運動により行われる把握だが,主成分分析によって圧縮 された数個の次元での表現と解析が可能である.観察に よって行われてきた把握特徴や把握分類(3)に対して,主 成分分析による把握の次元圧縮(4) が行われているもの の,把握分類への応用について明確な記述がない.また,
把握過程の解析(5)(6) についても円錐や円筒のような単 純なオブジェクトに対する計測しか行われておらず,オ ブジェクト毎の時系列の姿勢変化について明示されてい
ない.そこで本研究では,様々な製品の把握について主 成分分析を行い,把握特徴データベースを構築する.さ らにデータベースに含まれる低次元化された主成分得点 を用い,把握分類と把握過程の解析を行う.
2.
主成分分析を用いたデータベース構築主成分分析とは,p個の変数の持つ情報を損失を最小 限に抑えながら互いに独立な
n(n ≤ p)
個の主軸,すなわ ち主成分を用いて表現する手法である.データベースの 構築に用いる人体形状や運動のデータをD ∈ (サンプル
数× p)
とすると,主成分はD
の共分散行列の固有ベク トルv
によって得られる.さらにvD
からD
の各主成 分に対応する主成分得点w
が得られる.Dの平均をm,
j
番目の主成分に対応する主成分得点をw
j とするとデー タベース内のデータは式(1)
によってn(n ≤ p)
個の主成 分の線形和x
で表される.x =
∑
nj=1
w
jv
j+ m (1)
本研究では大人の手指示指の個体差と複数の製品に対応 する把握姿勢について主成分分析を行い,こうして得ら れた主成分や主成分得点の集まりを特徴データベースと する.さらに,得られた上位
n
主成分と主成分得点w = (w
1, · · · , w
n)
を用いる事で把握や把握課程を圧縮されたn
次元空間内で表し,解析する.手指については新たなw = (w
1, · · · , w
n)
を設定する事で上位n
主成分への重み 付けを行い,データベースに含まれない新たな形状x
の モデルを合成する.3.
手指形状特徴データベースの構築3.1
手法示指の
MRI
画像から手指形状特徴データベースを構築 する.被験者間の個体差の計算には非剛体ボリュームレ ジストレーション(7)を用いる.このレジストレーション により形状の個体差が画像中に等間隔に配置した制御点 におけるベクトルの集合,つまり変位場で表される.ま た,医用画像を対象とするため皮膚表面の形状だけでな く,骨のような内部構造の個体差についても考慮できる.これらの個体差に対して主成分分析を行う事で手指形状 の主成分,すなわち形状特徴を得る.主成分の重み付き線 形和も変位場であり,それに従い平均形状を変形すれば 様々な形状特徴を有する手指モデルが迅速に合成できる.
データベースを用いて個体別モデルを生成するために は各主成分に対する重みを適切に設定する必要があるが,
本手法では実際に計測した被験者の代表寸法と合成した モデルの代表寸法との誤差が最小になるように数値最適 化手法を用いて重みを決定する.最適化のための目的関
Template geometry (average)
Synthesized geometry (small and thick with slim finger pad) 2nd feature
2nd feature w1
w2
wn Database Database
Transform Transform 1st feature
1st feature
n-th feature n-th feature
Fig.1 Synthesizing finger geometry from database.
Fig.2 Eight representative dimensions of an index finger.
数
e(w)
については式(2)
に示す通り,代表寸法の誤差に 関する第1
項と,最適化により求められる重みの範囲を 制限するためのペナルティに関する第2
項から構成する.e(w) =
∑
mi=1
(L
i− l
i(w))
2+
∑
nj=1
c
j( w
j2σ
j)
2(2)
ただし,
w = (w
1, w
2, · · · , w
n)
が最適化を行う重みを,第1
項のL
i がノギスで計測したi
番目の代表寸法を,li(w)
が合成したモデルのi
番目の代表寸法を表す.また,第2
項のσ
jがデータベースに含まれる全ての被験者のj
番 目の主成分得点の標準偏差を,cjがj
番目の主成分のペ ナルティの寄与を表す.形状のばらつきが正規分布に従 うと仮定すると− 2σ
から2σ
の間に約95%の被験者が存
在することになる.ペナルティ項を導入することで,統 計的に存在する確率が低い過大,もしくは過小な重みへ の最適化を抑制できる.なお,子供指モデルを生成する際には代表寸法を典型 的な大人指の寸法へ拡大し,生成したモデルを拡大率の 逆数と掛け合わせることで縮小する.これは大人指で構 成されたデータベースの主成分と子供指との大きな寸法 差に対応するためである.
3.2
実験始めに
21
歳から39
歳の50
人の成人男性の右手示指か ら形状特徴データベースを構築した.示指の撮像には磁 場強度4.7 T
の実験用MRI(Unity INOVA)
を使用し,解 像度を512 × 128 × 128,撮像範囲を 30 × 30 × 60 mm
と した.得られた各ボリュームデータに対し各方向16 pixel
毎に制御点を配置し,合計4131
自由度を持つ制御点を設Fig.3 Geometric feature of the 6th principal component.
Synthesized from database
Adult finger model
Child finger model
2 years old 5 years old 8 years old 14 years old Synthesized from database with scaling
Created from plaster model
Error in bone Small error
Created froma MRI images
Fig.4 Results of the geometry synthesis.
定した.被験者間の個体差をボリュームレジストレーショ ンにより計算し,個体差の変位場を得た後,これらの全 変位場データ
D
f inger∈ (50 × 4131)
に対して主成分分析 を行った.次に構築したデータベースに含まれる上位
10
主成分を 利用して子供指から大人指,計76
名の示指の合成を行っ た.計測の明瞭さや簡便性を考慮し,Fig. 2に示す8
箇所 を代表寸法とした.目的関数(2)
におけるσ
jにはデータ ベース構築時に計算した値を,cjには0.5
を設定し,e
を 最小化する上位10
主成分に対する重みw
の最適化には ダウンヒルシンプレックス法を用いた.シンプレックスを 構成する各点おける目的関数値の最大の比が1.0 × 10
−5 より小さくなった場合に最適化を終了した.なお大人指に関しては,データベースに含まれる被験 者を合成の対象とした.そのため,形状の再現精度を厳 密に評価するために,合成の対象となる被験者を除いた
49
名分の個体差からデータベースを構築し,そこからモ デルの合成を行った.3.3
結果と考察始めに変位場
D
f ingerに対して主成分分析を行った.第6
主成分により平均形状を変形したモデルをFig.3
に示す.このように主成分を可視化する事で第
1
主成分は手指の 大きさに,第2
主成分は中節骨の長さに,第6
主成分は 指腹の厚みに対応している事がわかった.次に構築したデータベースのうち上位
10
主成分を用い て子供から大人の指の個体別指モデルを合成した.2.4GHz
のIntel Core 2 Duo
プロセッサと4G
バイトのメモリを 搭載したコンピュータ重みの最適化に利用ところ,おおむね
5
から10
分程度で合成が完了した.大人指については別途被験者の
MRI
画像から作成した モデルと,子供指については石膏型から作成した第1
関 節より先の表皮モデルと比較する事で形状の一致度を検 証した.Fig.4にそれらの輪郭線を示す.大人指について は最大誤差の平均が1.0mm,平均誤差の平均が 0.5mm
と なり,主に骨長に誤差が見られた.これは指の内部構造が 代表寸法に含まれていないため生じると考えられる.子 供指については最大誤差の平均が1.0mm,平均誤差の平
均が
0.4mm
となり主に爪の根元や先端の形状に誤差が見られた.これは子供指の爪の形状が大人指の形状特徴と 大きく異なるため生じると考えられる.工業製品の仮想 的な検証へのモデル利用を考えた時,解析の精度を最も 左右する要素は指腹の形状とその直上の骨の形状である.
そういった意味で本手法で得られたモデルの誤差の傾向 であれば生成したモデルの多くが実用に足る物であった と考えられる.
複雑で幅広い形状を有する手指だが,MRI画像から構 築したデータベースに含まれる
10
主成分を利用する事で 合成可能である.特に大人指については表皮上の代表寸 法から内部構造を含むモデルを合成する事が可能である 事がわかった.さらに,大人指と特徴の大きく異なる子 供指に関しても,スケーリングを併用する事で大人指の 特徴から合成可能である事がわかった.4.
把握特徴データベースの構築4.1
手法始めに,製品把握時の指関節角データから把握特徴デー タベースを構築する.指関節角データに対して主成分分 析を行う事でオブジェクトに依存する把握の主成分,す なわち把握特徴を得る.データベースの構築には形状,サ イズの異なる幅広い製品を対象とする.
次に,構築した把握特徴データベースを把握分類と把 握課程の解析に利用する.具体的にはデータベース構築 によって得られる低次元の主成分得点空間に対してクラ スタリングを行うことで,把握分類を求める.さらに得 られた分類における中心的なオブジェクトを選定し,そ れらの把握過程,すなわち初期姿勢から把握に至る時系 列関節角データを計測する.得られたデータを主成分得 点空間で解析する事で代表的な把握過程における時々刻々 の姿勢変化について考察する.
4.2
実験始めに,成人女性
2
人,男性2
人,計4
人,44
製品を対 象とした把握特徴データベースを構築した.モーション キャプチャシステム(Vicon)
によって指の関節位置を計測 し,得られた関節位置から手指のMP
関節3
方向,DIP 関節1
方向,PIP関節1
方向,計25
関節角を算出した.こうして得られた全関節角データ
D
grasp1∈ (4 · 44 × 25)
に対して主成分分析を行った.対象とするオブジェクト にはボール,皿,印鑑等のサイズ,形状の異なる製品を 選定した.次に,データベースの構築により得られた主成分得点 空間に対して
kmeans++法による 3
クラスタリング分類 を行った.さらに得られた各クラスタの中心に近い2
オ ブジェクト,計6
オブジェクトを選定し,それらの把握過 程における姿勢変化の計測と時系列関節角データの算出Thumb Index Middle Ring Little
−0.1 0 0.1 0.2 0.3
Finger name
Average of reconstruction error [rad]
MP joint PIP joint DIP joint
Fig.5 Average reconstruction for grasp posture recon- structed from 1st and 2nd principal componet.
を行った.ここで得る時系列関節角データは手を自然に 広げた状態から約
20cm
離れたオブジェクトを掴むまで とし,把握データ取得と同様の方法,被験者とした.得ら れたデータに対してフレーム数による正規化を行った後,6
オブジェクトに対する被験者4
人の平均的な時系列関 節角データの算出した.こうして得られた代表的な6
オ ブジェクトの把握過程の関節角データD
grasp2∈ (6 ·
フレ ーム数× 25)
に対する主成分得点を算出し,把握過程に おける姿勢変化を可視化した.ただし,把握データベー スは把握過程における初期姿勢を補完できない.そのた め,把握過程における主成分得点は主成分分析により再 構築した結果,得られたものを利用した.4.3
結果と考察始めに把握の関節角データ
D
grasp1に対して主成分分 析を行った.得られた主成分の特徴を可視化したところ,第
1
主成分はオブジェクトを包み込む把握の際に発生す る「握り」の様な姿勢に,第2
主成分はオブジェクトを指 先で把握する際に発生する「摘み」の様な姿勢に対応す る事がわかった.式(1)
に従って,得られた第1
主成分と 第2
主成分による把握の再構成を行い,再構成された関 節角データx
と計測結果D
grasp1との二乗誤差を計算し た.関節角毎の二乗誤差の平均をFig.5
に示す.他の指と 比べ親指に誤差が見られたが,これは多様な動きを伴う 親指関節に対して,再構成に用いた第1
主成分と第2
主 成分に含まれる情報が欠落しているためだと考えられる.しかし,全データのうち最大でも二乗誤差は
1.26[rad]
と なり,幅広い姿勢を取る把握を2
つの主成分によって低 次元化可能である事がわかった.次に構築した把握特徴データベースに含まれる全オブ ジェクトの上位
2
主成分得点を用いて把握分類と把握過 程の解析を行った.第1
主成分と第2
主成分の得点空間に おけるクラスタリングの結果をFig.6
に示す.クラスタ1 には瓶やカップヌードルといった手全体で包み込むよう に把握するオブジェクトが,クラスタ2
には鉛筆や箸と いった指先で把握するオブジェクトが,クラスタ3
には刷 毛や鍋の柄といった径が小さく,親指を立てた状態で把握 するオブジェクトが分類された.これは従来研究におい て観察により分類されてきたpower grasp,intermediate grasp,precision grasp
(3)と同様の結果である.さらに,得られた各クラスタの代表的な
6
オブジェクChopsticks Pencil
−2.5 −2 −1.5 −1 −0.5 0 0.5 1 1.5 2
−2
−1
−0.5 0 0.5 1 1.5
1st principal component
2nd principal component
1
6
10 11 14 13
15
1619
20 23 22
24
25
26 29 36
37 38
42 6 1310 14
15
16 22 23
25 26
37 42
10
11 14 13
15
16 22
23 24
25
30
3436
37 42 1
96
10 11
13 14 15
19 20
22 23
25
29 37 42 5
12 28
3132 39
44 3 5
8
12 17
18 20
21
27 28
3132
34 35
39 40
41 44 43
3
5 8
12 17
21 20
27 28
31 32 35
41 40 44 43
3 5
8
12 17
21 26 18
27 28
30
31 32
34 35
36
41 43 39
44
2
3 4
7
8
9 17
18
21 27
30
33
34 35
40
41
43 2 41
7 9 11
19 24
29
30
33 36
38
1 2
4 6
7
18 19 9
26 3339 292 38 4
7
16 24
33 38 40
Brush
Crock handle Cup noodle
Jar
Cluster Cluster Cluster Centroids
1 2 3
Fig.6 Three grasp clusters obtained from principal component analysis.
Brush100%
Chopsticks100%
Crock handle100%
Cupnoodle100%
Jar100%
pencil100%
50% 0%
50%
−3 −2 −1 0 1
−1.5
−1
−0.5 0 0.5
1st principal component
2st principal component
Cluster 1 Cluster 2 Cluster 3
Fig.7 Trajectry of grasp process.
トについて,把握過程における時系列関節角データを計 測した.得られた把握過程データ
D
grasp2の主成分得点 の軌跡をFig.7
に示す.Fig.6で同じクラスタに属したオ ブジェクト間では時々刻々の把握姿勢の変化に大きな差が 見られず,約80%まで姿勢の分岐が発生しないが,クラ
スタ間で見ると分岐が前半で発生する事がわかった.ク ラスタ1
とクラスタ2
は約50%まで親指不動,示指から
小指の屈曲という同様の姿勢変化のため分岐が発生しな いが,クラスタ3
は把握過程の初期から親指が大きく外 転・屈曲するため,約10%でクラスタ 1,2
との分岐が発 生したと考えられる.把握の最終姿勢はオブジェクト毎 に異なるが,その過程を見ると同様の姿勢で把握へのア プローチを行う事がわかった.5.
おわりに手指の形状と運動について主成分分析による次元圧縮 を行い,2つの特徴データベースを構築した.さらに,大 人指形状特徴データベースを用いる事で子供から大人の 個体別手指モデルを合成する手法を提案し,複雑で幅広 い形状を有する手指を
10
主成分の線形和によって合成可能である事を示した.手指の運動,すなわち把握につい ては把握特徴データベースに含まれる
2
主成分の主成分 得点を解析する事で把握の分類と代表的な把握過程を明 らかにした.参考文献